大阪市立 2011 立大学 大 1 年 3 月 大都市圏 3 日 圏産業政策研究会

20111 年 3 月 3 日
大阪市立
立大学 大
大都市圏
圏産業政
政策研究会
会
1
目次
1.
はじめに ................................................................................................................. 3
2.
視察に先立っての問題意識 .................................................................................... 4
3.
視察地域と日程 ...................................................................................................... 6
4.
主な訪問先の概要................................................................................................... 7
1)
セーヌ・サン・ドニ県 ........................................................................................... 7
2)
サントル州シェール県の中小企業グループ「PICF」 ......................................... 19
3)
リール広域都市圏................................................................................................. 25
5.
感想レポート(大阪出発組の 50 音順) .............................................................. 31
6.
調査記録の要約(訪問順) .................................................................................. 39
1)
パリ/イルドフランス地域開発局(ARD) ........................................................... 40
2)
スタジオ 107 ........................................................................................................ 46
3)
ICADE ................................................................................................................. 50
4)
DATAGORA................................................................................................. 59
5)
(財)自治体国際化協会パリ事務所 .................................................................... 63
6)
リール広域都市圏大都市共同体 ........................................................................... 64
7)
PICF とのセッション .......................................................................................... 79
7.
おわりに ............................................................................................................... 89
視察団メンバー
氏
名(所属)
1
団長
立見淳哉(大阪市立大学創造都市研究科准教授)
2
幹事
三浦純一(大阪市立大学都市研究プラザ研究員)
3
宮川
4
萩原雅也(大阪樟蔭女子大学准教授)
5
土野茂賢(ティグレ理事、関西中小企業研究所専務理事)
6
大貝健二(北海学園大学経済学部専任講師)
7
立見夏希(大阪市立大学文学研究科後期博士課程)
8
Nicolas Morishita(リヨン第二大学博士課程)(オブザーバー)
通訳
晃(NPO 法人自然環境会八尾副理事長)
甲田充子
※直前までの準備は大阪市立大学経済学研究科の長尾謙吉教授が団長として進めて
いた。ところが家族の急病で渡航できなくなり、急遽、副団長の立見先生が団長を務
めることになった。
2
1. はじめに
大阪
阪市立大学大
大都市圏産業
業政策研究会
会は 2010 年 9 月 26 日(日)から 10 月 2 日(土)まで
の日程
程で、フラン
ンス地域産業
業政策の視察
察を行った。大阪の産業
業が長期的に
に縮小をつづ
づける
もとで
で、すでに 20
2 年以上も地域産業再 生に取り組ん
んでいるフラ
ランスの経験
験に学ぶこと
とが目
的であ
ある。参加メ
メンバーは前
前頁表のよう
うに 8 名であった。この
の内、三浦、 宮川、萩原
原、土
野、大
大貝が大阪か
から出発し、在外研究で
ですでにパリ
リに居た立見
見(淳)
、立見
見(夏)およ
よびオ
ブザー
ーバー参加の
の Morishita
a と現地合流
流した。
今回
回の視察では
は、パリ市とパリ近郊の
のセーヌ=サ
サン=ドニ県
県サン=ドニ
ニ市、ヴァル
ル=ド
ワーズ
ズ県ロワシー
ー=アン=フ
フランス市、
、ノール県リ
リール市、シ
シェール県ブ
ブールジュ市
市およ
びオー
ービニー=シ
シュル=ネー
ール市を訪れ
れた。地図で
でいうと、お
およそフラン
ンスの北半分
分を縦
に移動
動する旅程で
である(下図
図参照)。ま たレクチャー
ーを受けたの
のが 6 団体、見学が 5 箇所の
箇
企業お
および再開発
発地域であっ
った。かなり
りハードなス
スケジュール
ルになったが
が、これは視
視察側
の熱意
意もさること
とながら、受入側の厚意
受
意によるところが大である。せっかく
くの機会だか
から、
あれもこれも持ち
ち帰って欲し
しいというわ
わけである。
の点では、充
充実した機会
会設営の労を
をとっていた
ただいたパリ首都圏地域
域開発局、(財
財)自治
その
体国際
際化協会パリ
リ事務所 、リール広域圏
圏大都市共同
同体、シェー
ール県商工会
会議所の方々には、
感謝の
の上にもなお
お感謝を申し上げたい。
。提供側の厚
厚意に見合う
うだけの研究
究成果をあげ
げるこ
とがで
できるかどうかは、視察
察側のこれか
からの研鑽次
次第であるが
が、その第 1 歩としてこ
この報
告書を作成するこ
ことにした。少しでも我
我々の知的興
興奮が伝われ
れば幸いであ
ある。
2011 年 3 月
リール市
パリ市
ブ
ブールジュ市
3
2. 視察に先立っての問
問題意識
我々
々は大阪の経
経済的後退を
を何とかした
たいと考えて
ている。しか
かし 2008 年
年時点で、41
1 の市
町村に
にスイス 1 国(765 万人
人)より多い 8
880 万人が生
生活し、経済規模では府内
内総生産が 3,646
億米ドルと、ギリ
リシャ(3,559 億)
、デ ンマーク(3
3,412 億)を
を上回る大都
都市圏である
る。こ
けの規模の再
再構築におい
いては、地域
域に関与する
る国・府・市町
町村機関の連
連環、1 次・2 次・
れだけ
3 次産
産業の連環、大企業・中
中企業・小企
企業の連環、産・官・学の
の連環といっ
ったように、連環
型の産
産業政策がカ
カギを握るこ
ことになるだ
だろう。
ここで「連環型
型」と言った
たのは、食物
物連鎖のよう
うに産業も連
連鎖・循環し
しており、そ
そうし
在の仕方をす
する産業に対
対しては、政
政策も同じく
く連鎖・循環
環する必要が
があるのでは
はない
た存在
か、と考えるからである。そ
その視点から
ら我々は「連
連環フォーラ
ラム」を立ち
ち上げ、シン
ンポジ
などを重ねて
てきた。
(た
ただしまだ「 連環型」の概
概念を定義で
できていない
いので、曖昧
昧さを
ウムな
避けるため、以下
下は「連携」の用語を用
用いて述べる
ることにする
る。)
の問題意識か
からすると、
、フランスに
にはぜひ視察
察したいこと
とがいくつか
かあっ
そうした我々の
第 1 は国か
から地方まで
での行政連携
携である。周知
知のように、
、フランスは
は中央集権が
が強い
た。第
国であ
ある。しかし
し一方では中
中世から続く
くコミューン
ン(市町村に
に相当)が全
全国に 3 万 6 千を
超えて
て存在し、そ
その内人口 2 千人未満が
が 86%を占めている。人
人々の帰属意
意識が強烈で
で、中
央政府
府が行政効率
率の点から合
合併を進めよ
ようとしても
も容易に応じ
じないのであ
ある。とはい
いえ小
規模コミューン単
単独では産業
業政策の展開
開は困難で、そこで課税
税権のある広
広域連合を組
組み、
国、州、県と
と連携しなが
がら産業政策
策を行
そこが国
うのであ
ある。つまり
り広域連合が
がコミューン
ン間の
意思調整
整と、国と地
地方の政策調
調整の舞台に
になっ
ている。
でも介護保険
険などに広域
域連合は見ら
られる
日本で
が、基礎
礎自治体が主
主導する産業
業政策連携は
は見あ
たらない
い。一体どの
のようにして
て多数の意思
思を調
整してい
いるのか、ま
また事業の執
執行はどのよ
ような
体制で行
行っているの
のか、そこが
が関心の対象
象であ
パリ/イル・ド・フラ
ランス開発局が入
入っている建物
物
った。最
最初に訪問し
したパリ/イ
イル・ド・フ
フラン
ス開発
発局、29 日のリール広域圏大都市共
共同体がその
の機会であっ
った。
第 2 は、中小企業の位置づ
づけとその振
振興策である
る。フランス
スは第 2 次世
世界大戦後、大企
柱としたため
め、その過程
程でかなりの中小企業、産地が減少し
産
した。それが 1974
業化と国有化を柱
石油ショック
ク以降、EC との経済関
関係を強めることにより、
、中小企業を
を重視するよ
ように
年の石
なった
た。近年では
は、1990 年代後半から
年
連携を育てる
る「地域生産
産システム」政策
中小企業の連
や「産
産業クラスタ
ターpôle de compétitivvité」政策な
などが展開されている。 ところが 20
000 年
代半ばから、再び
び大企業の役
役割が強調さ
され、新産業
業・ハイテク
クに対する国
国家的な支援
援が強
4
れるようにな
なった。そこ
こにはアメリ
リカや日本の
の産業政策が
が影響してい
いるのである
るが、
調され
そうしたことの実
実際を見たい
いということ
とである。
回の視察先で
では、パリ首
首都圏やリー
ール広域圏で
で行われてい
いる大規模な
なクラスター
ー政策
今回
が新産
産業やハイテ
テクを育成す
する産官学連
連携の舞台に
になっている
る。また 30 日
日に訪問した
たシェ
ール県
県の金属・機
機械グループ
プは、結成さ
されて
まだ間
間もないが、
、かなり活動
動的であり、マス
コミに
にも取り上げ
げられている
る。ここに大
大都市
圏とは
は違った、地
地方における
る製造業連携
携を見
ることができるだ
だろう。
議所などの経
経済団体の役
役割で
第 3 は商工会議
。日本でも自
自治体が地域
域産業政策を
を展開
ある。
するに
に当たっては
は、商工会議
議所をはじめ
め、経
済団体
体の協力は欠
欠かすことが
ができない。ただ
し日本
本の場合は任
任意加入制で
であり、公益
益法人
サン
ン=ドニのマル
ルチメディア産
産業クラスター
ーの
一画
画にあるスタジ
ジオ
とし て行政から 一定の補助
助金は出てい
いるも
、財政は会費
費収入が主で
であり決して
て強くない。その点フラ
ランスの場合
合には、義務
務加入
のの、
制であ
あり、国、地
地方自治体と
とならぶ「第
第 3 の権力」と呼ばれる公
公的機関であ
ある。財源に
には、
地方税
税の柱である職業税に付
付加される税
税金や、商業
業学校・港湾
湾・空港・大
大型倉庫・工
工業団
地・国
などの運営収
収益金があて
てられる。い
いわば、かな
なりの程度ま
まで、経済団
団体自
国際会議場な
身が商
商工施策を企
企画・実施で
できるわけで
である。そう
うしたところ
ろが行政とど
どのような関
関係を
持って
て、どのような事業を行
行っているの
のか、ぜひ視
視察したい所
所であった。
しか
かし、希望したパリ商工
工会議所は規
規模が大きす
すぎて、時間
間を割いても
もらうことは
は叶わ
なかっ
った。30 日に
にはシェール
ル県の商工会
会議所
を訪問
問したのだが
が、ここでは
は金属・機械
械グル
ープの
の連携につい
いて取材する
るのが目的で
であり、
商工会
会議所自体の
のことはテー
ーマではなか
かった。
結局、今回の視察
察ではその機
機会を得られ
れなか
が、ぜひ取材
材したい内容
容である。
ったが
さて
て、大まかに
には以上のよ
ような問題意
意識を
持って
て臨んだ視察
察であったが
が、実際に行
行って
シェール
ル県商工会議所
所の建物
みると
とさらにたく
くさんの問題
題意識を掘り
り起こ
される
ることになっ
った。もとよ
より基礎知識
識を十
分持った上で専門
門的な事項に
について掘り
り下げること
とが目的では
はなく、従来
来よく知られ
れてい
スの地域産業
業政策の概要
要を把握する
るレベルであ
あったために
に、余計にそ
そうな
なかったフランス
のであるが、
、その内容は
は参加者それ
れぞれから、感想と記録
録の形でレポ
ポートしても
もらう
ったの
ことに
にする。
5
3. 視察地域と日程
9 月 26 日から 10 月 2 日にかけた全日程の内、9 月 26 日と 10 月 1~2 日は往復の機中で
ある。また、9 月 28 日は自由行動日とした。
訪問先とプログラム
日時
09:15
~11:10
9月27日(月)
11:30
~12:30
12:30
~15:30
訪問先
パリ/イル・ド・フラン
ス開発局
所在都市
イル・ド・フランス州
朝食コーヒーブレイクの後、ワークシ
パリ県
ョップにて「パリ地方のクラスター政
パリ市
策」と「大阪圏のクラスター政策」に
(人口221万5197人)
ついて発表・質疑。
廃倉庫を再利用したテレビ番組製作
スタジオ107
ICADE(イカッド)
イル・ド・フランス州
会社・スタジオ107を見学し、その後
セーヌ=サン・ドニ県
一帯の廃倉庫群の再生状況を視察。
サン・ドニ市
Icadeの事務所で昼食の後、サン=ド
(人口10万1880人)
ニにおけるマルチメディア産業クラ
スターの概要について説明。
イル・ド・フランス州
16:00
~18:00
プログラム
DATAGORA(ダタゴーラ)
ヴァル・ドワーズ県
ロワシー・アン・フランス市
(人口2561人)
29日(水)
10:00
(財) 自治体 国 際化協会
~12:00
パリ事務所
ロアシー・シャルル・ド・ゴール空港ビ
ジネス地区開発を行う公益法人
DATAGORAについて説明を受ける。
フランスの地方制度について説明を
パリ市
受ける。
ノール=パ・ド・カレー州
最初の約30分、リール・フランドル駅
14:30
リ ー ル 広 域 都 市 圏 大 都 ノール県
周辺の旧市街を見学。メトロポールで
~17:20
市共同体
リール市
はリール市を中心にした企業誘致政
(人口23万2172人)
策の概要について説明を受ける。
朝コーヒーブレイクの後、「PICFの活
09:30
30日(木)
~13:30
シェール県商工会議所
サントル州
動内容」および「大阪・八尾市の企業連
シェール県
携」についてプレゼン。その後、ビュ
ブールジュ市
ッフェによる懇談。
14:00
PICF会員(Gattefin社) (人口7万3182人)
~15:00
訪問
サントル州
16:00
PICF会員(Berthelot社)シェール県
~17:30
訪問
PICFの現会長企業を訪問視察。
PICFの前会長企業を訪問視察。市長兼
オービニー・シュル・ネール市
(人口5926人)
6
国会議員、県会議員もあいさつに訪
れ、地元新聞2社が取材に来る。
4. 主な訪問先の概要
1) セーヌ・サン・ドニ県
立見淳哉(大阪市立大学創造都市研究科准教授)
(1)イル・ド・フランスにおけるセーヌ・サン・ドニ県の産業特性
以下では、イル・ド・フランスの産業・社会について概要を示しつつ、視察初日の訪問
先が立地するセーヌ・サン・ドニ県のイル・ド・フランスにおける特徴について示すこと
にしたい。
1) イル・ド・フランスの産業・社会
イル・ド・フランス地域はフランス産業の最重要地域であり続けているが、第2次産業
では製造から研究・企画開発・管理・経営関連の活動へと比重が移ってきている。これに
伴い、工場労働者 Ouvrier の数は激減しつつある。以下の記述は、Boyer(2009)を主に参考
としている。
パリ地域の産業はもともと宮廷やブルジョワジー向けの商品を生産する手工業が発達し
ていたが、19 世紀から 20 世紀にかけて、金属産業・化学工業・自動車産業を中心にさらに
充実していく。そして 20 世紀前半には、研究開発と熟練労働を必要とする薬品・写真・航
空関連の産業がパリ地域に立地し、国内の製造拠点となっていた。しかし、戦後、1950 年
代頃から、イル・ド・フランス地域と地方工業の間で、明確な機能分担がみられるように
なる。とりわけ量産の製造機能は地方に分散していく一方で、パリを中心とするイル・ド・
フランス地域には、高い技術力を要する部門や企業の本社をはじめとした管理機能が残る。
1960 年代以降は、脱工業化の傾向が顕著化していき、たとえば、1962 年から 1989 年ま
で、当該地域はおよそ 200 万人の工業雇用を失うことになる。その後も、ルノーのビアン
クール工場の閉鎖(1992)など工場閉鎖が続き、2000 年から 2007 年までの間に工業雇用
は 20%近い減少を経験している(Boyer, 2009)。製造業の雇用喪失は、基本的には第3次
産業によって補填されている。
もっとも、イル・ド・フランスにおいて工業が完全に消滅しつつあるというわけではな
く、先端産業、高品質の軽工業、中小企業は当地域に立地し続けている。また、自動車産
業、航空宇宙産業、エレクトロニクス産業、農産加工業では、工場の移転先が地方ではな
く、イル・ド・フランスのより外縁部であったことから、パリとその隣接する各県の雇用
損失は、イル・ド・フランス内部ではあるが、より外縁部の(「グランド・クロンヌ」1)に
おける雇用増加によって補填された部分がある。たとえば、第3次産業を含む雇用総数で
みても、1968 年から 1982 年までの間に、パリでは 9%の減少、パリに隣接するセーヌ・
1
パリに隣接する各県のことをプルミエール・クロンヌといい、さらにその外側に位置する
各県をグランド・クロンヌという。クロンヌとは王冠のこと。
7
は 8%の増加
加にとどまる
るが、グラン
ンド・クロンヌ
ヌに位置する
るセーヌ・エ
エ・マ
サン・ドニ県では
では 33%増
増、ヴァル・ド・ワーズで
では 56%増
増となっている(Fol, 20009)。工業の
のグラ
ルヌで
ンド・クロンヌへ
への移転が、この背景に
にはある。
セー
ーヌ・サン・ド
ドニ県
地図1
パ
パリとイル・ド・フランス
注:網掛け部
部分が都市圏、縦斜線が新都
都市
資料: Boyer(2009)p
p.134 より
指令
令
研究
究、企画
輸送
送、物流
製造
造
注:図中の数字は
は県別雇用者数
数(単位:100
00 人)
8
地図2
イル・ド・フランスにおける産業機能の地域的分化
資料:Boyer(2009)p.134 より
かつてイル・ド・フランスには、製造業が集中し、多くの工場労働者人口が存在してい
た。しかし、製造業の雇用が失われていく中で、失業率の高まりとともに、多くの貧困地
区が生み出されていく。今日、イル・ド・フランスは、全国的に見て富が集中する反面、
多くの貧困層を抱えている。たとえば、不動産価格が高く、富裕層の指標となる富裕者連
帯税 ISF の負担世帯がきわめて多いのに対し、住民の 8 分の一が、都市問題が顕著に表出
する「都市政策優先実施都市区域 ZUS(Zone Urbain Sensible)」に暮らし、26%(フラン
ス平均は 19%以下)が日本の生活保護にあたる RMI 受給者となっている2(Boyer, 2009)。
地理的に見ると、イル・ド・フランスの西側部分に総じて裕福な世帯が多く、反面、北東
部で貧困層が多く居住するという傾向がある。図表1は、西側に位置するオー・ド・セー
ヌと北東部のセーヌ・サン・ドニ県を比較したものである。この二県の人口規模はほぼ等
しいが、表中の各種指標の違いは際立っている。前者に比べてセーヌ・サン・ドニ県で貧
困層がきわめて多いことがわかる。また、図表2は近年のイル・ド・フランス各県の失業
率を示したものであるが、県ごとのばらつきの大きさと、セーヌ・サン・ドニ県の失業率
の高さを確認することができる。
図表1
オー・ド・セーヌ県とセーヌ・サン・ドニ県の比較
資料:Boyer(2009)より作成
オー・ド・セーヌ県
セーヌ・サン・ドニ県
課税世帯ごとの平均課税対象所得(2006)
33,906
18,852
課税世帯の割合(2006)
68.6%
51.6%
アパートの㎡価格(2008 第2四半期)
4640
2990
失業率(2007 第4四半期)
6.3%
9.8%
補完的 CMU 受給者(2007)*
76,457
187,307
RMI 受給者(2007)*
22,431
51,109
元資料:Insee、Chambre des Notaires et CNAMTS
筆者注:フランスでは世帯単位で課税される。課税対象所得 Revenu net imposable は、控除済みの所得
RMI(エレミー)とは、1988 年に導入された、長期失業者を対象とした「社会包摂最低
所得手当 Le Revenu Minimum d'Insertion」のこと。RMI は、2009 年から「RSA(エル
サ)積極的連帯所得 Le Revenue de Solidarité Active」に移行している。新たに導入された
RSA では、増加する低収入労働者層の救済、RMI 受給から抜け出せない失業者層への労働
意欲喚起が目的とされる。RSA では「生活保護を受けていた失業者が就職しても手当の一
部を引き続き」受け取ることができる。「働かずに生活保護を受けるよりも、少しでも働い
た方が収入増加につながる制度」であるとされる(独立行政法人労働政策研究・研修機構
HP:http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2009_9/france_01.htm 2010 年 12 月 21 日閲覧)。
2
9
である。
図表2
イル・ド・フランス各県の失業率
資料:Insee
パリ
オー・ド・セーヌ
セーヌ・サン・ドニ
ヴァル・ド・マルヌ
セーヌ・エ・マルヌ
イヴリン
エソンヌ
ヴァル・ド・ワーズ
イル・ド・フランス
地方
フランス(DOM-TOM除く)
2009年
2010年
第1四半期 第1四半期
8.2
9.1
6.7
7.7
10.2
11.4
7.1
8.1
6.5
7.3
6
6.8
5.9
6.8
8
9
7.4
8.4
9
9.8
8.7
9.5
増減
0.9
1
1.2
1
0.8
0.8
0.9
1
1
0.8
0.8
注:第1四半期は1~3 月。2010 年は暫定値。
セーヌ・サン・ドニ県は、かつての工場労働者地区が貧困地区へと変容し、深刻な社会
問題に直面している典型的な事例である。Fol(2009)によると、イル・ド・フランスの工場
労働者地区は、かつてコミュニストの活動拠点ともなっていたことから「赤い郊外 Banlieue
Rouge」と呼ばれ、工場労働者のアイデンティティを表象する地区であった。しかし、上述
のような変化の中で工場労働者地区としてのアイデンティティを失い、貧困地区へと変化
してきた。こうした地域では、第3次産業の雇用は増加するものの、そこで求められる労
働者の資質 qualification と、居住人口の資質のギャップが、1980 年代以降顕在化している。
地域の労働市場と雇用のミスマッチが大きく、慢性的な失業問題が存在する。また、不安
定雇用の割合が高く、たとえば 1991 年では工場労働者募集の 62%、一般事務員の 61%が
一定期間の契約社員であるし、1999 年にはサン・ドニで働く労働者の 17%以上が、臨時労
働 intérim などの「不安定 précaire」雇用であった(Fol, 2009)。特に外国人と若者が雇用
面での困難に晒されている。1991 年の求職者の 45%を外国人が占め、1999 年の 24 歳以下
の若年層の失業率は 30%を超えていた。
2) セーヌ・サン・ドニ県の産業構成
セーヌ・サン・ドニ県は、イル・ド・フランスの中でも伝統的に工業が非常に盛んだっ
た地域である。しかし、パリに隣接し都市化が非常に進展するとともに3、特に雇用に果た
す工業の役割は大きく低下してきている。図表3のように、イル・ド・フランス全体に比
べても、同県工業の従業者数の減少が顕著であることがわかる。
面積 236 ㎢、人口 1,502,000 人、1 ㎢あたりの人口密度 6,364 人、人口 3 万人以上の市町
村(コミューン)がおよそ 6 割を占める。
3
10
イル・ド
ド・フランス
セーヌ・サン・ド ニ
資料:
資
Insee, esttimations ann
nuelles d'emploi
図
図表3
工業部門におけ る従業者数の
の変化(199
90~2008 年
年)
スの県別産業
業構成
イル・ ド・フランス
図表4
資料:Inseee, Estimation
n d’emploi
0.1
0
0
0.0
0
0.0
0
0.1
1.0
0
0.4
0
0.4
0
0.3
3
3.3
1.8
4.1
7.2
7.4
7.2
6.8
7.1
6.7
7.3
4.5
10.4
9.6
7.2
11.9
15.4
10.7
9.6
15.4
68.9
67.9
54.0
54.4
51.4
49.2
52.6
54.6
43.0
第三
三次産業
(非
非市場)
24.7
17.6
29.1
31.0
28.6
28.2
29.2
28.7
31.0
2
2.6
6.7
13.9
47.0
29.8
農業
パリ
オー・ド・セーヌ
セーヌ・ サン・ドニ
ヴァル・ ド・マルヌ
セーヌ・ エ・マルヌ
ン
イヴリン
エソンヌ
ヌ
ヴァル・ド・ワーズ
地方
フランス
ス(DOM-TOM除
除く)
建設
工業
第
第三次産業
注1:
:第3次産業に
には、商業・運
運輸・諸種のサ
サービスが含ま
まれる。第3次
次産業(非市場
場)には、公的
的行政・
教育・
・保健衛生/社会
会的活動が含ま
まれる。
注2:
:賃労働者と非
非賃労働者を含
含む全雇用であ
ある。
2008 年、セー
ーヌ・サン・ドニ県におけ
ける工業部門
門の雇用は、55,022 人(非賃労働者
者を含
雇用)であり、この数字
字はイル・ド
ド・フランス
スの同部門の
のおよそ 10%
%に相当する
る。図
む総雇
表4は
は、イル・ド
ド・フランス
ス各県の産業
業構成を示し
したものである。これを見
見ると、セー
ーヌ・
サン・ドニ県は、
、脱工業化の
の進むイル・
・ド・フラン
ンスの中でも
も工業の割合
合が決して高いわ
はないことが
がわかる。パ
パリは例外的
的であるとし
しても、8 つの
の県のうち下
下から 3 番目
目であ
けでは
る。
はいえ、セー
ーヌ・サン・ドニ県の労
労働者の多く
くは製造部門
門で働いてお
おり、工場労
労働者
とは
の割合
合が少なくな
ない。図表5
5は、社会職 業分類ごとに従業者数の
の構成を示し
したものであ
ある。
11
図中の「管理職層」から「一般職員」までがホワイトカラーに、「熟練」・「非熟練労働者」
がブルーカラーに相当する。これを見ると、セーヌ・サン・ドニの工業部門では熟練労働
者と非熟練労働者をあわせたブルーカラーの割合が、イル・ド・フランスの中で相対的に
高く、反対に「カードル」と呼ばれる管理職層をはじめとしたホワイトカラー層が少ない
ことがわかる。製造業に従事する労働者のなかでも、工場労働者の割合が比較的高いとい
う地域の特徴が見えてくる。ただし、社会職業分類ごとに二つの年齢層(30 歳未満と 50
歳以上)が占める割合についてみると、イル・ド・フランス全体に比べて、セーヌ・サン・
ドニでは 30 歳未満の管理職層と中間職種の割合がやや高く、反面、ブルーカラーの割合が
相対的に低くなっており、傾向が逆転している。たとえば、非熟練労働者をみると、イル・
ド・フランスでは、30 歳未満がそのうちのおよそ 24%を占めるのに対して、セーヌ・サン・
ドニでは、約 20%である。近年、セーヌ・サン・ドニ県に立地する工業の中身が変化して
きていることが示唆される。
さらにカードルの数そのものが、セーヌ・サン・ドニ県全体で増加傾向にある4。図5は
工業のみを対象としていたが、INSEE(2010)によると、同県の全部門を対象にした全雇
用に占めるカードルの割合は、1999 年の 16.1%から 2006 年の 20.5%に増加している。こ
うした傾向は、工業の縮小と反対に管理機能を含むサービス産業が伸長している、近年の
同県の産業構造の変化を反映したものであると考えてよいであろう。同県の工業は、1999
年から 2006 年の間に 1 万 1 千人の雇用を失い、2008 年には全体の雇用に占める工業の割
合は前述のように 10%をきるまでに落ち込んでいる。反面、サービス部門の増加について
は、パリに拠点をおく金融機関がサン・ドニに移転してくるケースなどもみられ(INSEE,
2010)、パリへの近接性という恩恵は少なくないと考えられる。
図表5
工業部門における社会職業分類別にみた賃労働者の構成
資料 : Insee, DADS 2008
セーヌ・サン・ドニ
分類
管理職層(カードル)
中間職種
一般職員
熟練労働者
非熟練労働者
Total
相対度数
22.1
24.0
10.5
31.4
12.0
100.0
30歳未満
14.5
16.2
29.0
15.3
20.5
17.4
イル・ド・フランス
50歳以上
相対度数
24.6
30.6
27.1
27.0
20.1
10.2
27.6
23.3
24.7
8.9
25.7
100.0
30歳未満
12.1
15.5
29.5
19.1
24.5
17.5
50歳以上
24.1
25.3
20.8
25.3
23.5
24.3
ところで、現在、セーヌ・サン・ドニ県の工業の主力は、繊維アパレル産業(皮革・靴
を含む)、自動車産業、イメージ・マルチメディア関連産業である(INSEE, 2010)。イメ
ージ・マルチメディア関連産業は工業に含まれないが、残りの二業種については、図表6
からその割合の大きさを確認することができる。ただし、図表6については、使用してい
る統計の関係で、従業者数が既述した数字よりも少なめに出ていることに注意が必要であ
4
特にサービス部門で顕著である。
12
る5。
図表6
工業(NA, A38)における業種別にみた従業者数
資料 : Insee, CLAP 2008
食料品、飲料、たばこ製品の製造
繊維アパレル、皮革、靴の製造
木工、製紙、印刷
化学工業
薬品工業
天然ゴム・プラスチック製品製造
金属産業・金属製品製造
情報・電子・光学製品の製造
電気機器製造
機械・機器製造
自動車産業
その他の輸送設備
その他製造業
合計
(A)セーヌ・サン・ドニ (B)イル・ド・フランス
4542
48301
4505
23166
3850
25365
3392
30445
794
24370
2067
24458
4828
34150
747
50426
1840
16351
2760
23213
4893
54962
2492
25651
4224
45937
40934
426795
A/B(%)
9
19
15
11
3
8
14
1
11
12
9
10
9
10
繊維アパレル産業については、多くのアパレル企業が物流機能と合わせて事業所を置い
ている。2008 年には 4500 人が同部門で働いており、これはイル・ド・フランス全体の 19%
に相当する。他方で、従業者数という面では、自動車産業が最も多く、セーヌ・サン・ド
ニ県の工業部門における雇用の 12%に相当する 4900 人が当該産業に従事している。同県
のオルネー・スー・ボワにある PSA プジョーシトロエン工場は、この大部分を雇用してい
るほか、パリに近接した自治体には同工場の下請企業が立地している。PSA プジョーシト
ロエン工場の下請企業は、とりわけ金属産業や金属部品製造に属するもので、自動車産業
だけではなく、航空機産業や防衛産業からも受注しており、セーヌ・サン・ドニ県の工業
部門を支える柱の一つとなっている(INSEE, 2010)。
これに対し、今後の発展性という点で最も注目されているのは、映像・マルチメディア
関連産業である。
(2)映像・マルチメディア関連産業と ICADE の開発
①
映画・オーディオビジュアル・マルチメディア産業と産業クラスター
セーヌ・サン・ドニ県の資料によると、フランスにおけるイメージ産業の技術部門の 65%
いずれも INSEE の統計だが、たとえば、図4のもとになった統計(「Estimations
d'emploi」)では、工業の雇用は 55,022 人であるが、図6は「CLAP」
(Connaissance locale
de l'appareil productif)に基づいており、工業の雇用は 40,934 となっている。
5
13
がイル・ド・フランスに集中し、そのうちの 11.5%をセーヌ・サン・ドニが占める。現在、
この地域には、フランスの 10 大映画スタジオのうちの 5 つを含む、300 社近くのオーディ
オビジュアル関連企業と 42 の撮影スタジオが立地する。また、イメージ技術の分野では、
その数は 2000 社に上り、ヨーロッパの映画・オーディオビジュアル・マルチメディア生産
のハブになっている。2005 年に始まった産業クラスター政策との関連では、サン・ドニに
は、パリ地域の世界水準志向のクラスターに指定されている「カップ・デジタル Cap Digital」
の地理的な拠点の一つとなっている6。
「カップ・デジタル」は、デジタル・サービスとデジタル・コンテンツ関連のクラスタ
ーであり、総計 600 の企業・研究所・教育機関から構成されるアソシアシオンである。具
体的には、テレビゲーム、デジタルデザイン、文化・出版・メディア、イメージ・音響・
対話型機能、ロボット工学とコミュニケーション・ツール、e-Learning と e-Training、モ
バイル・ライフスタイル&サービス、知識工学、協調的フリー・ソフトと新経済モデルと
いった 9 つのジャンルを含んでいる。なお、企業メンバーについては、20 の大企業グルー
プ7と、530 の中小企業から構成されている。メンバー企業の雇用は、合計で 17 万人に上る。
調達された資金の 46%は、クラスターのプロジェクトに関与する中小零細企業が恩恵を得
ている。「カップ・デジタル」の企業支援内容については、たとえば、R&D 構想の構築、
資金調達・マーケティングとイノベーションの販売方法・納税関係・人的資源・輸出に関
する知識を得られるようなワークショップや教育訓練、600 のメンバーとネットワーキング
の促進、当該部門のカギ情報へのアクセス、等々といったものである。
さて、セーヌ・サン・ドニ県で「カップ・デジタル」の受け皿となり、映像・マルチメ
ディア関連産業の振興の中心的な役割を果たしている機関が、
「パリ北部オーディオビジュ
アル・映画・マルチメディア拠点 Pôle Audiovisuel Cinéma Multimédia du Nord Parisien」
(以下、「Le Pôle」と表記)である。「Le Pôle」は、プレーヌ・コミューン都市圏共同体
Communauté d’agglomération Plaine Commune8とセーヌ・サン・ドニ県からの支援を同
時に受けている。この機関は、セーヌ・サン・ドニ地域における、映画・オーディオビジ
ュアル産業と、マルチメディア関連の新コンテンツ産業の発展に寄与することを目的とし
て、2003 年に創設されたアソシアシオンである。2010 年現在、
「Le Pôle」の加盟メンバー
数は 63 であり(2008 年は 40)、その内訳は、企業が最も多く 46、次いで大学・学校・教
カップ・デジタルの記述に際しては、産業クラスターPôle de compétitivité 政策の HP を
参照した(2011 年 1 月 27 日閲覧 http://competitivite.gouv.fr/accueil-3.html)。
7 Canal+、
EDF、France Telecom、IBM、Ubisoft、Microsoft France、Sony France、Thomson、
Xerox、等々が挙げられる。
8 セーヌ・サン・ドニ県の 8 つのコミューンから構成される(オーベルヴィリエ、ラ・ク
ルヌーヴ、エピネイ、リル・サン・ドニ、ピエールフィット・スル・セーヌ、サン・ドニ、
スターン、ヴィルタヌーズ)。この領域内に、住民 341,300 人、雇用 135,800 人、住宅 134,400
戸、学生 40,000 人、大学2校とその高等教育機関を含む。土地の 95%が整備されており、
都市化地区 59%、産業・商業地区 27%、緑地 8%の内訳である。
6
14
「Le Pôle」は、加盟メンバ
育組織 11、公的機関 2、地方公共団体 3、業界団体 1 である9。
ーに対して、プロモーション・ツールの創造、戦略情報の普及、パートナー探しのアドバ
イス、「集団」行為の実施といった支援を行っている。そのために、セーヌ・サン・ドニに
ある 900 近くの企業をオンラインでつなげるデータベースを構築している。
また、フィルム・コミッション Comission du film を通じて、セーヌ・サン・ドニにおけ
る映画撮影を促進している。このサービスは無料であり、事前に見つけた舞台装置、撮影
前・中の援助・アドバイス、地方公共団体・地域のサービス業従業者・住民との関係性に
関するデータベースを提供している。
セーヌ・サン・ドニには、このように映画・オーディオビジュアル・マルチメディア産
業に従事する企業・教育機関・業界団体が集積し、また、産業クラスター政策とのかかわ
りで当該産業を支援するための「Le Pôle」のような組織が存在するなど、地域産業・経済
の担い手として一般的な関心を呼んでいる。
プレーンヌ・コミューンの月刊誌『En Commun』2010 年 7 月・9 月号の記事に見られ
るように、当地域は、『大パリ構想 Grand Paris』と連動しながら、創造産業の世界的な拠
点になっていくことが期待されている。この記事によると、同地域では、デジタル・アー
ト(テレビゲーム・3D アニメーション・インターネット)だけではなく、芸術関連の職人
業(デザイン、ファッション、装飾、宝飾品)
、さらに都市文化(ヒップホップ、スラムダ
ンス、グラフィティ)までを含むような産業が目指されている。そして、プレーヌ・コミ
ューンの局長フィリップ・ピロンの次の言葉が紹介されている。
「モントリオール、ソウル、
ロンドンは、地域全体の規模で展開される、インセンティブ付与的な公共政策と民間イニ
シアティブによって創造産業の拠点となることができた」。「ポテンシャルとノウハウはこ
の場所にある。しかしそれらは十分な価値を与えられていない。そうしたポテンシャルと
ノウハウは、外国人だけではなく住民にとっても理解しにくい。どうしたら、こうした能
力をもっとうまく引き立たせることができ、そのために新しい活動とクリエーターを惹き
つけることができ、したがってこの勢いが皆に利益をもたらしうるのか。これがクラスタ
ーの争点だ」と述べている。他方で、
「Le Pôle」のディレクターであるマリカ・アイ・ジェ
ルビは、同記事のなかで、「たとえばイメージ関連の企業を惹きつけるためには、不動産供
給を強化し、土地供給を発展させ、公共空間のリノベーションを続けなくてはいけない」
といったより具体的な提言を行っている。現在、サン・ドニ地域では、後述の ICADE によ
る土地再開発事業と合わせて、映画・オーディオビジュアル・マルチメディア産業の振興
が活発に行われているが、これらの言葉はその背景となる認識を示しているといえる。
107 は、企業にカウントされる。なお、教育機関には、パリ第 8 大
学、第 13 大学の他、オーディオビジュアル関係の専門学校などが含まれる。公的機関はパ
リ/セーヌ・サン・ドニ商工会議所、INA(オーディオビジュアル国立学院)、地方公共団体
はセーヌ・サン・ドニ県、プレーヌ・コミューン都市圏共同体、サン・オウエン市である。
最後に業界団体には、FICAM(映画・オーディオビジュアル・マルチメディア産業連盟)
が該当する。
9今回視察したスタジオ
15
②
再開発事業と「ICADE」
ICADE はフランスを代表する上場不動産投資会社10であるが、その前身は 1953 年に設
立された、「預金供託公庫不動産中心会社 Société centrale immobilière de la Caisse des
dépôts et consignations」(SCIC)である。SCIC は、フランス最大級の公的金融機関であ
る預金供託公庫(CDC)の子会社として設立された11。SCIC は、2003 年に名称を変更し
て今日の ICADE となり、2006 年には株式市場に上場した。また近年では、公的資金によ
って戦後建築されてきた社会住宅の売却を表明するなど、議論を呼んでいることでも知ら
れる。
さて、ICADE がディベロッパーとして開発を行っている土地は全国に多数存在するが、
映画・オーディオビジュアル・マルチメディア関連企業が集積する「パリ・ポルト・パー
ク Parc des Portes de Paris」もそのうちの一つである。同パークは、地理的にはプレーヌ・
サンドニに属し、サン・ドニとオーベルヴィリエという二つのコミューンにまたがって広
がる 46.5 ヘクタールの土地である(図表7)
。そして、119 の建物に当該地区に立地する
250 社の 95%が入居している。この地区で働く従業者数は 8000 人であり、オーディオビ
ジュアルをはじめ、ファッション、テキスタイル、教育、レジャーといった分野の関連企
業が立地している12。パリに隣接する当該地域は、かつて物流の拠点であり、今日でもレン
ガ造りの古い倉庫群が残っている(図表8)。こうした倉庫群を解体せずに用途転用しつつ、
環境に配慮した開発を行っているのが特徴である。
Société d'investissement immobilier cotée(SIIC)。
預金供託公庫(CDC)の正式名称は Caisse des Dépôts et Consignations である。CDC
は 1816 年に設立された。低家賃住宅(HLM)建設・都市インフラ整備向けの融資を始め、
保険業務・投資銀行業務を中心に行ってきた。地域開発支援業務については専門子会社を
有し、その一つが旧 SIIC である。
12 以上、
ICADE の HP より(2010 年 12 月 18 日閲覧。http://www.icade.fr/parc-des-portes
-de-paris,code-projet-emgp_parc_portes_de_paris.html)。同パーク内で ICADE が提供す
るオフィスビルとしては、サン・ドニ側に「114 ビル」、オーベルヴィリエ側に「521 ビル」
がある。
10
11
16
スタジオ 107
商業地区
区予定地
ICADE
注1:
:パークの南に
には環状線が走
走っており、こ
これを超えると
とパリ市である
る。
注2:
:2012 年の開通をめざし、地下鉄の駅と パーク内を南
南北に走るトラム建設が進ん
んでいる。
図表7
図
パリ ・ポルト・パークの位置
資料: ICADE の HP
H より
パリ市
市内
図表8
図
開発
発地域におけ
ける古い倉庫群
資料:IC
CADE の報告 PPT より
17
詳細はヒアリング記録を参照していただきたいが、ICADE では開発に際して特定の業種
や機能に特化するのではない多様性を含んだ地区開発を目指している。産業拠点だけでは
ない、都市的な機能を持たせるように考慮している。また、開発に際しては、必ずしも古
い建物の保存にこだわらないが、地域のアイデンティティを重視し、伝統をアピールする
上でも景観のリズムや色調に配慮している。また、古い建物の新しい形での利用は、ICADE
が環境規制をクリアしていることをアピールする上でも非常に効果的であるという。
(3)まとめにかえて
以上、イル・ド・フランス州におけるセーヌ・サン・ドニ県の経済・社会的特徴と、今
回の視察の対象である、映像・マルチメディア関連産業振興および ICADE の再開発事業に
ついて概観した。パリに近接するセーヌ・サン・ドニ県では、かつての工業化とその後の
貧困地区の形成という歴史的経緯によって、高い失業率と社会包摂をめぐる深刻な都市問
題に直面している。地域労働市場の特性と、第3次産業の成長によって新たに生まれる雇
用との間に横たわるギャップは、大きなジレンマとなっている。ICADE の開発と、映像・
マルチメディア産業クラスターの形成についても、同様のことが言えよう。産業政策とし
ては、サン・ドニはパリとの近接性を十分に発揮するような産業を育成するべきであり、
またすでに関連企業と機関が集積している強みを考えれば、
「Le Pôle」や ICADE そして関
連自治体の取り組みは、適切な処置であるように思われる。ただし、サン・ドニの政策担
当者が目指しているような創造産業が、今後地域の雇用先を提供できるかどうか不明であ
る。こうした地域労働市場と新産業のギャップをどのようにして埋めていくべきなのか、
あるいはそもそもの埋める必要などないのか、サン・ドニの経験は、脱工業化から知識経
済化の流れの中で産業構造の変容を迫られる多くの都市・地域にとって、重要な問いを提
起しているように思われる。
参考文献
Boyer, J-C. « Ile-de France », in J-C. Boyer et al. eds, La France : les 26 Régions ,
Armand Colin, 2009, pp.131-158.
Fol, S. La Mobilité des Pauvres, Belin, 2009.
Insee, « Ile-de-France à la page », n° 340 、2010 年 7 月。
Plaine Commune, En Commun, 2010 年 7 月・9 月号。
18
2) サントル州シェール県の中小企業グループ「PICF」
立見淳哉
(1)はじめに
他の先進諸国と同様に、フランスにおいてもサービス経済化の流れの中で製造業の縮小
が起こっている。萩原(2006)が指摘するように、フランスでは国内の製造拠点が国外に
移転し、産業空洞化が懸念されている。国際的なコスト競争の中で製造拠点を従来どおり
に維持することは確かに困難である。しかし、安定した雇用の供給者として製造業が果た
してきた役割は大きく、製造業に代わる新産業の育成は、とりわけパリ圏(イル・ド・フ
ランス)以外の地域にとってはさほど容易ではない。個別企業のイノベーション力を高め
つつ、製造業の機能を一定程度維持していくことは必要であろう。
この意味において、製造業への依存度が相対的に高い地域において、地域中小企業のグ
ループ活動を通じて、地域企業の競争力の育成と、中小企業と地域の雇用を結び付けよう
とする PICF の取り組みは非常に興味深い13。これは、製造業における創造的コミュニティ
づくりの試みであると言ってよい。以下では、ヒアリングメモの内容と一部重複するが、
サントル州とシェール県の概要説明を行いつつ、PICF の活動を捉えなおすことにしたい。
(2)PICF の取り組み
①
サントル州 4 県の産業特性
PICF は、2006 年 1 月にサントル州シェール県の商工会議所の働きかけを受けて結成さ
れた、機械金属産業関連の中小企業グループである14。中小企業間での資源・手段の共同化
を行うことでシナジー(相乗)効果を発揮し、サントル州の経済発展に寄与することを目
的としている。PICF の会員企業の合計売上高は 33,000 万ユーロで、従業員数は 2400 人
に上る。シェール県が活動の中心であるが、会員企業 29 社の立地は、シェール県だけでは
なく、サントル州の他の3県(ロワール・エ・シェール、アンドル、ユール・エ・ロワー
ル)に広がっている。
サントル州は、パリを中心とするイル・ド・フランス州に隣接する州であり、製造業が
盛んな地域である。雇用(工業・商業・販売サービス業)に製造業が占める割合は、サン
13本章では扱わないが、地域レベルでの産業政策としては、2000
年のリスボン戦略の策定
を受けて 2005 年からスタートした、
「競争力の極 Pôle de compétitivité」と呼ばれるフラ
ンス版の産業クラスター政策がある。産業クラスター政策が従来の産業政策と大きく異な
る点は、すでに地域に存在する企業や諸機関のネットワーク化を通じた競争力強化を目指
し、かつてのように大企業を誘致するなどして「砂漠に大聖堂」を建築するものではない
ことである[Plunket et Torre 2009]。国というよりはむしろ地域主導の政策である。また、
大企業だけではなく地域中小企業の役割が考慮されるようになってきている。
14 PICF は、結社の自由を保障するアソシアシオン法(1901 年)に基づいて結成されたア
ソシアシオン(=アソシエーション)である。アソシアシオンについては注5を参照のこ
と。
19
トル州では 22%となっている(INSEE 2005)。フランスの全国平均が 18%であることを
考えると、サントル州における製造業の存在感がイメージできるであろう。PICF のパンフ
レットによると、会員企業が立地する4県でフランスの機械工業の 20%が生産されている
など、製造業の中でも機械金属関連の存在が大きい。なお、サントル州各県における製造
業事業所数・従業者数等は、表1のようになっている。
表1
2007 年サントル州各県の製造業事業所数・従業者数等
資料:INSEE をもとに筆者作成
事業所数 従業者数
シェール
ユール・エ・ロワール
アンドル
アンドル・エ・ロワール
ロワール・エ・シェール
ロワレ
サントル州
253 16
381 25
207 12
429 24
265 19
552 40
2 087 137
502
388
245
204
570
080
989
給与総額
501
770
331
742
580
1 278
4 204
657
196
161
227
998
544
783
従業者あたり
投資総額
給与
30,4 103 143
30,3 200 500
27,0
56 809
30,7 174 226
29,7 105 469
31,9 346 983
30,5 987 130
単位:千ユーロ
また製造業の中でも、県別に見るとそれぞれの特徴がみられる。表2は、PICF の会員企
業が立地するサントル州の 4 県を対象に、各県の製造業における上位5業種を示したもの
である。県によって、医薬品工業であったり、農業であったり自動車関連であったりとさ
まざまである。特に目を見くのは、シェール県の武器・弾薬製造の 15.3%である。PICF の
メンバー企業は機械金属産業に属するが、市場の変動を受けにくい、航空機や武器製造と
いった特殊な分野の企業から受注しているケースが少なくないが、この表から、特にシェ
ール県の企業にとっては武器製造が一大受注分野となっていることがわかる。
表2
2007 年サントル州4県の製造業における上位5業種(従業者数)
資料:INSEE をもとに筆者作成
シェール県
ユール・エ・ロワール
武器・弾薬製造
15.3 医薬品工業
金属業の産業サービス
10.8 プラスチック加工
アンドル

9 .8 農業・食品業
ロワール・エ・シェール
12.6 自動車備品製造
16.9
9.8 鋳造
9.6 プラスチック加工
16.7
9.5 電気用具製造
7.2 家具製造
9.4 農業・食品業
11.4
ゴム工業
7.7 自動車備品製造
6.8 プラスチック加工
8.7 金属業の産業サービス
機械器具製造
6.6 ゴム工業
農業・食品業
6 皮革・靴工業
20
6 家具製造
7.2
4.9
図1はサントル
ル県全体の産
産業構成を地
地図に落とし
したものであ
あるが、これ
れによると、シェ
ール県
県ブルジュを
を含む南東部
部で機械器具
具製造(深緑
緑)、金属産業
業(ベージュ
ュ)などの伝
伝統的
な製造
造業種が優勢
勢であり、パ
パリに近い北
北西部で、医
医薬品・香水
水・化粧品 (ピンク)や
や化学
(暗い
い水色)
・自
自動車(水色
色)産業が優 勢となってい
いる。
図1
サン
ントル州の産
産業構成マップ
資料:
:INSEE(200
05)より
②
PICF の結
結成と活動内
内容
初、競争関係
係にある企業
業が、協力関
関係を築きあ
あげるのは容
容易ではなかった。
PICF 結成当初
は、1 社での
の事業活動よ り、共同することで共通
通の利益が得
得られること
との方
しかし、現在では
きいことが、
、メンバー企
企業の共通の
の認識となっ
っている。企
企業が単独で
では対処できない
が大き
問題を集団として
て解決するこ
ことができ、 また、中小
小企業間でシ
シナジー効果
果を発揮すること
質面と費用面
面での改善を
を図るととも
もに、企業間
間協力と共同
同プロジェク トを通じた新規
で品質
市場へ
への進出が可
可能となるか
からである。
PICF の活動内
内容は、大き
きく以下の5 つである。
の獲得と市場
場進出に不可
可欠な営業活
活動である。たとえば、 国内・国外
外の展
第1に、受注の
21
への出展を通
通じて情報の
の収集と発信
信を行う。また、企業間で
で共同仕入れ
れを行うこと
とで、
示会へ
規模の
の経済を発揮
揮することが
ができる。第
第2に、相互
互扶助活動であり、1 社で
では費用負担
担でき
ずに対
対応が困難で
である、品質
質管理、品質認
認証の取得に
に向けた取り
り組みである
る。たとえば
ば、ISO
(9001、14001、
、18000)を
をはじめとし
した資格認定への取り組み
みがある。第
第3に、ロビ
ビー活
ある。政府に
には大企業の
の要求ばかり
りが通りやす
すいので、集
集団として下
下請中小企業の要
動であ
求を伝
伝えていくた
ための活動で
である。第4
4に、機械金属
属産業の魅力
力を若い世代
代にアピール
ルし、
若者の
の当該産業に
に対する関心
心を喚起する
るための運動
動と、若者の
の採用募集に
に向けた活動であ
る。若
若者を企業研
研修に受け入
入れるなどし
している。ま
また、PICF の企業は
の
4県
県にまたがっ
ってお
り、日常的な交流
流がさほど容
容易ではない
いことから、メンバー企
企業同士の関
関係構築を行
行って
。第5に、研
研究開発など
どイノベーシ
ションの試み
みである。
いる。
PICF の中で、これらの活動に対応す る形でメンバ
バー企業の担
担当が設けら
られている(図2)。
、図中の担当
当は企業によ
よって複数重
重複している
る。
なお、
運営会議
営業活動担当
(7名)
副会長
会長(1名)
(1名)
副会
会長
(1名)
秘書
会計
会計
計補佐
(1名)
(1名)
(1名)
相互扶助活動
相
担当(5名)
担
若者の関心喚
起担当(4
4
名)
イノベ
ベーショ
ン活動
動担当
(10
0名)
図2
2
特
特殊機械グル
ー
ープ担当(8
名)
PICF の組織図
資料:PICF
資
パ
パンフレットを
をもとに筆者作
作成
③
協力関係の
の構築とアニ
ニマトゥール
ルの役割
PICF 結成の要
要因の一つで
でもあるが、金属産業においては、中
中小企業間で
で協力するこ
ことな
企業との取引
引を行ってい
いくことが困
困難になって
てきていると
という背景が
がある。たとえば、
く大企
航空機
機製造のエア
アバス社など
どが下請を絞
絞り込むよう
うになってき
きている。中
中小企業の自立化
とユニ
ニット受注が
が求められる
るようになっ
ってきている
ると言える。発注側とし
しては、入札に際
して、
、中小企業単
単体で価格交
交渉する方が
が都合がよい
いため、中小
小企業が共同
同受注することを
嫌う大
大企業もある
る。大企業と PICF の間 で利害のミス
スマッチが存
存在すること
ともある。しかし、
中小企
企業側として
ては連合を組
組んで取引に
に臨むことが
が必要になっ
ってきている
る。これは、他地
域の中小企業連合
合に対抗する
る上でも不可
可欠である。
22
2005 年頃からこのような必要性が認識されるようになり、2006 年に PICF の結成に至っ
た。しかし、PICF の運営は容易ではなかった。まず、他企業とともに事業を行うことが中
小企業の精神ではなかったのである。PICF のような共同グループを作ったとしてもその企
業の活動が消滅するわけではないのだが、今でも中小企業の連携を嫌う企業は少なくない。
個別利益と共通の利益の調整が容易ではないのである。
それでは、PICF では、どのようにして企業間の競争的関係を協力関係に発展させること
ができたのであろうか。これに際して、「アニマトゥール」と呼ばれる商工会議所に所属す
る専門職員が果たした役割が大きい15。アニマトゥールは、フランスの国家資格であり、主
としてアソシアシオン16で組織活動を円滑化する役割を果たす職種である。シェール県商工
会議所では、アニマトゥールが組織運営(アニマシオン)の手法を独自に開発し、登録し
ている。その手法の要点は以下のとおりである。すなわち、①何を行うにせよ決定者は(組
織のガバナンスは)企業であり、アニマトゥールはあくまでも中立を守る。②会合を開く
ときは必ず企業が会合の条件を設定する。③アニマトゥールとなる人物は、調停役の力を
持っていることが不可欠である。企業間での言い争いが起きた際には、双方の言い分を聞
くプロでなくてはならない、というものである。PICF のメンバー企業によると、PICF の
立ち上げがシェール県商工会議所から持ちかけられたときには、企業側は半信半疑であっ
たが、アニマトゥールの質の良さと企業の意欲によって軌道に乗ることができたという17。
(3)まとめにかえて
PICF 結成の発端はシェール県商工会議所の呼びかけによるものであった。商工会議所で
は、とりわけ地域の中小企業支援に力を入れている。地域の労働市場と中小企業を結びつ
けるために、若年層に対して中小企業の魅力を伝える努力を行っている。大企業は、グロ
ーバル戦略の中で突如として地域外に工場を移転してしまう可能性があり、その場合、地
域の雇用は失われてしまうリスクがある。それに対し、中小企業は地域に根付いており、
なお、男性であれば「アニマトゥール Animateur」であるが、女性であれば「アニマト
リス Animatrice」と呼ばれる。PICF の場合、アニマトリスであるが、本文では混乱を避
けてアニマトゥールと表記した。我々の研究グループと PICF との交流においても、アニマ
トリスが間に入ってすべての調整を行い、当日の司会等を行った。
16日本でいえば NPO 法人がアソシアシオンのイメージに近いが、非常に幅広い非営利団体
がこのカテゴリーに含まれる。アソシアシオンは、フランスの社会的経済 l’économie sociale
の主要な構成要素である。社会的経済は、協同組合、共済組合、アソシアシオン、財団か
ら構成されるいわば社会事業部門であり、資本主義の問題性が強く認識されるにつれて注
目が増してきている。2008 年の INSEE(フランス国立統計経済研究所)の統計によると、
フランスの全従業者数のおよそ 10%が社会的経済で雇用されており、雇用先の法人形態と
しては社会的経済の 8 割弱をアソシアシオンが占める。アソシアシオンの主たる活動フィ
ールドとしては、社会包摂関連やアート/ショービジネス関連の事業がある。
17企業間の信頼関係を築くために、当初はコミュニケーションの極めて初歩的なことから始
めた。たとえば、ゲーム方式で、コミュニケーションのノウハウを学んだり、互いの協調
性を促進するような試みを行った。
15
23
安定した雇用先を提供するとの考えによるものである。
サービス経済化が進む今日においても製造業が有する雇用吸収力は魅力的である。若年
層に製造業の魅力をアピールしつつ地域労働市場と中小企業の雇用をつなげ、また企業の
競争力を集団として育成していこうとする PICF のような試みは、今後一層広がっていくこ
とが期待される。また、アニマトゥールの存在など個別企業の利害調整を円滑化する上で
の制度的背景などは、日本の中小企業グループにとっても参考となるであろう。
参考文献
萩原愛一「最近のフランスの産業政策―イノベーション強化の取組み―」『レファレンス』
2006.6, pp.84-98.
Insee Centre, Insee Centre INFO, no.130-131, 2005.
Plunket, A. et Torre, A. « Les pôle de compétitivité ou le retour ambigu des déclinaisons
locales de la politique industrielle français », Economia e politica industrial, Vol.3, 2009,
pp.159-177.
24
域都市圏
3) リール広域
三浦
浦純一
)新旧コントラストの駅
駅周辺
(1)
パリ北駅から北
北東に向かい
い、およそ 1 時間
ール・フラン
ンドル駅に到
到着した。T
TGV
でリー
(フランス新幹線
線)による移
移動は、ちょ
ょうど
から行く名古
古屋のような
な距離になる
る。ホ
大阪か
ームに
におりると、
、リール広域
域都市圏共同
同体の
Richa
ard GAILL
LARD 氏が出
出迎えに来て
ておら
れた。
。日本とちが
がって改札口
口がないから
ら、ホ
ームも道路の延長
長である。さ
さっそくその
の場か
市街の見学に
に、足早に歩
歩き出した。なに
ら旧市
ぶんに
にも予定時間
間が 30 分と短いので、リール・フランドル駅を
を中心にして
て西の旧市街
街地区
を 10
0 数分歩き、折り返して
て駅から東の
の再開発地区
区を 10 分程度
度歩く「見学
学」である。イヌ
科の動
動物がクンク
クンと左に右
右に動くよう
うなものだが
が、その範囲
囲だけでもリ
リールの新旧
旧対比
が象徴
徴的に見て取
取れた。
駅か
から数百㍍西
西の旧市街地
地区には、オペ
ペラ座
(写真
真①)、商工会
会議所、旧証
証券取引所な
などが
広場を
をかこんで建
建っている。広
広場の名前は
はグラ
ン・プ
プラザ(大き
きな広場)、つ
つまり街の中
中心部
である
る。別名シャルル・ド・ゴ
ゴール広場だ
だと説
明があ
あった。フラン
ンスでは道路
路や空港の名
名称に
よくシ
シャルル・ド
ド・ゴールと つけているので、
てっき
きりそ
①リール・オ
オペラ座(撮影
影筆者)
の一つ
つと思
いきや
や、い
や、い
いや、ここは
はシャルル・ド・ゴール
ルその人が生
生まれ
た街な
なのである。
。もしかする
ると、
「本家だ
だ!」との想
想いが
秘められているの
のかも知れな
ない。
今度は再開発
発地区に向か
かう。さっき
きとは
引き返して、今
て変わって、
、近代的建築
築群が目に飛
飛び込んでく
くる。
うって
カルフールが入っ
っている巨大
大ショッピン
ングセンター
ーがあ
その先に L 字型をしたビル(写真②
②)がリール
ル・ヨ
り、そ
ーロッパ駅を跨い
いでいる。在
在来駅のすぐ
ぐ近くに、ユ
ユーロ
ーの新駅が配
配置された構
構図だが、こ
これは地元の
の政財
スター
25
②クレディリ
リヨネビルと
駅前広場の
のオブジェ
アースより)
(グーグル・ア
界が大運動をくり広げた成果だという。
L字ビルの名前はクレディリヨネ・ビルといい、GAILLARD 氏によると、21 世紀のリ
ール Lille を象徴する建物だから頭文字の形にしたとか。金融、証券などのオフィスビルで、
床面積 15,000 ㎡の 40%をクレディリ・ヨネ銀行が専有している。ちなみに、写真下方にあ
るチューリップのオブジェは、2004 年の欧州文化首都の取り組みでつくられた、日本人ア
ーティストの作である。
この地区の再開発は軍用地や国鉄用地を利用したユーラリール開発計画(1990 年に広域
圏共同体として決定)として行われてきた。ユーラリールセンター、国際オフィスセンタ
ー、国際会議場、国際ホテルを核施設とし、21 世紀のリール地方の中枢機能を集中させる
構想になっている。もうほぼその姿が現れているが、「見学」の終点であるリール・メトロ
ポール事務所にいたる途中には、まだ工事中のところや空地になっている所もあるほど大
がかりで長期的な事業である。
これほど街の姿が変わる大がかりな改造がなぜ必要になったのかというと、地域経済の
屋台骨を成していた伝統産業の衰退が背景にある。
(2)伝統産業の衰退
市街地が切れ目なく連続するリール市、ルーベ市、トゥルコワン市のエリアが核になっ
ているリール広域都市圏の伝統産業は石炭、繊維、鉄鋼である。リール市の南 30 ㎞から西
に広がる炭鉱が、19 世紀のフランス産業革命に重要な役割を果たした。1930 年代に最盛期
をむかえ、その当時、フランス国内の 3 分の 2 を生産するほどであった。しかしそれだけ
の生産も 60 年代には下降期に入り、70 年代には最盛期の 34%、80 年代初頭には 11%とお
ちこみ、90 年にいたって最後の炭鉱が閉鎖されている。
ところで、初期の製鉄は石炭を燃料とした。そのため、海路で外国から運び込むように
なるまでは、内陸部の炭鉱近くに立地した例が多い。リール地方においてもそのとおりで、
1830 年代から炭鉱の近くに鉄鋼業が成立している。ただし 1960 年代になると、安い燃料と
鉄鉱石をもとめた鉄鋼業は海岸沿いのダンケルク市に拠点を移し、80 年代に事業所は閉鎖
された。一般的に、産業革命で石炭・鉄鋼が既存の繊維産業と結びつけば、そこに機械・
金属工業が派生するといわれる。しかしリール地方の場合は紡績機、織機をイギリスに依
存したためそれほどでもなかったようである。
繊維の歴史は古い。フランドル平野に広がる白亜紀の斜面で羊を飼い、中世には毛織物
業でヨーロッパ第 1 の生産地になっている。その後、リス谷で栽培した亜麻やさらには綿
も使うようになり、産業革命後はリールが綿糸・綿布、ルーベ市とトゥルコワン市が毛織
物を特長として栄えてきた。
しかし 1950 年代には機械化の進行で資本力の弱いところが淘汰され、70 年代にかけて地
元大企業を頂点とする生産の集中が進むことになる。さらに 80 年代以降は、途上国の安価
な製品との競争にまきこまれ、就業者数は 74 年の 9 万 6000 人から 88 年には 3 万 8000 人
26
に減ってしまった。
こうして地域経済を支えた産業が衰退する中で、さまざまな問題が発生した。第1は言
うまでもなく失業の増大である。ヨーロッパの場合、労働組合が強いところでは「先入権」
が確保され、ベテランの雇用が守られる。そのため若年者の失業が高くなった。第 2 は伝
統産業が移民の労働力に支えられていために、外国人の失業が大量発生したということで
ある。モロッコ人、アルジェリア人が過半数をしめるが、ポーランド人、イタリア人等の
外国人が 1980 年代には約 8 万人を数えていた。
これらの人々が住んでいた低家賃住宅街が、
大量失業によってスラム化した。特にルーベ市とトゥルコワン市にその傾向が見られ、産
業の衰退が都市問題として現れるようになったのである。問題の深刻さは、フランス有数
にあげられるほどであった。
ユーラリール開発計画(1990 年)はこうした地域状況を打開するために始められた起死
回生をめざす政策である。
(3)政策手法の特徴
さて、リール広域都市圏共同体の戦略と具体的な取り組みは、調査記録と添付資料を参
照していただきたい。なにぶん駆け足の調査だったために、今後の研究の糸口を見いだす
レベルでしかないが、私には貴重な成果になったと思っている。ここでは以下、特に強く
感じた点を、大阪に引きつけて簡略に述べることにする。
①
EU の中で新たな地域的役割を構築
リール広域都市圏の再生戦略は、開発計画に「ユーラリール」と名付けたことに象徴さ
れるように、EUの中で新たな都市圏とその地域的役割を構築しようとしている点に最大
の特徴がある。より広い市場をめざすというだけでなく、フランスの中ではベルギーとの
国境に接する「北東の端っこ」でしかないが、EU の枠で見ると本部・ブリュッセルに近い
「中心部」で、しかも陸路、水路の要衝に位置する優位性を獲得できるからである。
また、リール地方はベルギー側の都市と、①ネーデルランド時代にはフランドル都市群
を形成していたという歴史・文化的一体性、②近・現代をつうじた資本・労働力の交流と
いう経済的一体性、③国境を越えて町並みが連担するという景観的一体性がある。その点
では、都市圏として最大の能力を発揮できる枠組みは、21 世紀的フランドル都市圏という
ことになるのではないか。ここにも国境をこえる積極的理由がある。
ただこの視点をストレートに大阪に当てはめて、アジアの経済拠点として大阪を構想す
るのは早計だろう。リール地方の場合には構想の裏付けとなる実体がある。大阪の場合に
はまだアジアとの関係で、文化的、経済的一体性が安定的に実体化しているわけではない。
日本企業の資本展開が進んでいるといっても、地理的には海で隔てられており、歴史的に
はまだ「大東亜戦争」の後遺症を引きずっている。いまは虚心坦懐に文化的、経済的交流
の実体を生活レベルで築く段階と思われる。
27
②
立体的な政策展開
リール広域都市圏共同体、およびAPIMの説明を聞きながら感じたのは、非常に政策
が総合的で、それが総花化せず立体化していることであった。つまり思いつきの多様性で
はなく、計算された体系的多様性になっているということである。たとえば、フランスの
工業力は、日・独・米に比べて中・高度技術において劣位にあると言われていたが、リー
ル広域都市圏の繊維産業がそれをどのように克服しようとしているかというと、ローテク
を活かしながらそれと併存するハイテクの育成である。
具体例でいうと、ある企業はテクニカルファイバーでゴムボートの布地を織っているが、
その傍らリネンとコットンの高級バッグ布地を昔ながらの技術で織っている。伝統技術が
あってこそハイテクを活用できると考えるからである。同じようにリール広域都市圏に設
置されたデジタル映像の教育施設では手描きのアニメーション製作を経験してからデジタ
ル製作を学ぶカリキュラムにしている。
このように基礎作りから高度技術の活用まで、また 1 次産業から 3 次産業まで、さらに
人材育成の教育・研究からビジネス化のインキュベーターまで、といったように、産業再
生に必要とされるさまざまな分野の取り組みを、さまざまな段階で関連づけて組み合わせ
るのである。
③
雇用政策と地域開発の総合
特にこの総合性において注意をひかれたのは、雇用政策と地域開発の一体化である。一
時期は 30%近い失業率になったそうであるから、そこから来たのかとも思われたが、根本
はそうではない。フランスでは「くにに住んで仕事する」のが当たり前とされる。「くに」
とは国家ではなく、郷里のことであり帰属意識のある地域のことある。そこに「住んで仕
事する」のであるから、雇用はもちろんのこと、職住近接や生活の質が地域づくりの前提
になる。当然、地域間格差もあってはならない。
こうした当たり前のくらしの理念から、紆余曲折を経て、フランスの地域開発は「地域
の諸活動及び資源に係わる様々な経済、社会、文化的諸要素を統合した開発計画を構築す
るため、一定地域の将来を関係住民とともに作りあげる具体的なプロセス」
(1972 年、国土
整備・地方開発庁 DATAR)であると定義されるようになった。まだ国と地方の関係など、
制度的には模索している面もあるが、人間らしいくらしの理念を実現するのが手段として
の政策であるというスタンスは、我々がもっと意識していいことではないだろうか。そう
すれば雇用政策と地域開発は一体化できるに違いない。
④
外来型開発と内発的発展の結合
リール広域都市圏は強力に外国企業の誘致を進めている。トヨタも 2001 年から旧炭鉱地
帯であったヴァランシエンヌの工業団地でヨーロッパ第 2 の工場を稼働させるようになっ
28
た。金融、サービス業なども含んで誘致企業はかなりの数になっている。一般的にこうし
た企業誘致は、雇用などに即効性はあるが、長期的に見て地域を育てる存在になるのか食
い逃げする存在になるのか、評価は難しいところがある。
リール広域都市圏の場合も今後の推移を見なければ分からないが、ただ、相当領域にお
いて外来型開発と内発的発展が結びついたものになっていることは見ておかなければなら
ない。たとえば 19 世紀に炭鉱周辺の鉄鋼業が成立したのに、イギリスの紡績・織機に依存
したために、機械・金属業が十分発達しなかったと先述した。しかし 1960 年代から炭鉱に
代わる産業として自動車産業を育成してからは、プジョー、ルノー、クライスラー、ミシ
ュランなどが立地し、在来の製鉄業とも結びつきながら、輸送関係の機械・金属業が成長
して来ていたのである。近年の企業誘致は、そうした到達と結びついている。
またリール広域都市圏では、通信販売業がフランスで最も発達している。これは 1920 年
代に、地域の繊維企業が外来の販売業態を取り入れ、自ら衣料品を製造して始めたもので
ある。そこからカタログ販売は印刷産業を、ネット販売は IT 産業を、そして流通産業を育
ててきたのであるが、通信販売を支えている最大の基盤は、やはり繊維・衣料産業の集積
である。
このように、既存の力にイノベーションを起こさせ相互発展関係をつくるような外来要
因の活用を、大阪における企業誘致はもっと意識しなければならないだろう。
⑤
経済目的にくみ込まれた「生活の質」
企業誘致の関係で驚いたのが、「リールは生活の術に優れたところです」と、文化投資に
力を入れてきたこと、文化・芸術を楽しむ環境が充実していることを説明されたことであ
る。これは我々調査団むけに言ったことではない。企業に対して行っていることの説明で
ある。これまで、「減税するから」「インフラを整備するから」といった誘致材料ばかり耳
目にしてきただけに、「生活を楽しめる」という迫り方は非常な驚きだったのである。
しかし今になって考えると、先述したように「くにに住んで働く」ことが当たり前の幸
せであるのだから、誘致した企業の人々に地域がどんな生活を提供できるのかを説明する
のは、理の当然ということになる。その当然のことが、大阪でできているだろうか。生活
の楽しみは、お金を払って個人的に見いだしてください、ではないだろうか。かつての大
阪は経済一辺倒ではなく、歌舞伎、文楽、義太夫、書画、詩歌など、生活を楽しむ町人文
化を育てていた。それが町のたしなみであり、生活を楽しむスタンスが経済的興隆と好循
環していたのである。その意味では、大阪の経済復興は 21 世紀的ルネッサンスと共にある
のかも知れない。
⑥
政策目標に見合った企画・推進体制
「ユーラリール開発計画」を展開して以降、ノール・パ・ド・カレ州には 1994 年から
99 年にかけて、約 12.6 億ユーロの開発予算が投入されている。その内 4 分の 1 弱が EU の
29
負担である。街の姿が変わるほどの再開発が可能になるのも、こうした財政的裏付けがあ
ってのことであるが、それも企画・推進体制に支えられての話になる。たとえば、2009 年
の「広域都市圏経済開発計画」を例にとると、ここにはノール・パ・ド・カレ州、リール
広域都市圏大都市共同体、商工会議所、大学・研究機関、労働組合など 9 つの主体が参与
している。つまり、広い意思結集がなされているのである。
この場合、85 もある基礎自治体のとりまとめを、リール広域都市圏大都市共同体という
行政団体の形で行っていることが見逃せない。共同体の執行部は共同体の議会が構成し、
共同体の議会は構成コミューンの議会から選出される制度になっている。つまりその都度
の合議制でなく、正規の行政機関として政策決定と執行を行うので、責任、継続性、臨機
性が確保されるのである。
その一方で、企業誘致のように専門的な業務については、行政外に団体をつくってそこ
に委託して行っている。その方がスピーディ、かつ高度な専門性を活かして動けるからで
ある。リール広域都市圏の場合は、APIM がその例にあたり、企業誘致活動の実際を切り盛
りしてきた。
こうした基礎自治体を土台にした広域連携のあり方について、大阪はまだ回答を見いだ
していない。根本的あり方、当面のあり方について研究と議論が必要であろう。
(4)おわりに
今回のインタビュー調査は、自治体国際化協会・パリ事務所(略称クレア・パリ)の安
藤洋行氏にセットしていただいた。我々が大都市圏の産業政策を研究していて、フランス
の地域産業を調査したいとお願いしたところ、リール広域都市圏共同体を嚆矢とされたの
である。またクレア・パリ事務所の鳴田謙二所長には、リール訪問に先立って「フランス
地方行政事情」をレクチャーしていただいた。それがないとリール広域都市圏でのプレゼ
ンも未消化に終わったに違いない。お二人に改めてお礼申し上げたい。
〈参考文献〉
(財)自治体国際化協会パリ事務所[2010],『フランス地方行政事情』
(財)自治体国際化協会 [1998],『フランスにおける地域開発―その制度の変遷と事例―』
佐々木博[1995],『EU の地理学』二宮書店
高橋伸夫・手塚章・村山祐司・ジャンロベール=ピット編[2003],『EU 統合化におけるフラ
ンスの地方中心都市-リヨン・リール・トゥールーズ-』古今書院
30
5. 感想レポート(大阪出発組の 50 音順)
─ 大貝健二(北海学園大学経済学部専任講師)
今回の産業政策視察では、政策立案、計画を行うパリ/イルドフランス地域開発局(ARD)
から、最終日の PICF という金属の精密加工を行う共同組織まで、幅広く視察でき、得るも
のが大きかったといえる。この視察を通じての若干の感想や学んだことを、特に 1 日目に
絞って、以下に記しておく。
第 1 に、パリ/イルドフランス地域開発局(ARD)は、海外企業の直接投資を促進する役
割を担っており、そのための市場調査や、進出企業の動向調査を積極的に行っており、そ
の意味に関しては重要な役割を果たしていることが分かった。とりわけ、企業立地を促進
させることによって、新たな雇用を多く生み出しているということの説明に力点が置かれ
ていた。個人的には、その新たな雇用が生み出されているのが、どの分野であるのか、例
えば、サービス分野といっても、知的労働などの高度な技能が求められる分野なのか、そ
れとも日本でいうパート・アルバイトでも可能な分野であるのか、といった点を掘り下げ
て見たかった。
第 2 に、ARD の後に訪問した、セーヌ・サンドニ県では、都市の再開発が急ピッチで進
行し、パリという都市の郊外化が進んでいるという印象を受けた。倉庫群の建物を残しつ
つ工業化を図る点、そうした開発を担っている ICADE 社の訪問、現在取り組んでいる事
柄の紹介など、示唆に富んだ点が多かった。サンドニといえば、パリ首都圏の北部に位置
し、北アフリカ諸国や、東欧などからの移民者が多く、相対的な貧困地域であるとの認識
が私の中にはあった。そこから、サンドニという貧困地域で進む再開発の持つ意味を考え
てみると、再開発が進む中で、その地域に住んでいた人たちは移動を強制されることは生
じないのか、また、サンドニに新たなオフィス群、工場群を誘致し、そこで働く人たちの
住宅地を用意するとなれば、1 つの地域内で、異質な 2 つの空間ができあがることになる。
このような都市政策をどのように位置づけるのか、改めて考えてみる必要があると感じた。
第 3 に、ヴァルドワーズ県における産業政策に関してである。ヴァルドワーズ県は、シ
ャルルドゴール空港がある県でもあるが、中小企業による経済活動が活発であること、1990
年代あたりから、グローバル化の進行に伴い、経営環境が変化してきていることなどが説
明された。特に、私が注目した政策が「再評価::requalification」である。これは、訳す
のが少々難しい言葉でもあり、意味を理解するのに時間を要したが、ヴァルドワーズ県の
各産地(産業地区)企業に対して、売上高、雇用創出、経済再生、エコといった観点から、
政策的に指定を行い、補助金等を用いて、段階的に支援をしていくというものである。説
明では、指定が予定通り、もしくはそれより速いペースで進んでいるということであった
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が、その「再評価」政策自体の評価をどのような観点から、何を基準にして行うのか、考
える必要があるのではないかという疑問が生じた。というのも、業種、地域等を指定して
補助金を投入する政策は、高度経済成長期以降、日本でも進められてきたことであり、そ
の政策評価を巡っては、問題点も多く提起されているからである。サンドニ県が、新産業
を新たに誘致して、ドラスティックに経済再生をはかる政策であるとするならば、ヴァル
ドワーズ県は、操業環境を改善させていく政策であるといえるが、その評価軸を明確にす
る必要があるように感じた。
─ 土野茂賢(ティグレ理事、関西中小企業研究所専務理事)
未来への責任
~フランス視察を終えて~
大阪市立大学の先生方とフランス地域産業政策視察ツアーに参加させていただいた。大
変ハードなツアーであったが、私にとっては初めてのヨーロッパ行であるとともにこれま
でにない大きな刺激になった。
私が最も印象深く感じたのは、以前から聞いていたことではあったが、フランスの人達
が長い歴史の中で町づくりを考えているということであった。パリ近郊セーヌ・サンドニ
地域の再開発事業においてもそれは非常に強く感じられた。サンドニ寺院のある小高い丘
がフランス革命を経て公共用地となる。これを遠い未来に向けてどう持続的に開発してい
くかという長いスパンのプロジェクトである。第2次産業の時代が終わり、廃れた工業・
倉庫地帯を第3次産業の時代に最先端を走る地域にするという発想にはすご味が感じられ
た。
地域産業政策は地域づくり、地域の都市計画そのものと言っても過言ではない。しかも
それは、今の住民生活のためだけの都市計画という発想ではない。過去の町の歴史は未来
に残す。そのために景観や色彩で個性を出す。伝統を大切にする。しかし、その一方で、
未来に向けた変化の可能性を残しておく。特定の業種に特化はしない。多様な可能性を残
して持続可能な発展をめざす。何だか、未来の住人が都市計画に参画しているのではない
かと私には思えた。都市とは歴史を貫くものであるらしい。過去や未来の人々の心を満た
す計画でなければならないらしい。都市計画は、未来への大きな責任だと感じた。
リールメトロポールはパリとはまた違い、ドイツに近い美しい歴史地区のある町だった。
「ヨーロッパはどこへ行っても同じ」などという悪口を聞いたことがあるが、それは違う。
地続きであり、隣国の影響を受けやすいがゆえに伝統を大切にするという心があるように
感じた。ここでもまた、石炭産業の時代から繊維産業を経て、歴史を大切にしながら流通
やサービスなどの新しい産業を模索する自治体の姿を見た。産業の再生には時代の最先端
の産業を意欲的に持ってこなければならないのだ。
32
2つ目に深く印象に残ったのは、異業種交流グループだった。私たちが訪問したのは、
シェール県で製造業の異業種交流グループとして積極的に活動している PICF。2006 年設
立なので新しいが、さまざまな経営課題に共同対処しているすばらしいグループだった。
歓迎の食事会でアレン・ブロンドーさんという女性が PICF の良さを目を輝かせていきいき
と語ってくれた。零細企業で孤立していた自分を救ってくれたのが PICF だったという内容
だった。日本から見れば、広大な農村の中に点在するグループであったが、それだけにフ
ランスではなかなか組織できない貴重な中小企業グループであると感じた。今後も交流を
していきたい組織であると思う。ガットファン会長、ベルスロット前会長には工場視察な
どで大変お世話になった。ベルスロット社訪問の際には市長も顔を出し、またベルスロッ
ト前会長は近々サルコジ大統領に会って中小企業を重視するように進言するとのことであ
ったので、政治力もあるグループのようであった。
3つ目の感想になるが、都市の経済再生のプランづくりは今や強力な組織戦になってい
るのではないかということだ。もちろん地域の歴史に彩られた自律的発展であることは当
然なのだが、強力なプランニングがなければ方向付けすら難しい時代に日本でも入ってい
るであろう。ドラッカーの言を待つまでもなく今やあらゆる経済競争は組織対組織の時代
に入っている。魅力ある都市計画も、経済戦略も同じであろう。それは今や国をあげ、地
方自治体をあげ、住民組織をあげて知恵を結集し、実行しないといけないのではないか。
お世話になったイルドフランスでも、サンドニでも、リールでも、シェールでもそのよう
なことを感じた。産業クラスターも単に特定の先端産業の振興という意味ではなく、国づ
くり、町づくり、都市計画の全体の中に位置づくマネージメントのあり方でなければなら
ないのではないかと強く感じた。
─ 萩原雅也(大阪樟蔭女子大学准教授)
この 5 日間にわたるツアーで訪れた場所、伺うことのできた話はいずれも興味深く、今
後の研究にも資することが実に多かった。まず、フランスでお会いした方々をはじめ、本
ツアーでお世話になった方々に深く感謝を申し上げたい。
フランスで知ることができた地域産業政策、再開発計画、企業ネットワークなどすべて
に関心はつきないが、創造都市や「創造の場」を主な研究対象としている者として、ツア
ー全体をとおして特に印象深く感じたことを以下に 2 点にまとめてみたい。
第 1 に強く感じた点は、フランスの産業政策、地域政策を支えている文化的なものの厚
みである。初日に訪れたパリ/イルドフランス地域開発局が、パリ周辺に企業が立地する理
由の一つにパリの持つ比類なく豊かな文化的資産をあげ、同様にリール・メトロポールは
地域特性としてリール旧市街などの歴史的資産、2012 年開館予定のルーブル美術館分館等
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の新たな文化資源を指摘していた。セーヌ・サン・ドニの広い再開発地域計画においても、
レンガ造りの倉庫群の一部はスタジオにリノベーションされ、立て替え建築にはレンガ色
と三角屋根デザインを義務づけ、産業や経済の側面だけではなく地域の文化的アイデンテ
ィティの面にも配慮している。これらの地域に蓄積され、維持されてきた文化的資源が、
直接的、間接的に企業誘致や産業振興を支える基盤となっており、地域における産業政策
と文化政策の関係がきわめて近いように思われた。
しかし、さらに興味深かったものはどのオフィスや工場にいっても感じられた文化的な
雰囲気である。インテリア、ステーショナリー、応対してくれた人々のファッションやふ
るまいにもそれはあったのだが、今回のツアーで何度も体験できた交流会やワーキング・
ランチで提供されたセンスあふれる料理がもっとも印象に残った。このような形式化され
ていない雰囲気やセンスなどの文化資本が、フランスの産業や競争力の基盤をとなってい
ることをあらためて強く感じた。
第 2 に、コミュニケーションや対話の持つ力である。これを特に感じたのは最後の視察
先となったシェール県の企業グループ PICF であった。
フランスでは中小企業のオーナーは、一般的に独立心が強く、企業同士は競争的関係に
傾きがちであるようである。PICF に参加することになった近隣地域に工場を持つ金属加工
の中小企業も、互いに競争意識が強くて心理的距離は遠く、かつては同業者として存在を
知っている程度で仕事上の話はほとんどできず、中には孤立感を深めている企業もあった
ようである。
このようなバラバラだった企業に共同することの利点への理解を進め、企業を結びつけ
たのは、県商工会議所のアニメーターと呼ばれる職員であった。その方法は、公的な場所
での懇談会やフォーマル、インフォーマルな交流会を繰り返し、コミュニケーションを深
め、少しずつ協力関係が生まれるよう仕掛けることであった。公平で中立的な立場を維持
しながら、企業間の対話と交流の機会を粘り強く持ち続けることが新たな活動をもたらし
たのである。
─ 三浦純一(大阪市立大学都市研究プラザ研究員)
フランス視察のことがはじめて話に出たのは大阪・梅田地下街の居酒屋であった。立見
先生が在外研究でパリ第 1 大学に行くと紹介され、Oh それならせっかくの機会だから(誰
にとってなのか)、研究会の調査もセットしていただこうとなったのである。2009 年の秋、
大都市圏産業政策研究会の例会が終わって、懇親会に繰り込んだときのノリである。それ
が少しずつ、それからドンドンと本当になった。
おかげで、立見先生にはパリでの生活をはじめた直後から、調査の手配に走り回ってい
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ただくことになった。その量たるや心ならずも、パリ商工会議所と掛けあったり(これは
残念ながら不調に終わったが)、大阪市パリ事務所やクレア・パリ事務所と調整したり、通
訳を確保したりといった本筋はまだしも、新幹線のチケット購入や懇親会のレストラン手
配といった雑事にまで及んでしまった。恐縮の極みであったが、そうした現地での調整・
手配がなければ、とても今回のような濃密な視察は実現しなかったに違いない。まったく
のところ最初から最後まで立見先生頼みの調査であり、そのことを感謝とともにまず記録
しておきたい。
さて、百聞は一見にしかずとはよく言ったもので、今回の視察では行って気づくことが
多々あった。その内、リールについては調査記録のところでやや詳しく報告するので、こ
こでは移民労働力のことを述べたい。というのは、パリで利用したタクシー、レストラン、
スーパー等で移民労働者のサービスを受けただけでなく、視察先の取組も移民と深い関係
を持っていたからである。
たとえば最初に訪れたサン=ドニ市は運輸業が衰退し、マルチメディア産業クラスターと
して再開発している地域であるが、2005 年には移民の若者による暴動が発生した場所とし
ても名を知られている。2 番目に訪れたリール地方は、炭鉱や繊維産業で働いていた移民労
働者が大量に職を失い、それが再開発の大きな要因になっている。最後に訪問したシェー
ル県では、金属・機械業の中小企業に東南アジア難民の子弟が働いていた。ここでも日本
と同じように、地元の若者は製造業に魅力を感じていないそうである。
このように、フランスでは非常に広い範囲で、早い時期から、労働条件が自国民に好ま
れない仕事の多くを移民労働力に支えられている(いた)
。それは単なる量の問題ではない。
地域社会の質を変えるレベルである。たとえばリール地方の炭鉱では 1920 年代からポーラ
ンド人の移民が増えたのであるが、最盛期にはポーランド人だけが働いていた坑内もあっ
たという。それだけの人数がいれば住居も同国人が集まる。それが廃坑になり、失業とコ
ミュニティの崩壊という、二重の貧困が地域の問題になったのである。
現在フランスで産業転換のための大プロジェクトを展開している地域は、ほとんどがそ
の背後に失業と移民の問題を抱えている。こうしたフランスの経験を、すでに相当数の外
国人労働者が入っている日本は学ぶべきではないのか。2008 年の大阪府内外国人登録者数
は、歴史的経過のある在日韓国・朝鮮人を除き、中国人が最多で約 4 万 8 千人を数えた。
その内約 1 万 5 千人が届出のある外国人就労者である。さらにその内の約 3 千人が最低賃
金ぎりぎりで働く「技能実習生」と見られる。彼・彼女らがどの地域のどのような業種に、
どれだけ入っているのか、正確な統計はない。しかし、日本人が敬遠する労働条件のもと
で働いていることだけは確かである。
移民にも普遍的人権を認めてきたフランスでさえ、さまざまな問題を抱えている。人権
意識がまだ未熟な日本にあって、安上がりの 3 年ローテーションとして「技能実習生」制
度を使っていると、人間をコストとしてみる風潮に拍車をかけることになる。それは徳と
しての労働文化を破壊し、社会の人間性をそぎ落としていくだろう。少子・高齢化で労働
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力不足だからという単純な議論だけでなく、日本という社会のあり方を国際社会の中に位
置づけて考え、そこから産業と労働力のあり方を導くべきではないだろうか。フランスの
移民労働力の問題に接して、そう考えてしまった。
─ 宮川
晃(NPO 法人自然環境会八尾副理事長)
(1)目的とねらいについて
今回のフランス地域産業政策視察ツアーは、フランスが「栄光の 30 年間」(1945 年~1975
年までの高度成長)といわれ、工業による経済発展の後、二度のオイル・ショックと日本な
どの追い上げの中で、10%を上回る失業などフランス経済が衰退した。
こうした中で、フランスは、
「雇用を中心に据えながら」地域の特性に合わせて、既存の
中小企業支援、空洞化した地域では新しい産業起こしなどを進めながら、「地域再生」を進
めている。
高度成長期に、①計画経済、「混合経済」と評される経済体制のもとに推進される産業政
策の中で、巨大企業の国有化と巨大企業グループの形成が強力に押し進められ、中小工業
の経営基盤と存在意義について充分な配慮がなされなかった。②ティラー主義的大量生産
体制の普及に伴って、地域に根ざした柔軟な分業構造や、多様性を特徴とする職人依存的
な生産過程が壊されたことがあげられる。
1990 年代より、フランスと同じく、中世から続く手工業の歴史を持ち、欧州諸国の中で
も特に小規模企業の比重が高い、イタリアが 1980 年代に奇跡ともいわれる経済回復をみせ、
そこにおける中小企業のネットワークが、一つの「地域生産システム」の価値を見直す契
機となった。(山口隆之著「中小企業の理論と政策」東京森山書店)
地域経済の衰退の中から、
「地域再生」を進めるとりくみは、現在の日本も、アジアの新
興国のものづくりの追い上げと国際競争力強化として、生産拠点の海外移転による国内産
業の空洞と、フランスの 15~20 年送れて同じような経過をたどっていると感じる日本の現
状に対して多いに役立つ大変意義ある視察に参加できたことに感謝している。
(2)9 月 27 日(月)の視察について
パリ/イルドフランス地域開発局が、地域の現状と県・市の自治体と非営利(NPO)団体の
役割と地域の特徴を含めて、地域再生の協議を踏まえて、雇用の創出を柱に据え、ねばり
強く地域再生を勧めていることがよくわかった。
特に、2 つの異なった事例、セーヌ・サンドニ地域のように、大きく雇用が失われた地域
ではクラスターによる新しい産業 育成による地域再生。ロワシ(空港周辺)地域は既存の企
業の育成をめざす地域再生と地域開発の特徴がよく理解できた。
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クラスター政策が、地域の再生計画にもとづき、新しい産業創造と、もともとあったネ
ットワークにもとづき行うなど、地域の現状に見合った形で進められていると感じた。
パリ・イル・ド・フランスの産業施策のプレゼンでは、県会議員・県職員・市職員・非
営利団体が、自由に対等の立場で、地域再生に対する思いを語り合うことはすばらしい。(日
本ではなかなかむずかしい。NPO の地位と役割はもっと低いのではないか)特に、非営利
(NPO)組織の自立した活動と地域再生という目的のための政策提案は、社会的な役割をにな
って活躍していると感じた。
パリ/イルドフランス地域開発局が、地域の現状と県・市の自治体と非営利(NPO)団体の
役割と地域の特徴を含めて、地域再生の協議を踏まえて、雇用の創出を柱に据え、ねばり
強く地域再生を勧めていることがよくわかった。
2 つの異なった事例、セーヌ・サンドニ地域のように、大きく雇用が失われた地域ではク
ラスターによる新しい産業 育成による地域再生との比較で。ロワシー(空港周辺)地域は既
存の企業の育成をめざす環境を提供する地域再生と地域開発の特徴がよく理解できた。
クラスター政策が、地域の再生計画にもとづき、新しい産業創造もともとあったネット
ワークにもとづき行うなど、地域の現状に見合った形で進められていると思った。
(3)9 月 29 日(水)の視察について
① (財)自治体国際化協会・パリ事務所
フランスの自治体研究と日仏文化交流。日本の経済交流を重視している団体との交流で、
クラスター政策について、地域開発局(アソシアシオン、日本の NPO のような組織)の制度、
議員報酬や議会制度、自治体、税制のしくみとフランスでの企業立地・雇用制度などのフ
ランスの地方行政についてよく理解でき、その後の視察・交流に多いに役立った。
②リール・メトロポール(大都市共同体)
石炭・繊維のまちから、工場移転や閉鎖、アウトソーシングなどで、雇用が 20%喪失した
中で、情報・物流・金融・保険・環境などの 5 つのクラスター政策で、新しい産業開発 IT、
物流、バイオ、第 3 次産業、環境に支援を行い経済発展と雇用の創出をめざしている地域
再生の活動に関心した。
日本でも、産業集積の縮小と崩壊に近い事態が進行している中で、大変参考になる施策
と感じた。
(4)9 月 30 日(木)の視察について
①シェール県商工会議所、PICF(金属加工グループ)との交流
フランスの中小企業の組織でグループを作って活動には、自らもグループネットワーク
活動を行ってきたものとした大変をもって参加した。ネットワーク・グループの運動につ
いて、フランスでの実践と日本との共通性と違いについてもよく理解できた。
異業種交流グループの活動は、日本の方が早くとりくまれてきたと思われるが、下請け
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構造で共同での製品開発はできても販路機能がなく苦戦している。
PICF は、営業活動・雇用・研修・資格認定・総合的な活動・コストダウンなどの中小企
業として必要なテーマで活動している。同時に、共同の営業活動などの活動にとりくんで
おり、中小企業の抱える課題に挑戦する活動と思われる。
雇用と賃金(職業別)については社会的規制も強く、日本のような大企業・中小企業・零
細企業・個人企業で雇用条件・賃金が大きく異なるとは考えられない(フランスのまちで、
カフェやレストランへ行っても成人男性が誇りを持って元気に働いている姿。日本では、
ほとんどパート・アルバイトと働く雇用条件の違いを感じた)
フランスは、下請けがあっても、日本のような下請制度ではなく企業としての活動も行
いやすい面もあると思われる。
視察した工場も高い精密加工のできる中小企業として活動している。整理整頓された工
場で、従業員の技術眼技能を生かした精密加工で頑張っている面を感じた。
若い人が技術者になる気風が弱い中(日本と同じ)、ものづくりの後継者、若い技術者育
成に努力していることが伺えた。日本も学ぶべき面と感じられた。
②Gattefin 社(従業員 85 名、精密機械・部品加工)視察
1977 年創設。2 代目。工場 1ha 7 棟
従業員は 100 人だったが、金融ショック以降 85 人
になった。PIGF の現会長の工場。仕事の内容、一般加工・旋盤加工・デンソウフライス・
アッセンブリ・塗装・ボーリングなど。3 交代で、24 時間営業を行っている。完成品と半
完成品を出荷している。ISO は、9001・14000・18000 を取得している。超精密加工を従業
員の技術・技能で行える精密機械加工の工場であった。設備の中に、森精機の機械設備も
があった。
工場内は、整理整頓・清掃・清潔などは日本でも品質・技術高い工場で実施されている。
加工精度の公差は+-1000 の 2 ぐらいと感想を述べると、温度管理(20 度)にも注意を払っ
て行っている。企業の強みは技術と技術者を大切にした事業経営にとの回答に、技術・技
能・品質への思いは日本も同じだが、若い技術者の養成には日本より熱心と感じた。
③Bertheiot 社(同族会社、従業員 14 名、精密機械部品加工)視察
◇1882 年土地購入、1963 年開業、3 代目。PICF の会計(前会長)
◇設備は、精密機械が多くあり、加工精度の高さを感じた。工場内の整理整頓、工場の設
備も環境面の対策(キリコ)も整っており、町中での事業活動への配慮もあり、住工混在の
問題は発生しないと思った。若い従業員も多く、技術・技能の継承発展にたいする経営姿
勢を感じた。
地元国会議員件市長と県会議員が参加。地元紙も取材あり、視察の後、歓迎のセレモニ
ーが行われ大変感動した。
38
6.
調査記
記録の要約(訪問順)
ベルトロ社
社を日本の視
視察団が訪問したという地
地元紙の記事
事
39
パリ/イルドフランス地域
域開発局(A
ARD)
1) パ
訪問日:2010 年 9 月 37 日 9 時 30 分
分~
応対者
者:Anne-L
Laure BARB
BE 氏、Nicoolas da SILV
VA 氏、Lau
urence CURT
RTI 氏
記録者
者:大貝謙二
二
《AR
RD プレゼン
ンテーション
ン/パリ首都 圏における経
経済開発につ
ついて》
①投資
資担当のキル
ルチ氏の報告
告
キル
ルチ氏は、A
ARD において、外国から
らの投資担当
当者である。彼女に依る
ると、ARD におい
に
て、日本は重要な
な位置にある
るという。日
日本からの直
直接投資は、世界で第 5 位に位置し
してい
主な投資分野
野は、R&D や商業に関し
や
してであり、その投資規模
そ
模他の国と比
比較して大き
きい。
る。主
特に自動車企業や
や、制約関係
係(大塚製薬
薬)などが、パリ地方に
に欧州での拠
拠点をイル・
・ド・
ている。
フランスにおいて
外国企業の進
進出は、年間
間 200 件ほど
どであり、そ
そのうち 1000 件が ARD
D 扱い
パリ地方への外
でイル・ド・
・フランスへ
へ入ってくる
るのは 40 件程
程度となって
ている。キル
ルチ氏
である。その中で
投資の面では
は、進出して
てくる企業の
の中に、どの
のような企業
業がいるのか
かを探
が担当している投
要な任務にな
なっている。
知することが主要
本からの投資
資に関しては
は、2 つの大
大きなテーマがある。その
のうち 1 つは
はクリーンな
な自動
日本
車であ
あり、2 つ目
目は環境型経
経済である。 この 2 テー
ーマが対日本
本として挙げ
げられている。
。
40
日本の大学生が、ARD でスタージュ(インターンシップ)に参加できるようになってい
る。早稲田大学の大学生が6ヶ月参加していたという実績も有している。
②ARD の使命について(Anne-Laure BARBE 氏の報告)
ARD は、フランスの協会法、非営利団体法に則って、パリ首都圏の地方議会を中心に、
商工会議所、県議会、その他の地方自治体がアソシアシオン(協会)を組織し、2001 年に
創設された。開発局は、代議員(理事を)筆頭に、50 名の職員が働いている。その身分は、
民法に従って、公務員ではないことが特徴である。年間予算は、1050 万ユーロである。

ARD の主な役割について
外国企業がパリ首都圏に進出してくるとき、すなわち進出前、進出中の企業援助が主た
る目的の一つである。そのためには、パリ首都圏に進出しようとしているプロジェクトを
探してくることが重要になってくる。特に、その企業を支援することが主な業務になる。
また、パリ地方の経済、あるいは国際的なイメージなどの価値を上げること、推進するこ
とが 2 番目の使命である。
3 つ目には、
中長期的な魅力を戦略的に構築していくことがある。
パリ以外にも、「外国企業の進出プロジェクト」を探知するという意味で、上海やサンフ
ランシスコにアンテナを持っている。日本には支部はないが、その理由は明確である。た
とえば、大阪に単独に事務所がある場合などは、支部を設けていない。市場開発に関して
は、海外進出に際して均等に展開していきたい。
地方体としてではなく、県単位、および商工会議所もパートナーシップに入っている。
そのことからもわかるように、非常に多岐にわたる分野で広い視野を外に向けることがで
きる。

戦略担当部の役割について
戦略担当部は、ARD の部署である。主に、パリ首都圏の経済プロモーションにあたって
いる。当部所には、インフォメーションセンターを設置しており、外部で起こっているこ
と、国際的なことに関しての情報を紹介している。戦略担当課では、地方議会やその他の
パートナーとのコーディネーションを担当している。最後に地域の価値づけをアップさせ
るということでは、総合的な活動を行っているが、経済開発のための最適な土地探し、サ
イト見学等々を担当している。

直接投資を行う企業とその効果
外国の企業を迎えるには、その地域企業の景況が良くなければならない。213 の進出プロ
ジェクトを ARD が担当しているが、その中で特に重要だと考えるのが、8300 の雇用創出
につながっているということである。
海外からくる国別でみると、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツに次いで、日本は第 5
41
位である。進出してくる企業の活動分野はオールラウンドであるが、その中でも対企業サ
ービス業やソフト・コンピュータ産業が目立っている。海外企業がパリ首都圏に進出して
くるときの業務内容で多いのは、まずは商業分野として、次いでサービス分野が進出して
くるパターンである。その時に ARD では、いったん進出してきた企業に対して、追加的に
支援していくことを考慮している。その後の R&A も重要になってくる。フランスに最近進
出してきた企業のうち、日系企業としては、堀場製作所やユニクロなどがある。
最後に余談であるが、日本からの企業進出もあり、パリ首都圏には日本人社会も形成さ
れている。日本人はパリの社会に溶け込んでいることが特徴である。詳細に関しては、別
添の資料を参照のこと。
③イル・ド・フランスの経済について(Nicolas da SILVA 氏の報告)
パリ地方の強みに関して、第 1 に欧州の中心であるということ、第 2 に、関税がかから
ない地域と決められている点である。ユーロ単一通貨を使用するユーロ人口は、27 カ国5
億人であり、これらの人たちのアクセスが可能な地域である。また、歴史的に見ても、地
中海を中心とする、北アフリカの国々と緊密な関係を持っている。
イル・ド・フランスに位置する空港、シャルル・ド・ゴール空港は、欧州地域内で第2
位の乗客数を誇る。世界市場に向けては、第4位である。
交通アクセスに関しては、イル・ド・フランスから、各国主要都市までのアクセスに関
しては、TGV が通っていることもあり、時間はかかるがアクセスは非常に容易である。
空路・幹線・鉄道に関しては、鉄道システムが非常に発達していることも強みの一つで
ある。特に、パリ首都圏から外に向けての輸送網が整っている。地域内での交通も発達し
ている。政策的には、公共交通機関を発達させることが課題となっている。その他の交通
手段では、地下鉄、バス、トラム、河川バスも常時利用されている。
ロジスティックの面に関しては、空港等では、貨物を入れるフレット施設が完備されて
いる。シャルル・ド・ゴール空港の他、シャートル空港においても完備されている。鉄道、
TGV もフレットに連結するようになっている。

パリ地方の市場内容及び、持続的開発のスタンスに関して
人口 1200 万人のパリ地方の人口、地方生産に関しては、5 億 3750 万ユーロとなってい
る。特に多いのは、中小企業であり、企業数の 90%は中小企業である。
不動産関係に関しては、特にビジネス、商業用の不動産面積が 500 万㎡と多くなってい
る。受け入れるのは、観光客の身ではなく、ビジネス客も非常に多いことが特徴である。
パリ地方というのは、数世紀前から発達してきた地域であるが、特に持続的開発に意識
している。企業が入っている経済地域も環境問題を意識している。地方単位としては、20
件の持続開発地域を指定している。都市の密度も高いが、その地区の中には、経済活動の
他に、住居、商業などすべてを包括したものになっている。
42
不動産・オフィスに関しても、持続的開発が目的とされている。特にエネルギー分野で
は、ハイクォリティなエコというのが目指されている。デファンス地区(オフィス街)な
ど。パリ地方議会が、経済開発を念頭に、地方議会が「首都圏基本大綱」を打ち出してお
り、それに基づいて開発がおこなわれている。
貨物運輸に関しては、今後は河川を利用することが課題になっている。それから、基本
大綱の中では、新しい地域として、郊外を発展させることが目標となっている。パリを囲
むように、大循環メトロが構想されている。郊外開発を進めることで経済を活性化させる
新しい経済地域をつくることが課題となっている。地域としての目標は、伝統を大切にし
ながら、近代的な快適な地域にしていくことである。
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パリ地方の経済状況
進出してきている企業の中には、37 の企業がフォーチュン 500 に取り上げられている。
入ってきている企業の特徴は、国際的規模の企業、あらゆるセクターの企業であることが
特徴である。各セクターとも、国際的な大企業と中小企業とが併存している状況である。
企業 1 社としてのノウハウをその他の企業と共有することが行われている。
2005 年からフランス政府は、クラスター政策を導入している。それに伴い、ARDでは、
プライベートな研究と公的な研究をマッチングさせることを行っている。クラスターは、
パリ地方には 9 件指定されているが、非常に多岐にわたる業務を行っている。ノウハウと
しては、10 件のノウハウが企業間で共有することが求められている。クラスターの主な内
容は、金融、医療、ソフト開発、自動車など網羅されている。
パリ地方では、研究開発が主要な活動になっており、研究者の数が非常に多いことも特
徴である。現時点までに 150 億ユーロが投資されている。地方としては、特に幹部を迎え
ることが特徴である。地方としては、快適な住み心地を目指しているが、料理、観光、住
んでいる住民にとっても、健康という意味では病院が整っているし、その他教育施設も整
っている。
《視察団プレゼンテーション》
①関西経済について(三浦純一)
本来は長尾謙吉教授がここで話す予定だったが、教授が用意したものを用いて私が代わ
りに報告する。近年、情報技術(IT)の進展などに伴い、
「距離の死」が現実的になると一
部では言われている。確かに、フランスと日本の間でも連絡はとりやすくなった。しかし、
「魔法のじゅうたん」やドラえもんの「どこでもドア」が現実にあるわけではなく、生身
の我々はパリについたばかりで時差ボケとも闘っている。近接性が大切であるとか、そう
でないとかという距離の問題は、本日議論する産業クラスターとも大いに関わる。
われわれは日本からきた。日本には、東京、名古屋、大阪を中心とした三つの大都市圏
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がある。関西という表現は、もともとは関所の西という意味であるが、大阪を中心とした
赤い丸の地域を指す。関西経済を歴史的にみると、もともとは日本経済の核心地であった。
ところが第二次世界大戦中から関東に比べての相対的衰退が進んでいる。地域の GDP をみ
ても、それは明らかである。
しかし、関西経済は依然として規模が大きい。ヨーロッパの中規模国や韓国などと肩を
並べる程度である。規模としては日本経済の「6 分の 1」程度の指標が多い。繊維産業など
旧来からの産業への依存度が高いことが問題視されてきたため、重化学工業、IT 産業、ロ
ボット産業、など新産業育成を過剰に意識しすぎるという政策上の問題も生じた。大企業
の本社が東京へ移動していることも少なくなく、ビジネスの中心性が低下している。また、
製造業の生産拠点は海外への展開が進み、縮小している。
日本の地域経済の特徴を表す表現として「東京一極集中」がある。ロンドンやニューヨ
ークと並ぶ「世界都市」
「グローバル都市」化が一つの背景でである。金融、広告、総合商
社(ラーメンからミサイルまで扱う日本の巨大貿易企業)など、外部組織との関わりが決
定的に重要な業務は、東京への集中が激しい。また、日本では大学進学時に三大都市圏、
とくに東京圏へ進学する学生が多く、地方部から若年層が流出する傾向がみらる。
関西の展望としては、先に述べた金融や広告など、外部との業務が決定的に重要なもの
を強化するのは難しいだろう。一定程度、組織内に付加価値創造能力があり、かつ外部組
織とも連携しつつ、というタイプが関西に基盤を置きつつ展開できる業務の傾向になるだ
ろう。薄型テレビ用のパネルの開発と生産、太陽光発電、リチウム電池などは、そうした
事例である。図の黄色がシャープの本社、工場、研究所、青色がパナソニックの工場、本
社です。
我々の研究会では、こうした大企業と中小企業の連携、また中小企業同士の連携によっ
て関西の持続的発展を構築できないかと議論している。産業クラスターもその一つの方向
であると思われる。ぜひ、イル・ド・フランス地域でのとりくみを学びたいと思っている。
②大阪産業の特徴(立見淳哉)
関西経済の概要については三浦から報告があった。大阪産業の特徴についても簡単に触
れておきたい。大阪は、商いの町としての伝統を持ち、もともと卸売業の存在感が非常に
強い都市であった。繊維、機械工具、履物など、商品ジャンルごとに専門商社の集積地区
が存在している。たとえば、大阪市のキタとミナミの間に位置する「船場」は、パリのサ
ンティエ地区のような繊維・アパレル産業の地区である。大阪の卸売業者は、フォーディ
ズムがうまく機能していた時代には、大量生産された安価な商品を全国に流通させる機能
を担ってきた。しかしこれが、消費の多様化あるいは流通チャネルの変化などによって、
行き詰まりを見せている。
大阪は、また巨大な製造業集積を抱える都市としても知られている。図Xは、大阪府の
製造業事業所の分布を1辺 500m のメッシュで地図化したものだが、色の濃い部分に多く
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製造業事業所が集まっている。大阪市の場合、北西部と東部に工場が多く集積しているこ
とがわかる。北西部は特に化学工業が強く、なかでも医薬品製造が多くを占めている。化
学工業のおよそ 3 分の 2 が医薬品製造業である。この部門は、事業所規模が大きく、1 事業
所当たりの付加価値額が大きいのが特徴である。
これに対し、東部の製造業集積は、モノづくりの基盤となる高い加工技術をもつ中小零
細企業が多く集まっている。大阪市にとどまらず、隣接する東大阪市、門真市、大東市、
八尾市と合わせて東部大阪の一大集積地域を形成している。東部大阪地域は、東京の大田
区とともに日本のモノづくりの基盤としての役割を果たしてきた。
東部大阪地域の巨大な集積が形成された背景の一つには、パナソニック、サンヨー、シ
ャープといった世界的に知られた家電メーカーの存在がある。これらの企業の下請利用が、
集積形成を後押ししてきた経緯がある。また、これは大阪の特徴だが、大阪市の卸売機能
と結合することで、製造業企業に多様な需要がもたらされ発展してきたと言われている。
しかしながら、多様な需要への対応力と高い加工技術を持ちながらも、サービス経済化に
おける製造業自体の役割低下や、モジュール化に代表されるような近年の技術変化、ある
いは住工混在問題と呼ばれる都市問題とのかかわりの中で集積規模の縮小を余儀なくされ
ている。
三浦から紹介があったように、東京一極集中の中で、人・モノ・カネの東京への流出と
大阪経済の相対的な衰退が長らく問題視されてきた。また、大阪経済を支えてきた上述の
ような主力産業が行き詰まりを見せるなかで、新しい発展の道筋が模索されている。私が
所属しているのは、大阪市立大学創造都市研究科といいますが、縮小を前提としながら大
阪をどのように創造都市、つまり知識創造の場に変えていくのかといったことが課題とな
っている。
次に産業クラスター政策について説明したい。クラスター政策の一般的な特徴について
は、フランスでも同様と思うが、マイケル・ポーターの議論からヒントを得ながら展開さ
れている。関連アクターを地理的に集中させることで競争と協同の関係を構築し、イノベ
ーションにつながるような、1社では得られないシナジー効果を育もうというものである。
日本のクラスター政策は、経済産業省と文部科学省のものがあるが、2001 年から実施され
ている。経済産業省のクラスター政策については、現在は第二期(2006 年~2010 年)の成
長期にあたる。関西では 3 つのプロジェクトが行われている(表X)。①モノづくりの基盤
を生かした Neo cluster、②バイオテクノロジー産業を育成する Bio cluster、③環境技術関
連の Green cluster である。大阪産業との関連では、大手家電メーカーと基盤技術を持つ製
造業集積は①に、創薬を含む医薬品産業は②に、かつての公害問題への環境対応の技術蓄
積は③に、それぞれ関係している。
(続いてバイオクラスターについて報告する予定であったが、次の行動時間が迫ったた
めに割愛した)
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