日 本 の も の づ く り と デ ザ イ ン

変 わ る 『 産 地 とデ ザ イ ン 」 会 議
R EP O RT
日本の
ものづくり
と
デザイン
20 1 2
20 1 3
20 1 4
日本の
ものづくり
と
デザイン
2012
2013
2014
変 わ る 『 産 地 とデ ザ イ ン 」 会 議
R EPO RT
始まりは1冊の本だった。
03
対談
産地とデザインにとって、
いいものづくりって何だろう?
04
萩原修 × 影山和則
DATA1
日本の伝統産地とデザインの相関年表
14
変わる「産地とデザイン」会議 2012
16
テーマ:第1部「継続すること」
:第2部「関係をつくる」
DATA2
伝統産地の実績推移
21
変わる「産地とデザイン」会議 2013
22
テーマ:流通とプロデュース
DATA3
産地とデザインの関連サイト
26
変わる「産地とデザイン」会議 2014
27
テーマ:ものづくりとインターネット
02
始まりは
1冊の本だった。
2012 年 9 月 に 出 版 さ れ た 『 も の が 生 ま れ る 産 地 も の を 輝
か せ る デ ザ イ ン あ る 公 設 試 験 場 指 導 員 の 80 → 90 年 代 奮 闘
記 』( 影 山 和 則 著 ラ ト ル ズ 刊 ) を 制 作 し た 影 山 和 則 ( 著 者 )、
萩 原 修( 企画)、中野照子(編集)の話の 中 か ら 会 議 は 生 ま れ た 。
本 に 著 し た よ う に 産 地 と デ ザ イ ン に は 多 く の 問 題 が あ り、
そ の 状 況 は 日 々 変 わ り つ つ あ る。 こ れ に つ い て 多 く の さ ま ざ
ま な 立 場 の 人 た ち と 話 し 合 い、 考 え る 場 が つ く れ な い だ ろ う
か、 と 。 そ の 結 果 、 出 版 記 念 パ ー テ ィ を 兼 ね た 第 1 回 か ら 毎
年 秋 に 3 回の会議を開催することがで き た 。
会 議 は 会 費 制 に も 関 わ ら ず、 全 国 各 地 か ら 毎 回 100 人 も の
人 が 参 加 し て く れ た。 会 議 終 了 後 の 懇 親 会 だ け で は 話 し 足 ら
ず、 二 次 会 ま で 熱 く 語 る 人 た ち も い た。 こ の 冊 子 は そ の 会 議
の 記 録 で あ り、 会 議 か ら 見 え た も の と、 こ れ か ら の も の づ く
り に つ い て ま と め て い る。 今、 産 地 と デ ザ イ ン の 問 題 は 解 決
す る ど こ ろ か、 さ ら に 山 積 み さ れ 複 雑 化 し て い る。 こ の 小 さ
な 冊 子 が、 こ れ か ら の よ り よ い 方 向 を 探 る 手 掛 か り に な る こ
と を 願 っている。
『ものが生まれる産地 ものを輝かせるデザイン』は、書店、発行元のラトルズ、アマゾンでも購入可能
03
対談
産 地 と デ ザ イ ン に とっ て
いいものづくりって何だろう?
はぎわら しゅう
萩原
修
デザインディレクター
明星大学デザイン学部教授
1961 年生まれ。武蔵野美術大学
卒業。大日本印刷、リビングデザ
インセンター OZONE を経て独
立。
「コド・モノ・コト」
「中央線
デザインネットワーク」
「国分寺さ
んち」
「てぬコレ」
「かみの工作所」
「かみみの」
「3120」
「カミプレ」
「モノプリ」
「仏具のデザイン研究
所」
「旭川木工コミュニティキャン
プ」などの独自のプロジェクト を
企画推進している。著書に『9 坪
の家』
『デザインスタンス』など。
05 年から実家を継ぎ「つくし文
具店」二代目店主。
http://www.shuhenka.net
かげやま かずのり
影山 和則
埼玉県産業技術総合センター
製品開発担当 主任専門員
1954 年北海道生まれ。千葉大学
工業短期大学部木材工芸科卒業。
千葉大学工学部建築学科勤務を経
て、79 年から埼玉県の公設試験
研究機関に勤務しプロダクトデザ
インを担当。春日部桐箱、川口鋳
物、秩父織物、岩槻人形、小川和
紙などの伝統・地場産業のデザイ
ン開発、展示会、マーケティング
などの支援を手掛け、伝統産業の
職人技術継承を始めとする産地の
問題に取り組んでいる。武蔵野美
術大学基礎デザイン学科特別講師、
滋賀県立大学人間文化学部生活デ
ザイン学科特別講師。
対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
3 年間の会議で見えてきたこと
萩原 2012 年から毎年開催した変わる「産地とデザイン」会議には、
産地のメーカー、デザイナー、流通などいろいろな立場の約 100 人の
方々が参加してくれました。会議後の感想などを読むと、みなさん、
それぞれ立場で試行錯誤していることがよくわかりました。
影山 産地では技術を持った職人が少なくなり、このままでは消滅し
※1 産業技術センター
てしまうというところもあります。しかし,産地は昔からそう言われ
国や都道府県に設置された公設
試験研究機関。1928(昭和 3)
ながら続いてきた歴史があります。我々、各県の産業技術センター* 1
年に、当時の商工省が仙台に「工
芸指導所」を設立したことに始
まる。伝統工芸技術を新時代の
産業技術と生活文化に対応させ
ようとする国策事業といわれ、
戦後は「産業工芸試験所(産工
試)」と改称、全国各地に次々
と公設試験研究機関が誕生して
いる。
※ 2 インターネット販売
ネットショップ、web ショップ
など、インターネットを介して
通信販売すること。楽天やアマ
ゾンのような大手から、百貨店
や小売店、製造業による直接販
売、専門性の高い小規模な通販
オンラインショッピングコミュ
ニティまで多種多様。ユーザー
は自分で選んだ商品を直接届け
てもらえるようになった。
会 議 当 日、AXIS の サ イ ン ボ ー
ドに掲載された 変わる「産地
とデザイン」会議のポスター。
撮影/永島和弘 前ページ撮影
/古庄良匡
の役割は基本的に、そうした産地のメーカーが技術を発揮し、ものづ
くりをして、つくったものを売って利益を得ることの支援をするので
すが、いい技術があってもそれを発揮できない個々の事情があり、む
ずかしい時代になってきたと思います。
高度経済成長期からバブル期は経済の流れとリンクして、地方の産
地でも売上げを伸ばすことができました。でも今は流通が大きく変化
し、近くにいても産地の現場で何が起きているのか、よくわからない
状況です。アマゾンや楽天を始めとするインターネット販売* 2 は売
れるけれど、リスクも大きい。この新しい流通にのって一時的に売上
げを伸ばすメーカーもありますが、
「手軽に安く数を売る」ことで生
き残っても、結果として苦労している人は多いようです。
萩原 使う側の暮らし方や生活スタイルも大きく変わりました。
「機
能さえ満たせればいい。安ければいい派」と、
「顔が見える関係やい
いものにこだわりたい派」
。つくる技術は、少ないけれども一定数い
る「こだわり派」に支えられているけれど、薄利多売の「安ければい
い派」のものづくりは、コストを抑えるためにどんどん疲弊してい
ます。
05
影山 たとえば雛人形の産地では、従来の職人がつくる人形の売上げ
が落ちています。最近の動きでは、子どもが喜ぶような大きな目の顔
にして、インターネットで販売するメーカーのほうが売れています。
確かにユーザーに求められるものをつくって売れれば成功と言います
が、正統派の職人から言わせると「あれは雛人形ではない」
。正統派
の人形はすでにユーザーの望むものからずれていると言えます。その
一方で、現代の家に合わせた小さな人形で、クオリティの高い高価格
のものが出てきています。これまでは大きな人形ほど高く売れ、小さ
いと値は上げられないという常識がありましたが、それが変わってき
ている。これはよい方向でユーザーに適応している人形のあり方だと
思います。
1
2
萩原 僕は産地で若い経営者たちの可能性を感じました。何でも売れ
た時代の経営者を親に持ち、自分は「売れた」経験をしていないけど、
バブル期のおかげでいい生活をし、デザイン系の大学などで学ぶこと
もできた。そのため、同時代の若いデザイナーと感覚的にもわかり合
えるから、つくる、売る、経営することまでにその感覚を活かせる。
それがうまくかみ合って、時代に合ったものづくりをしている人たち
が出てきている。旧態依然としたものづくりに引っ張られていたら、
成り立ちません。
また、家具の産地である北海道の旭川は、一貫してデザインと品質
(技術力)を大切にしています。売上げは全体として伸び悩んでいる
けど、その姿勢を守っているメーカーは生き残っている。売りに行く
のではなく旭川に来てもらい、つくる現場を見て納得して買ってもら
う。観光と合わせてユーザーの願いも満たすことが、時代が求めてい
るものに合っていると思います。他の産地でも生き残るのは、そこで
しかできない独自の技術があるか、売る方法を考えているところ。か
つてのように、組合をつくってみんなが同じようにつくっても売れな
い。これからは個性的なメーカーでありつつ、産地としてどう全体形
成していくか、というビジョンが必要でしょうね。
06
対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
3
「しあわせなものづくり」の可能性
※ 3 ブランディング
市場を開拓し、商品の認知度を
上げるのがマーケティングであ
り、それらのイメージをつくる
のがブランディングと言われて
いる。ブランドとは、構成要素
を強化し、活性させ、維持管理
によって消費者の心にイメージ
として蓄積させる心理的な価値
のこと。企業、商品、サービス
などの認識評価を上げること
が、ブランディングの役割である。
萩原 最近のブランディング* 3 のせいか、ちょっと気になるのが産
地のものづくりがファッション化していること。
ファッションデザイナーにはデザインしてつくり、売るところまで
行う人が多く、ブランドを立ち上げてファンをつくるのがうまい。
「シ
ーズン毎に競争して売り、売れ残ったのはバーゲンで安く売る」とい
う循環に入ると消耗戦になるんだけど、きちんとデザインして経営ま
で行うデザイナーもいる。プロダクトでは 90 年代にセルフプロダク
トを行う人が出てきたけれど、まだ数は少ない。小さい動きだけど可
能性があると思うんです。デザイナーがメーカーであると、単に「売
れればいい」というのとは違うはずです。
影山 産地というのは基本的に、たくさんつくってたくさん売るに越
したことはないけれど、ほしい人に確実に届けることが大切なんです。
会社がまわればいいのであって、在庫を抱えてまで過剰につくらない、
1 埼玉県岩槻は人形の伝統産
過剰な利益は必要ない。すごく儲るわけではないけど、その商品をわ
地。頭をつくる職人の作業。撮
かってくれて必要とするユーザーに必要なだけ売る。それでいい。そ
影/影山和則
伝統的な木目
込 み 人 形 の 立 雛。 写 真 提 供 /
れが「しあわせなものづくり」だと思うのです。
2
3
東玉
北海道の木工・家具産
地である旭川では、毎年、2 泊
3 日の「旭川木工コミュニティ
キャンプ(AMCC)」が開催され
る。北海道のつくり手を中心に、
全国から家具メーカーやデザイ
ナーなどが集い、間伐体験や工
場見学、勉強会などを行う。写
真はセミナーの様子。
しかし、子どもが大学に行く世代の職人さんなど生活の問題が出て
くると「もう少し稼がなきゃ」となる。その意味では、さっき萩原さ
んが言った二代目の経営者は、ものをつくることの喜びを知っていて、
新しい売り方にも挑戦できそうです。私はいいものづくり産地を存続
していくには、
「しあわせなものづくり」がキーポイントになると思
っています。
07
対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
産地の概念も変わってきた
萩原 かつて産地は、水がよければ和紙、材木の集散地であれば家具
というように自然資源などによって形成されたんだけれど、最近では
それとは違う産地もあるのではないかと思っています。つくり手がい
て店があれば、ふつうの住宅地でも産地になり得るのではないかと。
影山 実際、織物業界などでは、産地内での分業体制がくずれてきて
います。産地内で廃業した工程は産地外に出しますが、今は宅配便な
どが発達しているので意外にスムーズにいっている。これからものづ
くりをしようとする人は、いろいろな技術を持つ人たちとの関係を築
くことができれば、産地と離れていてもものづくりは可能になります。
というか、そうせざるを得ないのが実情です。
萩原 技術の継承という点では、時代の変化に合わせて変更している
メーカーもある。和紙をつくっていたメーカーが、フィルムを扱って
業績を上げることもある。よい技術だから継承しなければならないの
か、伝統産地は何かしら残さなければいけないのか。そのあたりも問
題です。
※ 4 桐本 泰一
経歴は 23 ページ参照。家業で
ある輪島塗を継ぎ、同時代の職
人たちと共にネットワークを組
み、現代の暮らしの中で使える
漆の器を模索。
インテリア小物、
1
影山 一般に産地というのは、全体として何らかのものづくりに関す
る共同体が形成されています。極端にいうと、ふだんは全く無縁な生
家具、建材などにも幅広く創作
活動を行う一方、多くの人に漆
の良さを知ってもらいたいと展
示会や講演会、セミナーなどを
数多く行っている。
産活動をしている職人さんが、何かあると急に一体感を持って協力し
合い、力を発揮することができた。しかし、分業体制がくずれてくる
と、自分の身を守るために、その工程を遠くに発注するか内省化する
しかない。分業していた工程の道具や機械を自分で買ったりして、だ
んだん個人工房的になっていきます。産地の問屋など従来の流通がう
まく機能しない傾向がありますから、工房でつくったものを直接デパ
ートの展示会などに出して、使い手に直に見てもらいファンをつくる。
輪島塗の桐本さん
*4
や曲げわっぱの柴田さん
*5
は、相当な数の展示
会などをこなして、着実にユーザーをつかんでいます。そのような展
開が伝統工芸産地の生き残り方の成功例ですね。
08
※ 5 柴田 昌正
1973(昭和 48)年、秋田県大
館市生まれ。大学卒業後、会社
勤めを経て、曲げわっぱ職人で
ある父・慶信氏に弟子入り。注
文の減少、後継者不足などさま
ざまな問題が深刻化する中、全
国の百貨店の実演を積極的にこ
なし、ネットショップでの販売
を伸ばすことで、先人たちが伝
承してきた秋田杉・曲げわっぱ
の技術技法を後世に伝え残すこ
とに力を注いでいる。
対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
ブランディングをどう考えるか
影山 最近のブランディングは、ますます消耗戦的な雰囲気になって
きています。どこも似たようなネーミング、品揃え、売り方。一部の
ブランディング展開を進める一部の人たちが市場で大成功を収めたこ
とで、みなそれに追従しているような動きです。さらにブランディン
2
※ 6 補助金
政府や自治体が直接的または間
接的に公益上必要がある場合
に、民間や自治体などに対し
て交付する金銭的な給付のこ
と。産地が活用できる補助金に
は、伝統的工芸品産業支援補助
グ化を助長しているのは、Japan ブランドや地域資源などの補助金* 6
です。それに加えて、ものづくり補助金という補正予算が 4 年間も継
続して地方の産地や企業に補助金が蔓延しています。
萩原 全くその通り。中途半端なブランディングで、本来的な価値を
つくるデザインが置き去りにされて、プロダクトの雑貨化とファッシ
ョン化が進行しているように見えますね。
金、地域資源活用、農商工連携、
Japan ブランドなどがある。近
年は補正予算でものづくり補助
影山 ブランディングは商品そのものではなく、全体の雰囲気づくり、
ちの 2/3 の補助が受けられる。
示会などでは地方でブランディングされた商品が大集合してすごいエ
金があり、いずれも事業費のう
見せ方が問題になります。デザインはその道具にすぎない。最近の展
ネルギーだけど、多くの商品は似たようなスタイルです。
ブランディングは大切なことだと思うけど、成功している人たちは
自分の分身のような若いプロデューサー人種をたくさん育てて、その
人たちが利益のために忠実かつ効果的に動く。企業としては成功だけ
ど、ものづくりの産地は増産を強いられ、ともすれば設備投資を余儀
なくされます。無理に量産体制を整備をするから、売れているうちは
いいけど売れなくなった時の不安がある。ブランディングをする人は、
たぶんそこまでは考えていないでしょうね。
1 諏訪田製作所で刃物を研磨
する職人。2 川口鋳物鍋の開
発は武蔵野美術大学と連携して
行 わ れ た。 と も に 撮 影 / 影 山
和則
萩原 ブランディングされたものは、いやな感じはしないけれど、今
一つだと感じます。しかし、そこがマーケティングのうまさで、時代
を反映している。売れるということは、ユーザーがそういうものを望
んでいるということでもあるんですよね。
09
対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
影山 「これが売れているから、この路線でこの感じでやってくださ
い」とデザイナーに頼むメーカーは多いです。プロデューサーは「こ
のブランディング手法で品揃えすれば」と言うけど、そこからほんと
うによいものは出てこないのではないかと心配しています。
萩原 今はあるテイストで品揃えして、ユーザーが手に取りやすい棚
をつくるような売り場発想でオリジナル商品を考えている。確かに売
れるかもしれないけど、デザインやものづくりの本質は理解されてい
ないと思う。
影山 ブランディングによって売れそうな商品が企画され、そのデザ
イン戦略に基づきデザイナーが売れ筋のデザインを強いられているよ
うな状況。これではデザイナーとしての職能が全うできるのか、疑問
です。今、こんなことを言うと若いプロデューサーに「この人はブラ
ンディングが全然わかっていない」と言われそうですけど。
ユーザー・センタード・デザインのようにユーザーの求めるデザイ
ンを合理的に提供するユーザー中心のデザイン手法があり、その中で
1
ブランディングの確立は大きな要素であり、大手企業の商品開発には
不可欠になっています。しかし、職人がものづくりをしている産地に、
それをそのまま導入するのはきびしいのでしょう。流通もすっかり変
わってしまいました。かつての松屋のグッドデザインコーナー* 7 み
たいに、メンバーがデザイナーの立場からよいデザインと判断したも
のを並べた売り場や店がありましたが、今は少なくなった。売る側に
も信頼できる眼は必要です。
萩原 そこでは必ずしも「売れる」わけではなかったですけどね。
しかし今は、ブランディング化すると売れるのは間違いない。マーケ
ティングの力を感じます。それだけ人やお金が集まるのだから、ひょ
っとしたら、その中から何かいいものが生まれるかもしれないという
期待感はあります。
2
※ 7 グッドデザインコーナー
1955(昭和 30)年、日本デザ
インコミッティーと銀座松屋が
立ち上げたセレクトショップの
草分け的存在。デザインコレク
ションの商品はすべて、第一線
のデザイナーやクリエーターで
あるメンバーによって選び抜か
れ、個々の解説も書いている。
その後、他の百貨店にもデザイ
ンコーナーがつくられるように
なった。
対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
デザイナーに求められるもの
影山 国は産地とデザインの後押しをしています。2005 年には Japan
ブランド、2010 年にはクールジャパンという政策を打ち出し、今は
2020 年の東京オリンピックに向けて日本のものづくりを応援してい
ます。だから、つくり手にはチャンスなんですよ。これまでは、4000
万円くらいの補助金だと 2000 万円くらいが機械などの設備投資で、
デザイン委託には 100 万円くらいしか積み上げられなかった。それが
最近では「デザインは中小企業の基盤技術だから、デザインに 2000
万円使ってもいい」と言う。web や動画作成などのプロモーション費
用でもよいというように国の考え方も激変しています。
萩原 それは、ものづくりにデザインが必要だと認められたというこ
となのかな。でも、認められた割にはデザイナーは儲っていない。そ
れはデザイナーの総数が増えたからなのか、社会全体の状況が悪いか
らなのか。
影山 バブル以降の疲弊した 20 年の間にデザインの社会的立場が変
わったからでしょうね。大手企業のデザインセクションが変化し、商
品開発の手法が大きく変わったために、社内で具体的にデザインをす
る職能が必要なくなった。企業に必要なのはプロデュースする人間で、
デザインは外注でいいということなのかもしれない。
萩原 つまり、これからのデザイナーに求められるのは造形能力だけ
ではない。考えていることを形としてアウトプットできる能力は最低
限必要だけど、それだけではないと。
全体の流れとして、大企業はデザイン部門を縮小して必要な時だけ
外部のデザイナーを使うようになっている。中小企業で成功している
1新潟県三条の諏訪田製作
ところは、デザイナーを社員にして、造形的な仕事だけでなく、その
所。工場での作業を一般の人で
も見学できる斬新な空間にリ
ニューアルした。撮影/影山和
視点を活かして全体に関わってもらう。デザイナーとしてはしんどい
則
今の時代、オリジナルデザインをつくるのはほんとうにむずかしく
2 広々とした北海道の自然
の中にある旭川。気持ちのいい
夕焼けに心がなごむ。
かもしれないけど、可能性はあると思う。
なっていますね。
11
1
2
「しあわせ」は新しい価値になるか?
萩原 「しあわせなものづくり」に関連して言えば、産地に行くと「ゆ
とりのある生活の中でものづくりができるのはしあわせだな」とつく
づく思いますね。車で移動するなど時間はかかるけど、つくることに
集中できて、家族との暮らしも充実する。産地の人は口では忙しいと
いいながら、5 時には工場を出て銭湯でひと風呂浴びて、7 時にはご
飯を食べてる(笑)
。お金はまわっていけばいいと思えば、気持ちに
もゆとりが生まれます。
影山 日常生活のような物理的な「しあわせ」は地方の産地のほうが
得られやすいんでしょうね。秩父の織元でも、生活はつつましいけれ
ど、ものをつくる喜びにあふれている。そんな姿を見ると、今更なが
らうらやましい気持ちになる。私は、こういう「しあわせなものづく
り」をしている人の商品が売れてほしいと願っています。その中にも、
web や SNS を活用してユーザーや販売店、販売組織とコミュニケー
トして、したたかにものづくりをする人も出てきている。こうしたも
のづくりがもっと増えて、それを支えるデザイナーにもっと活躍して
ほしいですね。
萩原 都会のデザイナーは、お金があっても実は長時間労働で、ゆと
りを持ってデザインしている人はほんとうに少ない。
デザイナーはロイヤリティを別にすれば、売れたものの作業分のお
金しかもらえない。リスクもあるけど、やり方次第でゆとりを持つこ
ともできると思う。可能性はあると思いますよ。
12
1
埼 玉 県 の 秩 父 銘 仙 の 産 地、
秩父織塾横山工房で。撮影/影
2
山和則
AMCC の 間 伐 体 験。
参加者はこのプログラムを通し
て森林の実態を知り、ふだん触
れている木材がどのように生きて
いるのかを感じることができる。
対 談 産地とデザインにとっていいものづくりって何だろう?
オリンピック以降も見据えて
影山 2020 年の東京オリンピックまでの産地は、ブランディング競
争みたいな感じでいくでしょうね。ものづくりの現場に行くとみんな
外国人観光客に買ってもらおうとあれこれがんばっています。食べて
いけないとやめていく人も多いけれど、結局、産地の人たちや職人さ
んたちはものづくりが好きなんだと思います。
今の産地は、目の前に東京オリンピックがあって「海外からたくさ
ん人が来る=メイド・イン・ジャパンを買って帰る」とおいしそうな
ことがありそうだというイメージだけがあって、それに向かって落ち
着きがないというのが現状です。国が補助金を出すというから、いた
だけるものはいただいて、ブランディングしてものづくりをしようと
しているけど、その後のことはあまり考えていない。宴の後、取り残
されてしまう企業も出てくるはずです。
萩原 それによって、産地のデザイン水準は上がるかな。
影山 残念ながらそれはない。補助金のようなお金が切れたら、それ
※ 8 小泉 誠
経歴は 23 ページ参照。家具デ
ザイナーで、産地とのものづく
りにおいても「じっくりしっか
りゆっくり」をモットーに、腰
を据えて取り組むことで知られ
ている。
「すぐ売れる」よりも「長
く売れる」ほうが大事。商品と
なったものは運営する「こいず
み道具店」でも販売。デザイン
を伝える場になっている。
で終わり。小泉さん* 8 のように長年にわたり一緒になってつくり上
げる産地メーカーやデザイナーはごくわずかです。
ものをつくるということは、そこにいろいろな要素があって、どれ
とどれをつないでいけばいいのか、何回もトライして、一つの方向を
見出すということだと思います。デザイナーは長期間にわたり、粘り
強く自分の意志を通していかなければなりません。
萩原 複雑になっているものを、きちんと整理して整えることが今は
必要かもしれない。もう一度、産地やデザインの原点に立ち戻って原
理原則から見直していくところからも、新しい展開が生まれてくるよ
うな気がします。
(2016 年 1 月 6日、国分寺さんちで収録)
13
DATA 1 日本の伝統産地とデザインの相関年表
構成・文/影山和則 出典『ものが生まれる産地 ものを輝かせるデザイン』
2010
ῒ
2011
2012
2013
2010 年以降は、 全 国 の 動 き が 活 発 化
90 年代のバブル崩壊後、失われた 20 年の間に蓄積されたエネルギーは、
2004 年の Japan ブランド事業などのカンフル剤により動き出します。それは
年を重ねるごとに活発化し、まるでネット炎上してしまったように感じます。
14
日本の産地とデザインの黎明期
年表は上の黄色い部分が産地、下のオリーブ色部分がデザインを示します。
グレー部分はその二つが融合した動きです。戦前の黎明期はまだデザイナー
は少なく、産地とデザインはシンプルにつながっていました。
15
(公益財団法人にいがた産業創造機構経営支援グループ)
(経産省クリエイティブ産業課デザイン政策室)
(丸重製紙企業組合専務理事)
(スカイ・モーション代表取締役)
(東北工業大学新技術創造研究センター)
(諏訪田製作所代表取締役社長)
(ペアーデザインスタジオ)
基 調 講 演 「ものが生まれる産地 ものを輝かせるデザイン」
影 山 和 則 (埼玉県産業技術センター)
パネラー 磯野梨影
小林知行
佐藤 明
杉原広宣
辻 晃 一
外山雅暁
( クラフトバイヤー スタジオ木瓜)
(小鳥来 古庄デザイン事務所代表)
(武蔵野美術大学基礎デザイン学科教授)
(デザインディレクター)
2012年9月
日( 土 ) 時 か ら
時
(東京都港区六本木)
A X IS GA L LERY
開催日時
変わる「産地とデザイン」会議実行委員会
会場撮影/永島和宏
芳賀修一
日野明子
古庄良匡
宮嶋慎吾
司会進行 萩原 修
参加人数 105名
変 わ る『 産 地 とデ ザ イ ン 」会 議
開催場所
20
主 催
13
201 2
15
継続すること
関係をつくる
conference on the changes of producing district and design
2012
テーマ
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2012
パネラー・プロフィール
第1部テーマ:継続す る こ と
小林 知行 こばやし ともゆき
諏訪田製作所代表取締役社長
1963 年、新潟生まれ。明治大学卒業後、地元商社を経て、92 年に諏訪田製
作所入社。97 年に三代目の社長に就任。2011 年、ステンレス超高圧鍛造、
刃合わせの職人技でつくられるニッパー型爪切りの世界的メーカーである自社
工場を斬新なデザインによって見学可能なオープンファクトリーにリニューア
ル、話題を呼んだ。
佐藤 明 さとう あきら
東北工業大学新技術創造研究センター 事務長・産学連携活動部門長
1949 年生まれ。東北工業大学工業意匠学科卒業後、宮城県工業技術センター
に。その後宮城県庁でも地域資源を活用した商品づくり、地域おこし、産業お
こしに貢献、伝統工芸品や工業製品など幅広い分野の商品から流通までの支援
を行った。県庁退職後も地域や産業の連携に尽力している。
外山 雅暁 とやま まさとき
経産省商務情報政策局クリエイティブ産業課デザイン政策室室長補佐
1973 年、 岐 阜 県 生 ま れ。99 年、 ス エ ー デ ン の Valand School of Fine
Arts に留学し、2000 年金沢美術工芸大学美術工芸研究科(大学院)修了。
01 年特許庁に入庁し、意匠審査官、総務部国際課などを経て、12 年から現職。
古庄 良匡 ふるしょう よしまさ
デザイナー、ディレクター 小鳥来 古庄デザイン事務所代表
1977 年、大分県生まれ。日本大学法学部、桑沢デザイン研究所プロダクト専
攻科卒業後、AURA を経て、2005 年に古庄デザイン事務所設立。エコをテ
ーマにしたデザイン活動とともに、伝統産地の開発アドバイザーや大学のも
のづくりコースの指導などを行っている。
宮嶋 慎吾 みやじま しんご
武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科教授
1948 年、東京生まれ。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒業後、
GK インダストリアルデザイン研究所入所。82 年に独立し、プライベートブ
ランドデザインや地域の商品開発に携わる。99 年に大学に戻り教授に。大学
の産学連携プロジェクトを始め、全国各地で幅広く活動している。
肩書きなどは 2012 年当時のもの
17
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2012
パネラー・プロフィール
第 2 部テーマ:関係をつくる
磯野 梨影 いその りえ
プロダクトデザイナー ペアーデザインスタジオ
武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業後、ソニーのデザインセン
ター、ロンドンのデザイン事務所を経て、2000 年からペアーデザインスタジ
オとして活動開始。デザインだけでなく、商品のデザインディレクションも行
う。子どもと一緒の暮らしを考える「コド・モノ・コト」運営メンバー。
杉原 広宣 すぎはら ひろのぶ
プロデューサー スカイ・モーション代表取締役
1972 年生まれ。大学卒業後、ハウスメーカーを経て、リビング・デザイン
センター OZONE で住宅やライフスタイル提案型イベントなどの企画、日本
各地のものづくりや建築プロデュースを行う。独立後はそれらを発展させ地
域に関わり、2011 年、ものづくりのショールーム「Japan creation space
monova」をオープン。
辻 晃一 つじ こういち
丸重製紙企業組合専務理事
1979 年生まれ。大学卒業後、ベンチャー企業の企画営業などを経て、家業であ
る丸重製紙企業組合に就職。機械漉き美濃和紙の製造・販売・企画に関わり、積
極的な情報発信などで新規製品の開拓を進める一方、紙づくりに留まらず、まち
づくりまで見据えた活動にも力を入れている。
芳賀 修一 はが しゅういち
公益財団法人にいがた産業創造機構 経営支援グループ 市場開拓チーム(販売戦
略担当)1967 年生まれ。武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業後、
新潟県工業技術総合研究所デザインセンターに入所。新潟県生活文化創造産業振
興協会を経て、2003 年から現職。県内の企業と協働で進める国際ブランドプロ
ジェクト「百年物語」の事業企画、運営、商品企画、デザイン開発支援などを行
っている。
日野 明子 ひの あきこ
クラフトバイヤー スタジオ木瓜
共立女子大学在学中に、教授の秋岡芳夫氏に影響を受ける。松屋商事を経て、
1999 年に一人問屋であるスタジオ木瓜を設立。百貨店やショップと作家や産地
をつなぐ問屋業を主軸に、ジャンルなどを限定せず生活用品の展示会や企画アド
バイスを行っている。
肩書きなどは 2012 年当時のもの
18
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2012
いいものづくりは、関係を築き
持続することから始まる
ものづくりには、産地企業やデザイナー、バイヤー、プロデュ
2012
ーサー、行政などいろいろな人が関わっている。そこには金銭
や人間関係をはじめとするさまざまな問題がある。話し合う中
で見えてきたのは、時代の大きな変化にものづくりの仕組みが
対応していないこと、それぞれがお互いのことを理解できてい
な い こ と。「 売 れ る 」 こ と が、 い い も の づ く り の 基 準 に な っ て
いることもわかった。これからの方法を探るためにも、立場を
越えて話し合う場が必要だと確信した。以下は、産地とデザイ
ンの関係をよくするためにどうしたらよいか、会議の発言や会
場の声である。
デザイナー、バイヤー、職人が同じテーブルで話をする。
使い手を育てる。
私がやるべきことは、つくり手、使い手、売り手に気づかせること。
枠組みをはずす。
寄り添い続けること、一緒に考えること、良いタイミングで離れる
こと。
メーカーとしてつき合えるのは、仕事を持ってきてくれるデザイナー。
消費者が長く使いたいと思う、ずっと好きでいられる方法って何だ
ろう?
課題と問題を自社で理解し整理する力をつける。
現場と現場で働いている人たちのことをまず知る。
関わっている人がみんな楽しくなることが大事。
使う人とつくる人をつなぐために、メディアは楽しい記事や企画を
考え出す。
19
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2012
最近、ほんとにこの商品、この仕事が必要なのか、悩んでいる。
どう継続させるか? どう関係をつくるか? は切実な問題。
ものをつくっても、昔のような問屋やデパートのような存在がなく
なった。売る人がいなきゃ、売れないんです。
時代は変わってきている。誰もが手探りで、自分なりの方法をつか
むしかない。
苦労して「いいものができた」と喜んでも、結局、売れなかったり
する。複雑に考えすぎるとダメ。大きく、シンプルに考えることが
必要だと思う。
伝統技術でつくるのに、デザイナーはメーカーに「何か新しいもの
をつくってください」と頼まれる。補助金はなぜ同じものをシリー
ズとして長く売っていくことを奨励しないのか? デザインを変え
ないで長く使えるほうがすばらしいと思うけど。
国では、補助金は単年度であっても、継続していける仕組みになる
ように考えている。地域の活性化が未来へ続いていく成功事例がど
んどん出てくることを期待している。
僕はデザイナーですが、産地がどういうものをどのようにつくって
いるのか、実際によく知りません。そこまで深く考えていなかった。
問題はたくさんある。だけど、あきらめない、やめない。
若い人が夢を持って「産地で仕事をしたい」と来てくれても、現実
的には給料を払えないことがある。志のある若い人がうまく産地に
入っていけるような仕組みがほしい。そうしないと産地は継続しない。
メーカーとデザイナー、お互いにどういう位置づけでものづくりを
するのか、はっきりさせないとうまくいきません。位置づけが共有
できれば、たとえ売れなくても、本業に何か得るものがあればいい
んじゃないかな。
工場は売れないもの、つくりづらいものを嫌うけど、デザイナーが
言う無理難題は、工場の技術力を上げることもある。
デザイナーって何なのですか?言葉がむずかしいんじゃないかな。
プロダクトのデザインばかりがデザインではない。メーカーがほし
いのは経営のデザイン。
20
DATA 2
伝統産地の実績推移
図・文/影山和則
▼ 旭川市 家具・装備品製造業
1950 年代から 2010 年までの産
地の実態をグラフ化しました。会
議では家具、繊維、陶磁器の各産
地を比較しました。企業数、従業
員数、製造出荷額の変遷でみると、
1964 年の東京オリンピックの頃か
らバブルの時期に向かって数値
は伸びましたが、1990 年代から
2000 年代にかけて一気に落ち込
み、2010 年代にようやく回復に向
かっているのが大筋の動きです。
家具産地の北海道・旭川と飛騨
高山で比較してみると、旭川は
1960 年 代 に は 企 業 数 200 社、 従
▼ 飛騨高山 家具・装備品製造業
業員数は約 1700 人、売上げは 1
憶 1000 万円でした。ピークはバ
ブル期で、企業数は約 104 社と減
っていますが、従業員数 2300 人、
売上げ 234 億円と大きな産地にな
っています。90 年代からは落ち
込み、現在では企業数 37 社、従
業員数 732 人、売上げ 74 億円ま
で減少しています。
一方、高山はバブル期までの伸
びは他産地と同様に大きいのです
が、それ以降の落ち込みは意外に
少なくなっています。これは、高
山では椅子・テーブルなどの脚も
の高級家具が多く、無垢材を使っ
た少量多品種生産によって急激に
生産が減少しないものづくりを継
従業員数5人以上の企業で集計
続してきたからと思われます。
21
基 調 講 演 「 そ の 後 の 産 地 と デ ザ イ ン 」
影 山 和 則 (埼玉県産業技術センター)
(デザインディレクター)
日(土)
時から
時
(東京都港区六本木)
A X I S G A LLE RY
開催日時
開催場所
会場撮影/永島和宏
パ ネ ラ ー 大 熊 健 郎 ( C L A S KA Ga ller y & S ho”p Do
”)
(輪島キリモト・桐本木工所代表)
桐本泰一
( 家 具 デ ザ イ ナ ー Ko i zu m i S t u d )
io
小泉 誠
ナ ガ オ カ ケ ン メ イ (デザイン活動家)
能 作 克 治 (能作代表取締役社長)
(クラフトバイヤー スタジオ木瓜)
日野明子
司会進行 萩原 修
参加人数 113名
変 わ る『 産 地 とデ ザ イ ン 」会 議
19
変わる「産地とデザイン」会議実行委員会
13
主 催
2013年9月
20 1 3
14
流通と
プロデュース
conference on the changes of producing district and design
2013
テーマ
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2013
パネラー・プロフィール
第 1 部テーマ:流通 の 現 場
大熊 健郎 おおくま たけお
CLASKA Gallery & Shop”DO”
1969 年東京生まれ。慶應大学卒業後、IDEE に入社してバイイングやショッ
プディレクションに関わる。2005 年、全日空の機内誌『翼の王国』編集部
に。07 年から CLASKA のリニューアルに携わり、CLASKA Gallery & Shop”
DO”をプロデュースしている。
能作 克治 のうさく かつじ
能作代表取締役社長
1958 年、福井県生まれ。大阪芸術大学卒業後、新聞社勤務を経て、84 年に能
作入社。2003 年に五代目社長に就任。富山県高岡の伝統産地に伝わる鋳造技
術を用いて仏具、茶道具、花器などを製造。近年はテーブルウエアやインテリ
ア製品、建築金物など分野を超えたものづくりに挑戦している。
日野 明子 ひの あきこ
クラフトバイヤー スタジオ木瓜
共立女子大学在学中に、教授であった秋岡芳夫氏に影響を受ける。松屋商事
( 株 ) を経て、1999 年独立しスタジオ木瓜を設立。一人で問屋業を始める。百
貨店やショップと作家・産地をつなぐ問屋業を中心に素材を限定せず生活用具
の展示会や企画アドバイスを行う。
第 2 部テーマ:デ ザ イ ン と プ ロ デ ュ ー ス
桐本 泰一 きりもと たいいち
輪島キリモト・桐本木工所
1962 年石川県生まれ。筑波大学卒業後、コクヨ意匠設計部を経て、87 年に家
業の桐本木工所入社。同年代の職人たちとネットワークを組み、個展や漆関係
のセミナーなどを企画開催。伝統的な家業を大切にしながら、現代の暮らしの
中で使える漆の器、インテリア小物、家具、内装材など幅広い提案を行っている。
小泉 誠 こいずみ まこと
家具デザイナー Koizumi Studio
1960 年東京生まれ。原兆英・成光両氏に師事した後、90 年に東京・国立に
Koizumi Studio 設立。箸置きから住宅まであらゆるデザインを手掛け、産地
メーカーとじっくりつくり上げるものづくりには定評がある。2003 年にこい
ずみ道具店を開店。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科教授。
ナガオカ ケンメイ
デザイン活動家
1965 年北海道生まれ。日本デザインセンター原デザイン研究所を経て、97
年、ドローイングアンドマニュアルを設立。2000 年、生活者とつくり手が
集い、対話できる場を提供する「D&DEPARTMENT」を始め、現在では東京
から全国に店舗を広げている。デザインの視点で新しい観光を紹介する雑誌
『d design travel』も好評。
肩書きなどは 2013 年当時のもの
23
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2013
2013
インターネットの普及などもあり、流通も企業の姿勢も大きく
変化している。ブランディングは一般化し、それを推し進める
プロデューサーも全国に台頭している。一方で、つくることか
ら売ることまで行う産地企業や、時間をかけてメーカーと共に
つくるデザイナー、独自の方法で伝えようという人たちがいる。
それぞれの現状から語っていただいた。以下は、会議の発言や
会場の声である。
流通の現場
売れないと、ビジネスとして成り立たない
売れないと、ものとして循環していかない。
どんなビジネスでも売上げを上げて利益を出さなければ、
維持発展することはできません。
日本の手づくりをキーワードにやっていこうとしたが、雑貨店でや
っていくのは難しい。スケールメリットを活かして、多店舗展開し、
オリジナル商品を出すことで打開したい。
適正規模→ブランド化→大量生産→生産向上・コスト削減→海外移
転→国内衰退の繰り返しでは?
国内にも販路あり!に賛成。
最近では、同じような店に同じようなものが置かれている。
おおかたのお客さんは、それほど「産地」を意識して買っていない
と思う。
伝統技術でつくられたものは「長く使えるから高くない」というけ
ど、本音は買い替えてほしいのではないですか?
ものそのもので勝負するのか、ものをつくる技術で勝負するのか?
産地でいいものができても、どう伝え、どう売るのか。その仕組み
ができていない。
メーカーが直販するメリットとデメリットは?
24
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2013
デザインとプロデュース
みんなが少しずつ+αの仕事をすると、
いい流れができるはず
ブランド意識を持つのは大切なこと。それを持っていないと、自分
たちの価値観というか軸がしっかりしない。
産地企業の適正規模について、もっと知りたい。
つくり手、デザイナー、売り手が同じ目線でないと、絶対いいもの
はできない。
つくる人、デザインする人、プロデュースする人、売る人。みんな
が少しずつ+αの仕事をすることで、いい流れができると思う。
成功させるには、さまざまな立場のパートナーとの出会いが必要。
そのお見合いの場がほしい。
日本の産地には協同組合が強いところがある。その場合、理事長が
絶対的な権限を持って引っ張っている。技術やつくり手のことがわ
かり、先を見越してプロデュースできる人間はやはり必要だと思う。
産地の問屋はプロデュース機能を強化すべき。
産地の人は自分たちが持っている宝物に気づいてほしい。デザイナ
ーが売れるものをつくれるわけじゃないんです。
10 人にも満たない小さな規模の産地メーカーで、それまでは下請け
だったけれども、ようやく自社ブランドを立ち上げたいからと、デ
ザインを頼まれた。デザインというより流通するだけのボリューム
に仕上げるのに、企業側の体力の問題もあって苦戦している。
なぜ「地産地消」以上のものをつくるのか?東京を目指すのはなぜ?
その土地のものを背負って、社会や日本も背負って、そういう生き
様の人がものをつくり続けないと、日本の伝統工芸は雑貨化してし
まう。
お客様が産地に来て見てもらえれば、産地は緊張感を持って仕事を
するし、お客様になぜその価格なのか理解してもらえる。
25
DATA 3 産地とデザインの関連サイト
文/影山和則
▼ ててて恊働組合 tetete.jp
ネットで産地は変わるか、という
視点で考えてみました。2010 年代が
1980~90 年代と違うのは、デザイナー
と産地という関係ではなく、プロデュ
ーサーと産地という関係に変わってき
たことです。プロデューサーが産地に
商品の方向性を示すことで、単独産地
のものづくりではなく、複数の産地の
ものを品揃えして販売する。その全体
をコントロールして販売体制をつくり
あげるという展開になっています。
これは、1980~90 年代の百貨店の売
▼ アシストオン www.assiston.co.jp
り場とデザイナー、地方の産地の関係
とは大きく異なっています。なぜこの
ような動きが活発化したのか。それは、
インターネットによる販売の広がりと
複雑な進化によって支えられているよ
うな気がします。日本のものづくり、
職人技をテーマにして関連サイトはす
ざまじい勢いで増殖しています。この
ようなサイトは、行政、メーカー、小
売店、デザイナーなど、中には大手広
告代理店など資本が入ったサイトもあ
り、さまざまな形で発信されています。
26
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2014
インターネット
問 題 提 起 「 ネ ッ ト で 産 地 は 変 わ る か 」
(埼玉県産業技術総合センター)
影山和則
名
2014
時から
時
(東京都港区六本木)
A X IS GA L LERY
2014年9月
開催場所
19
変わる「産地とデザイン」会議実行委員会
13
主 催
開催日時
パ ネ ラ ー 大 治 将 典 ( デ ザ イ ナ ー O j i & Des i g)n
大 杉 信 雄 (アシストオン代表取締役)
( ウ ェ ブ デ ザ イ ナ ー w a s a v i -d es i g主
n 宰)
木口和也
(野村総合研究所 上級コンサルタント)
坂口 剛
仲 山 進 也 (楽天大学 学長)
(きびだんご 代表取締役)
松崎良太
司 会 進 行 萩 原 修 (デザインディレクター)
古 庄 良 匡 (小鳥来代表)
参加人数 66
変 わ る『 産 地 とデ ザ イ ン 」会 議
ものづくりと
conference on the changes of producing district and design
日( 土 )
20 1 4
13
テーマ
会場撮影/永島和宏
27
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2014
パネラー・プロフィール
第1部テーマ:イ ン タ ー ネ ッ ト の 可 能 性
坂口 剛 さかぐち つよし
野村総合研究所 公共経営コンサルティング部 上級コンサルタント
野村総合研究所入社後、繊維産業や生活文化産業を中心に、省庁の政策立案支
援や民間企業の海外展開支援などを行う。同時に「次世代が誇りを持って働け
る良質の仕事をつくる」を目的に、触発による新しい事業創造を推進する活動
に参画。最近ではプロボノにも力を注ぎ、活動の幅を広げている。
仲山 進也 なかやま しんや
仲山考材 代表取締役 楽天大学 学長
慶応義塾大学法学部卒業後、シャープを経て、1999 年に楽天に移籍、初代 EC
コンサルタントの一人となる。2000 年に楽天大学を設立、楽天市場出店者
42,000 社の成長パートナーとして活動中。組織が成長するそれまでの経験を
もとに、人・チーム・企業の成長法則を体系化、社内外で「自走形人材」の成
長を支援している。
松崎 良太 まつざき りょうた
きびだんご 代表取締役
1968 年生まれ。慶応義塾大学卒業後、コーネル大学 MBA、日本興業銀行を経
て、2000 年に楽天入社。退社後、スタートアップ支援などを行い、13 年には
クラウドファンディングと EC を組み合せた「きびだんご」を立ち上げ、新し
い事業エンパワーメントの仕組みを確立している。
第2部テーマ:ツールとしてのインター ネ ッ ト
大杉 信雄 おおすぎ のぶお
アシストオン 代表取締役
1965 年生まれ。京都薬科大学卒。96 年に Apple の PDA デバイス Newton
の専門店を立ち上げ、2000 年、優れたデザインや機能をもった製品のセレク
トショップ、アシストオンをオープン。日用雑貨からデジタル機器、伝統工芸
産地まで取扱い、日本産業デザイン振興会から、日本唯一の「G マーク・パー
トナーショップ」の認定を受けている。
大治 将典 おおじ まさのり
デザイナー Oji & Design 代表
1974 年広島生まれ。広島工業大学環境学部環境デザイン学科卒。建築やグラ
フィックの事務所を経て、99 年に独立。2007 年、
「Oji & Design」に社名変
更。伝統工芸産地での商品開発も多数手掛け、12 年につくり手・伝え手・使
い手の三者をつなぐ「ててて協働組合」を有志と発足。見本市など各種イベン
トを企画開催している。
木口 和也 きぐち かずや
ウェブデザイナー nMAKE 代表取締役
1973 年愛知県生まれ。大学は物質工学科で学び、三洋電機でプログラマーと
して働く。淡路島でカメラとデザインに出会ったのを転機に、独学でウェブデ
ザインを学び退職、独立。近年は地方の中小企業や工務店のブランディングに
も関わる。群馬県ではカフェやギャラリーなどの機能を備えたサロンスペース
を運営している。
28
肩書きなどは 2014 年当時のもの
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2014
2014
現代ではインターネットがめざましい成果を上げているのは事
実だが、一方で展開の早さなど、どこか落ち着かない感じを持
つ人もいる。インターネットは、ものづくりの現場でツールと
しての可能性はあるのか。さまざまな立場の方からお話を伺っ
た。以下は会議での発言と会場の声である。
インターネットの可能性
「安さ早さ」だけでなく、
楽しみながら使うツールにもなる
地方のものづくりには、非常に有効な発信手段。
インターネットを活用して生まれる圧倒的なスピード感。
インターネットによって便利になるはずなのに、逆にどんどん時間
がなくなっています。情報発信はインターネットで、ご注文はお手
紙で、というのは無理でしょうか?
ネットはきれいにまとめてあるけど、そこからものづくりの生々し
さは伝わらない。
これまでの問屋や百貨店などの流通機能が変わる。
ものづくりをする人が広報する力を持つことが必須になる。
「産地を訪れたような気分にさせる」のではなく、「産地に訪れたく
なるような仕組み」が大切。
インターネットを使えない人は使わなくてもいい。その代わり、イ
ンターネットにくわしい人と仲間になる。苦手なことはやらなくて
いい、得意なことをどんどん伸ばす。
ネットがいけないのではない。やる気があるか、実際にやるかどう
かの問題。
クラウドファンディングを行えば、
「買う」のではなく、プロジェク
トに「お金を出して参加する」ことができる。参加型意識でつなが
るものづくりができる。
29
REPORT 変わる「産地とデザイン」会議 2014
ツールとしてのインターネット
インターネットは ウソがつけない
人がものを買う時は「コスト」と「メリット」のシーソーで、
「メリ
ット」の方が上まわった時にものを買う。「コスト」は値下げで勝
負するしかない。ならば、お客さんが感じる「メリット」を増やす。
そのためにも、お客さんにいいものを見分ける眼を持ってもらう。
ものをつくる段階から、ファンや応援団をつくる。
一品生産でも大量生産でもなく、その産地が成り立つ規模というこ
とで中量生産のものづくりをしている。
伝統工芸品でも作家ものでもない中小規模のメーカーは発表する場
がない。それらに関わっている人同士の出会いの場もない。インタ
ーネットはそうした文化を見せる場にもなっている。
web をつくっていて心掛けているのは、ものに触れたり体験できた
りする機会をつくること。いいものに出会った時の驚きや感動を素
直に出してサイトに表現しようと考えている。
爆発的に売れているネットショップは、情報量がすごい。ものを取
り巻く背景から生産のこと、デザインのこと、もののよさをきちっ
と伝えている。それが精密であればあるほど信頼感につながり、ふ
つうのマーケットでは売れないものが売れる。
何かいいものがあっても、そのままでは動きません。そこに情報を
うまく連鎖していくようにして点と点をつないでいくと、動くよう
になるんです。
インターネットがあってよかったと思うのは、資金がなくても情報
発信できるし、ウソがつきにくくなったこと。SNS はさらにウソが
つけない。正直なことを思う人にきちんと届けられるようになった
と思います。もちろん、ものづくりの真価も問われます。
インターネットが普及し出して、まだ 10 年くらいです。なのにこ
こまで変わった。この先、どう変わっていくかもわからないくらい
です。確かにネガティブなイメージを持つ人もいると思うけど、そ
こに何か可能性があるから、これだけ多くの人たちがいろいろやっ
ているんだと思うんです。
30
会議を支えてくれた方々
記録 メディア・メトル
料理 小野寿美江
運営ボランティア 阪 口 公 子 、 永 島 和 弘 、 森 野 純 一 、 ハ ギ ワ ラ ス ミ レ 、
萩原葵、半田隆志、稲本将史、栗原英紀、森田寛之、
唐牛聖文、本多春樹、佐藤優、佐俣菜津子、田口めぐみ
冊子制作
文 影山和則、中野照子
データ整理 吉川友紀子
編集 中野照子
デザイン 古庄良匡
印刷製本 テンプリント
発行日 2016 年 3 月 31 日
発行 明星大学デザイン学部 萩原 修
企画 変わる「産地とデザイン」会議実行委員会
影山和則 中野照子 萩原 修 古庄良匡 吉川友紀子
h ttp : / / w w w . s anc h i - desi g n . j p
本 冊 子 の 資 料 ・ 写 真 な ど の無断転載を禁じます。
Japanese manufacturing and design
c o n f e r e n c e on t he changes of producing d i s tr i c t a n d d e s i g n
「 い い も の づ く り 」 っ て な ん だ ろ う ?
産 地 の メ ー カ ー や 職 人 、
デ ザ イ ナ ー や プ ロ デ ュ ー サ ー 、
バ イ ヤ ー 、 流 通 、 シ ョ ッ プ 、 支 援 機 関 や 行 政 。
み ん な が 集 ま っ て 話 し 合 え る 場 が 必 要 だ 。