「木造寺院建築物、特に山門に付属する階段を用いた耐震補強技術の開発」

「木造寺院建築物、特に山門に付属する階段を用いた耐震補強技術の開発」
立命館大学 鈴木祥之・向坊恭介
◆ 実験の目的
大規模木造寺院の山門には、上層へ上がるための階段が付属していることがある。例えば、
東本願寺御影堂門には、南面および北面に階段が取り付けられている(写真1)。この階段を
利用して、基礎-階段、建屋-階段の接合部分(図1)へ制震ダンパーを挿入し、相対変位に
よるエネルギー消費によって建屋の応答を低減する技術を開発し、本実験によってその効果を
検証することを目的とする。
本実験に基づいて開発する階段を活用した技術を応用すれば、美観や利用者の利便性を損な
わない耐震補強・耐震改修が可能になると考える。
写真1 東本願寺御影堂門の階段
図1 階段の取り付け部分
◆ 実験日程
実験期間は平成 25 年 10 月 28 日(月)~11 月 8 日(金)で、具体的な作業内容は下表のと
おりである。
表1 実験日程
10月
11月
28
29
30
31
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
月
火
水
木
金
土
日
月
火
水
木
金
土
日
架台
設置
撤去
試験体
設置
撤去
計測
設置
設置
設置
撤去
加振
加振
1
加振
◆ 試験体
1) 軸組
2003 年度の実験に用いられた軸組を再利用した。立面図と伏せ図を図2、3に示す。円柱
4本と牛引梁、土居桁からなる架構で、平面寸法は、柱脚芯々で 1,750mm×1,000mm、桁天
までの高さ 2101mm である。部材の断面寸法は、柱が断面φ=147mm、足固めは長手・短手
幅 64mm×成 110mm、短手虹梁は幅 50mm×成 100mm、通肘木は幅 44mm×成 50mm、土
居桁は幅 140mm×成 264mm、牛引梁は幅 140mm×成 160mm である。使用樹種は、柱がヒ
ノキ、牛引梁・土居桁がベイマツ、その他の横架材がベイヒバ、雇いほぞ・車知栓・込み栓が
カシである。なお、以前の実験でひび割れが入った土居盤は木ねじで開き止めし、柱脚部には
割れ止めの鉄輪を取り付けた。
また、重量として鋼製錘 6tof を牛引き梁へボルトで固定した。軸組と鋼製錘、後述するダン
パーを考慮した質点系重量は 63.3kN であった。
牛引梁(140×160)
土居桁(140×264)
肘木(50×50)
肘木(50×50)
1755
1580
足固め(64×110)
380
足固め(64×110)
200
2301
1990
虹梁(50×100)
800
800
1750
300
1000
図2 試験体軸組立面図
a) 足固めレベル
b) 虹梁レベル
図3 試験体軸組伏せ図
2
c) 屋根レベル
300
2) 階段およびダンパー
試験体軸組の短辺方向に両側から階段を設置し、振動台-階段、軸組-階段の接合部分にゴ
ムダンパーを挿入した。試験体全体の模式図を図4、5に示す。ゴムダンパーは、水平剛性の
調整および接合部分の安定性のため、小さなピースを平面的に4または6箇所並べ、2または
3段積みのユニットとした。上部ダンパーは、柱頭に追加した長押へボルトで留めつけた。ま
た、下部ダンパーは階段の軸方向のみ変位するようにガイドのための冶具を取り付けた。
試験体全景およびダンパーの状況を写真2~10 に示す。
鋼製重り 3tonf×2 = 計6tonf
上部ダンパー
60×100
ダンパー取り付け用
長押
72
270
392
192
200
265
0
156
12
図4 試験体短辺方向模式図
600
430
190
60
下部ダンパーは、
6カ所3段積み
→4カ所3段積み
750
500
図5 試験体長辺方向模式図
3
2373
97
1912
15
0
2109
12
下部ダンパー
写真2 試験体全景1
写真3 試験体全景2
写真5 ゴムダンパー
写真6 下部ダンパー
写真4 試験体全景3
写真7 上部ダンパー
写真8 下部ダンパーのガイド1 写真9 下部ダンパーのガイド2 写真 10 長押との取合い部
◆ 加振計画
入力波として、正弦波 0.5Hz、1Hz、1.5Hz、兵庫県南部地震で記録された JMA 神戸波 NS
成分、花折断層想定波を用いた。それぞれ、加速度振幅を調整して入力した。また、振動特性
を把握するためのホワイトノイズ波加振を振幅 10cm/s2 で適宜実施した。
加振1日目では、まず、上部ダンパー(4箇所×2段積み)、下部ダンパー(6箇所×3段
積み)で実験を行った後、下部ダンパーを4箇所×3段積みに変更した。加振2日目では、階
段およびダンパーを撤去し、まず、長押のみを残した状態で実験し、その後、長押を撤去した。
実施した加振の一覧を表2に示す。なお、試験体短辺方向を X 方向、長辺方向を Y 方向とし
ている。
4
表2 実施加振一覧
階段補強無し
階段補強有り
入力波
下部ダンパー
6箇所
PGA
[gal]
X
10
正弦波1Hz
正弦波1.5Hz
正弦波0.5Hz
正弦波1Hz
2方向
JMA神戸波NS
25
○
50
○
75
○
下部ダンパー
下部ダンパー
4箇所(1日目) 4箇所(2日目)
Y
X
Y
○
○
○
○
○
○
Y
○
○
○
○
10
○
25
○
長押無し
X
Y
○
○
○
○
○
○
○
○
○
X
Y
○
25
○
X:10, Y:10
○
○
X:25, Y:25
○
○
X:50, Y:25
○
○
○
50
○
○
○
100
○
○
○
150
○
○
○
○
○
200
花折想定波
X
長押有り
50
○
○
100
○
○
125
○
◆ 1次卓越振動数
ホワイトノイズ波加振で得られた1次卓越振動数を図6に示す。X 方向で見ると、ダンパー
を取り付けた状態で約 2Hz、ダンパー無しで約 1.5Hz であった。下部ダンパーの量を6箇所か
ら4箇所へ変更してもあまり影響は見られなかった。
3
X方向
1次卓越振動数[Hz]
2.5
Y方向
2
1.5
1
0.5
0
11/6
11/5
図6 1次卓越振動数の推移
5
◆ 実験結果
1) ダンパーの有無による最大応答の比較
ダンパー補強の有無による応答の差違を図7~9に示す。ダンパー補強によって、最大応答
変形角が低減され、耐力が増大していることが認められる。
0.06
下部ダンパー4箇所
階段補強無し
PGA
最大層間変形角[rad]
[Gal]
ダンパー有
補強無し
50
0.0082
0.0144
57%
100
0.0232
0.0324
72%
150
0.0361
0.0474
76%
200
0.0447
0.0583
77%
最大層間変形角[rad]
0.05
低減率
0.04
0.03
0.02
0.01
0
50
100
150
200
JMA神戸波NS 最大入力加速度[Gal]
図7 JMA 神戸波加振における最大層間変形角の比較
15
JMA神戸波200Gal
10
5
5
0
-0.06
-0.04
15
10
層せん断力[kN]
層せん断力[kN]
JMA神戸波150Gal
-0.02
0
0.02
0.04
0.06
-5
-10
0
-0.06
-0.04
-0.02
0
0.02
0.04
0.06
-5
-10
下部ダンパー4箇所
下部ダンパー4箇所
階段補強無し
階段補強無し
-15
-15
層間変形角[rad]
層間変形角[rad]
図8 JMA 神戸波加振における履歴曲線のダンパーの有無による比較1
15
15
下部ダンパー4箇所
JMA神戸NS
階段補強無し
JMA神戸NS
10
10
5
層せん断力[kN]
層せん断力[kN]
5
0
-0.06
-0.04
-0.02
0
0.02
0.04
0.06
-5
-10
-15
cj200xa
cj150xa
cj100xa
cj050xa
0
-0.06
-0.04
-0.02
0
0.02
-15
dj200xa
dj150xa
dj100xa
dj050xa
層間変形角[rad]
図9 JMA 神戸波加振における履歴曲線のダンパーの有無による比較2
6
0.06
-5
-10
層間変形角[rad]
0.04
次に、復元力包絡線の比較を図10に示す。各1方向加振において、最大せん断力および最
小せん断力を記録した点をプロットした。X 方向の結果から下部ダンパー4箇所と6箇所を比
較すると、1/100rad 以下の小変形域では差違が見られないが、1/30rad 程度の大変形域では耐
力に差違が見られる。
一方、Y 方向の結果からは、ダンパーの有無よりも長押の有無の方が耐力への寄与が大きか
ったことが読み取れる。直径 147mm、高さ 1,791mm の柱に対して長押のせいが 150mm と
比較的大きかったことが影響していると考える。正弦波 1Hz、Y 方向加振の履歴曲線の比較を
図11に示す。なお、図6より、Y 方向の微小変形域での1次卓越振動数は 1Hz 前後であり、
1/50rad 以上の中・大変形域ではより長周期化していることに留意する必要がある。
15
20
15
10
10
5
層せん断力[kN]
層せん断力[kN]
5
0
-0.06
-0.04
0
-0.02
0.02
0.04
0.06
-5
0
-0.06
-0.04
-0.02
0
0.02
0.06
下部ダンパー6箇所
-10
下部ダンパー4箇所
下部ダンパー6箇所
-10
0.04
-5
-15
下部ダンパー4箇所
階段補強無し
長押無し
階段補強無し
-20
-15
層間変形角[rad]
層間変形角[rad]
a) X 方向
b) Y 方向
層せん断力[kN]
図10 復元力包絡線の比較
20
20
下部ダンパー6箇所
15
正弦波1Hz
階段補強無し
15
正弦波1Hz
10
10
10
5
5
5
-0.04
-0.02
15
0
0
-0.06
20
長押無し
正弦波
0
0.02
0.04
0.06 -0.06
-0.04
-0.02
0
0
0.02
0.04
0.06 -0.06
-0.04
-0.02
-5
-5
-10
-10
as025ya
as010yb
as010ya
-15
-20
層間変形角[rad]
-15
-20
0.02
-10
ds050ya
ds025ya
ds010ya
層間変形角[rad]
図11 正弦波 Y 方向加振における履歴曲線の比較
7
0
0.04
-5
-15
-20
層間変形角[rad]
esb50ya
es050ya
es025ya
es010ya
0.06
2) 等価粘性減衰定数の比較
正弦波加振における履歴曲線のループ面積から算出した等価粘性減衰定数を図12に示す。
ただし、横軸はそれぞれの1ループでの最大層間変形角である。試験体軸組が元来有する減衰
性能とダンパーの減衰性能を併せて評価していることになる。X 方向加振の結果を見ると、ダ
ンパーの有無に関わらず振幅依存性が見られるが、約 1/50rad 以降は比較的安定しており、図
中の網掛け部分の平均値で、無補強の場合 12.5%、4箇所で 17.5%、6箇所で 22.6%であった。
0.5
0.2
下部ダンパー6箇所
下部ダンパー4箇所
0.4
0.16
等価粘性減衰定数
等価粘性減衰定数
階段補強無し
0.3
22~24%
0.2
17~19%
0.1
0.12
0.08
0.04
12~14%
0
0
0.02
0.01
下部ダンパー6箇所
下部ダンパー4箇所
階段補強無し
長押無し
0.03
0
0.04
0
0.01
0.02
0.03
0.04
1ループの最大層間変形角[rad]
1ループの最大層間変形角[rad]
a) X 方向加振
b) Y 方向加振
図12 履歴面積から求めた等価粘性減衰定数の比較
3) 履歴消費エネルギーによる比較
履歴減衰による消費エネルギーに関する結果を図13、14に示す。ダンパー量とともに消
累積消費エネルギー[kN・rad]
10
下部ダンパー6箇所
下部ダンパー4箇所
階段補強無し
8
6
正弦波1Hz 75gal
4
2
0
5
0
下部ダンパー4箇所
階段補強無し
2
JMA神戸NS 200gal
1.5
1
0.5
0
0
15
10
3
2.5
5
10
15
時刻[s]
時刻[s]
図13 累積消費エネルギーの時刻歴の比較
10
2.5
9
下部ダンパー6箇所
8
下部ダンパー4箇所
7
階段補強無し
下部ダンパー4箇所
全消費エネルギー[kN・rad]
全消費エネルギー[kN・rad]
累積消費エネルギー[kN・rad]
費エネルギーが増大していることが分かる。
6
5
4
3
2
1
2
階段補強無し
1.5
1
0.5
正弦波1Hz加振
JMA神戸波加振
0
0
0
0.01
0.02
0.03
0.04
0
0.05
0.02
0.04
0.06
最大層間変形角[rad]
最大層間変形角[rad]
図14 全消費エネルギーの比較
8
0.08
4) 層間変位とダンパーの水平変位
X 方向加振において、
軸組の層間変位と下部ダンパーの水平変位の対応関係を図15に示す。
層間変位に対して、下部ダンパーの水平変位はおよそ0.5倍になっており、残りは上部ダン
パー部分の変位となっていることが分かる。上部ダンパーと長押の間では、水平変位・鉛直変
位・回転変形(図11)が複雑に組み合わさって生じることが実験観察およびビデオ映像より
明らかになっている。これらに加えて、階段とダンパー冶具間での遊びも寄与していると考え
られる。以上より、層間変位がそのまま下部ダンパーへ伝達せずに変位のロスが生じていると
推察されるが、一方で、上部ダンパーが圧縮・引張あるいは回転に伴う曲げにより、履歴減衰
を生じていると考えられるため、結果としてダンパー効果は少なくとも50%以上であると言
える。
下部ダンパーの水平変位[mm]
rch050xa
rch125xa
rcj200xa
60
50
40
30
20
10
-80
-60
-40
0
-20 0
-10
20
40
60
80
100 120
-20
-30
-40
層間変位[mm]
図15 層間変位と下部ダンパーの水平変位
写真11 上部ダンパーの変形成分
◆ まとめ
伝統木造山門に取り付く階段を利用した制震補強法について、振動台実験によって効果を検
証した。階段の軸方向の振動に対しては、ダンパーが十分有効に働き、制震効果が見られるこ
とを実証した。一方、階段と直交する方向の振動に対しては、取り付け冶具を改良するなど今
後検討が必要である。
9