復興レポート⑭三陸道活用

2015.4.11
今川 悟
2014 年 3 月から毎月 11 日に発行
未来を考える力を
気仙沼復興レポート⑭
三陸道で変わる未来
2年目に突入した「気仙沼復興レポート」。これまでは復興事業を中心に取り上げてきたが、今
回は震災前からの継続事業である三陸道を検証する。三陸道は復興を牽引する事業として震災後に
整備が加速。27 年度には南三陸町志津川まで開通し、29 年度には大谷~気仙沼バイパス間も供用
開始の予定だ。国の事業のため、今までは早期整備の要望活動が主体だったが、これからは活用の
ための議論が大切だ。三陸道は地域の将来を左右する。準備を怠ればストロー現象によるマイナス
効果も心配される。地域への影響、
「命の道路」としての役割などを考えた。
■
気仙沼-仙台を1時間半
三陸道は仙台港北ICと岩手県宮古市の田老
北ICを結ぶ総延長 224 ㎞の自動車専用道路。
33 年前の昭和 57 年に松島大郷~松島北の 3.4 ㎞
区間が先行して開通し、これまでに約 7 割の区
間が供用された。一部地区では 4 車線化の工事
が進められている。気仙沼市内でも、唐桑道路(3
㎞)が部分開通している。
工事が進む大谷~高谷間の三陸道(大谷地区)
全線開通すると、仙台~宮古は約 3 時間で結
「命の道路」として早期整備は悲願だった。
ばれる。国道 45 号を普通に走行するよりも約 2
時間短縮されるのだ。気仙沼市から仙台港北I
気仙沼市の場合、気仙沼魚市場に水揚げされ
Cまでは 90 分で到着できるようになる。生活が
た水産物を新鮮なまま消費地へ輸送するため、
便利になるだけでなく、高度医療機関である石
高速ネットワークは欠かせず、販路拡大、ドライ
巻赤十字病院、大船渡病院への救急搬送時間が
バーの負担軽減などの効果も期待されている。
短縮され、災害時の救援道路にもなることから、
三陸道全線開通後の走行時間
震災後は「復興道路」に
■
気仙沼市の基幹道路である国道 45 号は、ほと
行き先
整備前
開通後
気仙沼港→仙台南IC
152 分
99 分
気仙沼市役所→大船渡病院
49 分
28 分
気仙沼港→東京市場
8 時間
6 時間
避難する車両で渋滞し、動けなくなったまま津
本吉支所→気仙沼市役所
35 分
22 分
波に巻き込まれた車両もあった。一方、三陸道が
気仙沼市→石巻赤十字病院
100 分
62 分
整備されていた地区では、避難や救援に効果を
気仙沼市→仙台空港
150 分
101 分
発揮した。
んどが海沿いを通るため、東日本大震災の大津
1
波で道路網が寸断され、孤立した地域もあった。
しかも、国道 45 号は迂回路や避難路が少なく、
国の復興構想会議は、東北道や三陸道が緊急
輸送路として機能したことなど評価し、被災地
の早期復興を促進する「復興高速道路」の整備な
避難階段
どを提言。増税などで確保した復興予算によっ
て、三陸道、三陸北縦貫道、八戸・久慈自動車道
を三陸沿岸道路にまとめて「復興道路」とし、積
極的に整備することになった。
災害時の機能を高めるため、新規区間は東日
本大震災の津波浸水区域を極力回避するルート
を設定。小泉地区のように浸水域を通る場所で
ダイヤモンド型、コンパクト型に見直す。上下線
は、津波の高さ以上の道路高を確保した。気仙沼
どちらかにしか出入りできないハーフインター
湾に架かる横断橋も海面から 32mの高さを確保
も導入する。
する。仙台東部道路が震災時の避難場所になっ
23 年度補正予算で、まだ事業化されていなか
た教訓をもとに、道路の側面に避難階段、緊急避
った三陸道の残り区間が一括して事業採択され
難路を設置。復興交付金を活用し、唐桑(台の下)
た。その後も復興予算をフル活用して、工事を加
と本吉(谷地)に地場産品販売施設付きの休憩エ
速。27 年度当初予算でも、三陸沿岸道路に 1185
リアを開設する。
億円を配分した。このうち三陸道の未開通区間
には 826 億円が集中投資され、気仙沼市と南三
■ ハーフインターでコスト削減
陸町の関連だけでも 241 億円が予算化されてい
る。近々、27 年度予算に基づいた今後の開通見
一方、低コスト化を実現するため、インターチ
ェンジ(IC)を従来のトランペット型ではなく、 通しが公表されるはずである。
気仙沼湾横断橋のイメージ
2
目標は「30 年度開通」?
よって地権者が移転する土地を探すのが難しか
民主党政権化で 23 年 11 月に補正予算が成立
困難を極めた。こうした中、市民へ移転先の情報
した際、三陸道の開通時期について「おおむね 10
提供を求めるなどの地道な取り組みによって、
年以内」という発言もあった。国交省が公開した
驚くべきスピードで工事が進められていること
費用便益分析結果では、
供用年を
「平成 30 年度」
は評価しなければならない。
■
ったり、新築価格が高騰したりして、移転協議は
として費用対効果を計算していた。
震災前、国直轄道路の新規事業化区間は完成
東北地方整備局は毎年度の予算が決まった後、 まで 15 年程度を要するとされていたが、震災後
道路の開通見通しを公表している。27 年度分は
に事業化された区間は早いところで 6~7 年で開
まだ公表されていないが、26 年 4 月の発表では、
通させる。ただし、開通の見通しは集中復興期間
宮城と岩手合わせて残る 13 区間のうち 2 区間は
が終了する 27 年度以降も復興予算継続を前提と
27 年度内に開通する予定だ。開通予定が公表さ
した想定となっている。26 年度と同じ規模の予
れていない区間は、いずれも用地取得の調整な
算が東北地方の道路事業に配分され続ければ、
どが課題となっている。
32 年度までに全区間は完成するが、復興予算の
特例がなくなると、21 年かかる予算規模なのだ。
三陸道の開通見通し
区
東北地方整備局発表
間
登米東和~志津川
宮
城
延
長
11.1 ㎞
心配なストロー現象
■
開通予定
27 年度
三陸道が延伸する中で、最も心配されている
志津川~南三陸海岸
3㎞
28 年度
ことが「ストロー現象」である。三陸道が観光や
南三陸海岸~歌津
4.2 ㎞
29 年度
水産業、市民生活に恩恵をもたらす一方で、三陸
12 ㎞
未定
道がストローになって、気仙沼の人やお金が仙
本吉~大谷
4㎞
未定
台や石巻へ吸い取られることが心配されている
大谷~気仙沼
7.1 ㎞
29 年度
のだ。今までも石巻の旧市街地の空洞化、松島の
気仙沼~唐桑南
9㎞
未定
唐桑北~陸前高田
10 ㎞
未定
歌津~本吉
宿泊客減少を引き起こしてきた。
影響を受けそうなのが商圏である。高速交通
三陸~吉浜
3.6 ㎞
27 年度
網から外れていたことで、気仙沼の地域商圏は
岩
吉浜~釜石両石
19.6 ㎞
未定
県内で唯一、仙台市を中心とした超広域商圏の
手
釜石北~山田南
12.8 ㎞
未定
影響を受けずにいた。
山田~宮古南
14 ㎞
29 年度
宮古中央~田老北
21 ㎞
未定
20 年の調査では、旧気仙沼市内の地元購買率
は食料品や生活用品などの「最寄品」が 98%、
衣料品や電化製品などの「買回品」は 87%と旧
莫大な予算が配分される中で、開通時期が見
石巻市内に次いで県内 2 番目の高さだった。し
通せないのは、用地取得の目途が付かないから
かし、震災後の 24 年の調査では、最寄品の地元
だ。気仙沼市内の延長 29 ㎞間で用地買収の対象
購買率が 98%をキープしたものの、買回品は
となる地権者は約 1200 人。このうち 167 戸は家
74%にダウンした。
1 人 1 台の車社会の中、大型のショッピングモ
屋や事業所の移転が必要となった。
しかも、移転補償の対象となる建物は、津波被
ールで休日を過ごす家族も増え、特に、この 10
害を免れた高台や内陸にある。被災者の再建に
年ほどで大型商業施設が集積された石巻河南I
3
C付近へ足を延ばす気仙沼市民も増えている。
年の時点で 1 万 500 台から 6100 台に減少すると
交通の不便さから買い物などが長年制約されて
推計した。県道気仙沼唐桑線も 1 万 2800 台から
いた地域ほど、魅力的な品揃えや娯楽を求め、ス
8400 台に、釜の前魚市場線は 1 万 200 台から
トロー現象の効果が現れやすいという。国交省
5700 台へ減少する。
のアンケートでも、若者ほど三陸道に通勤・通学、
買い物、レジャーの便利化を期待している。
ただし、計画通りの交通量となるかは不透明
だ。20 年度に開通した桃生登米道路(桃生豊郷
もちろん、三陸道で仙台~気仙沼が2時間以
~登米)は計画で 2 万 2000 台を見込んだが、25
内になる効果は絶大だ。気仙沼の滞在時間が長
年の実績は 1 万 1900 台にとどまった。
くなることで、昼食や体験型観光を楽しむ観光
しかも、三陸道の交通量は仙台から離れるほ
客が増えると予想される。
ど減少している。登米東和ICの開通から1カ
月後の 22 年3月のデータを見ると、鳴瀬奥松島
~矢本間は 1 日 2 万 6300 台、石巻河南~河北間
は 1 万 6700 台、桃生豊里~桃生津山間は 1 万
1000 台、登米~登米東和間はわずか 3400 台だっ
た。
■
県の出先機関再編へ
三陸道が開通すると、気仙沼市内にある県の
住宅地でも工事が進む(面瀬の高谷地区)
出先機関が石巻に再編されることになっている。
■
県が 19 年 10 月に公表した「地方機関再編の
旧道の交通量 9 割減【唐桑】
基本方針」では、財政対策や地方分権などを理由
ストロー現象は交通量にも現れる。110 億円を
に、地方機関を縮小・廃止していく考えが示され
かけて 22 年 12 月に開通した唐桑道路では、三
た。7 圏域ごとに配置している地方機関は、
「県
陸道開通によって国道 45 号の交通量が 6~9 割
北」
「県東」
「県央」
「県南」を基本に再編すると
も減少した。
いう方向性だった。
霧立トンネルを主体とした唐桑道路によって、
気仙沼市は、南三陸町、石巻市、登米市、東松
この区間の所要時間は 5 分短縮された。その一
島市、女川町とともに「県東」の所管となる。そ
方で、開通 1 カ月後の調査では、国道 45 号の交
の広域事務所は、石巻合同庁舎に置くことに決
通量が舘地区(小原木小学校付近)で 7600 台か
まったが、気仙沼市から時間がかかりすぎるた
ら 1100 台へ、境地区(唐桑半島入口)で 1 万 2900
め、
「三陸道が気仙沼市まで整備された時点で速
台から 5500 台へ割減少したことが分かった。
やかに再編を実施する」という特例措置が取ら
河北ICから桃生津山ICが開通した際、国
れた。その当時、三陸道開通は将来の話だったが、
道 45 号の交通量は約 4 割減少した。
いま現実になろうとしているのだ。
この例は、今後開通する区間でも想定されて
再編後は、県税事務所、保健福祉事務所、地方
いる。三陸道の大谷~気仙沼バイパス間の計画
振興事務所、土木事務所は、すべて石巻に移り、
交通量は 1 日 1 万 5200 台(26 年度再評価の結
気仙沼圏域にはそれぞれの地域事務所が残され
果)。費用対効果の検証の中では、三陸道の整備
る。当然、職員数は削減され、機能も縮小される
によって市内の国道 45 号の交通量は、平成 42
可能性が高い。
4
■
激変する交通環境
三陸道が整備されることによって気仙沼市内
の交通環境は大きく変化する。インターチェン
ジ付近のアクセス道は交通量が増加する一方で、
震災前から渋滞が目立っていた国道 45 号の交通
量は大幅に減少するのだ。さらに、復興事業によ
って既存の県道や市道はさまざまな場所で拡幅
改良され、人口減少も続けば、現在の大きな悩み
である交通渋滞から解放される。
■
高速バスのハブ化機能
30 ㎞以内に 9 カ所のIC
被災したJR気仙沼線、大船渡線の鉄路復旧
市内には 9 カ所のインターチェンジが計画さ
が不透明な中、高速バスの利用増加が想定され
れている。このうち上下線に出入りできるフル
る。気仙沼線は震災前の快速でも仙台駅まで 2 時
インターチェンジは震災前から事業化されてい
間かかっていたが、三陸道が全線開通すれば、車
た気仙沼(高谷)と大谷(九多丸)だけで、あと
の方が早くなる可能性があるからだ。
は仙台方面か岩手方面か一方向にしか出入りで
仙石線が一部不通となったままの石巻市では、
きないハーフインターになる。地元の要望で、階
仙台駅前までの高速バスが 1 日 36 往復も運行さ
上地区へのインター追加も検討されている。
れている。料金は片道 800 円(JR運賃 840 円)
市内のわずか 30 ㎞弱の区間に 9 カ所ものイン
と安く、市民の人気を集めている。自家用車が置
ターができることで、市外から訪れるドライバ
けるイオンモール石巻は特に人気だという。
ーの混乱、生活道として利用する市民の事故が
石巻では、路線バスのほかに、北上・雄勝・河
懸念される。誤解を与えないインター名、看板表
北地区などで住民バス、乗り合いタクシーが運
示の工夫などが必要になる。
行されている。住民バスの料金は 1 回 100 円。
イオンモールまで住民バスで訪れ、高速バスに
乗り換えるケースもあるという。三陸道河北I
C近くにある道の駅「上品の郷」にも、高速バス
の停留所を設置する要望があるが、道の駅の駐
車場に
「車を 50~60 台も置いて行かれては困る」
という理由で実現していない。
このように、地域を細かく回るバスと都市間
気仙沼湾横断橋の橋脚工事(大川)
を結ぶバスの乗り継ぎ場所をうまく用意してい
インターチェンジが多いことで、まちづくり
くことを『ハブ化』という。車社会では、この乗
が分散する問題もあるが、特に大島架橋(30 年
り継ぎ拠点に自家用車の駐車場機能も求められ
完成予定)からのアクセス道と三陸道が接続す
る。イオンモール石巻のように、そこに商業施設
る鹿折地区、フルインターチェンジの近くに市
があるとさらに相乗効果も生まれるのだ。気仙
立病院が新築移転する気仙沼バイパス付近は交
沼市でも高速バスとの連携を視野に入れた路線
通の要衝として大きな可能性を秘めている。
バスの再編が必要で、BRT(鉄道跡をバス専用
5
道にする仕組み)との連携も視野に入れなけれ
の 24 年 3 月に「復興道路を核とした道路施策の
ばならないだろう。
取組方針」を策定。インターチェンジと漁港や公
共施設をつなぐアクセス道の整備、道の駅の増
震度 5 弱で通行止め
■
強、案内標識の設置などに取り組む考えを示し
ている。道路施策だけでなく、これからはさまざ
まな施策に復興道路を活かしていこうという意
気込みが伝わってくる。
一方の宮城県からはそうした動きが見えてこ
ない。気仙沼市も(仮称)気仙沼港IC付近に水
産加工団地を造成し、そのほかのIC付近にも
企業誘致を呼び掛けてはきたが、全線で事業化
年内にも開通予定の志津川IC
が決まった後も基本的には中央への要望活動が
三陸道に津波からの避難路としての役割を期
メーンになっていた。国は震災前から「活用策の
待する声もあるが、実際には震度 5 弱を観測し
提示が、何よりもの促進策」と沿線自治体へメッ
た時点で通行止めになる。インターチェンジに
セージを送っていたが、デメリットを最小に抑
は通行止め用のゲートバーが用意されていて、
え、メリットを最大限に伸ばす取り組みはまだ
登米東和ICのバーは遠隔操作で降りる仕組み
始まっていない。
になっている。安全が確認されるまでは通行止
南三陸町では、高台に商業エリアを計画して
めが続けられる。震災では一般車両が走行でき
いるが、27 年度に開通予定の志津川IC付近へ
るまで 10 日以上かかった。
商業施設が集まり、町が困惑している。少しでも
つまり、三陸道が避難先になるというよりは、
三陸道から強制的に車が降りてくるので、避難
早く三陸道の活用を検討しなければ、まちづく
り計画と現実が乖離する恐れがあるのだ。
行動が混乱する恐れがあるのだ。さらに津波警
そもそも、震災前の三陸道の整備スピードは
報が出れば、国道 45 号などは東日本大震災の浸
遅く、気仙沼湾を横断する巨大橋の実現は到底
水域に車両が入らないように通行止め措置が取
不可能だった。市民の間では、国道 45 号気仙沼
られる。行政は徒歩での避難を原則としている
バイパスまで接続されれば、現道を活用するこ
が、車による避難を阻止することはできず、混乱
とで仕方がないという見方が多勢を占めていた
を防ぐためには車が避難できる「モータープー
のだ。復興予算で工事が加速したことを考える
ル」の機能が求められる。
と、同じ被災地である三陸沿岸の市町が地域間
■
まとめ「三陸道活用の戦略を」
競争を激化させるのではなく、地域間の連携を
強めて三陸道を活用していく政策が求められる。
岩手県は 27 年度、三陸沿岸道路の全線開通を
気仙沼復興レポートのバックナンバーは今川悟ホーム
見据えた戦略づくりに着手する。沿岸の交流人
ページで公開中です。
口を増加させるための活用策などをまとめるだ
http://imakawa.net
❶少子化と人口減少❷防潮堤問題❸復興予算の限界
けでなく、ストロー現象などのデメリットも考
❹鉄路復旧とBRT❺高校再編❻災害公営住宅
慮し、施策に反映させていくという。
❼仮設住宅❽財政シミュレーション❾災害危険区域
広大な県土を有する岩手県は、道路政策に力
❿震災遺構⓫人手不足⓬防災公園⓭震災検証(津波編)
を入れており、国が復興道路を打ち出した直後
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