日本臨床獣医学フォーラム年次大会2016 PROCEEDINGS vol.18

動物看護師プログラム 19 腫瘍学
24 日(土)17:00-18:10 〈芙蓉 西〉
リンパ腫の化学療法を通じ抗がん剤を学ぶ
Chemotherapy for lymphoma
林宝謙治
埼玉動物医療センター(埼玉県)腫瘍科
講演の目的
幸いなことに常に在庫しているが,使用経験はない.
1) リンパ腫の治療で使用される抗がん剤について学ぶ.
また,心筋毒性があるため生涯に投与できる量に制限があ
2) 抗がん剤の取り扱いの注意点を知る.
る事も覚えておく必要がある.(通常は 180mg/m2 まで)
3) 抗がん剤の副作用に対する対処法を知る.
投与の前後に定期的な心エコー検査を実施し,心筋の状態を
4) 抗がん治療中のご家族へ様々な指導ができるようになる.
確認しながら投与する事が望ましい.その他の代表的な副作
用として胃腸障害,骨髄抑制,脱毛,アレルギーがある.脱
キーポイント
毛に関しては犬種,動物種により差があるが,事前にご家族
1) 犬,猫のリンパ腫の治療の主役は抗がん治療である.
に説明しておく事は重要である.
2) 最も頻繁に用いられているのは CHOP と言われている
プロトコールである.
2. シクロホスファミド
投与経路は,静脈内投与(注射薬)と経口投与(内服薬)
要約
の 2 通りがある.経口薬は錠剤があるが,近年原末(散剤)
現在リンパ腫の抗がん治療の主流となっているのはいわゆ
も発売されている.経口薬は食後に投与すると嘔吐を誘発す
る CHOP ベースプロトコールである.CHOP とはシクロホ
る事が知られているため,必ず空腹時に投与する.また,本
スファミド(C),ドキソルビシン(H),ビンクリスチン(O),
薬剤は発がん性が極めて高いため,錠剤を分割する際には安
プレドニゾロン(P)である.ドキソルビシンは,以前ハイ
全キャビネットの使用や専用のガウン,マスクの着用は必須
ドロキシダウノルビシンと呼ばれていたため H,ビンクリス
である.他の薬剤にない代表的な副作用として出血性膀胱炎
チンは商品名であるオンコビンの頭文字として O が用いられ
がある.副作用回避の方法として投与後の頻回の排尿や利尿
ている.本講演では,上記薬剤を中心に抗がん剤の効果,取
剤の投与が推奨されている.その他の副作用として胃腸障害,
り扱いの注意点,副作用,抗がん剤の動物病院スタッフへの
骨髄抑制がある.
暴露などについて詳しく解説する予定である.
3. ビンクリスチン
キーワード リンパ腫 抗がん治療
投与経路は,静脈内投与のみである.肝臓で代謝され,胆
汁から排泄されるため胆汁の排泄経路に問題がある患者に対
はじめに
しては使用を控える.具体的には TBil が 1.5mg/dl 以上の
1. ドキソルビシン
場合は 50% 減量もしくは使用しない.代表的な副作用は,
投与経路は静脈内点滴のみで,組織侵襲性が極めて高い薬
末梢神経の障害に起因する便秘とそれに伴う食欲不振,嘔吐
剤であるため皮下や筋肉内への投与は禁忌である.
である.経験的には,マロピタントを投与直後から 5 日間
点滴中に誤って血管外に漏出すると漏出部位が壊死し,悲
投与することで食欲不振と嘔吐を抑制できる印象を持ってい
惨な結果を招く.投与中は厳密な管理が必要であり,動物の
る.本薬剤も血管外漏出で周辺組織の壊死が起こる.血管外
性格によっては保定下あるいは鎮静下で投与する必要があ
漏出の際の対処方法がドキソルビシンと全く異なるため注意
る.万が一血管外に漏出させてしまった場合は,投薬を直ち
が必要である.投薬を中止し,留置針から薬剤を吸引する所
に中止し留置針引き抜かずにその留置針周囲から漏れた薬剤
までは同じ対処方法だが,その後局所に生理食塩水を注射し,
を可能な限り吸引する.その後冷湿布を用いて 1 回 10 分 1
冷湿布ではなく温湿布を数時間行う事が推奨されている.ド
時間毎に患部を冷やす.この処置を 24 時間継続する.可能
キソルビシンの漏出時には漏れた薬剤を出来る限り局所にと
であればドキソルビシンの拮抗薬であるデクスラゾキサンを
どめる(拡散させない)のに対し,ビンクリスチンの漏出時
投与する.本薬剤は,以前は個人輸入する必要があったが,
は局所の吸収を促進する事が重要と考えられている.その他
2014 年にサビーン ® が国内で発売された.万が一ドキソル
の副作用として L- アスパラギナーゼとの同時投与で重度の骨
ビシンを漏出させてしまった可能性が疑われる場合は,3 時
髄抑制(犬)が知られているがその理由はよくわかっていな
間以内に本薬剤を投与する.投与量は,600mg/m2 で生理
い.
食塩水に希釈し,15 分かけて投与する.薬価が 500mg で
約 45 000 円と高額なのが問題であるが,本薬剤を頻繁に
4. L- アスパラギナーゼ
使用する病院では持っていてもいいかもしれない.著者は,
適応は,リンパ腫,リンパ性白血病などのリンパ系の悪性
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第 18 回 日本臨床獣医学フォーラム年次大会 2016
腫瘍に限られる.他の薬剤と異なり,単独使用では骨髄抑制
が排泄されている可能性があり,十分な効果が得られない可
が全く見られないが,ビンクリスチンとの同時投与(犬)で
能性があるからである.一方で嘔吐前にどのくらい抗がん剤
重度の骨髄抑制が起こる.代表的な副作用として急性膵炎,
が吸収されているかを知る術がないため,再度新しい薬を投
アナフィラキシーショックが知られている.アナフィラキ
与すると過剰投与になる恐れがあるからである.
シーを予防するため前投与として抗ヒスタミン剤の投与が推
経口抗がん剤の投与のタイミングも指導しなければならな
奨されている.
い.薬剤によって好ましい投与のタイミングが異なるため注
意が必要である.空腹時に与えるべき経口抗がん剤は,シク
抗がん剤の副作用の評価と適正な投与
ロホスファミド,クロラムブシル,メルファラン,ロムスチ
我々が抗がん剤を投与する際に投与量を間違えれば動物に
ンであり.食後に投与すべき経口抗がん剤は,イマチニブ,
重大な副作用を与えてしまう事になり,死亡させてしまう事
プロカルバジンなどがある.
さえある.適正に抗がん剤を投与する上で以下の事に十分留
意する.
1) 薬用量の確認と投与量の計算は必ず 2 人以上の獣医師あ
るいは動物看護師で確認し合った後に投与を開始する.
2) 治療毎の薬用量,投与量および投与後の副作用などを一
覧にまとめておくと良い.
抗がん剤を安全に使用するために
抗がん剤は,抗がん作用を持つ一方で発がん性のある薬剤
である事を知っておかなければならない.抗がん剤の不適切
な取り扱いは,治療に携わる獣医師,動物看護師,更には動
物のご家族を発がん物質に暴露する結果となる.抗がん剤の
暴露を防ぐために以下の方法を徹底する.
1) 注射用抗がん剤,あるいは経口用抗がん剤の調剤時には
生物学的安全キャビネットを極力使用する.
2) 特に安全キャビネットがない施設では経口用抗がん剤の
分割,粉砕は絶対に行わない.
閉鎖式薬物混合器具(PhaSeal® system)は,抗がん剤
の注射薬を扱う際に薬剤の飛散を防止する器具である.動物
病院では未だ使用している施設が少ないのが現状であるが,
暴露を防ぐためには極めて有効である.
ご家族への指導
抗がん治療を開始する際には,ご家族への指導も重要とな
る.多くの抗がん剤には骨髄抑制(主に好中球減少症に伴う
発熱=発熱性好中球減少症)
,消化器毒性(食欲不振,嘔吐,
下痢)の副作用が伴う.使用する薬剤によって発現しやすい
副作用が異なるため,毎回予想しうる副作用をご家族に丁寧
に説明する.重度な副作用が見られた場合は,速やかに病院
に連絡をしてもらい,適切な対応を取る必要がある.出来る
限り早期に副作用を発見するためには,ご自宅での身体検査
(体温,心拍数の測定,呼吸数= TPR)の実施が望ましい.
動物看護師が指導し,自宅で一覧表に記載してもらい診察毎
に提出して頂くと良い.また,ご家族の抗がん剤の暴露を防
ぐための指導も必須である.投与後の糞尿の処理には手袋の
使用が望ましい.また,経口抗がん剤を自宅で使用する場合
に,直接抗がん剤に触れる事を避けるためにも手袋を使用す
るかカプセルへ入れて処方するようにする.
経口抗がん剤投与後に動物が嘔吐した際には,嘔吐物を再
度与えて頂くように指導する.これは嘔吐物の中に抗がん剤
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