不安障害の診断と治療 パニック障害,社会不安障害,強迫性障害

3
8
9
専門医 を目指 す人 の特別講座 :不安障害の診断 と治療
第
1
0
2回 日本精神神経学会総会
専 門 医 を 目指 す人 の特別 講座
不安障害の診断 と治療
パニ ック障害,社会不安障害,強迫性障害
侍 田
健 三 (
北海道大学大学院医学研究科精神医学分野)
Ⅰ.は じ め に
の診断 と最新の治療 について詳 し く解説 を行 いた
不安障害 とは,不安 を主症状 とす る疾患であ り,
い.
DS
M‑
Ⅰ
I
I
l
)か ら新た に設 けられたカテゴ リーであ
「
パニ ック障害」
る. その中の主な疾患 としては,
「
強迫性障害
」「社会不安障害
後 ス トレス障害
」
(
社会恐怖 ) 「
外傷
(
PTS
D)
」な どが含 まれ る.
不安 は健康 な人間にも生 じるものであ り,それ
Ⅱ.パニ ック障害
1. パニ ック障害 はどんな病気か
パニ ック障害 とは,表 1
2
)の ような急性 の不安
発作 (
パニ ック発作)が頻発す る状態である.パ
だけでは病気 とはいえない ことは言 うまで もない.
ニ ック発作 は,急激 に出現す る強い恐怖感,不安
不安障害の人の不安 は,性質 も,強 さも,健康 な
感,あるいは不快感 を特徴 とす る.突然,表 1の
人 の不安 とは異な り, そのために日常生活 に著 し
症状 の うち 4つ以上 が出現 し,1
0分以 内 に頂点
い障害が生 じているのである.不安障害 は,健康
に達す る.
な人間の心理の延長線上 にある病気であるが,特
その ようなパニ ック発作が頻発す る と,次第 に,
有 の悪循環過程がで き上がっていることが特徴で
また発作 が起 きるので はな いか とい う 「
予期不
ある.いわゆる 「
精神病」ではな く,大 きな身体
安」が出現 して くる. さらに,発作 によ り 「コン
」「心臓発作 を起 こ
」「気が狂 って しまうので はない
の病変による もので もない.本人 は症状 に苦 しん
トロール を失 うので はないか
でお り,その悩みは理解可能な もの と言 うことが
すので はないか
で きる.
か」な どといった 「
過剰 な心配」が持続す る.
不安障害 は, これ まで心因によって生ず る病気
さらに,パニ ック発作が頻発す ると,地下鉄 に
と考 えられて きたが,近年の研究 により,心理的
乗 るのが恐い,飛行機 に乗 ることがで きない,外
要因だけでな く,体質的要因,社会文化的要因な
出するのが恐いな どの 「
広場恐怖」 を呈 し,生活
どが相互 に関連 して起 こることが明 らかになって
が著 し く障害 され るようにな る人 もいる. また,
きた. どの要因が強 く働 いているかは,個人 によ
パニ ック障害 を放 置す る と 「うつ状 態」へ移行
って さまざまである. とくに神経生物学的研究が
す る場合がある.
進み,生物学的基盤が解明 されつつある.
,
パ ニ ック障害 は,かつて 「
不安神経症
」「心臓
本講座では不安障害の中か ら 「
パニ ック障害 」
神経症」 と呼 ばれた病態である.パニ ック障害 は
」「社会不安障害」 を取 り上 げて,そ
身体症状が表面 に出 るため,正 しい診断 と治療が
「
強迫性障害
専門医を目指す人の特別講座 不安降告の診断 と治療‑ パニ ック障害,社会不安障害,強迫性障害‑
和彦 (
東京慈恵会医科大学精神医学講座)
座長 :中山
390
精 神経誌 (
2007)1
09巻 4号
I
V2
)
表 1 パニ ック発作の診断 :DSM‑
強 い恐怖 または不快 を感 じるはっき り他 と区別で きる期
間で, その時,以下 の症状 の うち 4つ以上 (また はそれ
以上)が突然 に発現 し,1
0分以 内 にその頂点 に達 す る.
表 2 パニ ック障害の診断 :DSM‑
Ⅰ
V2
)
A. (
1
)
と(
2)
の両方 を満たす.
(
1
)予期 しないパニ ック発作が繰 り返 し起 こる.
(
2
)少 な くとも 1回の発作 の後 1ヶ月間 (また はそれ
以上)
,以下の うちの 1つ (また はそれ以上)が続
いていた こと :
(
1
)勤博,心惇冗進, また は心拍数 の増加
(
2
)発汗
(
3)身買 い また は震 え
(
a
) もっ と発作が起 こるのではないか とい う心配 の
(
4)息切 れ感 または息苦 しさ
(
5)窒息感
(
b)発作 また はその結果が もつ意味 (
例 :コン トロ
(
6)胸 痛 また は胸部不快感
(
7)曝気 また は腹部 の不快感
(
8)め まい感,ふ らつ く感 じ,頭 が軽 くな る感 じ, また
は気が遠 くなる感 じ
(
9)現実感 消失 (
現実でない感 じ), また は離人症状 (自
分 自身 か ら離れてい る)
(
1
0
)コン トロール を失 うことに対 す る, また は気 が狂 う
ことに対 す る恐怖
u
l
)死 ぬ こ とに対す る恐怖
u2
)冷感 また は熱感
(
1
3
)異常感覚 (
感覚麻痔 また はうず き感)
継続
ール を失 う,心臓発作 を起 こす,̀
̀
気が狂 う")
についての心配
(
C
)発作 と関連 した行動 の大 きな変化
B. 広場恐怖が存在す る (または存在 しない).
C. パ ニ ック発作 は,物質 (
例 :乱用薬物,投薬) また
は一般身体疾患 (
例 :甲状腺機能元進症)の直接的
な生理学的作用 によるものではない.
D. パニ ック発作 は,以下 の ような他の精神疾患で はう
ま く説明 され ない.例 えば,社会恐怖 (
例 :恐れて
い る社会的状 況 に曝露 されて生 じる),特定 の恐怖
症 (
例 :特定 の恐怖状 況 に曝露 されて),強迫性 障
害 (
例 :汚染 に対 す る強迫観念のある人が, ごみや
汚物 に曝露 されて),外傷後 ス トレス障害 (
例 :蘇
いス トレス因子 と関連 した刺激 に反応 して), また
なされていない場合がある.初診時 に精神科 を受
0% で,9
0% 以上 は一般診療 科
診 す る人 は約 1
は分離不安障害 (
例 :家 を離れた り, または身近 な
家族か ら離れた りした とき)
を受診す る.近年の研究 によ り,パ ニ ック障害の
生物学的基盤が解明 されつつある.
発症準備状態ができあが る.
2. パニ ック障害 の診断
その ような状態において,ある日突然強いパニ
DSM‑Ⅰ
V2)のパニ ック障害の診断基準 を表 2に
ック発作が出現する.その時,強い死 の恐怖,重
示 した.DSM‑
Ⅰ
Ⅴで は,広場恐怖 を伴 うパニ ック
大 な疾 患で はないか とい う過剰 な不安 を感 じる
障害 と広場恐怖 を伴わないパニ ック障害に分かれ
(
破局的解釈).発作が治 まって も, また発作が起
る.パニ ック障害のパニ ック発作 は,少な くとも
こるので はないか とい う不安 が生 じる (
予期不
1回は予期 しない (
自然の,前触れのない,突然
安). その不安 のため,体調 の変化 に過剰 に注意
の)発作 が存在 す る こ とを特徴 とす る.表 2の
が向 き,身体症状 に固執するようになる.身体症
A か ら D のすべて を満 た した ときパニ ック障害
状 に注意が引 きつけられ ると,些細 な身体症状が
と診断 され る.
より起 こりやす くな り,実際 にパニ ック発作 に発
展 して しまうのである (
悪循環の形成)
.
3. パニ ック障害の悪循環過程 (
図1
)5)
パニ ック発作が頻発す ると,発作 を起 こしやす
パニ ック障害の人 は身体 の症状 に敏感で,ス ト
い状況や援助 を求め られない空間に対 する回避行
レスに対 して身体 のバ ランスを崩 しやすい傾向が
動が引 き起 こされ る (
広場恐怖). この回避行動
ある.慢性 的なス トレス状況,疲弊状態が持続 し
が, さらに身体症状 に敏感 にさせ,注意 を身体的
ていることが少な くない.ス トレスが持続すると,
変調 に向けさせ,結果 としてパニ ック発作 をさら
パ ニ ック発作 の前兆 としての些細 な身体的変調
に引 き起 こしやすい状況が作 られてい く.
(
軽 い動悼,息苦 しさ,め まいな ど)が起 こり,
3
9
1
専 門 医 を 目指 す人 の特別 講 座 :不安障害の診断 と治療
図 1 パニ ック障害の悪循環過程 (
侍田,2
0
0
6
)
4. パニ ック障害の治療
パニ ック障害 の治療 の第一 は心理教育 で ある4
)
.
Ⅲ.社会不安障害
1. 社会不安障害の診断
パ ンフレッ トを用いなが ら詳 しい病気の説明 を行
社会不安障害 (
社会恐怖 ともよばれ る) は,対
う.身体的な検査 を十分 に行 い,心臓 な どの内科
人交流場面 における強い緊張や恐怖感 を特徴 とし,
的疾患でない ことを保証す る.そ して,治療の方
過度 に恥ずか しがった り,他人か らの評価 を強 く
法や今後の見通 しについて説明 してい く.
恐れた りす る疾患である.
SSRIの
薬物療法 は,原則 として,抗 うつ薬 (
具体的には,他人 と話 をした り,人前で行動 し
フルボキサ ミン,パ ロキセテ ンあるいは三環系抗
た りする社会的状況 において,変 に思われ るので
うつ薬 のイ ミプラ ミン, クロ ミプラ ミ㌢)単剤で
はないか,恥 をか くのではないか と心配 し恐れ る
治療 を開始 し,ベ ンゾジアゼ ピン系抗不安薬 (
ロ
ことが特徴である.そのような状況 に入 ると強い
ラゼパム, アルプラゾラムな ど) を頓服 として用
不安が生 じ,激 しい苦痛 を感 じる. そのため,そ
いる. しか し,発作が消失 した ら,抗不安薬 は漸
の よう な状況 をなるべ く避 けようとす る.やむを
減 ・中止 し, なるべ く抗 うつ薬単剤 を使用す るよ
得ず そうした状況 に入 らな くてはな らない ときは,
うにす る.抗 うつ薬 は十分量 を十分期間継続す る
強い苦痛 を堪 え忍んでいる. 日常生活や仕事上で,
必要 が あ る. また, うつ病 が合併 す る場 合 は,
大 きな支障が生 じてい る こ とが少 な くない.表
SSRIにこだわ りす ぎず, うつ病 の治療 を優先 さ
せ る必要がある.薬物療法 は 1年以上継続す ると
3
2) に D
SM‑
I
Vの診断基準 を示 した.
再発 しに くい と言われている.
は 「
対人恐怖症」 とい う状態がある. これ は現在
精神療法 としては,一般 には支持的なアプロー
社会不安障害 に似ている病態 として,わが国で
で は,社会不安障害 と概 ね同 じ概念であ り,わが
チが行われ る.症状や不安 の程度 を十分 に聞 き,
国特有の‑型 と考 えられている.社会不安障害 と
苦 しみを理解す る. そして,問題点 を整理 し,栄
対人恐怖症の関係 を図 23,6) に示す.
作時の対処 の仕方や不安 を乗 り越 える方法な どに
これ まで,社会不安障害や対人恐怖症 は,本人
ついて助言 してい く.広場恐怖 に対 しては,段階
の性格の問題 として誤解 されて きた. しか し最近
的に行動範囲 を広 げる練習 をす る行動療法が行わ
の研究 によると,多 くの人たちが この間題で悩み
れ る.認知行動療法や森 田療法が適応の場合 も少
(
一般人 口の 3
‑1
3%),社会生活 において大 きな
な くない.
障害 を生 じていることがわかって きた. さらに,
薬物療法や精神療法 を用いた適切 な治療 により改
善す ることが解明 されて きた.社会不安障害 は,
3
9
2
精 神 経誌 (
2
0
0
7
)1
0
9巻 4号
表 3:社会不安障害の診断 :DSM‑
1V2)
A.よ く知 らない人達 の前で他人 の注視 を浴 び るか も
しれない社会的状況 または行為 をす るとい う状況の
1つ またはそれ以上 に対 す る顕著で持続的な恐怖.
患者 は, 自分が恥 をかいた り,恥ずか しい思いをし
た りす るような形で行動 (
または不安症状 を呈 した
り)す ることを恐れ る.
注 :子 どもの場合 は, よ く知 っている人 とは年齢相
応の社会関係 を持つ能力があるとい う証拠が存
在 し, その不安が,大人 との交流だけでな く,
同年代の子 どもとの間で も起 こるものでなけれ
ばならない.
B. 恐怖 している社会的状況への暴露 によって,ほ とん
ど必ず不安反応が誘発 され,それは,状況依存性 ま
たは状況誘発性のパニ ック発作の形 を七 ることがあ
る.
注 :子 どもの場合 は,大声で泣 く,かんしゃ くを起
こす,動作が止 まって しまう, またはよ く知 ら
ない人 と交流す る状況か ら遠 ざかるという形で,
恐怖が表現 され ることがある.
C. 患者 は,恐怖が過剰であること, または不合理であ
ることを認識 している.
注 :子 どもの場合, こうした特徴のない場合 もある.
D.恐怖 している社会的状況 または行為 をす る状況 は回
避 されているか, またはそうでなければ,強い不安
または苦痛 を伴い耐 え忍ばれている.
E. 恐怖 している社会的状況 または行為 をする状況の回
避,不安 を伴 う予期, または苦痛のために,その人
の正常 な毎 日の生活習慣,職業上の (
学業上の)機
能, または社会活動 または他者 との関係が障害 され
てお り, また はその恐怖症があるために著 しい苦痛
を感 じている.
F. 1
8歳未満 の患者 の場 合,持続期 間 は少 な くとも 6
ケ月である.
G. その恐怖 また は回避 は,物 質 (
例 :乱 用薬 物,投
薬) または一般身体疾患の直接的な生理学的作用 に
よるものではな く,他の精神疾患 (
例 :広場恐怖 を
伴 う, または伴わないパニ ック障害,分離不安障害,
身体醜形障害,広汎性発達障害, または統合失調病
質人格障害)ではうま く説明 されない.
H.一般身体疾 患 また は他 の精神疾患が存在 してい る
例 :恐
場合,基準 A の恐怖 はそれ に関連 が ない (
怖 は,壁
,パーキンソン病 の振戦, または里 墜
性無食欲症 または神経性大食症の異常な食行動 を示
す ことへの恐怖で もない)
.
◆該当すれば特定せ よ :
全般性 :恐怖がほ とん どの社会的状況 に向けられてい
る場合 (
例 :会話 を始 めた り続 けた りすること,小 さ
いグループに参加すること,デー トす ること, 目上の
人 に話 をす ること,パーティーに参加す ること)
.
注 :回遊性人格障害の診断の追加 も考慮すること.
山下 格
笠原 嘉
植元 t
村上
DSM‑
I
V
図 2 社会不安障害 と対人恐怖の概念 (
朝倉 ら,2
0
0
0
)
39
3
専門 医 を 目指 す人 の特別 講座 :不安障告の診断 と治療
「
若年で発症 し,病気ではない と思われてきたが,
きちん と治療すれば治 る病気」であると言える.
2)対人恐怖症
対人恐怖症 は,社会不安障害 と概ね同 じ概念で
あ り,わが国特有 の‑型 と考 え られてい る6
)
.赤
2. 社会不安障害の症状
面恐怖 (
人前で顔 が赤 くな るのが苦痛), 自己視
1
)社会不安障害
線恐怖 (
自分 の視線 が きつい と悩 む), 自己臭恐
他人 と話 をした り,他の人がいる前で何か行動
柿 (
自分か ら嫌 な臭 いが出てい る と苦 しむ),醜
した りす る時 に, 自分の言動が不適切 なために,
形恐怖 (
自分の顔が醜い と悩 む)な どのタイプが
恥ずか しい思いをす るのではないか,変 に思われ
ある.
るのではないか,軽蔑 され るのではないか と恐れ
患者 は, 自分の赤面, きつい視線,嫌な臭 い,
る.具体的には,人前で話 をすること,小 さなグ
醜い表情のために,周囲の人 に不快感や緊張感 を
ループやパーティーに参加す ること, 目上の人 と
与 えて しまっている と感 じてい る (
対人性 を もつ
話 をすること,見知 らぬ人 に話 しか けること,他
身体 的欠点 の存在). その存在 に関す る確信 は き
人 の視線 を浴 びること,公共の場所で飲食するこ
わめて強固である (
確信性). そのた め周 囲 の人
と,人前で字 を書 くこと,電話 に出 ること,公衆
たちは, 自分の不快 な症状のために, 目をそ らし
トイレで用 を足す ことな どを恐れ る.
た り,下 を向いた り,鼻 をすすった り,咳払いを
自分が恐れている対人関係や社会的状況に入 る
した り,ひそひそ と自分の ことを話 してい るよう
ことによって,強い不安感,激 しい苦痛が生 じる
に感 じる.周 りの人がそのような行動 をとるのは,
ことになる.例 えば,話 している時 に声が震 えた
自分 の赤面, きつい視線,嫌 な臭 い,醜い表情 の
り,顔が引 きつった りしていると気づかれて恥 を
せいであ り, それは,周囲の人 の表情 ・動作 ・話
か くのではないか と考 えて非常 に不安 になる.不
し声か ら直感的 に感 じ取れる と述べる (
関係妄想
安 に伴 う身体症状 も現れやす く,顔 の紅潮,動悼,
性). その症状 のために周囲 に迷惑 をか けて申 し
手の震え,声の震 え,発汗, 胃腸 の不快感,下痢
訳 ない と思 ってい る (
加害妄想性)
. しか し, こ
な どがみ られ る.本人 は, 自分の恐怖が過剰であ
の妄想様体験 は一定の範囲内に とどま り, それ以
ることや不合理であることはわかってい る.
上発展することはない.妄想的ではあるが,統合
恐怖 している対人関係や社会的状況 は,通常回
失調症の被害妄想 とは明 らか に異 なる (
限局性).
避 されている.やむを得ずそうした状況 に入 らな
この症状のために周囲に不愉快 な思いをさせ, 自
くてはな らない時 は,強い苦痛 を耐 え忍 んでいる.
分 も恐怖 を感ず るのは,学校や職場や近所 の身近
恐怖 している対人関係や社会的状況 を回避 した り,
な人たちである.親や親友の前で はほ とん ど緊張
強い不安や苦痛 を感 じることにより, 日常生活,
せず,赤の他人 に もあまり気づかいをせず にすむ
仕事,社会生活 に著 しい支障が生 じてい る.重症
(
状況依存性)
.
の場合 は,全ての社会的状況 に恐怖 を感 じて,引
きこもって しまう場合 もある.
初対面 の人 に感 じる不安, あが り易 さ,内気な
3. 社会不安障害 の治療
社会不安障害の人 は, 自分の症状 を病気で はな
性格 は一般的な ものであ り,強い不安や回避行動
く性格 の問題である と思っている人が多い. した
のために著 しい障害が生 じていない場合 は,社会
が って,病気の内容,治療の方針,今後の見通 し
不安障害 とは診断 しない.
について詳 しく説明することが重要である.現在
特定の状況 (
例 えば,公共の場所で飲食,人前
の症状 は性格や身体疾患が原因の ように見 えるが,
で書字な ど) に限って症状 を訴 える 「
限局型」 と,
適切 な治療 によ り改善 し, よ り充実 した社会生活
ほ とん どの社会的状況 において苦痛 を感 じ,回避
を送れ るようになれ ることを説明する.
する 「
全般型」 に分 けられる.
薬物療法の第一選択薬 は SSRIであ る.ベ ンゾ
3
9
4
精 神経 誌 (
20
07)1
09巻 4号
ジアゼ ピン系抗不安薬 は補助的に用いることが多
と呼ばれた ものである.
い.例 えば,ある特定の状況 に限局 して症状が出
強迫症状 は強迫観念 (
繰 り返 し頭 に浮かぶ不吉
現す る社会不安障害の場合 には, その状況の前 に
な考 えや衝動,嫌 なイメージ) と強迫行為 (
手を
抗不安薬 を頓服す るように工夫す る.SSRIが無
洗 った り,順番 に並べた り,点検 した りする反復
効 な場合 は,SNRI(
セ ロ トニ ン ・ノルア ドレナ
行動) に分 けることがで きる.強迫性障害 は以下
リン再取 り込み阻害薬)や三環系抗 うつ薬が用い
の 4つの特徴 をもち,少な くとも 2週間の間,ほ
られ ることもある.個人差 はあるが,薬物療法 は
とん ど毎 日存在することが特徴である.
1年以上継続する と再発 しに くい と言われている.
精神療法の基本 は一般的な支持的精神療法であ
①強迫症状 は自分の心の中に生 じた ものであ り,
外部か ら影響 を受 けた ものではない.
る6
)
.初診時 には,十分 な共感 を もって熱心 に耳
(
参強迫症状 は反復 して起 こり不快であ り,本人
を傾 ける.症状 に関す る悩 みを十分 に聞 き,長年
はそれが過剰である,あるいは不合理である
堪 え忍んで きた苦 しみ,他人 にはわかって もらえ
と認識 している (
子 どもの場合 は認識 してい
なかったつ らさを理解することに努 める.精神療
ない こともある).
法的なアプローチの進 め方 としては, まず,症状
③本人 は強迫症状 に抵抗 しようとしている.
を十分 に把握する ことか ら始 める. いつ, どのよ
④強迫観念や強迫行為 を実行す ることは, それ
うな状況で, どの ように感 じて, どのように考 え
自体楽 しい ものではない.
て, どの ように振 る舞 って しまうのか,について
表 4に DSM‑
Ⅰ
V2)の診断基準 を示 した.軽 い強
詳 しく聞いてい く.治療者 とともに問題点 を整理
迫症状 (
鍵やガス栓 の確認 な ど) は,健康な人 に
し,現実 に即 した対処 の仕方や生活 の工夫 を考 え
もみ られるものだが,強迫性障害では,症状 は本
てい くことを基本 とす る. そして,原則 としては
人 にとって苦痛 になってお り,そのために日常生
「
症状 を持 ちなが らも, なるべ く普通 の生活 を前
活 に大 きな障害が生 じていることが特徴 といえる.
」
向 きに進 めてい こう 「
今, ここか ら,で きるこ
以前 は比較的 まれな病気である と考 えられてい
とか ら始 めよう」 と伝 え,励 ましなが ら,建設的
たが,近年の疫学調査で は,生涯有病率 は一般人
な行動 には十分な賞賛 を送 ってい く.
口の 2
‑3% にのぼっている. これ まで,強迫性
回避行動が著 しい場合 は,行動療法的に段階を
障害はなかなか治 りに くい病気であると考 えられ
設定 して,一つ一 つ慣 らしてい く方法 をとること
) と精神
て きたが,近年,薬物療 法 (
特 に SSRI
もある.症例 によっては,認知行動療法や森 田療
療法 (
特 に行動療法) を適切 に行 うことによ り改
法が有効 な場合 も少 な くない.長年引 きこもって
善することが明 らかになって きた.
しまっている場合 は,病院のデイケア ・作業療法
や 自助 グループな どの社会資源 を利用する.集団
2. 強迫性障害の治療
における対人関係 の場で,安心感 を得なが ら,少
強迫性障害の治療 は,心理教育,薬物療法,心
しずつ現実的な対応の仕方や技術 を身 につけてい
理社会的治療 な どを組み合わせた総合的なアプロ
くことが重要であ ると思われる.
ーチが必要である.強迫性障害の人 は,症状 をも
っていて もそれを癖 のような もの と考 えていた り,
Ⅳ.強迫性障害
病気ではない と思 っていた りすることが多いので,
1. 強迫性障害 とはどんな病気なのか
症状発現か ら受診 までに時間がかかることが多い.
強迫性障害 とは,本人 に とってはばかばか しい,
そ こで,病気 について,治療 の方法について,今
無意味で不合理な考 え ・感情 ・行動が,繰 り返 し
後 の見通 しについて詳 し く説明す る.治療 に対す
頭の中に生 じて支配的 とな り,抑 えようとして も
るモチベー シ ョンがその成否 を決 めると言って も
抑 えきれない状態である.かつて 「
強迫神経症 」
過言ではない.
3
9
5
専 門 医 を 目指 す人 の特別 講 座 :不安障害 の診断 と治療
表 4 強迫性障害 の診 断 :DS
M‑
Ⅰ
V2
)
A. 強迫観念 または強迫行為の どち らか
1
x
2
X
3×
4
)
によって定義 され る
L強迫観念 :(
(
1)反復 的,持続的 な思考,衝 動, また は心像 で, そ
れは障害 の期 間 の一時期 には,侵入 的で不適切 な
もの として体験 されてお り,強 い不安 や苦 痛 を引
き起 こす ことがある.
(
2
)その思考,衝動 また は心像 は,単 に現 実生活 の問
題 についての過剰 な心配 ではない.
(
3)その人 は, この思考,衝動, また は心像 を無視 し
た り抑制 した り, また は何 か他 の思考 また は行 為
によって中和 しようと試 みる.
(
4)その人 は,強迫 的 な思 考,衝 動, また は心 像 が
(
思考吹人 のように外部か ら強制 された ものではな
く) 自分 自身の心の産物 であ ると認識 してい る.
1
x
2
)
によって定義 され る
■強迫行為 :(
(
1
)反復 行動 (
例 :手洗 い,順 番 に並 べ る,点検) ま
たは心の中の行為 (
例 :祈 る,数 を数 える,声 を
出 さず に言葉 を繰 り返 す)で あ り, その人 は強迫
観念 に反応 して, また は厳密 に適用 しな くて はな
らない規則 に従 って, それ を行 うように雷
区り立 て
られている と感 じている.
(
2)その行動や心 の中の行為 は,苦痛 を予 防 した り,
緩和 した り, また は何か恐 ろしい出来事 や状 況 を
避 けることを目的 としてい る. しか し, その行 動
はそれ によって中和 ・予 防 しよう としてい る こ と
とは現実的関連 を もっていない し, また は明 らか
に過剰である.
現在,強迫性障害 に対す る有効性が示 されてい
B. この障害の経過 のあ る時点で,患者 は, その強迫観
念 ・強迫行為が過剰 である, また は不合理で ある と
認識 した ことが ある. (
注 :これ は子供 には適用 さ
れない)
C
.強迫観念 また は強迫行為 は,強 い苦痛 を生 じ,時間
1日 1時間以上),患者 の正常 な毎 日
を浪費 させ (
の生活習慣,職業 (
学業)機能, また は日常 の社会
的活動,他者 との人 間関係 を著明 に障害 して いる.
D. 他 の Ⅰ軸障害が合併 してい る場合,強迫観念 また は
強迫行為 の内容がそれに限定 されていない (
例 :壁
全堅萱が存在す る場 合の食物 への とらわれ ;選 重壁
が存在 している場合 の抜毛 ;身体醜形障害が存在 し
てい る場合 の外見 についての心配 ;物質使用障害が
存在 してい る場合 の薬物への とらわれ ;王
ら墨壷 が存
在 してい る場 合の重篤 な病気 にかか っている とい う
とらわれ ;性曙好異常が存在 してい る場 合の性的な
衝動 また は空想への とらわれ :また は杢 三三 病が存
在 している場合 の罪悪感 の反復思考.
E. その障害 は,物質 (
例 :乱用薬物,投薬) また は一
般身体疾患 の直接的 な生理学的作用 によるものでは
ない.
◆該 当すれば特定せ よ :
洞察 に乏 しい もの :現在 のエ ピソー ドのほ とん どの期間,
患者 はその強迫観念 および強迫行為が過剰 であ り, また
は不合理である ことを認識 していない.
‑チである.
る薬剤 は,選択 的 セ ロ トニ ン再取 り込 み阻害薬
その上で行われ る精神療法 として最 も用 い られ
(
SSRI
) と三環系抗 うつ薬のタロ ミプラ ミンであ
る.SSRIは強迫性障害 に対す る第 1選択薬で あ
てい るものは行動療法である. とくに強迫行為 に
対 して 「
曝露反応妨害法」が用い られ る.強迫症
‑8週 間以上 かか り,投与
る.効果発現 まで に 6
状が生 じる状況 に直面 しなが ら, そこで起 こる強
量 もうつ病 に対 して用いるよ り高用量が必要な こ
迫衝動や不安 をその ままに して,強迫行為 を行わ
とが ある.SSRIで効果がない場合 には,三環系
ないです ませ ることで,強迫衝動や不安の減少 を
抗 うつ薬 のクロ ミプラ ミンを使用 してみる. それ
体験 して症状 の軽減 を図ってい く方法であ る.
で も効果がない場合 には,他の作用 をもつ薬物 を
まず,飯倉 8)の図 4を参考 に しなが ら,強迫性
併 用 す る ことも選択肢 の一 つで あ る.図 3は,
障害の悪循環のメカニズム を説明する.ある刺激
Goodmannら7)が提 唱 した強 迫性 障害 に対 す る
が生 じる (
物 に触 る) と強迫観念 (
不潔恐怖)が
生物学的治療 のアルゴ リズムである.
起 こる.す る と不安が増大す る (
バイ菌が付いた
精神療法的アプローチの基本姿勢 は,症状 を十
ので はないか). そ こで強迫行為 (
手洗 い) を行
今, ここか ら,で きる ことか
分 に聴 いた上 で,「
うと,一時的 に不安が低下す る. しか し強迫行為
ら始 めよう」「
症状 を持 ちなが らも,な るべ く普
は麻薬のような もので,少 し不安 になるたびに強
通の生活 をしてい こう」 とい う生活指導的アプロ
迫行為 をしない と気がす まな くなる,強迫行為 を
3
96
精神 経誌 (
20
0
7)1
09巻 4号
図 3 強迫性障害 に対する生物学的治療のアルゴ リズム
(
Go
o
d
ma
n
n
,
e
ta
1
.
,1
99
3
7)
)
図 4 強迫性障害の悪循環過程 (
飯倉,1
99
9B))
Powered by TCPDF (www.tcpdf.org)
3
9
7
専 門 医 を 目指 す人 の特別講 座 :不安障害の診断 と治療
止めるとさらに大 きな不安が襲 って くるので,結
Et
on,D.
C"1
9
8
0
局悪循環 に陥 って しまう. したが って,我慢で き
2)Ame
r
i
c
anPs
yc
hi
at
r
i
cAs
s
oc
i
at
i
on:Di
a
gnos
t
i
c
るものか ら我慢 してい くのが治療である と説明す
andSt
at
i
s
t
i
c
alManualofMe
nt
alDi
s
o
r
de
r
s
,4
t
he
d
(
DSM一
Ⅰ
Ⅴ)
.
Ame
r
i
c
anPs
yc
hi
at
r
i
cAs
s
oc
i
at
i
on,
Was
hi
n‑
る.
次 に,恐怖 の対象 を不安の弱い ものか ら強い も
のへ と並べた不安階層表 を作 り,不安の少ない も
のか ら治療 を始 める.例 えば,洗浄強迫の人 は,
不安 の少ない ものか ら実際に触 ってみる.治療者
は 「
手 を洗 いた くなって も我慢 しよう」 と助言す
る.初めは不安が少 し強 まるが,強迫行為 をしな
い状態を続 ける と,時間 とともに不安が軽減 して
い くことを体験 させ るのである.一つ我慢で きる
と他 も我慢で きるようになってい く.次第 に強い
不安対象へ治療 を進めてい く.認知療法的 に 「
思
考記録表」 をつけて, 自分の感情や行動 を観察 し,
修正 してい く方法 も行われる.
高 橋 三 郎,大 野 裕,染 矢 俊 幸 訳 :
gt
on,D.
C.
,1
9
9
4(
DSM‑
Ⅰ
Ⅴ.精神疾患の診断 ・統計 マニ ュアル.医学書院,
9
9
6
)
東京,1
3) 朝倉
聡,侍 田健三,小 山 司 :対 人 恐怖/
社会
9;1
1
2ト1
1
2
8
,2
0
0
0
恐怖の薬物療法.臨床精神医学,2
4
)侍 田健三 :パニ ック障害 の薬物療法 と精神療法.
5;1
0
2
1
‑
1
0
2
7
,1
9
9
6
臨床精神医学,2
5) 侍田健三 :小児のうつ と不安一診断 と治療の最前
線 一.新興医学出版社,東京,2
00
6
) 侍 田健三 :一般外来 にお ける対人恐怖 の治療‑対
6
人恐怖 と社会恐怖 の異同 も含 めて一.精神科治療学,1
7;
1
0
4
5
‑
1
0
5
0
,2
0
0
2
7
)Goodman,W.
KリMc
Dougl
e,C.
J.
,Ba
r
r,
LC.
,e
t
∴ Bi
ol
ogi
c
alappr
oac
he
st
ot
r
e
at
me
nt
‑
r
e
s
i
s
t
anto
b‑
al
s
e
s
s
i
ve c
ompul
s
i
ve di
s
o
r
de
r
.∫ Cl
i
n Ps
yc
hi
at
r
y,5
4
文
献
1
)Ame
r
i
c
anPs
yc
hi
at
r
i
cAs
s
oc
i
at
i
o
n:Di
agnos
t
i
c
and St
a
t
i
s
t
i
c
alManualofMe
nt
alDi
s
o
r
de
r
s
,3
r
de
d
(
DSM‑
Ⅰ
Ⅰ
Ⅰ
)
.Ame
r
i
c
anPs
yc
hi
a
t
r
i
cAs
s
o
c
i
at
i
on,Wa
s
hi
n‑
(
Supp16
);1
6
‑2
6
,1
9
9
3
8) 飯倉康郎 :強迫性障害の治療ガイ ド,二瓶社,大
9
9
9
阪,1