スライド 1

2010年3月18日付
FRBの巨大な総資産
ローン残高約10兆ドルのうち、ファニーメイ
市場に関係する仕事をしていると、時として
とフレディマックの2機関で5兆ドル程度を融
重大なニュースがあっても、並大抵のもの
資しているので、その動向は住宅ローン市
には慣れてくる。ニュース不感症のような状
場全体に相当大きな影響を及ぼす。
態にあるので、よほどインパクトのあるもの
FRBは2008年11月にMBSの買い取りを発
以外は大概見逃してしまう。
表した。MBSの価格の下落があまりに急激
米準備制度理事会(FRB)のバランスシート
であったため、FRBがMBSの買い取りを
(貸借対照表、総資産)の金額規模の巨大
行ってMBS市場を下支えし、これによって
さは、見慣れてしまった物のうちの最たるも
住宅価格の下落を防ぐことを目的とする措
のだ。2010年3月10日現在、FRBの総資産
置であった。現にFRBによるMBSの購入で
は約2.3兆ドルと、史上空前の規模になって
住宅ローン金利は1%近く低下し、大恐慌
いる。何故、これまでに金額が膨らんできた
以降で最も深刻な低迷に喘いだ住宅市場
のか。また、このとんでもない状態の解消
はかろうじて救済された。住宅は以前よりも
に向けた出口戦略はあるのか。これらを考
身近で手が届きやすいものになったという
えることで、現状の米国の問題が浮き彫り
のが現状での評価だ。また、一般市中銀行
になってくると思う。
は貸出勘定において巨額の評価損の計上
FRBによる住宅ローン債券買い取り
を免れることができた。
2008年秋の金融恐慌直後、米国の景況感
FRBが行ったMBSの買い取りは2009年1
が急激に悪化を辿り、住宅価格の下落に歯
月から開始され、2010年3月に終了となる
止めがかからなくなった。これに連れて不
予定だ。その期間に買い取ったMBSの金
動産担保の住宅ローン債券であるMBS
額は1兆2,500億ドル(約112兆5,000億円)
(Mortgage-backed securities)の価格の
であり、これと併せて買い取りを行った米国
急落をも引き起こした。
債3,000億ドル(約27兆円)や政府機関債
MBSは主に住宅ローンなどの不動産担保
2,000億ドル(約18兆円)の金額に比べて、
融資を裏付け債権として、連邦住宅抵当金
規模は相当大きい。
庫(ファニーメイ)や連邦住宅貸付抵当公社
米国経済悪化と住宅ローンへの影響
(フレディマック)等の政府系住宅金融機関
しかし、こうしてFRBがMBSを買い支えして
が発行する証券のことを言う。米国の住宅
いる間に米国経済の状況は改善したのだ
ろうか?
を見てみる。
この期間に米企業は雇用削減を始めとす
(資産)
るコストカットを大々的に行ってきた。その
その他資産 1,175億ドル
成果もあり、2010年に入ってからは企業収
金融受け皿会社 1,934億ドル
益の改善が企業利益水準の上昇にうまく結
国債 7,765億ドル
びついてきているようだ。
住宅公社への貸付 1,690億ドル
しかし、その過程で減らした雇用がなかな
MBS 1兆291億ドル
か回復してこない。通常の景気循環であれ
―――
ば、経済回復期に企業は雇用を増やすが、
計 2兆2,858億ドル
世界金融恐慌の余韻冷めやらぬ昨今にお
いては、景気二番底の懸念をずっと引き
(負債及び資本)
ずっており、企業はなかなか雇用拡大へと
資本 528億ドル
踏み出せないようだ。これが現状の米国に
その他資産 165億ドル
おける10%前後という高い失業率へと繋
銀行預金 1兆2,669億ドル
がっている。
リバースレポ 559億ドル
米国の人口3億人のうち労働者人口は半分
流通する貨幣 8,936億ドル
の約1.5億人と言われる。失業率10%は失
―――
業者数1,500万人に相当する。その米国に
計 2兆2,858億ドル
おいて、ローン残高が住宅価値(価格)を上
問題は資産サイドの「MBS 1兆291億ド
回る債務超過の住宅ローンは件数全体の
ル」で、これは総資産の45%の割合に相当
20%を超え1,000万件と言われる。
する大きな割合を占めている。その一方、
米国全体で見て、住宅ローン返済状況の
「資本 528億ドル」はあまりに少なく、総資
悪化は懸念されるところだ。
産の2.3%程度の構成比率である。一般の
2009年12月時点で、ファニーメイのプライ
商業銀行が国際業務を行うのに必要な自
ムローン(最優遇貸出)で90日以上の長期
己資本比率は8%以上と国際決済銀行
延滞率は5.38%となった。また、フレディ
(BIS)は規定しているが、米国の中央銀行
マックは2010年1月に長期延滞率が4%を
に相当するFRBはその基準を満たしていな
超過して上昇してきた。双方の延滞率は毎
いということになる。
月急激な上昇を続けている。
もし、FRBが保有するMBSにつき、住宅
FRBのバランスシートを見ると
ローンの延滞に基づく資産の再評価を実行
ここで改めてFRBのバランスシート(H.4.1
したらどうなるか。例えば、MBSの債券価
収支報告Federal Reserve Statistical
値を、実際の延滞割合に即して5%切り下
ReleaseのH.4.1 Factors Affecting
げたとすれば。FRB保有のMBSが約1兆ド
Reserve Balances、2010年3月10日時点)
ルとすれば5%相当額は500億ドルになる
が、この債券価格の再評価により、FRBの
MBS買い取り等の流動性供給プログラム
総資産にある資本528億ドルは、ほとんど
の多くは景気安定化策であり、景気が回復
が吹き飛んでしまう。ましてや、MBSの延滞
すれば自動的に縮小する、としている。
率はこれから半年~1年で2桁に高まると述
また、3月8日に米ニューヨーク連銀の金融
べる識者もおり、FRBは「債務超過」や「資
市場担当責任者、ブライアン・サック氏は、
本欠損」といった恐ろしい事態に陥る可能
2兆3,000億ドル(約208兆円)規模のFRB
性がある。
バランスシートを資産売却によって急速に
これに対する救済策はないのか。
縮小すれば、金融市場の混乱を招き、政策
その一つとして、プリンストン大学のクリス・
当局者の現在の目標を妨げる恐れがある
シムズ教授が2009年5月22日に発表した
と指摘している。
論文「Fiscal/Monetary Coordination
その上でサック氏は、バーナンキFRB議長
When the Anchor Cable Has Snapped
が2月に概略を示したような「緩やかで受動
(錨の導線が切れた時の財政/金融の共同
的な」資産の縮小であれば、FRBの1兆
作業)」が挙げられる。シムズ教授はシニョ
7,000億ドル前後の規模の証券購入プログ
リッジ(通貨発行益・例えば100ドル紙幣を
ラムの効果で低水準にある長期金利の反
発行するのにコストは5ドルしかかからない
転を抑制することができるとの認識を示し
とすれば、その差額の95ドルは中央銀行の
た。
利益となる)について言及しており、紙幣を
要するにFRBは世界金融恐慌で綻びが見
増刷すればFRBは資本の欠損をいくらでも
え始めた住宅ローン市場を懸命に下支えす
埋めることができると力説する。
ることのみを目的として、出口を決めずにや
しかし、紙幣の増刷は将来時点でハイパー
みくもにMBSの買い支えをした。そして、将
インフレ(超インフレ)を引き起こすリスクを
来の出口戦略について関係者たちは「自分
伴う。つまりは、FRBが資本欠損を防ぐのと
はよく分からないのだが、将来の景気回復
引き換えに、超インフレで米国民全般の生
時には何とかなっているだろう」と曖昧な返
活が窮乏化する恐れが出てくるのである。
答をしている。つまり、この件に関しては、
MBSの売り戻しはいつなのか?
誰も明確な答えを持ってないように見受け
また、FRBはいつかMBSを売り戻さないと
られるのである。
いけない。膨らんだMBS残高解消の出口
FRBの金融政策について
戦略はどうなっているのか?
次に、FRBの金融政策について考えたい。
ニューヨーク連銀ダドリー総裁の2009年6
今の脆弱な米住宅市場の需要不足を底支
月時点のコメントによると「FRBのバランス
えしなければならないとすれば、11月7日の
シートをどうやって縮小させるのか、という
米国中間選挙前にFRBは政策金利引き上
質問に対しては、絶対額や伸び率を目標に
げには動きにくいとの見方にはそれなりの
定めることは絶対にしない」と明言している。
根拠があると見られる。
また、当面のリスクとして、景気の底割れや
この考え方についてはこの20年間に日本
二番底の事態に陥った際には、新たに流動
で起こったことから類推すると、もしそのよう
性(お金)をジャブジャブに供給し、金融市
になっても不思議はないと思われる。
場や実体経済を下支えする必要が出てくる
当面、米国は低成長による低金利政策を
と見られる。
甘受しなければならない。このためにドル
もし米国が順調な景気回復を果たし、FRB
やドル資産は他の国の通貨や資産に比べ
が政策金利であるFFレートを現状(3月18
ると相対的な魅力が乏しいと考えられる。
日時点)の0.00~0.25%から引き上げると
一概には言えない部分もあるが、ドルが輝
すると、これは債券金利の上昇を招き、債
きを取り戻すには、まだ暫く時間がかかりそ
券価格は下落しかねない。その時にFRBが
うである。
保有するMBSの評価損拡大や新規住宅
【コーヒーブレイク】アメリカの風潮とは
ローン金利の上昇が大きな懸念になるので、
もし、アメリカ合衆国に行くのであれば、日
FRBは長期金利が上昇しないようにあらゆ
系航空会社を使わずに、米系航空会社を
る手段を講じてくるのではなかろうか。
使うとよいと思う。
まとめ
運賃はとても安い。ただし、日系航空会社
FRBの資産買い取りのプロセスにつき再度
のようにこちらが黙っていても、向こうから
おさらいをすると、この2年間に米国で実行
かゆい所に手が届くようなサービスを施し
されたことは、家計部門の住宅ローン債務
てはくれない。こちらから要求したり、尋ね
を中央銀行等の政府部門のバランスシート
たりしない以上はずっと抛って置かれること
に移す作業だった。いわば、金融機関が抱
がよくある。主張や言い分を言わないと通ら
えたままの不良債権を政府部門が民間リス
ない。食事も希望のものにありつけない。で
クを肩代わりしますとばかりに引き受けた
も筋を通して主張すると受け入れられる。そ
わけである。そして政府は今後何年もかけ
の辺りがいかにもコミュニケーション重視の
て、その債務を返済することになる。その際、
アメリカらしいという気がする。
政府による債務返済の原資を支払うのは、
成田国際空港の米系航空会社のロビーに
他ならぬ将来の「納税負担者」である。
入った瞬間から、そこはもうアメリカ合衆国
要するに国家全体で「この借金はとりあえ
だな、という空気が漂う。とてもポジティブで
ず無かったことにしよう」と、現状の問題を
前向きに生きているアメリカ人。この方々に
棚上げし、将来の税収で少しずつ「借金を
悩みはないのか、失業率は高いのではな
溶かして」返済していくことにしたわけであ
いか、住宅ローンで苦しんでいるのではな
る。米国の政府部門は急激な景気回復が
いのか。何でこんなに前向きな気分で大き
なければ、この「借り入れ返済」に足元をす
な声で楽しそうにしゃべることができるのか
くわれ、今後相当の長期に渡り、1~2%の
と勘繰ってしまう。しかし、逆に言えば、辛
低成長を余儀なくされるとの見方がある。
いことや苦しいことがあっても、喉元過ぎれ
ば熱さ忘れる的に、熱しやすく冷めやすい
のがこの国の国民性であろう。ある意味
「懲りない方々だな」と思うこともある。
また、この国で話されるのは英語という、世
界でこれ以上ないくらいに単純な言語であ
る。単純な言語というと語弊があるかもしれ
ないが、例えば、日本語を学ぶのに漢字を
覚えなければならないとか、ドイツ語を覚え
るのに名詞ごとに性別(男性・女性・中性)
や冠詞の格変化を覚えないとならないとい
う面倒くささに比べればという意味である。
この国では、物事の運用はやたらスッキリ
と単純化されており、それでも分からないこ
とがあったら口で尋ねて来いという、ある種
サッパリとしたものになっている。
と、ここまで書いて、このようなアメリカの風
潮は、為替市場で起こる出来事や値動きと
結構似ているな、と思った次第である。
株式会社外為どっとコム総合研究所
常務取締役 岡田 剛志