トップレベルの大学女子ハンドボール部 における

トップレベルの大学女子ハンドボール部
におけるポジション別の体力特性
長谷川 千紗
体育学専攻
指導教員 鍋倉 賢治 大藏 倫治
Characteristics of physical fitness according to position in a top-level female university handball team
Chisa HASEGAWA
The aim of this study was to investigate characteristics of physical fitness, according to
positions of side player (SP), back player (BP), post player (PP), and goal keeper (GK) in a
top-level university female handball team. No study has show the difference in the physical
fitness among the tour positions. Moreover, the measurement variables were compared
between regular and non-regular players in the study. Anthropometric variables such as
height, weight, body fat percentage, parameters of maximal muscular strength such as bench
press, squats, arm curl, and basic performance tests such as grip strength, vertical jump,
50-meter sprints were measured. Our date indicated higher level of physical fitness, height
and heavier body weight were important elements for the BP, PP and GK. Flexibility is
important for GK, throwing ability is important BP, and muscular power is important for
PP. In the BP, non-regular players showed better measurement values in almost physical
fitness than regular players. This result, suggest that an appropriate of the field situation at
every aspect of the game was more important for BP than physical fitness.
【緒言】
競技スポーツにおける最終目標は、試合におい
て対戦相手から勝利を奪取することである。その
試合の結果を決定づける要因は、運動課題を解決
する「技術的側面」、技術的裏付けのうえで「戦
術的要素」、それぞれの種目に応じた専門的体力
としての「体力的側面」、競技場で生じる闘争心
や集中力、自信、不安などの中での自己の制御能
力の「知的・精神的側面」の4側面であると考え
られる。4 側面の中の体力とは、技術および戦術
の習得や状況判断能力、心理面などと並んで、さ
まざまなスポーツ種目における個人の達成力を
決定する前提条件の一つ1)となっている。スポー
ツ選手の体格・体力に関する研究は、スポーツ種
目ごとに多少の差はみられるが多くの報告が成
されている。このことは、現代のスポーツ競技に
おいて、体格・体力が競技力の向上に大きく関与
することが認められ、体格・体力の優劣が勝敗を
左右する大きな要因として指摘されていること
からも伺い知れる。
ハンドボールの試合は10 分間のハーフタイム
を挟んで30 分間の前後半、合計60 分間で行なわ
れ、体力的にみると走・跳・投という運動におけ
る基本3 要素が求められ、さらにボディコンタク
トという格闘的な意味も含めた総合スポーツで
あり、ダイナミックなシュートシーンやスピーデ
ィな試合展開が魅力とされている。ハンドボール
に必要とされる体力には、特に攻防の切り替えの
際のダッシュや方向変換、フェイント、ジャンプ
シュートなどの瞬発的な動作やゴール前の密集
地での相手とのコンタクトを考えると、筋力や無
気的パワーがゲームの勝敗に大きなウエイトを
占め、しかも前後半あわせて60 分間動きまわる
ための持久力も重要である2)と示されている。
これまでにハンドボール選手の体格、体力、技
術、戦術についての報告が成されてきている1-14)。
しかし、ハンドボール選手のポジションにおけ
る体力特性について報告された先行研究は、選手
全体の体力特性またはオフェンス(OFE)でのフ
ィールドプレーヤー(FP)とゴールキーパー(GK)
の2 組のポジションに分類した研究報告に限っ
たものであり、サイドプレーヤー(SP)、バック
プレーヤー(BP)、ポストプレーヤー(PP)、ゴ
ールキーパー(GK)の4 組のポジションに分類し
た研究報告はされていない。
またチームスポーツのトレーニングは、全員が
同一トレーニングを行う全体練習が大部分を占
めているが、競技者個々の体力特性に応じた効果
的なトレーニングを実施することにより、さらな
る競技パフォーマンスを向上させることができ
ると考えられる。
そのためには、まず各学生および選抜選手をは
じめとしたカテゴリーにおける体力特性、スタメ
ンやレギュラー、非レギュラーの競技レベル別に
おける体力の特性、ポジションに必要とされる体
力の特徴を検討することの意義が見出される。
どの体力・運動能力の要因を重点的にトレーニ
ングすれば競技能力の向上につながるのかとい
った、トレーニング内容に関する問題の解決や、
今後指導をしていく上でのタレント発掘の一助
となるであろうと考えた。
【目的】
本研究では、トップレベルの大学における女子
ハンドボール選手を対象とし、ポジション別に4
群(SP、BP、PP、GK)に分類し、さらに各ポジシ
ョン内をレギュラーと非レギュラーに分類し、体
力特性を明らかにすることを目的とした。
バックプレーヤー(BP)
ポストプレーヤー(PP)
フィールドプレーヤー(FP)
サイドプレーヤー(SP)
ゴールキーパー(GK)
メディシンボール投げ(後方投げ、前方投げ、股
下投げ)、ハンドボール投げ(ステップ、ジャン
プ)、立ち五段跳び、垂直跳び、立位体前屈、上
体そらしを行っている。これらは、高松ら20)によ
る完成段階における球技選手の体力・運動能力テ
ストに基づいて、各項目を決定した。各項目は球
技系運動選手に求められる、全般的な体力・運動
能力を評価するために、パワー、筋力、持久力、
調整力、柔軟性のすべての体力要因、走力、跳躍
力、投力などの要因が測定されている。また、そ
れらに加えて、ハンドボール選手に必要と思われ
る、片足でのジャンプ能力とハンドボールを使用
した投力の測定を追加している。
3)統計解析
基本的統計量は平均値±標準偏差で表した。
ポジション別の形態および体力特性の相違の
検定には、一元配置分散分析を行った。有意差が
みられたものについては、Tukey 方法による多重
比較検定を行った。またポジション内のレギュラ
ー、非レギュラー間における測定値の平均値の検
討には、対応のないt 検定を用いた。すべての統
計 処 理 に は SPSS for windows (Bass system,
Advanced models)を用い、危険率5%を有意水準と
した。
図 1.ポジション名
【方法】
1)対象者
2004 年から2010 年に筑波大学女子ハンドボー
ル部に所属していた50 名を対象とし、各2 年次
におけるデータを分析対応に用いた。田中らによ
ると基礎筋力においては、統計的に有意に増加す
るのは2 年次までであり、2 年次以降は、徐々に
増加しているものの有意な差は認められなかっ
たことが明らかにされていることから、2 年次の
データを用いた。ポジションは2 年次で活躍して
いたポジションで分類し、出場経験ある者をレギ
ュラー、その他の選手を非レギュラーとした。
2)測定項目
本研究では、筑波大学女子ハンドボール部で過
去7年間に行われてきた体力測定結果を利用して
いる。
形態については、身長、体重、体脂肪率、大腿
最大囲、下腿最大囲、前腕最大囲、上腕最大囲、
屈曲上腕最大囲の測定を行っている。なお、部位
の最大囲においては、選手の利き手、利き足側(ジ
ャンプシュートを打つときの踏み切り足)を利用
する。
最大筋力の測定項目は、ベンチプレス、ハーフ
スクワット、ツーハンズカールを行っている。
運動パフォーマンスの測定項目は、背筋力、握
力、
、20 m走、30 m走、50 m走、25 m×2方向変換
走、50 m×2 方向変換走、シャトルランテスト、
【結果】
ポジション別の体力特性の結果を表 1 に示し
た。形態の評価項目である身長、体重、前腕最大
囲、屈曲最大囲の項目と柔軟性の前後開脚(右脚
前・左脚前)、左右開脚の項目では SP が他のポ
ジションよりも有意に低い値を示した。上腕最大
囲は投力を評価するハンドボール投げ(ステッ
プ)とメディシンボール投げ(前方投げ)の測定
項目において、BP が SP よりも有意に高い値を
示した。有気的な持久力の評価であるシャトルラ
ンテストでは、PP が SP と BP よりも低い値を示
した。筋力の評価項目の握力では、PP が GK と
SP に比べて有意に高い値を示し、ベンチプレス
では、PP が GK に比べて有意に高い値を示して
いた。
表 1.ポジション別の比較
SP のレギュラーと非レギュラーの体力特性の
結果を表 2 に示した。切り返し能力の評価を目的
とした 25 m×2 方向変換走と跳躍力の評価を目
的とした立ち 5 段跳びに有意な差が示された。投
力の評価項目であるハンドボール投げ(ジャン
プ)とメディシンボール投げ(後方)では、非レ
ギュラーの方が長い値を示す傾向がみられた。
表 2.SP のレギュラー、非レギュラーの比較
BP のレギュラーと非レギュラーの体力特性の
結果を表 3 に示した。筋力の評価項目の握力、投
力の評価項目であるメディシンボール投げ(前
方・後方)、跳躍力の評価項目である立ち 5 段跳
びに有位差がみられたが、この表からレギュラー
よりも非レギュラーの方が優れた値が示唆され
た。
表 3.BP のレギュラー、非レギュラーの比較
PP のレギュラーと非レギュラーの体力特性の
結果を表 4 に示した。形態の評価項目である身長
に有意差がみられた。形態および柔軟性の評価項
目である前後開脚(左脚前)と有気的な持久力の
評価であるシャトルランテストにおいて、レギュ
ラーの方が高い値を示す傾向がみられた。
表 4.PP のレギュラー、非レギュラーの比較
GK のレギュラーと非レギュラーの体力特性の
結果を表 5 に示した。形態および柔軟性の評価項
目である前後開脚(右脚前・左脚前)と左右開脚
に有意差がみられた。柔軟性の評価項目である前
後開脚左脚前(身長比)、有気的な持久力の評価
項目であるシャトルランテストにおいて、レギュ
ラーの方が高い値を示す傾向がみられた。
表 5.GK のレギュラー、非レギュラーの比較
【考察】
SPは、攻撃から守備もしくは守備から攻撃への
交換地点での素早い跳び出しが求められること
が要求される。また図2に示したようにSPは角度
のない所から助走なしの一歩でシュートに持っ
ていける脚力が求められる。さらに空中シュート
体勢を保持し、GKをよく見てシュートを打つこと
から、投球力や跳躍力、走力といった調整力に優
れていることが望ましいことが考えられる。
図2.SPのシュートまでの軌跡
BP は、格闘技的要素を多く含む身体接触の激
しいポジションであり、形態的に大きい方が試合
を有利に展開するために重要とされるポジショ
ンである。身体接触をされながら、全ポジション
へのスピードのパスやシュートをすることが常
に要求されることから投球力に優れているポジ
ションと考えられる。しかしBPはレギュラーと非
レギュラーの測定結果を比較すると、ほとんどの
項目において、非レギュラーの方が優れた値を示
唆された。このことに関して、三十年間、筑波大
学女子ハンドボール部の監督を務められた水上
一氏は、BP は試合をコントロールするポジショ
ンであり、形態や体力もレギュラーを決める要因
の一つではあるが、それ以上に「判断力」に優れ
た人物をレギュラーにする可能性が高いと示し
ていた。
PPは、BPと同じく格闘技的要素を多く含む身体
接触の激しいポジションであり、形態的に大きい
方が試合を有利に展開するために重要とされる
ポジションであることが示唆された。またディフ
ェンスの密着地帯でボールを片手で握ることも
多く、ポジションをキープし、キャッチしたらデ
ィフェンスとの激しい身体接触に負けずに相手
の防御動作を阻止したり、振り切ったりしながら
スピードのあるパスやシュートすることが常に
要求されることから筋力に優れている方が望ま
しいと考えられる。
GK は、人との接触はないが身長が高く、柔軟
性がある方が身体よりも大きなゴールを死守す
るために重要であることが示唆される。
【限界】
本研究における対象者は、レギュラー群と非レ
ギュラー群のいずれかに分けたが、各群への群分
け方法は、試合に出場経験ありかなしをもとに群
分けした。しかし、対戦相手や選手のコンディシ
ョン、監督またはコーチングスタッフの戦略や戦
術によって柔軟にメンバーが入れ替わることが
生じるため、適切な群分け方法とは言い難い。
また本研究では 2 年次のデータを活用し、ト
ップレベルである一つの大学でのデータのため、
本研究の目的である大学のハンドボール選手の
体力・運動能力の特性を過不足なく表現できてい
るとはいえない可能性がある。
最近のハンドボール選手は、メインのポジショ
ンだけではなく、他のポジションもこなせるオー
ルラウンダーが増加している。本研究により、各
ポジションの体力特性がみられたことから、さら
に対象者の数を増加させ、追跡調査の必要性を感
じた。
【結論】
本研究は、大学女子ハンドボール部員50 名を
用いて、形態および体力測定を行い、これらの要
素を中心として現状を把握し、競技レベル別、ポ
ジション別でそのような特性が見られるかにつ
いて比較・検討を行い、今後のトレーニングの方
向性を検討することを目的とした。また本研究の
限界の範囲内で、次の結論が得られた。
(1) ポジション別で比較した結果、SP 以外
のポジションは形態が大型であることが望まし
く、GKは柔軟性の必要性が示唆され、BPは投力の
必要性、PPは筋力の必要性が示唆された。
(2) レギュラーと非レギュラーで比較した体力
特性に関しては、BP 以外のポジションでレギュ
ラーの方がほとんどの項目において、優れた値を
示していた。形態における差は認められず、運動
パフォーマンスにおいては、SP は切り返し走と
立ち5 段跳びでレギュラーが有意に優れている
値を示した。PP は持久力に優れる傾向がみられ、
GK は柔軟性に優れることが示唆された。
上記の結果から、ポジションおよび競技者個々
の体力特性に応じたトレーニング課題を設定し
てトレーニングをすることの重要性が示唆され
た。
また本研究の知見は、ハンドボール競技のタレ
ント発掘に有用な知見になると考えられる。
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