ギャラリーの辿る道

ギャラリーの辿る道
死語になりつつある言葉に、企業メセナと云う言葉がある。バ
ブル華やかしき頃、猫も杓子もこぞってメセナを讃唱し、メセナ
まがいの催し物を行った。勿論、メセナと云う言葉も概念もない
頃から、確立された理念の基に、地道に文化活動を行い、現在も
継続している企業もたくさん存在している。そもそも文化活動は
高くつくものである。流行に乗り遅れないようにとか、文化を装
い金儲けを企むなどは以ての外である。
メセナとは、元々フランス語だそうだ。欧米、特にヨーロッパ
諸国でのメセナ活動と、にわか仕込みの日本とでは、根本的な理
念が違う。これは、雑誌に書いてあったのだが、日本の企業がヨ
ーロッパのある国で、演奏会を主催したのだそうだ。その会場の
正面入り口の前に、モデルチェンジしたばかりの新車を展示し、
事もあろうに、その回りでカタログを配り始めたのである。格調
高いクラッシックの演奏会にも係わらず、である。会場の責任者
は、止めてくれるよう頼んだが、お金を出しているのは我々だと
言い張り、続行したのである。
近年、日本で文化が根づかないのは、税制にあると思っている。
累進課税制度により個人的な金持ちがいなくなったのが、文化活
動を弱めている最大の原因である。確かに企業は、ある程度金持
ちになったかも知れない。しかし、企業が文化活動を支援するの
には、自ずから限界がある。法人監査制度や税務上の取り扱いや、
株主総会の事を考えると、煩わしくなるのは致し方がないところ
である。その点、働く意欲をなくすような、累進課税制度が敷か
れる以前は、大金持がいて、文化を底辺で支えていたと思う。財
産はいずれなくなる。文化は永遠である。松方コレクションとか、
〇〇コレクションと言われているものは、後世まで残っているで
はないか。
社屋を新しく建て替える時に、友人の谷口君と何気なくお茶を
飲んでいて、谷口君の「ギャラリーにしたら」と云う一言で、1
階をギャラリーにした。設計士とあちらこちらの美術館を見て回
り、岡山にあるオリエント美術館を参考にして、そのミニチュア
版のような空間を創り、ルネッサンススクエアと云うネーミング
にした。最初のうち、多くの人は、舌を咬みそうな名前だ、と言
っていたが、今は言う人はいなくなった。私は、この名前以外に
付ける気はなかった。1 年程前、弁理士に依頼し、名称登録をし
た。私は、この名前を大層気に入っている。
ルネッサンススクエアを語るには、館長をお願いしている池内
先生の事を記さねばならない。開館当時は、県立の短期大学の教
授をしておられたが、4年前定年で退官され、現在は岡山の大学
の教授をしておられる。ギャラリーを開館すると言っても、私は
何一つ成算があった訳ではなかった。全くのずぶの素人だった。
どうしても、アドバイザー的な人が必要だった。当社は、先生が
教授をしておられた大学から、2年続けて女子社員を採用してい
た。入社していた女子社員から、先生は絵も描かれると云う事を
聞き、だめもとで先生に館長をお願いした。先生は、私は一応公
務員だから、公には都合が悪いが、君のところにも学生が、色々
とお世話になっているから引き受けよう、とおっしゃった。どん
な絵を描かれるのか私は知らなかったので、大学の図書館にある
先生の絵を見に行ったこともある。後で私の知人に、あの先生は
大変な先生なのだという事を聞いて、盲蛇におじずだなあ、と思
った。先生は大学では住居学を教えておられ、環境心理学とか人
間工学の権威者だった。絵画の方は、エアブラシを使い知性とエ
ロスが見事に混在した絵を描かれる。私の狭い範囲内では、現存
している作家の中で、先生の絵を上回るものに出会っていない。
先生はまた、あらゆることに造詣が広くて深い。いろんな事を教
えて戴き、いくら感謝してもしきれないと思っている。とても先
生抜きでは、ルネッサンススクエアはここまでやってこれなかっ
た。また先生には小さな作家にありがちな偏屈さもない。全てに
公平である。4年前に出版された画集のお手伝いをした事と、
時々気に入った絵を買わせて戴くだけで、1円の顧問料も払って
いない。
開館当初から私のよきパートナーであり、今はほとんど任せき
りにしている、秋山女史の事も記しておかねばならない。彼女は、
私の叔父が町長に立候補した時に、選挙事務所でアルバイトをし
ていたのだが、その仕事ぶりを見た私は、当社に来てくれるよう
頼んだのである。最初の頃、2人で神戸にある近代美術館へ『ダ
リ』の展覧会を見に行った事がある。会場へは2人同時に入った
のだが、段々私と彼女の距離が離れていった。私が半分ほど見た
頃には、彼女は既に全て見終わっていた。私は、仕事は出来るが、
美術には興味がないのか、こう云う仕事は向いていないのだろう
か、いい加減な見方をして、と思った。出口で待っていた彼女は、
どの絵が良かったですか?私はあの絵とあの絵とが、最も気に入
りました、と言うのである。私は、彼女の言った絵がどれであっ
たか、記憶になかった。私は、ほとんど良かったと言えば良かっ
たし、そうでもないと言えばそうでもなかった。私は、眺めてい
たのである。彼女は観ていたのである。今でもそうだが、絵画だ
けでなく美術一般全てにおいて、彼女の方が観る眼がある。時々
私は、ルネッサンススクエアで開催した展覧会で、気に入った作
品があれば買うのであるが、彼女の意見に従っている。ギャラリ
ーにはもう1人女子社員がおり、2人で年間15〜6程イベント
を開催しているが、私の仕事はほとんどない状態である。もう1
人の女子社員とは、私にCSを教えてくれた女子社員である。秋
山女史が7年、もう1人が4年、後継者に頭の痛い今日この頃で
ある。
「この度、ギャラリー[ルネッサンススクエア]を開催し、地域
文化に微力ながら貢献したいと考えております。
当ギャラリーは、造形的表現活動に対してトータルに考える点か
ら、絵画・彫刻・工芸等の純粋芸術の他、建築・工業・インテリ
ア・商業・織物デザイン等の生活造形に関する領域も含め、幅広
い視野で企画展示を行い、皆様にご観覧を得たいと思っておりま
す。また、地域の造形作家の皆さんに創作発表のスペースを提供
し、自由に広く活用して頂ける計画を立案中です。
よろしくご理解、ご協力のほど、お願い申し上げます。」
上記は、ギャラリーの入り口に提示しているあいさつ文である。
こういうコンセプトの基に開館したのである。過去7年間に80
数回の展覧会を行った。目的は、対外的には地域コミュニティ創
りと、企業イメージのアップである。対内的には、社員のモラル
の向上と、ハイアメニティな職場環境創りにある。開館当初は、
マスコミも大いに取り上げてくれ、対外的には高い評価を得た。
しかし、社内の理解がなかなか得られず、私の気持ちを随分悩ま
せた。ここ、3年位前からは社員もようやく解りかけてきたよう
である。中には、理解をしようともしない者もいるが、半数以上
の社員にはぼんやりだが、浸透したと思っている。まことに、企
業経営とは難しいものである。何かを新しく導入する時は、いく
ら良い事でも、時期や社風や外部環境の変化によっては、良くな
い事もある。前述したと思うが、判断基準を、合うか、合わない
か、に置く事が大切である。そして、ストレスマネジメントの組
織理論をよく理解し、行使する事が大切である。また経営は、一
寸だけ先を見て行わなければならない。余り先過ぎてもだめであ
るし、手遅れはもっと酷い。一寸先とは、1年前後位が目安だと
思う。ギャラリーは、様々な経営のコツを私に教えてくれた。
ギャラリー[ルネッサンススクエア]の年間イベントのひとつ
に、小学生を対象とした子供の絵画展がある。毎年6月に行って
おり、今年で第6回を数えた。1回目の時は、姫路市の主な小学
校を訪問し、出品の依頼に回った。中には、何故おたくの絵画展
に出品しなければならないのか、おたくの商売のお手伝いをしな
ければならないのか、と言う学校もあった。1回目は、150点
しか応募がなかった。しかし、450点、830点、と段々数も
増え、4回目からは一団体からの出品数を24点以内と、絞って
いるにも係わらず、1200点以上の応募がある。と同時に質も
向上している。審査員は、池内先生と他にもう1人、児童絵画に
詳しい先生にお願いしている。我々の、考え方、展覧会の運営の
仕方等が地域に広まり、あのルネッサンスの子供の絵画展は、な
かなか格調も高く、非常にいい絵画展だと云う認識が浸透してき
たようだ。兵庫県をはじめ、姫路市、お隣のT市の後援も頂いて
いる。6月の半ばの日曜日に、ルネッサンススクエアで表彰式を
行う。毎回、1,000 人以上の方がお見えになり、会場には入りき
れなくなる。申し訳ないと思うが、会場を変える気はない。この
ルネッサンススクエアで行うことに意義があるからである。私が
考える子供の絵画展の終着駅は、営業がお伺いしたおたくで、
「この子が小学3年の時、サンホーム兵庫のギャラリーで、いい
賞を頂いたのですよ」と云う会話が奥様から聞ける事だと、思っ
ている。
恒例の年間イベントのもう一つに、年末に行うチャリティ展が
ある。このギャラリーで知り合った作家の先生方に、小品を2〜
3点出展して頂き、それらを一般の方に入札方法で買って頂くの
である。売れた金額の半分は作家の方にお返しし、残りは経費分
を差し引いて、[はりま自立の家]、正式には、兵庫県心身障害児
福祉協会に寄付をしている。始めの頃は、売るのも大変で、私の
友人や社員に買って貰っていたが、今では毎年楽しみにして買っ
て下さる方もいて、300 万位の売上があり、100 万前後寄付して
いる。最初の頃は、仲介をして頂いた神戸新聞社に寄付金を持参
していたが、ここ2年は直接[はりま自立の家]に行き、お渡し
している。[はりま自立の家]には重度の身障者の方々が暮らし
ておられ、その人達とお茶を呑み、2時間程を一緒に過ごすので
あるが、毎回こちらが勇気づけられて帰る始末である。
ギャラリーでの催しで、心に残っているものとしては、新潟の
長谷川氏の協力で行ったインドのミティラー民族画展、福富太郎
氏にお願いした、日本の明治から昭和にかけて活躍した作家の描
いた美人画展(特に岡田三郎助のあやめ)、広重と北斎の浮世絵展、
シリーズになっている地域作家による現代作家展、こけら落とし
に開催したシルクロード展、等々数え上げればきりがない。今後
是非行いたい催しとしては、絹谷幸二氏の作品展、それにこれは
夢になるかも知れないが、ルネッサンススクエア大賞を企画し、
開催したいと思っている。
文化とはお金も時間もかかるものである。今世紀中に華が咲く
かどうかも分からない。当初のコンセプトを忘れず、息切れしな
いようにしなければならない。企業メセナと云うにはおこがまし
いが、我が社の殻に合った活動を、これからも続けていきたいと
考えている。スポーツは少年サッカーで、文化はギャラリーで、
出来得る限りの範囲で継続していくつもりである。