11696KB - 日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター

第6章
紛争の回避・解決の枠組み
青
木
節
子
1.宇宙を巡る紛争の特色
宇宙開発・利用が開始して半世紀が経過した。宇宙空間を利用して行う宇宙空間の探査、開発およ
び利用(民生利用、軍事利用の双方を含む。)とそれを直接に支援する地上の管制や地上からの送信・
受信などを含めて「宇宙活動」と称するならば、宇宙活動は、その量の増加に比して国際社会に知ら
れた紛争の数は尐ない。主たる理由は、宇宙活動に占める軍事利用の割合が高いこと、および自律的
な活動国が尐なく、その中でも米ソ(露)が圧倒的な優位を長く占めてきたことにより、ほとんどの
紛争が国際社会に公表されない二国間交渉で解決されるからである。本章は、第一に、わずからなが
ら見いだすことができる宇宙の探査・開発・利用を巡る国際紛争を提示し、それがいかなる国際法規
則を適用して解決に到ったかを記述する。続いて、国際法の他の分野の新しい紛争解決の仕組みも含
めて宇宙探査・開発・利用の解決に用いることが可能な、今後の紛争解決制度の望ましいありかたを
考える。
本章において、「紛争」は「特定化された主題に関する二当事者間のあい対抗する主張の顕在化状
況の形成」という定義を用いる 1。また、「宇宙活動」には、上述の定義-これが通常のものである
-に加え、本報告書の趣旨に鑑みて、宇宙空間ともみなされることの多い高度100キロメートルを
超える空間を利用して行われる弾道ミサイルの追尾、迎撃行為-「ミサイル防衛」を含めることと
する。宇宙空間と領空の画定はいまだなされていず、画定が必要か否かという点についても国際社会
の合意は存在しないが2、地上100キロメートルを超える空間は、衛星が地球を周回し続けることが可
能な空間であり、画定のための唯一の科学的論拠が存在しないことを理由に区切りのよい100キロメ
ートルという数字で画定を行うことを支持する声も存在するので3、あくまで本章に関してではあるが、
弾道ミサイル迎撃ミサイルが通過する空間を宇宙空間とみなして、同ミサイルに関する紛争を宇宙に
関する紛争に含めて考察する。
宇宙開発はそもそも米ソの軍事力競争の中で開始し、冷戦期には全衛星数の75パーセントとも80パ
ーセントともいわれる数値を軍事衛星が占めていた4。冷戦終了後、徐々にもっぱら軍事目的のみに用
1
杉原高嶺『国際法学講義』
(有斐閣、2008年)544頁。常設国際司法裁判所時代のマヴロマティス事件で用いら
れた後、国際司法裁判所でも数回用いられた定義は、「紛争とは、二当事者間の法または事実の論点に関する不
一致、法的主張ないし利害の衝突、対立である」(PCIJ, PCIJ Series A, No.2, p.11)である。杉原教授は、これ
をより簡潔にまとめ、上記定義を行った。
2
国連宇宙空間平和利用委員会(Committee on the Peaceful Uses of Outer Space: COPUOS)法律小委員会(「法
小委」)では、長年に亘り宇宙空間と領空の画定、宇宙空間の定義を議題においているが、画定が不要であると
する米国の強い反対もあり、議論は進展しないまままである。
3
See, e.g, F.G. von der Dunk, ―The Sky is the Limit- But Where Does is End?‖ Proceedings of the
Forty—Eighth Colloquium on the Law of Outer Space (2005), pp.84-94.
4
『SIPRI年鑑』1970年代から1980年代を通じての衛星数の計算による。また、たとえば、黒澤満編著『軍縮問
題入門』
(東信堂、1996年)178頁。
105
いる衛星の占める割合は低下し、現在は50パーセント以下となっているが5、私企業が運用するリモー
ト・センシング衛星や通信衛星が軍事目的で使われることが増加しており、実態として宇宙の軍事利
用は全体として拡大しているといえよう6。汎用衛星利用の可能性が広がったこと、また、宇宙技術の
向上により性能の良い小型のリモート・センシング衛星が比較的安価に入手できるようになったこと
から、アルジェリア、ナイジェリア、ベネズエラ、エジプトなど豊かな途上国も宇宙の軍事利用に漸
次参入しているので、今後は、軍事利用であったとしても国際社会で顕在化する紛争は増加する可能
性は決して低くはないと考えられる。
しかし、それでもやはり、海洋利用、貿易、人権、環境保護などの分野のように第三者機関が様々
な形態で介在する紛争解決が可能になるとは考えにくい。現在国連宇 宙空間平和利用委員会
(COPUOS)に衛星を登録している国は34ヵ国と2機関7に過ぎず、漁業、海洋通航、国境を超える物
流などと比べ比較できないほど活動国が尐ない上、世界のほとんどの国は、通信・放送、位置情報、
環境保全・災害低減のための衛星画像など宇宙活動からの便益を受けており、提供国と受益国が二分
化され、受益国は国際的フォーラムでの政治的な言説を除いて、提供国に対抗するための実証法的基
盤と実効性を有する措置を実施する能力をほとんどもたないからである。そのような現状を念頭にお
いて、これまで国際社会に認識された宇宙活動に関する紛争を分類し、その解決過程を次節で記述す
る。
2.宇宙を巡る紛争の解決・回避事例
宇宙活動をめぐる紛争の具体例として、(1)ミサイル防衛にもとづくもの、(2)宇宙物体の落下を伴う
もの、(3)国際電気通信連合(ITU)の場で生じた周波数・軌道位置等に関するもの、(4)COPUOSで
の南北問題、(5)米中二国間貿易協定の解釈適用に基づくもの、を挙げる。
(1) ミサイル防衛に関する紛争の回避・解決の枠組み
1972年5月26日署名され、同年10月3日に発効した米ソ(露)間の「対弾道ミサイル・システムの
5
米国防総省は、1996年に初めて、商用衛星の打ち上げ数が軍事衛星のそれを上回ったと発表した。Space News
(15-21 June 1998), p.19.
6
日本航空宇宙工業会、
『世界の防衛宇宙データブック』(2009年)。
7
宇宙物体登録条約(正式名称は、
「宇宙空間に打ち上げられた物体の登録に関する条約」
)―1975年署名開放、
1976年発効。1023 United Nations Treaty Series (UNTS), p.15 et seq. 日本は1983年加入。2010年1月現在52
ヵ国が締約国である。現在、国連登録には、宇宙物体登録条約に基づく登録と国連総会決議1721B(XVI)に基
づく登録とがある。アルジェリア、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、チリ、チェコ、エジプ
ト、フランス、ドイツ、ギリシャ、インド、イスラエル、イタリア、日本、カザフスタン、ルクセンブルク、マ
レーシア、メキシコ、ナイジェリア、パキスタン、韓国、ロシア、スペイン、スウェーデン、タイ、トルコ、ウ
クライナ、アラブ首長国連合、英国、米国、ベネズエラの34ヵ国と欧州宇宙機関(ESA)、欧州気象衛星開発機
関(EUMETSAT)である。なお、オランダは自国籍企業の衛星を「打上げ国」ではないとして、登録せず、国
連事務総長に宇宙条約第VI条に基づき「自国の活動」に責任を有する国として情報提供のみを行う。そのような
国を含めても、正式に衛星を所有・運用するのは40ヵ国に満たないのが現状である。
106
制限に関する条約」
(ABM条約)8の解釈を巡る争いが代表的なものである。この条約は、対弾道ミサ
イル(ABM)の配備を米ソともに当初は92ヵ所ずつに限定するもので、1つのABM配備地域には100基
を超えない数の固定式発射基と100基を超えない数の単弾頭のABM迎撃ミサイルを配備することが
許容された(第1条および第3条(a)(b))。ABM条約に基づいて、米ソは「海上基地、空中基地、宇宙
基地(space-based)又は移動式地上基地のABMシステム又はその構成要素を開発、実験又は展開し
ないことを約束」し(第5条1項)、
「締約国は、他の物理原理に基づき、ABM迎撃ミサイル、ABM発
射基又はABMレーダーに代替しうる構成要素を含むABMシステムが将来創造されるならば、かかる
システム及びその構成要素についての特別の制限は、条約第13条に従った討議及び条約第14条に従っ
た合意によるであろうことに合意する」ことになっていた10。条約第13条は、常設協議委員会(SCC)
11、条約第14条は改正検討手続き(同1項)および5年ごとの条約の検討(同2項)を規定する。
米国ロナルド・レーガン(Ronald Reagan)政権が1983年以来進めた戦略防衛構想(SDI)がABM
条約の第5条1項に違反するか否かという条約の解釈適用問題が1980年代を通じて二国間で議論され
たが、双方が納得する解釈には到らなかった。その後、ジョージ・H・W. ブッシュ(George H. W. Bush)
大統領は、1991年の一般教書において、SDIから「限定攻撃に対するグローバル防衛構想」
(GPALS)
に戦略を転換した。具体的には、大規模なソ連による攻撃から自国と同盟国を防衛する戦略を脱却し、
発生源を特定しない限定的な弾道ミサイル攻撃から旧ソ連も含めて全世界を防衛対象とする戦略へと
向かったのである。しかし、GPALS計画は、宇宙配備のロケット迎撃体(「ブリリアント・ペプルズ」
)
の使用を伴い、かつ、地上配備の複数のABM発射基やそれぞれ100を超える迎撃体を想定する概念で
あったため、やはりその開発、実験にはABM条約の解釈適用問題が生じた。そのため、1992年6月17
日のロシアのボリス・エリツィン(Boris Yeltsin)大統領との首脳共同声明において、GPALSの共同
開発やそのために必要な現行諸条約の修正可能性についての検討が決定された。しかし、数ヵ月後、
ロシアは再びABM条約の維持と宇宙空間におけるあらゆる兵器の配備禁止という立場を明確にした
12。
1993年、ウィリアム・J・クリントン(William J. Clinton)大統領は、海外に駐留する米軍や米国
の同盟国を懸念国家等からの限定的なミサイル攻撃に対して守ることを目的とする、地上配備のミサ
イル防衛に限定した戦域ミサイル防衛(TMD)構想を発表した。TMDは戦略弾道ミサイルではなく、
戦域弾道ミサイルを対象とした防衛システムなので、ABM条約の適用範囲外ではあるが、戦略ミサイ
8
UNTS, Vol. 944, p.13 et seq.
9
1974年のABM条約議定書においては、米ソはABMシステム配備を1ヵ所に制限するなど、一層制限を強化し
た。
10
「合意声明D」。邦訳は、藤田久一・浅田正彦編『軍縮条約・資料集[第2版]』(有信堂、1997年)161頁。
11
SCCは、1972年12月21日の米ソ了解覚書に基づいて1973年5月3日に署名され、同日発効した常設協議委員会
議定書の規則に基づいて運営される。同議定書は、両国の委員が交互に会議を主催すること(2項)
、議事が非公
開であること、双方の合意がない限り議事の公開は禁止されること(8項)などを規定する。1997年9月26日の米
ロ合意に基づく「SCCに関する規則」で、SCCは、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンを含むものとなる。
12
たとえば、ジョゼフ・ゴールドブラッド(浅田正彦訳)
『軍縮条約ハンドブック』
(日本評論社、1999年)37-39
頁参照。
107
ルと戦域ミサイルの区別は必ずしも明確なものではなかったので、1993年11月に両国は、条約の制限
対象を明確化するための協議をSCCで開始した。そして、1997年には、弾道ミサイルの速度が秒速5
キロメートル以下であり、射程が3500キロメートル以下であれば戦略弾道ミサイルではなく、したが
ってABM様式の実験とはみなさないという合意が成立した 13。その他、宇宙配備のTMD迎撃ミサイル
の開発、実験、配備をしないこと、TMDの発射実験について事前通告および情報交換をすること等も
同時に定めた14。
しかし、ジョージ・W. ブッシュ(George W. Bush)大統領が進めたミサイル防衛(MD)は、宇
宙配備型の弾道ミサイル迎撃システムを含むため、2001年12月13日の米国の脱退通告により、6ヵ月
後の2002年6月13日、ABM条約は終了した(第15条)。
米ソ(露)の一連のABM条約解釈適用を巡る紛争の解決については、以下の点が指摘できるであろ
う。
①
ABM条約第13条に基づいて、条約内にSCCが設置され、条約義務の遵守に関する問題や合
意内容の不明確な関連状況について検討することが規定された。そのため、米ソ(露)は、
解釈の不一致や新しい状況について協議をする場を有しており、条約解釈の技術的な部分は、
まずSCCで見解の一致をもたらす努力がなされた。
②
SCCは、条約の解釈適用についての法的判断を下す場ではなく、了解と妥協に基づいて政治
的な合意に至ることを重視していた。そのため、信頼醸成措置としての情報提供(第13条(b))、
条約採択後の戦略的情勢の変化の検討(同(d))等の条約の弾力性、柔軟性のある運用を可
能とする規定が置かれている。
③
条約の検証措置として、衛星監視を暗黙の了解事項とする「自国の検証技術手段」(NTM)
が用意され(第12条)、相互主義に基づいて他国のNTMを妨害せず、自国の兵器システムを
秘匿しないこと(同条2項、3項)を約束する。相互監視に基づく条約の遵守状況の判定を相
手側に委ねることにより、信頼醸成を図る仕組みである。
④
SCCでの協議により合意に至ることが困難と思われる事態については、1992年の首脳の共同
声明のようなトップレベルの政治的判断により、解決の試みがなされてきた。二大核兵器国
同士の協調の枠組みの最終的担保は、世界を破滅させる可能性をもつ戦争を回避する二大超
大国の倫理、責任観念であった。
⑤
二国間の政治的合意を可能にした理由の1つとして、米ソ(露)間には、戦略核兵器や戦域・
戦術核兵器についての軍備管理条約や信頼醸成のための緒条約が存在し、それらが総体とし
てABM条約に関する紛争をエスカレートさせない歯止めとして働いていたと考えることが
できる。具体的には、戦略兵器制限暫定協定(SALT I)(1972~1979年)やSALT II(1979
年署名、未発効のまま終了)、中距離及び準中距離ミサイルの廃棄に関する条約(INF全廃条
First Agreed Statement & Second Agreed Statement in the Memorandum of Understanding reached on 26
September 1997 <http://www.fas.org/nuke/control/abmt/chron.htm>, accessed on 2 Feb.2010.
13
14
この議定書により、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンがABM条約の締約国となることが合意された。
108
約)(1987年)、戦略兵器削減条約(START I)(1991年)15、核戦争危険減尐協定(1971年)、
核戦争防止協定(1973年)、地下核実験制限条約(TTBT)(1974年)、平和目的地下核爆発
条約(PNET)
(1976年)等の重層的な軍備管理・信頼醸成のための合意がABM条約の存続
と破綻しない程度の遵守を確保する仕組みとして働いたといえるであろう。
(2) 宇宙物体の落下に関する紛争回避・解決手続き
国連宇宙条約は、「『宇宙物体』には、宇宙物体の構成部分並びに宇宙物体の打上機及びその部品を
含む。」(宇宙損害責任条約16第1条(b)、宇宙物体登録条約第1条(d))と定義する。これまでのとこ
ろ、宇宙物体の落下に起因する二国間紛争として国際社会に記憶されているのは、1978年1月24日に
ソ連の原子力を電源とする海洋偵察衛星コスモス954がカナダ北部に落下して高濃度の放射能を帯び
た破片約64キログラムをまき散らした事件にほとんど限定される 17。この事故は人間の死亡や身体の
障害その他の健康傷害を引き起こさず、また、政府財産や私人の財産の滅失もしくは損傷も伴っては
いなかった。しかし、破片は高濃度の放射能を帯びていたため、カナダは米国との国際協力に基づき、
破片の捜索・回収のみならず、落下地域の清浄化作業を1978年10月15日まで実施し約1400万ドルを
費やした。カナダは、そのうち、予防措置の部分を除いて破片―スペースデブリ―の捜索・回収
にかかった約600万ドルを、外交経路を通じてソ連に請求したが、ソ連は賠償支払いの前提である宇
宙損害責任条約に規定する「損害」の定義を満たしていないと主張して18、賠償支払いを拒絶した。
宇宙損害責任条約は、
「打上げ国」は、宇宙物体の落下による地上損害に対して無過失責任を負い(第
2条)、地表以外の場所において宇宙物体の衝突により生じた損害に対しては、過失責任を負う(第3
条)と規定する。ソ連、カナダともに同条約の当事国であったため、通常要求される国内的救済手続
きを経ないで、直接、カナダはソ連に無過失責任に基づく賠償請求を行った(第11条1項)。宇宙損害
責任条約は、被害国が損害賠償請求の文書を送付した日から1年以内に解決が得られないときには、
いずれか一方の当事国の要請により設置する請求委員会で解決を図る旨規定する(第14条)。ソ連と
カナダの交渉は1年以内に終了しなかったが、いずれの国も請求委員会の設置を要請することはなく、
条約外での和解による最終的解決を図った。
宇宙救助返還協定19は、宇宙物体の落下について、当該物体が自国の管轄下にある領域にあるとい
う情報を入手した場合は、その国が「打上げ機関」(救助返還協定の用語。意味は実務上「打上げ国」
と同じ。)に通報する義務を有する(第5条1項)と規定する。そして、宇宙物体が落下した国が、打
上げ機関の要請に応じて、また、必要な場合には打上げ機関の援助を受けて当該宇宙物体を回収する
15
1991年署名、1994年発効、2009年失効。
16
正式名称は、「宇宙物体により引き起こされる損害についての国際的責任に関する条約」。1972年署名開放、
発効。日本は1983年加入。961 UNTS 187 et seq.
17
スペースデブリの落下による被害として最も古いのは、1961年にキューバで牛一頭がデブリに打たれて死ん
だとされる事故であるとされる。これまで、人間の死亡や負傷を伴う事故は存在しない。
18
損害責任条約第1条(a)参照。
19
正式名称は、
「宇宙飛行士の救助及び送還並びに宇宙空間に打ち上げられた物体の返還に関する協定」1968年
署名開放、同年発効。日本は1983年加入。672 UNTS, p.119 et seq.
109
ために実行可能な措置を取る(同2項)。また、物体は打上げ機関の要請に応じて引き渡さなければな
らない(同3項)。カナダは、米国からの通報により、ソ連の衛星落下の情報を得て、ソ連に照会した
ところ、情報は不十分な内容で、原子炉に関する情報は約2ヵ月遅れて3月21日に初めて提供されてい
る。また、ソ連は、コスモス954の破片の所有権を放棄しており、カナダには破片の返還義務は生じ
ていなかった。返還救助協定は、自国の管轄下に落下した物体が「危険又は害をもたらすものである
と信ずるに足りる理由がある場合には」(同4項)、打上げ機関にその旨を通知することができ、打上
げ機関は、発生するおそれのある危害を除去するため、効果的な措置をとる。カナダは、1月24日の
ソ連の援助申し出にもかかわらず、米国からの援助の申し出を受け、破片を回収した。両国とも、救
助返還協定には必ずしも従わない形で行動した。
1981年に、両国は、ソ連が見舞金300万ドルを支払うことによりこの事件の完全かつ最終的な解決
とすると規定する議定書を締結して、紛争は解決をみた20。
国際紛争にはならなかった宇宙物体落下の例としては、たとえば、以下のものがある。1999年11
月6日に1993年に米国で打ち上げられたペガサスロケットの破片が与論島に漂着したときには、救助
返還協定第5条に従い、日本は国連事務総長および米国に通報した。米国は、翌月物体を回収し、協
定第5条5項に基づき、与論島町役場が水難救護法 21第24条および第25条に基づいてペガサスの破片を
保管した費用を含んでペガサスの破片の回収費用を日本に支払った。
***
衛星落下による紛争解決については、以下の点が指摘できるであろう。
①
救助返還協定は、宇宙物体が落下した国に通報義務をはじめとしてより多くの義務を課す打
上げ機関に有利な協定である。したがって、協定の返還手続きに従って、被害国が宇宙物体
を打上げ国に返還することは、二国間が友好であり、かつ、落下した物体が「危険又は害を
もたらす」ものでない場合に限り、円滑に行われ得るであろう。国連宇宙諸条約には、当事
国の条約違反を疑う国が、状況を是正するために苦情を申し立てる仕組みを条約内に備えて
いないことが、この傾向を一層助長すると思われる。
②
救助返還協定に不満をもつ途上国の利益のために宇宙物体落下による被害国の救済を意図
して作成された宇宙損害責任条約は、被害者救済という観点からの紛争解決手続きを定めて
いるが、これには、解決を促すために優れた点と問題点がある。優れた点として、以下を挙
げることができる。
(ア) 地表への落下について無過失責任を規定した点(第2条)
(イ) 原状回復またはそれに代わる完全賠償を規定する点(第12条)
(ウ) 国内救済手続きなしの外交交渉を保証する点(第11条)
(エ) 交渉が不調の場合の強制調停としての請求委員会設置を保証する点(第14条以下)
(オ) 請求委員会の委員(設置から2ヶ月以内)や議長の選定(設置から4ヶ月以内に任命でき
20
コスモス954事件については、International Legal Materials, vol. 18, 1979, pp.899-930; 太寿堂鼎編『セミ
ナー国際法』(東信堂、1992年)75-78頁。
21
明治32年3月29日法律第95号。
110
ないときには2ヶ月以内に国連事務総長に議長を2ヶ月以内に任命するよう要請可能)、
交渉・請求委員会での検討も制限期間をそれぞれ1年と区切っており、早期の解決を目
指している点(第14条、第15条、第19条3項)
また、課題としては、以下を挙げることができる。
(ア) 請求委員会の決定は必ずしも最終的かつ拘束力のあるものではなく(第19条1)、当事
国の合意がない場合には、請求の当否と賠償額についての裁定は勧告的なものにとどま
る点(同2項)は、被害者の救済を不確実なものとする。
(イ) ソ連とカナダの紛争における主要な論点は、「損害」の有無であったことにも現れてい
るように、条約の起草過程において合意に至るために「損害」の範囲、賠償額の決定に
おける算定基準など不明な部分を残している点を挙げることができる。原子力損害を条
約の適用対象とするかについては、起草過程において鋭い対立があった。原子力損害は、
原子力に関する既存の諸条約に倣って解決すべてきであるというソ連をはじめとする
社会主義諸国の見解がそれである 22。一方、日本や米国をはじめとする西側諸国は、明
文で原子力損害を入れるよう要請しており、妥協として明文規定は置かないが、原子力
損害を条約の対象範囲に含めることになったという経緯がある23。
(ウ) 宇宙損害責任条約は、ある程度の大きさをもち、打上げ国が明確なスペースデブリには
適用可能であるが、微尐デブリと衛星の衝突により、宇宙空間で運用中の衛星に被害が
生じた場合など、(i)打上げ国の認定、(ii)過失の証明、ともに不可能となり、適切な事後
救済には利用できないことになる。特に後者については、打上げ国が明確な場合であっ
ても、困難な場合が多いと思われる。
(3) 周波数帯・軌道位置に関する紛争24
無線周波数の分配と管理は、ITUが行う。これは、概略、ITUの業務別分配に基づいて国は国内的
な割当を行い、ITUの審査を経て認められれば国際周波数登録原簿への記載を得、これにより当該周
波数は国際的な保護を受けるという仕組みである。衛星通信については、衛星運用開始の5年前から
最低でも2年前までにITU事務局に計画の申請をする。ITUはその資料を加盟国の主管庁に送付し、加
盟国は自国の周波数利用との有害な干渉の可能性について審査を行い、問題がある場合には、二国間
または多国間で調整を行う。そして、その過程と結果をITUの無線通信局長に通知する。国際調整の
完了後、無線通信局の審査を経て、衛星通信のための周波数と軌道位置は国際周波数登録原簿に記載
される。登録国は、登録により、後からの周波数の割当は、国際登録を受けている業務に有害な混信
を与えてはならないという無線通信規則(RR)に基づき、国際的な保護を受ける。もっともこのよう
な国際的保護の法的意味は必ずしも明確ではない。国際的な保護なしに静止軌道を用いた通信に乗り
22
山本草二「宇宙開発」
『未来社会と法』(筑摩書房、1976年)81頁。
23
同上、82頁。
24
詳細には、青木節子「宇宙の商業利用をめぐる法規制-通信をめぐる問題を中心に」
『空法』第40号(1999)年、
1-13頁、18-26頁。
111
出す国・企業の国籍国に対して、ITUは、電気主権を重んじる立場から関係国の調整を促す権限をも
つだけで、その衛星運用を中止させる具体的な措置をとったり、RR違反を認定して制裁を行ったりす
る権限をもたないからである25。
衛星通信がさかんになると、周波数帯と制止軌道位置が逼迫し、そのために紛争が頻発するように
なった。紛争がいかに回避され、または解決されたかを以下に数例挙げる。
①
多国間調整による紛争回避―1994年、香港のAPT衛星社(中国を中心とするジョイントベ
ンチャー)は、ITUへの登録手続きを行わずにアップスター1号を東経131度に打ち上げた。
この軌道位置では、すでに打ち上げられていた日本のCS-3A(東経132度)やトンガのトン
ガサット/リムサット(東経130度)との干渉が懸念されたため、関係国で調整し、いった
んアップスター1号はトンガからリースした東経138度に移動した26。しかし、3機の衛星の
軌道位置の最終的な調整については不明瞭な部分が残り、最終的な解決の前に衛星寿命が尽
きるのを待って紛争の拡大を防いだ27。
②
二国間調整による調整―東経144度は日本がKu帯の使用、インドネシアがC帯の使用とい
う形態でITUに登録をしており、1997年7月、日本の宇宙通信株式会社(現在、
「スカパーJSAT
社」)がスーパーバードCを東経144度に打ち上げた。翌月、Mabhay フィリピン衛星会社
(MPSC社)
(フィリピン、インドネシア、中国のジョイントベンチャー)がやはり東経144
度にITUへの登録なしにアギラ2号を打上げた。アギラ2号は、インドネシアから許可を得
て30本のC帯トランスポンダを搭載していたが、日本の許可なしにKu帯トランスポンダを24
本搭載していたため、混信の可能性があった。日本は、打ち上げの予定を知った時点でMPSC
社に抗議し、スーパーバードCから1.6度離すことを含め混信を避ける方策を取るよう要求し
た28。フィリピンは、東経147度を保有していたが、アギラ2号を同位置に移動させるとマレ
ーシアのMTSAT2号との混信が懸念されたので、東経147度から東経146度にITU登録を修正
して、アギラ2号を東経146度に移動するよう命じた。しかし、東経145度にあるロシアのゴ
リゾンド21号と干渉の可能性があり、この解決策の有効性は疑われた。そのため、日本は妥
協として1998年1月、1.6度離れてはいないが、MPSC社が東経146度で24本のKuトランスポ
ンダのうち18本を利用することを許可した29。
③
25
ITU無線通信委員会による判断による解決―欧州電気通信衛星機構(ユーテルサット)と
山本草二『宇宙通信の国際法』
(有信堂、1967年)42-47頁; 小寺彰『企業の多国籍化に伴う法的諸問題-9国
際電気通信法制の現代的課題』
(NIRA、1987年)36頁。
26
Francis Lyall, ―The International Telecommunication Union: A World Communications Commission?‖
Proceedings of the Thirty-Seventh Colloquium on the Law of Outer Space (1994), pp.42-47.
27
Francis Lyall, ―Telecommunications and the Outer Space Treaty,‖ Proceedings of the Fortieth Colloquium
on the Law of Outer Space‖ (1998), p.388.
28
Space News (28 Jul.-3 Aug.1997), p.7; Space News (18-31 Aug. 1997), p.17; Space News (8-14 Dec.1997),
pp.3 & 42.
29
Space News (9-15 Feb. 1998), pp.1 & 20.MPSC社は、それでも東経144度でKu帯24本のトランスポンダを用
いることに固執した。
112
ルクセンブルクの欧州衛星通信会社(SES)が東経29度を争ったケースである。ユーテルサ
ットは1989年にヨーロッパサット計画を公表し、同機構の本部所在国のフランスが周波数と
東経29度をITUに登録したが、90年代半ばを過ぎても同衛星の打ち上げは行われなかった。
そこでルクセンブルクは、当該軌道位置は効力を失ったと考え、SESのアストラ衛星に東経
28.2度を割り当てた。無線規則によると、従来、衛星打ち上げまでの調整期間は6年、延長
が最大3年であった。しかし、軌道位置の合理的、経済的な使用のために、1994年の京都全
権委員会議で6年が5年に、3年が2年に短縮されていた 30。新たな最長8年ルールに従うと、
ユーテルサットは、1997年半ばには、軌道位置を失う見込みであったため、1996年12月に
ホットバード衛星2の試験を東経29度で数週間行い、これをもって東経29度の使用に当たる
ので権利は消滅しないと主張した31。ユーテルサットは1998年3月12日にも、ホットバード4
を東経29度で実験してから東経13度に移動させた。SESは1994年に打ち上げたアストラ1D
を98年3月16日に東経28.2度に移動させ、98年8月にはアストラ2Aをやはり東経28.2度に打
ち上げた32。さらにスウェーデンのノルディック衛星社のシリウス3(東経5度で運用)をリ
ースして最長1年間の予定で同軽度での運用を始め、東経28.2度獲得に意欲を燃やした33。
二国間交渉では決着がつかなかったので、ITUの無線通信規則委員会(RRB)で東経29度
の排他的使用権を保持する国を決定することとなった34。1998年7月14日にRRBは、9人の委
員の全会一致で、ホットバードの実験は軌道位置の使用に該当せず、ルクセンブルクのSES
が東経28.2度で衛星を運用する権利を有すると決定した 35。フランスは同年8月、RRBの手続
きに従い再審査を求めたが、RRBは1998年12月8日に再び全会一致でフランスの主張を斥け
た。フランスは、1998年12月4日まで7月14日の決定の理由が通知されなかったこと、RRB
決定の法的根拠が不明確であることを不満として、2000年の世界無線通信会議(WRC)で
この問題を議論することを示唆した36。
当時トルコや米国も同様の問題を抱えており、排他的使用権を得た軌道位置と周波数が一
定期間内に当初の目的で使用されない場合の権利の消滅を定型的に行い、国際紛争を防止す
る方法が模索されるようになった。これは1990年代後半から21世紀はじめにかけてのITU無
線通信アドバイザリーグループ(RAG)での「ペーパー衛星」問題対処としてなされ、WRC
での決議等を経て、次第に沈静化していった37。
一方、紛争の平和的解決に失敗し、実力行使に至った例もある。
30
ITU-R決議18(1994)参照。
31
Space News (2-8 Feb. 1998), p.8; Space News (27 April- 3 May 1998), p.3.
32
Space News (27 Apr. 3 May 1998), p.26; Space News (20-26 July 1998), pp. 1 & 19.
33
Space News (6-12 July 1998), p.10.
34
RRBは1992年に国際周波数登録委員会(International Frequency Registration Committee: IFRB)を改組し
たもので、9人の非常勤委員からなる。
35
Space News (20-26 Jul. 1998), pp.1 & 19.
36
Space News (14-20 Dec. 1998), p.6.
37
ITU-R 決議18等。
113
①
トンガ
v. インドネシア―トンガ政府は、1992年以来、自前の衛星を打ち上げる計画が
ないにもかかわらず、ITUに周波数と軌道位置を申請し、それを米国やロシアの企業に年間
数百万ドルでリースをして収益を上げている。これはRRの違反とまではいえないが、打上
げ計画なしに「限られた天然資源」(1973年以来のITU条約第33条2項、現在ITU憲章第44
条2項)の排他的使用権を獲得することについては、宇宙条約 38やITU条約の趣旨に反すると
して各国からの強い批判があった 39。インドネシアは、トンガの軌道位置占拠に対する非難
を込めた示威行動として、1993年、東経113度で運用していた自国のパラパ衛星をトンガが
有する東経131度に移動させて故意に混信を招いて挑発した。インドネシアとトンガの交渉
により、同年末にパラパ衛星を東経113度に戻して一応の解決をみた40。ITUを通さないでの
実力の行使に各国からの懸念が表明された。
②
インドネシア
v.
中国(香港)―インドネシア政府がITUに登録した東経134度に同国の
PSN社が、パラパ・パシフィックスター衛星を運用していたところ、1996年の夏、香港の
APTサテライト社が自社のアップスター1Aを移動させたため、有害な混信が生じた。PSN
社はITUのRRに違反してジャミングを行いアップスター1Aの運用を妨害し、アップスター
1Aもアンテナを傾けてジャミングを防いだ41。
なお、ITUと同様、COPUOS法小委の議題4「宇宙空間の定義および画定に関する問題ならびに静
止軌道の性格と使用に関する問題(ITUの役割を損なうことなく静止軌道の合理的かつ公平な使用を
確保する手段考慮することを含む。)」においてもペーパー衛星問題が議論されて、一応の解決をみて
いる。具体的には、2000年には国連第4委員会を経て総会で決議された「宇宙の平和利用における国
際協力」決議の一部として「静止軌道の使用に関する論点」がエンドースされた 42。それは、(i)静止
軌道を含むあらゆる軌道へのアクセスは公平な方法およびRRに従って行われ、先進国は途上国が公平
に軌道にアクセスできるよう実行可能な措置をとること、(ii)周波数・軌道位置の確保は、ペーパー衛
星の防止を義務づけるITUの決議18(1994年)や決議49(1997年)に留意しつつITUのRRに従って
行うこと、(iii)静止軌道への公平なアクセスについての作業部会は今後開催しないことを明記する。
ITUのRRに従うこと、今後作業部会を設置しないこと等を認める中で、暗黙の了解として静止軌道に
赤道直下国の領有権や優先権を主張したボゴタ宣言(1976年)を巡る紛争に終止符を打った。
***
以上、無線周波数と軌道位置を争う紛争解決の特徴は以下のものと思われる。
①
38
ITUという国連専門機関が、紛争解決に向けて準司法的解決を行う仕組みを用意している。
正式名称は、
「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家の活動を律する原則に関する条約」。
1967年署名開放、同年発効。610UNTS 205.
39
Janet C. Thompson, ―Space for Rent: The International Telecommunication Union, Space Law, and
Orbit/Spectrum Leasing,‖ J. Air L. & Commerce, vol.62 (1996), pp.279-311.
40
Anthory R. Curtis, ed., Space Satellite Handbook (Gulf Publishing Co., 1994), p.29. インドネシアはトンガ
の得た東経170.75度にも異議を唱えた。
41
Space News, (27 Jan.-2 Feb., 1997), p.3.
42
A/AC.105/738 (20 Apr. 2000), Annex III; Paragraph 4 of GA Resolution55/122 (8 Dec. 2000).
114
しかし、認定の執行は確保されていず、機構の一体化を守るために行動する加盟国の良識に
依拠する部分が大きい。
②
通信に関する国の主権を重んじる形で解決を図るため、妥協が重要であり、それは時折破ら
れることがある。しかし、問題が大きくなると、
「ペーパー衛星」の場合のように、ITUが新
たな規則を作成し、大多数の国はそれを遵守することにより、紛争を回避することは可能で
ある。
③
ITUでの紛争が回避され、また、拡大を防ぐことができた理由の1つに、周波数や静止軌道
位置獲得の「早いもの勝ち」を緩和するためのルールを制定することができた点を挙げるこ
とができるであろう。1973年にはITU条約を改正して、静止軌道と周波数を「有限な天然資
源」とみなすことに成功し、80年代末期までに、衛星打ち上げの予定がない国に対しても固
定衛星業務について尐なくとも1つの静止軌道位置と周波数を配分することにより、途上国
の不満を緩和した43。このような工夫により、紛争を予防する努力がITUのRR違反に対する
無力を補っているといえるのではないか。
④
さらに、技術の発展により、周波数と静止軌道の効率的な使用が可能になること、ゼロサム
ゲームではない点が、紛争の回避に役立っているといえる。
(4) COPUOS での南北問題の解決
宇宙活動は自律的に展開できる国が尐ないため、ルール作りを行う多国間協議の場では、南北問題
が先鋭化しやすい。1970年代初期から始まったリモート・センシング衛星の撮影と画像配付ルールに
ついての南北対立、静止軌道の利用についての対立(ITUにおいて主として議論)、宇宙条約第1条に
いう「すべての国の利益のために、その経済的又は科学的発展の程度にかかわりなく行われる」活動
であるという文言の解釈の対立等、自律的宇宙活動国(「持てる国」)と宇宙活動の成果の受動的な利
益を受ける国(「持たざる国」)の間での対立の解消は困難であった。
それらは概して二国間の紛争となる前に国際ルールを作成することにより、または国際協力により、
紛争成立が回避された。以下、ごく簡単に回避例を記述する。
①
リモートセンシング―1986年の国連総会決議「リモートセンシング原則に関する国連決議」
は、被探査国のデータにアクセスする優先権を保証するものではなく、途上国の不満は解消
してはいなかった。しかし、その後、国連内外での国際協力により、特に気候変動のデータ
を共有し地球環境を保護することや、災害発生時に画像を提供して被害軽減と復興に役立て
る慣行が定着するに従い、途上国の側からの不満の声は小さくなっていった。国際協力の主
要な例としては、国連のUNISPACE IIIによる協力、地球観測に関する政府間会合(GEO)
の「全地球観測システム(GEOSS)10年実施計画」、国際災害チャータ、地球観測衛星委員
会(CEOS)と12の機関(IGOS-P)が行う統合地球観測戦略(IGOS)等など多様なものが
43
たとえば、三浦信「WARC-ORB-88の概要-静止衛星軌道及び周波数のプラン会議」新日本ITU協会編『第26
回ITUセミナー一般資料
無線通信部門』(1998年)3.25-3.49頁。
115
あり、公共目的のデータ配布については様々な規則が作られつつある44。
②
静止軌道の公平な利用―(3)において既述した、
「宇宙の平和利用における国際協力」
(2000
年)決議の一部として「静止軌道の使用に関する論点」がエンドースされた規則がそれであ
る45。重複するので、この項では省略する。
③
宇宙条約第1条の解釈―宇宙の探査・利用の自由と「すべての国の利益のために、その経
済的又は科学的発展の程度にかかわりなく行われる」活動(宇宙条約第1条)との両立を、
具体的にはどのような行動準則にみるべきか、という論点はCOPUOS内外で長年議論されて
きたものであった。1988年に法小委で討議が開始され、1996年に総会決議として採択され
た「特に途上国の必要に留意した、すべての国の利益のための宇宙空間の探査および利用に
おける国際協力についての宣言」
(スペース・ベネフィット宣言)は、宇宙条約第1条の有権
解釈とされ、今後、政治的立場に立脚した南北対立をCOUPOSに持ち込むことを抑制するこ
とを可能にした。先進国にとっては、知的財産権の尊重も含めた商業利用の自由が保障され、
途上国にとっては資本主義ルールの枠内で援助を受け、成果の分配ではなく、宇宙活動参加
について対等のパートナーとなる道が開かれた46。
もっともいったん回避された紛争も、新たな状況の下では、同じ主題につき再び対立が高まること
もあり得る。特に、リモートセンシングは、高分解能の商用衛星が国家安全保障や個人のプライバシ
ーの侵害に関係することから今後新しい規則や緩やかな合意が必要とされる可能性もある。
(5) その他
二国間の商業宇宙打上げ協定やイラン不拡散法
a) 二国間商業宇宙打上げ協定
米国は、中国(1989年、1995年新協定)、ロシア(1993年、1996年改正)、ウクライナ(1996年)
との間に二国間協定を締結し、米国企業の通信衛星がこれらの国の打ち上げ機を使用する場合の基準
を設定した。これらは、米国の衛星を打ち上げる場合の一定期間の上限数、西側諸国との打上げ価格
の差の上限、3ヵ国がミサイル技術管理レジーム(MTCR)基準を遵守すべきこと等を規定する時限
付条約である。当時は、米国の衛星数に比して打上げ機が不足していたことと、衛星製造業者に安価
な打上げ機を提供すること、米国の打上げ業者を守ること、資本主義への移行期にあり経済的に困窮
するロシア、ウクライナを援助すること、条約交渉当時は3ヵ国ともMTCRに加盟していなかったの
で47、米国が利益の大きい打上げサービス業を与える見返りに、米国の不拡散政策の一環として国際
基準であるMTCRの遵守を要求することなどがその目的であった。現在、ロシア、ウクライナとの協
定は、期間が終了し、失効している。中国との協定は、2回失効した。1989年協定は、同年の天安門
事件を契機に制裁として失効し、1995年の新協定は、中国の長征ロケットによる米国衛星打上げ失敗
44
様々な機関のデータ配布規則の詳細については、たとえば、青木節子「宇宙法におけるソフトローの機能-市
場と公益の調整原理」小寺彰・道垣内正人編『国際社会とソフトロー』(有斐閣、2008年)92-100頁参照。
45
A/AC.105/738 (20 Apr. 2000), Annex III; Paragraph 4 of GA Resolution55/122 (8 Dec. 2000).
46
青木「宇宙法のおけるソフトローの機能」107-108頁参照。
47
もっとも1995年にロシア、その翌年にウクライナはMTCRに加盟した。
116
の事故調査の過程での米企業による中国への違法なミサイル技術の漏洩が、1998年1月下院の特別委
員会で認定され、1998年に失効した48。
ヒューズ社(1995年の事故)やロラール社(1996年の事故)が事故調査において米国務省の技術支
援契約(TAA)という輸出許可を得ずに中国にミサイルの多弾頭化に益する技術を提供した、という
のが二国間宇宙貿易協定失効の理由であるが、米中が直接に条約の適用解釈を争った事例ではなく、
米企業の武器輸出管理法違反に関する問題として処理された。しかし、下院特別委員会では、中国が
故意に違法に米国のミサイル技術獲得のために行動したという結論も導かれており 49、底流は米中の
紛争でもある。以後、米国の輸出管理法は強化され、今日に至るまで緩和はされていない50。
b) イラン不拡散法
また、1998年の国際宇宙ステーション(ISS)協定によりロシアが正式にISSプログラムに参加し
た頃、同国は深刻な経済状況にあり、しばしばメンバーとしての拠出金の支払いが遅れた。それを米
国が支援するためには、また、NASAがソユーズによる宇宙飛行士や物資の輸送の対価を支払うため
には、ロシアがイランに対して、大量破壊兵器(WMD)等、特にミサイル技術を移転していないと
いう認定を「イラン不拡散法」
(2001年)51に基づいて大統領が行う必要があった。しかし、それを得
ることは必ずしも容易ではなかった52。何度かNASAによるISSの運用継続の支払いが遅滞しかかった
が、スペース・シャトル事故の後のISSへの輸送機の不足もあり、米国が妥協する形で大統領特例も
用いて、最終的には支払いを行った。米国内法に基づくものであり、条約の解釈適用を争う紛争では
ないが、ロシアの不拡散努力を米国は外交経路によって求めていたものと推測される。
3.現行国際法上の宇宙を巡る紛争の回避・解決手続き
前節では、これまでに生じた宇宙活動を巡る紛争がどのように回避・解決されたかの事例を検討し
た。本節では、宇宙活動に関する実定国際法が用意する紛争解決手続きと、現在、ジュネーブ軍縮会
議(CD)等で提案されている紛争解決の仕組みを概観する。また、国際法の他の分野が用意する新し
い紛争解決の枠組みを紹介し、将来の宇宙紛争の解決方法を考える参考とする。
(1) 国連宇宙関係条約
COPUOSで採択した5つの宇宙関係条約が規定する紛争解決条項は以下のものである。
1967年の宇宙条約は、月その他の天体を含む宇宙空間の探査・利用についての行為規範を設定する
条約であり、紛争解決のための規定は、第9条の協議義務が主要なものである。これは、宇宙空間に
48
事件については、たとえば青木「宇宙の商業利用をめぐる法規制」14-16頁。
49
Select Committee, U.S House of Representatives, U.S. National Security and Military/Commercial
Concerns with the People‘s Republic of China, Report 105-801 (May 1999).
50
日本機械輸出組合編『日本版Export Control News』第20巻第5号(2010年2月)20-28頁。
51
PL. 106-178.
52
See, e.g., <http://fas.org/sgp/crs/space/RS22072.pdf> accessed on 21 Jan.2010.
117
おいて計画された活動または実験が他の当事国に潜在的に有害な干渉を及ぼすおそれがあると信ずる
理由があるときには、事前の適当な国際協議を行うことを当事国に課すもので(第9条3文)ある。同
様に他の当事国が計画した活動・実験について同様のおそれをもつ当事国は、協議要請を行うことが
できる(同条4文)。しかし、協議要請に対して拒否、または無視という反応がかえってきたときに、
協議要請国がとり得る措置についての記述はない。2007年1月の中国のASAT実験-中国は、「科学
実験」という-に関して、中国は、デブリをまき散らす実験について他国と事前の協議をする義務
があったのではないかという疑問が残る。しかし、その疑問を提出し、回答を得るための手続き規定
が宇宙条約には存在しない。
可能な限り自国の宇宙活動に関する情報を提供する義務(第11条)も、紛争の発生を防止し、紛争
が生じたときに、それを解決するための手段となり得る。その他、紛争を回避するために有益と考え
られる規定としては、広義の検証条項と言い得る他の当事国が打ち上げる宇宙物体の飛行を観測する
機会を与えられること(第10条)および天体上のすべての宇宙物体に関する相互主義に基づいた訪問
査察(第12条)がある。
1968年の救助返還協定は、宇宙飛行士の救助および宇宙物体の返還についての国家の行為規範のみ
を規定する条約である。返還手続きおよび、1972年の宇宙損害責任条約の紛争解決手続きについては、
前節(2)に記述したので、省略する。1975年の宇宙物体登録条約には紛争解決手続きの規定はない。
このように、すべての宇宙活動国が加入する宇宙4条約で、紛争解決のために役立つと思われる実体
法・手続き法を曲がりなりにも備えているのは宇宙条約だけであるが、宇宙条約の規定も上でみたよ
うに不十分なものである。
1979年の月協定53は、紛争解決のための協議規定を置く。当事国が他の当事国の義務不履行または
自国の権利侵害を「信ずる理由があるとき」に協議を要請できる。そして、協議を受理した当事国は
遅滞なく協議を開始しなければならない。参加を要請する他のいずれの当事国も協議に参加する権利
を有し、争いは、相互に受け入れられる解決をめざすものとする。国連事務総長には、協議の結果の
情報を提供し、事務総長がすべての関係当事国に受諾した提供を伝達する(第15条2項)。この方法で、
紛争の解決に到らないときには、他の平和的手段を選択し、解決をめざすものとする。協議の開始が
困難である場合または協議により相互に受け入れ可能な解決に到達しなかった場合には、いずれの当
事国も事務総長の援助を求めることができる(第15条3項)。
紛争を未然に防ぐための規定としては、月の探査及び利用に関する自国の活動についての情報提供
(第5条)や一国でもしくは国際協力により、または国連の枠内で「国連憲章に従い適当な国際的手
続きを通じて行動することができる」
(第15条1項)訪問査察の制度がある。月協定は、最後に採択さ
れた条約であり、1970年代後半の協議制度の発達を取り入れ、国連の枠組みでの検証制度の可能性に
言及するなど、宇宙関係条約の中では最も進んだ紛争解決手続きをもつ。欧州連合(EU)行動規範
案(本報告書第5章参照)の規定する紛争解決手続き(同規範第9節)が月協定第15条2、3項に類似し
53
正式名称は「月その他の天体における国家活動を律する協定」。1984年発効。1363
UNTS 3. 2010年1月現在、
13ヵ国が加盟する。先進国で月協定に加盟するのは、オーストラリア、オーストリア、オランダ、ベルギーであ
る。フランスとインドは署名のみである。
118
たものであることは、これが現在の国際社会で現実的に到達可能な紛争解決手続きの限度と考えられ
ているためかもしれない。
(2) 宇宙関係総会決議の紛争解決条項
1963年の宇宙探査利用原則宣言は、宇宙条約とほぼ同じ規定をおくものであり、宇宙条約第9条と
ほぼ同一の事前の協議義務を原則6の第3、4文に置く。
1982年の「直接放送衛星原則」は国連憲章に基づく平和的解決手続きによる解決をはからなくては
ならない(should)と規定する(原則E)。1986年の「リモート・センシング原則宣言」は、原則の
適用から生じるいかなる問題も紛争の平和的解決手続きを通じて解決する(shall)と規定し(原則XV)、
1992年の「原子力電源衛星原則」は他国の要請する協議義務に可及的速やかに応じる(shall)と法的
義務を規定する(shallを用いる)点で、直接放送衛星原則と異なるが(原則6)、決議に法的拘束力が
ないので、協議義務もまた、勧告的なものにとどまらざるを得ない。1996年の「スペース・ベネフィ
ット宣言」、2000年の「宇宙の探査・利用における国際協力」オムニバス決議の一部「静止軌道の使
用に関する論点」、2004年の「打上げ国概念適用」、2007年の「スペースデブリガイドライン」、2007
年の「宇宙物体登録勧告向上」には紛争解決条項はない。
(3) その他の多国間条約の紛争解決手続き
1998年の国際宇宙ステーション協定は、協議による紛争解決を規定する。参加主体は了解覚書に定
める手続きに従い最善の努力を払う協議を通じて、宇宙基地協力から生じる問題の解決を図ること、
協議要請を受けた参加主体は、速やかに応じることを約束する(第23条)。また、飛行要素設計につ
いて、他の参加主体に影響を及ぼす可能性のある重要な変更を行う場合には、可及的速やかにその旨
を通報し、通報された参加主体は、その件に関して協議要請をすることができる(第23条)。協議が
不調の場合には、合意された紛争解決手続きに当該問題を付す。
1975年の欧州宇宙機関(ESA)設立条約は、不一致は理事会で解決を図ることとし、それに失敗し
た場合は仲裁(アドホック仲裁裁判所を設置。3名の仲裁人。)に付すことを規定する。上訴制度はな
く、仲裁裁判所の判決が最終的かつ拘束力を有する(第17条)。2002年のITU憲章は、解釈適用に関
する紛争は交渉により解決し、不調の場合は条約は仲裁手続きに付すと規定する(第41条)。ただし、
仲裁による義務的解決は選択議定書当事国間においてのみ適用されるが(第56条)、仲裁裁定は最終
的かつ拘束力をもつ(条約第41条10項)。1973年のインテルサット協定も、法律的紛争は附属書C(紛
争解決手続き)に従う仲裁に付すと規定し(第18条)、インテルサット民営化後の2000年の国際電気
通信衛星機構(ITSO)改正協定も同様の仲裁条項を置く(ANNEX A(紛争解決手続き)第XVI条)。
1979年のINMARSAT協定では、まず交渉を行い、交渉が不調の場合国際司法裁判所(ICJ)に付託す
るかまたはその他の合意がない場合には、当事者の合意に基づき仲裁(附属書に手続き)に付すこと
ができる(第31条)。インマルサットの民営化に伴う2008年の国際移動通信衛星機構(IMSO)協定
(改正)では、附属書I(紛争解決手続き)に基づき仲裁に付すことになっている。2005年のアジア
太平洋宇宙協力機構(APSCO)条約では、理事会における協議が不調の場合は、理事会が採択した
119
規則に従う仲裁で紛争を解決すると規定する(第19条)。国際組織の紛争解決の標準的なものは仲裁
であり、一般的な宇宙活動条約よりも強力な紛争解決条項が用意されている。
(4) 宇宙軍備管理条約案にみる紛争解決条項
これまで、CDでは、8つの包括的な軍備管理条約案が提案された。いずれも交渉にまでは至っては
いないが、どのような紛争解決条項が想定されていたかを参考のために記載する。1979年のイタリア
案(宇宙の軍備競争防止のための宇宙条約追加議定書案)
(CD/9)には紛争解決条項はなく、1982年
のソ連案(宇宙空間にいかなる兵器を配置することも禁止する条約案)
(CD/274)では、協議、照会、
情報提供(第4条3項)が置かれていた。また、検証措置として、ABM条約第12条1、2項とほぼ同一
の規定のNTMがみられた(第4条1、2項)。1984年のソ連案(宇宙空間におけるおよび宇宙から地球
への武力行使を禁止する条約案)(CD/476)は、第5条に以下の協議規定を置く。「1
本条約の当事
国は、条約の目的または履行に関して生じる問題を解決するため、相互に協議し協力する義務を負う
(undertake to)。2
前項に規定する協議・協力は、国連の適切な国際手続きを利用して行うことが
できる。国際手続きには、本条約の当事国からなる協議委員会を利用することを含める。3
条約の
当事国からなる協議委員会は、条約の当事国の要請から1ヵ月以内に寄託者が招請する(shall)。③その
他の平和的解決、条約の履行に関して生じるいかなる紛争も、国連憲章に規定する手続きの援用を通
じて平和的に解決する(shall)」(第8条)。CD/476はまた、1982年のソ連案と同様、ABM条約第12
条1,2項とほぼ同一のNTMを検証措置として規定する(第4条1、2項)。
1988年のベネズエラ案(宇宙条約改正案)
(CD/851)には紛争解決条項および検証規定はなく、1989
年のペルー案(宇宙条約改正案)(CD/939)にも紛争解決条項はないが、第II議定書で多国間検証規
定およびNTMを規定する予定であった。
2001年中国案(宇宙のウェポニゼーション禁止条約案)(CD/1645)は、検証、紛争解決、信頼醸成
措置(CBM)について以下のように規定する。検証は、「一層の検討および発展が必要」(第VIII項)
として具体案は出さず、紛争解決の基本は、協議・協力義務である。そして、疑惑をもつ国は疑惑解
明(clarification)を求める権利を有し、疑惑を持たれた国は情報提供をし、事情を解明する義務を
負う(第IX項)。協議・説明が満足の行く結果をもたらさない場合には、疑惑を持つ国は、条約の設
置する執行機関に訴えを提起する。訴えには、証拠となる文書の添付および執行機関の検討要請書類
が必要である。当事国は、執行機関の調査に協力する義務を負う(undertake to) (第IX項)。この提
案とほとんど同じものが、この後の2つの露中提案でもみられる。また、CBMは、自国の宇宙計画、
射場、打上げる宇宙物体の事前の情報提供等を記す(第VI項)54。
2002年の露中案(宇宙空間における兵器の配備(deployment)および宇宙空間物体に対する武力
による威嚇または武力の行使の防止に関する条約案)
(CD/1679)では、検証規定はなく、紛争解決手
54
中国案が提出される前年、中国は「宇宙の軍備競争防止問題解決のためのポジションペーパー」(CD/1606)を
提出した。検証は技術的可能性を検討した後、査察制度またはその他の条約違反を防止する制度を構築(第vi点)
、
紛争解決制度は疑惑および紛争解決のための協議、説明等の適当な制度構築
の措置(第viii点)を予定する。
120
(第vii点)、CBMは疑惑解消のため
続きは、2008年の露中案とほぼ同一である。すなわち、疑惑を持つ国は解明を要請する権利をもち、
疑惑をもたれた国は、要請された解明を行う義務を負う(shall)。疑惑については、協議・協力によ
る解決をはかるが不調の際は、条約が設置する執行機関に紛争が送付される。当事国は、執行機関に
よる紛争解決に協力する(shall)(第VII項)。条約の執行機関の任務は、(a)条約違反の疑惑につい
て調査依頼の受領、(b)遵守いかんの検討、(c)協議を組織すること、(d)違反を終了させるための必要
な措置を取ることである(第VIII項)。CBMは、2001年案とほぼ同一の規定を置く(第VI項)。
現行の露中案(宇宙空間における兵器の配置(placement)および宇宙空間物体に対する武力によ
る威嚇または武力の行使の防止に関する条約案。通称「PPWT」)(CD/1839)は、2008年2月に提出
された。同じく、検証条項はなく、紛争解決手続きは、協議・協力を第一義とし、合意に至らない場
合は、条約の執行機関に問題を付託し、当事国は執行機間による事態の解決に協力する(shall)(第
VII条)というものである。条約執行機関の任務は、(a)いずれかの当事国による条約違反を信じる他の
当事国からの調査依頼を受理すること、(b)義務遵守についての検討をすること、(c)当事国による条約
の違反に関連して生じた事態の解決のため、協議の場を設け、協議を行うこと、(d)条約違反終了措置
を取ること、である。執行機関の名称、地位、任務、活動法式は、条約追加議定書で定めることとな
っている(第VIII条)。なお、CBMについては、合意された信頼醸成措置を自主的に実施する、と規
定される(第VI条)。
なお、軍備管理条約案ではないが、宇宙の安全保障と安全を架橋するものとして2007年秋以降に起
草が始まり2008年12月にEUとしての採択した「宇宙活動のためのEU行動規範案」がある。同行動規
範は勧告的文書ではあるものの、国は署名の際、同行動規範が強化された協議制度およびPPWTや月
協定に類似する組織化された紛争解決制度を置くことに合意をして、参加することを約束しなければ
ならない。EU行動規範には検証規定はない。参加国は他の参加国が行動規範の目的に反する行動を
行っている、または行動に至る可能性があるという疑惑をもつ場合に、受諾可能な解決策を得ること
を目的として、協議を要請することができる。また、協議の契機となった特定のリスクの解決期間の
設定を行う(will)。リスクの影響を受ける可能性のある参加国は参加の権限を付与される。協議参加
国は、「衡平な利益のバランスを踏まえた解決策」(solutions based on an equitable balance of
interests)を追求する(第9.1項)。さらに、参加国は、
「宇宙物体に影響を与えると立証された事件を
調査する制度」の設置を提案することができる。参加国が自発的に提供する自国の情報および自国の
調査手段に基づいてならびに国際的に認められた専門家の登録名簿に基づいて調査を実施することが
できる(第9条2項)。CBMとしては、宇宙活動の通報制度(第6項)、宇宙物体の登録(第7項)、情報
提供(第8項)が規定され、軍備管理条約案より詳細なものとなっている。
上でみたように、CDでの軍備管理条約案は最近になるほど、紛争解決手続きは第三者介在型、多国
間型のものとなり、また、CBMとしてとるべき措置が具体化されている。透明化を高めて紛争予防に
努めるという姿勢の現れかもしれない。一方、検証措置については、多国間機関の設置へという動き
は今のところ見られない。また、米ソの条約と異なり、参加国には宇宙探査・利用を自律的には行っ
ていない国が多いため、NTMを明記することもない。宇宙軍備管理条約案の内容は、大きく変化する
ことなく30年経過しており、その間に生成されつつある紛争解決制度の考え方は、次の10年にも大き
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く変わるとことはないと推測し得る。したがって、協議制度の発展の方向とその程度を正しく理解し
推測することが重要であろう。
(5) 他の軍備管理条約との比較
宇宙の軍備管理・軍縮を考える際に参考となるであろう軍備管理条約の検証と紛争解決手続きにつ
いてごく簡単に記述する。(ア)が検証条項、(イ)が紛争解決条項である。
1959年の南極条約では、(ア)締約国会合参加国による現地査察という形で南極の調査・基地の運
営を行う国のみが現地査察を行う強度の高い検証措置を取り得る(第7条)。また、(イ)紛争解決の
ためには、交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決または締約国が選択するその他の平和的
手段という形で国連憲章の想定するすべての平和的解決続きが条約に明記されている(第11条1項)。
特に、ICJへの付託も明記し(同2項)、また、国内裁判所を用いる際の裁判権についての規定を置く
(第8条、第9条1項(e))など、最も整備された紛争の平和的解決手続きが用意されている。
1967年のラテンアメリカ核兵器禁止条約をはじめとする非核兵器地帯条約は、条約に基づいて設置
する疑惑解明制度と国際原子力機関(IAEA)の査察の双方を用意し、最終的にはIAEAを通した解決
を予定する。1971年の海底非核化条約は(ア)観察と検証(第3条)、(イ)疑惑をもつ国の照会に基
づく協議と協議が失敗した場合の多国間の検証等相互協力等(第3条)を規定する。この紛争解決手
続きは、1974年の生物兵器禁止条約(BWC)や1977年の環境改変技術敵対的禁止使用条約(ENMOD
条約)に類似する。BWCには、(ア)検証規定はないが、(イ)協議・協力義務(第5条)と苦情申し
立てに基づく調査(第6条)の過程で、条約の遵守いかんが証明されることが含意されている 55 。
ENMOD条約は、協議・協力、専門委員会・苦情申立(第5条)を規定する。条約内に紛争解決のた
めの専門委員会がある点がBWCや海底非核化条約より、一歩組織化が進んだところである。1993年
の化学兵器禁止条約(CWC)となると、条約上に化学兵器禁止機関(OPCW)をおき、チャレンジ
査察までも要求する点で、一層国際組織によるコントロールは進展したといえる。
南極条約は、単なる軍備管理を規定したものではなく、新しい領域管理制度を作り出す包括的な条
約であり、また、加盟国が尐なく国連を離れて有志国が実効的に領域管理をし、領域紛争の凍結を図
ろうという意図があったため、詳細な紛争解決制度を置いたと考えられる。しかし、条約内で完結し
た紛争解決手続きを置くことはせず、既存の平和的解決手続きに訴えることを規定する。その点が、
核兵器不保持のための保障措置制度を整備したIAEAによる査察と認定を最終的担保とし、国際コン
トロールを前提とする多国間核軍備管理・軍縮条約と異なるところである。いまだ導入されていない
兵器の禁止条約については、検証の技術手段が存在しないものもあり、また、より多くの国を加盟国
とするために国内現地査察までも許容するほどの明確な規定はもたないが、協議から一歩進んで、疑
惑解明のための手続きを規定するところまでは、多国間管理への志向が進んでいる。EU行動規範案
やPPWTが目指しているのは、海底非核兵器地帯条約、BWC、ENMODに類似した紛争解決手続きで
あり、共通する特色は、(i)いまだ導入されていない兵器の禁止(宇宙兵器、海底敶設の核兵器、環
55
再検討会議を通じて、1970年代から、CBMを拡充し、検証措置の代替としようとしていたが、1990年代後半
以降、CWC並みの検証議定書を作成しようとし、2001年に米国の反対で挫折した経緯がある。
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境改変兵器)や不存在検証が困難な兵器(生物毒素兵器)の禁止条約であり、(ii)普遍的な加入をめざ
す条約・規範文書であり、かつ(iii)従来、国際管理の実績がない分野についての文書であるという
点である。
(6) 新しい紛争解決手続き
宇宙の安全な利用をめざして、交渉からICJでの司法的解決をめざす国連憲章第33条に規定される
紛争の平和的解決以外の新しい手続きとしてどのようなものが考えられるであろうか。
分野固有の紛争解決手続きを高度に整備している分野としては、世界貿易機関(WTO)や人権諸条
約を考えることができるであろう。WTOでは、附属書2の「紛争解決に係る規則及び手続きに係る了
解」
(DSU)の実施(WTO設立協定第3条3項)に基づくパネル(小委員会)での専門家による紛争解
決手続きが使用される。関税および貿易に関する一般協定(GATT)時代とは逆に全員一致の反対が
ない限り可決されるといういわゆる「ネガティブ・コンセンサス」方式を導入し、ほぼ自動的なパネ
ルの設置や報告書の採択を可能にした。パネルは上級委員会への上訴が可能である。WTOの紛争解決
手続きは、主題が貿易という経済問題であり、国家責任や安全保障という国家主権の枢要な部分にお
ける国家間の不一致ではないということから成立したと考えられる。したがって、今後、民間企業に
よる宇宙の商業利用が一層さかんになり、安全保障問題を宇宙の商業利用から相当程度切り離して考
えることができるようにならない限り、宇宙活動については、WTOのDSU類似の紛争解決方式を想
定することはできないであろうと推測される。
国際人権規約(1966年)は、報告制度(社会権規約第16条等、自由権規約第40条等)、のほかに国家
通報制度(社会権規約選択議定書第10条、自由権規約第41条)と個人通報制度(社会権規約選択議定
書第2条等、自由権規約第1選択議定書)を用意するが、国家通報制度はこれまで一度も利用された
ことがない。条約の枠組みで条約の当時国が他の当時国の違反を申し立てることは、やはり、現在の
主権国家の並存状態では望ましいあり方とは考えられていないからであろう。個人申立制度は、様々
な人権条約では一定程度以上の役割は果たし、また、人権裁判所を備える条約もある。個人の権利を
国家主権から切り離して考えることが可能な分野であれば可能な紛争解決制度であろうが、これも宇
宙という軍事・安全保障含意の強い活動には適さない解決方式といえそうである。
さらに、地球規模の環境条約では、たとえば、オゾン層の保護に関するモントリオール議定書(1987
年)では、議定書の義務を守ることができなかった国に対して、制裁を与えるだけではなく、援助を
与え条約の遵守を可能とするような仕組みも用意している(付属書IV)。宇宙の安全な利用について
も、たとえばスペースデブリの低減に失敗した国に対しては、国際社会が宇宙物体の設計、運用や機
能終了後のデオービット、リオービットの方途について技術、資金援助をし、国際標準や国際規則を
守ることができるように監視し、善導していくという方式が必要とされるかもしれない。それを多国
間の協議制度の中に含めることも可能であろう。宇宙の安全保障と安全にかなった利用は、地上の地
球規模の環境保護条約の紛争解決、不遵守是正制度が参考になる場面も多いと考えられるので、今後
の日本の提案を念頭に入れたとき、国際環境条約の研究は有益な場合が考えられる。
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