ヒューマン・ケア科学への招待 2013 - 筑波大学大学院 人間総合科学

2013
目 次
ヒューマン・ケア科学専攻
専攻の紹介
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
専攻長
松田ひとみ 0006
各分野の紹介
共生教育学 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0007
発達臨床心理学 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0007
臨床心理学 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0008
生活支援学 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0008
高齢者ケアリング学 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0008
健康社会学・ストレスマネジメント ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0008
社会精神保健学 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0009
福祉医療学 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0009
保険医療政策学 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0009
ヘルスサービスリサーチ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0010
寄付講座「人間安全保障」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0010
ヒューマンケア科学専攻ファカルティ・ディベロップメント ・・・・・・・・・・・0011
研究アラモード
?実践˜研究? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
青木佐奈枝 0016
ヒューマン・ケア科学の「作品」づくり−社会調査という方法− ・・・
飯田
浩之 0018
今日も途上国で営業活動に精を出す ・・・・・・・・・・・・・・・・
市川
政雄 0020
医学からヒューマン・ケア科学へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・
稲田
晴彦 0022
人間安全保障学を考える ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
岩浅
昌幸 0024
ニーバーの祈り―完全主義と依存症をつなぐもの ・・・・・・・・・・
大谷
保和 0026
ヒューマン・ケア科学専攻の立ち上げにかかわった者として ・・・・・
大久保一郎 0028
社会学的研究の成り立ちについて ・・・・・・・・・・・・・・・・・
岡本
智周 0030
高齢者の介護予防とビタミンD ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
奥野
純子 0032
ヒューマン・ケア科学と人間の安全保障 ・・・・・・・・・・・・・・
柏木
志保 0034
ナーシング・ヘルスサービスリサーチの必要性 ・・・・・・・・・・・
柏木
聖代 0036
ヒューマン・ケアと互恵的協働社会と社会力 ・・・・・・・・・・・・
門脇
厚司 0038
今、ベッドサイドがおもしろい!−意識障害看護の実践と研究− ・・・
紙屋
克子 0040
ケアをとどける科学、ヒューマン・ケア科学のなかの経済学 ・・・・・
近藤
正英 0042
「聴くこと」の持つ力 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
庄司
一子 0044
自律訓練法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
杉江
征 0046
1
健康社会学への道標 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
武田
原点としてのヒューマン・ケア科学、ヘルスサービスリサーチとの出会い、そして、これから
田宮菜奈子 0050
・・
文 0048
世界の物乞う人たちとの出会い ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
徳田
克己 0052
浦和大学での活動 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
戸村
成男 0054
ヒューマン・ケア科学と眼力 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中谷
陽二 0056
勤労女性介護者のこころの健康のための研究 ・・・・・・・・・・・・
橋爪
祐美 0058
研究テーマの設定法? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
橋本佐由理 0060
攻撃性研究ただいま激しく展開中!
・・・・・・・・・・・・・・・
濱口
佳和 0062
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本田
靖 0064
地球温暖化の健康影響
ケアリングの原形を探る ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
松田ひとみ 0066
適正な点字ブロックの設置を目指して ・・・・・・・・・・・・・・・
水野
智美 0068
教育という思うようにならない仕事の組織と運営 ・・・・・・・・・・
水本
徳明 0070
ユニバーサルヘルス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
宗像
恒次 0072
三角形とふたつの柱 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
望月
聡 0074
2つのアビュース ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
森田
展彰 0076
私の授業から ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
柳
久子 0078
在学生から
ヒューマン・ケア科学専攻で学ぶ楽しさ ・・・・・・・・・・・・・・
新井
雅 0082
研究で「人」の為になること ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
伊藤
智子 0084
ヒューマン・ケア科学専攻の魅力と専攻への期待 ・・・・・・・・・・
今岡
多恵 0086
自分の専門性をヒューマン・ケア科学から考えること ・・・・・・・・
大久保智紗 0088
高齢者の昼寝を研究する ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
斉藤
リカ 0090
ヒューマン・ケア科学専攻での学びに対する期待 ・・・・・・・・・・
坂口
真康 0092
大学院生活と臨床心理学の専門性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
佐々木恵理 0094
ヒューマン・ケア科学で学んだこと ・・・・・・・・・・・・・・・・
泉水
紀彦 0096
ヒューマン・ケア科学で学ぶこと ・・・・・・・・・・・・・・・・・
玉井
紀子 0098
ヒューマン・ケア科学研究の先にある「人間」の存在 ・・・・・・・・
仲本
美央 0100
多様な学問分野を背景にもつ仲間と学ぶ ・・・・・・・・・・・・・・
藤原
愛子 0102
私にとってのヒューマン・ケア科学 ・・・・・・・・・・・・・・・・
山口
普己 0104
2012 年修了者から
ヒューマン・ケア科学で学んだこと ・・・・・・・・・・・・・・・・
安心院朗子 0108
ヒューマン・ケア科学専攻で学んで ・・・・・・・・・・・・・・・・
上田
敏子 0110
保健医療政策学研究室の紹介 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
久米
絢弓 0112
ヒューマン・ケア科学の4年間を振り返って
定村美紀子 0114
・・・・・・・・・・・
学際的領域の厳しさと面白さ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
ヒューマン・ケア科学への招待
髙尾
敏文 0116
地域の声を聴く ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
種田
綾乃 0118
研究を育て自分を育てる ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朴峠
周子 0120
ヒューマン・ケア科学専攻で得たもの ・・・・・・・・・・・・・・・
眞
由香 0122
ヒューマン・ケア科学専攻で学ぶということ ・・・・・・・・・・・・
吉岡
尚美 0124
ヒューマン・ケア科学の魅力 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
渡部
雪子 0126
高齢者施設における感染予防ケア ・・・・・・・・・・・・・・・・・
岡本
紀子 0130
私を育んでくれたヒューマン・ケア科学を学んで ・・・・・・・・・・
加藤
剛平 0132
「参照する」こと ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
菊池
春樹 0134
「ケア」はいかにして可能か ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
丹治
恭子 0136
ヒューマン・ケア科学専攻で学ぶ機会を得て ・・・・・・・・・・・・
千綿かおる 0138
私が取り組んだ障害者用駐車スペースの研究 ・・・・・・・・・・・・
西館
有沙 0140
「ヒューマン・ケア科学専攻でヒューマン・ケア科学を学ぶ」ということ ・・・
松澤
明美 0142
活躍する卒業生から
ヒューマン・ケア科学 情報アラカルト
ヒューマン・ケア科学を知る11冊 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0146
推薦図書・論文・その他 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0150
関連学会情報 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・0156
3
4
ヒューマン・ケア科学への招待
専攻の紹介
各分野の紹介
ヒューマン・ケア科学専攻紹介 各分野の紹介
5
ヒューマン・ケア科学専攻の紹介
専攻長 松田ひとみ
本書は、筑波大学の大学院人間総合科学研究科におけるヒューマン・ケア科学専攻を、よりわ
かりやすくご紹介するために昨年度に第一号が発行されました。受験生をはじめとして学内外の
皆さまにお読みいただき、自画自賛といわれそうですがお蔭さまで大好評でした。皆さまから喜
んでいただいた理由は 2 つありました。ひとつは、専攻内の各教員の教育・研究活動の特徴と
共に人間性が垣間見える書面をお示しできたことです。2つめには、キュートな表紙のデザイン
です。芸術専門学群の学生と芸術系の先生からご提供いただきました。これは後に「HC グッズ」
としてクリアホルダーやトートバッグとなって進化し、多くの方々のお手元に届けられ愛用され
ているはずです。
このような親しみやすさを主要なコンセプトとしながら、本書は『人々の支援に関わる』厳粛
な学問の世界に皆さまをお誘いすることができます。
さて、ヒューマン・ケア科学専攻は、筑波大学において「既存の学問分野を超えた協同を必要
とする領域の開拓に積極的に取組む」ために、人々の支援に関わる各専門領域の連携と学問の融
合性をめざし、2001 年に 5 年一貫制として設立されました。2006 年には 3 年制博士課程になり、
2012 年度には満 11 周年となりますが、修了生・博士号の学位授与者は 100 余名にもおよびます。
この間に、学問的融合性を表象した専攻名であり学位名でもある「ヒューマン・ケア科学」を先
んじて発信すると共に、ダブルメジャー制度により博士(ヒューマン・ケア科学)と博士(医学)
を取得できる制度を設けるなど、学内外において先駆的に独創性の高い取組みとその成果をお示
ししてきました。
現在、本専攻には、共生教育学、発達臨床心理学、臨床心理学、健康社会学・ストレスマネジ
メント(旧ヘルスカウンセリング学)、生活支援学、高齢者ケアリング学、社会精神保健学、福
祉医療学、保健医療政策学、ヘルスサービスリサーチ、寄付講座人間安全保障(H25 年 3 月まで)
の 11 分野があります。これらの分野は 3.11 の東日本大震災後の復興元年である 2012 年度には、
教員や学生と修了生も一丸となって活動するために同窓会の設立を準備しています。
あらためて開設からの 10 余年を顧みると、これまでに退職・転出された諸先生のご尽力があ
ってこそ、専攻の独自性を見出すための盤石な基盤がつくられたと実感いたします。揺籃期を経
た 2012 年度からは、激動の時代にあって課題を直視し、進化し成熟した専攻をお見せできるよ
うに努力いたします。この「ヒューマン・ケア科学専攻への招待」を通して、本専攻の過去・現
在と未来をつなぎ、多くの皆様からの希望を託していただけることを願っております。
6
ヒューマン・ケア科学への招待
各分野の紹介
共生教育学
確立する研究を行っています。研究テーマに
は抑うつ、不安障害などの内在化問題、いじ
「共生教育学分野」は、「共生」をテーマと
め、攻撃行動などの外在化問題、アサーショ
す る 専 攻 で す。2012 年 現 在、今 や「共 生」
ン、ゆるし傾向性、ソーシャル・スキルなど
は時代のキーワードとなっています。自然と
心理社会的適応を促進する諸要因、ペアレン
人間の共生、国家・人種・民族・文化間の共生、
ティング・スキル、高齢者のエイジングや認
男女の共生、障害のある人との共生など、社
知機能低下予防プログラムの研究などがあり
会のグローバル化、多様化が進む中、共生の
ます。専任の濱口佳和教授と兼担の大川一郎
実現はこれからを生きる我々にとって欠くべ
教授、小玉正博教授の 3 名から構成されてい
からざる理念であり、達成目標であり、課題
ます。
です。共生教育学分野の教員は教育社会学、
教育経営学、教育臨床学を専門とし、社会、
学校や教育場面におけるマネジメント、人間、
臨床、社会や学校、個人の抱える問題解決に
焦点をあてて共生を究明しようとしていま
す。
発達臨床心理学
発達臨床心理学分野は、誕生から死に至る
までの人間の発達過程における様々な問題に
焦点を当て、その発達心理学的な背景や要因
を探求すると同時に、子ども相談室における
発達臨床心理学的支援活動を通じて、不適応
に直面している子どもと親のケアの方法論を
各分野の紹介
7
各分野の紹介
臨床心理学
様々な心理的問題・現象の解明や、効果的
高齢者ケアリング
高齢者ケアリング学分野は、高齢者に対す
な心理学的援助方法の開発について、理論的、
るヒューマン・ケアリング理論の構築と健康
実践的な研究を行うとともに、この領域の研
増進プログラムの開発を目指し、あらゆる健
究者や高度専門職業人の教育を行う。 併せ
康の段階にある高齢者および認知症の人と家
て、このような教育を実現する制度や学校の
族ならびに医療職・福祉職を対象としたケア
在り方や教育内容や方法を開発し実行に移す
リングの効果と介護予防のための生活支援シ
ことによって、すべての人間の「善き生」の
ステムについての教育と研究を行っていま
実現を目指す。
す。
現在、所属している大学院生は 13 名です。
内訳は、フロンティア医科学修士課程ヒュー
マン・ケア科学コースが 4 名、ヒューマン・
ケア科学専攻 3 年生博士課程が 9 名です。各々
が看護師、保健師、作業療法士、社会福祉士、
介護福祉士等の資格を取得し、常勤(大学教
員)や非常勤職に就き、研究と実践を連動さ
せています。
生活支援学
生活支援学分野は、主に子ども、障害のあ
る人、高齢者の生活を支援する方法について
研究と活動をしています。特に力を入れてい
るのは、
「気になる子ども」に関する支援活
動と研究、障害のある人の移動支援の活動と
研究、世界の子どもや障害がある物乞い者に
対する支援活動と研究です。現地でのフィー
健康社会学・ストレスマ
ネジメント
ルドワークの手法をとった研究が多く、北朝
あらゆる人々のクオリティ・オブ・ライフ
鮮に行って点字ブロックの写真を隠し撮りし
(QOL)を保障する健康社会の創出をめざし
たり、世界各地のスラムや路上生活地区をま
て、子どもから高齢者まで各ライフステージ
わって生のデータを収集したりしています。
の心身の健康にかかわる心理社会的要因を実
証解明し、理論を構築・検証しています。そ
8
ヒューマン・ケア科学への招待
してヘルスプロモーションのアプローチにつ
世界的に取り組むべき優先順位の高い健康問
いて、個人レベルの認知・行動の変容、およ
題について、国内はもとよりアジア諸国で問
び社会環境レベルの保健医療サービス・サポ
題解決・行動指向型研究を立案・実施してい
ートシステムの改善の両面から検討していま
ます。柳研究室では、医師や看護・リハビリ
す。
職など多彩な職種が保健・医療・福祉に関す
る様々な研究を行っています。昨年度博士課
程を修了した学生は 3 名で、精神科訪問看護、
脳卒中患者への短期集中歩行練習、ロボット
技術を応用した新しいリハビリテーションな
どの研究を行いました。
保健医療政策学
保健医療政策学分野では、保健医療行政や
諸制度が抱える問題、保健医療サービスの質、
自然・社会環境の中での人々の健康などに関
して、医療管理学、医療経済学、環境保健学、
社会精神保健学
さまざまなフィールド(司法矯正施設、相
環境疫学、国際保健学的アプローチによる評
価分析に基づいて、効果的な政策の構築を目
指す研究や社会貢献活動を行っています。感
談機関、医療・福祉施設、児童養護施設、薬
染症対策、癌医療、慢性腎臓病対策、気候変動・
物依存者自助グループ、学校など)において
地球温暖化の健康影響と適応策といったトピ
治療、相談などのサービスを提供しながら調
ックスに取り組んでいます。
査を行う、いわゆる参与観察を基本として精
神保健研究を行っています。特に非行・犯罪、
児童虐待、ドメスティック・バイオレンス、
薬物乱用、PTSDなどの現代社会で深刻化
する問題を取り上げ、面接や統計調査をもと
にした実証的研究をもとに対策の提言を目指
します。研究グループホームページの URL:
http://www.md.tsukuba.ac.jp/communitymed/mental_health/index.html
福祉医療学
市川研究室では、社会的弱者の健康問題や、
各分野の紹介
9
各分野の紹介
ヘルスサービスリサーチ
ヘルスサービスリサーチは、社会的要因、
寄付講座
「人間安全保障」
寄付講座『人間安全保障』は環境・福祉・
報酬体系、組織の構造とプロセス、医療の質
保健・エネルギー・食糧・人の移動等の問題
とコスト、そして最終的には、健康やウェル
に対し、国家の枠組みを越えグローバルに対
ビーイングへの影響を科学的に探究する学際
応する新しい「人間の安全保障論」(Human
的な研究分野である(AcademyHealth,2000)
Security) を確立すること、またこれらの研
といわれています。こうした理念から、へ
究成果を生かし 21 世紀の諸課題に対応する
ルスサービスリサーチ分野では、医療(保
ことのできる人材を育成することを目的とし
健・看 護・福 祉 を 含 む)サ ー ビ ス の 質 を、
平成 22 年 4 月にヒューマン・ケア科学専攻
Structure・Input(人員体制、設備、予算など)
、
に開設されました。岩浅昌幸(准教授)が先
Process(ヘルスシステム下での utilization、
進国、また柏木志保(助教)が途上国におけ
accessibility、referral な ど)
、Outcome(こ
る「人間安全保障」の講義および研究を担当
れらのプロセスの結果、どのような変化が生
しています。
じたか)の視点から包括的・科学的に評価・
分析し、医療分野だけでなく、政策学、法学、
経済学、社会学、人類学等の学際的視点から
考察し、その成果を国内外に発信することで、
サービスの質向上を図り、『生活と調和した
医療実現』の一助となることを目指していま
す。
10
ヒューマン・ケア科学への招待
ヒューマン・ケア科学専
攻ファカルティ・ディベ
ロップメント
福島先生から、紛争が終わって和平合意が成
−国際社会科学専門家との
対話交流会−
には女性の地位をあげる努力はもちろんだ
立した後、兵隊は仕事がなくなる、若い人た
ちは学校に行けず仕事もない、などからスト
レスが高じ DV の誘因となること、問題解決
が、国際社会が平和構築を支援する時に収入
が得られるようなプロジェクトをできるだけ
2012 年 10 月 29 日 15 時 30 分から総合研
早く始めることが重要との話しがあった。ま
究棟ギャラリースペースにて、福島安紀子氏
た東ティモールでタイスという伝統的な織物
(青山学院大学)・田瀬和夫氏(国際連合広報
文化産業を復興したことが就労支援につなが
センターイスラマバード)の 2 人の講師をお
り、結果として DV が減ったという実例が紹
迎えし FD が開催された。当日の参加人数は
介された。
32 名(ヒューマン・ケア教員専攻教員 10 名、
学生 20 名、講演者 2 名)であった。
海外の多くの国々では貧しさから十分な教
育が受けられていない、という話題にうつり、
日本のように公立校無料化のような制度で教
育支援が可能となるか話し合われた。この点
について田瀬先生から、パキスタンも憲法で
無料の義務教育が定められているが、農村部
では小学校に行けない人が 30 ∼ 40%いる、
識字率も農村部では 5%以下である、大地主
と小作農の関係が教育の普及を阻む一因とな
っている、国連は教育の必要性を啓蒙するた
めにパシュトゥーン語のラジオシリーズを流
している、などの現状が紹介された。また福
島先生から、東ティモールの地方でも、学校
まで山谷をこえ 1 時間半もかかる、子供を学
校へやるとその日のコーヒー栽培の労力が減
るので一定の年齢までは通わせるが、その後
松田専攻長の挨拶、両講師のプロフィール
は親が行かさなくする、往復のことを考えて
の紹介があり、その後参加学生から講師への
子供たちもあまり通いたがらないなどの話が
質問をきっかけに様々な話題について討論が
あった。貧困問題に加えて、学校へのアクセ
始まった。幾つか印象に残った話題について
スや教育の重要性に対する理解などさまざま
紹介する。
な 問題も同時に改善していく必要があるこ
FD の前に行われた講演会でも取り上げら
れたためドメスチックバイオレンス(DV)
について問題意識をもつ参加者が多かった。
とが理解できた。
高齢化対策は日本国内の重大な人間安全保
障政策の一つである。福島先生は高齢化問題
各分野の紹介
11
各分野の紹介
を、少子・高齢化という人口動態的問題の視
点でとらえ、年金制度、健康保険制度なども
含めて日本がどんどん知恵を出し実施してい
く必要があることを強調した。会場から高齢
者には自殺の問題もあり、高齢者に対する安
全環境、平和環境を提供していく視座が必要
という意見が出された。両講師から、パキス
タンは 18 歳以下が 60%と非常に若いが、年
い通訳になること、英語を使ってできるだけ
長者は尊敬されていること、東ティモールも
しゃべること等をご教授いただいた。このほ
若年者が多いので日本のような高齢者問題は
かにもいろいろな話題が話し合われたが、紙
無いが、高齢でも働かないとやっていけない
面の都合で省略する。
という厳しい現実があり家族の一員として働
会場は、講師を囲むかたちで席が配置され、
いていること、大所帯のなかで高齢者に対す
講師との距離感がほどよかったせいか非常に
る尊敬の念があるなどの話があった。また田
活発な討論が行われた。また両講師の話は実
瀬先生は、現在の日本では高齢者の潜在力を
体験にもとづいた臨場感あふれる実に興味深
実現する機会や場がないことが問題と指摘し
い内容で、参加者も講師の話に自然と引き込
た。
まれ実際に現場にいるかのような感覚を楽し
最後に、海外での活動に興味があるが、や
んだ。途中で結婚制度、日本企業のトイレプ
りたいことが定まっていないという学生に対
ロジェクト、武力衝突を解決したジャッキー・
するアドバイスとして、田瀬先生は、海外の
チェンの話など楽しい話題にも及び、あっと
現場をみて刺激を受け選択肢を増やすことの
いう間の 1 時間半であった。学生にとって極
大切さについてふれ、一例として国連フォー
めてエキサイティングな体験だったと思われ
ラムというカンボジアに 1 週間滞在し国連が
る。それを裏付けるように、参加した学生に
行っている事業を見学するツアーを挙げた。
行ったアンケート調査では、回答した 17 名
また福島先生は海外のいろいろな文化を勉強
全員が「大変興味深かった」あるいは「興味
すること、やりたいことがみつかるまではい
深かった」と回答した。
ろいろぶつかってみることの大切さを話され
今後もヒューマン・ケア科学専攻では、社
た。また両講師から海外で活動するための効
会貢献に対する実践的な FD の実施を継続し
果的な英語の修得方法として、通訳学校に通
て実施していく予定である。
※なお、本 FD は平成 24 年度人間総合研究科
FD 大賞に選ばれました。
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ヒューマン・ケア科学への招待
各分野の紹介
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ヒューマン・ケア科学への招待
研究アラモード
13
研究アラモード
?実践
研究?
青木 佐奈枝
人間系
この冊子を手にされた多くの方は、臨床
くりするほど少なかった時代ですし、性被
実践と研究の両方に興味をお持ちなのでは
害がマスメディアで報道されることは極め
ないでしょうか。私もその一人です。私は
て稀でした。それに、私は何の専門性も持
臨床心理士として現場で実践活動を行いな
たないただの学生でしたから、周囲の反応
がら、その中で関心を持ったことが生じた
は当たり前のものでした。ただ、
その時、
「児
時に(大概は疑問や悩みが生じた時です
童虐待や性被害が日本に無いなんていうこ
が)
、研究という形にして見直してきまし
とは絶対にない!」と言い張ったのを覚え
た。そして、少しばかりのわかったことを
ています。それでは私が見たり、聞いたり
頼りに、また実践活動を行っています。臨
してきたことは何だったのだろうと思いま
床と実践の間を行ったり来たりするこのや
した。私は東京の片隅にある山間の町で生
り方が自分では気に入っていますし、おそ
まれました。環境が良いこともあり、精神
らく、この後もこのやり方で進んでいくの
病院や障碍者施設がとても多い町です。中
かなと思っています。研究と実践への関わ
高学時代は施設訪問をする課外活動もあり
り方は人によって異なるのでしょうが、私
ました。そこで、見聞きしたこと、それか
の場合を少しお話し致します。
ら友人達の訴え、あれは何だったのだろう
私が最初に関心を持ったのは、児童虐待
と。そのように先生や先輩たちに食って掛
や性被害についてでした。今の関心事の一
かり、児童虐待をテーマにした卒業論文、
つでもある「トラウマ」です。大学生だっ
修士論文研究を行いました。かなり無謀な
た私が卒業論文で児童虐待や性被害につい
計画であったのに、最終的には好きなよう
て取り上げたいと言った時に、周りの良識
にやらせてくれた、そして、手取り足取り
ある大人たちからは「日本の一般家庭に児
指導して下さった指導教官や先輩たちにと
童虐待や性被害はないよ。それは海外の話
ても感謝しています。
でしょう?もう少し手におえる現実的な
その後、病院で臨床心理士として働き始
テーマを選んだ方がいいよ」と諭されまし
めると、沢山の患者さんとお会いするよう
た。今から 20 年以上前のことです。公に
になりました。学生時代の学業怠慢が祟っ
される年間児童虐待数は今に比べればびっ
て、見るもの、聞くもの、とにかくよくわ
16
ヒューマン・ケア科学への招待
からないので、図書館や医局に行き、分厚
た。また、見つかっても、自分の目の前に
くて ( 当時の私には呪文でも書いてあるか
いる方のものとはかなり異なっていまし
のように思えた ) よくわからない本を開い
た。
「自分の目の前にいる患者さんに起こっ
ては調べ、それでもわからない時は先輩に
ていることは、どうも文献では説明されて
教えてもらいました。研究は好きでしたが
いない。何が起こっているのだろう?今見
最初は実務に必至で、研究のことなどさっ
えているものは何なのだろう?」
、その疑
ぱり忘れていました。多くの文献をこの時
問が始まりで、再度、研究熱に火が付きま
期に読んでいるはずですが、それは実務上
した。集めったデータを分析したり、事例
困った時に必要なもので、それを読んで研
研究を始めました。そうやって仕事の合間
究をしたいはなかなか思えませんでした。
に趣味で行ったものが積み重なって、結果
しかし、仕事を続ける中で調べても、調
的に論文になっていきました。
べてもよく理解できないことが出てきま
解離性障害に限らず、自分の目の前にあ
す。自分の目の前におられる患者さんと文
る事態が、それまで言われていたものと違
献に書いてあることが随分異なるのです。
う時、
「今私の目の前に展開されているの
あるいは文献に知りたいことが書いていな
は何なのだろう?」と疑問に思った時、私
いのです。大概は周囲の先輩たちが教えて
は研究という手段を取って頭を整理するよ
下さり「そういうことだったのか」と納得
うに思います。研究は、私にとっては頭の
できました。しかし、時折、やはりうまく
中の整理作業なのかもしれません。実践活
理解できないことが生じました。
動をして混乱し、研究を行って少し整理さ
仕事をして数年経った頃、解離性障害が
れ、それもつかの間、また実践の場で混乱
疑われる方の心理アセスメントを立て続け
する…、その繰り返しです。しかし、それ
に依頼されたことがありました。Dr から
も悪くないなと思っています。
の依頼は「この人、何かな?ロールシャッ
皆さんの実践と研究のありようは私と異
ハ・テストから見ても解離性障害?詐病
なるかもしれませんが、いろいろな形が
じゃない?」というものでした。しかし、
あってよいと思っています。実践と研究そ
当時の私は解離性障害にそれほど多く会っ
の両方に関心をお持ちの方、ぜひ、ヒュー
たことはありませんでしたし、彼らがどの
マン・ケアの扉を叩いてみてください。皆
ようなロールシャッハ反応を出すのかも知
さんと筑波の地でお会いできることを楽し
らなかったので、とにかく調べました。当
みにしております。
時、解離性同一性障害についての論文は多
く見つかりましたが、私の目の前にいらっ
しゃる方と同種の解離性症状を示す方につ
いての文献はそれほど見つかりませんでし
研究アラモード
17
研究アラモード
ヒューマン・ケア科学の「作品」づくり
−社会調査という方法−
い い だ ひろゆき
飯田 浩之
人間系
研究室の書棚に
『作品としての社会科学』
変わらない、と思ったりもする。しかし、
(内 田 義 彦 著、1981 年、岩 波 書 店)と い
その一方で、どこか、 引っかかり も感
う本がある。私は、この「本」――精読し
じている。その一つが、データの統計処理
ていれば自信をもってそう言えるが、書棚
を行ったことについて、発表や論文の中で
に並ぶ大半の本がそうであるように、この
説明する場合の表現の仕方である。例えば、
つんどく
本も 積読 だったのかもしれない――と
いうよりも、この本の「書名」に惹かれて
いる。
「書名」
をもとに
「社会科学は作品」
と、
憚りもなく断じている。
ヒューマン・ケア科学専攻のスタッフと
「因子分析が施された。」「重回帰分析が行
われた。」……「アレッ」。
多分、発表者や著者は、何の疑問もなく
このように表現しているに違いない。しか
し、私にはどうしてもこの表現がそのまま
なって、異分野の研究発表を聞いたり研究
素直に受け止められない。 イチャモン
論文を読んだりする機会が多くなった。そ
のように思えるかもしれないが、
「因子分
の機会に、細かなところで「アレッ」と思
析 は『施 さ れ た』の で は な く、『施 し た』
うことがあって戸惑った。実のところ、今
だよな!」「重回帰分析は『行われた』の
も、度々、戸惑っている。
ではなく、『行った』だよな!」。受動態で
ヒューマン・ケア科学は、様々な分野の
学問で構成されている。まさに「学際」
。
はなく、能動態で書く。それが 作法 。
確かに英語の発表や論文では、こうした
異分野の学問が間近で接している。それだ
場合、よく、受動態が使われる。私がもつ
けに、それぞれの学問の 作法 が際立つ
違和感は、英語の発表や論文に馴染めない
時がある。その違いに戸惑ったりもする。
私個人の問題か。しかし、社会調査では、
その一つ ―― 私の主たる研究法は社会
こうした場合、一般に能動態が使われ、そ
調査である。
SPSSでデータを処理して
れが 作法 となっている。であれば、こ
報告書や論文にまとめている。
ヒューマン・
れは私個人の問題ではないだろう。
ケア専攻の他分野にも、データをSPSS
なぜ、こんな些細なことが気になるのか。
で処理してまとめた研究が多くある。その
受動態の表現が不自然に感じられるのは何
点で、分野が異なってもやっていることは
故か。
18
ヒューマン・ケア科学への招待
自らに問うて気づいたのは、こうした表
主体が関与することで得られたデータ
現は、その学問に固有の方法的構えと深く
を、それを得た時の視座、主観・実感を重
結びついているのでは……ということ――
んじて処理し、報告書や論文をまとめてい
ありていに言えば、社会調査の場合、その
く。社会調査に基づく研究は、客観的で法
営みに
「主体」
が強く関与していて、
それが、
則定立的であることを求めつつも、調査の
能動態を使うことに現れているのではない
現場・フィールドを引きずっている。だか
かということである。
ら、調査者の主体−視座、主観・実感がど
社会調査では、多くの場合、研究室から
うしても表に現れる。それを殺しては、社
フィールドへと出かけていく。人々の日常
会調査は成り立たない。作者の主観・実感
生活をその現場において把握しようという
をもって文学作品や芸術作品が成り立って
のが社会調査である。観察調査、インタビ
いるように、社会調査は調査者の主観・実
ュー調査はもちろんのこと、質問紙調査も
感に支えられて成り立っている。
現場に即して質問を作り、現場において回
やはり社会調査は「作品づくり」である。
答を求める点においてフィールド調査に他
それは、私をも巻き込む調査対象者の世界
ならない。
フィールドに出かけていくのは、
を描く手だてである。その点において社会
調査者である。フィールド調査は、調査者
調査は、「作品としての社会科学」の一翼
の能動的な営みによって成り立っている。
を担っている。統計処理を「施され」「行
であれば、データは、調査者の「主体」
われ」るものとすることで客観的、法則定
が強く関与することで得られている。調査
立的であろうとする学問とは、方法的な構
者の視座から捉えられた対象者の世界がデ
えにおいて異なっている。
ータである。それゆえそれは、調査者の主
思えば、ヒューマン・ケア科学は「科学」
観、さらには実感と切り離せないものであ
の前に「ヒューマン」「ケア」の二語が付
る。だから、データを処理する場合にも、
い て い る。「ヒ ュ ー マ ン」で あ り「ケ ア」
そこに調査者の視座、主観・実感が介在す
であることにおいて、対象に主体として関
る。むしろ、介在することでデータは生き
わり、主観・実感をもって寄り添うことが
てくる。かくしてデータの処理は「施す」
「行
求められている。その一方で「科学」であ
う」のであって、
「施される」
「行われる」
ることにおいて、対象を突き放し、客観的、
ものではあり得ない。
「行われた」
「施され
法則定立的であることも求められている。
た」と表現した途端、データは、自分から
離れ、よそよそしいものに転化する。
「主体」
「施す」
「行う」のか、
「施され」
「行われ」
るのか。果たして「ヒューマン・ケア」は
ひとごと
が消え去り、調査が他人事になり果てる。
どちらであろうか。何気ない表現、「作法」
やはり、ここは、受動態ではなく、能動態
の違いのなかに、ヒューマン・ケア科学の
で書かなくては……。
在り方を問う、ヒントが潜んでいる。
研究アラモード
19
研究アラモード
今日も途上国で営業活動に精を出す
いちかわ ま さ お
市川 政雄
医学医療系
途上国の健康問題に無関心でいられない
「安い労働力」である児童は、教育の機会
私は途上国の健康問題に無関心でいられ
を奪われ、自分の身を守る術を学ぶことな
ない。そんなことをいうと、日本にも問題
く、ケガや病気でもすれば、「使い捨てに
があるのに・・・と批判されることがある。
される労働力」でもある。
もちろん、国内に問題が山積していること
これは児童に限らない。私たちの生活は、
は知っている。問題を解決するため、自分
途上国の人たちの健康、いや命によって立
に何かできないか、と思い悩むことだって
っている。だから、途上国の健康問題に無
ある。しかし、だからといって、途上国の
関心でいられないのである。
問題に目をつぶっていいかといえば、そう
ではない。
私たちの生活は国内で完結していない。
私たちの身の回りには、途上国の人たちの
手によってつくられたものにあふれてい
る。たとえば、今朝飲んだコーヒー、いま
身に着けている衣服、これから友だちに連
絡をとるのに使おうとしている携帯電話。
これらはいったいどこで生産・製造されて
ラオス・103 病院救命救急室
いるのか。そして、そこではなにが起きて
いるのか。思いをはせてほしい。
たとえば、児童労働は今もなお広くみら
なぜ事故に注目にするのか
研究テーマが事故だというと、事故は健
れ る。世 界 的 企 業 の ア ッ プ ル 社 で さ え、
康問題なのか、と問われることがある。も
2011 年まで同社製品の生産工場で児童が
ちろん、事故は命をも脅かす健康問題であ
労働力になってしまっていた。
(アップル
る。事実、世界では毎年 580 万人が事故
社はその事実を公表し、児童の支援と再発
で命を落とし、それは全死亡の 1 割を占
防止に取り組んでいる。
)
めている。この数は、三大感染症のマラリ
このような事例は枚挙にいとまがない。
20
ヒューマン・ケア科学への招待
ア、結核、エイズによる死亡すべてを合わ
せた数より 32%も多い。
事故は死亡だけでなく、重大な障害をも
もたらす。
その数は死亡よりもずっと多い。
犠牲者は子どもや若者にも多くみられる。
途上国を旅すると、子どもがそのリスクに
さらされているのがよくわかる。
cWHO
○
どのようにかかわってきたか
私は縁があって 10 年余り、途上国の外
傷予防とケアの質向上の取り組みに研究者
の立場でかかわってきた。かかわるキッカ
ケは、偶然めぐってくることもあるが、ど
ちらかといえば自ら積極的につくってき
ラオス・ビエンチャン市内の通学風景
た。飛び込みの「営業活動」である。お膳
立てされていることはなにもない。人脈づ
世界保健機関は 2004 年、死亡に障害な
どを加味して、世界の健康問題に順位をつ
けた。それによると、2030 年までに交通
くりからはじめ、関係者と問題意識を共有
し、すべきこと、できることを考える。
ただし、現実には思うようにいかない。
事 故 は 世 界 で 第 3 位 の 健 康 問 題 に な る。
苦労は常につきまとう。研究者に求められ
国連は 2011 年から 2020 年までを「交通
る成果がなかなか出せない、というジレン
安全のための行動の 10 年」に定めた。
マだってある。しかし、研究は業績を残す
これらのことからも、交通事故対策は世
ためではなく、問題を解決するために行う
界的に取り組むべき喫緊の課題であること
ものである。そのためなら、少しくらい遠
がわかる。今まさに日本の過去の苦い経験
回りしてもよい。そう思えるようになって
を途上国で生かすときが来ている。
きた。
ここでは語りつくせないが、研究の裏側
は人間味にあふれている。きれいごとばか
りではない。そんななかで、私は今日も途
上国で営業活動に精を出している。
研究アラモード
21
研究アラモード
医学からヒューマン・ケア科学へ
い な だ はるひこ
稲田 晴彦
医学医療系
専攻外の多くの方にとって、
ヒューマン・
せんでした。結局、臨床医であった親族に
ケア科学は耳慣れない言葉ではないかと思
勧められたことや、就職や収入といった世
います。本専攻は、医学、看護学、教育学、
俗的なことも考えて、医学部に入りました。
心理学、保健学など、人のケアに関わる諸
大学では、中学から何となく続けていた
学問をバックグラウンドとする教員が担当
陸上競技を本気でやりたいと思い、がんば
しており、これらの分野を一つの専攻にし
って練習していましたが、急に走り過ぎた
た例は全国的にも珍しいようです。私は医
のがたたって怪我をしてしまい、2 年生の
学出身ですが、同級生の大半は臨床医とし
夏からはまともに練習もできない状態にな
て仕事をしており、この道に進んだのは少
ってしまいました。3 年生になったころ、
数派です。そこで、自己紹介も兼ねて、ど
大学のサークル紹介冊子を眺めていると、
うして医学からヒューマン・ケア科学に来
国際医療研究会が目にとまりました。この
たのかをお伝えしたいと思います。
際海外に行ってみようと思い、
連絡すると、
高校時代までは、社会科、中でも歴史に
ア ジ ア 医 学 生 会 議(Asian Medical
一番興味がありました。歴史自体の物語と
Students Conference: AMSC)へ の 参 加
しての面白さもありますが、学ぶと、先を
を勧められました。AMSC は、1980 年か
見通すヒントが得られるように感じるから
ら毎年開かれており、その年は、東・東南
です。また、世界地図を見ては各地を旅行
アジアとオセアニアの 10 の国と地域の学
したいという気持ちに駆られていました。
生 300 人が参加して、十数年ぶりに日本
理系のコースにいたので、生物学もかなり
で開かれるとのことでした。海外には行け
の時間をかけて勉強し、恩師の一人にいた
ませんが、かえって初心者には行きやすい
だいた、リチャード・ドーキンスの『利己
よい機会だと思い、参加することにしまし
的な遺伝子』で知った、人間を含む生物個
た。外国の学生と話をするのはほとんど初
体は自己複製を究極の目的とする遺伝子の
めてでしたが、その交流が楽しいこと、英
乗り物に過ぎない、という考え方が刺激的
語でコミュニケーションする力が求めら
であったことは印象に残っていますが、そ
れること、運営が素晴らしかったことが強
の道を究めたいという気持ちは起こりま
く印象に残りました。
22
ヒューマン・ケア科学への招待
AMSC を取りかかりにして、国際保健
な公衆衛生学の勉強を一から始めました。
のスタディツアーに参加したり、国際機関
研究室の週 2 回のセミナーに加えて、幸い、
でインターンをしたりしました。AMSC
東京大学は前年から公衆衛生大学院を設置
でできた友人を訪ねるために、東南アジア
しており、修士の学生向けの疫学や統計学
を中心に海外にもずいぶん行きました。2
の講義があったので、聴講して勉強しまし
年後には東アジア医学生会議(EAMSC)
た。基礎の勉強をしながら研究も始めるの
を運営する側として関わり、また、日本国
は大変でしたが、研修でお世話になった病
際保健医療学会が学生部会を立ち上げる際
院でデータを収集させていただいて、何と
には、お手伝いをさせていただきました。
か 4 年間で修了することができ、ご縁あ
学生時代に、陸上部に加えて、EAMSC や
って筑波大学に奉職する機会を得ました。
学生部会を運営する経験を積めたことは、
思うに公衆衛生学の研究は、その土台と
大きな財産になったと思います。AMSC
して、健康状態を測定・記述することと、
の参加者には、開発途上国の人々の健康水
健康に影響を与える因子(物理的、化学的、
準を上げることに関心を持っている人が多
生物学的、社会的)やそれらが作用するメ
く、
その影響もあり、
大学を卒業する頃には、
カニズムを明らかにすることがあります。
専門(医学)と興味(社会)の接点である
その先の目的として、大半の研究は、健康
公衆衛生を専門にすることにしました。
水準の向上、効率性の改善、公平性の確保
私が卒業した頃には、臨床研修が必修化
のいずれかに分類されると思いますが、私
されており、また、公衆衛生を専門にする
の一番の関心は、社会の持続可能性にあり
としても臨床経験は積みたかったので、大
ます。持続可能性に直接つながる研究は多
学病院と静岡県の市中病院で 1 年ずつ研
くはないものの、その目的を目指して、研
修しました。臨床医の仕事は学部生時代に
究をしています。
思っていたよりも面白く、特に循環器内科
また、学生から教員になったばかりの身
や救急医療で夜勤を厭わず何とか救命でき
としては、講義はするよりも受ける方がず
たときは、とても充実感がありました。し
っと楽だったと痛感しています。しかし、
かし、周囲の研修医が後期(専門)研修を
より分かりやすく、興味を引く内容にしよ
始める 3 年目には、私も自分の専門を学
うと組み立てていく作業は面白く、また、
び始めようと思い、大学院に入学し、学部
学生からの質問をきっかけとして、自分の
生時代からお世話になっていた公衆衛生
理解が不十分であったことが分かることも
学教室の小林廉毅教授のもとで勉強させ
あり、本当に教えることは教わることだと
ていただくことにしました。
感じています。教員の中では、一番学生と
医学部を卒業すると、修士を経ずに博士
課程に入ることになるため、そこで本格的
近いところにいると思いますので、学生の
皆さんは気軽にご相談ください。
研究アラモード
23
研究アラモード
人間安全保障を考える
岩浅 昌幸
体育系
1.はじめに
日本最大の災難が東北部を襲った。
『20世紀は自由と平等を追求する世紀
この3・11大震災以降なかんずく自然
であった。しかし21世紀初頭は、人間の
災害は、人間の安全保障の重要な課題と
生存(共存)が課題となっている』
なっている。震災とその後の原発事故によ
この命題は今日世界の多くの人々に支持
る放射能汚染は生存への危機意識を日本の
されるであろう。
みならず世界に生み出している。また、太
2011年3月11日に未曾有の東日本
陽活動の急速な変化とも関連し、地震周期
大震災を経験した日本人は、ある意味でそ
に入った日本の環境異変への対処という難
れまでの日常感覚からシフトしたといえよ
問が、われわれに突き付けられている。そ
う。個々の国民の安全領域を、国家を超え
してさらに不透明性をましている、米国財
る力が軽々と乗り越える瞬間を経験したか
政危機とEU債務危機が惹起する国際金融
らである。第二次世界大戦後ほぼ70年に
危機への不安、中東の民主化デモ以降の政
わたり、日本は近隣諸国の紛争に直接的に
治状況の変化や原発の安全性とも関係する
巻き込まれることなく、少なくとも表面的
エネルギー危機、環境変動による食糧危機
には平和を維持してきた。この間国民は経
など、人間生存の根幹が脅かされる危険が
済活動に邁進し、国民総生産高を押し上
高まっている。これらはすべて「人間の安
げ、いわゆるバブル経済の終焉とサブプラ
全保障」
(Human Security)の課題である。
イム・リーマンショックを経験しながらも、
「人間の安全保障」は日本外交の主要テー
今日の国際社会において稀有なほど、国民
マとなってきたが、いまこれは途上国のみ
が純資産を有する国家となった。
ならず、日本を含む先進国においても深刻
しかし表面的に先進国として社会生活を
な問題を提起している。すなわち金融、経
営んでいるように見えても、バブル経済末
済、財政、エネルギー、環境、食、高齢社会、
期から確実に貧富の格差が広がり、とくに
医療等の、人びとの安全にかかわる諸問題
リーマンショック以降は「派遣村」が象徴
を、
「人間の安全保障」というキー概念を
するように貧困の危機が日本人を襲ってい
通して、どう紐解くかが今日の課題となっ
る。その中でわれわれの安寧を脅かす現代
ている。
24
ヒューマン・ケア科学への招待
2.新しい安全保障の登場
3.人間の安全保障の意義 従来、安全保障とは、国家安全保障を意
「人間の安全保障」とは、
1994年、
ノー
味した。これに対して近年、国際交通と情
ベル賞受賞者アマルティア・センの影響を
報伝達の緊密化を背景として「人間の安全
受け、
国連開発計画(UNDP)により『人
保障」という概念が注目されるようになっ
間開発報告書』
( Human Development てきた。とりわけ東西冷戦後、旧ソ連邦が
Report の New Dimensions of Human
弱体化し、国民を保護することすらできな
Security )において唱えられた概念であ
くなったことを背景に、内戦や民族紛争が
る。人間の生存に対する脅威から個人を
展開されるようになった。このような事態
守るということがこの目的である。これは
が国家内に生存する個々の人間の安全保障
人々が内戦、犯罪、飢餓、感染症、疾病、
を意識させることになった。
失業、環境破壊、迫害などの、身体的・経
国家の弱体化と関連し、そこに住まう自
済的・精神的な生存の脅威に晒されること
然人の保護機能は、国家のみではなく、国
があるという認識のもと、個々の人間の安
際機関、地方政府そしてNGOなどにも委
全の達成に焦点をあてた概念である。
ねられる状況が現れてきた。さらに地震、
経済の安全保障(基本的収入と最終的
津波、環境汚染、地球環境の変動、国際金
手段としてのセーフティーネット)
、食糧
融経済の変動、感染症などの多様な脅威は、
の安全保障(基本的な食糧へのアクセス)
、
国境を越えるため、これらに個々の国や地
健康の安全保障(医療機関へのアクセス)
、
域で対処することには限界がある。このよ
環境の安全保障(水不足、大気汚染、原発
うな国境の壁を超える、多元的なボーダレ
事故、地震、津波等から免れること)
、身
ス安全保障の観念は、非伝統的安全保障た
体の安全保障(暴力、犯罪、薬物の恐怖か
る「人間の安全保障」の特徴である。特に
ら免れること)
、地域社会における安全保
経済・金融グローバル化による貧富の拡大
障(文化的アイデンティティーと価値観の
は、途上国では絶対的貧困の問題を、先進
形成を提供する地域社会の安全)
、そして
国では失業・派遣労働者の問題などを惹起
政治的安全保障がその要素とされる。この
し、これらに一国では対応できず、関係国・
ように、
「人間の安全保障」の係る射程範
諸機関の共同対応の要請契機を生み出して
囲は多岐にわたる。そこであえて「人間安
いる。またこの底流には今日の世界は「国
全保障学」の問題意識を定義するならば、
家を構成員とする国際社会という捉え方
人間の安全を脅かす諸問題を、諸科学分野
から、人間 ( 市民 ) を構成員とする地球社
の成果を活用しつつ統合的に把握し、それ
会という捉え方へとさらに大きなうねりと
らの解決に係る方法論・政策論の構築を
なっている」という認識の存在も指摘され
テーマとする、ということになろうか。
る。
研究アラモード
25
研究アラモード
ニーバーの祈り
−完全主義と依存症をつなぐもの−
おおがい やすかず
大谷 保和
医学医療系
「神よ、変えられるものについてはそれ
んなに努力しても自分の遂行に満足できな
に立ち向かう勇気を、変えることのできな
いため、自己評価は低下し精神的健康は悪
いものについてはそれを受け入れる落ち着
化します。彼らにとって重要なのは「自身
きを、
そして両者を見極めるための賢さを、
にとって期待外れやコントロールできない
私に与えたまえ」
。
部分の存在を認め,それを無害/ポジティ
これは、神学者であり政治学者でもあっ
たラインホルド・ニーバーの 平安の祈り
ブなものとして捉え直し共存すること」で
す。ニーバーの祈りに照らし合わせると、
(Serenity prayer) と呼ばれる言葉です。
「できないものについてそれを受け入れる
様々な困難に直面した際に持つべき心の姿
落ち着き」が必要だということです。博論
勢についてその要点が簡潔に整理され述べ
執筆時にこの言葉を知った私は、テーマの
られており、個人的にとても思い入れのあ
本質を突いていると気に入って後書きに
る言葉です。
載せたりしたものです。
この「祈り」と私は、形を変えて 2 回、
2 回目は私が前職の研究所で薬物・アル
出会うことになります。1 回目は私がまだ
コ ー ル な ど の 物 質 依 存(Substance
大学院生の頃です。当時、私は心理学専攻
disorder)について研究していた頃です。
の社会心理学研究室に所属しており、心の
物質依存とは、社会生活上差し障りが生じ
問題のメカニズム解明に社会心理学の立場
ても、なお依存性物質の連続的な使用を自
から貢献できないかと考え、抑うつ・不安・
ら止めることができない病気です。治療す
強迫・摂食障害などさまざまな心の問題と
るには物質使用を完全に止めるしかありま
関連するリスク要因である完全主義
せんが、いったん依存状態に陥ると、せっ
(Perfectionism)について研究していまし
かく断薬をしてもふとしたきっかけで物質
た。完全主義とは自分の行動評価に完全性
渇望感が再燃するため、再発率の非常に高
を求める人格傾向のことを指します。
い病気でもあります。
完全主義者は自分の失敗や欠点を許容す
また依存が進むと、脳が変化して薬物・
ることが極度に苦手です。だから失敗を犯
アルコールの接種を第一とする考え方に変
さないよう強迫的な努力を重ねますが、ど
貌していきます。代表的なのは、歪んだ物
26
ヒューマン・ケア科学への招待
質統制感(自分は薬物をきちんとコントロ
いう幻想を維持すること、依存物質を使用
ールできている。危険はない)と、問題認
することで自らの欠損を埋め、簡単にかり
識の低さ(自分は依存症ではないし、問題
そめの幸福感を手に入れることを、彼らは
はない)です。治療を進めるには、まずこ
それぞれ生きる支えにしてきたからこそ、
ういった認識を改め、「自分は問題に陥っ
簡単にはそれを手放せないのでしょう。
ており、自身の力ではどうにもならない」
と認めることが大事になってきます。
上手に断念するのは時間のかかる難しい
作業です。重要なのは、
「ひとつでも失敗
ところが依存症においては、物質使用に
したら人生終わりに決まっている」
「薬物
より付随的に現われる幻覚などの症状を抑
を使わない人生など考えられない」など「自
える薬はありますが、中心的問題である渇
身の中でわかったつもりになって完結して
望感を抑える薬は今のところありません。
しまう状態」に陥らないことです。個人内
したがって依存そのものの治療は心理社会
で思考の泥沼に陥らないために、時には共
的なものが中心になります。それまで薬物
感し、時には異なる見解を投げかける他者
やアルコール中心の生活をしてきた人が、
が混ざった状況をあえて用意するのがグル
依存物質を断ち切り続けるのは相当困難な
ープ治療のエッセンスです。
作業です。個人の意志の力だけで簡単にど
うにかなる問題ではありません。
どのような方向であれ、自身の問題に対
峙しつつ進んでゆくには、自身だけでなく
それではどうするか。依存症自体の治療
他者をはじめとする自分以外のものの力が
は自助グループ(「ダルク」や「アルコホ
必要になる。それこそがヒューマン・ケア
ーリクス・アノニマス」などが有名です)
の本質の一つなのだと考えます。
と呼ばれるグループ治療が盛んに行われて
最後に私の個人的な思い出を加えれば、
います。患者さん同士が集まって悩みや不
博論の後書きに載せたこの言葉に対して、
安を吐露しながら共に薬やアルコールをや
明田芳久先生―当時大変な闘病生活を送
め続けようと試行錯誤します。アメリカ発
りながらも最後まで懇切丁寧に論文を見て
祥の「12 ステップ・プログラム」と呼ば
くださった今は亡き私の指導教員―から
れる回復プログラムが使われるのですが、
「…この言葉は今の私の祈りでもあります」
プログラム実施前に全員で唱和されるの
と伝えていただいたのが忘れられません。
が、冒頭のニーバーの祈りなのです。
師匠と思いを共有した経験を通して、この
完全主義と依存症の両者は対極にあるよ
うにも見えますが、そこに通底するのは、
言葉は私にとって今でも大きな力を持って
語りかけてくるのです。
問題を打破するには「今まで自分を支えて
きた柱を断念する」必要があるということ
です。強迫的な努力を続けて完全な自分と
研究アラモード
27
研究アラモード
ヒューマン・ケア科学専攻の立ち上げに
かかわった者として
大久保 一郎
医学医療系
私は 2000 年の1月1日付で大学に赴任
換し、寝食を共にしたことは、大学に来て
した。それまで厚生省で約 20 年間医系技
最初に得た大きな財産であった。研究科設
官(医師の行政官)として、保健医療行政
立の祝賀会で初代の研究科長が酔って私に
の様々な分野で仕事をしてきた。筑波大医
向かって、
「この研究科の仕事がなければ、
学の3回生として後輩の教育に携わりたい
医学の大久保さんなんかと話をすることは
との思いで異動してきた。赴任にして最初
なかった」と吐いた言葉が印象的であった。
の仕事がヒューマン・ケア科学専攻の立ち
さ て、 ヒ ュ ー マ ン・ ケ ア 科 学 専 攻 は
上げであり私は社会医学系の代表として、
2001 年 に 5 年 一 貫 制 博 士 課 程 と し て ス
それに係ることとなった。初めは何でまた
タートした。当時の分野は9つであり、共
役所のような仕事をしなければならないの
生教育学、発達臨床心理学、臨床心理学、
かと正直不満であった。文科省にも説明に
障害福祉学、ヘルスカウンセリング学、看
行った。いつも逆の立場であったので、奇
護管理学、福祉医療学、社会精神保健学、
妙な気分であった。説明担当教員は懇切丁
保健医療政策学であった。近代的課題とし
寧な説明をした。本当に頭が下がる思いで
ての自殺、いじめ、虐待等の対応を考える
あった。
と、このような学問分野の学際的なつなが
ヒューマン・ケア科学専攻は他の専攻と
りが必要となる。自然科学と人文科学が統
同様に、人間総合科学研究科の設立の目玉
合された画期的な学問領域の誕生であっ
であった。この学際3専攻の意義が文科省
た。その後、ヒューマン・ケア科学専攻の
から認められなければ、研究科はできない
理念に感銘して加わってきたのが、現在の
し、もちろん総合研究棟Dも出来ない。そ
高齢者ケアリング学、ヘルスサービスリ
の意味ではこの3専攻は大きな責任を負う
サーチであった。既にD棟にはスペースが
ことになった。色々な苦労もあったが、そ
ないにも関わらず、また看護科学の大学院
の設置が認められたことは大きな喜びで
が設立されるなか、我が専攻を選択したこ
あった。また個人的には、心理学、教育学、
とには敬意を表する。
心身障害学、体育科学系の今まで交流がほ
ある日居酒屋で学外の仲間と飲んでいる
とんどなかった。分野の先生方と意見を交
と、ヒューマン・ケア科学の説明をするこ
28
ヒューマン・ケア科学への招待
とになった。当然彼らはそんな学問分野は
たくない、修士レベルの段階でしっかりと
聞いたことはない。その説明をするとその
その基礎を修得して欲しいとの思いから、
中の1人が「たこ壺型からささら型だ」と
フロンティア医科学の中にヒューマン・ケ
感心してくれた。これは政治学者である丸
ア科学コースを設置した。理解を頂いた関
山真男の言葉であるが、一言で示された適
係者には感謝したい。
格な表現であり、以降時々私はこの言葉を
さて、我が専攻が誕生して 10 年が経過
引用している。ヒューマン・ケア科学とは
した。創設時代の理念が達成されたのであ
何かと一々説明しなくてもよい時期がきた
ろうか。多くの教員と学生の努力で概ね順
時が、真に社会から確固たる学問分野とし
調に経過していると思われる。しかしいく
て認知された時と思っている。
つか課題もある。1つ目は何人の学生が
2006 年に研究科専攻の再編成で5年一
ヒューマン・ケア科学に魅力を感じて入学
貫制から後期3年課程に変更された。私は
してきたのであろうか。多くは指導を受け
ヒューマン・ケアのような学際分野は5年
たい教員が所属する専攻というだけの理由
一貫制の理念に合致していると思ってい
ではないであろうか。将来学位プログラム
る。最初の2年でその学際性を学び、それ
へと移行した場合、
学位名称が博士(ヒュー
を基礎として残りの3年で博士論文を完成
マン・ケア科学)のみとなり、そのプログ
させる。後期のみの3年ではその基礎を得
ラムに教員が参加するという形になった
るには不十分である。事実多くの学生は博
場合(教員は複数のプログラムに参加でき
士論文を完成させるために精一杯であり、
る)
、どれだけの学生がこのプログラムを
ヒューマン・ケアの概念を学ぶにはあまり
選択してくれるであろうか。2つ目は学生
にも表面的すぎる。基礎論や方法論を必修
間で本当に分野を超えた交流があるのか。
科目としているが。本来は修士相当の課程
交流とはもちろん学問上のものであるが、
で時間をかけて学ぶべきである。
それ以外の私的なものでもよい。従来の既
もう一つ大きな問題が生じた。今まで5
存の学問領域の中の「たこ壺」に入ってい
年課程であったので、博士(医学)の学位
ないか。単に我が専攻はこれらの「たこ壺」
を提供できたが、それが出来なくなった。
を多く抱えるだけの専攻であって、
真の「さ
これは医学系の教員には大きなショックで
さら型」には程遠いのではないか。教員の
あった。博士(医学)を希望する医学類の
努力はもちろん、学生にも大いに期待した
卒業生を我が専攻で採れなくなったのであ
い。
る。これに対して医学系専攻との間でのダ
ブルメジャーという制度を創設した。本邦
で初めての試みではなかろうか。さらに、
修士(ヒューマン・ケア科学)の火を消し
研究アラモード
29
研究アラモード
社会学的研究の成り立ちについて
岡本 智周
人間系
社会学の課題
ります。この文化共有の不全状態を引き起
社会学が探究している根本的な問いの一
こす原因の所在は、ミクロレベル(個人)
・
つに、秩序問題と呼ばれるものがあります。
メゾレベル(人間集団)
・マクロレベル(社
「社会秩序(social order)はいかにして可
会構造)の三位相に層化されますが、社会
能か」という問いです。人間と人間とが関
学研究はここでの後二者の分析に取り組ん
係を取り結ぶ時、両者の行動は本来的には
でいます。
あらゆる可能性に開かれており、お互いの
振る舞いは必ずしも相手にとって了解可能
共生社会に向けて
な範囲に収まるものではありません。人間
文化共有の不全状態とは、社会の成員の
相互の関係性は、自他の行動の二重の偶然
間で、それぞれが採用している社会的カテ
性を前提とした複雑さ、難しさを常に帯び
ゴリ(社会現象を整序する枠組み)が一致
ているといえます。
していない状態であるともいえます。さら
そうした複雑さを縮減させ、人間の社会
に後期近代と呼ばれる時代においては、近
関係を秩序立てていくのに不可欠であるの
代社会が生み出した様々な社会的カテゴリ
が、
「価値と規範の体系」としての文化です。
こそが、むしろ人間に対する新たな抑圧の
それは人が生まれながらにもつものではな
根拠となっているとも指摘されます。しか
く、多様な形態の教育を通して人間が社会
しまた人間は、採用する社会的カテゴリを
化されることによって、初めて共有される
組み直すことによって、相互関係における
ものとなります。社会とは、単に諸々の個
葛藤や対立を調停ないし回避することも行
人の総和としてあるのではなく、広い意味
います。巷間いわれる「共生」とは、その
での教育作用を通して文化を伝達された人
ようにして新たに文化を共有し直すプロセ
間の、相互関係性の集積として成立するも
スを意味します。
のです。
したがって人間の相互関係性を研究対象
それゆえいわゆる社会問題は、ある事象
とする者には、メゾ・マクロレベルの人間
に関わる価値と規範が社会成員間で十分に
の集合的行動において葛藤や対立が生じて
共有されない状態において生じることにな
いる場合に、そこでいかなる社会的カテゴ
30
ヒューマン・ケア科学への招待
リの不一致があるのかを記述・分析するこ
イムシフトは生じており、その都度、学
とが必要となります。それが〈共生社会学〉
としての基本思潮は重層化してきました。
の課題です。また、そこにいかなる社会的
1950 年代まで隆盛であった構造機能主義
カテゴリの更新を導くことが出来るのかを
に対してはその後、生活世界論、構築主
探究することが必要となります。それが
〈共
義などからの問い直しが重ねられ、さらに
生教育学〉の課題です。
20-21 世紀転換期には、社会学においても
共生教育社会学研究室では、共生をめぐ
価値論の復権がなされたとされます。応用
る議論を視野に入れながら、ナショナリ
社会学の隆盛に見られるように、メゾ・マ
ティ・エスニシティ、ジェンダー・セクシュ
クロレベルの文化共有の不全問題に対する
アリティ、身体、世代、階級・階層の相違
介入・支援・提言を目的とした「技術とし
による社会的葛藤・対立の分析と、それを
ての社会学」も提唱されるに至りました。
克服する社会的行為の可能性について探究
ヒューマン・ケア科学と社会学研究との関
しています。
「社会的カテゴリの更新とし
わりは、そのような文脈にも求めることが
ての共生」が、本研究室が想定するヒュー
できるかもしれません。
マン・ケアのあり方の一つです。
ただし、ある研究活動が運動性をもつこ
とがあったとしても、価値や規範を実践す
「科学」と「技術」
るのはやはり観察者ではありません。それ
ところで、
「科学」とは現象に論理を後
は行為者に届けられることで、あるいは研
付けする営みであり、
「技術」とはその論
究者自らが当事者として行為者水準に立つ
理を演繹して現象に対して働きかけること
ことによって、実践されることになります。
でありますが、社会学はそもそもが科学と
行為者水準と観察者水準を切り分け、かつ
しての営みであり、現象の記述と解釈に徹
両者間での情報の往復を意識化すること
するという学問的伝統をもっています。社
に、社会学的研究の拠って立つところがあ
会に関する事実命題(
「∼である」
)を探索
るといえます。
し確立することがその本業です。そして事
実命題はどこまで展開しても本来は規範命
★共生教育社会学研究室のこれまでの活
題(
「∼であるべきだ」
)にはなり得ません。
動の記録は、著者のウェブサイト(http://
事実命題から規範命題への転換は常に行為
homepage3.nifty.com/ubiquitous/lab_
者水準で行われることであり、観察者水準
projects.htm)にまとめられています。
で行えることは、その転換をさらに記述の
対象に含め、現象の推移として表現するこ
とに尽きます。
もっとも、社会学理論においてもパラダ
研究アラモード
31
研究アラモード
高齢者の介護予防とビタミン D
お く の じゅんこ
奥野 純子
2012年退職
私は北海道大学薬学部の出身です。理系
うにいろいろな効果があることがわかって
が好きで薬学部を選びました。人と話すこ
きました。筋肉量・筋力低下や転倒との関
とより、実験をしている方が好きで、講座
連が報告されるようになり、介護予防に応
も合成系でした。北海道大学で研究をして
用できないかと考え研究を進めておりま
おりましたが、夫の米国での研究のため、
す。研究フイールドは、つくば市の近隣の
一緒についていき、帰国後薬剤師を始めま
Y 町です。Y 町より事業を受託し福祉医療
した。ベッドサイドで患者さんと触れ合う
学とスポーツ医学の田中喜代次先生の教室
ことの素晴らしさ、人とコミュニケーショ
と協働で介護予防教室を開催し、高齢者の
ンを取ることの楽しさを経験し、さらに勉
要介護化予防に運動・食事などがどのよう
強したいと 40 代後半に筑波大学医科学修
に影響するかを研究してきました。D 棟
士を経て、筑波大学医学研究科で博士課程
にいるからこそ、他の分野の先生達と非常
を修了しました。博士課程の研究は在宅高
に身近に共同研究ができることの素晴ら
齢者のお宅を訪問し 24 時間血圧計を装着
しさを体験しております。また、ヒューマ
して認知機能との関連を調べました。地域
ン・ケアの教員からも人間とはということ
在住高齢者宅を一軒一軒訪問しデータを
を学ぶ機会が多く、学生も同様だと思いま
集めました。400 件ぐらい訪問したと思
す。
います。大変でしたが、その時の経験が現
健康で、幸せな高齢者がたくさんいるこ
在の研究の考え方の基本になっています。
とを願って年 2 回(1 回 3 ヵ月、毎週 1 回)
高齢者が在宅で元気で生活を継続できる
の教室へ学生と一緒に通っています。参加
ために現場の高齢者は何を求めているの
者は、最初はどういう教室かしらと不安な
か?薬との関連性もみながら研究できる
顔をして参加します。しかし、3 ヵ月後に
テーマを求めていました。
はもう終るのかしら、さびしいわ、という
そんな中でビタミン D という物質にめ
方がほとんどです。また、年に 1 回フォ
ぐり合いました。くる病、骨粗鬆症の薬と
ローアプ教室を開催しその後の生活状況、
して広く使われています。
「たかがビタミ
体力などを調査しております。今年の 11
ン D、されどビタミン D」といわれるよ
月にも行いましたが、再会時は、握手をし
32
ヒューマン・ケア科学への招待
ながら、人によってはハグをしながら「ひ
さしぶり!」と喜びを体いっぱいに表現し
てくれました。元気でいてくれたと喜んで
おります。やって良かったと思う瞬間で
す。
中国でも高齢化が深刻な問題となりつつ
あります。日本の介護状況を学びたいと福
祉医療学教室へ入ってくる留学生がいま
す。まず、日本の高齢者の様子や現場を見
てもらうために一緒に介護予防教室へ参加
してもらっております。
今後彼らが中国へ帰り、 筑波大のヒュ
ーマン・ケア科学 で学んだことを中国の
高齢者へ還元してくれることを期待したい
と思います。
介護予防教室参加者の卒後 1 年目∼ 6
年目の卒業生教室にて
研究アラモード
33
研究アラモード
ヒューマン・ケア科学と
人間の安全保障
柏木 志保
体育系
1.はじめに
連合(以下、国連)は、人々の生命、生活、
安全保障と聞くとご自身の関心のある研
自由、すなわち「人間の安全」を確保する
究テーマとはかなり異なった分野であると
ことが急務であるとし、
「人間の安全の確
思われる方も多いと思います。しかし、
「人
保は国連にとって最大の使命である」こと
間安全保障」という概念は、ヒューマン・
を宣言しました。同宣言以降、国連は「人
ケア科学の研究対象と多くの共通点がある
間安全保障」を視野に入れた活動を展開し
と考えられます。そこで、本稿では「人間
ています。
安全保障」概念の誕生の経緯と定義、
「人
日本政府も政府開発援助の中で、国連が
間安全保障」に関する研究動向、ヒューマ
掲げた「人間の安全保障」の概念を実践し
ン・ケア科学と「人間安全保障」について
ています。とくに日本政府は、保健および
言及したいと考えています。
医療分野における「人間の安全保障」を重
2.ナショナル・セキュリティからヒュー
視し、途上国における感染症の蔓延予防に
マン・セキュリティへ
力を入れています。しかし、
「人間安全保障」
安全保障に関する研究は従来、国際政治
の定義は、まだ統一されているとはいえま
学や国際関係論の分野で研究が行われてき
せん。現在、
「人間安全保障」に対する定
ました。そこでは、軍事力を用いて国家の
義は、大きく分類して 2 つあるということ
独立・領土・国民の生命・財産を守ると
ができます。一つは狭義の意味での定義、
いうナショナル・セキュリティ (national
つまり難民や国内避難民など武力紛争下に
security) の考え方が議論の中核となってい
おける人々の生存の確保であり、もう一つ
ました。しかしグローバル化の進行ととも
は広義の定義である生存、人々の生活、精
に、環境破壊、貧困の格差の拡大、国際テ
神的な自由を最低限確保することです。私
ロなど、一国家だけでは解決が困難な問題
自身は後者の立場から「人間安全保障」を
が生じ、従来の軍事中心の安全保障の枠組
考察しようと試みています。
みだけでは、現存の複雑な問題に直面する
3.人間安全保障に関する研究動向
人々を守ることができないといった認識が
今日、国連をはじめとする国際機関のみ
高まりました。このような潮流をうけ国際
ではなく、国内外の大学においても「人間
34
ヒューマン・ケア科学への招待
安全保障」に関する研究・教育プロジェク
他分野の研究と同じでは意義がないという
トが進められています。日本国内において
わけです。
は、東京大学、東北大学、大阪大学などに
4. おわりに:ヒューマン・ケア科学と「人
おいて「人間安全保障」に関する教育・研
間安全保障」
究プロジェクトが展開されています。そし
最後に、ヒューマン・ケア科学と「人間
て、筑波大学においては平成 22 年 4 月に
安全保障」を視野に入れた研究の展望につ
ヒューマン・ケア科学専攻において寄付講
いて言及したいと思います。ヒューマン・
座「人間安全保障」が設置されました。で
ケア科学における研究は、
「人間安全保障」
は、従来の「人間安全保障」の研究領域で
の事例研究として応用が可能であると考え
はどのような研究が行われてきたのでしょ
ています。しかし、両者の研究の特徴は人
うか。
間総合科学と人文社会科学の研究の融合に
「人間安全保障」に関する既存の研究は、
あると考えられます。私自身は、研究の融
国際機構論、地域研究、開発研究、人類学、
合により人々の生命および生活を守る統合
社会学、教育学、公衆衛生などの諸分野で
的なシステムを考察することができる点が
行われており、次の 5 つに分類することが
両研究の強みであると考えています。ここ
できると考えられます。①人間を中心に据
でいう統合的なシステムとは、問題の現状
えた安全保障の概念的分析、②人間安全保
の把握、原因の追究、対処方法、リスク軽
障指標の構築、および人間安全保障モデル
減の予防策などを包括的に捉える仕組みを
の構築、③政策形成過程における実証分析、
分析することを指します。統合的なシステ
④途上国を対象とした地域研究・事例分析、
ムを視野に入れた研究を考慮すると両者の
⑤倫理や規範に焦点をあてた分析。
融合による研究は、途上国のみならず、先
「人間安全保障」に関する研究は、国連
進国も研究の対象となります。これらの研
の提唱以降、着実に増加しています。しか
究は、学問の新しい地平を開拓できるもの
し、定義の曖昧さを指摘する研究や「人間
と期待しています。
安全保障」に批判的な立場をとる研究があ
ることも事実です。このような批判の一つ
として、
「人間安全保障」というのは、古
い学問のラベルを新しいラベルに貼りかえ
たにすぎないのではないかといった指摘が
あります。このような指摘を考慮すると、
「人間安全保障」研究は、
「人間安全保障」
という用語を実証研究に導入するだけでは
十分ではなく、研究の内容や手法が従来の
研究アラモード
35
研究アラモード
ナーシング・ヘルスサービスリサーチの必要性
かしわぎ ま さ よ
柏木 聖代
医学医療系
1.はじめに
べて高い離職率もあり、看護師も恒常的な
急速に進展する少子高齢社会、医療の高
人員不足の状況にあります。特に、新卒者
度化、多様な生活や家族の在り方、それら
や経験年数の少ない看護師等の早期離職が
に伴い変化する保健医療福祉システム等、
問題となっています。こうした状況は職務
現代社会が変化する中、人々のニーズに応
満足度を低下させるだけでなく、サービス
えるためのケアの開発や実践への応用につ
の質の低下を引き起こすといわれていま
いての研究が進められています。看護に限
す。
らず、このようにして開発された様々な専
自宅での看取り推進のため、拡充が期待
門的なサービスは、必要な人に公平に提供
されている訪問看護ステーションでは、医
されているのでしょうか。
療機関以上に人員確保が困難な状況にあり
2.看護サービスを取り巻く諸問題
ます。訪問看護ステーションは事業収入の
医療機関や高齢者施設等における看護職
約 9 割が「報 酬」である、まさに労働集
員等の職種の人員配置は法や制度で最低配
約型産業です。しかし、約 8 割は常勤換
置基準が規定されており、基準以上の配置
算 数 5 人 未 満 の 小 規 事 業 所 で あ る た め、
は当該機関の裁量に任されています。その
看護職員 1 人あたりの訪問件数や利用者
ため、支払う費用が同じであっても、施設
数や訪問件数のわずかな増減が経営に大き
によってサービスを提供する実際の看護職
く影響します。約 3 割の訪問看護ステー
員の配置が異なります。人員配置が少ない
ションは赤字経営であることも明らかにな
ことは、死亡率の上昇や職員のバーンアウ
っています。こうした状況から、訪問看護
トにもつながります。2002 年に JAMA に
ステーションの数は全国的に減少傾向に
掲載された L. Akin の論文では、看護師の
あり、訪問看護サービスを利用したくても
受け持ち患者が一人増える毎に患者の死亡
近くにサービスを提供する事業所がない
率が 7% 上昇するという結果が示されてい
という市町村も未だ多く存在しています。
ます。
このように、支払う価格は同じであっても
近年、急速に需要は高まっている在宅ケ
アでは医療・介護分野や他の産業分野に比
36
ヒューマン・ケア科学への招待
提供されるサービスの質が違っていたり、
看護サービスを利用したくてもアクセス
できない人が存在している現状がありま
り、現サービスを維持・拡充していくため
す。
には、その財源となる保険料や税金を増や
また、所得水準によっても影響を受けま
していくことの検討も必要になります。
す。日本は公的社会保険制度が導入されて
3.ナーシング・ヘルスサービスリサーチ
おり、医療保険や介護保険によって少ない
このように、看護を含め医療・介護分野
自己負担額でサービスを受けることができ
の問題の構造は非常に複雑です。サービス
ます。しかし、多くのサービスが必要にな
の質向上を考える上では、サービス提供者
れば、その分、多くの自己負担が発生しま
のスキルの向上だけでなく、サービスに関
す。また、公的保険によりサービスを受け
連する法律や制度、財源やコスト、サービ
るということは、保険料の支払いが前提に
スを提供する人員体制や専門家の配置状況
なります。所得の低い人にとっては、保険
の組織、設備や病床数などの構造的な視点、
料や多くの自己負担額は大きな負担とな
サービスへのアクセスや利用などのプロセ
り、サービスの利用量や利用そのものを控
スの視点、さらには、サービスが人々の健
えることにもつながります。また、看護サ
康(生死、重症度、QOL、顧客満足度等)
ービスは医療サービスの 1 つであること
にどのような影響を与えたのかのアウトカ
から、他の訪問系の介護保険サービスに比
ムの視点からサービスの質を評価する必
べて単価が高く設定されています。利用者
要があります。こうした研究は「ヘルスサ
の所得の高低が訪問看護サービスの利用
ービスリサーチ」とよばれ、近年、日本に
に影響を及ぼすことが私たちの研究でも
おいても保健医療福祉政策を立案する上
明らかになっています。
で重要視されてきています。
一方、医療提供者側の立場からみると、
私は、医療分野でも最大のマンパワーで
従事者の処遇を改善したり、より専的で高
自らの専門でもある看護に着目したヘルス
度な看護技術を提供するためには、診療報
サービスリサーチ(ナーシング・ヘルスサ
酬や介護報酬で当該技術を高く評価する必
ービスリサーチ)を行っています。この数
要があります。しかし、このように看護サ
年は、訪問看護に着目し、国や県が実施し
ービスの質の向上を図ろうとすると、単価
た調査やレセプトデータ等の二次データを
が上がった分の自己負担額が増えます。そ
用いた研究を行っています。
の結果、支払いが困難になり、サービスを
よりよい政策立案の基礎資料となる成果
受けることができない人がでてくる可能性
を 1 つでも多く国内外に公表し、看護サ
が生じてしまいます。
ービスの質向上、ひいては国民の QOL 向
日本は、少子高齢化を迎えており、医療
上に少しでも寄与したいと考えています。
や介護費用が必要な人が増える一方で、保
険料を支払う人数が減少しています。つま
研究アラモード
37
研究アラモード
ヒューマン・ケアと互恵的協働社会と社会力
かどわき あ つ し
門脇 厚司
2004年退職
私は筑波大学を 2004 年 3 月に定年退職
① 性や人種や歴史や文化や能力など、自
しているが、人間総合科学研究科が正式に
分の責任を問われる理由のないことで、
開設され授業を開始した 2001 年 4 月から
人々を不快にさせたり、傷つけたり、差
の授業担当者の一人として「ヒューマン・
別したりしない社会。
ケア科学基礎論」を担当した。以後定年退
② 自分の能力や資源を他の人の善き生
職するまでの 3 年間毎年同じ授業を担当
(well being)の実現のために提供する
したが、3 年間の授業記録が残っている。
ことを互いに当然のこととして実行する
それをみると、後に『社会力を育てる』
(岩
社会。
波新書、2010 年刊)として出版する本に
③ 所得や土地などの社会的資源の配分を
書いたことの原型がそこにあったことがわ
平等にすることより、人々の潜在的能力
かる。当時は、まだ、互恵的協働社会とい
(善き生の実現能力)
(capability)を限
う言い方はしていないが、
「共生社会」に
りなく高めていくことを最優先する社
ついて話し、「共生」の様々な様態の一つ
会。
に、門脇の独自案として、
「互恵的共生」
④ 他者をケアすることが生きがいを高
をあげ、その特性として、「人間は能力の
め、自分自身の善き生の実現を可能にす
点でも育つ環境の面でもまったく平等と
る社会。
いうわけではない。また、先天的な能力の
そして、それに加え、このような社会が
違いも本人の責任を問われる筋合いのも
果たして実現可能だろうかと問いただし、
のではない。それゆえに、そのことを冷厳
ヒト種の生きものは、本来、社会的で互恵
な事実として踏まえ、互いに自分の能力や
的動物であり利他的行動を本性とするか
持てる資源(所得、財産、知識、技術、時間、
ら、望めば可能であり、それを阻害してい
労力など)を他者のために進んで提供する
るのは、個人主義と個人の利己性と個人間
こと」であると説明している。
の競争を推し進めることで近代化を推進し
そして、この互恵的共生を核(芯)とす
てきた近代産業社会のせいであり、その期
る共生社会を構想すれば、次のような社会
間はわずか 250 年程度で、人類の 20 万年
になろうとして、4 つの特徴をあげている。
に及ぶきわめて長い歴史からすれば、ほん
38
ヒューマン・ケア科学への招待
のわずかの間の例外的な期間であったとも
だ、という考えが強くなっていき、その強
言及している。
い思いをズバリ書名にした『社会力を育て
その上に、さらに、共生社会の中核的な
る』を書き下ろすことになったことがわか
行 動 原 理(行 動 倫 理)こ そ が「ケ ア
る。そして、そこでは、「共生社会」をさ
(human care)
」であるとして、次のよう
らに先に進め、目指すべき社会の本質がよ
に説明している。
「人間が行うケア(human care)とは、
りよくわかる「互恵的協働社会」として提
示することになった。
広く、他者の存在を前提とし、自力では除
ここまで読んでくれば、ヒューマン・ケ
去できない苦しみの除去や、自力では実現
アと互恵的協働社会と社会力との関係ない
できない喜びの獲得といった他者の善き状
し関連性が理解できるはずである。それゆ
態(well being)の向上を優先して為す、
え、ヒューマン・ケアについて学び研究す
介護、看護、世話、配慮、気遣いといった
る諸兄姉には、ヒューマン・ケアはこれだ
行為のことである。
けの広がり(perspective, 空間的時間的広
また、ケアする行為の根底をなすのは他
がり)をもった概念であり行為なのだとい
者 へ の 配 慮(consideration)で あ る。そ
うことをしっかりと理解してほしいと思
して、配慮の質は他者に対する感受性の豊
う。そして、人間が行うケアは、単に身体
かさと思慮の深さにかかっている
的社会的弱者や何らかのハンデを抱えた人
(quality being sensitive and thoughtful
たちへの配慮や世話に止まるものではな
towards others)
。
さらに、加えれば、ケアする心性は、
「ひ
く、すべての他者への配慮であり支援であ
ることを理解してほしいと思う。
とり」で生きることはあり得ない社会的動
物である人間にとって、その本質をなすも
のであり、その意味で、人間は「ケアする
動物」であるということもできる。
」
手元に残っている授業記録を採録してき
たが、10 年も前に、すでにここまで授業
で話していたことに、わがことながら、感
心する。
記録によると、
授業では、
肝心の「社
会力」についてはほとんど話していなかっ
たことがわかるが、自分の頭の中では、だ
からこそ、人生の早い時期から(生まれた
直後から)
、
「人が人とつながり社会をつく
る力」である社会力を育てる必要があるの
研究アラモード
39
研究アラモード
今、ベッドサイドがおもしろい!
−意識障害看護の実践と研究−
か み や か つ こ
紙屋 克子
2008年退職
1995 年 6 月、医科学研究科に赴任して
柱となっています。すなわち身体調整の技
から、ヒューマン・ケア科学専攻のスター
術(生活リズムの確立とプログラムに耐え
トと共に 2008 年の 3 月まで在籍していま
うる栄養状態の確認)、身体解放の技術(身
した。私は北海道大学医学部附属病院の脳
体アライメントの失調症状の改善、拘縮解
神経外科に就職してから臨床看護の実践畑
除を目的にした用手微振動・ムーブメント
を歩き、筑波大学においても週に 1 日は
プログラムなど)
、生活の再構築技術(生
フィールドの病院で看護活動をしていまし
活行動を想起できるような異種感覚刺激の
た。専門は意識障害看護と看護技術の開発
提供と学習効果の確認)で構成されていま
ですが、これまでの実践と研究の成果を臨
す。また、看護プログラムについての理解
床看護職に継承してもらうため、筑波大学
を深め、普及を促進するための方策とし
を定年前に退職し、全国の看護職の皆さん
て、従来の「意識回復」といった抽象的表現
と遷延性意識障害の看護活動を始めまし
から、「生活の予後診断」という新たな概
た。
念を提唱し、看護の第1義的機能である生
遷延性意識障害に関する治療と看護の方
活支援の視点から患者に変化を起こす看
法は国際的にも未だ確立をみておりませ
護を実践してきました。
「生活の予後診断」
ん。近年は、医療費削減の方針から長期意
とは、医師が病気の予後診断を行うことに
識障患者の在宅療養への移行が進められて
倣い、意識障害患者を生活行動の障害を有
います。しかし、わが国の意識障害者は、
する存在と位置づけて、生活障害の正確な
在宅療養継続のために必要な看護・リハビ
アセスメントのもとに看護プログラムの
リテーションを受ける機会も少なく、支援
構成と方法を明らかにし、どのくらいの期
制度も十分に整えられてはおりません。今
間でそれらの生活障害がどのレベルまで
回、投稿の機会をいただきましたので、遷
改善・回復するかを予測することと規定。
延性意識障害者のQOL向上を目指した実
践と研究成果の一端を紹介致します。
最新の看護プログラムは、従来の方法と
理論に加えて、以下の技術がプログラムの
40
ヒューマン・ケア科学への招待
【実践例の紹介】
31 歳女性。 20 歳時の交通外傷による
遷延性意識障害。母親が主介護者で在宅療
養。
彼女が意識障害の専門看護外来を受診さ
れたのは、意識障害者になってから 10 年
後、資料にある手紙を母親が書いてから 4
年後でした。刺激に対する反応は正確には
確認できないものの、反応しようとする努
力が認められた。拘縮は軽度であり、生活
行動の再獲得が可能と判断したので、4 週
現在は、ますます面白くなってきたベッ
間 1 クールの看護プログラムを実践する
ドサイドでの実践活動を臨床看護職の皆さ
ため、入院していただく。
んと満喫しながら、従来の理学療法による
拘縮解除技術よりも、我々の技法が短時日
で拘縮を解除できる機序の解明に取り組ん
でいます。
【資料】 ∼ 母から娘 香 ( かおり ) へ∼
これは長くて悪い夢であって欲しかった。
1 年毎に以前のあなたは薄くなり、今のあなたが
濃くなってきて、いったいどっちが本当のあなた
なのか判らなくなるから不思議です。
眼は生まれたばかりの赤ん坊のようにきれいで、
そのころに戻ってしまったのかと思う程です。
お母さんはこの歳になって、あなたを一から育て
なおさねばならないのでしょうか。
二十世紀も残り一日となったあの日の夜、まさに
【体重免荷式歩行補助システム】
*身体各所の関節拘縮の改善と並行して、
歩行の再学習を促進する取り組みを開始。
悪夢のような事故で、あなたは危うく自分の命を
もカウントダウンされそうになりましたね。
信号無視のトラックが、幸せだったあなたを植物
のように動けない体に変えてしまってから六年が
*2 週目には座位バランスを獲得し、3 週
たちました。
目には支えられての 10m往復歩行が可能
かって福祉を学んでいたあなたに与えられた物
となる。そこで、2 週間入院を延長して看
は、
「卒業証書」ではなく、「一級の障害者手帳」
護プログラムを継続した結果、電動車椅子
でした。
でもお母さんは信じています。
の操作ができるようになった。
やがてあなたが、自分の力で動き出す日が来るこ
*6 週間の看護プログラムを終了して 12
とを。
月下旬退院。
*年が明けて母親から、娘への可能性につ
母より
【第 4 回 (2005 年 ) 心の手紙コンテスト大賞受賞】
いての期待が綴られた手紙と共に、見事な
※なお、文中の写真と手紙は、ご本人の許可を得て
書き初めが送られてきました。
掲載しています。
研究アラモード
41
研究アラモード
ケアをとどける科学
ヒューマン・ケア科学のなかの経済学
近藤 正英
医学医療系
私はヒューマン・ケア科学専攻の中でも
か、株価が下がったとか、円高だとか。経
保健医療政策学分野に所属して医療経済学
済学はお金の話だ。
」確かにそうですね。
の研究を行っています。大学の学部では保
しかし私には、エコノミスト/経済学者が
健学と医学を学びましたが、大学院では政
本当に話しているのは、お金の話ではなく、
策学と経済学を専攻しました。いわゆる理
経済/エコノミーの良し悪し、つまり景気
科系から文化系へ転じていて、ひとりで学
の話だと思います。代表的な景気の経済指
際系と、いえなくないこともあって、自分
標は国内総生産(GDP)です。これは何
としては、ヒューマン・ケア科学専攻はと
円というお金の単位で表されます。景気の
ても居心地のよいところです。
話をするときにはGDP以外にもお金の単
しかし、ヒューマン・ケア科学のなかで
位で表された指標がたくさん出てきます。
の経済学の存在を客観的に考えてみると、
しかし、もうひとつの代表的な景気の経済
多くの人にとって、その存在は必ずしも心
指標は失業率です。当たり前のことですが、
地よいものではないのではと疑ってしまい
これはお金の単位では表されません。
ます。これは医療経済学に対するよくある
それでは、エコノミスト/経済学者はな
態度からの想像です。
「命の問題をお金の
ぜ景気の話をするのでしょうか?「経済」
話にするというのはいかがなものか」とい
という漢字に注目してみてください。そも
う批判的な態度です。
「ヒューマン・ケア
そも「経済」ってどういう意味か、という
をお金の話にするとはけしからん」という
ことです。たとえば「心理」なら「こころ
声が聞こえてきそうです。はたしてこの
のことわり」というように意味が分かりま
批判は当たっているのでしょうか?ポイン
す。しかし、
「経済」といわれても意味が
トは経済学が金の話なのかどうかとういう
分かるように読みくだすことは容易ではな
ことだと思います。皆さんはどう考えます
いでしょう。これには実はトリックがあっ
か? て、
「経済」は四文字熟語の略語なのです。
「テレビに出てくるエコノミスト/経済
「経国済民(経世済民)
」の略なのです。
「よ
学者はいつもお金の話をしている。国の借
のなかをおさめてひとびとをすくう」と読
金が何百兆円にのぼってしまっていると
みくだすことができます。つまり人々の幸
42
ヒューマン・ケア科学への招待
せを考えると失業率が低い方が良いという
ビスと貨幣の交換という形で行われていま
意味で景気の話をしているわけです。それ
す。多種多様な物やサービスの取引量の話
では、GDPが増えれば増えるほど景気が
をするときには、個、本、台、匹、屯といっ
良いというのは、どのようにして人々の幸
た単位よりも、円の単位を使う方が便利な
せに繋がるのでしょうか?皆さんも景気が
ことが多いのです。もうひとつは価値尺度
良いに超したことはないと思うのではない
としての機能です。価値の物差しとして使
かと想像しますが、いかがでしょうか?
いやすく貨幣に取って代われるものは、な
エコノミスト/経済学者は、人々は各々
かなか想像できません。確かに「命の価値
が足りない物やサービスを、
他人と交換(取
が幾ら」というと誰しも落ち着かない気分
引)することによって足りる、つまり満足
になるでしょう。しかし、この原因はお金
して幸せになると単純化して考えます。ま
の単位を使うことでしょうか、それとも、
た、人と人の間の自由な取引は、それぞれ
使う単位は何であれ定量化しようとするこ
が差し出す物と受け取る物の価値を比べ
と自体でしょうか?
て、双方が取引後に自分の持つ物の価値が
話を広げてしまうときりがありません
減ることはないと思ったときに、はじめて
が、ポイントに戻ると、経済学はお金の話
成り立ちます。各人が持っている物の価値
ではないといいたいのです。納得していた
すべてを考えると、取引の前後では価値の
だくのは、なかなか難しいのかも知れませ
総額が増えるでしょう。GDPとはある期
んが、経済学は物やサービスをとどけて
間に国内で産み出された付加価値の総額で
人々を済う科学なのだと、いいたいのです。
す。GDPが増えるということは、よりた
私は、医療経済学は、医療をとどける科
くさんの取引が行われて、より多くの付加
学であると考えています。ヒューマン・ケ
価値が産み出されているということです。
アも必要な人にとどいてこそのものだとも
景気が良くGDPが増えているときには、
考えています。ヒューマン・ケア科学のな
多くの人々が満足のいく取引をたくさん
かの経済学の存在は、いくらか心地よいと
行って幸せになっている可能性が高いと考
感じられるようになりましたか?
えられます。このような話を聞くと、エコ
ノミスト/経済学者の話にお金の臭いがす
る理由を思いつきますか?それはお金(貨
幣)が備えているふたつの機能が、エコノ
ミスト/経済学者が考える人々の幸せの話
をするときに便利だからです。ひとつは交
換手段としての機能です。現代社会のほと
んどの取引は物々交換ではなく、物やサー
研究アラモード
43
研究アラモード
「聴くこと」の持つ力
しょうじ い ち こ
庄司 一子
ヘリングの輪郭陰影実験.影を輪郭づけると物体色様相と
人間系
なる (a).これをずらせば,ただちに影として見える (b).
金子隆芳 (1968)「色の科学」p.13 みすず書房
<はじめに>
れまでは「対人技能」と訳され、障害や精
人と人との関わりやつながりは多様であ
神疾患を抱えた人々の社会適応を促進する
り、時間や場所によって変化する。またそ
訓練技能と捉えられていたが、それを子ど
れは、一人ひとりにとって、自分自身を形
もの社会性の発達、仲間関係の理解や評価
づくり、支える、非常に重要なものである。
に取り入れようという考え方だった。こう
それは私たちの幸福感や不幸、精神的健康
した考え方は子どもの対人行動の理解と援
や適応、ひいては長寿とも結びつくことが
助にきっと役立つと考え、子ども用ソーシ
様々な研究で明らかにされている
ャルスキル尺度を開発した ( 庄司 , 1991)。
(Argyle, 1985、庄司 , 2011)。
尺度の開発と測定によって子どもの対人
私は 20 年ほど前から人と人との関わり
関係の姿や問題がいろいろ見えた。近年は
やつながりに関心を持ってきた。相談室に
いかに相手に不快感を与えずに断るか、距
来る子どもには、
人との関わりが苦手な子、
離を保ってそこそこつきあうかというこ
適切な関わりが持てない子、学校で話がで
とに小学生でも心を砕いている。子どもの
きない子、ゲームやアニメの主人公を心の
頃からのこうした対人関係は子どもの「疲
友とする子、仲間との間に深い傷つき体験
労感」と深くつながっていることも見えて
を持つ子など、人とのつながりに困難を抱
きた(庄司 , 1998)。
える子どもが多かった。そうした子どもた
<「聴く」という行為>
ちと出会う中で、子どもの様ざまな困難の
ソーシャルスキル研究から人とのつなが
根底に、人との関わりの問題があるのでは
りの上での基本を考えると「他者への関心」
ないかと考えるようになった。
があるであろう。この「他者への関心」を
<人と人とのつながりを測る>
どのように行動で示すか、相手に受け入れ
ちょうどその頃、研究室では子どもの対
られるようにどう表現するかが題である。
人関係や仲間関係の論文を読み議論してい
そこで、他者への関心、関係づくりの上で
た。子どもの仲間関係を「ソーシャルスキ
注目されるのが「聴く」という行為である。
ル」か ら 理 解 し よ う と い う 考 え だ っ た
近年は質的研究としてのナラティブ研究
(Gresham, 1986)。ソーシャルスキルはそ
が盛んである。ナラティブは語る人が中心
44
ヒューマン・ケア科学への招待
だが、それを聴く「聞き手」がなくてはナ
立場で参加し、相互に聴き合う時間をとる。
ラティブは成立しない。その意味で聞き手
時間を重ねる中で「聴き合う関係」が作ら
は聞くという立場では受け身でありなが
れる。聴き合う関係ができると個人の体験
ら、聴くという行為においては能動的、積
はグループの共有体験となり話し手に気づ
極的存在である。
相手に積極的関心を示し、
きが生じ、話し手のナラティブはこれまで
伝え、話し手のナラティブを成立させ、共
とは異なる物語となって語られていく。
同で作り上げ、時には語る人の人生の物語
<見えない・知らないことへの気づき>
を変容させる存在でもある。したがってナ
知らなかったことや気づかなかったこと
ラティブは相互行為である。「聴く」行為
に気づくことは教育でも臨床でも重要なテ
は「人生の物語」への積極的関与である。
ーマである。グループの中での発言や活動、
語ること、聴いてもらうことを通して語り
集団でのやりとりを通して気づきが生じ
手は気づかなかったこと、隠されていた部
る。あるいはミーティングの中で個人の発
分、気づかないできた構造、意味に気づく。
言に他者が反応し発言者が自分の気持ちに
語る、聴くという相互行為によって個人の
気づいていく。自分だけ辛い、孤独だ、わ
経験や人生は他者に開かれ社会化される。
かってもらえないと思っていたが自分だけ
この時語り手により深い気づきや変容を
ではない、自分にもこんなところがあった
もたらすのは「共感」である。すなわち語
などと気づく。ささやかな経験でも日常は
り手の個人体験や感情が共感によって両
ささやかな経験の上に成り立っている。こ
者間で共有され、共有された物語となる。
うした気づきが、新たな見え方や経験、よ
この共有されたという認識がなければ個
り深い体験をもたらす。研究室では、学校
人の体験は閉ざされたままであり誰にも
教育の場や社会の中で「聴く」ことの体験、
響かない独り言と同じである。「相手の喜
共感について検討を重ねている。
びや痛みを自分の喜びや痛みのように感
じ取ること」これが共感であり、共感は自
己と他者、自己と社会をつなげる。これは
社会的絆でもある。個人の経験が共感を介
して他者との経験として開かれるとき、物
語は新たな意味を持つ。
<聴き合う関係>
近年、このようなナラティブ研究の理論
とモード論 (Gibbons, 1997; 小林 , 1996)
のモードⅡのアプローチに基づき、グルー
プアプローチを行っている。参加者は同じ
研究アラモード
45
研究アラモード
自律訓練法
杉江 征
人間系
自律訓練法は 1920 年代の科学的な催眠
は異なる特徴があります。①自律訓練法は
研究の中から生まれてきた心理生理的な治
催眠状態そのもの(中性催眠状態)が持っ
療法で、中性的催眠状態にみられる治療的
ている治療的な作用を重視しています、②
な作用を得るために体系化された一種のセ
生理的な側面も重視されています、③訓練
ルフコントロール法ともいえます。自律訓
技法が体系化されているなどの特徴があり
練法には緊張の緩和や抗ストレス効果など
ます。それゆえ自律訓練法は、誰でも一定
があり、医療領域や心理臨床領域だけでは
の順序で、段階をおって進めていくことの
なく、教育・スポーツ・産業領域や市民講
できる心身のセルフコントロール法なので
座等においても広く用いられてきていま
す。
す。
自律訓練法によってもたらされる「心身
1.自律訓練法の特徴
全般の変換」として次のようなことがあげ
自律訓練法は、1890 年代におけるフォー
られます。まず生理的にみれば、一般に、
ク ト(Vogt,O.) の 催 眠 研 究 を 母 体 と し
心拍数の減少や末梢の血流量の増加と皮膚
て、1932 年にドイツの精神科医シュルツ
温の上昇、皮膚電気抵抗値の上昇、脳波の
(Schultz,J.H.)によって体系化され創始さ
徐波化などの変化が得られます。また、こ
れたものです。
のような生理的な変化に伴い、環境刺激も
自律訓練法は、その創始者シュルツによ
遮断され、求心性インパルスが減少し、中
れば、中性催眠状態を得るための生理的合
枢神経系の過剰興奮が鎮静化します。これ
理的訓練法であり、心身全般の変換をもた
は、交感神経系の活動が鎮静化することに
らすものであると述べられています。また
よって相対的に副交感神経優位な状態へと
その主著『Das autogene Training』
(1932)
変換されることでもあります。
の副題が「注意集中性自己弛緩法」とつけ
一方心理的には、身体感覚への特有の受
られているように、自律訓練法は心身を緊
動的注意集中から心身の変化や外界の諸現
張から弛緩へと変換させることを主目的に
象に対する受動的な態度へと精神機能を
した一種の自己弛緩法であるといえます。
変換させることによって現実的な自我機
しかし、自律訓練法には次のような催眠と
能を放棄し、意識変容状態(altered state
46
ヒューマン・ケア科学への招待
of consciousness)をもたらします。この
プロセスには、パーソナリティの特徴や認
状態は自我の一時的な部分的退行状態であ
知的特徴なども現れてきます。それを治療
り、自我の休息と機能回復に役立ちます。
的に取り上げて介入していくということも
また、論理的、客観的な批判力が低下して、
効果的であり、自律訓練法固有の治療論
被暗示性が亢進している状態でもありま
も今後構築していくことが重要と思われま
す。
す。
自律訓練法を行うことによって得られる
このような心理生理的状態は、自律性状態
文献
(autogenic state)と呼ばれています。
1)佐々木雄二:自律訓練法の臨床−心
2.自律訓練法の基礎研究と臨床実践
身医学から臨床心理学へ,岩崎学術出版,
自律訓練法は歴史的には催眠研究の中か
1996.
ら生まれてきたものですが、必ずしも催眠
2)松岡洋一・松岡素子:自律訓練法 [ 改
というわけではありません。指導の仕方に
訂版 ],日本評論社,2009.
もよるのですが、自己の心身のリラックス
3)佐々木雄二:自律訓練法の実際−心身
した状態を公式を手掛かりに学習していく
の健康のために,創元社,1984.
訓練法ともいえます。それゆえ、その習得
のメカニズムに関しても心理学等の諸理論
をもとに再検討していくことも必要と思わ
れます。
臨床的な実践においては、自律訓練法は、
その特徴を生かしながら様々な場面で用い
ることができます。認知行動療法の枠組み
や力動論的な治療の枠組みの中でも利用す
ることができます。大人数での講習会・研
修会から小グループでの集団療法として、
また個別の心理療法としての展開も可能で
す。それゆえ、目的に合わせて自律訓練法
のどのような特徴を利用していくかが実際
の臨床では重要となってきます。個々の面
接場面で自律訓練法によってもたらされる
状態の諸特徴を利用することや、訓練法と
しての特徴を生かしながら生活全般への介
入を試みることもできます。また、指導の
研究アラモード
47
研究アラモード
健康社会学への道標
―ダイナミックに生きる―
武田 文
体育系
健康科学は、ひとの生き方を考える科学
ンタイムスを史料として、イギリスの日清
です。その中でも健康社会学は社会環境と
戦争に対する論評を分析するというテーマ
ひとの関わりを視野に入れたダイナミック
でしたが、国会図書館に通い、マイクロ
な学問です。私のこれまでの経緯と現在の
フィルム所蔵されている 1894 ∼ 95 年に
取り組みから、その一端をご紹介します。
かけてのロンドンタイムスを幻灯機で閲覧
<大学時代>
し、日清戦争の関連記事を探し出して拡大
大学では、ヨーロッパ史(イギリス近代)
コピーして持ち帰り、さらにルーペを使っ
を専攻しました。特に明確な目的はなく、
て読み通す・・という気の遠くなる緻密作
深く考えずに入学し何となく選んだ専攻で
業(!)を数か月間やり通しました。おか
した。歴史学研究では、彼の国の言語によ
げで、卒論に比べたらどんな面倒な作業も
る史料を用いますが、いかんせん私の語学
楽勝と思えるようになりました。
力は、英語以外は単位が取れる程度のレベ
大学時点での専門が何であれ、
「与えら
ルでしかなく、自ずと選択肢は限られてい
れた環境を最大限に活かす」
「論理的思考
たのです。
と緻密さを身につける」ことがまずは重要
しかし今思えば、この選択は現在の大き
と思います。これらは将来いかなる分野に
な礎石となっています。誰にとってもそう
進んでも必要不可欠なスキルだからです。
ですが、指導教員が最大のポイントでした。
<大学院時代>
澤田昭夫先生は、30 年以上たった現在も
さて、しかし歴史学はやるほどに私には
ロングセラーの講談社学術文庫「論文の書
ピンとこないもので、過去のことではなく
き方」
「論文のレトリック」の著者でした。
今生きている人間に関わる研究をしたい、
卒論指導の記憶は殆どありませんが(笑)
、
という渇望が募っていきました。30 数年
先生の著書を読んで「論文」とは何かを理
前の当時より、
筑波大学は 開かれた大学
解し、ロジックやレトリックを常に意識す
というキャッチフレーズで、他学群の授業
ることで、論理的思考と論文書きの基本が
が自由に履修でき、他学群の友人が容易に
身に着いたように思います。
できる環境にありました。異分野への転向
もう一つのポイントは卒論です。ロンド
がごく自然にできることが、筑波大学の最
48
ヒューマン・ケア科学への招待
大のメリットだと思います。私の場合、医
た 管理職の突然死 を切り口に、大企業
学と体育の友人が多く、彼らを通して日常
男性社員の健康と労働生活・ライフスタイ
的に「今生きている人間に関わる学問」に
ルに関する博士論文をまとめました。
接していたことが大きく影響しました。そ
<健康社会学研究>
して、大学院に進学して健康にかかわる研
博士課程修了後、最初の職場は社会福祉
究職に就きたいと考え、修士課程は健康教
系大学で、産業保健(社会福祉労働者のメ
育学専攻に進学しました。
ンタルヘルス)研究を行いました。2 番目
修士課程では私のような他学群からの院
の職場は医学部公衆衛生学教室で、母子保
生が半数を占めており、様々な領域の友人
健と老人保健(健康教育の評価)研究を中
との出会いが、研究や生活の視野を飛躍的
心に行いました。そして 3 番目の職場が母
に広げてくれました。そして、
履修した「保
校となりました。 健社会学」授業でピンと来るものがありま
いま私の研究室では、心理・体育・歯科・
した。具体的な学問として初めて、
これだ!
栄養など多様な領域からの院生が、①スト
という感覚に出会ったのです。そこで今度
レス対処力(Sense of coherence:SOC)
はさらに、保健社会学教室のある大学の博
の形成と機能、②子どもの食育と歯科保健
士課程保健学専攻に進みました。
教育、③未成年者・妊娠出産期の女性の精
保健社会学(健康社会学)とは、あらゆ
神健康と喫煙、④対人援助職の職業性スト
る領域(母子・学校・産業・老人保健)の
レスなどに関する研究を行っています。
健康問題について、その心理社会的要因を
とりわけストレス対処力(SOC)は近年
社会調査と統計分析を用いて解明し、解決
の健康社会学を代表する概念の一つで、児
にむけた支援策を検討するものです。した
童から高齢者までを対象に多様な SOC 研
がって当時より、博士課程の保健社会学教
究に取り組んでいるところです。健康問題
室はきわめて学際的で、まさにヒューマン・
の解決には、疾病生成論によるリスクファ
ケア科学専攻と同じく、保健医療・看護・
クター除去に加えて、健康生成論による資
心理・栄養・福祉・教育など、社会人を含
源や環境の活用を含むストレス対処力向上
む多様なバックグラウンドの院生が集まっ
のアプローチが重要となっています。ダイ
ていました。
ナミックでポジティブなこの研究は、自身
院生は各自の研究テーマのほか、互いに
を含めさまざまな生き方を考えさせてくれ
連携し合って共同研究にも取り組み、ゼミ
ます。
(写真:30 年前の大学本部棟前)
や日常での忌憚のない議論を通じて、多種
多様な健康問題に対する心理社会学的アプ
ローチの視点と研究スキルを獲得していき
ます。そして私は、当時の社会問題であっ
研究アラモード
49
研究アラモード
原点としてのヒューマン・ケア科学、ヘルスサービス
リサーチとの出会い、そして、これから
田宮 菜奈子
医学医療系
上の図は、本学医学専門学群を卒業して
で週 1 日臨床という後半 2 年を過ごしまし
すぐ、公衆衛生学を志し大学院博士課程に
た。
入学した際のプレゼン資料です(しばらく、
講義でもよくお話する事例ですが、笑顔
机にはってあり、色あせたセロテープのあ
で自宅退院したはずが、家族が相談なしに
とが年数を物語っています)
。人が 幸せ
予約していた老人病院に転院した脳梗塞 ・
に生きる ためには、医療のみではなく、
片麻痺の女性、
「この点滴さえなければ家
教育、芸術、など多方面の学問がともに
に帰れるのに・・」IVH(中心静脈栄養)
協同する必要があること。その際に、 科
を眺めて毎日嘆く余命少ない末期癌の入院
学 を忘れてしまってはならないことを、
患者・・・。
若輩ながら、懸命にプレゼンしました。本
これらの、医療と福祉、病院と地域、各
学では開学当時から社会医学が3つの柱に
サービスの隙間にいる方たちに出会ったの
位置付けられていましたが、いま思うと、
が、初期研修でした。そして、 入院加療
社会医学の講義・実習の影響が多分にあっ
の場面でどんなに努力をしても、患者さん
たと思います。そして、この図は、まさに
の生活までつなげなければ医療は完結しな
ヒューマン・ケア科学 でもあります。
い ということを痛感しました。一方で、
本稿では、この機に、私自身が大学院生
大学院でのゼミを通し、その解決方法とし
であった頃の初心を確認しつつ、臨床と研
て、システムの視点、疫学・統計といった
究の間で道を模索しヘルスサービスリサー
集団を分析する方法を学ぶことができまし
チ (HSR) に出会い、さらに、初心の原点と
た。言わば、問題を目の当たりにしつつ、
もいえるヒューマン・ケア科学専攻におい
そこに 科学という光 をあてる方法を学
て、この分野を担う思いなどを述べていき
ぶことができたのです。
たいと思います。お付き合いください。
また、海外では生物学的医学のみではな
1986 年、卒後進路に悩みつつ、プライ
く、サービスとして医療をどう提供するか
マリーケアと公衆衛生の両方を学べるとい
という研究が多く出ていることを知り、感
う博士課程に進学し、初期臨床研修中に週
銘を受けました。そして、
文献を調べ、
読み、
1 日のみ大学院という生活を当初 2 年、逆
データをとり、分析し、書いていくこと・・
50
ヒューマン・ケア科学への招待
どんなに大変でも、臨床に基づく問題意識
重要です。その後、私も、これを着実に (!?)
があれば、不思議なくらい力がでる自分に
実践しました。現在フィールドとなってい
気づきました。当直室のベッドで文献の山
る地域との関わりは NHK の番組への問い
を広げ、一睡もせず、診療の合間に読みふ
合わせがきっかけでした。また、老人保健
けった日々もありました。当分野の院生の
施設長をしていた際に(現場に根差した研
皆さんに臨床経験を進めるのは、この原動
究を模索し、臨床と研究職双方を経験しま
力をもってほしいからです。
した)
、ドイツ介護保険を紹介した本に感
しかし、馬力!?だけはあっても、論文
銘を受け、現場から著者(本学法学の本澤
を書くのは簡単ではありません。医師の往
己代子教授 - 当時は大阪市立大)にお手紙
診の普及が在宅医療には必須なこと、住宅
を書き、ご縁が始まりました。今も法学・
改造がADL維持に重要なことを実証研究
法医学との学際プロジェクトが続いていま
しましたが、方法論などもまだ一般的では
す。
なく、大変苦労しました。しかし、いろい
世界一の高齢社会にあって医療をとりま
ろご指導いただき、日本公衆衛生学会誌に
く問題が多様化する中、他にない学際専攻
受理され、学位取得ができました。ヒュー
であるヒューマン・ケア科学そして日本唯
マン・ケアの皆さんのテーマは、まさに、
一の HSR 分野を担う者として、少しでも
こうした現場の人のケアに対する包括的な
多くの一隅を照らせるような研究を、本学
ものばかりで、当時の肩身の狭さから思う
で学ぶ皆さんとともに発信できるよう、努
と、夢のようです。
力していきたいと思っています。
こうして模索してきた自分の研究が、海
一方、懸念もあります。他大学では医学
外では HSR という確立した研究分野であ
研究の中に社会医学(公衆衛生学)が位置
るということを知ったのは、米国の公衆衛
づけられバランスをとっています。私自身
生大学院に留学して後のことでした(詳細
も医学博士を HSR 的研究でいただきまし
は、日本公衆衛生雑誌の連載をご覧くださ
たが、本学では、社会医学研究の多くの部
い)
。
分を学際系の本ヒューマン・ケア科学専攻
HSR の講義で一番印象に残ったのは、
が担っています。本学出身の公衆衛生を専
あらゆる立場の方と語ること、TV・新
門とする医師として、今後、医学系・学際
聞・雑誌、町の気配、など・・身のまわり
系のバランスよい協同のもと、 幸せに生
全てが研究のヒントになるという考えでし
きること につながる医療の在り方に貢献
た。これは、学際分野であるヒューマン・
できる研究を展開できればと考えていま
ケア科学においても、まさにあてはまると
す。
思います。確かに、五感を駆使し、問題点
を感じ取り、解決策を考える感性はとても
研究アラモード
51
研究アラモード
世界の物乞う人たちとの出会い
徳田 克己
医学医療系
<なぜ世界に?>
度とカナダに入国できないように登録され
私はひとがマネをしないことやひとが驚
た)などなど。
くことをやりたいという欲求が強い。しか
<物乞う人は労働者>
もそれが研究的に意味あることであり、多
物乞いは職業である。子どもから高齢者
少とも社会のお役にたてることでないと私
まで、私は世界で多くの物乞う人と出会っ
の存在意義がない。
てきた。よく、欧米人が物乞いの子どもに
そして私は異文化が好きだ。海外に良く
「靴磨きでもいいから働け」と説教してい
行く。活動や研究のためにどこかに行くと
る場面を見るが、それはちょっとピントは
いう考え方ではなく、今までに行ったこと
ずれである。なぜなら、靴磨きよりも物乞
がないところに行くことを決め、次にそこ
いの方がずっと過酷な労働だからである。
で何ができるかを考える。
朝から晩までずっと同じところに座っ
今まで行った国・地域は約 60。珍しい
て、行きかう人に手を差し出す行為はかな
ところでは北朝鮮(大学に無届けで行った。
り腕の疲れを残す。極寒の北京で会った盲
きっと、もう時効)
、東ティモール(ホテ
目の子どもは朝 7 時から夜 10 時まで歩道
ルがなく、誰か知らない留学生の部屋で寝
に座り続けていた。ホーチミンの街をおば
た)
、ブータン(力仕事はすべてインド人
あちゃんの手をひきながら歩き回っていた
にやらせて何が「幸せの国だ」と怒った)
、
子どもは 1 日で 10 キロ以上は移動してい
モンゴル(150 キロはありそうな巨体の2
た(だから、おばあちゃんはすごく健康)
。
人組強盗にお金を取られた)
、モルジブ(行
<一般的な物乞い者>
く予定はなかったのにスリランカと間違え
職業なので大きな目的は「お金」である。
て飛行機を降りてしまった)
、ミャンマー
都市伝説ではないが、お金持ちの物乞いも
(現地の人の葬式に出て、腐敗した遺体を
いる。ホーチミンの観光地にいた水頭症の
目の前にして写真を撮り続けた)
、ネパー
子どもを抱いた物乞い女性は韓国人や台湾
ル(火葬場で灰を頭からかぶり、そのまま
人の観光バスが来るたびに多くの紙幣を渡
日本に帰ってきた)
、カナダ・トロント(入
されて、1 日の収入は平均的なベトナム人
国審査で引っ掛かり強制送還一歩手前。二
の 1 日の稼ぎの 10 倍以上であった。イン
52
ヒューマン・ケア科学への招待
ド・ムンバイの四肢欠損の男性は空き缶で
イルの肢体不自由の物乞いがスタスタと歩
はなく洗面器をお金入れに使用していた
いて帰っている場面を何回も見た。中国・
(すぐに紙幣で満杯になっていた)
。
大連で乳児を抱っこしていると思われた女
もちろんその日の暮らしに困っている物
性の腕に中には人形がいた。ミャンマーの
乞い者も多い。障害がある人は他の職業に
市場には足をくびの後ろに回して奇形者の
はつけないことが多いので、どうしても同
マネをしている男性がいた。モンゴルには
じ場所での商売となるが、通行人も慣れて
片足をひもでくくって 1 本足のふりをして
くるので収入はほとんどなくなる。中国、
いる女性がいた。子どもの足をくくって歩
タイ、インド、韓国などの物乞いはマフィ
けなくして障害児の母を演じていた女性が
ア組織の末端となっている者が多く、その
いた(我慢できなくなった子どもがひもを
ようなケースでは組織によって受け持ち場
勝手にほどいてひどく叱られていた)
。
所のローテーションが毎日行われている。
私を最も驚かせたのは、タイの繁華街に
<特殊な物乞い者>
いた「中学生制服物乞い」であった。制服
乳児を抱いている女性、障害のある幼児
を着た女子中学生が鉄道駅の階段の下にい
を連れている女性、重い障害のある人、見
きなりすわってコップを出し、リコーダを
た目に目立つ病気(皮膚疾患や顔の腫瘍)
吹いて通行人にお金を求めた。楽器演奏が
のある人などが多くのバクシーシ(喜捨)
うまければ物乞い者ではなくストリートパ
をもらう。いくつかの国・地域でより多く
フォーマーだが、すごく下手な演奏だった。
のお金を得るためにいろいろな工夫をして
したがって定義的には物乞いだ。
いる物乞い者と知り合ってきた。
先日、インドネシアで乳児と幼児を連れ
その代表格はレンタルチャイルドであ
た若い母親の物乞いを見かけた。段ボール
る。中国、インド、タイなどで、どこから
を敷いて座っていた。私もその段ボールに
か誘拐してきたと思われる乳児を 1 日いく
座って、一緒に物乞いをしてみた。パニッ
らで物乞い者にレンタルしている。乳児を
クに近いほどあわてた母親だったけど、私
抱いていた方がお金になるからである。し
が「トゥリマカシ」と言うとニコッと笑っ
かし、そのチャイルドたちは成長する。大
てくれた。お互いに良い体験だった。
きくなると子どもの商品価値が下がるの
で、組織はその子どもの手足を切り取った
り、失明させたりするらしい。そうすると、
また商品価値は上がり、高いレンタル料金
を得られるという。私はそういう子どもた
ちを幾人も見てきた。また、障害者を装っ
て物乞いをする人も多い。韓国の定番スタ
研究アラモード
53
研究アラモード
浦和大学での活動
と む ら し げ お
戸村 成男
2008年退職
筑波大学では、ヒューマン・ケア科学の
りの時間と労力を費やしています。
教員として、多くの大学院生の教育と研究
全国的にいえることですが、福祉系の大
を担当してきました。福祉医療学分野に所
学を志望する高校生は、現在、少なくなっ
属し、介護、福祉、医療、リハビリテーシ
ており、入学定員の確保に悪戦苦闘してい
ョンなど各種の研究を担当してきました
るところです。汚くて、ハードな仕事なの
が、定年退職後、平成 20 年 4 月より埼玉
に年齢を重ねても賃金の上昇が望めないの
県さいたま市にあります浦和大学の教授と
では当然のことかもしれません。また、平
して、教育を中心に活動を行っています。
成 26 年度より介護福祉士(国家資格)の
また、病院やクリニックで医療の仕事も引
資格を取るのに国家試験が必要となること
き続いて行っています。
もあり、介護福祉科の受験生の増加も見込
浦和大学は、
「総合福祉学部(福祉系の
めません。わが国では、介護を必要とする
学部)
」と、
「こども学部(保育系の学部)
」
人が増える一方ですが、このような状況下
の 2 学部で構成されています。また、短
では、介護の担い手が不足するのは目に見
期大学部に「介護福祉科(介護福祉教育)
」
えており、「介護地獄」が現実のものとな
があります。私は、総合福祉学部・総合福
ろうとしています。
祉学科に所属し、授業科目としては、社会
外来診療を行っていて、最近感じること
福祉士受験資格取得のための医学一般や、
は、総人口の約 4 分の 1 が高齢者という、
福祉健康スポーツコース(運動による健康
高齢社会では当然のことですが、75 歳以
づくりの専門家である「健康運動実践指導
上の高齢で複数の病気を持つ患者さんが著
者」の資格取得を目指す)の各種科目(運
しく増加していることです。また、骨・関
動障害と予防、健康管理概論、救急処置、
節などの運動器の障害に苦しんでいる患者
介護予防、卒業論文を指導する卒業研究な
さんもたくさんいます。私の専門領域は、
ど)
、そして介護福祉科の科目(からだの
内科、中でも腎臓病や高血圧ですが、診療
しくみ、発達と老化の理解)を担当してい
を行う際に必要になるのは、専門領域の技
ます。担当の授業が多数あり、不慣れな分
量に加えて、糖尿病、循環器病、骨・関節
野の授業科目もありますので準備にかな
疾患などの技量であり、このような領域の
54
ヒューマン・ケア科学への招待
最新の医療知識を得るよう日々努力して
または
います。
2)3m Timed Up and Go test 11
平均寿命が延び、運動器を長期間使用し
秒以上
続ける時代を迎え、運動器の障害により介
護を必要とする人が増加しています。厚生
次に、「健康要因」に関する話題につい
労働省「国民生活基礎調査」によりますと、
て述べます。脳卒中や心筋梗塞などの心血
介護が必要となった主な原因のうち、
「関
管病のリスクを下げ、余命の延長に大きく
節疾患(10.9%)」や「骨折・転倒(10.2%)
」
寄与する可能性のある健康要因として、
「喫
といった運動器に関する障害が 20%以上
煙しない」、「定期的な運動」、「健康的な食
を占めています(平成 22 年)。骨折の原
事」という 3 つの健康行動に加え、理想
因としては骨粗鬆症、関節疾患の原因とし
的な体格指数(BMI),血清コレステロール、
ては軟骨の変性が関係していることが多い
血圧、血糖値の維持という 4 つの健康因
ようです。
子 が あ げ ら れ て い ま す。世 界 保 健 機 関
運動器障害により歩行・移動能力が低下
(WHO)加盟 194 力国の健康関連統計デ
した状態を「運動器不安定症」と命名し、
ータを集約した年次報告書 World Health
その診断基準を日本整形外科学会をはじめ
Statistics 2012 で は、世 界 の 成 人 の 3 人
とする 3 学会が提案しています。
「運動器
に 1 人が高血圧、10 人に 1 人が糖尿病に
不
症」は、Musculoskeletal
罹患しており、高血圧は、脳卒中と心疾患
Ambulation Disability Symptom
による死亡の原因の約半数を占めている
Complex:MADS(マ ー ズ)と 英 文 表 記
ことが報告されています。
安
定
します。
「運動器不安定症」の診断基準は、
現在、浦和大学では教養教育委員会委員
運動機能低下をきたす、さまざまな骨・関
長を勤めるとともに、外部活動として日本
節・神経・筋疾患の既往があるか、または
公衆衛生学会、日本老年医学会、日本内科
罹患している者で、日常生活白立度、ある
学会、日本腎臓学会、日本透析医学会、日
いは運動機能が下記に示す機能評価基準
本農村医学会(評議員)、関東農村医学会(理
(1)または(2)に該当する者です。
機能評価基準
(1)障害老人の日常生活自立度(ラン
事)などの学会活動を行っています。また、
茨城県立医療大学研究審査会委員、埼玉県
立大学非常勤講師を勤めています。
ク J から A、B、C まである)
ランク J または A(要支援、要介護
1、2 に相当)
(2)運動機能
1)開眼片脚起立時間 15 秒未満、
研究アラモード
55
研究アラモード
ヒューマン・ケア科学と眼力
中谷 陽二
2012年退職
Ⅰ 精神科医という職
う声が聞こえるような気さえした。
精神医学の先輩からあるときこんな話を
詐病の見落としがあるとすれば、なぜ起
聞かされた。
「精神科医を長く続ければ続
きるのか。まずは教科書的な固定観念。暗
けるほど普通の人間が見えなくなる。
」病
い顔で「僕の考えることが周りの人に伝
気はよく見えるが、人の自然な姿には鈍感
わっているのです」と教科書通りに語られ
になるという意味である。私も 40 年間、
たなら、カルテに躊躇なく「思考伝播(統
精神科の患者さんの相手をしてきたので、
合失調症の一級症状)あり」と書いてしま
思い当たるところがある。怖い話である。
うだろう。患者の語りに共感をもって傾聴
ただこれは精神科医に限ったことではな
するという職業モラルも見落としに繋が
く、人間を相手にする職業に共通するので
る。もっとも、詐病の見落としよりも真の
はないか。人の見え方が型にはまる。営業
病気の見落としのほうが何倍か害がある。
マンには潜在的な顧客に、カメラマンには
Ⅱ 専門性の落とし穴
潜在的な被写体に映る。ヒューマン・ケア
人を見る眼の職業的歪みは弁護士でも起
に携わる者にとって、それは潜在的な被援
きるらしい。松本清張の小説『種族同盟』
助者(困っている人)である。
(文春文庫)の主人公は温泉町で起きた殺
見え方が歪むと思いこみや誤認が起き
人事件を担当した弁護士である。近くの旅
る。精神病は簡単に演技できるのではない
館で働く男が逮捕され、状況は限りなく彼
かと質問されることがよくある。詐病であ
に不利であった。しかし正義感に燃える弁
る。私はそのたびに胸を張って答えた。自
護士は精力的に証拠を掘り起こした。法律
分はこれまで1例の詐病も診たことはな
事務所の助手の女性がよく似た冤罪の判例
い。よほどの知識と演技力がない限り、精
を見つけ出した。弁護士は自信を持って無
神病の症状を四六時中演じてみせるなど不
罪を主張し、勝ち取った。男は釈放され、
可能であると。しかしある時、思い当たる
弁護士は社会正義を守ったという満足感に
ことがあって愕然とした。自分は詐病を診
浸る。あまつさえ働き口のない男の身を心
なかったのではなく見落としてきたのでは
配して事務所の手伝いに雇った。ところが
ないか。
「あの医者を騙してやった」とい
間もなく男は事務所の金をくすねた上に助
56
ヒューマン・ケア科学への招待
手の女性に言い寄った。弁護士が問い詰め
こう書くと法曹は眉をひそめるかも知れ
ると男は開き直り、自分が殺人の真犯人だ
ないが、裁判官も人間である以上、マスコ
と明かした。事が露見すると弁護士の評判
ミ報道に影響されないはずはない。死刑が
は地に落ちるだろうと言って脅した。
確定してもなお本人が冤罪を主張している
弁護士はなぜ判断を誤ったのか。最大の
著名な事件では、逮捕前に過剰な取材がな
要因は相手が 救済すべき弱者 と見えて
されていた。それを見ると「いかにもやり
しまったこと。男に接見した第一印象は
「知
そうな女」である。言うまでもなく「犯罪
能は高くないが、善良そうな男」というも
をやりかねないこと」と「真犯人であるこ
のであった。そこから濡れ衣を着せられな
と」とはまったく別次元の問題である。そ
がら自分を守る術のない男という人物像が
れでも、やりかねないから真犯人だと思わ
生まれた。弱者の守り手である弁護士の出
せるほどに報道のインパクトは強い。
番である。加えて冤罪の判例の中に似た事
Ⅳ 眼力を肥やすには
件を発見したこと。ところが男の正体は弁
癌を取材した新聞記事で体験者の次のよ
護士が描く「知的に高くないが善良」とい
うな談話が紹介されていた。癌を患ってい
うイメージとは逆で、他人の弱点を握って
ると、人からいつも 癌患者 として見ら
法律知識を楯に脅すほど奸智に長けてい
れるという。癌であることは自分という存
た。
在の一部でしかないのに闘病生活がすべて
Ⅲ 報道と実像
であるかのように見られるというのだろ
私はたびたび裁判所から被告人の精神鑑
う。癌を患っている人も、同時に会社員で
定を依頼されてきた。時にはテレビや新聞
あり、夫あるいは妻であり、子を持つ親で
で大々的に報道された事件の犯人(とされ
あり、町の住民であり、サッカーファンで
る人)にじかに接することになる。事前に
ある。人間としての存在がまるごと癌なの
報道で見た犯人の姿はたいてい 凶悪犯
ではない。この当たり前のことが忘れられ
のそれである。ところが、いざ本人に面接
がちである。医療、福祉、教育などヒュー
してみると、これが犯人かと思うことが珍
マン・ケアに携わる者にとって、人がどの
しくない。とうてい凶悪には見えず、報道
ように困っているか、どのような援助を提
で見る像との落差が大きいのである。報道
供できるかを知ることが最初のステップで
の映像は一面を拡大する。逮捕直前の犯人
ある。しかし同時に、専門知識と経験を多
を記者とカメラマンが追い、素顔を映し出
く持つほど、狭い筒を通して人間を眺める
す。こういった状況に置かれたなら、誰で
視野狭窄に陥りやすいことも肝に銘ずるべ
も顔が引きつり、犯人らしく見えるだろう。
きである。眼力を肥やすとは大きく柔らか
こうした像をマスコミは執拗に視聴者に流
い眼をもつことではないだろうか。
す。
研究アラモード
57
研究アラモード
勤労女性介護者の
こころの健康のための研究
橋爪 祐美
医学医療系
私が現在行っている研究について説明を
てきていることとしまして、次の事柄があ
いたします。女性の社会進出、晩婚化、少
げられます。
子化が進む今日、老親介護(子育て)を担
1)女性にとって、夫や子どもと家事や介
いながら、就労を続ける中年既婚女性が増
護を分担しながら仕事を続けることが高い
えています。2008 年、女性の配偶者関係
モラールと関連する。
別労働力率(15 歳以上人口に占める労働
2)女性は、両立の中で十分に家事や介護
力人口の割合)は、45 ∼ 49 歳の有配偶女
責務を果たせないことから、老親、夫、子
性で最も高く、73.2%でした。この背景と
どもに罪悪感、羞恥心、申し訳なさを感じ
して、超高齢社会の到来により逼迫する高
ている。
齢者医療・介護費削減を目的とした、要介
3)老親が女性(娘や息子の嫁)に、家事
護高齢者の在宅療養推進、昨今の厳しい社
介護責務を果たすことを強く望む場合、女
会経済情勢の中、リストラによる人件費削
性の負担感は高く、抑うつ傾向と関連する。
減・非正規雇用の推進など悪化する雇用状
この場合、女性はやがて、介護を要する老
況や将来的な社会保障制度への国民の不安
親の連れ出しや、老親との会話に消極的に
の高まりによる中年既婚女性の就労意識の
なる可能性が生じる。その場合でも、女性
高まりが指摘されております。産業構造の
が子どもから、家事介護分担や精神的支援
変化、欧米諸国の女性の自己実現や意思決
を受けている場合、女性は介護に前向きで
定を尊重する考え方の普及に伴い、女性自
介護継続意欲が保持され、介護への消極さ
身が生きがいや社会貢献として就労継続を
は抑えられる可能性がある。
望むようになったことの影響もあります。
2000 年に介護保険制度が開始して 10 年
私はこれまで、老親を介護する勤労女性
が過ぎ介護の社会化は当然とされ、1999
(老親の娘、または老親子の嫁)が就労と
年に男女共同参画社会基本法が制定され
家事、介護、子育てを両立させてゆく中で
て、男女の区別なく家事介護子育てを担う
日々感じていることについて、高齢者ケア
ことの重要性も唱えられています。しかし、
学、家族看護学の立場から探索を進めてき
2010 年の国民生活基礎調査によると、老
ました。先行研究を概観しますと、わかっ
親介護の主な担い手は 7 割が女性(同居家
58
ヒューマン・ケア科学への招待
族の場合)であり、2006 年総務省の調査
目し、介入研究を進めています。
によれば、共働き夫婦の夫の家事分担時間
この研究は、大学院博士課程、ならびに
は、妻よりも短いままです。2007 年、内
博士課程在学中の留学における学び(ワ
閣府を中心に、生活と仕事の調和(ワーク・
シントン大学看護学部博士課程 Frances
ライフ・バランス)憲章と行動指針が決定
Marcus Lewis 教 授 に 師 事、FULBRIGHT
され、2009 年、育児・介護休業法が改正
scholarship)を契機に手掛けているもの
されましたが、介護休業利用率は 1%未満
で、約 20 年の歳月を経ています。心理学
です。
者やカウンセラーとは異なり、対象の方を
21 世紀を迎え、多くの人が男女関係や
診断したり、精神的な症状そのものに働き
夫婦の在り方について、
『時代の変化』を
かけるのではなく、看護師・保健師という
感じていることは確かなはずです。しかし、
ケア提供者の立場から、対象の方が抱えて
家事や家族の世話を担うことを一般的に女
いる不健康な行動(家事介護を抱えた就労
性の役割とする考え方は根強く、実質的に
女性が、周囲に気兼ねし本音を言わない)
も共働き家庭でも多くの女性がそうしてお
の修正や、より健康的な生活を送るために
ります。そこには、他者へ迷惑をかけるこ
必要な行動(余暇をとることは必要だと認
とを避けたがる日本人の自立意識が働い
識し、その時間を確保し、継続して実施で
ていることも確かです。
『家族を含み資産』
きる)のために必要な知識と技術の体得を
とする日本型福祉の在り方が、高齢者看護・
支援します。この研究にこだわるのは、実
介護の制度上、大きな影響を及ぼしていま
は、私自身、勉学や就労を続けながら、夫
す。 の父親の介護に 17 年間携わった経験の影
私は、勤労女性介護者が、家でも職場で
響があります。また、私は映画を見るのが
も、家族や上司、同僚に本音や愚痴を言わ
好きです。私の尊敬する映画監督は、今年
ずに(言えずに)思いを抱え込み、介護う
98 歳を迎えた新藤兼人さんで、シナリオ・
つに至りかねない、こころの健康のバラン
ライターとして出発した彼の、次の言葉に
スを欠いた状況に陥りやすいことに気づき
深い感銘を受けています。
「
『シナリオはど
ました。高齢者介護制度のような、社会全
う書いたらいいのか』と問われたら、すぐ
体のシステムを変えることは、関連分野の
さま私は『あなた自身を、
あなた自身が知っ
研究者と政策に携わる専門家に委ねつつ、
ていることを書きなさい』と答える。シナ
私自身は、勤労女性介護者自身が、他者に
リオはそこから始まり、そこで終わるよう
日々の就労介護生活に関する本音を言わな
である」映画つくりの実際(岩波ジュニア
い(言えない)しんどさと、これに連なる
新書 4、1979 年)
生活の余裕のなさの是正、および気分転換
や余暇活動におけるセルフケアの推進に着
研究アラモード
59
研究アラモード
研究テーマの設定法?
橋本 佐由理
体育系
私の研究は、自分の生活や生き方に密着
はできないなと反省。大学 4 年の頃から
しています。自分や家族が研究対象とも言
運動指導を 13 年間しましたが、健康継続
え、研究の成果は一番自分に役立っている
行動の支援のためには、ストレスや抑うつ
と思います。大きく 3 つのテーマで研究を
に対応しなくてはならないとわかり、ヘル
してきましたので紹介します。
スカウンセリングを追究する道に入りまし
一つは、健康行動支援の研究です。大学
た。
生の頃、デンマーク体操に出会い、楽しさ
に魅せられました。卒業後すぐにデンマー
クの体操学校に短期留学。当時はバブルの
全盛期で魅力的な就職がたくさんあったの
ですが、自分の好きなことを追求すること
にしか興味がなかった私は、当時はいな
かったフリーターを選び、デンマークに出
発。そこで地域の中心にある体育館に老若
男女が集い、体操を楽しむ姿を見て感銘を
受けたのが、中高年者の運動行動に関する
研究のきっかけです。その後、運動行動だ
けではなく、食行動を含めた健康行動の研
究へと発展させていきました。そして運動
中断予防のための介入研究、さらにテレビ
会議システムをはじめ、異分野の方々との
二つ目は、生活習慣病支援の研究です。
共同研究により様々な最新のシステムを活
糖尿病ではないけれども血糖が高くなりや
用した遠隔支援研究へと展開しました。運
すい家系に生まれたらしい私は、糖尿病患
動の中断要因に生活ストレスと抑うつの強
者への支援を中心とした生活習慣病支援に
さが関与するという結果を自分に照らし合
興味を持ちました。多くの患者さんから話
わせて、確かに生活ストレスがあると運動
を伺い、SAT カウンセリングや SAT イメー
60
ヒューマン・ケア科学への招待
ジ療法で支援をする中で、糖尿病は本当に
た。親子の関係性が私たちの生涯のストレ
ストレス性格病なのだと実感しました。自
スへの反応の仕方を決定づける要因である
分の考え方や感じ方がストレスを作り出し
こと、生活習慣病などは、胎内期から 6 歳
ているのです。イメージ療法を通して、支
までの環境によって水路づけられているこ
援をした患者さんが、自分の感じ方や考え
とから、安心で安全な愉しむ生活や健康的
方が変わり、人との関係性が変わり、自分
な生活のためには、夫婦の関係性構築への
も大切にする生き方に変わっていく姿に多
支援と妊娠期を含めた子育て支援が大切で
くを学びました。私自身が辛いとか苦しい
あることを自分の体験を通しても実感し、
という感情を自覚するのが苦手で(感情
調査と介入による実証研究を進めてきまし
認知困難度の高さ)
、できないと言えずに
た。親子の関係性での課題を乗り越える
無理をしてでも期待に応えて頑張ってしま
ためにパートナーの存在はとても重要であ
う(自己抑制度の高さ)という性格が自分
り、パートナーとのゆるぎない関係性が成
の身体疾患を作っていることを自分の身を
長のエネルギーになることを学びました。
もって学びました。患者さんと一緒に自己
また、子どもが命がけで私自身が持ってい
成長、生き方変容の日々です。
た あきらめる という根深い課題を教え
てくれ、また、それを解決するためのエネ
ルギーをくれました。私たち夫婦のもとに
生まれてきてくれた子どもに感謝の気持ち
でいっぱいです。
自分のエネルギーを感じる方向に生きる
ことは素敵ですが、あるがままの自分を生
きる中でたくさんの課題にぶつかります。
その課題と立ち向かいながら、自分の体験
博士課程に入学した年に結婚し、博士学
にヒントを得ながら、研究して、真実を追
位取得後に、妊娠出産を体験し子育てを始
究する・・・そんな毎日を愉しみながら・・・
めましたので、三つ目は、夫婦の関係性支
本来の自分を生きようとしています。
援と子育て支援の研究を始めました。夫婦
のパートナーシップの構築をどうするか、
夫や子どもをどう理解するか、育児不安や
育児自信感への支援など、ちょうどタイム
リーな研究です。子どもが小さかった頃は
子どもを連れて仕事に行き、参加者の皆さ
んと一緒に保育に預けながら講演をしまし
研究アラモード
61
研究アラモード
攻撃性研究、ただいま激しく展開中!
濱口 佳和
人間系
人を故意に傷つける行動を心理学では攻
の 2 種類があります.前者は敵意的攻撃
撃 行 動 (aggression) と 呼 ん で い ま す. い
(hostile aggression) あ る い は 反 応 的 攻 撃
きなり襲いかかられて身体に重大な危機が
(reactive aggression),後者は道具的攻撃
迫っている時など,外敵を暴力で撃退する
(instrumental aggression) あるいは能動的
ことは正当な自衛行動ですが,現代社会で
攻撃 (proactive aggression) と呼ばれてい
は,人の身体,財産,名誉,社会的関係を
ます.私の研究室では,これら 2 種類の攻
故意に傷つけ,人に精神的苦痛を与えるよ
撃行動の遂行を促す認知,感情,動機など
うな行為は多くの場合,不適切で,望まし
の内的要因に目を向け,これらをそれぞれ ,
くない行為とされています.いじめ,ア
能 動 的 攻 撃 性 (proactive aggressiveness)
カデミック・ハラスメント,児童虐待,ド
と反応的攻撃性 (reactive aggressiveness)
メスティック・バイオレンス,パワー・ハ
として概念化し,日本学術振興会の科研費
ラスメント,高齢者虐待など,人の一生の
補助金の助成を受けて,実証的研究を重ね
発達過程の中で,攻撃行動を中核とした
てきました.これらの個人差を測定する尺
問題行動は様々なものがあります.発達
度を,中学,高校,大学の年齢段階ごとに
臨床心理学分野濱口研究室では,これま
作成し,信頼性・妥当性の検討を済ませて
で,主に児童と青年を対象に,攻撃行動を
います.
導く内面的特性や,比較的最近提唱され
同じように人を傷つける行動を導く内的
た新しい概念である関係性攻撃 (relational
特性でありながら,能動的攻撃性と反応的
aggression) の基礎的研究,そしてこうし
攻撃性には子どもや青年の心理社会的適応
た基礎研究を踏まえつつ攻撃適正化心理教
に対して異なった働きをすることが指摘さ
育プログラムの開発を進めてきました .
れてきました.私の研究室でもこの問題に
注目し,中学生を対象に調査を行いました.
能動的攻撃性・反応的攻撃性研究
その結果,
「仲間支配欲求」
,
「攻撃有能感」
,
攻撃行動には,他者を傷つけること自体
「攻撃肯定評価」
「欲求固執」などの特性か
を目標としたものと,他者を傷つけること
らなる能動的攻撃性は , 反社会的行動欲求
以外の目標追求の手段として行われるもの
(いじめ・器物損壊や規則違反などをした
62
ヒューマン・ケア科学への招待
いという欲求)と強い関連があり,
「報復
関係性攻撃は幼児期にはすでに出現し,
意図」と「怒り」の強さからなる反応的攻
児童期,青年期そして成人期にもよく用い
撃性は,反社会的行動欲求には比較的弱い
られる攻撃行動です.それが行われる相手
関連しか持たず,主に抑うつ傾向を高める
や文脈も , 幼・児童期には同性の仲間を相
ことが明らかになりました.この他にも,
手に学校で行われることが多いのですが,
大学生を対象としてパーソナリティ障害傾
青年期以降には,恋人や配偶者といった親
向との関連を検討した研究,高校生を対象
密な異性に対して,また職場や育児の文脈
とした大規模調査,少年院在院生対象の調
など広がりを見せていきます.その手口も
査を行っています.
発達段階の上昇に伴って多様性を示し , よ
り微妙で複雑なものも含まれるようになり
関係性攻撃研究
ます . 現在私達の研究室では,日本学術振
関係性攻撃 (relational aggression) とは,
興会の科学研究費補助金(基盤(B)
)の助
相手の人間関係を操作したり,破壊するこ
成を受け,児童期・青年期・成人期を視野
とによって,相手を傷つける攻撃行動で,
に入れて研究を行っています.関係性攻撃
無視などの人間関係の操作,よくない噂や
を多次元的にとらえる視点をとり,関係性
悪口を本人のいないところで広める行動,
攻撃の種類ごとに,性差,年齢差,心理社
仲間外れなどの行動がこれに該当します.
会的適応との関連,パーソナリティ障害傾
1990 年代の半ば頃にアメリカ・ミネソタ
向との関連,生起メカニズムの検討を行う
大学の N.R.Crick 博士によって提唱された
試みは世界的に珍しく,今後どのような知
概念です.調和的な人間関係を重んじる文
見が得られるのか楽しみです. 化(例えば日本の様な!)では一般性の高
い攻撃行動です.私の研究室では,2004
年∼ 2005 年にかけて Crick 研究室と協力
して関係性攻撃並びに関係性攻撃被害に関
する日米比較研究を行いました.子どもの
攻撃行動について国際標準のメジャーを用
いた日米両国にまたがる研究は他に例を見
ません.結果は国際学会 (SRCD など ) の
ポスター・セッションと英文雑誌に公表さ
れています . 関係性攻撃被害経験と子ども
の抑うつ傾向との正の関連が , 米国の児童
よりも日本の児童のほうが有意に強いとい
う結果は興味深いものでした .
研究アラモード
63
研究アラモード
地球温暖化の健康影響
本田 靖
体育系
<はじめに>
や雑誌に、懐疑派は考えを発表している。
ここでは、通常の学術論文と趣を変え、
しかも、誤解に基づいていたり、主要な論
やや一般寄りの解説を含めて私の仕事を紹
点が単純な間違いだったりということも多
介する。
い。
<地球温暖化は既に起こっている>
気象・気候学の世界では懐疑派のつけい
気候変動に関する政府間パネル(=IPCC)
る隙はほとんど無いのだが、一般マスコミ
は、既に 4 回評価報告書を発表しており、
レベルでは、両論併記が行われることもあ
第 4 次報告書の報告で、Al Gore 大統領と
り、まだ地球温暖化はあやふやな基盤の上
ともにノーベル平和賞を受賞した。
に展開された仮説であると思われている一
その第 4 次報告書では、多角的な視点か
般の方々も多いのが現実である。もちろん、
ら矛盾無く現在既に温暖化が起こっている
人為起源の原因以外に、自然起源の影響も
こと、そしてその原因のひとつに人間活動
あるし、不確実性もあるので、将来の気候
に伴う温室効果ガスの排出があることも確
予測が精度よく的中しない可能性はある
実であることが報告されている。
が、それは地球温暖化対策をしなくてよい
<地球温暖化懐疑派>
理由にはならない。それは、ブラインドの
日本でも世界でも、この地球温暖化へ
カーブでセンターラインをはみ出している
の懐疑派と呼ばれるグループが存在する。
のに、対向車が来ない可能性もあるから大
いくつかの論争は、出版もされているし、
丈夫、という論理が正しいかどうかを考え
ウェブ上でも議論が行われている。それを
ればすぐにわかる。
読むと、ほぼ明らかなのだが、懐疑派が書
<適応策と緩和策> いているのは、通常一般書であり、専門家
温暖化の対策には大きく分けて 2 種類あ
の集団で構成される学会の発行する学術雑
る。温暖化を防ぐために、その原因となる
誌ではない。学術雑誌では専門家が投稿論
温室効果ガスの排出を抑制しようとする緩
文を読み、それを評価して科学的に正しい
和策と、起こってしまっている温暖化の影
と考えられた論文のみが掲載されることに
響を受けないようにしようとする適応策で
なる。そのような手続きを踏まない一般書
ある。IPCC 第 4 次報告書でも述べられて
64
ヒューマン・ケア科学への招待
いるように、実現不可能なほどの温室効果
の問題に対処しようとしているが、十分な
ガス排出削減を行わない限り、今後 2,30
効果が上がっているとは言いがたい。しか
年は温暖化が進む。このため、緩和策とと
し、ある意味で地球温暖化は状況を改善す
もに適応策も非常に重要になる。
るための機会としての意義を持っている。
また、緩和策についても、既に温室効果
上述のように、既に先進国だけでは地球温
ガス排出量に占める途上国の割合が 5 割を
暖化の緩和は不可能であり、昨今見られた
越えており、先進国が排出をゼロにしても
ハリケーン・カトリーナやタイにおける大
半減が不可能な状況になっている。温暖化
洪水のように、先進国にも大きな被害をも
を起こりにくくするには、途上国の協力も
たらすことから、影響は途上国のみならず
不可欠であり、対話が重要である。
先進国でも大きくなってくる。2011 年に
現在の地球温暖化は先進国が発展するに
起きたタイの大洪水で、日本の企業でも大
あたって排出した温室効果ガスによるもの
きな被害を受けた。今後地球温暖化が進め
である。よって、責任上先進国が緩和を進
ば、このような被害が更に大きくなること
めるべきで、途上国は発展する権利があり、
が予測される。途上国も先進国も含め、世
削減義務を負うべきでない、と途上国は主
界が協力して対策を進めるしか、残された
張する。しかし、すでに述べたように、そ
道はない。
れでは地球温暖化を防ぐことができない。
先進国の低炭素化社会に向けた技術をス
図 1. 世界保健機関推計による地球温暖化
ムーズに途上国に移転することで、途上国
の死亡影響(2002 年)
の発展を先進国が援助しつつも地球全体で
緩和策をすすめて行く以外に道は残されて
いない。
<地球温暖化の健康影響>
世界的に見ると、図 1 に示されるように、
東南アジアとアフリカにおいて大きな影響
が見られ、原因としては低栄養と下痢性疾
患が多いことがわかる。アフリカで大きな
脅威となっているマラリアも含め、これら
の疾患で大きな影響を受けるのは子供たち
である。
地球温暖化が起こらなくても、先進国
と 途 上 国 の 較 差 は 大 き く、 国 連 な ど も
Millennium Development Goals でこれら
研究アラモード
65
研究アラモード
ケアリングの原形を探る
−フリーランスのディーコネス ファビオラ−
松田 ひとみ
医学医療系
ケアリング(
「ケア」と同義:以後、統
これは、キリストの「仕えられるためでは
一せずに用います)というと、ミルトン・
なく仕えるためにこの世に来た」の教えに
メイヤロフの定義が有名です。1971 年に
つながります。仕えることは、
「空腹のも
著した「On Caring」が日本版に訳されま
のに食べさせ、渇いているものに飲ませ、
した。一部抜粋します。
「一人の人格をケ
旅人に宿を貸し、裸のものに着せ、病人を
アするとは、最も深い意味で、その人が成
見舞い、獄にいる者を訪ねること」でした。
長すること、自己実現することをたすける
支援を必要とする他者のために、仕え、社
ことである」
。
「他の人々をケアすることを
会貢献によって、自己の生きる意味を見出
とおして、他の人々に役立つことによって、
すことがケアの原点といえます。
ケアする人は自身の生の真の意味を生きて
一方、ケアの語源は KARA(悲嘆)とさ
いるのである」
。
れます。現在認識されている愛や世話、あ
同氏はニューヨーク州立大学の哲学の教
るいは関心などのポジティブな用語の意味
授でしたが、ケアに対して深い価値を付与
に転じた経緯は定かではありません。しか
してくれました。このようなケアに対する
し、KARA は当初にケアの受け手の状態を
考え方は、日常の人間関係でも適用できま
示し、その後に用いられるようになった世
すし、教育や医療、福祉の現場では、その
話などは、提供者 care giver を主体として
活動の基盤となる哲学として位置付けられ
変転したものと思います。
ます。しかし、超高齢社会の日本にあって、
<ケアリングの系譜>
介護職の方々の労働の過酷さと待遇面での
ヒューマン・ケア科学専攻は、私どもの
問題を考えると、ケアが担当者の崇高な精
高齢者ケアリング学分野の活動を端的に標
神性に依存しすぎていることが現実の問題
榜できる念願の専攻でした。高齢者の幸せ
です。ケアとは、担い手側に多くの試練を
を実現するためのケア理論を構築するに
与えますが、課題をクリアするためには、
は、看護だけではなく福祉、医学、教育、
自己の直接的な利益ではなく、他者のため
心理学の総合学問的な視座で連携し統合し
に尽くすことで自分の生きる意味に到達す
ていく必要があると考えていたためです。
るという道程を歩まなければなりません。
本専攻は、2011 年で 10 周年を迎えま
66
ヒューマン・ケア科学への招待
したが、その前年の 2010 年はナイチン
傷口の膿を洗い、自らの手で病者に食物を
ゲールの没後 100 年、マザーテレサの生
与え、唇を飲料で潤わせた」
。教会に所属
誕 100 年でした。いかにも人々のニーズ
するディーコネスは、病者の手や顔を拭く
に添うケアリングが、ナイチンゲールから
ことはあっても体を拭いたり、ましてや膿
マザーテレサにバトンタッチされたかのよ
を洗い流したりすることはありませんでし
うです。また、現代がケアリング社会を求
た。このような当時の様子から、ファビオ
めている時代であることを思うと、単なる
ラのケアは比類なき人間的な行いであった
数字合わせや語呂合わせではなく、ケアの
といえます。彼女の半生は快楽と苦悩が交
起源や原形を考えるには最適な機会に恵ま
錯していました。彼女は富裕層ですが、1
れました。前述のケアの定義を解釈すると、
度目の結婚で夫から虐待を受け離婚し、2
ケアの成否は、ケアの受け手ではなくケア
度目の結婚では夫と死別しました。2 回の
担当者に焦点があり、その人間としてのあ
結婚は恵まれないものでしたが、その体
り方に委ねられているといえます。そこで、
験によって、幼少時に出会った奴隷の少女
ナイチンゲールやマザーテレサが育まれた
との思い出がよみがえります。その少女を
土壌を掘り下げてみると、フリーランスの
ファビオラが殴りますが、少女は怯えるの
ディーコネスであるファビオラに辿りつき
でもなく、いたわりの穏やかな目でファ
ました。 ビオラを見つめたというエピソードです。
ディーコネスは、初期のキリスト教では
ファビオラは少女に尋ね信仰を知ることに
他者への奉仕をする女性の呼称でした。
なります。彼女によるケアは、懺悔と人生
<ファビオラのケアと半生>
の深い悲しみの体験によって導かれたもの
ファビオラは、4 世紀の中頃にローマ貴
でした。ファビオラについては、紙幅の関
族の家庭に生まれ、399 年か 400 年の 12
係でこのくらいに留めます。
月に亡くなったとされています。彼女は
今回、ケアの本質に接近するために取り
ローマに最初に病院を建てました。その活
上げた題材はほんの一部ですが、ケアの哲
動は司教である聖ヒエロニムス(ジェロー
学・理念と実践をひとつに結び、説明が可
ム、350 − 419 年頃)が、友人への手紙
能な範囲で整理しました。ケアの実践には、
の中で紹介しています。彼の記述は、病者
生きる意味を問う真摯な姿勢が必要である
へのケアとしては最初の文献記録とされて
ことはいうまでもありません。
います。
ファビオラによる病者へのケアの一部を
紹介します。
「あらゆる痛みに苦しみ人々
への世話と感染症の患者を危険性があるに
もかかわらず背負って運ぶこともあった。
研究アラモード
67
研究アラモード
適正な点字ブロックの設置を目指して
水野 智美
医学医療系
<世界のナンバー 1 !?>
の設置状況も調べてみたいと研究者魂が燃
点字ブロックの研究を始めて約 15 年が
えます。またもや写真の数が増えることに
経ちました。これまでに撮影した点字ブ
拍車がかかりました。
ロックの写真は 5 万枚をくだりません。お
<誤った点字ブロックの探し方>
そらく、世界中の誰よりも点字ブロックの
点字ブロックの設置の誤りを見つけるた
写真を持っていると思います(ただ単に、
めには、とにかく歩きまわることが必要で
点字ブロックの写真を集めているという人
す。日本は北海道の稚内から、沖縄県の波
が他にいないだけですが・・・)
。
照間島までとにかくさまざまな地域に行き
点字ブロックは、視覚障害者の歩行を支
ました。また、世界の国々も現地に行って、
援するための設備として作られたものです
歩いて探し回りました。なお、世界のどの
が、よく見ると、間違いだらけなのです。
国に点字ブロックが設置されているのかと
視覚障害者が点字ブロックを頼って歩く
いう情報はありません(今は、
『点字ブロッ
と、車道に飛び出す、階段から落ちる、道
ク』という本を出版しましたので、それを
に迷うなどの危険が及ぶことがしばしばあ
見てもらえれば、どの国に設置されている
ります。点字ブロックを適正に設置しても
のかがわかるようになりましたが)
。現地
らいたいという思いから、
「こんな間違い
に住んでいる人や視察旅行に行った人など
がある」
「この設置の仕方は危険だ」と感
に点字ブロックの設置状況を尋ねても、そ
じる写真を撮り始めたら、あっという間に
の回答はほとんどあてになりません。だい
写真が増えていきました。
たいの人は「設置されていなかった」と答
また、点字ブロックは日本で開発されま
えます。しかし、実際にその国に行くと、
したが、世界の国々が日本をまねて、自国
設置されていることがしばしばありまし
に設置していきました。そのため、世界中
た。つまり、いくら設置されていようとも、
に日本と同じような間違いだらけの点字ブ
点字ブロックに関心のない人は存在に気が
ロックが設置されるようになってしまった
つかないのです。
のです。
人に頼らず、自分で探しました。テレビ
そうすると、今度は海外の点字ブロック
などで街並みが映されているときには、ひ
68
ヒューマン・ケア科学への招待
たすら地面ばかりを見て、点字ブロックら
ケースなどがあります。点字ブロックの設
しきものはないかとチェックしました。そ
置に何よりも求められるのは、視覚障害者
こで、何となく黄色い線が見えたら、とり
の歩行の安全性と認識のしやすさです。視
あえずその国に行って確かめてみました。
覚障害者に危険が及ぶような設置は早急に
テレビでちらっと見た映像から、つい北朝
改善しなくてはいけません。それとともに、
鮮にも調査に行ってしまいました。
視覚障害者がブロックの位置や意味をすぐ
調査には危険もついてきます。世界のな
に認識でき、歩行位置を把握しながら安心
かには、写真撮影が禁止されている箇所が
して移動することができる設置方法を検討
たくさんあります。しかし、どうしても撮
することが求められます。
影したいという思いから、隠し撮りをする
また、車いす使用者や歩行補助車を使用
のですが、見つかってさんざん怒られまし
する高齢者、ベビーカーを使用する保護者
た(観光客がうっかり旅の思い出として
等が点字ブロックを移動のバリアとして感
撮ってしまったという雰囲気を出して、何
じていることがわかってきました。これか
とか許してもらいました)
。見つかりそう
らの時代は、さまざまなニーズのある人が
になって、全力疾走で逃げたこともありま
共に生活しやすい社会を形成することが求
す。点字ブロックの写真は、身を挺して集
められます。そのため、車いす使用者等の
めた貴重な財産です。
移動のバリアにならないための設置の仕方
<点字ブロックの誤った設置とは?>
も考えていかなくてはなりません。
点字ブロックの誤りとは、大きく「視覚
幸いにも、最近では点字ブロックを設置
障害者が危険を感じる設置」
「視覚障害者
する前に施工業者の方からの相談を受ける
が認識できない設置、とまどいを感じる
ようになってきました。また、海外からも
設置」
、
「車いす使用者等のバリアとなる設
設置のアドバイスを求められることも増え
置」に分けられます。
「視覚障害者が危険
てきました。これまでの研究の成果を活か
を感じる設置」とは、横断歩道入口や階段
して、日本だけでなく世界で視覚障害者が
前に警告ブロックが設置されていないケー
安全に安心して移動できる環境を整備する
スや誘導ブロックの交差する箇所に警告ブ
ことに役に立てるように今後も尽力してい
ロックが設置されていないケースなどが挙
きたいと考えています。
げられます。
「視覚障害者が認識できない
設置、とまどいを感じる設置」には、必要
以上に多い数のブロックが設置されている
ケース、一部の地域に限定されたルールや
ブロックが使用されているケース、ブロッ
クの形状・大きさ・材質等に連続性がない
研究アラモード
69
研究アラモード
教育という思うようにならない仕事の組織と運営
水本 徳明
人間系
教育の思うようにならなさ
ているわけではないので,とくに学校教育
一般に,対人サービスの難しさは,他者
ではこのような難しさが際立ちます。
に対してある働きかけをした途端に,その
思うようになればよいのか
ことが他者および他者と自己の関係を変容
では,どの生徒にも教員の期待に応えよ
させてしまうことにあるのだろうと思いま
うとする態度を生み出せるのがよい教員な
す。働きかけをする前に想定していた他者
のでしょうか。知り合いの小学校教員が,
や状況,すなわち働きかけの前提が,働き
メールで次のようなことを書いてきまし
かけによって作りかえられてしまうため
た。
「教職経験も 5 年近くなってたいてい
に,働きかけが所期の成果を生み出しにく
のことはこなせるようになってきて,最近,
くなるわけです。
子どもたちが自分の思い通りにならない
たとえば,教員が「さあ,比例の勉強を
ことにいらいらするようになっていた。い
はじめよう。教科書の○ページを開けて。
」
つの間にか,子どもが教員の思い通りにな
と言った途端,生徒の側に「ああ退屈だ」
ればよいのだと思っている自分に気づいて
とか「先生の期待に応えよう」とかいった
はっとした。
」
態度を生み出します。単純に教科書の○
当然のことですが,教員は生徒にある方
ページを開けて比例の勉強を始める状況
向に成長してほしいという意図を持って教
にはなりません。同じことを同じ生徒に向
育活動をしています。しかし他方で,教員
かって言っても,教員の表情や身振り,日
は生徒がただ教員の思い通りになればよい
ごろの教員と生徒の関係などによってまっ
というものでもないということも知ってい
たく異なった態度を生徒の側に生み出しま
るわけです。教員の仕事の難しさ,そこで
す。
要求される認識やスキルの複雑さを思わず
このようなことは,どのような対人サー
にはいられません。
ビスでも生じていることだと思います。し
思うようにならない仕事はどのように運営
かし,病気を治したいと思って病院に来る
されるべきか
患者さんと違って,子どもたち誰もが数学
私の関心は,そのような難しさ,複雑さ
が出来るようになりたいと思って学校に来
を持った活動は,どのように運営されるべ
70
ヒューマン・ケア科学への招待
きかという点にあります。
ています。アイディア・アプローチでは政
もう何十年も前に学校組織の「単層重層
治過程が資源や制度によって規定されるの
構造論争」というのがありました。
「単層
ではなく,政治過程に投入されるアイディ
構造論」は,教員は「真理の代弁者」だか
アによってダイナミックに動いていくと考
ら学校組織は非権力的でフラットな組織で
えます。各アクターはなんらかの選好を
なければならないと主張しました。それに
もって政治過程に参加しますが,アイディ
対して「重層構造論」は,学校といえども
ア・アプローチではアイディアによってそ
効率的な運営のためには目標系列を明確に
の選好が変容すると考えます。また,社会
し,その達成についての内部報告制度を整
システムにおける意思決定はそのシステム
えた階層的な組織であるべきだと主張しま
の歴史に規定される経路依存性をもってい
した。
ますが,アイディアは新たな経路を形成す
前者をあからさまに主張する人は今は少
るはたらきをもってもいます。
なくなりました。後者は最近の教育改革の
アイディアが,前提となっていたアク
中で復活し,目標管理的な学校評価・教員
ターの選好とシステムの経路依存性を変容
評価制度,副校長や主幹教諭などの職によ
させると考える点でアイディア・アプロー
る学校組織の階層化として実現していま
チで捉えられる政治過程は,最初に述べた
す。
教育の難しさと同じ特徴を持っているよう
しかし,どちらも先に述べた学校教育の
に思われます。教育の難しさと捉えられた
難しさや教員に求められる認識やスキルの
ことがここでは新たな状況を切り開く可能
複雑さを捉えそこなっている,というのが
性と捉えられているわけです。全く逆のよ
私の立場です。私が教育学の学習をスター
うに思われるかもしれませんが,実はこの
トさせたころには「単層構造論」が正統派
両者は不確実性の二つの顔なのだと思いま
で,その「きれいごと」を批判することが
す。
私の関心事でした。今は「重層構造論」の
次に問題になるのは,どうすれば豊かな
単純さを批判し,学校教育のリアリティに
アイディアを生み出すことが出来るのか,
即した学校の組織とその運営の在り方を構
ということです。その鍵になるのがコラボ
想することが関心の中心にあります。
レーションです。私の関心の焦点は学校に
アイディア・アプローチとコラボレーショ
おけるコラボレーションの開発ということ
ン
にあります。関心のある方は,共生教育学
最近では学校運営や教育行政をミクロな
分野の推薦図書『共生と希望の教育学』の
政治過程として捉えて,政治学におけるア
第 11 章を開いてみてください。
イディア・アプローチと呼ばれる考え方を
適用してみると面白いのではないかと考え
研究アラモード
71
研究アラモード
ユニバーサルヘルス
宗像 恒次
2012年退職
1948 年の世界保健機関の設立時の憲章
した社会生活ができていることを意味す
の前文にある「健康とは身体的・精神的・
る。貧困、疾患、障害があっても、社会環
社会的に完全に良好状態であり、単に病気
境を変えればウェルビーイングが実現でき
あるいは虚弱でないことではない」という
るという訳である。しかし、この定義には
定義はつとに有名である。この良好な状態、
欠点がある。確かにウェルビーイングの実
つまり「ウェルビーイング(well-being)
」
現には社会環境の改善は必要であるが、社
が健康の定義の根本にある。 会環境をいくら変えても前向きにとらえら
2001 年には、WHO は健康の ICF モデ
れずウェルビーイングにはなれない人がい
ルを提唱した。
「ICF」とは International
るからである。たとえば、物心ついたころ
Classification of Functioning, Disability
からなぜか孤独感が強く自己否定し、自分
and Health の略である。これまでは、疾
には幸せになれないという思い込みを持っ
病によって下肢が使えないようになって、
ている人がいる。このような方は社会環境
車椅子を使用している人がエレベーターの
をいくら改善しても、生活満足できずウェ
ない駅を利用できない(社会的不利)とき、
ルビーイングにはならない。なぜなら自己
「社会的不利は疾病が原因」と考え、ウェ
満足できないからである。
ルビーイングの実現には、疾病の予防や治
このような方は自己イメージに障害を
療が不可欠と考えられてきた。確かにその
もっていて物事を前向きにとらえられな
社会的不利は「疾病」が原因かもしれない
い。前向きな自己イメージが持てないのは、
が、エレベーターがあったり、駅員さんが
概して胎内からの記憶(生き残り罪障感)
手を貸してくれたりして、駅を利用するこ
を抱えていることを理解する必要がある。
とができれば、ウェルビーイングは実現で
生き残り罪障感(Survivor Guilty)とは、
きる。その「○○があれば、△△ができる」
たとえていえば自分の子どもや配偶者が大
というような考え方でウェルビーイングを
津波にさらわれたようなもので、残された
考えるのが、
「ICF モデル」である。だか
ものは、孤独であり、幸せになんてことは
らウェルビーイングは、疾病があるかどう
考えられないし、生きる意味も感じないだ
かだけでなく、疾病があっても本人が満足
ろう。
72
ヒューマン・ケア科学への招待
ところで、超音波調査研究で私達の 8 人
愉しみは自分でつくれる。自己成長、感
に1人が双子や多胎児であることがあき
謝、共感、尊敬、感動、愉しさ、祈りな
らかになっている。そのきょうだいの消
ど自己満足から得るドーパミン報酬資源
失率は実に80%である(Gedda, Luigi、
は、自分が報酬と感じるかどうかである。
1995)
。このような人は災害や戦争を体験
自己報酬追及型生き方ですべての人が普遍
したことがなくても、生来から生き残り罪
的にウェルビーイングになれる、つまりユ
障感を持っている人がいる。そのような人
ニバーサルヘルス(Universal Health for
は「多胎サバイバー」と呼ばれる。彼らは、
Everyone) を実現できるチャンスは大き
いろいろな心の専門家を訪れても問題が解
い。
決しないとか、他者の求めるものに過度に
敏感とか、完全な関係を得るために魂から
求めるパートナーを探すとか、理由はない
が不幸せ、偉大な仕事をしたいという気持
ちが強い、結婚や仕事などまともな人生は
期待できない、拒食過食や性の問題をかか
える、酒、喫煙、薬、ゲームなど断とうと
しても断つことはできないところなどがあ
る。
宗像恒次研究室は、1995 年以降からう
つ病者、自殺企図者、摂食障害、アルコー
ル薬物依存者、共依存者、がんサバイバー
などを対象として、多胎サバイバー症候群
を克服できる SAT 法を開発してきた。生
き残り罪障感を克服し、肯定的な自己イ
メージに改善できれば、自分の環境を前向
きに受け取れ、レジリエンスやウェルビー
イングを高められる。サバイバー症候群を
持つ人は賞賛、好感、名誉、地位など他者
報酬型のキャリアをもとめやすい。他者報
酬追及型で生きると、他者からえるドーパ
ミン報酬資源は他者が持っているので、他
者に支配され、悪性ストレスに陥りやすく
不健康になりやすい。
研究アラモード
73
研究アラモード
三角形とふたつの柱
望月 聡
人間系
ヒューマン・ケア科学とは何か?という
あり,そのような基礎研究をケアにどのよ
のはヒューマン・ケア科学専攻の教員の間
うに応用することを考えてみるのも大事で
でも,また大学院生の間でもいろんな考え
あると考えています。第三には,
『
「ケア−
方があると思います。むしろ,ひとつに決
科学」をヒューマニスティックに』という
めない方がいいようにさえ思います。私
ことです。ケア−科学というと,一般化さ
は現在のところ,
「ヒューマン」と「ケア」
れた疾患なりグループなりに対してケアの
と「科学」の三角形をイメージして次の 3
手立てを考える際にどうしても平均なり典
つの側面から考えるようにしています。理
型化し,
「標準化」することを考えますが,
念的な話になってしまい恐縮ですが続けま
そもそも対象となるのは目の前の「その人」
すと,第一には,
『
「ヒューマン―ケア」を
であり,
「その人」には他の人とは異なる
科学的に』ということです。科学的にとい
その人の「人となり」というものがあるわ
うのはおおざっぱにいえば,客観的・実証
けであり,そのような個別性をも考慮して
的に,という意味であり,そのことこそ社
いきたい,というよりも,それを忘れない
会が大学院に,また博士課程である本専攻
ようにしたい,ということです。
に求めている,第一のものであると考えま
私は,研究に関して言うとふたつの柱を
す。科学的に,というと,なんだか冷たい
標榜しております。ひとつめは「神経心理
印象を与えるかもしれませんが,しかしな
学」です。狭義には,神経心理学は,近年
がら「ケア」の質を検討するときに,客観
では「高次脳機能障害」と呼ばれる症状を
性や実証性は必要不可欠の要素であるとい
対象とする学問です。
「なんらかの原因に
えるでしょう。第二には,
『
「ヒューマン―
より主として大脳が損傷を受けたために,
科学」をケアに』ということです。人間に
言語・行為・対象認知・記憶・思考などの
関する科学にもいろいろありますが,心理
高次の精神活動が障害された状態」である
学に限って考えても,ケアに関わる心理学
症状・障害そのものを明らかにし,
「特定
は何も臨床心理学やカウンセリングに限ら
の脳部位が損傷された脳損傷患者の行動
ず,様々な「基礎系」心理学もさまざまな
観察,神経心理学的検査,剖検などによっ
側面でケアに関わっているはず(べき)で
て,病巣と出現した症状との対応関係を検
74
ヒューマン・ケア科学への招待
討し,健常な脳機能を推測する」学問で
や,特徴的な思考・行動が存在することが
す。神経心理学は元来たいへん「ヒューマ
明らかになりつつあります。こういったバ
ン・ケア科学」的な側面を有しており,縦
イアスや特徴を明らかにし,それらが症状
横ふたつの軸の交叉するところに位置づけ
を発生・持続させるメカニズムを明らかに
られる学問領域です。x 軸をサイエンス−
したうえで,それらに対する適切な変容方
プラクティスの軸,y 軸を神経科学−心理
法を開発し,それを心理臨床的な実践に結
学と考えたときに,神経科学・プラクティ
びつけることは,今後よりいっそう求めら
スに位置づけられる臨床神経心理学(高次
れると思います。そう遠くない将来には
(現
脳機能障害学)
,心理学・プラクティスに
に存在しますが)注意や記憶を変容させる
位置づけられる神経心理学検査や認知リハ
「トレーニング」によって,抑うつや不安
ビリテーション,神経科学・サイエンスに
を軽減させるような方法が開発されるかも
位置づけられる認知 - 感情 - 社会神経科学,
しれません。なお,これらの障害は必ずし
心理学・サイエンスに位置づけられる認知
も患者さんにおいてのみにみられる症状な
神経心理学,の大きく 4 領域にまたがる複
のでは決してなく,健常者とされる私たち
合科学・複合実践です。このような神経心
にも多かれ少なかれそういった傾向は認め
理学や認知神経科学は近年どんどんと拡張
られるものです。そのような個人差による
されつつあり,精神疾患の認知障害の理解
連続性を仮定した上で,たとえば大学生を
や発達障害の理解にも,教育神経科学や神
対象にした実験・調査研究を行うことを「ア
経経済学といった新たな学問分野の形成に
ナログスタディ」と呼び,私の研究室にい
も,また,心理学の 脳科学化 や個人差
る大学院生はそのようなスタイルの研究を
の生物学的な理解などにも寄与しつつある
多く行っているところです。これは学術的
ところです。
にみれば,認知心理学や社会心理学,感情
ふたつめは「認知行動病理学」です。聞
心理学,パーソナリティ心理学といった
きなじみはないかもしれませんが,気分障
「基礎系」の心理学を,臨床心理学的な問
害(大うつ病や双極性障害)や不安障害(パ
題のメカニズム理解や心理臨床実践といっ
ニック発作,強迫性障害,社交不安など)
,
た「臨床系」の心理学につなげる,大切な
妄想や幻覚などはどうして生じるのかを考
役割を担っていると考えています。
えるときに,そこに内的な認知プロセスの
なんらかの偏り・バイアスを仮定して,そ
れを明らかにしていこうとする学問です。
これまでの多くの研究で,それらの症状
の発生・持続要因として,注意バイアスや
記憶バイアス,解釈バイアスといったもの
研究アラモード
75
研究アラモード
2つのアビュース
−Alcohol/Drug abuse(アルコール薬物乱用 ) とChild abuse(こども虐待)−
森田 展彰
医学医療系
社会精神保健学グループは、様々な不適
影響をもたらしているかを見る必要があり
応などの社会病理現象について、精神鑑定
ます。
やフィールドワークを通して原因を解明
この2つのアビュースは、言葉の共通点
し、精神保健対策について研究しているグ
のみではなく、実体的に大きな関わりを
ループです。精神医学の手法を用いますが、
もっています。まず、アルコールや薬物乱
病院での診断・治療という枠組みにはおさ
用はこども虐待を生じる主要な危険要因と
まらないような、心理社会的な環境要因と
されます。具体的には、①薬や酒の急性の
の兼ね合いで析出してくる精神的な問題へ
薬理作用による判断力の低下や衝動性の亢
のアプローチを特徴としています。その点
進および使用欲求への耽溺が養育機能を阻
で、表題に掲げたアルコール薬物乱用や虐
害すること、②慢性使用によるうつ病、精
待は、本研究室の主要なテーマといえます。
神病症状、身体問題、生活破綻が子育てを
これら2つの問題で使われているア
難しくすること等の理由があげられます。
ビュース abuse という言葉は abnormal
一方、子ども虐待がアルコール薬物乱用
use = 脱した使用・扱い を意味します。
の危険要因になることも知られています。
この言葉は、アルコール薬物乱用はわかり
アルコール薬物乱用者の多くが子ども時代
やすいですが、子ども虐待の方はわかりに
に被虐待経験をもつことが報告されていま
くいかもしれません。子ども虐待のでいう
す。虐待を受けて育つことで、感情調節機
アビュースは、子どもが健常な発達を果た
能や対人関係の障害、孤立、適応不全を生
していくうえで与えられるべきケアが与え
じ、そうしたつらさを物質の薬理効果によ
られない=「不適切に扱われている」とい
り晴らすうちに依存が成立するという機序
う意味です。そういう意味では、
「子ども
が考えられます。そして、被虐待経験や依
乱用」という方が意味的には正確といえま
存症を持つ人が親になれば子どもを虐待す
す。
「虐待」という言葉を訳に当てたため
る可能性が高くなるということで、2つの
に、残虐な行為というイメージでとらえら
アビュースは互いに強めあいながら、世代
れがちですが、本来は、親のケアの仕方が
間連鎖を生じています ( 図1参照 )。
適切であるか、それとも子どもの発達に悪
依存症は「慢性の自殺」であるともいわ
76
ヒューマン・ケア科学への招待
れますが、2つのアビュースの悪循環の中
ヒューマン・ケア科学という分野にとっ
心にある人は、不適切に扱われて安定した
ても、こうした人たちにどのようにケアを
ケアをもらえてこなかったために、自分や
提供し、生きる希望を示していくことは重
他人をケアすることが難しく、自分の健康
要なテーマといえます。我々のグループで
や生活や家族を ( 半 ) 意図的に自分を壊し
は、表1に示すようにこの2つのアビュー
てしまうのだと考えられます。昨今自殺対
スに関わる評価法や援助法の開発や実践を
策が各地で行われていますが、この2つの
行ってきました。もちろんこうした個々の
アビュースは自殺の主要な危険因子である
ツールのみではダメで、これらを含む包括
とされています。
的な援助の体制が重要で、あると思います。
ヒューマン・ケア科学という枠組みは、医
療、看護、保健、福祉、心理、教育など多
様な分野をつなぐ研究や実践を行うことが
できる分野であり、2つのアビュースへの
アプローチを検討するのに最適なものとい
えます。本稿では、アビュースを取り上げ
ましたが、これに限らず、幅広い視点から
対人支援の研究や実践を行いたい人は、ぜ
ひヒューマン・ケア科学に来てほしいと思
います。
表1 社会精神保健学における物質乱用と子ども虐待(DVも含む)に対する研究
研究アラモード
77
研究アラモード
私の授業から
―生命倫理をめぐるグループ討論―
柳 久子
医学医療系
ヒューマン・ケア科学専攻では必修科目
レインストーミングを兼ねています。
として、ヒューマン・ケア科学方法論を担
シナリオ1
当しています。博士課程の学生さんに対
■○暴の構成員が、敵対する○暴の若頭の
して講義形式の授業もないだろうと思い、
腹を刃物で刺す。
方法論開始当初よりシナリオを用いるグ
■外科医が胃ガンの手術のため、メスで患
ループ討論形式の授業を行ってきました。
者さんの腹部を切る。
テーマは変遷がありますが、ここ数年は
■2つの行為の相違は?
生命倫理に関係したシナリオを用意して、
■相手の体を傷つけても、傷害罪にならな
discussion いただいています。
い条件は?
グループ討論は、7名程度が最も適して
医師の常識、社会の非常識。私たち医療
いるとされているので、はじめにグループ
職は医療の現場で行われている行為が、当
分けをしますが、HC の定員が約 30 名で
たり前であると錯覚しやすいものです。法
すので 4 グループに分かれていただきま
律家と会話すると、ハッとさせられること
す。その際、誕生日により、春生まれ、夏
がままあります。それを自覚していただく
生まれ、秋生まれ、冬生まれ(自分の認識
ためのシナリオです。グループ討論のあと、
で良いと言います)に分けました。研究
その内容を各班のリーダーに発表していた
分野に偏りなく分けられることと、親密感
だきました。
と連帯感が生まれること、何となく生まれ
シナリオ 2
た季節による特徴のようなものが感じられ
生命倫理の概要を講義した後、シナリオ
たりして興味深いです。グループ分けが終
2 を提示しました。シナリオ 2 では優性遺
わったら自己紹介とはじめのシナリオの司
伝形式の若年性認知症を 65 歳までに発症
会と書記を決めていただきます。以下、今
する架空の家系図を提示して、この家系の
年のシナリオをご紹介しましょう。シナリ
一員である A 子さんが結婚を控えて、婚
オは 4 つ用意しました。
約者の家族から遺伝子検査を勧められ遺伝
私の授業は一時間目なので、はじめのシ
外来に来た、というシナリオです。A 子さ
ナリオは、ちょっとした目覚まし効果とブ
んの親は発症していませんが、まだ 65 歳
78
ヒューマン・ケア科学への招待
には達していません。つまり今後発症する
しています。結果とともに体質に合ったと
可能性が0ではない、という内容で、倫理
称するサプリメントや増毛剤などのお勧め
的問題について考えてもらいました。
が送られてくるようです。漸く国が規制に
シナリオ 3
動くようですが、遺伝子ビジネスの方が先
シナリオ3のテーマは生殖医療でし
行しています。
た。国会議員の野田聖子さんが米国で卵子
以上私の授業を紹介しました。シナリオ
提供を受けて妊娠・出産し、生まれた子
は毎年変えています。エホバの証人の信者
供が障害児で・・・という実際の報道記
が子どもの救命に必要な輸血を拒否するシ
事(http://blog.livedoor.jp/medibridges/
ナリオや、ハーバード大学サンダル教授の
archives/4081225.html を参照)と、イン
白熱講義で取り上げられた「5 人の命を助
ターネット上にある代理出産・卵子提供ビ
けるために、1人の命を犠牲にしてもよい
ジネスのホームページ
場合とは?」なども使ったことがあります。
(http://www.ivfinasia.com/welcome-jp)
私の推薦図書は、村上 龍著「13 歳の
を提示して、議論してもらいました。
ハローワーク」です。私は 12 歳頃から、
日本では代理出産は認められていないこ
将来社会に出てどんな職業に就いたら良い
と。実子として届け出られないこと。代理
のか、真剣に考えていました。実家があま
母が子供の引き渡しを拒むなどのトラブル
り裕福でなく、安住の場所ではなかったこ
も紹介しました。
とも関係していますが、職業の適性や、就
シナリオ4
職に必要なこと、進学先、収入、失敗した
最近髪が薄くなったことを気にして
場合にいわゆる「つぶし」がきくかなど、
い る 中 井 君 は、 ネ ッ ト で「 ハ ゲ(AGA:
夢とは違った現実的なことをたくさん考え
Andorogenetic Alopecia)の遺伝子検査」
ました。学生のみなさんというより、将来
の記事を見て、興味を持ちました(http://
親になる皆さんに読んでいただきたい本で
www.agadock.com/about_agadock/)
。こ
す。
の検査キットの倫理的側面について考え
写真は私の愛猫ビオラです。とても頭の
て く だ さ い。 こ れ は 最 近 話 題 の、Direct
良い男の子で、
「お手」も「お招き」もで
to Consumer Genetic Testing に 関 す る
きます。
シ ナ リ オ で す。 検 査 は AR (Androgen
Receptor ) 遺伝子多型を調べ、AGT の遺
伝的リスクを予測するものです。インター
ネットでキットを購入し、頬粘膜や毛根、
爪などを送付することにより遺伝子を検査
して結果を郵送する遺伝子ビジネスが流行
研究アラモード
79
80
ヒューマン・ケア科学への招待
在学生から
69
在学生から
ヒューマン・ケア科学専攻で学ぶ楽しさ
新井 雅
本書をお読みいただいている皆様は、
「ケ
のような多彩な専門分野の中で、ケアに関
ア」についてどのようなイメージを持って
する実践や研究を学び、深めていくことが
おられるでしょうか。ケアという言葉から、
できるという本専攻の特徴に惹かれて、入
どのような行為を想像し、どのような考え
学を決めました。また、現在、共生教育学
を持ち、そして、どのような気持ちが湧い
分野に所属しておりますが、この分野内に
てくるでしょうか。おそらく、何らかのか
おいても、心理学、社会学、学校経営学を
たちでご自身が学んできたことや、実際に
専門とした先生方がおられるため、多様な
体験したこと、身近なケアの例を思い描い
専門的視点に基づくご指導をいただくこと
ている方も少なくないと思います。
ができ、自分自身にとって非常に新鮮で刺
このヒューマン・ケア科学専攻は、その
激的な経験となっています。
ようなケアの在り方について考えを深める
そして、私自身の研究内容としては、学
ために、非常に有意義な時間を過ごすこと
校教育に関与する心理専門職が、教員や養
のできる専攻です。ケアとは何で、どのよ
護教諭といった学校関係者と協働的な援助
うなことなのか、そして、このケアについ
活動を展開するために、どのような姿勢が
ての考え方を、より一層深め、幅広い視野
求められるのかを研究しています。具体的
でケアの在り方を検討するためにはどのよ
には、アセスメントの観点から、心理専門
うことが求められるのかを、十分に学ぶこ
職、教員、養護教諭といったそれぞれの専
とのできる専攻であると思います。
門職が、学校不適応への事例理解をどのよ
具体的には、このヒューマン・ケア科学
うに行っているのかを比較検討しながら、
専攻は、多彩な専門分野から構成されてお
各々の専門性の違いを乗り越えて、相互の
り、それぞれの立場から、ケアの在り方が
効果的な協働につなげるための指針を得る
検討されています。そのため、様々な専門
ことを目指しています。
性をもった先生方や学生の方々と刺激し合
このような本専攻に所属する中で、私自
いながら、学ぶことができるという点が、
身が、特に感じていることは、自分自身の
本専攻の最大の特徴であると思います。
学問的な専門性に対する自覚やアイデン
実際に私自身も、他大学とは異なり、こ
ティティは持ちつつも、その自らの専門性
82
ヒューマン・ケア科学への招待
をも相対化して客観的に捉える視点を養う
養うことが重要であり、そのための素養を
ことができる場となっているという点で
丁寧に学ぶことのできるのが本専攻である
す。自らの専門分野に固執することなく、
と思います。
「他の学問・専門分野の立場から見たとき
もちろん、博士論文執筆に向けて研究を
に、自分の研究や専門性はどのように捉え
積み重ねることは、決して簡単ではなく、
られるのか」といった相対化した視点を持
私自身も、現在、その厳しさを痛感してい
つことは、特定の学問・専門分野に留まっ
ます。しかし、先生方や学生の皆様は、親
ているだけでは、十分に養うことのできな
切で熱意があり、自らの研究に楽しみを
い姿勢であるように思います。さらには、
見出しつつ、それを丁寧に支えてくれる
「自分の専門分野と他の専門分野との間で、
サポート体制は十分に整っていると思いま
共通する点は何か」
、逆に「自分の専門分
す。 野と他の専門分野との間の相違点は何か」
、
したがって、このヒューマン・ケア科学
そして「そのような共通点や相違点を踏ま
専攻に関心のある方は、ぜひチャレンジし
え、相互に異分野交流を目指しながら、実
て欲しいと思います。学問の世界は、実に
践的にも研究的にも、より良いケアの在り
多彩で、壮大で、可能性を秘めたものであ
方を模索していくためには、どのようなこ
ると思います。そして、ご自身の関心のあ
とが求められるのか」といったことを真剣
る研究を積極的に進めることはもちろんの
に学ぶことができるという点で、非常に有
こと、そもそも「ケア」とはどういうこと
意義な経験となっているように感じます。
なのか、様々な専門分野から「ケア」がど
このような学びは、先述した私自身の研究
のように捉えられ、実践され、研究されて
を進める上でも、様々な面で良い影響を及
いるのか、その中で、自身の専門や研究が
ぼしているように感じます。
どのように位置付けられ、どのように異分
このように多彩な専門分野の中に身を置
野間の相互協力を実現できるのか、さらに
いて学びを深めるということは、今後、ど
それらを通して深めた学びを、複雑な社会
のような社会領域でケアに携わる活動を行
問題や困難を抱える人々への援助に、どの
うにせよ、非常に重要な経験となり得るも
ように還元できるのかということを、じっ
のと思います。というのも、社会の中には、
くりと楽しみつつ、積極的に学ぶ経験をし
多種多様な考え方や専門的な視点をもった
ていただきたいと思っています。
方々が活動を行っていますので、そのよう
な方々と共に協力しつつケアの在り方を考
えていくことのできる柔軟性や、異なる専
門性同士の相互交流の中から、より新しく
有用な実践や研究知見を生み出す創造性を
在学生から
83
在学生から
研究で「人」の為になること
伊藤 智子
1. 研究と「人」との関係
は?)研究を通しても「人」に還元される
「人の為になりたい」そう思ったことは
ものです。そんな研究が行われ、そんな研
ありませんか?人としての成長の過程の中
究を学べるのがヒューマン・ケア科学であ
で、一度はそう思ったことのある方が多い
ると思います。もちろん研究を学ぶプロセ
のではないでしょうか。私自身もその一人
スは簡単ではないと思います。少なくとも
です。私は健康面で人の為になりたいと思
私にとっては簡単ではありません。それで
い、看護師になりました。そんな私は看護
も研究を続けられるのは、その先にはっき
師として病院で働くことで、
「人」の為に
りとした「人」の存在があるからだと思っ
なることがおそらくできるでしょう。でも、
ています。自分の研究が「人」の為になる
私は研究を行うことで「人」の為になる道
だろう、
「人」の為に研究をする、そういっ
を選びたいと思いました。臨床(病院など)
た思いを身近なところで持ち続けられるこ
で看護師として働くか、研究や大学教育に
とが、このヒューマン・ケア科学の特徴で
関わるか、どちらが良いかという判断は非
はないかと思います。
常に難しいです。ただ私は、もしかしたら
臨床で働いたときよりも多くの「人」の為
になるかもしれない、そういった研究の持
つ可能性に魅力を感じてこの道に進むこと
を決めました。
ヒューマン・ケア科学には私が専攻する
医療保健介護の分野の他に、大きく心理、
教育、福祉といった専攻分野があります。
どれも人を直接対象としたケアや関わりが
研究テーマであり、研究の先にはいつも
「人」
があります。
「人」
を大切にしたい、
「人」
2. 学際性と「人」との関係
に関わりたい、そういった思いはケアを通
また、ヒューマン・ケア科学は学際性
して直接対象の方と関わるだけでなく、
(実
に富んだ組織となっています。この学際
84
ヒューマン・ケア科学への招待
性 Multi-Disciplinary は、複雑系とも言え
存在感を感じてきました。未知の領域に手
る「人」を対象とした研究においては重要
を出すときに「とっかかり」があることで、
な観点でしょう。
「人」は一つの学問で解
その一手が非常にスムーズにいくからで
明できるものでは決してありません。
「人」
す。他分野の先生方からの学びは自身の研
そのものを変えるためには、
「人」全体を
究の端々で思い出すことがあり、考察やア
捉える視点 Holism が必要であり、ヒュー
イディア創出の際に陰ながら威力を発揮し
マン・ケア科学はその視点を学ぶ好機に恵
ていると感じています。
まれた組織であると言えます。
また、他分野の仕組みを知ることで、自
ずと自身の専攻分野が、他分野に対してど
ういった位置関係にあるのか、その長所・
短所は何か、を考えることになります。他
者を知ることで、
自己を知る原理です。
「人」
が生きていく上で必要なことに対して、す
べての答えを示すことのできる学問はあり
ません。重要なことは、常に相対的な評価
が行えることであり、そのためには積極的
に他者の成果、他分野の学びを知る必要が
あると思います。そしてヒューマン・ケア
私の学部教育は医学をベースにしたもの
科学は常にそういった意識を喚起させて
であったため、ヒューマン・ケア科学専攻
くれる豊かな学びの場であると思っていま
に進学してからの講義はとても刺激的なも
す。
のでした。前述のように、ヒューマン・ケ
3. おわりに
ア科学には心理、福祉、教育、感性認知、
近年、劇的に変化する社会構造、価値観
保健医療介護といった、多彩な分野で構成
の中で、
「人」に直接関わるケアを研究テー
されています。必修科目であるヒューマン・
マとするヒューマン・ケア科学は重要な役
ケア科学基礎論や方法論は、他分野の先生
割を担うものと思います。今後、多くの方
方のご講義を受けることのできる貴重な機
がヒューマン・ケア科学に注目し、同じ学
会であり、いつもわくわくしながら聴講し
びを共有することができることを願ってい
ていたのを覚えています。もちろん、その
ます。
限られた講義の時間だけで、その分野を深
く学ぶことはできません。しかし、その分
野に対する「とっかかり」は自分が立ち止
まってしまったとき、次に進みたいときに
在学生から
85
在学生から
ヒューマン・ケア科学専攻の魅力と専攻への期待
いまおか
今岡 多恵
私は、学校という場において、子どもた
とができました。また、各分野の院生が各
ちが抱える問題を軽減できるよう援助する
自の研究成果を発表する場が年に数回設け
ためにはどのようにしたらよいかというこ
られ、こうした機会によって同じ専攻に所
とに強い関心を持っています。具体的には、
属している院生がどのようなことに興味関
子どもたちがどのようなことに困難を抱え
心を持ち研究しているのかに触れることが
やすいのか、そしてどのような援助やサ
でき、大変勉強になりました。発表会の後
ポートを必要としているのか、さらには子
には、交流会も設けられ、他分野の先生方
どもに関わる人々が子どもに対して可能な
や院生の皆さんと研究についてお話をする
援助やサポートはどんなことなのか、のよ
機会もありました。こうした発表会や交流
うな子どもに関わる「ケア」のあり方に興
会を通して、各分野の院生がどのようなこ
味関心があります。
とに興味関心を持っているのか意見交換を
しかし「ケア」のあり方は、一様ではな
することができました。時に、授業や発表
く様々な角度から考えていかなければなら
会・交流会で得られた知識を所属している
ない課題です。私がヒューマン・ケア科学
分野に持ち帰り、その点について同分野の
に入学を希望した理由の一つに、こうした
院生と議論をするなどして、知識を深める
「ケア」について総合的・複合的に学びた
経験もしました。
「ケア」については、ま
いという思いがありました。
だ議論を深めなければならない点はあるも
のの、こうした経験によって「ケア」につ
ヒューマン・ケア科学専攻の魅力
いて多角的に捉えることができたと感じて
実際にヒューマン・ケア科学専攻に所属
おります。この経験は、おそらくヒューマ
すると、様々な専門性をもつ先生方から各
ン・ケア科学専攻に所属しなければ、得ら
分野の基礎論と方法論について学ぶ機会が
れない経験であり、ヒューマン・ケア科学
あります。そこで、それぞれの専門分野に
専攻の魅力の一つであると考えます。
おけるケアに関する考え方・とらえ方・研
究方法など多岐にわたって学び、その中で
個人研究
各分野の類似点や相違点について考えるこ
次に私がおこなっている研究について紹
86
ヒューマン・ケア科学への招待
介させていただきます。
ヒューマン・ケア科学専攻に対する期待
私は、中学生の罪悪感に関する研究に取
私は、ヒューマン・ケア科学専攻に所属
り組んでおります。皆さんは、罪悪感を感
することによって上記に示したようなさま
じたことはありますか?「悪いことをして
ざまな経験をし、
「ケア」のあり方につい
しまったなぁ」と感じる状況や程度には個
て考えてきました。非常に有意義な時間で
人差がありますが、
人生の中で一度や二度、
したが、学んできたからこそ湧き上がる期
罪悪感を感じた経験や罪悪感を感じている
待があります。それは、ヒューマン・ケア
人を見た経験あるかと思います。
科学専攻に所属する他分野とのコラボレー
「悪いことをしてしまったなぁ」という
ションです。
感情は、心にモヤモヤとしたしんどさを与
専攻内において他分野の方と意見交換を
えます。一方で、「もう同じことをしない
する機会はあったものの、それぞれ自分た
ようにしよう」と私たちの日々の行動に注
ちの専門性を活かし、分野間で共同して研
意を向けさせてくれる感情でもあります。
究または勉強会をする機会が、残念なこと
このような特徴を持つ罪悪感が、校内外
に私にはあまりありませんでした。これほ
の問題が増加傾向にあり、対人関係が複雑
ど、多岐にわたる分野がある専攻はめった
化から、いじめなども問題が深刻となり大
になく、学際性を活かした研究のコラボレ
きな問題となっている中学生とどのような
ーションができるよう積極的に活動するこ
関係にあり、どのような影響を与えるのか
とができればさらに有意義な時間となった
について研究を進めております。具体的に
のではないかと考えております。しかし、
は、中学生が抱く罪悪感の特徴とその機能
分野間で共同して研究を行うことが不可能
について明らかにし、これらが中学生の学
であるというわけではなく、院生の意識次
校生活にどのような影響を及ぼしているの
第で、実現可能なことであると感じており
か、さらに個人特性とどのような関係にあ
ます。
るのかについて検討しております。
今後、こうした一歩踏み込んだ学際的な
こうした検討を行うことは、一見、子ど
研究が、ヒューマン・ケア科学専攻におい
もに関わる「ケア」のあり方とかけ離れて
て意欲的にそしてより活発に行われること
いるように感じるかと思います。しかし、
を期待しております。
こうした一つ一つの感情を丁寧に検討する
ことは、子どもたちの特徴を理解すること
につながり、子どもたちが葛藤場面に遭遇
した際のケアのあり方を提案することが可
能となると考えております。
在学生から
87
在学生から
自分の専門性をヒューマン・ケア科学から考えること
おお く ぼ ち さ
大久保 智紗
それぞれの学問分野における研究,それ
時は,9 の学問分野からなる 5 年一貫制博
に基づく発展の方向性は,深く突きつめる
士課程でしたが,その当時学ぶことができ
というベクトルが強いと思います。
しかし,
たのは,次のことです。私の専門である臨
筑波大学では,それぞれの学問分野におけ
床心理学分野の先生方からは,援助におけ
る深い専門性を追求するだけでなく,学問
る,それぞれ分野における専門家の専門性
分野を越えた協同に取り組むことを目標と
の追求と他の専門家との協同の大切さにつ
しています。人間総合科学研究科ヒューマ
いて,また,現象から普遍性や本質を考え
ン・ケア科学専攻では,
「人間」について,
ると同時に,普遍性や本質から現象を考え
その学問分野から深く理解するだけでな
ることについて改めて考えさせられまし
く,
様々な視点を踏まえて統合的に理解し,
た。臨床心理学分野と近接ですが,人間の
援助することを目標としています。
発達過程に特化した発達臨床心理学分野
援助をしようとするとき,「人間」は,
の先生方からは,年齢(発達段階)を踏ま
社会や制度の中に在り,年齢も幅広く,抱
えた上で援助することの大切さを改めて
える問題も多種多様であり,その背景や要
投げかけられました。共生教育学分野の先
因もまた異なり,目標とすることや何をも
生方からは,社会的文脈を踏まえながら,
って幸せと感じるかも変わってきます。そ
学校教育における問題について,児童生徒
のため,様々な視点から考えられる柔軟性
のそれぞれの差異を認めた上で共生を考
と,他の学問分野に関する見聞や他の学問
えること,社会学的研究の方法論について
分野と協同できることが,必要になってき
学びました。生活支援学・高齢者ケアリン
ます。ヒューマン・ケア科学専攻では,そ
グ分野(当時,障害福祉支援学分野)の先
のきっかけを与えてくれるように思いま
生方からは,障害児者の教育と福祉の体制
す。
の実際について,高齢者の社会参与と自立
実際には,
「ヒューマン・ケア科学基礎
から考える援助について学びました。ヘル
論」
,
「ヒューマン・ケア科学方法論」で,
「人
スカウンセリング学分野の先生方からは,
間」を援助するための 11 の学問分野につ
ストレスについて気質や行動特徴から考
いて知ることができます。私が入学した当
えること,自己認知への働きかけやポジテ
88
ヒューマン・ケア科学への招待
ィブ・フィードバックの重要性を学びまし
とができ,研究をさらに展開する上で,新
た。社会精神保健学分野の先生方からは,
たな視点から研究の問題点や意義を考え
精神疾患の病像と児童虐待について,ま
ること,方法の妥当性と信頼性を再考する
た,その支援の実際について法律やプログ
ことなどができると思います。
ラムを含めて学びました。福祉医療学分野
さらに,ヒューマン・ケア科学専攻にお
の先生方からは,障害者が社会に主体的に
いて学び,考えた点は,現在,私が臨床心
参与できるための心理リハビリテーショ
理士として病院等の臨床現場で援助の実践
ンに関して,また,医療領域における援助
に関わる上でも重要な視点となっていま
の問題の一つである生命倫理に関して,考
す。
えさせられました。保健医療政策学・ヘル
以上述べたことは,私にとって,研究お
スリサーチ分野(当時,保健医療政策学分
よび心理臨床現場における自身の専門性を
野)の先生方からは,援助にかかる現実的
深めるだけでなく,視野を広げ,より現実
なコストと援助によって提供できる効果
に即した「人間」の理解と援助となるよう
について,また研究方法論における限界と
考えさせ,行動させる指針となっています。
その限界の中でもより妥当性の高い結論を
しかしながら,それらを研究および心理臨
導き出すことについて考えさせられまし
床的援助の際に十分発揮させ,実践できて
た。
いるとは言い難いところがあると思いま
また,専攻で行われる博士論文中間発表
す。ヒューマン・ケア科学として学んだ院
会や,博士論文の研究報告会・予備審査・
生一人一人が意識していくことで,学問分
学位論文審査会では,自身の専門分野の先
野を越えた協同と,それによる新たな問題
生からは,臨床心理学的研究としての目的
の提起と解決の種となると思います。です
と意義について,心理学的研究方法として
が,そこから実を結ぶようになるために
の妥当性や信頼性について,深く鋭い質疑
は,自身の専門性における独自性を他の専
を受け,それに応えることで,自分の研究
門分野に示すとともに,他の専門分野の独
の位置づけを改めて考えさせられ,それら
自性についても開かれ,尊重し合うという
を示す力を養うことができると思います。
意識と機会を持つ必要があると思います。
他の専門分野の先生方からは,生身の「人
援助する現場,研究において,実際に協同
間」を理解するために必要だが,自身の専
するという実践が活性化し,ヒューマン・
門分野における研究の視点や研究の方法
ケア科学として広がり深まっていければ
論とは異なる視点による質疑や指摘を受
と思います。
け,それについて考えることで,自身の研
究について,「人間」を理解する研究とし
ての位置づけを様々な視点から見直すこ
在学生から
89
在学生から
高齢者の昼寝を研究する
斉藤 リカ
<看護師から大学院生へ>
た。修士課程で取り組んだ研究課題を発
私は、北海道大学医療技術短期大学部看
展させていきたいという希望から、入学試
護学科を卒業し約十年間、看護師活動に従
験は内部進学という恵まれたチャンスを活
事してきた。大学院とは将来研究者となる
用させていただいた。もともとフロンティ
人が進む道であり、病院で看護師をしてい
ア医科学専攻のヒューマン・ケア科学コー
た私にとって縁遠いイメージであった。し
スに所属していたことから、本専攻が人間
かし近年、看護を取り巻く世界は急速に変
に関わる学際系分野であることは十分理解
化している。医療の高度化や多様なケア
していた。例えば研究を進めるにあたり調
ニーズに応えるため高度職業専門人を養成
査項目として心理尺度を活用したいと相談
する専門職大学院も登場し、もとより科学
すれば、指導教官とともに同じフロアにい
的根拠に基づいた看護ケアの重要性から専
らっしゃる心理系の先生にお話を伺いに行
門的実践能力を育成するための看護教育も
くことができるなど、学際系ならではの強
4 年制・大学化が進んでいたこともあり、
みがある。同時に、看護ケアは対象者及び
臨床現場では様々な経歴を持つ看護師が活
その人をとりまく全てを視野に入れた支援
躍するようになってきた。看護師として病
である。広く人間に関わる研究分野が集ま
院に勤めながら艱難辛苦の体験を経て、改
るヒューマン・ケア科学専攻こそが私自身
めて自分自身のキャリアを考えたとき、こ
にとっては最適な学修環境だと考えてい
れまで諦めていた大学で学び研究すること
る。
にチャレンジしたくなったというのが正直
な気持ちである。
<研究テーマの変更> 博士課程での研究計画書を相談していた
<博士課程への進学>
進学間もない春のこと。指導教官から研究
私は、筑波大学大学院 人間総合科学研
テーマを変更し「昼寝」に取り組んでみな
究科 フロンティア医科学専攻の修士課程
いかというお話があった。修士課程の研究
を修了し、2011 年 4 月、3 年制博士課程
テーマを引き続き取り組む予定だったため
であるヒューマン・ケア科学専攻に進学し
突然降ってわいたような話で驚いた。
90
ヒューマン・ケア科学への招待
私が所属する高齢者ケアリング学分野で
ほほえましい光景として見過ごしてしまっ
は、高齢者の生活リズムを整えるケア方法
た心残りがある。なぜなら看護ケアでは、
を開発することを目的として、睡眠に注目
看護の対象である人間の表出するさまざま
した調査を続けている。日本の高齢者の約
な反応を見逃さない観察が最も重要だから
4 人に一人は睡眠に問題を抱えているとい
だ。私は彼の柔和な寝姿を思い出しながら、
われ、不眠は高齢者の健康生活を左右する
高齢者の昼寝を研究することで昼寝のあり
重要な課題である。この不眠と対をなす課
方からその背景に潜む身体的兆候を捉える
題が日中の眠気と昼寝である。夜間はぐっ
可能性を探ることができるかもしれない。
すりとよく眠り、昼間は活動と休息のバラ
そう考えたのだ。
ンスをとって元気に暮らすことができた
ら、こんなに幸せなことはないかもしれな
<現在の研究>
い。私は高齢者の昼寝に関する研究に取り
一般的に、昼寝の習慣がある国として地
組む決意をした。
中海地域、ラテンアメリカそして中華圏が
知られている。現在は日本国内での調査と
<高齢者の昼寝を研究する運命>
合わせて台湾での睡眠調査の機会に恵ま
私には昼寝研究に取り組む理由があっ
れ、昼寝の習慣がある台湾人高齢者の睡眠
た。それは大学院に入学する直前、一時的
の実態を調査している。日本台湾間での比
にアルバイトでお世話になった開院したて
較を通じて健康生活を維持・向上させてい
のクリニックでのこと。昼休みに近所に住
く睡眠と生活リズムを見出し、多くの高齢
まわれている院長の実父が病院内の見学に
者が健康で豊かな生活を送れる日をめざし
こられたと思いきや突然、処置室のベッド
て今後とも努力していきたいと考えてい
に横になり寝始めたのだ。靴は脱いでいた
る。
だき、メガネは外してさしあげ、寒くない
ようタオルケットをかけて眠れるよう私は
環境を整えた。しばらくすると、何事もな
かったように起き上がりご帰宅された。我
が息子のクリニックを案じながらも、くつ
ろいでおられる姿が可愛らしく見えたもの
だった。約 2 年後、私が修士論文の仕上げ
に取り組んでいるとき、喪中はがきで彼の
死を知ることとなった。あの突然の強い眠
気、そして昼寝は、夜間の不眠や身体的不
調の SOS だったのではないかと考えると、
在学生から
91
在学生から
ヒューマン・ケア科学専攻での
学びに対する期待
坂口 真康
研究テーマ
の研究では「共生」概念の曖昧さを軽減し
私の研究テーマは、
「共生社会」実現の
理論的強化を図るために、個別の文脈と
ための教育に関する研究です。具体的には、
して多文化社会南アの取り組みに着目しま
多文化社会南アフリカ共和国(以下、南ア)
す。
における「共生」のための教育の分析を通
1994 年 に ア パ ル ト ヘ イ ト( 人 種 隔 離
じて、既存の「共生教育論」と「共生社会
政策)が撤廃された南アでは、差別の加
論」を理論的に強化するための研究をして
害 者 と 被 害 者 が「 ど の よ う に 共 生(live
います。
together)できるか」が最大の関心事と
近年、価値観の多様化が進む社会におい
なり、現在までに様々な取り組みが行わ
て、
「多文化主義」という名の下に多様性
れてきました。それらの取り組みの中で
を尊重するための様々な取り組みが展開さ
も 2006 年 に 高 等 学 校 を 対 象 と し て Life
れてきました。しかしそれらの取り組みに
Orientation という名の科目が必修科目と
対しては、集団カテゴリの固定化による支
して新設されたことは、南アにおける「共
配関係の再生産や集団に属さない人々の排
生」を議論する上で重要な出来事でした。
除や同化といった弊害があることが批判さ
なぜなら本科目が、社会学、心理学、保健
れてきました。そのような中で昨今、
「多
衛生学や体育学の知見に基づいた教育を通
文化主義」の限界を超えるために、多様性
じて、学習者に自他の多様性や社会におけ
を尊重しつつも、固定化された社会的カテ
る人権侵害、環境破壊や HIV / AIDS な
ゴリを再検討し個人化した人々の凝集性を
どの問題について認識し対応するスキルを
高める概念として、
「共生」が日本を中心
身につけさせることにより、個人のウェル・
に注目を浴びています。ただし「共生」に
ビーイング(well-being)を向上させ、
「共
ついては、その射程の広さが招く概念的曖
生社会」の実現を目指す科目だからです。
昧さがすでに批判されています。そこで現
私の研究では Life Orientation の実践に
在求められているのは、個別の文脈におけ
ついて、学習者と教育者を対象とした実証
る「共生」の取り組みについての詳細な分
的研究を行います。そこでは、
「人は人を
析を通じた「共生」概念の精緻化です。私
通して人となる」とされるアフリカ哲学の
92
ヒューマン・ケア科学への招待
ウブントゥ(Ubuntu)が、社会のあらゆ
様々な学問分野の見方を獲得する。それが、
る場面で重要な役割を担っているとされる
私がヒューマン・ケア科学専攻を選択した
南アにおいて、
「個人のウェル・ビーイン
理由です。
グ」は「共生」という観点からいかなる意
味を持っているのか――個人と他者はいか
ヒューマン・ケア科学専攻入学後の期待
ように結びつけられているのか――などに
私の研究の主題である「共生」を考える
ついて探索する予定です。そして最終的に
際には、その語られる範囲が多岐にわたる
は、南アの取り組みを事例として、南アで
ことからも、自分の学問分野である教育社
はどの社会的カテゴリ間で対立が生じてい
会学を軸としながらも、他の学問分野の
るのか、またそれらの社会的カテゴリはい
人々に対してどうすれば自分の研究を伝え
かに更新されているのかについて分析する
ることができるのかを常日頃考えながら研
ことにより、実例を基にして既存の「共生
究を進めなければなりません。そのために
社会論」および「共生教育論」の理論的な
は、他の学問分野の人々の研究に対する
強化を図ることが、私の研究の目的となっ
姿勢を理解することができるようになる必
ています。
要があります。そこで、
「学際性」が謳わ
れているヒューマン・ケア科学専攻におい
ヒューマン・ケア科学専攻を選択した理由
ては、ただ単に自分の学問分野に没頭する
私が研究の対象としている教育は、
「な
のみではなく、異分野の学問の人々とのつ
すべきことを語る当為論とは切り離すこと
ながりも大切にしたいと考えています。こ
ができない」とされるように、行為者水準
こでの「つながり」とは、ただ単に多種多
の視点と観察者水準の視点が交錯する場面
様な学問分野の集まりに身を置き、場所を
が多々あることが指摘されています。その
共有することを意味するのではなく、異分
ような中で「強制できない」とされる「共
野の人々の研究を理解するツールを手に入
生」をテーマに教育について研究を行う際
れることを意味します。ヒューマン・ケア
には、両者を明確に切り分ける視点が求め
科学専攻においては、異分野の人々の研究
られています。そしてそのような視点を獲
を理解するツールを手に入れ、互いの研究
得するという意味で、教育学だけにとどま
を尊重することができるようになる学びの
らず、社会学、心理学、福祉学、医学、体
機会が得られることを期待したいと思いま
育学等、様々な研究分野が結集したヒュー
す。
マン・ケア科学専攻は大変魅力的な専攻だ
と言えます。研究対象として教育を取り上
げながらも、行為者としてではなく観察者
として教育を捉える視点を獲得するために
在学生から
93
在学生から
大学院生活と臨床心理学の専門性
佐々木 恵理
<臨床心理学分野と私>
ます。研究は 1 人でじっくり考えることも
私は,このヒューマン・ケア科学専攻の
重要ですが,ディスカッションを基に様々
臨床心理学分野に入学し,約 3 年が経過し
な視点から意見を頂くことで,より綿密で
ようとしています。
意義のある研究が出来ると思うので,この
今回は,この大学院生活をもとに研究室
研究会は私にとって貴重な時間となってい
の活動の紹介やヒューマン・ケア科学専攻
ます。最近では,興味のある外国のジャー
で学んだことについて簡単にご紹介させて
ナルの最新号について,タイトルや要約を
いただきます。
まとめて発表するという試みも行ってお
まず,ヒューマン・ケア科学専攻には,
り,最新の研究動向やホットなトピックを
様々な対人援助の形があると思いますが,
把握し,自身の研究にも活かしています。
臨床心理学分野は,
「こころの専門家」と
また,研究室全体の試みとして,自律訓練
して活動する人たちが,さらに教育・訓練
法に関する実証研究にも取り組もうと研究
を通して専門性を身につけていく場でもあ
計画を検討している段階です。
ります。そもそも 臨床心理学 とは,齋
さらに夏休みには,1 泊 2 日の研究会合
藤(2006)によると,
「何らかの悩みや症状,
宿を行っています。この合宿には研究室の
心の問題や葛藤,あるいは問題行動を持つ
OB・OG の方々にも毎年,数名参加いた
人々に対して,心理学的知識や技法を用い
だいていたり,大塚キャンパスの社会人院
て援助する実践であると同時に,その実践
生との交流も行っており,普段の研究会よ
活動のための理論や技法について研究する
りも発表に対して,様々なフィードバック
学問」のことです。専門知識や専門技術を
がもらえ,より刺激を受けながら研究に励
習得し,一方では,実践活動のための研究
むことができます。この合宿では,お互い
が重視されています。
の近況報告など同窓会のような意味合いも
○研究活動
あり,卒業した OB・OG の方々からは多
私たちの研究室では,週に 1 度,指導教
方面でご支援いただいています。
員,院生,卒論生による研究会を行い,研
○臨床ゼミ
究計画の検討や進捗状況の報告を行ってい
研究会とは別に指導教員と院生によるゼ
94
ヒューマン・ケア科学への招待
ミを月に 3 回ほど行っています。そこで
は,多職種が協働することが一般的になっ
は院生が心理相談室で担当するケースのグ
ています。その際,臨床心理学という視点
ループスーパービジョンを行っています。
から,その人をみたときに感じることがで
また自身の臨床実践に役立つような技法や
きる視点を大切にしながら,心理学以外の
理論について,1 年ごとにテーマを決めて,
専門家に伝えたり,あるいは他の観点から
各自分担し調べてきたことの発表を行って
の見解をもらいながら,方向性を見極めて
います。ちなみに昨年度は自律訓練法につ
いくのです。ヒューマン・ケア科学での授
いて,今年度は認知行動療法について,理
業の中では,いろいろな立場の先生方のお
論や実践方法を学びました。春休みには
話しをうかがうことができますし,参加し
「1day セミナー」と称して,1 年間かけて
ている受講生もそれぞれの立場で話をする
学んできたことの総まとめを行っていま
機会がありました。これらは,非常に有意
す。
義な機会であったと感じています。
○臨床実践
ヒューマン・ケア科学専攻の 3 年間とい
附属の心理相談室にて相談研修員とし
うものは,
非常に短く 1 年 1 年が新しいチャ
て,心理面接を担当して研修を行っていま
レンジの年になると考えられます。だから
す。運営面についても分担しながら,より
こそ,日々の臨床実践の中でふとした疑問
現場実習に近い形でクライエントに関わり
を大切にして過ごし,活発な研究活動が行
ながら経験を積んでいます。
われるよう,まずは心身ともに健康な生活
また,院生は,それぞれ臨床心理業務に
を送ることが重要でしょう。
関連した外部実習や仕事につき,学外での
<引用文献>齋藤高雅(2006)
.第 1 章 経験も得ながらより専門的な知識や技能の
臨床心理学の領域と研究法 齋藤高雅(編
習得に励んでいます。
著)臨床心理学研究法特論 放送大学教育
<ヒューマン・ケア科学で学んだこと>
振興会 pp.11-23.
実際に,臨床現場に出てみると, 専門
性 とは何かということを考えながら仕事
をする機会が増えました。私の場合は,精
神科病院での勤務では,医師や看護師,精
神保健福祉士などと連携して活動を行って
います。また,スクールカウンセラーとし
て学校で勤務するときには,児童・生徒の
支援の方向性を教師と協働しながら考えて
います。このように一人のクライエント,
患者,あるいは児童・生徒を支援する際に
在学生から
95
在学生から
ヒューマン・ケア科学で学んだこと
泉水 紀彦
ヒューマン・ケア科学ということなので、
ての考えの枠が柔軟になった。
幅広い学際領域であることが一番のメリッ
また、幅広い学際専攻であるというメ
トである。私が所属している臨床心理学分
リットは、学位論文の発表会や審査会と
野のみならず、子どもを対象とした心理臨
いった研究発表会で体感できる部分であ
床を専門に研究している発達臨床心理学分
ろう。自分の研究発表について、他分野の
野、そして共生教育学、社会精神保健学、
先生から質問やコメントをもらえる機会で
ヘルスカウンセリング学、生活支援学、高
あるが、何がメリットを体感できる部分か
齢者ケアリング学、福祉医療学、保健医療
というと、考えてもみなかった質問を受け
政策学、ヘルスサービスリサーチ、人間安
とれる点である。同じ分野の先生や院生か
全保障学と 11 の分野が一つの専攻に所属
らのコメントや質問とは異なり、予想がで
している大所帯である。大所帯であるゆえ
きない質問であることが多い。自分が属し
に、11 分野の先生から、オムニバス形式
ている学術領域の文化では当然と思ってい
で講義を受ける「ヒューマン・ケア科学基
たり、意識をしていなかった点に多文化を
礎論」
「ヒューマン・ケア科学方法論」と
ルーツにもつ先生方から質問がでるのであ
いう講義は、とても刺激的である。講義内
る。うまく自分の研究に取り入れるのは難
容には、心理学といった慣れ親しんだ内容
しいと思うが、このような他分野の先生方
もあれば、社会リハビリテーション、高齢
や院生の意見、つまり学際的な視点を取り
者医療、精神障害者にかかわる法律、社会
入れることで、自信の研究に奥深さや広が
学的な構造論、教育臨床などと多彩な講義
りがでてくるのではと考えられる。
を聴くことができ、本専攻の奥深さを感じ
以上のように、学際性が豊かなヒューマ
ることができる。講義では、知識や理論と
ン・ケア科学専攻で享受できるメリットは
いった知識な側面ではなく、アプローチ手
挙げさせてもらったが、多種多様で、新奇
法も同程度に紹介される。普段、質問紙調
な刺激が多いので、それだけに困難さも多
査や心理学実験を中心の手法としている私
いだろう。多様な刺激を、自身の興味と照
にとっては、訪問調査や疫学調査等の手法
らし合わせながら、取捨選択し、吸収する
を紹介してもらい、研究アプローチについ
ことが必要かもしれない。
96
ヒューマン・ケア科学への招待
さて、私がいる臨床心理学分野では、現
不安と関連した身体症状を誇張した自己イ
在のところ、10 人程度の院生が所属して
メージをもっていて、一般的な人よりもネ
いる。研究テーマも様々で、私の研究室だ
ガティブに歪んでいるという。私は、実験
けでも、日常場面での演技、抑うつの注意
や調査を用いて、社交不安者に特徴的な自
バイアス、不快情動耐性、行動選択、対処
己認識や関連したメカニズムがどのように
的悲観性…と幅広い。毎週の研究会では、
なっているかを検討している。この研究が、
先生のみならず院生全員で活発な議論が行
ゆくゆくは社交不安で苦しんでいる人の不
われている。また臨床心理活動を行う機関
安や苦痛の軽減に役立てればと考えてい
(筑波大学心理相談室)も併設されており、
る。
相談研修員として、カウンセリングやコン
サルテーションなどの活動を行っている。
臨床活動についても、カンファレンスの機
会が用意されており、一つ一つのケースに
ついて、理解や援助方法を全員で検討し、
切磋琢磨できる環境である。
さいごにではあるが、私の研究について
述べたい。社交不安の自己認知バイアス
についての研究を行っている。社交不安
(Social anxiety)とは、社会的状況(発表
場面や対人交流場面等)で感じる不安や緊
張感のことである。程度の差はあるにして
も、どの人にも社交不安は存在する。しか
しながら、過度の社交不安をもつことで社
会的適応が困難になる人も存在する。それ
を SAD( 社交不安障害 ) といったり、社交
恐怖と呼んだりする。近年、認知科学や認
知行動アプローチの発展に伴い、社交不安
の認知行動モデルが提唱されている。私が
研究しているのは、社交不安が高い人の自
己認識の歪みが不安の維持にどのように関
わっているかという点である。自己認識と
は、
「他者から見えている自分の像 ( イメー
ジ )」のことであり、多くの社交不安者は、
在学生から
97
在学生から
ヒューマン・ケア科学で学ぶこと
玉井 紀子
私は、対人援助の現場に心理の立場か
て「治療をする」という限定されたもので
ら 10 数年関わった後、筑波大学大学院の
はなく、子どもたちの日常生活いかに支え、
ヒューマン・ケア科学という研究の場に足
どのような形で子どもの成長や養育に関
を踏み入れました。自分がこれまで現場で
わって行くか、そして社会に出た後の生活
やってきたことを、少し距離をとって眺め
を見据えた包括的な対人援助アプローチの
てみる、整理する、新たな方向性を探る、
必要性を感じるようになりました。
動機としては様々なものがあったように思
更には、他職種の方たちとのチーム援助
います。
や連携など、対象となる子どもやその家族
現場と一口に言っても、医療、教育、福
の抱えている課題が複雑になればなる程、
祉、司法・矯正など、いずれも少しずつ関
多くのマンパワーが求められるとすれば、
わってきた私にとっては、どこを自分の足
一体どのようなケア体制が望ましいのか?
場にするのかを決めるいい機会でもありま
なぜ、ケアが上手く行っていないのか?そ
した。
の現場に 1 つの視点やささやかな援助の一
端として、心理の立場から関わりを持つと
福祉現場である児童養護施設での心理職
いうことは何か?など多くの疑問や悩みが
としての経験は、虐待から生じる子どもの
生じ、とにかく ? だらけの中にいたよ
行動や、それを取り巻く環境への関心へと
うに思います。
結びつきました。現在、児童養護施設の入
研究室で研究を進めること、大学院で学
所児童の半数以上が被虐待児だと言われて
ぶことで、それらの全ての ? が解けた
います。施設という集団生活にあって、成
訳でも、明確な答えが浮かび上がった訳で
育歴の影響や施設自体の環境から、行動化
もありません。むしろ、他分野の先生方の
や精神症状を呈する子どもたちも増え、
「保
講義や研究ゼミでのディスカッション、研
護」をするという従来の目的だけでは、対
究仲間との交流を通して様々な領域からの
応が難しくなっています。
多様な視点、現在の動向を知ることで、こ
そんな中で児童養護施設での心理職の役
んな研究領域があったのか、その課題は自
割とは何かを考えたとき、心理療法によっ
分が関わっている現場や研究ではどうなっ
98
ヒューマン・ケア科学への招待
ているのだろうか、など ? は増えたの
後の生活は必ずしも順調であるとは言い難
かもしれません。
いことが示されており、日本では実証研究
しかし、これらの多くの ? について
が殆ど行われていないのが現状です。
考え、探り続けることの意味深さや、その
児童養護施設での生活を経験した人たち
こと自体がとても貴重で贅沢な体験である
のその後の生活や心理的側面にもアプロー
ことを感じています。そして、それらの多
チしつつ、家族と離れて暮らすことになっ
様性から、考える視野の広がりが生まれ、
た子どもたちが直面している課題を示し、
これまでに積み上げられてきた研究の方法
児童養護施設が何を提供できるのか、必要
論と客観的データが示す証拠たちによって
な制度や施設の体制は何か、現場へ研究か
裏付けされていく現象の可能性を推察し、
ら還元できることを探っています。
別の新たな角度からの検討材料を見出して
まだ自分の研究領域が途上にあることを
いくことは、歯痒いながらも気持ちの充
意識しつつ、日々バタバタした児童養護施
実感を味わうことに繋がっていると思いま
設という現場の可能性を信じつつ、研究と
す。
実践に格闘している最中です。
現在、私は児童養護施設で生活し、退所
私が所属するゼミには、他分野の方も出
していく子どものための、社会に自立をす
席しています。お互いに重なりあった研究
ることを念頭においたケア(リービングケ
領域について意見交換したり、研究に対象
ア)について研究をしています。児童養護
者として協力することもあります。
施設で生活職員として働く人たちや、以前
社会人としてフルで仕事を持っている方
に児童養護施設で生活した経験のある人た
も多く、時間の使い方にはとても憂慮しま
ちを対象として、先行研究や現場での経験
すが、様々なヒューマン・ケアに関わる人
で得た知識をもとに質問紙調査を行い、退
たちが行き来し、その利点を活かしながら
所に向けたケアの実践内容や、ニーズ、施
学ぶことができる場だと思っています。
設や行政の体制などにも目を向けて検討し
ています。
現場での実践においては、施設を出た後
に、援助が途切れてしまわないように、ア
フターケアとしての対応も含めて自活生活
へ向けた様々な取り組みが行われていま
す。 しかし、これまでの研究では、海外も含
め、ケア制度の下で生活していた人のその
在学生から
99
在学生から
ヒューマン・ケア科学研究の先にある「人間」の存在
仲本 美央
1. ヒューマン・ケア科学の世界へいざなわ
び。ヒューマン・ケア科学専攻は教員のみ
れる
ならず、院生においても多様な背景を持つ
ヒューマン・ケア科学専攻入学後、私が
学生集団です。学生という立場の者だけで
衝撃を受けたことの一つに授業への参加が
はなく、すでに社会人として働く看護師、
あります。ヒューマン・ケア科学は、
「人
保健師、作業療法士、臨床心理士、大学教
間援助にかかわる研究」を基軸としていま
員なども学びを共にする仲間となります。
すが、多分野の領域が複合している専攻で
それぞれの現場において専門性を持ってい
あるだけに期待がありつつも、一つずつの
るため、授業内でのディスカッションでは、
領域が専門的なだけに、授業は「難しいの
さまざまな立場からの視点や考えが提起さ
では ?」
「理解ができるのだろうか ?」とい
れ、院生同士でもまた、多角的な視点から
う不安感もありました。そして、いざ、授
意見を交わし合います。授業では答えを出
業に参加。すると、思わぬサプライズです。
すというのよりも、
「支援の新たな可能性
まず、第一に、多分野ならではの豊富な教
を共に導き出す」という学びの機会です。
員陣によるその授業内容。人間への支援と
そんなサプライズによって、私はヒュー
いう共通の問題意識を持ちながらも、教員
マン・ケア科学の世界にいざなわれ、現在、
それぞれの専門的視点から生み出された問
その世界の一人として、研究に取り組んで
題意識、基本理論、実践法の開発、実践、
います。
効果に至るまでの自らの研究経緯や成果を
含めて、授業が展開されています。受講す
2. 研究の先にある「人間」の存在
るごとに、我々院生は多角的な視点を与え
私は、保育現場における読みあう活動の
られ、自らがこれから研究をしていく上で
プログラム開発の研究に取り組んでいま
基礎となる「人間」の問題に関し、幅広い
す。読みあう活動とは、子どもと保育者、
社会現状の理解とともに、個または集団と
子ども同士が児童文学や絵本を読みながら
しての「人間」そのものを捉える視点にも
互いに感情や行動を共有していく活動を意
深まりが与えられていきます。
味します。私は、日頃より訪問をしている
第二に、多様な背景を持つ院生同士の学
保育現場で、この読みあう活動によって生
100
ヒューマン・ケア科学への招待
み出される子どもの豊かな感情やその感情
から広がる子どもたちの主体的な活動に魅
了されました。しかし、どの保育現場でも
このような活動が展開されているとは限り
ません。また、児童文学や絵本が子どもの
育ちに与える豊かさを知りつつも、どのよ
うに日常の保育活動として取り組んでいく
ことができるのかを悩んでいる保育者も存
在します。そのような保育現場や保育者の
支援として、プログラム開発の研究をした
いと考えたのです。
「どの保育現場にも読みあう活動による
子どもの育ちを !」という目標を持ちなが
ら、現在、研究の道筋を模索しています。
この取り組みは容易なものではありません
が、指導教員の細やかなご指導を仰ぎなが
ら、これまでの自らの研究への追求が、探
究へと繋がり、考究する力を養いながら、
研究へと繋がっていくことを目指していま
す。私の指導教員は、丁寧かつ綿密な指
導内容と時間を設定し、この一つひとつの
研究に向けての段階に向き合って下さいま
す。その時間は何よりも貴重で有意義な時
間となっております。
ヒューマン・ケア科学における研究の先
には、必ず「人間」が存在します。それだ
けに、常にその支援を必要としている人々
のニーズを現場から受け取りながら研究に
取り組む必要があるとともに、その現場に
いる人々の喜びの表情や姿を思い浮かべな
がら、研究に取り組むことができる豊かな
学問領域と言えます。
在学生から
101
在学生から
多様な学問分野を背景にもつ仲間と学ぶ
藤原 愛子
<進学の動機>
Ⅰ・Ⅱ・Ⅲおよび方法論Ⅰ・Ⅱ・Ⅲがあり、
私は、
社会人(歯科衛生士)としてヒュー
ヒューマン・ケア科学に関する基本的な理
マン・ケア科学専攻に入学しました。
論・方法を、それこそ学際的に学ぶ機会が
歯科衛生士は、
「個人や集団あるいは地
専攻生に与えられます。私には、各 1 回の
域社会を対象として、歯科疾患を予防して
講義で全容を捉えて深く学ぶ事はむずかし
歯や口腔の健康の維持増進をはかり、人々
かったのですが、折に触れて配布された資
の Quality of Life(QOL)の向上を支援す
料やノートを読み返しています。
「ヒュー
る」専門職です。
マン・ケア科学」
、
「ヒューマン・ケア」
、
齲蝕は、齲蝕原因菌による感染症ですが、 「ヒューマン」
、
「ケア」あるいは「ヒュー
その発症には食生活などの生活習慣が関わ
マン・ケア科学の中での位置づけ」などの
る多因子性の疾患です。そのため、保健行
切り口で行われる講義は、それらを自分
動への変容を目指して行う保健指導が、歯
の研究テーマに引きつけて考える時間でし
科衛生士の重要な業務になります。しかし
た。ノートには、
「対象は 人々として社
ながら、齲蝕は多因子性の疾患であること
会で生きているひと である」などのメモ
から、一般に推奨されている 歯みがき
が残っています。講義で紹介された資料を、
についてもその効果に異論が見られ、ひと
お願いしてコピーさせていただいたことも
つに限定した保健行動では、齲蝕予防に
あります。
限界があると考えられます。また、対象の
また、これらの科目は、ヒューマン・ケ
生活を捉えた上での保健指導でなければ、
ア科学専攻に入学した者を対象に開講され
QOL の向上・健康支援はできません。
ることから、分野の垣根を越えた仲間とつ
このような問題を考える中で、 健康社
ながりをもつ機会になりました。他分野の
会学 に対する関心が深まり、さらに武田
お考えを聞いたり意見をいただいたりし
文先生を知ったことが、ヒューマン・ケア
て、視野を広げたこともありました。
科学専攻への入学につながりました。
<ロジック>
<ヒューマン・ケア科学基礎論、方法論>
入学して以来これまで、 ロジック を
必修科目にヒューマン・ケア科学基礎論
挙げて様々な場面でご指摘、ご指導いただ
102
ヒューマン・ケア科学への招待
いています。研究計画では肝心な説明が落
小学校児童を対象としており、これまで 4
ちており、入学までに行った調査では用語
校で調査を行いました。長い方では 5 年
に一貫性がなかったりしていました。ご指
間にわたって調査に協力してくださいまし
導いただく度に、
「何故?」
「明らかにした
た。そして、それを可能にしてくださって
いことは何?」など「何」がつく多数の問
いるのが、校長、養護教諭あるいは学校歯
いかけをいただき、また「何故この質問を
科医等です。小学校に研究計画書を持参し、
受けるのか ?」を理解するまでに時間を要
調査への協力を求めることから始めるので
したりしています。しかしながら、この問
すが、校長等はいつも快く話しを聞き、小
いかけのひとつひとつについて考えること
学校の実態に合わせた調査用紙の修正など
が、研究計画に論理性を持たせ、論旨を明
を提案してくださいました。子どもたちと
快なものにすることに繋がっていました。
学校には必ず調査結果をご報告して、感謝
今もまだご指摘を受けながらですが、 ロ
の気持ちを伝えています。
ジック を意識して一つ一つの過程を進め
恵まれた人間関係に支援されて、研究活
ています。
動を維持することができています。
<研究活動の支援者>
<修了に向けて>
最も重要な研究支援者は、もちろん指導
博士課程に学ぶ者として、当然のことな
教官です。しかし、沢山の方に支えられて
がら学会発表・学会誌への投稿が義務づけ
研究活動を維持していることに気づきま
られています。そして博士論文を完成させ
す。
る過程の報告会、予備審査会、本審査会で
支援者として重要な他の 2 例を挙げま
の発表です。それら発表の一つ一つが修了
す。まず、ゼミの仲間達です。調査用紙や
に向かう重要な一歩でした。それらを「明
発表原稿などの作成あるいは分析法などに
快で論理性のある発表にする」を目標に、
ついて、ゼミ生からも真摯な助言や指摘あ
指導教官のご指導・ご助言を他のゼミ生と
るいは質問をいただきました。また、武田
可能な限り共有しながら学びあい、社会に
ゼミに属して多様な学問分野を背景にもつ
巣立つ日を目指しました。
仲間と出会ったことで、健康支援といいな
このように、多様な学問分野を背景にも
がら実は歯科・歯科衛生に考えが狭まって
つ仲間と共に学ぶ環境で、「支援され㲈ケ
いたことに気づくことができました。とか
アされ」ながら、私は、修了の日を迎えよ
く「むし歯にならないために」という発想
うとしています。
をしがちだったのですが、 生活している
ひと を考えるようになりました。
他の重要な支援者は、小学校の児童・保
護者そして教職員の皆様です。私の研究は
在学生から
103
在学生から
私にとってのヒューマン・ケア科学
やまぐち ひ ろ き
山口 普己
作業療法士という職業をご存知でしょう
低さに複雑な気持ちでいました。自分の職
か。リハビリテーション専門職の一つで、
業について話しをすると「リハビリってマ
主として障害をもった方の日常生活、
職業、
ッサージみたいなやつでしょ?」という反
余暇など、
「人間」にとっての「作業活動」
応は数知れずです。もちろんマッサージも
の問題を対象者と一緒に解決していく、あ
手法の一つではあります。とはいえ、作業
るいは「作業」を利用して対象者の意欲を
療法の醍醐味は手工芸や集団ゲームなど
引き出し、生活活動の再獲得を図っていく
を用いて身体機能や精神機能の改善を図
というのが作業療法士の役割です。
ったり、食事、整容、更衣、排泄、入浴な
「人間」は生きていくために何らかの作
ど日常に必要な諸活動を再構築したり、再
業活動を営んでいます。「作業」の多くは
び家事能力を獲得して主婦の役割を全う
道具を必要としますが、その道具を使う役
したりなど、「作業」の力を使って人間を
割の大半を担うのは「手」です。ですから、
再び元気にしていくことです。どのように
手の機能に関するリハビリテーションにつ
したら、このことを世間に広く理解しても
いても作業療法士は専門領域としていま
らえるのだろうかという思いでいました。
す。さらに、様々な作業活動は人の気分・
しかし「作業」の効果というのは、実に
感情・興味を豊かにします。作業にはその
曖昧であるのも事実だと思います。対象者
ような要素があるとされていることから、
は元気になっているが、果たして作業療法
身体障害分野だけでなく、精神障害、発達
の効果なのか?どの作業がどのように、ど
障害、老年期障害など、作業療法が適応と
のくらい効果をもたらしたのか?など、作
なる領域は多岐にわたります。
業活動には実にさまざまな要素が関係し、
わたしが「ヒューマン・ケア科学」を意
また、その恩恵を受ける人間も実に複雑な
識したのは、作業療法士として仕事をして
ものです。一概にその効果を明言できない
10 年が経とうとしていた頃です。そこそ
ジレンマがあります。
こに(?)臨床に携わってきて、なんとな
やはり「数値化による明確な結果で、科
く(?)作業療法の手ごたえを感じながら
学的根拠を示す」しかないのではないか。
も、一方で、作業療法の世間的な認知度の
世の中に認めてもらう手段の一つであると
104
ヒューマン・ケア科学への招待
同時に、自分たちが行っていることの真実
としての集大成は今後の自分たちに委ね
に近づき、作業療法士としての自分に自信
られているのだと思います。
を持つために博士課程への進学を考えまし
た。
わたしの取り組み始めている研究テーマ
は、「脳卒中片麻痺患者の上肢活動に関す
「ヒューマン・ケア科学」ということば
るリハビリテーションプログラムの検討」
を初めて聞いたときの印象は「なんとなく
です。片麻痺上肢機能の回復練習の一つに、
わかる気がするけど、具体的には何するん
健側上肢を固定して使用できないように
だろう?」でした。そして「人間の問題を
し、集中的に麻痺側上肢を用いざるを得な
統合的に捉えるための理論を構築し、それ
い状況にして運動学習促す手法がありま
に基づく有効な実践法の開発を志向する優
す。海 外 で は 研 究 も 進 め ら れ て お り
れた研究者及び幅広い知識をもちこれまで
evidence も出てきている方法ですが、本
培われてきた援助技法を人間の諸問題に柔
邦ではあまり普及していない現状がありま
軟に適用できる実践的研究者・高度専門職
す。原因としては、練習時間が長いことや
業人を育成する」という当専攻のコンセプ
固定のストレスなどが考えられます。そこ
トを知って「これかも!?」でした。医療
でより短時間で負担が少なく、効果が出せ
の研究というと evidence-based が主流で
るプロトコールを検証することを目的と
あると思っていました。もちろんそれはと
しています。上肢機能の改善はもちろんで
ても重要で、その知識・技術を習得したい
すが、それがもたらす QOL 改善や障害受
と思っています。しかし「人間をケアする
容などについても検証し、総合的に上肢機
こと」はそれだけでは計りきれないものが
能に対するリハビリテーションがもたら
ある気がしていました。narrative-based
す効果を明らかにしたいと思っています。
の考え方もその一つだと思います。
「作業療法」と「ヒューマン・ケア科学」
ヒューマン・ケア科学基礎論・方法論の
は共通するところが多く、作業療法士とし
授業では、各専門分野の先生方がその分野
てのステップアップの何かがここにはある
の基本的な考え方、知識、研究方法論を講
と感じます。ぜひ研究を成し遂げ、その何
義してくださいました。各専門領域の様々
かを確かめてみたいと思っています。
な見方や考え方に触れることができ、とて
も新鮮で楽しい時間でした。「人間」を考
えるときの学際性の必要性をあらためて感
じ、各領域の手法や知識を駆使して対象者
の問題を多角的に解決していける、そして
その成果を科学的に提示できるようになり
たいと思いました。ヒューマン・ケア科学
在学生から
105
106
ヒューマン・ケア科学への招待
2012年修了者から
93
2012年修了者から
ヒューマン・ケア科学で学んだこと
あ じ み あ き こ
安心院 朗子
1.ヒューマン・ケア科学に興味をもった
にかかわるお統合的研究領域」とうたわれ
理由
ています。ぜひこの専攻で学んで、力をつ
私は筑波大学大学院に入学する前は、理
けていきたいと思い、入学を志願しました。
学療法士として病院に勤務していました。
2.実際に学んだこと
理学療法士として働き始めた当初はリハビ
実際にヒューマン・ケア科学専攻で学べ
リテーションを行って、身体が病前とほと
たことは大きく分けて 2 つあります。一
んどかわらない程度に回復すればすべて解
つは、広い視点をもった問題解決方法を学
決すると思っていました。実際には、病前
ぶことができたことです。たとえば、「高
と同じ身体能力になる人は少なく、また、
齢者の閉じこもり」に関する問題を解決す
たとえ病前と同じ程度回復したとしても
るためには、医療にかかわる者は身体機能
「転んで骨折してしまうくらい、自分の身
の回復および維持に努めることが挙げられ
体は弱いんだ」と自分の身体に自信を持て
ますが、それだけではなく、
「これがあれ
なくなっていたり、「これ以上家族に迷惑
ば外出できる」と思えるような機器の開発
をかけられないから、活動を控えよう」な
や、その機器の使用方法に関する教育、外
どの理由から外出を拒む人が少なくあり
出したいと思えるような心理的配慮、高齢
ませんでした。私は勤務しながら、障害の
者の外出促進のための交通バリアフリー
ある人がこれから先の時間を有意義に使
化など多くのかかわりが必要です。特に、
うためにどのような支援が求められてい
人によるバリア、物(環境)によるバリア、
るのか漠然と考えていました。そのような
制度のバリア、情報のバリアなどのバリア
なか、筑波大学に人間総合科学研究科ヒュ
を取り除くといった社会を変えていくこ
ーマン・ケア科学専攻という専攻があるこ
とはとても重要であると学びました。この
とを知りました。
ような広い視点での問題解決方法を学ぶ
ヒューマン・ケア科学専攻は「教育、福祉、
ことができたのは、さまざまな分野の先生
看護、医療、カウンセリングなど、従来個
方からご指導いただくことができたから
別に培われてきた人間援助にかかわる理論
だと実感しています。
や実践法を、関連領域が連携する人間援助
もう一つは、ヒューマン・ケア科学専攻
108
ヒューマン・ケア科学への招待
で行われている研究はさまざまであり、自
者一人ひとりにヒアリングを行いました。
分の研究にとってとても参考になったこと
とても時間がかかりましたが、
「この歩行
が挙げられます。
補助車があるから孫のおつかいに行くこ
私は大学院に入学してから多くの時間を
とができる」
、
「歩行補助車を使って点字ブ
研究室で過ごしました。学校にいると、ほ
ロックの上を歩くと歩きづらい」などの、
かの分野の学生と話す機会があり、同じ分
具体的にどのようにこれらの機器を使用し
野で行っている研究だけでなく、他分野で
ているのか、どのようなことがバリアだと
はどのような研究をしているのか、その楽
感じているのかが明確になりました。
しさや、自分の研究を進めていくために生
私は、これらの機器使用者の外出状況と
じる問題など、情報交換をする機会が多く
ニーズが明らかになったことから、どのよ
ありました。このような情報交換によっ
うな課題が挙げられるのかについて博士論
て、さまざまな研究があることを知りまし
文の総合考察において述べました。このよ
たし、
「自分だけが悩んでいるのではない」
うな広い視点で考察を述べることができた
といったこころの支えになりました。また、
のも、ヒューマン・ケア科学専攻でさまざ
自分が行っている研究を客観的に把握する
まな先生方、学生からのご指導や意見が
よい機会になりました。
あったからこそだと思います。
さらには、ヒューマン・ケア科学で行わ
4.今後の課題
れている研究は、臨床および社会と直結し
ヒューマン・ケア科学専攻で学んだ多く
ているものが多くみられました。臨床や学
のことをふまえて、さらに積極的に研究を
校などで働きながら研究に取り組む学生は
すすめていきたいです。また、
今後もヒュー
少なくありません。問題意識が明確になっ
マン・ケア科学の先生方、学生より、ご指
ていることから、とてもわかりやすく学ぶ
導、ご意見をいただき、さまざまな分野で
ことができました。
貢献していく力を身につけていきたいと考
3.取り組んだ研究
えています。
高齢者が外出時に使用している歩行補助
車およびハンドル形電動車いすがありま
す。私が研究として取り組んだのは、これ
らの機器使用者の外出に関する研究です。
機器を使用してどこへ行っているのか、ど
のように使用しているのか、困ることは何
か、どのようなニーズがあるのかといった
使用者の外出状況を調査しました。
歩行補助車使用者に関する調査は、使用
2012年修了者から
109
2012年修了者から
保健医療政策学研究室の紹介
久米 絢弓
<研究テーマ>
日本衛生学会の英文誌
保健医療政策学研究室では大きく分けて
Environmental Health and Preventive
医療経済、環境保健、国際保健の 3 つの分
Medicine2011 年 最優秀論文賞
野で効果的な政策構築に向けたアプローチ
Victoria Likhvar(本研究室修了生)
,
方法を研究しています。
Yasushi Honda , Masaji Ono
現在の研究内容として、医療経済では費
Relation between temperature and
用効果分析に関する研究、病院管理に関す
suicide mortality in Japan in the
る研究、環境保健では健康と環境に関する
presence of other confounding factors
疫学的研究、国際保健では途上国の保健委
using time-series analysis with a
員会の運営に関する研究をテーマとして
semiparametric approach. EHPM 16:36-
行っています。
43
研究の種類としては2次データを使用し
<学生生活> た研究、調査研究、実験研究をしている学
学生の研究テーマはそれぞれ異なります
生など様々です。
が、研究手法や興味のあるトピックについ
修了生の研究テーマ
て学生が主体的に勉強会を開催していま
・健康食品の摂取と健康情報活用に関する
す。保健医療政策学研究室全体ゼミでは自
研究
分の研究に関する発表や自分の関心がある
・高齢者へのインフルエンザワクチン予防
論文の紹介を行っています。
接種の費用対効果に関する研究
他に大久保先生による臨床経済学、本田
・若者の結婚観と経験、情報に関する研究
先生の疫学、近藤先生の国際保健のゼミを
・無症候性キャリアに対する C 型肝炎ウィ
定期的に開催し、他の研究室の大学院生の
ルス検診に関する研究
方々もゼミに参加しています。
・途上国での医療需要分析に関する研究
<メンバー> 博士課程 在籍者 7 名
・留学生のヘルスプロモーションに関する
(内修了予定 1 名 2012 年 2 月現在)
研究 等
2012 年 4 月より入学予定 2 名
<最近の研究に関する受賞>
博士課程入学者の出身校は同じ研究室の内
112
ヒューマン・ケア科学への招待
部進学者(筑波大学大学院フロンティア医
のではなく、
「自分で課題を作ってこなす」
科学専攻)や筑波大学大学院内の進学者、
ので、自分で進めていく部分が多いかもし
他大学院からの進学者もいます。
れません。
職種は医師、薬剤師、看護師等医療職が
私の場合、調査研究をして自分でフィー
多いですが、多分野の経歴を経て入学する
ルドを開拓する等、大変な作業はありまし
人もいるので、学生同士の意見交換でも
たが、直接対象者や関係者に接することで
様々な考え方や目線でアドバイスや研究に
現場を知ることができました。現場の声と
関するコメントをもらうことができます。
研究結果を見ながら研究を進めることは研
博士課程修了後(社会人継続者も含めて)
究の考察にもつながりますし、価値のある
は大学教員、大学研究員、国立研究所の研
経験でした。
究員、製薬会社が主な就職先になっていま
そして、この研究室に入って一番よかっ
す。
たと思うことは自分のやりたい研究を思う
<保健医療政策学研究室へ入学してから修
存分できることです。また、やりたい研究
了まで>
を行うために、先生方や先輩が前進するた
研究室を選ぶとき、学部から修士まで同
めのアドバイスを教えてくださいます。研
じ分野で研究をしてきたので違った視点で
究手法や研究動向についても、多くのこと
学びたいと思っていました。同じ分野で専
を学びました。
門性を極めることはもちろん重要ですが、
研究以外にも将来の方向性や就職に関し
幅広く研究や学問を見て研究を続けていき
ても、OB、OG の方々とのつながりもあ
たいと思い、当研究室に入学をしました。
るので、多方向にやりたいことや興味があ
入学してからは医療経済、環境保健、国
ることの支援を得ることができる恵まれた
際保健といった学問に触れることができ、
環境だと思います。
自分の研究にどう生かすことができるかを
そして、ヒューマン・ケア科学とは何か、
考えることができました。
専攻での自分の位置付けを考えながら、学
博士論文を書くための研究を進めるにあ
生生活を送ることが必要です。
たっては、特に自主性が必要でした。研究
あとは研究に集中できる環境なので、何
室内は学問としては共通していますが、学
を目指すか、何を得るのか、目的をもつこ
生の研究テーマがそれぞれ違うので自分自
とが大切だと思いました。
身で研究を進めていっています。
学生生活においては、学会時期、論文執
筆、論文投稿など目標や期間を定め、学生
生活の管理を自分自身で進めていかなけれ
ばなりません。
「与えられた課題をこなす」
2012年修了者から
113
2012年修了者から
ヒューマン・ケア科学の4年間を振り返って
定村 美紀子
こんにちは、福祉医療学の定村です。柔
安や焦りもありました。しかし、先生に最
らかな光と暖かな風を感じ春がそこまで来
後まで熱心に指導していただき、なんとか
ているなと実感する季節となりました。今
修了することができました。充実した学生
回の企画の執筆依頼をいただき、2008 か
生活の中で研究を通し、学問を究めること
ら始まる学籍番号を見ながら、あれから 4
の喜びや貴重な出会いの場を与えていただ
年が過ぎたのだなと本学に入学した頃を振
きました。
り返っています。私が、筑波大学人間総合
当専攻の魅力は、土日の集中講義など仕
科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻福祉
事を持った社会人の学生が学びやすい環境
医療学研究室の門を叩いたのは、3 年制の
が整えられていることです。また、それぞ
博士後期課程が開始した平成 20 年でした。
れのフィールドで実践と結びついた研究を
2 月に行われた入学試験を受験し、その後
している仲間がいることです。私の所属す
本部棟近くの駐車場に掲示された合格発表
る研究室は福祉医療学研究室です。医療系
を見に行きました。一人で発表を見に行く
の学生が多く、病院などで勤務しながら研
ことが不安で友人に付き添ってもらい、暗
究生活をする学生や中国からの留学生など
い中自分の受験番号を見つけた時は本当に
様々な背景や年代の学生が机を並べていま
うれしかったです。社会に出て再び学生に
す。毎週木曜日にゼミを行っていますが、
なれる喜び、これから始まる研究生活に対
普段の日も夜遅く研究室に行くと、勤務を
する期待と不安を抱えながら筑波大学での
終え、それぞれの課題に取り組む仲間の姿
学生生活が始まりました。
を見て、自分もがんばろうと何度も励まさ
私は、九州の大学で修士課程を終え、本
れました。私は他の学生と比べ、年齢も高
学の博士課程に進学しました。指導してい
く手のかかる学生でしたが、柳先生や奥野
ただいた先生から「3 年では無理かもしれ
先生に大変お世話になり、いろんな意味で
ない」と言われ、その通り博士論文を提出
ケアをしていただきました。まさに、
ヒュー
するまでに 4 年かかりました。入学して学
マン・ケア科学を実践する研究室でした。
生に専念した時期や仕事と両立した時期、
ヒューマン・ケア科学は学際的な学問です。
「人生山あり、谷あり」で先が見えない不
114
ヒューマン・ケア科学への招待
私は、看護師として働いた経験から「看護」
の対象である「人間」を幅広く理解するこ
実践の場に取り入れて、人をケアする現場
とが重要であること、また、人が病と向き
の経験的な知識や技術をケアする人々と共
合っていくためには、本人の資質や能力に
有できるような研究活動を行っていきたい
目を向けるだけでなく、周囲の支えや社会
と思います。
の仕組みを整え、医療だけでなく、保健や
今回、本稿の執筆依頼をいただき、ど
福祉を効果的に活用する知識や技術を身に
のように書けばよいか戸惑いました。し
着けて、看護を実践する必要性を強く感じ
かし、これまでの出来事を文字にしてい
ていました。人をケアする学問に対する幅
く過程の中で過去の記憶を呼び起こし、初
広いニーズをもった私に、ヒューマン・ケ
心を思い出し、これから自分の目指す方向
ア科学専攻で学ぶ機会を与えていただき本
を再確認することができました。これから
当によかったなと思います。
「人は一人で
ヒューマン・ケア科学で学ぼうとしている
は生きていけない」という言葉をよく耳に
方々、特に、社会人の方々に読んでいただ
しますが、なぜ生きていけないのか、どう
き、御参考になればよいなと思います。ま
すればより良く生きていけるのかを科学的
た、これまでお世話になった皆様にお礼を
根拠に基づき追究する場がヒューマン・ケ
伝えるよい機会を与えていただけたと思っ
ア科学専攻であると思います。
ています。ご指導していただいた諸先生、
さて、これからはここでの学びを社会に
諸先輩、支援室の皆様、研究室の皆様、在
還元することが課題です。私は、福祉医療
校生の皆様、いつもD棟をきれいにして下
学研究室で学んだことが御縁で、大学で看
さっているお掃除の方、全ての方々に感謝
護教育に携わることになりました。4月か
の気持ちを伝えたいと思います。4年間
らは看護学を志す後輩たちに、教育する立
本当にありがとうございました。そして、
場になります。年齢を重ねて、学生にな
ヒューマン・ケア科学専攻の今後の益々の
り、教えてもらえる側のありがたさもわか
御 発 展 を お 祈 り し ま す。 るし、教える側の厳しさも理解できました。
先生方から学んだ研究に対する姿勢を今後
の教育活動に生かしていきたいです。
ヒューマン・ケア科学は、人間援助に関
わる理論や実践法を統合的に研究する学問
と言われています。4年間の学びを通し、
人間に対するケアのあり方について視野が
広がり、看護に関する学びを深めることが
できました。研究のプロセスで学んだ科学
的根拠に基づく物事の見方や考え方を看護
2012年修了者から
115
2012年修了者から
学際的領域の厳しさと面白さ
た か お としふみ
髙尾 敏文
ヒューマン・ケア科学専攻同窓会(仮称)発起人代表
「あわてず あせらず あきらめず」
読み人知らずのこの言葉ですが,雑誌で
ことが意味をもつのか」という質問を頂き
ました.その分野では当たり前のことが,
ふと見かけたときから私の座右の銘となり
外から見たら当たり前ではなく,不思議に
ました.進路に悩んだとき,研究に行き詰
思える訳です.異なる領域が専門の先生方
まったとき,論文が書けないとき,あらゆ
が集まる専攻ですから,これらのひとつひ
る場面で心の支えとなった言葉です.決し
とつについて,論理的に,かつ簡潔明瞭に
て順風満帆とは言えなかった大学院生活で
説明をする必要がありました.もしリハビ
したが,振り返ってみると,これまでの人
リテーションや,理学療法という世界だけ
生において最も濃密な期間であったと思い
で同じことをしていたら,この作業は必要
ます.
なかったかも知れません.大変な作業では
ありましたが,最後に先生方に納得してい
私は筑波大学大学院・フロンティア医科
ただける説明ができたときは,自分の世界
学専攻で修士を修め,その時にお世話にな
が広がったように感じ,大変な自信となり
った福祉医療学分野の教員を慕い,ヒュー
ました.
マン・ケア科学専攻の入学を決めました.
今考えると,
当時は「ヒューマン・ケア科学」
専攻ホームページに掲載されている専攻
や「学際的」という意識はあまりなかった
長の言に,ヒューマン・ケア科学は「人間
と思います.まずは自分の研究を進めるこ
援助に関わる統合的研究領域」を目指す,
と,それだけしか考えられませんでした.
とあります.実感としては,3 年間の研究
研究をすすめ,学位論文をまとめる段に
期間では領域を渡った統合的な研究は難し
なり,本専攻の厳しさと本質の一端を知る
い面もあると思います.しかし博士課程を
ことになりました.例えば,「歩行能力の
修了する頃には,その本質を理解できると
指標として歩行速度を用いる」ということ
思います.入学時点からヒューマン・ケア
について,その時までは特に気にも止めず
科学専攻の特徴をもっときちんと理解して
にいました.しかし論文を審査頂いた先生
いれば,研究の初期の段階から,もっとい
から,
「なぜ速度なのか」
「なぜ速く歩ける
ろいろな視点を入れることができたかも知
116
ヒューマン・ケア科学への招待
れないと若干の反省はありました.けれど
も,この大学のこの専攻だからこそ経験す
ることのできた,とても貴重な時間であっ
たと,今は心から思っています.
博士課程へ進もうと考えている人は,き
っと自分の極めたいものがあると思いま
す.その領域の課程へ進むことも勿論一つ
の道でしょうが,ここに違う視点からも見
る道,
つまり学際的領域であるヒューマン・
ケア科学専攻が用意されています.自分の
深めたい領域を所属分野で深めつつ(根を
張り,幹を太くしつつ),様々な領域の先
生の指導や大学院生との交流の中で研究の
幅を広げる(枝葉を広く張る)ことができ
るという,非常に恵まれた環境の専攻であ
ると思います.
最後に,同窓会組織についてお話しさせ
ていただきたいと思います.現在,ヒュー
マン・ケア科学専攻の教員,修了生,在学
生が連携し,さらに多くの方々の御支援を
頂きながら,同窓会組織の立ち上げに向け
て準備をすすめているところです.修了生
同士の交流の場としてだけでなく,在学生
が研究や進路について,いろいろな分野の
OB・OG に気楽に相談できるような組織
ヒューマン・ケア科学専攻同窓会のホー
を目指しています.ヒューマン・ケア科学
ムページについては,2013 年 4 月以降に開
専攻へ入学された暁には,多くの先輩のバ
設予定です.お問い合わせはメールにて,
ックアップを感じながら,あわてず,あせ
下記アドレス宛にお願い致します.
らず,あきらめず,しっかりと自分の道を
[email protected]
歩んでいただきたいと思います.
2012年修了者から
117
2012年修了者から
地域の声を聴く
∼精神障害者当事者活動の展開地域で生きた 5 年間∼
種田 綾乃
新千歳空港からバスで 4 時間、太平洋沿
した。
岸の小さな町に、積極的な地域活動を展開
約一ヵ月間、当事者団体の共同住居の一
する精神障害者の当事者団体があります。
室に居住し、質問紙の詰まった大量の段
「精神医療の先駆的な実践」と称されたこ
ボール箱とともに眠り、毎日一万歩を超え
の団体に興味を持ち、大学生時代、私は見
る道のりを歩き質問紙を配付しました。対
学者としてこの団体を訪れ、町の教会でメ
象者から直接厳しい言葉を投げかけられる
ンバーと寝食を共にし、交流を重ねました。
ことも、山道を必死で登った末、地図上で
大学院に進学し、研究テーマを模索し大
はあるはずの住宅群が幽霊屋敷となってい
学周辺の障害者関連施設で障害者の地域生
たこともありました。苦難が大きいほどに、
活支援に携わる中で、社会に根強く存在す
調査中に温かい声をかけてくださる方の存
る障害者に対する社会的偏見に直面しま
在が、一歩を重ねる原動力でした。
す。
調査での滞在中は、図書館や喫茶店等、
―精神障害者による積極的な活動の展開
住民の集まる場に積極的に足を運び、住民
されるあの地域では、住民と精神障害者と
の会話に耳を澄ませました。地域の日常の
がどのように関係性を築いているのだろう
中に、当事者団体の「見学者」という立場
―
では見えていなかった現実、地域の外には
先駆的な一地域の実情に、今後の他の地域
伝えられていない現実が溢れていました。
での活動にも通じる「何か」を得たいとい
質問紙調査でのもっとも大きな収穫は、
う思いから、研究は始まりました。
住民との個人的なつながりが生まれたこと
地域の実態を知るための第一段階とし
です。配付中に立ち寄った喫茶店のオー
て、地域住民に対する質問紙調査を実施
ナーと、この地域の当事者活動の現実に
し、精神障害者との接触と偏見の実態を明
ついて、閉店後まで話し込み、夕食まで御
らかにすることにしました。経費削減・回
馳走になることもありました。多くの出会
収率の確保のため、そして何よりも自らの
いに支えられながら配付を終え、お世話に
足で地域を歩きたいという思いから、住民
なった方々に、感謝の言葉を添えた手製の
2000 名に質問紙を直接配付することしま
ポストカードを手渡して、調査地を発ちま
118
ヒューマン・ケア科学への招待
した。
ました。喫茶店では様々な住民との出会い
質問紙調査の結果は、地域の厳しい現実
があり、自家製の料理を差し入れてたり夕
を露にしていました。精神障害者の理想郷
食に招いてくださった方、観光に連れて
として報道等で取り上げられている地域の
行ってくださった方もいました。極寒の季
実情は、他地域以上の厳しい偏見の中で存
節にもかかわらず、多くの人々の温もり
続していることが見えてきました。
の中での調査でした。複数回の滞在による
―どうやって関係性が築けばいいのか、
データ収集を完了し、調査地を発つ日の早
今の状況をどうにかできないものか…―
朝、バスターミナルに数名の住民の方々が
滞在中に出会った住民の苦悩は、一地域と
見送りに来てくださりました。手渡された
しての問題を超えた問いを投げかけている
手紙に書かれた「いつでも帰っておいで」
ように思えました。その問いへの答えを求
の文字に、
「私」としての居場所が地域の
め、当事者団体と継続的な関わりを持つ住
中に築かれていることを実感しました。
民の語りから、
「住民はどのように精神障
持ち帰った膨大なインタビュー・データ
害者と関係性を構築していくのか」という
と向き合い続けた日々。果てしない分析作
実態を明らかにしていくことにしました。
業の中で、到達点への唯一の指針は、いつ
協力者が十分に集まるのか、研究の到達
もあの地で過ごした自身の体験の中にあり
点はどこにあるのか…先行きの見えない不
ました。一住民として、一個人として、地
安を抱えながら、再び調査地に足を踏み入
域を歩き、地域で生きた体験の全てが、デー
れた私を、住民の方々は家族のように迎え
タに意味をもたらし、地域の実態が明らか
入れてくださりました。自身の贈ったポス
になっていきました。
トカードが、店頭に飾られ、ブログに掲載
一地域の声に向き合い続けた 5 年間、自
され、
「あのイラストを描いた人」として
身が「やりたいこと」と「できること」と
の存在が地域の中に築かれていました。研
の狭間で葛藤し、
「自分だからこそ、でき
究計画の余白から発生した人とのつながり
ること」を築いていった日々でした。実態
を頼りに、調査は展開していきました。
を明らかにするための一連の研究手法を習
「こんなこと、あなただから話すけど…」
得するとともに、研究は決して一連の手法
と、インタビュー中にメンバーとの関わり
だけではないことも学びました。一連の理
における苦悩を語られた方、涙を流しなが
論・手法をどうアレンジしていくのか、研
らメンバーへの熱い思いを語られた方…住
究計画の余白をどう活用するのか、自分自
民の声なき声に向き合った日々でした。
身をどうプロデュースしていくのか…、地
調査での滞在中は、喫茶店の仕事を手伝
域の声を聴くことはきわめて創造的な営み
わせていただきながら、喫茶店の一室に寝
であることを学び、その中に、研究の楽し
泊まりし、オーナーと共に地域生活を送り
みがあり、自分自身の成長がありました。
2012年修了者から
119
2012年修了者から
研究を育て自分を育てる
朴峠 周子
私は,社会学的・科学的な視座から健康
処行動を促し,ストレス反応を抑える機能
を捉え,対人援助に関わる幅広い専門知識
をもつことが指摘されています。
や理論・方法を学びました。また,研究
さて,このような SOC 概念の理論を実
室では,子どもから高齢者および対人援
証する上では,成人期以前の SOC の形成
助職の健康支援に関する健康社会学・健
プロセスや形成要因,SOC とストレス対
康教育学的研究に取り組み,健康生成論に
処行動・ストレス反応の関連構造の解明が
おける健康要因「首尾一貫感覚(Sense of
重要ですが,中学・高校期における知見が
Coherence:SOC)
」について実証研究を
徐々に蓄積されているものの,小学校高学
重ねてきました。
年期における SOC の実証研究は僅少です。
ここで,健康生成論と SOC 概念の理論
他方で,小学校高学年期に増加する精神健
を紹介します。健康生成論は,保健医療
康問題を解決する上では,SOC 概念を用
社 会 学 者 の Aaron Antonovsky に よ っ て
いたアプローチが有効であると考えられま
1979 年に提唱された健康の保持・増進・
す。
回復に関する理論です。本論は,人々が自
そこで,私は,小学校高学年児童にお
らを健康な状態へと導く健康要因(SOC)
ける SOC の形成と機能に関する研究課題
の形成と機能について整理されています。
を設定し,SOC の形成プロセスや形成要
SOC は日々の生活への志向性であり,困
因,ストレスへの対処作用について検討し,
難に直面しても自らの力と周囲の環境や他
SOC 概念の理論を検証するとともに,こ
者の助けによって対処しようとする感覚,
の時期の精神健康の維持・増進に向けた提
また,対処する過程に意義や価値をもたら
言をまとめ,学位論文を執筆しました。
す感覚であるとされ,ストレス対処力を表
学位論文を書き上げることは,研究の立
します。SOC は生涯を通じて発達します
案から実施,得られたデータの統計解析,
が,成人期までに良好な状態に形成するこ
学術論文の執筆にかかわる基礎・基本,研
とがその後の安定した SOC につながるこ
究者としての倫理を修得することであると
と,形成要因としてソーシャルサポートが
思います。まず,研究テーマに関する理論
重要であること,また,適切なストレス対
的枠組みおよび実証研究の動向を整理し,
120
ヒューマン・ケア科学への招待
課題を明確にします。次に,課題を検証す
くれるものでもありました。
る手法を検討し,その手順を組み立てます。
このように,私は,在学中に根を広げ,
私は,公立小学校に通う児童を対象とし,
幹を育てさせていただきました。今日まで
調査票を用いた集合調査を 1 年度間に 3 回
の成長を導いてくださった方々に感謝する
実施する計画を立てたため,校長先生や担
とともに,この気持ちを自ら育つ力へとつ
任の先生方との交渉,ならびに情報の授受
なげ,枝葉を育み,教育や研究を通じて育
を重ね,調査を実施しました。その後,デー
つ力の種を蒔くことができるよう励んでま
タを整理して統計解析を進め,課題を検証
いります。また,この過程において,私自
しました。こうして得られた知見は,公衆
身も,さらなる成長の糧を得ていきたいと
衛生学・健康教育学領域の学会で継続的に
思います。
発表するとともに,学術論文として発信し
てきました。また,学校の先生方にご報告
し,双方が良いフィードバックを得られる
ように努めました。このような作業を積み
重ねて研究を育てること,研究をまとめき
ることが,学位論文を書き上げることであ
り,また,研究者としての足場を定めるこ
とであると思います。
武田文先生からは,日々の修学,ならび
に研究活動を通じて,
「論理的に考え,判
断し,必要十分に表現すること」に一貫し
たご指導を賜りました。また,武田先生は,
研究と向き合う私の未熟な部分を度々ご指
摘してくださり,折に触れて,研究者とし
ての姿勢をお教えくださいました。これら
を真摯に受け止め,真意を考え,実践する
ことによって,研究のみならず私自身も育
まれました。
さらに,他分野の先生方がくださるご指
摘・ご助言を傾聴すること,研究室の先輩
方や後輩のみなさん,専攻内の学生と議論
することは,成長のきっかけを得ることで
あり,他方で,成長に必要な休息を与えて
2012年修了者から
121
2012年修了者から
ヒューマン・ケア科学専攻で得たもの
ま さ き ゆ
眞
か
由香
2012年修了 ヒューマン・ケア科学専攻同窓会(仮称)発起人代表
入学の動機
長を支えるための理論や技術の学習と研
私は、幼稚園に通っていた頃、ナイチン
究ができるヒューマン・ケア科学専攻のヘ
ゲールの伝記を読み、彼女が戦争で傷つい
ルスカウンセリング学分野に惹かれまし
た人達を懸命にケアする姿に衝撃を受けま
た。ついに大学院進学。縁あって、とても
した。そして、私はいつか、ナイチンゲー
パワフルに、とても楽しそうに子育て支援
ルのように、人の体や心を癒せる人になり
研究をしている恩師と出会うことができ
たいと思うようになりました。
ました。とても温かい恩師や優しい先輩
そんな思いをもっていた私は、看護大
学に進学し、沢山の患者さんや地域住民と
方、同級生に恵まれ、多くのものを得るこ
とができました。
の出会いを通じて、看護の知識や技術を学
んできました。対象となる人をあらゆる側
大学院時代で得たもの
面からとらえること、その人のもつ強みは
まず、ケアの意味を考え直すチャンスを
何かを見出しそれを生かすこと…人をケア
得ました。私は、子どもの要求を満たすこ
する者として求められるものは何かを感
とに関わる行為である「子育て」というケ
じ、考えることができたように思います。
アを研究テーマにしました。日本において、
そして大学 4 年の卒業研究。生涯を通じ
家事や子育ては、従来、女性の役割として
た健康支援のあり方について、看護職にイ
とらえられてきました。しかし、女性の社
ンタビュー調査を行いました。生まれて初
会進出、高齢化、少子化の進行により伝統
めて挑戦した研究。分からないことだらけ
的な子育て環境は急速に変化してきまし
のスタートでしたが、様々な方の元に出向
た。それに伴い、母親の育児不安は増大し、
いては支援の現状と課題を教えていただ
第二子出産動機の低下、産後うつや児童虐
きました。今までになかったものは何かを
待の増加など子育てをめぐる心理社会的問
考え、新しい知見を見出すことの面白さを
題が浮き彫りになってきました。その解決
実感しました。そこから大学院を志すこと
の一助とするために、乳幼児をもつ母親の
になりました。特に、私は、人が健康で生
育児不安への支援を構築する研究に取り
きるために求められる、自己決定や自己成
組みました。その中で、子育てとは、親が
122
ヒューマン・ケア科学への招待
自分自身と向き合い、自分を成長させる行
きたことを嬉しく思います。
為であることが分かりました。自分の感じ
そして、私自身、自分と向き合うチャン
方や考え方がストレスを作り出している
スを得ました。取り組んできた研究は、自
といわれることから、育児不安を作り出す
分の課題に立ち向かう時間でもありまし
のも自分自身だと考えました。そこで、イ
た。私は、周りの期待に応えようと無理を
メージ療法を行ったところ、母親の感じ方
しすぎて頑張ってしまい、不安や緊張を強
や考え方が変わり、夫や子どもとの関係性
めやすいところがありました。研究を進め
が変わり、家族も自分自身も大切にした生
ながら、自分自身少しずつ成長してこられ
き方を歩んでいく姿が見られました。子育
ました。大切な家族と自分自身を大切にし
ては自分と向き合い、自己成長できるチャ
ながら生きていく一歩を踏み出すことがで
ンスであるということ。改めてケアの意味
きたと感じます。
を考えさせてくださった乳幼児をもつ母
親らに感謝の気持ちで一杯です。
私は大学院を修了し、研究員として子育
て研究を続けながら、保健センターの嘱託
また、多くの人と出会うチャンスを得た
保健師として、非常勤講師として、妊娠期
と感じます。私は乳幼児をもつ母親の育児
の夫婦や乳幼児をもつ親から、大学生まで
不安への支援を考えるために、調査研究、
…子育て支援を実践しています。これから
介入研究を行いました。子育て支援研究を
も自分と向かい合いながら、多くのことを
広く実践されてきた恩師の研究手法を参考
学び、愉しんでいけたらと思っています。
に、勇気と根性をもって、地元で研究協力
を得ることを目指しました。研究の背景や
ヒューマン・ケア科学専攻に進学して、
方法、倫理的配慮について分かりやすく説
貴重な学びを得ることができました。多く
明することを心がけ、希望される方には結
のご縁やチャンスをくださった本専攻に恩
果をふまえた子育てを愉しむためのヒント
返しができるよう、現在、筑波大学や本専
を伝え、対象者を思い、誠実に対応するこ
攻福祉医療学分野の柳久子先生、多くの
とを約束し実践していきました。その甲斐
方々のご支援をいただきながら、同窓会立
あって、幼稚園や保育所の親御さん、市の
ち上げに向けて準備を進めています。修了
担当者など沢山の方のご協力をいただく
生同士や修了生と在学生が多くの交流をも
ことができました。また、学際的である本
ち、研究や仕事、家庭、自分や人生を見つ
専攻だからこそ、研究室や専攻内にはあら
め直し、エネルギー補給できる場として活
ゆる専門の先生、学生がいました。沢山の
用していただけるよう願っています。
討議、交流の機会をもつことで、新たな視
点を得ることができました。本当に多くの
方々に支えられ、研究実践、地域貢献がで
2012年修了者から
123
2012年修了者から
ヒューマン・ケア科学専攻で
学ぶということ
吉岡 尚美
<ヒューマン・ケア科学専攻との出会い>
臨床心理士、保育士、ソーシャルワーカー、
私はヒューマン・ケア科学専攻(3 年制
理学療法士、作業療法士などの専門職に従
課程)の生活支援学分野に所属し、2012年
事する人たちでした。修士課程を終えて仕
3月に学位を取得しました。 博士号の取
事に就いた後も、さらに学習を続けるとい
得は、多くの人が達成したいと思う目標で
う意思を強く持っている人とともに学べる
ある反面、現実にそれを達成することは困
ことは大変刺激になり、意欲が湧いてきた
難だと思われている人も多いと思います。
ことを覚えています。
私もそのひとりでした。
また、授業では、各分野の先生の専門的
在職者である私は、毎日の仕事に追われ
視点からみたヒューマン・ケアに関する講
ながら学位取得を夢見る生活が長く続きま
義が受けられます。多分野の概念や研究方
した。学位を取得するための行動をどこか
法について学ぶことができ、自らの研究を
ら起こせばよいのかもわからない状態でし
多様な視点で考えるために必要な知見を得
た。そのような中、筑波大学大学院人間総
ることができました。
合科学研究科ヒューマン・ケア科学専攻と
さらに、博士論文の審査には、必ず他分
出会たことで夢が具体化してきたのです。
野の先生が主査もしくは副査としてかか
まず、ヒューマン・ケア科学専攻は在職
わってくださいます。異なる視点を持つ分
者が仕事を続けながら学位取得に向けて努
野の先生方に自らの研究を説明するプロセ
力できる環境が整っています。たとえば、
スは、博士論文を書く院生にとって大きな
ヒューマン・ケア科学専攻の必修科目は、
チャレンジです。しかし、別の視点からご
年間 12 回、土曜日と日曜日を終日使って
指摘やご指導をいただくことで、自らの論
開講されます。この開講形態により、在職
文の内容を、時には振り出しに戻って深く
者のみならず、遠方に住む院生も履修が可
考えます。この「考える」プロセスがより
能になっています。
よい論文を書くために、また学位を取得す
実際に、ヒューマン・ケア科学に所属す
るために必要なことであったと振り返って
る院生の多くが在職者です。私が一緒に授
思うことができます。
業を受けた仲間は、教員、看護師、医師、
<研究室と指導者との出会い>
124
ヒューマン・ケア科学への招待
<研究室と指導者との出会い>
国内に数多ある大学院から自らの研究テ
付箋をつける作業が 3 日間続きます。私
はこれを「生活支援学研究室の付箋の力」
ーマを受け入れ指導してもらえる研究室と
と呼んでいます。貼られる付箋は数え切れ
指導者を探すことは容易ではありません。
ないほどです。ひとりの目では発見できな
その意味で、生活支援学分野という研究室
いであろう間違いを一つひとつ修正し、付
とその分野の指導者に出会えたことに感謝
箋を外していく度に感謝したことを覚えて
しています。
います。来年度からは後輩に「付箋の力」
私は、博士論文のテーマとして、高齢者
の余暇活動における楽しさに関して調査研
を受け継いでいきたいと思います。
<最後に>
究を進めてきました。生活支援学研究室で
高齢者の余暇生活支援に貢献したい。も
は子どもと障害のある人に関する調査研究
っと日本の社会に余暇の重要性を認識して
が多く進められていることから、調査研究
もらいたい。これらが私の学位論文の出発
に関して、
的確な指導を受けることができ、
点でした。3 年間の過程には困難もたくさ
大きな力となりました。指導教員や研究室
んありました。しかし、ヒューマン・ケア
の先輩、院生からの指摘は、自分の中にあ
科学、そして生活支援学研究室との出会い
る迷いをどんどん少なくしてくれ、自分の
がなければ、私は 3 年前のまま、学位取
研究の目指すところや独自性を何度も認識
得を夢見る日々を続けていたと思います。
することができました。
チャレンジしてよかった。ヒューマン・ケ
研究室の環境は「厳しく楽しく」です。
国内外の学会や学術誌へ積極的に参加、投
アで、生活支援学研究室でよかった。これ
が私の今の気持ちです。
稿することが求められ、必死に喰らいつい
ていかなければなりません。しかし、振り
返るとそれらはすべて自分の成果として積
み重なっていることに気付きます。国際学
会であるアジア障害社会学会で韓国や中国
の専門家と言語を駆使してコミュニケーシ
ョンをはかったり、研究室の教員、院生み
んなで学会に参加し、お互いの発表を聴く
ことを通じて一歩一歩前進していけます。
また、
「論文チェック会」は研究室の院
生が必ず参加する名物行事です。先輩方も
駆けつけて、研究室のみんなで提出予定の
博士論文を片っ端から赤ペンチェックし、
2012年修了者から
125
2012年修了者から
ヒューマン・ケア科学の魅力
渡部 雪子
ヒューマン・ケア科学専攻は、人をケア
接する前に別室からの観察記録を取りなが
する学問が一同に会したとてもまれに見る
ら研修を積みます。この期間は、早く子ど
専攻だと思います。理系・文系といった分
もと接してみたいといった気持ちにもなる
野の壁を越えて人を支援する学問が学際的
のですが、客観的な記録の取り方や先輩の
に融合しています。ヒューマン・ケア科学
プレイセラピーの様子から実りある経験を
専攻に5年間在籍したことで、分野を超え
積むことができます。この期間に、臨床に
て「人と接するとはどういうことなのか?」
ついての本を読んだり、ケース前後に行わ
ということについて深く考え、学ぶことが
れるミーティングを通して実際に子どもと
できました。今後益々、こうした学融的な
関わる準備をしていきます。参加したケー
視点からのアプローチが求められるように
ス数と一定の規定を満たすと、子どもセラ
なるのではないかと思います。ヒューマン・
ピストとして関わることができるようにな
ケア科学専攻はたくさんの専門分野から成
り、さらに研修を積むと親担当セラピスト
り立っていますが、その中でも私は発達臨
としてクライアントさんと関わることがで
床心理学分野に在籍していました。発達臨
きるようになります。
床心理学分野は、発達という観点を大事に
発達臨床心理学分野の特徴として、観察
しながら人生の中で出会う躓きに対する臨
スタッフ・子どもセラピスト・親セラピス
床的なアプローチを行うことを目的として
トが一つのチームとして援助過程を一緒に
います。実際に地域の幼稚園生∼中学生く
考えていくという特徴があります。私はこ
らいまでのお子さんを対象にした相談活動
うしたチーム援助を通して、クライアント
を実施しています。臨床活動においては、
さんに対する援助だけでなく、関わる人す
院生が主体となり、筑波大学子ども相談室
べてが協力しあい良い関係性を構築してい
の研修員としての活動をし、日々実習を積
く力が培われたと感じます。ケアという視
んでいます。発達臨床心理学分野に入学す
点だけでなく、そこで出会う人達が共に信
ると、相談研修員となり研修の度合いに応
頼関係を築いていく過程そのものを院生間
じてレベルアップしていくシステムになっ
やクライアントさんとの関係から学ぶこと
ています。第一段階として、子どもと直接
ができました。ここで培われた力は人と関
126
ヒューマン・ケア科学への招待
わるすべての状況において大切な物である
らしい発想と教育システムの下にある専攻
と思います。
に間違いありませんが、何よりもそこに集
また、発達臨床心理学分野と臨床心理学
う ヒューマン という魅力に溢れていま
分野では、博士前期課程修了後に臨床心
す。ヒューマン・ケアという視点からのア
理士の資格試験を受験することができま
プローチに興味を持っていただき、進学を
す。博士後期課程まで進学を考える場合は、
考えられている皆様には、是非こうした
後期課程の2年次に試験を受験するのが
ヒューマン の魅力を感じ、ここにきて
ヒューマン・ケア科学専攻では通例になっ
良かったと実感していただきたいと思いま
ています。
す。
発達臨床心理学分野の博士前期課程は、
自らの臨床におけるライフテーマとなるよ
うな研究テーマを見出し、専門的な知見を
身に着け臨床の現場で役に立つ力を養う期
間であったと思います。また、博士後期課
程まで進学する場合は、研究と臨床という
二足のわらじという色合いが強くなり、中
には教育というもう一つの色合いも加わり
マルチに動き回る院生も多く見られます。
博士後期課程では、博士論文の執筆が最大
の目標となり、修士論文で積み上げてきた
ものをより精緻化していきます。 最後に、ヒューマン・ケア科学専攻や発
達臨床心理学分野の良さは、中にいる 人
の魅力 であるということをお伝えしたい
と思います。院生生活は、楽しいものでも
ありますが、研究や臨床で壁に突き当たる
ことも多々あります。そうした時に、救
いとなるのはやはり 人 でした。臨床に
おけるチーム援助、研究といった院生生活
で不可欠な事柄において、先生は強力に
サポートしてくださいますし、困難にぶ
つかったときに相談できる仲間がいます。
ヒューマン・ケア科学専攻はまさに、すば
2012年修了者から
127
128
ヒューマン・ケア科学への招待
活躍する卒業生から
113
活躍する卒業生から
高齢者施設における感染予防ケア
岡本 紀子
2011年修了
私は、平成 23 年 3 月にヒューマン・ケ
備の整備や、集団を対象とした教育が行わ
ア科学博士の学位を取得し、現在は筑波大
れてきました。しかし、設備が整えられ知
学医学医療系の研究員をしています。私が
識を備えてもなお、手指衛生は適切に実施
ヒューマン・ケア科学専攻へ入学した理由
されていません。その後、個々の従事者が
は、研究をするにあたって、複数の専門分
手指衛生を行う動機が注目されるようにな
野の先生から指導を受けたいと思っていた
りましたが、具体策の提案はなされていま
からです。実際に、私は学位を取得するま
せん。
でには、共生教育学、保健医療政策学、福
これらのことから、高齢者施設の感染予
祉医療学、高齢者ケアリング学、感染症専
防を目的に、高齢者施設に勤務する看護者
門医師といった、様々な先生からご指導と
と介護者を対象に調査を行いました。高齢
ご助言をいただきました。先生がくださる
者施設は利用者の共有スペースがあり、易
示唆は、研究課題の重要性、解決の必要性、
感染者である高齢者が集団で生活をする場
そして如何に社会貢献するかということに
であることから、感染症が蔓延しやすい環
つきました。特に、論文審査の場は自身の
境にあります。しかしながら、病院のよう
研究の強みと改善点が明らかになり、研究
に感染予防に関する資格をもつ医師や看護
を洗練させる機会となりました。
者は少なく、多くの場合、看護者が施設全
在学中は、高齢者施設の感染予防をテー
体の感染予防の役割を担っています。
マとして研究を進めました。感染予防を
そこで、高齢者施設の看護者は感染予防
テーマにした理由は、自らが行ってきた臨
をどのように捉えているのか、そして、日々
床での感染予防の教育方法を変えていく必
のケアに携わる看護者と介護者の手指衛生
要があると感じていたからです。これまで
の実践にかかわる要因と関係性を明らかに
の手指衛生に関する研究をみますと、感染
するために、面接と質問紙による調査を行
予防の要が従事者の手指衛生の実施である
いました。面接では、看護者に話を伺いま
ことが明らかにされていながらも、実施率
した。看護者は、高齢者は感染症に罹患し
は 5 割程度にとどまっています。そこで、
ても症状がわかりにくく、重篤化して命に
手指衛生の実施率の向上を目的に、施設設
関わることから、予防を第一に考えていま
130
ヒューマン・ケア科学への招待
した。そのため、気温や湿度の変化に注意
モデルとなる看護者の育成や、施設内での
して高齢者のわずかな体調の変化を見逃さ
感染予防教育に活用できる教育プログラム
ない、施設内に病原体を持ちこまないため
を作成し検証したいと考えています。
に看護者自身と他の従事者の体調管理を怠
また、これまでの研究を活かして、中国
らない、他職種へ指導をすることなどを看
の大学と連携しながら、中国で手指衛生に
護職の専門性と捉え、感染予防に対して専
関する調査を行っています。中国において
門職としての責任をもっていました。それ
も、感染予防のための手指衛生は適切に行
でも、感染症の発生を防ぐことができず、
われておらず、問題となっています。現在、
現状と自らの知識と専門職としての責任が
中国では在宅での介護が中心となっていま
相まってジレンマを抱いていました。しか
すが、高齢者施設の利用者は増加していま
し、これらの解決のために必要なことも見
す。その背景には介護者の介護負担や世帯
出していました。それは教育でした。そし
構成の変化があります。さらに今後、急速
て、看護者自身が求める教育を受けた場合
に高齢化が進むことから、高齢者施設の利
の成果として、看護者が感染予防策を実践
用者は急増し、感染予防は大きな課題とな
し、高齢者の健康が維持される他、各自の
ると考えられます。
専門職としての責任の認識が深まることを
今後は、日本と中国、そしてアジア諸国
期待していました。このように、個人のジ
の高齢者が健康的な生活を送れるよう、専
レンマや責任感が感染予防策を実践する重
門職である看護者や介護者への教育を通し
要な要素として導かれました。さらに、看
て、社会に貢献できるよう努めたいと思い
護者と介護者を対象としたアンケート調査
ます。
においては、手指衛生の実践には、個人の
学習意欲と感染予防の行動モデルとなる人
の存在、そして責任が関連していました。
しかし、個々の知識や学習意欲は異なって
いたことから、専門職としての意味づけを
し、個人の知識や学習意欲に応じた教育プ
ログラムが必要であると考えられました。
また、感染予防のロールモデルとなる人が
必要とされながらも、ロールモデルがいた
方は3割と少なく、必ずしも役職のある者
や年長者がロールモデルになり得ていませ
んでした。これらのことから、調査で見い
だされた変数をもとに、感染予防のロール
活躍する卒業生から
131
活躍する卒業生から
私を育んでくれたヒューマン・ケア科学を学んで
加藤 剛平
2011年修了
1. はじめに
高齢者(要介護高齢者)の社会参加を促す
私は平成 22 年にヒューマン・ケア科学
ことにつながる研究をしたいと考えていま
専攻博士後期課程(ヘルスサービスリサー
した。理学療法士として病院に勤務してい
チ分野)を卒業し、博士(ヒューマン・ケ
た経験、英国の大学院修士課程で社会政策
ア科学)を取得しました。この章を読んで
学を学んだ経験から、「要介護高齢者の社
いる方には、「これから博士課程に入り何
会参加を促すためには、医学的な側面 ( 例
かを研究したいけどどうしたらよいのか
えば、疾病や筋力など ) のみならず、社会
迷っている。
」 「ヒューマン・ケア科学って
環境も関係しているのでは?」 といった疑
何だろう?」 と考えている方がいらっしゃ
問を抱いていました。しかしながら、当時
るのではないでしょうか。
は、地域に在住する要介護高齢者を対象と
私も、大学院へ入学する前までは、ヒュー
して、医療と社会の視点から行われた研究
マン・ケア科学のことをよく知らず、また、
は少なく、具体的にどのような手法が有用
「知りたいことがあるのだけど、今まで学
であるのか、また、そのようなことを知る
んできたことには当てはまらず、どのよう
価値はあるのかなどと悩んでいました。
に明らかにすればよいのだろう?」 と随分
このような状況で、国内の様々な大学院
悩んでいました。
を調べたところ、「医療における各種サー
このため、今回、卒業生の立場から寄稿
ビス(看護・保健・福祉を含む)の質を、
する機会を頂戴しましたので、大学院で学
包括的・科学的に評価・分析し、実証デー
ぶことを考えている方やヒューマン・ケア
タに基づく学際的研究成果を通じて、サー
科学専攻に馴染みのない方の一助となるべ
ビスの質向上を図り、生活と調和した医療
く、ヒューマン・ケア科学専攻で学んだ私
実現の一助となることを目指す」 同専攻ヘ
の経験(入学の動機、専攻内・分野内で学
ルスサービスリサーチ分野がまさに自身が
んだこと、執筆した博士論文)について述
抱えている疑問を明らかにできる手法であ
べたいと思います。
るのではと考え、恩師である田宮菜奈子先
2. 入学の動機
生にご相談しました。この時、丁寧かつ情
私は、地域に在住する要介護状態にある
熱的に具体的な研究方法について提案して
132
ヒューマン・ケア科学への招待
いただき、ヒューマン・ケア科学専攻で学
書の作成方法など、研究者として生きてい
びたいという動機を持つに至りました。
くために、有用となる経験をしました。
3. ヒューマン・ケア科学専攻での学び
5. 博士論文について
ヒューマン・ケア科学専攻では、学問の
地域に在住する要介護・要支援状態にあ
分野の垣根を越えた環境の中で、研究を学
る高齢者の方が、日常の活動能力や外出頻
ぶことができました。例えば、入学後に全
度と環境(家や地域の環境、介護保険サー
学生はヒューマン・ケア科学専攻の各分野
ビスの利用状況)の関連について実証的に
の先生から講義を受ける必要がありまし
検討しました。最終的には、要介護・要支
た。私は、この一連の講義により、これま
援高齢者の日常の活動能力や社会参加を促
で接する機会が無かった、様々な分野の学
すためには、家や地域の環境、介護保険サ
問について学ぶことができました。また、
ービスの利用状況を評価し、実態に合わせ
他分野で自主的に行われている勉強会にも
た環境整備が必要であると結論づけまし
参加できる機会もありました。このような
た。
経験は、包括的な視点から物事を観察する
6. ヒューマン・ケア科学専攻を卒業して
力を養う上で、大変有意義であったと思い
私は本専攻卒業後、研究機関にて高齢者
ます。
政策に関係する研究事業に関わることがで
4. ヘルスサービスリサーチ分野での学び
きました。これは、ヒューマン・ケア科学
① 英語論文を批判的に読むトレーニン
専攻で学際的な雰囲気の中で学ぶ事ができ
グ
たからこそ、得ることができた貴重な経験
自身で論文を執筆するためには、関連する
であったと考えています。
分野の論文の構成を知っておく必要があり
ヒューマン・ケア科学は比較的新しい学
ます。論文を批判的に読むことで、内容の
問ですが、縦割りの問題を横からつなげて
理解、
論文の執筆時に大変役に立ちました。
観察するには大変有用な学問であると思い
また、論文には様々な最新の研究手法が紹
ます。そのため、今後もヒューマン・ケア
介されており、多くのヒントを得ることが
科学の概念のもと、信頼に値する研究成果
できました。
を積み重ねて行きたいと考えています。
②ゼミ 自身が興味を持つテーマに理解
必ずしも一筋縄ではいきませんが、皆さ
を示してくれる教員や仲間に対し、研究の
んも、この懐が深いヒューマン・ケア科学
進捗状況を報告することは、研究経過を推
について学びませんか。
敲する上で非常に有意義な経験でした。
③その他 医学的研究のデザイン方法、
大規模調査データの操作、統計用プログラ
ミング、競争的資金獲得のための研究計画
活躍する卒業生から
133
活躍する卒業生から
「参照する」こと
ヒューマン・ケア科学で学んだこと
菊池 春樹
2011年修了
<はじめに>
ケア科学で学んだことをここに紹介する。
私は、大学を卒業後、10 数年、児童精
<ヒューマン・ケア科学で学んだこと>
神科の診療所で働いてきた。現場の仕事は、
1 参与観察という方法
とても充実していて、やりがいがあった。
大学院に入学してすぐに、社会精神保健
この充実感、やりがいを伝えたい。臨床は
学研究室の森田展彰先生と先輩の徳山美知
おもしろい、そう思ってくれる後輩を育て
代さんの研究プロジェクトに参加する機会
たいと思うようになっていた。
を得た。この研究は、児童養護施設にいる、
「机上の空論」
。失礼だが、最初、
「研究」
被虐待幼児にアタッチメントをベースとし
に抱いていたイメージはそうだった。臨
た介入を行い、その効果を測定するという
床の第一線で働いている自負から、
「臨床」
ものだった。
と「研究」は遠く離れていて、人間をケア
「被虐待幼児が不安定なアタッチメント
できるのは、実践を積み重ね、技術を応用
を示すことが多い」
、
「不安定なアタッチメ
した「臨床」であって、基礎的な「研究」
ントは、現在の行動問題や将来的な当人の
や「科学」ではない。当時の自分は、
「ヒュー
精神健康に影響する」
、
「児童養護施設には、
マン・ケア科学」の名前を横目にそんなふ
虐待が子どもに与える影響について、正面
うに考えていたのだ。
からケアしていく方法が用意されている例
しかし、ご縁があって見学させて頂いた
は数少ない」
。そんな現場のニーズが反映
ヒューマン・ケア科学専攻の社会精神保健
されていた。
学(中谷陽二教授)ゼミの光景は、自分が
現場のニーズは、国内外の学説と一致し
「井の中の蛙」であることを知らしめ、
「大
ている点、学説との相違点が検証され、た
海」に出ることを決意させるに十分であっ
だの現場の声から、より「科学的な」現場
た。一人ひとりの大学院生、
教官の研究テー
のニーズとなっていく。
マ、研究の仕方、それらの研究発表につい
介入プログラムも同様に学説やこれまで
ての鋭いコメントとディスカッション。
の知見を参照していく。慎重に、丁寧に。
この時のショックから、大学院入学を経
「なぜ、アタッチメントがベースなのか」
、
て修了するまでを振り返り、ヒューマン・
「プログラムの構造はどのようなものが適
134
ヒューマン・ケア科学への招待
切か」
、
「安全性はどうか」
、
「施設や職員が
の?」
、
「海外ではどう扱われているの?」
。
受け入れられるものかどうか」
。
ソクラテス的問答で、自分の研究の勝手な
研究としての評価方法、評価の視点、倫
「思いこみ」に気づかされるのである。
理的配慮も磨かれていった。
私は、時間ができると、中谷先生の著書『分
決して、机に向かっているだけではない。
裂病犯罪研究』を書写した。初歩の「まね
現場にいて、現場の声を聞き、現場に受け
び」である。本質に近づくための「参照す
入れられる提案をする。研究が、その提案
る態度」
。その態度は、
「研究」でも「臨床」
がより良いものであるという根拠を提供す
でも共通で重要であることに気づく。
「思
るのだ。これらの一連の方法は、
「参与観察」
いこみ」から自由になりたいと願う。この
と呼ばれ、私は、この「参与観察」で研究
ように、
書写から「参照する態度」をも「ま
が進められていく様子を「参与観察」でき
ねび」
、また、先生方、先輩の日常の姿が
たわけである。
モデルとなり、研究者、臨床家としてのよ
2 参照する態度
り良い態度を学ぶことができた。
「まねぶ」という言葉があるらしい。
「学
<ヒューマン・ケア科学を学びたい人へ>
ぶ」の元になったとも言われている。
ヒューマン・ケア科学は学際的である。
中谷陽二先生は、司法精神医学が専門で、
これは旨みでもある。研究室での学びに加
機会がある毎に、精神鑑定や事件に関わっ
えて、さまざまな分野の先生、学生との交
た人についての精神科医の意見書のことを
流から「気づき」やヒントが得られた。大
紹介して下さった。毎日、朝早くから、机
学院を修了した現在でも、引き続き、ご指
に向かって書き物、調べ物をしている中谷
導を頂いている。ありがたいことである。
先生の背中を廊下越しに見てきた学生は多
本専攻は、大学から問題意識を持って進
いだろう。中谷先生の仕事は、本当に丁寧
学する学生にも、私のような「臨床」の現
だ。段ボールで何箱もある調書に目を通し、
場から進学する社会人学生にも質の良い学
時間の許す限り本人や家族と面会する。ま
びを提供するキャパシティを持っている。
さに「いま、
ここで」事件が起きていて、
「あ
充実した時間を過ごしてほしい。
そこで誰かが支援していれば、こんな事件
は起きなかったのかも?」などの想像を読
者に抱かせるような鑑定書、意見書を拝見
することができた。その文章は、多くの文
献が参照され、決して押しつけのない客観
的な記述なのだ。
ゼミでの中谷先生のコメントは、いつ
も本質を突く。
「○○とはどういうことな
活躍する卒業生から
135
活躍する卒業生から
「ケア」はいかにして可能か
丹治 恭子
2008 年修了
「ケア」とは何か
である成人・子どもの要求を満たすことに
ヒューマン・ケア科学専攻は、医学・心
関わる行為や関係」という「ケア」の定義
理学・社会学・教育学・看護学等、多様な
が採用されています。この定義によって、
学問分野からなり、成人・高齢者・外国人・
「ケア」それ自体を規範的なものとせず、
「ケ
子ども・障害者…とさまざまな人々を対象
ア」の指し示す領域を、看護、乳幼児に対
とした研究が行われています。本稿では、
する育児、高齢者に対する介護、障害者に
専攻の共通基盤とされており、研究的・社
対する介助、といった依存的な存在との関
会的関心が高まっている「ケア」について
係性に限定することが可能となります。
考えてみたいと思います。
加えて、社会学では、これらの行為や関
カタカナ表記の「ケア」という概念への
係が、どのような文脈の中で執り行われる
関心が高まり、
「ケア」という語が日本に
のかを明らかにすることに最大の関心を寄
おいて多く用いられるようになったのは、
せています。依存的な存在の要求に応える
1980 年代後半からと言われています。そ
行為も、ある文脈のもとでは「よきもの」
の中でも、倫理学・哲学・教育学といった
となり、異なる文脈のもとでは「抑圧」
「義
分野においては、
「ケア」それ自体を「よ
務」として働くのであれば、
「ケア」の検
きもの」
「望ましいもの」とする理念的・
討には文脈の存在が不可欠です。上記のよ
規範的な見方がとられてきました。
うな定義を用いて、文脈を含めた記述を行
ただ実際には、
「ケア」として捉えられ
うことによって、
「ケア」行為に伴うさま
ている行為の中にも、
「よきもの」とは言
ざまな側面を捉えることが可能となるので
い難いような虐待や暴力、強制的な労働等
す。
が含まれることもあります。これらの側面
は、
「ケア」を「よきもの」とすることで
「ケア」としての「子育て」
見えなくなってしまうことがあるのも事実
私の研究テーマである「日本における乳
です。
幼児期の子育て」も、
社会状況の変化によっ
そこで、社会学においては、従来の「ケ
て、そのあり方が大きく左右されてきた領
ア」概念の限界を踏まえ、
「依存的な存在
域であるといえます。
136
ヒューマン・ケア科学への招待
近代日本においては、妻/母といった役
いて行われるため、行為者とは異なる観察
割の女性が、家族内のケアの専従者として
者の視点からの記述が必要となるのです。
位置づけられてきました。中でも育児は、
こうした観察者の視点の必要性について
母親が担うことが「自然」とみなされ、親
は、大学院時代の研究室活動の一環として
子の愛情を根拠に、子どもに対する献身的
行われた、つくば市の子育て支援活動を通
な姿勢が求められました。こうした育児の
じて、実感することができました。行為者
もつ抑圧性が明らかにされたのは、日本に
の水準と行為者を観察する水準の視点との
おいては 1980 年代以降のことであり、そ
切り分けを意識することは当初は難しいも
れ以後は家族による育児というあり方への
のでしたが、自らが置かれた文脈を記述の
問い直しがみられるようになっています。
対象とするというここでの経験は、今日の
これらの家族に起こった変化を踏まえ、
私の研究的な立場の基礎を作っています。
大学院時代には、幼稚園・保育所といった
施設の変化とその背景を追うことで、乳幼
「ケア」はいかにして可能か
児期の「ケア」の文脈性を検討してきまし
「ケア」を取り巻く社会情勢は、2000 年
た。1990 年代以降、家族の多様化や共働
代以降の日本において、大きな変化を迎え
き家庭の増加の中で、専業主婦の子どもを
ています。子育て支援の実施、介護保険の
主な対象とした「幼稚園」への需要は減り、
導入、障害者の自立支援に向けた動きにみ
保護者の就労支援を目的とした「保育所」
られるように、
「ケア」の諸領域において、
への需要が高まっています。育児への母親
従来の家族を超えたあり方や「ケアの社会
専従が強調された時代には、母親と離れて
化」に向けた模索が始まったのです。
保育所に通う子どもたちを「かわいそう」
近代における家族が「ケア」を実践する
とする見方もありましたが、社会変化の中
ための抑圧の装置として働いたように、ど
でそうした眼差しは薄れつつあります。乳
のような文脈の下で、新たな関係としての
幼児期の子育てを担う保育という営みも、
「ケア」が成り立ちうるのか、この点の検
社会的文脈によって、全く異なる意味が付
討が今後の課題といえます。
与されてきたのです。
「行為者」と「観察者」のあいだで
そして、これらの「ケア」をめぐる文脈
を捉えるためには、
「ケア」行為を「観察」
する視点が不可欠となります。
「ケア」は、
その行為者にとっては、
「∼であるべきだ」
「∼が望ましい」という規範や価値に基づ
活躍する卒業生から
137
活躍する卒業生から
ヒューマン・ケア科学専攻で学ぶ機会を得て
千綿 かおる
2009 年卒業
私は、平成 17 年∼平成 20 年の 4 年間、
た理由は、人を理解してより質の高い専
武田研究室に在籍し、
「知的障害者施設に
門分野の仕事をしたいと考えたからです。
おける歯科保健支援に関する研究」のテー
ヒューマン・ケア科学専攻では、健康科学、
マで博士論文を作成しました。現在は母校
心理、教育、障害、福祉等々関連分野を学
の公立歯科大学口腔保健学科で 4 年制歯科
ぶことができ、人に関わる多分野の学びが
衛生士教育に従事しています。
できることが特徴です。
私の専門分野は口腔保健支援を行う歯科
私はそのなかで、健康社会学の専門分野
衛生士です。私は、歯科衛生士として歯科
である武田研究室に所属して指導を受けま
医療と障害者歯科分野の臨床経験を積んだ
した。健康社会学を選んだ理由は、これま
後、筑波大学の社会人大学院である教育研
で障害者歯科の中では医学モデルで患者支
究科リハビリテーションコースを修了後、
援をしてきましたが、その効果が上がらず
ヒューマン・ケア科学専攻に進学しました。
限界を感じていたからです。そこで、より
ヒューマン・ケア科学専攻で学んだこと
効果のある患者支援をしていくためには、
ヒューマン・ケア科学専攻では、一般学
社会モデルによる健康科学を学ぶ必要があ
生と一緒に学べたことが、今から育つ学生
ると考えました。その結果、ヒューマン・
達の意欲に刺激を受けたり、また他の分野
ケア科学専攻入学後は、人生の中で最も価
を学ぶ機会となった点で本当に恵まれてい
値のある 4 年間を過ごすことができまし
ました。社会人学生には、もちろん年齢、
た。
体力、記憶力等のハンディはあるものの、
健康社会学(武田研究室)で学んだこと
現場経験のあること、イマジネーションが
ゼミでは、健康社会学の研究をしている
多様であること、問題意識があること、学
院生達から、質問紙調査方法、統計分析、
んだことを即臨床に活かせること等のメ
プレゼンテーション、学会発表等々さまざ
リットがあり、何よりも学位取得後はその
まな意見をもらい学ぶことができました。
まま専門分野で学位を活かすことができま
また他の学生が指導を受けていることをそ
す。
のまま自分のこととして聞くことで、多く
私がヒューマン・ケア科学専攻を選択し
のことを学びました。
138
ヒューマン・ケア科学への招待
一方で、武田研究室は決して甘い所では
た。だれでも口腔疾患は避けたいと願い、
ありませんでした。ゼミは密度の濃い学び
また予防が必要だと理解していますが、現
のできる機会であり、ゼミでの質問の数々
実に予防行動を実行することは困難です。
はどこで質問を受けるよりも厳しく、その
歯磨きや歯科定期健診が必要だと理解して
対応ができることが研究能力の向上に繋が
いても、歯科に関する保健行動は他の保健
りました。修了後、
他大学関係者達から「厳
行動よりも優先順位が低いのが現状です。
しく指導してもらったから学位の取得がで
そこで負担の少ない保健行動を学ぶこと
きたんだ」と言われました。
により、対象者に負担をかけずに予防に繋
在学中を通して、研究スキルを身に付け
がる健康教育が可能になります。健康社会
なければならないと言われてきました。こ
学を学んだことで、研究のみならず、実践
れまでの自分の価値観や経験から判断する
現場での情報整理、制限された環境の中で
のではなく、理論を組み立てていく作業が
負担が少なく実施可能なことを一つずつ積
研究だと感じました。社会人学生が最も苦
み上げることができるようになりました。
労する部分です。研究は、これまでの価値
学位取得について 学位取得は、本気で
観から抜け出してフリーの状態で、一つず
諦めずに継続することで可能です。具体的
つ再度積み上げていく過程が必要です。そ
には「生活の優先順位一番に学位取得」を
のための大学院生活だと思います。
位置づけることでしょう。特に社会人は、
私の研究は、入学時の五里霧中の状態か
仕事をしながら学ぶ困難さに理由をつけれ
ら、一度バラバラに分解し、その後、一つ
ば色々あります。社会人が学位を取得する
一つ組み立てて行きました。博士論文を書
には「生活の優先順位一番に学位取得」の
き終わった時、指導をしていただいたこと
決意がなければ困難でしょう。数年間の研
が一本の線で繋がった感覚を持ちました。
究生活に全力をかけることで学位取得は可
これは、武田研究室の他の学生も同じよう
能となり、そのようにして学んできた時の
な表現をしています。武田先生は、学生の
達成感は何にも代えがたいものです。
テーマをよく理解され、先を見越して的確
私の今後の目標は、ヒューマン・ケア科
なご指導をしてこられるのですが、学生は
学専攻で学んだ事を活かして、専門分野の
指導を受けている時には理解できずに、修
研究成果を残すことです。具体的には、障
了する時にそれが全て理解できるのです。
害者歯科分野の口腔保健支援の発展に繋が
まるでパズルです。
る研究を続けていきたいと思っています。
ところで歯科医療では、健康な成人を対
象とする技術的側面のみ発達してきた歴史
があり、口腔疾患の予防や障害や病気のあ
る人を対象にする視点が不足していまし
活躍する卒業生から
139
活躍する卒業生から
私が取り組んだ障害者用駐車スペースの研究
西館 有沙
2006年修了
<研究のきっかけ>
私は障害者の生活支援に焦点をあてて、
これまで研究を行ってきた。そのひとつが、
障害者用駐車スペースの適正利用に関する
研究である。
なぜ、障害者用駐車スペースをテーマに
したのか。そのきっかけは、他の研究者が
「車いすを使用するドライバーの多くは道
路交通における問題点として駐車場利用を
挙げている」と発表していたことにある。
2 年間で、足を運んだ駐車場は日本国内
その発表では、一般の人が不正に障害者用
や海外を合わせて数百か所にのぼる。数時
駐車スペースに車を停める問題が指摘され
間、駐車場でひたすら障害者用駐車スペー
ていた。
スに停まった車やその運転者を観察したこ
私は、車いす使用者らがなぜこんなにも
ともある。駐車場で調査をしていると、守
駐車場利用に困っているのかを、より詳し
衛に「何をしているのか」と怪しまれるこ
く知りたいと思った。このテーマを研究し
とがしばしばある。
「そんなものを写真に
ている人は非常に少なかったこともあり、
撮って楽しいか」と一般の人に声をかけら
やるべき研究は多くあると、わくわくした
れたこともある。そのような人たちに、私
ことを覚えている。
は目をきらきらさせながら「話を聞きたい」
<駐車場をめぐる毎日>
と質問を投げかけた。ただ、黒塗りの高級
その日から、時間が空けば駐車場を回っ
車が障害者用に停めているところを写真に
て、障害者用駐車スペースについて調べた。
おさめようとした時には、さすがに「危険
調べれば調べるほど、なんとおもしろい研
だ」と他の研究者に停められた。
究テーマだろうと夢中になった。ある時は
駐車場の管理者を尋ねて話を聞きに行っ
海外の学会に向かう途中で障害者用駐車ス
たこともある。ある県庁では省エネのため
ペースを見つけ、スーツ姿で調査を行った。
に電気の消えた薄暗い部屋で丁寧に質問に
140
ヒューマン・ケア科学への招待
答えてくれた。ある警察署では署員に怒ら
由でこの区画を利用していた。この区画に
れることを覚悟で調査をしていると話した
停めた言い訳として、
「飼い犬に障害があ
ら、
「今日は署長が障害者用に停めている
る」と答えた人の事例はいまだに忘れられ
から写真を撮ったらどうか」と勧められて
ない。
驚いた。このように実際に目で見て、いろ
これらのアンケートによって問題点が整
いろな人から話を聞いたことが、私にさま
理されてくると、今度は、一般の人の駐車
ざまなことを教えてくれた。
を防止する対策をとっている事例を探して
意外だったことに日本国内で、区画の数
は、話を聞きに行った。また、それらの対
や幅が基準を満たしていないところは多く
策がどの程度効果をあげているのかについ
あった。なかには、地面の車いすのマーク
て、検証を行った。
がはがれて、障害者用であることがよくわ
アメリカやヨーロッパ、韓国、台湾など、
からない区画もあった。一般の人が停めて
さまざまな国に行って、障害者用駐車ス
しまうという以前に、この区画には多くの
ペースの設置状況や運用の方法について調
問題が生じていたのである。そしてやはり、
べてもみた。
一般の人がこの区画に停める様子をしばし
私は約 8 年にわたって、これらの研究を
ば見た。私は、車いす使用者らが「ない
積み重ねてきた。気がつけば、誰よりもこ
から使えない」
「あっても使えない」とい
の問題に詳しい人間になっていた。
う経験を日常的にしていることを、実感を
<研究の成果を社会に発信する>
もって知った。
私たちの分野の研究は、社会に積極的に
障害者用駐車スペースをめぐる問題は、
発信していかなくてはならない。社会を変
総合的に明らかにしなくてはならない。そ
えるために行っている研究だからである。
うしなければ、有効な対策を示すことはで
そこで研究発表にとどまらず、ときにはテ
きない。これが、私の結論だった。
レビ番組や新聞の取材にも答えて、この問
この研究に取り組んだ最初の数年間は駐
題について訴えた。駐車場の専門書も出版
車場を歩き回っていたので、
「美白」をあ
した。
きらめざるを得なかった。
そのような活動を通して、現在は、障害
<研究を積み重ねる日々>
者用駐車スペースの運用について、各地か
駐車場をめぐる一方で、私は車いす使用
ら寄せられる相談に応じ、アドバイスを
者やその家族、一般の人などにアンケート
行っている。研究した成果を実際の対策に
をとった。一般の人は、障害者用駐車ス
つなげていけること、それによって社会を
ペースが何のためにあるかを正しく理解し
変えられることは、研究者として大きな喜
ておらず、
「他が空いていないから」
「少し
びである。
の間だから」
「建物に近いから」などの理
活躍する卒業生から
141
活躍する卒業生から
「ヒューマン・ケア科学専攻でヒューマン・ケア科学を学ぶ」
ということ―ケアラーへの支援に向けたサービスのアウトカム評価研究を通して―
松澤 明美
2010年修了
1. はじめに 私の研究テーマは、無償で
ケアラーに対する社会的な認識は未だ充分
家族をケアする人の権利保障に向けて、そ
ではなく、その支援はこれからの課題と
の実態を評価し、それらの実証データに基
なっています。このような問題関心から、
づいた支援の在り方を明らかにすることで
私はヒューマン・ケア科学専攻ヘルスサー
す。わが国ではこの無償で家族をケアす
ビスリサーチ分野・田宮菜奈子教授のご指
る ケアラー を直接支援するサービスは
導の下、5年間の院生としての研究生活を
公的にはほとんどありません。その理由の
経て、平成 21 年度に「わが国における高
一つに、ケアラーの実態や社会的インパク
齢者および障害児・者をケアする家族への
トが、ケアラーの視点から多面的にそして
支援制度の構築に向けたアウトカム評価」
充分に評価されていないことが挙げられま
と題した博士論文にて、学位・博士(ヒュー
す。
マン・ケア科学)をいただきました。
わが国では何らかのケアを必要とする
2. ケアラーへの支援に向けた研究を通し
障害児・者や高齢者のケアの 80%は、
「家
て学んだ「学際」の意義 ヒューマン・ケ
族」が担っているといわれています。この
ア科学専攻の在学中に学ばせていただいた
ケアを担う家族、つまりケアラーはうつや
ことは多岐に渡り、数えきれないほどです
負担感などの心理的影響があるだけではな
が、この専攻の研究室だからこそ、学び得
く、ケアをしていない人と比べると死亡率
たことの一つとして、
「学際」の意義があ
も高いと報告されています。このようにケ
ります。
アラーは支援の必要性が高い対象と考えら
私が研究対象としているケアラーが抱え
れますが、わが国では家族をケアする家族
ている問題は多様かつ複雑です。具体的に
が抱える負担や苦悩は、家族であるがゆえ、
はケアラーが抱えている問題は単なる身体
いわば当たりまえのように、周囲そして社
的な健康の問題に限らず、心理的問題や経
会に認知されている傾向があります。特に
済的問題、家族労働などの労働問題、女性
障害児の母親はその人生の大半を育児・介
介護などのジェンダー問題、法制度・政策
護に費やしており、自分自身の人生を生き
的問題など、複数の多岐に渡ります。つま
られていない人が数多くいます。しかし、
りケアラーを理解し、ケアラーを支援する
142
ヒューマン・ケア科学への招待
には、ケアラーに対する多面的かつ包括的
研究室で進められているプロジェクトはま
なものの見方が必要不可欠となります。実
さに学際的テーマであり、研究メンバーも
際に、ケアラーとその支援にかかわる研究
現場同様の学際そのものでした。私は幸運
は、看護学に限らず、医学や公衆衛生学は
にもこの研究室で医者、看護師、保健師や
もちろん、心理学や社会学、法学、政策学、
理学療法士、薬剤師などの多職種が一つの
経済学、家政学など、複数の学問領域に渡っ
テーブルを囲んで討議する保健・医療・福
ています。またケアラーへの支援の一つで
祉などの分野を越えた多くの時間を共有さ
あるサービス利用に関してみても、サービ
せていただくことができました。私のケア
スのケアラーへの影響を評価することは、
ラーへの支援という研究テーマはまさに、
サービスの効果には複数の要因が関連して
本専攻のような人間援助に向けた統合的研
いるため、その関係を明らかにすることは
究領域であり、幅広い自由な学際領域だか
非常に複雑で、容易ではありません。
らこそ多くの学びを得られたのだと思いま
一般的に、○○学という既存の学問体系
す。そして研究室での異文化間交流、学際
に、ヒューマン・ケア科学を目にすること
的コミュニケーションにより、研究視野を
はあまりありません。しかし、私が研究対
大きく広げていただいたと思っています。
象とするケアラーの問題は、まさに人間の
3. おわりに この専攻で学び得たその真
持つ諸問題のうちでも極めて普遍的な問題
価が問われるのはまさにこれからであり、
です。加えて、少子高齢社会や医療の進歩、
社会に還元される研究を発信できてこそ、
変化する保健医療制度の中でケアラー支援
初めて評価されるものと思います。わが国
には新しい思考と方策が求められていま
のケアラーの権利保障に向けて、意味のあ
す。それゆえに、創造的・独創的な研究が
る研究成果を発信できるよう研究活動を進
求められており、このような問題こそ、既
めていきたいと考えています。
存の縦割り式の学問体系ではない学際研究
や学際的アプローチの必要性があると考え
ます。
さらに、所属させていただいたヘルス
サービスリサーチ研究室は、看護・保健・
福祉を含む各種サービスの質を、ヘルス
サービスリサーチ手法を用いて包括的・科
学的に評価・分析し、その実証データに基
づく学際的な研究成果を通じてサービス
の質向上を図り、生活と調和した医療を目
的とした研究を実施しています。そのため
活躍する卒業生から
143
144
ヒューマン・ケア科学への招待
情報アラカルト
131
情報アラカルト
ヒューマン・ケア科学を知る11冊
●共生教育学
・岡本智周・田中統治編『共生と希望の教育学』
●臨床心理学
筑波大学出版会、2011 年.
・土居 健郎著 『新訂方法としての面接―臨
◇共生教育学分野関係者が多数執筆。「共生」
床家のために』医学書院 1992 年.
が求められる社会的背景、具体的な人間関係
◇心理臨床家としての基本的な図書
におけるその難しさを見据えたうえで、なお
教育が果たし得ることを示す一冊。
●発達臨床心理学
・弘中正美・濱口佳和・宮下一博(編著)
『子
どもの心理臨床』北樹出版、1999 年.
◇フロイト、ユング、ロジャーズ、対象関係論、
母子関係論など子どもの問題行動の理解や心
理療法の基礎理解に欠かせない理論を踏まえ
つつ、遊戯療法、行動療法、家族療法、箱庭
療法、芸術療法など、子どもの心理臨床でよ
く用いられる多様な技法のエッセンスを紹介
する。
146
ヒューマン・ケア科学への招待
●生活支援学
・ 徳 田 克 己・ 水 野 智 美 共 著『 点 字 ブ ロ ッ ク 』
福村出版 2011 年.
◇ヒューマン・ケア科学と言っても「ひと」
だけを対象にしているわけではありません。
人間を支援するツールを研究するのもヒュー
マン・ケア科学です。この本は、私たちが十
数年をかけて、約 60 の国・地域を回って収
集した点字ブロックの資料をもとにまとめた
世界初の点字ブロックの専門書です。
●健康社会学・ストレスマネジメント
・山崎喜比古編「健康と医療の社会学」東京
大学出版会 2001 年
◇健康社会学の入門書です。健康社会学とは
何かについて、その対象や方法、扱うテーマ
やトピック、基本的概念や理論をわかりやす
く提示しています。ヒューマン・ケア、保健・
医療・福祉にかかわる人々にお勧めです。
●高齢者ケアリング学
・トリシャ・グリーンハル(著)斎藤清二(訳)
『グリーンハル教授の物語医療学講座』三輪
書店 2008 年
◇ヒ ュ ー マ ン・ケ ア 科 学 へ の 招 待(2012)
にて当分野よりご紹介しました『ナラティブ・
ベイスト・メディスン』の著者が、単著とし
て新たに手掛けたものです。対象の物語の理
解に基づいたケアについて学びたい方に参考
になる本です。
情報アラカルト
147
●社会精神保健学
●ヘルスサービスリサーチ
・ H e r m a n , J . L . : T R AU M A A N D
・ 医 療 の 質 の 定 義 と 評 価 方 法 Avedis
RECOVERY. Basic Books, New York,
Donabedian ( 著 ) 、東 尚弘 ( 翻訳 ) NPO 法
1992(中井久夫訳 : 心的外傷と回復 . みすず
人健康医療評価研究機構 (iHope); 2007 年
書房、1999 年)
◇ヘルスサービスリサーチの基本概念であ
◇災害や事故や虐待によるトラウマの影響と
る「構造、過程、結果」の枠組みを提唱した
その援助について示した本。阪神大震災来、
ドナベディアンによる「医療の質とは何か」、
心の傷を負った人へのサポートという観点や
「どうやって評価するのか」を解説したもの。
活動が行われるようになったが、その流れを
非常勤講師として、本学でヘルスサービスリ
作ったテキストの1つといえる。
サーチでの講義もお願いしている東京大学東
尚弘先生による翻訳。
●福祉医療学
・吉村昭:白い航跡(上・下)講談社文庫.
1994 年
●寄付講座「人間安全保障」
◇日本でかつて結核と並んで国民病といわれ
・アマルティア・セン(東郷えりか訳)
『人間
ていた「脚気」
。当時原因不明のなか、疫学
の安全保障』集英社新書、2006 年
研究によってその制圧に導いたのが海軍軍医
◇ 2001 年に設置された「人間の安全保障委
の高木兼寛。決して平坦ではない彼の生涯を
員会」の議長を緒方貞子氏と共に務めたアマ
たどりながら、高等教育を受けた者がどのよ
ルティア・セン著の「人間の安全保障」。同
うな生き方をすべきかを考えさせられる、示
書は、
「人間安全保障」の定義をはじめ、
グロー
唆に富む 1 冊である。
バル化、民主化、人権、持続可能な発展に関
するセンの哲学が展開される一冊である。
●保健医療政策学
・「医療人類学―世界の健康問題を解き明か
す」アン マッケロイ、パトリシア タウンゼ
ント著。丸井英二、杉田聡、近藤正英、春日
常訳。大修館書店.1995 年
◇健康問題に対して学際的なアプローチから
迫った書。保健医療政策学分野のバックボー
ンとしての社会科学や疫学と健康の関わりが
平易に紹介されています。
148
ヒューマン・ケア科学への招待
情報アラカルト
149
情報アラカルト
推薦図書・論文・その他
①基本図書
・Gilligan, C. (1982). In a different voice.
Cambridge. England. Harvard University
・岡本智周『歴史教科書にみるアメリカ――
共生社会への道程』学文社 2008 年
◇アメリカ社会で共有される教育的知識の変
Press.
◇道徳性の発達において、男女の発達の様相
が異なること、男性とは異なる女性の発達が
あることを初めて指摘した書。それまでの心
遷を辿り、多文化教育の意義と成果、および
その今日的隘路を検討。その先の活路として
の「共生のための教育」の課題を提示。
理学の理論の発達、その後の理論展開にも、
女性の視点から大きな示唆と影響を与えた。
・Schroeder,C.S.,& Gordon,B.N.(2002).
Assessment & treatment of childhood
・Mayeroff M. (1971). On caring.
New York, Harper & Row.
◇ 21 世紀はケアの時代と言われるが、ケア
とは何か、ケアの本質について深く考えさせ
てくれる本である。ケアに関わるすべての人
(医療、看護、保健、教育、保育、福祉などなど)
に基本書としてお勧めしたい。
problems second edition.
N.Y. Guilford Press.
◇米国の 2 人の児童臨床心理学者の共著.発
達精神病理学の概説と幼児∼青年期までに見
られる子どもの多様な精神疾患や発達障害に
ついて,アセスメントと心理臨床的介入法に
ついてまとめられたテキスト.アセスメン
トで頻繁に使用されている心理尺度の付録つ
・『自殺論』エミール・デュルケム(著)
き.
中央公論社 1985 年
◇自殺を社会現象とみて、その社会的原因を
探った社会学の古典。社会学の見方や社会学
の方法を学ぶ上でも基本となる書。
・ 山 崎 喜 比 古、 他 編「 ス ト レ ス 対 処 能 力
SOC」有信堂高文社 2008 年
◇健康社会学者 Aaron Antonovsky が提唱し
た健康生成論と SOC (Sense of coherence)
・ニクラス・ルーマン『社会の教育システム』
村上淳一訳,東京大学出版会,2004 年
◇思うようにならないことこそ教育の特徴で
概念、およびその後の研究者による子どもか
ら高齢者までさまざまな対象者に関する SOC
の実証研究を紹介しています。
あることを真正面から論じている。思うよう
にならないから出来るだけ思うようになるよ
うにしようというのではなく,思うようにな
らないのにどうにかなっているという事実を
認識し,なぜそうなのかを分析し,それを前
提に物事を考える視野を開いてくれる。
・上岡陽江、大島栄子:その後の不自由:
「嵐」
の あ と を 生 き る 人 た ち、 医 学 書 院、 東 京、
2010 年
◇著者の 1 人上岡さんは、女性ダルクハウス
を造った人である。薬物問題やトラウマの問
題からの回復者でもある彼女は当事者と援助
150
ヒューマン・ケア科学への招待
者の立場の両方から、本当に助けになる援助
・諸富徹『環境』岩波書店、2003 年
の方法について具体的な工夫を示している。
◇書籍は社会関係資本 (social capital) を経済
大島さんは、上岡さんの話を引出し、まとめ
学の視点から丁寧に解説する書籍です。同書
る役を行っている。上から目線の援助者にな
の中では専門用語が十分に説明されています
らないために、読んでおくべき本。
ので、経済学を専門にしていない人でも社会
関係資本の概念が理解できます。人々の間に
・厚生統計協会 国民衛生の動向
形成されるネットワークを理解することは、
ヒューマン・ケア科学を理解する一つの手段
・厚生労働省 厚生労働白書
になると考えられます。
・Kenneth Rothman 著 .『ロスマンの疫学
・萱間真美(著)
.『質的研究実践ノート』医
― 科 学 的 思 考 へ の 誘 い』篠 原 出 版 新 社 学書院 2007 年.
2004 年
◇グラウンデット・セオリー・アプローチを
◇ 1986 年に発行され、疫学のバイブルと呼
研究手法として手掛けたい方、指導に携わる
ばれた Modern Epidemiology の著者が、諸
者にとっても参考となる。
学者向けに表した教科書の和訳版。わかりや
すく書かれているが、疫学の方法論の概念を
・宮寺晃夫・平田諭治・岡本智周『学校教育
知るのに最適
と国民の形成』学文社,2012 年.
◇グローバル化と国民主義が交錯する今日、
・「医療人類学―世界の健康問題を解き明か
学校教育の「国民形成」の機能は、人間を連
す」アン マッケロイ、パトリシア タウンゼ
帯の方向にも排他の方向にも導き得る。人び
ント著。丸井英二、杉田聡、近藤正英、春日
との共生を志向する教育を考える際に、まず
常訳。大修館書店 1995 年
見据えるべき問題の所在を示す一冊。
◇健康問題に対して学際的なアプローチから
迫った書。保健医療政策学分野のバックボー
ンとしての社会科学や疫学と健康の関わりが
②一般推薦図書
平易に紹介されています。
・鷲田清一著 (1999).『「聴く」ことの力』 阪
急コミュニケーションズ
・
『高次脳機能障害学』石合純夫,医歯薬出版.
◇
「聴く」とはどのようなことか、どのよう
2003 年
な意味があるかについて語られた哲学書。
◇神経心理学(高次脳機能障害学)の標準的
なテキストです。
・ミッチ・アルボム著 (1998).『モリー先生と
の火曜日』日本放送出版協会
・
『精神症候学(第 2 版)』濱田秀伯,弘文堂.
◇死にゆく恩師と、その元を見舞いに訪ね、
2009 年
恩師と話すうちに自分自身の生き方を見つめ
◇傾聴だけではない大事なことがたくさんあ
直し、生き方を見いだしていく教え子(新聞
ることを教えてくれます。
コラムニスト)との交流。話を聴くこと、聴
情報アラカルト
151
いてもらうことを通した人と人とのつなが
標準的な心理学方法論で臨床心理学「研究」
り、相互作用について考えさせられる書。
を行う際のあり方を示す。
・『まなざしの地獄』見田宗介(著)河出書房
・
『量的研究法(臨床心理学をまなぶ 7)』南
新社、2008 年
風原朝和,東京大学出版会.2011 年
◇追われるようにして地方から都市に出てき
◇ 研究立案のためのガイド として,心理
た少年が、都市のもつ非条理のなかで生き惑
学の研究方法論と心理統計をリンクさせる。
い、殺人という凶行に及ぶまでの過程を描く
分野外の方にもオススメ。
社会学のモノグラフ。
・江守正多他著、地球温暖化はどれくらい「怖
・ニーチェ『道徳の系譜』木場深定訳,岩波
い」か ? 温暖化リスクの全体像を探る、
文庫,1964 年
技術評論社。2012 年
◇
「稲妻をその閃きから引き離し,閃きを稲
◇地球温暖化が与える影響を、中立的な立場
妻と呼ばれる一つの主体の作用と考え,活動
からわかりやすく説明したもの。本田が健康
と考える」ことが「
『主体』という魔の取り
の章を担当した。
換え子の迷信」である(47-8 頁)というよ
うなことを言っていて面白い。
・園田恭一、川田智恵子編「健康観の転換」
東京大学出版会 1995 年
・上野千鶴子『ケアの社会学――当事者主権
◇
「病気・異常」のキーワードによる伝統的
の福祉社会へ』太田出版、2011 年.
な医学モデルの健康理論に対する、「生活・
◇温情でも慈愛でも自然でも義務でもない、
コントロール・支援・共生」のキーワードに
社会関係としてのケアはいかにして可能か。
よる社会モデルの健康理論を、いろいろな健
論理と実証の巧みな結合が、ケアに関する今
康問題に関する実証研究から理解できます。
日の社会的資源を浮かび上がらせる。
・Michael. F. Drummond, Mark J.
・V.M. アクスライン (1964).開かれた小さ
Sculpher, et al. Methods for the
な扉 ある自閉児をめぐる愛の記録 岡本浜
Economics Evaluation of Health Care
江(訳)日本エディタースクール出版部
Program. third edition, Oxford
◇来談者中心療法の流れをくむ遊戯療法の開
university press 2007
祖,V.M. アクスライン自身が行った,5 歳
男児に対する 20 回ほどの事例報告.遊戯療
・Glanz, K., Rimmer, B.K., & Lewis, F.M.
法の原点を知るうえで必須の書籍.
(著)曽根智史・湯浅資之・渡部篤・鳩野洋
子(訳)
.
『健康行動と健康教育:理論、研究、
・『アナログ研究の方法 ( 臨床心理学研究法
実践』医学書院 2006 年.
4)』杉浦義典,新曜社.2009 年
◇米国看護系大学・大学院で健康行動と健康
◇
「記述研究」「異常心理学研究」
「介入研究」
教育の実践や研究に用いられているテキス
を,
「個人差(質問紙)」研究と「実験」研究で。
ト。研究仮説や理論的な枠組みの検討の際に
152
ヒューマン・ケア科学への招待
参考になる。
・Dodge,K.A.,Pettit,G.S.,McClaskey,C.L.,
& Brown,M.M.(1986).
③影響を与えた図書・論文
Social competence in children. ・Seligman, M.E.P. (1979). Learned
Monographs of Society for Research in
helplessness.
Child Development, serial ◇人はなぜ無気力になっていくのかを実験的
No.213,Vol.51,No.2,1-79.
に実証した論文。論旨が非常に明快でわかり
◇K.A.Dodge は現代児童心理学の Big Name
やすい。人の「無気力状態」がどのようなプ
の一人で,児童青年の攻撃行動・反社会的行
ロセスを経て学習されうるかについて詳細に
動の権威である.この論文は,「子どもの攻
検討され、提示されている。
撃行動は社会的相互作用において働く情報処
理メカニズムの歪みやエラーによってもたら
・
『精神・自我・社会』ジョージ・ハーバート・
される」を基本命題とする社会的情報処理理
ミード(著)青木書店、1973 年
論の代表作.大型トレーラーを改造した「移
◇他者との相互行為を通じて、生物学的な存
動実験室」で繰り広げられた方法論は今なお
在としての「ヒト」が社会的存在としての「人」
斬新 .
になっていく過程を描く社会学の古典。
・Gonzalez Rothi LJ, Ochipa C, &
・Hargreaves, A. and Goodson, I. (eds.),
Heilman, KM. A cognitive
2006 Special Issue: Educational Change
neuropsychological model of limb
Over Time, Educational Administration
praxis. Cognitive Neuropsychology 8(6),
Quarterly 42(1)
443-458, 1991.
◇30 年にわたる 8 つのハイスクールの変化
◇この論文と,そして患者さんに出会うこと
を,そこに勤務した教員へのインタビューを
で大学院時代の研究ができたように思いま
通じて分析した 5 つの論文を掲載している。
す。
長期的な視野で捉えると,短期的な目標達成
を優先する場合とは異なる要因が重要である
・Harold C. Sox, Jr., Marshal A. Blatt ことが明らかにされている。研究方法的にも
et al. Medical Decision Making,
実践的にも示唆に富む研究である。
Butterworths, 1988
・エミール・デュルケーム『自殺論』宮島喬訳、
・Robert H. Fletcher, Suzane W.
中央公論社、1985 年[原著 1897 年].
Fletcher, et al. Clinical Epidemiology.
◇人間の生き死にという現象を社会的要因か
the essential, Williams & Wilkins, 1988
ら捉えた古典。本書への批判の歴史が、人間
研究の展開の歴史でもある。人間が社会的存
・澤田昭夫「論文の書き方」講談社学術文庫
在であることを理解するための必読書。
1997 年
◇1977 年刊行以来、現在に至るロングセラー
情報アラカルト
153
です。歴史学研究を事例として 30 年前の文
悲しみ、厳しい現実、夢、希望などが見事に
献レビュー方式も書かれていますが、研究ジ
解説されている。手塚作品とともに育った著
ャンルや時代を超えて、論文の書き方や論理
者の「思いのこもった一冊(裏表紙解説より)
」
。
的思考を理解し実践するのに役立ちます。
・多田富雄(著)
.『寡黙なる巨人』集英社文
・徳田克己著(2011)
『育児の教科書 クレ
庫 2010 年
ヨンしんちゃん』 福村出版
◇
「相手の生命が回復するのを見て、自分も
◇クレヨンしんちゃんの作者と親交があった
生命を回復させられることに、感謝しなけれ
この本の著者は、世界で唯一「クレしんが子
ば。回復する生命-その 1、119-120 頁」
「さあ、
どもの育ちにどういう影響を与えるか」を研
君と一緒に生きてゆこう。どんな運命も一緒
究している。この本を読むと肩の力を抜いて
に耐えてゆこう。湯島の梅、107 頁」世界的
育児ができるようになるとママたちが喜んで
に著名な免疫学者であり、能楽や多くの随筆
いる。保護者支援の本。
など文化的活動も手掛ける著者が、出張先の
金沢で脳梗塞を患い、麻痺や言語障害を抱え
・徳田克己・水野智美共著(2011)
『お母さ
た。深い絶望を体験しつつも新たな自意識を
ん が う な ず い た 数 だ け 子 ど も は 伸 び る』
確立し、前向きに生きてゆく姿が描かれてい
PHP 研究所
る。第 7 回小林秀雄賞受賞作。
◇これも保護者支援の本である。ありがたい
ことに多くのお母さんたちに読まれている
が、内容には汎用性がある。すなわち「指導
④その他
教員がうなずいた数だけ院生は伸びる」とい
黒澤明監督「生きる」(1952 年 )
うことが暗に書かれていると言っても過言で
◇死とは?生きるとは?死に直面して初めて、
はない。
なぜ生きるのか?生きるとは何かを人は考え
る。監督黒澤明は「この映画の主人公は死に
・Elandt-Johnson RC. Definition of
直面してはじめて、過去の自分の無意味な生
rates: some remarks on their use and
き方、いや、これまでまるで生きていなかっ
misuse. Am J Epidemiol. 1975
たことに気がつくのである。そして残された
Oct;102(4):267-71.
僅かな期間を慌てて立派に生きようとする。
◇ある意味で当たり前のことを書いた論文で
…僕はこの人間の軽薄から生まれた悲劇をし
はあるが、疫学が量的な評価を可能にしてい
みじみと描いてみたかった。
」と述べている。
く過程で大きな役割を果たした論文。保健医
療政策に、死亡率の概念の理解が非常に重要
Stanley Kubrick (1971)「時計仕掛けのオレ
であるが、その概念を整理している。
ンジ」
◇15 歳の少年アレックスは、仲間と共に非
・斎藤次郎(著).
『手塚治虫がねがったこと』
行の限りを尽くす。ある時、ついに警察に保
岩波ジュニア新書 1989 年
護されて…。非行の矯正に使われる条件づけ
◇漫画を通して人が生きることに纏わる喜び、
も興味深い。その内容、シーン、音楽が限り
154
ヒューマン・ケア科学への招待
なく散りばめられている。
紙をもとに作成された絵本.転校先で受けた
いじめで不登校・引きこもりとなり,最後に
Charles Robert Redford Jr. (1980 )
「普通の人々」
は孤独のうちに若い命を落とした「いもうと」
の姿を抑制のきいた筆致で描写している.子
◇一見、幸福な家族が兄の死をきっかけとし
どものいじめ被害者の苦しみを伝えるのに最
てちぐはぐになっていく。父、母、二番目の
も効果的な作品のひとつ.
息子…。それぞれが悩み、葛藤を抱え、しか
し一言もそれを口にすることなく日々を送っ
・『看護婦のオヤジがんばる』
ていた。息子は精神療法を受け、次第に自分
◇1980 年製作、独立映画センター配給。新
自身を見出していく。
婚初日が夜勤、長女を出産したときには過労
で倒れた看護師である妻。公務員の夫は家事・
・映画:ビューティフル マインド
育児を分担しながら、趣味の芸術活動もまま
◇研究に直接役立つわけではないが、精神を
ならない。看護師の仕事が、家族の犠牲の上
病むことがどういうことか、また病んだ人が
に成り立つ現実について、夫が新聞に投書し
社会の中でどのように共存していくのかにつ
たきっかけで、夫である 看護師のオヤジ達
いて考えさせられる。統合失調症の患者であ
が立ち上がる社会派ストーリー。
る John Nash がノーベル賞をとるまでの様
子を描いている。
・『午後の遺言状』
◇1995 年公開、日本ヘラルド映画配給。監督・
・「ルポルタージュ」に描かれた社会と人間
脚本ともに新藤兼人。老いてやがて終焉を迎
◇現場に出向き、現場で見聞きし、現場で考
える人の生に関わる話題を、ユーモアとペー
え、現場の言葉でもって社会とそこに生きる
ソスを交えて描く。第 38 回ブルーリボン賞、
人間を描く至極のルポルタージュは、研究が
第 19 回日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞。
踏みつけ、切り落とし、時として隠蔽するこ
新藤兼人の生涯を通じてパートナーであっ
とにすらなる「人間の姿」を掬いあげる格好
た、女優・乙羽信子の遺作となった。
の書。
・『あなたへ』2012 年 8 月 25 日公開、東宝。
・『フリーダム・ライターズ(DVD)
』H・ス
◇高倉健 演じる刑務官が妻(田中裕子)の
ワンク主演、パラマウント、2007 年.
遺言に従い、富山から長崎・平戸に向かう旅
◇テーマは、人が他者を思いやるようになる
と、途中で出会う人々との交流を描いたロー
こと、そのために自らを尊重すること、そし
ド・ムービー。ビートたけし他、個性ある俳
て、それらのことを教え学ぶこと。教育実践
優陣が脇を固めた。引退を考えていた高倉
をベースにした物語。
(80)が大滝秀治(87。公開間もなく逝去)
の演技で出演を決意したエピソードが有名と
・松谷みよ子・味戸 ケイコ わたしのいもう
なった。
と 偕成社 1987 年
◇著者の松谷さんのもとに送られた読者の手
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155
情報アラカルト
関連学会情報
■アジア障害社会学会
■絵本学会
〒 305-8577
〒 567-8578
茨城県つくば市天王台 1-1-1 茨木市宿久庄 2 丁目 19-5
筑波大学総合研究棟 D 棟 727
梅花女子大学児童文学科
Tel: 029-853-6058
香曽我部秀幸研究室内
Fax: 029-853-6058
E-mail: [email protected]
E-mail: [email protected]
URL: http://www.u-gakugei.ac.jp/ ehon/
URL: http://homepage3.nifty.com/ktokuda/
page078.html
■ The Gerontological Society of
America
■医療経済学会
1220 L Street NW, Suite 901,
〒 105-0003
Washington, DC 20005, USA
東京都港区西新橋 1-5-11
Tel: 202-842-1275
第 11 東洋海事ビル2F 般財団法人
Fax: 202-842-1150
医療経済研究・社会保険福祉協会
URL: http://www.geron.org/
経済研究機構内 医療経済学会事務局
Tel: 03-3506-8529
Fax: 03-3506-8528
E-mail: [email protected]
URL: http://www.ihep.jp/jhea/index.html
■ International Society for
■ヘルスカウンセリング学会
〒 272-0023
千葉県市川市南八幡 4 丁目 12 番 5 号 京成サンコーポ市川 801
Tel: 047-314-1959
Fax: 047-300-8277
Environmental Epidemiology
E-mail: [email protected]
SRCD - Executive Office
URL: http://www.healthcounseling.org/
44 Farnsworth Street Boston ,
MA 02201 USA
■日本医療マネジメント学会
Tel: 617-482-9485
〒 860-0806
Fax: 617-482-0617
熊本市花畑町 1-1 三井生命熊本ビル 3 階
URL: http://iseepi.org/index.htm
Tel: 096-359-9099
Fax: 096-359-1606
E-mail: [email protected]
URL: http://jhm.umin.jp/index.html
156
ヒューマン・ケア科学への招待
■日本医療・病院管理学会
■日本教育学会
〒 102-0085
〒 113-0033
東京都千代田区六番町 13-4 浅松ビル 4C 日
東京都文京区本郷 2-29-3 U.K S ビル 3 階
本医療・病院管理学会事務局
Tel: 03-3818-2505
Tel: 03-3515-6475
Fax: 03-3816-6898
Fax: 03-3515-6475
E-mail: [email protected]
E-mail: [email protected]
URL: http://www.jera.jp/
URL: http://www.jsha.gr.jp/
■日本教育行政学会
■日本衛生学会
〒 739-8524 広島県東広島市鏡山 1-1-1
〒 980-8575
広島大学大学院 教育学研究科
仙台市青葉区星陵町 2-1 東北大学大学院
日本教育行政学会
医学系研究科 環境保健医学分野内
Tel & Fax: 082-424-6750
Tel: 022-717-7893
E-mail: [email protected]
Fax: 022-717-8106
URL: http://www.jeas.jp/
E-mail: eisei_offi[email protected]
URL: http://www.nacos.com/jsh/main/
■日本教育経営学会
〒 305-8572
■日本疫学会
つくば市天王台 1-1-1
〒 890-8544
筑波大学教育学系学校経営学研究室
鹿児島市桜ケ丘 8 丁目 35 − 1 鹿児島大学
Tel & Fax:029-853-6742
大学院医歯学総合研究科疫学・予防医学 気付
Email: [email protected]
日本疫学会事務局
URL: http://jasea.sakura.ne.jp/
Tel: 099-275-0363
Fax: 099-275-0363
■日本教育社会学会
E-mail: [email protected]
〒 170-0004
URL: http://jeaweb.jp/
東京都豊島区北大塚 3 丁目 21 番 10 号
アーバン大塚 3F
■日本カウンセリング学会
( 株 ) ガリレオ 学会業務情報化センター 〒 112-0012
東京オフィス内
東京都文京区大塚 3-5-2 和ビル 2F
Tel: 03-5907-3750
TEL & FAX: 03 − 6304 − 1233
Fax: 03-5907-6364
E-mail: 非公開
E-mail: [email protected]
URL: http://www.jacs1967.jp/
URL: http://www.gakkai.ne.jp/jses/
情報アラカルト
157
■日本教育心理学会
■日本公衆衛生学会
〒 113-0033
〒 160-0022
東京都文京区本郷 5-24-6 本郷大原ビル 7 階
東京都新宿区新宿 1-29-8 公衛ビル
Tel: 03-3818-1534
Tel: 03-3352-4338 Fax: 03-3818-1575
Fax: 03-3352-4605
E-mail: offi[email protected]
URL: http://www.jsph.jp/
URL: http://wwwsoc.nii.ac.jp/jaep/
japanese/index.html
■日本国際保健医療学会
〒 162-8655
■日本教材学会
東京都新宿区戸山 1-21-1 研究センター
〒 162-0825
国際医療協力部内
東京都新宿区神楽坂 6-35-1
Tel:03-3202-7181 内線 3144
教育センタービル 4F
Fax:03-3205-7860
Tel: 03-5261-0761
E-mail: jaihg-offi[email protected]
Fax: 03-3267-1047
URL: http://jaih.umin.ac.jp/ja/
URL: http://www.nit.or.jp/
■日本産業衛生学会
■日本健康教育学会
〒 160-0022
〒 350 − 9288
東京都新宿区新宿 1-29-8 公衛ビル
埼玉県坂戸市千代田 3 − 9 − 21
Tel: 03-3356-1536 女子栄養大学食生態学研究室内
Fax: 03-5362-3746
Tel: 049-283-2310 URL: https://www.sanei.or.jp/
Fax: 049-282-3721
URL: http://nkkg.eiyo.ac.jp/index.html
■日本社会学会
〒 113-0033
■日本健康心理学会
東京都文京区本郷 7 丁目 3 番 1 号
〒 162-0042
東京大学文学部社会学研究室内
東京都新宿区早稲田町 74 鱒渕ビル 302
Tel: 03-5841-8933
Tel: 03-6457-6971
Fax: 03-5841-8932
Fax: 03-6457-6972
E-mail: [email protected]
E-mail: [email protected]
URL: http://www.gakkai.ne.jp/jss/
URL: http://jahp.world.coocan.jp/
158
ヒューマン・ケア科学への招待
■日本障害理解学会
■日本特殊教育学会
〒 305-8577 〒 650-0033
茨城県つくば市天王台 1-1-1 神戸市中央区江戸町 85 番 1 号
筑波大学総合研究棟 D 棟 727
ベイ・ウイング神戸ビル 10 階
Tel: 029-853-6058
株式会社プロアクティブ内
Fax: 029-853-6058
日本特殊教育学会
E-mail: [email protected]
Tel: 078-332-2505
URL: http://bfree.no.coocan.jp/jsrikai/
Fax: 078-332-2506
E-mail: [email protected]
■日本心理学会
URL: http://www.jase.jp/
〒 113-0033
東京都文京区本郷 5-23-13 田村ビル内
Tel: 03-3814-3953
■日本乳幼児教育学会
Fax: 03-3814-3954
〒 662-0827 E-mail: [email protected]
兵庫県西宮市岡田山 7-54
URL: http://www.psych.or.jp/
関西学院大学大学院教育学研究科内
Tel: 0798-51-1599
Fax: 0798-51-1599
■日本心理臨床学会
E-mail: [email protected]
〒 113-0033
URL: http://www.jseyc.org/
東京都文京区本郷 2-40-14 山崎ビル 501 Tel: 03-3817-5851
Fax: 03-3817-7800
■日本犯罪心理学会
E-mail: 非公開
〒 169-0075
東京都新宿区高田馬場 4-4-19
■日本地域看護学会
国際文献印刷社内
〒 162-0825
Tel: 03-5389-6239
東京都新宿区神楽坂 4-1-1 オザワビル 2F
Fax: 03-3368-2822
( 株 ) 日本地域看護学会事務センター
E-mail: [email protected]
ワールドプランニング内
URL: http://wwwsoc.nii.ac.jp/jacp2/
Tel: 03-5206-7431
Fax: 03-5206-7757
■日本ヒューマン・ケア心理学会
E-mail: [email protected]
〒 761-0793
URL: http://jachn.umin.jp/
香川県木田郡三木町池戸 1750-1 香川大学医
学部看護学科 清水裕子研究室気付
Tel: 087-891-2240(FAX 共 ) ( ダイヤルイン )
E-mail: [email protected]
情報アラカルト
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■日本プライマリ・ケア連合学会
■日本老年行動科学会
〒 101-0062
〒 166-0013
東京都千代田区神田駿河台 2-5
東京都杉並区堀ノ内 1-24-1
東京都医師会館 302 号
Tel&Fax: 03-5941-5270
Tel: 03-5281-9781
URL: http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsbse
Fax: 03-5281-9780
E-mail: offi[email protected]
■日本老年社会科学会
URL: http://www.primary-care.or.jp/
〒 162-0825 東京都新宿区神楽坂 4-1-1 日本老年社会科
■日本保育学会
学会事務センター ワールドプランニング内
東京都千代田区九段北 3-2-2 B,R ロジェ T-1
Tel: 03-5206-7431
一般社団法人日本保育学会事務局
Fax: 03-5206-7757
Tel: 03-3234-1410
E-mail: [email protected]
Fax: 03-3234-1414
URL: http://www.rounenshakai.org/
URL: http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsrec/
■ Society for Research in Child
■日本民族衛生学会
Development
〒 113 − 0033
SRCD - Executive Office
東京都文京区本郷 7-3-1 東京大学大学院 2950 S. State Street, Suite 401 Ann
医学系研究科 人類生態学分野内
Arbor, MI 48104
日本民族衛生学会事務局
Tel: (734) 926-0600
Tel: (03)5841-3531
Fax: (734) 926-0601
Fax: (03)5841-3395
E-mail: [email protected]
E-mail: [email protected]
URL: http://www.srcd.org
URL: http://jshhe.com/
Webmaster: [email protected]
■日本老年看護学会
〒 162-0825
東京都新宿区神楽坂 4-1-1 オザワビル 2F
日本老年看護学会事務センター
ワールドプランニング内
Tel: 03-5206-7431
Fax: 03-5206-7757
E-mail: [email protected] URL: http://www.rounenkango.com/
160
ヒューマン・ケア科学への招待
情報アラカルト
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ヒューマン・ケア科学への招待 2013
発行日
2013 年 3 月 21 日
編 集
筑波大学大学院人間総合科学研究科
ヒューマン・ケア科学専攻
専攻長 松田ひとみ
編 集 庄司 一子 稲田 晴彦
デザイン
表紙・エディトリアル
谷 尚樹 ( 芸術専門学群 )
内山俊朗 ( 芸術系講師 )
発 行
筑波大学大学院人間総合科学研究科
ヒューマン・ケア科学専攻
所在地
〒 305-0047 つくば市天王台 1-1-1
tel 029-853-2591
印 刷
株式会社いなもと印刷