脳卒中片麻痺患者へのアプローチ

 作業療法士(以下,OT)になってあっという間の 33 年間でした。20 代,30 代,
40 代の私は OT としての仕事を通じてどんな方と出会ってきたのか,振り返ってみよ
うと思います。
【20 代の私】
最初の職場は病院で,その病院には労災事故に遭われた患者さんが入院されていま
した。その多くは,10 代から 70 代の脊髄損傷患者さんで,入院歴 10 年以上の方もた
くさんおられました。当時の作業療法は「簡単」
「複雑」という括りで,今のように
20 分刻みで 1 日何単位みなければならないといった制約もなく,自由な環境の中で作
業療法を行っていました。不自由な身体で起き上がる方法,移乗する方法,自助具を
利
作 用
業 者
療 に
法 支
士 え
人 ら
生 れ
た
使って字を書く,鋸を引く,釘を打つ,学校では学べない多くのことを患者さんから
学びました。患者さんから教わりながら,額縁作りにも挑戦しました。
18 歳の頸髄損傷の青年を担当した時には,自分の車を持ち込んで,一緒に車への移
乗方法や,車椅子の積み込みも練習しました。また,県の運転免許センターへ出向き,
免許取得の手続きなども行いました。楽しいことやつらいことも時間の制約もなく,
一緒に体験できた時代ですね。彼は今,50 歳になり,市役所で働いています。今年の
夏には,当時の仲間と 50 歳のお祝いをする計画を立てています。でも,私の中の彼
は今も 18 歳です。
【30 代の私】
30 代で OT としての転機を迎えました。
“労災病院”という職業的には恵まれた環境
から飛び出し,“老健”という地域で働くことを選択しました。雨後のタケノコのよ
うに全国に老健ができていた時代です。なんだかこのままではいけないような気がし
て。かといって確固たる志もなく,今が最後のチャンスと病院を飛び出しました。そ
こで待っていた人たちは,
「歳をとっている人」
「認知症がある人」たちばかり。実は,
私が労災病院時代に,当たり前のようにリハビリテーションの阻害因子の 1 つだと考
えていた「高齢者」「認知症のある方たち」でした。はて? 私はこの環境の中でどん
な役割を担っていくのだろう? と就職後しばらくは自問自答の日々でしたが,幸い
宮
内
順
子
介
護
老
人
保
健
施
設
ぺ
あ
れ
ん
と
(?)にも入居者 100 人に対し,セラピスト 1 人という過酷な環境の中で,とりあえ
ずやれることはやるというスタンスを持ち,悩む暇もなく,施設内を駆け回っていま
した。
理学療法士(以下,PT)的な機能訓練,下肢装具の検討,言語訓練,大集団のレク
リェーション,認知症の方たちのグループ活動の運営,訪問,介護者教室の運営,1
カ月に 1 回は開催される施設行事のエンターテイナーなどなど,病院では経験しな
かったさまざまな活動に,施設の OT として携わりました。
就職して間もない頃,歌の大好きな女性がいたので,コーラス部をつくりました。
316
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
作曲家,ロックギタリスト
木暮“shake”武彦
氏
ロックからたどり着いたワンコード
―自分自身でいるということ―
舗装されたアスファルトの道を進んでいくと,
木暮氏は現在,富士山麓に拠点を置き,自然を
いつの間にか石ころの転がるでこぼこ道になっ
大きなテーマとしてとらえた音楽活動に取り組
た。それでもしばらく車に揺られていると,暖か
んでいる。木暮氏との対談では,
“人間”
“自然”
そうなロッジが見えてきた。そんな自然の中で私
“音楽”という言葉が各所にちりばめられていた。
たちを迎えてくださったのが,作曲家であり,
ロッカーであった彼が自然の中に身を置くこと
ロックミュージシャンの木暮氏である。木暮氏
で,どのような変化が起きたのか。今日も日々進
は,
「レベッカ」
「レッド・ウォーリアーズ」のメ
化を続ける木暮氏に,たどり着いた音楽感につい
ンバーとして,ロック黄金期を駆け抜けたロッ
て語っていただいた。
カーである。
318
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
(編集部)
作業療法士による評価とは?
―昨今の「評価」事情から臨床作業
療法の一考察
Shinichi Yamamoto Kentaro Sao Kiyoshi Takeda
*
*
山本 伸一 佐尾 健太郎 武田 清**
作業療法評価★ここがポイント
1 評価法の選び方,組み合わせが肝心である。
2 作業療法士は,ボトムアップ・トップダウンの双方の考え方による評価と介
入,その展開を,対象者の個別性に応じて,使い分ける技術が求められる。
3 作業療法士のセラピストとしてのバランスが必要である。
4 培われた経験知としての感性と,実証と反証の中での,帰納過程を大切にす
る。
●はじめに
作業療法士(以下,OT)は,高度医療専門職という国家資格である。1965
年(昭和 40 年),「理学療法士・作業療法士法」という双子法の制定から約 50
年。評価のあり方も変遷を続けているだろう。臨床現場では,作業療法の「核」
作業療法評価
を引き継ぎ,新たな展開のなかで試行錯誤を繰り返している。目の前の対象者と
ボトムアップ
ともに,最善の取り組みの実践を試み続けている。
トップダウン
今回,私見ではあるが「評価」という観点から,昨今の事情と臨床作業療法の
一考察を述べさせていただく。
評価とは?
作業療法における評価とは,情報収集や面接・観察・検査・測定などから得られた
内容を総合的に解釈し,対象者の全体像を捉える過程のことである。問題点の抽出や
目標設定,治療プログラムの立案に関係する重要なプロセスであることはいうまでも
*
山梨リハビリテーション病院,作業療法士
〔〒406−0004 笛吹市春日居町小松 855〕
**
健康科学大学,医師
〔〒401−0380 南都留郡富士河口湖町小立 7187〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
324
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
評価と検査は違うのです
Kazuya Katsumata
勝又 和也*
作業療法評価★ここがポイント
1 検査は手段であり,問題点を導き出すことが評価である。
2 評価を実施するにあたり,それぞれにある評価の意義を理解することが重要
である。
評価の意義
3 いかに忠実に標準化された手続きを実施できるかが大切である。
優先順位
介助の質
はじめに
これまでに多くの患者に作業療法を提供してきたが,患者数,あるいはそれ以上の
数の評価を実施してきたことはいうまでもない。
これまで臨床現場において,どのように評価を実施してきたのか,その際に大切な
ことは何かなど,経験に基づいて話しを進めていく。
評価との出会い
学生時代に検査測定という講義の中で,評価学を学んだ。その頃の私は,「評価=
検査を行うこと」と勝手に解釈していたのだ。
「脳血管障害の評価項目はこれ」という具合にルーチン化されたものを躊躇せずに実
施した。よくいわれる穴埋め作業に陥っていたわけである。したがって,複数の評価
データを並べて「これは何のために実施したのだろう」と後になって悩んでしまうこ
ともあった。
つまり,「検査は手段であり,問題点を導き出すことが評価である」という命題を
その時は知るよしもなかった。
評価を実施する
表 11)は,2010 年医療領域(身体障害)作業療法評価項目を集計したものである。
*
静岡市立清水病院,作業療法士
〔〒424−8636 静岡市清水区宮加三 1231〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
329
精神障害領域の作業療法評価
―目に見える数値ではなく,目に見え
ない「その人らしさ」を観る
Nobutaka Kitayama
*
Yasushi Orita
北山 順崇 織田靖史**
作業療法評価★ここがポイント
1 精神障害領域の作業療法士の評価の基本は,「ひとを知る,ひとの暮らしを
知る」ことである。
2 評価とは,生活機能の対応課題解決に向けた道筋を見出し,共有することで
ある。
3 統合失調症に対する作業療法では,認知機能障害と日常生活のあり方との関
係を捉えることが重要である。
●はじめに
本稿では,精神障害領域の作業療法の主対象疾患である統合失調症と気分障害
(うつ病)について,医療領域(病院内作業療法)の評価を中心に概説した。な
お,うつ病評価の項目については,織田氏に執筆を依頼した。
評価
統合失調症
うつ病
精神障害領域の作業療法評価
精神障害領域の作業療法評価の基本は,「ひとを知る,ひとの暮らしを知る」こと
である。もちろん,疾病性や障害特性の把握は不可欠であるが,生活史的理解をもと
に「ひと」として理解し,生活機能の対応課題解決に向けた道筋を見出し,共有する
ことが評価である。
評価過程において,すべてに共通する基礎的技術は「観察」であるが,対象者本人
から語られる主観的内容も重要な情報である。「どのような価値観をもっているのか」
「困っていることは何か」
「何を望んでいるのか」
「将来どのような生き方をしたいのか」
など,生活者としての認識は,実際の作業療法場面にも反映される。対象者の「人と
*
玉野総合医療専門学校,作業療法士
〔〒706−0002 玉野市築港 1−1−20〕
**
総合診療センター近森 近森病院第二分院,作業療法士
〔〒780−0056 高知市北本町 1−1−7〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
334
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
支援につながる評価とは?
―肢体不自由児施設での入園事例を通して
Motohiro Yoshikawa
]川 礎弘*
作業療法評価★ここがポイント
1 発達障害領域での作業療法では,対象となる子どもへの関わりだけでなく,
家族も含めた生活支援が重要である。
2 子どもの現状だけでなく,今までの育ちの過程も評価し,家族全体を包括的
に捉えながら主訴との関連を探り,プログラムを立案していくことが大切で
ある。
●はじめに
発達障害領域の作業療法評価では,遊びや ADL(activity of daily living)
,
学習,コミュニケーション,社会性など,多岐にわたる子どもの問題点について,
何に焦点を絞ればいいのかに悩むことが少なくない。また,その原因を探るうえ
肢体不自由児
でも,家族や社会といった子どもを取り巻く環境が複雑に絡んでくるため,どの
評価
ように問題点を整理し,プログラムを立てていけばいいのかに戸惑うことも多い。
家族
今回,肢体不自由児施設である当園における入園事例の評価の流れを紹介し,
さらには発達障害領域での作業療法評価の特徴について,筆者の考えを述べる。
〔事例紹介〕脳性麻痺(痙直性四肢麻痺)と,てんかんの
診断を受けた小学 5 年生
過去 4 回の親子入園を経て,今回,6 カ月間の集中リハビリテーションを目的とし
た単独入園となる。当園外来でのリハビリテーションは理学療法のみで,作業療法は
地域の療育機関で受けていた。
*
大阪赤十字病院附属大手前整肢学園 訓練課,作業療法士
〔〒543−8555 大阪市天王寺区筆ヶ崎 5−30〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
339
認知症高齢者の評価とは
―ひとの「ええとこ」どう探す?
Akihiro Ueda
上田 章弘*
作業療法評価★ここがポイント
1「作業療法士はひとのええとこ(良いところ)を探す天才」である。
2 慢性進行性の疾患である認知症であるからこそ,何よりも良いところを大事
に伝えていく必要がある。
認知症
評価
ええとこ探し
はじめに
認知症と診断された瞬間,そのひとは周りの人間から「認知症のひと」にされてし
まっているような気がしてならない。近藤道夫(仮名)ではなく,認知症の近藤さん
にされてしまうのである。
「近藤道夫さん(仮名)
,アルツハイマー型認知症を呈した 86 歳の男性。およそ 3
年前より記憶障害が出現し,仕事に行くと言って家から飛び出し,警察に保護される
ことが度々。妻は夫の介護に疲れ果て,身体的・精神的に在宅介護の限界を感じ今回
施設入所。認知機能面は記憶障害をはじめ,見当識障害,注意障害,思考,判断力の
障害…などが著明に認められ,MMSE(Mini Mental State Examination)は 5 点。施設
内を落ち着きなく歩き回ることが多く,職員に対し暴言・暴力といった BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)も認められる。他者との関わりはほとん
どみられず,表情もあまり変化が見られない。ADL(activity of daily living)は,動作
に問題はないが自ら動こうとされず,促してもなかなか行えないことが多く…」
といった具合に,専門用語をたくみに使いこなし,そのひとの障害とされている部
分を的確に暴いていく。もちろんこれを否定するつもりはない。しかし,こんなのは
どうであろうか? 「近藤道夫さん(仮名)は厳格な父親から受け継いだ大工の棟梁
という仕事を愛し,10 人の弟子とともに必死に働いてきた。仕事一筋でこれといった
趣味はないが,子どもが好きで鉋(カンナ)やノミを見事に使いこなし,木のおも
ちゃを作っては近所の子どもたちにプレゼントしてあげることが楽しみであったとい
*
介護老人保健施設 恵泉,作業療法士
〔〒674−0051 明石市大久保町大窪 3101−1〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
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他職種からみた作業療法士に求める評価
環境評価としてのチーム力
Kimie Kato
加藤 公恵*
施設への期待
うちに,自分から足を動かさなくなる。ベッドから
軽介助で車椅子に移動していた人も「安全のため」
私たち永生会は 2013 年 3 月に 3 つ目の介護老人
前から抱えて移すことで,力を入れて立つことを忘
保健施設オネスティ南町田を開設した。私はこれま
れる。これは,廃用というより介助方法が変わった
で訪問看護を通して在宅支援をみてきたが,今回の
ことでの混乱である。介助方法の情報は家族から得
開設は施設における「自立支援サービス」を考える
ていたとしても実際の介助場面で活かされず,介護
機会となった。
職の経験による技術が使われることが多い。
周知の通り,介護老人保健施設は在宅復帰支援と
ショートステイを使いたいけれど「機能が落ちる
レスパイトの役割が大きい。いずれも利用者の生活
から,家に帰ってきたときに大変になる」と家族が
力の維持向上を目指し,「元気になった」「できるよ
話されるのも聞く。施設の利用者と職員は,意識を
うになった」と表現されるような状態に到達する十
しなければ挨拶することすら迷うレベルの関係から
分なリハビリができることを地域から期待されてい
スタートする。関心をもって理解しようとする個別
る。最近では,ADL(activity of daily living)の向上
の関わりの積み重ねがあってはじめて互いに安心で
のみならず,急性期病院で PEG(経皮内視鏡的胃瘻
きる関係性が成り立つ。
造設術)を勧められるが,家族の想いから経鼻カテー
テルのまま長期経過し,老健に入所されるといった
安心,信頼からうまれるチャレンジ
方も少なくない。中には経口摂食へのチャレンジを
利用者は施設生活の中で,自分のことをよく分
望み,可能であれば在宅介護をしたい,といった希
かってくれている人といる安心の土壌に,頑張って
望的な話も聞かれる。
みようという気持ちの根を伸ばす。経験の長い介護
生活環境としてのリハビリ力
職員は技術的に自信をもっているが,利用者の望む
介助方法でないこともある。この不協和音が日常的
このような期待に応えるためには,リハビリテー
にあるかぎり,「できそうな気がする生活支援」が
ション課題の達成に照準を合わせた「できそうな気
成果を上げることは難しい。生活の質の評価には
がする生活支援」にチーム全体で取り組むことが必
チームの人的資源の評価も重要である。作業療法士
須である。キーとなるのは,入所者と最も長く関わ
には,介護現場のチーム力を活性化させ,元気にな
る介護職の質である。入所時,車椅子の自操ができ
る介護が保障される環境づくりに積極的に関わって
た人も,そのことを知らない職員が押して移動する
くれることを期待する。
*
医療法人社団永生会 訪問看護ステーション,保健師
〔〒193−0942 八王子市椚田町 583−15〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
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臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
作業療法士が評価すること
Junji Tara
多良 淳二*
作業療法評価★ここがポイント
1「何のために」
「どの評価を」
「正確な方法で」
「効率よく実施すること」が
あって初めて次の課程である問題点の抽出ができる。
2 対象者を「人」として捉える。
3 評価とは,対象者が今できる能力をいかんなく発揮できるよう,次の生活へ
の準備に向けて行うことである。
●はじめに
学生時代,末梢神経障害の患者の評価を受け持った時に感覚の評価を行った覚
えがある。私はその時,両手の触覚の評価だけに,30 分も使用した。お恥ずか
しいことに,その患者は疲れてはててしまっていた。その「人」をみずに,その
評価
「手」だけを見ていたという経験がある。今であれば障害をもってしまった「手」
目標設定
をいかに生活に活かせるよう,その手の使い方を考えて評価を行っているが,そ
プログラム立案
の頃は本当に「評価をしなければ」という思いだけで,対象者の状況を考えきれ
ず,また何のために,どのように,どうやってという点もしっかり考えきれてい
なかったと思う。
当たり前のことだが,何のために,どの評価を,正確な方法で,効率よく実施
すること,このことがあって初めて次の課程である問題点の抽出に向かえる。そ
して目標設定や必要なプログラムの立案につながる。
作業療法士が抱えがちな問題点
前述の点に注意し,作業療法士(以下,OT)はさまざまな評価を行うが,対象者を
*
介護老人保健施設 イマジン,作業療法士
〔〒193−0942 八王子市椚田町 583−15〕
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
353
発達領域における
IT活用支援⑨ 遊びを通じた発
達支援や工夫
(肢体不自由児)
Seiichiro Nagano
長野清一郎*
2
肢体不自由児の遊びを取り巻く
状況について
四肢・体幹の運動障害によって姿勢保持や姿勢変
換をすることが難しい肢体不自由の子ども(以下,
対象児)の場合には,自発的に人や物などの外界に
働きかけにくい状態であると考えられる。また,一
部の対象児は感覚の受け取り方に偏りを併せもつこ
とがあり,外界の変化に気づきにくい状態になって
いるとも考えられる。このような状態では,遊びの
成功体験が得られにくい。自分と物,物と物との関
係性といった因果関係の理解の発達が阻害されやす
くなるだけでなく,自己効力感が育ちにくくなるこ
1
遊びとは
とによって,活動に対して拒否傾向となり,周囲か
らの働きかけを待つようになることがある。
子どもは遊びを通じて主体的に環境と相互作用
「感覚運動遊び」を通して因果関係の理解の発達を
し,感覚・運動,知覚・認知,言語・社会性などを
促していくためには,対象児の感覚評価が必要とな
総合的に発達させていく。遊びは,人や物などが存
る。感覚の受け取り方や偏りの状態を把握し,どの
在する場面への参加により始まる。そして,周囲の
感覚刺激が受け入れられやすく,どれくらいの強さ
環境に気づくことで,「自分もやりたい」という内
で,どれくらいの時間提供すれば,気づいて楽しめ
的欲求が生まれ,その行動が引き起こされる。子ど
るかも評価していく。その結果に基づいて,姿勢や
もは,自分のとった行動による環境変化からフィー
環境を工夫した遊びの場面を設定することで,対象
ドバックを受けることで,達成感や満足感を得てい
児が外界と相互に関わり合いやすくなり,因果関係
く。このことを通して,自己と外界の関係性を理解
の理解を促すことが可能となる。
することにより「自分には環境を変化させる力があ
ただし,対象児に関わる療育者や支援者が運動障
る」という自己効力感をもつことができる。
害ばかりに注目してしまうと,対象児の遊びや学習,
遊びの発達は,自らの運動や環境からの感覚刺激
コミュニケーションなどの場面における自己表現や
を楽しむ「感覚運動遊び」から始まる。感覚刺激の
自己決定の機会を希薄にしてしまう恐れがあること
変化を感じ取り,その変化が楽しいと思えるほど,
を注意しておく必要がある。
因果関係の理解が発達しやすい環境となる。
対象児が,外界に「心地よく気づくことができ」
子どもの主体的で積極的な遊びを育てることは
“生きる力”を育むことになる(図 1)。
「期待をこめて働きかけ」
「自らチャレンジするこ
と」を体験するためには,安定した姿勢の中で入力
される感覚が対象児にとって感じやすいよう,調整
された環境の中で遊べることが重要になってくる。
対象児に気づきや積極的な外界への働きかけを促す
活動の 1 つとして“IT 活用支援”がある(図 2)。
*
聖ヨゼフ園,作業療法士
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
356
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
362
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
グループ・
ピアズ
(障碍者交流会)
第 5 回 自主サークルの立ち上げ
回 自主サークルの立ち上げ
第 5 回目のテーマは,
「自主サークルの立ち上げ」
なっていません。そのため,「自分の住んでいる地
です。
域には,障害者受皿がない」と電話をいただいたよ
地域リハビリ受皿の 1 つに障害者自主サークル
うです。
があります。
その障害者が住んでいる地域にリハビリ施設や障
横浜市には 200 程度の自主サークルがあると思
害者自主サークルがあるのかどうかよくわかりませ
われます。私の住んでいる横浜市金沢区には現在
んが,行政で把握していないことは確かなようです。
11 の自主サークルがあります。このようにたくさ
ただ,一方では不満ばかり言っても建設的ではない
んある地域自主サークルは,病院を退院する中途障
ので,地域リハビリ受皿がないのであれば自分たち
害者が地域でいきいきと生活をするための有力な受
で立ち上げられたらいかがですかと話をしていま
皿です。
す。
さて,地方の障害者から「横浜は地域リハビリ施
「地域受皿がなければ,自分たちで立ち上げる」
設や障害者自主サークルがあってうらやましい」と
というのは,いささか飛躍があると感じられるかも
言われます。その時,「あなたも地域の行政の福祉
しれません。しかし,自分たち自身のことですから
窓口に行って聞けば,地域リハビリ施設や地域の障
やるしかないのです。また,現に今たくさんある障
害者自主サークルを教えてくれますよ」とアドバイ
害者サークルもすべて障害者の先輩が立ち上げたも
スしていますが,最近は地域の行政窓口に行っても
のです。
担当者が地域リハビリ受皿を知らないのだという答
そこで,自主サークルの一般的立ち上げについて
えが返ってくることが多くなりました。
説明します。
介護保険が始まって以来,従来あった行政の機能
訓練教室がなくなり,それとともに担当保健師も介
護保険に担当換えになり,行政の中途障害者サポー
1
障害者自主サークルの立ち上げの
一般的パターン
ト機能が落ちたように思います。というよりも行政
多くの障害者自主グループの立ち上げパターンに
では,退院した中途障害者の受皿として介護保険施
は以下のようなものがあります。
設を考えているようです。
1 行政が運営している機能訓練教室の卒業生を中
しかしながら,第 3 回コラムでも述べたように介
心にして,保健師さんの後押しにより立ち上げたも
護保険施設は,地域で自立を目指す中途障害者に
の(金沢区の場合 11 自主グループのうち 9 グルー
とっての地域リハビリ受皿には少なくとも現在は
プ〈おもに地域別自主サークル〉)
364
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
15回
第
2
空き家と住宅改修
写真 1 太陽光を遮る作業小屋(改修前)
―ごみ屋敷から健康的な住まいへ―
児玉 道子
(わがやネット 代表)
「身体にいい」「飲んで健康で長生き」という
健康食品のテレビコマーシャルをよく耳にするよう
写真 2 断熱材の入っていない天井(改修前)
になりました。
「介護を必要とする身体になりたくな
い」という“食”に敏感な消費者のニーズに応える
部屋を明るく
かのようです。では,“住まい”は「身体にいい」
健康的な空間になっているでしょうか。
住宅改修で採光と断熱を
写真 3,4 は,改修前と改修後の寝室です。“部屋
を明るくする”をコンセプトに改修しました。
壁,天井には「珪藻土」を塗り,窓には,和紙で
今年 1 月,空き家を借り,改修工事を始めました。
できた「ブラインド」を取り付け,“部屋を明るく
写真 1 は,母屋(左側)と作業小屋(右側)です。
する”と同時に,調湿効果を高めることができまし
母屋の前に作業小屋があったため,冬場には太陽光
た。
が直接差し込むことがなく,底冷えのする状況でし
既設の畳は,昔ながらの「心材がすべてワラでで
た。居間の天井をめくってみると,断熱材が入って
きた畳」でした。最近は,「ワラ畳は,重たいし,
おらず,太陽が沈むと部屋の温度が下がっていくの
ダニが発生しやすいから」と敬遠され,あまり使わ
を肌で感じるほどでした(写真 2)。
れなくなりましたが,ワラの状態も良かったので,
このため,作業小屋を取り壊し,居間の天井に断
利用することにしました。畳屋さんと相談し,畳表
熱材を入れました。
(たたみおもて)だけを取り換えました。「すべてワ
ラの畳」は,ほどよく固くそして柔らかい。フロー
リングと違い,転倒しても骨折までに至らないであ
0917-0359/13/¥400/論文/JCOPY
368
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
ろう,やさしい感触を得ることができました。
切干大根とさば缶の
簡単煮物
レシピ紹介
宇田 薫
(クリニック安里 訪問リハビリテーションセンター,作業療法士)
〔写真:宇田 幸弘〕 最近,缶詰め食品の種類も増えていますが,何となく抵抗がある人も多いかもしれません。でも
「ここぞ」というときは非常に役に立ちますし,缶詰め 1 品を食べるのではなく,少しだけ「調理
した」という手間(自己満足も含む?)を加えれば,たまには良いと思います。今回は,食物繊維・
鉄分・カルシウムが非常に多く含まれていることが意外に知られていない「切干大根」を使います。
我が家は,ひじき(ミネラル・カルシウム・鉄分が多い),高野豆腐(カルシウム・イソフラボン・
アミノ酸などが多い)の干物もよく使います。
材料
〔約 4 人分〕
●切干大根…50 g くらい
●さば缶水煮…100 g くらい(缶によって容量が異なる)
●にんじん…1/2 本
●土しょうが…少々(すりおろして汁を使う)
▲
材料はこれだけ
●しょうゆ…小さじ 2(お好みで調整)
●みりん,酒…少々
●だし汁…材料が浸かる程度
● ● ● ● ● ● ● ● 作り方
図 1 まずはせん切
りにしたにんじん
1 .切干大根を水につけて戻してお
く。
2 .にんじんは,せん切りまたは拍
子切り(図 1)
。
3 .柔らかくなった切干大根の水を
絞って,にんじんと一緒にだし
汁で煮る(図 2)
。
370
臨床作業療法 Vol.10 No.4 2013
図 2 ぐつぐつ煮
ます
イラストで見る
脳卒中片麻痺患者へのアプローチ
第 5 回目
1 空間性能力の障害
高次脳機能障害の理解と介入
渕 雅子
(誠愛リハビリテーション病院,作業療法士)
はじめに
全般的な高次脳機能障害の知識を深めるためには,成書を参考にしてください。こ
こでは,作業療法士(以下,OT)が高次脳機能障害を有する脳卒中患者に対し,さま
高次脳機能障害
ざまな活動や参加を支援する際,その障害をどのように理解し介入するかについて,
ボバースアプローチ ボバース概念を背景に 1 つの切り口としての考え方を紹介します。
「脳の比較的高位に位置する領域の損傷によって生じる行動お
空間性能力の障害 高次脳機能障害とは,
よび認知機能の障害」1)と述べられ,さまざまな行動・認知障害を含むとされていま
す。そして,比較的独立して障害されうる個別的認知能力と,それを支える基盤的認
知能力,さらには個体としてまとまりを実現する統合的認知能力があり,それらは並
列的ではなく階層的であることや,相互関係で理解する必要があります。
ここでは,個別的認知能力の中の「空間性能力の障害」と「行為能力の障害」を取
り上げ,今回は空間性能力の障害についての理解と介入を紹介します。
空間性能力の障害とは
空間性能力の障害は,それを基盤とした空間内行動能力とともに,対象を感覚情報
処理に基づいて認知する,対象認知障害(いわゆる失認)とは異なり,空間情報の処
理障害であると考えます。視覚系を例にとると,一側性空間無視や視覚失調,立体視
障害,道順障害などが挙げられます。これは,視覚系のみならず,聴覚系や,体性感
覚系にも異常をきたし,音源定位の障害や,一側性の身体失認(身体無視)を引き起
こします1)。
他の成書では,半側視空間無視と半側身体失認は,かたや方向性注意障害,一方は
身体失認の中の一部として取り扱われ,別々の分類として構築しているものもありま
す。しかし,実際の臨床場面,特に日常生活障害では,それらをクリアカットして評
価することや介入することは困難であることも多々あります。これらを空間性能力の
障害という枠組みで考えること,つまり一側性の無視(空間無視)は,視覚系,体性
感覚系ともにあり,さまざまな感覚系を含んだ空間無視という概念もできると考えま
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作業療法のアイデンティティー
14回
第
アイデンティティーを育んだ
出会いは奇なり
大場 耕一 (総和中央病院 総合リハビリテーションセンター,作業療法士)
要 旨:「医療の仕事に就きたい」といった漠然とした進路を選択して,あと数年で 30 年となる。多
くの先人たちと比較すれば,突出した努力もせずに,「なんとかしなければ」という想いだけで走って
きた。幸いだったのは,さまざまなシーンで自分を奮い立たせ,時には立ち止まらせてくれた人たちと
の出会いがあったことに尽きる。あえていうまでもなく,作業療法士(以下,OT)は「対人関係職」で
ある。この“対人”が単に対象者だけを指しているわけではない。これまでの,そしてこれからの出会
い 1 つひとつが,自己形成には欠かせない契機であることに感謝して,今後も精進していきたい。
OT としての遍歴
茨城県の西南部に位置する古河市。私は,その中心部で亜急性期病室を含む 53 床
の一般病棟と 60 床の療養病棟を有する病院を核に,介護老人保健施設,デイケアセ
●職業選択
●臨床力
●創造力
ンター,訪問看護事業所,小規模多機能型居宅介護事業所など地域医療の担い手とし
て事業を展開する法人に勤務している。現在,13 名の OT と,理学療法士(PT)22
名,言語聴覚士(ST)7 名など,総勢 45 名の仲間とともに日々奮闘している。
本法人に入職して 7 年が経過するが,それ以前は教育機関を含め 5 カ所での勤務を
経験した。千葉県の病院を皮切りに,家内の実家である岩手県,郷里の北海道,初め
て教員として赴任した栃木県,同じく教員として就いた新潟県,そして現職となる。
それぞれの異動には,必ず新たな出会いが基軸となっている。さまざまな人との出会
いと新たな環境が,経験値を上げ,スキルを高めていくことができた。まさに異動し
たことが,アイデンティティーの成熟を促す要因の 1 つといってもよい。
特に,新潟へ専門学校の教員として赴任するにあたっては,即答しかねる状況にあ
り,それなりの検討期間を要した。当時,中学生を頭とした 3 人の息子を,家内 1 人
に託して単身赴任するか否かという選択であった。結果的には赴任することとなるが,
最終的に家内との間で交わした結論は「支援を期待している方には,できるかぎり応
えていく」ということ。換言すれば「欲されているうちが花」というところだろうか。
子育てを家内にすべて押し付けた状況での単身生活は,スキル・アップには非常に充
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肩関節を理解する―運動準備
矢 ¿ 潔*,小森 健司**,田口 真哉**
を挙げたり,空間での手のさまざまな作業・運動は
はじめに
肩甲骨周囲筋の筋活動による肩甲骨の静的安定化か
前回までに,肩関節複合体の基本的な概念につい
らはじまる。
ては理解できたと思われる。今回からは,肩関節の
もし,この肩甲骨周囲筋(図 1)1)の作用がなんら
運動をはじめからその経過を追い,その内容(動き・
かの障害を受けているならば,肩関節の運動はそれ
筋活動など)について順次解説を加える。
なりに運動障害をきたす。これを臨床的にみると,
一般に,ヒトの動作(運動)における関節運動は
今まで説明してきた肘関節・手関節などとは異なる
近位部の安定化が必要で,各関節運動はその現象か
運動基盤の安定化から始まるという多少異なる点が
ら開始するといえる。これは,それぞれの関節の運
ある。
動の準備としては不可欠である。当然,ここで述べ
運動の開始および初期
る肩関節の運動も同様である。そこで,肩関節運動
の基盤ともいえる肩甲骨・体幹の安定化が必要とな
肩関節の運動は,肩甲骨の静的安定化と上腕骨頭
る。であるから,肩関節運動はこの肩甲骨の安定化
の肩甲骨関節窩への引き付け現象から始まる。そし
(静的安定化)が先駆けて起こる。そのため,上肢
て,これらに作用する筋が正常に働くことが,その
僧帽筋
小菱形筋
僧帽筋
上部線維
肩甲挙筋
大菱形筋
前鋸筋
小・大菱形筋
下部線維
前鋸筋
広背筋
図 1 肩甲骨周囲筋群1)
僧帽筋中部線維,菱形筋は肩甲骨を内転に作用し,前鋸筋は外転に作用する。また,僧
帽筋上部線維・肩甲挙筋・胸鎖乳突筋は肩甲帯を牽引する。これらも初期には収縮準備が
起こる。
*
目白大学 保健医療学部 作業療法学科
愛整会 北斗病院 リハビリテーション科
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