ネットオークションの価格決定構造に対する実証分析

関して評価値の高い入札者の落札が多くを占めたことは、ベ
テランが落札価格を認知する機会が多く、また損失回避の心
ネットオークションの価格決定構造に対する実証分析
理メカニズムにも影響され、高値で入札しやすいからだとし
ている。さらに繰り返し出品される間に開始価格が下げられ
An Empirical Study
for the Pricing Structure on the Internet Auction
ることにより、ダッチオークションとして取引が成立する例
があることを指摘している。
問題点として、分析の手法が収集したデータをプロットし
て作ったグラフを比較、考察しているだけである点があり、
制度設計理論(経済学)プログラム
09-03943 遠藤 寛士 Hiroshi Endo
指導教員 山室 恭子 Adviser Kyoko Yamamuro
論文に十分な説得力が与えられていない。計量分析を行うこ
とでより正確な分析が行えるものと考えられる。
3.
分析手法
ヤフーオークションにて 2012 年 9 月から 2012 年 12 月に
はじめに
かけて、テレビゲーム Nintendo64 カテゴリにて出品された
1.1. 研究の目的
商品の中から、ハードではなくソフトを出品しているものに
1.
本研究はネットオークションにおいて取り引きされる中古
ついてデータを収集した。収集したクロスセクションデータ
ゲームソフトの落札価格がどのような要因によって決定され
をもとに、オークションにおいて価格決定に影響を与える要
ているのかを明らかにすることを目的とする。そしてそれに
因を調べるために最小二乗法(OLS)によって計量分析を行う。
より、ネットオークションの価格決定構造の一端を解き明か
オークションの開始価格を Sp、落札価格を Cp で表す。被説
し、出品者の行動の最適化についての知見を得ようとするも
明変数として、
のである。その際、ヤフーオークションで実際に行われた中
(𝑪𝒑 − 𝑺𝒑)
⁄𝑺𝒑
古ゲームソフトを対象としたオークションの原データを収集
し、オークションの取引過程について計量分析を行うことで、
を設定し、価格上昇率(𝑌)と定義する。分母に開始価格を入れ
各要素が最終的な落札価格に与える影響を把握する。
た理由は、ゲームソフトが同一タイトルではないためそれを
1.2. 研究の背景
標準化するためである。この標準化は、出品者が大体そのタ
ネットオークションの普及は、既存の流通メカニズムに
イトルの相場に即した開始価格を設定するという仮定の上に
様々な影響を及ぼしつつある。とりわけ一般個人が購買者で
成り立っている。実際に使用したサンプルサイズは 387 個と
あると同時に商品の供給者でもある古物市場においては、ネ
なった。分析モデルは以下のようになっている。
ットオークションの影響が顕著である。また、中古の商品の
𝒀𝒊 = 𝜶 + 𝜷𝒌 𝑿𝒌𝒊 + 𝜺𝒊 (𝒌 = 𝟏, ・・・, 𝟕)
ほうが、相場が小売価格としてある程度形成されている新品
の商品よりも、人による評価額のばらつきが大きい。したが
𝑋は説明変数である。以下にその内訳を記す。入札人数、
ってゲームソフトなどの中古商品を研究対象にすることは、
開催期間、出品者評価、出品者不評、落札者評価、発送方法、
オークション行動を分析する上で適切であるといえる。
振込口座、以上の 7 変数である。
ネットオークションは、第二価格オークションに代表され
4.
るオークション理論では説明のつかない現象が多く、現実の
分析結果
分析結果は表 1 の通りである。
ネットオークションの価格決定構造はオークション理論では
把握できない。このことから本研究では、計量分析を用いる
表1
実証的な見地からオークション構造を考察し、人間の限定合
被説明変数:価格上昇率
理性や非合理性がもたらす現象も含めた、現実問題に即した
C
研究を試みる。
入札人数
2.
先行研究
江下(2007)では性質の違う 4 つのタイプの漫画古書につい
て、ヤフーオークションに出品された商品を追跡調査してデ
ータを収集し、プロットしてグラフとして分析を行っている。
分析の結果として、漫画古書のネットオークションについ
ては初出品時の落札率がオークションの成立状況をほぼ決定
していて、たとえ長期間出品を続け、新たな参加者の目に触
れる機会を増やしたとしてもそれが劇的に成功率を向上させ
ることはないことを挙げている。このことより、漫画古書オ
出品者評価
-13.915**
3.910***
-0.893
(6.053)
(0.492)
(0.661)
出品者悪評
0.410**
(0.167)
落札者評価
0.069
(0.429)
開催期間
0.557
(0.613)
発送方法
2.199***
(0.736)
振込口座
0.570
(0.939)
adR2
0.159
Obs.
387
ークションにおいては一定水準の共通価値が形成されている
( )内は標準誤差
と考えられるとしている。また希少性の高いタイプの古書に
*10%有意水準
**5%有意水準
***1%有意水準
商品に対する入札人数は価格上昇率と正の相関がみられた。
表2
これはほぼ予想と一致するものである。多人数で争う商品の
悪評
方が、価格の上昇が起こりやすい。少人数でも互いに入札を
9
繰り返すことでの価格の上昇は考えられるが、この結果から
はそれによる急激な価格上昇はあまり起こりえないといえる。
8
出品者評価値の総計は、出品者が経験してきた取引量の多
さとして入札者に安心を与え、価格上昇率とは正の相関があ
7
ることが期待されたが、係数は負であった。これには、多く
の経験を積んだ出品者は商品の大体の最終落札価格を熟知し、
6
それに近い開始価格でオークションを始めることが多い、と
いう理由が考えられる。ただし統計的には有意ではない。
出品者の悪評の総計については、その多さが入札者に不安
感を与えることが予想されるため、価格上昇率とは負の相関
があることが期待されたが、係数は正であり、さらに 5%有意
水準において有意であった。これは悪評の多い出品者の商品
のほうが開始価格から価格が上昇しやすいということになる。
5
4
3
落札者評価値の係数は正であった。しかしその係数の絶対
値は小さく、有意性も認められなかった。ネットオークショ
ンの中古ゲーム市場において落札者側の経験値による落札価
格の変動はほぼないといっていいだろう。
開催期間は長くなれば多くの参加者に認知される可能性が
高くなるため、価格上昇率とは正の相関が期待され実際に係
数は正であったが、統計的な有意性は認められなかった。
出品者の対応できる発送方法は、多ければそれだけ落札者
が自分の希望する発送方法を選択できる可能性が高くなるた
め、正の相関が期待され、結果においても正の相関が認めら
れたうえ統計的な優位性も 1%水準で認められた。
出品者の対応可能な振込口座についても、多ければそれだ
け自分が振り込みやすい口座を選択できる可能性が高くなる
ため、正の相関が期待されたが、係数は正と出たものの有意
性は認められなかった。
5.
追加検証
出品者の悪評の総計が価格上昇率と正の相関があったこと
について、予想に反した結果が出た。これには、悪評の多い
出品者が自分の悪評の多さを気にして、確実に入札を得るた
めに開始価格を低く設定しやすいという理由が予想される。
開始価格が低く設定されれば、もし落札価格に変化がなけれ
ば、今回定義した価格上昇率は大きくなる。
この仮説を検証するために、収集したデータを悪評の多い
出品者の商品グループと悪評の少ない出品者の商品グループ
に分け、それぞれについて設定された開始価格と落札価格の
平均値と中央値を調査し、比較した(表 2)。左の悪評は 2 グル
ープに分けた基準の悪評の値であり、例えば 7 なら、悪評が
7 以上を bad グループ、7 未満を good グループにしている。
結果を見ると、塗りつぶした部分の平均値と中央値で、仮
説通り、悪評の多い出品者のグループの開始価格が悪評の少
ない出品者のグループの開始価格を下回った。また、同様に
落札価格についても比較したところ、2 グループの落札価格
がほとんど変化していないという結果が得られた。よって
2 グループの開始価格の統計表
group
サイズ
平均値
中央値
最大値
最小値
bad
50
762.2
500
5,800
10
good
337
955.2
980
7,500
10
bad
63
775.6
500
5,800
10
good
324
960.4
980
7,500
10
bad
78
816.2
500
5,800
10
good
309
959.1
980
7,500
10
bad
84
849.5
775
5,800
10
good
303
952.7
850
7,500
10
bad
100
851.6
500
5,800
10
good
287
957.7
980
7,500
10
bad
121
907.9
850
5,800
10
good
266
940.5
850
7,500
10
bad
153
886.5
700
5,800
10
good
234
958.9
980
7,500
10
(𝐶𝑝 − 𝑆𝑝)
⁄𝑆𝑝の Cp がほぼ変化しない中、Sp の低さによって
悪評の多いグループの価格上昇率が大きくなったということ
ができる。このことから、悪評の多い出品者は大体の相場に
比べ開始価格を低く設定しがちであることがわかる。これに
より悪評の合計と価格上昇率の間に正の相関があった理由が
確認された。
6.
まとめ
6.1. 結論
今回の研究により、ネットオークションにおいてその商品
に入札を行うことで参加した人数が、価格決定に非常に強く
影響を与えることが確認された。また出品者が商品の発送に
関する利便性を向上させることにより、価格上昇率を増大さ
せることが可能であることが確認された。出品者の悪評の数
に関しては、その情報を得たとしても入札者はそれほど影響
を受けない。むしろ悪評の多い出品者が自主的に開始価格を
低く設定しがちだということが、分析から明らかになった。
出品者自らの持つ要因が価格決定に与える影響が明らかにな
ったことにより、出品者の行動戦略の最適化に貢献できる可
能性がある。
6.2. 今後の課題
標準化の方法として、開始価格がある程度相場に即して決
められているという仮定を置き、それを母数に設定する方法
を取った。しかし仮定の確認ができていないため、よりよい
方法を模索するか、同じゲームソフトタイトルの商品に限定
して研究を行う必要がある。加えて今回はモデルとして OLS
を用いたが、OLS 以外のモデルに関してもより正確性のある
結果が得られる可能性があるので試してみる余地がある。
<主要参考文献>
江下雅之(2007)「ネットオークションにおける入札行動の研究-希少
な漫画古書をめぐる争奪戦の実態」目白大学経営学研究第 5 号
菅原梢・松田聖(2005)『出品者サイドの落札価格最適化を図るネット
オークションモデルの提案・検証』社団法人 情報処理学会研究報告