ADR 人材養成に係る海外動向に関する調査研究報告書

平成15年度経済産業研究所委託事業
ADR 人材養成に係る海外動向に関する調査研究報告書
平成 15 年 11 月
独立行政法人経済産業研究所
委託先
株式会社三菱総合研究所
1.
主要国における ADR 教育の現状.................................................................................. 1
1.1.
ADR 概況 ............................................................................................................... 1
1.1.1 米国.................................................................................................................... 1
1.1.2 カナダ ................................................................................................................ 7
1.1.3 イギリス............................................................................................................. 9
1.1.4 フランス ............................................................................................................ 16
1.1.5 ドイツ .............................................................................................................. 26
1.1.6 オーストラリア ................................................................................................ 28
1.2.
主要国における ADR 担い手育成の体制 .............................................................. 31
1.2.1 米国.................................................................................................................. 31
1.2.2 カナダ .............................................................................................................. 35
1.2.3 イギリス........................................................................................................... 37
1.2.4 フランス........................................................................................................... 41
1.2.5 ドイツ .............................................................................................................. 46
1.2.6 オーストラリア ................................................................................................ 48
2.
ADR 教育のカリキュラムの分析................................................................................. 55
2.1.
北米での教育プログラムの現状 ........................................................................... 55
2.1.1 教育対象 ............................................................................................................ 55
2.1.2 教育内容 ............................................................................................................ 55
2.1.3 教育手法 ............................................................................................................ 57
2.1.4 その他 ................................................................................................................ 58
3.
日本における ADR カリキュラムの検討 ..................................................................... 62
3.1.
試行プログラムの実施.......................................................................................... 62
3.2.
試行プログラムへの評価 ...................................................................................... 64
3.2.1 試行プログラムの参加者 .................................................................................... 64
3.2.2
ADR 人材育成試行プログラムの総括 .............................................................. 64
3.2.3 教材.................................................................................................................... 65
3.2.4 実務との連携 ..................................................................................................... 66
3.2.5 機関ごとの特徴.................................................................................................. 66
3.2.6 相談における面談技法の研究 ............................................................................ 67
3.2.7 調停(メディエーション)の実施機関 .............................................................. 68
3.2.8 その他 ................................................................................................................ 69
3.2.9 まとめ ................................................................................................................ 69
3.3.
今後の課題 ........................................................................................................... 71
i
資料1
現地調査ヒアリングメモ
資料2
試行プログラムプレゼンテーション資料
資料3
試行プログラム資料
資料4
国別 ADR 及び ADR 人材育成概況表
資料5
機関別 ADR 及び ADR 人材育成概況表
資料6
ADR 参考文献リスト
資料7
試行プログラムヒアリング結果(個票)
ii
1. 主要国における ADR 教育の現状
1.1. ADR 概況
1.1.1 米国
(1)制度概要
米国における ADR には、メディエーション(Mediation)1以外にも、
仲裁、アーリー・ニュートラル・エバリュエーション、オンブズマンそ
の他多様な制度の利用がある2が、本稿では、米国でも注目度が高いメデ
ィエーションを中心に述べる。
特に 1982 年に出版された
ゲッティング・トゥ・イエス(Getting
to Yes,邦題「ハーバード流交渉術」)が基本書として位置づけられてい
るが、ここで理論化された「利益に基づく交渉」の考え方がメディエー
ションにおける主流的な位置を占めるに至っている。
米国では、日本における弁護士法72条のような規定は存在せず、法
曹関係者以外の一般市民でもメディエーター(Mediator)3になれる。
メディエーターになる要件は、州によって異なり4、いくつかの州は資格
制度を、また別のいくつかの州は登録制度を採っている。州が認めてい
るトレーニングプログラムは、25 時間∼40 時間程度が標準的な規模で
ある。
ADR 実施機関も、裁判所に付設されるもの、地域の公共的な紛争解決
1
メディエーション(Mediation)は、通常、調停と訳されるが、日本における調停とはか
なり実態が異なる。このため、本報告書では、原則として、メディエーションとカタカナ
表記に統一する。メディエーション、調停などの言葉の定義のぶれについては、2.1.4(4)
を参照。
2
米国の多様な ADR の状況については、レビン小林久子『調停ガイドブック アメリカの
ADR 事情』(信山社、1999)を参照。
3
メディエーター(Mediator)も、メディエーションと同様、調停者と訳さずカタカナ表
記に統一する。
4
http://www.acresolution.org/research.nsf/key/CR-FAQ 2003 年1月アクセス
によれば、4つの州(フロリダ、ニュー・ハンプシャー、テキサス、バージニア)で公認
プログラムを持っている。
1
機関、ボランティア団体、大学内に設置されているもの、民間企業まで
多様である。
(2)利用の状況
民間企業として ADR を実施する企業としては JAMS が有名である。
JAMS では、元判事を中心に約 200 名の専門家を擁し、年間にメディ
エーションで$50 ミリオン(約 60 億円)、仲裁(Arbitration)で$20
ミリオン(約 24 億円)の売上規模を誇る。人気のあるメディエーター
になると 7000 万円程度の年収を獲得しているケースもあると言う。
米 国 の 代 表 的 ADR 機 関 で あ る AAA ( American Arbitration
Association)はその名のとおり仲裁が中心であり年間約23万件のケ
ースのほとんどが仲裁であるが、メディエーションも約 1 万件にのぼり、
組織としての取り組みも増やしている。
コミュニティベースの紛争解決にもメディエーションが使われてい
る。ロサンゼルスの市街にある Loyola Law School では、比較的貧し
い層が多い、主にスペイン語のみを話す地域コミュニティに対して紛争
解決をサービスとして提供している。近隣紛争や、小さい商取引(スモ
ールクレイム)の紛争などを解決するため、スペイン語通訳を含めてメ
ディエーションを行うサービスを提供している。
企業内での紛争解決のために、労使契約に ADR 条項を含ませるケー
スも多い。建設業などの多様な利害関係者が関係する業種などでも
ADR の利用が多いと言われる。
地域によって ADR の利用状況は異なり、カリフォルニア州は最も利
用頻度が高い地域であると言われている。下表に見られるように、LA
郡だけでも年間に 1 万件以上の紛争解決が裁判外で行われており、利用
状況としては活況を呈していると言ってよい。(カリフォルニア州の仕
組みについては後述(1.2.1(1)する。)
2
図表1.1−1 カリフォルニア州 LA 郡における紛争解決の状況
1999 年実績(LA 郡)5
•
•
•
•
•
2,000 以上のトレーニングを受けたメディエーター
11,000 件以上の紛争解決(対象当事者数:32,000 人)
18 の紛争解決サービス機関に対して$2,975,490.の補助金
紛争解決サービス機関を通じてメディエーター等貢献者に支払
われる金額合計:$4,108,713
裁判所外で解決した費用削減効果:$18,127,876.
(3)ADR が活用されている分野
近隣紛争、取引先との紛争など、継続的な関係が存在するケースでは
メディエーションが向いており、交通事故などように継続的な関係がな
いケースでは仲裁が向くと言われている。また、高度に専門的な事案に
ついて、利害関係のない最適な専門家を組み合わせて紛争解決できる点
は、裁判に対する ADR のメリットとして認識されている。
また、多国籍企業同士の非常にグローバルな事案、技術的に新しく法
的に判断が困難な事案など非常にタフで高額な事案もメディエーショ
ンに向いていると言われ、前述した JAMS は特にこうした分野での問
題解決能力が高いと評価されている。6
一方で、裁判に訴えるには割に合わない小額な紛争解決にも ADR は
向いている。前述した Loyola Law School で行っているコミュニティ
向けメディエーションはこの典型である。弁護士抜きに当事者同士が直
接対話を行い、メディエーターにも必ずしも法曹資格を必要としない状
況での紛争解決が行われている。そもそも法曹を目指す法学部内におか
5
http://dcss.co.la.ca.us/DR/disputetxt.htm 2003 年 12 月アクセス
ジュリア・ロバーツが主演した映画「エリン・ブロコビッチ」(2000 年)は、JAMS
が実際に行ったケースに基づいた実話である。和解金は至上最大の約 350 臆円であった。
6
3
れた紛争解決機関であり、司法に対抗しているわけではないが、JAMS
のような民間企業での紛争解決とは趣が相当異なることには注意する
必要がある。また、メディエーターとしての経験も豊富な大学教官らが
メディエーターになり、学生がコ・メディエーターという形で紛争解決
の実務を学ぶことが行われていて、実務教育の融合が行われている。
(4)最近の動向
米国においても、新しいコンセプトに基づくメディエーションが活発
になったのは最近のことであり、せいぜい20∼30年程度の歴史に過
ぎない。60年代のカウンターカルチャーの影響を受け、訴訟社会の米
国に対する一種のアンチテーゼとしての社会正義実現のための運動とい
う側面もあると言われる。「利益に基づく交渉」は、後述するように「評
価に基づく交渉」に対置される考え方である。「評価に基づく交渉」は、
過去の事実関係を客観的に第三者が評価することで合意がはかられる。
司法システムの基本的な考え方は、現在においてもこの考え方が中心で
ある。一方、「利益に基づく交渉」においては、過去の事実関係を一旦
横において、「未来における利益」に基づいて当事者自身が合意に達す
るべきであるという考え方になる。ここでは、中立の第三者たるメディ
エーターは、対話促進(ファシリテーション)と、会話を成立させるた
めの場のコントロールが主眼に置かれる。そのため、法的解釈を含む事
実関係の客観的評価は基本的には不要である。メディエーションが司法
の外側で発展を遂げたのは上記のような背景があったためと思われる。
しかし、JAMS に見られるような民間企業によるメディエーションサ
ービスの隆盛は必ずしも上記のような事情だけでは説明がし切れない。
実際、JAMS においては、利益を中心とする対話促進型の(ファシリテ
ーティブな)メディエーションと、評価型の(エヴァリュエーティブな)
メディエーションの両方を実施できるところがセールスポイントになっ
4
ている。すなわち、元判事のような司法における豊富な経験者自身によ
るメディエーションサービスにより、複雑な案件も迅速に解決できる点
が評価されて業績を伸ばしている側面がある。
上記のように、社会正義の実現のためのメディエーションと、法曹関
係者のニュービジネスとしてのメディエーションには、相当程度ギャッ
プがある点を指摘しておきたい。さらに、上記の2極に留まらず、特定
分野における最適な紛争解決としての ADR にも多様なものがあり、
ADR をよく知るものであるほど、一言で米国の ADR の状況を述べる
ことの困難さに直面する。
ただし、都市化、グローバル化、成熟化などの社会状況を受け、ネー
ションワイドの従来型の司法システムに向かない多様な紛争が多数出
現していることは間違いがない。これまでに見たように、米国における
ADR のメインストリーム化は、一枚岩での運動とかここ数年だけのブ
ームというものではない。多様な緊張関係をはらみながらも、当事者自
身の自己決定と問題解決能力を増やす線上での紛争解決という考え方
が実践されている状況を見られる。
図表 1.1−2 米国における ADR に関する経緯
年代
できごと
60年代
・ 公民権法(64年)により、コミュニティ関係サービス(CRS)が作られ、
人種問題が原因の市民トラブルを話し合いで解決する地域における調停機
関となる。
70年代
・ パウンド会議での、裁判所の効率的運営道具としての ADR 構想(76年)
アトランタ、カンザスシティー、ロサンゼルスにおけるジャスティス・セ
ンターの設置が効果的(77年)。
・ カリフォルニア州オレンジカウンティのショッピングセンターで元判事
が、紛争解決相談開始。これが全米最大の ADR サービス企業である JAMS
の前身。(78年)
5
80年代
・ ロジャー・フィッシャー=ウィリアム・ユーリー ゲッティング・トゥ・イ
エス(Getting to Yes,邦題「ハーバード流交渉術」)
(82年)が出版され、
原則立脚型交渉/利益に基づく交渉/促進的(ファシリテーティブな)交
渉が理論化される。
・ 紛争解決法(The Dispute Resolution Program Act、86 年、カリフォ
ルニア州)
90 年代
・ 行政紛争解決法(Administrative Dispute Resolution Act、90年、9
6年)により、政府機関に ADR 部門の設置が制度化。
・ 民事司法改革法(Civil Justice Reform Act、90年)により、民事に関
する司法費用と遅延への対策として ADR の活用が盛り込まれる。
・ ADR 法(Alternative Dispute Resolution Act、98年)により、連邦
司法裁判所として ADR の利用が位置づけられた。
2 0 0 0 年 以 ・ 2001 年、ユニフォーム・メディエーション・アクト(Uniform Mediation
降
Act)により、メディエーション(調停)の位置づけを全米レベルで明確
化。
(5)その他
米国では、コミュニティベースの紛争解決にはボランティアの活躍が
大きいことは事実であるが、公的な財政支援の仕組みも存在する。カリ
フォルニア州の紛争解決プログラム条例(DRPA)は、提訴時に支払う
約 200 ドルのうち 8 ドル分が、地域の紛争解決機関への財源に使われ
る仕組みとなっている。例えば、アジアパシフィック紛争解決センター
はこの DRPA の元に設立された機関であり、ロスに住むアジア系の人々
(日系を含む)への紛争解決サービスを提供している。この機関では、
約 50 人のスタッフがおり、そのうち 15 人が弁護士である。相談、紛
争解決、教育などを実施している。
6
1.1.2 カナダ
(1)制度概要
カナダにおいても米国と同様に、メディエーションを行うための資格
要件は存在せず、誰でもメディエーションを行うことができる。
ADR Institute of Canada は、カナダ全土におけるメディエーター等
の ADR 専門家の業界団体である。1974 年に仲裁の機関として設立さ
れ、1978 年にメディエーションが加わり、AMIC(Arbitration and
Mediation Institute of Canada)が前身となっている。2000 年に
Canadian Foundation for Dispute Resolution (CFDR;1994 年設
立)と合併して、ADR Institute of Canada が設立された。非営利で一
定の要件を満たせば誰でも登録できる点で、AAA とも似ている。
(2)利用の状況
現在では、カナダでも米国的な交渉学に基づくメディエーションに注
目が集まりつつあるが、米国に比べても歴史が浅く、せいぜい10年く
らいとも言われる。
米国ほどは利用が盛んでないとも言われるが、ADR Institute of
Canada には 1500 人の登録があり、メディエーターと仲裁人が半々の
状況である。
民間企業として、ADR サービスとトレーニングサービスを行ってい
る ADR Workshop Canada では、仲裁はメニューとしては持ってい
るがほとんどおこなっておらず、実態としてはメディエーションを中心
に活動している。ADR Workshop Canada では、ADR のみならず、
ビジネスネゴシエーションと呼ばれる交渉そのものもサービスとして
行っている。
7
(3)ADR が活用されている分野
カナダで、メディエーションは、経済分野(弁護士にとってニュービ
ジネス)と社会的公正を実現する手段という 2 つの異なる視点で注目を
集めており、両者の間にはある種の緊張関係があると言われる。7 社会
的公正に関心があるのは、家族、近隣関係、学校、コミュニティ、人種
などの問題に取り組んでいる人たちである。
トロントでコミュニティベースの紛争解決を行っている機関として、
St. Stephens が有名である。ここでは 60 人のボランティアのメディ
エーターが年間に約 200 件の紛争解決を行っている。
(4)最近の動向
カナダのオンタリオ州のトロントなどの 3 つの都市では、裁判の早期
段階にメディエーションを強制的に入れる「強制メディエーションプロ
グラム」(Mandatory Mediation Program)というパイロットプログラ
ムを実施している。コスト、期間について効果が大きいと報告されてい
る。
(5)その他
ADR Workshop Canada を主宰する Allan Stitt はハーバード大学
で Roger Fisher に師事し、カナダでの促進的なメディエーションの普
及を行った中心的な人物であり、ADR Institute of Canada のチェア
ーにもなった人物である。ADR Institute of Canada では、以下のよ
うに、促進的なものがメディエーションであると定義している。
7
資料1:ヒアリングメモ、ADR Institute of Canada
8
メディエーションとは、当事者が、中立の第三者を指名し、自
由意思に基づく解決を達成することを試みるプロセスのことで
ある。中立の第三者は判断を下さず、当事者はそのプロセス(進
行)をいつでも停止することができる。コンフィデンシャルで偏
見ないものである。当事者は独立した法的助言を探すことが奨励
されており、自由意思に基づく解決が達成され、当事者が合意文
書を締結したときのみ拘束力を持つようになる。
1.1.3 イギリス
(1)制度概要
イギリスでは、アメリカやオーストラリアほど ADR の利用頻度は高
くない。その理由としては、①訴訟が紛争解決の主流を占めてきたとい
う伝統があること8、②訴訟事件数がそもそも 1990 年代以後減少傾向
にあり、アメリカのように裁判所の課徴な負担軽減のために積極的に
ADR を活用する必要性はなかったこと、③1980 年代後半から社会保障
法が整備され、資力の乏しい者に対しては、国民の権利を実現するため
に法律扶助による法律相談や弁護士による代理等の支援体制がとられて
きたこと、④弁護士が訴訟を通じて相手方を和解交渉することによって
伝統的に紛争を解決してきたこと、⑤ADR の普及によって当事者が弁護
士を介さずに直接交渉し、弁護士の役割が消失することがおそれて ADR
の利用に消極的であったこと9等が指摘されている。
しかし、90 年代から下記のように ADR の取り組みがなされてきてい
る。
8
経済企画庁国民生活局編『消費者取引と紛争解決―消費者取引をめぐる紛争解決に係る緊
急調査―』(平成10年7月)53 頁以下。
9
我妻学「イギリスにおける ADR の実情」『NBL』No.724 (2001.11.1)
9
図表 1.1−3 ADR に関する政府による取り組み
1993 年
商事法廷において、裁判官がメディエーション等の ADR の利用を
当事者に奨励するよう通達を出す。
1994 年
民事訴訟制度の抜本的改革、ウルフ委員会設置
1995 年
控 訴 院 に お い て 、 実 務 通 達 (Practice Statement (Court of
Appeal: Procedural Changes)) でメディエーションによる解決
を奨励。当事者双方が合意すればインフォーマルで無料のメディエ
ーションが提供される。
1996 年
商事法廷の実務通達(Practice Statement (Commercial Cases:
Alternative Dispute Resolution))で、裁判所が必要があると認
めれば、ADR による解決のために訴訟手続を一定期間停止するこ
と、裁判所が当事者と協議した上で、裁判官が事件に対する早期中
立評価(ENE)を行なうことを認める。
1996 年∼
商事法廷およびロンドン中央下位裁判所(Central County Court)
において裁判所付属型 ADR が実施されている。当初は試験的に 1
年間実施する予定だったが、常設されている。
1996 年
ウルフ委員会最終報告書10。訴訟を紛争解決の最後の手段と位置付
け、民間司法において ADR が積極的に活用されるべきであるとし、
利用促進を指摘。
1998 年
民事訴訟規則(1999 Woolf Civil Procedures Rules)。1999 年
4 月 26 日施行。96 年のウルフ報告書の指摘を受け、ADR によ
る紛争解決が適切と認められる事件では裁判所は両当事者に ADR
の利用を奨励しなければならないとしている但し、ADR の利用は
強制されるものではなく、当事者の合意により行なわれるとしてい
る。
10
Lord Woolf, Access to Justice, Final Report, Lord Chancellor’s Department
(July 1996)
10
1999 年
司法へのアクセス法(The Access to Justice 1999)。紛争を解
決するために国民に必要な情報と助言を提供し、法的サービスを広
く利用できるように法律扶助委員会の組織を改革することによっ
て、法律扶助の質と効率性を高め、あわせて ADR の拡充をめざし
ている。
2001 年 3 月 23 日
大法官府(Lord Chancellor s Department(LCD)11)が、全て
の政府の省および機関が ADR を使うことが適切で、且つ他の当事
者が認めた時に、ADR の利用を考慮するよう誓約(pledge)を発行
して ADR の促進をさらに推し進めた。
(2)利用の状況
イギリスの政府の ADR 利用状況は、大法官府が発効したレポート
Monitoring the effectiveness of the Government
s commitment
to using Alternative Dispute Resolution (ADR) (2003 年 8 月)
によると、2002 年度(2002 年 4 月∼2003 年 3 月)に ADR が使
われた事件のうち 89%が解決されたという12。多くの政府機関では、い
まやその救済契約に ADR の条項を組み入れている。2002 年 4 月から
2003 年 3 月にかけて政府によって ADR が利用された、又は試みられ
たのは 617 件13であり、そのうちの 27%だけが容認された。節約され
た額はおよそ 600 万ポンドとみられている。
一方、地方政府では、大法官府のオフィスが各地方自治体にメディエ
ーションの呼びかけを行なったにも関わらず、約 6 割の自治体がメディ
11
我が国の法務省に相当する。2003 年 6 月12日に Department for Constitutional
Affairs(DCA)の創設が発表され、LCD のほとんどの業務が、DCA に吸収された。
12
“Report for the period April 2002 to March 2003 Monitoring the effectiveness
of the Government's commitment to using Alternative Dispute Resolution (ADR)”,
Department for Constitutional Affairs, August 2003.
http://www.dca.gov.uk/civil/adr/adrmon03.htm
13
前年は 49 件。メディエーションによって解決された紛争形態は多種多様である。
11
エーションに委ねなかったとしている14。同調査によると、44%の地方
自治体が年間 200 件以上の紛争を扱っているという。もし、このうち
25%を ADR に付し、訴訟を回避すると、その地域で年間 625,000 ポ
ンド節約できるとしている。職員の 86%はメディエーションのスキルに
ついてトレーニングを受けていないが、認識度の低さにも関わらず、地
方自治体の職員は、メディエーションは、契約紛争と建設の事例に最も
効果的(most effective)であり、司法審査および負債救済事例にも効
果的であると述べている。
ウルフ卿は、2002年11月に、スロベニアで行なわれた ADR カ
ンファレンスのための ADR Group とのビデオインタビューにおいて、
1999 年 4 月の民事訴訟法で ADR を組み入れた後、多少はイギリスの
訴訟文化に変化があったかもしれないが、それほど法律家によって発展
されていないことを指摘し、その原因について、「ADR を強制しなかっ
たためである」と述べている15。
しかしながら、政府は ADR と裁判制度との最適な関係を模索し続け
ており、2003 年 10 月 29 日、1500 万ポンド(日本円で約 289,500
円)の予算を投じて、2004 年 4 月までに全国 40 裁判所で機能する試
験スキームを発表した16。この試行(pilot)は、3 つの形態をもつ:
①
市民のメディエーションの認識度向上のために情報をパンフレット
その他の手段で提供することで促進させる
14
イギリスの法律事務所とブリストルに拠点をもつ ADR Group が行なった地方政府に
関する調査。The Survey ADR and local government report jointly produced by law
firm Nabarro Nathanson and the Bristol-based ADR Group of unitary authorities
in England and Wales reports (ADR Group Ymediate- Issue #4 より)
http://www.adrgroup.co.uk/ymediate4.html (2003 年9月 10 日アクセス)
15
http://www.adrgroup.co.uk/news_nov7_2002.html(2003 年9月 10 日アクセ
ス)http://www.adrgroup.co.uk/ymediate4.html (2003 年9月 10 日アクセス)
16
http://www.adrgroup.co.uk/events.html (2003 年 12 月 8 日アクセス)
12
②
裁判所のメディエーションアドバイスデスクがメディエーションに
関するアドバイスと支援を行なう
③
ロンドン中央下位裁判所における「オプトアウト」メディエーショ
ン・スキーム。当事者はメディエーションに参加することが要請され
るか、メディエーション手続を踏みたくない場合は、裁判所にその理
由を述べなければならない。
③の当事者が参加することが要請されるという試みは注目に値する。
ADR 機関としては、CEDR や CIArb 等が活躍している17。CEDR は、
1990 年 11 月 14 日に財界と専門家のアドバイザーの支援の下に ADR
の利用を推進奨励することを目的に設立された非営利組織である。その
役割は、商業的メディエーションによる認識度と標準の発展にあり、主
に、建築、保険、情報技術の分野で ADR を提供してきた。CEDR の紛
争解決および予防サービスである CEDR Solve は 10 年間で 6000 件
の商業的メディエーションの照会を手掛けている。
CIArb(Chartered Institute of Arbitrators)は、もともとは仲裁人を
統合する組織として 1915 年に設立された非営利組織である。主に建
築紛争の仲裁を行なうために設立されたが、現在は仲裁によってビジネ
スや商業活動分野のための紛争を解決するだけでなく、メディエーショ
ンや裁定(アジュディケーション18)といったほかの ADR も利用する
17
イギリスの ADR 機関をいくつかリストアップしているサイトとして、
http://www.venables.co.uk/adr がある。これは、弁護士のためのコンピューターコン
サルタント兼インターネットの法律問題の著述家である Delia Venables という個人によ
って運営されている。
18
イギリスでは、Adjudication は技術的な問題を裁決するためにエキスパートを使用す
ることを意味し、本来、Housing Grants, Construction and Regeneration Act 1998
に規定されているような建設に関する紛争に使用されてきた。そこでは、判定は少なくと
も暫定的には(on an interim basis)当事者を拘束する。暫定期間の後、仲裁等のほかのプ
ロセスが最終的な解決のために当事者によって利用される。(CIArb Glossary
13
ことで紛争解決の促進にあたっている。同組織の関心は活動分野を広げ、
教育サービスを普及させることにある。
(3)ADR が活用されている分野
イギリスでは、ADR の中でも、国際商事取引および建築紛争における
仲裁19や労使紛争におけるコンシリエーション20は比較的多く利用され
てきた21。
現在では、家事、コミュニティ、ビジネス一般において ADR の活用
の場が広げられている。
① 家事
家事の分野においては、1996 年家族法(Family Law Act 1996)
で、訴訟よりもカウンセリングやメディエーションの利用を奨励して
いる。これは当事者の意思に反して強制されるものではないし、家庭
内暴力が問題となっている場合には除かれる。また、これにより、法
律扶助制度(legal aid)が提供されるようになった22。
② コミュニティ
アメリカの影響を受けて 1980 年代後半から、騒音やペット等の近
隣関係、賃貸借、学校等コミュニティから生ずる紛争を解決するため
(http://www.arbitrators.org/DRS/adr_def.htm(2003 年 9 月 10 日アクセス))より。)
20
田中英夫『英米法辞典』によれば、コンシリエーションとは「争訟的方法によらずに紛
争を解決する手続。両当事者が合意によって解決に到達することを目的とするから、たと
えコンシリエーター(conciliator)が解決案を示す場合にも、それは当事者を拘束するもので
はない。」と定義されている。コンシリエーションとメディエーションの違いは、コンシ
リエーターはメディエーターと違って解決策を提案することができる(FenwickElliot(イギ
リス))。
21
我妻学【2001】13 頁。
22
法律扶助の対象となることを法律で規定されている ADR は、家庭事件のメディエーシ
ョンだけであるが、資金供与の指針により、民事事件のメディエーション、仲裁、早期中
立評価(Early Neutral Evaluation; ENE)その他の ADR も法律扶助の対象となることを
明確にしている。ただし、メディエーションについては、メディエーターがソリシタ協会
等法律サービス委員会が認証している機関から資格を認定されていなければならない。
(我
妻【2001】17 頁)
14
に、無料ないしは廉価で紛争当事者に助言を与え、紛争解決を図るコ
ミュニティ型 ADR が普及し、地方公共団体や慈善団体等からの出資に
よって運営されている。Mediation UK23がコミュニティのメディエー
ションの中心的な役割を担っており、各地域のコミュニティ・メディ
エーション局(local mediation service)と相互にネットワークを結ん
でいる。
コミュニティのメディエーターはボランティアが多く、地域のコミ
ュニティ・メディエーション局はこうしたボランティア・メディエー
ターに対して無料で教育プログラムを提供している。数週間にわたっ
て実務重視の教育(すなわち、エクササイズやロールプレイを重視)
を通常、オフィスアワー外に行う。
また、Mediation UK によって開発され、同機関と National Open
College Network によって承認された(accredited)、全国的に承認
されたプログラムをトレーニングとして実施している。
(4)最近の動向
最近では、eSettle.co.uk24や e-mediator25、Intersettle.co.uk26、
23
コミュニティの紛争を解決する手段を発展させることに従事する全国的なボランティア
組織。1984 年に被害者支援者や学識経験者の非公式の会合の結果、FIRM(Forum for
Initiatives in Reparation and Mediation)という名で設立された。当初は犯罪の被害者の
苦痛を和らげる役割だったが、1991 年に近隣メディエーションや学校のトレーニングま
で事業を拡大し、名前も Mediation UK に改めた。中央ブリストルに拠点をもつ、全国的
な慈善団体(national charity)で、15 名のスタッフからなる。現在、Mediation UK は 300
ものメディエーション部局を代表する。
24
初めて英国で、完全に自動化された、オンラインの苦情処理システムを提供した。
http://www.e-settle.co.uk
25
Maggie Kennedy というソリシタ(事務弁護士)によって運営されているオンライン
のメディエーションサービス。オンラインのあつらえの(bespoke)トレーニングを提供して
いる。http://www.e-mediator.co.uk/
26
スコットランドのオンラインのネゴーシエーション・サービスを提供する。
http://www.intersettle.co.uk/homepage/
15
TheClaimRoom27など、オンラインで ADR を提供する、いわゆる
ODR(Online Dispute Resolution)の機関もある。
(5)備考(背景知識その他)
特になし。
1.1.4 フランス
(1)制度概要
フランスにおいては、米英ほど民間レベルでのADR28は盛んではな
い。しかし、国レベルでは従来から数々の試みがなされてきた。
もともとフランス近代法の幕開けとなった革命期には司法に対する強
い不信感、あるいは博愛(fraternité)のスローガンがあったことから、
裁判所による強制的紛争解決よりも私人による自主的紛争解決が望まし
いものと考えられていた29。そこで、早くも 1790 年の法律で初めて訴
訟上の和解(conciliation30)が制度化され、和解前置主義がとられたが、
これは殆ど実質を失い、大審裁判所については 1949 年に最終的に廃止
される。
1970 年末に訴訟が激増したことに伴い、裁判外の紛争解決制度が再
評価され、調停人(conciliateurs)制度の導入を始めとしていくつかのA
27
http://www.theclaimroom.com/
フランスでは、ADR は、MARL(mode alternatif de règlement des litiges(代替的
訴訟解決法); mode alternatif de résolution des litiges(代替的訴訟解決法)、
MARC(mode alternatif de résolution des conflits(代替的紛争解決法)、
MARCEL(mode alternatif de résolution des conflits en ligne)と呼ばれている。(*
règlement も résolution も「解決」という意味である)
29
町村泰貴『フランスにおける最近のADR動向』亜細亜法学第 35 巻第 2 号(2000 年
12 月)
30
フランスでは conciliation と médiation の用語については注意を要する。詳しくは、本
文後述の備考を参照。
28
16
DRの試みがなされたが、法曹界(特に司法官組合)のADRへの反発
および消費者団体などの反対が大きかったため、その多くが凍結・中止
された31。しかし、その後も訴訟の増加は一途をたどり、1990 年代以
降、民事訴訟法でも刑事訴訟法でも、ADRの議論が盛んになり、法的
にもメディエーション(médiation)の導入が進められた。特に、1996
年施行の新民事訴訟法32第 131 条 1 項では、裁判所付属型 ADR の利
用促進のための立法がなされ、まだ小規模であるが ADR の活用が始ま
っている。
裁判所付属型だけでなく、CMAP 等民間型 ADR への事件の付託も行
なわれている。
(2)ADR の利用の状況
全体を概観できる統計資料は見当たらないが、CMAP のメディエーショ
ンにみられる主な活動部門は以下のとおりである33。
・販売 5%
・サービス 19%
・不動産 14%
・商用リース 4%
・近隣 6%
・情報 5%
・出版プレス 6%
・保険 14%
・その他 12%
(3)ADR が活用されている分野
① 刑事
フランスでは、刑事分野でのADR(médiation penale)が特に発達
31
32
33
山本和彦『フランスの司法』有斐閣(1995)107 頁。
Nouveau Code de Procedure Civile.
http://www.cmap.asso.fr/ “Les secteurs d’activité”.
17
しているといわれている34。1993 年の刑事訴訟法改正法35では刑事A
DRが明文化された36。この規定に基づいて刑事司法の場面では多くの
メディエーションがなされるようになり、訴追件数の 1 割以上がメデ
ィエーションに付され、その割合は年々増加している37。
② 労働
労働審判所(Conseil prud homme)の調停部が個別的労働紛争の
解決に伝統的に重要な役割を担ってきた38。特に 1960 年代には新受
事件の約 3 割が調停部の合意により終結したが、近年は極めて少ない
39
。
③ 行政
行政分野では、1973 年に共和国オンブズマン(médiateur de la
Republic 40 )が創設された。これは、スウェーデンのオンブズマン
(ombudsman)に示唆を得た制度41で、いわゆる行政オンブズマン
である。
④ 消費者
34
山本【1995】114 頁。
1993 年 1 月 4 日法律 93−2 号 6 条において、刑事訴訟法典 41 条末項に追加規定
(町村前掲論文、236 頁)。
36
共和国検事は、①被害者の損害の回復が図られる、②犯罪行為から生じたトラブルが決
着する、③被疑者の社会復帰に寄与することが見られる場合は、公訴提起を決定する前に、
当事者の同意を得た上でメディエーションに付すことができるものとしている。
37
町村前掲論文、236 頁。
38
山本【1995】108 頁。労働法典R516-13 条は「メディエーション部は当事者を審
尋し、その説明を聞いて、和解させるよう努める。和解は調書に記載される」と規定し、
調停前置主義をとる
39
町村前掲論文、233 頁。
40
http://www.mediateur-de-la-republique.fr/
41
市民から国,公共団体,公施設及びすべての公役務遂行機関の運営に関する請願
*
réclamation を受ける.請願は国会議員の仲介を経て行われなければならない.斡旋員
(注:辞典では共和国斡旋人と訳している)は,特定の事件につき行政機関の態度の再考
を促し,行政上の取扱原則や実務処理についてその改善を求めて「勧告*recommandation」,
さらには「提案 proposition」を行うことができる.任期6年で大臣会議を経たデクレによ
って任命され(再任不可),身分を保証されるとともに,他のいかなる機関からの指示も
受けないものとされる(1973 年 1 月 3 日法).(山口俊夫編『フランス法辞典』東京大
学出版会(2002 年)。)
35
18
消費者紛争は係争利益の一般的少額性から司法的解決に適していな
いことと、同種事件の大量性により、一般にADRの主たる活動舞台
になっている。フランスでこの分野のADRを熱心に推進してきたの
は国であるという。1977 年には私書箱 5000(Boites postales
5000)という、消費者に法的な情報および援助を与えて相手方業者と
の交渉を仲介するとともに、個別事件を超えて一般的な消費者問題の
解決をもその目的としている制度が創設された。その仕組みは以下の
とおりである:消費者が苦情の手紙を私書箱 5000 宛てに送る。それ
を受け取った各県の競争・消費者部(DDCCRF)がその苦情を適切
な機関(例:消費者の代表、事業者の代表)に振り分ける。これによ
って解決しないときには、当事者の合意によってメディエーション委
員会に付託する。ほとんどのケースで最初のメディエーションで話し
合いによる解決に達しているようであり、それによって、消費者に金
銭が返還されたり、賠償金が支払われたりしている42。
その利用状況は地方によって異なるが、あまり成功していないと評
価されている43。というのも、消費者団体は消費者からの苦情を受け
付けることによって会員数を維持しているが、このような方法では、
消費者団体としての会員が増えないため、消費者団体自体によってこ
の解決方法があまり望まれていないからである。また、文書によらな
ければならない点もこの制度の利用に対する障害になっているようで
ある。
このほか 1989 年には倒産状態にある消費者の和解的債務調整の
ために行政委員会(フランス銀行地方支店等)が設けられた。これはカ
ード破産を背景にしたものだが、1990 年代に大幅拡充された44。
42
山本【1995】110 頁、経済企画庁国民生活局編『消費者取引と紛争解決』(平成 10
年 7 月)86 頁。
43
経済企画庁前掲書、86 頁。
44
町村前掲論文、234 頁。
19
こうした国主導のもののほか、民間では、保険会社がメディエーシ
ョンの制度をつくっている45。
⑤ 家事
家事の分野については、フランスでは珍しく公的セクターよりも組
合等の私的なイニシアティブがむしろ中心となっている46。この分野
の特長としてあげられている問題としては、第一に、手続面と問題と
して、裁判所と連携せざるを得ない点がる。第二に、紛争対象の性質
上、メディエーターは弁護士等法曹関係者よりも福祉委員や教育士な
ど心理療法専門家(セラピスト)の方が適当とされる47。
⑥ 一般民事
図表 1.1−4
フランスにおける民事訴訟改革
1806 年
旧民事訴訟法
1970 年前半
民事訴訟法典
1978 年
1978 年 3 月 20 日デクレ →社会党政権となると廃
78-381 号
→1949 年廃止。
止を検討されるようにな
コ ン シ リ エ ー タ ー り、新たなコンシリエータ
(conciliateur)を創設。裁 ーの資格付与も停止。しか
判外での和解を促進するた し、その後さらに政権交代
めの制度で、コンシリエー とともに活用されるよう
45
最大手のUAPが 90 年に元控訴院長によるメディエーション制度。相互保険協会も各
社内レベルと全国レベルでメディエーション・システムを儲ける。(山本【1995】111
−112 頁)
46
「父および子供の協会」
(APME)や「親と教育士(éducateur)の学校」
(山本【1995】
112 頁。)
47
実際、APME の団体主催の家事メディエーター研修組織には弁護士の登録は殆どなく、
福祉委員等が中心になっているようである(山本【1995】113 頁)。
48
我が国の簡易裁判所に相当。
20
ターを介して設立した和解 になる。1996 年 12 月
については、小審裁判所48 13 日デクレ 96-1091
裁判官が執行力を付与する 号で改正。
ことが認められている。
1990 年
「通常裁判権におけるメデ →上院で否決されたため
ィ エー ション に関 する法 に廃案
案」
1996 年
1996 年 7 月 22 日デクレ
96-652 号 2 条により、
新民訴法 131-1 条から
131-15 条まで民事の司
法メディエーターの規定が
挿入された。
裁判所が両当事者の合意を
得て調停人をすることが可
能 とし て、裁 判所 付属型
ADR の促進を規定49。
1996 年
1996 年 12 月 13 日デク
レ 96-1091 号。
1978 年 3 月 20 日デクレ
78-381 号を改正。1 条 2
項で、起訴前のコンシリエ
ーションを司法コンシリエ
ーターの任務とした。
49
具体的には、受訴裁判所は当事者の同意があるときは 3 ヶ月を越えない期間を定めて仲
介制度に付す決定をすることができるようになった。メディエーションが成立すると、そ
の合意は裁判官が認可(homologuer)することにより執行力が付与される。
21
1998 年
法律へのアクセスおよび紛
争の友好的解決に関する法
律。
あらゆる社会階層の人々が
紛争解決の際に弁護士を利
用できるように弁護士費用
の 財政 的支援 を保 証する
が、刑事事件におけるメデ
ィエーションだけでなく、
民事紛争におけるメディエ
ーションの際にも弁護士へ
の謝礼のために融資が受け
られるとし、ADR の利用
による紛争解決を促進。
⑦ その他
そのほか、映画50や放送51に関するものも存在する。
(4)最近の動向
フランスにおいても ADR の選択肢が広がりつつある。裁判所付属型
では、médiation、仲裁のほか、ミニトライアルも最近は利用されている
ようである52。しかし、米英と違って、訴訟解決のために ADR を使える
可能性を弁護士がクライアントにいうプラクティスにはまだ程遠いとさ
50
Médiateur du cinéma.
Médiateur en matière de radiodiffusion, de télédiffusion par satellite et de
retransmission par cable d une oeuvre(番組の衛星によるラジオ・テレビ放送、ケ
ーブルの再送信のメディエーター).
52
『対日アクセス実態調査報告書』JETRO(平成 13 年 6 月)82 頁。
51
22
れる53。しかしながら、最近は考え方もかわってきて、弁護士はクライ
アントに対する最良のサービスを提供することを配慮してますます
ADR を活用することに関心を持ってきているという。パリの紛争解決セ
ンター (Centre de Resolution des Conflits)によれば、「何の疑いも
なく(sans aucun doute)、ADRの中で最も普及しているのは、メ
ディエーションである」としている54。
メディエーションの機関としては、まず、CMAP(Chambre de
Médiation et d'Arbitrage de Paris パリメディエーション・仲裁セン
ター)がある55。これは、パリ商工会議所によって設立され、パリ商工
会議所の会員(27 万 3000 人)に紛争解決手続(メディエーションお
よび仲裁)を提供している非営利団体である。慣習的なメディエーショ
ン(médiation conventionelle)を 92%行なっているほか、裁判所付託
型メディエーションを取り扱っていること(63%)が特徴である。また、
国内だけでなく国際紛争を取り扱っている。また、「CyberCMAP」と
いう、商事紛争を対象に電子メールを利用したメディエーションも行な
っている。
また、最近は、コミュニティの紛争解決のためのADRを担う機関も
出てきた。「法のブティック」(Boutique de droit)は 1980 年に、日
常的紛争を地区(quartier)のレベルで、法規範によらず、法の専門家によ
らず、地区住民自身の手によって自治的に解決し、同時に地区のコミュ
ニティとしての一体性を高めることを目的としてリヨンに設立された56。
同組織は地区の中で恵まれない人々に司法へのアクセスを容易にし、被
害者に援助を提供するとともに近隣や家庭等の紛争・問題に取り組むた
53
54
55
56
Centre de Résolution des Conflits http://www.crcsolution.org
http://www.crcsolution.org の FAQ.
「パリ仲裁・調停センター」と訳されることもある。
山本【1995】117 頁。
23
めに住民からメディエーターを形成する57。これは 70 年代以降アメリ
カ で 盛 ん に な っ て い た 近 隣 正 義 セ ン タ ー (neighborhood justice
center)の影響を受けるとともに、大都市近郊地域の移民・犯罪の増加の
中で、地区の一体性・安全性を高めるという緊急の要請に基づく試みで
もあった58。ブティックの活動分野は①司法へのアクセスサービス(日
常生活の分野におけるあらゆる法的情報の提供)、②被害者の支援サー
ビス、および③médiation のサービスである。メディエーターはすべて
無償のボランティアで、法のブティックの設立趣旨から地区住民の中か
ら選ばれ、選任の基準は特に定められていないが、地区の人口層をなる
べく反映した構成となるよう配慮しながら、地区組合活動等に熱心な者
に声をかけることが多いという59。1988 年には、メディエーションの
教育手法を確立することでメディエーションを促進させる目的で、AM
ELY(Association de Médiation de LYon)が設立された(後述)。
そのほか、学校現場におけるメディエーションの教育プログラムが各
種あることから、アメリカ合衆国の状況に接近してきているように思わ
れる。
(5)備考(背景知識その他)
フランス語の conciliation と médiation については日本語訳に混在が
みられるため注意を要する。
① 山本和彦氏
山本和彦氏は、conciliation を「調停」、médiation を「仲介」と
57
http://amely.ifrance.com/amely/boutiquedroit.html
山本【1995】117 頁。運営資金は年間 20 万∼25 万フラン(1994 年当時 400 万
∼500 万円)で、半分を国(司法省と都市省が半分ずつ)が、残り半分を地方公共団体(ロ
ーヌ県、市(リヨン・ベニシュー))および財団(移民社会同化財団)が各 1/3 ずつ負担
して運営している。(移民財団による負担はブティックが主に移民の多い地区に置かれ、
移民関係の事件(特に刑事)が多いからである。
59
山本【1995】119 頁
58
24
訳す。同氏の『フランスの司法』(1995)では、フランスではじめ
てADRに関する本格的研究書
La médiation: une justice
douce (仲介:穏やかな司法)を著したボナフェシュミット氏によ
る定義が紹介されている60:仲介(médiation)とは、第三者が当事者間の
会合を指揮し、各当事者の見解を明示させることなど、その援助によって紛争
解決を図ることを目的とした手続で、基本的にはアメリカのADRと同義であ
る。調停(conciliation)との違いは微妙であるが、調停では第三者の関与は必ず
しも必要的ではないし、第三者が加わった場合もその介入の程度は仲介に比べ
て弱いものに止まるとされる。
② 町村泰貴教授
一方、町村教授は、conciliation を「和解(広義では調停作用も含
む)」、médiation を「調停」としている。
③ フランス法辞典
なお、山口俊夫編『フランス法辞典』東京大学出版会(2002 年)
には、下記のように定義されている。
conciliation
〔一般的に〕①和解(契約)◇紛争当事者が示談・妥協により,または,一方
もしくは双方の主張の放棄により,裁判所の判決や第三者の仲裁裁定に基づく
ものではなく,当事者自身の間の合意により紛争を解決すること.
②和解(勧解)手続
preliminaire de −
和解(勧解)前置◇判決手続に先立ち,とくに法律が判
決手続を事前の和解(勧解)手続に依存させ(かつ,その失敗に依存させ)て
いる場合に,和解・調停の試み tentative de conciliation に与えられる呼称.
tentative de −
和解・調停の試み◇訴訟手続開始前に,または訴訟手続中い
つでも,判事の主導によってなされる和解・調停の試み(新民訴 127 条以下).
60
山本【1995】116 頁。
25
③調停◇〈*médiation 斡旋〉,または〈*arbitrage
仲裁〉と対比・区別され
る,紛争調整手続の一態様.
médiation
《通義》斡旋◇一方で,紛争当事者に対して積極的に解決斡旋案を提示する点
で,調停*conciliation のように当事者の立場の接近を図るにとどまらないが、
他方で仲裁人による仲裁*arbitrage と異なり,解決案の受諾を強制することは
できない.より漠然と,紛争の終息を目指して当事者の主張・立場の一致点及
び不一致点などを確認するよう働きかける活動をいうこともある.
1.1.5 ドイツ
(1)制度概要
ドイツにおける ADR では、仲介人制度が最も多く利用されていると
される61。仲介人制度はハンブルク州を除く各州が州法で規定している
もので、軽微な刑事事件および民事紛争を対象に、仲介人が和解手続き
を行うものである62。
この他の ADR 実施機関としては、自動車や金融、建築業協会等の業
界団体等が設置する業界ごとの仲裁機関を挙げることができる。また、
民間組織としては DIS (ドイツ仲裁協会)や、企業消費者間の紛争を含む
経済調停を専門とする gwmk(経済調停紛争管理協会)などが活動してい
る。特に DIS は 1974 年の創設と、長期間にわたって、出版活動を含む
仲裁の普及促進活動を行っている。
な お ド イ ツ で は 、 1998
年 に 仲 裁 法 ( Deutsches
Schiedsverfahrensrecht)を制定している。ただしこれは基本的に仲
裁(Arbitration)の手続について規定したもので、仲裁人の資格について
は特に定めていない。
61
三上威彦「比較法的視点からみたわが国 ADR の特質−ドイツ法から」『ジュリスト』
No.1207(2001年9月)
62
「消費者契約法(仮称)の制定に向けて(第 16 次国民生活審議会消費者政策部会報告)」
(1999年1月)
26
(2)利用の状況
ドイツにおける ADR の利用状況についての、全体的な統計は発見で
きなかったが、日本貿易振興会の調査によれば、1999 年の DIS での調
停・仲裁受理件数は数十件と推定されている63。
また、損保ジャパン総合研究所の調査によれば、1994 年における医
療関係の仲裁新規申し立て件数は 7,934 件となっている64。
(3)ADR が活用されている分野
ニーダーザクセン、ラインラント・プファルツ州、ザクセン州などで
は、ほぼすべての地方自治体/市ごとに仲裁機関が設置されており、市
民間の紛争の解決にあたっている模様である65。
また、業界団体等が専門の仲裁機関を設けている分野もある。例えば、
以下のような分野で仲裁機関が設けられている。このうち特に設置数が
多いのは自動車に関する仲裁機関である66。
・商業
・消費者相談
・金融(銀行)
・職人および職人組合(営業区域や支払に関する紛争が対象)
・自動車(主に中古車取引に関連する紛争を対象にする)
・建築業協会(主に業界関係者間の紛争を対象にする)
63
司法制度改革推進本部 第1回 ADR 検討会での配付資料による
砂川知秀『ドイツにおける医療過誤の現状』損保ジャパン総合研究所「総研クォータ
リー Vol.21」(1997 年)
65
Europe Commition, “Out-of-Court Bodies in the Member States”
(http://europa.eu.int/comm/consumers/redress/out_of_court/commu/acce
_just04_fi_ccb1_en.html)
66
同上
64
27
さらに、発明品に関する紛争や、著作権使用料に関する紛争、職業訓
練中の紛争、使用者と経営協議会との紛争などいくつかの領域では、裁
判に先立って ADR を利用すべきことが法定されている67。
(4)最近の動向
ドイツにおける、最近の動向については充分な状況把握ができていな
い。
1.1.6 オーストラリア
(1)制度概要
オ ー ス ト ラ リ ア に お け る ADR で は 、 メ デ ィ エ ー シ ョ ン 、
Conciliation
や
Facilitation
、法的な立場から紛争の評価と助言を
行う expert appraisal および neutral evaluation など、さまざ
まな方式がとられている。この中で最も広く利用されているのがメディ
エーションであるとされる68。
ADR 実施機関は、連邦および州裁判所に付設されたもののほか、連邦
および州の各種審判所(tribunal)や各種オンブズマンも ADR サービスを
提 供 し て い る 。 ま た 、 ACDC ( Australian Commercial Disputes
Centre:オーストラリア商業紛争センター)などの民間機関で ADR サ
ービスを提供しているところも数多く存在する。
ADR サービスを担うメディエーターについての全国的な認定制度は
存在しないが、オーストラリア首都地域では 1997 年の Mediation Act
により認定制度が設けられている。ただしこの法においても、具体的な
基準は承認機関(approved agency)が独自に設定することになってい
67
[三上2001]
池田辰雄「アジア・太平洋諸国における ADR 制度の現状と展望」アジア・太平洋法制
ADR 研究会(編)『アジア・太平洋諸国における ADR(アジア・太平洋比較法制シリ
ーズ3』(2002年)p3
68
28
る。また、ADR 実施機関が仲裁人やメディエーターを選定する際に独自
の基準を設けることも多い。例えば IAMA(The Institute of Arbitrators
and Mediators Australia:オーストラリア仲裁人・メディエーター協
会)や、ニューサウスウェールズ法曹家協会(the Law Society of NSW)
などでは、ACDC が行う認証の取得が仲裁人・メディエーター選択の際
の基準の1つとされている模様である69。
(2)利用の状況
ADR の利用件数については、オーストラリアの ADR に関する諮問機
関 で あ る NADRAC ( National Alternative Dispute Resolution
Advisory Council)が集約しているが、ADR 実施機関ごとに件数の定
義や利用可能な統計が異なっており、連邦全体としての利用件数の把握
は困難である。
最も取扱件数が多かった機関は、連邦裁判所の1つである
Family
Court of Australia であり、2000 年度に取り扱ったメディエーショ
ンは 20,890 件であった70。
(3)ADR が活用されている分野
オーストラリアの ADR、特にメディエーションは広範な分野で活用さ
れており、産業関連では、通信や金融(銀行および保険、クレジット等)、
電気機器等でのオンブズマンがADRサービスを提供している。
また、州によって、特定分野の紛争に対してメディエーションの採用
を義務づける動きも存在する。例えばニューサウスウェールズ州では、
農業の経営のために負担した負債のうち、譲渡抵当によって担保されて
69
ACDC public training courses 資料による(http://www.acdcltd.com.au/)
“ADR Statistics 2003”, National Alternative Dispute Resolution Advisory
Council
70
29
いるものについては、競売の申し立てに先立って債権者と債務者たる農
業従事者との間でメディエーションを行うことが義務つけられている。
債権者は、調停が不調に終わった旨調停者が証明書を発行するまで、担
保の執行を行うことができない。同州では他にも、小売店舗の賃貸借に
関する紛争について、調停が不調であった場合および案件が調停に適さ
ないと裁判所が認めた場合を除いて裁判所における手続きに入ることが
できないことを規定した小売店賃貸法(Retail Leases Act)を定めてい
る71。
一方、メディエーション以外の ADR 手続きのうち仲裁については、
建築紛争や国際紛争等で利用されるにとどまっている。
(4)最近の動向
オーストラリアにおける ADR について、数多くの機関が存在して活
況を示す一方、実践のための普遍的な標準や、基本原則に基づくトレー
ニングが行われていないことなどを指摘する意見もある72。
こうした状況に対する対応策の1つとして、NADRAC では ADR に
関わる用語について定義する作業をその中心的な活動の1つに位置づけ
ている。
2003 年に入ってから公表された定義には、
Mediation
Conciliation
と
の区別や、法廷における紛争解決手続きの呼称などが含ま
れる。これによれば、 Conciliation と Mediation の違いは、実践
者(practitioner)が紛争の内容に関して助言的な役割を果たすか否かに
よって区別されることとされた。また、メディエーションそのものの定
71
Gerald Raftesath「オーストラリアにおける裁判外紛争解決制度」アジア・太平洋
法制 ADR 研究会(編)『アジア・太平洋諸国における ADR(アジア・太平洋比較法
制シリーズ3』(2002年)p127∼128
72
第3回国際民商事法シンポジウム「アジア・太平洋諸国における ADR の現状と課題」
(2002年 2 月15日)における Gerald Reftesath の発言による
30
義は「紛争の両当事者がメディエーターの助けを借りて、対立点を明確
化し、解決のための選択肢を開発・検討し、合意に達しようとする過程」
とされ、当事者間による合意点の発見というプロセスを重視しているこ
とが伺える。
1.2. 主要国における ADR 担い手育成の体制
1.2.1 米国
(1)主な ADR 機関
全米レベルで見た場合には、1.1.1(2)でも述べたように、非営利団
体として全米最大のADR機関である AAA(American Arbitration
Association)や民間企業である JAMS が代表的な機関である。
カリフォルニア州では、DRPA73が存在し、地域における紛争解決サ
ービスを行うための財政的な支援がある。およそ 200 ドルの提訴費用の
うち 8 ドルが地域の紛争解決機関に流れる仕組みができている。下に、
ロサンゼルス郡における 17 の紛争解決サービス提供機関を挙げる。
図表1.2−1 DRPA に基づく 17 の紛争解決サービス提供機関(カリ
フォルニア州、ロサンゼルス郡)74
-
Milton Miller Memorial Fund dba Western Law Center for Disability
Right
-
Asian Pacific American Dispute Resolution Center
-
California Academy of Mediation Professionals
-
California Lawyers for the Arts, Arts Arbitration and Mediation
-
Center for Conflict Resolution
-
City of Hawthorne/Centinela Valley Juvenile Diversion Project
73
DRPA:The Dispute Resolution Program Act of 1986(カリフォルニア州 紛争
解決プログラム条例)
74
Communitiy & Senior Services Of Los Angeles County
Dispute Resolution
Program FY 2002-2003
31
-
City of Norwalk, Dispute Resolution Program
-
Claremont Dispute Resolution Center
-
Inland Valley Justice Center, Inc
-
Korean American Coalition, 4.29 Center
-
LA County Bar Association, Dispute Resolution Services, Inc.
-
LA County Dept. of Community and Senior Services, Voluntary
Mediation Services
-
LA County Dept. of Consumer Affairs, Dispute Settlement
Services
-
Loyola Law School, Center for Conflict Resolution
-
Martin Luther King Dispute Resolution Center
-
Superior Court of California, LA County, Alternative Dispute
Resolution Office
-
Office of the LA City Attorney, Dispute Resolution Program
(2)人材育成の主な主体
人材育成の主な主体は、ADR 実施機関と大学である。Loyola Law
School の よ う に 大 学 内 に ADR 実 施 機 関 が あ る 場 合 も あ る が 、
Pepperdine 大学のように、紛争解決を理論的に研究し、教育を行って
いる機関もある。
①AAA
AAA でもメディエーションのトレーニングを行っている。標準的なカ
リキュラムは 40 時間で、クラス規模は最大 25 人の参加型中心のトレ
ーニングを行っている。AAA でのトレーナーは、弁護士等の法曹関係者
が行う場合が多いようである。
②Pepperdine Univ
Pepperdine 大学では、紛争解決に特化した修士課程を有する全米で
唯一の大学である。修士課程では、360 時間のコースになる。大学内
32
には紛争解決センター的なものはないが、教官はすべて何らかの形での
実務家であり、大学外で実務を学ぶエクスターンシップも必須カリキュ
ラムとして組まれている。
③Loyola Law School
Loyola Law School では、大学内にコミュニティ向け紛争解決センタ
ーが設置されている。地域住民向けのトレーニングコースを行うと共に、
法学部の学生に対しても紛争解決を教えている。2 学期(224 時間)が
基本的なコースであり、1 学期の最初は理論と模擬実習であるが、1 学
期途中以降は実務が中心になる。実務では、コミュニティ紛争の電話受
付から始まり、メディエーションの見学や、コ・メディエーターとして
の参加まで多様である。この大学では、スペイン語のみを話す貧しい地
域住民に向けたバイリンガルな紛争解決サービスを行っている。
④アジアパシフィック紛争解決センター(Asian Pacific American
Dispute Resolution Center)
アジアパシフィック紛争解決センターも Loyola Law School と同様
の、カリフォルニア州の支援を受けている紛争解決サービス機関である。
(3)公的資格について
1.1.1(1)でも述べたが、メディエーターとなるべき全米での資格要
件は存在しない。
カリフォルニア州の場合には、州が認める 25 時間のトレーニングプ
ログラムが存在する。トレーニングプログラムは、裁判所内、コミュニ
ティ、若者向け、その他の 4 種類に分類されている。(下図参照)
カリフォルニア州で、メディエーターに対して公的資格を与えている
のではなく、トレーニングプログラムに対して認証する構造になってい
33
る。
図表1.2−3 カリフォルニア州 LA 郡トレーニングプログラム例75
他の州でも 40 時は程度のプログラムが標準的であるといわれる。
(4)メディエーターの需給等の課題
大学の授業料は安くないが、大学を卒業したばかりの若い人たちがメ
ディエーションの実践を積める場が少ない。その中で、ボランティアベ
ースのメディエーション(多くはコミュニティベースの近隣間や借主と
大家の紛争など)の機会が実践の場となっている。メディエーターをイ
ンスタントに養成すること困難である。また、トレーナーズトレーナー
を育てるのは容易ではない。難関である Pepperdine 大学を卒業したか
75
http://dcss.co.la.ca.us/DR/dr_files/trainingsched02-03b.pdf (Communitiy &
Senior Services Of Los Angels County) 2003 年 10 月アクセス
34
らといってすぐに経済的成功が約束されているわけではない。
利益に基づく交渉をベースとしたメディエーションが主流となりつ
つあるが、従来型の評価的なメディエーションも依然として力があると
言われており、状況はさほど単純ではない。
ただし、ここまで見てきたように、米国ではメディエーションの利用
は活況であり、学ぼうとするものも多く、多様なキャリアを持った人た
ちがそのキャリアを生かしつつメディエーターになっている状況があ
る。
1.2.2 カナダ
(1)主な ADR 機関
1.1.2 で述べた ADR Institute of Canada は、ADR 実施機関ではな
く、ADR 専門家の業界団体である。
ADR 実 施 機 関 と し て は 、 民 間 の 会 社 で あ る ADR Workshop
Canada のような会社がある。ここはハーバード大学出身の 8 人の弁
護士によって成り立っている。
(2)人材育成の主な主体
①ADR Workshop Canada
民間会社である ADR Workshop は、ワークショップを主体とする参
加型のトレーニングを行っている。アクティブリスニングの各手法(オ
ープンエンドクエッション、リフレイミングなど)のほか、座席の配置
や距離のとり方など実際的なトレーニングも行っている。トレーナーを
トレーニングするコースもある。
②St. Stephens
35
コミュニティベースの紛争解決を行っている St. Stephens でも3∼
5日のトレーニングプログラムを実施している。
③York 大学
96 年に作られた紛争解決専門の教育部門である。正式な学科としては
まだ認められていないが、将来修士課程のような形で独立したコースに
するために、準備を進めている。
すでに 132 時間の基本コースと 104 時間のアドバンスコースがあり、
年間 100 名以上の卒業者を出している。
(3)公的資格について
1.1.2 で述べたとおり、カナダでも弁護士以外でもメディエーターに
なれる。ADR Institute of Canada は、メディエーションについて 40
時間のトレーニングを受ければメンバーになれる。さらに最近では、公
認メディエーター(Chartered Mediator, C.Med)の制度もできた。
ADR Institute of Canada は自らトレーニングプログラムを持ってい
るわけではなく、他の機関が行うトレーニングを評価したうえでメンバ
ーないし C.Med などを認定している。
(4)メディエーターの需給等の課題
メディエーションは、注目されており利用も増えているが、「専門分
野としては成立しているが、職業としては成立していない」と言われる。
つまり、理論や実践などの専門分野としては確立したが、メディエーシ
ョンだけをフルタイムに行う職業としてはまだまだ未成立であるとい
う意味である。
また、メディエーションは少々トレーニングを受けたからといって、
紛争当事者から声がかかるようにはならず、著名なメディエーターに依
36
頼が集中する現実も指摘される。
York 大学のように紛争解決を専門的に扱うコースを作ったが、就職
について LLM(法学修士)などと比べると見劣りがするとも言われる。
トレーニングを提供する増えているが、若い学習者が、実践をつみ経
験を売りにしていくキャリアデザインの環境整備がもう一つ充分でな
いと指摘されている。
このようななかで、オンタリオ州の 3 つの都市での強制メディエーシ
ョンを裁判に前置する動きは注目されており、今後このパイロット事業
がオンタリオ州全体やカナダ全土に広がる可能性も含めて注意が必要
であると思われる。
1.2.3 イギリス
(1)主な ADR 機関
教育を行なっている ADR 機関としては、下記のような機関がある:
・ Centre for Effective Dispute Resolution Group (CEDR)76
・ Academy of Experts77
・ Alternative Dispute Resolution Group(ADR Group)78
・ ADR Chambers79
76
1.1.3 の(1)制度概要を参照。
イギリスおよび世界中の専門家証人(鑑定人;Expert Witness)のための専門組織で、
90 年代初頭からコスト効率的な紛争解決へのコミットメントとしてメディエーション・ト
レーニングを実施している。
78
イギリスにおける最初の ADR カンパニーである IDR Europe Ltd.がこのグループの始
まり。ADR 市場で国際的に認知されたリーダーで、他の機関と同様、ウルフ改革による英
国の民事司法制度に根本的な変化をもたらしてきた機関。スペインの子会社等を通じて国
際的展開を図っている。3 つのトレーディングカンパニー(ADR Net Ltd.、IDR Europe
Ltd.、ADR Group Family Mediation, Training Ltd.)から成る。ADR のトレーニング
を 13 年間実施しており、これまで 1500 人の調停人および専門家を養成してきた。イン
グランドおよび外国でトレーニングコースを実施している。
79
全世界的な alternative dispute resolution group のイギリス支部。ウルフ卿の改革を
支援するために 1999 年に設立され、ADR 提供者の中で独特なのは、リタイアした法律
卿(Law Lords)・司法卿、高等裁判所・巡回裁判所その他の判事の司法関係者に基礎を
77
37
・ Mediation UK80
・ Professional Mediation Resolutions Ltd. (PMR)81
・ Chartered Institute of Arbitrators (CIArb)82
(2)人材育成の主な主体
①CEDR
メディエーションを理解・実践したいと思っている者すべてを対象
に、5 日間のメディエータースキルトレーニングを行なっている。そ
のほか、ワークショップ(3 日間の日帰りコース)、インターナショ
ナルサマースクール(5 日間の泊り込み又は日帰り)を実施している。
参加者は商業的紛争における効果的なメディエーションに必要なスキ
ルを指導され、CEDR の認定制度(Accreditation)に評価される。
②Academy of Experts
6 日間のメディエーションのトレーニングコース(少人数教育)を
実施している。メディエーションの手続をビデオ等で学んだ後、ケー
ススタディ(模擬メディエーション)やロールプレイも行なわれる。
また、メディエーションの途中であらゆる段階で遭遇しうる問題の分
析と議論も行なわれる。
③ADR Group
ADR のトレーニングを 13 年間実施しており、これまで 1500 人
のメディエーターおよび専門家を養成してきた。イングランドおよび
諸外国で各種トレーニングコースを実施している。具体的には、3 日
置いている。他の ADR 団体とともに、共通のトレーニングプログラムを確立し、産業スタ
ンダードの資格をつくることを試みている。
80
1.1.3(2)②を参照。
81
職場調停における公認のスペシャリストとレーニングをデザイン・発達させるイギリス
における初めての組織。認定コース(certificate course)は PMR によって毎年実施されて
いる。
82
1.1.3(1)の制度概要を参照。
38
間(22 時間)の包括的対話式の「集中トレーニングコース」や 1 日
間(7 時間)のシニアメディエーターが生でメディエーションをやる
のを実際に見学する「生のメディエーションの経験(Live Mediation
Experience)」コースが提供されている。そのほか、CDRom によ
る 2 日間(12 時間)の遠隔ラーニングコースもある。
④ADR Chambers
一般市民向けのワークホップや企業・政府・法律事務所向けのカス
タマイズド・ワークショップを提供している)。アメリカのハーバー
ド交渉術を用い、4 日間、ロールプレイや双方向(インタラクティブ)
のエクササイズを通じて実践的な教育を行う。
⑤Mediation UK
各地域のコミュニティ・メディエーション局が提供する教育プログ
ラムを開発している。これは全国オープンカレッジ(NOCN)83によ
って承認されている。
⑥PMR
企業のチームリーダーやマネージャー、人事部、ハラスメント対策
委員、カウンセラー等を対象にした、6 日間の Public Certificate
Courses がある。受講すると、職場メディエーションにおける全国的
に公認された(nationally recognized)「オープン・カレッジ・ネット
ワーク・クレジット証明書(Open College Network(OCN)Credit
Certificate in
Mediation in the Workplace )」が授与される。
⑦CIArb
もともと仲裁人を統合する組織として設立されたため、仲裁教育が
83
National Open College Network (NOCN)とは、イギリスの生涯教育(adult
learning)の認定(accreditation)サービスプロバイダーである。NOCN は承認された、全
国的な資格授与機関であり、イギリスに拠点をもつ 28 のオープンカレッジネットワーク
(OCNs)の中心的組織である。http://www.nocn.org.uk/
39
中心だが、メディエーションの教育も行なわれている。初級(primary)
コースは 5 日間で、ロールプレイや双方向の(インタラクティブな)
グループディスカッション、ビデオクリップ、デモンストレーション、
講義が行なわれる。受講すると協会のアソシエート会員に申請する資
格を与えられる。
このほか、5 日間のスペシャルイベントも開催されている。これ
は、メディエーションによって商業および建設の分野の紛争がいか
に解決されるかに関心を持っている人すべてを対象とするもので、
形式は初級コースと同様である。
(3)公的資格について
イギリスにおいては仲裁人やメディエーターになることに対する法
規制はなく、弁護士以外でも可能である84。ただ、CEDR の認定制度
(Accreditation)は、多くの専門家団体によって認められているし85、
Mediation UK や PMR の教育トレーニングプログラムを受けると、
全国的に公認された OCN クレジット証明書が授与される。Mediation
UK は特に、すべてのメディエーションサービスが全国的に承認された
基準を満たすように行なわれるべきだとしており、リーガル・サービ
ス委員会(Legal Services Commission)86と共にコミュニティのメ
ディエーションについては「コミュニティ・リーガル・サービス品質
マーク(Community Legal Services Quality Mark)」を発達させ
ることに取り組んできた。この品質マークはコミュニティ・メディエ
84
『対日アクセス実態調査報告書』JETRO(平成 13 年 6 月)89 頁。
例えば、Law Society の民事および商業的メディエーションのためのトレーニング基準
に合致するものとなっている。
86
法的扶助機関(Legal Aid Board)の後継組織として 1999 年の司法へのアクセス法
(Access to Justice Act 1999)の下に設立された公的行政機関(executive
non-departmental public body)。http://www.legalservices.gov.uk/(2003 年 12
月 9 日アクセス)
85
40
ーションのサービスの基準(サービスの運営のほかメディエーターの
実務も含む)を設定し、リーガル・サービス委員会は当該サービスが
基準を満たしているかどうか監査する。
こうした品質マークは、メディエーターの質とメディエーションの
質を確保するのに有効な手段であると思われる。
(4)メディエーターの需給等の課題
コミュニティのメディエーターについては、フルタイムの職業とする
には限界があり、殆どのコミュニティ・メディエーターはボランティア
である。賃金をもらえるのは地域のメディエーション・サービスのコー
ディネーターやマネージャーである。Mediation UK のサイトには、さ
らに別のトレーニングを積んで、家事メディエーションのスキルを身に
つけるなどすれば、障害者や被害者-加害者や職場、家事の分野で有給
の仕事ができる機会があると紹介されている。ほかには、学校やコミュ
ニティの場でメディエーションの教育者(トレーナー)になることもそ
の機会が広げられるとしている。
1.2.4 フランス
(1)主な ADR 機関
フランスでは、CMAP や AMELY など民間機関ほか大学や社会人教育
機関で ADR の教育プログラムがある。
(2)人材育成の主な主体
① AMELY (Association deMÉdiation de Lyon)
http://amely.ifrance.com/amely
1988 年に法のブティックの会員によって設立された、メディエーシ
41
ョン(mediation)教育の研究者が集まる組織である。AMELY では、
1986 年以来、社会的メディエーション、刑事メディエーション(1989)、
家事メディエーション(1990)、学校メディエーション(1993)を
手掛けている。教育はフランス各地域のほか、諸外国の都市(ブリュッ
セル、ジュネーブ、ローマ、トリノ)でも行っている。
メディエーターになろうとする者は、AMELY の主催する研修を受講
する必要がある。
教育プログラムには、日常の紛争管理に住民の関心を呼び覚ますため
の社会的メディエーションのプログラムや、学校現場における紛争管理
を生徒や先生、職員に教える学校メディエーションのプログラムのほか、
法律家を対象にしたプログラム等がある。標準的なカリキュラムは、お
よそ 4 日間、30 時間で、定員は 20 名である。
42
図表 1.2−4
AMELY の「社会的メディエーション」プログラム:
●社会メディエーション(La Médiation Sociale)
入門プログラム。日常生活に結びついている紛争の管理に住民の関心を呼びさ
ます(sensibiliser)ためのプログラム。話し合いや聴くことおよび交渉の技術を
獲得することが必要である。教育の目的は、将来、町のメディエーターが紛争
解決のツール・手法・能力(中立性、秘密保持、公平性、独立性、責任)を身
につけることである。
目的:
・ミディエーション、コンシリエーション、仲裁の概念の違いを区別する。
・メディエーションの機能と手続を区別し、社会的メディエーションのテクニ
ックを身につける。
・社会的メディエーションの実践を始める.。
内容
第1部:メディエーションの概念
メディエーションとは何か/メディエーションの目的/メディエーションの
様々な形態/メディエーションの様々な手続
第2部:メディエーションのプレイヤー
1/メディエーター
役割−権限−義務論(倫理)−戦略
2/紛争の当事者
直接の当事者(原告)、間接の当事者(権限ある第三者等)
第3部:メディエーションの様々な局面(ステージ)
1/準備
メディエーションのおこし方、メディエーション手続によって当事者とコ
ンタクトを取る方法
2/個別のミーティング
・メディエーションのプレゼンテーション:メディエーターの役割
43
・紛争の確認:アクティブ・リスニング(l
ecoute active)
・紛争の理解:修復(restitution)、表現の言い換え((表現をより明確にす
る)(reformulation)、解釈(traduction)
・信頼醸成:テンションを下げる
同意確認:メディエーションに参加することへの同意
・メディエーションのプロセスの選択:直接メディエーション・間接メデ
ィエーション
3/メディエーションのプロセス
1直接メディエーション
・コミュニケーションの促進
・メディエーションのプロセスを管理する
・解決策をみつけるのを手助けする
2 間接メディエーション
・利用するケース:対面のミーティングの拒否
・手法:間接的なやりとり
4/メディエーションの合意
・合意文書の作成
・合意の執行
第4部:メディエーションをめぐる考察
1/メディエーションと正義
自治、公平性
2/メディエーションとソーシャリザシオン(共有化)
場所、新しい団結の形成
44
② CMAP(Chambre de Médiation et d'Arbitrage de Paris
パリメ
ディエーション・仲裁センター)http://www.cmap.asso.fr/教育プロ
グラムには、企業間(Inter-entreprises)メディエーションのプログラム
と仲裁のプログラムがある。企業間のメディエーションの教育プログラ
ムは、法律関係者のほか、企業のトップやメディエーターになりたい者
などを対象に、40 時間行なわれる。ロールプレイ、発表、双方向的な教
育手法で、75%の時間がメディエーターや当事者となって行なう実際的
なエクササイズに当てられる。
③ リュミエール・リヨン第 2 大学心理学研究所
Institut de Psychologie de l'Université Lumière LYON 2
http://psycho.univ-lyon2.fr/
メディエーションの概念(30 時間)、メディエーションにおける関
係性(30 時間)、家事メディエーション(30 時間)、社会的および
職場紛争(企業間)のメディエーション(15 時間)、経済的メディエ
ーション(企業間、消費者と生産者との間)(15 時間)、実習(20
日半)が提供されている。
リヨン第 2 大学心理学研究所は法学部と一緒に、Mediation Judiciare
et Conventionnelle(司法および慣習のメディエーション)の大学証書
(diplôme)を提案している。
④ パリ第 5 大学(ルネ・デカルト大学)ヒューマン・社会サイエンス
学部および心理学研究所
Université René Descartes, Faculté des sciences humaines et
socials et Institut de psychologie
http://www.univ-paris5.fr/
20∼30 人の少人数教育で、全部で 270 時間(理論コース 108 時
間、実践ワーク 60 時間、指導ワーク 102 時間)の教育が行なわれて
45
いる。
⑤ Cnam
(CONSERVATOIRE
NATIONAL
DES
ARTS
ET
MÉTIERS) http://www.cnam.fr/ フランス文部省の監督下にある高
度教育および公共リサーチ機関である Cnam は他分野にわたり、600
以上の生涯教育や資格のための教育等を実施している。教育プログラム
は、メディエーションの理論と実践(120 時間)、コミュニケーション
(60 時間)、メディエーションの法的・心理的・社会文化的な局面(60
時間)、選択科目(メディエーションプロジェクト、家事メディエーシ
ョン、社会的メディエーション、企業間のメディエーション、学校メデ
ィエーション、刑事メディエーション)(60 時間)から成る。
(3)公的資格について
フランスでは、日本の弁護士法のように、仲裁人・メディエーター
になることに対する法規制はなく、弁護士以外でも可能である87。
(4)メディエーターの需給等の課題
1.1.3(3)最近の動向に記述したように、非営利団体やコミュニテ
ィによるメディエーションサービスの提供は盛んになってきているが、
メディエーターの需給のギャップの存在については不明である。
1.2.5 ドイツ
(1)主な ADR 機関
ドイツにおいては、通常の裁判についても日本との比較において、一
87
JETRO『対日アクセス実態調査報告書』89 頁。
46
般市民が利用しやすい環境が実現されているとの指摘がある。88
ドイツの有力な ADR 機関としては、業界団体が設けた業界ごとの仲
裁・調停機関や、民間機関としては DIS や gwmk を挙げることができる。
ニーダーザクセン、ラインラント・プファルツ州、ザクセン州などで
は、ほぼすべての地方自治体/市ごとに仲裁機関が設置されており、市
民間の紛争の解決にあたっている89。
(2)人材育成の主な主体
ドイツにおける人材育成は、主に ADR 実施機関が担っている模様で
ある。
① DIS
ケルン大学法学部と共催で、国際商事仲裁に関するセミナーを実施し
ている。学生および実践初心者が対象ではあるが、DVD 付きの事例集を
用い、事例シナリオに基づく双方向的な学習を行う。特に、仲裁過程で
の心理的要因を重視する点に特徴がある。
講師は、弁護士、大学教授等である。なお、DIS では、専門書や専門
誌の出版にも注力している。
② gwmk
gwmk では、ミュンヘン、ライブチヒ、フランクフルト、エッセンお
よびビールフェルトの商工会議所と提携して、商務上の紛争の調停に特
化した講座を開講している。弁護士、税理士、企業内教育者、その他経
済面での紛争解決に興味がある人を対象としているが、受講資格として、
2年程度の職業経験と、商務・労務での紛争に接触したことが求められ
88
木佐茂男『人間の尊厳と司法権 西ドイツ司法改革に学ぶ』(日本評論社、1990 年)
Europe Commition, “Out-of-Court Bodies in the Member States”
(http://europa.eu.int/comm/consumers/redress/out_of_court/commu/acce_jus
t04_fi_ccb1_en.html)
89
47
る。ケーススタディやロールプレイングなどを含む講座の修了者には、
提携する商工会議所からの認定書が授与される。
講師としては、弁護士やメディエーター、大学教授のほか、経営コン
サルタントも名を連ねている90。
(3)公的資格について
ドイツでの、仲裁人・メディエーター等の公的資格の存在については
確認できなかった。
1.2.6 オーストラリア
(1)主な ADR 機関
オーストラリアの有力な ADR 機関としては、LEADR91や IAMA92、
ACDC93を挙げることができる。
また、それぞれの裁判所(連邦裁判所および州裁判所)には ADR 機
関が付置されており、州によっては特定の分野の紛争について、メディ
エーションを行うことを義務づけているところもある。さらに、特定の
問題に対する公設の審判所も多く設けられている。その一部を図表1.2
−5 に示す。
図表1.2−5 主要な公設審判所
<連邦>
-
90
91
92
93
Australian Industrial Relations Commission
gwmk Akademie 案内による(http://www.gwmk-akademie.de/)
仲裁人の養成や紹介を行う目的で、1989 年に設立された民間非営利団体である。
1.1.6 を参照
1.1.6 を参照
48
-
National Native Title Tribunal
-
Administrative Appeals Tribunal
-
Migration Review Tribunal
-
Social Security Appeals Tribunal
-
Human Rights and Equal Opportunity Commission
-
Superannuation Complaints Tribuna
<各州>
-
Tenancy Tribunal
-
Residential Tenancies Tribunal
-
Credit Tribunal
-
Mental Health Tribunal
-
ACT Human Rights Office
-
Administrative Decisions Tribunal
-
Department of Juvenile Justice
-
Retail Shop Leases Registry
-
Residential Tenancies Authority
-
Victorian Civil and Administrative Tribunal
49
(2)人材育成の主な主体
人材育成の主な主体は、米国等と同様、ADR 実施機関と大学となっ
ている。
① LEADR
弁護士、マネージャー、人事担当者等を対象とした、4日間のメディ
エーション・ワークショップを実施している。
Getting to yes
をテ
キストとして、基本的なコミュニケーションスキルやコミュニケーショ
ンに対する障害の理解、メディエーションにあたって考慮すべき倫理的
課題等のテーマが扱われる。
講師としては、実務者および法曹関係者(弁護士および判事)が中心
となっている94。
② IAMA
IAMA は8州に支部を設け、それぞれが研修を行っている。大まかに、
仲裁人としての認証を受けるためのコースと、メディエーターとしての
認証を受けるコースがある。仲裁人育成コースでは、オーストラリアの
法体系や司法制度についての予備講義も提供している。またメディエー
ター育成コースでは、実習およびロールプレイングを中心に進められる。
講座はアデレード大学と提携して実施されており、講師には、ADR
実務者の他アデレード大学の研究者が含まれる95。
③ ACDC
ACDC では、紛争を回避するためのノウハウにはじまり、職場や地方
自治体など様々な場面での仲裁・メディエーションの実技に至る、5階
94
95
LEADR 研修案内資料による(http://www.leadr.com.au/training.html)
IAMA 研修案内資料による(http://www.iama.org.au/courses.htm)
50
層の講義を開講している。メディエーターとして仕事を得、経験を高め
ていくためのノウハウについてのコースが設けられている点にも注目で
きる。
講師は、実務者および法曹関係者(弁護士、判事)が中心となっている
96
。
④ The University of Adelaide
オーストラリアで3番目に古いアデレード大学では、法学部の特別プ
ログラムとして、主に同大学での行政法の履修者を対象としたメディエ
ーター育成コースを設置している。司法制度と ADR との関係のほか、
フェミニズム、文化、商業など様々な観点からの ADR 理解を深め、調
停人としての基本的なスキルを高めるためのカリキュラムが用意されて
いる。
教育方法としてはロールプレイングを多用するが、ロールプレイのビ
デオ撮影も指導の材料にしている。講師には大学スタッフのほか、実務
者があたる97。
(3)公的資格について
ADR サービスを担うメディエーターについて、全国的な認定制度は
存在していないが、例えばオーストラリア首都地域では 1997 年の
Mediation Act により認定制度を設けている。同法によれば、仲裁人の
認定は、主務大臣(Minister)が指定した承認機関(approved agency)
が、独自に設定した基準によって行う仕組みとなっている98。また、裁
96
ACDC public training courses 資料(http://www.acdcltd.com.au/)
アデレード大学法学部 ADR プログラム資料
(http://www.law.adelaide.edu.au/courses/resolution/)
98
Australian Capital Territory, “Mediation Act 1997”
(http://www.legislation.act.gov.au/a/1997-61/default.asp) Section5
97
51
判所付設の ADR 機関では、裁判所の上級職員(Registrar 等)をメデ
ィエーターとして指名することができる場合も多いとされ99、別個の資
格制度は存在していない模様である。
なお、NADRAC では 2001 年4月に公表した A Framework for
ADR Standards A Framework for ADR において、ADR 実践者が
持つべき能力についてもとりまとめている。
こ の フ レ ー ム ワ ー ク で は 、 ADR 人 材 の 持 つ べ き 能 力 を 「 知 識
(Knowledge」「技術(Skill)」「倫理(Ethics)」の3つに大きく
分類している。それぞれの具体的な内容は、以下の通りである。
図表1.2−6
分野
NADRAC Framework の概要
能力
知識
紛争(Conflict)
(Knowledge)
文化(Culture)
技術
(Skill)
99
定義
紛争発生の原因や、その形態・過程、解決法
などについての知識
紛争やその解決に関連する文化的要因につ
いての知識
交渉(Negotiation)
交渉の過程や、交渉を通じた意志決定に必要
な情報や発想法などについての知識
コミュニケーション
紛争解決を促す適切なコミュニケーション
(Communication)
方法や、紛争当事者間のコミュニケーション
を促す手段などについての知識
文脈(Context)
法的、社会的、文化的、経済的背景や人間関
係など、紛争解決や紛争解決過程に影響する
文脈・背景についての知識
手順(Procedure)
様々な状況に対応するための、紛争解決手順
の要素やその組み合わせ方、運営方法などに
ついての知識
自己(Self)
紛争解決者と紛争当事者や紛争それ自体と
の相互作用、あるいは個人的な傾向などにつ
いての知識
意志決定
意志決定に必要な手順や考慮すべき情報な
(Decision-Making)
どについての知識
ADR
ADR の原則や理念、具体的なモデル・枠組
みなどについての知識
紛争の評価(Assessing 紛争を評価して、適切な ADR プロセスを適
a dispute for ADR) 用する技術
池田前掲論文、p5
52
情報収集
必要な情報を収集し、検証・分析する技術
(Gathering and using
information)
紛争の定義
紛争の論点を定義する技術
(Defining the
dispute)
コミュニケーション
当事者と適切にコミュニケーションし、また
(Communication) 当事者間での適切なコミュニケーションを
導く技術
過程の管理(Manage 議論のための環境(物理的な環境も含む)を
the process)
整え、交渉を円滑に進行させる技術
当事者間の相互作用の管 議論の無用なエスカレートを防ぐための技
理
術
(Managing
interaction between
the parties)
交渉(Negotiation)
当事者間での交渉を支援する技術
倫理
(Ethics)
公平性(Being
impartial)
意思決定(Making a
decision)
終了(Concluding the
ADR process)
広告・集客活動における
倫理
(Promoting services
accurately)
当事者の効果的な参加の
保証
(Ensuring effective
participation by
parties )
情報の顕在化
(Eliciting
information )
議論の継続・終了の管理
(Managing
contiunation or
terination of the
process )
中立性の宣言
(Exhibiting lack of
bias )
公平性の維持
(Maintaining
impartiality )
53
公平性を保つ交渉運営・コミュニケーション
の技術
法的、倫理的などの観点からも適切な決定を
導く技術
当事者間の合意を促す、あるいは交渉を適切
なタイミングで打ち切るなどの技術
ADR によって期待できる効果や費用、サー
ビス内容について性格に示すべきこと
当事者の双方が平等に議論に参加できるよ
う配慮すべきこと
当事者の主張を最大限に引き出し、相互に認
識させるべきこと
適切な時間内に議論を集結させるべきこと
当事者のいずれからも中立に、いかなる予
断・偏見も持たないことを明確に示すべきこ
と
議論の過程を通じて、いずれの当事者をも公
平に扱うべきこと
守秘義務
議論の過程を通じて知り得た事実について、
第三者に漏らさないこと
(Maintaining
confidentiality )
適切な成果の保証
(Ensuring appropriate
outcomes )
54
公平かつ実行可能であること、適法性など満
たした決定を行うべきこと
2. ADR 教育のカリキュラムの分析
2.1. 北米での教育プログラムの現状
2.1.1 教育対象
生徒は、弁護士、企業の人事担当者などが多いが、必ずしもプロのメ
ディエーターにならない人も多く、交渉に関して学ぶという動機で、会
社社長その他多様な受講者がいる。近隣紛争等のためのメディエーショ
ンを実施しているコミュニティベースの機関では、やはりコミュニティ
の住民向けや、若者向けの教育を行っている。
図表2.1−1 各機関の生徒像(資料−1 ヒアリングメモ参照)
・
生徒は、4 割が弁護士。3、4 割企業の人事関係。残り
は、会社経営者、不動産、会計士、労働組合、建設業界など。企業
内部のインフォーマルなメディエーションを行えるようになりた
い、交渉技術を学びたいといった動機も多く、必ずしもメディエー
ターになりたい人だけではない。(AAA)
・
生徒は 8 割が弁護士になろうと考えている若者であ
る。残り 2 割が、企業の人事担当、ソーシャルワーカー、会計士、
建築業界その他のビジネスマンである。(Pepperdine 大学)
・
一般向け、若者向けがある。大学の学生の実習の受け
入れも行っている。一般向けでは、弁護士、ソーシャルワーカー、
ビジネスマン、大学生など多様。調停者自身が受ける場合もある。
(アジアパシフィック紛争解決センター)
2.1.2 教育内容
(1)理論
教育内容としては、「利益に基づく交渉」(促進的な手法)を理論の中
55
心に置かれるケースが多い。これは、「評価に基づく交渉」(評価的な
手法)に対比されるものである。従来型の司法システムでは、事実関係
を明らかにして、法的解釈能力を持つ中立の第三者が両者を裁断するこ
とで、紛争を処理していた。「利益に基づく交渉」では、両当事者の対
話促進を行い、過去の事実関係でなく、未来の利益によって合意するこ
とを目指す。1.1.1 でも述べたように、
ゲッティング・トゥ・イエス
(Getting to Yes,邦題「ハーバード流交渉術」)が基本書となってい
る。
(下図参照)
図表2.1−2 評価的な手法と促進的な手法
· 評価的な手法は、従来の司法システムと同様、第三者が当事者達の上
に立ち、評価を下す。一方、促進的な手法は、当事者が問題解決を行
うために議論の場をコントロールするのが第三者の役割となる。
促進的※(Facilitative)な手法
第三者(neutrals)
評価
評価
利益
当事者
当事者
立場
立場
当事者
促進
促進
当事者
第三者(neutrals)
Right-based(どっちが正しい?)
Interest-based(どうするのが得?)
※「助成的」と訳される場合もある。
多文化が関わる場合の紛争解決、環境問題などの非常に多数の当事者
が関わる場合の紛争解決など利用する場合によって様々に異なってく
る。多くのカリキュラムで、単純な交渉から、複雑な紛争解決へと進む
ように設計されている。
56
(2)スキル
利益に基づく交渉では、対話の技術が重視されるため、オープンエン
ドクエッション、パラフレイジング、リフレイミングなどの傾聴のスキ
ルが重視される。
(3)紛争実務への体験
模擬事例を用いたワークショップ型の教育プログラムが目に付きやす
いが、Loyola Law School やアジアパシフィック紛争解決センターの
ように、学生が紛争実務に当たることで、教育を行っているケースがあ
る。Pepperdine 大学でもエクスターンシップにより、実務教育を義務
付けている。
コ・メディエーターという形で、学生がメディエーションを学ぶこと
もあるが、紛争当事者からの相談電話受付(intake)などもよくおこな
われている実務教育である。
2.1.3 教育手法
(1)実習中心の教育手法
40 時間程度の短期集中型のトレーニングでは、対話の技術習得のため
の実習にかなりの時間をさいている。例えば、AAA の 40 時間 5 日間
のトレーニングでは、メディエーションの実習を 5 回実施するなど半分
以上の時間を参加型の実習によりスキルを身につける。
大学や大学院でも、ロールプレイなどの実習を行うケースも多いよう
である。Pepperdine では、一般の法学部と同様のソクラティック・メ
ソッドと呼ばれる方式の授業も行われている。
(2)その他の教育手法
57
ADR Workshop Canada では、通常のワークショップ型のトレーニ
ングの他に、オンラインゲームを使ったトレーニングプログラムを作っ
ている。メディエーションについては、聴くスキルを学ぶことが難しい
オンライントレーニングの効果については限定的だと思われる。(ADR
Workshop Canada 自身でもそういったコメントがあった。)
(3)クラスサイズ
ワークショップ型のクラスサイズは24人が標準的であるとされる。
24は2,3、4、6、8などの多様な数字で割り切れるため、チーム
分けをして実習を行いやすい利点があるとも言われる。カナダでは、各
チームにコーチが付くことを利点として強調しているケースがあった。
2.1.4 その他
(1)費用
AAA の 40 時間のコースで 900 ドル∼1200 ドル。Loyola Law
School がコミュニティ向けに提供している 30 時間のコースでは 300
ドル(NPO 向けには150ドル)である。ADR Workshop Canada
では、32 時間で 1850 ドルである。(ADR Workshop Canada では
生徒3人に1人の割合でコーチが付く)
大学レベルでは、York 大学で、132 時間の基本コース 2900 カナダ
ドル、104 時間のアドバンスコースで 3600 カナダドルとなる。
(2)キャリアデザイン
北米でのメディエーションを中心とする紛争解決には、多様なキャリ
アの人材が入っている。弁護士などの法曹での経験に限らず、企業の
CEO であった、特定分野のスペシャリストであったなど様々なキャリア
58
がメディエーションに使われると言われる。紛争の当事者双方に納得感
のあるキャリアとスキルは、法曹分野に限らないのである。
一方、若者が大学で紛争解決を専攻する場合に、経験をつんでいくこ
とはあまり容易ではないと言われる。技術や理論以上に、経験が重視さ
れる世界であるため、実務経験をどのようなところで積むかが課題とな
っている。
コミュニティベースの近隣紛争などは、争われる金額が小さいため、
NPO や地域の公的なセンターがになっているが、このような場所が、実
務を積むための数少ないよい受け入れ口になっている。トロントの St.
Stephens では、NPO でありながら紛争解決分野において一種の老舗的
なステータスを獲得しており、弁護士資格保有者がメディエーターとし
て登録したがるという状況が生まれている。
(3)女性の活躍
今回のヒアリング調査では、ADR Institute of Canada のエグゼクテ
ィブ・ディレクターや、AAA の教材開発の責任者、Loyola Law School
の教授、アジアパシフィック紛争解決センターのエグゼクティブ・ディ
レクターなどにお会いできたが、非常に多くの女性が活躍している印象
を得た。
Pepperdine では男性の教授が多かったので一概に ADR の分野では
女性ばかりが活躍しているとは言えないが、やわらかい印象はメディエ
ーションではプラスに作用するためか、男性の専門家もどこか女性的な
雰囲気を持つ方が多かった。ここまで書いてしまうと印象的な話になっ
てしまい客観性を失うが、日本における ADR の担い手を育成するとい
う問題意識を持つにあたっては、重要な視点であると思われるので、あ
えて記述することとした。
59
(4)メディエーションの定義のぶれ
下記に見られるように、メディエーションの定義が各機関で微妙に異
なっている。例えば、ADR Institute of Canada では、「中立の第三
者は判断を下さず」としているのに対して、JAMSでは、「評価的メ
ディエーション」と「促進的メディエーション」を併置している。
Loyola Law School では、「フェースツーフェースで話す」という
非常に平易な表現を使って定義している。コミュニティベースの紛争解
決には、法律家しかわからない用語を使っていてはそれ自体が使い物に
ならなくなる。
上記のように、北米においてメディエーションというもっとも基本的
な用語そのものの定義がぶれており、メディエーションに関する見解と
利用のされ方そのものがまだ動いている状況にあると見ることができる。
図表 2.1−3 各機関が定義するメディエーション
機関
定義
Uniform Mediation Act メディエーションとは、当事者間の紛争で当事者自身が自発的
に合意に達することができるように、メディエーター(調停人)
が当事者間のコミュニケーションや交渉を促進するプロセス
を指す。
ADR
Institute
of メディエーションとは、当事者が、中立の第三者を指名し、自
由意思に基づく解決を達成することを試みるプロセスのこと
Canada
である。中立の第三者は判断を下さず、当事者はそのプロセス
(進行)をいつでも停止することができる。コンフィデンシャ
ルで偏見ないものである。当事者は独立した法的助言を探すこ
とが奨励されており、自由意思に基づく解決が達成され、当事
者が合意文書を締結したときのみ拘束力を持つようになる。
Federal Judicial Center メディエーションとは、中立の第三者であるメディエーターが、
(連邦司法センター)
Guide
to
当事者間の交渉を促進して、当事者の紛争を手助けする、柔軟
Judicial で非拘束的な紛争解決プロセスである。
Management of Cases
in ADR
60
AAA
メディエーションとは、当事者が拘束力を持たない合意に至る
ために中立の第三者が支援するプロセスをいう。
JAMS
評価的メディエーションとは、裁判で導き出されるであろう結
果を「試験」することをいう。
促進的メディエーションとは、コミュニケーションを広げ、解
決の選択肢の創造を助けることをいう。
Loyola Law School
紛争にある人々が、中立の第三者とともに、同席し、フェース
The Center for Conflict ツーフェースで話をすることをいう。
esolution
61
3. 日本における ADR カリキュラムの検討
3.1. 試行プログラムの実施
経済産業研究所 ADR ポリシープラットフォームにおいて、「ADR を
担う人材育成に関する研究会」により試行プログラムが開催された。
試行プログラム開催のコンセプトとしては、下記の通りである。
・ ADRを担う人材育成は、多様な広がりを持つ大きな課題であるが、
本研究会では、まず、特に従来必ずしも人材育成の見地から着目さ
れていなかった「紛争解決能力」に着目し、このような能力がとり
わけ求められると考えられる、調整型ADRないし調停(以下では
「調停」)を主たる対象として、検討を進めた。
・ 一方、調停において用いられる技法等(特に「聴く」技法など)は、
調停のみならず、相談においても適用可能でないかと考えられるこ
とから、調停と相談との連携も検討の対象とした。
ワークショップ形式の参加型のトレーニングメニューも多く用意され
た。
62
図表 3.1-1「ADR を担う人材育成に関する研究会」によるプログラムの概要
日程
No
大項目
時間
内容の概要
(分)
第1日目
1
午後1時から
全体像と当プロ
60
グラムの射程
・ ビデオを使った紛争解決の全体像の概観
・ 電話・面談(苦情・相談等)から、あっせ
5時
ん・調停へ
・ 「聴く」を中心とした新しい面談(相談)
・ 「聴く」を中心とした新しい調停
(Mediation)
2
海外の事情報告
30
・ 調停・相談等のトレーニングに必要な用語
と用語等の説明
3
対話による
自律的解決
の説明
60
・ 対話を通じた自律的解決と合理性の探求
・ Mediation の価値・法的判断・情報提供と
説明
4
聴くことの意味
90
とその技法
・ Communication と聴く
・ 紛争状態での当事者の心理と聴く
・ 「聴く」
第2日目
5
午後1時から
相
談
90
(理論・技法)
・ 相談過程の位置付け
・ 相談過程の構造(モデル・展開・分析)
5時
・ 「聴くこと」を中心とする新しい相談モデ
ル
・ 新しい相談モデルに基づく具体的技法
6
相
談
150
・ 事例とスクリプトを使った参加型トレー
(Exercises)
第3日目
7
午後1時から
調
停
ニング
90
(理論・技法)
・ Mediation の力動関係
・ 難しい会話の構造と Mediation
午後6時(若干
・ Mediation の(狭義の)技法
延長すること
・ Introduction
があります)
・ 対話維持円滑化の技法
8
調
停
150
・ 事例とビデオを用いた参加型トレーニン
(Exercises)
9
座
談
会
グ
60
・ 受講者からの本トレーニングについての
感想
・ 本トレーニングの射程と改善
63
3.2. 試行プログラムへの評価
3.2.1 試行プログラムの参加者
試行プログラムへの参加者は、以下の構成で25名あった。
・ 弁護士2名
・ 司法書士 2 名
・ 社会保険労務士 2 名
・ 行政書士2名
・ PLセンター4名
・ ACAP1名
・ NACS関係7名
・ 訪販協4名
・ 大学 1 名
ADR 人材育成試行プログラムに関して、ADR を担う人材育成に関す
る研究会の座長・廣田尚久先生を始めとして、試行プログラムでのプロ
グラム提供者及び参加者から試行プログラムに対する評価に関してヒア
リングを行ったので報告する。詳細な、ヒアリング結果は「資料7
試
行プログラムヒアリング結果(個票)」を参照。
3.2.2 ADR 人材育成試行プログラムの総括
ADR 人材育成試行プログラムに関しては、全般的評価として、ほぼ全
員が「良かった」とプラスの評価を与えていることがヒアリングの結果
わかった。
具体的に良かった点として、ロールプレイ等の参加型の実習が多いこ
とへの評価が高かった。参加型の実習の時間的割合はさらに増やすべき
という意見もいくつかあった。
また、調停(メディエーション)に加えて、相談のプログラムを加え
64
たことに対する評価も高かった。
調停に関しては、稲葉一人先生がすでにトレーニングの実績を積まれ
ており、かなり完成度の高いプログラムとして受け入れられた。
相談に関しては、従来あまり取り組まれてこなかったアプローチであ
り、「画期的な取り組み」(廣田尚久先生)として評価できるという声
があった。また、相談現場を担当されている方々からも、トレーニング
の前には、カウンセリング的な手法は消費者相談には適さないのではな
いかという疑問をもつ人もあったが、トレーニングに出てみて、トレー
ニング内容は消費者相談にも
使える手法
と思ったという見解があっ
た。
プログラムを作っていく過程では様々な意見が出たが、プログラムを
試行したところ、参加者からは非常に高い評価が集まったことはまず確
認しておくべきことであると思われる。
また、「ADR を担う人材育成に関する研究会」が、様々な団体が横連
携を行ううえで、よい関係を形成できたとする評価も高かった。今後共、
何らかの形で、ゆるやかな連携が継続すべきであると思われる。
3.2.3 教材
パワーポイントによる情報提供、模擬事例を使ったロールプレイ、事
例のスクリプト付きのビデオなど多様な教材の組み合わせにより、理論
と参加の組み合わさった教育プログラムが作成された。プログラム最終
日の座談会において教材を利用したいという意見が出されるなど、この
教材を使っていくことへの期待も大きい。
今後は、各機関が発展させながら利用していくという整理になってい
る。
理論は各自が教科書を読み、ロールプレイなどの実習に時間をより多
く配分すべきという意見があった。試行プログラムでは、理論と実習の
65
時間配分が6:4程度ないし、7:3程度と思われるが、5:5程度ま
で実習の時間を割いてもよいというあたりが共通的な理解に近いと思わ
れる。
「ADR の歴史的背景をしっかり教える方法もある。調停の意義を根本
から分かれば取り組む態度が変わってくる」(廣田尚久先生)と言われ
るとおり、参加型を増やすことも重要であるが、必要性を強く納得する
ことも、教育効果を高める意味で重要であると思われる。
「良いトレーニング実施機関は、多数のよい事例を持っている機関と
いうことになるかもしれない」(稲葉一人先生)と言われるように、教
材を構成する事例は、実務を通じて各機関で蓄積していくことが求めら
れていると思われる。
3.2.4 実務との連携
教育においては、座学的な理論教育とロールプレイ等の参加型教育に
加えて、実務との連携を設計する必要があるとの指摘があった。実際米
国でも、大学院レベルでの現場研修(エクスターンシップ)や、メディ
エーションの実地学習が取り組まれている。ヒアリングの中でも「実際
の事件を扱いながらの教育」(廣田尚久先生)、「現場見学を検討して
も良い」(A 氏)といった具体案もあった。
また、2004 年 4 月からロースクールがスタートする。ロースクール
では、法律相談をはじめ、現実の事件を扱いながら教育を行う仕組みに
なっている。現場と理論をつなぐ場所としてロースクールの役割が期待
される。ただし、ロースクールは基本的に弁護士と裁判官を養成する機
関であり、隣接業務の専門家に実務基礎教育を行う機能は当面足りない
と言える。
3.2.5 機関ごとの特徴
66
入門編として「聴く力」にフォーカスを当てた今回のプログラムへの
評価は高かったが、中級編として「法律問題が出てきたときにどのよう
に対処するか」といった機関それぞれの特徴を生かした教育プログラム
の開発が必要であろうと思われる。法律問題は扱うか、扱わないか。扱
うとして、メディエーターが法律知識を提示するのか、代理人が扱って
よいとするか。こうした場合それぞれによって問題の扱い方が異なって
くる。また、消費、近隣、労働などといった分野によっても問題が変わ
ってくる。すなわち、分野毎で今回の手法を深めたプログラムを開発す
るべきであると考えられる。「横連携」に関しても多くの方々からの評
価が高かったこともふまえ、基礎として「聴く力」の開発という共通意
識を持つ多様な機関が連携しつつ、それぞれの機関が実務に即した形で
深めることが必要だといえる。基礎分野における連携と応用分野におけ
る深化の両面での運動を指向すべきであると思われる。
調停と相談の比較においては、調停に関しては、日本では同席調停が
ほとんど行われていないこと、家事調停を除く調停そのものが弁護士会
などによる取り組みに限定されており、調停の実践そのものが米国等と
の比較において、限定的といえる。一方、相談は、消費者相談や PL セ
ンターを代表的なものとして、非常に多くの実践が行われている。前述
したように、相談現場においても、試行プログラムで採られたアプロー
チは基本的に有効であると評価された。
このように、それぞれの機関が、自己の機関の事例を活用しながらト
レーニングを行なう一方、必要に応じて今回の試行プログラムのように
「聴くこと」にフォーカスした基礎的スキルの研究を深めることで、ト
レーニング効果を高めると共に、調停や相談の品質を上げる好循環がで
きると考えられる。
3.2.6 相談における面談技法の研究
67
「司法研修所では訴状の書き方から教えるが、むしろ訴状は紛争解決
の最終局面であり、紛争解決は相談から始まる」(中村芳彦先生)と指
摘されるように、対面での面談技法の技術が、消費者センターや PL セ
ンターの相談員、司法書士、弁護士といったあらゆる法律実務に関する
専門家にとって非常に基礎的な技法として身につけることが求められて
いる。
従来、こうした面談技法は、OJT その他の実務を通じた形で属人的に
形成されていたと思われる。実際、面談技法の理論の観点から見ても、
ベテランの優秀な相談員は様々なスキルを駆使しているとも言われる。
従来は伝達が困難であり、伝達するためのノウハウを充分持たなかっ
た望ましい面談技法を、米国等での研究と実践の蓄積を学ぶこと等によ
り、伝達可能な技法とする道筋が見えてきたように思われる。
その際、「消費者相談等の相談実務に対する、当事者の満足度を出口
調査等により把握する必要がある」(稲村厚先生)という指摘は検討す
べきであると思われる。多数の相談案件を効率的に処理しなければなら
ない状況の中で、「よく聴く」ことへの取り組みは、相談員個人個人に
まかせるべきものというより、機関としての取り組みとした位置づけに
据えることでより有効なものになると思われる。
3.2.7 調停(メディエーション)の実施機関
司法制度改革推進本部 ADR 検討会(第 28 回(2004 年 1 月 28 日))
において、「主宰者としての活用については、弁護士の関与の下に ADR
を主宰する場合には、弁護士法 72 条の適用を除外する措置を講ずるこ
とを基本的考え方とする方向で検討を進めてきているが、なお、事前確
認制度の採用の必要性につき両論がある状況」とされるとおり、調停の
実施機関像が現状においても明確ではない。前述している通り、教育は
68
実務と連携する形で行うべきと考えられるところからも、制度設計の観
点で、実施機関像が明確でない中での教育の将来の姿を明らかにするこ
とは困難であると思われる。
しかし、NPO 法人シヴィル・プロネット関西や NPO 法人日本メディ
エーションセンターなど調停を含む ADR の実施に向けた団体での活動
が始まっている。全米で 3 つのジャスティス・センターでの実験が 20
数年経って 500 件以上の近隣紛争解決センターとして現在実を結んで
いるのと同様、日本においても他国の規制を形式的に導入する議論でな
く、実践による試行錯誤を重ねながら必要な規制を装備することが求め
られていると考えられる。
3.2.8 その他
「ビジネス、まちづくりの分野、学校教育など多様な場面との接点が
あることは確かだ」(稲葉一人先生)とあるように、人材育成に関して
は、司法関係及び隣接法律業務に限定する必要はないという考え方もあ
る。今後、こうした研究も必要であると思われる。
3.2.9 まとめ
米国における約 30 年のメディエーションムーブメントにより、事実
認定と法律判断に基づく従来型の紛争解決だけではなく、当事者双方の
対話を促進し、事実要件の収集に留まらず、当事者の感情面の制御や、
当事者双方の未来の利益を重視した紛争解決手法が理論的に検討され、
実務としても活用されている。
「よく聴くこと」を基本コンセプトとするこのような面談技法は、米
国でも 1 週間程度のトレーニングプログラムで提供されていることから
もわかるとおり、単純でわかりやすい理論からなりたっている。しかし、
理論は単純であっても、「身につけて使える」と言える状態になるのは
69
容易ではない。すなわち、一種の身体技法である側面を含んでいるため、
一回限りの通過型のトレーニングではなく、専門家になった後にも繰り
返し学ぶべき技法であると思われる。
始めに述べたように、試行プログラムは非常に大きな成果があった。
今後は、相談・調停その他のそれぞれの分野において、深められると共
に、基本においては多様な機関が連携しあう関係を継続することが求め
られていると思われる。
まとめると、
・ それぞれの機関で、実務からのフィードバックを持ちながら、試行
プログラムを活用し、内容を深めること
・ 多様な機関が連携しあう関係を維持すること
ことが必要であると結論付けられる。
70
3.3. 今後の課題
内閣府司法制度改革本部においても、周知のように ADR 検討会が開
催されている。2003 年 4 月 17 日には、「ADRの拡充・活性化のた
めの関係機関等の連携強化に関するアクション・プラン」がとりまとめ
られた。また、国民にとって全国どこでも法的救済が受けられる「司法
ネット」の構想も打ち出された。司法ネットは、まさに国民にとっては
法的問題解決・紛争解決の玄関にあたるものであり、個別の事実認定と
専門分野での法解釈的情報提供に留まらず、当事者の自己決定を支援す
るための担当者一人一人のコミュニケーションスキルや態度が持つ意味
がより重要になると考えられる。こうした中で、分野を設定しない、紛
争について「まず聴く」というスキルを持った人材の供給へのニーズは
ますます高まるものと考えられる。
他国でも見られるように、ADR を含めて当事者が自己解決能力を増大
させることを支援する仕組みを整備することで、司法の迅速化や財政問
題への解決の糸口も見出すという流れは、日本でも見られるであろう。
「ADR を担う人材育成に関する研究会」による試行プログラムを改善・
普及する重要性もさらに増すと考えられる。
71