進化する設備診断技術の世界的潮流

設備診断
Part1 設備診断技術はここまで進んでいる!
進化する設備診断技術の世界的潮流
豊田利夫
(日本診断工学研究所所長、工学博士)
Part2 即! 現場で役立つ設備診断事例
企業における設備診断技術の位置付けと役割
岡本渉
(トヨタ自動車)
電力診断による故障予知技術の確立
日野功司、岡本渉
(トヨタ自動車)
設備動作の見える化ツール
「サイクルモニター」
の活用
鈴木利斉、斉藤洋明、伊藤裕章
(トヨタ自動車)
鍛造機の設備診断・監視技術による予知保全化
宮下誠、横山勇治、大林邦夫
(トヨタ自動車)
穴加工における設備診断事例
犬飼康宏
(愛知機械工業)
設備診断
特集̶理論と現場をつなぐ設備診断技術
Part1
設備診断技術は
ここまで進んでいる!
進化する設備診断技術の
世界的潮流
豊田利夫
日本診断工学研究所所長
工学博士
企業資産の最適管理ソリューションとしての設備管理技術という世界的な潮流̶̶その中核をなす設備診断技術。
特集 Part1 では、設備診断技術を主人公とした、この世界的な潮流をとらえる。
とともに、ISO 規格化と ISO 設備診断技術士の
IT 時代の到来は、従来の設備管理
(PE)関連
創設が進められている。日本では、日本機械学
技術を新しい姿に進化させた。すでに、その姿
会によって 2004 年 4 月から
「ISO 設備診断技
は企業資産の最適管理ソリューションとしてと
術士」
の資格認定が開始される。
らえられるべきものである。
それでは、最新の研究動向を踏まえながら、
具体的には、保全管理技術が企業資産管
設備診断の最新動向を見ていこう。
理
“EAM”
(Enterprise Asset Management)に 進
化し、予知保全システムがプラント資産管理
“PAM”
(Plant Asset Management)
に進化してき
1.
新時代の保全戦略 PRM の登場
ている。中でも、設備診断技術
(CDT)
は、その
読 者 は、 プ ロ ア ク テ ィ ブ 保 全
“PRM”
重要性と有効性が保全現場で再認識され、遠隔
という言葉を、耳にし
監視と遠隔診断
(合わせて E-MONITOR という) (Proactive Maintenance)
たことがあるだろうか? それは、オクラホマ
という IT 時代の装いをもって再登場している。
州立大学の E.C.Fitch 教授が 1990 年代の初め
また、設備診断技術の一般化・普遍化が進む
設備管理関連技術の進化 1)、2)
従来、設備管理
(Plant Engineering:PE)
の機能は、
「建設管理」
と
「保全管理」
でとらえられてきた。これに、システ
ム最適化理論、企業資源情報、経営情報を付加したシステムが最新のソリュ­ション技術として企業資源計画システム
ERP
(Enterprise Resource Planning)
と呼ばれるようになった。単なる設備の建設管理、保全管理だけではなく、企業
の有する資源を最適活用するためのソリューション ERP へと進化しつつある。
一方、従来、保全管理システム CMMS(Computerized Maintenance Management System)
と呼ばれていたシス
テムは、
操業生産情報も考慮して企業資産の最適化を図るシステムへと進化し、
企業資産管理システム EAM(Enterprise
Asset Management)
と呼ばれるようになった。最近は、さらにこれをシステム化したものが、総合資産管理システム
TEAM(Total Enterprise Asset Management)
と呼ばれている。
また、保全部門に期待される機能が拡大してきている。従来のように、単に
「故障を予防する」
だけではなく、あらゆ
る専門部門と協力して
「資産の生涯に設備オーナーが受け取る投資回収率
(ROA:Return on Asset)
を最大にする」
こと
を求められるようになった。このためのソリューションは、協業資産生涯管理 CALM(Collaborative Asset Lifecycle
Management)
と呼ばれている。
14
Plant Engineer Mar.2003
設備診断
Part1̶設備診断技術はここまで進んでいる!
に提唱した新しい保全戦略である。
すなわち、保全部門の主機能とは
「劣化に反
応して
(Reactive)
修復することではなく、事前
に劣化の原因を取り除くこと
(Proactive)であ
る」
という理念に基づく。従来の予防保全
(PM)
は、故障を予防するために、それを予測して保
全を実施する。しかし、PRM では設備診断技
術を用いて、劣化の原因系パラメータを監視診
断し、故障原因を
“事前に除去”
しようとする。
このような意味で、PRM を劣化防止型保全
(Failure Proactive)と呼び、従来の予防保全を
劣化反応型保全
(Failure Reactive)
と呼ぶ。
PRM では、修正アクション
(Corrective Action)
のターゲットを故障の兆候
(Failure Symptoms)
で は な く、 故 障 の 根 本 原 因
(Failure Root
Causes)の排除に置く。したがって、その基本
フィロソフィーは劣化原因排除による機械の寿
命延長活動である。
■米国が日本から学んで生み出した PRM ■
Fitch 教授によると、PRM の基本は日本から
学んだとされる。
① TPM における整理整頓などの 5S 活動
② 新日本製鉄・名古屋製鉄所が、油圧系統の
汚染管理プログラムによりポンプの取替え
頻度を 5 分の 1 に削減した事例
③ 川崎製鉄が、油圧系統の汚染管理を強化し
て、97%のシステム故障を削減した事例
これらが参考になったそうである。
2.
設備診断技術のISO規格化 2)
今、設備診断が国際的に熱い注目を集めてい
る。それは、生産プラントの機械設備のためと
いう概念を大きく超えているのだ。
上下水道施設、橋やトンネルなどのインフラ
施設、ビルディングなどの構造建築物など、あ
らゆる施設の最適管理にとって
“必須の基本技
術”
と見なされるようになり、世界共通の基準
が必要であると唱えられてきた。
この世界的な風潮を受けて、国際標準機
構 ISO(In t er n a t i on a l Or g a n i z a t i on f or
Standardization)で、その規格化が検討され
ている。
ISO 規格化の特徴は、単に診断法や診断機器
に対する規格化だけでなく、異常の修復方法や
診断技術者の資格検定を含むことである。
■日本の ISO 設備診断技術士への対応■
ISO 設備診断技術士は、2004 年 4 月から日
本機械学会により資格認定が開始される予定で
ある。そのための教育機関を認定する審査認証
PRM が実用化されている事例
現在、プロアクティブ保全 PRM が実用されているのは、主として油圧系統や潤滑系統である。導入のための第 1 ス
テップは、潤滑油、作動油、ギヤ油、トランスミッション液などの汚染管理プログラムの整備である。
プロアクティブ保全 PRM の導入は次の3ステップによる。
①第1ステップ:機械油系統の目標清浄レベル TCL
(Target Cleanness
事
象
︵
Level)
の設定
劣
化
②第2ステップ:目標清浄レベル TCL を実現するための、フィルター装
︶
原因除去型保全PRM
劣化反応型保全RAM
置と汚染除去装置の選定
③第3ステップ:設備診断技術による清浄レベルの監視診断
Proactive
(Re activ
原因系診断
劣化系診断
右図は、プロアクティブ保全 PRM と設備診断技術の関係を示す。す
時間
なわち PRM においては、設備診断技術を用いて、故障や劣化の兆候で
はなく、その原因系パラメータを監視する。
設備診断技術 CDT
ここでいう原因系パラメータとは、潤滑油中の水分、高圧空気の汚染
粒子など機械の劣化の原因となる要素を意味している。
Plant Engineer Mar.2003
15
設備診断
特集̶理論と現場をつなぐ設備診断技術
は、2003 年度から始まる。
また、資格認定は、初年度は第 1 種、第 2
種から試験が開始される。日本の場合、第 1
種は機械保全技能士の設備診断系の資格を有す
る人は、無条件で認定されることになっている。
生産現場で培ってきた技術を、さまざまな分
3.
設備診断技術の動向2)
ISO 設備診断技術士の資格検定体制
ISO 設備診断技術士の資格検定の内容は、バラン
シングや心出し技術、予測技術など設備保全に関わ
る中核技術を含む。このことから、日本においても
検定機関、教育訓練機関、訓練用テキスト出版機関
などの整備が急がれるといえる。
ISO 規格化が検討されている分野(2001 年 4 月時点)
① 振動診断
(vibration)
② 油分析診断
(lubricant analysis)
③ 心出し診断
(alignment)
④ バランシング診断
(balancing)
⑤ 予測法
(prognosis)
⑥ 赤外線サーモグラフィ診断
(infrared thermography)
⑦ 電動機電流診断
(electrical current analysis)
⑧ 性能診断技術
(performance analysis)
⑨ AE 信号診断
(acoustic emission)
ISO 設備診断技術士の範囲
① 第 1 種振動診断士
(Category1)
1 チャンネルの振動測定機器を扱う資格。センサー選択、
分析、測定結果には責任がない
② 第 2 種振動診断士
(Category2)
1 チャンネルの振動測定機器を使って、機械振動の基本的
な測定と分析ができる
③ 第 3 種振動診断士
(Category3)
確立し認識された手順に従って、機械振動測定と振動分析
の実行および指示ができる
④ 第 4 種振動診断士
(Category 4)
すべてのタイプの機械振動測定と振動分析の実行および指
示ができる
ISO 設備診断技術士の資格検定体制
ISO
STANDARD
国際認証機関
(AccreditationBodies)
ISO国家委員会
(AdvisoryCommittee)
国家認証機関
教育訓練機関
ベンダ−
(VENDOR)
非営利団体
(NON-PROFIT-ORG)
独立機関
(INDEPENDENT)
振動診断
(VIBRATION)
油分析診断
(OILANALYSIS)
熱画像診断
(THERMOGRAPHY)
検定試験実施機関
非営利団体
(NON-PROFIT-ORG)
16
ベンダ−
(VENDOR)
野で生かすべき時代に来ていることを強く認識
すべきである。ことに、インフラなどが建設投
資の時代を終え、メンテナンスへの社会的な投
資が急激に拡大しつつあることを繰り返し指摘
しておきたい。
独立機関
(INDEPENDENT)
IT 時代が深化し、設備診断関連ソフトおよ
び機器製造者
(以下、CDT 関連ベンダーと呼ぶ)
や設備ユーザーの動向を見ると、下記のような
一般的傾向を指摘できる。
3̶1 診断機器・サービスのシステム化
設備診断関連ソフト、機器、サービス、教育
を総合した CDT 関連ベンダーが多数登場し、従
来の専門的な診断業者は小数派となりつつある。
米国の設備診断関連機器およびソリューショ
ンソフトベンダーの製品系列を参考に、最近の
診断技術業界の動きを見てみよう
(図表̶1)
。
図表̶1 のように最近の欧米の設備診断関係
の専門会社の事業内容を見ると、設備診断機
器やサービスの提供だけでなく、診断関連ソ
リューションの総合メーカーに成長しつつある
ことがわかる。
とくに注目すべき点は
① プラント資産管理システム
“PAM”が、最
図表̶1 欧米の設備診断企業の典型的な提供事業
● PAM ソフトウェア
(Plant Asset Management software)
● 振動解析
(vibration analysis)
● 無線監視
(wireless monitoring)
● 連続オンライン監視
(continuous online monitoring)
● 油分析
(oil analysis)
● 赤外線サ−モグラフィ
(infrared thermography)
● 電動機診断
(motor diagnosis)
● 非破壊検査
(non-destructive evaluation)
● 超音波検査
(ultrasonics)
● 機械のバランシングや心出しなどの修復技術(corrective tools
such as alignment and balancing)
● 顧客教育および訓練
● 関連専門研究会の主催
Plant Engineer Mar.2003
設備診断
Part1̶設備診断技術はここまで進んでいる!
重要事業項目として位置付けられているこ
と
② 振動診断から油分析、赤外線画像診断、非
破壊検査などすべての分野の診断技術およ
びサービスを包含すること
③ バランシングやアライメントなど修復技
術やサービスが、必須の事業項目となってい
ること
④ 顧客教育や訓練および関連研究会の主催
など、顧客サービスが重要な事業項目として
重視されていること
である。
日本の設備診断関連事業の振興にとって、大
いに参考とすべき点である。
3̶3 新しい制御系の診断方法̶ヒステリ
シスプロット法
設備診断技術の実用分野が、従来の石油化学
や鉄鋼業などのプロセス産業から、自動車産業
などの加工組立型産業に進展してきた。
加工組立型産業では、劣化故障の監視診断に
加えて、機械の制御性能や性能の監視診断がよ
り重視される。ところが、油圧制御系のように、
制御弁やピストンなど非線形要素を多く含む制
御系の診断は、従来の線形制御理論では正確な
診断ができない。
このようなとき、制御系の基準入力を単調に
上昇および下降させて制御量の描くヒステリシ
スを観測する手法が考案されている。制御系が
正常だとヒステリシスが少なく、異常が存在す
ると大きなヒステリシスを生じる。また、ヒス
テリシス曲線の形状により、異常の個所や種類
が推定できる。
事例として、大型ファン制御系の風量を基準
入力、ブレード角度を出力として、そのヒステ
リシスをプロットしたものを図表̶3 に示す。
3̶2 監視システムのワイヤレス化 3)
IT によって、設備監視用センサーも様相を
一変しつつある。たとえば、米国の Computer
Systems Inc. が開発したワイヤレス振動・温度
センサーは、高さ約 10cm、直径約 4cm の円
筒形で、小型・堅牢に設計されている。振動セ
ンサーとしては、約 20Hz から 10kHz の広帯
域で変位、速度、加速度の振動信号と温度の同
3̶4 振動解析による回転機械の診断
時計測が可能である。
従来から設備診断の中核技術といわれてき
これを用いた回転機械の監視システムの略図
た、振動解析による回転機械の診断もその様相
を、図表̶2 に示す。典型的な応用は現在のと
を変革しつつある。
ころ、
「接近困難な危険領域に存在
図表̶2 設備監視用ワイヤレス
図表̶3 大型ファンの制御系の
する回転機械」
「高所にあり、登るの
振動・温度センサー 3)
ヒステリシスプロットに
よる診断
にハシゴなどが必要なクーリングタ
ワー用回転機械」
「ロボット、クレー
y(t)
保護カバー
プレナーアンテナ
ン、工作機械などの移動機械もしく
RF シールド
制
正常のとき
御
O-リングシール
出
は移動部位」
などである。
力
リチウム電池
CPU/RF 装置
しかし、配線工事や配線ダクトが
異常のとき
不要である点を考慮すれば、今後こ
振動センサー
のようなワイヤレス設備監視システ
温度センサー
ゴム衝撃パッド
ムが急速に拡大していくものと予想
される。
O-リングシール
ベース
スタッド
Plant Engineer Mar.2003
制御入力
X(t)
17
設備診断
特集̶理論と現場をつなぐ設備診断技術
図表̶4 間歇動作・往復運動機械の診断
圧力波形
バ
ル
ブ
良
し
100
Lift
[%] 50
00
バ
ル
ブ
バ
ル
ブ
ゆ
る
み
バ
ル
ブ
損
傷
50
100
150
Crank angle [degree]
200
0
50
100
150
Crank angle [degree]
200
0
50
100
150
Crank angle [degree]
200
100
Lift
[%] 50
0
100
Lift
[%] 50
0
① 振動・温度センサーのワイヤレス化
欧米では無線方式の振動・温度の同時測定セ
ンサーが実用化されている。つまり、今後は設
備監視システムの取付け配線工事は不要となり
「ワイヤレス設備監視システム」
が主流となる。
② 多数の状態変数の同時監視
振動・温度だけでなく赤外線温度画像、潤滑
油中の金属粉監視など、多数の設備状態変数お
よび機械の性能パラメータである消費電力や効
率などを同時監視する。そして、多変量診断理
論により設備劣化を同定し、過酷度を推定する
方式が一般化しつつある。
③ 空間領域の情報の活用
従来は、回転機械の一定個所の振動を解析し
て機械の状態を推定していた。最近では、複数
個所で複数方向の振動を同時計測し、相互の振
動信号の相関関係により、微妙な異常の識別が
可能となりつつある。
かんけつ
3̶5 間歇動作・往復運動機械の診断技術
加工組立型産業においては、プレスやせん断
機などの間歇動作機械や加工機などの往復運動
機械が重要な機能を受け持つ。
このような間歇動作機械の診断では、以下の
ような特徴が現れる。
・単発圧力信号の形状が、バルブの劣化ととも
18
に特徴的な形状を呈する
(図表̶4)
・バルブ開閉で発生する振動波形が、機械の劣
化とともに微小変移または欠落する
こうした単発過度信号の微小変移を敏感にと
らえる必要があるが、古典的な振動解析法や電
流解析法では困難である。
そこで、情報理論を用いてこれらの間歇動作
機械の異常や性能を高精度で診断する手法が、
筆者のグループで開発された。
情報理論によると、図表̶4 の圧力信号のよ
うにバルブの状態変化による形状の特徴的な変
移を、定量的に情報量の単位
〔bit〕で計測する
ことが可能である。
3̶6 診断システムを内蔵したスマートマシ
ンの登場
重要機械に、当初から診断システムを組み込
んで
(Built-in)
内蔵した機械が増加している。こ
れをスマートマシンという。
すなわち、
CPUチッ
プを装置の制御系内に持ち、機械の
「性能効率
監視システム」
「劣化異常監視システム」
「表示装
置」
を内蔵した機械である。
最近の欧米の動向を中心に、保全管理と設備
診断技術の一端を紹介した。本稿が諸氏の業務
の一助になれば幸いである。
■参考文献
1)
ARC Advisory group.;EAM/CMMS Software and Service
Global Outlook、11/21/2000
2)
最近の予知保全システムについて:豊田利夫、2001 国
際メンテナンステクノショー
3)
Computational Systems Inc. website:http:
//www.compsys.com
4)
回転機械診断の進め方:豊田利夫、日本プラントメンテ
ナンス協会、1991
5)
AEMS: Advanced Energy Monitoring Systems 社 カ タ ロ
グ“Yatesmeter Pump Monitoring System”
6)
Predictive Maintenance by Performance Maintenance of
Plant:Ray Beebe、Monash University Gippsland School
of Engineering, Australia
7)Proactive Maintenance for Mechanical Systems:E.C.Fitch、
FES Inc.USA
Plant Engineer Mar.2003