久保田美和

生き生きと造形活動に取り組む子どもの育成
~表現活動の中に鑑賞を取り入れた単元構成の工夫~
千葉市立貝塚中学校
教諭
久保田
美和
「絵は苦手な人?」初めて美術の授業で聞いてみると、多くの子どもたちが手をあげる。その理
由のひとつに、思うように描けないからと答える子どもは多い。思春期になり、客観的に自分の作
品を見つめ、表現の仕方に戸惑いを持ち始めた子どもたちに、造形活動の楽しさを再び気づかせた
いと考えた。新題材を開発し、鑑賞を表現活動の中に取り入れ、友達と考えを交流させることで、
子どもたちは豊かに発想し、美しいものを仕上げていく楽しさを味わうことができた。
1
主題設定の理由
・美術作品の鑑賞で感じ取ったことや考えたこ
表現することに喜びを見出していた子どもが、
とをもとに、発想をふくらませ、表現にいか
年齢が上がるにつれ苦手意識を持つ傾向がある。
思うように描けない、色をつけると失敗してし
す力。
・互いの作品を鑑賞することで、創造的な表現
まうのが理由と答えている子どもは多い。
の工夫を感じ取る力。
このことについて新井 哲夫は、「思春期の子
・表現を通して、美術文化に対する関心を高め、
どもが、幼児期から小学校低学年にかけて盛ん
よさや美しさを味わう力。
に用いた描画の表現を、客観的に見つめること
表現に鑑賞を効果的に取り入れることで、子
ができるようになった発達段階に起因する。」と
どもたちが美術作品のよさや美しさを感じ取り、
指摘している。子どもたちは表現することが嫌
幼児期にかわる創造的な表現の工夫をする姿を
いになったわけではないだろう。幼児期にかわ
目指したい。
る表現方法が見つかれば、集中して制作にとり
2
研究目標
組んでいけるものと考えた。中学生がデザイン
子どもが生き生きと造形活動に取り組むため
や工芸を好む傾向にあるのは、新たな素材を扱
に、鑑賞を表現活動の中に効果的に取り入れる
うなどの表現の方法に魅力があるからであろう。
ことで、自分なりの判断や表現の広がりにつな
心も体も大きく成長するこの時期に、自分自身
がる過程を明らかにする。
を見つめ直し、表現する時間をもつことは、美
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術科の果たす役割の一つだと考える。
(1) 表現活動の中に鑑賞を効果的に組み込
研究の見通し
本研究では、表現の可能性を探る方法として
んだ単元構成の工夫により、子どもは自分
表現の中に鑑賞を取り入れる。本研究で扱う鑑
自身の表現の見通しができ、自分の力で制
賞は、名画のみではない。身近な先輩の作品を
作しようとする意欲を育てることができる
鑑賞することで、制作の見通しを持たせ、また、
だろう。
友達の作品を鑑賞することで、新たな意欲や技
(2) 友達と自分たちの作品を鑑賞し合い、意
法を学ばせようと考える。表現と鑑賞の相互の
見を交流することで、意図に応じた材料や
関連を図り、以下の3点に関する子どもの力の
用具の生かし方などを考え、工夫した表現
変容を期待している。
をすることができるだろう。
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4
研究の内容
本研究では2つの題材を実践し検証する。
自作新題材による第1次研究
題材名「全員全身壁画」全2時間扱い
(1)題材について
(1年生での実践)
③自分らしい色で着色する。
本題材は「体育館に1年4組の壁画をつく
ろう」という呼びかけから始まる。子どもた
友達と考えを交流しあう
ちはロール紙に寝そべり、自分らしいポーズ
「何色が私らしいかな・・・。」
をとる。互いのポーズしている形を取り合い、
「私は元気な自分と、悲しい気持ちを入れよう
全員の形が定まってから、絵の具で着色して
と思うの。だから、オレンジと青。青を多め
いく。体育館という場所や広い画面、互いの
にしようかな。」
作品から発想したり、考えたりして新たな工
「2色という方法もあるんだね。」
夫を加える造形活動である。
(2)制作と単元構成の工夫
鑑賞→発想を呼び起こす→制作→鑑賞→制作
という流れを繰り返す制作過程の実践
①先輩の作品を鑑賞する
鑑賞を効果的に組み込む
体育館に集まった子どもたちは大きな画面
④2階から作品を友達と見つめ、全体の中で自
を前にし、わくわくする子ども、とまどう表
分に気づく。友人のさまざまな表現に目をむ
け、新たな発想を浮かべる。
情の子どもがいる。展示し
てある先輩の作品をみつめ、
鑑賞を効果的に組み込む
本時の自分の活動が見える
自分の作品を見つめ直す
子も多い。
友達と考えを交流しあう
(子どものつぶやき)
「私の作品、結構、目立つ。」
「おもしろいね。」
「Aちゃんの雰囲気があるよ。」
「どうなるのか、心配だ
「いろいろなポーズがあるね。色もグラデーシ
ョンや、自分だけの工夫する人も多いよね。」
ったけど、こういう作品ができあがるのか。
「私、もう少し色の変化をつけようかな。」
これなら、できそう・・・。」
「そのほうがかっこいいかもね。私も何か足り
②友達と互いの形をとりあう。
ない感じがする。工夫しようかな。」
友達と考えを交流しあう
二人一組になり、互いの型をとりあう。
(子どものつぶやき)
「伸び伸びした感じにしたいな。」
「いい感じ。ねえ、仲がいいから、私たち手と
手をくっつけてみない。」
「自分らしい形にしたいよね。」
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られている。子ども同士の交流の場を計画的に
⑤自分の思いや工夫を発表する
鑑賞を効果的に組み込む
作ることで新たな表現の広がりが認められた。
「自分の中にある明るい部分と、暗い部分を
表 1 の④の最後の鑑賞でも意欲の高まりが見
色の変化を使って表現しました。出来上がっ
られた。仕上がった作品は、形や色にこだわり
た作品を下から見ているのと、上から見るの
がある。全体を見て、
「一人一人の個性が集まっ
では全然違います。みんなの色と自分の色が
て1年4組だ」と視覚から感じることができた。
響き合っているみたいです。」
この制作を通して、子どもたちは、友達と楽
(3)考察
しく制作する経験ができた。また、鑑賞を通し
表1は、制作過程においてどの時に最も意欲
て、互いのよさを認め合う姿勢ができてきてい
が高まったかを調べた結果である。4 尺度法に
ることが、個々の発言から推察できる。
より、
「とても・やや高まった」とした生徒の割
合を示している。
表1(36名)
自作新題材による第2次研究
①先輩の作品を鑑賞した時
55%
題材名「心の形」全12時間扱い
②2階から作品をみた時
75%
(1)題材について
③友達と意見を出し合った時
85%
中学生はさまざまな悩みを抱えている年代で
④仕上がった作品をみた時
65%
ある。進路、友人関係等。そのような子どもた
(2年生での実践)
まず、表1の①では先輩の作品を鑑賞した時
ちに現在の自分の心の形を表現させる。自画像
から、体育館という場や広い画面に子どもたち
を描くなど心情に迫る方法は考えられるが、こ
が興味を持ったこともあり、意欲的な制作であ
こでは、描く力の差なども踏まえ、抽象的に表
ることがわかる。先輩の作品を鑑賞することで、
現させる。アイデアスケッチを描く段階で、い
制作の流れの見通しがもて、安心感をもって制
かに形が作れるかが制作のポイントとなる。素
作できたことがわかった。
材はシナベニヤ板を用いる。制作意図に応じて
着色、貼り付けなどをしていく。
次に、表 1 の②では2階から作品を鑑賞する
時間を設けた後、自由に鑑賞しに行くことで、
(2)制作と単元構成の工夫
2時間の制作の中で、鑑賞→発想を呼び起こす
鑑賞→発想を呼び起こす→制作→鑑賞→制作と
→制作→鑑賞→制作という流れを子どもたちは
いう流れを繰り返す制作過程の実践
繰り返した。このことにより、全体の中の自分
①地域の作家の「心の形」という作品を鑑賞し、
題名をつける。
を見つめ直し、自分らしい作品にしようという
鑑賞を効果的に組み込む
意識が高まった。
表1の③の友達と意見を出しあった時が最も
抽象的な作品をじっくり見たことのある子
意欲の高まりがみられた。特に、美術の授業に
どもは少ない。見つめるために作品の題名を
対して苦手意識の強い子どもを抽出して結果を
つけさせ、作品解説を書かせた。
分析すると、その傾向は顕著である。
題名
「一筋の希望」
鑑賞を通して、「色のよさをほめられた」「新
様々な四角は、人々の希望を表現していま
たな発想が浮かんだ」
「悩んでいたところにアド
す。背景の黒は現実です。希望は、かなわな
バイスをしてくれた」など、考えを交流したこ
い時もあります。でも、このきらきらした光
とが意欲の高まりにつながっている。制作中に
があれば力が湧いてきそうです。
教師が子どもと作品に対して交わせる会話は限
-5-
題名がつけられた生徒
学級の96%
作品解説が書けた生徒
学級の76%
(制作中の C 女の作品)
② 先輩の作品例を鑑賞し、自身の心の形を描
いてみる。
鑑賞を効果的に組み込む
心情が切々とつづってある文章と作品であ
る。その鑑賞により、子どもたちは表現方法
を理解し、黙々と制作に取り組んだ。
「私は左上にある歯車で
(A男の作品)
す。他の歯車は私の友
「太陽に向かって走っていく私をイメージして
達です。なぜ、歯車に
るの。でも、この黒いのは、自分の中にある負
したかというと、たっ
けそうになる気持ち。黄色とオレンジの円は希
た一人の歯がとがった
望を意味しているの。」(C女)
り、かけたりするだけ
④ 互いの作品を鑑賞しあう時間を設け、意見
で、みんな動かなくな
交換する。
鑑賞を効果的に組み込む
友達と考えを交流しあう
ってしまうからです。
友達との関係も歯車を
狂わすのは簡単、でも
直すのは難しいです。」(A男)
③ 糸のこで形を切断し、自分らしい色で着色
する。
この段階になると子どもたちはひたすら自
分の世界にのめりこんだ。以下は、生徒の作
「こういうような組み合わせもいいよ。」
品と文章の一例である。
「アイデアスケッチとは違うけど、こっちの
(制作途中のB男の作品)
ほうがいいかも・・・。」
「このざらざら、どうしたの?すごい。」
「砂とジェッソを混ぜたの。簡単だよ。」
互いの作品を見合うことで、新たな発想が浮
かんだ。
⑤ 制作終了後、全員の作品を並べ、互いの制
作の良い所を認めあう作品鑑賞会を行った。
鑑賞を効果的に組み込む
友達と考えを交流しあう
認めあう鑑賞なので、自身の作品に対して、
「今の心は白と黒だけ。優しさと苛立ちが混ざ
り合っている。このプラスチックをはると、立
満足感を持って作品を終了させることが目的
体感が出てくるでしょ。自分の心の形が、はっ
である。子どもたちは、友達の作品解説を読
きりと表せると思うんだ。」(B男)
みながら、熱心に感想を書き込むことができ
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た。その結果、学級全員が鑑賞ノートに10
板をはり合わせる時に苦労していたけど、立
人以上の友達の作品について感想を書いてい
体感がでたね。いい感じだよ。」(G女)
た。以下、D男の例である。
友達からの感想をD男は真剣に読んでいた。
(D男の作品)
次の作品からは以前より集中力が高まり、より
自分らしい作品を目指すようになった。
⑥ フランク・ステラの作品を鑑賞する。
鑑賞を効果的に組み込む
作品を見た瞬間、「俺たちの作品と似てる。」
という声が上がった。
「色がきれい。何で色を塗
ったのかな。」
「私たちはこの作品をつくるのに、
これだけ大変だったのに、この大きさ。すご
い・・・。」
抽象作品を制作した経験をふまえて、作品を
題名
「心の鳥」
鑑賞することで、作品に対して抵抗感なく入り
込むことができた。
(作品解説)白と黒を使って自分の中にあ
(3)考察
る善と悪を表現した。悪に向かっていきや
すい自分の気持ち、善に向かわなくてはい
表2は、制作過程において、どの時に最も意
けない気持ちを羽のようなものに表した。
欲が高まったかを調べた結果である。4 尺度法
月は夢、砂や貝は幼い頃の自分、小さいタ
により、
「とても・やや高まった」とした生徒の
イルは自分の周りの人々。どう飛ぶかは自
割合を示している。
分がこれから、決めていくのかもしれない。
D男は、はじめの段階で木を切断するのに失
表2(36名)
①地域の作家の作品鑑賞
12%
②先輩の作品例の鑑賞
42%
③制作途中での意見交換
52%
敗し、やる気をなくした。しかし、友達が砂と
表2の③から、1次研究と同様に、友達との
ジェッソを混ぜ、貝を使う姿から、幼い頃の思
意見交換の時に最も意欲の高まりが見られた。
い出をつくろうという発想が浮かんだ。失敗し
意見交換では、表したい気持ちを友達に話し、
てしまった自分の木と、教室内にある廃材コー
形の組み合わせを共に考える姿や、色の工夫や
ナーの木を組み合わせた。その色や形を友人に
技法などを聞き合う姿がみられた。
認められ、それからは一気に作品を仕上げてい
表2の②は、本題材の制作のポイントになる
った。
アイデアスケッチの段階である。アイデアスケ
(D男の作品に対する友達の感想)
ッチで発想が浮かばないと作品の見通しがたた
「色がきれい。白と黒に分かれた羽の形が、
ない。先輩の作品例は、文章に共感する面など
善と悪に向かう両方の気持ちをよく表してい
もあり、苦手意識の強い子どもにとっては、発
ると思う。」
想が浮かびやすい傾向が見られた。しかし、先
(E女)
「貝や砂、きらきらしたものが印象的。形や
輩の例から発想していく子どもが多いので、作
色がD男らしい。」
品が似通っていく面はみられた。また、自身の
(F男)
「自分の気持ちが作品に表れている。小さい
「心の形」は自分だけのものなので、他の作品
タイルは誰だか想像できるような・・・。
は関係ないと答える子どもが21%いた。
-7-
表2の①の地域の作家の作品鑑賞は、アイデ
鑑賞することによって、表現の見通しがもてる
アスケッチの段階では影響力が薄い。これは、
というがわかった。
アイデアスケッチの1週間前に鑑賞したことで、
制作途中での互いの作品鑑賞を組み込むこと
印象に残っている子どもが少ないことによる。
を通して、子どもたちは友人のがんばる姿、さ
しかし、着色の段階になると、地域の作家が使
まざまな技法を感じ取る。この経験が「何か工
っていた金・銀の粉・砂とジェッソの扱いなど
夫しよう」という意欲につながってきている。
を思い出し、自身の作品に取り入れたいと申し
この意欲をもとに、意図に応じた新たな工夫を
出る子どもが出てきた。友達がさまざまな材料
加えた制作が再開する。互いの途中経過を鑑賞
で制作する姿から、新たな発想が湧き自分も取
し、再び工夫を加える。このように一つの作品
り組んでみたいという思いにつながっていった。
が完成するまでに鑑賞→発想を呼び起こす→制
子どもたちは、制作しながら、互いに影響しあ
作→鑑賞という流れを繰り返した。その中で、
っていることがわかった。
友人との意見交流が、1次研究、2次研究共に
より自分らしい作品をつくりだしたいという
最も大きな影響を与えていることがわかった。
意欲から、かつて鑑賞した地域の作家の作品を
特に、苦手意識をもつ子どもにとって、
「色のよ
思い起こし、友人の作品を真剣に見る気持ちや
さをほめられた」「アドバイスをくれた」など、
自分なりの工夫へとつながっていく過程がある
効果は大きい。友人との意見交流は2次研究の
ことがわかった。
自身の内面をもとに意見交流する題材において
も、1年生の経験がいかされ、恥ずかしがるこ
制作終了後に、互いの制作の良い所を認め合
となく、アドバイスし合う姿が見られた。
う鑑賞会を通して、子どもたちは満足感を持っ
て作品を終了させることができた。さらに、D
作品完成後に、互いの作品を認め合う鑑賞と、
男のように、作品を仕上げ認められた経験が次
同じ表現形式を持つ作家の作品の鑑賞を行った。
の作品への意欲につながることが、その後の授
制作以前は抽象作品に対して抵抗があった子ど
業への取り組みから推察できる。
もも、この段階で色や形の美しさを見つけ出す
5
ようになったことが発表やノートから読み取れ
成果
る。制作した経験が鑑賞できる力を育ててきた
2年間にわたる実践である。1次研究を1年
生、2次研究を2年生でおこなった。この生徒
と推察できる。
たちは現在3年生になっている。
6
今後の課題
「鑑賞による意欲の高まり」を分析すると表
子どもが自分の表現意図に合う表現形式や
現活動に先輩の作品の鑑賞を組み込んだことで
技法を選択し、表現できるためには、的確なス
1次研究、2次研究共に意欲が高まったと答え
ケッチの技能を高めることが必要になってく
ている。特にアイデアスケッチの段階では先輩
る。しかし、思ったとおりに描けない子どもは
の作品の影響は大きい。その理由に「がんばれ
多い。今後は、技能に差がつくスケッチに子ど
ば自分もできそうだ」と答えている。年齢が近
もが楽しんで取り組めるよう、鑑賞を効果的に
く、身近な先輩の作品を見ることは、子どもに
組み込んだ単元構成を工夫していきたい。
とって「がんばろう」という意欲につながるこ
〈参考文献〉
とが推察できる。また、苦手意識の強い子ども
「図画工作・美術科における鑑賞授業モデル
にとって、どう表現していいかがわからず、時
及びプログラムの開発に関する研究」
間が過ぎていくことが多い中で、先輩の作品を
研究代表者
-8-
新井
哲夫(群馬大学)