予期せぬ致死的不整脈の対処法

特 集
予期せぬ致死的不整脈の対処法
近畿大学医学部麻酔科学講座
中尾 慎一
PROFILE ────────────────────────────────
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中尾 慎一 近畿大学医学部麻酔科学講座 主任教授
Shinichi Nakao
1981年:京都大学医学部医学科卒業
1988年:京都大学医学部麻酔科学講座 助手
1997年:関西医科大学医学部麻酔科学講座 講師
1999年: 同 助教授
2005年:神戸中央市民病院麻酔科 部長
2008年:関西医科大学附属枚方病院 病院教授
2010年:近畿大学医学部麻酔科学講座 主任教授
趣味:古寺散策(京都の自宅の周りを回るだけ)、大阪ポルトガル協会会員(マデイラワインは
最高です)
手術中は、ストレス、循環変動や電解質異常などにより、特に元々心疾患を有し
ている場合には致死的な不整脈が生じることがある。しかし、術前に診断がなされ
ず、術中明らかな誘因がないと思われる場合にも予期せず(予期しなければならな
かった場合も多い)致死的な不整脈を経験することがある。心室細動(VF)や高度
のブロックなど致死的な不整脈への対処は同じであるが、致死的な不整脈の発生を
防ぐ方法や致死的な不整脈を正常に戻した後の管理は個々の疾患で異なる。
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ブルガダ症候群
Fig.1 の心電図(II誘導)は、未診断のブルガダ症候群患者が、全身麻酔中、急速
にVFに陥った症例である。患者は72歳の男性で、転移性脳腫瘍摘出術が施行され
た。3 回の失神発作の既往があったが、家族歴に問題はなく、心電図自動解析装置
では早期再分極の診断であった(実際はV2 誘導にsaddle-back型の J 波を認めてい
た)。麻酔はプロポフォール(リドカイン併用)で導入し、セボフルランで維持を行っ
た。手術を通して出血は少量で血行動態や電解質も問題なかったが、硬膜を閉じた
頃からFig.1 のような不整脈が出現した。VFは直ぐに除細動することができたが、
その後も不整脈や一過性の心室頻拍(VT)を繰り返した。アトロピンを投与した後
はVTの出現は無くなった。その後頻脈が続いたが、ここでブルガダ症候群を疑い、
β遮断薬やCa拮抗薬は投与せずに循環器内科へコンサルトした。手術 1 週間後の
ピルジカイニド(クラスIc群抗不整脈薬)負荷試験は陽性であり、ブルガダ症候群の
診断がついた1)。
ブルガダ症候群は1992年にブルガダ兄弟により報告された疾患であり、心電図
上右側胸部誘導(V1−3)で特徴的なST上昇を呈し、その一部が特発性VFを起こして
突然死につながる疾患である。男性に多く
(72〜76%)、VFは安静時または夜間睡
眠時に生じやすい2)。ブルガダ症候群の多くは術前に診断がついていて、植え込み
型除細動器が装着されていることも多いが、手術中は致死的な不整脈の発現を未然
に防ぐことが重要である。
手術中は右側胸部誘導をモニタし、心電図変化( J 波の出現やsaddle-back型から
coved型への変化)に注意する。管理の原則は、心室筋活動電位の 1 相 I to(外向き電
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a
J wave
b
J wave
c
d
e
f
Fig.1. 心電図変化(Ⅱ誘導)
(文献1より引用)
a:発作前の心電図
b:第 1度の房室(AV)ブロックと J 波が出現した後一過性のVTが出現
c:明らかな J 波と一過性のVT
d:持続性VT
e: VF
f:除細動施行しアトロピン0.5mg静注後
流)を抑制し、内向き電流である I Ca(カルシウム電流)や I Na(ナトリウム電流)
を抑
制しない
(増強させる)、外向き電流である I K(カリウム電流)を活性化しないこと
である(Table 1)。副交感神経の興奮は避けなければならない(徐脈も同様)。逆に、
β刺激は I Ca を増強し、心電図変化は抑制される。麻酔関連薬剤では、プロポフォー
ルの危険性が指摘されてきたが、それらはプロポフォール注入症候群の患者などで
あり、通常は使用しても問題なかったという報告が多い3)。局所麻酔薬もNa+チャ
ネルを遮断するため危険性はある。ロピバカインの傍脊椎ブロックやブピバカイン
による硬膜外麻酔でブルガダ様心電図変化やVFの報告もあるが、多くの症例で安
全に使用できている3)。心電図変化に注意しながら、最少量使用することが望まし
い。Ib群抗不整脈薬のリドカインは、一般に解離速度が速いので影響は少ないと考
えられている3)。手術中、VF予防には急性期(心電図変化やVT/VFが頻発すると
き)も含め、イソプロテレノール(0.01µg/kg/minから始める。心拍数の増加が認め
られない量でも有効との報告もある)やアトロピンを使用する2)。我々の症例でも、
アトロピン投与後にVT出現は消失した。ブルガダ症候群は心房細動や冠動脈攣縮
性狭心症の合併も多いが、β遮断薬、Ca拮抗薬や亜硝酸薬は避けた方が望ましく
4)
、メリットが勝ると考えられた場合には注意しながら使用する。アミオ
(Table 1)
ダロン注射薬は、ブルガダ症候群のVFの誘発性抑制には無効であるばかりでなく、
ブルガダ型心電図が顕在化した報告 5)もある。
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Table 1. ST上昇をもたらす薬剤・状態
Ⅲ. 向精神薬
Ⅰ. 抗不整脈薬
1. 三環系抗うつ薬
1. Naチャネル遮断薬
アミトリプチリン,ノルトリプチリン,
lc群薬(ピルジカイニド,フレカイニド,
desipramine,クロミプラミン
プロパフェノン)
2. 四環系抗うつ薬
la群薬(プロカインアミド,ジソピラミド,
マプロチリン
シベンゾリン,ピルメノール )
2. Ca拮抗薬
3. フェノチアジン系
ベラパミルなど
ペルフェナジン,cyamemazine
4. SSRI
3. β遮断薬
fluoxetine
プロプラノロールなど
5. リチウム
Ⅱ. 狭心症薬
Ⅳ. その他の薬剤
1. Ca拮抗薬
1. 抗ヒスタミン薬(ドラマミン)
ニフェジピン,ジルチアゼムなど
2. コカイン中毒
2. 亜硝酸薬
ニトログリセリン,イソソルビドなど
3. Kチャネル開口薬
ニコランジル
3. 麻酔薬(プロポフォール, ブピバカインなど)
Ⅴ. その他の状態
1. 高熱,長時間の入浴
2. グルコース、インスリン
3. 低K+血症
4. 徐脈
(文献4より引用)
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QT 延長症候群
Fig.2 はセボフルランによる麻酔下で、虚血性心疾患を有する75歳の男性の腹部
大動脈瘤切除術中に、QT延長からR on T型心室性期外収縮(PVC)が発生した症例
である。術前にはQT延長は認められず、低K+血症が直接の原因と考えられるが、
その他に、セボフルランや高齢、虚血性心疾患等さまざまな要因がQT時間を延長
させる可能性がある。
QT延長症候群には先天性と二次性があるが、ここでは主に二次性について述べ
る。二次性QT延長症候群は、心室筋活動電位の 3 相の再分極過程を構成する遅延
整流K+電流の急速活性化コンポーネントI Kr(本来は電流を表すが、チャネルと同義
語にも使われる)が抑制されるために起こる。致死的な不整脈(torsade de pointes:
Tdp)やVFの発生は、QT延長よりも、早期後脱分極(EADs)による撃発活動や心室
筋再分極時間のバラツキの増大に起因するリエントリが原因であると考えられてい
る6)。I Kr チャネルは、セボフルランなどの揮発性麻酔薬やその他の麻酔関連薬剤を
含む様々な薬剤、低K+血症や徐脈でも抑制され、QT時間が延長されるため注意が
必要である2)。セボフルランはTp-e時間〔心電図 T 波頂上(peak)から終わり(end)ま
での時間で、心室筋内外膜間の再分極時間のバラツキを反映するため、致死的不整
脈誘発の良い指標であると考えられている〕には影響を与えない。しかし、先天性
QT延長症候群(LQT 1)患者、脳動脈瘤患者、フルコナゾール投与や重症糖尿病患
者でTdpが引き起こされたという報告7〜10)があり、複数のQT延長を引き起こす要
因が加わる場合には注意が必要である。また、年齢とともにセボフルランのQT延
長は増大する11)。一方、プロポフォールはQT時間やTp-e時間を延ばさない。ドロ
ペリドールは2001年FDA
(food and drug administration)
が、制吐量
(0.625〜1.25mg)
でもTdpを引き起こす可能性があり注意を要するという非常に厳しい“black box
warning”を出したが、その直接の関与は否定的である 12)。二次性の場合、徐脈は
I Kr を抑制するため危険である(先天性のRomano-Ward 1 型とは逆なので注意 ! )。
麻酔管理の原則は、QT延長を伴うTdpを認めた場合は、原因となる薬物を中止し、
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QTc, Tp-e
麻酔導入前
478 ms, 80 ms
mV
ABP
K=3.4 mEq/L
430 ms, 80 ms
K=2.8 mEq/L
527 ms, 90 ms
R on T type PVC
K=3.8 mEq/L
508 ms, 80 ms
K=3.5 mEq/L
464 ms, 80 ms
Fig.2. 心電図変化(CS5誘導)
+
フロセミド静注後から血漿K が低下し、QTc時間(Bazett法による補正)の延長とともに R on T型 PVC
が出現した。リドカイン投与によりPVCは消失し、さらにカリウムの補正を行った。Tp-e時間の延長
は認められなかった。
硫酸マグネシウム静注( 2 gをゆっくり静注の後、2 〜20mg/minの持続静注)、アトロ
ピンやイソプロテレノールの点滴投与、ペーシング(100/min)の施行、カリウム点
滴静注(4.5〜5 mmol/ Lを目標にする)やリドカイン静注を行う2)。
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冠動脈攣縮
Fig.3 は、明らかな誘因無く冠動脈攣縮からVFに至った症例である。患者は52歳
の男性で、既往歴に高血圧、喫煙や異型狭心症がありながら、予防的Ca拮抗薬の
投与を行わなかった。異型狭心症は、一般に、太い冠動脈の攣縮により心筋の貫壁
性虚血が起こり、急激なST−Tの上昇をきたす。VT、VFや完全房室ブロック等、
致死的な不整脈が生じることも多いため、発作時には速やかな対処が必要である。
成因として、喫煙や飲酒、脂質異常などの環境因子や遺伝的要因も報告され、日本
人に多い13)。
麻酔管理に関しては、異型狭心症の診断がついているのであれば、禁煙を推奨し
(喫煙が唯一の危険因子である可能性もある)、術中は予防的にCa拮抗薬を投与する
13)
。Ca拮抗薬間
〔ガイドラインでのクラス分類はクラスⅠ
(有効性が確立されている)
で差は無いとの報告もあるが、ジルチアゼムが最適だと思われる〕。過換気を避け
13)
であり、私自身はジル
る。ニコランジルはクラスⅡa(有効性がある可能性が高い)
チアゼムを第一選択としている。発作時には硝酸製剤が第一選択(クラスⅠ)
であり
(発作予防にもクラスⅡaであり、Ca拮抗薬と併用することもあるが、耐性を生じる
可能性がある13))、素早く血中濃度(冠動脈内濃度)を上げるために、私自身はまず血
圧低下作用の少ない硝酸イソソルビドを静脈内投与している( 2 〜 3 mgずつ、血圧が
下がった場合はフェニレフリンで対処する)。
以上、VFなど致死的な不整脈への対処は同じであるが、それらの出現をまず予防
すること、出現した後は適切な対処を行い、再度の出現を防ぐことが重要である。
電解質異常や血行動態の変動など誘因が明らかな場合はこれらをまず補正し、さら
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Fig.3. 心電図変化(Ⅱ誘導)
a:手術開始直後
b:急激なST上昇と不整脈に対して、硝酸イソソルビドとリドカイン静注を繰り返す
c:図のような不整脈の繰り返しの後、VFに陥り除細動施行
d:硝酸イソソルビドとジルチアゼムの持続静注開始
e:ST上昇消失と洞調律復帰
に致死的不整脈を引き起こす個々の疾患の危険因子を十分理解しておくことも必要
である。
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引用文献
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