アルツハイマー病と認知症 アルツハイマー病の発見

アルツハイマー病と認知症
アルツハイマー病の発見
認知症の疫学
認知症は、壮年期までは殆ど見られないが、加齢とともに急増する疾患であることが知ら
れている。このことから、高齢化が進めば進むほど、認知症有病率は増加することが分か
る。2013 年 1 月現在で、日本における高齢化率(65 歳以上の高齢者が全人口に占める
割合)は 24.3%とされる。65 歳以上の高齢者は 3000 万人に達し、特に 75 歳以上の後
期高齢者の増加が著しい。平成 24 年度厚生労働省公表の数値では、65 歳以上の高齢者の
10%、実数として 300 万人以上が認知症とされている。(過去 10 年間で認知症患者は
倍増した。)
認知症とは
定義と概念
認知症とは、「後天的な脳障害により一度獲得した知覚機能が自立した日常生活が困難に
なるほどに持続的に衰退した状態」を指す。知能機能は以下の項目に分けられ、知能機能
の障害により引き起こされるのが、認知症の中核症状【認知症患者に必ず見られる症状の
総称】である。
中核症状の種類
①もの忘れ;記憶機能の障害を示す最も頻度の高い認知症症状で、単なる早期困難とは異
なる。「エピソード記憶」と呼ばれる個人的経験記憶の障害が起こり、自分の経験したこ
とが記憶として残らないという特徴を示す。
②失見当識;時間場所や人物を正しく認識する機能の劣化をいう。このうち、人物に対す
る見当識の障害は、認知症がかなり進行してからの症状として知られている。
③失語;言語機能の障害を総称して失語という。
④失行;目的とする動作を正しく遂行することができないことを失行という。いわゆる
「…することができない」という状態のこと。
生理的老化による記憶障害と病的老化の代表であるアルツハイマー型痴呆による記憶障害
の比較(参考文献1より)
生理的記憶障害
病的記憶障害
陳述記憶の一部の早期障害で軽度
記憶全体が著明に低下する
時・場所・人の見当識が保たれる
見当識が障害される(失見当識)
学習能力は保持される
学習能力が著しく障害される
記憶の低下を自覚している
記憶の低下を自覚しない
きわめて徐々にしか進行しない
進行が早い
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一方、このような認知機能障害を有する患者が周囲の環境や人々とのかかわりあいの中で
示す抑うつ、意欲障害、不安、焦燥、幻覚、妄想、脱抑制、昼夜逆転、徘徊、易怒性、看
護への抵抗、暴言などの精神状態を「認知症の行動・心理症状、BPSD;behavioral and
psychological symptoms of dementia」と呼んでおり、実際に認知症患者を介護する家
族にとって最も深刻になるのは、この BPSD とされている。
以下のような病態は、認知症に含まないとされている。
①精神薄弱などの発達障害により知的機能に問題を生じた場合
②脳梗塞などによる局所性病変によって失語などの限られた知的機能のみが低下している
場合
③せん妄のように認知機能低下が一過性で可逆性である場合
鑑別認識-認知症の判定-
認知症の鑑別診断に用いられるフローチャート(参考文献3より)である。第一に、せん
妄やうつ(病)は認知症とは病因も治療法も異なっており、「認知症に似て非なるもの」
として除外する必要がある。第二に、代謝性認知症(ビタミン B 欠乏症や、甲状腺機能低
下症などによる)あるいは治療可能な認知症と称される疾患の可能性を除外する。このう
ち、「薬物誘起性の認知症様状態」の診断にも注意する必要があり、高齢者では三環系抗
うつ薬など抗コリン作用を有する薬物や抗精神病薬には特段の注意が必要とされている。
(第 1 ステップ)認知機能障害は認知症によるものか
せん妄の診断と治療
うつ病の診断と治療
(第 2 ステップ)治療可能な認知症の鑑別
甲状腺疾患の診断と治療
正常圧水頭症の診断と治療
薬物誘起性認知障害の診断と治療
その他(ビタミン B12 欠乏な
ど)
Alzheimer
血管性認知症
Lewy 小体型認知症
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その他の認知症として
前頭側頭型認知症・大
脳皮質黄帝核変性症・
進行性核上性麻痺・
Creutzfeldt-Jakob
認知症の基礎疾患
認知症の成因には①神経変性疾患②血管障害③感染症などが知られている。今日では、神
経疾患による認知症が最も多い。(アルツハイマー病も含まれる。)疾患別では、
Alzheimer(アルツハイマー)病(Alzheimer disease;AD)、血管性認知症(vascular
dementia;VaD ) Lewy(レヴィ)小体型認知症(dementia with Lewy bodies;
DLB)が最も多く、三大認知症とされている。その他には、前頭側頭型認知症、大脳皮質
基底核変性症、進行性核情勢麻痺、Creutzfeldt-Jakob(クロイツフェルトヤコブ)病、
多発性硬化症などが見られる。
〈初老・老年期に痴呆をおこす各種の疾患〉(参考文献1より)
1 脳血管障害
4 感染症
1)脳動脈硬化症
1)各種脳炎、髄膜炎、脳腫瘍
2)脳出血
2)神経梅毒(進行麻痺)
3)脳梗塞・多発性梗塞
3)遅発性ウイルス感染症―クロイツフェ
4)ビンスワンガー型白質脳症
ルドヤコブ病、進行性多巣性白質脳炎症な
5)その他
ど
4)エイズ(AIDS)脳症
2 変性形疾患
5)その他
1)アルツハイマー型痴呆
5 外傷性疾患
2)ピック病
1)頭部外傷(特に脳挫傷)後遺症
3)汎発性レヴィ(Lewy)小体病
2)ボクサー脳症、症候郡(殴打酩酊症候
4)パーキンソン病
群)
5)ハンチントン舞踏病
3)慢性硬膜下出血腫
6 正常圧水頭症
6)進行性核上麻痺
7)多系統萎縮症
8)痴呆を伴う運動ニューロン痴呆
7 腫瘍性疾患
9)その他
1)脳腫瘍(原発性・転移性)
)))))
2)髄膜癌腫症
3 代謝性・内分泌疾患
8 その他
1)代謝性疾患―ウィルソン病、ビタミン B
欠乏病、ペラグラ脳症、ウェルニッケ脳症、
白質ジストロフィーなど
低酸素症、一酸化炭素中毒、アルコール性
痴呆(大酒家)、薬物・金属・雪化合物中
毒、多発硬化症、神経ベーチェット病
2)内分泌疾患―甲状腺機能低下症、副甲状
腺機能低下症など
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アルツハイマー病の発見と歴史
Alois Alzheimer (1864~1915)とアルツハイマー病
1970 年、ドイツのアルツハイマー(Alois Alzheimer)は、51 歳の女性が記憶障害・
失見当識で初発し、5 年の経過で高度の痴呆を呈して死亡した症例を報告した。剖検で脳
は著明に萎縮しており、大脳皮質の神経細胞の消失と①老人斑、それに今日彼の名前が冠
されている②アルツハイマー神経原繊維(Alzheimers neurofibrillary tangles;NFT)が
認められたことを記載している。この症例は、今日狭義のアルツハイマー病と呼ばれる疾
患の代表となる臨床と脳の病理学的特徴を示している。
アルツハイマー(1864~1915)はドイツが生んだ神経病理学者である。
〈略歴〉
1864
ドイツのバイエルン(ババリア)の小さな町、マルクトブラインに生まれ
る
1882~1888
ヴュルツブルグ・チュービンゲン・ベルリンの大学で医学を学ぶ。1887
年、フランクフルト・アム・マインへ行き、1888 年ニッスルと出会って
親友になり、一生涯研究に協力し合う
1903
クレペリンの後を継いで、ミュンヘンに行き、精神神経クリニックの解剖
学研究所で働く
1904
Privatdozant となる
1908
Extraordinarious となる
1912
ブレスラウ大学の精神科の主任教授となる
1915

アルツハイマーの仕事の特徴は、脳疾患に対する臨床病理学的アプローチであり、臨
床像の重要な徴候を正しく把握し、病変を辛抱強く観察した点である。病理解剖で見
られた病変について、考えがまとまるまでは、時には数年間も待って結論を出すとい
うやり方であった。このような慎重な方法によって、進行麻痺、動脈硬化症、老化、
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急性せん妄などの臨床病理像を明らかにしたのである。(荒木淑郎著;神経内科学、
第 2 版、金芳堂、1991 より)

現在では、初老期(65 歳以前)に発症する狭義のアルツハイマーと老年期(65 歳以
後)に発症するアルツハイマー型老年痴呆を合わせて、アルツハイマー病と呼ぶよう
になっている。これは、病理学的に、大脳皮質に老人斑とアルツハイマー神経原繊維
(NFT)が多発し、神経細胞の消失・大脳萎縮を起こすことは両者に共通しており、
区別が困難だとされたためである。
Reisberg らによる Alzheimer 病(AD)の進行と重症度に関する FAST stage 分類
1.認知機能の障害なし
2.非常に軽度の認知機能の低下;物の置忘れを訴える。喚語困難
3.軽度の認知機能の低下;熟練を要する仕事の場面で機能低下が同僚により
認められる。新しい場所に旅行することが困難
4.中程度の認知機能の低下;夕食に客を招く段取りをつけたり、家計を管理
したり、買い物をしたりする程度の複雑な仕事でも支障をきたす
5.やや高度の認知機能の低下;介助なしで適切に洋服を選んで着ることがで
きない。入浴させるとき何度もなだめすかして説得することが必要なことがあ
る。
6.高度の認知機能の低下;生活機能の低下
6‐a 不適切な着衣
6‐b 入浴に介助
6‐c トイレの水を流せない、きちんと拭くことができない
6‐d 尿失禁
6‐e 便失禁
7.非常に高度の認知機能の低下;生活機能の低下
7‐a 最大限 6 語に限定された言語機能の低下
7‐b 理解しうる語彙はただ一つの単語となる
7‐c 歩行能力の喪失
7‐d 着座能力の喪失
7‐e 笑う能力の喪失・嚥下機能はおおむね保たれる
FAST;Functional Assessment Staging(参考文献3より)
FAST7 は最重症の stage であり、認知機能の喪失のみならず、着座機能や摂食・嚥下機
能なども失われ、認知症は生後ヒトの獲得した全ての日常生活機能を奪い取る。
(Reisberg B et al 1984 より)

現在、アルツハイマー病は、全認知症患者の 60%を占めるとされている。65 歳未満
で発症する早期性 AD の約 10%に Presenilin-1(14 番染色体)、
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Presenilin-2
(1 番染色体)、APP 遺伝子(21 番染色体)変異を伴う家族性 AD が見られる。遺
伝子は孤発性 AD の強力な危険因子(感受性遺伝子)である。
アルツハイマー病の脳の病理所見
○脳のびまん性萎縮が認められる。
①老人斑は典型的には中心にアミロイドとよばれる特殊構造(β構造)をとるタンパク質
が沈着し、その周辺に神経突起の変性、神経グリア細胞の集積した構造物が見られる。老
人斑のコアのβアミロイドは、アミロイド前駆体タンパク(APP)から形成されており、
現在、この APP がどのような構造でアミロイドを形成するかについて研究が進められてい
る。
②神経原繊維変化(NFT)
NFT は、対らせんフィラメント(PHF)とよばれる、2 本の 10nm の線維が 80nm ごと
にくびれを持ってより合わさった構造の線線維を持つ。最近の研究で、PHF は微小管付随
タンパクであるタウ(tau)が過剰にリン酸化されたものであることが明らかになってい
る。
アルツハイマー病研究の進歩
米国では、1990 年代を「脳の時代」とよび、脳研究を国家的レベルで解明しようと推進
が図られている。1990 年から日本の提唱により開始されている「国際ヒューマン・フロ
ンティア計画」でも第一課題として脳機能の解明が取り上げられている。アルツハイマー
病の研究は、大別して①老人斑、神経原線維変化の主成分の同定を機軸とした生化学的研
究と、②家族的アルツハイマー病を中心とした分子遺伝学的研究の二つからのアプローチ
に注目するべき発展が認められている。
AD 治療薬の特徴 -抗痴呆薬物療法について-
抗痴呆薬には、①痴呆の中核症状を有意に抑制する認知機能改善型の薬と、②認知機能
障害の進行を有意に抑制する進行抑制型の薬、ならびにその③中間型の薬がある。痴呆を
引き起こす疾患は様々だけれども、現在抗痴呆薬の主な対象となっている疾患は、広義の
アルツハイマー病である。
①認知機能改善型よりも②進行抑制型の薬の方が対象疾患特異性は高く、したがって具
体的には AD の進行を抑制できる抗痴呆薬の開発が最も望まれている。しかし、現在使用
されているのは、認知機能改善作用を主とする抗痴呆薬である。現在広く用いられている
ACh 系賦活薬も、認知機能改善薬の薬であって、まだ第一世代の抗痴呆薬の段階であると
されている。
主な抗痴呆薬の種類(従来試みられたもの・現在試みられているもの・市販中のもの)
1.アセチルコリン(ACh)系賦薬
7.キレート薬
2.神経ペプチドないし誘導体
8.その他
3.神経成長因子様作用薬
・ NMDA 受容体阻害薬・カルシウム
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4.抗炎症薬
拮抗薬・セロトニン再取り込み阻害
5.女性ホルモン
薬・ヒスタミン H 受容体拮抗薬・八
6.抗酸化剤・フリーラジカル捕捉
麦誘導体・ MAO 阻害薬・メラトニ
AD 治療薬の特徴(参考文献3より)
薬剤名
分類
ドネペジル
ガランタミン
リバスチグミン
メマンチン
(アリセプト)
(レミニール)
(エクセロン)
(エビクサ)
ピペリジン系
フェナントレン
カルバメート系
アダマンタン
アルカロイド系
作用機序
AChE 阻害
誘導体
AChE 阻害
AChE/BuChE
NMDA 受 容
nAChR ア ロ ス
阻害
体拮抗
テリックモジュ
レーター
可逆
可塑性
可塑性
偽可塑性
―
用 量 ( mg /
3~10
8~24
4.5~18 ( パ ッ
5~20
日)
チ剤)
用法 (回 /
1
2
1
1
70~80
5~7
2~3
50~70
肝臓
肝臓
非肝臓
非肝臓
( CYP2A6 ・
(CYP2D6)
(腎排泄)
(腎排泄)
日)
半減 期( 時
間)
代謝
3A4)
・ドネペジルは、日本で認証されている唯一の抗痴呆薬である。
・タウリンは副作用(肝障害)のため、広くは使われなかった。
●AD 治療の最も根本的な薬の開発は、AD を特徴づける老人斑や、神経原線維変化の形成
を予防ないし抑制できる薬でないかと考えられている。そのためには、Aβアミロイドカ
スケード仮説の理解が必要とされている。
その他
老化
遺伝
Aβアミロイドの生成を減少させる薬物
老 人 斑 ( Aβ ア ミ ロ イ
神経原繊維変化(タウタンパ
神経細胞死
リン酸化タウを減少させる薬物
(参考文献2より)
(Aβアミロイドカスケード仮説に基づく AD の成立
脳萎縮・痴
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過程と各ステップにおける抗痴呆薬開発の戦略)
また、現在 Aβアミロイドカスケード仮説が有力であるけれども、AD で最も大切な点
は神経細胞・シナプスの消失だとされる。Aβアミロイドの蓄積やリン酸化タウの蓄積が
どのように神経細胞やシナプスの消失と関連するかという、最も根本的な部分がまだ不明
であり、将来の新しい治療法アプローチも期待されている。
考察と感想
アルツハイマーが当時、心因性の病気と考えられていた痴呆症を、脳の器質性によるもの
と見抜いてからアルツハイマー病の研究が始まったことを知りました。さらに家族遺伝性
のアルツハイマー病は、アルツハイマーの死後も、遺伝子研究の発見が積み重なることに
よりその原因遺伝子が特定されてきているということを理解しました。しかし、アルツハ
イマー病の原因や性質にはまだ不明な点もあり、本質的な治療はまだ見つかっていません。
これからの新しい治療法にも関心を持ちたいです。
また治療面では、患者が記憶障害により薬の服用の仕方がおぼつかなくなっているため、
服用を単純化すること・本人と介護をする人にどうして薬が必要なのかを繰り返し説明し
て服薬遵守率を上げることが求められていると言います。今回知ったことを記憶しておき
たいです。
(参考文献)
1.やさしい痴呆学
(著
荒木
淑郎
2000、9.10)
2.日常診療に活かす老年病ガイドブック2(著
大内
3.老年医学系統講義テキスト(著
西村
2013、4.24)
4.薬学生・薬剤師向け情報誌 MIL
summer 2014 vol.60
5.アルツハイマー遺伝子を追う(著
正徳
尉義
2005、4.10)
ダニエル・ A ・ポーレン
8/8
1997、12.5)