八幡林遺跡 - 新潟県埋蔵文化財調査事業団

遺 跡 名 八幡林 はちまんばやし
№40
事 業 名 国道 116 号和島バイパス
所 在 地 長岡市(旧和島村)
調 査 年 平成 2・4 年(1990・1992)
調査面積 約 9,500 ㎡
概
要 時代 旧石器時代~縄文時代・古代
文
献 『和島村埋蔵文化財調査報告書第 16 集 八幡林遺跡Ⅳ』「一般国道 116 号和島バイパス建設に
伴う埋蔵文化財発掘調査報告書」 2005 年 新潟県和島村教育委員会
和島村の北西部、最高点 45.5m の起伏のある丘陵と、それを取り巻く沖積低地に立地する。平成 2 年度の調
査では、低地部(A 地区)から完形の「郡符」木簡および、これまで日本書紀にしか記録がなかった「渟足柵」の
実在を証明する「沼垂城」木簡、奈良三彩などが発見され、丘陵部(B 地区)における大型掘立柱建物の存在と
ともに、一般的な集落遺跡とは異なる様相が明らかになった。
遺跡の重要性から平成 3~5 年度には、範囲・性格を究明するための確認調査(文化庁補助事業)が実施さ
れている。その結果、遺跡範囲は 40,000 ㎡を超え、検出された遺構・遺物の内容から、奈良時代から平安時代
にかけて機能した越後国古志郡衙(郡役所)関連施設であることが確実になった。
調査成果を受け、遺跡範囲のうち約 3.6ha は平成 7 年 3 月 17 日付けで国史跡に指定された。指定名称は『国
史跡 八幡林官衙遺跡』である。史跡指定に伴う措置として、丘陵部(B地区)に対するバイパスの工法が当初
の開削からトンネルへと変更になり、B 地区建物群など主要遺構は保存されることになった。
遺跡全景
(平成 4 年度調査)
丘陵部からは掘立柱建物群、周囲の低地からは多量の木簡・墨書土器が検出された。
B 地区掘立柱建物群
奈良時代
6 棟の建物が、主軸方向を揃えて整然と配置されていた。
A地区検出の溝
奈良時代
覆土から「郡符」および「沼垂城」記載木簡が出土した。
四面庇付建物
平安時代
身舎(もや)は梁行 2 間×桁行 5 間規模で、四面全体に庇が付く。平面積は約 180 ㎡を測り、
八幡林遺跡においては最大の建物である。建物の性格としては、古志郡の『大領館』を構成する
中心的な施設であったと推定される。平成 3 年度確認調査 I 地区検出
道路跡
奈良時代
海岸部と内陸部を結ぶ連絡路の可能性があり、『北陸道の官道』の支道とみられる。両側に側溝を
持ち、道路幅は溝の心々で 4.5mを測る。平成 5 年度 H 地区検出
釈文
表「郡司符 青海郷事少丁高志君大虫 右人其正身率
(身 )カ
[
符到奉行 火急使高志君五百嶋
裏「虫大郡向参朔告司 □ 率申賜
九月廿八日主帳丈部 [ 」]
」]
右モノクロは赤外線写真・
左はカラー写真
「郡符」
奈良時代
蒲原郡司が管内の少丁(17~20 歳の男子)高志君大虫に対し、10 月 1 日に越後国府(頸城郡/上越市)
で行なわれる告朔の儀式に出席するよう命じたもの。
本木簡は通行手形としても機能し、大虫に携帯されて移動した。帰路に用済みとなった木簡は、
八幡林遺跡付近で回収となり、3 片に切断した上で廃棄された。
釈文
・廿八日解所請養老
・□祝 沼垂城
赤外線写真
「沼垂城」記載木簡
奈良時代
表面に奈良時代初めの「養老」年号(717~724 年)、裏面に「沼垂城」の文字などが記されている。本木簡の出
土により、大化 3(647)年に造営された渟足柵(=沼垂城)が、沼垂郡(新潟市周辺か)内に所在していたことや、
奈良時代初めの養老年間まで存続していたことが明らかになった。
荷札木簡
奈良~平安時代
頭部付近の両脇に切り欠きが施されており、下端は剣先形に尖る。表面
には、魚(鮭?)の卵(筋子?)に付けられたことを示す「内子五隻」
文字が記されている。平成 5 年度確認調査 I 地区出土
「大領」の墨書土器
平安時代
八幡林遺跡からは、400 点を超える墨書土器が出土している。記載内容としては、郡に関わる施設名・官職名
を記すものが多く、本遺跡が郡衙関連施設であったことを如実に物語っている。『大領』は郡の長官の職名であ
り、郡司には以下『少領』『主税』『主帳』の四等官が存在した。平成 4~5 年度確認調査 I地区出土
「郡」と記す墨書土器
奈良~平安時代
郡関連の墨書土器には、単純に「郡」1 文字のほかに「郡殿」「郡殿新」「郡佐」と記すものがある。「郡佐」につい
ては、郡の次官(少領)を表す可能性もあろう。平成 4~5 年度確認調査 H・I 地区出土
「大家驛」と記された土器
平安時代
『大家駅』(おおやけのうまや)は古代の北陸道上に設置された駅(うまや)のひとつであり、駅馬 5 疋が配備さ
れていた。本資料の出土より、八幡林遺跡の近くに『大家駅』が設置されていた可能性が強まった。
平成 5 年度確認調査
I地区出土
陶 硯
奈良~平安時代
緑釉形象硯(鳥形?)・円面硯・風字硯の種類があり、須恵器有台坏や坏蓋を転用した「転用硯」も多い。これら
陶硯の多量出土は、「刀筆の吏」が集う官衙(役所)の実態を如実に表している。
平成 4~5 年度確認調査
H・I 地区出土
帯飾り・太刀外装具
奈良~平安時代
帯飾りは、官人達が締めた皮製ベルトに付属するもので、銅製のものと石で作られた石帯が出土した。大きさ
の違いで官人の官位を表すとされ、黒漆塗りの大型品は大領級官人が佩用したものであろうか。太刀外装具
は『帯執足金物』と分類されるもので、やはり銅製・黒漆塗り。類似資料としては、正倉院伝存の『黒作太刀』の
足金物があげられよう。平成 4~5 年度確認調査 H・I地区出土
漆塗り用具
平安時代
八幡林遺跡内部では、漆器・木製品などの手工業生産が行なわれており、それらの未製品とともに漆容器・刷
毛・ヘラ・漆紙といった漆塗り用具一式が出土している。平成 5 年度確認調査 I地区出土