国際ゾンタ26地区エリア3 第5回エリアミーティングを

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福 井 ゾ ンタ クラブ会 報
2013年 7月
No.45
国際 ゾ ンタ26地 区エ リア3
第 5回 エ リア ミー テ ィ ングを終 えて
1松
田
玲
子
に と願 い 万全 を期 して 開催 をむか え させ て い た
だ き ま した。
また 、 岡澤 ADの 簡 素 化 をは か りた い との意
向 か ら諸 経 費 削 り、 当初 の 設 定 登 録 費 よ り返 金
が 発 生 した た め、 出席 全 員 に 当 日朝 に返 金 す る
とい う対 応 に も追 わ れ、 当 日は あわ た だ しい 幕
開 け とな りま した。
緑 さわ や か な 4月
20日 、 エ リア 3第 5回 エ
リア ミ ー テ ィ ング が福 井 県 あわ ら温 泉 の グ ラ ン
デ ィア芳 泉 にて 開催 され ま した。
エ リア 3の 11ク ラブ よ り多 くの会 員 、 ご来賓 、
他 のエ リアか らの 出席者 な ど 157名 の 盛 会 とな
りま した。
他 エ リア に 先駆 け て 4月 開催 だ とい う フ レ ッ
開会 式 、 ビジ ネ ス セ ッ シ ョン に続 き ワ ー ク シ
ョップ Iで は、 「ゾ ンタ とは 何 か Jと 題 して パ
ネ ラ ー が 質 問形 式 で 簡 潔 に基 本 的 な 国 際 ゾ ンタ
を説 明 され 、 ゾ ンタ 初 心 者 に も理 解 で き 学 べ て
有意 義 で あ りま した。
昼 食 をは さみ、 午 後 は ワー ク シ ョップ Ⅱ、 基
シ ュ さ に 緊 張 感 もプ ラス され、 当 日朝 、 私 は実
調講 演 と続 き ま した。
ア ウ ン ・ サ ン・ ス ー ・ チ ー 氏 と長 年 親 交 の 深
行 委 員 長 と して 大 役 の 重 責 を感 じ引 き しま る思
い 講 師 の 大 津 典 子 氏 か ら、 ス ー ・ チ ー 氏 の 生 き
いで した。
様や 人柄 な ど貴 重 なお話 を うかが う ことがで き、
この 日ま で 、 福 井 ク ラブ は ホ ス トク ラブ と し
生 き 生 き と した 豊 か な社 会 を築 くた め には 女 性
て 岡澤 ADの 指示 の も と実行委員会 を数 多 く開き、
の 力 を活 か して 様 々 な 奉 仕 活 動 を 展 開す る こ と
細 か く役 割 分 担 を決 め全 員 一 丸 とな り準 備 をす
の 必 要性 を学 び ま した。
す めて ま い りま した。
議 長 として 岡澤 ADは テ ンポ のよ い 口調 で 次 々
今 回 は、 温 泉 地 で の 開催 だ と い う こ とで、 前
日泊 。当 日泊 の 申込 み も多 数 い た だ き、 部 屋 割
と進 行 され、 会 湯 か ら時 折 ほ ほえ ま しい笑 い も
聞 こ え、 午 前 。午 後 とす べ て ス ム ー ズ に進 み 終
りな ど担 当者 も慣 れ な い こ とに懸 命 に取 りくん
始 な ご や か な 雰 囲気 の 中 で す べ て 予 定 通 り終 了
で い ま した。
とな りま した。
会 場 の 下 見 や 打 合 せ な ど福 井 市 よ りな ん ど も
問題 とな る 審 議 事 項 、 決 議 事 項 が な く、 お だ
足 を運 び 前 日には全 員 で 早 朝 よ り会 場 設 定 準 備
や か な エ リア ミー テ ィ ング とな り出席 され た ゾ
を し、 当 日朝 も最 終 確 認 な ど し、 出席 され た ゾ
ン シ ャ ン も交 流 や 連 携 を深 め る こ とが で き、 無
ン シ ャ ンの 皆 様 に充 実 した 一 日にな ります よ う
事 に 終 え られ た こ とに実 行 委 員 長 と して ほ つ と
(2)
胸 を な で 下 ろ した 次 第 で す 。
最 後 に、 ご 教 示 くだ さ い ま した AD岡 澤 様 、
並 び に ホ ス トク ラブ と して 準 備 に 力 尽 く して く
だ さった福井ゾ ンタクラブの会員おひ とりおひ
とりに感謝 し、つたな い実行委員長 の私 を支 え
て くだ さった こと心 よ りお礼 申 し上げ ます。 あ
りが とうござ い ま した。
エ リアミーティ ングあれ これ
入念 に準備 を重ね た、エ リア ミーテ ィ ング の 朝、
五十嵐
幸
子
新 し く入 られ た和 装 の 男 性 会 員 の 方 も 目を ひ い た 。
私 達 は お 迎 え に 駅 へ 向 か っ た 。」Rか ら降 りて
また 、来 年 50周 年 を迎 え られ る大 阪 ク ラブ は 、古
こ られ た 方 々 に、ホ テ ル か らの送 迎 バ ス の 到 着
い ク ラ ブ の 貫 録 を見 せ る 発 表 で 、最 後 に フ ラ ダ
をお 待 ち い た だ く こと もあ った が、皆 様 、話 も弾
ンス で 会 場 を和 ませ て 下 さ っ た。
基 調 講 演 は 、大 津 典 子 さ ん の「ア ウ ン・サ ン・ス
み 笑顔 で お待 ち くだ さ った。
ADか
らは、心 の こもった ご挨 拶 を い た だ き、
そ の 中 で「皆 さんが 楽 し く、このエ リア ミー テ ィ
ー・チ ー を語 る 」だ っ た 。素 敵 な ス ー・チ ー さ ん を
ング を過 ご して ほ しい 」と言 わ れ た言 葉 に 私 も
の 数 々 に、大 津 さ ん とス ー・チ ー さ ん の 深 い きず
深 く共感 した。メモ リアルサ ー ビス も丁 寧 に され、
な を 強 く感 じ た 素 晴 ら し い 講 演 だ つ た 。私 は そ
故 福 屋 清 子 さん、故 坪 田従 子 さん、故 矢 部 ヨシヱ
の 講 演 の 中 で 、ス ー・チ ー さ ん が 2才 で 死 別 した
さ ん を偲 ぶ こ とが で き、とて も優 し い セ レモ ニ
父 を 語 る と き に 恋 人 を想 う よ うな 眼 差 し に な る
ー サ ー ビス で した。
とい うお 話 に 感 動 した 。
ワー ク シ ョップ Iで は、Q&A形
式 で「ゾ ンタ
よ く ご 存 知 の 方 な らで は の 心 暖 ま る エ ピ ソ ー ド
この よ うな 大 き な エ リア ミー テ ィ ング で ホ ス
とは 一 体 何 か J「 私 は 何 故 ゾ ン タ を 続 け る の か J
トク ラ ブ と して 任 せ て い た だ い た 事 で 会 員 全 員
解 説 の 方 々の わか りやす く、お も しろ い ご説 明 に、
の 力 を結 集 す る こ とが 出 来 た と い う こ とで あ る。
あ らた め て ゾ ンタ ク ラブ の 意 義 を理 解 した 気 が
参 加 され た皆 様 に良 い 印 象 を残 す こ とが 出来 れば 、
した。しか し私 に とって は慣 れ な い 記 録 の 仕 事
福 井 ゾ ン タ ク ラ ブ と して この 上 な い 幸 せ で あ る。
を こ な しな が ら の 参 加 だ っ た ので 、一 番 大 変 な
時 間 で あ った。ワー ク シ ョップ Ⅱで も、ア ドボ カ
シー につ いて 、細 か く例 を あげ て 説 明 され た が
「ア
私 にはなかなか理 解 で きな いテ ーマ だ ったが、
ドボ カ シー は、チ ャ、チ ャ、チ ャ の チ ャ、チ ャ ンス、
チ ェ ン ジ、チ ャ レ ン ジ ャ ー 、チ ャ ー ミ ング 」とお
聞 き し、な る ほ ど 1と 納 得 した。
「新 旧 ク ラブ に 聞 く」は、一 番 新 し い 金 沢 ゾ ン
タ ク ラブ の発表 だ った。い か に楽 しい例 会 を持 ち、
会 員 増 強 につ とめ て い るか 意 気 ご み が伝 わ つた。
(3)
ず ■ 11■■■
饉捧ロデー珀≫は[≫ 舅
│
∼音簑 鰊朧束を炒邁た に∼
青 葉 が、い っせ い に 芽 吹 き、春 風 薫 る 3月 11日
み だ しの コ ンサ ー トを ホ テ ル フ ジ タ福 井「天 山
全員
の 間」に於 いて、バ イ オ リニ ス ト清 水 里 佳 子 さん
も見
(福 井 市 出 身 )と 、ビ ア ニ ス ト天 野雅 子 さん (大 阪
胸が
府 出身)が 、出演 して 開催 され ま した。
二 人 は、エ ルガ ー「愛 の 挨 拶」や、ブ ラー ムス「ス
終
中
│
日本
ケ ル ツ ォ」(FAEソ ナ タ よ り)」 や 、ク ライ ス ラ
―「美 しき ロ ス マ リ ンJ愛 の 悲 しみ や 、愛 の 喜 び
ズデ
等 愛 す る人 や 、友 人 を思 って 作 られ た 曲 を選 ん
した
だ とい う こ とで 、優 雅 で 神 秘 的 な 魅 力、また、印
一日
られ
象派 の 絵 画 に魅 せ られ る よ うな 美 しい 街 、奥 深
いパ リを想 わ せ る 調 べ の 流 れ に、450人 の 来 場
者 は、うっ と りと聴 きな が ら、一 曲 ご とに 大 き な
拍手 を送 って い ま した。
また、当 日は、東 日本 大 震 災 か ら二 年 目 の 日で
あ っ た の で 、復 興 を願 っ て 、バ ッハ の「G線 上 の
ア リア」を演 奏 して い た だ き ま した。
また、コ ンサ ー トの 最 終 には、被 災 地 の 状 況 を
想 い なが ら、全員 で 静か に、黙祷 を捧げ ま した。
続 いて 、復 興 支 援 ソ ング「花 は 咲 く」を来 場 者
第 23回 ゾ ンタ講演会
颯
ジ
「歯周病予 防 ∼ あなた の歯 は大丈夫です か ?
∼ 美 しい歯 をめ ざ しま しょう !」 を聴講 して
梅 雨 時 とは思 えぬ ほ どの 晴 天 に 恵 まれ た、6月
米納津
時
子
「歯 周 病 とは 歯 肉・セ メ ン ト質 。
まず 、
歯根膜 に
27日 (木 )福 井県 教 育 セ ンター にお いて 大 手 グ リ
よ り構 成 され て い る 歯 周組 織 に 発 生す る疾 患 の
ー ン歯 科 院長
総 称 で あ る。J講 演 は この よ う に、な ん とな く難
三 浦 保 紀 先 生 を講 師 にお 招 き し、
第 23回 ゾ ンタ 講 演 会 が 開催 され ま した。
三 浦 先 生 は 、格 好 良 くイ ケ メ ンで あ る うえ に
しい言 葉 か ら始 ま り、先 生 の 話 を 聞 き も らす ま
い と 少 し緊 張 して い ま した 。お 話 を 聞 き進 め て
優 しい 口調 で 丁 寧 に、歯 周 病 か ら 自分 の 歯 を守
い く中で 大 変 印 象 深 いデ ー タ が有 りま した ので 、
る こ との 大 切 さ につ いて 教 え て くだ さい ま した
ご 紹 介 い た し ます 。歯 を失 っ て しま う原 因 の 第
ので 会 場 中 の 方 々 が 熱 心 に 耳 を傾 け られ て お り、
メモ取 って い らっ し ゃ る 方 も大 変 多 く い らっ し
1位 が歯 周病 で 、約 4割 に 当た るそ うです 。また、
成 人 の 約 8割 が 歯 周病 に 罹 患 して い る との こ と
ゃ い ま した。
な ので、この ま まで は、私 を含 む多 く の 人 が将 来
(4)
■言
=警
毒琴琴警警撃平雫平晋事肇
警誓■警
'雫
=蓄
1芋
=T平
警デ下
等讐響世■警彗■
=芋
ず醤甘琴中
響
これ が 原 因 で 歯 を失 う可 能 性 が あ る と、背 筋 の
寒 くな るお もいで した。
ま た、歯 周 病 の 原 因 は、不 十 分 な 歯 磨 き 。歯 ぎ
し り 。噛 み 合 わ せ が 悪 い とい っ た 歯 の 周 辺 に 起
因す る もの だ け で な く、喫 煙・ス トレス・不 規 則
な生活 習慣 も大 いに 関係 して いる との ことで した。
現 代 の 生活 で は歯 を守 る こ とが 大 変 難 しい こ と
の よ うで す が 、少 しで も歯 の 健 康 に 役 立 つ よ う
子 や 孫 、お友 達 、周 りの 人 た ち に先 生 のお 話 を教
まで は 時 間が 経 つ と 日の 中 にネバ ツキ が 出 て な
えて あげ た い と思 い ま した。
ん とな く不 快 で したが、10分 間歯 磨 き によ り、い
先 生 のお 話 の 中 で、す ぐに実 行 で きそ うな 10
分 間 の 歯 磨 き を、さ っそ くそ の 日 の 夜 か ら開始
つ まで もツル ツル 感 が 残 り、今 で は 歯 を守 る 使
命 感 よ りも、楽 しんで 実行 して い ます 。
しま した。歯 磨 き は 出来 る 時 間 に、出来 る場 所 で
最 後 に、歯 の 健 康 は 身体 全 体 の 健 康 に 大 き く
との こ とで した の で 、テ レ ビ をみ な が らテ ィ ッ
関 係 して い ます 。白 くて 美 しい 歯 自分 自身 の 歯
シ ュで 口 を拭 き な が らチ ャ レ ン ジ し ま した 。歯
を 一 生 持 ち続 け、い つ ま で も 自分 自身 の 歯 で 噛
磨 き の 後 、先 生 に 教 えて い た だ い た 舌 で の 歯 の
み続 け る ことが こと を 目標 に、生活 全体 を見 直 し、
表 面 の チ ェ ッ ク を して み ま した。ザ ラ ツ キ 感 が
歯 に 負 担 の 掛 か らな い 様 、い た わ って 行 こ う と
な くツル ツル した 感 触 は爽 快 で した。さ らに、今
思 い ます 。
5月 の さわ や か な 日、13日 の エ リア 4エ リア
ミー テ ィ ング に福 井 ク ラブ か ら参 加 致 しま した。
会 場 の ル ネ ッサ ンス ナ ル トか らは 、鳴 門海 峡 に
か か る、鳴 門大 橋 が 一 望 で き、すば ら しい 風 景 を
心 に止 め、登録 受 付 を しま した。
■■ 主 ■i ■
二 型
た
颯
琲
黎
塁了
て
雪課ィン
多
グに
参加し
前
川
百合子
強 く感 じました。
つづ いて、ヮー クシ ョップ Iは 、三 隅佳子国際
ゾ ンタア ドボカ シー委 員長 か ら「私 た ち ゾ ンシ
ャンに期待 される こと」と題 して いつ もの熱弁で、
わか りやす く話 して いただきました。
10時 30分 に 開会 の 点 鐘 で は じま り、好 永 良子
12時 15分 か らの昼食、懇親会 では、久 し振 り
エ リア 4ADの 開会 挨 拶・三 宅 定 子 26地 区ガ バ
ナ ー の 挨 拶 。泉 理 彦 鳴 門市 長 の 来 賓 祝 辞 。
来 賓・
に再会 した他 クラブ のゾ ンシ ャ ンとの会 話が は
ず み ま した。又、ア トラクシ ョンには、ホス トク
役 員 紹 介 で 開会 式 が 終 わ りま した 。つ づ いて ビ
ラブで あ ります 鳴門ゾ ンタク ラブ の遠藤綾子会
ジネ ス セ ッシ ョン に入 り、各事 業 の 第 5回 議 事 録
員親子 の筆演奏 の音色 で 心和やか にな りま した。
そ して、次回エ リアミー テ ィング開催 クラブ挨拶。
の 承 認 が な され た こ と等 の 報 告 。エ リア4ADの
活動報告。新 ゴールデ ン Zク ラブ紹介 (兵 庫県 立
大学、近大姫路大学 ゴールデ ン Zク ラブ)が あ り
ました。福井 クラブには、山崎まり子直前ゴール
催 ク ラブ の挨拶 (岡 山ゾ ンタクラブ)な どがあ り
デ ン Zク ラブ委員長が い ます ので、頑張 って福
井 にもゴールデ ン Zク ラブ の設立 を一 、と心 に
2時 よ リワー クシ ョップ Ⅱが始 ま り、東 日本震
災 支援 委員会副委員長 岡部文子氏 の「震災支
(安 芸 コスモス ゾ ンタクラブ)10月 の地 区大会 開
ました。
(5)
援活動か ら学 んだ ことJ、 福島ゾ ンタクラブ会 長
斉藤 くみ子氏 の「福 島 の現状 につ いてJを 切実 に
ろ ど りの滑 川 里 香 氏 の「人 生 い ろ ど りJ∼ 葉 っぱ
が お 金 に換 わ る 町 、上 勝 町 も う ヒ トハ ナ 、咲 か そ
― とい う演 題 で 高齢 者 (80才 以 上 )の 働 く一 生懸
語 つていま した。私 は個人的 にで も微 力なが ら、
協 力 した い と思 い ま した。つづ いて「資金集 めの
命 さ を、力強 く話 して くだ さ い ま した。聞手 の 私
とり組み と奉仕活動 Jコ ーデ ィネ ー ター に、早川
は大 変 な元 気 も頂 き、三 宅 ガ バ ナ ー の 講 評 、兼 松
久仁子 26地 区奉仕委員長 、パネ リス トには、豊 田
実 行 委 員 長 の 閉会 挨 拶 で 開会 とな りま した。一
由越子 (26地 区副ガ バナー)大 塩順子 (奈 良ゾ ン
人 で の 参 加 で 不 安 で した が 、多 く の ゾ ン シ ャ ン
タクラブ会長)、 井 上 千恵子 (高 松ゾ ンタ会 長)橋
との 触 れ 合 い が 出来 、大 きな輪 に出 合 い、い ろ い
本美智子 (フ ェニ ックス神戸 ゾ ンタク ラブ会長 )
の5名 で活気 あふれ る報告、これ か らの方 向性 を
ろ勉 強 させ て い た だ き ま した。又、エ リア 4AD、
語 って いただき、大変有意義 なプ ログ ラム で した。
コー ヒー ブ レイ クにつづき、基調講演 では、嶼 い
ホ ス トク ラブ 鳴 門 ゾ ンタ ク ラブ会 長 、会 員 の 大
き な 心 配 り、気 配 りに感 謝 しな が ら帰 路 につ き
ま した。あ りが とうござ い ま した。
今年の 研修会 は国会議事 堂見学で した
稲
村
洋
子
を首 にか けて進 み ま した。そ して よ く
,=ま
テ レ ビで 目 にす る議 員 食 堂 で カ レー
を味 わ い ま した。味 の ほ うは、まず ま
ず で した。
案 内 の 中で、気 にな った のは 中央広
間 で した。中央 の 四 隅 には、日本 の 国
政 に貢献 した、板垣 退助、大 隈重信、伊
去 る5月 29日 の 晴れ た朝、9名 の ゾ ンシ ャンは東
藤 博文 の銅 像 と空 の 台座 が置 かれて あ りま した。
京 に降 り立 ち、10分 ほ ど待 つ と稲 田大 臣 の秘書 の
そ の 理 由は、誰 の 銅像 を置 くか話 が ま とま らなか
方 の 迎 えが あ り、私 達 は タ ク シー で 皇居 の すば ら
しい松 の木や公 園 を見 なが ら国会議事堂 へ 向 い ま
った とい う説、皇 居 にお 尻 を向 け るのは さけ る と
した。私 は昭和 29年 に 中学 三 年生 の時、父が戦死 し
て い た ので 遺児 として 靖 国神社・皇居 。
国会議事 堂
色 は真 っ赤 で きれ い だ ったの に廊下 の 隅 はす りき
い う説が あつた とい う事 で した。又、以前 は絨毯 の
れて いて、さみ しい気持 ちで した。
と参 拝 す る事 が で き ま した。東 京 へ 行 くと言 う こ
稲 田大 臣 の 部屋 は 明 る く、ゆ った りと して いて
との感激 で 胸 が いっぱ いで した。そ の後、平成 に入
ってか らも行 く機会 が あ り、靖 国神社・国会議事堂
ほっ とす る と同時 に今後益 々頑張 って ほ しい と思
な ど外か らの見 学 で したが 以前 も真 っ赤 な絨毯 が
ら国会議事 堂 を背 に して 写 真 を撮 りま した。中央
ひ いて あ り、それ が 目 に焼 き付 いて 離 れ なか った
塔 の高 さは、か っては、東京 を一 望 で きた とい うの
もので した。
で すが、今 は閉鎖 されてお り、普段 は 管理 人以外 は
案 内 の 秘 書 の 方 の 注意 を受 け、整列 して 中 へ 入
る と周 辺 に多 くの 警 備員 が 囲 まれ て お り、カー ド
い ま した。室 内 で 皆 で 写真 を撮 り、また外 へ 出てか
入れ な い そ うです 。時 間が あ つた ので 駅 周 辺 を見
てまわ り帰路 につ くとい う楽 しい東京 の一 日で した。
(6)
岬 琴警諄ず中
ウ
嗣
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子
驚 一
代子
智
保美
原村
針米
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志 々場
清 水
博 子
瑠美子
米納津
前 川
時 子
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や 打 守■響事 ■響 ザi千 ■1帯 千≒姜
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響芋 や■事宰す
守:ギ 平リツ
陣
碑
2013年 度
芋│→■ギ
・
H25年 6月
プ ログ ラム
財
務
会 長 松田
1日 ∼ H26年 5月 31日
玲子
前会長 前 川 百合 子
米村 美 智 子
五 十 嵐 幸子
志 々場博 子
国際都 市連 絡
冨J会 長 針原
保代
副会長 米村 美智 子
仕
後藤
俊子
米 納 津 時子
奉
稲村
洋子
つづろゆうこ
3 女性 地 位 向 上
豊 U鳥 美代 子
米 村 美智 子
(LAA)
年和
広
報
山 崎 ま り子
佐川
文子
和代
稲田
朋美
坪田
律子
関山
真民
乗竹
年尾
天谷
祥子
長谷川久美子
3
一
子子子子
代り
俊文美ま
竹内
一3
藤川嶋崎
乗竹
警
尾代
後佐豊山
職業分類(OMC)
Zク ラ
ブ&ゴ=ル デン
竹内
│
丁
清 水 瑠 美子
前 川百合 子
針原
出
席
海道
山崎 ま り子
菊枝
1豊
保代
代
子
嶋美
6月 15日 に満 81才 の 誕 生 日
ら退会 し、 動 かな くな りま した。 世 の 中 とのつ き
を迎 え ク ラブ の 皆 さ んか ら美 し
あ い を断 った ことで 耳 の 聞 こえ も悪 くな り補聴器
い 花 束 を 頂 き あ りが と う ござ い
をつ け て いて も大 声 で 話 さな くて は な りませ ん。
ま した。
読書や 、パ ソ コンで 囲碁 を して い ます が、 人 と対
夫 とは誕生 日が 同 じで (彼 は 5才 年 上です )昔
は 国家公務員 の ボ ー ナス 日が 6月 15日 で したか
ら派手 にお 祝 い会 を した ものです。 私 は今 の とこ
話 しな い ことで 言語 が退化 し、意志 の疎通 が大変
です。
しか し私達 は、私 が平成 4年 に藍 綬褒章 を、 14
18年 に瑞宝 中綬
ろ健 康 上 の 問題 もな く 4つ の消費者 団体 の会長 と
年 に勲 五 等瑞 宝 章 を、 夫 が平成
裁判所 関連 団体 の会 長 を して いるので 、県 ・ 市等
賞 を天皇 陛下か ら頂 い た の を励 み として 後 の 人生
の会議 で 忙 しくして い ます が、それが精神 的 な支
を全 うした い と思 っています。
か って 「地域包括 ケ ア システム」 につ いて 学 び
え となって動 けて いるのか もしれ ませ ん。
夫 は三 年前 に 「持続性 心房細 動」 と診 断 され検
ま したが、 次 は 「高齢社 会 を良 くす る女性 の会」
査入 院 を してか ら病 人 の様 にな り、週 3回 して い
による 日本 の終末期 医療 の あ り方 、 人生最後 の 医
たテ ニ ス もや め、機械 学会 をは じめあ らゆる会 か
療 に関す る調査 につ いて 調 べ た い と思 って い ます。
新年度 を迎え て、会長 は2年 目、役員 ・ 委員会の 71■ 成 も若干入れかわ り、全員 フ
レッシュな気持ちで事業計画、予算配分にとり組んだ。今年こそ、会員増強 を図 り、
ゾンタ精神に添う活動をしたいものである。皆さん頑張 りましょう。
編集員一 同