保育方法に関する一考察

人間環境学会『紀要』第4号 July 2005
<論文>
保育方法に関する一考察
−−関係性に着目して−−
大豆生田 啓 友*1
A Study on method in early childhood care and education
−A relational view−
Hirotomo Ohmameuda*1
*1 Kanto Gakuin University : 1-50-1, Mutsuurahigashi, Kanazawa-ku, Yokohama 236-8503, Japan.
This study uses a relational methodology to examine an example of a relationship
between a kindergarten teacher and a child over the period of one day. The process of
"Integration" of the child into the class community is one of the objectives of the teacher.
Building a relationship between the child and the teacher (herself) is an element of this
that she deliberately cultivates. The study looks at three significant aspects of this:
1 The positive, individual attention that the teacher gives to the child.
2 The external support provided by the child's relationship with two classmates.
3 The encouragement provided by sharing in supportive activities in the class.
key words: 保育方法、事例研究、関係論的な視点
method of early childhood care and education, case study, relational view
はじめに
幼児教育・保育は大変革期にある。第一には、幼稚園および保育所に加え、第三の施設として
「総合施設」が誕生したことである。2005年度からモデル実施が行われている。第二には、次世代
育成支援推進法が2005年から施行され、すべての子育て家庭への支援に向けた取り組みが実施され
ようとしている。そして第三には保育サービスの質的向上に向けて、第三者評価や外部評価などが
取り入れられている。これ以外にも、様々な動きがあり、わが国の幼児教育・保育の世界は大きな
うねりの中にある。
制度変革の流れは、これまでの保育のあり方を問い直す絶好の機会にもなりうるが、同時に新た
な問題も生み出しかねない。最も懸念されることは、これらの制度改革が結果的に子どもの最善の
利益を保証することにプラスに働くものとなるかどうかである。そこで、保育研究においても、単
*1 関東学院大学;〒236-8503
横浜市金沢区六浦東1-50-1
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なる時代の流行に流されない本質的な研究が求められると同時に、制度変革も含め、変化する時代
や社会の中での子どもの育ちを支援するための視点から保育の内容や方法の課題を問い直す必要が
ある。
特に、保育方法に関しては、従来の枠組みを越えた理論的構築が行われているとは言いがたい。1)
そこで、本研究では、現代の保育実践に基づいた保育方法についての研究の足がかりをつけたいと
考えている。なお、ここでは、筆者が一連の研究で注目してきた「関係論的な視点」を手がかりに、
保育事例を通して、保育方法論の確立に向けた試論的な考察を行いたい。具体的には、筆者が幼稚
園のフィールド研究を通して行ってきた観察事例を通して、そこにどのような保育方法的枠組が内
在しているのかを明らかにすることを目的とする。
本研究の位置づけ −関係性に着目すること
人間の生きる場は様々な関係性の網の目の中にある。乳幼児および保育者などが集う保育の場も
同様である。関係性の中で保育が営まれていると言い換えることもできる。近年の発達研究におい
て、人間の発達や行為を個人の特性や能力に帰属させて捉えてきた個体能力論的なパラダイム転換
を行い、行為や発達をその主体の取り巻く社会・文化的な関係構造から切り離すことなく、その多
様な網の目に位置づけて読み取ろうとするアプローチとして「関係論的な視点」(relational view)
がある。
佐伯胖によると、関係論的な見方とは、「人間の行為や能力の形成・変容の過程を見る際に、私
たちが知らず知らずのうちに陥っていた(暗黙の権力によりかかった)、中心とされてきた特定の
原因系にすべてを帰属させてしまう解釈構造を解体して、周辺にある具体的かつ末梢的な事実に注
目し、そこから、これまでと新しい意味世界を構築しようという、見方を呼びかける言葉である」
と述べている。そして、この視点は「①脱中心化(decentering)による意味の脱構築
(deconstruction)、②社会的行為の解釈における個体還元主義への批判(理論社会学、象徴的相互
作用論、エスノメソドロジー研究等による流れ)、③実践共同体の社会・歴史的構成への配慮、④
2)
行為や概念の『埋め込まれた』特性(situatedness)の強調」などの流れによると述べられている。
その理論の一つにLave, J.&Wenger, Eが提唱した「正統的周辺参加論(Legitimate Peripheral
Participation : LPP)」(以下、LPP論)がある。3)LPP論では、人間の学びを新参者が共同体の社
会文化的実践の十全的参加者へと移行するプロセスと捉えており、学ぶことは共同体への参加を通
してアイデンティティを形成する過程としてみる。このLPP論によって保育の営みを問い直してみ
ることによって、新たな視点で子どもの遊びや発達を理解することができる。このLPP論を援用し、
保育の場における関係性に着目し、子どもの姿をその共同体への「参加」のプロセスとして捉えた
4)や高嶋・佐伯(2001)
5)などがある。
研究としては、刑部(1994)
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大豆生田(2000)は、進入園児の仲間入り(参加)のプロセスに注目し、そこにある子どもの関
係性による分析を行っている。6)また、大豆生田(2004)は参加する共同体の概念を子ども、保育
者の中のみで成立するものではなく、保護者や家族関係をも広げて事例検討を行い、保育の日常性
に子育て支援機能があることを考察している。7)
保育の場において子どもの行為を関係論的に見ることは、単に個々の子どもを見るのではなく、
対象児とその周囲の様々な「周辺的なこと」や「関係性」の中でそこに生じている「物語」を読み
取ろうとすることである。この視点を生かした乳幼児理解から発展させ、保育方法の理論的枠組み
として位置づけるということを試みることは非常に意味のあることであると考える。
研究の方法
1 対象児
東京都にある2年保育の幼稚園(年長28名、年少25名)の年少4歳児M児を対象としている。
継続的なフィールド研究を通して、「気になる子」として浮上してきた幼児である。家族構成
は父、母、対象児の3人である。
2 観察方法
日常的な保育の場に参加しながら観察する参加観察の方法をとった。1年間にわたって月
1日程度、定期的な観察を行った。記録はビデオカメラによる録画を行うほか、平行してフィー
ルドノートへの記録を行った。また、担任保育者へのインタビューも随時行った。
3 事例について
継続的な観察を通して、
「気になる子」としてM児が浮かび上がり対象児にしてきたものの、
園を休みがちでもあり、観察日も限られてしまった。本事例として取り上げた2月末日のこの
日は、担任保育者が、数回M児の自宅訪問を行った結果、数週間ぶりに園に登園してきた日
であった。この日の担任保育者の個としてのM児へのかかわりとその周辺の子どもへのかか
わりなど、保育者が関係性に着目した保育の展開が見られる。そこで、継続観察をしてきた
中でのこの1日の事例分析を行った。
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事
例
場面①
登園
9:15〜9:25
○子どもと保育者の姿(記録)
M児はみんなより少し遅れて登園。少し躊躇するように下を向いて保育室に入ってくる。担
任保育者が「Mちゃん、おはよう」というと少し安心した顔をする。手には家で描いた絵を持
っており、近寄ってきた担任保育者に「これ」と手渡す。保育者はにっこり笑ってそれを受け
取り、「すごいねえ」と言って保育室の真ん中にあるテーブルに広げる。一つ一つの絵に対し
て、「これは・・・・ね。」「これは、何だろう。」とM児に対して話しかける。M児はほとんど
反応なく、その場で立っている。保育者の声を聞いて、すでに自分の好きな遊びを始めている
5〜6人の子どもが集まってくる。「すごいねえ」「一人で描いたの?」など関心の声が他の子
どもから発せられる。しばらく絵をみた後、その中の一人、S児はM児に対して「一緒に絵を
描こう」と声をかける。
○保育者の意図(インタビュー)
久しぶりに登園したM児に対して、「よく来たね。うれしいよ。」という思いを伝えようと努
力した。また、他の子たちにM児への関心を持ってもらいたいと考え、絵を保育室の中心のテー
ブルに大々的に広げ、よく見えるようにした。保育者である自分がM児の絵に少し大げさなく
(下線1)その結果、多くの
らい関心を示すことによって、他の子にも関心を持ってほしかった。
子どもが集まってくれてほっとした。
場面②
S児と絵を描く
9:25〜9:30
○子どもと保育者の姿(記録)
S児は保育室にシートをひき、「ここで描こう」と場をつくる。M児はそれに応じる。ほかの
子は自分の遊びに戻っていく。S児は何枚か紙を持ってきて、クレヨンを差し出し「女の子描
いて」と勧める。すると、S児はゆっくりとクレヨンをとり、「女の子」の絵を描き始める。
保育者はその様子を見て、「外の遊びに行ってるね」と言ってその場から離れる。
○保育者の意図(インタビュー)
S児がリードしてくれていたので、そばに居てしばらくその様子を見守った。一緒に絵を描
き始まったことや、M児が不安を示さずにS児とのやりとりに無理なく応じているように感じ
たので、自分がここにいる必要はないのではないかと考え、その場を離れた。(下線2)
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場面③
たくさんの絵を描く
9:30〜10:10
○子どもと保育者の姿(記録)
「女の子」の絵が描き終わると、S児は笑顔で飛び回り、「女の子、女の子」と繰り返し大
きな声を出す。さらに、「お花畑に行ったことにしよう」と提案する。M児はそれに応じ、同
じ「女の子」とさらにもう一人の「女の子」を描いた上で、まわりに「お花畑」を描く。する
と、S児はまた同様におどけて「女の子、女の子」と言いながら、M児の周囲をまわる。次に、
S児は「こわいおじさん」を要求する。M児は黒いクレヨンで黒いサングラスを付けた「こわ
いおじさん」を描く。S児は「きゃー、おじさん、こわーい」とさらに激しくおどけて走り回
る。M児の口元にかすかに笑みがみえる。保育者が近づき、「うわー、すごいね」と声をかけ
ると、「うん」とうなずく。保育者は、しばらくS児が絵を描く様子を見ている。M児はS児が
描いたこれまでの絵を保育者に説明する。保育者が「また来るね」と立ち上がると、M児は
「今度は2人の女の子が走っていくのね」と次の要求をする。その様子を見ながら、保育者は別
の遊びの援助へと離れていく。
○保育者の意図(インタビュー)
予想以上の盛り上がりで、思わず2人のところに寄っていった。遊びがあまり盛り上がらな
ければ、何らかの手立てが必要かと思っていたが、そうではなかったので、ただその様子をみ
(下線3)説明をするS児もまるで自分が描いたかのようでうれしそうだったが、
ることに徹した。
折角の2人の遊びにあまり入り込まない方がよいのではと考え、再びその場から離れることに
した。S児とのやりとりでM児の表情が和らいでいくのがとてもうれしい。
場面④
ストーリー化を始める
10:10〜10:30
○子どもと保育者の姿(記録)
S児は「これ、お話にしようか」と提案する。M児はしっかりとした言葉で「うん」とうな
ずく。S児は「2人の女の子がお散歩してたら、雨が降ってきたのね」と言う。M児は水色のク
レヨンを手に取り、2人の女の子の絵に水色で点々と小さな雨を描く。すると、S児は「ちがう、
もっと、もっと」と言う。S児はさらに水色で雨を描く。それに対してM児は「ちがうの。も
っと。もっと。
」と言って、S児の手を持って、クレヨンを上から下へと殴りつけつけるように
動かす。S児が手を話した後、M児の手は一瞬止まったが、ちらっとS児の顔を見て、すぐに大
きくクレヨンを動かす。S児は「あめえ、あめえ」と大きな声を出し、喜んで走り回る。M児
もおかしくなって微かに笑い出す。それを見たS児はさらに大きな声で「あめえ、あめえ」と
叫んで走り回る。その様子に気づいて、保育者が近寄ってくる。S児は「お話にしたの。これ、
雨が降ってきたの。
」と説明する。M児はS児が保育者に話している姿をうれしそうに見ている。
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○保育者の意図(インタビュー)
離れた場所で遊びの援助を行っていたので、直接、この雨を描くプロセスは見られなかった。
でも、水色でぬたくられていた画用紙とS児の表情を見て、その楽しさがわかった。S児が自
分にうれしそうに説明している姿をかすかに微笑んで見ているM児の表情を見て、今日のこの
遊びがどれほど大きな経験になっているかを感じた。
場面⑤
みんなにお話することを提案する
10:30〜10:40
○子どもと保育者の姿(記録)
保育者はそろそろ片付けの時間であることを説明する。S児は「いやあ、まだやりたい。だ
って、まだお話できてないもん」と言う。保育者は「じゃあ、この続きはまたごはん食べ終わ
ってからにしたらどうかなあ」と言う。すると、「やだ、いまおもしろいところだったのに」
と言う。「じゃあさ、いまは終わりだけど、ここまでのお話2人でみんなに話してくれないかな
あ」と保育者。S児はM児の顔を見て、「どうする?」と聞く。M児は黙っている。しばらく、
考えていたが、「じゃあ、先生話して」とS児。「え、先生話していいの。Mちゃんもいいの?」
と聞くと、M児もS児の顔を見て笑顔で「うん」と答えた。「じゃあ、お話よく教えてもらわな
いと」と言うと、
「わかった」とS児。M児もうなずく。
○保育者の意図(インタビュー)
2人のお話作りがとてもよかったので、ぜひ他の子たちにも知ってもらいと思った。特に、
M児のよさをみんなに知ってもらいたいと思った。(下線4)また、このお話作りが他の子たちに
も広がってほしいとも思った。(下線5)ただ、この日すぐにというのは予定外であった。ただ、
M児がこれだけの体験ができたこの日にすることには意味があるのではないかと考え直した。
また、「2人でみんなに話して」と言ったのは、やはり無理があったと反省した。2人が作った
ものだからという配慮ではあったが、結果的にはS児の「先生話して」に救われた。
場面⑥
保育者が紙芝居風にしてお話をする
11:15〜11:30
○子どもと保育者の姿(記録)
クラス全員がサークル型に集まった場面で、保育者は「今日はね、特別な紙芝居のお話を読
むことにします。みんなは、今日、MちゃんとSちゃんが絵を描いていたの知ってたかなあ?
実は、その絵を描きながら、2人はそれをお話にしました。」と説明をする。M児は少し照れな
がらもしっかりとした表情で、S児はニコニコとした表情でその説明を聞いている。他の子ど
も達は、「知ってるよ」という子、「この絵、Mちゃん描いたの?すごい」という子など、興味
を示している様子。保育者は、1枚目に一人の女の子が描かれた絵を出して、
「1人の女の子が
いました。」とはじめる。続いて、
「2人の女の子がお花畑にいる絵」を出して、「女の子には大
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好きなお友達がいました。2人はとても仲良しでした。2人は手をつないで、とてもきれいなお
花畑に遊びに行きました。」と。3枚目は「こわいおじさん」、4枚目は「逃げていく2人の女の
子」、5枚目は「たくさんの雨」と話をする。
「こわいおじさん」では、
「すげえこわいおじさん」
とのクラスの子どもの声があがる。「逃げていく2人の女の子」では、何人かの子どもがふざけ
て立って、回りを「キャー」と言って走る。「たくさんの雨」では「すげえいっぱいあめ」と
水色でぬたくられた絵に笑いがどっと起こる。そして、最後に保育者は「さて、このあと、2
人の女の子はどうなったでしょうか。このお話、今日はこれでおしまいですが、続きをお楽し
みに」と言う。子どもたちは「えー、もう終わり、続き早く読んでほしい」などと言う。保育
者は、「Mちゃん、Sちゃん、明日は続きがあるのかな?」と聞くと、S児はM児の方を見て
「作るよね」と言うと、M児はしっかりとした言葉で「うん」と言う。
○保育者の意図(インタビュー)
本人ではなく、自分が読むのだから、できるだけ本人たちの原作に近い形で読むことを心が
けた。クラスの子どもたちの反応はとてもよく、非常に関心を示したので、よかった。また、
M児の存在が、とてもいい形で伝わったかなと思い、ほっとした。「続きがある」ことを強調
することで、M児の明日からの登園への意欲、S児との関係の持続、他の友達と関係など、流
れをつなげていきたいと考えた。
場面⑦
昼食の席
11:40〜11:50
○子どもと保育者の姿(記録)
お弁当は自由なテーブルで食べることになっている。S児はM児と手をつなぎ、2人一緒に座
って食べる。R1児、L児、R2児、T児、H児も紙芝居に関心を示し、「一緒に食べよう」とや
ってくる。1テーブルでは座りきれないため、保育者は別のテーブルをつけて場を広げる。Sち
(下線6)
ゃんは紙芝居にした絵のほかに、家から持ってきた絵も自分からみんなに見せている。
○保育者の意図(インタビュー)
M児とS児の関係が強まったように見えること、他の子が2人の絵とお話に関心をもったこと
がわかり、とてもうれしかった。
場面⑧
紙芝居作り
12:30〜13:15
○子どもと保育者の姿(記録)
昼食の最中、保育者は自由に絵が描けるための紙やテーブルを用意する。昼食後、S児とM児
は続きの絵を描き始める。また、R1児らもその隣で絵を描き、お話を作り始める。
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○保育者の意図(インタビュー)
早速、7〜8人の子たちが紙芝居作りをはじめて、よかった。明日以降、M児とS児の活動を
サポートし作品を紹介していくと同時に、新たに紙芝居作りをはじめた子たちの活動をも積極
的に盛り上げていけるようにしたい。
分析と考察
1 保育者の積極的関心がもつ周囲への意味
場面①において、保育者がM児に積極的関心をもってかかわっており、それが周囲の他の子
の関心を促している。それは下線1の保育者の意図からもわかる。ここには、保育者自身がM
児に対する肯定的なまなざしを提供していくことを通して、他事のM児への見方(あまり目立
たず、透明化されている状況)を変えていきたいという意図が見られる。
保育者が一人の子どもにどのようなまなざしを向けているかによって、それが周囲に与える
影響は大きい。M児の受け手となるS児の登場や、M児に対するまなざしの変容に関与する保育
者の位置づけが非常に大きいことがわかる。
8)がいることの意味
2 「二人称的他者」(
「受け手」となる存在)
この事例では、S児の存在が非常に大きい。保育者がしっかりと受け止めることが非常に大
切ではあるが、保育者との二人称的関係(私とあなたという信頼関係)から次第に子ども同士
の中にそのような関係を築いていくことが求められる。
S児の登場によって、保育者は下線2にあるように、その場での「見守り」の必要性はない
と考え、2人の展開にゆだねている。S児の要求にM児が応じ、その反応に対して、声をあげた
り、全身で喜びを表現するS児の行為は、M児のしっかりとした「受け手」(二人称的存在)と
なっていることがわかる。このような「受け手」の存在による関係性によって、M児の主体性
が支えられているのである。保育者の援助としては、下線3からわかるように、2人の遊びが
うまく展開しているので、むしろ「何もしない」という援助を選んでいる。
3 個々の出来事(あるいは作品)を「拾い上げる」ことの関係論的意味
遊びを通しての保育実践にかかわっていると、保育者は、日常的に遊びを通して起こった
個々あるいはグループ(遊びの群れ)の「出来事」(あるいは作品)を、クラスなどの集団の
場で「拾い上げる」をしていることがわかる。
この事例でも、場面⑤⑥において、S児とM児のお話をクラスの場で紹介することを薦め、
実現している。この意図は、下線3のようにM児のよさをみんなに伝えたいと考えたところに
ある。実際、場面⑦の昼食の場面での下線5からもわかるように、M児はみんなから絵をほめ
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られて、自分からみんなに見せるという行為さえ生まれている。2人の絵を紙芝居として紹介
したことは、M児のよさを伝える機能をもち、周囲の子達のまなざしの変容に大きな役割を果
たしている。そして、そのまなざしの変化がM児のクラスの成員性を大きく高めている。
4 活動の誕生や活性化に保育者の「拾い上げ」が機能すること
場面⑦では、紙芝居作りが単にM児とS児の間だけではなく、他児にも広がりを見せている。
これは、下線4にもあるように保育者のもう一つの意図であった。「拾い上げ」は集団の中で
個々の存在や活動に光を当てる機能だけではなく、それが契機となって新たな活動を生み出し
たり、既存の活動を活性化させるという機能があることがわかる。
様々な活動が活発なクラスを見ていると、活動と活動が何らかのつながりを持っており、他
の活動から触発を受けたり、実際にモノや人、アイディアなどが交流するという場面に出くわ
すことがたびたびある。もちろん、一つ一つの遊びの安定した拠点が形成されながら、そのよ
うな交流が生じているのではあるが、遊びの「にぎわい」は単に拠点化された場の中で閉じた
形のみで行われるのではなく、様々な関係や交流の中で起こるのである。保育者がクラスの集
まりの場において、それぞれの遊びの紹介をしたりするのは、それぞれの活動を伝えることで、
他者そのものへの関心を促すとともに、他者のしている活動から触発を受け、その活動を活性
化させるはたらきがあるからである。
5 周囲との関係が変わることで個のありようが変わること
この事例では、M児とのS児の関係、M児と他の子どもたちとの関係が変わることで、M児の
ありようが変わるということがわかる。これは、関係論的に捉えれば、周囲との関係性の中で
個々の変容を見ることが可能である。また、LPP論としてみるならば、共同体への参加のプロ
セスとして発達や学習を捉えており、まさにM児がこれまで馴染めないでいた共同体(クラス)
に参加していくプロセスとして捉えることができる。また、この変容は単にM児がクラス共同
体の中での成員性を獲得するということばかりではなく、S児や、他の子どもたち、あるいは
保育者の何らかの変容とも無関係ではないと考えられる。
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おわりに
本研究は、ある一日の子どもと保育者のかかわりを通して、関係性の視点から保育方法の
あり方を考察するものであった。個がクラス共同体に成員性を獲得していく上では、「参加」
のプロセスがあり、そこには保育者の関係性に着目した意図的な援助があることがわかった。
成熟した保育者は、このような関係性に着目した援助方法を日常的に行っており、そのプロ
セスを明らかにすることは保育方法研究において、とても重要だと考える。
ここでは特に、事例から保育者が個の子どもに積極的関心をもってかかわることによる他
児に与える意味、二人称的他者(受け手)との関係を支えることの意味、個々の出来事を集
団の場で「拾い上げる」ことの関係性にとっての意味などについて明らかにしてきた。今後、
さらに他の事例から、ここで明らかになった点を検証し、修正、補足を行っていくことが必
要である。
要
約
本研究では、ある一日の子どもと保育者のかかわりの事例を通して、関係論的な視点から保
育方法の考察を行った。個がクラス共同体に成員性を獲得していく上では、
「参加」のプロセス
があり、そこには保育者の関係性に着目した意図的な援助があることがわかった。
特に、次の3点の援助の意義を明らかにした。
①保育者がある子どもに対して積極的関心をもってかかわる援助
②子ども同士の友好的な2者関係への外的な援助
③個の出来事を集団の場で拾い上げる援助
1)保育方法に関する研究として代表的なものとしては、小川博久『保育援助論』(生活ジャーナル、2000年)など
がある。
2)佐伯胖
保育研究の在り方−小川批判に答えて−
スペース新社保育研究室、Vol1
No2
保育の実践と研究
pp.28
1996年
3)Lave, j. &Wenger, E. : Situated Learning : Legitimate Prepheral Participation. Cambridge University
Press,1991,Chap.2 佐伯胖訳
4)刑部育子
状況に埋め込まれた学習
産業図書
1993年
子どもの「参加」を支える他者−集団における相互作用の関係論的分析−
東京大学教育学部紀要
5)高嶋景子、佐伯胖
第34巻
1994年
保育における子どもの「参加」と「自立」
青山学院大学教育学会紀要「教育研究」第45巻
6)大豆生田啓友
関東学院女子短期大学「短大論叢」第104集
7)大豆生田啓友
2001年
進入園児の「仲間入り」に関する関係論的考察−障害線となる「境界線」の問題に着目して−
2004年
保育の場の子育て支援に関する一考察−関係論的な発達の視点を手がかりに−
「人間環境学会紀要」創刊号
関東学院大学
2004年
8)ここでいう「二人称的他者」とは、佐伯胖の学びのドーナッツ論における「二人称的的関係」(YOU的他者)の
意味で用いている。
佐伯胖
「学ぶ」ということの意味
26
岩波書店
1995年
pp.65−78