井上先生の南太平洋旅行記2007

2007 年 3 月 南 太 平 洋 諸 国 飛 び 回 り
井 上 A. 尚
昨 年 2 回 の フ ィ ジ ー 調 査 で 大 目 標 の Papilio schmeltzii の 生 態 の 見 当 と 、 現 地 大 学 と の
共 同 研 究 化 の 目 処 が 付 い た 私 は 、遂 に 他 の 南 太 平 洋 諸 島 の Papilio に 対 象 を 拡 大 す る こ
とにした。今回の調査行は奇跡的に、上司の同意や南太平洋大学からのセミナー招聘
書が得られた為、全行程出張で行けることになった。そのため金回りについての心配
が軽減され、とことん調査に専念することが出来たのは幸運だったが、日程を最終決
定する段になって週 3 便就航していたエアパシフィックの成田-ナンディ線のうち月
曜着発の 1 便が運休となり、大幅な日程の変更を余儀なくされた。それやこれやで職
場の事務方さんやトップツアーの寺阪さんには大変なご苦労をかけることになってし
ま っ た 。最 終 的 に 南 半 球 へ は 毎 日 就 航 の 日 本 航 空 の 東 京 - オ ー ス ト ラ リ ア 線 を 利 用 し 、
その先の南太平洋諸国間はエアパシフィックを使うことにした。更にフィジー-近隣
諸国間は深夜早朝便を使うことで最大限の調査時間を確保した。各目的地では、今迄
に 3 回出掛けたフィジーのビチレブ島は大体道路状況を掌握済ということでレンタカ
ー (セ ダ ン 、 AT、 AC、 2400cc)を 使 用 し 、 ま た 初 め て 出 掛 け る 国 の う ち 、 バ ヌ ア ツ で は
ガ イ ド ブ ッ ク 等 で 有 名 な サ ウ ス パ シ フ ィ ッ ク ツ ア ー ズ (2 名 の 日 本 人 が 常 勤 )の 事 務 所 を
併設しているポートビラのメラネシアンホテルに宿泊し、チャータータクシー等の手
配を依頼することにした。ただ残りのサモアについては現地旅行会社の日本人職員と
の 事 前 調 整 が う ま く 出 来 な か っ た こ と 、 目 標 と す る ア ゲ ハ = P. godeffroyi の 詳 細 な 情 報
が 殆 ど な か っ た こ と な ど か ら 、 厳 し い 戦 い ?を 覚 悟 し た 。 こ の 予 想 は 的 中 し 、 サ モ ア で
はアゲハを見ることは出来なかったが、次回へ向けてのある程度の情報を得られたこ
とは事実で、今後更に機会を作って出掛けようと思った。また残念ながら今回は萩谷
先生御一行との団体行動はとれなかったが、一応、先生方の実習の参考になりそうな
情報もいくつか確保出来た。
* 2007 年 2 月 25 日
フィジー ビチレブ島 タワタワンジ村
恐怖の大増水
実 際 に 日 本 を 出 た の は 23 日 の 深 夜 で 、 シ ド ニ ー へ は 24 日 早 朝 に 到 着 し た が 、 こ こ で
乗 り 継 ぎ が 5 時 間 空 い て し ま い 、 更 に 時 差 の 関 係 で フ ィ ジ ー 到 着 は 24 日 18:40(以 下 、
時 刻 は 全 て 現 地 時 )。 空 港 で 日 本 か ら 手 配 し て お い た ト ヨ タ カ ム リ を 借 り 出 し 、 つ い で
に 未 決 定 の ま ま だ っ た 3 月 11 日 ~ 12 日 の ナ ン デ ィ - ス バ の 往 復 と 、 11 日 の ス バ の ホ
テ ル の 確 保 を ATS パ シ フ ィ ッ ク 社 に 依 頼 し 、 既 に 夜 の 闇 に 包 ま れ た 19:50 に コ ー ラ ル
コーストの馴染みのホテル=クロウズネストへ向け出発。途中の道は状態の良い舗装
道路で幅も広く特に危険個所はないが、気を付けなければならないのは暴走防止の為
に道のあちこちに『コブ』が作られていることで、これに気付かずに突っ込むととん
でもないことになる。これを防ぐには、適当なスピードで走っている車の後を適当な
車間距離で追走すること、及び集落や町に近づいたら素直に減速標識に従うことであ
る。ウシやウマに関しては、センターライン寄りを走っている限り問題はない。先を
急ぐのでヒッチハイカーにはゴメンナサイを繰り返しつつ快調に飛ばして約 1 時間で
ホテルに到着。またお世話になりますと挨拶。
25 日 は 、 昨 年 数 回 P. schmeltzii を 観 察 出 来 た タ ワ タ ワ ン ジ 集 落 へ 行 く べ く シ ン ガ ト カ
川 左 岸 の 道 = カ バ ナ ガ サ ウ ロ ー ド を 遡 行 。天 気 は 曇 |晴 。基 本 的 に 非 舗 装 だ が 特 に 危 険
個 所 は な く 平 均 40km/h で 走 っ て い く 。と こ ろ が 大 体 行 程 の 2/3 は 走 っ た か な と 思 っ た
所で、前方の橋の辺りに渋滞が発生しているのに出くわした。車から降りて近づいた
ら 、 何 と 橋 を 渡 っ た 向 こ う で 、 道 幅 の 2/3 程 度 の 路 盤 が 長 さ 1m 近 く に 渡 っ て 流 出 し 、
車が通れなくなっている。それでも地元のピックアップトラック等は崩落した部分に
タイヤの幅分の板を渡し、片輪をそれに載せながら通り過ぎていたが、一般車は危な
いから止めておいて、と言われてしまった。そこで仕方なくシンガトカ市街まで引き
返 し て 川 の 右 岸 の シ ン ガ ト カ バ レ ー ロ ー ド を 遡 行 し 直 し た が 、1 時 間 以 上 の ロ ス と な っ
てしまった。
タ ワ タ ワ ン ジ 集 落 行 き の 渡 し 舟 が あ る 場 所 の 近 く の 路 上 に 車 を 停 め 、川 岸 ま で 歩 く が 、
これがまたとんでもなくぬかるんでいる。あっという間に靴が泥だらけになった。更
に川岸の崖まで来てまた愕然とする。昨年はこの崖の下に川原の砂場があり、船着場
は 崖 か ら 10m 以 上 向 こ う だ っ た の が 、 崖 の 直 下 ま で 川 の 水 が 来 て お り 、 崖 か ら ボ ー ト
に直接転がり込むような感じになっている。向こう岸にいた馴染みの船頭さんが気付
いてこちらに舟を寄せてくれたが、水量が多い分流れも速く、どんどん下流に流され
てしまう。やっとのことで、私がいる崖の
直下に舟を寄せてくれたが、今度は私が乗
った舟が浅瀬で座礁してしまい、動かなく
なってしまった。周囲の人たちも水の中に
入って舟を押し出してくれたが、対岸の目
標に付けるのもまた一苦労だった。
やっとこさ渡り終え、畑の間の村への道を
進む…筈が、畑の中に新しい道が作られて
いて、それを進む。元の道は完全に沼の底
に沈んでいた。村の前に到着し、今日の行程について話し合う。彼によると、この日
はタワタワンジ村を含むシンガトカ川中流域の村人たちがここに集い、増水対策会議
を行っているらしい。来る時にカバナガサウロードで見たピックアップトラックは、
こ の 会 議 へ の 参 加 者 輸 送 用 だ っ た よ う だ 。今 年 の 雨 季 の 降 水 量 は 半 端 で は な い ら し い 。
村人も今日に限っては客人対応どころではないようで、挨拶抜きで直接ポイントへ通
し て く れ た 。な お 彼 か ら『 Dr. 萩 谷 は ど う し た 』と 聞 か れ た の で 、1 週 間 程 後 に 来 る 予
定だと答えた。彼の案内で、昨年 9 月に見つけた村の東側の斜面のアゲハポイントに
出掛ける。雨でやられたのか全体的にチョウが非常に少ない。ウラナミジャノメ類が
目 に つ く 程 度 で あ る 。 P. schmeltzii も ポ ロ ポ ロ と は 飛 び 出 す が 、 時 間 の 関 係 か ら か 花 に
は 来 な い 。 結 局 、 こ の 日 は こ こ に は 12:00 か ら 14:30 ま で 張 り 込 ん だ が 、 P. schmeltzii
の 絵 は 撮 れ ず じ ま い だ っ た 。帰 り は 村 人 2 名 (う ち 1 名 は コ ロ ニ サ ガ ナ 村 の 住 民 )に シ ン
ガトカ市街へのヒッチハイクを頼まれ、了承。ホテルに帰還。
* 2 月 26 日
コ ロ レ ブ (シ ン ガ ト カ 川 中 流 域 )に て 地 質 学 的 新 知 見 ?
こ の 日 は 前 回 紹 介 し た P. schmeltzii の 好 観 察 地 と 言 わ れ る『 コ ロ レ ブ 』へ 行 く こ と に し
ていたが、前夜ホテルで旅行ガイドをみていたら、この地名が明日行くつもりのシン
ガトカ川上流域だけでなく、海岸沿いの何ヶ所かにもあるのに気付き愕然となる。実
はこの『コロレブ』は『大きな村』の意味で、この名前だけではどの『大きな村』か
を判断するのは難しいらしい。そんなことを考えながらうとうとしていたら、未明に
な っ て 外 が 急 に 喧 し く な っ た 。何 と 例 の 爆 雨 で あ る 。こ の 降 り は 明 け 方 ま で 続 い た が 、
08:00 を 過 ぎ る 頃 か ら は ど う に か な り そ う に な っ た た め 、少 し 遅 め の 08:50 に ホ テ ル を
出た。
途中迄は昨日も走った道で楽勝気分。市街より少し上流寄りの道端にいた小学生 2 人
を乗せ、学校最寄りの分岐路まで乗せて行った。コロニサガナ村を通り過ぎ、いよい
よ今迄走ったことのない地域へ入ったが、道はやはりある程度整えられていて走り易
い 。尤 も こ の 区 間 は ま だ ナ ン デ ィ へ 抜 け る 裏 道 で 、問 題 は こ の 道 が 分 岐 し た 先 で あ る 。
しかしそこを通り越しても道はまあまあで、特に急な登り坂も出て来ず多少の上り下
りを繰り返すのみ。チラチラと見える川幅もタワタワンジ周辺と殆ど変わらない。山
も 相 変 わ ら ず 丸 禿 状 態 で 、い つ に な っ た ら 源 流 域 的 な 雰 囲 気 に な る の か 見 当 も 付 か ず 。
やがてそこそこ大きな集落の前を通ろうとした時、道端にいた 2 人連れが止まってく
れ の 合 図 。『 何 処 へ 行 く の ?』『 こ の 先 の コ ロ レ ブ へ 』『 え ゛ ー っ !!』ど う や ら バ ス を 待 っ
ていたのが待ちくたびれた所へ私が通り掛かったらしい。もう 1 人そこへ行くのがい
るので乗せてくれないか? という依頼。しめしめ、この連中を乗せて村に入れば不審
者 /車 扱 い さ れ る こ と は な い だ ろ う な と 勘 定 し 、 了 承 。 こ の 判 断 は 、 道 案 内 人 の 確 保 と
い う 点 で も 正 解 。 最 終 的 に 車 は 11:20 に 81.3km を 走 破 し て 、 乗 客 ?ら が 『 こ こ が コ ロ
レブだ』という集落に到着。村の地形は途中のコロニサガンナと同じで源流域の雰囲
気は皆無。源流域にはここから更に道無き所に道を作りながら進まなければならない
よ う だ 。『 こ ん な 所 へ 何 し に 来 た ?』『 実 は チ ョ ウ の 写 真 を 撮 り に 』 そ れ な ら 川 原 の 辺 り
に沢山いたというので、今度は乗せて来た人物が案内役を努めてくれた。確かにリュ
ウ キ ュ ウ ム ラ サ キ な ど は 飛 び 交 っ て い る が 、 P. schmeltzii の 姿 は な し 。 客 人 ら の 家 に 通
して貰い、カバではなくオレンジジュースを頂いていた所、騒ぎ? を聞きつけた別の
家の人物が『ちょっと見せたいものがある』と言って誘いに来た。この家の人物も是
非 ど う ぞ 、 と い う こ と だ っ た の で つ い て 行 っ た が 、 こ の 途 中 で よ う や く P. schmeltzii1
名目撃。集落内の自動車も通れる道に沿っ
て飛んでいたもので、今迄本種を見た場所
の中では一番明るい場所だった。この人物
は小さなケースに入れた砂粒のようなもの
を出して来たが、よく見たら、その所々に
金色に輝く粒子がある。何と砂金だった。
島の北側の山中には昔から金脈が知られて
おり、バツコウラはその採掘中心地だが、
島の南側に鉱脈が出て来ているという話は、
従来知られていない可能性が有る。これはひょっとするかも知れない。
一休みした後、別のチョウがよく見れる場所を紹介するというので、そこから少し下
流の学校のある集落まで移動する。案内してもらった先はランタナの群落のある場所
だったが、このころから天気が急速に悪化し、チョウは殆ど見れず。シンガトカ市街
ま で 行 き た い と い う 人 物 を 乗 せ 、 14:00、 取 り 返 し の つ か な い 天 気 に な る 前 に 出 発 。思
った通り途中暴雨に見舞われ、長大水溜まりの中を突っ切る破目にもなったが、おか
げでこの 2 日間で上から下まで泥だらけ+埃だらけになった車両が、かなり綺麗にな
った。客人を無事送り届け、私もホテル着。お礼に貰ったバナナは大変美味だった。
夕 刻 、 3 月 11 日 ~ 12 日 の 手 配 を お 願 い し た ATS パ シ フ ィ ッ ク か ら 連 絡 が あ り 、 手 配
は 何 れ も 問 題 な く 完 了 と の こ と だ っ た が 、つ い で に 聞 い た 話 で 、2 週 間 ほ ど 前 の 集 中 豪
雨の時にはナンディとシンガトカで床上浸水の被害が出たらしい。シンガトカはまだ
しも本来乾燥地域のナンディでこの被害とは、今年の降水量はやはり尋常ではないよ
うである。
* 2 月 27 日 ・ 28 日
新 ポ イ ン ト 発 見 !?
この両日はコーラルコースト-パシフィックハーバー間の川沿いの小道を遡行し、新
し い ポ イ ン ト を 捜 索 し た 。狙 い を つ け た の は 27 日 が 有 名 な ハ ン デ ィ ク ラ フ ト セ ン タ の
あ る 町 = Vatukarasa を 流 れ る 川 に 沿 う 道 、 28 日 が Naboutini か ら ナ ブ ア 川 上 流 域 の
Nabukelevu へ 抜 け る 川 に 沿 う 道 と し た が 、 こ の う ち 28 日 の 道 は ク イ ー ン ズ ロ ー ド -
ナ ブ ア 川 間 の 山 脈 横 断 の 道 で 、危 険 な 割 に は 得 る も の が 無 い と 判 断 、結 果 的 に 28 日 も
27 日 の 場 所 を 再 調 査 し た 。 結 果 的 に こ れ が 正 解 と な る 。
27 日 は や は り 朝 方 大 雨 と な り 、 予 定 よ り 多 少 遅 め の 09:00 に 出 発 す る 。 目 標 の 道 は や
はり未舗装だが、充分セダンで通れる。驚いた事に、この道沿いは相当原植生が残っ
ているようで、森林実習の場としてはタワタワンジ村周辺よりもむしろ好適ではと思
う程である。道端には例のシソ科植物も結構生えていたため注意しながら車を走らせ
て い た ら 、集 落 近 く の 群 落 に P. schmeltzii が 来 て い る の に 気 付 く 。し か し 車 を 止 め て 脱
出するのに手間取り、ここでは逃げられた。暫く張り込んで見たがそうそうは出て来
てくれそうもないので先へ進む。道は時々、山腹へ上がるが、基本的には川のすぐ横
を走っている。ところが暫く走ったところで道が川の中を横切る場所にぶつかってし
ま っ た 。こ こ は 流 石 に セ ダ ン で は 渡 航 不 可 能 、ま し て こ の 水 位 と 流 速 で は 4WD で も 手
に 負 え ま い と 判 断 、残 り の 時 間 は 、来 る 途 中 で P. schmeltzii を 見 か け た 場 所 に 張 り 込 み
直す事にしたが、やはりこの日は天気も今一つでろくな事にならないまま終わった。
28 日 も 朝 は 小 雨 で 大 体 09:00 に ホ テ ル を 出 た が 、 前 掲 の 通 り 本 来 の 目 標 か ら 転 戦 し て
11:00 に 昨 日 も 車 を 停 め た 場 所 に 到 着 、周 囲 を 歩 き 回 る 事 に す る 。こ の 頃 か ら 天 気 は 回
復 し 、青 空 が 広 が っ た 。暫 く し て 昨 日 P. schmeltzii を 見 か け た 場 所 よ り 少 し 下 流 寄 り で 、
原植生的な林の中に入る道が分岐している場所を発見、中に入ってみた。程なく道端
に 見 覚 え の あ る 幼 木 が 出 現 。 Micromelum だ 。 撮 影 し 、 他 に は な い だ ろ う か と 辺 り を 見
回 し た ら 、何 と そ こ ら 中 Micromelum だ ら け で 、50cm に も 満 た な い 株 か ら 4~ 5m は あ
ろうかという大木、更には多数の蕾をつけ
ている木まであった。あちこちの木を巡っ
て 撮 影 を し て い る 所 へ P. schmeltzii が 登 場 。
やはり木陰を縫って飛んでいく。これは当
てたかと思い、そのまま張り込むことにし
たが、やはり♀チョウは居なかったようで
産卵行動などの記録は作れず、幼虫も見つ
からず、また林床にはこれと言った花も無
かった為、訪花行動の記録も作れずと、多
少残念な結果になった。しかし長期間張り込めば必ず何らかの結果が得られると確信
し た 。 15:00 に ポ イ ン ト か ら 撤 収 。
* 3 月 01 日
綺 麗 な ♀ チ ョ ウ の 絵 、 Get!
フィジー野外調査最終日のこの日はやはりここに行く。今日は朝から天気は良好。
10:10 頃 か ら い つ も の 熱 帯 魚 展 示 施 設 の 前 に 張 り 込 ん だ が 、花 壇 の 様 子 が お か し い 。馴
染みの職員さんから話を聞いて驚愕する。何と先日の集中豪雨時に、この園内を流れ
る 小 川 も 2m 方 水 位 が 上 昇 し 、花 壇 の 一 部 が 水 没 し て 植 え て あ っ た 花 が 流 出 し た ら し い 。
残 っ た 株 も 何 と か 再 起 中 と い う 所 で 、 花 の 数 が 昨 年 来 た 時 に 比 べ て 相 当 少 な い 。 P.
schmeltzii は 時 々 飛 ん で 来 る が 、 花 に 着 地 す る 様 子 は な し 。 と い う こ と で 、 今 日 は 園 内
を歩き回って別のポイントを探すことにしたが、沢底からかなり高い位置に付けられ
た木道を歩行中に、明らかに食草を探していると思われる個体を発見。このチョウは
直 射 の 落 ち な い 林 内 の 地 上 50cm 位 の と こ ろ を 飛 び な が ら 時 々 植 物 の 葉 に 調 べ を 入 れ
る、という動作を繰り返していた。ただしこの行動は、この日は 1 回だけしか観察で
きず、産卵を押さえることも出来なかった。この日も昼前頃から快晴の天気となり、
気温が急上昇して歩き回るのが辛くなったため花ポイントの前で一息入れることにし
たが、メインの花から少し離れたベンチに座っていた所、地上すれすれの低い所にあ
る ペ ン タ ス の 花 に 何 か が 来 て い る よ う な 気 が し た 。急 い で 行 っ た ら P. schmeltzii が 1 名
来 て い た が 、こ の チ ョ ウ の 腹 部 側 面 を 見 た 瞬 間 、こ れ は ♀ チ ョ ウ だ ! と 直 感 。残 念 な が
ら決死の形相で近づいた為か、このチョウは直ぐに逃げてしまったが、この分なら暫
く待っていれば戻って来るかもと判断。やはり少し離れた所で待っていたら、思った
通り再度やって来た。今度は少しゆっくり目に、カメラを回しながら近づいた。明ら
かにさっき逃げた♀チョウ。♂チョウに比べて腹部側面のクリーム色の 2 本の線がは
っきりしていて、ぽちゃとしたお腹によく似合っている。この♀チョウも今度こそは
しっかり食事をしたかったようで、カメラを直近まで近づけても逃げずに花から花へ
と飛び歩く。時間的には長くなかったが、
相当なアップ映像も撮らせてくれたこのチ
ョウには感謝。その後、園内をもう一度巡
回していたところ、今迄見落としていた
Micromelum と 、明 ら か に ナ ン ヨ ウ ア ワ ダ ン
と は 違 う Melicope 類 が あ る の に 気 付 く 。ま
だ 両 方 と も 30cm 程 度 の 高 さ し か な か っ た
が 、こ れ ら が 適 当 な 大 き さ に な っ て 来 た 時 、
P. schmeltzii♀ チ ョ ウ た ち が ど う い う 反 応 を 示 す か は 見 物 で あ る 。
この日は夜行便でバヌアツのポートビラへ移動するが、その前にナンディ市街地の旅
行 会 社 に 17:00 ま で に 寄 っ て 、 手 配 を 依 頼 し て お い た 3 月 11 日 ~ 12 日 の 移 動 と 宿 泊
に つ い て 確 認 す る た め 14:00 に 退 出 に 掛 か る 。 途 中 、 今 迄 に 入 っ た こ と の な か っ た 鳥
舎 に 入 っ て み た が 、『 こ れ は ア ゲ ハ の 行 動 観 察 用 に 使 え る !』と 直 感 し た 。14:30 に 施 設
か ら 退 場 。 車 を 置 い て あ っ た ホ テ ル に は 15:00 に 戻 っ て 出 発 。 旅 行 会 社 に は 16:35 に
到 着 。 ク ー ポ ン の 受 け 取 り /支 払 い は OK。 レ ン タ カ ー の 返 却 期 限 と 搭 乗 手 続 開 始 に は
も う 少 し 時 間 が あ っ た の で 、空 港 よ り 少 し 北 の ブ ン ダ ポ イ ン ト ま で 往 復 。18:40 に 無 事
車を返し搭乗手続。ポートビラのホテル迄の移動も快調にこなす。
* 3 月 02 日
1 日 目 に し て 仕 事 終 了 !?
首 都 と は 言 え ポ ー ト ビ ラ の 市 街 地 は 主 要 道 路 沿 い の 幅 500m、 長 さ 2km 程 度 の 範 囲 に
集 中 し て お り 、 そ の 外 側 は す ぐ に 田 園 地 帯 /原 野 で あ る 。 事 前 の 打 ち 合 わ せ 通 り 宿 泊 し
た ホ テ ル 内 の 旅 行 会 社 サ ウ ス パ シ フ ィ ッ ク ツ ア ー ズ = SPT の 事 務 所 に 07:00 に 出 向 き 、
こ の 日 の 行 き 先 を 決 め る 。 と い っ て も 何 処 へ 行 け ば こ の 国 名 物 の ア ゲ ハ ( 以 前 は P.
canopus と さ れ て い た が 、最 近 は P. fuscus と す る よ う な の で 、こ こ で も 以 後 は P. fuscus
と す る )に 出 会 え る か 等 と い う 情 報 は 無 く 、 取 り 敢 え ず は 渓 谷 沿 い に 行 き た い と 言 っ た
所、それなら島の西側にある有名な滝が良いのではと紹介された。市街からはそんな
に遠くないということで、会社の車を一日
借 り 切 り 、09:30 に 出 発 と い う こ と で 了 承 。
ところがこの直後から市街地は一瞬大雨に
見舞われる。ここでも雨は要注意だ。少し
早 め に ド ラ イ バ ー が 来 て く れ た 為 、 09:10
に 出 発 。目 的 地 に は 30 分 で 到 着 し 、取 り 敢
え ず 滝 を 見 学 し に か か る 。全 体 の 雰 囲 気 は 、
明 る い 渓 流 と い う こ と で 気 分 は 良 い 。実 際 、
何 種 類 か チ ョ ウ も 飛 ん で い る 。 し か し P.
fuscus は 結 局 こ の 滝 周 辺 で は 見 れ な か っ た 。 滝 へ の 遊 歩 道 か ら 駐 車 場 に 戻 っ た の は
11:00 で 、ま だ 市 街 地 に 戻 る に は 早 過 ぎ る 。近 く に ど こ か 面 白 そ う な 場 所 は な い か と 思
っ た ら 、 駐 車 場 か ら 500m 程 市 街 地 寄 り に 、 雰 囲 気 の 良 い 『 南 の 島 の 国 の 村 』 が あ っ
た。自動車道路脇にミカンの木が何本かあったのでもしやと思い近づいたら、いきな
り 『 え ゛ っ ー !!!』 何 と 、 か つ て ア ン ボ ン で 見 た P. fuscus 幼 虫 と 瓜 二 つ の 幼 虫 が 目 の 前
の ミ カ ン の 葉 の 上 に 座 っ て い る 。P. fuscus の 所 属 に つ い て は 幼 虫 や 蛹 の 形 状 か ら ル リ モ
ンアゲハ系とする見解もあるが、ミカンから全く幼虫が見つからず、民家周辺に寄り
つ か な い P. schmeltzii な ら い ざ 知 ら ず 、 P. fuscus は 交 配 実 験 の 結 果 と 言 い 、 民 家 の ミ カ
ンにベタベタ幼虫が付くことと言い、明らかにシロオビアゲハ系である。後は類例を
重ねるのみで、道路沿いのミカンを調べ、
計 4 名の幼虫を観察した。そして遂に、民
家の間を縫って飛ぶ成虫を確認。しかし異
様に小さいアゲハである。以上、この島で
の目標はこの日だけで殆ど片づいてしまっ
た。ただし途中から村の暇人が手伝うと称
して気色の悪いガの幼虫だのクモだのを持
って来るようになったり、やっと出て来た
成虫を寄ってたかって追いかけ回したりし
たりで却って作業が妨害されたことに加え、
昼過ぎからは天気が良くなり過ぎて頭がくらくらしてきて仕事にならなくなってしま
っ た 。幸 い 、状 況 を 察 知 し た 集 落 の 10 才 位 の 女 の 子 が ペ ッ ト ボ ト ル に 入 れ た 湯 冷 ま し
を持って来てくれた為、これで回復。また村人が家の中で昼寝に入って回りが少し静
かになった中、初老の男性が日陰で作業をしているのに出会い、ちょっと立ち話をし
た。彼からは『この集落にはチョウが多いが、今日のような天気の日はチョウが花に
集 ま る の は 朝 方 だ 』と い う 貴 重 な 証 言 を 頂 い た 。14:10 に 集 落 を 出 て ホ テ ル に 戻 る 。と
こ ろ が こ の 後 、 15:00 過 ぎ 頃 か ら 一 天 俄 に 掻 き 曇 り 、 例 の 爆 雨 と な っ た 。
* 3 月 03 日
島一周の旅
前 日 夕 方 か ら の 雨 は こ の 日 の 朝 ま で 断 続 的 に 続 き 、08:30 か ら は ま た 空 は 真 っ 暗 、雨 足
も強くなった。このためこの日は取り敢えず街中の図書館に行くことにした。市街地
の 図 書 館 は 土 曜 で も 開 館 し て い た が 、中 に 入 っ た 途 端 に 司 書 の 女 性 (60 歳 代 か も 知 れ な
い 、 大 変 丁 重 で 上 品 な 感 じ の 人 物 )に 訪 来 目 的 を 尋 問 さ れ た 。 正 直 に チ ョ ウ の 文 献 を 探
しに来たと言ったら大変感激されてしまい、ここにはないが博物館の一角にある別の
図書館=国立図書館には確か数点あった。普段はそっちで働いているが、今日は向こ
うが休みなのでここの応援に来ている。是非、月曜に出直してきて欲しい、と教えら
れた。ということで、今日のここでの作業は一瞬で終了。
ホ テ ル の SPT 事 務 所 に 戻 り 、ど う す る か 思 案 し て い た 所 、日 本 人 職 員 の 土 山 氏 か ら『 市
街地が大雨でも島の特に北側はあまり強い降りではないことも多いので、出掛けてみ
た ら ?』 と 助 言 し て 貰 う 。 ど う や ら ブ チ レ ブ 島 と 同 じ 理 屈 ら し い 。 ド ラ イ バ ー も 付 き 合
ってくれるというので、時計回りで島一周
ツ ア ー を や っ て 貰 う こ と に し 09:30 に 出 発 。
昨日の集落を通過すると出てくるのがこの
島名物の一つの急坂である。この時点でも
う雨はほぼ上がっていた。これを乗り越え
ると島の西海岸へ出るが、この途中、道路
脇 の 花 に 目 標 の P. fuscus が 来 て い る の に 気
付く。車を停めて貰い撮影に降りたが、こ
のチョウも林内のやや日陰寄りの花に好ん
で来るので、手前の雑草が邪魔になってなかなか綺麗に撮影できなかった。西海岸沿
いの草原を通る区間では、道の両脇に樹木の花があり、これにリュウキュウムラサキ
やシロチョウ類、マダラ類が来ていたが、
こ こ で は P. fuscus は 無 し 。 こ の 道 を 北 上 す
ると、やがてもう一カ所の急勾配区間に出
る。ここは、距離は前の急坂より短いが、
ツルツルの岩盤が道路上に露出している為
車の動輪の空転が頻発し、むしろこちらの
方が厳しいように感じる。一体、どんな岩
石から出来てるんだと思って岩盤を見たら、
何と立派なサンゴの化石が浮き出ていた。
ここを乗り越えると今度は島の北海岸沿い
の平地の集落の一つに出る。集落は道の海側にあり、山側は多少ヤシの木が植えられ
た疎林になっている。濃藍色のシソ科植物も多く、シロチョウを中心にチョウが集っ
て い る 。ち ょ っ と 見 て 来 た い と 言 っ て 車 か ら 降 り た 所 に 、P. fuscus が や っ て 来 た 。や は
り シ ソ 科 植 物 に 吸 蜜 に や っ て 来 る 。場 所 の 好 み も P. schmeltzii 同 様『 上 を 別 の 木 で 覆 わ
れた明るい日陰』のようだ。ここでは何とか見せられる訪花映像を確保。
どうかこうか持っていた空から、また雨が落ちて来た。この先に地元ドライバーがよ
くチョウを見たことがあるという場所が何箇所かあったが、何れもマリーゴールドそ
の 他 を 中 心 と し た 日 向 の 花 壇 で 、P. fuscus の 場 所 と し て は 不 向 き で 通 過 。ホ テ ル に は 本
降 り に な っ た 15:30 に 戻 る 。
* 3 月 04 日 ~ 05 日
1 日目~2 日目の場所でデータ採り増し
当 初 、 こ の 島 で P. fuscus が 見 つ か ら な か っ た 場 合 に は 、 も う 少 し ソ ロ モ ン 諸 島 寄 り の
エスプリツァント島等に移動しての調査も考えていたが、こうなった以上は今回はこ
こに落ち着くことにし、残り 3 日間は図書館+昨日迄の 2 箇所のポイントで作業する
こ と に し た 。実 は 前 日 (現 地 の 人 の 給 料 日 翌 日 の 土 曜 )の 夜 に 市 街 地 中 心 で タ ン ナ 島 出 身
者とアンブレム島出身者が諍いを起こしたのが外出禁止令に発展する大騒ぎとなり、
まずいことにこのうちのタンナ島出身者が、どういう事情か 2 日に出掛けた集落=
MeleMaat に 集 め ら れ る こ と に な っ た ら し い (こ の 話 は SPT の 大 数 加 氏 よ り 取 材 )。 と
いうことで出掛ける先をどうするか思案したが、ちょうどうまい具合にこの時期東海
大 学 の 海 洋 実 習 船 が ポ ー ト ビ ラ に 停 泊 し て お り 、4 日 は 土 山 氏 が 同 大 学 の 学 生 を 連 れ て
滝 の 見 学 に 行 く と い う の で 、 私 も そ の 近 く の MeleMaat に 行 く こ と に し た 。 何 か あ っ
て も SPT の 方 の 近 く に 居 れ ば 、 情 報 も す ぐ に 貰 え る だ ろ う と 言 う こ と で あ る 。
予報では 4 日のエフェテ島は大雨ということだったが、朝のうちは薄日がさす天気で
済んでいる。行った先の集落での作業は前回同様だったが、今回は、私の標的を皆が
理 解 し て く れ た よ う で 、 次 か ら 次 へ と 『 あ の 木 に 大 き な 幼 虫 が い た 』『 こ の 木 に は 少 し
小さいのがいる』と声を掛けてくれた。その度にメモリカードには次々に幼虫の画像
が増えていったが、やはり若齢の模様はクロアゲハ八重山に本当にそっくりだなあと
改 め て 感 じ て し ま っ た 。12:00 に な り 、集 落 の 人 か ら『 そ ろ そ ろ タ ン ナ 島 の 住 民 が や っ
てくるので、町へ帰った方が良い』と言われ、ホテルに帰還。その途端、予報通りの
爆雨となった。昨夜の騒ぎもこれで『水入り』となってくれれば良いが。
5 日も朝の天気はあまりすっきりしなかったが、これなら何とか期待できると踏んで
08:40 に ホ テ ル 発 。途 中 、島 の 南 側 を 走 行 中 に 一 瞬 強 雨 に 見 舞 わ れ た が 、そ の 後 は 薄 曇
り~薄日程度で推移する。この日はオフロード対応車で来たので途中の急坂も何のそ
の 。 ポ イ ン ト に は 10:00 に 到 着 。 ド ラ イ バ ー は 少 し 先 の 集 落 に 友 人 が 居 る の で 、 そ こ
で 雑 談 そ の 他 を や っ て 来 て も 良 い か 、 と い う の で 、 そ れ じ ゃ 12:00 に な っ た ら 取 り 敢
え ず 戻 っ て 来 て 、 と い う こ と で 別 れ た 。 前 回 同 様 P. fuscus は ポ ロ ポ ロ と シ ソ 類 の 花 に
やってくるが、訪花動画は前回撮ったので、今日はむしろミカンの木に注目する。そ
の結果、遂に 1 カットだけだったが、ミカンの新芽に産卵する♀チョウの動画撮影に
成功した。更に周辺のミカンの木を調べ、ここでも幼虫たちの発見に成功。今までの
観 察 例 か ら す る と 、 こ こ の P. fuscus は 『 他 の 大 木 や 建 物 の 日 陰 の 部 分 に 生 え て い る 、
高 さ 4m 程 度 以 下 の ミ カ ン の 木 の 、地 上 2m 程 度 ま で の 新 芽 に 好 ん で 産 卵 す る 』と い う
ことになると思う。この他の観察事項としては、ヤエヤマアオキ=現地名『ノニ』の
若い実にナミエシロチョウが集まっていたことだろうか。これだけ判れば、もうここ
に は 長 居 は 無 用 。 12:10、 戻 っ て 来 た 車 に 乗 っ て ホ テ ル に 戻 り 、 明 日 の 出 発 に 向 け て の
準備に入る。この日は東海大学の学生も夕食をここで食べていた為、暫くぶりに日本
語を使う機会に恵まれた。
* 3 月 06 日
図書館にて文献リコピー
何故かこういう予定を組んだ時に限って日中は殆ど快晴。しかし雨と同様、晴天時の
暑さも半端ではない。少々の雨なら気温はそこそこ上がりチョウは出て来るので、撮
影するにもむしろ光が分散する曇りや小雨の時の方が良いように思う。チェックアウ
ト手続きや荷物の発送を終えた後、図書館に向かう。最初、一緒の建物に入っている
博物館を見学。岩石、化石、昆虫の標本もあったが、日光晒のため特にチョウの標本
は褪色が酷い。出迎えた件の司書さんは、何と所蔵しているチョウの文献リストを作
って待っていてくれた。実物を出して貰う。バヌアツ、ソロモンに関心を持って島毎
に 各 種 の 分 布 調 査 を 行 っ て い る 英 国 人 の 文 献 が 数 点 、 中 に 今 回 、 バ ヌ ア ツ 内 で の P.
fuscus の 島 毎 の 変 異 を 扱 っ て い る も の も あ り 、リ コ ピ ー し て 頂 い た 。司 書 の 方 に よ る と 、
この島でチョウの文献を調べにここへ訪れた日本人は初めてで、また是非おいで下さ
いと言って貰った。
16:10 発 の ナ ン デ ィ 行 き に 乗 る べ く 15:00 に ホ テ ル 発 。 終 始 お 世 話 し て 下 さ っ た SPT
の 皆 さ ん に は 深 謝 ( 皆 さ ん も バ ヌ ア ツ へ は 、 ”http://www.rexgroup.co.jp/office/index.
html”に 御 相 談 の 上 、 お 出 か け を 。『 バ ヌ ア ツ の 事 な ら す べ て 私 達 に お 任 せ く だ さ い !』
と い う 宣 伝 文 句 に 誇 張 は な い !)。搭 乗 予 定 者 が 早 く 集 ま っ た の か 、飛 行 機 は 16:00 に 出
発、ナンディにも順調に到着。ところがここで乗り継ぎの飛行機に大幅な遅延が発生
し、アピア到着が 3 時間以上遅れてしまった。
* 3 月 06 日 そ の 2
右も左も判らないサモアのウポル島にて
フィジー-サモア間には日付変更線が有るので、こうした奇妙なことが起こる。アピ
ア の ホ テ ル に 到 着 し た の は 05:00 で 、 殆 ど 休 め な い ま ま 夜 が 明 け て し ま っ た 。 ホ テ ル
は、海岸辺ではチョウを見るのには不適当と考えて少し山寄りにあるアウトリガーに
したが、これが今回の主たる敗因になったのはほぼ確実である。というのはこのホテ
ルは居心地こそ不満は無いもののしっかりしたツアーデスクがなく、情報収集には
1km 程 離 れ た 海 沿 い の 道 に あ る 観 光 局 や ツ ア ー 会 社 の オ フ ィ ス ま で 行 く 必 要 が あ り 、
晴天時はともかく今回のようにいつ爆雨にやられるか判らない天候の時には出掛ける
の が 億 劫 に な っ て し ま う 。 一 方 で 、 ホ テ ル 周 囲 は こ の 島 特 産 の ア ゲ ハ = P. godeffroyi が
P. fuscus と 同 じ よ う な 性 格 な ら 期 待 で き る 環 境 で は あ っ た が 、 心 配 し て い た 通 り P.
godeffroyi は む し ろ P. schmeltzii と 同 じ 性 格 の よ う で 、 か な り 原 生 林 的 な 場 所 ま で 行 か
ないと見れないようである。簡単に歩いて行ける場所に居ないならどこへ泊まっても
同じで、こうなると判っていたら、アシの確保が容易な街中の方に宿をとるんだった
と後悔することしきり。
到 着 時 に 空 は ど ん よ り と 曇 っ て い て 07:30
頃 か ら 雨 と な っ た が 、 幸 い 09:00 に は 天 気
は回復したので、観光局へ出掛けた。この
近くの旅行会社『パシフィックインターナ
ショナル』にはガイドブック等で著名な日
本人=小林 秀野氏が勤務されているので
日本から問い合わせたが、流石にチョウに
ついては全く判らないとのことで、当時
JICA か ら 観 光 局 へ 出 向 し て い た 大 塚 氏 を
紹介していただいた。しかし氏もやはりチョウに関する問い合わせには面食らったよ
うである。とりあえず滞在している島を 1 周したいと希望した所、同島の有名ホテル
= ア ギ ー グ レ イ ス ホ テ ル の 並 び に あ る 旅 行 会 社 を 紹 介 さ れ た 。出 掛 け て 行 っ て 手 続 き 。
OK。 翌 日 以 降 は 、 こ の 様 子 を み て 出 か け 先 を 決 め る こ と に し た 。 な お 大 塚 氏 は 、 私 か
らの連絡を受けて以降注意していたところ、チョウをデザインした切手が発行されて
い る の に 気 が つ い た と い う 。街 中 の 郵 便 局 へ 行 っ て み た ら 何 種 類 か あ る 切 手 の う ち の 1
つ に 、 P. godeffroyi を デ ザ イ ン し た も の が あ っ た の で 数 枚 購 入 。 結 局 、 こ れ が 今 回 こ の
島 で 見 つ け た 唯 一 ? の P. godeffroyi と な っ た 。
*3 月 7 日
ウポル島は火山岩の島
08:00 に 旅 行 会 社 に 出 向 く 。客 は 私 1 人 だ け 。基 本 的 に は 滝 で 泳 い だ り ど こ か で 食 事 を
したりというのも含まれているそうだが、その辺を全部省いてチョウ観察に都合の良
さそうなところで張り込ませて貰うことにする。アピアからまず海岸道路を東に向か
う。道路沿いは結構集落が並んでいて、原
植 生 が 残 っ て い る 場 所 は 皆 無 。途 中 、Falefa
の 滝 か ら 島 の 一 番 東 の Tafaga ビ ー チ ま で
は若干内陸部を通ったが、やはり『ここな
ら !』 と 思 え る よ う な 場 所 は 特 に な し 。
Tapaga 岬 か ら は 南 海 岸 を 西 に 向 か い 、所 々
にある滝に寄って貰う。このうちの
Togitogiga 滝 (右 図 )は 、 林 間 公 園 の よ う な
広場が造られてしまっているものの、遊歩
道が川原に降りられるようになっていて、この部分についてはかなり期待出来そうな
感 じ だ っ た 。し か し P. godeffroyi は お ろ か そ れ 以 外 の チ ョ ウ も 、フ ィ ジ ー 、バ ヌ ア ツ に
比 べ て 格 段 に 数 が 少 な い 。結 局 や は り P. godeffroyi は ゼ ロ 。そ の 後 も こ れ と 言 っ た 環 境
に は 出 会 え な い ま ま 、ア ピ ア 市 街 へ 戻 っ て し ま っ た 。そ し て こ の 1 周 行 で 判 っ た 事 は 、
この島は殆どが火山岩から出来ていて、ビチレブ島やエフェテ島のような『石灰岩地
帯を集中攻撃』といった戦法は使えないということだった。
*3 月 8 日~9 日
路線バスは当てにならない
8 日は地元の人たちにも人気があるという
『 Papase’ea Sliding Rock』 に 行 く 。 観 光
案内によると 1 時間に 1 本は路線バスが通
っているということで、市街地のバス乗り
場 に 張 り 込 だ 。と こ ろ が 1 時 間 30 分 待 っ て
もバスは来ず、結局タクシーを頼む。行き
がこうなら帰りも危ないと考え、乗ったタ
ク シ ー に 13:00 に 迎 え に 来 る よ う に 依 頼 。
こ こ は 前 日 の Togitogiga 滝 と 同 じ 雰 囲 気 で 、
渓流沿いには原植生的な感じの林が残って
いる。しかしチョウも昨日同様で、天気が終始曇天だったこともあり、大した記録は
残せず。
9 日 は 朝 か ら 曇 天・ 強 雨 で 調 査 は 諦 め た が 、10:00 頃 か ら は 少 し 空 が 明 る く な っ て 来 た
ので小林氏と大塚氏に今回の結果報告に出掛ける。時々雨が強く振るが、そういう時
には売店その他に逃げ込んで買い物がてら雨宿り。また市内の図書館に出向いて関連
する文献がないかどうか探して貰ったが、こちらは不発。ところが観光局でツアー紹
介のリーフレットを細かく見ていたところ、モノクロの不鮮明な写真が数点入った
『 Samoa on foot』 と い う の が あ る の に 気 が つ い た 。 よ く よ く 読 ん で み た ら 遊 歩 道 か ら
外れて林の中を進むツアーのようで、これに初日に気がつかなかったのが、今回のも
う一つの敗因か? このツアーはアピア在住のフランス人が個人的にやっているそうで、
人数が集まらないと出掛けてくれないらしいが、次回調査時には要注意だ。
ア ピ ア 市 内 で の 行 動 は 13:00 に 終 了 。 ホ テ ル に 戻 る 頃 に は 目 も 眩 む 程 の 快 晴 と な り 、
予定を変更してホテルを通り越し、そのまま山の方へ向かって進むことにした。とこ
ろ が 30 分 程 歩 い た 所 で 一 転 俄 に か き 曇 っ た か と 思 う と 、例 の 爆 雨 に な っ た 。ホ テ ル に
逃げ帰った時には全身ずぶ濡れ。幸い雨は 1 時間ほどで上がり晴天に戻ったが、その
後の時間は服や靴の乾燥に費やすことになってしまった。
翌 10 日 は 早 朝 便 で ナ ン デ ィ へ 。 日 付 変 更 線 を 西 へ 横 切 っ た の で 私 の 3 月 10 日 は 4 時
間 程 で 終 わ っ た 。ナ ン デ ィ に は 11 日 の 05:00 頃 に 到 着 。ス バ ま で は 国 内 線 で 移 動 す る
が、予約便より 1 つ前の便に時間的には乗れそうなので、変更して貰えるかどうか打
診 。OK で 、ス バ の 定 宿 ホ リ デ イ イ ン に は 09:00 に 到 着 。部 屋 も 開 い て い た の で 、す ぐ
に入れて貰えた。この日は好天だったが外出は止め、翌日発送する荷物を整えたり、
昨日ずぶ濡れになった衣類を洗濯したりした。
* 3 月 12 日
スバの南太平洋大学理工学部にて 遂に研究体制発足!
午 前 中 は 会 計 や 荷 物 の 発 送 後 、 11:50 に USP の Linton W INDER 先 生 の 部 屋 へ 行 く 。
W INDER 先 生 達 は 私 の 出 国 後 に こ の 日 の 午 前 中 に 来 て 欲 し い と 連 絡 し た よ う で 、 待 ち
くたびれていた。時間変更の連絡を私が日本を出発した後の私のパソコンに送った為
のトラブルだったが、何かあったらクロウズネストかホリデイインに連絡してくれと
伝 え て お い た こ と に は 気 が つ か な か っ た ら し い 。16:10 の ス バ 発 ナ ン デ ィ 行 き に 乗 る 為 、
14:20 に は こ こ を 出 た い 所 だ っ た が 、ぎ り ぎ り ま で 持 参 し た プ レ ゼ ン テ ー シ ョ ン フ ァ イ
ルを使ってフィジアンアゲハの見どころや、周囲のアゲハとの関連性その他につき
W INDER 先 生 、 今 年 か ら こ の チ ョ ウ の 研 究 を や る こ と に な っ た 修 士 学 生 、 そ し て そ の
直属の指導教官に解説。更に、もう私がフィジーの野外で一人で網を使う必要はなく
な っ た と い う こ と で 、ネ ッ ト そ の 他 一 式 を 研 究 室 に 進 呈 し た 。国 内 移 動 は OK。そ の 後 、
こ の 日 は ブ リ ス ベ ン 行 き に 搭 乗 。 同 市 内 で 一 夜 を 明 か し 、 翌 13 日 の JL 昼 行 便 で 帰 国
す べ く 空 港 へ 出 向 い た 所 、新 し い オ ー ス ト ラ リ ア 産 の チ ョ ウ の 図 鑑 が 置 い て あ っ た 。2
冊購入。これが今回最後の成果となる。その後、無事帰国。
ということでバヌアツは今回 1 回でほぼ片づいたし、フィジーも先行き明るくなりつ
つある。次回はサモア+ニューカレドニア+ソロモン等と考えていたら、そのソロモ
ンで大地震が起きてしまった。これがどういう意味の『御告げ』かは慎重に判断する
べきと考えられる。