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コピー禁止
機密
ターゲット・セグメンテーションの 2 回目講義
現代社会における消費者階層と消費者の欲望
三浦展著『下流社会』p42より
み
の
案
草
①お嫁系
典型的には富裕層、中産階級の子女、親のコネで有力企業に就職
消費の面・・・・自動車、住宅、ファッション、インテリアなどへの購買関心
が高く、親子共々、現在の階層と生活水準を維持するために、お受験、英語教
育、教育費が高い。
年収 700 万円以上の男性と結婚しない限り、お嫁系にはなれない。
男性
の
ル
サ
プ
ン
み
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機密
三浦展著『下流社会』p81
なぜ「不健康な行動」に走ってしまうのか?
特徴:喫煙や飲酒、過食などの不健康な行動に、人々はなぜ走ってしまうの
か?そしてなぜ止められないのか?人々のものの好み(選好)を調査するこ
とで、不健康行動の詳細を解明していく。
ポイント:喫煙、飲酒、過食などの不健康な行動は、関連する疾患の増大や早期
死亡、離職などを通じた生産性の低下を通じて、社会に大きな負担を与えてい
る。特に、「不健康な行動」を取る人の中には、元よりやめられない、いわゆ
る自己管理が出来ない人もいるが、「分かっちゃいるけどやめられない」とい
う人も多い。このように「不健康な行動」を取る人たちには様々なタイプがい
る。本研究では、①止めさせるためには、タイプ別にどのような施策をとった
らよいか?②人のタイプをわかりやすく示すような数値はないのか?につ
いて、アンケート調査に基づいた分析
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時間選好とリスク回避のマトリックス
時間選好率が低い人
D層
A層
リスク愛好が低い人
リスク愛好が高い人
C層
B層
時間選好率が高い人
理学的要因を踏まえた禁煙指導、健康教育など予防的対策の確立が望まれる。
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機密
<研究の方法>
●対象は、ネット調査会社に登録している現在喫煙者である。FTND テスト(Fagerstrom
Test for Nicotine Dependence)により、高度ニコチン依存者、中度ニコチン依存者、
低度ニコチン依存者に分類された 616 名の被験者に対して、コンジョイント分析を実
施した。
●コンジョイント分析では、説明変数として、タバコの価格、喫煙による死亡リスク、
公共の場所での喫煙に対する罰金、急性上気道感染症による自宅安静期間、タバコを
吸わない家族に対する肺がんリスクを用いた。
<分析の結果>
時間割引率が低いほど、つまり将来の利得を重視し時間に対する忍耐強さが強いもの
ほど、禁煙成功確率が高かった。また、危険回避度が高いほど、つまりリスクに対す
る慎重度が高いものほど、禁煙成功確率が高かった。
喫煙を将来の健康を損なう行為、健康リスクを過小評価する行為と見なせば、時間
選好率、危険回避度が禁煙成功の優れた予測因子であることは妥当である。また、時
間選好率や危険回避度は、教育、貯蓄、アルコール依存、多重債務など、様々な正負
の経済行動とも密接に相関していると考えられる。
従来の禁煙政策は、たばこ税の引き上げ、喫煙条例などの規制、ニコチン代替療法
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など対症的対策が中心であったが、個々人の経済心理学的要因を踏まえた禁煙指導、
健康教育など予防的対策の確立が望まれる。
●タバコの価格は喫煙者の禁煙決意を促進するのに重要な変数であるが、その効果は
ニコチン依存度が高くなるほど小さくなる。例えば、タバコの価格が欧米並みの 600
円まで値上がりする場合、高度ニコチン依存者の 30%、中度ニコチン依存者の 60%、低
度ニコチン依存者の 80%が禁煙を試みようとすることが分かった。
●喫煙が自身や家族の健康に及ぼすリスクなど、価格以外の変数が喫煙行動に与える
影響も、ニコチン依存度によって大きく変わる。例えば、高度ニコチン依存者に対し
て、価格以外の説明変数はほとんど禁煙促進効果を持たない。他方で、低・中度ニコ
チン依存者に対しては、喫煙の健康リスクの情報提供など、価格以外の変数も禁煙促
進には大いに有効である。
●時間的な忍耐度やリスクへの慎重度と喫煙行動の間には相関関係があることも分か
った。喫煙者は、非喫煙者に比べて、忍耐度・慎重度が乏しく、その傾向はニコチン
依存度が高まるほど強くなることも分かった。
ギ
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買い
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る。
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消費
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嗜癖
癖性
性の
の問
問題
題
そのアルコール依存症について、ベイトソンが大きな影響を与えた研究をしてい
る。『精神の生態学』という本。
その研究は現代の依存症の根深さを示す。そこで、依存症的かつ嗜癖的に「囲い込
まれる」消費者をベイトソン理論とともに総括的に考えてみよう。
ベイトソンは言う、アルコール中毒者は、
「プライドに溺れる」と指摘している。つ
まり、アルコール中毒者は、周囲の人々から誹りを受けるなどして、素面でいること
を常に意識している。そこで「アル中」の彼が一定期間禁酒をしたとしよう。彼はそ
の禁酒できたことにプライドを持つ。しかし、禁酒を続けたことで、飲まないでいる
動機が失せる。つまり、禁酒の張り合いを失う。そこで、今度は、酒場に出かけ 1 杯
だけで止められるかどうか、より高いリスクに挑戦する。つまり難度を上げ、自分の
プライドを満たそうとする。しかし、その一杯を契機に結局は泥酔状態になる場合が
ほとんどであろう。
(ギャンブル依存症の人が、より大穴狙いになり、借金をして
までもギャンブル、競馬などにいく例を考えればよくわかる)。
やはり、アル中患者は、妻や友人から、
「酒の誘惑に打ち克つ強い人間になれ」と自
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己管理するようにいわれ、常に忠告されているといえる。そこで「アル中」の彼は、
意識的に自分の「身体」を物的に捉え、コントロールしようとする。モリス・バーマ
ンは、ベイトソンのアルコール中毒者についての分析を評価し次のように言う。
・・・・問題は、これらの忠告が、まさにデカルト主義の典型であることだ、つまりそれ
は、精神/身体が分離しているという前提に基づいた考え方なのである。
「精神」
(意識
的知覚)という「自己」が、道を外れた弱き「身体」に対して支配力を行使する、と
いうわけだ。だがこのような自己抑制による「治療」は、対称的分裂生成の状況を生
み出さずにはいない。意識の「意志」が、人格の他のあらゆる部分と対抗して、果て
しない総力戦を行うことになるのだ。
このバーマンの指摘はアルコール中毒者だけではなく、職場でのブランド競争にお
いて自尊心(プライド)のパラドックスに陥っている〈モノ語り〉の女性にもあては
まるといえる。そこでの「対称的分裂生成」という概念はベイトソンが構築したもの
である。ベイトソンはあらゆる関係を二つに分類する。まず一つに、政治的関係、人
間関係、社会的関係、さらには自然的関係において、軍拡競争や隣人同士の見栄張り
競争などに見られるように対称的分裂生成を呈する「対称型」がある。あと一つは、
支配―服従、養育―依存にみる「相補型」である。
したがって、プライドを持つアルコール中毒者は、
「対称型」そのものである。先の
バーマンはさらに次のように述べている。
「俺は酒と戦う」
「悪魔のラムなんかに負けるものか」といった、アルコール中毒患者
は、デカルト的二元論から生まれてくる類の思い上がりに他ならない。
自分の身体を「モノ」的に管理すべきだと考えている「アルコール中毒」の人と同
じように、過剰なダイエットを行う人なども身体を「モノ」的に捉えているといえよ
う。デカルト的な二元論がもたらす自己(意識的知覚)によって肉体を支配しようと
する考えは、局部的な「目的―手段」に重きを置く考えといえる。つまり、
「自己」と
「制御すべきモノ」という対立的図式がつねにある考えである。このような捉え方は、
現代では当然のごとく流布している。テレビなどで一般的なニュースとともにスポー
ツ・ニュースが取り上げられる。そこでは、森田浩之がいうように「スポーツ・ニュ
ースがスポーツマン・ニュース」になっている場合が多い。
端的に言えば、事実を伝える「スポーツ・ニュース」が「難題(目的)を物的に克
服した選手の人生」を語っている。また、さまざまな困難を克服して新記録を樹立し
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たり、オリンピックで金メダルを獲得したことなどを、ドキュメンタリー・タッチで
描くスポーツマン・スポーツウーマンの番組も多い。そしてそれらの番組を見ている
人は、
「元気」をもらい、
「対称型」
(ライバル競争型)の気分が強化される。つまりは、
それらのテレビ番組には「スポーツマン」対「克服した何か」という二項対立がつね
にある。イチローをはじめスポーツマンの CM の多さを考えるヒントにもなる。
ベイトソンは次のように言う。
「世間の狂った前提への反抗として飲酒に走るのでは
なく、世間によって強化され続けている自分自身の狂った前提からの脱出を求めて飲
酒に走る」
(⑫423)と。アルコールなどへの「嗜癖」
(アディクション)は、人は客体
を物的に操作しなければならないという近代の「病的前提」というべきものが、もた
らしているといえる。重要なのは、
「二項対立」に囲い込む「前提」そのものを考える
ことであろう。したがって、
「狂った前提」のままに生活すると言うことは、ある種の
「魔術」をもとに暮らすことでもあろう。ベイトソンはさらに言う。
魔術を行うものは、自分の魔術が効を奏さなかったといって、出来事への魔術的な見
方を崩しはしない。事象のまとめ方(統覚の習慣)というのは、どんなものであっても、
その有機体にとって一般に自己妥当性を持つのである。
この指摘は、現代の「囲い込まれている消費者」は「強化」を越えた複雑さと問題
の根深さを考えさせる。さらに具体的にいえば、先の栗木の図表 6-3 にある「目的―
手段」の連鎖を振り返りたい。その鎖を切断し狭く区切った循環のループに止まると
いうことは、「事象のまとめ方」(統覚の習慣)であり、そこでの目的と手段という 2
項関係が「自己妥当性」とともに強化されよう。
そしてそれは、結果としてよりマーケティングの「魔術」に「囲い込まれる消費者」
が生まれることにつながる。さらにいえば、酒を飲むことをコントロールするという
ことは、「酒と人」という局部的関係だけを切り出しているといえる。つまり、「酒と
人」をも包み込むあと一つ大きな生活そのものに対する意識を生態的な「エコロジー」
的次元で考える必要であろう。
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例えばプライドが高い
嗜癖性
←モノ語りの人
の高い消費者
(相補型)
(対称型)ライバル競争型
※負けるときもある
(局部的に考える)
(エコロジー的に考える)
例えばプライドを意識しない
やはり、現代のマーケティング戦略は対称型(ライバル競争型)の消費者階層
の欲望をどう擽るかという側面を強調する要素を多く持っている。
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以下は京都大学教授である経済学者の依田氏が自らの嗜癖性の研究を日本経
済新聞の「やさしい経済学」の要点を連載されている。その新聞記事を以下に
示すので参考にしてほしい。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
依田高典(京大教授)「人間の健康と経済心理」――[1] 嗜癖行動を理論化
【 やさしい経済学「行動経済学」09.05.04 日本経済新聞(朝刊)】
人間は将来の出来事を完全に織り込んで現在の行動を決めるわけではない。
行動経済学では人間の合理性には限界があると考え、伝統的経済学とは異なる
発想で、金融や労働の分野で新境地を切り開いている。本連載では酒やたばこ
などの常用を意味する「嗜癖(しへき、アディクション)」について、行動経済
学の考え方を読み解いてみたい。
嗜癖には依存症がつきものである。依存症の怖いところは、繰り返し刺激を
追及すると、刺激の効き目が薄くなることである。これを耐性という。さらに、
長い間、刺激から遠ざかると、不安やイライラを感じる、これを離脱という。
この耐性と離脱のために、やめたくてもやめられなくなってしまう。ここまで
いけば、もはや中毒である。さらにやっかいなことに、アルコールを嗜(たしな)
む人はたばこも、物質的な嗜癖を好む人はパチンコや競馬のようなギャンブル
も好む傾向にある。そのため、時として多重債務に陥る場合もあり、悲劇につ
ながりかねない。こういった嗜癖の連鎖(クロスアディクション)が合理的選
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択の結果であるとは言い難いだろう。
例えば、たばこだと、日本の喫煙率は低下傾向にあるものの、依然として国
際的には高く、特に男子の場合、先進国中最高である。喫煙には精神安定効果
があるが、発がん性物質を体内に摂取するため、将来の健康を損なったり、死
亡リスクを高めたりする。
嗜癖は現在の小さな満足と将来の大きな満足の間のどちらを選ぶのかという
時間上の意思決定問題と考えることができる。現在の小さな満足の方を、将来
の大きな満足よりも重視するせっかちな傾向を経済学では時間選好率(割引率)
が高いという。また、行き過ぎた嗜癖が将来の健康や死亡のリスクを高めるギ
ャンブルであるとみなせば、リスク下の意思決定問題にもなる。こうしたリス
クに慎重な人を危険回避的、リスクはあっても大きな利得を好む人を危険愛好
的と呼んでいる。
このように嗜癖の健康に与える影響は時間選好と危険態度という2つの経済
心理から考察することができる。では、嗜癖の有無や依存症の程度によって、
時間選好、危険態度は具体的にどのように異なるのだろうか。
「人間の健康と経済心理」――[2] 直観と実感が一致
【 やさしい経済学「行動経済学」09.05.05 日経新聞(朝刊)】
将来の満足より目先の満足を重視する嗜癖(しへき)は、現在と未来の時間上
の意思決定の問題とみなすこともできるし、結果が確率的にしかわからないリ
スク下での意思決定の問題と考えることもできる。筆者は甲南大学の後藤励准
教授と喫煙の有無、ニコチン依存度に応じて、人々の時間選好や危険態度がど
のように異なるかを実証分析した。
目先の満足を重くみる喫煙者の時間選好率(せっかち度)の方が、非喫煙者
の時間選好率よりも高いと直感的に予想されるが、実際、私たちがサンプル調
査をもとに軽量分析的な手法で調べたところ、結果はその通りだった。非喫煙
者は現在の100円と1年後の169円を等価とみなすのに対し、喫煙者の場
合は1年後の216円でないと納得しない。さらに、喫煙者をニコチンの依存
度に応じて、高度・中度・低度に分類すると、高度の人の時間選好率が一番高
く、現在の100円と等価な金額は223円だった。
興味深いのは非喫煙者のうち、一番忍耐強い(時間選好率が低い)のは、生
涯に一度も喫煙経験のない人ではなく、過去に一度喫煙したが、現在は禁煙に
成功した人たちという事実だった。現在の100円と等価な1年後の金額は、
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生涯非喫煙者の場合が183円、一方、現在は禁煙している過去の喫煙経験者
の場合は158円だった。
危険態度に目を転じると、喫煙者の方が非喫煙者よりもリスクを軽視してい
ることがわかった。喫煙者は手元の確実な100円と賞金が214円で当選確
率50%のくじを等価とみなす。これに対し、非喫煙者の場合、賞金が269
円で当選確率50%のくじが手元の確実な100円と等価だと回答した。予想
通り高度喫煙者の危険回避度が一番低く、過去喫煙者の過去喫煙者の危険回避
が一番高いこともわかった。
このように時間選好や危険態度によって喫煙習慣の有無、ニコチン依存度を
合理的に説明することができる。経済合理性を重視するシカゴ学派の重鎮で、
ノーベル経済学賞を受賞したベッカー教授は、嗜癖の効用と不効用のすべてを
考慮に入れた上で、人々が納得ずくで中毒にはまるという考え方を「合理的嗜
癖モデル」と呼んだ。私たちの計測結果は時間選好や危険態度のような経済心
理の違いで喫煙行動を説明できるので、一見、教授のモデルを支持する証拠と
も考えられる。しかし、やめたくてもやめられないのが嗜癖の恐ろしさである。
嗜癖を合理的なモデルだけで説明しようとすることには批判も多い。
「人間の健康と経済心理」――[3] 合理的モデルの限界
【 やさしい経済学「行動経済学」09.05.06 日経新聞(朝刊)】
前回触れたベッカー教授のように、やめたくてもやめられない嗜癖(しへき)
を合理的な行動として説明してしまうことには、異論も少なくなかった。
第1の批判は、嗜癖を初期において自分が中毒になるリスクを充分加味して
おらず、中毒になったときの被害を過小に見積もっているというものである。
実際には同じだけ嗜癖財を消費しても、病気になる人とならない人がいる。病
気になるかどうかは、遺伝子のような先天的要因と、生活環境のような後天的
要因が複雑に相互作用して決まる。依存症になる人は自分だけは大丈夫と楽観
的にリスクを見積もる傾向がある。いうならば、体の中にダメージが蓄積して
いながら、病気が顕在化するまでは後悔しないのである。
第2の批判は、人間の合理性には限界があり、その行動は首尾一貫性に欠け
るというものである。具体的には長期的には嗜癖をやめた方がよいとわかって
いながら、つい目先の嗜癖に手を出してしまうような場合である。
時間選好率とは、将来の満足を現在の満足に換算する時の比率、すなわち割
引率のことである。もし人間が合理的なら、割引率も一定で、近い将来の利得
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でも、遠い将来の利得でも同じ比率で価値を割り引くので、あたかも幾何学の
平行線が交わらないように、両者の割り引いた現在価値は交差(逆転)しない。
時間上の選好が交差(逆転)してしまうような非整合性が生じるのは、時間選
好率が遠い将来の利得には低い(せっかち度が小さい)のに、直近の利得に対
し時間選好率が高い(せっかち度が大きい)人が少なくないからである。その
結果、多くの人が本当は遠い将来の大きな利得を選ぶべきだと思いながら、目
の前の小さな利得を選んでしまう。
病気になってからの人々の後悔など考えると、人々が一元的に満足を最大化
するような合理的な存在であるかどうかは疑わしい。スティーヴンソンの小説
の『ジキル博士とハイド氏』ではないが、1人の頭の中で理性的な我と衝動的
な我が葛藤しているのかもしれない。
最近、脳機能を観察する画像装置が発展し、目先の利得を評価する部位と理
性的な判断を下す部位が別にあるという研究成果が公表され、その真偽を巡っ
て論争が展開されている。詳しくは稿を譲るが、脳の特定の部位の活動と、行
動や感情が本当にパラレルに対応するなら、非合理な嗜癖も説明できるように
なるかもしれない。
「人間の健康と経済心理」――[4] 2つの例外
【 やさしい経済学「行動経済学」09.05.08 日経新聞(朝刊)】
合理性だけで人間の嗜癖(しへき、アディクション)を説明しようとする考え
方に対しては、批判も根強いのは述べてきたとおりである。それに対し、人間
の合理性の限界を重視する立場から嗜癖を考えようとするアプローチは、嗜癖
の「アノマリーモデル」と呼ばれている。アノマリーとは「例外」という意味
で、伝統的な合理性モデルでは説明つかない現象のことである。
アノマリーの第1の例は、前回も触れた時間上の選択の非整合性、すなわち
時間選好だけでは説明できない人間行動である。未来の大きな利得を選んだ方
がよいと本当は分かっていながら、実際に選択する段になると、目先の小さな
利得を選んでしまう。例えば、1年後の20万円よりも、目先の10万円を好
む傾向を時間選好だけから説明するのは難しい。このように現在の利得を特別
に重視する傾向を「現在性効果」と呼んでいる。
第2の例は、リスクの選択において、過度に確実性を重視する傾向である。
例えば、95%の20万円よりも確実な10万円を好む傾向を単なる危険回避
だけで説明するのは難しい。確実な利得を特別に重視する傾向を「確実性効果」
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と呼んでいる。
では、アノマリーの有無によって、嗜癖はどの程度説明できるのだろう。喫
煙者と非喫煙者をそれぞれ時間上の選択の非整合性や現在性効果などが観察さ
れるグループと観察されないグループに分けると、観察されるグループの比率
は喫煙者で63%、非喫煙者で55%と、顕著とまではいえなまでも、統計的
に有意な差があり、アノマリーと嗜癖の間には一定の相関関係があることが分
かった。
さらに詳しく調べてみると、興味深いことに、アノマリーが観察されないグ
ループの喫煙者と非喫煙者の間には時間選好率と危険回避度に差がないことが
分かった。他方、アノマリーが観察されるグループの喫煙者と非喫煙者の間に
は時間選好率と危険回避度に顕著な差があることも分かった。要するに、時間
選好率が高いとか危険回避度が低いということ(衝撃性が高いともいう)と、
アノマリーの間には強い補完的な関係があり、衝動性が強ければアノマリーが
起きやすく、その複合作用として嗜癖にはまりやすくなるのである。
従来、嗜癖を説明する2つのアプローチ(合理的アプローチとアノマリーア
プローチ)はどちらか一方しか成り立たない、二律背反関係にあると考えられ
てきたが、むしろ互いに補完しあう関係にあるといえよう。
「人間の健康と経済心理」――[5] 心理は変化する
【 やさしい経済学「行動経済学」09.05.11 日経新聞(朝刊)】
飲酒や喫煙などの嗜癖(しへき)のある人の時間やリスクに対する心理性向は、
せっかちだったり、慎重度が低かったりする。そうした人々は衝動的であると
もいえよう。具体的には、喫煙者の時間選好率(せっかち度)は高く、危険回
避度は低い。また、ニコチン依存度が高いほど、時間選好率が高まり、危険回
避度は低くなる。ところが、禁煙に成功した喫煙経験者の時間選好率は、生涯
一度も喫煙したことのない人よりも低く、危険回避度も高い。この結果は、一
時点における比較調査だが、非喫煙、喫煙、禁煙という嗜癖のサイクルの中で、
経済心理もダイナミックに変化していることが推測される。
禁煙を試みる喫煙者の経済心理はどのように変化するのだろうか。2つのシ
ナリオが考えられる。1つは経済心理が禁煙の正否を左右するというもの。も
う1つは禁煙の成否によって、経済心理が変化するというものである。どちら
があてはまるのか、禁煙を始めたばかりの600人を対象に筆者らが半年にわ
たって追跡調査してみたところ、結果は興味深いものだった。時間選好と危険
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態度では答えが違ったのである。
禁煙成功者と失敗者の時間選好率の変化を調べてみると、禁煙開始時点で両
者の時間選好率に差はなかった。ところが、禁煙失敗時点と半年後の禁煙継続
時点で比較してみると、禁煙成功者の時間選好率は低下する一方、禁煙失敗者
の時間選好率は上昇していた。この結果からみると、禁煙の成否の過程で経済
心理が変化したことがうかがわれる。
危険回避度をみると、禁煙開始時点では両者の間に差が観察され、禁煙の成
功・禁煙の失敗時点でも変化がなかった。こちらだけをみるとあらかじめ定ま
っている経済心理によって、禁煙の成否がきまったようにもみえる。
このように時間選好と危険態度で答えが分かれてしまっため、心理と行動の
どちらが原因でどちらが結果なのか、因果関係を特定するは難しい。いずれに
せよ、伝統的な経済モデルは経済心理を安定的なものとしてとらえることが多
かった。人々の行動の前提となる選好が気まぐれなら、そこから派生する需要
も安定しないことになり、消費者経済理論の立場からはゆゆしき問題となるか
らである。しかし、経済心理が状況によって変化し、その変化が人々の行動と
密接に絡んでいるのはどうやら確かであり、伝統的な経済モデルとの整合性を
考える上でも、この分野の研究の深化がますます重要課題になっている。
「人間の健康と経済心理」――[6] 嗜癖の連鎖
【 やさしい経済学「行動経済学」09.05.12 日経新聞(朝刊)】
嗜癖(しへき)の代表例は、アルコールやたばこ、薬物のような物質への依存
だが、パチンコや競馬のようなプロセスへの依存もある。他人には無価値なモ
ノへの強いこだわりもその一種かもしれない。嗜癖の怖いところは、初回で触
れたように、依存症がある点である。特定の刺激を求める行動を繰り返しすぎ
た結果、身体的・精神的にその行動の追求から逃れられなくなってしまう。
たばこを好む人は時間選好率(せっかち度)が高く、危険回避度(リスクに
対する慎重度)が低い傾向にあることが知られている。そこで、アルコールや
ギャンブルにも同じような経済心理が働くのか調べてみた。
それによると、パチンコや競馬を好む人には、たばこと同じ経済心理が観察
されたが、飲酒者には観察されなかった。酒を飲むと回答したのは全体の74%
で、酒を飲まない人より飲む人の方が危険回避度は高く、時間選好率も低かっ
た。しかし、飲酒の定義を狭め、毎日飲酒する人に限ると、たばこやギャンブ
ル同様の経済心理が観察された。酒は「百薬の長」といわれる。適度な飲酒は
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機密
精神的にプラスだが、行き過ぎた飲酒は嗜壁であり、人々の衝動性を高めてい
ることがわかる。
複数の嗜壁を持つ人はさらに別の嗜癖を持つ傾向がある。これが嗜癖の連鎖
(クロスアディクション)である。パチンコをする人の喫煙率は78%、競馬
をする人の飲酒率は86%とずば抜けて高く、また競馬をする人のパチンコ愛
効率も48%と効率だった。
詳細に嗜癖間の相関関係を分析すると、非常に相関関係が高いのは、予想通
りパチンコと競馬、喫煙と飲酒で、例えば、パチンコ愛好率が1%上昇すると、
競馬愛好率も0.8%上昇する。飲酒率が1%上昇すると、喫煙率は0.3%
上昇する。喫煙とパチンコ、飲酒と競馬にも有意な相関が観察されたが、喫煙
と競馬、飲酒とパチンコには有意な相関は観察されなかった。このあたりはも
う少し詳細な検討が必要であろう。
1つの嗜癖が他の嗜癖と複雑に絡み合って、やめたくてもやめられない状況
になっている。どんどん強い刺激を求めるという嗜癖の耐性は、1つの嗜癖だ
けでなく、複数の嗜癖の渡り歩きにもいえることである。
若者の麻薬や覚せい剤の使用が大きな社会的な問題になっているが、若者が
違法な薬物やギャンブルに手を染める前に、嗜癖の連鎖の入り口でストップを
かけることが重要なことがわかる。
「人間の健康と経済心理」――[7] 政府の「誘導」政策
【 やさしい経済学「行動経済学」09.05.13 日経新聞(朝刊)】
嗜癖(しへき)を例にとり、行動経済学の視点から解説してきた。それでは、
私たちの社会は行き過ぎた嗜癖について、どのような政策的な対応をとればよ
いのだろうか。個人の選択の自由を重視するリバタリアン(自由主義)的な政
策か、それとも為政者が個人の選択の自由を制限してもよいとするパターナリ
ズム(温情主義)的な政策だろうか。選択の自由を重視する立場から、経済学
者の多くは過剰な干渉につながりかねないパターナリズムに対し、疑問を呈し
てきた。しかし、近年、限定合理性という観点から、場合によって個人の選択
に介入することも許されるという新しい立場、
「リバタリアン・パターナリズム」
がシカゴ大学のリチャード・セーラー教授らによって提唱されはじめている。
伝統的な経済学は、人々が明確かつ安定した選好を有するという合理性の仮
定をその基礎に置いている。他方、
行動経済学は人々の合理性には限りがあり、
選択肢の与えられ方によってその選択は大きく左右されると考える。これが「フ
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レーミング効果」である。例えば、確率50%で賞金がもらえると説明される
のか、確率50%で賞金がもらえないと説明されるかによって、内容は同じで
あるにもかかわらず、人々の選択が変わってくる。
このように、人々の選択が選択肢の与えられ方に依存する以上、為政者は人々
の選択の自由を認めつつも、人々が後悔しない選択肢を選ぶよう、政策の選択
肢の与え方を当然工夫すべきである。これがセーラー教授らのいう「誘導(ナ
ッジ)」である。
たばこを例にとると、行動経済学からみた場合、喫煙者の多くがやめたくて
もやめられない状態にある可能性が高い。リバタリアン・パターナリズムの立
場から税金を上げたり、喫煙可能エリアを制限したりして、そうした喫煙者を
禁煙に誘導し、喫煙者を後悔のより少ない、幸福な状態に誘く――。これこそ
が嗜癖に対する行動経済学の政策である。
しかし、こうした考え方にも大きな欠陥がある。限定合理性を信奉する立場
でありながら、なぜ為政者に対してだけ限定されない合理性を仮定できるのか。
実際に、政治家や官僚が圧力団体のロビー活動の影響などを受けやすいことを
考えれば、為政者こそ最適な行動から乖離(かいり)するケースが多いと考える
方がむしろ自然だろう。人々も為政者も限定合理的な存在であるがゆえに、相
互に抑止力となり得るような仕組みが必要となってくるのである。
「人間の健康と経済心理」――[8] 行動“健康”経済学に
【 やさしい経済学「行動経済学」09.05.14 日経新聞(朝刊)】
たばこや飲酒のような嗜癖(しへき)にはまって、やめたくてもやめられない
人が数多く出ることが想定される場合、為政者は個人の選択の自由を尊重しつ
つも、政策の選択肢の設定などを通じて、各個人を後悔のより少ない選択にご
く自然に誘導する――。前回説明したように、これが「リバタリアン・パター
ナリズム」の典型的な発想であり、現在高い注目を集めつつある行動経済学の
考え方でもある。
日本人の死因を見ると、第1位はガンだが、第2位は心臓病、第3位は脳卒
中と、過食や運動不足などに起因する生活習慣病が上位を占めている。こうし
たなか、政府は昨年から世界でも珍しい、生活習慣病の予防を目的とする「特
定健診・特定保健指導」の制度をスタートした。
40歳以上の成人男女を対象に、毎年の健康診断の際に腹囲を計測するとと
もに、血圧・血糖・脂質の数値や、喫煙暦などによってメタボリックシンドロ
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機密
ーム(内臓脂肪症候群)とその予備軍を早めに見つけ出し、普段から医師や保
健師の生活改善指導の対象とすることで、生活習慣病の予防、そして最終的に
医療費支出の抑制を狙った制度である。
新制度導入の際の不透明さや数値基準の曖昧(あいまい)さについては、厳し
い批判の声が少なくないものの、特定健診導入をきっかけに、ダイエットに新
たに取り組みはじめた人は結構多いのではないか。どういう生活を送るかは当
然個人の自由な意思と選択に委ねられるべき問題だが、この制度が本当に所期
の予防効果をあげることができれば、健康に対する政府の有効な「誘導(ナッ
ジ)」のひとつとして、それなりに意義があったと評価することもできるだろう。
行動経済学を人々の健康や医療の改善・向上に役立てることができるのか、
行動経済学が行動経済学たり得るのかどうかを考える上でも、その成り行きを
注視したい。
人間は間違いも犯すが、心の持ち方ひとつで変わるものもまた人間の大きな
特徴である。正しい情報を提供し、当人にとって望ましい選択とは何かを知っ
てもらう健康教育の役割は、今後ますます重要になるだろう。人々に気持ちよ
く、より望ましい道を自発的に選んでもらうのが、行動経済学の大きな課題で
あり、行動経済学者にとっては腕の見せ所といえるだろう。
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