荒川 朋美 氏 - 公益財団法人日本生産性本部

第20期 情報化推進懇話会
第3回例会:平成17年12月21日(水)
『世界を切り拓くレノボ∼企業の変革するビジネスモデルを
支えるテクノロジーとイノベーション』
講 師
レノボ・ジャパン(株)執行役員
レノボ・アジア・パシフィック プログラム・マーケティング
担当
荒川
朋美
氏
財団法人 社会経済生産性本部
情報化推進国民会議
『世界を切り拓くレノボ∼企業の変革するビジネスモデルを支
えるテクノロジーとイノベーション∼』
―
プロフィール ―
◆ 略
歴 ◆
昭和 60 年 3 月
慶應義塾大学商学部卒業
昭和 60 年 4 月
日本アイ・ビー・エム株式会社入社
ゼネラル・ビジネス事業部北関東営業所配属
平成 10 年 1 月
IBM AP 出向
SMB アジア・パシフィック小売業セグメントマネジャー
平成 12 年 1 月
ゼネラル・ビジネス事業部
平成 13 年 7 月
パーソナル・システム事業部 PC ダイレクト&マーケティング事業部
SMB マーケティング担当
長
平成 15 年 11 月
PS 製品事業部 PC 製品企画&マーケティング担当
平成 17 年 5 月
レノボ・ジャパン株式会社
執行役員
ブランド&マーケティング担当
平成 17 年 7 月
レノボ・アジア・パシフィック
プログラム・ディレクター
プログラム・マーケティング担当
現職
1.日本IBMから Lenovo Japan へ
私は 1985 年に日本IBMに入社して、システムエンジニアを経験したあと営業をやり、
日本IBMが 2000 年にJQA(日本経営品質賞)で金賞を頂いたときには、ちょうど中堅・
中小企業のお客様を対象とするジェネラルビジネス事業部でマーケティングを担当してい
ました。入社以来ほとんど中堅・中小企業のお客様とともに勉強してきたのですが、2001
年になって日本のパソコン市場にUSのデルが非常な勢いで入ってこられたことから、I
BMのパソコン事業も大きな転換を迫られました。そして、デルと同じダイレクトモデル
を立ち上げるという大きな決断をすることになりました。それと同時に、私も 2001 年7月
にPC事業部に移り、幕張のセンターを中心に、テレセールスと Web サイトを使ったダイ
レクトのビジネスモデルの立ち上げにかかわっていたのですが、同年の9月には、日本I
BMが引っ張っていたコンシューマーブランドのアプティバ(Aptiva)からの撤退という
大きなデシジョンをせざるをえませんでした。それは、PC事業での利益は非常に厳しい
ものがあり、コンシューマービジネスはIBMにとって大変難しいものだったからです。
つまり、IBMのお客様は企業のお客様ばかりですので、PC事業部だけが秋葉原や Web
上で頑張っても、個人のお客様を支えるのは無理だということでした。
ただ、このときはアプティバをやめても、私どものノートブックパソコンの ThinkPad を
秋葉原で販売するのをやめるという決定をしたわけではないのです。それで、大きな記者
会見をやることになっていたのですが、その前日にある新聞記者にその話がすっぱ抜かれ
てしまいました。情報が漏れたことは分かっていたので、その記者には、私どもは小売業
から撤退するわけではないし、コンシューマーの市場から撤退するわけでもないときちん
とお話しして分かっていただけたのですが、翌日の新聞には「IBM、小売業から撤退!」
という記事が大きく載っていました。これは、見出しを決めるデスクの段階でそうなった
のだそうですが、私もこのときはメディア戦略という面で非常に大きな勉強をさせていた
だいたと思っています。
しかし、それ以後は順調にダイレクトのビジネスモデルが立ち上がり、PC事業からも
利益が出るようになってきました。2003 年7月に私はダイレクトのほうをいったん離れ、
製品全体のプランニングとマーケティングの広報を担当するようになっていたのですが、
その中で、2004 年 12 月に中国のレノボ社との統合が発表されたことは非常に大きなアナウ
ンスでした。当初は私どもにも情報が入ってこない中、会社が2005年5月1日に発足
するまで、お客様やパートナーの皆様に説明することに大変な困難を感じてやってきた次
第です。リーガル(法務)部門からは設立まで会社の名前も言ってはいけないと言われて
いましたし、実際のビジネスも大きな打撃を受けました。
5月1日に新会社ができたあとは、IBMとの関係はどうなるのか、レノボとしての戦
略は何か、どういう製品を出していくのかということに世の中の興味が移ってきて、今は、
それにきちんとお答えして、ブランディングを展開していくという段階に入っていると思
っています。また、この仕事は日本の中だけではできないということもあり、私はレノボ・
ジャパンの上層のアジア・パシフィックに移り、中国、台湾、韓国、香港、ASEAN10
か国、インド、オーストラリア、ニュージーランドという広い範囲でのマーケティングを
見るようになりました。その中で特に、大本の中国のチームとIBMを離れた中国チーム
をくっつけるというインテグレーションの仕事もずっとさせていただいております。しか
し、レノボの今後の戦略として、エマージング・マーケットを重視するという観点から、
2005年10月1日にアジア太平洋地区から中国が独立したのに続き、2006年1月
1日にはインドを切り離す予定です。
2.IBMとレノボとの戦略的提携の中身
IBMとレノボの提携を、私どもは「戦略的提携」と呼んでいます。これをIBMから
見ると、IBMが推奨しているオン・デマンド経営(水や電気のように必要なときに必要
なだけ使うという手法)から考えて、IBMがPC事業を持っているのは得策ではない、
アウトソーシングするほうがメリットがあるということです。また、この提携により、I
BMが今まで作ってきた ThinkPad というブランドの継続も可能です。一方、中国のレノボ
社から見ると、中国ではマーケットシェアを 40%持っているものの、現在は市場が中国に
限定され、世界市場にアクセスがありません。この提携により、これから世界市場へ出て
いくときに、IBMという大きなサポーターを得ることができるということです。
ちなみに、新しいレノボ社はIBMのロゴを5年間使う権利を持っています。また、私
どものノートブックは ThinkPad、デスクトップは ThinkCenter、ビジュアルは ThinkVision
といいますが、この Think のブランドは全部レノボ社側に譲渡されています。IBMとい
うのはロゴを非常に大切にしている会社で、ほかの会社のロゴとともに自社のロゴを載せ
ることは絶対しないのですが、初めてそれを認めたのがレノボ社との提携であり、5年を
経過したあとも、必要であれば継続使用の話し合いが持たれることになっています。しか
し、私たちはいっときも早くIBMのロゴがついていない独自の製品を発表したいと考え
ているところです。
3.新しく誕生したレノボ社の概要
レノボ・ジャパンは、5月1日が日曜日だったことから、5月2日に法人登記しました
が、同時に全世界 17 か国で会社を設立しています。そして、今日現在では 179 か国まで拡
大している状況です。本社はアメリカのニューヨーク州パーチェスにあり、会長の楊元慶
(Yang Yuan Qing:ヤン・ユァンチン)もそこへ移っています。そして、現在、全世界総
売上高は約 130 億ドル、年間出荷高 1400 万台、ワールドワイドの従業員規模が2万 7000
人というグローバルカンパニーとなっているところです。
また、もともとIBMのパソコンの本拠地があったUSのノース・カロライナ州ラーレ
ー(Raleigh)が、引き続き全世界のディベロップメントとマネジメントの中心になり、神
奈川県の大和(Yamato)研究所がもう一つのディベロップメントの拠点、パソコン開発の
拠点となります。また、中国のレノボ社側の研究拠点であった上海、深セン、北京も継続
的に研究開発に当たることになっています。つまり、全世界のヘッドがUSのノース・カ
ロライナで、ノートブック製品は大和研究所、デスクトップ製品は北京の旧レノボのチー
ムが開発を担当しているということです。
新会社発足の意義は、IBMの側から見れば、IBMが持っていた先進のテクノロジー
や ThinkPad というブランド力、グローバルなアクセス体制と品質管理体制、IBMの強み
である大手のお客様に対するきちんとしたソリューションのご提案とプロジェクトのサポ
ートを、レノボ側の非常に高い生産性と効率のいいサプライチェーンマネジメントと結び
つけることができるということです。また、中国での圧倒的なマーケットシェアとディス
トリビューターとしての販売チャネル、政府からの資本参加という優位性を持つレノボ社
との提携により、これからますます伸びていく中国市場で大きな地位を占めることができ
ると考えられます。さらに、中国のレノボ社は、コンシューマーや中小企業向け、SO向
けの製品をたくさん持っています。このように全く異質な会社が統合したということで、
お互いのいいところを合わせて世界一を目指したいと考えているところです。
4.IBMとの協業体制
新会社に対するIBMの全面的なバックアップ体制は、その人的な配置に顕著に表れて
います。IBMにはレノボ担当のアライアンス事業部があり、この中にワールドワイドの
エグゼクティブがいて、その下にアジア担当、その下に日本担当がいるというように、そ
れぞれ任務を分担しています。ちなみに、日本を担当している山賀は、もともとコミュニ
ケーション・セクターといわれる通信産業を担当していたジェネラルマネージャーの一人
でした。その彼が、今回、レノボのビジネスを立ち上げるに当たってアライアンスのほう
に移り、IBM側でレノボの日本におけるビジネスの責任を一手に負っているというわけ
です。
また、出資については、IBMの資本参加は当初 14.5%の予定だったのですが、その後
アメリカの投資会社3社が出資することが決まったため、IBMの持ち株比率は 13.3%に
下がっています。また、10.2%を投資会社が持ったことにより、経営上の問題について中
短期的なアドバイスを受けられるようになりました。また、中国側の持ち株会社であるレ
ノボ・ホールディングスには、ガバナンスである中国科学院から 65%の出資が入っていま
す。このように非常にバランスがとれた出資関係となっているのですが、ほかにも香港市
場に上場して、そこからの資金調達も行っているところです。
一方、レノボ・ジャパンはレノボの 100%子会社なので、株式市場には株式を公開してい
ません。これは全くIBMのビジネスモデルと同じで、日本IBMもUSIBMの 100%子
会社です。
私どものCEOであるスティーブ・ウォードは、IBMのワールドワイドのPCDの総
責任者をしていた人で、会長は中国レノボのCEOだった楊元慶が務めています。また、
ファイナンスの責任者であるCFOは中国側から、製品の責任者はIBM側から、グロー
バル・サプライ・チェーンの責任者は中国側、セールスの責任者やマネジメントの責任者
のCMOはIBM側から入っています。つまり、お金、プロキュアメント(調達)、サプラ
イチェーンといったところに中国レノボが持っていた非常に効率的な経営を持ってきて、
販売、戦略というところはIBMの首脳陣が持っていたビジネスモデルをそのまま持って
きたという形になっているのです。そして、それを実際に運営しているのが、IBMから
入ったスティーブ・ウォードという形です。
実は私も会社自身も、当初はこのような中国人の首脳陣とIBMの首脳陣が交わるには
1年ほどかかるだろうと思っていました。しかし、PCのビジネスであるということから、
統合がものすごく早いスピードで進んでいます。また、そうでなければPCの業界では生
き残れないということではないでしょうか。
そして今は、Customer Satisfaction(市場ニーズに対応したお客様価値の追求)、
Innovation(製品のイノベーション)、Operational Excellence(スピードと生産性の高い
オペレーション)の三つを核に、会社を大きく作り上げている段階です。
5.レノボ社のビジネスの拡大
IDCというデータカンパニーによると、出荷台数ベースで見たPCの全世界市場の7
∼10 月期におけるシェアは、1位がデル、2位がHPでしたが、その二強に続き、レノボ
が現在3位につけています。ちなみに、かつてのIBMは3位、中国レノボは9位でした。
私どもは当然、デルとHPに追いつくことを考えており、2008 年の北京オリンピックをそ
のターゲットに、いろいろな施策を打っているところです。
また、地域別に見ると、USは圧倒的にデルが強く、60%を押さえていますが、ヨーロ
ッパはパートナービジネスが強いHPが押さえています。一方、アジア・太平洋では、今
回の戦略的提携により、レノボ社が他社をダントツに引き離してのナンバー1となってい
る状況です。中国、インド、ASEANというエマージング・マーケットを持っているこ
とは、今後、当社の非常に大きな強みになると思います。
以上を背景に、新会社が発足して最初の完全四半期である7−9月期の決算は、IBM
との統合も含み、売上高ベースで前年同期比 404%の成長、利益では中国レノボの前年同期
比で 22%のグロスと、メディアの予想を大きく覆す結果を得ています。
一方、レノボ・ジャパンの社長となった向井は、IBMのPCの事業部長をやっていた
人ですが、従業員は 640 名と中小企業クラスとなってしまいました。日本IBMが約2万
人いたのに比べると大変小さくなって、私どももとまどっているところですが、日本の特
徴は大和研究所を有していることで、そこには ThinkPad の生みの親といわれている内藤が
副社長として入っています。
会社の発足以来、私どもは新会社の認知度を上げるために、いろいろなことをやってき
ていますが、ここでその幾つかをご紹介させていただきます。まず、6月に日経に一面広
告を出して、ThinkPad を生み出した大和研究所のスタッフをアピールしました。やはり、
中国の会社となったことで、品質がどうなるのかといういろいろな憶測が飛び交っていた
ことから、引き続き日本のディベロップメントチームが製品の開発を担当することを強く
訴えたかったのです。
6.大和研究所を中心としたレノボの技術力
ThinkPad の歴史は長く、1992 年に最初の 700Cを発表させていただいてから、ポータブ
ルなノートブックとしてたくさんの機種を発表させていただいていますが、そのほとんど
の製品の開発を大和研究所が担当してきています。大和は日本の研究所でも非常に高い技
術を持っており、先日の「クローズアップ現代」においても、会長の楊元慶が、大和を「ク
ラウン・オブ・ジュエル」と言って、「IBMを買ったいちばん大きな理由は大和である」
と言い切っています。
ちなみに、大和がこれまで開発してきた技術としては、キーボードのタッチの改良、ハ
ードウェアアクティブプロテクション(落下をアルゴリズムでセンスして、アームを退避
させる技術)があります。
また、レノボ社になってからも ThinkPad のタブレットのファンクション等、各種の製品
を発表させていただいており、これによって変わらぬ高品質の継続についてご理解いただ
けたと思っています。また、10 月にはワイドスクリーンの製品等の発表も行っています。
大体コンピュータの開発サイクルは3年で、3年先まで開発計画ができているのですが、
これはIBMから継続しているもので、レノボになっても開発計画に大きな変更はないと
いうことです。つまり、当初の憶測にあったように、レノボになっても ThinkPad に大きな
変更は入らないと、ご了解ください。また、ThinkPad 以外の新しい製品を市場に投入する
ことももちろん考えているところです。
7.日本におけるパートナー戦略の変更
レノボ社になって大きな変更があったのは、パートナー戦略です。IBMのPC事業の
ときは、パートナーはIBMのパートナーでした。大体、IBMのビジネスは、システム
インテグレーションを含んだ何億というビジネスばかりですが、そのパートナーと1台 10
∼20 万円のPCを売っていただくパートナーが異なるのは当然のことです。これがIBM
としてのPC事業の大変大きな悩みで、IBM時代はパートナー事業部とよく喧嘩をした
ものです。
パソコン市場の流通機構は、先ほどお話ししましたように、IBMのようなメーカーか
らダイレクトで販売するルートと、直接販売店と仕事をさせていただくルート、そして日
本にある8大ディストリビューターを経由してリセーラーさんとビジネスをさせていただ
くルートがあります。現状ではその最後のルートがいちばん日本市場を押さえているわけ
で、IBM時代は直接リセーラーさんとお仕事をすることが大変難しかったのです。契約
することもできませんし、非常にそこで悩んでおりました。
しかし、レノボになってから、レノボ・ビジネスパートナー・リセーラー・プログラム
というものを発表させていただき、2次店と直接契約させていただいて、販促の支援をし
たり情報をお届けできるようになりましたし、インセンティブ(リベート)に関する新し
い仕組みも作ることができました。これは普通のPCベンダーでは当たり前のことだと思
いますが、IBMとしては非常にゲートの高かったところで、この仕組みができたことに
より、今、リセーラーさんとの契約が増えているところです。
8.日本におけるビジネスの状況
日本におけるビジネスの状況としては、やはりNECと富士通という国産のメーカーの
シェアが高いのですが、デルの伸びは急激なものがあり、HPも確実にシェアを拡大して
います。私どもでは、日本の市場は価格を中心に動いている市場とサービス、ソリューシ
ョン、セキュリティなどのバリューを追求するセグメントに、大きく二極化していると考
えています。そして、国産のメーカーはどちらかというと後者のセグメントにいて、価格
で勝負するセグメントにはデルとHPがいるという形です。
IBMの時代は、そのどちらへ行こうかということも、また大きな悩みでした。日本の
市場でIBMのよさを出そうとすると、価格で勝負しても勝てっこなく、バリューのセグ
メントに行くしかなかったので、ThinkPad ではそれをずっと追いかけてきました。これは
今後も変わることはないと思います。ただし、今後はプライスで入っていくところへも製
品を投入したいと考えており、今、幾つか大きな検討をしているところです。
日本の市場は今、非常に混沌としていますので、これから先、どこがナンバー1になる
のかは読めない状況です。実はすでにコマーシャルセグメントにおけるデスクトップでは
デルがナンバー1なのです。しかし、デルはコンシューマー向けの製品はあまりよいもの
をお持ちではないので、ソニーが少し調子が悪いことも相まって、まだまだNECと富士
通が強い状況が続いており、レノボは現在、日本の市場では6位という状況です。
レノボという会社の名前は、まだまだ売れておりません。「日経リサーチ」で、5月と7
月と 11 月にレノボという名前を知っているか尋ねたところ、7月に比べ 11 月は 10 ポイン
ト上がっていますが、IBMの認知度に比べるとまだ雲泥の差かあります。ここをどう作
っていくかがマーケティングの大きなチャレンジになると思っています。また、レノボの
イメージも、レノボのプレファレンス自体も上がってきています。ですから、きちんとし
た事業内容と活動をご理解いただいて、これからアウェアネスを上げていくことを考えて
いるところです。
これに関して、たとえば今、新しい製品のアナウンスをしたり、会長の楊に来てもらっ
て、10 月の世界経営者会議で話をしてもらったりしているところですが、そこで楊は、中
国で成功したビジネスモデルをBRICs、つまり、インド、ブラジル、ロシアというエマ
ージング・マーケットに素早く展開する戦略を第一に考えるという話をしていました。中
国の製品を日本に持ってくるのはほぼ無理なのですが、そのあたりは非常にマーケットが
似ておりますので、中国の製品を持っていきやすいのです。
また、私どもはサービスサポートが非常に重要なビジネスの支柱だと考えております。
大変うれしいことに、今年の「日経パソコン」のお客様のサポートランキングでは、昨年
の4位から3位とポイントを上げることができました。しかし、業界のベスト・オブ・リ
ードであるNECのサポートは大変素晴らしいと聞いておりますので、私どもももっとも
っと勉強させていただいて、ご購入いただいたあともお客様に満足いただけることを続け
ていきたいと考えております。
ちなみにデルが今、非常にサポートランキングを落とされていますが、これはサポート
センターを中国の大連に移されたことから、言語の問題やサポートの問題、つながる頻度
などでコールセンターに関して非常に問題を起こしていらっしゃることが原因かと思いま
す。さらに、もう一つの要因としては、非常に早いスピードでコンシューマービジネスを
拡大されたため、スイッチが入らないということから始まる土日も含めた 24 時間サポート
体制の構築において問題があったのではないかと思います。要は、ビジネス拡大をすると
きには、必ずサービスサポートも拡大していかなければ、アフターに大きな問題となって
跳ね返ってくるということですので、私どもではサポートサービスのエリアをきちんとや
っていきたいと考えているところです。
9.今後の世界戦略
以上、いろいろお話ししてきましたが、私どもではフェーズを大きく三つに切って、会
社の戦略転換を考えているところです。
フェーズ1は、新会社へ移行して、株主へのコミットメントを達成するということで、
これは新会社への移行を発表した 2004 年 12 月から今年にかけてやってきたことです。現
在はフェーズ2に入っており、「競争力ある変革への加速」ということで、先ほどお話しし
たようなグローバルな組織変更、新しい製品の検討、新しいサプライ・チェーン・マネジ
メントの仕組みの検討などをどんどんやっているところです。ちなみに、これは今度のト
リノオリンピックでまた新しくアナウンスさせていただく予定でおります。
そして、製品群と販売網が整った第3フェーズの段階では、さらに大きな成長を目指し
て先に進んでいきたいと考えています。PC事業では大きく二つのビジネスを広げる要素
があります。その一つは販売のカバレッジ、もう一つは製品カバレッジの拡大です。販売
のカバレッジに関しては、先ほどお話ししたように、パートナー様に大きくフォーカスし
て、販路を広げていくということを今やっています。また、製品カバレッジでは、企業に
向けたハイセキュリティな製品とともに、コンシューマーをカバーした製品群を作ってい
くということで、この二つのセグメントに対する製品の投入と製品の切り分けに関して、
今、大きく手を打っているところです。
最後に、レノボは中国レノボだった時代から、オリンピックの公式スポンサーでした。
私どもはIBM時代にやはり公式スポンサーを経験しているのですが、大変な手間とお金
がかかります。したがって、IBMはもう降りてしまったのですが、レノボが今入ってお
りまして、今回のトリノオリンピックと 2008 年の北京オリンピックのコンピュータのハー
ドウエア機材は、すべてレノボが提供することになります。運営はまた違う会社がされる
のですが、PCだけでなく、サーバーも全部レノボからの提供です。私どもマーケティン
グとしては、このオリンピックを使わない手はないと思い、オリンピックのタイミングと
オリンピックの公式トップスポンサーということを使って、レノボという会社の認知度を
さらに上げていくようなブランディングの戦略を取っていく予定です。
(事務局文責)