胚の品質と受胎―発生を決定づける要因

International Embryo Transfer Society Meeting
(第 33 回国際胚移植学会年次大会)
メインテーマ
「胚の品質と受胎―発生を決定づける要因」
1 月 7 日(日)〜1 月 9 日(火)8:00〜17:00
メインホール
セッションⅠ―卵母細胞の品質
「卵母細胞の品質評価:形態学的、細胞生物学的、分子生物学的な予測」
Qing-Yuan Sun(State Key Laboratory of Reproductive Biology, 中国)
卵母細胞の品質が受精とその後の胎子発生に深く影響するという報告は、卵母細胞の発
生能を示す基準として多くの研究の対象となっている。ここでは、卵母細胞のクオリティ
を評価するのに使用できる評価基準とその解析法について述べる。この評価基準は、形態
学的、細胞生物学的、そして分子生物学的な評価に分類できる。卵母細胞のクオリティ評
価のための伝統的方法は、卵胞、顆粒層細胞―卵母細胞複合体、極体(PB)および有糸分裂
紡錘体の形態学的分類を基盤としている。卵母細胞のクオリティ評価の基準として、形態
学的な特性を使用することには議論はあるが、卵母細胞の高い発生能力を事前に予知する
ためには貴重な方法であり、胎子発生の効率を高めると考えられる。形態学的なパラメー
ターと比べると、細胞生物学的、分子生物学的な卵母細胞の品質評価は、より正確であり、
客観的なものである。いくつかのマーカーは、卵母細胞の品質とリンクし、卵母細胞の発
生能力の指標となるだろう。一方、卵胞細胞のアポトーシス、卵胞液あるいは血清中の成
長因子の濃度、卵丘細胞の遺伝子発現プロファイルなどのマーカーも、卵母細胞の能力と
胎子のクオリティに深く関与していると報告されている。
「家畜における卵母細胞の凍結保存の技術的改善と卵母細胞の品質」
Sergio Ledda (University of Sassari,、イタリア)
哺乳類の卵母細胞と胚の凍結保存技術は飛躍的な進歩を遂げたにも関わらず、この技術
の基盤となる分子生物学的、生化学的現象のほとんどが未解明のままである。近年、多く
の研究が、発生能力の高い卵母細胞の選別に焦点を当ててきている。最も好ましい条件下
で凍結融解されたとしても、通常の体外培養に用いている新鮮な卵母細胞と比べて、産子
生産は極めて限られている。低温障害や凍結保護物質の毒性は、凍結操作によって生じる
負の効果である。凍結保護効果を改善するため、様々な戦略が開発された。なかでも、凍
結容器の縮小、凍結・融解温度勾配の加速化、細胞の表面積/体積の割合の変更、様々な添
加物による凍結耐性の増強、卵母細胞膜の脂質成分の変更、などである。卵母細胞の凍結
保存にかかわる様々なストレスを軽減する新しい戦略を見出すことが、融解後の低生存率
の原因を理解するために重要である。われわれが、これらの点についての知識を得ること
ができれば、卵母細胞の凍結保存技術は、近い将来、十分信頼できる生殖工学技術となる
だろう。
セッションⅡ―初期胚発生
「母方由来転写産物:卵母細胞成熟と初期卵割における識別と評価」
Nam-Hyung Kim(Chungbuk National University、韓国)
卵母細胞と初期胚において、さまざまな形で制御を受けている遺伝子の同定と評価は、
卵成熟、受精、卵割、初期胚発生のメカニズムを理解するうえで重要である。RT-PCR を用
いたさまざまな遺伝子解析、リアルタイム RT-PCR を利用した遺伝子発現の定量化、マイ
クロアレイやコンピューターを用いたデータ解析は、哺乳類の卵母細胞の母方由来遺伝子
を同定するのに大いに利用された。さらに、これまでの遺伝子ノックアウト法や RNA 干渉
を利用した技術は、母方由来遺伝子の特異的な機能を解明するために利用されてきた。哺
乳類における母方由来遺伝子の活性を調節するメカニズムは、現在研究が進められている。
ここから得られる知見は、体外成熟、体外培養、核移植および不妊治療現場での体外受精
など、多くの動物バイオテクノロジーの中で応用されるだろう。本講演では、卵母細胞の
成熟、受精、初期細胞分裂過程における、母方由来転写産物の同定と機能解析に焦点をあ
てる。
「家畜初期胚における遺伝子発現の時間的・空間的制御」
Tiziana A.L. Brevini(Instituto Anatomia Animal Domestic、イタリア)
卵母細胞由来の mRNA およびタンパク質から、胚由来の新規の mRNA 合成あるいはタ
ンパク質合成への段階的な移行は、受精直後の初期胚発生を特徴付けている。母性由来の
mRNA とタンパク質は、卵巣内卵子の成長過程で卵母細胞内に蓄積される。本講演では、
家畜において、受精後の卵子の活性化、卵母細胞由来の mRNA およびタンパク質の利用と
分解、胚由来の新たな物質合成の準備に向けたいくつかの制御機構について言及する。特
に、3’非翻訳領域と、この領域が 5’キャップ末端と相互作用することによって制御される遺
伝子発現に関するものである。RNA の分別と局在化は、当初、様々な細胞や下等な生物の
卵において示されていたものであるが、特にここでは、ブタ初期発生制御においてそれら
が果たしうる役割について述べたい。最後に、ウシの胚性転写に関与する特定の遺伝子に
ついても述べる。胚由来の転写活性を誘導するいくつかの異なったメカニズムが、どのよ
うに統合し、胚発生を正しく開始してゆくのかに関して考察したい。
セッションⅢ―発生や成長のおよぼす長期的な影響
「胚の培養環境とその長期的な影響」
Jeremy G. Thompson(The University of Adelaid、オーストラリア)
哺乳類の胚培養に使用される条件が、胎子や産子のその後の発生、特に体の成長やおそ
らく精神的な発育などに様々な影響を及ぼすということは、今や当然起こりうることとし
て考えられている。これは、周囲の環境に対する細胞の順応的反応であると思われる。発
生段階にある胎子が示す、この環境への順応反応は、「胚性プログラミング」というより広
い概念として考えることができる。本講演では、異なる環境下で培養後に胚に現れる変化
について、最近の我々の研究室での成果について述べる。培養環境の変化は、体外では胚
盤胞期へ初期発生に影響を及ぼすことはないが、移植後の妊娠成立やその後の発生に影響
を及ぼす。特に、特定の環境ストレスにより引き起こされる、胚の細胞内ストレスとの関
係について詳細に考察する。さらに、胚発生初期のエネルギー産生とその後の胚発生につ
いて、それがどのようなメカニズムによって構築されているのかについて述べる。
「胚と胎子の栄養代謝プログラムの長期的な影響:そのメカニズムとキーポイント」
Michael E. Symonds(Queen’s Medical Center、イギリス)
母体の栄養および代謝環境は、家畜生産ばかりでなく胎児の長期的な生存性を維持する
上で極めて重要である。このようなタイプの影響を調節する1つの重要な要因は、母体か
ら胎仔へのグルコースの供給である。母体から胎仔に対するグルコースの適切な供給とそ
の均衡性を維持することは、胚、胎盤、胎仔が正常に成長する上で要となっている。母体
における血漿グルコースの増減は、それ単独もしくは他の様々な栄養素と関連することに
より、産仔に対して広範なリスクを負わせる結果を招くかもしれない。ヒツジのような大
型動物は、母体―胎仔間の栄養学的な研究においてヒトの有効なモデルとなりうる。とい
うのも、こうした動物の胎児発生、出産数や出産時の生育度、栄養学的操作に対する影響
が、ヒトに類似しているからである。本講演では、大型動物の特定の妊娠時期における母
体への栄養学的操作の影響について考察する。
セッション IV−着床と妊娠
「家畜反芻動物における妊娠の認知と着床:プロジェステロン、インターフェロン
および内在性レトロウイルスの役割」
Thomas E. Spencer(Texas A & M University、アメリカ)
ヒツジにおける妊娠検知、胎子―胎盤の発生と着床について、プロジェステロン、イン
ターフェロンおよび内在性レトロウイルスによる制御という観点から得られた新しい知見
に関して紹介する。黄体形成後、プロジェステロンは子宮内膜に作用し、胚盤胞期胚の成
長と胚―胚体外膜の伸張を促進する。Jaagsiekteヒツジレトロウイルスと関連のある内在
性レトロウイルスの外被(enJSRVs)は、栄養膜細胞の増殖と巨大二核細胞への分化を内因的
に制御している。伸張しつつあるヒツジ受胎産物内の単核の栄養膜細胞は、インターフェ
ロンタウ(IFNT)を分泌し、子宮内膜に働きかけて黄体退行機構の生成を抑制する。管腔、
腺性上皮におけるプロジェステロンレセプター(PGR)の発現低下は、栄養膜の増殖と接
着を制御していると考えられている分泌性ガレクチン15(LGALS15)および分泌性リン酸
化タンパク1(SPP1)の誘導時期と時間的に一致する。IFNTは子宮内膜管腔上皮に作用
し、WNT7Aを誘導することで、受胎産物の増殖と着床制御の候補因子であるLGALS15、
カセプシンL(CTSL)およびシスタチンC(CST3)の分泌を促進する。母体側の妊娠の検
知と着床に関与する可能性のある因子の数は増えつづけており、その過程で鍵となる分子
やシグナル伝達経路の複雑を考えると、現在我々が限られた認識しか持ち合わせていない
ことを示している。
「ウシにおける遺伝子発現と妊娠の維持:二核栄養膜細胞特異的分子群の
妊娠における役割」
Kazuyoshi Hashizume(Iwate University、日本)
多様な分子が着床および妊娠における子宮内膜機能の維持に関与している。マイクロア
レイのような分子生物学的技術の進歩は、胎子と母体間における複雑な対話を明らかにす
ることが可能になる。マイクロアレイは発現解析において、同時に解析可能な遺伝子の発
現水準を変化させることが可能であるからである。細胞間の相互作用は、胎盤形成の制御
やステージ特異的な発生シグナルを胎子―母体間で交換することに重要な役割を担ってい
る。そうした相互作用は、正常な胎子の成長、妊娠に対する母体の適応および分娩の制御
に最も重要なものである。しかし、ウシにおける胎盤形成や妊娠の維持の制御機構に関し
てはほとんど知られていない。反芻動物において、二核栄養膜細胞は妊娠の成立と維持に
重要な、胎子―母体間における構造的および分泌的な機能に中心的な役割を果たしている。
我々は、ウシの胎盤葉および宮阜において網羅的な遺伝子発現解析を行い、特定RNA転写
産物の発現量の違いを同定した。さらに、マイクロアレイ解析により、主に二核栄養膜細
胞に局在する興味深い妊娠特異的遺伝子(胎盤性ラクト―ゲン、プロラクチン関連タンパ
ク質、妊娠関連糖タンパク質)のmRNA量の相互関係を、妊娠期にわたって調査した。我々
の結果は、高度に体系づけられた二核栄養膜細胞からの転写の指令が、ウシの妊娠成立と
維持において重要であることを示唆している。
セッションⅤ−精子
家畜の精子評価における技術
Heriberto Rodriguez-Martinez(Faculty of Veterinary Medicine SUAS、スウェーデン)
体外で精子の構造及び機能を評価する技術は、過去10年間で劇的に改善された。しかし、
1本取り出した精液のサンプル、あるいは一部の家畜ブリーダーで選別された精液から、そ
の雄の繁殖能力を評価することは簡単ではない。繁殖能力の評価には、精液中には実に多
様な受精能力もった精子が含まれるという事実に加え、例えば精子としての性質、強さ、
外部での品質評価、受胎記録などの様々な要素が影響する。そのような細胞としての不均
一性は、運動能力などの受精に必要な特性だけでなく、精子の受精能力の保持期間あるい
は精子の選別や刺激に対する耐性など様々な要因からなっている。これらすべてが、種雄、
射精精液、凍結精液のドーズの間で見られる繁殖能力のバリエーションの原因となってい
る。受精能力を十分にもった精子を準備するのに必要な条件や濃度が決定できれば、繁殖
能力のよりよい評価基準となりうる。本講演では、これらの分析結果について議論する。
精子と雌生殖器官との相互作用:先端繁殖技術を再考する
Susan Suarez(Cornell University、アメリカ)
生体内では、人工授精(AI)、体外受精(IVF)、顕微授精(ICSI)に用いられる精子と
は異なる方法で、受精のための準備が行われる。つまり、そこには精子と雌生殖器官の相
互作用がある。AI、IVF、ICSIの技術では、精子は精漿からゆっくりと希釈されるのに対し
て、自然交配では、子宮頸部の粘液に入ると、牛精液は精漿から急速に除かれる。精子の
子宮―卵管の接合部の通過は、精子表面のタンパク質と接合部との相互作用を促し、精子
と卵管の両者に生理的な変化を誘導する。卵管では、皮膜への精液の結合によって、精子
を安定化し、体外よりも長い間生存することを可能にする。排卵時には、卵管の何らかの
因子が、精子の受精能獲得と精子の活性化運動を誘導する。受精能獲得と活性化運動は、
体外でも誘導することは可能であるが、そこで作用している誘導因子は、生体内における
ものより効果が弱い。このため、体外で卵母細胞を受精させるために何千もの精子を使用
する必要がある。生体内では、化学的因子が精子を卵子まで誘導するが、体外では、受精
が精子と卵子とのランダムな会合に依存している。
セッションⅥ−基調講演
哺乳類の胚盤胞における幹細胞と細胞系譜分化
Janet Rossant(The Hospital for Sick Children、カナダ)
哺乳類の胚盤胞は、胚性幹(ES)細胞として知られる最も多能性のある幹細胞の由来と
なる。しかし、ES細胞は全能性をもたない。ES細胞由来のキメラマウスにおいて、ES細
胞は、栄養外胚葉の胚体外細胞系譜と原始内胚葉系譜には寄与しない。多能性と胚体外細
胞系譜への分化制限を支配する遺伝的な経路を理解することは、正常な胚発生のみならず、
成体の細胞がどのようにリプログラムされ、多能性を得るかということを理解する上での
鍵となる。栄養膜細胞および原始内胚葉細胞系譜は、胚盤胞期胚の中で多能性を持った細
胞が、エピブラストの細胞へと向かう規定された分化誘導の最初のシグナルを与える。我々
は、栄養外胚葉(TE)と原始内胚葉(PrE)の両者からマウスの細胞株を樹立しており、
栄養膜幹(TS)細胞および胚体外内胚葉(XEN)細胞と名付けた。これらの細胞を用い、
細胞系譜の分化制限の遺伝的・分子生物学的な機構解明を目指すとともに、ES細胞、TS細
胞、XEN細胞を相互に区別する重要な因子の同定を試みた。マウス胚および幹細胞におい
て明確にされた細胞系譜の分化決定機構の主要な分子経路は、おそらく哺乳動物種を通じ
て保存されている。しかし、げっ歯類以外の胚において、細胞系譜の分化についてさらに
比較研究をすることにより、細胞分化のタイミングのずれなど、興味深い知見が得られる
と考えられる。