高校生のための特殊相対論

ターンの疑問をここに書こう。これらはみな教科書を精読するだけ
で当然に出てくる質問である。
公開コピー誌
• なぜ光速度は一定なのか?
• 電流と同じ速さで視点を移動したら、磁界は発生してみえ
高校生のための特殊相対論
るか。
• ローレンツ力はなぜ発生するのか。
暗黒通信団
• 光はなぜ横波なのか。
• 単独の電荷があるのに単独の磁荷がないのはなぜか。
この冊子は、高校生向けにやった特殊相対性理論の授業用配布資料
• 電磁波は電場と磁場の両方の場の変化なのに、どうして一つ
を、一般向けに再構成したものである。この授業は 2001 年冬に県立
の粒子として考えて良いのか。
某高校で行ったものであり、そのような機会を設けてくれた某高校に
• 電荷がなくて質量がある粒子はあるのに、どうして質量がな
心より感謝している。相対性理論(以下、相対論)はもちろん、現行
くて電荷だけある粒子はないのか。
の高校物理教育過程には入っていないが、特殊相対論に限れば高校生
• どうして光の運動量は hν/c で与えられるのか。
でも十分に理解可能なものであり、また、電磁気学に関する多くの素
• 電磁波の媒質は何か。
朴な疑問に対応するには、不可避の理論である。なお、本稿を書くに
等々。これらの中には相対論が答えを与えるものもあるし、与えない
あたって参考にさせていただいた「一般相対性理論の直観的方法」著
ものもある。相対論が答えを与えないものについては、心に抱いた疑
者の長沼伸一郎氏に、厚くお礼申し上げる。
問を忘れずに持ち続けることが大事である。なぜなら、それがあなた
2001 年 12 月 レッドポーク
の「発見」の糸口となるからだ。
1序
●
2 なぜ光速度は一定でないといけないか?
●
科学を学ぶ目的とはなんだろう? 試験の点数をとるためだけではな
この疑問から考えよう。
い(試験の点数も大事だけどね!)。実は技術文明を維持するためで
地球から遙か遠くで、恒星 A と B が衝突して砕け散ったとする。
もない。なぜなら、文明を維持するだけだったら、技術者になりたい
ただし、恒星 B は地球に対して止まっていて、恒星 A は地球の向き
人だけが学べばいいのだ。そうだろう? 科学を学ぶ目的は、第一に
に突進してくる途中だったとする。この時、地球上ではどういうふう
は、自分の知見を広げて人生を楽しむためであり、第二には文明を
に見えるだろうか?
「発展」させるためである(発展は維持とは違うのだ!)
。だからもし
光が粒子だとしよう。実際、アインシュタインは光の粒子説が好き
理科の授業を受けて、人生がつまらなく感じたら、それは授業が失敗
だった。粒子が普通の運動法則(速度の加法則)に従うとすれば、衝
しているのであり、それはつまり教師の責任だ。しかし、理由の二つ
突の瞬間に飛び出した粒子は、(飛び出した時の恒星に対する相対ス
め「文明を発展させる」というのは教師だけの問題ではない。
ピード + もとの恒星のスピード)で飛んでくるだろう。つまり、衝
この冊子を読む人は、何のジャンルでもいいから新しい何かの開拓
突の瞬間に飛び出して地球に向かう光は、恒星 A のほうが速い。衝
者を目指して欲しいと思う。つまり、誰かが既にやっているような実
突地点から地球までの距離は同じなので、地球上では恒星 A から出
験をそのまま踏襲することは、単なる馬鹿なのであって、そんなのは
た光のほうが先に観測される。恒星 A から出た光が地球に着いたと
実験機具の無駄でしかない。あなたが教科書を読んだり、授業を聞い
き、恒星 B からの光はまだ到着していない。となると地球で観測し
たり、この冊子を読むときには、
「どこかにおかしなところはないか」
ている我々は、「何の脈絡もなくいきなり恒星 A が砕け散った」映像
「どこかに新発見のネタになるようなところはないか」という鋭い目
を見ることになる。それからしばらくして、恒星 B からの光が届く
で見なくてはいけない。それこそが発見に至る道であり、科学を学ぶ
と、今度は「恒星 A が砕け散った後で、何の脈絡もなくいきなり恒
意義なのである。本稿はそれを念頭に読んで欲しいと願っている。
星 B が砕け散った」映像を見る。つまり、同時に起きた現象が、同時
この冊子では、取り敢えず教科書で天下り的に与えられている
とは見えなくなる。しかも、遠くで起きたものほど、無関係な脈絡の
「E = mc2 」の式を理解することを目標にしている。「E = mc2 」と
ない映像になり、運動量保存則も、エネルギー保存則も崩壊したよう
いうのはエネルギーと質量を結び付ける式として、原子力発電や核
に見える。こういうのを「因果律の崩壊」という。
爆弾のみならず、多くの SF でも使われる有名な式である。が、その
だ が 、実 際 に は そ う は 見 え な い 。どんな系であれ、
背後には相対論という難物が横たわっていて、理解をひどく妨げて
同じ系から見た場合、遙 か 遠 く で も ニ ュ ー ト ン の 法 則 は 成 り 立 っ
いる。物理学を学ぶものならば、一度はこれを倒したいと思うだろう
ているように見える。つまり、因果律が成り立つためには、何らかの
が、なかなか難しい。
観測可能で一定な速度——宇宙空間のようなスケールの場合には光
相対論は電磁気学の延長にある分野だ。つまり電気や磁気の法則
速の一定性——がないといけない。これはどうしたことか?
とニュートン以来の力学法則を結合させようという野望のもとに建
簡単な解決は、光を粒子と見ることをやめて、媒質を伝わる波動だ
造された。だからアインシュタインの最初の論文は「運動する物体の
と思えばいい。そうすれば、波の速度は媒質の状態のみによって決ま
電気力学について」という冴えない名前の論文だった。
るから、媒質が静止していれば、光の速度は一定になる。光の速度が
そういう背景があるため、相対論は、電磁気学に関する多くの疑問
一定なら、因果律が崩壊することもない。こういう媒質は当時の学者
に答えを与える。が、もちろんそれはすべてではない。よくあるパ
によって仮定され、「エーテル」と呼ばれた。
1
だが、これにも問題がある。ドップラー効果だ。普通の意味の媒質
では具体的に、どう操作すればいいだろう。相対論の解説をするにあ
(エーテル)を伝わっているなら、その媒質自体の速度が異なってい
たり、ここでは 2 系統の方法を紹介する。イメージに訴える直観的な
れば、やはり光速度は変わってきてしまう。(風が吹いていたときは
方法と、数学的計算だけで押していくやり方だ。人により好き嫌いが
音速が変わる!)
あるだろうので、両方分からなくても良い。まずはイメージで理解す
手っ取り早く、地球の自転を利用してエーテルの速度を変えてみよ
る方から行こう。
ここでは、力学でおなじみの x − t グラフを考えてみる。ただし、
う。自転に垂直な向きと平行な向きで光のスピードをはかってやる
のである。地球は宇宙空間に対して移動しているのだから、方向が違
縦軸は単なる x[m] ではなくて、謎の定数 299792458 (だいたい 3 億
えばエーテルのスピードも異なり、光速だって違ってくるはずだ。こ
だ。これを c とする)で割った x/c にしておく。横軸は単なる t[s]
れが有名なマイケルソン=モーレーの実験である。しかし結果は否定
だ。速度というものは距離を時間で割ったものなので、グラフの傾き
的。光速はどの方向でも同じだった。これはどの方向を向いていても
になる。このグラフでは特に光速度は、傾き 1 の(つまり t 軸に対し
因果律は成り立つということを意味している。南と東で観測した現象
て 45◦ 傾いている=x/c 軸に対しても 45◦ 傾いている)直線になる。
が、どちらが先に起こったかを論じる必要はないのだ。それはそれで
いいが、今度は媒質の性質が気味悪くなってくる。光が波だとして、
いったいどんな媒質を伝わっているのか? そもそも、マクスウェル
の理論だと、光(電磁波)は横波だと言われている。そして横波は、
媒質が固体でないと伝わらないと教わったではないか。だが、宇宙空
間には、どこにも固体なんてない。ここからしても、光というものは
他の波(音や地震波など)とは根本的に違うものなのだと思われる。
3 光速度不変
●
この座標系に慣れるために、まずは常識的な座標変換を検討してみ
光の媒質についての議論はその後、量子力学(とりわけ場の量子
よう。常識的、というのは、速度の加法則が成り立つような変換で
論)というものに発展したが、ひとまず媒質について考えるのはやめ
ある。言い換えるなら、止まっている人と(光速とは無縁なくらい)
よう。物事の因果を保つためには光速度が変わらない(というより、
ゆっくりと動いている人の間の座標に関する変換と言っても良い。こ
何か測定可能で絶対的に一定な速度がある)べきだという点だけを重
れをガリレイ変換という。
視しよう。これを「光速度不変の原理」という。実際、もしエーテル
座標変換の意味を把握するには、宇宙空間に基準があるといい。そ
が実在して光速度が方向によって変わっていたら、南と東で観測した
こで、宇宙に惑星も恒星もなく、距離 30 万キロごとに置かれた白い
現象では、因果律が崩壊してしまうのだ。これは困る。
ライトだけがあるとする。ライトは 1 秒に 1 回だけ、一斉に光る。光
どんな方向でも光速度が変わらないということは、少し考えると、
がライト間を進むには 1 秒かかるので、宇宙のどこにいても、全宇
かなり奇妙だ。2 つの列車が並行して走っていて、片方の列車から、
宙のライトは一緒に光ったように見えるだろう。(実際には一つ向こ
相手の列車に光の信号が送られたとする。これを列車に乗っている
うのライトの光は 1 秒前だし、2 つ向こうのライトの光は 2 秒前の
人と、地上で見ている人について考えてみよう。列車に乗っている人
光だ)
から見れば、光が通った距離は単純に列車の間隔である。ところが地
このライトがある点を、先ほどの x − t グラフに書いてみよう。グ
上から見ている人にとっては、光は斜めに進んでいることになるか
ラフの格子点になっているはずだ。それを結んでやることで、x − t
ら、列車の間隔より余計に進んでいる。信号が発信された時刻と受信
グラフの上には無数の正方形が出現する。正方形というのは重要だ。
された時刻がどちらの人から見ても同じだとすれば、同じ時間で違う
さて、ここに別のライトの群れがあるとしよう。今度は色を変え
距離を進むなら、速度が異なっていないといけないはずではないか。
て、青にしよう。青いライト群も距離 30 万キロごとに置かれていて、
いったい、どこがおかしいのか。
1 秒に 1 回だけ一斉に光っている。これが白いライト群に対して一斉
若き日のアインシュタインは考えた。そもそも速度とは何だろう?
速度 =
に同じ速さ v で移動しているのである。青いライトについても x − t
距離
時間
グラフにプロットしてみよう。x − t グラフでは速さは傾きとしてあ
らわれる。今度は正方形にはならない。2 つのライトの群れで時間の
である。因果律を守るためには何らかの速度が一定でないといけ
進み方は同じだとすれば、青いライト群から作る点を結ぶと、平行四
なかった。これだけはどうしても譲れない。そしてその速度が光の
辺形になるはずだ(縦軸はそのままで、横軸だけが斜めになる)。こ
速度だとすれば、光速度を不変にするためには、時間と距離のほうを
こで青いライト群を基準に考えてやれば、白いライト群のほうが反対
都合がつくように操作してやればいいのではないか。
向きに進んでいるように見えるだろう。そして宇宙のどこにいても、
全宇宙の青いライトは一緒に光ったように見えるだろう。となると、
4 イメージで理解する方法
●
時刻 0 に原点から出た光は、無理矢理にでも 1 秒後には隣の青いラ
イトに到着してくれないといけない。
1 ガリレイ変換
◆
2
3 立体化
◆
しかし問題はまだある。「光速度一定」=「対角線は常に直交しな
いといけない」という条件だけだと、菱形という形は分かるが、その
大きさについては何ら分からない。こういう場合には、何か条件が足
りないと疑ってみるべきだ。実際、条件が足りない。何せ空間を 1 次
元でしか考えていないのだ。そこで、x/c 軸の他に、y/c 軸も導入し
て平面として考えよう。時間とあわせて、今度は 3 次元を扱うことに
なる。
状況を考えるために少しの下準備をしよう。まず、原点を一方の端
として y/c 軸方向のライト群をパイプでつなぐことを考える。パイ
さあ、ここで問題が起こる。光速度一定なら、どんなライト群でも
プの長さは c になる。このパイプの中を光が y 軸方向に向かって進
光の傾きは同じでないといけない。ところが、平行四辺形では、青い
むことを考えよう。非常に大事なことは、パイプの外が見えない光に
ライト群の速度が変わるに連れて、その対角線の傾きが違ってきてし
とって、パイプ全体が等速で動いていたとしても、それらは全く感じ
まうのだ。ガリレイ変換はここで崩壊する。
られないという点だ。つまり、パイプの中から見る限り、青色ライト
群をパイプでつないでも、白色ライト群をつないだ場合と、何ら変わ
りないということである。光速度不変の原理がある以上、パイプが全
2 菱形の発想
◆
体としてどう等速運動していても、中を進む光のスピードは同じであ
り、従って、同じ時刻に原点から出発すれば、同じ 1 秒後には長さ
どこか仮定に変な点があったに違いない。疑わしいのはここだ。
c のパイプの端から出てくる。そこで白色ライト群をつなぐパイプと
「2 つのライトの群れで時間の進み方は同じだとすれば」である。時
青色ライト群をつなぐパイプについて考えよう。
間の進みかたを変えてやれば何とかなるかもしれない。ところがだ、
速度というのは「距離/時間」である。時間の進み方だけを変えたら
白色パイプ群については問題ない。単に光は y 軸方向に進むだけ
速度一定など到底達成できるはずもないではないか。距離のほうだっ
であり、前と同じように y/c − t 平面を考えれば、角度 45 度で光が
て変えないといけない。では具体的に、時間と空間の進み方を調整す
たどる線を引くことができる。問題はパイプ自体が x 軸方向に進ん
るには、どうしたらいいか。
でいるような青色パイプ群の場合だ。この場合、元の白色ライトの群
ここで考えないといけないのは、光が空間上を反対方向に進んだ場
れから見れば、光は斜めに進んでいるように見える。つまり長い距離
合だ。光速度不変なら、反対方向に進む光だって秒速 30 万 km/s で
を進んでいるように見える。もちろんパイプ内部を進む光は y 軸に
ないといけない。つまり、グラフ上では傾き −1 でないといけない
沿って進んでいると信じて疑わない。
さぁ、この辺から難しくなってくるぞ。
のだ。
となると絶対条件はこうだ。「光の速さ(格子の対角線)は常に一
定で、それは方向に応じて、傾き 1 と −1 を取る」。この条件に適合
するように座標変換がされないといけない。数学者ミンコフスキーは
こう考えた。傾きがきっちり決められているということは、白色ライ
ト群が静止状態から動き出すことで、その作る正方形が座標変換でど
う歪んだとしても、その対角線は常に直交しないといけないというこ
とである。幾何学の知識によれば、対角線が直交する図形は広く「菱
形」である(正方形だって菱形の一種だ)
。つまり、白色ライト群に対
する青色ライト群の位置関係は、菱形状につぶれているべき である。
ある時刻において時間軸の方向から x/c − y/c 平面を見ると、白色
ライト群の世界観からいけば、光が進める距離というのは原点から等
距離、すなわち円周上にある。これを光円錐という。この時、パイプ
が x/c 軸方向に速度 v で動いているか動いていないかで、光が進め
る距離はどう変わるだろうか。これは簡単な幾何学の問題で、三平方
の定理を使えばよい。原点から同時に出発して 1 秒経ったとき、時間
軸方向から眺めてやった場合、速度 v で動いている青色ライト群を結
3
ぶパイプの光は、明らかに x/c 軸方向には v/c だけ進んでいる。す
をとると、
t − (v/c2 )x
x − vt
′
x′ = √
、t = √
2
2
1 − vc2
1 − vc2
ると三平方の定理から y/c 軸方向成分は
√
1−
v2
c2
が出てくる。
となる。この同じ 1 秒の間に、白色ライト群を結ぶパイプは y/c 軸
5 数学的に理解する方法
●
方向成分のみしか進んでいない。
ところがところがである。等速運動する青色パイプの中を通る光
こう見てくると、ローレンツ変換を導くのに使った前提というのは
にとっては、よもや自分がパイプとともに x/c 軸に進んでいるとは
「光速度不変」と、どの等速運動系で見ても物理法則は同じという性
とても感じられない。青色パイプの中を通る光は、自分は y/c 軸方
質(相対性原理)だけである。そうなると、難しいイメージ把握は抜
向にのみ進んでいると感じている。そして光速は常に一定 (c) だ。つ
きにして、これら 2 つの前提を式にして解くだけでローレンツ変換を
まり青色パイプの中の光にとってみれば、1 秒後には y/c 軸方向に c
導くことが出来そうである。ここでは次に、純然たる数学的手続きだ
だけ進んでいることになる。
けでローレンツ変換を出すことを考えよう。
パイプの中を光が進んだという現象は一つである。なのに基準に
等速運動する 2 つの座標系「白」と「青」があったとする。白系か
よって異なる進行距離が与えられるのはなぜか。「距離」と「時間」と
ら見た場合、青系が x 軸の方向に速さ v で進んでいるように見える
「速さ」の関係において、速さが一定だとするなら、経過距離の食い
(そういう風に座標軸を選定する)。ここまでは同じだ。白系の座標
違いは経過時間の食い違いで処理するしかない。ところが両者とも
を (x, y, z, t) とし、青系を (x′ , y ′ , z ′ , t′ ) とすると、座標値 y と z は
「1 秒」だけ経過したことになっている。ということは、(ここが大事
変化しない。つまり y = y ′ で z = z ′ である。ここでまず、光速度不
だ!)白色ライト群と青色ライト群では、1 秒の意味する量が違うの
変を式にしよう。t = t′ = 0 の瞬間に両方の系の原点から光を発した
だと考えざる得ない。しかし「1 秒の意味する量」とは何か? ここで
とすると、どちらの系で見ても光速が c に等しいのだから、3 次元の
考えている x/c − y/c − t グラフはあくまで白色系から見たグラフで
三平方定理を使えば、
ある。そこで白色系が「1 秒後」だと宣言するときの、対応する青色
√
系の時間を T とすれば、速度式はこうなる。
白色系からみた (青色内光子の) 進行距離
=
(白色系から見た) 白色系での経過時間
c×
√
1−
1
v2
c2
x2 + y 2 + z 2
= c, t
√
x′2 + y ′2 + z ′2
=c
t′
が言えるはずだ。両辺を 2 乗して連立してやれば
=
x2 + y 2 + z 2 − (ct)2 = x′2 + y ′2 + z ′2 − (ct′ )2 = 0
という関係式が出てくる。y = y ′ と z = z ′ を使えば、x2 − (ct)2 =
青色系からみた (青色内光子の) 進行距離
c
=
(白色系から見た) 青色系での経過時間
T
x′2 − (ct′ )2 を 満 た す 変 換 を 求 め れ ば い い こ と に な る 。そ こ で
x′ = Ax + Bt、t′ = Cx + Dt と置いて、A, B, C, D の条件を求めて
1
(> 1) になる。これが「時間の遅れ」
1 − v 2 /c2
と呼ばれる現象だ。運動している系(青色系)の「1 秒の意味する時
みよう。まず、青系の原点 (x′ = 0) は白系から見れば速度 v で動い
間軸の長さ」が、静止系(白色系)の T 倍になっている。
ある (※)。x = 0 なら x′ = −Avt だ。一方、t′ = Cx + Dt におい
すると、T は当然 √
ている (x = vt) ので、B = −Av になる。つまり x′ = A(x − vt) で
x/c − t グラフにおいて、光速の場合は菱形の対角線に相当する。
て x = 0 とすると、t′ = Dt である。t′ と x′ の関係は x′ = −vt′ な
つまり白色ライト系から青色ライト系に変換した場合の菱形の対角
ので、つまり D = A である。要するに t′ = Cx + At となる (※)。
線の大きさは「T 倍に拡大している」ということだ。そう、これで菱
2 つの (※) を x2 − (ct)2 = x′2 − (ct′ )2 に代入すれば、
形の大きさが出た!
c2 (Cx + At)2 − A2 (x − vt)2 = c2 t2 − x2
となる。これは恒等式であるべきだから、両辺の係数を比較して、
c2 C 2 − A2 = −1, c2 AC + A2 v = 0, A2 (c2 − v 2 ) = c2
という 3 つの関係式が出てくる。ここから A, C を解いてやれば、
A= √
−v/c2
1
,C = √
2
2
1 − v /c
1 − v 2 /c2
となる。すなわち、
t − (v/c2 )x
x − vt
′
′
′
x′ = √
、y = y 、z = z 、t = √
2
2
1 − vc2
1 − vc2
というローレンツ変換が出てくるのだ。
それでは元の正方形を菱形に変形するような x, t の変換公式を出し
さて、この話には少しばかりの余談がある。3 次元の三平方定理か
てみよう。こういう変換を「ローレンツ変換」という。図を見て自分
′
′
でやってもらえればいいが、まず幾何学的な相似から t → t + vx /c
ら出てきた、
2
x2 + y 2 + z 2 − (ct)2 = x′2 + y ′2 + z ′2 − (ct′ )2 = 0
と x → x′ /c + vt′ /c が出てくる。これに拡大率の T を掛けて逆変換
4
という式だ。−(ct)2 の項がもし負ではなくて正だとしたら、これは
白色系での「同時」と青色系での「同時」を同時に観測することはで
3 次元ではなくて 4 次元の世界の三平方定理と考えることが出来る。
きないのだ。ここにおいて、「異なる速度の系での同時」という概念
そこで虚数を使って無理矢理にこう変形してみよう。
は無意味となる。つまり、光速度不変のほうを採るべきだという結論
になる*1 。
x2 + y 2 + z 2 + (ict)2 = x′2 + y ′2 + z ′2 + (ict′ )2 = 0
結論からいえば、相対性理論の世界観だと、速度の違う座標系から
言うならば、時間軸を虚数の軸として考えれば、空間と同じように
見れば、物事の「同時性」という概念は崩壊してしまうことになる。
扱ってよいということを言ってるように見える。先ほど菱形の発想
で登場したミンコフスキーという学者は、これを大真面目に研究した
2 ローレンツ収縮
◆
人だった。細かい話を省くと、彼の研究の結果、ローレンツ変換とい
うのは 4 次元の座標全体を虚数角だけ回転させる操作に対応してい
他に変更点はないか。まだまだある。同時性のところでは青色系
る、ということが分かった。現在では彼の業績をたたえて、この 4 次
の斜めになった縦軸 (x/c 軸) を、白色系の時間軸 (t 軸) から見て考
元空間は「ミンコフスキー空間」と呼ばれている。
えたが、もし同じ青色系の x/c 軸を、白色系の縦軸 (x/c 軸) から見
たらどうなるだろう?*2
6 相対性理論の示す現象
●
青色系の軸が斜めになっているということは、白色系でのある距
離と対応する距離は、青色系では、より長くなっているということ
相対性理論というのは、このローレンツ変換を絶対視する理論であ
を意味する。つまり、青色系から見ると、青色系でのある距離は、
る。再び、直観的な x/c − t グラフに戻って相対性理論がもたらす物
白色系では、より短くなっていることを意味する。これが Lorentz-
理の根本的な変革を見てみよう。この菱形の時空間を見て、すぐに分
FitzGerald の短縮といわれる現象である。等距離の意味するところ
かることがいくつかある。
も違ってきてしまうわけだ。
「等距離の意味するところ?」何のことだと思うのは正常な感覚
だ。要するに、止まっている人が 1km だと見える棒が、棒と平行
1 同時性
◆
に高速 (v) で走っている人から見ると
√
1 − v 2 /c2 km になってい
まず、青色ライト系では、横軸だけではなく縦軸が斜めになってい
るというわけだ。このことは妙な感じを受ける。走っている人から
る。これは大変な問題だ。なぜなら青色系で同時に起こったとされ
見れば止まっている人の方が反対向きに動いているのだから、走っ
√
1 − v 2 /c2 km に見える棒は、止まっている人には更に
√
√
2
2
1 − v /c × 1 − v 2 /c2 km には見えないのか。
ている人が
る出来事は、白色系からみた場合、同時には起こっていないことにな
る。つまり、等速運動している系(青色系)で同時に起こったと観測
そうではない。この場合大事なのは 棒に対して 止まっているか動
されること(グラフの斜めの軸上の出来事)でも、静止系からみると
いているかである。そういうわけで、棒と同じスピードで動いている
同時とは観測されなくなる。その逆もそうだ。
場合には、棒のローレンツ短縮は起こらない。
だが待て。それは最初の「因果律絶対主義」に違反しないのか?
この問題は注意深く考えよう。相対論の元もとの発想は、ある観測系
(白色系とか青色系)において個別に因果律が成り立つことであった。
3 速度の加法
◆
このことから光速度不変の原理と相対性原理が出てきて、それを基準
に時間と空間の満たすべき条件を求めた結果がローレンツ変換であ
この菱形の座標系からはまだ読み取れることがある。それは先程も
る。そのローレンツ変換が今度は「異なる速度の系では同時に起こっ
少し出てきた「光速より遅い物体はどんなに加速しても光速になれな
たことも同時にはならない」と主張しているのだ。これは一種の論理
い」ということだ。「光速が宇宙で一番速い速度だ」というのは、実
的な限界である。もしも「異なる速度の系でも同時に起こったことを
はこの段階で初めて出てくる話である。これをもう少し細かく見て
同時とする」ような理論を組み上げれば、今度は最初の「ある観測系
みよう。
において因果律が成り立つ」ことが崩れるだろう。では、どちらをと
白色ライト群の x/c − t 座標系から見て、光速は角度 45 度のライ
るか?
ンである。当然ながら速度 v で動く青色ライト群の世界観からして
ここで、一つの選択基準を導入しよう。それは「物理法則は観測可
も、光速は角度 45 度のラインであるべきだ。ところが、白色系から
能なものについて成り立つべきである」ということだ。よく考えよ
見た青色系の 45 度は、明らかにそれよりも小さな角度になっている。
う。「異なる速度の系で同時に起こったこと」を本当に同時だと確か
ということは、青色系から更に加速する場合には、素直に角度を足し
める手段はあるだろうか? 歴史は一回きりである。観測者は、ある
算するわけにはいかないことを意味する。
瞬間に、白色系か青色系かどちらの状態かしかとれない。もしも瞬時
この速度加法はローレンツ変換の x, t をそれぞれ微分して、dx, dt
に白色系と青色系で情報を伝達する手段があればそれでもいいが、後
を出し、dx/dt を計算することで得られるが、ここでは面倒な計算は
で書くように、情報は光速以上のスピードでは伝達されない。だから
*1
ということは、もし光速以上で情報を伝達する実際的手段があれば、異なる速度の系で同時に現象確認が出来るために、相対論を潰して、代わりに同時性
を絶対視した理論を組むことも出来る。こういうのが、着目点だ!
*2 こういう風に、物事を多角的に見るのは大事です。縦があれば横も見る。法則を一つ習えば、それを今まで習った全法則に適用してみれば、色々なものが
見えてくるでしょう。
5
省いて結果だけを示そう。
v合成結果 =
v1 + v2
1 + v1 v2 /c2
1 直観的方法
◆
有名な E = mc2 は、実は特殊相対論を使わなくても、物質波(光子
となる*3 。
など)の運動量 p = E/c を認めてしまえば自動的に出てくる(そう
要するに、もともと光速の 80% で動いていた宇宙船を、宇宙船の
いうわけで、完全な電磁気学は、特殊相対性理論を含んでいる)。こ
中から見てさらに光速の 80% まで加速しても、光速の 160% にはな
の場合、光子に対して運動量をいきなり mc と設定することは良くな
らず、(0.8c + 0.8c)/(1 + 0.64) = 0.9756c で、光速の 98% にしかな
い。なぜなら、質量を持つ粒子は光速にはなれないからである。そこ
らないということだ。色々確かめてみると、各々が光速より遅い 2 つ
でアインシュタインは以下のような思考実験を考案した。使う基本
の速度の和は、決して光速より速くなることはないことが解る。
概念は「孤立系の重心は系内のいかなる過程でも変化しない」という
で は 既 に 光 速 の 光 子 は ど う な の か 。大 事 な 点 は
ものである。
光速より遅い物体は 光速になれないというところだ。つまり、速
今ここに、2 つの質点が重さのない棒で連結されているとする。た
度の加法規則が示すことは、はじめに光速より遅ければ光速にはなれ
だし、スケールは大きい方がいい。そこで、超文明を持つ、同じ重さ
ないということでしかない。だから光子は誕生した瞬間から常に光
の 2 つの惑星が、重さのない棒で連結されているとしよう。一方の星
速であって、光速以外の速度をとれないのである。そうすると今度は
からもう片方の星にパルス型のマイクロ波(電磁波)で電力が送られ
こんな疑問が出てくる。「もし最初から光速より速い物体があれば、
るとする。超文明の使うエネルギーは膨大で、マイクロ波送信は無駄
それは常に光速より速いままなのだろうか?」こういう粒子はタキオ
がなく、受け手の惑星で完全に吸収される。
ンといわれて、数学的には相対性理論に矛盾しないことが示されてい
電磁波のパルスは運動量 p = E/c を持っている。つまり、パルス
るが*4 、まだ見つかってはいない*5 。
が伝わっている最中は、星系全体は反動を受けて反対方向に速度 v で
運動する。パルスが相手の星に吸収されれば移動は終わるが、終了状
4 質量変化、そして運動量の変化
◆
態でも系の重心が同じ位置にあるとすれば(そうあるべきだ!)、パ
ルス波の塊は質量 m を星から星へ輸送したことになる。これを計算
「どんな物体も光速になれない」というのは、いささか奇妙な話で
しよう。
ある。宇宙船の中からみれば、加速するということは力を加えている
星系全体の質量を M とすると、運動量保存則は、(M −m)v = E/c
ことであって、少なくともスピードアップはしている。なのに、その
となる。M >> m を使うと、
割合は光速に近づけば近づくほど、小さくなっていく。どんなに加速
v=
しても光速にはならない。
E
Mc
ここでこのようなことを考えてみよう。青色系は白色系から見て
となる。ここで 2 つの星のあいだの距離を L とすれば、パルスが
非常に速いスピードで運動しているわけだが、青色系の中から見れば
伝わる時間は、t = L/c であり、その時間のあいだに星系全体は
別に自分たちが運動しているとは感じられないし、純朴に F = ma
s = vt = EL/M c2 だけ移動する。このとき重心の位置が変わらな
のニュートン力学を使っているだろう。力を加えればその質量に応
いとすれば、(1/2M − m)(1/2L + s) = (1/2M + m)(1/2L − s) が
じて加速度が決定される。ところがこれを白色系から見ると、同じ力
成り立ち、つまり、m = M s/L となる。s = EL/M c2 を代入すれ
を加えても、ほとんど加速にならない=加速度が大きくならない、と
ば、m = E/c2 となる。
いうふうに見える。これを解釈する方法は論理的にはたくさんある。
光速付近では力が減少してしまうと見ることもできるし、そもそも加
2 運動量からエネルギーへ
◆
速度とは何かと問い始めれば非常に複雑な議論になる。相対論の標
準的な「解釈」として、ここでは見かけ上質量 m が増大したと考え
しかしそれでは、光子の運動量 p = E/c というのはどこから出て
よう。それによって、加速がしにくくなることが説明がつく。
きたのかが不明だ。実はこれはさすがに相対論を避けて通れないの
具 体 的 に ど れ く ら い 質 量 が 変 化 す る か と い え ば 、m が
√
m/ 1 − v 2 /c2 に な る く ら い 増 大 す る 。何 度 も 注 意 す る が 、
√
1 − v 2 /c2 は 1 より小さい値である。
である。
も と も と の 発 想 は こ う だ 。「 相 対 論 で 運 動 量 mv が
mv/
粒子の運動量はいつでも mv である。となれば、m が増大すれば、
運動量は増大する。mv もまた mv/
√
1 − v 2 /c2 となる。
√
1 − v 2 /c2 になるなら、エネルギーも変わるのではないか」
そこでエネルギーと運動量の関係を考えてみよう。普通の力学の世
界だと、運動エネルギーは E = 1/2mv 2 であり、運動量は p = mv
だ。これらの関係を求めるために運動エネルギーを運動量で無理矢
7 E = mc2
●
理にも表してやると、E = p2 /2m になる。2 乗と 1/2 が出てきたら
ピンと来るべきだ。これは微分関係である。つまり、運動エネルギー
2
を運動量で微分すると p/m が出てくる。運動量が mv なのでこれは
ここまでの準備をしておいて、ようやく E = mc に入ろう。
*3
注意点がある。x 軸だけを考えているうちは、v1 と v2 を交換しても問題ないが、一般にローレンツ変換は変換順序に依存し、y 軸や z 軸の運動まで考え
て速度合成を行うと、最初に v1 の変換をするか v2 の変換をするかで結果が異なってくる。
*4
Phys. Rev. 159 1967 1089
*5
ということは、これもあなたの発見になる可能性があるということだ。いったい、タキオンはどうして見つからないのだろう?
6
v である。
ることにある。そしてゲージ対称性による重力の導出(一般相対性理
要するにニュートン力学から分かるエネルギーと運動量の関係は、
論)へと進む。ただ、この辺の話は高校生には難しいので割愛だ。大
dE
= v というわけだ。逆に
dp
∫
学に行ってからの楽しみにとっておくのがよい。ただ、一つだけ言え
ることは、いつ何時も、物事を「鋭く見る」ということだ。問題はど
vdp = E
こにでも転がっている。科学者が見向きもしなくなったような古い
分野にも、まだ分からないことはある。物理というのは単に問題を解
と書いても良い。実はこの関係式はニュートン力学でも相対論でも成
り立つ式だ。そこで速度を相対論的な運動量 (mv/
√
くだけの学問ではない。むしろ、数学でも物理でも、問題を見つける
1 − v 2 /c2 ) で
ことの方が遙かに楽しい。身近な疑問を大切にして、深遠な世界を発
積分することで、相対論的なエネルギーを出してやろう。
∫
E=

vd  √

mv
1−
/√
 = mc2
v2
c2
1−
見してほしいと切に願う。
◎参考文献
v2
• 場の量子論(ランダウ=リフシッツ 理論物理学教程 東京図書)
c2
統一的に書かれていて美しいのだけど、高校生にはちょっと
何だかさっくりやってしまったが、背後にあるのは置換積分であ
辛いかなぁ
る。演習問題に頑張ってほしい。どうしても分からなければ、フリー
• 一般相対性理論の直観的方法(長沼伸一郎 通商産業研究社)
の計算ソフトに Maxima というのがあるから、パソコンに計算させ
高校生の自習書としてはこれがおすすめ。本稿でもこれを大
てみてもいい。
いに使いました。
この右辺の結果を眺めると、これはもし v = 0 だとしても mc2 だ
• 現代物理学の基礎(バイザー 好学社)
けのエネルギーが残ることを意味する。これが物質の静止質量エネ
やや基本的な話が載っています。ちょうど「物理 II」と大学
ルギーというわけだ。ちなみに、このエネルギー式を v/c でべき展
物理の橋渡しレベル。
開(数学で習っているはずだ!)すると、
E = mc2 (1 − v 2 /c2 )−1/2
(
( )2 )
3 v2
mv 2
1v 2
... = mc2 +
···
= mc2 1 + 2 +
2
2c
8 c
2
■ 著者紹介
レッドポーク:某高校の物理非常勤講師。恐らくこの本が出るころ
として第 2 項にニュートン力学的な運動エネルギーが出てきたりす
には既に任期切れで退職しているでしょう。教え子がコミケットに
る。だから相対論的なエネルギー (mc2 ) はニュートン力学的エネル
やってくるのを戦々恐々と待ち構えている若き中年。
ギーを拡張したものだと言える。
高校生のための特殊相対性理論
まぁ、要するにこれでめでたくエネルギーが出たわけだ。このエネ
√
1 − v 2 /c2 の部分がバッサ
ルギーと運動量の関係を求めてやると、
2001 年 12 月 29 日 初版発行
2011 年 6 月 30 日 PDF 版公開
リ消えて、p = Ev/c2 の関係が出てくる。光子の運動量はこの v を
著 者 レッドポーク
発行者 星野 香奈 (ほしのかな)
発行所 同人サークル 暗黒通信団
〒277-8691 千葉県柏局私書箱 54 号 D 係
http://mikaka.org/~kana/
c で置き換えればよい。p = E/c は実はこうして出てくるのだ。いか
がだろうか?
8 まとめ
●
本書の存在または内容を著作権法の定
める範囲を超え、無断で他言すること
を禁止します。
これは相対論のほんのさわりである。相対論の本質は座標系自体
c
⃝2001-2011
暗黒通信団 Printed in Japan
の統一であり、運動量保存則とエネルギー保存則を一つの式にまとめ
7