第 31 回 パテントプール ~共同特許管理の実体と標準化戦略の重要性

連載企画 日本の「知財」行方 (高野誠司氏 NRIサイバーパテント社長・弁理士)
第 31 回
パテントプール
~共同特許管理の実体と標準化戦略の重要性~
(2007/02/26)
現代社会に流通する製品の多くは、複数の知財を結集して製造・販売されている。物によって
は、1つの製品に数千の権利が絡み合うことも珍しくない。製品を製造・販売する際、他人のす
べての知財に関する権利を迂回(うかい)することは困難であり、関連する権利者からライセン
ス(実施・使用許諾)を受ける必要がある。
関係する権利が複数あれば、当然権利者も複数存在する。許諾を受けるためには、本来一社一
社回らなければならないが、これは面倒である。単一窓口と交渉することで、関連する権利関係
がクリアになれば便利だ。それを可能とする仕組みが「パテントプール」である。
今回のコラムでは、日本の知財戦略や国際標準化戦略と密接に関係するパテントプールの仕組
みや実体について紹介する。
パテントプールとは何か
パテントプールは、特定の技術に関する知財を企業の垣根を越え一カ所で集中管理し、構成員
(参加企業等)がロイヤルティー(実施料)を支払うことで、一連の技術をパッケージ利用でき
る仕組みである。
下図の通り、複数のラインセンサー(権利者)とラインセンシー(利用者)をライセンス会社
が仲立ちするのが一般的である。パテントプールの構成員は、知財を融通しあうギブ・アンド・
テイクの精神から、ライセンサー兼ライセンシーである場合も多い。ライセンシーから集めたロ
イヤルティーは、一定の算定ルールでラインセンサーに分配される。
パテントプールの構成員とライセンスの流れ
プールといえば、水泳用のプールを思い浮かべるが、Pool を英和辞書で引くと、水溜り、た
め池、共同出資、共同基金、企業連合、ビリヤード、うっ血などの意味がある。語源は、「水溜
り」と「共同」に集約されるようで、ビリヤードは賭け事であったことから後者の語源から派生
したとする説と、ビリヤード台のポケットに玉をためることから前者を語源とする説とがある。
パテントプールの語源は、「共同出資」「共同基金」「企業連合」など Pool の持つ「共同」
というところから来ているそうだが、「水溜り」やそれから派生した「ため池」でもイメージは
ズレてはいない気がする。パテントプールを「共同知溜」と考えれば、どちらが語源でもおかし
くない。
パテントプールの利点と課題
パテントプールの利点は、企業側である構成員の観点からみると、ワンストップ(単一窓口)
で知財紛争を回避することができ、重複開発をせず、安全かつ効率的に事業を推進できる点が挙
げられる。また、一般消費者の観点からも、規格が統一され、製造・販売元が異なる製品であっ
ても相互接続や互換性を担保できるメリットがある。
一方で、集中管理される特許等の知財は、共通技術単位で大くくりにパッケージ化されるため、
ライセンシーは、不要な知財に対する対価を含め画一的に設定されたロイヤルティーを支払う必
要がある。ただし、パテントプールに参加する構成員の製品の普及や市場拡大を促すため、セッ
トロイヤルティーは廉価に抑えられている。
パテントプールの仕組みには課題もある。集めたロイヤルティーの分配ルールもその一つだ。
当該知財の利用頻度に応じたポイント制で分配するなど業界ごとに工夫はしているが、せっかく
画期的な技術を開発し権利化しても、パテントプールに集められると共同精神から評価は低めに
なりがちだ。ただ、これも考え方次第である。熟知した自社技術が業界標準として心臓部に採用
されるメリットは大きいため、長い目広い目で考えることが肝要である。
また別な問題として、パテントプールによって平和に運営されてきた業界に、突如独自の技術
によって非構成員が新規参入する場合がある。ライセンス会社は、企業連合として新規参入企業
に対し交渉力はあるが、決裂すると業界内における知財関係の均衡が崩れ、パテントプールの構
成員は、これまでの何倍も知財に神経を使わなければならなくなる。
パテントプールの事例・事件
パテントプールは、限定した事業者で業界を寡占しようとする目的で設立されることもあるが、
これ以外にも先端技術が標準・規格と直結する分野でも多く確認できる。例えば、通信技術やデ
ータ圧縮技術などは、優れた先端技術が直ちに国際標準になるケースが多い。このようなIT(情
報技術)分野の業界には、パテントプールがいくつか存在する。
有名なパテントプールの1つとして、動画データ圧縮技術(MPEG2等)に関する米国のM
PEG LA社が挙げられる。日本の大手電気メーカを含め30を超える企業・大学が構成員(単
なるライセンシーを含めると約1千社)となり、約800件の知財を管理する。また、NTTド
コモなどが参加しているW-CDMA(第3世代移動体通信方式)のパテントプールも有名だ。
そして、最近話題になっているのがDVD規格に関与しているパテントプールだ。東芝が幹事
の「DVD6Cライセンシングエージェンシー」と、フィリップス・ソニー・パイオニアなどの
「3Cグループ」とで、規格が統一されないまま製品が市場に投入され、一般消費者レベルでも
話題になっている。
パテントプールは元来米国で発展した考え方である。ミシンやラジオに関する技術などでその
仕組みの原型ができたと言われている。その米国では、パテントプールを介した取引や交渉が、
反トラスト(独占禁止法)と絡んで訴訟に発展することがしばしばある。日本では特許権侵害損
害賠償額として過去最高額で話題になったパチスロ事件(アルゼとサミーの裁判に日本電動式遊
技機特許株式会社が参加)において、パテントプールの存在や運営が争点になった。
知財立国を目指す上で標準化戦略は欠かせない
自社技術が業界標準や規格に採用されることは、ロイヤルティー収入という金銭的側面にとど
まらず、市場や業界をリードできる立場になり、効率的かつ優位に事業を展開できる点でもその
意義は大きい。
これまで日本企業・産業界は、海外のデファクトスタンダード(米マイクロソフト社のウィン
ドウズのような事実上の業界標準)に追従する形や、コンソーシアムやフォーラムという任意団
体のなかで、結束力の緩い紳士協定を頼りに、自社技術あるいは自国技術の標準化・規格化を模
索してきた。
パテントプールの構成員の結束力が弱いと、影響力が小さくなり、加えて「抜け駆け」などに
よる問題も生じる。その一方で、構成員の結束力が強すぎると、独占禁止法や不正競争防止法に
抵触する恐れがでてくる。
日本の優れた技術を世界標準に昇華させるべく、政府は産業界の標準化活動が合法的かつ効果
的に進められるよう、積極的に関与してほしい。各技術分野における国際標準については、各国
が国家レベルの交渉に鎬(しのぎ)を削る攻防を展開しているため、日本政府の関与が不可欠で
ある。
政府は、2006 年 12 月に「国際標準総合戦略」を策定し発表した。日本が知財立国を目指すた
めに組織した「知的財産戦略推進本部」が国家戦略として打ち出した点は評価したい。記載内容
は「ごもっとも」の内容が大半である。あとは、机上の空論にならないよう、そして実態的な活
動に移り効果が出るよう、政府が本気で各施策を推進し、組織を運営し、仕組みをサポートする
ことが重要である。