オマケつき!マーケティング

オマケつき!マーケティング
「常識破り」のアイデアで惹きつけろ!
プロローグ
「注目」
はおカネでは
買えない
ペーパークリップ、値段はいくら?
大学在学中に最初の会社を興した直後のことだ。私は相棒1に大
いに笑われた。というのも、私がスタッフに「ペーパークリップを
賢く再利用して、コストを節約しよう」と告げたからだ。
相棒はこう指摘した――ペーパークリップなんてタダ同然に安い
んだ、もっと緊急性のあることに神経を集中させたほうがいいんじ
ゃないか、と。安いコモディティ(日用品・汎用品)でコストを節
約しようとした私は、所詮バカだったのだ。
けれどもかつてはペーパークリップも、それほど安い商品ではな
かったはずだ。ペーパークリップに関しては、何十件もの特許が存
在する。20世紀初頭には、ペーパークリップの技術は厳重な機密
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扱いで、何百人もの発明家が、より優れたペーパークリップを発明
しのぎ
しようと鎬を削っていた。その後まもなく、ペーパークリップ市場
のシェアをめぐって大規模な宣伝合戦が起きた。〈ホッチキス〉が
まだオフィスの備品としては珍しかった1910年代では、ペーパー
クリップのブランドを宣伝するのは非常に有意義だったのである。
ペーパークリップのメーカーは大儲けを当て込んでいた。優れたペ
ーパークリップを生み出すか、より強力なブランドを構築すれば、
大儲けできることは確かだった。
このペーパークリップのエピソードには、コモディティ化をなん
としてでも避けようとしているすべての製品に共通する2つの戦略
がうかがえる。
■
他の誰もつくれないようなものをつくる(そうすれば、十分に
利益のあがる価格をつけられる)
■
ブランド構築のために躍起になって宣伝する(そうすれば、十
分に利益のあがる価格をつけられる)
しかし、消費者が完全に合理的だったなら、宣伝は成功しないだ
ろう。消費者はあらゆる選択肢を検討し、最も安い製品か、模倣で
きない技術的な優位を持つ製品を購入するだろう。このような業界
では、特許を取得するか、プロセスを独占するか、さもなければ自
社の製品をきわめて安い(利益の出ないような)価格で売ることに
なるだろう――そんなやり方のどこが面白いのだろうか。
あなたが生まれる前から、企業は「死にもの狂いで宣伝すれば、
プロローグ 「注目」はおカネでは買えない
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宣伝費が利益になって戻ってくる」と分かっていた。製品そのもの
を変えることなく製品を差別化することが可能だと気づいていた。
そして、「コモディティより優れた」製品をつくることなく、「コモ
ディティより高い」価格をつけることが可能だと見抜いていた。
ペーパークリップがこれほど安くなった理由は、その発明から
100年を経て、デザインや製造の面で大きな技術革新の余地が完
全になくなってしまったからだ。技術的な優位がなければ、手許に
残るのは無価値なコモディティ、多くの努力を捧げるに値しないシ
ロモノである。どうやら、ペーパークリップで利益をあげるために
は、人々が他社ではなく自社のブランドのペーパークリップを、余
分なカネを払ってでも買おうという気になってくれるよう、何か
“クールな”ブランドや宣伝方法を生み出すしか手段はないようだ。
でも、尋ねてみれば分かる。たいていの人は、「宣伝にはあまり
影響されない」「会社や家庭のために、適当な製品を適当な価格で
買うだけだ」と答えるだろう。
もちろん、実際にはそうではなかった。つい最近まで、本当に効
果的な宣伝を打てば、人々は余分におカネを払ってくれたのだ。
……そう、つい最近までは。
〈ミスター・バブル〉を覚えてる?
いや、〈ミセス・バターワース〉でも、〈ミスター・コーヒー〉で
もいいのだけれど[訳注(以下省略)
:いずれも、過去に大ヒット
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した消費者向け製品]
。
かつて、多くの製品が消費者の心をわしづかみにしていた。そう
いう製品は利益率も成長率も高く、店頭でも大きな顔をしていた。
こうした製品が成功したのは「平均的」だったからだ。平均的な
人々のための平均的な製品――そして、宣伝が優れていた。それは
素晴らしいシステムだった。ブランドのマーケティング担当者がさ
まざまな宣伝費用として100ドル費やすごとに、200ドルの利益
が生じた。彼らは大衆へのマーケティングを成功させ、そのプロセ
スから1ドルでも多くの利益を絞りだすことに長けていた。ブラン
ド構築を通じて、非コモディティ的な価格をつけることができた。
それから20年を経た今日、マーケティング担当者がそんな過去
を懐かしむのも無理はない。新製品は次々に生まれ、消えていく。
理由は簡単だ。宣伝費をかけても、もはやそれに見合う効果が得ら
れなくなったからだ。宣伝の力でペーパークリップから利益を得る
のが不可能になっただけでなく、ウオッカや自動車のメーカー、あ
るいは会計事務所にとっても、それはますます困難になっている。
その教訓は何だろうか。雑音と混乱にあふれ、あまりにも多くの
選択肢とチャネル、そしてあまりにも多くのスパム(メールによる
大量広告)が存在する時代には、人々のじゃまを繰り返すだけでは
利益はあげられない、ということである。
広告主である企業に、増大する一方の利益を与えてくれた(した
がって広告収入も増加の一途をたどる)テレビ・産業複合体[テレ
ビCMにより産業が発展し、その結果またテレビCMを打つという
好循環を生む仕組み]は、どうやら崩壊しつつあるようだ。
プロローグ 「注目」はおカネでは買えない
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・ ・ ・ ・ ・ ・
消費者をじゃまする土足メディア(マス広告宣伝)を駆使したブ
いくさ
ランド構築では負け戦になると悟った賢明な企業は、カネのかかる
広告からの逃避を始めた。今や彼らは、何か別の手段を探している。
「広告の死」を予見したジェフ・ベゾス
2002年、アマゾン・ドット・コムはすべての宣伝を中止すると
発表した。テレビCMを打たない、雑誌広告も出さない、その代わ
りに浮いた宣伝費で商品の送料を無料にすると決定したのだ。
他の企業は仰天した。宣伝費を商品の改善に回すなど、まったく
常軌を逸している。識者はまたもやアマゾンの没落を宣告した。
12カ月後、結果が明らかになった。年間売上高は37%増、全世
界では81%という驚異的な成長率を記録した。アマゾンでは、ク
リスマス・シーズンを除いた期間で初めて四半期決算が黒字になっ
たのは、マーケティング戦術の変更がもたらした成長のおかげであ
ると報告している2。
ジェフ・ベゾスとアマゾンの株主たちは、テレビ・産業複合体を
放棄することで成功を収めつつある。「人々が欲してもいない宣伝
によって彼らをじゃましなければならない」――アマゾンはそうは
考えない。「テクノロジー以外の産業において持続可能な競争優位
を構築する唯一の方法は、これまで以上に気の利いた広告を、かつ
てないほど迷惑がっている消費者のもとに届けることだ」――これ
また、アマゾンの答えはノーだ。
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テレビ・産業複合体に大きく依存することなく、記録的な成長を
実現した企業の数は増えている。ミートアップ・ドット・コム[有
名人等のファンクラブを主催するウェブサイト]はまったく宣伝を
打たずに50万人以上のユーザーを獲得するに至った。ダイソン社
の電気掃除機も売上高の記録を更新しつづけているが、ろくでもな
い宣伝費など使っていない。Wi-Fiは無線によるインターネット接
続のデファクト・スタンダード(業界標準)となったが、資金力で
はるかに上回る競合他社に比べれば、宣伝費はほんのわずかだ。
資金があるからといって、それを使った宣伝によって
注目を集められるわけではない。消費者はあなたを無
視する方法を学んでいる。
一方、レッド・ロブスターは……
外食チェーンのレッド・ロブスターを思い浮かべるとき、同社の
最新のスローガン“Share the Love”(愛を分かち合おう)が頭
に浮かぶだろうか。ユーロRSCGテイザム・パートナーズ社の
CEO、ゲイリー・エプスタインによれば、「このキャンペーンは、
〈レッド・ロブスター〉というブランドと、シーフード料理につい
て人々が感じることの核心をとらえている」という3。本当に?
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レッド・ロブスターは、陳腐化した店舗の刷新が有効であると確
信し、6000万ドル規模の宣伝キャンペーンを発表した4。すでに
名前を知っているレストランについて、知りたくもないメッセージ
を人々に押しつけるために6000万ドルも投じるというのだ。
といっても、もちろん、レッド・ロブスターが悪いわけではない。
私たちの周囲の至るところに、テレビ・産業複合体が崩壊する兆
候が見てとれる。だが多くの企業は、ビジネスを急成長させるツー
ルとして宣伝の効果が低下している状況に対して、手を打ってるよ
うには見えない。なぜだろう? その理由は、マーケティング部門
にはあまり選択の余地がないからである。マーケティング部門は、
予算はもらえるが、使える宣伝ツールは少ない。宣伝、クーポン、
割戻し、そんなところだ。彼らの使命と利用できるツールを考えれ
ば、彼らが宣伝を選ぶのも無理はない。それしかやることはないの
だから。上司にこう言うのは度胸がいる。「宣伝を打つのをやめて、
その代わりに常識破りの製品づくりを始めましょう」
すべてはマーケティング
前著『「紫の牛」を売れ!』(ダイヤモンド社)のなかで私は、
「常識破り」であることがいかに成長への早道かを説いた。本書の
目標は、さらにその先をめざすことだ。つまり、マーケティングの
世界を広げること、そして、あなたやあなたの同僚に「社内の全員
がマーケティング部門である」ことを納得してもらうことだ。
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ここで簡単に「紫の牛」(pueple cow)を定義して
おこう。「紫の牛」とは「常識破り」な製品・サービ
スのことだ。「常識破り」とは、顧客がそれについて
ひとこと
何か一言いいたくなるという意味である。「常識破り」
の製品をつくり出せれば、人々はそれを話題にするだ
ろう。もしそうなれば、噂は広まり、あなたの会社の
売上高は増大する。過去10年間に急速な成長を遂げ
た企業のほとんどは、これで説明できる。
あなたが企業や事業の成長を目標にしているのであれば、大切な
のはマーケティング、それだけだ。そして、あなたがやることはす
べて、今やマーケティングの一部なのである。
マーケティングが、消費者に対して「あなたが抱える問題はこれ
で解決」というメッセージを伝えることだとしたら、最初のステッ
プは、実際に彼らの問題を解決してあげることだ5。ネットワーク
化が進む現在、問題解決そのものが十分うまくいっているのであれ
ば、コミュニケーションの部分はもっと楽に解決できる。
どんな製品・サービスでも「常識破り」になることは
可能だ。そしてそれは、社内の誰にだってできる。
プロローグ 「注目」はおカネでは買えない
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第
1
部
なぜ
「オマケ」
は必要か
「ママ、これ買っていい?」
もしあなたが私と同じような人間だったら、子どもの頃、「オマ
ケ」の入った朝食用シリアルをママにおねだりしたことがあるだろ
う。くだらない小さなオマケを手に入れるために〈クラッカー・ジ
ャック〉を買ったこともあるだろう。オマケがついていなくても、
シリアル食品そのものに違いはない――それは分かっていたかもし
れない。でも、もちろんそれではダメなのだ。だって、オマケがつ
いていないんだから。
当時、シリアル食品メーカーはお気楽なものだった。オマケをつ
けて、なおかつ、ビックリするような宣伝も同時に打っていた。人
間の言葉を話す虎や鳥、ミルクの海をボートで渡る船長といった、
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簡単なオマケをつけておけば、平凡な製品をかなりの高値で売るこ
とができたのである。
もちろん、今日ではそうはいかない。シリアル食品はかつてのよ
うにカネのなる木ではない。あまりにも多くのブランドがあり、陳
列棚のスペースは不十分で、値段に敏感になった消費者はテレビ
CMにはもう騙されない。
後に残ったのは価格競争だ。他社製品を抑えて非コモディティ的
な価格をつける唯一の方法は「イノベーション」(創意工夫)であ
る。何かのキャラクターの使用許諾を取ったり、形状を洗練させた
り、高タンパクの成分を入れるといったイノベーションが可能だ6。
パッケージや価格を工夫したり、そう、何か“クールな”オマケを
箱に入れておいてもいい。
シリアル食品に限らない。10年以上前、〈リンカーン・マーキュ
リー〉は、同ブランドの最高級車種にボーズ社製のステレオを搭載
しはじめた。すると意外にも、購入者の半分以上が、本体価格1万
2000ドルのクルマに8000ドルもするステレオのオプションをつ
けたのだ7。驚いたことに、自宅のリビングルームでさえ、そんな
に高価なステレオを使っている人はほとんどいなかった。彼らは、
クルマを買おうとしているつもりが、実は何か別のもの、すなわち
「オマケ」というイノベーションに魅了されていた。要するに彼ら
が買ったのは、車輪が4つついたステレオだったのである。
第 1 部 なぜ「オマケ」は必要か
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