現代ビジネス学会 2012年度学会誌

安田女子大学
現代ビジネス学会
2012 年度学会誌
目次
論文
グローバリゼーションの齎す悪に如何に抵抗するか
大学におけるリスクマネジメントの実態
「i99-BASIC Assist」の開発
~『ダーウィンの悪夢』を読む
青木
克仁
景山
愛子
-カリフォルニア大学のケース-
~「i99-BASIC」による GUI ソフトウェア開発の支援ツール~
山下
明博
千葉
保男
畑井
淳一
研究ノート
情報数学への金融工学基礎の導入
研究年報
卒業論文題目 2012 年度卒業生
学会活動報告
随筆
―
豪州・浦島太郎が見た日本
―
グローバリゼーションの齎す悪に如何に抵抗するか~『ダーウィンの悪夢』を読む~
青木
克仁
序論
本論文は、2004 年にヴェネツィア国際映画祭での受賞を皮切りに、世界で絶賛されたオ
ーストリアのフーベルト・ザウパー監督による、ドキュメンタリー映画『ダーウィンの悪
夢(Darwin’s Nightmare)』を題材に、グローバリゼーションが、何を発展途上国に齎し
たのか、ということを考えていくために書かれました。グローバリゼーションが進行して
いく中、その負の側面として、グローバリゼーションの齎す暴力があることは否めません。
この小論では、それがグローバリゼーションに必然的な副産物であるとしたら、私達は、
そうした暴力と如何に関わり、それを如何に解決に齎すべきなのか、という問題を提起し
ます。そこで、先ず、グローバリゼーションに特有の暴力が必然的に存在し得ることを論
証した上で、そうした暴力に抗うためにはどうしたらいいのかを考察していこうと思いま
す。
§1.構造的暴力と積極的平和
この小論を通して、私達は、無力感を覚えるかもしれませんが、それは、「積極的平和」
を実現するためには、避けて通れない道なのです。結論から述べると、
「積極的平和」の実
現こそが、グローバリゼーション特有の暴力を解消することになるのです。だとしたら、
「積極的平和」とは何なのでしょうか?『ダーウィンの悪夢』に話を進めていく準備段階
として、私達は、先ず、
「積極的平和」とは何なのか、を理解することにしましょう。そし
て、
『ダーウィンの悪夢』の読解を通して、グローバリゼーション特有の暴力を「見える化」
していくことにしましょう。
「積極的平和」という概念を提唱しているのは、政治学者、ヨハン・ガルトゥングなの
です。彼は、「平和学」を唱えた学者として有名なのですが、彼は 2 種類の暴力について
語っています。
「積極的平和」のアイディアを理解するためには、この二つの暴力の区別を
押さえておく必要がありますので、もう一つ迂回路を取ることにしましょう。
面白いことに、哲学者のスラヴォイ・ジジェクがガルトゥングの「暴力」の定義に重な
るような「暴力」の定義を行っていますので、先ず、そこからスタートしましょう。ジジ
ェクの「暴力論」を理解することが、ガルトゥングの「暴力論」の理解を助けてくれるか
らです。
スラヴォイ・ジジェクによれば、暴力は、先ず大きく「主観的暴力」と「客観的暴力」
の二つに分けることができます。さらに、その「客観的暴力」が、
「象徴的暴力」と「シス
テム的暴力」に分類できるのです。
先ず、「主観的暴力」ですが、これは、「誰によってなされたのかが明白に分かる暴力」
のことです。
「この人が、あるいは、この組織が暴力を振るっている」と誰もが明白に指摘
できるようなタイプの暴力で、暴力の主体が誰であり、誰に責任を帰属し得るのかが明確
なのです。
「客観的暴力」は、責任の所在を明確にし得ないタイプの暴力なのです。先ず「象
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徴的暴力」ですが、これはさらに二つに分けられます。先ず、
「慣習化した発話形式を通し
て再生産される、社会的支配関係や暴力の誘発」という事態が考えられます。家庭内の男
女の力関係や、社会内の人種の力関係などに、こうした例が見られます。例えば、会議の
ような席で、女性が積極的に発言をし、主導権を握ると、
「女はでしゃばるな」といった空
気が漂います。こうした雰囲気は、
「女はお淑やかにすべき」と いった文化・慣習の中から
生じてくるのです。また、ニュースキャスターに男性女性二人いる場合、女性の方は、ど
ちらかと言えば、積極的に発言することを差し控え、聞き役に回るといったような役回り
などが、文化・慣習を通して、社会的に生産されているのです。
さらに、「象徴的暴力」の根源的なタイプとして、「言語そのもの、有無を言わさず押し
付けられた意味の世界、が備えている本源的な暴力」の作用があるのです。そもそも言語
は、名指されているものを単一の「本質」に還元してしまうという点で、単純化の暴力を
犯すのです。さらに、
「男」という象徴や「女」という象徴が生まれる前から存在しており、
生まれた途端、私達は、どちらかに振り分けられ、
「男らしく」あるいは「女らしく」ある
ためにはどうすればいいのか、悩み始めるのです。人によっては、
「男」または「女」とい
う二部法が当て嵌まらない心理的アイデンティティを感じている人達がいるわけで、こう
した人達のケースを考えると分かり易いのですが、どちらかへの分類を強制させられてし
まう、といった「言語」による根源的暴力が存在しているのです。
「象徴的暴力」は、文化という形で作用しているのです。「文化」の影響は無 意識の内
に作用していますが、それは世界の解釈の仕方に影響するのです。そして、まさに無意識
の内に「かくあるべし」という規範的世界観を形成してしまっているのです。それゆえ、
文化は「何が可能か、不可能か」を定義する力を持つのですが、問題は、普段は意識にさ
え上らないということなのです。例えば、2009 年、スーダンにおいて、ズボンを履いてい
た女性が、
「 わいせつ行為取締法」違反のため逮捕されると言う事件が起きました。彼女は、
国際組織の職員でしたので、国際的に影響力のある活動家達に自分の現状を訴え、無罪を
勝ち取ることができましたが、
「女性はズボンを穿くべきではない」、
「ズボンを穿く女性は
逮捕されるべきである」といった規範は、確かに、無意識の内ではありますが、文化から
来ているのです。それゆえ、スーダン文化の外に位置する人達の目からは実に奇妙なもの
に映ったわけです。先進国とされているアメリカにおいても、1970 年代には、服装規定に
よって女性教師は、ズボン着用は禁止といった暗黙の了解が支配していました。この当時
は、アメリカにおいても、女性の進出領域は、秘書、看護婦、教師のどれかに決まってい
たのです。実は、1971 年の米最高裁判決において、男女差別を最初に憲法違反と解釈して
いたのにもかかわらず、文化の影響力は強力なものとして働いていたのです。単に事実を
観察しているだけなら、そこには「べし(当為)」というものは見出せないゆえ、「事実か
ら当為を導出し得ない」という「ヒュームの法則」は有名ですが、「べし(当為)」が、不
当なものである、と感じられる場合、そこには文化の影響を疑ってかかることができるの
です。「べし(当為)」を命じる世界観を規定しているものこそ、「文化」だからです。
「客観的暴力」の中で「象徴的暴力」と並んで無視し得ない暴力が「 システム的暴力」
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なのです。これは、
「主観的暴力」がむしろ存在し得ないほど「円滑に作動している経済シ
ステム、政治システムが引き起こす、正常状態に内在する暴力」のことなのです。
「主観的
暴力」が起きていない、という正常状態を支えるシステムに内在している暴力ゆえ、可視
的な「主観的暴力」の対極をなしており、責任を帰属させるのが難しいタイプの暴力です。
『ダーウィンの悪夢』という映画が抉り出しているのも、まさにこの「システム的暴力」
あるいは「構造的暴力」なのです。ジジェクの言う「システム的暴力」に立ち向かうこと
ができるのでしょうか?そのために、ジジェクの「システム的暴力」に該当する「構造的
(間接的)暴力」について語っているガルトゥングの思想を見ておくことにしましょう。
政治学者、ヨハン・ガルトゥングも、ジジェクの分類に似ている、 2 種類の暴力につい
て語っています。「行為的(直接的)暴力」と「構造的(間接的)暴力」の二つです。
「行為的(直接的)暴力」は、「暴力の主体や目的が明白で特定が可能な場合」と定義
づけられていますので、これは、まさに、ジジェクの「主観的暴力」に該当します。
「構造的(間接的)暴力」の方は、ジジェクの「シ ステム的暴力」に当たります。
繰り返しますと、「行為的(直接的)暴力」は「暴力の主体や目的が明白で特定が可能
な場合」を指すのです。誰が何の目的で暴力を振るっているのかが明白な場合ということ
ですね。例えば、お金に困っている人が「お金を手に入れる」という目的で、ナイフで人
を脅す、といった場合は、
「行為的暴力」ということになります。誰が暴力を振るっている
のかは、明白ですし、目的の特定も然程難しいわけではありません。つまり、これは「見
える暴力」と呼べるということなのです。
これに対して「構造的(間接的)暴力」の方は、「暴力の主体や目的が特定し難い場合」
を指すのです。つまり、こちらの方は、
「見えない暴力」なのです。ガルトゥングの考え出
した概念としては、こちらの方が重要ですので、こちらの方をより詳しく見ていかねばな
りません。先ず、ガルトゥング自身が定義を与えていますので、そちらを紹介しましょう。
彼によりますと;
(1)「実現可能であったもの」と「現実に生じた結果」との間のギャップを生じさせた原因 !
であると同時に;
(2)このギャップを減少させるのを拒む要因!
この定義は、このままですと、ちょっと分かり難いですので、具体例を挙げて考えまし
ょう。例えば、今、皆さんが、途上国において飢えで死んでいく子ども達の映像を見せら
れて、悲しい気持ちになり、飢餓問題を解消したいと考えているとしましょう。この問題
に取り組んでいる内に、皆さんは、重要な要因に気付きます。つまり、飢餓問題を解消し
たいのだけれども、その一要因として「先進国の食肉需要の増大がある」ということに気
付いたのです。先進国の食肉需要の増大は、何と、家畜飼料用の穀物を要求し、その所為
で、本来は飢餓で苦しむ人達に配分できるはずの食糧が家畜の餌になってしまっていると
いうことに気付いたのです。つまり、先進国の食肉需要の増大が、食糧配分の不平等を招
いていたのです。ところが、思い返してみると、自分が肉食を楽しんでいた時、こうした
問題には全く思い至らなかったのでした。肉食をする先進諸国の人々は、加害意識は、微
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塵も無しに「構造的暴力」を振るっている、というのがガルトゥングの主張なのです。こ
の例では、「実現可能であったもの」とは、「飢餓解消のための正しい食糧配分」です。と
ころが、
「現実に生じた結果」として、
「先進国にのみ偏っている食糧 配分」があるのです。
この要因は、何かと言うと、
「先進国の食肉需要の増大」ということなのです。この問題を
乗り越えない限り、「飢餓解消のための正しい食糧配分」は、到底叶いません。「飢餓解消
のための正しい食糧配分」は「実現可能であったもの」なのに、これを阻む要因として「先
進国の肉食の増大」があります。
「肉食」は端的に「美味しい」という理由で、中々止めら
れないだけではなく、
「自分一人くらいは大丈夫だろう」し「自分一人が止めたとしても世
の中は変わらないだろう」と皆が思ってしまうゆえに、
「実現可能であったもの」への道を
妨げてしまう要因となっているではありませんか!「構造的暴力」は、普段は、全く気付
かれませんが、にもかかわらず、それが意識された時でさえ、中々乗り越え難いものがあ
るのです。
「飢餓解消のための正しい食糧配分」が実現できない要因がまさに「先進国の肉
食の増大」であるゆえ、
「肉食を止めよ」と言われて、中々止められないところがあるので
はないでしょうか?「子どもの頃から食べていて慣れ親しんだ味で美味しいから」とか「元
気がでるから」等といった様々な理由があるでしょうが、
「肉食」を止めるのはおろか減ら
すことすらできない現代人が多いのではないでしょうか?
「実現可能であったもの」と「現実に生じた結果」との間の二つのギャップを生じさせ、
またこのギャップを減少させるのを拒む要因とは、私達が見てきたように、
「先進国の肉食
の増大」ということでした。こうして、本来は、グローバルに行き渡るべき穀物が、何と、
「家畜飼料用の穀物」として、先進国の食肉需要に貢献してしまい、その所為で、食糧配
分の不平等が生じてしまうのです。この場合、「肉食をする先進諸国の人々」は、まさに、
加害意識は、微塵も無しに「構造的暴力」を振るっている、と言えるのです。
この世界に存在している何らかの制度、仕組み、習慣などの構造の所為で、不公正が生
じ、苦痛を味わう人々が存在するとしたら、そこには「構造的暴力」があるのです。
「構造
的暴力」は、別名「間接的暴力」と呼ばれるように、暴力を振るっている主体が全くそう
していることを意識し得ないのです。むしろ、或る構造、或るシステムの中に置かれてい
るゆえ、そのように振舞ってしまうために生じてしまう暴力なのです。
ガルトゥングは、この二つの暴力を区別した上で、「平和」を二つに区別します。「消極
的平和」と「積極的平和」の二つです。彼によりま すと、
「消極的平和」は「戦争がない状
態」を指します。
「戦争」という「行為的暴力」が無い状態を「消極的平和」というのです。
こうした「消極的平和」は、今の私達にとっては、ジジェクが言うような「平常状態」で
しょう。円滑に作動している経済システム、政治システムが滞りなく作動している正常状
態なのです。けれども、
「行為的暴力」が起きていない、という正常状態を支えるシステム
に内在している暴力が「構造的暴力」と呼ばれていたことを思い出してください。こうし
た「構造的暴力」の解消を考える時、
「消極的平和」の実現だけでは不十分で あることに気
付くことでしょう。
「積極的平和」とは、「暴力がない状態」と定義されています。つまり、こちらの方は、
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「戦争」のような「行為的暴力」が行われていないだけではなく、「構造的暴力」からも、
人々が自由で、不公正を乗り越え、真の公正を実現した状態をいうのです。私達は、
「消極
的平和」の実現だけで満足せず、
「 積極的平和」の実現を目指さねばならないというのです。
お分かりいただけたように、「積極的平和」の実現のためには、「構造的暴力」の解消に
も乗り出さねばなりません。
「構造的暴力」は、ただその構造の中で私達 が生きているとい
うだけで、ひょっとしたら私達が気付かない内に、振るってしまっているかもしれない、
そんな暴力なのです。従って、このような「構造的暴力」を解消するためには、私達は、
先ず、普段は意識していないようなことをも知識として知っていくという絶え間ない努力
が必要になってきます。こうした努力の結果、探り当てられた知識は、時々、私達を深い
無力感に落とし入れるのです。
§2.『ダーウィンの悪夢』に見られるグローバリゼーション
『ダーウィンの悪夢』と題された映画の舞台は、アフリカ大陸、タンザニアにあるヴィ
クトリア湖、湖畔の小さな町、ムワンザです。この町が、たった一種類の魚の所為で、グ
ローバリゼーションの中に飲み込まれ、新自由主義の餌食にされていく悪夢のような有様
を辿ってみることにしましょう。
ヴィクトリア湖は、タンザニア、ウガンダ、ケニアの三つの国に囲まれて、淡水湖では、
世界第 2 位という大きさを誇るだけではなく、「ダーウィンの箱庭」という呼び名がある
位、多種多様な生物種に恵まれ、その生態系の豊かさで知られていました。ところが、1954
年、ケニアの水産局員が、ウガンダのアルバート湖に生息しているナイルパーチという 肉
食魚をヴィクトリア湖に放流したのです。1962 年にも、生物学者の警告にもかかわらず、
ウガンダの町、エンテベのイギリス人公務員が、ヴィクトリア湖の漁獲高を上げることを
目的に 35 匹のナイルパーチを放流したのです。この魚は、他の魚を食い尽くし、ヴィク
トリア湖の生態系を崩壊させてしまいました。まさに、
「適者生存」の原則の通り、外来種
のナイルパーチは、この湖の生態系の「適合種」として、他の生き物を駆逐してしまった
のです。このヴィクトリア湖の「適合種」は、タンザニアという国が、社会ダーウィン主
義的な過酷な新自由主義経済の中で、「適合種」たることを示し、「勝ち組」として生き残
るための、救世主的存在にもなったのです。タンザニアのヴィクトリア湖の湖岸の町、ム
ワンザには、ナイルパーチを、
「フィレー」に加工する一大工場が生まれ、まさに、目玉商
品となる輸出品として、ヨーロッパ諸国や日本などの先進国に向けて、
「フィレー」が輸出
されることで、巨額の富を齎すことになったのです。日本は、年間 3000 トンものナイル
パ ー チ の 輸 入 を し て く れ る 第 二 の 貿 易 相 手 国 で 、 品 名 表 示 に 関 す る 法 律 が 改 正 さ れ る、
2003 年までは、「白スズキ」の名前で売られており、現在も、外食産業においては、安く
手に入る「白身魚」として重宝され、主にフライにして売られているのです。
加工輸出産業のお陰で、外貨が齎され、千人に及ぶ雇用が生み出されはしましたが、そ
れは実は、悪夢の始まりでもあったのです。ヴィクトリア湖の生態系に依存して生活して
いた湖岸の住民は、ナイルパーチ以外の魚がいなくなってしまったがゆえに、ナイルパー
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チ専用の猟師として働かざるを得なくなってしまいました。生態系の崩壊は、ナイルパー
チによってのみ齎されたのではありませんでした。加工工場から出る廃液で、湖の環境劣
化が進んでいったのです。今や、この湖に君臨する、生命力溢れる「適合種」である、こ
この魚に依存せざるを得ない状態になってしまったのです。加工輸出産業の定着で貨幣経
済が浸透すると、人々の暮らしは、市場経済に取り込まれてしまい、まさにお金に依存せ
ざるを得ない生活になります。工場経営者のような一部の人間のみが富を手にし、労働者
は過酷な労働を強いられるようになりました。けれども、こうして貧富の差が拡大し、工
場で雇用されない人達は、その日、その日を暮らすことに疲れ、男はアルコールとド ラッ
グに浸り病んでいくことになったのです。女は売春窟で働かねばならなくなり、結果とし
て、エイズが蔓延し始めたのです。貧困による飢餓やエイズで親を亡くして、町はストリ
ートチルドレンで溢れ、餓えた子ども達は、空腹を一時でも忘れるために、プラスチック
製の魚の梱包材で作った、粗悪なドラッグを嗅いで眠りにつく始末なのです。その眠りは、
死に限り無く近く二度と再び目を醒ますことのない子どもも出てしまうのだというのです。
そして何と、腐敗臭漂うゴミ捨て場に残された、解体されて殆ど骨だけとなってしまい、
蛆が湧き始めた魚のガラに、野鳥や蝿と共に群がるのは、極貧の住民達なのです。魚のガ
ラを日干しにする作業に従事し、後に、油で揚げて売るのです。この作業場で働く人の中
には、腐敗した魚の発するアンモニアにガスに遣られて、皮膚が爛れ、眼球までが融けて
しまうような労働者まで出る始末でした。眼球を失おうが、これが唯一の収入源であるの
なら、この過酷な労働に耐えて、生き続けねばなりません。このようなモノでも日々の糧
にしなければ生きていけないような人々は、日々の糧を得るために、強者の暴力に晒され、
まさに「適者生存」に勝ち抜いた魚の所為で、
「適者生存 」の悪夢を追体験させられている
のです。ナイルパーチのフィレーという食べ物が、輸入品目でありながらも、自分達は、
それにあり付くこともできず、空腹と闘わねばならないとは、何と言う皮肉でしょうか!
そして、この魚を買い取るために、やってくる輸入業者は、何と、魚と引き換えに、積荷
として、武器を運んで来て、アフリカの紛争地帯に武器を運ぶ、武器商人の武器輸送ルー
トの一環を担ってしまっているのです。そして、餓えのあまり、戦争があればいい、と嘯
く人までいるのです。当然です。軍隊の方が、給料がいいのですからね。映画のインタヴ
ューに登場する、ジャーナリストのリチャード・ムガンバさんの言葉が重く圧し掛かりま
す:
「ヨーロッパはアフリカの“死”で利益を得ている。武器密輸の流れを阻止し、アフリ
カを襲う病を未然に防ぐべきだ」武器だけではなく、あの魚も、ですが、この映画を観た
人達は、飢餓から逃れるために、戦争にまでも飛びついてしまうという人間の弱みをもビ
ジネスチャンスと考えて群がる、死神のような資本主義の姿を目にすることができたので
はないでしょうか?国境を越えてビジネスをさせて儲けさせてもらっているというのに、
自分達のビジネスの齎す不幸は、国境の向こうの他人事、こういった、倫理の喪失が、グ
ローバリゼーションの名前の下、至る所で起きているのです。
さらに、ここで確認しておきたいことがあります。外貨を稼いでいる限りにおいて、経
済学的には貧困と看做されないわけなのです。私達は、この映画を観ることによって、統
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計的な数字には、決して表れることのない、謂わば、「陰の貧困問題」を垣間見たのです。
2004 年にアメリカを襲った大型ハリケーン、カトリーナが、アメリカのような先進国にお
いても「陰の貧困問題」が存在していることが誰の目にも明らかになりました。私達は、
ここでも、数字には表れないことの存在を再確認し、数字的なトリックに騙されない警戒
が必要である、ということを、心の片隅にしまっておくことにしましょう。
ヴィクトリア湖におけるナイルパーチの物語は、実は、「社会ダーウィン主義」に侵さ
れたタンザニアの小さな町の悪夢を映し取る鏡になっているだけではなく、これこそ、ま
さに、グローバリゼーションの換喩となっているのです。私達が、レストランで食べる、
フライになったフィッシュ・フィレーが、グローバリゼーションの奈落へ私達を誘う、案
内役でもあったことを、この映画が上映されるまでは、誰も知らなかったのです。この映
画によって、奈落を見せられたヨーロッパの人達は、慌てふためいて、ナイルパーチを食
することをボイコットしました。けれども、このような抵抗が何になると言うのでしょう
か?我々の飽食と、あの蛆の湧いた魚のガラに群がる彼等!あの映像を一度、目にしてし
まったら、ナイルパーチを平常心で食べられなくなるのは当然かもしれません。けれども、
ナイルパーチを悪者に仕立てても、何とも言えない後ろめたさに免罪符が与えられるわけ
ではないのです。このことを考え始めると、底知れぬ無力感に襲われてしまいます 。
武器の密輸ルートのような不公正な貿易ルートが存在しており、望んでいなくとも、嫌
であろうとも、アフリカの搾取に手を貸してしまっているだけではなく、そこから恩恵ま
で受けてしまっているということが分かれば、誰だって気持ちが悪いのは当たり前です。
加えて、正式の輸入ルートで入手した「ナイルパーチ」を食する私達の陰で、その魚の輸
出国でありながらも、蛆の湧いた魚のガラにもありつけないで飢えて死んでいく現地の人
達が存在しているのです。
ザウパー監督は、映画のパンフレットにおいて、このように語っています:
同じ内容の映画をシエラレオネでも作れる。魚をダイヤに変えるだけだ。ホンジュラスな
らバナナ、リビアやナイジェリアやアンゴラなら原油にすればいい。・・・資源が見つかった
場所の全てで、地元民は餓死し、息子は兵士に、娘は娼婦になる。
アフリカの資源を巡って築き上げられてしまう、このシステムに参加する人達は、悪人面
をしているわけではないし、悪意があるわけでもありません。私達が見てきたように、こ
のシステムに、私達自身も絡み取られてしまっているのです。私達が行うその都度の最適
化行動が、システムを順調に回転させるのですが、そうした中 で、
「構造的暴力」という歪
が生じてしまうのです。
§3.「構造的暴力」を「見える化」する
第二次世界大戦後、ホロコーストの責任者だったアドルフ・アイヒマンの裁判が開かれ
ました。人々は、一体どのような怪物が史上最悪の悪事に手を染めたのかを見届けようと、
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裁判に集まりましたが、そこで彼らが見たものは、
「自分は単に与えられた仕事を忠実にこ
なしていただけ」と弁明する、どこにでもいそうな小役人の姿だったのです。 ここで気付
くべきは、自分の仕事を忠実にこなすだけという普通の人が、人々を死に追いやるシステ
ムに加担しているという遣る瀬無い現実なのです。ユダヤ人の虐殺の首謀者格であるゆえ、
ナチス・ドイツの戦犯として捕らえられ、イスラエルの法廷に立ったアイヒマンの裁判に
立ち会ったハンナ・アーレントは、裁判に出かける前までは、このアイヒマンは、きっと
悪魔的存在であろうと考えていたのでしたが、裁判の席で彼女が見たものは、
「それまでと
同じように命令に従って普通に行動しただけである」と主張する卑小な小市民的な人物だ
ったのです。この裁判をきっかけに、
『イェルサレムのアイヒマン』という本を書き上げた
アーレントは、
「悪」というものが、ああこれが「悪」なんだ、というように誰もが直ぐに
見分けることができて、注目してしまうような、スペクタルで悪魔めいた大掛かりなもの
ではない、むしろ日常的で捉えどころがない当たり前のことの中にあるのではないか、と
考え始めました。それを彼女は「悪の陳腐さ」と呼んでいるのです。悪は、むしろ、日常
的なルーティーンの中にこそむしろ潜んでいるのです。ガルトゥング的に表現すれば、
「消
極的平和」に溢れた日常の中に「悪」が生じてしまう可能性があるのです。グローバル化
した資本主義が、私達を一様に「消費者」にしてしまったその日から、私達が 、「消費者」
の役割を忠実にこなし、ルーティーン化した「買い物」にコミットするというだけで、シ
ステムに潜む「悪の陳腐さ」に加担してしまうのです。何故ならば、私達は、このシステ
ムの中に織り込まれてしまっているからで、もし状況がこのようであるのならば、そこに
は決して傍観者の立場はあり得ないのです。9.11 の大惨事の後、その当時大統領だったブ
ッシュが、アメリカ国民に「買い物をすること」を呼びかけたのですが、そうした「消極
的平和」に満ち溢れた日常を謳歌するアメリカ国民の与り知らぬところで、「構造的暴力」
の「悪」に晒され、やり場の無い怒りを、資本主義のエンジンとなっているアメリカとい
う象徴的存在に向けている可能性に、彼は気付きもしなかったことでしょう。
アイヒマンの答弁は、「私は与えられた任務に忠実に従っただけだ」というものでした
が、哲学者のギュンター・アンダースは、妻のハンナ・アーレントがこの出来事に衝撃を
受けたように、大変な衝撃を受け、それでは、どうしてこのような最悪の出来事が起きて
しまったのか考えました。アンダースの見出した答えは、
「機械化」ということと「怪物的
なもの」という二つのキーワードで要約できます。
「機械化」とは、「オートマチック化したシステムの中における分業化」を指すと考え
ていいでしょう。こうしたシステムの中で、人間は単なる「部品」と化し、作業工程全体
を見渡せなくなってしまいます。「部品」として優れたものになればなるほど、「部品」で
あることすら忘却してしまうでしょう。また、システム内の複雑な作業が細分化され、マ
ニュアル化され、それが端的に引き継がれるだけであるということに、
「部品」としての交
換可能性があるのだということになれば、個人の貢献は、せいぜいマニュアルの効率化と
いう点での改善程度のものになってしまうことでしょう。
次に「怪物的なもの」とは、「人間がシステムに奉仕する部品となると、その場、その
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都度の最適化しかしなくなるゆえ、全体への想像力と知覚が失われる」という事態を意味
するのです。人間は、ケインズが言っているように、目先の欲望や利益、つまり、自分の
目が黒い内のこと、しか考えられませんので、自分に与えられた課題を必死にこなすこと
で、最適化を図ろうとしてしまうのです。つまり、アイヒマンのように、
「与えられた仕事
を忠実にこなす」ということをすることが自分の利益としては最善ということになってし
まうのです。「与えられた仕事を忠実にこなす」ということは、従って、「部品」となって
しまっていることを自覚することすらできない人間の、その場、その都度の最適化なので
す。目先のことしか見えなくなりますので、システム全体を知覚することも想像すること
もできなくなることでしょう。そして、システム全体を知覚・想像可能でなくなった時に
は、良心の問題はそもそも起きないのです。簡単な思考実験でこのことを確かめましょう。
仮に今、あなたの目の前にスイッチがあるとしましょう。それを一回押すと 1 万円が報酬
として与えられるのです。これほどいい儲け話はありませんので、その場で最適化を図る
傾向のある人間ならば、誰でも、スイッチを押すはずです。しかし、もしあなたが、この
スイッチを押すことで、誰かに危害を与えているということを知るに至ったらどうでしょ
うか?その瞬間から、良心の問題が登場することでしょう。つまり、アンダースが、
「怪物
的なもの」と、現代のシステムを呼ぶ理由は、
「部品」と化した人間の目には、もはやシス
テム全体が見通せず、その所為で、まさに「良心の問題」が消えてしまう、ということが
あるからなのです。これは単純化し過ぎてしまっているかもしれませんが、工 場の流れ作
業を考えたら分かり易いでしょう。あなたは、流れ作業の一部分に従事しているのです。
その仕事のお陰で生計が立てられるゆえ、あなたはまさに「忠実に仕事をこなしていく」
ことになるでしょう。しかし、この工程が一体何の目的のために行われているのかを想像
可能であるとしたら、場合によっては、
「良心の問題」が出てくるかもしれません。けれど
も、このモデルでも、未だ現行のシステムを想像したことにはならないでしょう。このモ
デルですと、システム全体の目的が分かれば、部品としての自分の仕事に対する態度も変
わってくるだろうということが示唆されていますが、現行のシステムはそれほど単純では
ないのです。どういうことでしょうか?
現行のシステムの問題点は、システム全体の目的というものが存在しない、ということ
にあるのです。むしろ、システムそのものは、効率性であるとか、高生産性といった観点
から構築されたとしても、今は、システムそのものが存続していくこと自体が目的と化し
てしまい、システムの目的に照らし合わせて、
「良心の問題」が出てくるのかと言えば、そ
うではないのです。
まとめておきましょう。この「グローバリゼーション」のシステムに参加している人達、
一人ひとりは悪人ではありません。
『ダーウィンの悪夢』に登場していた、あの武器商人で
すら、子どもを心配する普通の人なのでした。その時、その場において、誰にとっても先
ず真っ先に視野に入ってくる自分や家族の生活を気にかけ、その都度、最適化を図ろうと
しているだけなのです。その中には、ファミレスで「フィッシュ・フィレー」を食べたり、
冷凍の白身魚を購入したりしている、あなたや私も含まれているのです。各人は、自分の
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置かれている状況で、最適化しようとしているだけと言えるでしょう。ところが、その部
分、部分の状況における各人の最適化行動が集積すると、自然の破壊や人間関係の荒廃が
結果してしまう、ということこそが、まさに、システムが齎す「やるせない悪」なのです。
誰一人として「悪」を望んでいなくとも、システムとして捉えてみると、私達が日常的に
加担してしまっているようなことから、「悪」が帰結しているわけで、しかも、その「悪」
の是正が別の「悪」を生むかもしれぬほど、システムは緊密なのです。ですから、ナイル
パーチのフィレーをボイコットすれば、事が済むほど単純な問 題ではないのです。実際に、
前にも触れたように、ヨーロッパでは、この映画の衝撃から、ナイルパーチのボイコット
を呼びかける人達が出てきたということなのです。しかし、ナイルパーチのボイコット運
動は、その運動に参加している人達の疚しさを軽くする程度の効果しかなく、却って、ナ
イルパーチを加工する工場で働く作業員の賃金に跳ね返って、結果として彼等の生活を追
い詰めるだけのことになってしまうでしょう。ただ、
「良心の問題」として、各個人に跳ね
返ってきた、という点は評価できるでしょうが、自分の「良心の痛み」を軽くするための
ボイコットでは、何の意味もなさないのです。
システムの齎す「構造的暴力」は、私達を無力感に陥れてしまう、と言った意味を分か
っていただけたでしょうか?無力だからと言って、無知に止まることに口実を与えてはい
けません。アンダースが述べているように、システム全体を想像する力を養う必要が先ず
あるのです。そうしなければ、部分部分で起きていることに対して「良心」が麻痺してし
まうことになってしまうのです。こうしたシステムの齎す「悪」の存在に先ずは気付き、
そこに「構造的暴力」を指摘し得ねば、
「積極的平和」への道は遠いものとなって しまうか
らです。しかし、何と、その道のりは長いことでしょうか!どうか、先ず、この小論では
一部しか紹介し得なかった『ダーウィンの悪夢』全編を通して鑑賞してみてください。
それでは、映画『ダーウィンの悪夢』に見られる「構造的暴力」を、ガルトゥングの「構
造的暴力」の図式に照らし合わせて「見える化」してみることにしましょう。そのために、
先ず、「構造的暴力」の図式を確認しておきます:
(1)「実現可能であったもの」と「現実に生じた結果」との間のギャップを生じさせた原因 !
であると同時に;
(2)このギャップを減少させるのを拒む要因!
さて、それでは、この図式に当て嵌めて考えてみましょう。先ず、
「実現可能であったも
の」ですが、これは、
「タンザニアの経済発展による国全体の豊かさの実現」でしょう。し
かし、これに対して、
「現実に生じた結果」は、私達が映画で確認したように「貧富の格差
の拡大」や「環境劣化」なのです。グローバル経済システムに巻き込まれてしまうことで、
貨幣経済への依存が高まります。フィレー工場に雇用されれば、賃金を得る道は開かれる
のですが、ナイルパーチの放出によって、ヴィクトリア湖を中心とした生態系は劣化し、
環境は悪化してしまい、小さな魚業による地域経済は崩壊してしまいました。一旦、劣化
した生態系を元に戻すことは不可能です。それに伴い、地域生態系を基盤にした地域経済
も元の形に戻すことは不可能になってしまいました。
「貨幣」に頼らざるを得なくなってし
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まった時、貧困層が増大し、男の子は兵隊になるしか道はなく、女の子は娼婦にでもなる
しか道が残されていない、といった悲惨な状況が齎されたのでした。最後に、こうした「実
現可能であったもの」と「現実に生じた結果」との間の「ギャップを生じさせた原因」で
あると同時に「ギャップを減少させるのを拒む要因」となっているものとは何なのでしょ
うか?これは、一言で言えば、
「グローバル経済における各プレーヤーの最適化」というこ
となのです。
グローバル経済の中で、各プレーヤーが最適化を図る、ということは何を意味している
のでしょうか?この辺りをもう少し詳しく説明していくことにしましょう。目下、グロー
バル化したフード・システムの中で生産、加工、流通、小売、消費等、
「フード・システム」
の各階層において、各プレーヤーが効率や低コスト等に向かう経済的論理のみによって最
適化を図っています。
こうした「低コストに向かう最適化」の中で、「食の安全性」が脅かされ、「栄養価」等
には殆ど関心が払われず、コスト削減のために「労働条件の劣悪化」が起き、企業は低コ
スト化の実現に有利な立地条件を求めてグローバルに移動しますので「貧富の拡大」が帰
結しているだけではなく、
「環境コスト」が度外視できる立地条件を求めることで「地球環
境が劣化する」等といった具合に「外部化」の皺寄せが生じているのです。
「コストの外部
化(Externalization)」とは、
「経済活動に関わっていない第三者に経済活動の影響が及ぶ
こと」なのです。つまり、
「外部化」ゆえに低コストや効率が実現していることに注意を払
っていただきたいのです。特に、
「資源の供給源」として、アフリカは「外部化」の悲惨な
現場となっているだけではなく、
「グローバル経済システム」の中で、単なる「資源の供給
源」としての意味しか与えられなくなってしまった「地球生態系」への暴力の現場にさえ
なっているのです。
ここには、論理学者が「詭弁」に分類する「Composition 合成の詭弁」が見て取れるの
です。
「合成の詭弁(Composition)」というのは、
「部分、部分では『真』だからといって、
全体では『真』ではない」というものなのです。グローバル経済の舞台において、まさに
「合成の詭弁(Composition)」が生じてしまっています。即ち、各人は、自分の置かれて
いる状況で、最適化を図ろうとするのですが、その部分、部分の状況における各人の最適
化行動が集積し全体としてみると、自然破壊や人間関係の荒廃などが結果する、という形
で、部分部分でいいからと言って、
「全体」ではいい結果を齎さない、ということが起きて
いるのです。
さらに、こうした「外部化」の動きは、アフリカからの「安い」資源を当たり前のよう
に享受している先進諸国の消費者の目からは Invisible なのです。それゆえ、
「Invisible な
もの」を見えるようにする必要性が先ずあるわけで、今回、題材にした『ダーウィンの悪
夢』という記録映画は、こうした「見える化」に多大な貢献をしていると評価できるので
す。
ついでに、
「外部化」し得ないようにするにはどうする、という大きな問題については、
一つの解決法について、ここで簡単にお話ししておくことにします。それは、
「顔」の見え
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る関係性を構築する、ということなのです。参考になる考え方として、ジョルジョ・アガ
ンベンが掲げるヴィジョンが有益です。それは、簡単に言えば、市民の決定が自分自身の
生活に反映するように、自治の単位を小規模にすることで、市民参加を促すことが可能で
ある、という思想なのです。私達は、この思想の指し示す方向に向けて、結論で示すよう
に、「グローバル経済」とは別様なあり方を模索していく必要があるのです。
とても重要ですので、もう一度まとめておきます。『ダーウィンの悪夢』の場合、まさ
に「悪夢」の要因を同様に考えていくと、利便性と利益を追求するあまり、そうしたこと
のみに効率性を発揮するグローバル市場を構築してしまった先進国の思想 が要因として出
てくるでしょう。グローバル化した食システムの中で、生産者、加工業者、流通業者、小
売業者等のプレーヤーが効率や低コスト等に向かう競争原理を始めとする経済的論理のみ
によって最適化を図ろうとします。この場合の「最適化」とは、
「経済の論理」に従うわけ
ですから、
「自分達が最大の利潤を上げ、生き残る」ということを意味します。そのために
は、競争相手より、
「低価格の商品を低コストで」提供しないと市場競争に生き残れません
ので、食の安全性、労働条件の劣悪化、貧富の拡大、あるいは生産基盤として保全すべき
地球環境等に皺寄せがいくことになるのです。にもかかわらず、
「安さ」にしか関心が向か
ない消費者には、こうしたシステムの歪みが見えてこないことでしょう。消費者自身も、
「安いものを買う」ことで、生き残ろうと最適化を図っているのです。特に、企業間の競
争の中で、先ず、賃金に皺寄せが出る中で、消費者としては、
「安さ」を指標にして購買せ
ずにはいられないのです。
『ダーウィンの悪夢』は、市場競争で最適化を図るという「競争
原理」が、どのようなグローバル経済システムを生み出してしまったのかを「見えるよう
に」してくれた映画なのです。こうして「見える」ようになったお陰で、私達は思索を開
始することができるようになったのです。先ず、このことに感謝しなければなりません。
たとえ、突きつけられている問題が困難を極めているものであるとしても、です。
§4.グローバリゼーションの現状認識
もし、単に「戦争がない状態」である「消極的平和」の実現だけで満足せず、「積極的
平和」つまり、
「構造的暴力」の解消を実現する努力を開始すべきである、というのである
のならば、私達は、「グローバル市場」を是とする思想に対抗し得る思想で、しかも、「構
造的暴力」には帰結しない、そうした対抗的な思想を鍛え上げねばなりません。その第一
歩として、如何にして、現行のような「グローバル市場」を是とする風潮が誕生していっ
たのか、をしっかりと見定めておく必要があるのです。
現在も進行中のグローバリゼーションとは、「世界社会フォーラム」が定義したように、
「公共から私企業への富と知識の大量移転」であると特徴付けることができます。
「新自由
主義」とは、まさに大企業の企業活動の自由化のことなのです。こうした「私企業への富
と知識の大量移転」を許すアーキテクチャーが、今や「私的企業」の代弁者と化したアメ
リカ政府や IMF、世銀等によって推し進められているのです。
新自由主義に基づくグローバリゼーションを推進しているのは、アメリカであるがゆえ
12
に、アメリカ政府によって支えられ、多国籍大企業、ウォール街の銀行、世銀、IMF、WTO
などの国際機関によって実践されているグローバリゼーションを「ワシントン・コンセン
サス(Washington consensus)」と呼ぶようになっています。アメリカの「国家戦略計画
部(Department of State Strategic Plan)」の打ち出した経済戦略の一つが、
「ワシントン・
コンセンサス」で、それが、ウォール街に本拠を置く、金融機関や国際機関そして米国財
務省に、活動指針を与えているのです。これは、有力な多国籍大企業、ウォール街の銀行、
米国発券銀行、世界銀行や国際通貨基金等の国際金融機関の間で合意された非公式 な協定
で、1989 年、世界銀行の上級エコノミストで副総裁のジョン・ウィリアムソンによって定
式化されました。商品、サーヴィス、資本など、あらゆる市場を自由化し、「見えざる手」
によって自己規制するグローバル市場を作り出すために、国家組織であれ非国家組織であ
れ、規制に関わる組織を解体していくことが基本路線なのです。つまり、ワシントン・コ
ンセンサスは、まさに、
「新自由主義」的思潮をグローバルに拡大する計画と言っていいの
です。なぜならば、アメリカ以外の国々に小さい政府と金融の自由化を押し付けるのが、
根本思想なのですから。この狙いは、規制当局を可能な限り迅速に解体し、あらゆる市場
を自由化すること、なのです。
「新自由主義」の名の下、大企業が利潤を上げやすいような
仕組みをグローバルに強制していくような、グローバライゼーションのアーキテクチャー
の根本思想が「ワシントン・コンセンサス」なのです。ですから、例えば、この「ワシン
トン・コンセンサス」に基づき、IMF と世界銀行が、国家財政の破綻した途上国に、国営
企業の民営化や規制緩和、貿易自由化を条件に、財政支援や融資を行なうのです。これと
同時に、先進国の多国籍大企業が途上国に進出し、 民営化されたばかりの企業を買収し、
規制緩和や貿易自由化を利用して、その国の富をまさに収奪し尽くしていくのです。
1980 年代に入ると、世界銀行と IMF(国際通貨基金)は再融資と債務返済の条件として、
「構造調整プログラム」を押し付けてきました。このプログラムには、国内の構造改革、
歳出削減、税制改革などの他に、国営産業、国内の主要資源、そして公共部門の民営化が
含まれているのです。借入金の返済のために、医療関係、教育関係、福祉関係などの公共
支出が大幅に削減され、民営化され得るものは、民営化されるために、外国の多 国籍大企
業に売却されたのです。
「市場を自由化し、政府を縮小する」という、このプログラムの推
奨する政策は、結局、途上国に荒廃を齎したのです。途上国の村落共同体に元々存在して
いた相互扶助のシステムが破壊され、政府主導の公共サーヴィスも、多国籍大企業の手に
渡ってしまったのです。
さらに、「構造調整プログラム」が強要された際に、途上国は:
1)効率的な大量生産型農業に構造変換し輸出することを受け入れました。
けれども、これは、大量生産のためには、肥料、農薬、農業器機、種子等の輸入が必要と
なり、先進国への依存体質を強化することになってしまったのです。それから:
2)小規模生産者向けの補助金による保護の撤廃を約束させられたのです。
けれども、これは、先進国の大規模生産者との競争に敗退する未来を選ぶことに繋がって
しまったのです。実際に、こうした約束を実行した途上国は、輸入食糧に依存せざるを得
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ない状況に陥り、自給自足への道が絶たれてしまったのです。
ここで、考えて欲しいことは、開発途上国の農業は GDP の半分以上を占める、という
現実です。そんな農業が荒廃し、輸入に頼らざるを得ないようになり、食糧の安全保障が
成り立たないようになってしまったのです。こうした事態の背景として、アメリカは自国
の余剰作物を売りたかった、という事情が隠されているのです。それに、アメリカ主導の
多国籍食品企業のビジネス戦略が加わったわけで、彼等は、
「 国際市場」を支配するために、
規制のない食糧貿易市場を創設する必要性があったのです。アメリカが自国の余剰作物を
売りたかったというだけの理由で、
「 構造調整プログラム」に便乗してきた、ということは、
一概には信じられませんが、1998 年、韓国、タイ、マレーシア、インドネシア、台湾、フ
ィリピンを襲ったアジア金融危機の際に起きたことを調べると、アメリカの露骨な欲望の
存在を肯定しないわけにはいかなくなります。この東アジア金融危機の際に、何と、 IMF
が、融資の条件として米国産穀物の購入を要求してきたのでした。他国の経済的不幸を自
国の利益に利用する露骨な政策が採られたのでした。
新自由主義は、このように、露骨に、
「適者生存」の競争原理を仕掛けてきているのです。
そして「構造調整プログラム」の強要によって、まさに、優勝劣敗的な「社会ダーウィニ
ズム」が、グローバル化の名の下に、途上国を飲み込んでしまったのです。
監督のザウパーさんへのインタヴューを読むと、タンザニア、ムワンザの「フィッシュ・
フィレー」工場のオーナーは、ヴィクトリア湖がもう既に生態学的な危機を迎えており、
ナイルパーチ同士の共食いが始まっている状態であるゆえ、いつまでも工場を続けられな
いだろうことを分かっているのです。それゆえ、彼は、次なる投資先として、綿花を考え
ているのです。このオーナーは、失業者のことは愚か、タンザニアの経済成長に関しても
何の配慮もすることなく、いとも簡単に工場を閉鎖してしまうことでしょう。恐らく、
「綿
花」がだめになれば、簡単に資本を引き揚げてしまうことで しょう。その時までには、こ
のオーナーは、十分に大金持ちになっていて、スイス銀行の預金を新たなる投資先に向け
ることでしょう。ムワンザの社会が崩壊しようが、タンザニアという国家が疲弊しようが、
まったくお構いなしで、ただただ「利潤」を求めて、新たな投資先に場所を移動していく
だけなのです。短期的な利益だけが、このオーナーのような資本家の頭にあるわけで、資
本が移動してしまった後は、ただただ荒廃し切った社会が取り残されていくのみなのです。
従って、この映画には、グローバル化した資本の理論が、ダーウィン的な自然の摂理をも
超えて、まさに、化け物じみた成長を止まる所を知らずに開始されてしまったことをも告
げているのです。ただただ膨張していく「資本」と「資本」が引き去られた後に廃墟のよ
うに残される「社会」なのですが、こうしたシステムの中にあって、貧困問題が解決しよ
うはずがありません。この映画を通して、現地の一部の特権を持つ人達を除いては、魚を
輸入している国々の方が、現地の人達よりも多くの利益を貪っているということをお分か
りいただけたと思います。
§5.資本主義の最後のフロンティアとしてのアフリカ
14
2000 年の国連サミットにおいて、「ミレニアム開発目標( MDO)」が満場一致で採択さ
れました。極貧状態から抜けられない人達の数を半減させ、幼児死亡率を 3 分の 1 にし、
全ての子ども達に初等教育の機会を与える、などの目標を掲げて、21 世紀へ向けての努力
目標が確認されたのです。これは大きなニュースになりました。けれども、こうした明る
い大きなニュースの影には、同じくらい大きな負の力が働いているという意味では、大き
なニュースとなるべきなのに、全く光が当てられないニュースがあるのです。アメリカの
ボルトン国連大使は、就任するや否や、国連改革案に修正要求を突きつけたのです。その
中には、MDO への参照を全て削除するように、という要求が含まれており、せっかく満
場一致で採択された 21 世紀の大目標が骨抜きにされてしまったのです。勿論、この影の
部分は、殆どニュースにはなりませんでした。
2005 年、6 月、イギリスのブレア首相がアフリカの最貧国の債務帳消しを訴え、アメリ
カ大統領、ジョージ・W・ブッシュも、債務の 100%帳消しの提案を受け入れる方針を伝
えた時、世界中は、これを「歴史的快挙」と報道しました。もう皆さんは、驚きはしない
かもしれませんが、皆さんのご想像通り、この大きな正の力に対しても、同じくらい大き
な負の力が対応しているのです。そして先ほどと同様、こちらの負の力の関連は、全くニ
ュースにもならないのです。返済不可能な債務負担を抱えている債務国は、結局、新自由
主義的な構造改革を強制されることになるのです。今まで、国家経済を支えてきた国営企
業は、外国資本である、多国籍大企業に叩き売りされ、公共施設も民営化されることで、
結局は、外国資本の手に渡ってしまうことになるのです。民営化は、公共の富、つまり、
公共サーヴィスや天然資源を民間部門に移す仕組みのこ となのですが、強力な外資の前で、
結局、多国籍大企業が民営化の利益を享受することになるのです。このことは、アフリカ
を支えている豊かな資源の採掘権などが譲渡されてしまうことをも意味することになるの
です。
「アフリカの飢餓を救え」キャンペーンの偽善を詳細に見てみましょう。このキャンペ
ーンにおいて、
「飢餓を救う」という大義名分の下、何と、
「遺伝子組み換え作物( GMO)」
を売り込む戦術が採られたのです。
「ワシントン・コンセンサス」は、まさに、アメリカの
ような国家と、アメリカの息のかかった IMF や世銀のような国際機関、それから、多国籍
大企業の共通の戦略でした。かつて、インドや東南アジアで品種改良された小麦による「緑
の革命」が一時期、功を奏したことがありましたが、それにちなんで、
「アフリカのための
新たな緑の革命」と自称し、「遺伝子組み換え作物」の売り込みが開始されたのです。
ここには、先ず、国家レベルの思惑があります。これは、ジョージ・W.ブッシュの演説
の中に、如実に表現されています。彼は、
「飢餓に脅かされている大陸のために、私はヨー
ロッパ諸国の政府に対し、バイオテクノロジーに対する反対を止めるよう要求する。私達
は世界から飢餓をなくすために、安全で有用なバイオテクノロジーの普及を奨励すべきだ」
と述べ、「遺伝子組み換え技術」で、「特許」の多い、アメリカに「富」が集中し易い構造
を「フード・システム」においても実現しようとする意図が見え隠れしているのです。
「遺
伝子組み換え作物」を売りたがっている、多国籍大企業、
「モンサント社」はロビー活動に
15
加え、
「回転ドア」システムゆえ、米国政府中枢に影響力を持っています。この企業は、
「国
益」を訴えることで、私利私欲を追求する道を開いているのです。そして、結局、「国益」
とは、ロビー活動の際に垂れ流される「政治献金」ということを意味しているのです。
さらに、企業レベルの思惑として、モンサント社が、1997 年に始めた「収穫を始めよう!」
キャンペーンの概略を示しておくことにしましょう:
① 南側諸国が「遺伝子組み換え作物(GMO)」を欲しがっていることをアピール。
② EU 諸国や米国の白人中産階級の環境保護論者が危険性を煽って消費者を不安に陥れ
ていることを強調。
③ ②のような状況下で、①に対して供給者側の責任を取ることの難しさを訴える。
④ それでも、②のような反対の声が上がる場合は、それを「人種差別的イメージ」や「階
級的なイメージ」と結び付けてしまう。つまり、有色人種の貧困層が試みたいとして
いるのを白人の中産階級層が止めている、といった具合に!
このように、「遺伝子組み換え作物」の安全性や環境への悪影響が問われているのに、
問題をすり替えるための「Red herring」の詭弁が使われているのです。
モンサント社は、このような詭弁を弄してまで、「遺伝子組み換え作物」を売り込みた
がっているのですが、アフリカのどの国も、皆、
「遺伝子組み換え技術」を歓迎しているわ
けではありません。アフリカにも GM 反対運動が存在しているという事実があるのです。
全ての人達が GMO を欲しているわけではないという証拠として、2002 年、ザンビアに、
援助物資として、アメリカが送った GM トウモロコシの受け取りを拒否した事件が挙げら
れます。独立機関によって GM トウモロコシの影響を科学的に検査することがザンビアで
は不可能だったため、ザンビアのトウモロコシが遺伝子汚染される心配があるという理由
によって、受け入れを拒否したのです。この時、パウエル国務長官(当時)がバチカンに
手を回し、ザンビアを説得させようと工作したという事実が知られています。結局、ザン
ビアは、アメリカからの援助なしで他から穀物を調達し飢餓を乗り越えたのでした。
「アフ
リカの飢餓を救え」というキャンペーンは、日本にも紹介されていましたが、特に大手メ
ディアは、表面しか捉えていなかったので、私達には、このキャンペーンの奥に潜んでい
た、謀略を理解するには至りませんでした。
こうして、債務帳消しと引き換えにやってくるものは、アフリカの知識人が言うところ
の、
「新たなる奴隷制度」ということになるのです。そして今回も、債務帳消しと引き換え
に、グローバル化のゲーム板の上でプレーする資格を初めから剥奪されてしまい、まさに、
グローバリゼーションの犠牲者となることを選んでしまったのです。つまり、先進諸国が
こぞって進めようとしている「アフリカ援助」は、ただただ多国籍大企業や巨大な資本家
のために「資本」の狩場を確保してやることだったのです。今やヨーロッパ、アメリカ、
そして中国を始めとする勢力が、アフリカから多くを搾取しようとして、一見好条件に見
える餌で釣りながらも、こぞってアフリカを標的にしているのです。
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2011 年 7 月に南スーダンが独立しました。2005 年 1 月、ケニアでスーダンの北部政府
と南部との間で「包括南北和平協定」が締結されてから、南スーダン独立へ向けての動き
が活発になりましたが、この背後には、アメリカを始めとする先進諸国の存在があるので
す。先進諸国にとってのスーダンの国際的な重要性は、スーダン南部から石油が出て、1999
年以降、輸出が本格化していったことにあります。産油地帯としての南スーダンの重要性
が明白なものになると、南スーダンのダルフールで起きていた人種問題への介入を口実に
先進諸国が和平を口実にスーダンの国政に介入し始めたのです。今まで、ス ーダンの問題
には関心を示していなかったのにもかかわらず、日本の自衛隊も 2006 年辺りから PKO 部
隊をスーダンに派遣しましたね。独立した南スーダンにも自衛隊派遣をし、アメリカを始
めとする先進諸国の後に続いているわけなのです。この南スーダンの独立に伴って、北部
のスーダン政府のイスラム主義の背景に中国資本が、それから「南スーダン」として独立
した南部の非イスラム教でキリスト教徒のいる諸部族とアメリカ資本といった構図がはっ
きりとしてきたのです。けれども、こうした分かり易い図式に、回収されていく諸々の小
さな対立や問題が存在していることを忘れてはいけないのです。南スーダン独立に至る背
景としても、環境劣化による、遊牧民族と農耕民族との紛争、イスラム教とキリスト教と
いった宗教的違いによる紛争、中国やアメリカのような大国の利権を巡る睨み合いなどが
関係しているのです。例えば、スーダンの環境劣化の所為で、乾燥化が始まり、放牧民は
草原を求めて移動します。牧草が生い茂る土地は、乾燥化の所為で減少し、元々、水の豊
かな土地で農業を営む、アフリカ系民族との間で紛争が始まるのです。こうした乾燥化の
大本は、山間部の森林の乱伐にあるわけで、根本的解決として、山間部の植林ということ
が考えられるでしょうが、森林が回復するまでの長期に渡る期間を、短期的利益を求める
人間が待つということが、そもそも困難なのです。それゆえ、農耕民族であるアフリカ系
と遊牧民族であるアラブ系の土地を巡る対立が深まっていくことになるのです。こうした
紛争の下地があるところに、金融資本の利権を守りたい勢力が、イスラム主義を標榜して
出現することになるのです。こうして、対立の基盤として、アフリカ系民族の多くはキリ
スト教を基にした生活を送っているという宗教的要因も関係するようになっていくのです 。
スーダンでは、ナショナル・イスラミック・フロントを名乗るアラブ系を主流にした政
権が、サウジアラビアやクウェートの資本と結ぶ金融利権を手にした投資家の一団をバッ
クアップにして台頭し、
「イスラム教」を反映した政治を目指し、非イスラムであるアフリ
カ系部族を弾圧してきました。2003 年より、アラブ系住民による「ジャンジャウィード(馬
に乗る人々)」と呼ばれる民兵が、政府にリクルートされ、アフリカ系住民を虐殺し、村を
焼き尽くし、アフリカ系女性をレイプし、アラブの血の入った赤ちゃんを孕ませることに
よって純粋なアフリカ系住民を徐々に消し去ろうとしたのです。2005 年までに、何と、死
者 30 万人、避難民 184 万人、チャドへの難民 20 万人という悲惨な状況なのです。大虐殺
やレイプを武器とした戦略などの「民族浄化」が、大規模に展開していることが、国際世
論にも知られるようになっていきました。そんな国において、埋蔵量が多いことが期待で
きる油田が発見されたのです。スーダン政権をバックアップする投資家の一団は、皮肉な
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ことにも、新自由主義を受け入れ、国営企業の民営化を図ろうとしていたわけで、豊かな
埋蔵量を有する油田がアラブ資本によって運営され、背景にいる中国に流れていくことに
なりかねなかったわけなのです。アメリカは、「人権問題」を有効な口実に、 NPO などの
人道支援を行う側に立って介入することで、南スーダンを独立させ、油田の利権を西欧圏
に開放させることが、狙いなのでしょう。勿論、
「常任理事国」入りを果たしたいという動
機もあって、日本も自衛隊を派遣することで、美味しい利権のお零れでもいいのでいただ
こうというわけなのでしょう。歴史的に振り返ってみても、こうした資源に豊富な国で、
人道的に問題のある紛争が起きた時、アメリカを始めとする先進諸国は、
「人道 的理由」を
格好の理由として介入をしてきたのです。スーダンも例外ではありませんでした。
「人道的
問題」が起きている国でも、資源を欠いた国、例えば、北朝鮮やチベットのような場合は、
アメリカは建て前では非難を表明しますが、あからさまな軍事介入まではしませんね。ア
フリカを舞台にした国際的紛争の背後には、必ずと言っていい程、資源の問題が潜んでい
るのです。そして「人道主義」の錦の御旗は、常に、介入のための正当化に使われること
になるのです。先進諸国の主要な報道機関は、大抵、この錦の御旗の旗持ちをしてしまい、
その裏側の事情にまでは光を当てないのです。
アフリカは、資本主義のフロンティアとして、多国籍大企業やそれをバックアップする
先進諸国や中国などの政府の欲望の力学の結集する場として、まさに、構造的暴力の歪を
受け易い場所なのです。そこでは、今まで見てきましたように、自分達以外の貧しい人達
をも犠牲にして、あからさまに富を追求する欲望が剥き出しになっているのです。それゆ
え、アフリカ支援のための「キャッチフレーズ」に見られる見せ掛けの美しさに騙されず
に真実を見極めること、これは困難なことには違いありませんが、この困難さに開かれよ
うとしないと、明日は、あなたの暮らす「社会」が、巨大資本の餌食になってしまうかも
しれないのです。このことを次節で確認してみることにしましょう。
§6.システムの歪は身近にもある
私達は、アフリカをケーススタディとすることで、現行のシステムの歪を確認してきま
した。しかし、システムの歪は、何もアフリカにだけあるわけではありません。
「構造的暴
力」を見える化し得る場所は、意外と身近なところにあるのです。それは、私達が気付い
ているように「格差」という形で現象しているのです。そこで、ここに分析のメスを入れ
ていくことにしましょう。
ジグムント・バウマンの言う「アンダークラス(Underclass)」とは、「正常な社会の階
級システムの外部に投げ出された人達」を指します。
『非常事態を生きる』という本で、バ
ウマンは、
「アンダークラス」に追い遣られた人達を「人間廃棄物」と呼び、
「人間廃棄物」
は、それを生み出す二つの産業の結果であることを述べています。ここで言われている二
つの産業とは、先ず、「秩序を構築する産業」のことであり、次に、「経済発展をもたらす
産業」のことを指しているのです。
「秩序を構築する産業」は、非合法的移民、犯罪者など
を取り締まり、社会の領域から排除される者を生み出しています。
「経済発展をもたらす産
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業」もそれ自体は、最適化行動を採っているだけかもしれないのですが、結果として、経
済において居場所無き者の排除に貢献しているという、動かし難い事実があるのです。実
際に、このシステムから弾き出されて、生計を立てる機会のない者が生み出されているの
です。バウマンは、経済領域で有効な役割を果たせない者も、犯罪者などと同様に社会領
域から排除されているという現実を「貧困の犯罪化」という言葉で表現しているのです。
「貧困の犯罪化」という事態を被る「アンダークラス」の人達を描いた映画として、デ
ンゼル・ワシントン主演の映画『ジョン・Q』が思い出されます。この映画では、保険を
削られた主人公が、自分の子どもに心臓移植手術という高額な手術を受けさせてやること
ができなくなり、やむを得ず、銃を持って病院に立てこもり、暴力に訴えてでも息子の手
術を受けさせようとします。この映画の中で、ジョン Q の友人に当たる人物が、ジョン Q
が立て篭もる病院を背景に、テレビ・インタヴューを受け、次のように語ります。
「世の中
には、ブルー・カラー(肉体労働者)、ホワイト・カラー(頭脳労働 者)の他に、ノー・カ
ラー(階級無き者)がいるんだよ」と。「ブルー・カラー(肉体労働者)」や「ホワイト・
カラー(頭脳労働者)」のように、「ゲーム」板の上でプレーできる人なら未だいいでしょ
う。確かに、「ブルー・カラー(肉体労働者)」は、搾取され、抑圧されてはいますが、未
だ「ゲーム板」の上でプレーヤーとしてプレーできるし、万分の一の可能性しかないにせ
よ、敗者復活に与るかもしれないのです。けれども、
「ノー・カラー」になってしまったら、
「ゲーム板」の外に弾き出されてしまって、敗者復活も何も無いただただ一生涯、ゲーム
の外で、苦渋を舐めねばならず、腐臭が漂うまでは、誰にも気付かれない「死」を迎える
かもしれないのです。この映画で言われている「ノー・カラー」こそが、まさに、
「経済発
展がもたらす産業」が生み出した「アンダークラス」なのです。これは、アメリカの貧困
層の有様を反映した、まさに現実と隣合わせのフィクションなのです。しかも、ブッシュ
政権時には、こうした「アンダークラス」に追い遣られ逃げ場を失った人達を、軍のリク
ルーターが囲い込み、前線に送っていたのです。
「反ブランド運動」で一躍有名になったカナダの活動家ナオミ・クライン が、『貧困と
不正を生む資本主義を潰せ』という本の中で紹介している FATT(米州自由貿易地域)に
賛同するカナダの国際貿易担当大臣、ピエール・ペティグリューの言葉を引用しましょう:
「(現代の経済システムでは)弱い者は搾取されるだけではなく、排除される。その富を生
み出すのに、あなたは必要とされないかもしれない。不要な人間の排除は、搾取よりもっ
と進んだ段階なのだ」(p.170)と。ブルー・カラーの人達は、搾取されるかもしれません
が、
「ノー・カラー」であるのなら、そもそも「ゲーム板」でプレーすることすらできない
で、「経済に不要な人間」とされ、排除されてしまうのです。
この新自由主義的な動きには、「社会ダーウィン主義的発想」が、経済モデルの中にそ
のまま残っているのだ、という恐さを改めて感じます。
「社会ダーウィン主義」の思想の基
本路線は、自然界では「適者生存」であるゆえ、「弱者」は淘汰されるゆえ、一歩進んで、
初めから「適者生存」の原則に則って、「社会」を構築しよう、という考えなのです。「自
然」のお仕事を「社会」がお手伝いする仕組みを作ろうというわけなのです。ここから「優
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生思想」までは、一直線なのです。もっとも、
「弱肉強食」の世の中での「適者生存」を前
提とする「社会ダーウィン主義」的な考え方は、アメリカではかなり根強いものがありま
す。ウォルト・ディズニーの言葉を引用しておきましょう:
「肝に銘じておきたまえ、強者
が生き残って弱者が道端に倒れるのは世の習いだ。どんな理想が打ち上げられようと、私
は聞く耳をもたない。たとえ何があろうと、これは変わらないのだ」ディズニー・ランド
のような理想郷を語った男にとって、あの理想郷には、そもそも弱者の入園はあり得ない
のかもしれません。だとしたら、ミッキーの気ぐるみは強者にのみ微笑み、シンデレラや
白雪姫も強者にのみ投げキスを送っているのです。
2005 年、8 月アメリカを襲った大型ハリケーン「カトリーナ」が齎した被害は、甚大な
ものがありました。あの当時、本格的な復旧のためには、11 兆円かかるだろうという概算
が出ていたくらいでした。そして、このハリケーンによって、アメリカが国際社会には見
せたくなかった、アメリカの恥部が露呈してしまうことになったのです。被災地のニュー
オーリンズの下町は、約 50 万人の人口の 3 分の2が黒人で、貧困層の割合は全米平均の
約 2 倍と言われていて、大部分が黒人なのです。町は、海面より低い場所に位置し、堤防
によって護られていましたが、堤防の決壊によって、下町に取り残されていた貧困層に属
する人達の命を奪うことになったのです。白人中産階級の多くは、事前に避難をしていま
したし、住宅には保険をかけてあるので、住宅損壊もそれほどこたえた様子は見せません
でした。嵐の去った後、私達は、ここがアメリカとは信じられないような光景を見ること
になったのです。政府の対応の遅さも、貧困層がアメリカの一部ではないかのような錯覚
を与えました。被災から 3 日経っても、死者の概数さえ把握できずに、政府はこれといっ
た抜本的な対策を講ぜず、感染症まで流行し始める始末だったのです。まるで、あたかも
被災地は「貧しい彼らの居住地」とでも言わんばかりの対応の遅延ぶりでした。物資の不
足と不安から取り残された人々の中には、略奪行為や破壊行為に走ったのです。テレビ画
面には、一見してアメリカとは見間違えてしまうような「難民キャンプ」を彷彿とさせる
光景が映し出されていました。アメリカ社会の貧困格差の問題をこれほど強烈に印象付け
る光景はありませんでした。インタヴューに対して、
「 打撃をうけたのは貧 しい人ばかりだ。
彼らは家を失い、絶望している。」と語っていた福祉団体職員の言葉が全てを語っているの
です。どういうことでしょうか?
ニューオーリンズの一連の被害報道の中に、恐らく皆さんは、水没した町をボートで回
りながら、未だ住宅に居座っている人達に向けて、感染症の恐れがあるから避難するよう
呼び掛ける政府関係者の姿を見たのではないでしょうか?そして、恐らく、何故この人達
は、強情なまでに避難しようとしないのだろう、と考えたことでしょう。しかも事前に避
難勧告まで出されているのに、何を意固地になって、居残っているのだ ろう、貧困層ゆえ
の無知なのだろうか、それとも、貧困層には勧告が行き渡らなかったのだろうか、などと
考えたのではないでしょうか?けれども、これには理由があるのです。先ほど触れました
ように、白人中産階級の人達は、避難勧告を受け、事前に、ニューオーリンズの町から、
素直に脱出しました。それは、住宅に保険をかけているだけではなく、銀行に口座を持っ
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ているからなのです。ですから、保険関連の書類と預金通帳を持っていれば、後の憂いも
ないわけなのです。けれども、貧困層の人達は、口座すら開けないのです。どうしてか分
かりますか?今、日本にもアメリカのシティー・バンクが進出していますので、シティー・
バンクを例に挙げて考えましょう。シティー・バンクでは、月末に、50 万円以下の残高に
なると、月額 2100 円にも上る口座維持手数料を取られてしまうのです。50 万に限りなく
近い額だとしても、年利がたった 100 円にしかならないのにもかかわらず、口座を維持す
る手数料に 2100 円ずつ毎月支払わねばならないとしたら、どうでしょう?月 50 万円の収
入があれば問題はありません。けれども、あなたが貧困層に属しており、口座に 50 万円
維持するのが難しいとしたら、どうでしょうか?あなたは、口座を開こうなどと考えない
はずです。すると、あなたの全財産は、あなたが住んでいる、まさにその家の中にある、
ということになります。アメリカでは、このような仕組みがあるがゆえに、所謂「金融弱
者」が貧困層を中心に拡大しつつあるのです。アメリカでは、1100 万世帯が口座を持てな
い「金融弱者」層になってしまっている、ということなのです。金融学で言うところの、
「20 対 80 の法則」というやつで、儲けが出るのは 2 割に当たる富裕層からで、残りの8
割はどうするか、というと、顧客選別をかけて、儲けが出るだろう人達のみを篩いにかけ
ていくのです。今後、アメリカ追従をしている日本でも、このシティー・バンク方式が真
似されていくことでしょう。さて、ここで考えてみてください:あなたが、そのような貧
困層の立場に立たされているとしたら、
「ハリケーンが来るから避難せよ」と言われて、
「は
い、仰せの通りに致します」となるでしょうか?恐らく、あなたは、ニューオーリンズの
貧困層の多くの人達がそうしたように、家と土地という資産とその家の中にキープしてい
るわずかばかりの自分の財産にしがみつこうとするはず です。そう、つまり、家に残る、
という選択肢以外に選択の余地はないのです。この時の犠牲者が、貧困層に集中したのも
当然なのです。保険にも入れない上に、
「金融弱者」でもあるのならば、家にしがみつくの
は自然なことなのです。アメリカでは決済手段が大抵は小切手かクーポンですので、仮令、
福祉の援助が降りたとしても、援助が「小切手」できたとしたら、口座がなければ換金で
きないわけです。でも貧困層は口座が開けないので、どうしようもない、そんな社会の仕
組みがあるのです。
保険も同様で、顧客選別をかけられて加入することさえできない 人達が存在しています。
保険会社の広告を新聞でも雑誌でも見つけたら、バラ色の人生を約束するようなキャッチ
フレーズに目を止めずに、小さな文字で書かれた条件事項を読んでみるといいでしょう。
そこには顧客選別があることを謳っているのです。しかも、アメリカには日本と違って国
民皆保険制度がないので、民間の高めの保険に加入できなければ、健康保険すらないので
す。そんな人達が、5000 万人も存在しているのです。ですから、今や、アメリカの個人破
産の主因は、家族の誰かが重い病気を患うことなのです。こうしたちょっとした運命から、
人はいとも簡単に「アンダークラス」に追い遣られてしまうのです。
私達は、「貨幣経済」の中に参入させられたがゆえに、日々生計を立てずにはいられず、
「経済発展をもたらす産業」の中に取り込まれていくことになるのです。しかし、そこに
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は、「貨幣経済からの疎外」があり、それは今や単なる貧困というだけではなく、「アンダ
ークラス」として排除されてしまうということを意味するようになっているのです。現在、
問題にされている「格差」ということには、このような「アンダークラス」の問題がある
のです。
「構造的暴力」の歪は、まさに、身近な所に 存在しているのです。何故ならば、あ
なたが「アンダークラス」として排除されるのは、明日かもしれないからなのです。
私達は、『ダーウィンの悪夢』を読み解くことで、グローバリゼーションが齎す「構造
的暴力」が、平穏だったはずの日常を襲い、無力感によって沈黙してしまっている人達の
姿を確認しました。しかし、それはアフリカのムワンザという一地域の出来事ではないの
です。私達の日常の中に、排除され、尊厳を否定され、冷遇される憂き目に遭う可能性が、
しかも、そうした可能性からの脱出があり得ないかもしれないという脅威とともに、否定
されずに残されているのです。
§7.構造的暴力に如何に向き合うか?
ジジェクは、グローバル資本主義の危険性として、次のように述べています。資本主義
は、グローバル化し、全世界を包括しているのに、大多数の人々から「認知地図」を奪っ
ているというのです。「認知地図」とは、フレデリック・ジェイムソンの提出した概念で、
「自分の置かれた状況を理解可能にしてくれるような意味のある全体像」のことをいうの
です。この「全体像」こそ、アンダースが、システムの中で私達が失ってしまうとした「想
像力」の向かう先なのです。
「認知地図」を欠くと、例えば、「主体が意味ある政治関与をする空間の欠如」という
ことが起きてしまうのです。こうした事態は、ジジェクがアラン・バディウを引用して言
うには、
「私達の社会空間は世界(全体像)を欠いたものとして経験されている」というの
です。確かに「資本主義的世界観」は存在しないのです。なぜならば、
「市場ポピュリズム」
に従って、株を購入したり、商品を選んだりすることで、市場における最適化を図ること
だけが個々人に課せられるのみだからなのです。
さらに、社会学者のリッツァが述べている「非実体化/無化」が起きています。これは、
「固有性の消失」ということで、ローカリティの意味が失われていくのです。こうした事
態は、既に、社会学者のギデンズが、「脱埋め込み化 Dis-embedding」という概念によっ
て提示していました。伝統的なものが、再帰性によって、反省され、伝統的なものに支配
されていたローカリティの解体が始まってしまうのです。すると、「ここでしか作れない、
あの人にしかできない」、といったことが無くなってしまうのです。これに加えて、ナオミ・
クラインが明らかにしたような、「ブランド化」によって、寡占企業による文化の均質化、
平板化の波が世界中に波及していきます。こうして、
「自分の置かれた状況を理解可能にし
てくれるような意味のある全体像」の喪失という事態が蔓延していくことになるのです。
こうして、「市場ポピュリズム」が喧伝するような、「日々の投票行動」に限定された近視
眼的な行動を「市場」において行う、という消費活動のみが取り残されることになるので
す。こうして消費者として、日々、
「よいものを安く」という最適化行動を採ることが残さ
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れているのみなのです。ローカリティの解体に抗して、
「ここでしか作れない、あの人にし
かできない」といったローカルなものを、逆に「ブランド化」してしまうことで、守ると
いう発想も必要になってくるでしょう。ただ、その場合ですら、何故、ローカリティが危
機に晒されるのか、といった「認知地図」を備えておく必要があるのです。さもなければ、
再び、競争の激化に火を点けてしまう、ということに加担するだけ、ということになるか
もしれないのです。
けれども、私達は、知らぬ内に「消費者」という役割のみが自分に与えられたポジショ
ンである、と思い込まされるようになってしまいました。1962 年、ジョン・F.ケネディ
の下院に向けて行った特別教書演説の中で、政治という場面において、初めて「消費者」
という言葉が使われました。それは、
「そもそも消費者とは、われわれ全員のことだ。この
国最大の経済集団なのだ。それゆえ、どんな経済的決定にも影響を与えるだろう。消費者
は、重要視すべき唯一の集団である。しかし、その意見はないがしろにされがちだ」とい
った内容の演説でした。今までは、民主政治の主体としての「People」であったのに、先
進諸国では、経済発展とともに、
「消費者」という立場を認めざるを得ない状況になってい
ったのです。ケネディは、政府は、いかなる時も、消費者の、
(1 )知らされる権利、
(2)
選ぶ権利、(3)意見を聞いてもらう権利、(4)安全を求める権利、を擁護しなければな
らない、と述べました。ケネディが、このように述べざるを得ないほど、ビジネス界の勢
力はあなどり難いものになっていました。そして今や、とうとうグローバリゼーションの
名の下、全てが市場に飲み込まれ、市場の中でなければ、何事も実現され得ない状況が作
られていったのです。確かに、先進国では、このケネディの演説が、まさに、消費者運動
に端緒を開くことになりました。けれども、これは、もはや市場の外に存在することがあ
り得ないのだ、という宣言にもなっているのです。レーガン政権は、ケネディが懸念して
いた道を「新自由主義」の名の下、突き進むことになったのです。
チョムスキーは、『アメリカを占拠せよ!』の中で、ヒュームの言葉を引きながら、この
ように述べています。
「力を持った存在が、そこがお前の属する場所だ、それがお前の人生
の果たす役割であって、何も変えることはできないのだ、と民衆に思い込ませられれば、
その権力は民衆を統制できる」
(p.180)と。私達は、押しつけられた「消費者」という「役
割」に留まり、そこで最適化を図ることを止め、も う一度「People」というポジションを
取り戻さねばなりません。
市場や技術といったようなものは、社会全体の目標を達成するための手段に過ぎないに
もかかわらず、「市場原理主義」という別名を持つ「新自由主義」の体制の下では、「市場
ポピュリズム」による最適化の所為で、
「短期利益」のみを追い求める近視眼的な対応のみ
に追われてしまうのです。政治は、こうした経済システムをただただ推進するための副次
的役割を担うのみで、かつてのように「長期的ヴィジョン」を示すことを止めてしまいま
した。
「長期的ヴィジョン」が沈黙している中、富める者にさらに「富」が集中するような
システムに奉仕するような市場は、短期的利益を最大化するだけのもの成り下がり、
「外部
化」の皺寄せが自然を劣化させ、労働条件を劣悪なものに変え、貧富の格差を一層拡大さ
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せていくことでしょう。そうであるとしたら、
「長期的ヴィジョン」を取り戻し、その「長
期的ヴィジョン」を「認知地図」として、その日、その日の近視眼的な消費行動をすらコ
ントロールし得るように、単なる「消費者」としてだけではなく、
「市民」として判断し得
る、そうした視座を再構築すべきなのです。
作家の伊坂幸太郎は、『モダ ンタイムス』という小説の中で、システムの齎す「構造的
暴力」に立ち向かう人達の姿を描いています。この小説の中で伊坂は、
「人生」について面
白い捉え方を述べています。それは、人生は、自伝であるとか年表に載るような大きな出
来事で語られることになりがちなのですが、実は、日々の「小さな行動や会話の一つひと
つ」が、要約し得ない人生の部分として、個人にとっては重要な意味を持っている、とい
う捉え方です(下p.405)。そうした「小さなこと」のために働くことは誰でもできそうで
す。
「要約し得ない人生」ということで、伊坂が何を意味しているのか、やはり、彼の小説
の登場人物の語りに耳を傾けることにしましょう:
「…そういう取るに足らない出来事の積
み重ねで、生活が、人生ができあがっている。…もしそいつの一生を要約するとしたら、
そういった日々の変わらない日常は省かれる。結婚だとか離婚だとか、出産だとか転職だ
とか、そういったトピックは残るにしても、日々の生活は削られる。地味で、くだらない
からだ。でもって『だれそれ氏はこれこれこういう人生を送った』なんて要約される。…
本当にそいつにとって大事なのは、要約して消えた日々の出来事だよ」
(上p .202)こうし
た「要約し得ない人生」の中に不幸や災害などといった「悪」が顔を出した時、人はそれ
を修復すべく行動すべきではないのか、とこの小説は問うているのです。例えば、
『ダーウ
ィンの悪夢』を撮った、フーベルト・ザウパー監督が、あの映画を、地元で起きた不幸を
代弁するために作品をつくったと考えることができます。タンザニア湖畔のムワンザとい
う町では、システムの歪が、そこで暮らす人達の日常を不幸にしているというふうに読み
取れるわけなのです。これを「見える化」する作業は、
「要約し得ない人生」こそが重要で
ある、という立場から考えてみたら、大変重要な事件と映ることでしょう。タンザニアは、
ナイルパーチの加工産業が好調なので、GDP は伸びているわけなのですので、伊坂が書い
ているような感じで、歴史の 1 ページには「GDP 好調」としか記されないでしょう。しか
し、まさに、日々の日常を生きる人達の中には、システムのしわ寄せが立ち現れ、人々を
不幸に陥れているという事実が断固存在しているのです。謂わば、「 GDP」のような言葉を
使って綴られる「主流の歴史」の陰に隠れた日常の中にシステムの歪としての「悪」が立
ち現われているということ、それに先ず着目すべきなのだと考えます。伊坂が言うような
「要約し得ない人生」の中に潜む悪は、歴史の中では、まさに、要約されないまま、
「見え
るところ」に浮上してこないのです。そして、そうであるがゆえに、決して語られること
もなく忘却されてしまいます。しかし、歴史のページが新しくなってしまわぬ内に、私達
は「要約し得ない」日常に入り込んだ「悪」を、ザウパー監督が行ったように「見える化」
することによって、
「言葉に表せないが何か変だ」とか「実際に苦しんでいる人がいるのが
分かる」といった単純な気付きを齎すことが重要でしょう。それによって、シ ステムが齎
す「構造的暴力」の被害の現場に目を逸らさずに向き合うことが最初の一歩となるのです。
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「構造的暴力」を無くすと言うのであるのなら、アイヒマン的な悪に口実を与えないこ
とはできないものでしょうか?ジジェクは、ロブ・ライナー監督の映画、
『ア・フュー・グ
ッド・メン』を参照しつつ、超自我が持つ或る種の悪について語っています。この映画の
中で、海軍の道徳規範を破った仲間を夜間ひそかに袋叩きにすることを是認する「コード・
レッド」と呼ばれる不文律が出てきます。これは、勿論、
「違法」なのですが、軍隊という
集団の結束を強化する掟として黙認されているのです。軍の規律に従うことのできない、
気弱な兵士に対して、このコード・レッドを、ジャック・ニコルソン扮する将軍が部下に
命じ、この兵士は結果として命を落としてしまうのです。ここには、明示的な法と対照的
な超自我的掟が存在する、とジジェクは指摘します。それは、支配する悦びや支配する地
位にある優越性と結び付き得るという点で猥褻な掟でもあるのです。 1971 年、フィリッ
プ・ジンバルドー教授(Philip Zimbardo)は、彼の助手達と一緒に、スタンフォード大学
の心理学科の地下室に、模擬刑務所を創設し、正常に、普通の生活を送っている人達を集
めてきて、コインの裏表で、囚人役の学生と看守役を決めました。当初は2週間実験を続
けるつもりでした。ところが、わずか6日目の終わりに模擬刑務所を閉じてしまわねばな
らなくなったのです。その理由は、彼等が、
「囚人」あるいは「看守」になりきってしまい、
もはや役割演技と自己との区別が明確にはできなくなってしまったからなのです。普通に
どこにでもいそうな人達で、しかも悪い人には見えないような、ましてや異常者では無い
ような人達が、与えられた「役割」しだいで人間性の最も醜い部分を剥き出しにしてしま
ったからなのです。この有名な実験を題材にして『 es』というタイトルのドイツ映画が作
られ、それがアメリカでリメイクされました。このアメリカ版の映画では、看守役の男が
囚人達を規則に従わせ、意のままに制御するのに成功し、己の自信溢れる顔を鏡に映し出
した時、ペニスが勃起しているのに気付くという場面がありました。 この場面に象徴され
ているものこそが、
「享楽」を志向してしまう「超自我的悪」なのです。ラカンが『エクリ』
の「カントとサド」において、定式化しているように、
「掟も抑圧された欲求も、ただひと
つの、同じものである」(IIIp.280)からなのです。
「超自我」はフロイトの言うように「法」の内在化なのですが、それは「法」とは違う
のです。超自我は、
「法」の執行者として「法」の知らない「享楽」を味わうことをしてし
まうからなのです。例えば、
「法」に代わって、
「法」の執行者として、相手に制裁を加え、
攻撃する場合に「超自我的悪」が見られるようになります。ジジェクが挙げている例は、
先ほどの映画の例など多様なのですが、例えば、
「生徒のためという大義名分で、生徒に無
理な宿題を出し、生徒が苦しみ落第するのを密かに楽しむ」(p.237)といったように、自
分のサディスティックな側面を直ぐには認めない厳しい教師の場合を挙げることができる
でしょう。ロブ・ライナーの映画に出てくる将軍も、
「軍隊の精神」を守る規律のためとい
う理由で、超自我的な「掟」の遂行を是認するのですが、
「法」の代行者として「法」によ
る権力を執行する時、
「法」を越えた過剰が、享楽を求め、サディスティックな様相を帯び
てしまうのです。ここには、権力は権力を越えた過剰を自ら生み出してしまうという事態
を指摘できるのです。
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アイヒマン的な人物は、こうした「超自我的悪」の 体現者である、と考えることができ
るでしょう。彼は、確かに「忠実に任務を遂行する」わけですが、そのカント的な厳格主
義の結果として何が起きるのかという想像を禁欲した点で、享楽を味わっているのだ、と
言えるでしょう。サドの小説の主人公が自らは快楽を享受しないように振る舞うように、
「忠実に任務を遂行する」ということを強迫的に反復し続けることが、
「享楽」の指標にも
なるということを忘れてはならないでしょう。仮令、「全体像」を把握し得る「認知地図」
が不完全でも、
「要約し得ない人生」への影響が見える中、想像力を働かせる良心ま で麻痺
させてはならないのです。ましてや、次の段落で扱うような、
「新自由主義」のアーキテク
チャーを推進するグローバライザー達には、
「想像はし得なかった」という言い訳はできな
いはずなのです。
同様に、かのジョージ・ソロスが「市場原理主義」と名付けたような、徹底した市場規
範の下で行動する際、グローバルに全てを市場規範に還元し尽くそうと振る舞おうとする
中、こうした超自我的悪が現れることが十分あり得るのです。例えば、債務危機に陥った
途上国に対して「新自由主義」を押し付ける先進国のグローバライザー達は、まさにアイ
ヒマン同様に「やるべきことをやっただけ」だと正当化するでしょうが、自分達が新しい
時代のアーキテクチャーの推進者として振る舞うことによって、途上国の日常を過ごす一
般の人達にどのような歪が生じるのかを想像し得えても黙秘したこと、あるいは、想像す
ること自体を禁欲したこと、によって、超自我的な猥褻な掟に触れていたと言っていいで
しょう。
1999 年に、チーフ・エコノミストであったジョセフ・スティグリッツを、世界銀行は、
公職追放処分にしました。ジャーナリストのグレッグ・パラストが明らかにしているよう
に、スティグリッツは、世界銀行が IMF とともに推し進めている「構造調整プログラム」
に対して反対意見を述べたため、アメリカ財務長官だったラリー・サマーズの逆鱗に触れ
てしまったから追放されたのです。スティグリッツは、バラストとのインタヴューでも、
その後、彼が著した一連の著作においても明らかにしたように、新自由主義的なグローバ
リゼーションが途上国を不幸にすることを述べ、まさに「良心の人」として声を上げてい
るのです。こうした一連の事件を通して、IMF や世界銀行の役人あるいはエコノミストは、
スティグリッツの反論を耳にしたはずです。にもかかわらず、それでも「構造調整プログ
ラム」路線を推し進める任務を遂行するのなら、ただそうするだけで、
「超自我的悪」の体
現者になるのではないでしょうか?任務遂行の帰結が、人々の「要約され得ぬ人生」に悪
を忍び込ませる結果となることを想像し得るのならば、私達は、
「超自我的悪」を非難する
ことができるのです。もし現行のグローバリゼーションが「市場原理主義」を持ち出すこ
とで、その大義名分とするのであるのならば、
「市場原理主義」の厳格な遂行自体が、
「悪」
を生み出してしまっていることをグローバライザー達は認識すべきでしょう。
最後に、『ダーウィンの悪夢』の監督、ザウパーさんを囲んで、山形の映画祭の際に行
われた記録を収めている、
『グローバル化と奈落の夢』という本の中から、ザウパーさんの
言葉を引用しようと思います:
「資本主義がうまく作用し過ぎれば、後には焼け野原しか残
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らないでしょう」。まさに、「焼畑農業」のように、無残な「焼け野原」のみを残して、グ
ローバルに世界中を「焼畑」化してしまう資本主義の姿が見事に言い当てられているので
す。あなたの住む「地域社会」が「焼畑」化されぬためには、どうしたらいいのでしょう
か?つまり、私達自身も知らぬ内に「構造的暴力」の標的になっているのです。私達は、
あたかも身近な問題として考え始めねばならないでしょう。私達が知らない内に振るって
しまっている「構造的暴力」から解放されるためには、どうしたらいいのでしょうか?こ
の映画を見てしまった人達は、この問題について、もはや他人ごとにできず、深く考えざ
るを得ないことでしょう。そして、
「構造的暴力」に立ち向かうためには、正しい知識を得
る必要がある、という点では、賛成してくれるでしょう。
積極的平和の意味を考え始めるのであるのならば、ホロコーストを生き延びた作家、エ
リ・ヴィーゼルの言葉を噛み締めるべきでしょう:「人間に非人間的部分があるとすれば、
それは残酷さを嗜好することではなく、自分に関係ないと思うことに、関わらない選択を
することにある」ジジェクが言っているように、経済システムや政治が正常に動いている
こと自体から、「構造的暴力」が立ち現れてくるのだとしたら、そうしたシステムの中で、
「自分に関係ない」と思っていることが間接的な暴力を行使しているのだ、という可能性
に思いを巡らせるべきなのです。なぜならば、正常に動いているシステムの恩恵を被って
いる以上は、あなたはもう常に既に関わってしまっており、
「関わらない選択をする」こと
自体がどだい無理な話だからなのです。私はヴィーゼルの言葉を、このように書き換えて、
この小論を終えようと思います:「要約され得ぬ人生」の中に「構造的暴力」の歪が「悪」
として現れていることを知った人には、無関心という選択はあり得ない。ましてや、
「構造
的暴力」ゆえに、
「 アンダークラス」への転落が明日のことかもしれないことを知った以上、
自分自身の「要約され得ぬ人生」を守るためにも、無関 心を決め込むことはもはやできな
いことでしょう。
結語:グローバリゼーションに抗うローカリゼーション
「要約し得ない人生」は、主流の歴史の中で忘却されていく運命にあるのですが、実は、
伊坂が言うように、日々の生活を営む人達のドラマはむしろそこにあるのです。システム
全体の正常状態に内在している暴力に晒され、貧困、無力、惨めさから来る屈辱といった
状態に追い遣られてしまう人達の姿を、私達は『ダーウィンの悪夢』という記録映画の中
で確認してきたのです。
「 要約し得ない人生」は、言葉として残されることはないでしょう。
しかもその上、構造的暴力に晒され、
「自分に何が起きているのか」を理解する言葉を持た
ない弱い立場の人達が営む「要約し得ない人生」は、システムの外部に弾き出されて排除
されたまま、歴史の闇に葬り去られてしまうのです。自分が弱い立場に追い遣られた際に、
それに対するセキュリティの感覚が存在していることこそ、信頼するに足る健全な社会の
指標となるのです。さもなければ、弱い立場に追い込まれた時、人々は孤立し、言葉にし
得ない無力感を味わうことになるでしょう。
「要約し得ない人生」を送る人達が、セキュリ
ティを保障する社会から守られ、連帯し得ないのならば、こうした「構造的暴力」という
27
システムの歪に立ち向かうことは難しいでしょう。それでは、如何に、そうした社会を構
築したらいいのでしょうか?
現行のグローバリゼーション下の企業活動のように、「利潤の追求」のみが優先され、
消費者の選好構造も「安価であること」のみを追い求めるとしたら、
「安全性」とか「信頼」
とか「思いやり」とか「環境負荷の低減」などといったような、より良い社会を実現する
際に有益となる価値が犠牲にされるのだ、ということを私達は、ここ 50 年間に渡って経験
してきました。
「利潤の追求」のみが至上命題であるのならば、社会的責任行動を採ること
は、企業にとって自滅の道を選択することに等しくなってしまい、そのような選択をした
CEO は確実にその地位を追われることになってしまうでしょう。こうなってしまえば、
「社
会」の中で「経済」を回すことは不可能となってしまうのです。
市場では、消費者の嗜好に基づいて優先順位が決定される、という原則があります。 市
場の均衡は消費者の選好構造に依存するのです。
「バイオ・リージョン」に基づく地域型の
経済体制は、地域という単位を基にしますので小規模です。地域型ですので、政治的 にも
人々の利害関心が直接結果として地元経済にも反映されることになります。つまり、自分
達が意志決定の場に関与し、決定されたことが直接、そのまま自分の生活様式に影響する
のです。地元経済の繁栄は、
「バイオ・リージョン」を如何に保護していくかに繋っている
ことが、大前提となる合意事項ですので、人々の選好構造にもその大前提が影響すること
になります。これは、地域の人々との繫がりを地域生態系に支えられてある繋がりと考え
ることで合意される大前提なのです。地域型政治体制で、常に、この大前提が、例えば、
教育の場を通して、確認され続けていけば、地域住民の選好構造も、自ずと「生態系」を
考慮した価値体系になるわけなのです。私達は誰でも公正な社会を望むわけですが、だか
らと言って、結果として公正な社会構造が与えられたとしても十分ではありません。こう
した公正な社会構造をヘリテージとして捉え、それを保持し得るような個人個人の社会的
資質が教育の場において陶冶されていなければなりません。それも、ただ単に教え込むと
いうことではなく、地域共同体や地域の自然に対して、レイチェル・カーソンが述べてい
たような、
「内在的価値」を発見し得る感性が下地になっていることが重要なのです。これ
が連帯を促す社会的なエートスとして作用してくれない限り、自分の生まれ育った場所を
「パトリ」として受け止め、それを「ヘリテージ」として受け渡したいという個人的な思
いが、社会的な気運にまで高められるということはないのです。
経済的にも、地場産業との間で、売り手と買い手が「顔」のある関係を築き易いため、
人々がコミュニケーションする機会が生まれます。 小規模生産者と、コミュニケーション
することによって、まさに「顔」のある関係を結び、
「顔」があるがゆえに生まれる安心や
感謝に基づく信頼関係が一つの長所になるのです。そもそも、昨今の食品偽装問題を見て
みますと、消費者が不安を感じる大きな理由の一つとして、作物を生産する生産者が、一
体どのような肥料や農薬を使い、どのような生産方法を採っているのか、などの情報が分
からないからなのです。一言で言えば、自分達が何を食べさせられているのか、というこ
とに関する情報が伝わらないことに対する不安があるのです。つまり、ここには生産者な
28
ら知っている情報を消費者の側は知らないという事態があるのです。こうした事態を、
「情
報の非対称性」と呼びます。一般的に言って、人は、自分が経験 を積んで、コントロール
できると思われるリスクは、実際よりも小さく感じ、未知なる要素が多いため、コントロ
ールが可能でないと思われるリスクは、実際よりも大きいと感じる傾向があります。大量
生産される輸入農作物は、一体どこの誰が何を目的に、どのような手段で耕作しているの
かが分かりませんので、それだけ、私達には、不安が増大するようになってしまうのです。
これに対して、
「バイオ・リージョナリズム」を重んじた、地域の生産者と「顔」のある関
係を取り結べば、私達は、こんな意味の無い不安に曝されることはなくなることでしょう。
「顔」のある関係が生まれれば、生産者は品質や安全性に気遣うようになるでしょうし、
消費者は、安いだけが取り柄の他の製品と比べても、安全性と信頼関係、それから地域生
態系の保護を加味したお金を支払っているのだ、という気持ちを抱くようになることでし
ょう。こうして、人々が利他的に振舞う下地が生まれますので、こうした「社会」の中で
「市場経済」を営めば、
「市場」は、自ずと社会的な価値を反映する方向へ向かって均衡し
ていくことでしょう。それに加えて、そもそも「交換」という行為には、経済的な意味だ
けではなく、社会的な意味合いが多分に含まれていたはずなのです。経済の基盤を成す「信
頼」ということは、まさに、
「交換」の持つ社会的な意味合いを抜きにして語ることは難し
いはずなのに、どういうわけか、経済的意味が「自己利益の追求」が強調されてしまう形
で、社会的意味合いからは切断されてしまうに至りました。
「市場」が、
「自己利益の追求」
という単なる個人主義的動機だけで動く場合、欲望は止まる所を知らずに、地球を食い潰
すまで続いていってしまうことでしょう。けれども、一旦「社会的意味」が見直されれば、
そこには、個人主義的な価値観とは異なる、社会的「連帯」を強化していく価値観が重視
されるようになるでしょう。こうした「連帯」のために生産活動をすることで、社会的価
値の創出に貢献し、そうすることで、個人主義的な「欲望」の暴走に歯止めをかけること
も可能となることでしょう。
ノーム・チョムスキーが、新自由主義者によるアダム・スミスの引用の仕方に異議を唱
えています。彼は『すばらしきアメリカ帝国』という著書の中で、アダム・スミスについ
て次のように述べているのです:
「彼は共感こそが人間の核心的価値であり、社会は、人間
が共感と相互扶助に対して自然に献身できるようなかたちで構成されるべきだと考えてい
ました」(p.143)と述べ、それに続けて「彼はイギリスの生産者や投資家が外国から輸
入を行い、海外へ投資したならば、イギリスに損害をもたらすと述べているのです」と明
言しています。
「資本家は、国内で生産された製品を使用し、国内に投資する方を選ぶだろ
う」から、イギリスの利益を損ねるという最後の文面をそれ程、深刻に捉える必要はない
だろう、とアダム・スミスは考えていたのだ、とも付け加えているのです。アダム・スミ
スの『道徳感情論』の基礎は、「共感」で、これは、「他人の感情と同様の感情を自分の中
に引き起こす能力」をいうのです。人は、社会の中で、他の人達に不快な思いをさせたり、
他の人達から感謝されたりするといったことを「共感」によって感知し、「公平な観察者」
を心の中に作り出していきます。これによって、互いに不快な思いをさせずに、感謝され
29
ようとして、行動する時に、正直で公正な取引が成立する、というのが基本的な考え方な
のです。分業化が進み、取引によって生活する社会になると、社会から相手にされないこ
とは、死を意味するため、
「共感」に基づく交流が重視されることになるのです。こうした
「共感」の作用が届く範囲での交流こそが、
「公正な取引」を成立させる条件なのです。売
り手と買い手が、
「公正な観察者」を思い描き、売買に必要な情報開示を行い、市場価格を
操作できないような市場は、
「 共感」の作用が届く程度の小規模な市場であるはずなの です。
そこで、この「共感可能性」ということで、思考した場合、まさに、
「バイオ・リージョナ
リズム」こそ、そうした「共感可能性」を、地域社会だけではなく、その地域社会を支え
ている「生態系」にまで及ぼすことのできる考え方なのだ、ということを強調したいので
す。
「共感可能性」こそが、アダム・スミスの考えていた「市場」を健全なものにするのだ、
としたら、「バイオ・リージョナリズム」の実現は、「市場」を健全化するための一つの方
法には違いありません。
「バイオ・リージョン」の中で、そこから恩恵を得ている住民の選
好構造を変えていけば、社会正義と経済効率は対立したものとはならないでしょう。最も
弱い立場の人達の「要約し得ない人生」や脆い生態系への配慮も、社会的連帯という「顔
のある関係性」の中でこそ保持され得るのです。
参考文献
アダム・スミス、『道徳感情論』上下、岩波文庫、2003.
アーレント、ハンナ、『イェルサレムのアイヒマン』、大久保和郎訳、みすず書房、 1994.
アンダース、ギュンター、
『われらはみな、アイヒマンの息子』、岩淵達治訳、晶文社、2007.
伊坂幸太郎、『モダンタイムス』上下、講談社文庫、 2011.
ガルトゥング、ヨハン、『構造的暴力と平和』、高柳先男訳、中央大学出版部、1991.
ギデンズ、アンソニー、『近代とはいかなる時代か?』、松尾精文訳、而立書房、 1993.
クライン、ナオミ、『ブランドなんか、いらない』、松島聖子訳、はまの出版、 2001.
クライン、ナオミ、
『貧困と不正を生む資本主義を潰せ』、松島聖子訳、はまの出版、2003.
スティグリッツ、ジョセフ、『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』、鈴木主税訳、徳
間書店、2002.
スティグリッツ、ジョゼフ、『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』、 鈴木主税
訳、徳間書店、2006.
ジジェク、スラヴォイ、『暴力』、中山徹訳、青土社、 2010.
戸田真紀子、『アフリカと政治』、お茶の水書房、2008.
チョムスキー、ノーム、『すばらしきアメリカ帝国』、集英社、2008.
チョムスキー、ノーム、『アメリカを占拠せよ!』、ちくま新書、2012.
西谷修編、『グローバル化と奈落の夢』、せりか書房、 2006.
バウマン、ジグムント、『非常事態を生きる』、作品社、2012.
パラスト、グレッグ、『金で買えるアメリカ民主主義』、貝塚泉訳、角川文庫、 2003.
ラカン、ジャック、『エクリ』 I~III、佐々木孝次訳、弘文堂、1976.
30
リッツァ、ジョージ、『無のグローバル化』、正岡寛司訳、明石書店、 2005.
『ダーウィンの悪夢
パンフレット』、ビターズ・エンド、2006.
Jameson, Fredric, The Jameson Reader , Michael Hardt ed.,John Wiley & Sons, 2007.
ザウパー、フーベルト、『ダーウィンの悪夢
DVD』、 ジェ ネオ ン・ エ ンタテ イン メン ト、
2007. 注:引用した文献に関しては本文中にページ番号を記しています
31
大学におけるリスクマネジメントの実態-カリフォルニア大学のケース-
景山
1.
愛子
はじめに
近年の大学は、社会的及び経済的に厳しい環境に置かれている。例えば、少子化による
入学者数の減少や国からの補助金削減などにより大学の活動や、最悪の場合は存続が脅か
され、また厳しい研究資金の競争や外部評価にさらされている。他にも地震のような自然
災害や事故など、様々な予測不可能な事態に見舞われることがある。
更に最近の大学は、多様な学生の存在から、生活や精神面でのサポートも行わなければ
ならず、大学は本来のミッションである教育・研究・パブリックサービスに関連した幅広
いサービスを行う組織となっている。また、産学連携や 地域における活動などに見られる
ように、大学の活動幅は広がりを見せ、利害関係者も増加している。
このように大学の存在する環境は、多種多様な不安材料や不確実性が多く、それらが何
らかの事象として発生した場合の大学へのダメージは計り知れないものがある。もしくは、
既に大学の運営上、財務的安定性を脅かすような高額の支出を伴う現象が日常的に起きて
いる場合、その発生を止める手段を取らなければならない。
社会や経済に多くの不安定な要素が存在する環境において、大学が安定的に学生を集め、
豊富な資金を元手に、在籍する学生に対して質 の高い教育を行い、また研究を行うことは、
至難の業となっている。
このような状況は日本だけに留まらず、先進国においては概ね共通しており、アメリカ
では、その不安材料や不確実性から想定される組織資源の減少を回避するために、戦略的
なリスクマネジメントを行う大学が見られるようになっている。
ここでいう戦略的なリスクマネジメントとは、従来から行っていた保険対応のリスクマ
ネジメントや個別リスクを担当部署によってのみマネジメントする方法から、そのうち継
続する部分はありながらも、リスク対応を全学的な組織や役職の設置により、一 元的に情
報管理を行い、組織全体に様々な効果を生み出そうとする方法である 1 。この方法では、全
教職員及び学生等、大学に関わる関係者を対象にリスクに対する意識( risk conscious)を
根付かせ、リスクに関する情報を共有することにより、資源利用や業務の効率化を図り、
意思決定等にも生かせるような仕組みを作る。
アメリカの大学ではこの戦略的なリスクマネジメントがミッションを遂行するために
必要であると重視する傾向がある一方で、日本の大学におけるリスクマネジメントの実態
状況については、整理された文献は管見の限りまだ 存在せず、明らかではない。
筆者が 2008 年に行った国立大学法人を対象にした内部統制に関するアンケートの結果
によると、当時、多くの国立大学は後の図 1 にある「伝統的リスクマネジメント」を行う
段階にあり、その後、日本の大学は、私学を含めても発展的な手順やモデル構築に関する
1 以前はキャンパス毎に検討していた保険の購入も全学的なリスクマネジメント担当部署
(Risk Service;以下、リスクサービスという。)が設置されてからは、全学的な視点で購
入を吟味するようになったので、資金の節約につながっている。
32
手法等は明確にされていない。
そこで、本稿では大学組織におけるリスクマネジメントの可能性を知ることも含め、既
に 10 年近い年月をかけて戦略的リスクマネジメントを発展させているカリフォルニア大
学(University of California; 以下、UC 2 という。)の事例を取り上げる。
2.目的、範囲、方法
本稿は、今後の日本の大学におけるリスクマネジメントの発展の参考となる様、先進す
る UC の事例を紹介することを目的とする。アメリカでは、本稿で紹介するような大学全
体で行う戦略的なリスクマネジメントに着手する大学が増えている 3 。UC はそれらの大学
の中では成功事例として有名であり、高い評価を得ている。現在の UC のリスクマネジメ
ントは複数あるキャンパスや関連施設の全てに対して、様々な仕組みでマネジメントを行
うシステムに成長しており、そのすべてを本稿で取り上げることは難しい。そこで、本稿
では UC のリスクマネジメントについて、特に着手段階に注目し、マネジメントを効果的
に継続するために必要な仕組みや戦略的なリスクマネジメント体制の構築に焦点を置いた
特徴を重視する。したがってプログラムや手法の詳細に触れることは今後の課題とする。
その上で、本稿では最後に取り上げた特徴を整理する。その場合、将来的に日本の大学
におけるリスクマネジメントの研究を行う場合に日米を比較する要素として重要と思われ
る点も重視する。
本稿は事例紹介を主な目的とするため、その内容を主に UC グループ全体のリスクマネ
ジ メ ン ト 担 当 部 署 で あ る Risk Services ( 以 下 、 リ ス ク サ ー ビ ス ま た は UCOPRS
(University of California, Office of the President, Risk Services)という。)が 2005 年
度から毎年公表する「Annual Report(以下、アニュアルレポートという。)」に依存する
も の と す る 。 他 に も UC の リ ス ク サ ー ビ ス ホ ー ム ペ ー ジ ( http:// ww.ucop.edu/
risk-services/)に掲載される関連した内容も情報源とする。
3.アメリカの大学における ERM
3.1
戦略的リスクマネジメント導入の背景
本論文で焦点を置くのは「Enterprise Risk Management;以下、ERM という」とい
うリスクマネジメントの一形態であり、他にも「 Strategic Risk Management(戦略的
リスクマネジメント)」や「Integrated Risk Management( 統合的リスクマネジメント)」
と呼ばれるものである 4 。
次の図1はリスクマネジメントの発展を示している。ERM は戦略的リスクマネジメ
ント段階 5 にあり、リスクを指数化してマネジメントを行い、技術の発展を利用して、高
UC の ERM は 評 価 が 高 く 、2011 年 に は ウ ェ ブサ イ ト訪 問 者は 132,000 人 以 上 で 、高 等教 育機 関 か らだ け でな く 、
フ ォ ー チュ ン 誌掲 載 の企 業 100 社 を 合 わ せ て 195 ヶ 国 か ら の 利 用 があ っ た。
3 例 え ば 、ペ ン シル ベ ニア 州立大 学( Penn State)
、Texas A&M、ワ シ ン ト ン大 学 、Florida A&M、ス タ ン フ ォ ード
大 学 、 ハー バ ード 大 学、 MIT、 シ カ ゴ大 学 等で 戦 略的 リスク マ ネ ジ メ ン トは 行 われ ている [UCOPRS,p.5, 2007]。
4 な お 本論 文 では 、 実際 に アメリ カ の 大学 で 呼ば れ てい る「 ERM」 を 用 い る こ とと す る。
5 当 該 組 織に お ける リ スク マネジ メ ン トが 戦 略的 ス テー ジにな く と も、それ はマ ネ ジメ ント が 未 熟で あ ると 判 断で き
る こ と では な く、 組 織が リスク マ ネ ジメ ン トに 見 出す 目的に よ り 、発 展 段階 は 異な ると思 わ れ る。
2
33
度な情報システムを構築することなどの特徴を持つ。なお、UC は伝統的及び発展的リ
スクマネジメント段階に含まれる各手法やプログラムを継続して、ERM に発展した仕
組みを持つ。
ERM は、大学発祥のオリジナルな手法ではなく、そもそもは 1980 年代から続く民間
企業における度重なる不祥事をきっかけに生じた内部統制の議論に関連し、リスクマネ
ジメントを重視する視点から、組織の種類や規模に特定せずに、考案されたリスクマネ
ジメントの一形態である。アメリカでは今世紀に入った頃より、ERM の概念は徐々に
大学においても関心が持たれ始め、現在では NACUBO(National Association of College
and University Business Officers)も推奨するベストプラクティスとして推奨されてい
る 6。
図 1
リスクマネジメントの発展
伝 統 的 なリスクマネジメント
発 展 的 リスクマネジメント
戦 略 的 リスクマネジメント
(Traditional RM)
(Progressive RM)
(Strategic RM)
■リスクの認 識
■代替 的リスクファイナンス
■ERM
■損失 のコントロール
■事業 の継 続 性
■リスクの指 数化
■請求 等 分析
■リスクの全 コスト
■技術 利 用
■保険 とリスク移転
■教育 とコミュニケーション
(出所:UC ERM Bulletin #8)
3.2
COSO による ERM のフレームワーク
アメリカの企業や大学を中心として、日本国内でも参考とされる 7 ERM の最も汎用的
なフレームワークは COSO(The Committee of Sponsoring Organization)が 2004 年
に提唱した
“Enterprise Risk Management - Integrated Framework” ( 以 下 、
ERM(COSO)という。)である。
こ の フ レ ー ム ワ ー ク は 、 1992 年 に COSO が 発 表 し た
“ Internal Control -
Integrated Framework(以下、COSO(1992)という。)”において提示された内部統制
の枠組みを取り込んだものであり、「内部統制のニーズを満たすとともに、より完全な
リスクマネジメント・プロセスを目指せるとの期待を寄せられ」[八田,p.x, 2006]ている。
八田 [2006]は、ERM が「事業体の価値の創造や保持に影響するリスクや事業機会に
対処するもの」として、次のような定義の訳を行っている [八田,p.5,2006]。
『ERM は、事業体の取締役会、経営者、その他の組織内のすべての者によって遂行さ
れ、事業体の戦略策定に適用され、事業体全体にわたって適用され、事業目的の達成に
関する合理的な保証を与えるために事業体に影響を及ぼす発生可能な事象を識別し、事
例 え ば、 Developing a Strategy to Manage Enterprise Risk in Higher Education (2001)や The State of
Enterprise Risk Management at Colleges and Universities Today (2009)。
6
日 本 では 企 業会 計 審議 会 が、 COSO( 1992) を 基 盤 と して日 本 向 けに ア レン ジ した 『財務 報 告 に係 る 内部 統 制の
評 価 及 び監 査 の基 準 並び に財務 報 告 に係 る 内部 統 制の 評価及 び 監 査に 関 する 実 施基 準の設 定 に つい て (意 見 書 )』 を
2007 年 に 公 表 し た。また 、2010 年 に は 総 務 省 の「 独立 行 政法人 に お ける 内 部統 制 と評 価に関 す る 研究 会」か ら 、
『独
立 行 政 法人 に おけ る 内部 統制と 評 価 につ い て』 が 公表 され、 こ こ で も COSO(1992)の 内 容 が 踏 襲さ れ て、 リ スク マ
ネ ジ メ ント を 含む 内 部統 制全般 に 関 する 考 え方 が 表明 されて い る 。
7
34
業体のリスク選好に応じてリスクの管理が実施できるように設計された、一つのプロセ
スである』
ERM(COSO)は次の図 2 のように事業体レベル、部門、事業単位、子会社という組
織形態における 4 つの事業体の目的(戦略、業務活動、財務報告、コンプライアンス)
の達成に関して、8 つの構成要素(内部環境、目的設定、事象識別、リスク評価、リス
ク対応、統制活動、情報とコミュニケーション、監視活動)を存在させ、適切に機能さ
せることが特徴である。
図 2
ERM(COSO)キューブ
出所:KPMG ジャパン HP
なお、UC のリスクサービスは、ERM(COSO)を、図 3 のようにカスタマイズする。
図 3
ERMワーキン
グ グループ
ERM(UC 版)
高レベルの目
標とそれを支持
する組織のミッ
ション
進行中のマネ
ジメントプロセ
スと日常的な組
織活動
BSC
損害賠償報告
ホットライン
資産の保全と
財務報告の質
法律と規
制に対す
る組織の
忠実性
ERM実行者
リスクの査定
ツール
ERM グループ
リスク軽減
ERM グループ
SAS112
ダッシュボード
報告
全キャンパス担当者(財
務担当者、リスクマネ
ジャー)
内部監査
“University of California Office of the President Department
of Financial Management Office of Risk Services Annual
Report FY2009”
か ら 筆 者が 翻 訳・ 作 成。
UC ERMの例
23
4.大学における ERM-カリフォルニア大学の例
4.1
COSO(1992)の導入
UC の ERM 導入には、既に COSO(1992)を大学経営に取り入れていたことが、概念
35
的にも実務的にも基盤となっていると思われる。
COSO(1992)は 1995 年 8 月に監査委員会から提案があり、1996 年 1 月に採択するこ
とが決定された[UCOP,1996] 8 。この決定の背景には、従来の内部統制と比較して、COSO
(1992)が経営者の関与する統制環境の整備を重視していることにつき、経営者として
UC 全体の問題を対処する理事会にとり、有効的なフレームワークであるという判断が
あった[UC, 1995b]。また、この時点における COSO (1992)を取り入れる上での目標は、
統制環境全般における改善を達成し、大学の全レベルにおける内部統制に関する意識と
アカウンタビリティを改善することである[UC,1995b]。以降、COSO(1992)は、UC
キャンパスの中で、様々な部署のガバナンスとマネジメントに取り入れられることにな
る。
4.2
組織改編
4.2.1 リスクマネジメント新体制
1990 年代後半は各キャンパスにおいて当時のリスクマネジメントの担当も兼ねる
財務担当者(controller) 9 が設置され、環境の整備が行われた。2003 年後半から複数の
キャンパスで ERM イニシアチブが始動し、2004 年 12 月にリスクサービスと共に
Chief Risk Officer(以下、CRO という。)が設置された。また、全学的に ERM を推
進 す る た め に 、 UC 全 体 か ら 集 め ら れ た メ ン バ ー に よ る ERM Panel と Risk
Management Leadership Council(RMLC)という組織が設置された。
ERM Panel は Office of the President(以下、OP または UCOP という。)と各キ
ャ ン パ ス の マ ネ ジ メ ン ト の 代 表 者 ( director 、 manager 、 chief 、 associate
vice-chancellor 等)から構成されており、UC の ERM イニシアチブを調整及び実行
す る た め の コ ン サ ル タ ン ト サ ー ビ ス を 発 展 さ せ る こ と が ミ ッ シ ョ ン で あ る [UCOP,
ERM Bulletin#1,p.1,2006]。RMLC は各キャンパスや医療施設及び研究施設担当のリ
スクマネジャーレベル(senior leadership)で構成され、大学のミッションを支援す
る目標、戦略、優先順位、解決方法を明確にするために UC のリーダーシップと連携
して作業を行い、各キャンパスに共通するリスクマネジメント上の問題を対処し、関
連組織における共有すべき、優先順位の高いリスクマネジメントを実行する
[UCOPRS HP:http://www.ucop.edu/enterprise-risk-management/initiatives/riskmanagement-leadership-council.html]。
4.2.2
リスクサービス
この時点において、既に ACUA(Association of College and University Auditors)や、
その他様々な企業(Bank of America, Transamerica, PG&E, Pac Bell, the Pacific Stock
Exchange)が、COSO(1992)を各環境において承認していたことも後押ししてい る[UC,
1995b]。
9 近年はリスクマネジメントの内容が ERM の設置と共に変化してきたことから、各キャン
パスにおいてもリスクマネジメントを担当する独自の部署が設置されている。例えばバー
クリーキャンパスでは、Office of Ethics, Risk, and Compliance Services(OERCS) 、デイ
ヴィスキャンパスでは、UCD Compliance and Risk Assessment Work Group などがある。
36
8
リスクサービスは、OP 内の財務部門(Financial Division)に属している。リス
クサービスの役割は、UC 全体の ERM を推進し、また各キャンパス間を調整する
ことであり、各キャンパスに設置された ERM 担当者 10 とミーティングを行いなが
ら UC 全体として ERM の目標を達成できるよう努めている。
リスクサービスの最高責任者である CRO は UC の総長から ERM に関する全ての
権限を委譲され[UCOP, 2012]、各キャンパス及び理事会とのコーディネーター役を
務める。このリスクサービスには、現在、CRO を含めて 25 名が(director、manager、
coordinator、analyst、assistant)各種リスク及びプログラムの担当者として勤務
している。
リスクサービスではアニュアルレポートを 2004-2005 年度から毎年公表してお
り、各プログラムや取り組みについて報告を行うが、それを読むと、リスクサービ
スの職責は年々に増加していることがわかる 11 。
4.2.3
リスクサービスの目標-ERM Panel による報告書(2012)より
リスクサービスでは ERM プログラムのレビューを目的として、4 つの項目を実
質的な目標として掲げている。その目標の内容は、UC の財務的健全性を維持する
ことに貢献するものであり、また日常的な業務の効率化を目指す特徴がある。次に
各目標に関連する内容を列挙するが、4 つのうち 2 つは関連が深いため、まとめて
示す。
(1) リスクコストの削減(Reduce Cost of Risk)
リスクコストとは、UC の場合、学内の様々な補償を目的とした自家保険や 様々
な保険の掛け金、請求処理や保全を目的とした費用を含んだ額をいう
[Brickmore, 2011]。UC は各キャンパスにおける教職員に対する補償や一般雇
用及び車両にかかる保
険の掛け金の削減により、事業収益1,000 ドル当たり、
18.46 ドル(2003-2004 年の会計年度)から 12.30 ドル(2011-2012 年の会計年
度)に直接リスクコスト(direct cost of risk)を削減し、回避コストはその時
点までを集計すると約 716 百万ドルに上る。リスクコストの削減を行うことで、
10 各キャンパスに設置されるリスクマネジメント担当部署は、各キャンパスの独特のリス
クに対処し、ERM を浸透させる役割を持っている。例えば、リスクマネジメント担当者
は、キャンパスの最高責任者である副学長(vice chancellors)からの依頼により、各キャン
パス内の施設の効率的な使用について関係者との話し合いを行ったり、キャンパス内でイ
ンフルエンザ等の集団感染が懸念される場合に、キャンパス内での各種対応を行う。また、
リスクマネジメントの担当者は月に 1 度は UC の全てのキャンパスの担当者と CRO との
電話ミーティングに臨む(筆者の UC Berkeley ERM 担当者に対するインタビューより)。
11 2005 年度から共通して表示される職責は、各種請求管理サービスを提供すること、大
学全体の保険の購入と代替的なリスクファイナンスメカニズムを開発させること、請求コ
ストを削減する損失コントロールプログラムの開発と環境衛生と安全性についてのリーダ
ーシップを発揮することとある。2006 年度には、これらの内容に加えて、エマージェンシ
ーマネジメントと事業継続計画(Business Continuity Planning; BCP)を担当し、この
BCP は「UC Ready」と呼ばれる。また、ERM、請求及び訴訟賠償も追加されている。
37
削減分を別の事業等へ再配分することができ、ERM の効果が大学経営に寄与す
ることを表す重要な成果となる。
(2)
借入コストの改善(Improve Cost of Borrowing)
大学経営においてムーディーズ社やスタンダード・アンド・プアーズ社によ
る信用格付けは重要である。その理由は、借入債務に対する利息の支払いは大
学財政を圧迫しているため、信用格付けに基づいた借入機関における利率の引
き下げが重要な成果となるからである。UC 全体における 2011 年の債務総額
は 140 億ドル超であり、借入利率が 0.1%減少すれば 1,400 万ドルの利息支払
いを回避できる計算となるため、大学の財政に対する影響は大きい。
格付け機関はスチュワードシップと信用価値を表す機関を評価し、2007 年 11
月には信用格付けにおいて ERM の評価を含めることが示されたため、ERM
を行うことは大学にとり、より高い評価を得るための有効な手段となっている。
UC はスタンダード・アンド・プアーズ社より 2010 年に非財務系機関で最
初に ERM プログラムへの高評価を得ている。
(3) 効率性の創造と IT 余剰の削減 ( Create Efficiency and Reduce IT Redundancy)
リスクサービスが開発した ERM 情報システム(以下、ERMIS という。)は、
UC の ERM システムの要であり、スタッフが重要な仕事に集中できるように
効率性を改善した設計となっている。特に ERMIS は多くの情報源から情報を
一元的に集め、利用しやすく、自動的に情報が更新される。また透明性も高く、
エラーが発生する可能性を減らすことにつながる情報の基礎を作る。2012 年の
2 月時点において ERMIS には 23 のダッシュボード報告があり、98 の KPIs
の情報が更新されている。ERMIS は、組織の全レベルにおいて、以前は手書
きで作成されていた文書を自動的に作成することも可能とし、上司に月例で提
出していた情報を更新する時間や事業コストを削減することができている。
他にもデイヴィス・キャンパスで開発された UC Action はあらゆるリスク評
価の結果として設定されたコントロールを監視することに役立つ。最近では
50,000 ドルを超過する請求を遡及することにより、コストリスクを削減する。
また、サンディエゴ・キャンパスで開発された UC Tracker はコントロール活
動を効果的に監視し、ペーパーベースで手作業によるプロセスを一つのシステ
ムに統合して、ダッシュボード上で、業績や主要な財務コントロールの保証を
文書化及び報告することにより、業務量を削減している。またこのシステムに
則って、プロセス全体に透明性をもたらす。UC Tracker は ERMIS を利用した
内部統制に役立つツールであり、外部監査人等により、大学の内部統制の構築
が不十分であると報告がされた場合に備えて、の大学のレピュテーションの低
下を避けるためにも重要な機能となっている。
38
4.2.4
ERM プログラムの目標(2011 年度時点)- ERM Panel に よ る 報 告 書 ( 2012) よ り
UC の各キャンパス及びその他関連施設における ERM 担当者(ERM Manager)
は、ERM を推し進めるにあたり、次のような目標を掲げ協力しあう。これらの
内容は、後述する ERM の評価ツールである ERM Maturity における評価の基準
でもある。

リスクをマネジメントするための考え方(価値観)を伝え、広める。

キャンパスが受容しようとするリスクの量を明示する。

リスクを受容しようとする意欲と調和するイノベーションを促進する、
及び 設定 され た リス ク 許容 度の 範囲 に おい て マネ ージ ャー に リス ク マ
ネジメントを可能とさせるような文化を確立する。

全て のビ ジネ ス 実務 と 意思 決定 活動 の 中に リ スク の評 価と マ ネジ メ ン
トが統合された環境を発展させる。

大学全体に現在及び新たなリスクについて、ポートフォリオ的な視点を
発展させる。

リスクの認識、優先順位付け、対処についての効率的で繰り返し可能な
方法を奨励する。

マネ ジメ ント 上 のリ ス ク許 容度 とリ ス クを 受 容し よう とす る 意志 に 強
調するリスク反応(会費、受容、削減、リスク共有)を確認する。

リス クイ ンデ ィ ケー タ ーの 認識 とリ ス ク軽 減 を目 的と した ア クシ ョ ン
プランの開発を行う。

認識されるリスクと軽減活動の効果を定期的にモニターし、その結果を
担当幹部に伝える。

その時点における規制、運営上及び法的環境における変化に対して、最
新の 状態 であ る こと を 保証 する ため の リス ク マネ ジメ ント 戦 略を 継 続
的に評価する。
4.3
リスクマネジメントの発展
4.3.1
既存リスクマネジメントの強化 - ア ニ ュア ル レ ポ ー ト ( 2005 年 度 - 2006 年 度 ) よ り
UC の ERM は、プログラム等を新規に開発するだけでなく、着手当初から、既
存のリスクマネジメントやプログラムを強化し、それらを ERM システムに統合し
てきた。そのプロセスは事前の対策としての防止・損失コントロールと、事後の対
応としての各種補償プログラムの効率化と充実化を重視するものであった。
既存のプログラムとして見直されたのは、教職員への補償プログラム(workers’
compensation loss )、 医 療 / 病 院 関 連 補 償 プ ロ グ ラ ム ( professional medical &
39
hospital liability program ) 12 、 一 般 賠 償 責 任 プ ロ グ ラ ム ( general liability
program) 13 、資産プログラム(property program) 14 であり、大部分について専
門業者である Sedgwick Claims Management Services, Inc(Sedgwick CMS)と
連携して改善が行われた。
特に問題視されたのは、補償額の割合の大きい教職員への補償と医療現場におけ
る補償である。教職員への補償問題は深刻で、ERM に着手したばかりの 2005 年度
の支払額は 71,379 千ドルであり、未払額が 346,500 千ドルという状況にあった。
また、医療関連の補償支払額は 48,963 千ドルで、未払額が 154,357 千ドルであっ
た。どちらのプログラムにおいても、新たなイニシアチブ 15 と次年度に対する目標
金額等が設定され、継続的な改善の努力が行われた。
既存のリスクマネジメントとしては、他にもリスクファイナンス戦略の設定と、
防止・損失コントロール(prevention and loss control)を行っている。リスクフ
ァイナンス戦略は、各キャンパスのみに留まらず、むしろ「大学全体」に及ぶリス
クを重視する視点に変え、ファイナンス方法を選択する。防止及び損失コントロー
ルにおいては、新たなプログラムとして「Be Smart About Safety」16 が始動し、中
央または各キャンパス等における防止・損失コントロールを目的とした取り組みを
OP とリスクサービスが一体となって支援する。
4.3.2
情報システムの構築
既存のプログラムとデータベースを統合させる情報システム(ERM Information
System; ERMIS)の構築には、外部コンサルタント会社も加わり、全キャンパス内で
情報収集が行われた。
大学のヘッドクオーターである OP では 33 名の幹部とプログラムマネジャーに、
12 治療現場における医療ミスに対する請求や大学病院や関連研究施設における看護婦や医
者、また学生へのメンタルヘルスサービスに従事する大学が雇用する職員に対する訴訟の
管理と損失の回避を目指す内容である。
13 一般賠償責任プログラムには、自動車損害賠償責任、雇用慣行損害賠償責任、一般賠償
責任(例:転倒や滑落等)の 3 つの分野が含まれる。
14 例えば火災などで大学関連施設や建物を消失した場合の支払債務を管理するプログラ
ムである。
15 従業員への補償プログラムにおいては、大学システム全体による負傷(損傷)防止の仕
組みの強化、従業員への未払賠償債務の削減、負傷した従業員への最適な治療の提供(身
体的な回復を促し、医療コストを削減し、従業員の生産性を向上させる)が、医療 /病院関
連補償プログラムにおいては、早期調査リソリューション(大学が抱ええるリスクを適切
な時期に確認し、早期に調査を行う。問題を円満に解決する可能性を高める。)、請求引当
金(準備金)実務の改善(早急に対応コスト(defense cost)や補償コストのための引当金制
度を設定する。)、法的防衛における効率性の増加(医療訴訟に詳しい弁護士を学内で雇用。)、
損失の回避(将来のリスクエキスポージャーを最小限にする。)が設定された。
16 「Be Smart About Safety」プログラムでは、各部署におけるミーティングや四半期に
おける調査等を行う 40 人の部門付担当者(safety officer)を訓練したり、始動当初 6 ヶ
月間で、安全衛生に関連する多くのトピックについて 3000 人以上の従業員に対して訓練
した。当プログラムが始動して、負傷/疾病率(injury/illness rate)は 2 年で 85%も減少
した。
40
そして各キャンパス、医療関連施設、関連研究施設における雇用慣行( employment
practice)、インフラ・建設、学生生活、戦略的資源調達、予算、安全・緊急準備体制、
研究、内部統制、IT リスクに関連する部署の上級幹部と主要なプロセスオーナーを含
む 425 名以上を対象に、2005 年から 2006 年にかけてミーティングやインタビュー
が行われた[UCOP, p.2, 2006][UCOP、ERM Bulletin#4, p.1, 2006]。その成果として
550 以上 17 の主要業績指標(key performance indicator; KPIs) 18 を特定し、ERMIS
に保存されるダッシュボード報告の中で効果的に利用できるものを決定した。
IBM の協力を得ながら、ERMIS には主に、定量的分析(ダッシュボード技術を利
用した KPIs と leading indicator の活用)、定性的分析(調査技術とリスクアセスメ
ントツールを含む)、リスクとコントロールのモニタリング(イニシアチブの跡付け、
補足、完了)が可能となるようなプラットフォームが構築された。このような機能に
より、コンプライアンス、財務担当者、内部監査人に対して有益な情報を提供し、内
部統制とアカウンタビリティを支援することも可能となる [UCOP, p.4,2008]。
次の図 4 は、ERMIS のイメージを表すものである。
図 4
ERMIS のイメージ
(出所:UCOPRS HP:http://www.ucop.edu/enterprise-risk-management/toolstemplates/ermis/ermis-architecture.html)
図 4 のとおり、ERMIS は、複数のデータベースからなる膨大な情報量をリスク
マネジメントや、その他の業務にも生かせる仕組みになっており、また各種報告書
もこのシステム上で管理しながら、組織の様々な階層における意思決定や計画に有
用な情報を引き出すことを可能とする。また、ユーザーがリスクに関連した情報を、
各関連単位において引き出したいというニーズを可能とするもので、更にガバナン
ス リ ス ク と コ ン ロ ト ロ ー ル 、 そ し て 監 査 基 準 書 ( the Statement on Auditing
このうちおよそ 430 は他のキャンパスと重複しない、独特の指標であった。
KPIs は定期的に更新され、各指標の改善が測定される。例えば、従業員への補償の分
野では、リスクの発生を時間軸で捉える方法により、負傷者数/人・時間による率で測定
される。この場合、指標が下がれば改善しているということになる。
41
17
18
Standards (SAS) ) 第 112/115 号 19 に 対 応 す る 機 能 も 加 わ る [UCOPRS HP :
http://www.ucop.edu/enterprise-risk-management/tools-templates/ermis/index.h
tml]。
ERMIS の 完 成 を 見 て 、 同 時 に 意 思 決 定 支 援 シ ス テ ム ( the Decision Support
System; DDS)20 が構築された[UCOP、ERM Bulletin#9, p.2, 2010]。ERMIS はリ
スクベースのプログラム兼システムである一方で、DSS はより規模の大きい情報シ
ステムである。DSS により ERM は補完され、DSS はリスクの特定と分析を目的と
した ERMIS にデータを送る信頼高い情報源としての機能をもつ。
完成した ERMIS には、次の内容が含まれ、すべて個別に、もしくは相互利用す
ることができる[UCOP、ERM Bulletin#9, p.2, 2010]。

主要なリスク領域に関するダッシュボード報告

リスク評価ツール

コントロール及びアカウンタビリティの跡付け基盤

リスクの軽減と監視ツール

調査機能
上述の内容は、以下の内容を可能とし、大学全体の日常的な業務におけるコスト
リスクを低減する。

より高度な定量分析機能

分析及び報告機能の向上

主導的なリスクガバナンスとコンプライアンスプロセスの支援

現場の柔軟性を考慮した、組織全体における可視化

スタッフの追加的負担のない拡張性
これらの機能を備えて、ERMIS は、様々なレベルのキャンパス内の利害関係者
に適切なタイミングで意思決定をしようとする者に情報を提供する [UCOP、ERM
Bulletin#9, p.2, 2010]。
4.4
認識するリスクの拡大とプログラムの増加
ERM に着手して以来、従来から対象としていたハザードリスクに加えて、財務リス
112 号「監査の過程で検出された内部統制に関連する事項の報告」
は、2010 年に SAS 第 115 号「監査の過程で検出された内部統制に関連する事 項の報告」
に差し替えられた。その内容は、2010 年以降の監査において、監査人は被監査会社の経営
者に内部統制に関する重大な不備や重要な欠陥を、文書で報告することが求められている
[永野・森田米国公認会計士事務所 HP:http://www.nagano-morita.com/index.php]。
20 DDS は次のような内容を提供する。●統合されたデータの蓄積、●データの検証と変
換プロセス、●データの質と整合性の向上、●データと報告書へのアクセス及び迅速性の
向上、●文書化と基準の記述、●基準と現時点における報告 機能、●高い相互的クエリと
データの比較機能、●視覚化(マップ、グラフ、跡付けツール)、●利用者の機能分野と仕
事上のニーズに対するデータの適切な保護、●具体的な情報ニーズのためにカスタマイズ
される手元操作性の高さ、●各 UC の単位のための個別に設定されたソリューションの費
用効果の高い代替案。
42
19 監査基準書(SAS)第
ク、戦略リスク、報告リスク、コンプライアンスリスクなどのあらゆるリスクに対応し
てきたが、2008 年度のアニュアルレポートによると、外国への旅行の増加 21 、脅威的で
安全を脅かすような出来事の増加 22 、基金団体や同窓会と支援グループ活動 23 により 現
れるリスクへの対応も始まった[UCOP, p.1, 2008]。更に UC オリジナルの事業継続計画
(Business Continuity Planning;以下、BCP という。)として「UC Ready」の全キャ
ンパスにおける導入も始まった。UC Ready は元々、バークリーキャンパスで開発され、
外部から表彰を受けた優秀なプログラムであり、経営機能( administrative function)
とエマージェンシーマネジメントを連携させ、適切にタイミングよく事件 に反応できる
よう、全ての環境で万全の準備にある体制(Event Ready)を確実とする[UCOPRS HP:
http://www.ucop. edu/risk-services/crisis-management/uc-ready.html]。この背景には、
アメリカ国内におけるハリケーンなどの壊滅的リスクや新たに起こりうる危険に対す
るリスクが増加したことが挙げられる。そのため BCP を強化し、クライシスコミュニ
ケーションプログラムや意思決定及び模範的な活動を示すツールの開発などが進めら
れたのである。
新たなリスクを認識する重要性を踏まえて、UC では 2010 年に高等教育機関が直面す
る共通のリスクを議論した。この議論に際して行われた情報収集は学内に留まらず、他
大学や専門団体(大学監査人協会;Association of College and University Auditors
(ACUA))からも様々な情報を得、その結果、およそ 49 の共通リスクと、そのためのマ
ネジメント及び軽減活動を認識した[UCOP, p.6, 2011]。
共通するリスクは、ERM Bulletin#12 に掲載されているが、ハザードリスク、人的資
源リスク、コンプライアンスリスク、キャンパスライフリスク、施設・修繕リスクの区
分があり、それぞれのマネジメント及び軽減方法と、ダッシュボードやモニタリング、
他にも報告書の有無などが列挙されている。
なお、2012 年度のリスクサービスのアニュアルレポートでは、全キャンパスに関連し
たトップ 10 リスクが以下のように列挙されている。

予算の損失(budget impairment)

研究施設の安全性

機密情報の暴露(個人情報や患者情報)

研究施設内における環境衛生と安全の促進を目的とした不適切なプロセス 及び
行動
21 大学の教員、職員そして学生が国内外に教育、研究、業務のため国内外に出かける時は、各
人にはコストがかからない保険プログラムに加入している。このプログラムでは、安全性抽出
(security extraction)、緊急医療避難施設、被災地に残留する者の本国送還、事故 /病気にか
かる医療費用、事故による死亡及び切断、麻痺及び永久的全身障害への対処を含む。
22 脅威的かつ安全を脅かす出来事は、キャンパスにより問題が異なるが、印刷物による脅威も
あれば、身体的な攻撃も考えられ る。こ こには 、 過激な動 物の権 利行動 家 も脅威に 含まれ る。
各キャンパスには、安全性に関する評価を行うサービスも行う。
23 基金団体や同窓会と支援グループ活動の運営上からも債務が生じるため、全学的な犯罪取締
ポリシーの設定や対物賠償や一般賠償責任プログラムの包括的な契約を行った 。
43
4.5

工事の遅延

学生のメンタルヘルス

非倫理的及び未承認の人間/動物対象の研究

研究上の不正

不寛容な行動(差別やハラスメント)

研究者の安全性に対する脅威
ERM の評価
ERM 着手後 5 年目の 2009 年 6 月に ERM の進展を評価するためのツールである「ERM
Maturity(以下、ERM マチュリティという。)」が開発された。
ERM マチュリティは、各キャンパスや医療施設がそれぞれの ERM プログラムを計
画及び評価し、リスクマネジメントを改善するための ERM ツールの利用における進捗
をモニターする枠組みを提供し、毎年、リスクサービスによりマチュリティの評価とモ
ニタリングが行われる[UCOP, ERM Panel,p.8,2012]。
UC は 2010 年度の ERM マチュリティによる評価の際、スタンダード・アンド・プア
ーズ社やムーディーズ社などの格付け機関が ERM マチュリティのレベルを見た結果を
格付けに反映することにしたため、スタンダード・アンド・プアーズ社と同モデルを採
用して、自己評価を行った[UCOPRS, p.7, 2010]。
この自己評価では 107 の ERM 活動を、COSO(ERM)の区分に基づいて、
「内部環境/
目的設定」(32 活動)、「事象認識/リスク評価」(24 活動)、「リスクへの反応/コント
ロール活動」(25 活動)、「情報とコミュニケーション」(13 活動)、モニタリング(13
活動)認識した。評価のレベルは 5 段階が設定され、2010 年度の評価平均は 2 段階目
であり、引き続き、各キャンパスでの改善点を確認した [UCOPRS, p.7, 2010]。
この評価はアニュアルレポートには、目標達成度の評価として、以下のように表示さ
れる(平均値)。なお、ERM コンポーネンツには、参考として 2 点まで記載する。
なお、ここでの目標は各キャンパスにおいて独自の目標設定の下、達成されるもので
ある。
表 1
イニシアチブ・ゴール
-2011 年 1 月-2012 年 9 月におけるゴール目標達成までの平均的マチュリティ評価-
ERM コンポーネンツ
統制環境/目標設定
目
標
目
標
目
標
( 2011 年 1 月 ) ( 2011 年 9 月 ) ( 2012 年 9 月 )
2.00
2.61
2.76
1.89
2.45
2.82
2.00
2.55
2.82
リスクマネジメントに対する考え方と UC シ
ステム、キャンパス、医療施設のリスク許容
度を伝達し、広める。
全てのビジネス実務と意思決定活動の中にリ
スクの評価とマネジメントが統合されたキャ
44
ンパス・医療施設環境を発展させる。
事 象の認識 /リスク の評価
2.44
2.77
2.86
2.44
2.82
2.91
2.44
2.73
2.82
2.56
2.64
2.91
2.56
2.64
2.91
2.22
2.45
2.64
2.22
2.45
2.64
2.33
2.36
2.45
2.33
2.36
2.45
2.33
2.36
2.55
大 学 全 体に 現 在及 び 新た なリス ク に つい て 、ポ ー ト
フ ォ リ オ 的 な 視 点 を 発 展 さ せ る 。( 戦 略 、 財 務 、 コ
ン プ ラ イア ン ス、 報 告、 レピュ テ ー ショ ン )
リスクの認識、優先順位付け、対処について
の効率的で繰り返し可能な方法を奨励する。
リ スク対応 /コント ロール活 動
リスクの認識、優先順位付け、対処について
の効率的で繰り返し可能な方法を奨励できる
よう、担当者を支援する。
情 報とコミ ュニケー ション
学内のリスクマネジメントに対する考え方に
ついて、より理解を得られるようなコミュニ
ケーション構造と支援のネットワークを確立
し、維持する。
モ ニタリン グ
認識されるリスクと軽減活動の効果を定期的
にモニターするため、またその結果を担当幹
部に伝える発展的方法を支援する。
その時点における規制、運営上及び法的環境
における変化に対して、最新の状態であるこ
とを保証するためのリスクマネジメント戦略
の継続的な評価。
出所:UCOPRS
4.6
アニュアルレポート(2011-2012 年度)より筆者が翻訳・作成。
他部署のとの連携
ERM においては、大学全体でリスクに関する情報を共有することが重要である。ERM
を充実させるために、リスクサービスは Office of Audit and Compliance(内部監査・
コンプライアンス担当部署)等のリスクマネジメントに深く関係する部署とミーティン
グを行いながら、連携して大学全体のリスクマネジメントを行う。コンプライアンス問
題に関しては、情報システムを共有しながら、実質は、監査・コンプライアンス部門
(Office of Audit and Compliance)がそのマネジメントを担当している。
5.UC のリスクサービスの戦略的計画
UC のリスクサービスは 2010 年から 2015 年にかけて行うリスクマネジメントについて
2010 年度のアニュアルレポートにおいて戦略的計画を発表している[UCOPRS,pp.15-17,
45
2010]。現在のアメリカのトップ・ユニバーシティにおけるリスクマネジメントの特徴が
現れるものとして、参考にできるものである。
まず、5年間の成果として以下の点が挙げられている。これらの特徴としては、 UC の
リスクマネジメントについて学内外における認知度を高め、一つのマネ ジメント・モデル
として確立することを目指していると言える。

ERM アプローチを全学的な意思決定プロセス全体の一部として制度化する。

革新的な損失回避と損失コントロールプログラムの継続的な拡張により、総
リスクコストを年々削減する。

全 学 的 な リ ー ダ ー シ ッ プ 集 団 で あ る RMLC 、 雇 用 習 慣 改 善 委 員 会
(Employment Practice Improvement Committee)、医療従事者のための
労働衛生組合(Occupational Health Physicians)他が、学内外において認
知される。

革新的なリスクファイナンス戦略の発展と拡大により、UC のミッションを
促進させる。

ERMIS を利用しながら、主要なイニシアチブに対する投資の成果を出す。

組織的な効率性や有効性のためのモデルとして行動する。

更に、項目に分けて戦略的目標を以下のように設定している。
(1) ERM
a. 効率性を改善し、損失を回避し、コストを削減する、そして、大学の人的及
び財務資源の両方を守るための組織的取り組みを支援する。
b. 一貫性のある KPIs や ERMIS に統合される主な指標を開発し、全てのキャ
ンパス及び施設の上級責任者にそれぞれのイニシアチブを支援するため電
子的に提供する。
c.
ERM 活動の継続的な拡大、大学コミュニティと連動したアカウンタビリテ
ィの強化、そして組織的効率性の向上を支援する新たな技術の開発または発
展を目的としたコラボレーションとイノベーションを奨励する。
d. 強化されたリスクの認識、リスク評価、継続的な発展と改善されたリスク評
価ツール及び UC Action や UC Tracker のようなコントロールモニタリン
グシステムの特化を通した現行のモニタリングシステムによる、全学的なリ
スクマネジメント活動を支援する。
(2) 全学的なリーダーシップ集団
a.
全学的なリーダーシップ集団である RMLC や環境・衛生・保安リーダーシ
ップ会議(Environment, Health, and Safety Leadership Council)は、新
46
たなリスクや、目標、戦略、優先順位、解決方策を設定する UC のリーダー
シップと連携し、ミッションを達成することを妨げるような環境要因に対処
する力を強化する。
b. 組織全体における関連リスク及び妥当なリスクを認識し、推奨できる実務を
開発し、効果的な業務環境や安全でリスクが認識された文化を発展できる
UC リーダーシップと強調する。
c.
各キャンパス等が発展し、実際のリスクエクスポージャーと現地対応によ
るリスクマネジメントへの取り組みに基づいた効果的なリスクマネジメン
トプログラムの促進に必要な資源を提供するための活動を行う。
(3) 損失コントロール
a. 革 新 的 な 損 失 コ ン ト ロ ー ル イ ニ シ ア チ ブ の 継 続 的 な 発 展 を 支 援 し 、 Be
Smart about Safety や 6% Prescription リベート計画、キャンパス間のつ
ながり、医学部への褒賞金の配賦等のような現行の損失コントロールイニ
シアチブの成功を継続する。
b. リスクサービスの効率性を高め、UC コミュニティ内のアカウンタビリティ
の向上、進捗やプログラムの成果を測定する ERMIS に含まれる定量化可能
な基準を提供するような、新しい技術の開発及び購入における全キャンパス
等のコラボレーションとイノベーションを奨励する。
(4) エマージェンシー・マネジメント
a. UC の全学的な危機及び事後マネジメント能力の継続的な向上を助長する。
① キャンパス内の事件や地位の電話システム障害などにおける、全学
的な“失敗のありえない(failsafe)”緊急時コミュニケーションシ
ステムの開発と施行。
② 学内の様々な契約について、実現可能性と経済的な実行可能性を評
価し、全学的な契約やコストの節減を生み出す購買力を検査する。
(5) 環境衛生と保安
a. 最新の問題を対処する戦略の実行を含め、従業員への補償計算とコストか
ら判明する上位5点の負傷原因に対処する全学的な戦略とプログラムを開
発するための資源を提供し、施設計画において標準としての人間工学的提
案を組み込む。
b. 近々求められることとなるキャップアンドトレード(温室効果ガスの排出
権に関する取引の形式)を含む、上位3点の環境的合法及び規制エキスポ
ージャーを対処する全学的な戦略とプログラムを開発する。
c. プログラム認証、外部評価の利用、プログラムの要素と実施に関する内部
47
基準の設定を通したプログラムの検証と認証の発展を推奨する。
(6) 地域における活動
a. UC のリスクマネジメントプログラムとイニシアチブの知名度を高め、定
期的なリスクサービスとの関わりや研修プログラムとセミナーへ参加する
支持者を増やすための外部への公表に関するパートナーシップを促進する。
b. 定期的で進行中の研修、専門的能力の開発、ウェビナーや年次のリスクサ
ミットなどの会議のような技術的なフォーラムを活用した継続的な教育プ
ログ ラムを提供する。
c. 様々な OPRS プログラムの ROI を計算する能力の向上と適切なメカニズム
が効果的に組織の内外における利害関係者に対する価値と強 調するため、正
しく整備されていることを確認する。
6.ERM ソリューションセット
ここまで、UC のリスクマネジメントについて、仕組みや体制に焦点を当てて、主要な
特徴を取り上げてきた。
UC のリスクマネジメントは多くのプログラムやツールを取り込み、大規模な UC グル
ープ全体にわたって実施されているため、非常に複雑に見える。次々に生じる新しいリス
クへの対応と、従来から存在するリスクマネジメントの継続は、様々な組織と制度、そし
てシステムにより支援されている。このことをまとめたものとして、 ERM ソリューショ
ンセット(図 5)を示す。
図 5
ERM ソリューションセット
ERM 全学委員会
環境調査プログラム
リスク評価
Be Smart About Safety
海外における補償
リスクの順位付けツール
環境・保健・安全
サイバーリスク
リスクマネジメント
リーダーシップ会議
脅威・警備サービス
労働者補償
リスクマネジメント
ツールと研修
6% 処方
専門医療機関・
病院関連補償
危機対応
組織データ管理/分析
トラベル支援
人的対象事故
公共安全
組織的対応可能性
フィールド オペレー
ショナル プランナー
賠償責任保険
UC Ready会議
UCトラッカー
職務・従業員健康
アドバイザリー組合
雇用慣習補償
UC Readyフォーラム
UCアクション
環境・保健・安全
リーダーシップ会議
美術品と物損補償
UC Ready ソフト
ERM情報システム
雇用慣行改善委員会
建造物
緊急時マネジメント
リスクサミット
事故報告システム
(ウェブ)
その他
事故指令センター
ERMプログラム
損失回避・
損失コントロール
リスクファイナンス・損害
賠償管理プ ログラム
危機管理・
事後マネジメント
48
出所:UCOPRS アニュアルレポート( 2011 年度)。図 5 は筆者が翻訳・作成。
なお、このセットは 2011 年度のアニュアルレポートに掲載された内容であり、プログ
ラムや組織等が増減すれば、セットの内容にも変化が生じるものである。
ERM ソリューションセットは、ERM プログラム、損害回避及び損失コントロール(loss
prevention and loss control)、リスクファイナンスと損害補償管理プログラム、危機管理・
事後マネジメント(crisis and consequence management)の4つのリスクマネジメント
の区分の元、様々なプログラムやツール、組織が設定されている。ERM プログラム以外
は、伝統的または発展的リスクマネジメントの範囲であり、その方法やコンテンツは年々、
改善され、新しいプログラムやイニシアチブが増え、常に最新のリスクに対応できるよう、
アップデートされている。
7.おわりに
UC は大学運営業務も、その研究及び教育と同じく優秀なレベルに引き上げることを決
意し、そのため、5 年以内に運営コスト 500 百万ドルを削減し、その額を教育と研究ミッ
ションのために再配分する計画を立てた[UCOPRS,2011]。
大学運営のために、様々なコスト削減対応が取られる中、リスクマネジメントが単にリ
スク対応で終わるのではなく、資源の再配分にまで生かされる仕組みは学ぶところが多い。
本章では、これまで確認した内容から、UC のリスクマネジメントについて、現在の姿
にまで発展することに関連したと思われる仕組み及び体制上の重要と思われる要素を整
理する。
(1) 理事会による承認
組織全体でリスクマネジメントについて意識を共有し、またその活動自体に対する
参加度を高め、グループとしての効果を生み出すためには、経営者の可視的な理解や
承認が重要である。
UC が ERM 構想を持ち、実際に大学システム全体で ERM を行うこととしたのは
2005 年頃である。それから、7 年後の 2012 年 3 月に理事会の財務委員会において、
ERM の形がほぼ現在の姿にまで発展した時期に、正式に ERM(COSO)は承認され
た 24 。理事会の ERM に対する理解を得ることは、ERM を UC 全体で行うためには必
須条件であり、戦略設定、高度な目標計画、広範囲にわたる資源の配分を通した効果
的なリスクマネジメントを目的として、現場の雰囲気や文化の形成に重要である
[UCOP, 2012]。
この時、同時に ISO(International Standard Organization)30001 についての承認
も得られた。
49
24
(2) 目的または成果の明示
ERM のように組織の全構成員を対象とした取り組みの場合、ERM を行うことの背
景やその必要性を説明することは重要である。また、ERM を行うことにより、大学
が得られると期待される便益も目的または目標に関連させて、具体的に述べることが、
構成員の意識へ働きかけることが有効であると思われる。
その点について、UC は、従来のリスクマネジメントを行うことに加えて、ERM を
行うことの有効性を明確に表している。リスクサービスの HP には、現代の高等教育
機関が、民間企業と同様に、リスクの高い環境で運営を行っているとして、
「リスクを
戦略的に管理することにより、大学は損失の機会を減らし、財務安全性をより強化し、
UC のミッションを支援しながら、大学の資源を守る」とあり、大学全体で行うこと
の効果を示す。また COSO(1992)や ERM(COSO)などの一般認知度の高いフレーム
ワークを用いて、大学が抱えるリスクに対して ERM を行うことの重要性を説明する。
(3) ERM を行うためのリーダーシップ集団の形成
UC のように複数のキャンパスや施設を統合的にリスクマネジメントしようとする
場合、リスクが生じる現場を取り込みながら、浸透を図り、有効性を高めようとする
ため、ミドルの管理職を中心にしたリーダーシップが結成される 場合がある。
UC では、ERM 着手当初から、RMLC や ERM Panel のような主要な部署や地位に
ある責任者で構成される人材を網羅的に各キャンパスや関連施設から集めて、イニシ
アチブを発動させてきた。これらの体制からは全学的なリスクマネジメントの方向性
や戦略を確認し、大学全体としてのリスクだけでなく、各キャンパスにおいてオリジ
ナルに生じるリスクに関する情報や対処方法を共有することが可能となる。
また RMLC のメンバーである各キャンパスのリスクマネジャーは、全学的な ERM
の意図を理解し、自身のキャンパスにおけるリスクマネジメントを実行し、グループ
全体とローカルの両面においてリーダーシップを発揮する。
(4) 構成員のリスク意識の育成
構成員のリスク意識は、既に述べた経営者や管理者の意識の形成が必須であるが、
組織全体に喚起するような取り組みも効果的である。
UC には ERM の頭文字を取った「Everyone is a Risk Manager」という標語があ
る。管理者だけでなく、パートタイマー職員に至るまで、自分の業務における関連リ
スクを認識し、その対処をするという意識が広がることを積極的に支持する。
また、年に一度の全学的な集会である「リスクサミット」を開いて、学内でのリス
ク意識の共有と強化を行う。リスクサミットは、学外者も参加できるが、原則として
は学内者向けの内容となっている。サミットでは会議やワークショップ活動、そして
表彰などが行われ、リスクマネジメントにおけるベストプラクティス、考え方、挑戦、
解決方法などを共有する。2012 年度のサミットには 800 人以上が登録し、各キャン
50
パスの BCP、財務、カウンセリング、エマージェンシー、学生関係、保健関係等の 部
署からの参加があった。このサミットは、参加者と各キャンパスのリスクマネジャー
との関係をより緊密にすることや、同じ業務を他のキャンパスで行う場合の比較情報
が得られるなど、業務をより改善し、リスクマネジメントを推進しやすくする効果が
ある[OPRS HP:http://www.ucop.edu/enterprise-risk-management/initiatives/risksummit.html]。
(5) サポート体制
様々な取り組みの結果、多くの者が関心を持っても、始め方や行動に不安が生じる
場合がある。
UC では、リスクオフィスの HP において、UC で行われているリスクマネジメント
全般についての説明を行い、また、ERM についても個別の説明を設けている。
この HP は、外部からの訪問者も多く、内部における利用に対しても、各個人やグ
ループが着手するためのガイドラインや KPIs の設定とダッシュボードの利用方法そ
の他各種ツール及び関連情報を豊富に掲載し、リスクマネジメントを気軽に始めるこ
とができる仕組みを作っている。当然、UCOP のリスクサービスはキャンパス内のリ
スクマネジメントへの関与に対し、常にサポートを提供する。
(6) 実行単位にこだわらないリスクマネジメント
繰り返しになるが、ERM は組織の全構成員で行うことが効果的である。
UC のリスクマネジメントは「Everyone is a risk manager」と位置づけているよう
に、リスクマネジメントは組織レベルだけでなく、個人レベルにおいても行われること
を推奨している。部署や作業グループ、そして個人という単位でリスクマネジメントを
行う場合のガイドラインを作っており、また最近では「My Managed Risk(MMR)
Portal」25 という各人が特定の分野に関連する情報の収集や分析を行えるツールを開発
している。
(7) 専門業者との共同作業
ERM を円滑に始動させ、成果を確実にするためには、多くの関連する専門知識が
必要である。実際、UC の CRO も保険関連分野におけるキャリアを経て、現職にある。
UC の ERM は着手当初から、様々な専門業者が共同作業に携わってきた。例えば
ERM 構築の初期段階では KPMG International が、既に述べたが膨大な請求管理に
おいては Sedgwick Claims Management Services, Inc(Sedgwick CMS)が、そし
て ERMIS の構築には IBM が重要な仕事を請け負ってきた。これらの専門業者に支
払われる料金は明らかではないが、リスクマネジメントを目的とする投資と位置づけ
て、かかった費用以上のセーヴィング(saving)をするとしている。
MMR ポータルは ERMIS に接続して、KPIs ダッシュボードや、各種ツール、そして
ERM に関連した情報も提供する。
51
25
本稿では、UC のリスクマネジメントについて、一側面からしか取り扱うことができな
かったが、ERM システムの構築に関心のある日本の大学においても情報として求められ
ることが望ましい。
今後の課題としては、日本の大学では COSO(1992)の採用も十分ではないことも考慮し
て、リーダーシップの質や環境の違いにより異なるリスクの種類についても明らかにして
いきながら、日本の大学で実現可能な内部統制及びリスクマネジメントの形態や方法を模
索していく。
また、大学経営の戦略性という視点から ERM のようなリスクマネジメントを捉えた場
合、現代の各国の大学の置かれた環境やリスクマネジメントを行う目的を整理することも
重要な切り口ではないかと思う。過去から現代に至る「大学の戦略性」というより大きな
文脈の中で、各国におけるリスクマネジメントの役割を説明することも課題の一つとした
い。
(本稿は、日本管理会計学会第 1 回フォーラム(2012 年 4 月)及び大学監査協会監査課
題研究会議(2012 年 9 月)にて発表した内容に、加筆したものである。)
【参考文献】
Brickmore Risk Services からの文書(UC 全体のリスクコストに対する調査結果)(2011).
National Association of College and University Business Officers (NACUBO),
“Developing a Strategy to Manage Enterprise Risk in Higher Education ” (2001).
, “The State of Enterprise Risk Management at Colleges and
Universities Today” (2009).
University of California(UC), Audit, “ Assessment of the University’s Internal Control
System” (1995a).
UC, “ 3. Report on Implementation of COSO Internal Control -Integrated Framework.
Office of the President” (1995b).
ERM panel, “Enterprise Risk Management Report to the Vice
Chancellors of Administration and Medical Center CEOs presented by ERM
panel” (2008).
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Chancellors of Administration and Medical Center CEOs presented by ERM
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ERM
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Risk
Management
Report
to
the
Vice
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(2012).
52
Office of the President (UCOP), “ 904
To Member of the Committee on
Audit: Item for Discussion For Meeting of January 17, 1996” (January 10, 1996).
, “ To Member of the Committee of Finance,
Action Item” (March 28, 2012;理事会配布資料).
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Services Annual Report 2004/2005.
, “University of California Office of the President Department of
Financial Management Office of Risk Services Annual Report 2005/2006”.
, “University of California Office of the President Department of
Financial Management Office of Risk Services Annual Report FY2007 ”.
, “University of California Office of the President Department of
Financial Management Office of Risk Services Annual Report FY2008 ”.
, “University of California Office of the President Department of
Financial Management Office of Risk Services Annual Report FY2009 ”.
, “CFO Division Office of Risk Services Annual Report 2009/2010 ”.
, “CFO Division Office of Risk Services Annual Report 2010/2011
University of California Enterprise Risk Management”.
, “CFO Division Office of Risk Services Annual Report 2011/2012
University of California Enterprise Risk Management”.
, Office of the President (UCOP), “Enterprise Risk Management
(ERM)Bulletin #1” (May 24, 2006)-12(October 5, 2010).
大場淳「大学のガバナンス改革-組織文化とリーダー シップを巡って-」
『名古屋高等教育
研究』第 11 号(2011)。
企業会計審議会『財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内
部統制の評価及び監査に関する実施基準の設定について (意見書)』(2007)。
国立大学財務・経営センター『国立大学経営ハンドブック (2)
第6章
リスク管理』(2006)。
総務省独立行政法人における内部統制と評価に関する研究会 『独立行政法人における内部
統制と評価について』(2010)。
八田進二監訳・中央青山監査法人訳「全社的リスクマネジメント
フ レ ー ム ワ ー ク 編」
(2006)。原著:COSO(The Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway
Commissions), Enterprise Risk Management-Integrated Framework Executive
Summary, Framework (2004).
【参考ウェブサイト】
カリフォルニア大学 Office of the President リスクサービス
http://www.ucop.edu/risk-services/
KPMG ジャパン
53
http://www.kpmg.or.jp/
永野・森田米国公認会計士事務所(本部:アメリカ
http://www.nagano-morita.com/index.php
54
ロサンジェルス)
「i99-BASIC Assist」の開発
~「i99-BASIC」による GUI ソフトウェア開発の支援ツール~
山下
明博
The Development of “i-99 BASIC Assist”:
Supporting Tool for GUI Software Development by “i-99 BASIC”
Akihiro Yamashita
はじめに
コンピュータのソフトウェア開発においては、どの言語を選択するか、どの開発環境を
選択するかによって、必要とされる工数や開発の難易度が大きく左右されることがある。
無論、言語や開発環境が他者から指定されたり、選択の余地がないことも少なくないが、
もし、選択の余地がある場合、ソフトウェア開発者は、最も開発しやすい言語や開発環境
を選択するであろう。
筆者は 1981 年から今日に至るまで、汎用大型コンピュータからパソコンまで、様々な
開発環境の下でソフトウェアを開発してきた。また、C 言語、C++言語、BASIC 言語とい
った高級言語から、アセンブリ言語、機械語まで、様々な開発言語を使用する機会に恵ま
れた。
これらの経験を通して、筆者にとって最善の開発環境・開発言語は何かについて常に考
え続けてきた。そして、筆者にとって最善の開発環境は、1981 年時点では、日立 BASIC
マスターレベル 3 1 ) というマイコン上で L3-BASIC を使って開発する環境、1990 年時点
では、DOS/V 2 ) を OS として搭載した PC/AT 互換パソコン上で Borland 社の Turbo C を
使って開発する環境、2000 年時点では、Windows98 を OS として搭載したパソコン上で
Microsoft Visual Studio 6.0 Professional の Visual BASIC 6.0 を使ってソフトウェアを開
発する環境、2012 年の時点では、Microsoft Windows7 を OS として搭載したパソコン上
で Microsoft Visual Studio Express 2012 の Visual BASIC 2012 を使ってソフトウェアを
開発する環境であった。
しかし、筆者は 2012 年、株式会社インタフェースの開発した「i99-BASIC」に出会い、
コンピュータの開発環境としての非常に高い能力に驚かされた。それは、初心者でも理解
しやすく、短期間で習得可能な言語仕様でありながら、実行速度が高速であり、GUI プロ
グラミングから計測・制御コンピュータの制御まで可能であり、さらに、 インターネット
通信、USB 接続のプリンタや各種機器の制御が可能であり、データベース機能も有し、マ
ルチ CPU・マルチスレッド処理といった最新技術にも対応している、非常に野心的な開発
環境であった。
本論文では、最初に、
「i99-BASIC」の特長を俯瞰する。次に、高級言語としての BASIC
が持つ可能性を、時代に沿って考察する。そして、「i99-BASIC」の中で GUI の部分に
注目し、簡易かつ直観的なコマンド群の使用法を述べるとともに、その優秀性を指摘する。
55
さらに、筆者は、「i99-BASIC」による GUI ソフトウェア開発環境をより快適なものに
するために、
「i99-BASIC Assist」を開発した。
「i99-BASIC Assist」は、マウスを使用し、
「i99-BASIC」のウィンドウ上に、GUI 部品に自由に配置し、そこから「i99-BASIC」の
BAS ソースファイルを出力するというソフトウェアである。この「i99-BASIC Assist」に
ついて、開発目的は何か、動作の概念は何か、具体的な使用法はどのようなものか、特長
は何かについて論じる。
Ⅰ.簡易制御ソフトウェア「i99-BASIC」
計測・制御の分野においてコンピュータを使用する場合、コンピュータを動作させるた
めに、複雑で高度なプログラミングを行う必要がある。そのため、本来の目的である、計
測・制御の実現に割く時間よりも、プログラミングに割く時間のほうが多くなってしまう
という問題や、プログラミングを行うためのツールが高価であり、容易に利用できないと
いう問題が存在する。
このような問題を解決するために、株式会社インタフェースが開発した製品が、
「i99-BASIC」である。
「i99-BASIC」は、簡易制御ソフトウェアであり、複雑で高度な技
術が必要であったこれまでの「プログラミング」とは異なり、初心者でも取り扱い可能な、
画期的なソフトウェアである。
そのため、今後、
「i99-BASIC」は、産業界の現場のみならず、計測・制御を学ぶ教育の
世界においても、短時間で本当にやりたいことを実現できるコンピュータ環境として広く
普及する可能性を有している。
以下に、「i99-BASIC」の特長について述べる。
(1)単独で開発可能な環境
「i99-BASIC」には、実行環境、プログラム作成に必要な機能が揃っており、
「 i99-BASIC」
環境を持つコンピュータだけ用意すれば、計測・制御といった業務が可能である。特に、
他の計測・制御機器を動作させるときに必要な、特定の OS、開発環境、アプリケーショ
ンプログラムが不要であるため、それらを準備する余分なコストと時間を省くことができ
るという利点がある。
(2)簡単で流用可能な言語
「i99-BASIC」は、プログラミングが極めて簡単であり、プログラミングの初心者から
専門家まで、あらゆる人がコンピュータを活用することができるという利点がある。通常、
ライブラリやアプリケーションを他社から購入して使用するような場合、そのユーザが勝
手に機能を変更することは困難であるが、
「i99-BASIC」の場合、ユーザが作成したプログ
ラムは、作者自身が自由に書き換えて流用することができる。
56
(3)効率の良い開発が可能な言語
「i99-BASIC」を利用すると、プログラム作成にかかる時間・手間を短縮することがで
きるという利点がある。
「i99-BASIC」はインタプリタ型コンピュータ環境であり、リンク
設定やコンパイルなどの、難しくて煩わしい作業を行うことなく、即座にプログラムが動
作する。プログラムエディタ・デバッガが内蔵されているため、ステップ実行や変数チェ
ックを行い、問題の箇所を書き換えてすぐ実行し、動作を確認できるため、デバッグにか
かる時間を大幅に短縮することができる。
「i99-BASIC」を搭載したコンピュータならば、電源を入れると、 OS が起動したり、
アプリケーションプログラムが起動したりすることなく、すぐに「i99-BASIC」のプログ
ラムが実行される。さらに、プログラミングが完了したら、そのコンピュータを、業務の
ための装置としてすぐに使用できるため、非常に効率が良い。
(4)現代のコンピュータ機能を備えた言語
「i99-BASIC」は、インターネットやイントラネットへの通信、USB で接続されるプリ
ンタや各種機器の制御、ウィンドウやボタンを表示するグラフィカルインタフェース、大
量のデータを蓄積するデータベース、マルチ CPU やマルチスレッド処理といった、現代
のコンピュータ機能に必要不可欠な処理にも対応しており、他の言語による計測・制御コ
ンピュータに全くひけをとらない。
(5)安全なプログラムを作成可能な環境
「 i99-BASIC」 は 、 パ ス ワ ー ド に よ る ソ ー ス コ ー ド の 保 護 機 能 を 有 し て お り 、 従 来 の
BASIC によるプログラミングの弱点であった、第三者によるプログラムの改竄による悪用
を防ぎ、安全なプログラムを作成することができる。
57
Ⅱ.高級言語 BASIC の可能性
BASIC 言語は、FORTRAN 言語、COBOL 言語に並ぶほど長い歴史を持つ高級言語であ
る。筆者は、1981 年に購入した、日立 BASIC マスターレベル 3 の ROM に書き込まれて
いた L3-BASIC 言語を使い、大学の卒業論文のためのシミュレーションソフトウェア
tiny-GPSS を開発した 3 )。当時は、プログラミングを行うためには、機械語か BASIC 言
語のどちらかを選ぶしかなく、生産性・保守性を考慮して、BASIC 言語で開発を行った。
L3-BASIC は、NEC 社の PC-8801 に搭載され、長年多くのユーザが愛用した N88-BASIC
と同じく、マイクロソフト社が開発した BASIC 言語であり、言語習得が容易であるとい
うことが特長であった。ただし、コンパイラではなくインタプリタであったため、実行速
度は非常に遅いものであった。
その後、筆者は主に汎用機上で、C 言語を使用してソフトウェアを開発した。これは、
C 言語が、細かい処理を高速に実現できるためであった。一方、NEC 社の PC9801 や PC/AT
互換機といったパソコン上では、Borland 社の提供する Turbo C や Borland C++の上で、
C 言語や C++言語を使って構造化プログラミングやオブジェクト指向プログラミングを行
っていた。Turbo C や Borland C++は、コンパイラであり、プログラムが高速に動作する
点も、これらを使ってソフトウェア開発を行った理由である 4 )。
このような状況を大きく変えたのは、マイクロソフト社製の Visual BASIC 2.0 の発売
であった。Visual BASIC 2.0 は、従来の BASIC 言語のように習得が容易な点はもちろん、
構造化プログラミングの機能や、一部、オブジェクト指向プログラミングの機能が盛り込
まれており、なによりも、C 言語や C++言語では多くの専門的知識が要求される Windows
用の GUI ソフトウェア開発を、マウスでツールボックスから GUI 部品を選び、画面上で
ドラッグするという、実に直観的な方法で解決した、画期的な言語であった。コンパイラ
ではなくインタプリタであり、実行速度が非常に遅いという問題点はあったものの、命令
も簡潔であり、Windows 用の GUI ソフトウェア開発においては、非常に重宝する存在で
あったことは確かである。
その後リリースされた Visual BASIC 5.0 からはコンパイラとなり、実行速度も大幅に
改善された。また、その後継の Visual BASIC 6.0 は、マイクロソフト社の.Net Framework
5)
が登場する以前の GUI ソフトウェア開発環境としてはほぼ完成されており、筆者は現
在でも、簡易なソフトウェアの開発であれば、Visual BASIC 6.0 で行う 6 )。
2001 年、マイクロソフト社は、Visual BASIC 言語を.Net Framework に対応させるた
めに、Visual BASIC .NET 版と呼ばれる製品を開発した。それが、Visual BASIC .NET2002
から Visual BASIC .NET2012 までのシリーズである。この Visual BASIC .NET 版は、従
来の Visual BASIC 6.0 にはなかった、完全なオブジェクト指向言語の機能を実装してい
た。しかし、.Net Framework に対応させるために、Visual BASIC 6.0 から言語仕様を大
幅に変更し、互換性が低くなってしまった。また、C#言語との共通性を高めたため、命令
が複雑になり、専門的知識が要求されるようになってしまった。BASIC 言語の良さが失わ
58
れてしまったともいえる。
そして、筆者は 2012 年、インタフェース社の「i99-BASIC」に出会い、衝撃を受けた。
「i99-BASIC」は、N88-BASIC のように初心者でもすぐに習得することができ、Turbo C
や Borland C++のように実行速度が高速で、Visual BASIC 6.0 のように命令が簡潔かつ
GUI ソフトウェア開発が可能であり、さらに、インターネット通信、USB 接続のプリン
タや各種機器の制御、データベース機能の実現、マルチ CPU・マルチスレッド処理への対
応など、最新の技術にも対応している。
筆者は、約 30 年に渡り、高級言語としての BASIC 言語の可能性を探ってきた。BASIC
言語は初心者でも容易に 習得できる言語であるために、BASIC 言語 を使うプログラマ
は、 技術力のないプログラマと揶揄されることもある。しかし、ユーザの目的を達
成するために、最も少ない労力で最大の効果を生むことができるという生産性の高
さを有する BASIC 言語は、高級言語の中で非常に重要な位置を占めており、とり
わけ 「i99-BASIC」は、BASIC 言語の完成形といえるのではないかと考える。
59
Ⅲ.「i99-BASIC」の GUI
「i99-BASIC」は、前章で述べたように、多くの利点を有する。 筆者は、株式会社イン
タフェースより「i99-BASIC」搭載コンピュータの提供を受け、主に GUI(グラフィカル
ユーザインタフェース)の機能を使用したソフトウェアをいくつか開発した。
「i99-BASIC」には、GUI に関する多くの命令が用意されている。表1に、その命令の
一部を示す 7 )。
コマンド
機能
GUWIN
ウィンドウを作成する
GULBL
指定したウィンドウに GUI 部品のラベルを配置する
GUBTN
指定したウィンドウに GUI 部品のボタンを配置する
GUCHK
指定したウィンドウに GUI 部品のチェックボックスを配置する
GUCMB
指定したウィンドウに GUI 部品のコンボボックスを配置する
GURDO
指定したウィンドウに GUI 部品のラジオボタンの領域を配置す
る
指定したウィンドウに GUI 部品のトグルボタンの領域を配置す
GUTGL
る
GUTXA
指定したウィンドウに GUI 部品のテキストエリアを配置する
GUTXT
指定したウィンドウに GUI 部品のテキストボックスを配置する
GUTBL
指定したウィンドウに GUI 部品のテーブルを配置する
GUTAB
指定したウィンドウに GUI 部品のタブを表示する領域を配置す
る
GUADD CMB
コンボボックスの領域にリストを追加する
GUADD RDO
ラジオボタンの領域にラジオボタンを追加する
GUADD TGL
トグルボタンの領域にトグルボタンを追加する
GUADD TBL
テーブルに GUI 部品を配置する
GUADD TAB
タブにページを追加する
GUADD SCR
指定した GUI 部品にスクロールバーを追加する
GUIMG
指定した画像データをウィンドウに貼り付ける
GUSHW
指定したウィンドウを表示する
ON GUEVT
GOSUB
~
指定した GUI 部品をクリックしたときに実行する処理ルーチン
の開始行を定義する
~
@FONT
表示する文字列のフォントを指定する環境変数
@SIZE
表示する GUI 部品の大きさを設定・変更する環境変数
@POSI
表示する GUI 部品の位置を設定・変更する環境変数
60
マウスポインタが GUI 上にあるとき表示する内容の環境変数
@TIP
表1
「i99-BASIC」の GUI に関するコマンド
これらのコマンドは、画面を使ったソフトウェアを容易に作成できるように考えられて
おり、単純でありながら十分な機能を有している。その使用例を以下に示す。
3.1
ウィンドウの作成・表示
幅 800 ピクセル、高さ 600 ピクセルの大きさの「表示窓」というウィンドウを作成し表
示するプログラムは、「i99-BASIC」では表2のようになる。
1 @FONT = "32, 0, 0, 10, 1, 8"
2 @SIZE = "800, 600"
3 @POSI = "0, 0"
4 GUWIN 1, "表示窓", 0, @FONT, @SIZE, @POSI, @TIP
5 GUSHW 1
6 END
表2
「i99-BASIC」で記述したウィンドウ作成・表示プログラム
「i99-BASIC」では、GUWIN でウィンドウを作成し、GUSHW でウィンドウを表示す
るという、単純なコマンド順で実行することにより、目的を達成することができる。END
は、処理を終了させるコマンドであるので、ウィンドウの位置や大きさを指定する環境変
数を除けば、2 コマンドだけで目的を実現できることになる。
3.2
ボタンの作成・表示
「表示窓」ウィンドウ上に、幅 224 ピクセル、高さ 32 ピクセルの、「押しボタン」とい
うボタンを作成し表示するプログラムは、「i99-BASIC」では表3のようになる。
下 線 部 が 、「 押 し ボ タ ン 」 と い う ボ タ ン を 作 成 し 表 示 す る 部 分 で あ る 。 こ の 場 合 、
「i99-BASIC」では、GUBTN という単純なコマンドを実行するだけで、目的を達成する
ことができる。しかも、ボタンの位置や大きさを指定する環境変数を除けば、 1 コマンド
だけで目的を実現することができる。
61
1 @FONT = "32, 0, 0, 10, 1, 8"
2 @SIZE = "800, 600"
3 @POSI = "0, 0"
4 GUWIN 1, "表示窓", 0, @FONT, @SIZE, @POSI, @TIP
5 @SIZE = "224, 32"
6 @POSI = "32, 32"
7 GUBTN 1, 1, "押しボタン", @FONT, @SIZE, @POSI, @TIP
8 GUSHW 1
9 END
表3
「i99-BASIC」で記述したボタン作成・表示プログラム
62
Ⅳ.GUI ソフトウェア開発支援ソフト「i99-BASIC Assist」の開発
「i99-BASIC」は、前章で述べたように、GUI に関する単純なコマンドを集めて実行す
るだけで、GUI に関するプログラムを作成することができる。そのため、「i99-BASIC」
で、GUI に関するソフトウェアを作ることは容易であった。
ここで、一つだけ問題が生じた。それは、「i99-BASIC」で GUI に関するコマンドを記
述するとき、ボタン、ラベル、チェックボックス、テキストボックス等の GUI 部品の位置
と大きさを、@POSI、@SIZE といった環境変数で記述する必要があるが、慣れないと、
う ま く GUI 部 品 の 大 き さ や 位 置 を 揃 え る こ と が 難 し い と い う 点 で あ る 。 特 に 、 Visual
BASIC で長年ソフトウェア開発を行っていると、マウスでツールボックスから GUI 部品
を選び、画面上でドラッグするという、実に直観的な方法がどうしても使いたくなってし
まう。
筆者は、マウスでツールボックスから GUI 部品を選び、画面上でドラッグするという方
法 を 、「 i99-BASIC 」 で も 使 用 で き な い か と 考 え た 。 そ し て 、 以 前 筆 者 が 開 発 し た 、
Easy-BASIC というソフトウェアの GUI 部品作成部分を独立させ、改修を加えることによ
り、
「i99-BASIC」の GUI ソフトウェア開発を支援するソフトウェア「i99-BASIC Assist」
を開発した。
以下に、「i99-BASIC Assist」の概要を示す。
4.1
「i99-BASIC Assist」の開発目的
「i99-BASIC」を搭載したコンピュータ上で、GUI 部品を利用したソフトウェアの開発
を容易にするための支援ツールをユーザに提供する。
4.2
「i99-BASIC Assist」の動作概念
「i99-BASIC」を搭載したコンピュータ上で、GUI 部品を利用したソフトウェアの開発
を行う際に、Windows PC 上で「i99-BASIC Assist」を動作させ、マウスを使って複数の
GUI 部品を画面に配置する。そして、そこから「i99-BASIC」のソースである BAS ソー
スファイルを出力し、「i99-BASIC」を搭載したコンピュータが BAS ソースファイルを読
み取ることにより、「i99-BASIC」による GUI 部品を利用したソフトウェアの開発を容易
にする。
「i99-BASIC」と「i99-BASIC Assist」との関係を図示すると、図1のようになる。
63
図1
4.3
「i99-BASIC」と「i99-BASIC Assist」との関係
「i99-BASIC Assist」の使用法
ここでは、Ⅲ章で示した、幅 800 ピクセル、高さ 600 ピクセルの「表示窓」ウィンドウ
上に、幅 224 ピクセル、高さ 32 ピクセルの、「押しボタン」というボタンを作成し表示す
るプログラムを作成する場合を例に説明する。
(1)「i99-BASIC Assist」の起動
Windows パソコン上で、図2のようなアイコンが表示される、I99BasicAssist.exe フ
ァイルを実行する。I99BasicAssist.exe ファイルは、
「 i99-BASIC Assist」そのものであり、
どのフォルダにおいて起動しても問題はない。
図2
「i99-BASIC Assist」のアイコン
これにより、図3のような、「i99-BASIC Assist」の初期画面が表示される。
64
図3
「i99-BASIC Assist」の初期画面
(2)ボタンの生成
図4のように、画面の左端に並んでいる GUI 部品の中から、「ボタン」をマウスで左ク
リックする。この状態で、「ボタン」の色が赤くなり、マウスで画面上をドラッグすると、
図5のように、GUI 部品であるボタンが生成される。
図4
「i99-BASIC Assist」の「ボタン」のクリック
65
図5
「i99-BASIC Assist」による GUI 部品・ボタンの生成
(3)ウィンドウ名の変更
ウィンドウ名を、「ウィンドウ1」から「表示窓」に変更するために、画面左端の「ウ
ィンドウ」ボタンをマウスで左クリックする。すると、図6のように、
「ウィンドウパラメ
タ変更画面」が表示されるので、タイトルの部分の「ウィンドウ1」を削除し、「表示窓」
と入力する。その後、「OK」をマウスで左クリックする。
図6
ウィンドウパラメタ変更画面
66
(4)ボタンのウィンドウ名の変更
ボタンの表示文字列を「押しボタン」に変更するために、「ボタン1」と表示された長
方形の上にマウスカーソルを移動し、ダブルクリックする。すると、図7のように「ボタ
ンパラメタ変更画面」が表示されるので、表示文字列の部分に「押しボタン」と入力する。
その後、「OK」をマウスで左クリックする。その結果、図8のような画面が表示さ れる 。
図7
図8
ボタンパラメタ変更画面
「i99-BASIC Assist」によるウィンドウ・ボタン名称変更済画面
(5)ウィンドウ・ボタン名称変更済画面のファイル保存
図8の状態で、メニューの「ファイル(F)」
「名前を付けて保存(S)」を選択すると、
67
図9のように、
「保存先ファイルを指定」という画面が表示される。そこで、
「ファイル名」
の部分に、「BUTTON.LAY」と入力し、その名前で保存する。
図9
保存先のファイル選択画面
(6)「i99-BASIC」の BAS ソースファイル生成
図10のように、メニューの「コード作成(C)」「i99BASIC ソース生成」を選ぶ。す
ると、図11のように、別画面で、生成した i99BASIC ソースの内容を示す「BUTTON.TXT」
が表示される。
また、それと同時に、「i99-BASIC」形式の BAS ソースファイル「BUTTON.BAS」が
出力される。
68
図 10
「i99-BASIC Assist」による i99-BASIC ソース生成
図 11
「i99-BASIC Assist」による i99-BASIC ソース生成
(7)「i99-BASIC」BAS ソースファイルを USB 経由で「i99-BASIC」搭載 PC に転送
「i99-BASIC」形式の BAS ソースファイル「BUTTON.BAS」を USB にコピーする。
そして、「i99-BASIC」搭載 PC 上のコマンド域において、LOAD “USB:BUTTON.BAS”
を実行し、読み込ませ、実行する。
69
図11の「i99-BASIC」BAS ソースファイルの中で、
「’」
(シングルクオテーション)で
始まるコメント行を除けば、表3の「i99-BASIC」BAS ソースファイルと同じ内容になっ
ており、
「i99-BASIC Assist」が、「i99-BASIC」を搭載したコンピュータ上で、GUI 部品
を利用したソフトウェアの開発を容易にすることを示すことができた。
4.4
「i99-BASIC Assist」の特長
「i99-BASIC Assist」の特長について、以下に述べる。
(1)自由に変形できる GUI 部品
GUI 部品を画面に配置した後、マウスで左クリックをすると、図12のように、その
GUI 部品の境界線の色が黒から赤に変わり、背景に薄いオレンジ色となる。そして、境界
線の外側に表示される小さな正方形の上にマウスを乗せると、マウスアイコンの形がかわ
り、そのままドラッグすることにより、GUI 部品の大きさを変更することができる。
また、境界線の中にマウスを乗せてドラッグすると、GUI 部品を移動することができる。
図 12
GUI 部品の変形
(2)自由にパラメタを変更できる GUI 部品
GUI 部品を画面に配置した後、マウスでダブルクリックをすると、図13のように、そ
の GUI 部品に関するパラメタのウィンドウが表示される。そして、各パラメタの右の枠内
を変更し、「OK」をクリックすることにより、日本語名、英語名、座標の縦横幅、縦横位
置といった、様々な GUI 部品のパラメタを変更することができる。変更できるパラメタは、
GUI 部品の種類によって異なる。
70
図 13
GUI 部品のパラメタ変更
(3)自由に構築できる GUI 部品間の親子関係
親子関係を構築できる GUI 部品の場合、親となる GUI 部品をマウスで左クリックして
選択後、左端にあるボタンの中で、子となる GUI 部品のボタンをクリックすると、親子関
係が簡単に構築できる。図14に、親子関係を構築できる、同じ大きさのコンボボックス
に、リストをそれぞれ1個、2個、5個と追加した場合の状態を示す。
このような親子関係が構築できるのは、コンボボックス、ラジオボタン、トグルボタン
である。
図 14
GUI 部品の親子関係
(4)テーブルに自由に配置できる GUI 部品
テーブルのセルの上に、GUI 部品を移動すると、図15の左半分のように、「テーブル
への追加」ダイアログが表示され、GUI 部品の左上隅の長方形が位置するセルの列と行が
表示される。そのセルに、GUI 部品を配置したければ、「はい(Y)」をクリックすると、
図15の右半分のように、テーブルの1列3行に、 GUI 部品が配置される。
図 15
テーブル GUI 部品の親子関係
71
(5)コメント行の有無・行番号の有無を指定できる出力 BAS ファイル
「i99-BASIC Assist」は、出力する BAS ソースファイルにおいて、コメント行で何の
処理をしているかの説明を加えるか加えないか、行番号を加えるか加えないかの組み合わ
せを自由に選ぶことができる。図16に、コメント行なし行番号なしの場合と、コメント
行あり行番号ありの場合の出力 BAS ソースファイルの比較を示す。
図 16
コメント行・行番号の有無の比較
(6)GUI 部品間の前後関係を制御可能
GUI 部品は、上下左右の位置だけではなく、前後の位置関係を持たせている。そして、
テーブルに GUI 部品を乗せるときは、テーブルが後ろ、GUI 部品が前に位置していると
きだけ可能にするようにしている。例えば、図17の場合、前から、画像1、テーブル1、
画像2という順序になっている。ここで、画像2上に乗せたマウスの左クリックで選択を
し、
「編集(E)」
「選択アイテムを最前面へ」を選ぶと、画像2はテーブル1の前に来るの
で、前から、画像2、テーブル1、画像1の順序に変更される。
逆に、「編集(E)」「選択アイテムを最背面へ」を選ぶと、選択した GUI 部品は最後部
に移動することになる。
72
図 17
GUI 部品間の前後関係
また、テーブル上に GUI 部品が配置されていたり、親子関係のある GUI 部品の場合、
関係のある GUI 部品をまとめて最前面や最背面に移動し、関係のある GUI 部品間の前後
関係は、一切変更しないようにしている。
(7)グリッド値による GUI 部品の自由な配置
「i99-BASIC Assist」では、GUI 部品の大きさを決めたり、配置を決めるときに、あら
かじめ指定したグリッド値の整数倍の値を使うことにしている。これにより、GUI 部品間
で、縦横位置や大きさが微妙にずれることを防止することができる。グリッド値のデフォ
ルトは 32 である。
しかし、このグリッド値よりも細かい指定にして、部品を配置したい場合がある。その
ような場合には、「i99-BASIC Assist」の左下にある、グリッド値のスライダを動かし、
グリッド値を変更した上で、部品の大きさや配置を変更することにより、より細かい制御
が行える。
図18に、グリッド値を変更するスライダを示す。
図 18
4.5
グリッド値のスライダ
「i99-BASIC Assist」と「i99-BASIC」画面の対応
図19に、「i99-BASIC Assist」と「i99-BASIC」との画面の対応例を示す。
73
図 19
「i99-BASIC Assist」と「i99-BASIC」画面の対応
図19の上半分は、Windows パソコンの「i99-BASIC Assist」上の画面である。ボタン、
チェックボックス、コンボボックス、画像、ラベル、ラジオボタン、テキストエリア、テ
キストボックス、テーブルを、ウィンドウ上に配置した。
この画面から BAS ソースファイルを出力し、USB にコピーして、
「i99-BASIC」を搭載
したパソコンから BAS ソースファイルを開き、実行した結果出力された画面が、図19
の下半分である。
また、表4は、このときの BAS ソースファイルである。
ウ ィ ン ドウ 「 表示 窓 」を 作成す る 。
@FONT = "32, 0, 0, 10, 1, 9"
@SIZE = "800, 600"
@POSI = "0, 0"
GUWIN 1, "表 示 窓 ", 0, @FONT, @SIZE, @POSI, @TIP
'ボ タ ン 「ボ タ ン1 」 を作 成 する 。
@FONT = "32, 0, 0, 10, 1, 7"
@SIZE = "192, 32"
@POSI = "32, 32"
74
GUBTN 1, 1, "ボ タ ン 1 ", @FONT, @SIZE, @POSI, @TIP
'チ ェ ッ クボ ッ クス 「 チェ ッ クボ ッ ク ス1 」 を作 成 する 。
@POSI = "32, 96"
GUCHK 1, 1, 0, "チ ェ ッ ク ボ ッ ク ス 1 ", @FONT, @SIZE, @POSI, @TIP
'コ ン ボ ボッ ク ス「 コ ンボ ボ ック ス 1 」を 作 成す る 。
@SIZE = "192, 128"
@POSI = "32, 160"
GUCMB 1, 1, @FONT ,@SIZE ,@POSI ,@TIP
'コ ン ボ ボッ ク スに リ スト 「 コン ボ リ スト 1 _1 」 を追 加する 。
@FONT = "32, 0, 0, 10, 1, 8"
GUADD CMB, 1, "コ ン ボ リ ス ト 1 ", 0, @FONT
'コ ン ボ ボッ ク スに リ スト 「 コン ボ リ スト 1 _2 」 を追 加する 。
GUADD CMB, 1, "コ ン ボ リ ス ト 2 ", 0, @FONT
'画 像 「 画像 1 」を 作 成す る 。
@SIZE = "192, 32"
@POSI = "32, 320"
GUIMG 1, 1, "SAMPLE/GUI/LOGO.JPG", @FONT , @SIZE ,@POSI ,@TIP
'ラ ベ ル 「ラ ベ ル1 」 を作 成 する 。
@FONT = "32, 0, 0, 10, 1, 7"
@POSI = "32, 384"
GULBL 1, 1, "ラ ベ ル 1 ", @FONT, @SIZE, @POSI, @TIP
'ラ ジ オ ボタ ン 領域 「 ラジ オ ボタ ン 領 域1 」 を作 成 する 。
@SIZE = "192, 128"
@POSI = "32, 448"
GURDO 1, 1, , @FONT ,@SIZE ,@POSI ,@TIP
'ラ ジ オ ボタ ン 「ラ ジ オボ タ ン1 _ 1 」を 追 加す る 。
@FONT = "32, 0, 0, 10, 1, 8"
GUADD RDO, 1, "ラ ジ オ ボ タン 1 ", 0, @FONT
'ラ ジ オ ボタ ン 「ラ ジ オボ タ ン1 _ 2 」を 追 加す る 。
GUADD RDO, 1, "ラ ジ オ ボ タン 2 ", 0, @FONT
'テ ー ブ ル「 テ ーブ ル 1」 を 作成 す る 。
@SIZE = "184, 324"
@POSI = "484, 252"
GUTBL 1, 1, 3, 3, 1, 0, @FONT ,@SIZE ,@POSI ,@TIP
'テ キ ス トエ リ ア「 テ キス ト エリ ア 1 」を 作 成す る 。
@FONT = "32, 0, 0, 10, 1, 7"
@SIZE = "192, 96"
@POSI = "256, 32"
GUTXA 1, 1, @FONT ,@SIZE ,@POSI ,@TIP
'テ キ ス トボ ッ クス 「 テキ ス トボ ッ ク ス1 」 を作 成 する 。
@SIZE = "192, 128"
@POSI = "256, 160"
GUTXT 1, 1, @FONT ,@SIZE ,@POSI ,@TIP
'ウ ィ ン ドウ 「 表示 窓 」を 表 示す る 。
GUSHW 1
END
表4
「i99-BASIC Assist」が出力した BAS ソースファイルの内容
結論
「i99-BASIC」は、コンピュータの開発環境として非常に高い能力を持っている。特に、
BASIC の特徴である、初心者でも理解しやすく、短期間で習得可能な言語仕様を持ってい
ることから、計測・制御コンピュータのソフトウェア開発の可能性を大きく広げてくれる
ことは確かである。
筆者は、
「i99-BASIC」が搭載されたパソコンを使用することによって、多くのソフトウ
ェアを非常に短時間で開発することができた。また、今回、「i99-BASIC」の GUI ソフト
ウェア開発を支援する「i99-BASIC Assist」を、Windows パソコン上で自ら開発すること
に よ り 気 付 か さ れ た こ と が あ る 。 そ れ は 、「 i99-BASIC」 を さ ら に 普 及 さ せ る た め に は 、
75
「i99-BASIC」のエミュレータを、Windows パソコン上で作成するべきではないかという
ことである。
確かに、
「i99-BASIC」が搭載されたパソコン上でのソフトウェア開発は容易である。し
かし、
「i99-BASIC」が搭載されたパソコンには、使用時にモニタ、キーボード、マウスを
外付けする必要がある。筆者のように、ソフトウェア開発環境を Windows ノートパソコ
ン上に乗せることにより、いつでもどこでも開発ができるようにしている者にとって、パ
ソコン本体、モニタ、キーボード、マウスがないと開発できないのは非常につらいものが
ある。
も し 、 Windows パ ソ コ ン 上 で 動 作 す る 「 i99-BASIC」 の エ ミ ュ レ ー タ が 存 在 す れ ば 、
「i99-BASIC」の搭載されたパソコンを使用することなく、大まかな開発を進めることが
できる。この関係は、例えれば、Windows パソコン上で、スマートフォン用のアプリを開
発する関係と同じであると考えられる。
今後、筆者は、
「i99-BASIC Assist」を開発した経験を元に、
「i99-BASIC」の GUI 部分
をエミュレートするソフトウェアを、Windows パソコン上で開発したいと考える。そして、
そ の よ う な 開 発 を 通 し て 、 多 く の ユ ー ザ に 、「 i99-BASIC 」 の 良 さ を 感 じ て も ら い 、
「i99-BASIC」を搭載したパソコンを使った計測・制御の普及の一助としたい。
最後に、
「i99-BASIC」を搭載したパソコンおよび開発環境一式をご提供いただいた株式
会社インタフェース様に心より御礼申し上げます。
76
注
1)日立 BASIC マスターレベル 3 は、CPU にモトローラ社製の 6809 を採用したキーボ
ード一体型パソコンであり、クロックが 1MHz、RAM メモリが 16KB であった。しか
も、画面の解像度により、プログラム可能領域が増減する仕様であったので、最も低解
像度にし、自作の拡張メモリカードを追加することにより、プログラム領域を最大 24KB
確保し、BASIC 言語でプログラムが制作できるようにしていた。
2)DOS/V は、日本 IBM 社が開発した OS であり、PC/AT 互換機上で動作した。
3)山下明博(1983)、「シミュレーション言語 tiny-GPSS の開発とその航空機発着モデ
ルへの適用」、1983 年度東京大学工学部航空学科卒業論文参照。
4)山下明博(1994)、「C言語プログラミング教育方法」、『職業能力開発報文誌』、第 6
巻第 2 号、東京:職業能力開発大学、pp.71~P.74 参照。
5).Net Framework は、ISO で規定された共通言語基盤(CLI)に基づく、アプリケー
ション開発・実行環境であり、マイクロソフト社が提供している。Windows 上で動作す
るアプリケーションソフトウェアの開発のみならず、XML のような Web ウェブのアプ
リケーションソフトウェアの開発も行うことができる。
6)川口 輝久・河野 勉(1999)、「かんたんプログラミング Visual Basic6 基礎編」、東
京:技術評論社参照。
7)株式会社インタフェース(2012)、「USER’S MANUAL i99-BASIIC ~コマンドリフ
ァレンス~」、pp.46~62 参照。
77
情報数学への金融工学基礎の導入
千葉
保男
序
金融工学の基礎を、情報数学の講義内容に部分的に導入することを試み、教材研究を進
めた。
「理工学の基礎的な解析・分析技術が、数値のビッグデータ解析に使われる様子を紹
介する」という観点から題材をとりいれていく。自然現象を扱う時に頻出する自然対数の
底や対数関数に関する基礎的な事項が、変化率を扱う際に重要な役割を果たしている。為
替レートとりわけ共通通貨の価値を評価する際に、対数平均が重要な役割を果たしている。
詳細に立ち入ると見通しを悪くして逆に理解を妨げる場合が多いが、扱った範囲では、ネ
ピア数の発見、無限数列と収束、対数の発見、微積分学の構築を、数学史に忠実ではなく
ても、発見的・構成的に扱うことが深い理解に導くと思われる。 対数平均による仮想共通
通貨価値評価と、為替レートの変動を防ぐ方法について若干考察した。
第1章 データの本質を表現するグラフの選択
自然科学における実験結果をグラフ表示する際に、縦軸・横軸にとる変量の関数関係を
考察し、線形・片対数・両対数グラフ用紙を適切に使い分けることが重要であると教えら
n
れる。関係が
のような巾(べき)関数であれば両辺の変量の対数を表示する両対数
用紙で、また = のような指数関数であれば、変量 y について対数軸に表示する片対数用
紙で描画すると、線形の依存関係が観察される。滑らかな曲線では関数形を特定すること
は難しいが、描かれたグラフの曲直の判定は非常に容易である。表計算ソフトのグラフ作
成機能を利用し、軸を対数目盛で表示することで曲直の判定が可能になる。
株価チャートの縦軸として適しているのは対数軸である
下のグラフは、昨年夏から半年余で 90 倍近く上昇し大化け株として有名になったガン
ホーオンライン(JQS3765)の 12 年 8 月から 13 年 3 月中旬(分割前)までの株価時系列
のチャート(週足)である。左がよく見かける標準軸、右は縦軸(株価)を常用対数目盛
りに変更したものである。右の対数軸で、線形の相関が観測されるから、この間の株価の
振る舞いは指数関数的であることが結論できる。 図では指数関数を近似曲線に指定した。
6,000,000
5,000,000
4,000,000
3,000,000
2,000,000
1,000,000
0
10,000,000
1,000,000
13/3/6
13/2/6
13/1/6
12/12/6
12/11/6
12/10/6
12/9/6
12/8/6
13/3/6
13/2/6
13/1/6
12/12/6
12/11/6
12/10/6
12/9/6
12/8/6
100,000
「株価の時間依存性を示すチャートの縦軸は対数軸が適している」ことは偶然の一致で
はなく、以下に述べる連続金利計算の結果を援用すると本質的な性質であることが分かる。
78
変化率が小さい場合は、普段見掛ける標準軸チャートで十分近似できるので、どちらの
グラフにも実質的な差はほとんどない。対数計算が不要なことと直観的であることとから、
むしろ実用的でさえある。
ただし、例として示したような激しく変化している時に、株価の上げ幅と下げ幅の分散
は対数換算で同規模だろうから、標準目盛りでテクニカル諸量を計算したり表示すると変
動幅を過小に評価する可能性が高い。
連続金利計算
無限数列と収束値、ネイピア数の発見
通常の複利計算では 1 年あるいは半年に一回金利を元本に組み入れる。この組み入れる
頻度を増やしていくと、複利の効果によって元本は効率よく増えていく(実効金利も高く
なる)はずである。毎日・毎時・毎秒あるいは 1 年を考えられる限り最大の数で分割し瞬
間ごとに複利に組み入れるといくらになるのか計算したい。
元本の額 N 0 と年利 r が与えられた時、一年複利(t は年単位)では
となる。日毎に複利計算をするには、年利 r を 1 年の日数(365)で除して 1 日当たりの利子
を求め、元本に組み入れた複利計算をする必要があるので、次の式になる。
1 年複利で計算した時と同等の運用益になる実効年利は、日毎複利の計算に用いた r よ
りは大きくなる。
実効金利
1 年を n 分割し無限に分割を続けた場合の複利計算をすると、形式的に次のようになる。
この数値はどうやって評価すればいいのだろうか。
17 世紀に連続複利の計算等を通じて、ヤコブ・ベルヌーイは、
n
1
初めて次の式の収束値であるネイピア数そのものを見い出した。
10
100
(これは e に等しくなる)
1000
10000
100000
1000000
10000000
e
2.000000000000
2.593742460100
2.704813829422
2.716923932236
2.718145926824
2.718268237198
2.718280469156
2.718281693980
右上に、表計算ソフトでの計算結果を示した。n は可付番の自然数を無限大に持って行
ったものであって連続的な実数には拡張されていない。この式は 自然対数の底 e の古典的
定義といわれている。レオンハルト・オイラーによって導入された記号 e によって表され
ることが普通であり、その値は
e = 2.71828 18284 59045 23536 02874 71352
79
と続く超越数(代数的数でない数、すなわち有理係数の代数方程式 の解とならないような
複素数のこと)である。一般には e を自然対数の底と呼ぶことが多い。
連続金利計算の式は, e の古典的定義に従って、次のように変形できる。
両辺の自然対数(e を底とする対数)を求めると、
ln N = lnN 0
+ rt
この時、連続複利における元本の自然対数を縦軸にとり横軸を線形の時間軸とすると線
形のグラフになり、一定時間間隔での元本の増加は一定となる。
利子が時間に依存せず一定である連続金利計算の場合は、株価の時間依存性についての
極めて特殊な場合である。株価は預貯金と比較して一般にリスクが大きい分リターンが大
きい。外部環境および企業の収益構造変化の影響が 無視できる程度に極めて小さい期間の
株価は、連続一定金利の場合に日々の若干の揺動が加わった場合に帰着するので、対数株
価は大局的に線形の時間依存性を示す。
微積分学の基礎
時間軸である x 軸上で区間を無限に小さく(等間隔で)分割し、微小変化に対する微小
増分としての利子を積み上げていく方法は、微分積分学の基本的手口であった。21 世紀の
微分積分学が高等学校で教えられる現代では、高校数学の範囲で理解可能な基本的な微分
方程式
の解として、求められることに気がつく。そのためにはオイラーが、
指数関数 a x は、(d/dx) a x =a x を満たすとき、a=e であること、や 1/x の積分として定義さ
れた自然対数の底でもあることを示すのを待つ必要がある。
株価の時間依存性は、ある時点の株価を出発点とし、企業の収益構造変化の影響によっ
て変動する目標株価の推定範囲を到達目標とするドリフトと、各時点での揺動の合成とし
て、それぞれを確率的に扱う確率微分方程式で模式的に扱える(ブラック・ショールズ方
程式)。時間的変化の各時点での揺動は、ガウスの誤差分布に従うことが予測される。株価
の対数値の揺動がガウスの誤差分布に従うものと考えられている(対数正規分布)。
ただし、2013 年 5 月 24 日以降数日間みられた乱高下のような変動が、誤差分布で予期
される出現頻度以上に起きていることが指摘されている。誤差分布の関数形に原因を求め
るよりも、外部に要因を求めるべきかもしれない。株価の暴騰・暴落のように連続的な変
化の果てに破局的な状態遷移が発生する現象は、カタストロフィー理論(破局の理論・飛
躍の理論)で定性的に説明できる。
80
第2章
為替レートの考察と対数の導入
通貨間の交換レートの換算
多国籍通貨の対円レートの例を右表に示す。
ロイター2013/01/07
主要通貨
米 ドル (USD)
ncies から得た為替レート中値。為替レー
ユーロ (EUR)
英 ポンド (GBP)
トの交換手数料については考えなくてもよ
スイス フラン (CHF)
いものとする)この表から、例えば 8 行目
カナダ ドル (CAD)
のタイバーツ基準のレートに換算するには、 オーストラリア ドル (AUD)
ニュージーランド ドル (NZD)
次のようにすればよい
タイ バーツ (THB)
シンガポール ドル (SGD)
a. 主要通貨表に円の行を追加する。
フィリピン ペソ (PHP)
香港 ドル (HKD)
b. タイバーツの対円レートで各通貨のす
台湾 ドル (TWD)
べてを割り算する。
中国 元 (CNY)
南アフリカ ランド (ZAR)
ある時点での米、日、タイの通貨単位固
レアル
(
http://jp.reuters.com/investing/curre
有の価値(U, J, T とする)を、ある通貨の
対円レート
88.050003
114.922997
141.302994
95.106903
89.209702
92.232399
73.072197
2.89422
71.603897
2.15486
11.3644
3.03655
14.1428
10.27
43.3738
単位で示した『比の値』が、ある通貨に対する各通貨の為替レートである。
米ドル、タイバーツ、および円の対円レートはそれぞれ U/J、T/J、J/J である。
米ドルの対円レートをタイバーツの対円レートで除することによって、米ドルのタイバー
ツに対するレートが、(U/J)/(T/J)=
(U/J)・(J/T)
=U/T
で求められる。
対数化為替レート
種々の通貨単位固有の価値を、ある通貨の単位で示した『比の値』が為替レートである
から、為替レートの考察に、対数を導入すると対数の差で表すことができる。対数化する
と、以下のような本質的な事柄が、明確になる。
a.
特定の二国間の為替レートを対数表示すると、逆方向の為替レート
は、反対符号で絶対値が等しい。
米ドルの対円レートの対数値は(連続金利の計算との類比で自然対数を使うのが自然)
は ln U – ln J、円の対ドルレートは
ln J – ln U
となる。
また、多種通貨の円レートを他の通貨に対するレート(たとえばタイバーツ)に変更す
るには、定数の一括乗除算が必要であるが、対数で扱うと加減算になる。
b.
任意の閉回路の対数化為替レートの総和はゼロ(であることが期待
できる)
為替レート間の関係は合理的だろうか?
特定の通貨に交換することが有利であったり、
不利であるようなことはないのか?この疑問は次の考察で氷解する。たとえば、ある金額
のドルを円に替え、円からさらにタイバーツに替え、タイバーツから元のドルに戻す場合、
3 カ国通貨間でのトータルでの為替レートは、(U/J)・(J/T)・(T/U)=1となるはずで、
対数為替レートでは、総和はゼロとなる。もし特定の通貨で有利・不利が生じるようであ
れば、有利・不利が解消するまで市場での取引(裁定取引)が続くだろう。
81
下の表は、対円レート(2013/1/7)の一部(円・ドル・ユーロ・ポンド・豪ドル)につ
いて、対円レートとその自然対数を示した。ドルから円の自然対数を減算したものは、円
からドルに変換する対数レートである。同様に隣接する 2 列間の対数レートを求め(循環
するよう豪ドルは円の左列にあるものとして算出)、関係を図示した。
通貨
自然対数
対円レート
対対数平均
同上レート
円
0.000
1.00
ドル
4.478
88.05
ユーロ
4.744
114.92
ポンド
4.951
141.30
豪ドル
4.524
92.23
対数平均
3.739
42.0759798
-3.739
0.738
1.005
1.211
0.785
0.023767 2.092643 2.731321 3.358282 2.192044
0
1
自由に市場で交換できる通貨間を、同一金額を時計回りに一巡すると、流量は一定で
あるから初めの値と一致する。この事
情は電気回路における電流の保存法則
円
(キルヒホッ フの法則 )と同様である 。
連続した外貨交換は、対数為替レート
ドル
豪ドル
では加減算になり時計回りに一巡すれ
ば総和は0となる。
基準となる通貨を変えると、各通貨
の自然対数値は変化するが、2 国間対
ポンド
0.206
ユーロ
数為替レートの数値は不変である。
対数為替レートの平均から仮想共通通貨を算出
今、閉回路を構成する通貨の対円レートの自然対数の平均値を計算 する。
(J,U,E,P,A は、各通貨単位固有の価値である)
与式は、仮想的な通貨の対円対数為替レートを形式的に与えている。右辺1項は平均に関
与した通貨群についての仮想共通通貨の固有価値の対数をとったものと考えられる。仮想
共通通貨と各通貨の対数軸上での距離は一意となる。仮想共通通貨には、単位名がないの
で仮に C としておくと、
であるから、各通貨単位固有の価値の幾何平均を、形式的に仮想共通通貨の値として定義
することができる。
82
対円レートの自然対数を全通貨について平均した値と、平均値から導出される対円レー
トを表の右端に示した。2013 年 1 月初旬の1C は日本円の 42 円程度に相当する。仮想通
貨 か ら見 た 各 通 貨 の対 数 値 と対 数 平 均 を 基準 と す るレ ー ト を 下 の行 に 示 した 。 1 円 では
0.024C しか貰えない。1豪ドルであれば 2.19C になる。
複数の外貨に対する特定通貨価値の変動を知るには、共通通貨価値の算出が不可欠であ
る。少なくとも一物一価の原則が適用できる「金」を共通通貨として考えると、金基 準の
相対価値を計算することもできそうではある。ただし、金には独自の市況に基づく価格変
動がある。一方、幾何平均による共通通貨自体の価値も一定ではなく、為替レートの変動
に伴って時間とともに推移する。変化を観測するには、特定の時点の為替レートを基準と
して採用する。
実効為替レート
実効為替レートは、複数の外貨に対する特定通貨の価値を総合的に示す指数であり、国
際決済銀行(Bank for International Settlements、BIS)や各国中央銀行が加重幾何平均
(geometric weighted averages)で算出している。ここでいう加重は相手国・地域の 2
国間の組み合わせすべてについて貿易額を詳細に算出し、各組み合わせを流通する金額を
正確に反映させたものである。名目実効為替レートと、さらに相手国・地域の物価水準も
加味する実質実効為替レートがある。国際決済銀行が 2013 年 5 月に公開した実効為替レ
ートの推移データの一部を図示した。(2010 年を基準とする http://www.bis.org)
基準年が変わると、グラフの印象が大きく変わる。
実効為替レート指数
BIS
narrow
150
140
130
120
Australia RNAU
110
Euro area RNXM
Japan RNJP
100
Singapore RNSG
Spain RNES
90
Switzerland RNCH
80
United Kingdom RNGB
United States RNUS
70
60
83
01-2013
09-2012
05-2012
01-2012
09-2011
05-2011
01-2011
09-2010
05-2010
01-2010
09-2009
05-2009
01-2009
09-2008
05-2008
01-2008
09-2007
05-2007
01-2007
50
為替レートは国力の指標ではなく、各国の貿易量と各国で決済に使われる通貨量および
種別とそれぞれの流通経路に支配される。国際市場で他国の通貨との自由な交換が可能な
通貨のことをハードカレンシー(国際決済通貨)と呼ぶ。現在はアメリカ・ドル、ユーロ、
日本・円、イギリス・ポンド、スイス・フラン、カナダ・ドル、スウェーデン・クローナ
などがハードカレンシーとされている。
決済通貨の種別が為替レートに影響を与えるならば、決済通貨のすべてを共通仮想通貨
にした場合や、特定の通貨が卓越した場合どういうことが起きるのかについて、思考実験
あるいは歴史的事実との比較等をすすめてみたいが 、本稿では検討が及んでいない。
第3章 考察
為替レートの変動による世界経済・国内経済の動揺は、新興国の発展・グローバル化の
進行とともに、近年激しさを増しているように思う。世界経済の決済に使用される通貨に
関する諸制度の整備状況が、一国通貨のそれに及ばないということなのだろう。
一方で、IT 技術が発展し、情報は世界中を駆け巡りやすくなった。国境という制約で縛
られている旧来の金融通貨制度に対して、記号化された巨額のファンドが裁 定取引の機会
をうかがって世界を駆け巡っているという図式だろうか。いびつな経済状況が生じると隙
をついて攻撃される。1997 年 7 月よりタイを中心に始まったアジア通貨危機(アジア各
国の急激な通貨下落現象)や、2011 年のユーロ危機等が記憶に新しい。
世界史的にみれば、絹糸のごとく細々としたシルクロードを介した東西交易、大航海時
代の東西貿易、帝国主義的植民地支配を経て、文明の衝突を伴いながら宇宙船地球号が単
一の貿易圏に変貌していく未来へと続く過渡期の混乱が、今起きているのだろう。
共通通貨であれば、為替変動はありえない。ゆえに、世界共通通貨は理想的である。理
想や哲学は人間や社会のあるべき姿を提示するし、文化は人間の生活を彩る。科学技術・
産業は、生活を豊かなものにする。理想と現実との間に一足飛びに越えられない溝がある
から、夢なのであろう。
アジア通貨危機に際して日本政府が提案したアジア開発基金に対して反対した元中国銀
行副総裁の呉暁霊は「当時、多くの人が研究していたアジア共通通貨と同様に、機が熟し
ていないと考えた」(朝日新聞、’13/6/5)。
「共通通貨を何らかの姿で実現する」夢を形あるものにするにはどうすればいいのだろ
うか?
為替変動が経済活動に与える影響を少なくする
自国通貨の為替レートの急変動を防ぎ貿易等の国際取引を円滑にするために、外貨準備
介入資産として外貨また外債が同様に蓄えられ運用されている。外貨準備高の適正水準に
ついては統一的な見解はないが、実務的には、「外貨準備保有高/輸入額」は輸入の 3 ヶ
月分以上、「外貨準備保有高/短期債務残高」は 1 年分相当がベンチマークとして使用さ
れているそうである。
84
外貨準備は固定・変動といった為替制度に大きく左右される。一方で通貨バスケッ ト制
度のように、為替レートが外貨準備によって影響される面がある。また、 過剰な外貨準備
の問題は、通貨政策や財政政策による対象国の景気変動により、自国の財政基盤が大きく
損なわれるリスクを抱える点にある。
リスク分散のためには、決済通貨を多国籍化することと、多国籍通貨による外貨準備を
進めることが適切であろう。多数の国家が多国籍通貨による決済・適正な外貨準備を進め
れば、為替レート変動を少なくできる可能性がある。
為替変動が経済活動に与える影響を、極めて小さい手間と費用で、 少なくするには、
個別取引案件ごとに為替変動の影響を回避する仕組みを備えておればよい。例えば、個別
貿易事案ごとに契約・決済を輸出入当事国通貨をもって折半すれば二国間の為替変動は回
避できる。第三国通貨を追加し、三等分で決済すれば、為替変動は極小化できる。個別業
者が自主的に交渉すればよいことではあるが、相対的弱者が要求を通せないことも考えら
れる。「自国通貨による相当額(1/3~1/2)の決済を要求する権利」を認めるよう国際的な
合意を形成する意味がある。従来もドル建ての対米輸出入等では、為替ヘッジのため外貨
を反対売買し為替変動の影響を最小化する方法が取られているが、負担が片務的であり、
意識的に解消しないと決済通貨が偏向する要因となる。
平成 22 年度上期における貿易取引通貨別比率(財務省、報道資料 2011/07/26)によると、
金額比率で、対米輸出入の米ドル決済は 80%程度であり、日本円による決済は 15 ないし
20%程度にすぎない。とりわけ東アジアに対する対日輸入の決済は、米ドル決済が 70%を
占め、円決済は 27%程度でしかない。対日輸出に集中した二国間の取引においても、米ド
ル決済の割合が高い。この偏りについて多くの学者が改善方法を提案しているが、最大の
難点は東アジア通貨をはじめ多国籍通貨に対する金融市場が東京において整備されていな
いことだといわれている。日本の銀行口座では『ドル預金』等の特殊な取引を除いて、 外
貨の預払や振り替えを扱うことは難しい。例えば、口座ごとに国内口座と連結しかつ税関
の外として扱われるような国債口座として外貨別当座勘定を導入することで、金融市場が
醸成されていくのではなかろうか。
環 太 平 洋 戦 略 的 経 済 連 携 協 定 ( Trans-Pacific Strategic Economic Partnership
Agreement)で目指すものは、統合された自由貿易市場であろう。自由貿易を実現するた
めには、関税・非関税障壁の一括排除が望ましい。一方で、
「関税自主権は独立国家である
ことの証明であるから、自主権の放棄はありえない」という意見がありそれももっともで
ある。TPP の目指すものは(きわめて善意に考えれば)、国家の自治権の制限と引き換え
に、互恵関係にある国家連合による市場を創出しようとするものである。Win/Win の互恵
関係のあり方の双対は、
「他国の痛みが自国の痛みとして直接伝わってくるしかけ」ではな
かろうか。不幸な例ではあったが、東日本大震災で車の中枢制御回路の供給が停止した時、
日本のみならず世界のあちこちの乗用車生産が滞ったことは、お互いが如何に密接に依存
し合っているかを知らしめた。
関税自主権の放棄と引き換えに、全構成国の経済的安定がお互いの幸せになる仕掛けを
85
導入したい。公平かつ共通の急務は、最少費用で為替変動が経済活動に与える影響を極力
少なくすることであろう。
「決済通貨は原則、輸出入当事国通貨で折半する」趣旨を協定の
条項して実現したいものである。
実現すれば、多種の通貨が日常にあふれるので、口座ごとに外貨別当座勘定を導入する
必要がある。実際は個別外貨を個別の決済に使うのは煩雑で不便極まりないことであろう。
日常の煩雑さを避けるために、個別通貨は残しながらネット上の記号として TPP 共通通貨
のような仮想的共通通貨が早晩使われるようになるだろう。
「通貨代替物」を、国際的決済手段に使う近未来の可能性
第1節でネット上の記号としてのTPP共通通貨が登場する可能性を述べたが、事実はも
っと先行していて、変貌する電子マネーは思いがけない速さで多種多様な仮想的国際共通
通貨を招来することになりそうである。現金預託型のプリペイドカード機能が携帯と融合
し、お財布携帯に変化した。定期券機能がプリペイドカードと合体し「スイスイイコ化」
した。その他各種カードの提供する”お得感”としてさりげなく導入された「おまけポイ
ント」は、国内では通貨と同等の価値を持ちはじめ「ネットサイトでの買い物のポイント
による決済」
「永遠ポイント」
「公共料金決済に使用可」等、
「通貨代替物」として従来見ら
れなかった汎用性を有するようにみえる。また、インターネットを通じて地球上くまなく
遍在できるので、獲得したポイントをそのまま国際的決済手段とし て使えるようになれば、
為替交換手数料も不要であるし、価格がポイント立てであれば為替変動も関係ないので、
実は理想的な国際通貨としての可能性を秘めている。
ビットコインは、通常の支払いシステムでは少額の決済を行うと経費が掛かり現実的で
はない少額の金銭の支払い、個人輸入の決済で少額かつ多重の為替交換を避ける手段とし
て注目されている。個々のコンピュータ上のデータベースが財布がわりとなり、コンピュ
ータ同士が自由につながる方式で決済や送金をする。データベースと通信は暗号化等で強
固に保護されていて、半数以上のデータベースが改ざんされない限り全取引の整合性が保
たれるので、贋金が紛れ込む恐れはまずないそうである。
インターネットの中だけにある仮想「通貨」ビットコインは独自の価値を持ち、将
来の数量が限定された設計なので「金」のような資産と見る人がいる。総資産価値 200
億円。中央のサーバーが管理するのではなく、コンピュータ同士が自由につながる方
式で決済や送金をする。東京渋谷の取引所でビットコインと世界の通貨を交換する
(~70%)。おもに、ネット通販の決済や送金に使われる。
(この段落、朝日新聞
2013/06/18
引用)
「今(2013)のところ国境を越えた通貨の役割を果たすポイントはない」と思っていた
が、このように事実はもっと先行している。超少額決済(マイクロペイメント)を想定し
ていたようで、現状では、企業の決済のための「送金」に用いると外為法違反を問われる
可能性が高い。
米メディアのフォーブス(Forbes)は現地時間23日、ビットコイン・ファンデーシ
86
ョン(Bitcoin Foundation)が米カリフォルニア州から排除措置命令を受けたと報道。
シーネット(Cnet)も同報道を受けた関連記事を掲載している。これらの報道 内容に
よると、ライセンスや適切な許可がない状態で送金事業を行っていたとして、カリフ
ォルニア州の金融当局は5月にビットコイン・ファンデーションへ警告を与え、業務
を停止するように求めた。
(この段落、アスキークラウド
2013年06月25日
引用)
国際的決済手段としてのインターネット上の「通貨代替物」は、今後、多種多様なもの
が、激しく誕生・破綻・蘇生を繰り返し、利用者・既存金融機関・規制当局等との折り合
いをつけていくのだろう。
世界中のありとあらゆる通貨間での企業間取引における巨額決済(マクロペイメント)
についても、「多重の為替交換」を避けることが実務的に重要性を帯びている。高々 1回の
為替交換手数料が100円につき1円前後であるから、一瞬で普通預金年間金利 100年分を稼
いでいることになる。裁定取引・行為のつけいる隙があるので、何かが起きるに違いない。
今でも為替交換手数料を極小化するためには、個人の外国為替取口座で交換し本人の外国
銀行口座に入金すれば、10000円で数円程度しかかからないような、迂回交換のかぼそい
経路も作れなくはない。
対極にある「中央集権版ビットコイン」の夢を見た。
従来の消費者と企業間の信用に基づく遅延決済手段の提供(C2Bビジネス)に加えて、
為替手数料を回避できるあらゆる通貨間での企業間とりひき引き(C2Cビジネス)にクレ
ジット会社が乗り出す好機が来ている。為替交換手数料を取らなくても、世界中の貿易取
引の決済資金のほとんどが行きかう通路になってしまえば、従来比で桁違いの利益が得ら
れるのだから、やらないわけがない。
(自前の)共通通貨単位と各通貨との交換レート・公
開し顧客の共通通貨口座を用意すれば、以降企業間決済を自前の共通通貨でほとんど扱え
る。当初はクレジット会社ごとに、種々の共通通貨の設定が出てくるだろうが、十年もす
れば落ち着いて統一されてくる。
また、大規模クレジット会社は国際的規模の大銀行と連携しているのであるから、拠点
となる銀行口座の管理によって現金洗浄(マネーロンダリング)をはじめ各国の金融当局
の懸念の存在する余地はない。一方の、個人輸入の決済規模の超少額決済(マイクロペイ
メント)は、ビットコインや各種ポイントとすみ分ければよい。
87
世界の QOL を保障する財を通貨の準備資産の一部に充当する
「現実に流通している通貨」の価値の裏付けとなる「各通貨の準備資産」に注目し「世
界の QOL 保障」を進める方策について次に考える。金本位制の時代には交換に応じるた
め、通貨発行量に応じた金準備が必要であった。現在でも、通貨の信認を得るために相当
量の金等の資産が各国中央銀行に蓄えられている。
ある経済学者が、通貨の準備資産を「金だけでなく備蓄資源で充当してはどうか」と提
案していた。考えてみると、1000 円札があっても、ねじを締めるドライバーや釘を打つ金
槌の代わりには、まずならないことに思い至る。当座使いのドライバーであれば、 100 円
玉で買えるだろうに。コップ一杯の水や一匙の雑炊が、金銀財宝よりも大事に思える非日
常の瞬間がある。世界の明日の暮らしを安定させる「備蓄資源を準備資産に充当する」考
え方を拡大して、金と交換に手にするものあるいは「プライス・レス」なもの、人生の質
(Quality of Life)を豊かにするいろいろな物や環境の価値を、財産として意識的に通貨の準
備資産に組み入れることは、できないだろうか。
断片的ながら環境の価値に値段を付けた先例としては、「二酸化炭素排出枠取引」があ
る。いきなり企業・個人間の取引対象にすることに は、個人的な違和感がある。最終的な
処理は同様になるにしても、この環境の価値を発展途上国等の財産として受け入れ SDR
引き出し権を付与するような方法で世界が全体として対価を払うことから始めたい。
漁業資源の保護のため国境を越えた漁獲制限を実施しようとするのは政治の仕事であ
る。往々にして国際紛争の種になるのだが、強いた我慢の結果、豊かな漁獲を得ることが
期待できるならば、漁獲制限にも、財としての価値があるだろう。財として評価されるな
らば、収益源に転化可能であろうから、漁獲制限を受け入れやすくなる。
世界遺産の存在は人生の質(Quality of Life)を高める。世界各地の遺跡・建築物等を顕彰
し、観光資源を大規模に掘り起こしている。乱発気味ではないかという疑念もなくはない
が、世界遺産指定はいまや維持すると利益・棄損すると不利益となるような観光産業の強
力なお墨付きを与えている。いろいろなものを財として「見える化」を進めることの重要
性を示す例であろう。世界の未来の QOL を保証するいろいろな文物の「見える化」を進
め、さらに通貨や外貨準備の資産として組み入れるしかけは、一考の価値がありそうだ。
88
卒業題目一覧
【青木ゼミ】 論文指導:青木克仁
09121101 秋山 典子
なぜ人はウソをつくのか
09121109 梅林 夕夏
スチューデント・アパシーについて
09121113 岸 靖子
「ロハス」と「スローフード」の違いについて
09121123 駒木 紫乃
依存症が起こるのはなぜか
09121132 髙本 麻衣子
エコカーは本当にエコなのか
09121133 竹井 佑佳
「破壊衝動」と「タナトス」の関わりについて
09121151 松田 彩
モラトリアム人間 –モラトリアム状態にとど
09121201 安高 洋子
愛着障害が社会性に与える影響
09121204 壹貫田 紗彩
血液型性格診断というコミュニケーションツール
09121210 大澤 遥
あらまほしき自己イメージが齎すモノとは何か
09121232 新川 紗代
なぜ現代人は SNS を利用しコミュニケーションするのか
09121240 長廻 望美
太陽光発電について
09121258 三宅 加織
動物実験をなくすために私たちができることとは
09121260 矢野 志佳
人はなぜ他人の目を気にしてしまうのか
【塩﨑ゼミ】 論文指導:塩﨑英明
09121106 石村 薫
Afternoon Tea のマーケティング戦略
09121118 倉本 実侑
購買者の心理から導く効果的な販促物とは
09121126 新谷 美帆
デフレ時代に成長するドン・キホーテの研究
09121143 日田 友美香
ZOZOTOWN はなぜ成功したのか
09121145 日野原 江莉子
日本のお米ビジネス~成長への課題と問題点
09121153 宮川 紗也加
日本の観光政策~韓国から学ぶこと~
09121162 山本 晴香
飲料メーカーのボトルパッケージ戦略
09121203 池田 佳奈
マクドナルドの未来
09121223 熊本 佳実
付録付き雑誌のゆくえ
09121230 佐藤 加奈
百貨店は生き残れるか
09121231 柴田 由希
書店ビジネスの未来
09121233 妹尾 成美
クチコミマーケティングの研究
09121244 西村 理沙
スターバックスの経営戦略
09121254 松本 真由美
B 級グルメによる地域活性化戦略
【Joyゼミ】 論文指導:Joy Jarman-Walsh
09121130 関本 梨央
Issues surrounding Japanese people’s English skill
09121138 中川 美紀
The Reasons for the Global Appeal of Hello Kitty
09121147 藤川 智絵
The change of the job hunting’s circumstance and Yasuda
students’ feelings for the job hunting
09121148 藤信 瑞保
The vital skills for working women abroad
【染岡ゼミ】 論文指導:染岡慎一
09121121 郷谷 有利
学生の SNS の利用について
【辻ゼミ】 論文指導:辻秀典
09121114 北森 由佳梨
現代の余暇活動
09121116 久保田 弥月
現代の雇用事情について
09121117 藏杉 舞
浮気と不倫についての研究
09121119 黒瀬 美沙江
専業主婦についての考察
09121120 小泉 知凡
漫画文化の成長
09121122 河野 友香
情報化社会とコミュニケーション
09121127 新地 礼実
死刑制度論 -死刑制度について考える-
09121139 中原 恵美
日本における恋愛や結婚に対する意識の変化
09121152 丸本 あゆみ
女性の就業と子育てに関する社会制度の考察
09121159 山口 涼子
消費行動における男女の考え方の違いについて
09121207 上岡 のぞみ
美白文化の考察
09121216 川口 亜実
ビジネスにおける第一印象が与える影響について
09121248 藤井 美希
スマートフォンのメリット・デメリット
09121261 山田 佳奈
ユニクロの経営戦略~ユニクロはなぜ売れたのか~
【戸井ゼミ】 論文指導:戸井佳奈子
09121105 石丸 弥永子
なぜ JTB は旅行業界でトップであり続けるか
09121134 田中 美帆
なぜ東京ディズニーリゾートは成功したのか
09121135 坪島 里沙
タニタの経営戦略
-赤字企業から成長を遂げたその戦略とは-
09121137 寺岡 由布
女性視点はなぜ求められるのか
09121141 葉柴 奈那
女性が働きやすい環境とは
09121154 宮本 奈苗
インターネットバンキングの普及について
09121160 山崎 悠妃
g.u.の経営戦略について
09121214 越智 さやか
リーダーの資質-スティーブ・ジョブズに焦点を当てて-
09121218 河本 悠子
企業はどうやって社員のモチベーションを上げるのか
09121225 黒川 由貴
岡田武史のマネジメント手法
09121229 坂田 佳菜
なぜファミリーマートはセブンイレブンに勝てないのか
09121245 西本 友里菜
広島市の観光を活性化させるには
09121247 福本 友香
広島県食品スーパーマーケットにおける現状と課題
09121262 山本 明日香
ブライダル業界の現状と課題
【西村ゼミ】 論文指導:西村則久
09121146 平田 志織
iPhone で楽しめるパズルゲームの開発
09121149 藤本 ハルカ
Visual Basicによる育成ゲームの製作
09121166 首藤 円香
Visual Basic によるペアカード探しの製作
09121167 松原 未佳
Visual Basic を使用したすごろくゲームの製作
【松岡ゼミ】 論文指導:松岡博信
09121103 安部 明菜
映画の英会話における依頼表現
09121129 瀬尾 さくら子
英語と日本語の機能の役割 -問いかけ表現-
09121161 山本 晃世
英語の感情表現 -喜び・楽しみ・驚きについて-
09121202 馬場 裕子
感謝表現について
09121205 伊藤 愛
英語の使用場面 -子どもに語りかける表現-
09121212 岡崎 有寿和
映画の英会話における感情表現について
09121215 柿木 麻希
元気が出る英語表現
09121217 川端 小百合
要望・命令表現について
09121220 岸森 香菜
依頼 -相手に問いかける英語表現-
09121228 小見 可南子
映画の英会話表現における機能の研究
-トラベル英会話の依頼と質問に焦点を当てて-
09121249 藤田 聖子
ビジネス場面で使える英会話表現
09121252 松岡 成美
映画の英会話における決まり文句
09121264 由元 あおい
映画における英会話表現
-依頼・要望・願望表現に焦点をあてて-
09121265 渡部 加奈
映画の英会話表現における機能の研究
-挨拶表現に焦点をあてて-
【松藤ゼミ】 論文指導:松藤賢二郎
09121104 石川 明穂
09121107 宇井 彩佑里
イオングループの成長戦略
iPad やスマートフォンなどのタブレットコンピュータの普及
について
09121108 植野 七海
喫茶店業界における各社の競争戦略について
09121112 川口 真子
ペットフード業界における各社の競争戦略
09121142 桧垣 梨佳
ツタヤのレンタル事業の戦略
09121158 柳本 夏希
調理家電各社の競争戦略について
09121206 井上 夏美
キャラクター市場における企業戦略
09121221 木谷 礼奈
チケット予約システムについて
09121222 国本 綾乃
広島県における環境都市の可能性について
09121235 谷平 真理
Apple 社の商品戦略に関する研究
09121236 出張 麻衣
FUJIFILM のリストラクチャリング
09121246 花田 有加里
江崎グリコのマーケティング戦略
09121253 松島 安希
緑茶飲料業界のマーケティング戦略
09121263 吉岡 美咲
レジャー産業における各社の競争戦略
【森岡ゼミ】 論文指導:森岡文泉
09121110 卜部 静桂
深刻化する中国の社会問題 -農民工を中心に-
09121124 権藤 愛
なぜブータンは国民総幸福度が高いのか
09121125 芝原 佳奈
中国の人口政策と今後の行方
09121155 向井 綾香
日本自動車産業の海外展開について
-中国の現状と特徴-
09121163 吉田 紘子
中国経済がアジア経済に及ぼす影響
09121164 寄本 亜紀
TPP がもたらした日本農業の光と影
09121219 岸 真優
加速する東アジアの貿易自由化
09121226 岡野 佑紀
中国の環境問題の実態と今後の見通し
09121234 竹本 愛
中国の供給に頼る希少資源問題
09121237 冨吉 さつき
日・中・韓の国民性から見た東アジア共同体の可能性
09121242 中谷 知映
震災からの復興と日本経済の行方
09121251 真嶋 みどり
TPP 参加が農業に及ぼす影響
09121256 三原 恵美
拡大する中国の都市と農村間の格差
09121259 安田 ゆい
インド経済発展と日本企業への影響
【八城ゼミ】 論文指導:八城年伸
09121102 安達 春奈
スマートフォンの普及と課題について
09121115 君岡 杏莉
コミュニケーションツールの変遷について
09121131 高橋 綾乃
ブログのアフィリエイトについて
09121140 西本 沙緒梨
仮想コミュニティが社会に与える影響
09121156 守澤 はるか
女子大生の Twitter 利用とコミュニケーションの関係性
09121157 安原 佳奈
携帯電話の無料通話について
09121208 上番増 優
若者はなぜブログを公開するのか
09121209 江口 奈穂
現代の音楽市場について~CD の売上は回復するのか~
09121211 大歳 美紀
サッカー日本代表とサッカースペイン代表の違い
09121213 沖野 由莉佳
ソーシャルゲームの課題と現状について
09121227 高野 裕子
若者の仮想空間との付き合い方
09121239 中川 友美
現代の情報漏洩に関する研究
09121250 藤山 さくら
超高齢化社会へのスーパーマーケットの課題
09121255 満田 麻理子
Facebook について
【山下ゼミ】 論文指導:山下明博
09121111 鍜治屋 有羽希
イギリスの学校の3次元CG表現に関する研究
09121128 洲脇 梨花子
夢の3次元CG表現に関する研究
09121136 寺尾 まどか
飛行艇の3次元 CG 表現に関する研究
09121144 日高 綾菜
西洋建築物の3次元 CG の表現に関する研究
09121150 堀 奈津美
城の三次元CG表現に関する研究
09121165 渡邊 史織
サッカー専用スタジアムの3次元 CG 表現に関する研究
09121224 倉田 恵梨香
大規模イベント施設の 3 次元 CG 表現に関する研究
09121238 内藤 沙織
心を動かすアニメーションに関する研究
09121243 中村 由美
3 次元 CG によるアニメーション制作に関する研究
平成 24 年度事業実施報告
平成 24 年 4 月 1 日より平成 25 年 3 月 31 日まで
1. 学部設立 10 周年記念パーティーの開催
日時:平成 24 年 4 月 30 日(月・祝) 17:00~19:00
場所:リーガロイヤルホテル広島 クリスタルホール
参加者:卒業生(1 期生~5 期生)、大学関係者、企業
2. 学部設立 10 周年記念シンポジウムの開催
<在学生・保護者向>
日時:平成 24 年 6 月 2 日(土)10:40~12:10
場所:まほろば館 3 階ホール
テーマ:「グローバル社会の中で求められる人材とは」
パネリスト:
株式会社サタケ 相談役
保坂 幸男 氏、
株式会社広島銀行 法人営業部 国際営業室長
瀬尾 浩一 氏、
財団法人ひろしま国際センター ポルトガル語専門相談員
森行 勅介 氏、
マツダ株式会社 人事室副室長
竹内 雄司 氏
<一般公開>
日時:平成 24 年 12 月 15 日(土)13:00~15:00
場所:ホテルグランヴィア広島 天平の間
基調講演:「女性の活躍が組織を変える、社会を変える」
横浜市長
林 文子 氏
パネルディスカッション テーマ:「女性が活躍できる社会の実現を目指して」
パネリスト:
広島県 副知事
中下 善昭 氏、
株式会社広島銀行 常務取締役
角倉 博志 氏、
中国新聞 社 論説委員
木ノ元 陽子氏
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横浜市長 林 文子氏による基調講演
3. 学部設立 10 周年記念パンフレット(1,500 部)の制作・配布
4. 「2012 インターンシップ報告書」を 150 部作成、企業に配布した。この報告書は、インターンシッ
プ体験をまとめたものであり、受入先企業の開拓等に使用された。
5. 「就職活動報告集 2012」を 450 部作成、配布した。この報告集は、現代ビジネス学部生の就職
活動の体験を
まとめ、後輩の就職活動の参考に資するためのものである。
6.「卒業論文要旨集」を作成した。570 部作成、配布した。
この要旨集は 4 年生の卒業論文の要旨をまとめたもので、配布先は現代ビジネス学部生、教職
員である。
7. 日商簿記勉強会を 3 回(6 月・11 月・2 月)実施した。
8.「現代ビジネス学会 学会誌」(2012 年度)を作成した。
98
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豪州・浦島太郎が見た日本
―
畑井淳一
1989 年(平成元年)オーストラリアで起こった Japan ブーム、それに乗せられ九州男児
が家族を引き連れてブリスベンへ旅立った。4月9日文字通り「四苦八苦」の連続であっ
たが、ここではその 24 年を記すのではなく、外から見た「日本」を羅列して今の日本を見
て頂きたいと思った。日本人と日本文化に横たわるメンタリティ、「日本の常識は世界の
{非}常識」と揶揄されてから久しいが、自分達のアイデンティティを明らかにすること
が、これからの世界否アジアでの協調を図ることができると考える。
帰国して一ヶ月半日々驚くことがあった。良いとか悪いとかでなく、何が社会を構成し、
何が他人に優しいかを考えるきっかけにもなった。日本の立居振舞・社会規範はもはや日
本だけでは語れない時代であろう。このグローバル化した社会では、好感と か違和感とか
ではなく今こそ世界規範にも考慮しながら行動していかなければならない時期が来ている
と思う。内向き志向では、、、
以下が私の観察記録である。<形の揃った野菜・理由あり商品、レジでのきちんとした
カゴ詰め、氷・ドライアイスサービス、手を握って渡す釣銭返し、パン屋の一品毎包装、
デパートの包装、屋上スペースの利用、ひざまずき目線を合わせる応対、間髪を入れない
おしぼり・水・お茶サービス、丁寧過ぎる言葉遣い・お辞儀・見送り、無料貸し出し傘、
ゴミ一つない食堂・後片付け、街角清掃活動、時間通りのバス・電車運行、絶え 間ない車
内放送、一円から計算しようとする超最新鋭運賃カード、彼方此方にある神社仏閣と冷温
自販機、たばこ・酒自販機の ID 認証・カード払い、果てしなく続けてくれるカスタマーサ
ービス、クールビズ、超細かな分別ゴミの励行、豊富な食材・品揃え、しゃべる機能を含
めた多機能電化製品、癒し・介護ロボ、マイ箸、100 円ショップ、タクシーのオートドア
と 10 円玉袋、ピカピカの車と車検制度、そしてなんといっても大学のエレベーター昇降時
の閉じボタン押し、一輪差し、挨拶励行、オリゼミの規律(早飯・早風呂・早歩き)、嬉々
として作業する姿。広島に来て見たものは、里山的な緑の山々、ウグイスの鳴き声、速く
澄んだ川・せせらぎ、自然が織りなす四季、樹木医に支えられたソメイヨシノ、きちんと
剪定された庭々・花壇・レジャー農園等>
暫し空を見上げ「あ~~~っ」と息をつく。日本人なら普段立ち止まっては考えないよ
うなことを、毎日静かな気持ちで、新鮮な空気と風と白い雲を堪能している。「国際化」
という流れの中で、日本の日本らしさが失われているとも言われている。しかし、この日
本をこよなく愛し、日本の伝統芸術を継承しようとする「外国人」もかなり増えている。
嬉しくもあるが複雑でもある。英語の授業を通して日本の美しさとビジネス、世界に向け
て何ができるかをアピールしているが、まだまだ始まったばかりである。まとめとして英
文を転載する。東日本大震災報道を見た外国人が世界中に配信したメールしたものである。
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世界が見た日本、諸問題の多い前途多難な日本、絶滅危惧種とならない為にもどう立ち向
かっていったらいいか、何か指針になればと思う。
10 things to learn from Japan
1. THE CALM
Not a single visual of wild grief. Sorrow itself has been elevated.
2. THE DIGNITY
Disciplined queues for water and groceries. Not a rough word or a crude gesture.
3. THE ABILITY
The incredible architects, for instance. Buildings swayed but didn’t fall.
4. THE GRACE
People bought only what they needed for the present, so everybody could get
something.
5. THE ORDER
No looting in shops. No honking and no overtaking on the roads. Just understanding.
6. THE SACRIFICE
50 workers stayed back to pump sea water in the N -reactors. How will they ever be
repaid?
7. THE TENDERNESS
Restaurants cut prices. An unguarded ATM is left alone. The strong cared for the
weak.
8. THE TRAINING
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The old and the children, everyone knew exactly what to do. And they did just that .
9. THE MEDIA
Magnificent restraint in the bulletins. No reporters sensationalizing. Only calm
reporting.
10. THE CONSCIENCE
When the power went off in a store, people put things back on the shelves and left
quietly
~ With every good wish ~
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