男性にとってのジェンダー平等 男性学・男性性研究の視点から

男性にとってのジェンダー平等
─男性学・男性性研究の視点から
伊藤公雄
はじめに
基調講演ということで50分ほどしゃべらせていただきたいと思う。タイトルは「男性にとっ
てのジェンダー平等─男性学・男性性研究の視点から」ということでしゃべらせていただく。
先ほど男性学ということで紹介いただいた。女性学は日本の社会でも1980年代ぐらいには市
民権を得られたと思うが、男性学はすごくきわものイメージという感じで、私はこれを使うの
が嫌だった。出版社のほうは男性学のほうがということで「男性学」というタイトルの本を出
した。ジェンダーの問題を男性の立場から研究するというのは大変居心地が悪い。特にプロ
フェミニストというか、女性解放論の立場を支持する立場の男性研究、ジェンダー研究の男性
というと男性からは裏切り者扱いされる。女性のほうからは全く信じてもらえない。「物わか
りのいいようなことを言う男が一番悪いのよ」とか、私は、何度批判されたことか。そういう
意味で大変厳しい立場の中で30年ほど男性研究をやってきた。
女性学と男性学、男性性研究
男性学・男性性研究というタイトルをつけさせていただいたのは、女性学の裏返しとして男
性学があるというふうに捉えられてしまうといろんな誤解が生じるのではないかという危惧が
あるからだ。ウィメンズ・スタディーズに対してメンズ・スタディーズという言い方はもちろ
んある。私の本も英語訳は「メンズ・スタディーズ」という訳で出ているはずだ。ウィメンズ・
スタディーズはある面、社会的なマイノリティーの立場から差別撤廃の動きだが、男性を対象
にするというのは、社会的なマジョリティーの立場からのアプローチになる。マジョリティー
の立場を分析しながら、どうやって性差別のない社会をつくるのかということだから、単なる
裏返しではないだろうということで、いろんな工夫が言葉の上でもされてきた。
ザ・スタディー・オブ・メンという言い方をしていた時期もある。最近ではメン・アンド・
マスキュリニティーズ・スタディーズという言葉が大体定着しているようだ。そこで、私も男
性学ではなくて最近は男性学・男性性研究というふうに、女性学とは裏返しではないという意
伊藤公雄、京都大学教授・日本ジェンダー学会会長
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味合いで使わせていただいている。
女性学、これは1970年代に登場したときに大変大きな衝撃を与えたというふうに私は認識を
している。ほとんどあらゆる学問、人文、社会系だけではなくて自然科学系、特に自然科学史
のような分野に対しても大変厳しい学問の再検討要求というものがここでなされたと思う。と
同時にいろんな形で新しい学術的な視点が女性学の衝撃の中で生み出された。
ただ、不思議なことに、日本のアカデミズムというのは、男性学が受け入れられないように、
なかなかジェンダー研究、あるいは女性学、男性学・男性性研究というものが受け入れられな
いまま現在まで来てしまったのではないかというふうに思う。
私自身の経験から申し上げても、特に人文系の学会、あるいは社会科学系の学会がジェン
ダーという言葉で学会大会のシンポジウムを開くようになったのはちょうど世紀の変わり目の
ころ、今から15年くらい前ではないかと思う。男性でジェンダーをやっているので珍しがられ
て、よくあちこちの学会から講演の依頼が続いたという記憶がある。日本ではジェンダーとい
う言葉も、ジェンダー視点からの人文社会科学の再検討という点も、(もちろん女性の研究者
を中心にいろんな形で進んではいたのだが)アカデミズム全体で開始されるようになったの
は、実はほんの十数年前でしかないのではないかというふうに私自身は思っている。
男性学・男性性研究というのは、大体1970年代にアメリカで生まれた。アメリカは最もフェ
ミニズム運動というか、女性解放運動が激しかったところである。そこで運動に対応する形で
男性を対象にした研究が生まれる。初期は心理学的なアプローチが中心で、男性のつらさとか、
男性の癒しとか、カウンセリングを中心とした男性性研究が多かった。もちろん他方でフェミ
ニズムにシンパシーを抱き、女性たちと一緒に行動するような男性たち、いわゆるメイル・フェ
ミニストの人たちも70年には登場していた。
やがて1970年代も後半になると、やっと社会的構築物としての男性性という示唆が生まれ
る。女性性というジェンダーの発見から、それでは、男性に視点を当てたらどうなるかという
議論が70年代後半から80年代ぐらいに世界中で芽生え始めるわけだ。男性の女性に対する抑圧
性と同時に、男性自身が男性性によって抑圧されているのではないかという議論もこの中から
生み出されてくる。
また、男性同性愛者の運動が広がり、さまざまな性差別撤廃の動きを男性が受けとめるとい
う中で、ここに書いている性差別に反対する男性の全国連合なども成立する。アメリカ合衆国
というのは幅の広い社会で、ある方向の運動が出てくると、今度は男性が差別されているので
はないかという声が出てくる。これはヨーロッパでもそうだが、離婚した後の父親の養育権を
めぐる問題等々で、男性だから養育権が得られない、性差別ではないかという男性の権利要求
のようなことも80年代になると広がっていく。
多様な男性運動
アメリカ合衆国の男性学や男性運動、男性性研究の流れをマッピングしてみよう。上下に女
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性差別の問題に敏感かどうか、横のラインは、男性の問題というふうなものに関心が強いか弱
いかということで分けてみよう。私は、左上のプロフェミニスト男性研究ということでやって
きてはいる。アメリカ合衆国の場合、むしろ下の左の欄、男性性に対する差別とか男性の権利
みたいな動きが、特に1980年代後半から90年代になると広がっていったという印象がある。
日本の場合は、21世紀に入ると実は左下のような声が少しずつ出始めている。しかし、今の
ところ男性を焦点化した形での運動というようなものはそれほど広がっていない。一応左上の
運動が中心だ。我々は1990年代にメンズリブ研究会という、これもちょっと誤解を招きやす
かったのだが、男性が男性性の縛りから解放されよう、ジェンダーの縛りから解放されようと
いう運動を始めた。最大規模で男女合わせて500人くらいの全国大会をやったこともある。
現在、ファザーリング・ジャパンという、男性たちがよりよい父親として生きようという動
きが、ここ数年大きな広がりを見せている。我々は団塊の世代に近かったので、かなり社会派
で社会変革みたいなことをテーマとした。男性性の鎧からの解放みたいなことを議論したの
だ。ファザーリング・ジャパンの人たちはもうちょっと軽やかに夫婦関係だったり、仕事の問
題を男性の視点から見るという形で動きが今広がっているところだ。
2012年、滋賀県で第1回の全国大会が開かれた。これは内閣府や厚労省、滋賀県が一緒になっ
て大体全国から5,000人ぐらいの男性、女性が集まった。私も基調講演をさせていただいた。
男性の動きがそんな形で広がっているのが今の日本の状況かなというふうに思う。
日本の男性性研究だが、私は1970年代後半ぐらいにイタリアのファシズム研究をする中で、
「ファシズムと男性性」というような研究を開始した。成果をまとめた論文が84年に出ている。
心理学の観点からは渡辺恒夫さんの『超男性の時代』とか『男性学の挑戦』というふうな編著
が出始める。大体世界でも1980年代ぐらいになると、そういう男性性研究みたいなものの芽が
出てくるという時代なのかなというふうに思う。
ご存じのように、1990年代に入ると国際的にも男性学・男性性研究は大きな広がりを見せる
ようになる。社会学とか文学とか歴史学、思想史から国際政治学や平和学、90年代後半からは
医療研究のようなところにまで男性性研究というのが広がっていく。
先ほど土山先生から紹介いただいた私の『男性学入門』というテキストが1996年に日本語で
出された。実は97年、翌年すぐに韓国語で翻訳がされている。ちなみに、97年の夏に女性開発
院で開かれた韓国の第1回全国父親連合の結成集会に私はゲストとして招かれ、唯一の外国人
ゲストとしてシンポジウムや講演をさせていただいたことを覚えている。
私自身、現代の性差別社会というようなものを変えるということが一つの大きな現代社会の
課題であるというのを認識すると同時に、男性に光を当てながら、ジェンダーの問題を考えて
いこうということになり、1970年代の後半から私の研究課題の一つになっていった。
1989年の「予言」
1980年代も後半になると、やっと日本でも少しずつ今でいうジェンダーの課題が見え始めて
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くる。特に1989年というのは一つの大きな転換点だったと思う。これは日本では昭和天皇が亡
くなった年でもあるし、あるいはベルリンの壁が崩壊した年でもある。中国では天安門事件が
起こった年でもある。
この年は、実は日本では東京都議会選挙で女性の議員がそれまでと比べて急にふえた、ある
いは参議院選挙でも女性議員がふえたという年でした。当時、男性評論家たちが、女性に政治
ができるかとか、台所感覚で政治を語ってもらっては困るみたいな激しい反発を示した年でも
ある。ある面、1989年というのは、日本国内だけではなくて、国際的にも大きな地殻変動が起
こっていた年だと思うし、その地殻変動の一つにジェンダーの問題があっただろうというふう
に私自身は思っている。
1989年の暮れに、朝日新聞の対談で、これまでは女性問題というのが大きな問題になってき
たし、これからも女性問題はますます議論されていくだろう。しかし、恐らくこれから男性問
題というのも出てくるのではないかというふうにコメントしたのを覚えている。
1989年の予言と言っているのだが、背景には、今申し上げたように、1970年代ぐらいから国
際社会が急激にジェンダー平等の方向へ舵を切り始めたということがある。これは日本が遅れ
ていて、欧米が進んでいるという議論をする人がいるけど、そんなことはない。むしろ日本の
社会は法制度の面で言ったら、欧米社会よりはるかに男女平等の法制度は整っていたという議
論さえある。例えば離婚であるとか、あるいは家長の権限等々では、ヨーロッパの諸法と比べ
てみても、日本の戦後の民法改正というのは結構踏み込んだ制度になっている。欧米で大きな
女性解放運動の議論になった妊娠中絶をめぐる議論についても、これは問題もあるが、優生保
護法という形で、経済的な理由での中絶が合法的な形で許されるという仕組みを持っていた。
日本でも女性解放運動の動きがあったわけだが、なぜ欧米社会であれだけ激しい女性解放運動
があったかと言えば、日本社会が当時既に持っていた女性の法的な、あるいはさまざまな権利
が、むしろ欧米社会ではまだ未成立だったということさえ、言えるのではないかというふうに
思う。
1970年代以降、ヨーロッパ社会や、さらに開発途上国を初めとするジェンダー平等の動きは
急激に進んでいくわけだ。その中で、恐らく日本でも性差別撤廃の動きがますます強まるだろ
う。そうすると、今日のテーマであるように、性差別撤廃のためには、女性が変わるだけでは
だめで、マジョリティーである男性側の意識や生活スタイルが変わらないことには、ジェン
ダー平等は進まないだろうという声が必ず起こるだろう。それは男性たちにいろんな形で跳ね
返ってくるだろうというのが、90年代になると日本でも男性問題が起こるのではないかという
予想の背景にはあった。と同時に、後で申し上げるように、1980年代ぐらいになると、日本で
もいろんな男性の抱えている問題が見え始めてきたということもあった。後で申し上げる過労
死という問題が浮上してくるのが大体1980年代半ば以降のことだろうというふうに思う。
男性自身がそういう大きな変化の中で、今までのパターンでは生きられないという状況の中
で、さまざまなしんどさを訴えるようになってくるのではないか、男性自身が抱える矛盾が浮
上してくるのではないか。大きな枠組みで、90年代は男性の問題が浮上するのではないかとい
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うことを申し上げた。
この予想は当たったのかどうか。半分当たって、半分うまくいかなかったというのが私の印
象である。
うまくいかなかったというのは、実は男性問題が生じていたにもかかわらず、日本社会は、
この問題をジェンダーの問題として考えなかったということである。もうちょっと男性性とい
うジェンダーの問題として90年代にこの問題を考えていれば、またちょっと見方が変わったの
ではないかというふうに思う。しかし、日本の社会は、さまざまな社会問題の中に潜んでいる
男性性というジェンダーに十分に目を向けることはなかった。
ただ、半分当たったというのは、実は男性性というジェンダーに目を向けて90年代以降の日
本の社会を見ると、さまざまなひずみが男性たちにのしかかってきたということも、よく観察
すれば見えてくるということもあるからだ。
男性問題のひろがり
私自身が調べてびっくりしたことの一つに、1980年代から2000年ぐらいの20年ぐらいにいじ
め自殺で亡くなっていった子供たちの割合を調べたことがある。これはなかなか数字がないの
だが、新聞報道でいじめ自殺として報道されたものを追跡した結果、8割以上が男の子である
ということがわかった。最近は女性のいじめ自殺もふえ始めているのだが、80年代90年代は8
割以上は男の子という状態だった。
男の子でしょう、泣くんじゃないのというふうに小さいときから感情を抑圧させられ、自分
の問題は自分一人で解決しなければいけないという縛りの中だから自分の悩みを他者に伝える
ということができない。感情のトレーニング、感情に配慮しなさいというトレーニングを受け
て自分の感情をうまく表現する力を持っている女の子とたちと比べて、男の子の方がより自殺
する傾向が高くなるのではないかということを分析として申し上げたことがある。
感情の抑制や自分の弱みを表に出すことを抑制する、あるいは先ほど申し上げたように、自
分で自分の問題を解決しなければいけないという縛りの中に、男の子だけではなくて、男性た
ちも置かれていたわけだ。過労死も、この視点から分析できる。先ほど申し上げたように1980
年代くらいに顕在化した問題だ。過労死は今、Karoshi で大きな英語の辞書を調べると載って
いる。仕事のし過ぎによる死というふうに説明が出ている。日本語からの引用であるというこ
とも示されている。背景にあるのは、先ほど申し上げたように、弱音が吐けない、体の調子が
悪くても、自分の不調をうまく把握できない、押し殺して我慢してしまう、人にも相談しない、
無理をして体を壊して病気になる、あるいは亡くなっていく。そういうケースが男性の中には
多いのではないか。と同時に、男性の長時間労働という問題が1970年代後半から大きな広がり
を見せていく。
これは関西大学の森岡さんのデータだが、1975年から1990年にかけて、週60時間以上働く労
働者数380万人から753万人に増加しているという数字がある。今はもっと激しいと思う。ここ
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で1980年代に出された本からの引用をしてみたいと思う。実は1997年に韓国に行ったときもシ
ンポジウムでこの詩を使わせていただいた記憶がある。東北地方の目の悪い詩人の方がずっと
小学生の詩を集めて本をまとめておられるのだが、その方が80年代半ばぐらいにまとめられ
た、小学生がお父さんを描いた詩を編集した本である。タイトルは『お父さんは透明人間』と
いうタイトルになっている。その中に入っている「とうめい人間」という詩である。
これを読んでいくと、1950年代、60年代の小学生の詩のお父さんたちというのは、子どもの
身近で生活していることがよくわかる。一緒に御飯を食べているし、まだ農業や自営業が主流
だった時代だから、仕事をしているシーンも子供たちはよく見ている。ただ、70年代、80年代
になると、だんだんお父さんが自分たちの前から消えていく。時代を追ってその詩を読んでい
くと、そのことから如実に見えてくる。
本のタイトルになっているのは1980年代の詩だ。お父さんは透明人間目薬を会社で差して、
家では姿が見えなくなってしまうという詩だ。背景にあるのは、長時間労働というのは言うま
でもないことである。
これは最近のデータで見ても、男性の長時間労働というのは明らかだ。平日に10時間以上超
えて働いている方たち、しかも、一番長時間働いているのが30代です。これは後で問題になる
けれども、最も子育て期にかかっている男性たちが最も長時間労働をしているというのが日本
の状況である。2005年で、30代男性だと週60時間以上働いておられる方が大体25%ぐらい、働
いている男性の4分の1ぐらいが週60時間以上働いている。今でも30代男性は、2割ぐらいが
週60時間以上働いている。
幕末の日本男性はイクメンだった
これも後で問題になるが、男性と育児の問題についてふれる。日本の社会は今は本当に男性
たちが育児をしないことで有名だが、19世紀半ばに日本を訪れた外国人たちがしばしば発見す
るのは、日本の男性たちがすごく育児をしているということだ。みなびっくりしている。これ
はオールコックの『大君の都』に入っていた絵だが、多分職場に赤ちゃんを連れていくという
姿だろうと思う。イクメンみたいなものが言われているけれども、日本の社会は、少なくとも
江戸末期から明治の初期にかけては結構イクメン社会だったのではないかというふうに思う。
ジェンダーというのはまさに歴史的な変化の中で動くわけだが、近代社会以降の家父長制の
徹底、特に近代的な家制度、これは江戸期の家制度よりははるかに明治期の家制度のほうが強
かったのではないか。特に民法等々の縛りが明治民法以降は強くなっていくので、家父長制が
徹底していくということが見られるのではないかというふうに思っている。
例えば離婚のことを考えても、明治の初期というのは、日本は離婚大国だった。明治民法が
入ると、一気に離婚が減っていく。なせかというと、法的に家父長制度が徹底される中で、女
性の無権利状態がそれまで以上に厳しくなっていくからだろうというふうに思う。また、そう
いう中で、結構イクメンだった日本の男性たちも、育児は女性という仕組みが徹底していく。
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ただ、少しずつ変化は見られるというふうに思う。これは2011年に内閣府で私が座長役で
やった男性を対象にした全国調査の結果なのだが、育休希望者を見ていれば、7割近い男性た
ちが育休をとりたいというふうにおっしゃっている。特に若い世代。これは高校生以下の子供
を持つ男性に聞いているのだが、20代、30代に関しては、もっと育児にかかわりたいという回
答をかなりの人たちがしている。
先ほどから申し上げているように、男性たちも育児参加を望んでいる。ファザーリング・ジャ
パンの運動のように、動き始めてはいる。しかし、育児しようにもできない。これは2007年の
政府がやった調査だが、フランスのパリとスウェーデンのストックホルムと東京で何時に夫が
帰ってくるかという調査だ。スウェーデンだと8割近くが7時台に帰ってきているのだが、日
本では8時以降というのが6割、多分その他の16%も結構8時以降に帰っていると思うので、
7割ぐらいは少なくとも8時過ぎにならないと帰ってこない。そういう状態の中で、育児に参
加したくてもできないという状況もあるのではないか。もちろん背景には性別役割分業で、子
育ては女の仕事と思っている男性の意識もあるとは思う。他方で、変化し始めた若い世代の育
児参加の希望もしたくても実際にはできないというのが日本の実情かなというふうに思う。
1990年代の男性問題
90年代以降になると、いろんな男性の抱えている問題が明らかになっていく。90年代にバブ
ル経済が崩壊した後、不況がやって来る。98年以降、特に40代後半から50代の男性の自殺が急
増する。日本の自殺死亡率を男性でみると、1960年代の若い世代が目立つ。日本とか韓国は若
年性の自殺が目立つ社会として、かつては東アジア型という形で整理されていた国だったわけ
だ。現代は、若い世代の赤い線は大分減っている。今、実は30代男性の自殺がちょっとふえて
いるのだが、いわゆる中高年が急激に98年以降、上がっている。
実は、96年に書いた「男性学入門」で、これから中高年男性の自殺がふえるだろうというふ
うに私ははっきり書いている。私の予想以上に、本が出版された2年後にはとんでもない中高
年男性の自殺がふえる社会になってしまっている。韓国も今、日本以上に自殺死亡率の高い社
会になっている。実は、韓国や日本は世界的に見ると、女性の自殺死亡率が高い社会である。
ただ、90年代後半の変化は、女性のほうには見られない。男性だけが90年代後半から21世紀の
前半くらいにかけて中高年の自殺が広がったということが言えるだろう。背景には、不況の問
題があると同時に、男性がなかなか相談できない、弱音が吐けないというような要素も介在し
ているのではないかというふうに私は思う。
一生懸命働いて、老後は妻と一緒にゆっくりしようと思っていると、定年離婚が男性を襲う。
90年代以降、20年以上連れ添われた方の離婚がふえていく。背景には、男女のすれ違いがある。
男性たちは外で仕事をして家族のために稼いでいる、それを妻は感謝しているはずだみたいな
形で勝手に思い込んでいる。仕事人間でコミュニケーションもない、育児参加もしてくれない
男性たちに妻たちはどこかで愛想尽かしをしている。にもかかわらず、男性たちはそれに気が
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つかない。
ジェンダーとコミュニケーション
また、コミュニケーションの問題でも、男性のコミュニケーションはしばしば用件のみのレ
ポートトークになりがちだ。女性のコミュニケーションはしばしば他者との共感を求めるラ
ポールトークになる傾向が強い。この辺のコミュニケーションのずれという問題も夫婦間の関
係で、いろんな形ですれ違いを生じさせるということになっているのではないかなと思う。
例えば、妻が子育てのことで夫に相談すると、夫はすぐにレポートで答えてくれる。これは
こうすればいいだろうと。でも、女性たちが求めているのは結論ではなくて、一緒に悩んでほ
しいという思いなのだ。それが男性たちには理解できない。これは職場でもそうだと思う。女
性の活躍というときに考えなくてはいけない問題だ。例えば部下である女性が上司である男性
に相談に来ると、男性たちはすぐに結論を言ってくれる。でも、結論ではなくて、抱えている
問題を共有して一緒に考えるというのが、むしろコミュニケーションの中では求められている
場面が多いのだ。女性の側も相談に来るときには大体結論を持っている。自分なりの考えがす
でにある。それをうまく引き出して共有するということができなければいけないのに、男性た
ちはしばしば一方的に結論のみのコミュニケーションでコミュニケーションができたと思い込
んでしまう。
男女間のコミュニケーションのずれは、もちろん生まれつきの問題もあるのかもしれない。
地図が読めない女、話を聞かない男という本では、脳の性差の問題だという形で整理されてい
る。脳の問題もあるかもしれないが、それ以上に社会的なトレーニングの中で、男性や女性が
置かれた関係の中でつくられたコミュニケーションのスタイルだろうというふうに思う。
女性の活躍ということを考えたときに、女性は要件をうまく伝えるコミュニケーション、い
わゆるアサーション・コミュニケーションというようなものが求められていくだろうと思う
し、男性たちが女性とうまい関係で家庭や職場でコミュニケーションしていくためには、相手
の気持ちに配慮できるコミュニケーションの力というのが求められていく。これが、これから
の男女共同の社会をつくるときには結構重要なポイントではないかなというふうに思う。
お茶の水女子大学におられる菅原ますみさんがずっと前につくったデータを借りて、僕が共
著の形で書かせていただいた。最近、菅原さんはもっと最新のデータを書いておられるが、大
変おもしろいので、よく使わせていただいている。菅原さんたちはお子さんのおられる同じ
カップルを20年近く調査してきた。300組ぐらいをずっと調査しておられる。ここで示したの
は、夫婦間の愛情曲線だ。日本の夫たちは、結婚後、妻に対する愛情が高まって、結構持続し
ている。一方、妻たちは結婚後6年から14年くらいから愛情が急降下していく。この6年から
14年というのは理由がある。対象は先ほど申し上げたように、お子さんのおられるカップルだ。
明らかに育児期間がこの辺に入っていると思うのである。育児期間に育児の協力を求めても、
それは女の仕事だというふうに夫たちは対応してくれない。忙しいからだめだという形で対応
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してくれない。その中で妻たちが夫離れを始めていく。でも、夫たちは気がつかない。結果的
に定年離婚とか熟年離婚というような形で老後の離婚が1990年代以降ふえていくということに
もなっていくのではないかと私は思っている。
離婚しないまでも、コミュニケーション下手の夫が家にいることで、妻がストレスをため込
んでしまう。夫在宅ストレス症候群と呼ばれるケースだ。韓国にももしかしたらあるのではな
いかと思う。先ほどの調査だが、老後は誰といたいかという調査で、男性は8割方妻とと答え
ている。女性は6割から7割。子供と一緒に過ごすほうがいいという答えも女性のほうには多
い。これも90年代のデータに比べると、かなり女性たちが男性と一緒にいてもいいよというふ
うに言ってくれるようになっている。90年代のデータだともっと激しく、年をとればとるほど
女性たちは男性と老後は一緒にいたくないという数字が多かった。ちょっと改善されているか
なというふうに思う。
実際に20年以上連れ添われた方の離婚は、ここ二、三年、減少傾向にある。かつては急激に
右肩上がりだった。その辺、多分夫婦間の調整が日本でも少しずつだが、進みつつあるのかな
というふうに思う。
国際的なジェンダー平等の動きと日本社会
ジェンダーの問題ということであるがも、レジュメの中に書かなかったのだが、ある程度お
さらいをしておいたほうがいいのではないか。先ほど申し上げたように、日本では1970年代以
降の国際的なジェンダー平等の動きから取り残されてしまった。背景にはいろんなものがある
と思う。一つ大きかったのは、団塊の世代を中心とした膨大な労働力人口が長時間労働を前提
にしながら市場に入ってきたのが70年代だったということがある。つまり、ほかの国では女性
の労働力が必要だった時代に、男性の長時間労働で結構労働市場が十分満たされてしまったと
いうことも一つの原因かなというふうには思う。少なくとも70年代に日本社会が女性の労働参
加を抑制する方向にほかの国と違って動いていたということは事実だと思う。
こういうことを言うと、日本の社会は女性の労働参加がもともと悪かったのではないかと言
う人がいるのだが、そんなことはない。日本は経済の発達した国の中では図抜けて女性の労働
参加率が高い社会だったのである。20世紀を通じたヨーロッパの国々と日本の女性の労働力率
の歴史的な変化、1900年から1995年の変化だが、見ておわかりになるように、1970年代ぐらい
まで図抜けて日本は欧米諸国と比べて女性が働いている社会だったのである。これは農業や自
営業があったというのも一つの大きな理由だろうとは思うが、女性が働く社会だった。もちろ
ん女性差別がなかったとは言わない。性差別はもちろんあったのだが、労働という面では、つ
まり社会的活動という面では、日本の社会は、少なくともいわゆる専業主婦が女性の過半数を
占めていた欧米社会とは違って、女性が働く社会だったというのは事実だと思う。
1970年と西暦2000年のデータを見てみよう。縦軸は合計特殊出生率である。横軸は女性の労
働力率である。1970年のアメリカは、日本より10ポイントも女性の労働力率は低い。ノルウェー
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もそう。日本よりも20ポイント以上低い。オランダは、1957年まで法律で結婚したら女性は働
いてはいけませんと決めていた国だが、低い。やっぱり専業主婦率がすごく高い。
でも、2000年を見ると、多くの国々が急激に女性が働く状況になっているというのがよくわ
かると思う。他方、合計特殊出生率は、日本の場合は下がっていく。日本でも、女性は確かに
働くようになっているのだが、ほかの国が20%も30%も、中には40%近く女性の労働力率がふ
えているにもかかわらず、日本はこの30年で5ポイントしか女性の労働力率がふえていないの
である。
大変不思議な日本のジェンダー状況が70年代以降つくられていたというのは、もうちょっと
きちんと検討するべきではないかと思う。70年代以降のほかの国々の動きを考えれば、もちろ
ん女性解放運動があり、同時に70年代には国際的な不況の問題が世界中を襲っていた時期でも
ある。欧米では、それまで専業主婦で、夫が片働きだったわけだが、不況の中で生活が維持で
きなくなる。女性が労働参加をする。女性が労働参加をすると、それを支える社会サービスの
充実する必要が出てくる。さらに、男女の労働時間の規制が強まる。女性が働くようになるか
ら、男性の家事育児参加が進む。これが70年代、80年代以降のヨーロッパやアメリカの展開だっ
た。例外はある。イタリアとかスペインとかポルトガルとかギリシャとか。しかし、多くの国々
はそういう方向に行くわけだ。でも、日本はこの道をとらなかったのだ。
なぜ、日本は1970年代の変化に対応しなかったのか
結局、家庭放棄で長時間労働する男性の片働きで家族が結構豊かに暮らせる社会が70年代以
降、日本で実現してしまう。他方、女性が働くという場合も、家事、育児、プラス条件の悪い
非正規労働という仕組みが70年代後半になると確立していく。
さらに、今話題になっている3号被保険者の問題も追いうちをかける。この制度は1985年に
つくられている。1985年には、日本は男女雇用機会均等法という男女平等の労働についての法
律がつくられた年だ。同じ年に夫がサラリーマンの専業主婦の方の場合は、年収130万円以下
の労働であれば、年金について自己負担なしに将来国民年金がもらえるという仕組みができ
る。つまり130万円以下のパートで働いたほうが得であるという制度をつくるわけだ。男女雇
用機会均等法で男女平等で働きましょうという法律と、130万円以下でパートで働いたほうが
得である制度と、どっちが勝ったかと言えば、先ほど見ていただいたように、後者が勝ったわ
けだ。というのも、女性の労働力が、ほとんどふえていないのだから。
そういう仕組みを不思議なことに日本はつくってしまう。男たちは長時間働いて金を稼ぐ。
女の人たちには、お父ちゃんがきちんと稼いでいるのだから、パート労働で働いても100万円
以下ぐらいでいいではないかという仕組みができる。この仕組みの中で女性の労働条件、特に
パートの労働条件はすごく悪くなっていく。これは2009年の男性の年収率、こっちの破線のほ
うは非正規の方である。実線は男性の正規職員、やはり400万から500万ぐらいのところで年収
の山ができている。
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これは日本の女性の平均年収である。先ほど申し上げたように100万円以下のところで非正
規の方はかたまっている。これは所得税の問題もあって、103万円以下の年収であれば、税が
ほとんどかからない状態だし、夫のほうには家族手当等々がつくという仕組みになっている。
女性たちは非正規で100万円以下で働く。正規で働いても、200万円のところにしか山が来ない
というのが日本の男女の賃金の実態だ。本当は70年代に変えなければいけなかったこういうも
のがいまだに残っているというのが日本の社会である。
経済成長はしたわけだが、一方で、自然が破壊されていった。女性の社会参画は、これは世
界130カ国中105位というのがこの間、出されたような状態だ。男性はそれこそ長時間労働で家
族との生活を奪われ、家族関係も、先ほど言ったようにディスコミュニケーションの中で崩壊
するというのが日本の社会のバブル崩壊後に起こったことだ。本当は90年代半ばにジェンダー
政策が動き始めるのだが、そのときにもうちょっと本気で社会が変わっていけば、状況は変化
したのかなというふうに思う。しかし、そうはならなかったわけだ。
99年に男女共同参画社会基本法が制定された。しかし、これは世界が要求した性差別撤廃法
ではなくて、大変曖昧な法律だった。韓国は性差別撤廃法をお持ちだが、日本の場合は、余り
はっきりしない形になった。中身はなかなか言い法律なのだが、名前だけの法律になっている。
結局70年代から80年代の男が長時間働いて、女が家事、育児をやって、条件の悪い非正規労
働をするという仕組みで経済成長したわけだ。それがある種の成功体験になってしまってい
る。本当は90年代の前半ぐらいに少子・高齢社会が来るのは明らかだったわけだから、ジェン
ダー平等に方向転換しなくてはいけなかったのに、それを日本の社会はしなかったのだ。
男性の固定的ジェンダー意識
背景には、男性たちの固定的なジェンダー意識がある。そもそもジェンダー平等が社会問題
であるという認識が男性たちには欠如している。後で議論になると思うが、ご存じのように、
今や女性の活躍が社会や経済を活性化するというのはいろんなデータで確かめられていること
だ。ジェンダー平等というのは社会の活性化の問題であるし、社会を安定した形で維持してい
くための大変重要なファクターなのだが、そういうマクロな問題としてこのジェンダーの問題
が男性たちには捉えられなかった。家事、育児をめぐる女性の不満の問題みたいな形でしかこ
の問題に対応してこなかったということもあると思う。また、人権という、これも20世紀後半
の人類が直面した大きな問題とかかわる問題だということについても、男性たちはちょっと鈍
感だったのではないか。
まだまだ固定的なジェンダー意識で女性の社会参画を一段低く見る意識が男性の中にある。
電話のエピソードというのがある。女性の労働組合なんかでしゃべると必ず聞く話なのだが、
電話で相手からかかってくるので受けると、何だ女か、人はいないのか、人を出せとか、誰か
いないかといわれる。つまり女性が何か判断できる存在ではないと思っているような男性たち
がいるのだ。そういう固定的な男性の意識もまた女性の社会参画や女性の活躍を妨げる大きな
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要素としていまだに残っているのが日本の社会かなというふうに思う。
もっと言うと、男性たちは変化が怖いのではないかと思う。これは男性学・男性性研究の中
でよく出てくることである。不安定になると、前例や成功体験のパターンに戻ってしまう。不
安定になると、変えるのではなくて、かつてうまくいった既成の枠組みを順守してしまうよう
な方向に向かってしまうような状況がある。これもまた90年代以降に変化が求められたとき
に、日本の社会が変えられなかった、変わらなかった大きな原因かなというふうに思う。
男性対象のジェンダー政策の展開
そういう中で、少しずつ男性対象のジェンダー政策が日本でも始まっている。2010年12月に
閣議決定された男女共同参画基本計画の中に、初めて男性、子供という分野が新設された。私
は、ちょうどこのとき委員をやっていたので、ここの担当をした。書き切れなかった部分はあ
るのだが、性差別撤廃のためには男性の意識を変えなくてはいけないというのは明らかだと思
う。現状の男性の役割が男性にとっても問題を含んでいるのだということを強調しながら、男
性に対する働きかけが始まっている。
もちろん、DV の問題やセクシャルハラスメント、性暴力の問題と男性の問題もある。性差
別や性暴力というのは女性の問題ではなくて、加害者である男性の問題のわけだから、なくす
ためには男性の側に働きかける必要があるわけだ。日本の DV の相談件数は、右肩上がりにふ
えている。
夫婦間での暴力事件は、暴行や傷害も圧倒的に95%以上、被害者は女性である。ただ、殺人
は違う。4割ぐらい男性が被害者になっている。夫婦間の殺人事件だ。かなりの部分が DV 加
害者の男性が殺されているというケースがあるのではないかというふうに想像している。寝て
いる間とか、DV に耐え切れなくなって妻が思い余って夫を殺すということもあるのではない
か。そうでなかったら、このちがいはちょっと説明がつかないのではないかというふうに思っ
ている。
DV の問題を考えるときにも、R.コンネルのいう男性たちのある種のヘゲモニックな男性性
という問題がある。私はもうちょっと早い段階で男性性を優越思考、所有思考、権力思考とい
う視点で分析しようという提案をしてきた。女性を上から、しかも、物のようにコントロール
しなければならない、さらに自分の意思を押しつける対象として考えているような男性たちの
女性に対する対応が DV の大きな原因を生んでいるのではないか。性暴力の原因を生んでいる
のではないかと思う。
これは NHK の番組で僕も協力したのだが、DV 加害者の男性がなぜ DV をするのかという
ときに、自分の支配力が確認できるからとか、ある種の達成感があるというような答えを DV
加害者の男性がしている。ある程度こういう視点で男性の DV の背景というのは分析できるの
ではないかというふうに思っている。
ただ、DV というのは支配だけではなくて、女性に対する依存の傾向も内包しているという
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ふうに思っている。私は、DV というのは過剰な甘えも背景にあると思う。よくアメリカの
DV の啓発ビデオで、男性がアイ・ラブ・ユーと言いながら妻を殴るという話が出ていく。こ
れは、アイ・ラブ・ユーではなくて、ラブ・ミー・プリーズだと私は言っている。俺を愛して
くれ、お前は女なのだから、俺に殺されてでも、俺のいろんなストレスと吸収してくれるのは
女の役目だろうというメッセージが男性の DV の一部には含まれているのではないか。支配だ
けではなくて、とんでもない依存もまた DV や性暴力の背景にはあるように思う。
ジェンダー課題としての男子・男性問題
さらに、これから多分男の子問題が日本では問題にしなければいけないというふうに思って
いる。男の子たちがまだまだ古いジェンダーに縛られている。そういうところから男の子に対
するジェンダー教育が必要になる。と同時に、男の子の学力低下という問題もある。これは経
済先進国で共通しているテーマである。私は文科省の人に何度も学力テストの各教科別の男女
比のデータを出してくれとずっと言っている。でも、出てこない。多分出てくると、ほぼ全教
科、女子が男子を上回っているのではないかというふうに私は邪推をしている。
大学進学率は、日本はご存じのように、男性が女性より10%くらい進学しているという状況
になっている。OECD 加盟国では、平均して10%以上、女性が男性を上回っている。日本で
も男の子の低学力化を、もうちょっとこれを可視化するということも、実は女性の活躍と連動
する形で日本社会に求められていることではないかなというふうに思う。
もう時間がないのだが、男性を対象にした動きの中で、今、私が進めているのは男性の相談
ということである。男性と女性と比べてみると、悩みを抱えていても、なかなか相談しない。
女性のほうが明らかに悩みがあった場合には相談するのである。男性たちに相談の窓口という
切り口で、それこそ自殺から DV やセクシャルハラスメントの加害、被害問題まで相談という
中で、男性を変える切り口がつくれるのではないかというふうに考え始めている。
DV 相談はなかなか難しいところもあるのだが、相談を通じて男性が抱えている悩みをピッ
クアップして、男性が変わるチャンスを形成する。そこからジェンダー平等の社会に向かって
の転換を図る。
ただ、その場合にはジェンダーに敏感な視点から男性に対して相談ができる人材が必要だ。
卵が先か、鶏が先かの話になるのだが、男性を変えるための切り口として、この相談というの
はこれから活用できるのではないかというふうに思っている。
おわりに─多様性に向って
最後に、男女共同参画とか男女平等、ジェンダー平等というと、何か二色刷り社会を単色に
することだというふうに考えている方がまだまだ多いように思う。日本ではランドセルが男が
黒で女は赤みたいな、これをみんな黒にするのか、赤にするのかというのがジェンダー平等の
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主張者たちのやっていることではないかという声もある。かつてあったジェンダー・フリー・
バッシングのときに行われた言説がそういう言説だった。男の子も女の子も関係なく同じ部屋
で身体検査をする、あるいは男の子や女の子を修学旅行で同じ部屋に泊まらせる、そういうの
をジェンダー平等をやる人たちは進めようとしているのではないかという議論があった。これ
は、ジェンダー平等の視点から言えば、セクシュアル・ハラスメント、人権問題だ。
二色刷りを単色にするのではなくて、むしろ多色刷りにするのが目的だ。つまり、ランドセ
ルで言えば黄色や緑や青やいろんな色があってもいいではないか。もっと言えばランドセル
じゃなくてもいいではないかと思う。二色刷りを単色にするのではなくて、多色化=多様化す
るということがジェンダー平等の社会なのだということが理解されなければならない。特に男
性の側にはこの問題についてそういうポイントをわかってもらうということがかなり必要に
なってくると思う。
ワーク・ライフ・バランスも含めて、社会参加と個人生活のバランスがとれた多様性と人間
のきずな、対等なきずなに支えられた社会というようなものをつくっていかないと、少子・高
齢社会に日本の社会は耐えられないだろう。女性の活躍がなければ、社会や経済の活性化もな
いだろう。そういう意味で言ったら、このジェンダー平等をめぐる課題というのは、女性にとっ
ても男性にとっても、21世紀、これから生きる人間にとって必須の課題なのだろうなというふ
うに思っている。
どうもご清聴ありがとうございました。
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