『スローでたのしい有機農業 コツの科学』(西村和雄;七つ森書館)

『スローでたのしい有機農業 コツの科学』
(西村和雄;七つ森書館)
< 第 1 章 生きている土 >
・肥沃な土壌の中には片足の広さの中に、線虫 10 万、ヒメミミズ 1000、ササラダニ 1000、トビムシ 100、ミミ
ズ10などの土壌動物がいる。また、肥沃な土壌では、1gの土におよそ1億もの微生物がいる。
(微生物は、
糸状菌(=カビ)
、放線菌、藻類、バクテリア、原虫など。
) それらの生きものたちが肥沃な土を作っている
のだ。
・肥沃な土とは、団粒構造が発達していて、水はけがよくて水もちがよく、養分のバランスがとれていて作物や
草木がすくすくと育つ土のことである。
・微生物が有機物を分解するとき、体から粘液を出す。この粘液が土の粒子をくっつけあうのである。ミミズの
ような土壌動物が有機物と土を食べて腸内で分解し、排泄する糞には有機物と土の粒子がくっつきあっている。
そうして出来た団粒構造には隙間がいっぱいあるため、水はけがよくて水もちのよい状態になるのだ。
・団粒構造の表面近くは酸素が豊富なので、好気性の微生物が多い。団粒構造の中にいくにつれて酸素が尐なく
なるので、酸素がなくても生きられる微生物や、酸素があると生きられない(嫌気性)微生物が生きている。
・生きている土を育てるには、有機物をたっぷりと補給してやる。ただし、適度に窒素を含んでいる有機物がよ
い。
・イネワラやムギワラは、分解されて窒素が出てくるまで数年かかる。オガクズは 30 年もかかる。
◎有機農業に大切な二つの法則
①木は木に返し、草は草に返す。→ 果樹には木からできた有機物を、野菜には草からできた有機物を
②生き物には存在する意味がある。 → いろんな有機物が土の中に入っていくような工夫が必要
・窒素固定するマメ科植物を使って土を育てる場合、かなりやせた土なら予めボカシ肥などの養分を尐し補って
おく。
・草をあまり大きくすると分解しにくくなる。しかし、あまり小さいときに刈るとあとが伸び悩む。尐なくとも
30cm以上は伸ばしてから刈る。ただし、根元から5~10cmは残して刈る。
(草の勢いが弱いときは長めに残
す。
)
・刈った草は畝と並行になるように土の上に置いていく。こうすると、土が乾きにくく、雨が直接当たらないの
で土が流れにくくなる。
・マメ科植物は深根性で、根が深く張るので、わりに乾いたところは平気だが、湿気には弱い。
・原則は刈敶き。土の中に鋤き込むと、微生物がいっせいに分解を始め、ヘタをすると土の中の酸素は分解に消
費されてなくなるし、分解にともなって土中の養分までもが奪われる。こうなると、せっかく植えた作物が育
たない。
◎刈敶きの利点
①養分が土の中に入る。
(肥料効果)
②畝の土が流れず、保湿する。
③地温が変動しない。
(断熱効果)
④雨のとき土壌粒子をはね返さない。 → 作物が土壌病原菌に感染しにくい。
⑤いろんな虫の棲みかになる。
(天敵も)
・不耕起草生栽培の基本は、多年生の草を使うこと。必ずマメ科とイネ科を加えること。マメ科は深根性で窒素
固定してくれる。イネ科は浅根性でヒゲ根をたくさん伸ばすので、有機物を大量に鋤き込むのと同じ効果があ
る。
・モグラ対策として、草を生やす場所と作物を植える場所とを別にする方法もある。畑の片隅に場所を決めて生
ゴミを捨てるようにすると、そこにミミズが繁殖してモグラも来るので、畑が荒らされなくなる。
・モグラや地ネズミ対策として、畑の中に2メートルほどの止まり木を立てると、猛禽類が来て食べてくれる場
合も。
◎間作・混作の例(お互いに相性の好い共栄作物)
①トウモロコシを収穫したら、そのまま立てておいて数本まとめて茎の上部をヒモでくくり、その下に大根を
播く。大根を収穫したらエンドウを播き、蔓をトウモロコシに絡ませる。エンドウを収穫したらトウモロコシ
を倒す。
②大根を播いたら、ところどころにネギかニンニクを植える。そうすると、虫が来なくなる。
・輪作のコツは、あいだにマメ科作物を必ず入れること。養分吸収力の強いトウモロコシやキビは、マメ科のあ
とに。
ナス科のあとにはナス科以外を、アブラナ科のあとにはアブラナ科以外を。トマトやジャガイモのあとに白菜
やキャベツを。
◎土を育てるための三つの方法・・・土中の生物の種類と数をできるだけ多くする → 団粒構造の発達
①マメ科やイネ科のような、有機物生産能力の高い植物を栽培し、絶えず有機物を土の中に供給する。
②上記①と関連して、輪作体系を導入すること。
③間作・混作のように、違う種類の作物を同時に、あるいは連続して栽培すること。
・とにかく、できるだけ土に植物を生やし、土の中に根群がびっしりとはびこった状態にする。そうすると土壌
生物のエサがたっぷりと供給されて土壌生物が増え、有機物の分解速度も速くなる。土は作物を作れば作るほ
ど肥沃になる。
・健康な土では、連作障害も起きにくくなる。
・C/N比は、オガクズやバークで約 300(炭素 300 対窒素1)
。これでは分解しにくい。草の堆肥のC/N比は
35くらい、イネワラは70、イネ科の牧草は40、マメ科は20くらい。鶏糞は8、豚糞で9~10、牛糞で
12。だから、鶏糞はもっとも多くの窒素を含んでいてよく効く。
(効きすぎて怖いくらい。
)
・慣行農法から有機農法に切り替えた場合、
1 年目は、有機物の25%が分解して75%が残るが、前年までの化学肥料が残っているから、まあ作物ができ
る。
2 年目は、新たな25%+前年の75%×25%(19%)=44%程度で、かなり不足するので、収量が下が
る。
3 年目は、新たな25%+前年の75%×25%+2 年前の56%×25%=58%程度で、まだ不足する。
4 年目以降も同様にして、毎年尐しずつ有機物が溜まっていき、10 年ぐらいたつと、その年の有機物が全部分
解されたくらいの窒素量になる。
・分解によってすぐに窒素が放出されるような、窒素分の高い有機物が必要で、それがボカシ肥である。それに
よって、慣行農業から有機農業に切り替えても収量をあまり下げないようにすることが可能。
・有機物は、土作りを目的とするものと、肥効を狙うものとの使い分けが必要
・レンゲやカラスノエンドウは根に根粒菌が付いていて窒素固定してくれるので、緑肥作物として大いに使うべ
き。
・ススキは意外に腐りやすいので、刈って畝間に敶くと良い。ただし、盆が過ぎてから刈ること。
(ススキを退治
するためには、盆前に何度も刈り、それを2~3年続けると良い。
)
・野草は土の肥沃度を示してくれる指標植物である。酸性土壌で痩せているとスギナが先ず生えて、次にギシギ
シが生える。それらが土壌中の尐ない養分を吸収して有機物とともに地表に集めてくれるのだ。土が肥沃にな
ってくると、スギナやギシギシは消えて、他の草と交代する。そして土壌生物が増えて、土はどんどん肥沃に
なっていく。
< 第 2 章 植物の栄養 >
◎植物の必須元素は 16 種類ある
・炭素・酸素・水素・・・植物が体を作るのに必要な最も基本的な元素で、その元は太陽エネルギーによって合
成された糖。糖はエネルギーの缶詰で、糖を燃やすことによってタンパク質を合成したり、葉や茎を作ったり、
花を咲かせたり、根を地中に伸ばしたり、種を作ったりする。
・窒素・・・体の骨格の一部であるとともに、いろんなタンパクとしてさまざまな機能を分担している。特に酵
素や葉緑素。
・リン・・・細胞の中でいろんな物質として極めて重要な役割を担っている。例えば、細胞膜(リン+脂質)や、
核酸の基本骨格の材料として。リンが不足すると、発育がわるくなり、開花や結実も悪くなる。
リンを過剰に施用すると、鉄・亜鉛・カルシウム・カリウム・マグネシウムなどとリンがくっつい
てなかなか水に溶けなくなるので、鉄・亜鉛・カルシウム・カリウム・マグネシウム不足になる。
(特に、鶏糞のやり過ぎに注意!)
・カリウム・・・細胞膜に溶入して、細胞膜のイオン濃度を一定に保つ働き。それによって、酵素や核酸などが
ちゃんと機能する。カリは、草木灰や刈敶きに含まれる。
・マグネシウム・・・葉緑素の中心にあって、光合成がしっかり作用するようにする。
・カルシウム・・・植物の骨格にあたる細胞壁でセルロースなどの繊維を固める接着剤の役割をしているペクチ
ンの成分になっている。また、酵素の化学反応がスムーズにいくように働く。
・鉄・マンガン・亜鉛・銅・・・土壌のpHがアルカリ性になると欠乏しやすくなる。土壌が弱酸性だと溶けや
すい。したがって、石灰やリン酸肥料のやりすぎは良くない。
・鉄の欠乏 → 葉脈の緑を残して、葉脈のないところが均一に黄白色になる。ひどい場合は真っ白になる。
・マンガンの欠乏 → 葉脈の緑を残して、葉脈のないところは薄い緑色になる。ひどい場合は褐色になる。
・亜鉛の欠乏 → 葉脈の緑を残して、葉脈のないところが黄白色になる。
・カルシウムの欠乏 → 若い葉や茎の生長が停止する。そして、じくじくした液が出てくる。結球野菜では中
心部が腐るか、葉のふちからじくじくと腐ってくる。
・水稲は、土が還元状態になって鉄が還元され、水に溶け出して初めて鉄を吸収できる。畑苗代ではなかなか還
元状態にならず、酸化状態のままになり、水稲の苗は籾に貯蔵してあった鉄だけしか利用できない。
苗代に窒素がたくさんあると、水稲はどんどん生長するので体内で利用できる鉄の濃度が薄くなり、
あとに展開する葉ほど鉄欠乏になる。
< 第 3 章 作物づくりのコツ >
・作物は「人となり」が実に正直に出てくる。育てる人の性格が、作物を見ていると手に取るように分かる。
・バーバンクという有名な育種家が、ヒツジのためにトゲなしサボテンを作ろうとして苦心し、最後に、
「私が守
ってやるから、トゲを出さなくて良い。
」とサボテンに呼びかけたら、トゲなしサボテンが出来た。愛情をかけ
てやると、植物はそれに応えてくれる。
・作物の生まれ育った土地の環境を考えて、それに近い条件の場所で作ることが大切。
《 各野菜の育て方のコツは、省略 》
・本物の野菜の特徴は、
①葉並びが整然としている。対称性があり整っている。
(葉は、正直に根の状態を表している。
)
②葉の緑が薄くて鮮やかである。
③味にコクが合って美味しい。固有の香りが程好い。
④切るときは堅いが、煮るとすぐに軟らかくなる。火の通りが早い。煮崩れしにくい。
⑤栄養のバランスがとれている。
・本物の野菜は、ゆっくりと着実に生長する。それは土の中にある、どちらかというとやや不足ぎみの状態にあ
る養分を、努力して吸収しようとするからだ。努力して吸収するには、浸透圧を大きくする必要がある。体内
に糖分やアミノ酸をしっかりと作って、浸透圧を大きくしているのだ。これが、コクのある味の決め手、つま
り美味しさの意味だ。
・美味しい野菜は栄養価も高い。それは、化学肥料をやりすぎて、人間で言えば生活習慣病を引き起こしてしま
いかねない状態になった体のような野菜とは、根本から違う。
・自家採種用の種は必ず無肥料で育てる。植物は栄養が尐ないと、
「これは大変!せめて子孫だけはしっかりと作
らなくては!」と考えて、種に必要な栄養をきちんと残そうとするのだ。
・マメを保存するには、一升瓶のように口が細くなっているビンにマメを一杯入れて、そのまま冷暗所に 10 日ほ
ど置いておいてから栓をする。こうすると、マメが呼吸して出す炭酸ガスがビンの底から溜まっていって、
ビンに充満する。炭酸ガスには休眠作用があるので、マメが眠りにつくだけでなく、マメゾウムシの卵も休眠
する。
・口の広いビンに 3 分の1から半分程度マメを入れて、その上に紙封筒に入れた種を入れていく。そうしてしっ
かりとフタをして冷暗所に置いておけば、種は眠りにつく。1 年に一度はマメを取り替え、古いマメは食べる。
・種を保存する前に、しっかり乾燥させておくこと。冷蔵庫の中で乾かす方法もある。
< 第 4 章 病気、虫について >
・有機農業の田んぼや畑に虫がいないのは、不自然だ。
・病原菌をただのカビに、害虫をただの虫に、雑草をただの野草にするような知恵を、自然界から学べば良い。
・病害虫を避けるための、もっとも賢明で有効な方法は、防除手段を講じることではなく、何よりも作物を健康
な状態に保つことだ。
・ヨトウムシを避けるには、キャベツや白菜の間にところどころセロリーやローズマリーを植えると良い。
・輪作・・・数年サイクルの輪作体系をとることで、虫や病原菌を避けることもできる。
・虫の好きな植物を圃場の別の場所に用意しておく方法もある。
・混作・・・キャベツや白菜にレンゲを混作しておくと、根コブ病菌が感染するのを防ぐ効果がある。
大豆の間にトマトを、尐し間隔を空けて同時に植える。
・天敵の利用・・・アブラムシにはテントウムシ、オンシツコナジラミにはオンシツツヤコバチなど。
・アフリカン・マリーゴールドを植えると、その臭いでセンチュウを防ぐことができる。
・クロタラリアはマメ科なので、ネコブセンチュウを防ぐと同時に窒素固定もしてくれ、緑肥にもなる。
・セスバニアは、湿気に強く根が太いので、水田の転換利用にはもってこいの植物。窒素を固定し、根が硬盤層
を突き破って水はけを良くし、深耕してくれる。
・ハーブ類の利用・・・ローズマリー、ニンニク、ネギ、セロリーなど。
・間作・・・枝豆の株を抜かずに地際で切っておいて、そのそばにキャベツ・大根などの秋作物の種を播く。
・
「抑止型土壌」
(病害が出にくい土壌)を作るには、輪作や混作、間作を取り入れること。 → 多様な生き物
の生息
・病気が出た場合は、罹病株を抜き取って感染を防ぎ、病気の原因を突き止める。
(土か、作物か)
< 第 5 章 ぐうたらの独り言 >
・有機農業はローリスク=ローリターンを基本にしている。多品目尐量栽培を原則として、圃場のすべてをモザ
イク状に分割してまで、いろんな作物を栽培すること。それが日本を含めたモンスーン地帯、すなわち降水量
の多い高温多湿でリスクが多い環境にありながら、極力被害を避けるコツでもある。
・なぜ食糧危機がくるのかというと、まずもって現代農業を支えている化石燃料が底をつきはじめる。食糧生産
のコストは大幅に増加するだろう。経済功利主義の立場では、割に合わない食糧生産は、もってのほかだとい
う皮肉な結論に達するだろう。ローコストの有機農業どころではない。そこで私たちが忘れてはならないのは、
「地球に降り注ぐ太陽エネルギーの範囲でしか、地球上のすべての生物は生きられないのだ」という、厳然た
る事実なのだ。私たち人間も、生物である以上、この足枷から逃れることはできない。
・水耕栽培が、どんなに手間と金を必要とするものか。石油が安く買えるうちはいいかもしれないが、高騰すれ
ばもうダメなのだ。それこそが過てる経済功利主義なのだ。
・作物と土壌そして土壌生物との間には、われわれがまだほとんど知らないと言ってよい密接な関係があり、
深いところでつながっているように思う。有機農業や自然農法では、トマトやエンドウマメを何年も作っても
連作障害が起きない理由が、よく分かる。そうした土壌の共通点は、土の中だけでなく農地全体の生物性が
豊かである。言い換えれば、
「土が生きている」のだ。
・肥沃な土には1gの土壌に1億もの微生物が棲息しているし、ミミズ、ヒメミミズ、ササラダニ、トビムシ、
ヤスデ、クモ、センチュウなど多くの土壌動物が生きている。それらが土壌の団粒構造を発達させ、養分の保
持能力を高め、病害虫の抑止能力として機能しているのだ。そうした豊かな生物性の源は、作物や野草が作り
出す有機物である。
・現代科学が病害虫をはびこらせる温床になっていることは、レイチェル・カーソンの名著『沈黙の春』をいま
さらひもとかなくとも、すでに常識となっているはずなのに、現代農業はそれすらも無視している。
・リン酸やマグネシウム、イオウなどが不足している土壌では作物ができないかというと、そんなことはない。
菌根菌や土壌生物などの働きによって、ちゃんと作物が育つようになるのだ。生態系が円滑に機能しているか
どうか、それが答えなのかもしれない。
・瀬戸内海の蒲刈島でミカンの有機栽培をしている上本保男さんのミカン園には、カイガラムシもカミキリムシ
もいない。 → 『虫がかじる野菜は、人間が食べてもうまくない。人がうまいと思う野菜は、虫にはほとんど
やられない。
』
・アメリカ農務省が出版した「もう 1 つの新しい農業(Alternative Agriculture)-永続可能な農業を求めて-」
では、
「伝統的な農業を培ってきた農家の知恵や技術にはいまさらながら目をみはるものがある。それを現代
農業技術と一緒に生かせれば、きたるべき世紀の新しい農業が志向できるのではないか?」――― 例えば、
☆センチュウを防除するのに農薬を使わず、クロタラリアを使う。
☆土壌表面にできるだけ刈り取り残滓を残し、それで野草を抑えるような耕起方法や機械の開発。
☆輪作、それも5年・7年といった長期完結型の輪作体系で、特定の作物につく病害虫の発生を抑える。
・作物を育てるには、作物の時間を知らねばならない。作物は土と長い時間をかけてつきあってきたのだから、
そのつきあい方を私たちが学ばねばならない。そういうゆっくりとした穏やかなつきあいかたを、いま風にい
うとスローなつきあいかたを、そろそろ人間は身につけてもよいのではないか。
・
「自然は無駄ばかりするが、それでいて無駄をしない。
」
・
「地球上のすべてのものには、存在する意味と意義がある。
」
・
「生物は、単独では種として存在できない。
」