教区報2006年5月号 - カトリック鹿児島司教区

カトリック鹿児島司教区
9
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1
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0
電 話0
編集発行教区広報部
1
部6
0円年間〒共1
1
0
0円
道 標
保直基
野裕明︵部長︶、山下虞
二︵次長・編集長︶、久
担当決まる
振込口座 0
2
0
3
0
2
8
3
5
9
口﹁宗教法人カトリック
鹿児島司教区﹂責任役
員会郡山健次郎︵代
表役員︶、田原章、寝
占敦之、美島春雄、小
川靖忠︵以上、責任役
員
︶
口教区裁判所永山幸弘
︵法務代理︶、 J ・ハンマ
︵裁判官︶、田原章、竹
山昭︵以上、幹の保
護官︶、 J ・サンタマリ
Joy!H口pe!Gra
甘t
ude!
ア、中野裕明︵公証官︶
口検閲者竹山昭
[委員会]︵※カッコ内
に委員長のみ掲載︶
①教区典礼委員会︵頭島
光
︶
②教区墓地委員会︵中野
裕明︶
③信仰養成委員会︵郡山
健次郎︶
④終身助祭委員会︵竹山
昭
︶
⑤カリキュラム委員会
︵末吉卓也︶
[担当司祭・助祭]︵※
カッコ内に責任者を掲載︶
①青少年司牧︵泉浩二︶
②カリタスジャパン
保俊弘︶
③工キユメニズム︵桃薗
淳一郎︶
④正義と平和協議会︵内
野洋平︶
⑤滞日外国人︵ J ・サン
タマリア、 0 ・ベルナ
ルディ lノ︶
⑥十字架の使徒会︵末吉
卓也︶
⑦教講師︵久保俊弘︶
⑧教区召命︵末吉卓也︶
⑨宣教奉仕者養成︵永山
幸弘︶
V顧問司祭
①レジオ・マリエ鹿児一
島コミチウム︵木村敏
彦︶名瀬クリア︵瀧
憲志、橋口啓悟︶
②鹿児島連合壮年︵美島
春雄︶
③奄美連合壮年 ︵大野和
夫
︶
︵松森孝
④看護協会
教区目標に代わって会議で示された
日 ご と の 成 長 ヘ の願い
この春、福岡のサン・
スルピス大神学院に教区神
学生として、名瀬聖心教会
所属の貴島丈弥君︵二十九
歳︶が入学した。
﹁新しい世界で、覚える
ことも多いが徐々に慣れて
きた。一緒にいるティエン
助祭のおかげで心強い﹂と
神学校生活について語って
くれた。
大神学校ヘ
貴島さん︵聖心教会︶
交わり、協力のネットワ
ークとしてのメディア﹂
を発表した。
メッセージの中で教
皇は、前教皇の回勅﹁信
仰と理性﹂を引用し、メ
ディアに携わる人間の責
任の重さを追求。またメ
5月幻自は ﹁世界広報の日﹂
五月二十一日の﹁世
界広報の日﹂を前に教皇
ベネディクト十六世は、
神の計画に従って﹁敵意
という隔たりの壁を壊
し、愛の交わりを築こう﹂
と呼びかけるメッセージ
﹁コミュニケーション、
︵
ム
郎︶・医師会 J ・
イベルガ︶
⑤修道女連盟︵竹山昭︶
⑥教区教師の会︵竹山昭︶
⑦女性信徒の会︵中野裕
明
︶
⑧奄美カトリック女性連
盟︵大野和夫︶
⑨鹿児島きぼうの電話
︵竹山昭︶
⑩ザビエル上陸記念祭
︵小川靖忠︶
送ることが決められた。こ
れは教区が障害者とともに
歩みを進めるための方向性
を探るためで、教区から数
人の代表者を派遣すること
となった。
ディア自体の担う責任に
も言及し、メディアが対
話のための﹁偉大な円卓﹂
を提供する一方で、創造
的な才能や物事を全体的
に考える注意を弱め、文
化的風習が持つ特異性や
宗教的信仰が持つ独自性
を軽視してしまう﹁文化
の画一化﹂の危険性があ
ると指摘した。
物があふれ
でいる時代と
言われる。中
流意識を持っ
て生活してい
る日本人が多
くなったとも言われる V二
0 0四年にノーベル平和賞
を受賞したケニアの副環境
相ワンガリ・マ lタイさん
は日本の美徳﹁もったいな
い﹂に心ひかれ、この言葉
を世界に通じる環境標準語
にしようと訴えている V教
区本部にもそんなマ lタイ
さんのように無駄な物をそ
ぎ落とし、物を大事にしよ
うとする人がいる V新しい
教区のリーダーだが﹁しば
らく車のない生活をしてみ
る﹂と、もっぱら公共の交
通機関を利用して楽しそう
に動き回っている。﹁人は
少し不自由を感じるぐらい
がいい﹂ともlV事務所が
以前より少し暗くなった。
理由は車に乗らず、買うな
ら軽自動車と決めた長とそ
の信奉者たちが電灯を消し
て回るからだ。﹁その程度
で逼迫している教区財政が
変わるのか﹂との声も聞こ
えそうだが、何にでも一歩
ずつチャレンジするリーダ
ーの動きは小気味よい。
YET!
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1
い顔触れでスタート
教区の役職
四月十一日︵火︶司教就任以来初の司祭評議
会を招集した郡山健次郎司教は、教区の役職・
担当について同評議会に諮問、教区が機能的に
働くために設けられてる役職担当のメンバーを
決定し、四月十八日︵火︶開催の定例司祭集会
で、年間行事予定とあわせて発表した。
発表になった役職・担隈憲士
当は次の通り︵敬称略︶。口教区顧問団田原章、
口 司 祭 評 議 会 郡 山 健 次 頭 島 光 、 J ・サンタ
郎︵会長︶、小川靖忠マリア、寝占敦之、小
︵副会長︶、中野裕明︵事川靖忠、美島春雄
務局長︶、泉浩二、寝口教区本部事務局中野
占敦之、頭島光、大裕明︵事務局長︶会
松正弘、内野洋平、計部中野裕明︵部長︶、
J・サンタマリア、小森章子広報部中
小宿教会に着任
島に向かう末吉車也神父】
鹿児島市照国町1
3
・
42
い﹂と話す。心配なのは、温かい奄美
の人たちとの交流で体重が増え始めた
こと|。同じく高松教区から派遣され
ているベルナルディ lノ神父から﹁太
ったな﹂と言われ、奄美の信者たちと
の温かい交流を自慢するホルヘ神父で
ある。
迎えも心温まるものとなった。【写真は船で大
久
時にモットーとして掲げた
﹁それでも喜び・希望・
感謝﹂への思いを再度説明
し﹁このモットーをテi マ
に、例えば教会学校の子ど
もたちに作文を書いてもら
うなどして、信者としての
生き方を黙想させて欲し
い﹂と願った。また司教は
この際、若者との対話を実
現させたいとも語った。
4月初旬、教区各地で司祭の異動によるたく
ホルヘ神父
この春、高松教区から出向の形で小
宿小教区に着任、鹿児島教区の宣教司
牧に協力してくれているホルヘ・ソー
ザ神父。ニカラグア出身、三十三歳。
叙階三年目の若々しい、パワ lたっぷ
りの司祭である。
鹿児島への赴任については、日本語
の心配があっただけでまったく抵抗は
なかったという。また赴任先の小宿は、
奄美の気候が祖国ニカラグアに似てい
ることもあって、とてもお気に入りの
様子。﹁今は奄美のことで頭がいっぱ
障害者との歩み
またこの日の会議では
七月下旬に東京で開催予定
の﹁日本カトリック障害者
連絡協議会﹂主催の全国大
会に、教区からも代表者を
さんの別れと出会いがあった。どの見送りも出
.
Yet
四月十一日︵火︶に聞
かれた定例司祭集会で、司
祭たちから司教に向けられ
た質問の中に﹁教区のビジ
ョンは何か﹂﹁今年の教区
目標は何か﹂があった。
この質問に答えた郡山
司教は、それらに今のとこ
ろ大きな課題を掲げること
を予定してないことを明一
言。﹁信者に一日一日をど
のように生きるべきか模索
して欲しい。信者一人ひと
りが成長することで教区が
よりよい方向に歩むと信じ
ている﹂と述べた。
これに関連し司教叙階
よろしくね
p らっしゃ P l
お元気で
行ってらっしゃ Pl
新
し
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平成 18
年( 2006) 5月1日(毎月 1日発行)
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(昭和43年 1
0月25日第三種郵便物認可)
第476
号
(
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第476
号
(昭和4
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年1
0月2
5日第三種郵便物認可)
①出水教会
②大口教会
大松正弘神父
レヒナ神父
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③阿久根教会ツ
山口重義神父
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糸永真一司教
田辺徹神父
⑤
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0
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) 5月1日(毎月 1日発行)
郡山健次郎司教
⑥
③ヘ⑦
⑩⑨ぷ
④川内教会
①入来教会
⑤マリア山荘
ハンマ神父
アッシャー神父
永山幸弘神父
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⑮
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⑦国分教会
国原武志神父
③姶良教会
⑨吉野教会
マリン神父
牧山田一神父
⑬
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⑩玉里教会
教区本部
サンタマリア神父
中野裕明神父
⑪ザビ工ル教会⑪ザビエル教会
美島春雄神父
⑭谷山教会
⑬谷山教会
⑭沓山教会
頭島光神父
フリチェル神父
有馬信茂神父
⑮加世田教会
⑮指宿教会
⑫垂水教会
⑬鹿屋教会
⑬鹿屋教会
泉浩二神父
寝占敦之神父
田原章神父
ヴィゴロ神父
東研神父
⑬志布志教会
⑫種子島教会
⑫大笠利教会
⑫瀬留教会
③大熊教会
松田清四朗神父
ベルナルディノ神父
内野洋平神父
末吉卓也神父
橋口啓悟神父
⑫名瀬教会
③古田町教会
⑫古田町教会
⑫小宿教会
②古仁屋教会
小限憲士神父
瀧憲志神父
浜田盛茂神父
ホルヘ神父
柳本繁春神父
松森孝郎神父
⑫紫原教会
⑬鴨池教会
⑬鴨池教会
⑭沓山教会
竹山昭神父
小川靖忠神父
木村敏彦神父
ムイベルガ神父
長浜岡彦所
⑧母間教会
⑧母間教会
⑫和泊教会
岡俊郎神父
福崎英雄神父
ハヌス神父
メニヒ神父
、、、
晩酌前に <....-
﹁仕事帰りにミサにあず
かつて、疲れた心を癒しま
せんか﹂と訴えるのは、何
を隠そう郡山健次郎司教。
鹿児島市の繁華街近く
︵照国町︶にあって付近に
会社も多い鹿児島カテドラ
ルだからと、会社帰りの人
をターゲットにした模様。
これまで毎週水曜日夕方、
カテドラルの小聖堂で竹山
神父によってささげられて
きたミサを引き継ぐよう
に、そしてそれを拡大した
形での実施を決意した。
﹁会社帰りの人たちには
午後六時半がよいのでは
|﹂﹁毎日あった方がよい
のでは﹂との意向でミサの
日時が決められた。しかも
司教不在時には、ザピエル
教会と本部勤務の司祭の手
を借りてでも続けていく覚
悟だ。
﹁ゆるしの秘跡﹂はこれ
まで通り、ザビエル教会と
本部の司祭の協力を得て、
門田明氏の
鹿児島とキリスト教①
キリスト教の
H本伝来
最近、鹿児島とキリスト教の出
合いと、その後の歴史に興味を持
っている。それでしばらく、思い
N
運動会で遠足で
奄美大島での運動会
に引き続き、全島からの信
者たち六百人が浦上教会
︵大熊小教区︶庭に集まり
ミサをささげ、その後の運
動会で汗を流し交流した。
また本土地区では鹿児
島市内教会を中心に、それ
ぞれの教会でミサをささげ
た後、約三百人が祇園之洲
公園、ザビエル上陸記念碑前
に集まり昼食のひと時を楽
復活祭に信徒が楽しく交流
復活祭には信徒間の親
睦を図ろうと各小教区で
様々な催しがあった。
奄美大島地区では昨年
そそられる。︵玉里教会信徒・ザピ
教景教の影響であろうと推測され
ている。
このように見てくると、キリス
ト教はかなり早い時期に日本に伝
えられていた可能性がある。十分
の内容が正確に伝えられたとは考
えられないが、広い意味で、漠然
とした思想として、仏教を着色す
るような形で、人々の心に浸透し
ていたのではないだろうか。
もちろんこの話は鹿児島と無関
係かもしれない。当時の日本の中
心地、奈良、京都などでの出来事
であろうが、鹿児島はまったく無
関係だったろうか。断言はできな
いが、絶対無関係とも言えまい。
八世紀、鹿児島にもキリスト教の
陰がかすかに差したか、好奇心を
水曜日の午後五時半からミ
サまでの時間にある。
﹁仕事で疲れた体を晩酌
で痴?す前に、その心をミサ
とゆるしの秘跡で癒しませ
んか﹂。ちょっとほのかな
光の差し込むカテドラル小
聖堂で司教が﹁お疲れさま﹂
と声をかけてくれる。
“
エル上陸顕彰会会長︶
今年七月二十九日から
八月五日まで香港で行われ
るアジアユlスデlに、教
区からは貴島丈弥神学生が
参加することになった。
アジアユ lスデ l
全国の青年のつながり
を意識しささげられる﹁あ
っちこっちミサ﹂が今年も
各地で行われる。福岡教区
の青年たちのよびかけに応
じ、教区内でも川内教会青
年会と純心大学学生サーク
ル﹁セントメ lリズハ lト
﹂
が準備を進めている。
場所は川内教会。開催
日時は五月二十一日︵日︶
午後三時。ミサ後は交流会
も行われる。
あっちこっちミサ
しく過ごした。
どちらの催しでも人事
異動で着任したばかりの司
祭たちが、信徒たちとふれ
合うよい機会になったよう
だ
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う。東シリアの初代教会が、シル
クロードを通って中国の唐に宣教
し栄えたイエス教団だという。
紀元七八一年、西安に景教碑が
建立され、そこに﹁ペルシャ人の
医師リミツ﹂とあり、景教を伝え
たミリスのことでないかと推測さ
れている。このミリスは西安に来
る四十五年前来日する。つまりキ
リスト教は、日本に最初、紀元七
三六年に伝えられたかもしれない。
一方、仏僧空海は八O四年、遣
唐使船で長安に着き、密教経典を
学ぶが、彼は景教碑を見、それを
作ったペルシャ人景浄と親交があ
ったという。景浄はミリスの父と
言われている。空海自身と景教の
関係については資料もない状態で
あるというが、密教の儀式の中で
十字を切ることがあり、キリスト
3日︵水︶聖ブィリポ聖ヤコブ使徒
7日︵日︶復活節第四主日︵世界召命祈願の日︶
﹁世界召命祈願の日﹂
神は、すべての人が誠実に自分の生涯を過
ごすように招いています。ある人は社会の中
で会社員、医師、看護師、教員、工場で働く
人として、また夫、妻、父、母としてよい家
庭を築くように、そして、ある人は神と人と
に仕える司祭、修道者となるように招かれて
います。神の招きはこのように人それぞれ異
なりますが、自分に対する神の望みを祈りつ
つ探していくことが大切です。近年、司祭や
修道者の減少、高齢化が進んでいます。とく
に﹁世界召命祈願の日﹂には、司祭、修道者
への招き︵召命︶に一人でも多くの人がこた
えることができるように祈りましょう。
この日は、教皇パウロ六世によって一九六
四年に制定されました。
︵木︶ホルヘ神父叙階記念日︵二O O三年︶
︵日︶聖霊降臨の主日
︵月︶一一一教区司祭合同黙想会・鹿児島市・ j 9日まで
m
︵日︶復活節第五主日
V教区財務委員会・教区本部・ U時
︵月︶教区司祭会・教区本部・日即時
Vレデンプト lル会例会
︵火︶定例司祭集会・教区本部− 時
︵日︶復活節第六主日︵世界広報の日・献金︶
V教区修道女連盟総会
︵木︶姶良教会献堂記念日︵一九八六年︶
︵日︶主の昇天
Vカトリック北薩大会・薩来園
V教区司祭地区財務委員会・教区本部− U時
Vフリチェル神父霊名︵フリチェル︶
︵水︶聖母の訪問
A
2
V糸永司教への感謝のミサ・カテドラル・随時
︵月︶聖ザベリオ宣教会黙想会・ 1 2日まで
︵木︶レジオマリエ鹿コミチウムのアチェス・玉里教
日日
日日
サはいかが
、
で?、
つくままに学んだことを書き留め
てゆこうかと思う。
少し話が大きくなるが東洋にキ
リスト教が伝えられたのはいつの
ことか。そのあたりから始めてみ
たい。
川口一彦編著﹃景教﹄によると、
景教の景とは大きな光、燃えて輝
く太陽の意昧で、永遠の光・世の
光であるイエスのことであるとい
1
18
1
4
日
1
5
日
2
11
6
日日
2
82
5
3
1
日
5 4
日日日
平成 1
8
年( 2
0
0
6
) 5月1日(毎月 1日発行)
シ乙7 設定五乙宰昆
J芸~~‘聾告プコト}『J
(昭和43
年1
0月25日第三種郵便物認可)
第476
号
(
3
)
記憶を辿って
教会の信徒である。
生きていれば今年四十
九歳になれるはずだった我
許されなかった我が子の誕生
四十九年前のこと
﹁私はただ焼いてあげた
かった。お墓に入れてあげ
が子の埋葬を三年前によう
という。﹁きちんとして下
さっていたと思っていまし
やく済ませることができた
たかっただけですよ﹂と重
い口を聞いたのは、ハンセ
ン病療養所﹁星塚敬愛国﹂
で生き続けてきた金本キヨ
とされたことにそれまで
ちのためだ。でもその勇気
夫・福童︵ふくと︶さんの
眠る墓に﹁福子﹂の名で埋
葬したのだ。
ある行動は、彼女から平穏
な時を遠ざけてしまった。
人づてに、﹁ホルマリンの
中に保管されている﹂こと
続く戦い
この三月、彼女は厚生
同じ教区で同じ信仰を
によって日本で働かされ、
園で亡くなった韓国人の
を知った。だから彼女は立
ち上がった。ただそのまま
労働省に足を運んだ。それ
は全国にまだ百体ほどある
持つ者として、考えさせる
ことの多い出会いだった。
﹁怒り﹂も押し殺すことが
できていた。それがある時、
では可愛そうという想いか
らだ。
とも言われる﹁福子さん﹂
と同じ境遇の今は亡き人た
﹁奄美の使徒ゼ口 Iム神父記念誌﹂完成
も言い換えられてしまう何
ものからか逃げなくてはな
らなくなったからだ。
国や組織の面白とあらゆる
人たちがかざす﹁正義﹂と
我が子の埋葬
埋葬したいと立ち上が
った彼女は苦渋の選択をし
なけらばならないことにな
ザピ工ルさまの散歩道
ザビエル生誕五百年に因んで
念祭実行委員会は、郡山
司教の意向もあり、体制
を信徒主体に変えて、上
陸記念祭の準備を進めて
実行委員長を玉里教会
の藤山喜和義さんにお願
いくことになりました。
こにはここ鹿児島も含ま
れるのです。昨年有志の
いし、生誕五百年の記念
当然のことながら、そ
世界各地で様々なイベン
方々のご努力により、
昨年十二月三日から始
まったザビエルイヤ!、
ですが、私たち鹿児島教
トが展開されているよう
の年らしいものを検討し
ています。今年の開催は
八月十三日︵日︶、上陸
念祭は生誕五百年祭に因
記念碑前からザビエル教
日本に初めてキリスト
会まで巡礼行列をし、十
七時からザビエル教会で
ミサ、ミサ後、ホ i ルで
も発足いたしました。
今年のザビエル上陸記
﹁ザピエルの道を世界遺
産にする会﹂が鹿児島で
区では今のところほとん
ど大きな動きはないかの
ように感じられます。
パーティーを計画してい
った。それは自らの持つ記
んで老若男女、できるだ
け多くの皆さんが参加し
た﹂と切り出し、八か月で
﹁死産﹂と告げられた四十
編集委員平三国
やすい企画のもと、五百
憶を一時非難させ、﹁死産
だったこと﹂に同意するこ
し活動を始めました。
教を伝えてくださったザ
ビエル様をもっと身近に
九年前の出産時につながる
記憶の糸を辿った。
奄美大島で五十年の長
ものです。
スペインのナパラ州で
合わせなどに心血を注ぎま
数回の校正をし、よう
しました。
V実行委員会から
今年のザビエル上陸記
ます。どうぞご協力をお
と。それでも我が子のため
資金となる寄付金は順
は﹁ザビエルの足跡をま
るごと世界遺産に﹂と申
はゴ一回ほど開催しました
が、募集原稿部会は十回ほ
ど開催され、寄稿の催促や
した。写真は故ゼロ lム神
請をしています。
ワープロ原稿の作成、読み
全体会の実行委委員会
願いいたします。
きにわたり宣教司牧された
調に集まりました。しかし
原稿の集まり具合は思わし
としっかりした口調で話す
七日に発足しました。その
人以上の信徒の皆様とと
にとその条件をのんだ。結
ゼロ lム神父の一周忌が過
ぎた頃から﹁神父の記念誌
くありませんでした。
た小さな着物と一緒に焼か
れた遺体が残してくれた僅
後、総務、募集原稿、写真
資料、財務等の部会を組織
感じ、﹁熱き魂﹂のひと
かけらでもいただきたい
﹁泣き声を聞きました﹂
﹁しばらくの間ですが、こ
果、埋葬許可が出た。
﹁解剖の痕が痛々しかっ
を﹂という声が奄美の各教
と国の施策からか、この世
で生を生きることのなかっ
た子となった。
か二本の小さな骨を、彼女
やく印刷ヘ回すことがで
き、予定していた三回忌の
今年の三月十九日に完成さ
せることができました。実
行委員の方々の努力の賜物
です。パソコンや印刷技術
の発達した現代だからこ
そ、このような立派な記念
誌ができたのだと思いま
す
。
「カトリック医療者の集い」 ご案内
の胸に確かに抱きました﹂
た﹂と語る彼女は、顔をそ
辛い人生を歩んできた
の、そして
父のアルバ
ムや数人の
方からのも
利用しまし
た。それに
は写真撮影
今後は記念誌を読んで
テ ー マ : そ れ で も 喜 び 希 望 感謝
彼女|。にもかかわらず、
当時のハンセン病への偏見
彼女だから、我が子が死産
辺町麓3
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私のものを
1日(日) 1
6時
∼2
場所:マリア山荘(聖ヨゼフ修道
てし’日い目訪問戚
明光学園森博伸
寄せる波ひいてゆく鴻潮騒に抱かれて果
鹿児島春山マリ子
現実は胸痛む事多かりきで主あこれを
愛だと呼ばん
ゼロ lム神父を偲び、そし
て信仰の糧として頂けれ
ば、出版のために携わって
講師:郡山健次郎司教
もにお祝いできる事を目
標といたします。︵玉里
教会藤山喜和義︶
っと撫でてあげたという。
そして、着せてあげたかっ
会から出ました。その声に
こたえて記念誌刊行実行委
員会が、二年前の六月二十
8
年5月2
0日(土) 1
4時
日時:平成 1
形見の品々
プトール修道会)
鹿児島前田儀子
読みすすむ近藤芳美の歌集を置き夜
の灯のもと足の爪切る
指導: W ・キッペス神父(レデン
子さん︵七十五歳︶。星塚
司教も金本さんを激励
鹿児島龍門司真人
五七調吾が来し方のみちしるべ
鹿児島本城愛
桜散る杜の石段夫登る
純心学園川上和
汽笛嶋る乱れるテlプ風にゆれ
の父と兄、そして強制連行
旬︵思川俳句会作品︶
純心学園山頭信子
なずな花マリアの涙苧薙節
踊り工早お別れミふの傘の花
歌︵思川短歌会作品︶
て盆戸上がる
純心学園川上和
甲子園勝負をかけたこの一戦校歌流れ
時: 6
月2
5日(日) 1
3
時∼1
倒
寺1
5
分
所:鹿児島カテドラル
日場会
5
0
0円
︵評︶なずなの花を﹁マリアの涙﹂と
呼ぶ長崎の方言が佳作とした。
と呼び掛けし病人慰問に皆華やげり
古仁屋豊島忠司
ゼロ l ムが﹁うがみんしようらん﹂
苦労した委員たちの喜びと
なります。
尚、三月二十一日には
マリア教会とゼロ!ム館で
﹁三回忌追悼ミサ﹂と﹁記
念誌完成祝賀会﹂が行われ
ました。︵大熊小教区浦
上教会信徒︶
学生
鹿児島徳永ノブ子
春風や思諮る波止場人の波
自分、から始めよう、イエス
伊
申込締切: 6月2
0日(火)
純心大学(S
r
.
高 平 班 卿 ら2
3
5
3
1
1
)
聖 母 寮 (S
r
.
沢 E似)−2
5
3
侃5
8
)
1
,側門
純心学園田村鏡子
新司教拍手の波が動き往く
︵評︶﹁うがみんしようらん﹂と方言で
呼びかける笑顔が偲、ばれる尊い句
鹿児島田平新太郎
童相例川の駅に偲ばむ母の葱悌治の香り漂
ひにけり
︵評︶﹁遠く近くに﹂感じ得る、子ら
の愛が伝わる佳作
阿久根中津漬フサエ
子等の愛遠く近くに感じつつ生きる
力を祈りにたくす
鹿児島春山マリ子
さようなら春に告げつつ院後に
出水遠竹睦郎
夫逝きて二人の娘らと暮らす姉の送
りし写真の顔は明るし
出水遠竹睦郎
花あやめ休耕田を埋めたり
名瀬松畑義弘
春浅き木葉返しの沖つ風
名瀬林明子
ポラロイド今はやきつけてときめきがお
西 :0
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宮地: 0
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圃
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広
どってる星くすの中
申込先
申込先
費:一般
霧島市溝
院隣)干 89~ト6404
短
ート+・
︵評︶﹁木葉返しの﹂が古典的で佳句
黙想会のご案内
|
生
き
る
|
ド
額 文
(
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)
平 成1
8
年( 2
0
0
6
) 5月1日(毎月 1日発行)
J芸~.!?B ‘曹司F プコトー『J ·,y 乙7 孝文 TI!二宰~
(昭和4
3
年1
0月25日第三種郵便物認可)
第4
7
6
号