牧野総合法律事務所弁護士法人 会社法改正に伴う内部統制の拡充

会社法改正に伴う内部統制の拡充について
2015 年 4 月 10 日 弁護士牧野二郎
会社法改正による内部統制拡充の読み解きの視点
会社法の平成 26 年改正法が、平成 27 年 5 月 1 日から施行されます。今回の会社法の改正箇
所は多岐にわたりますが、ここでは、内部統制にかかわる改正点について検討することとします。
ここで、会社法改正の視点から内部統制を考えることが、一つのポイントとなります。
これまで内部統制の議論は、多くの場合、金融商品取引法に基づく「財務報告に係る内部統制
の評価及び監査の基準並びに財務報告にかかる内部統制の評価及び監査に関する実施基準」
に示された『内部統制報告制度』(財務報告に係る内部統制の経営者による評価と公認会計士等
による監査)の実施に関するものが中心でした。
その原因の一つは、会社法の定める内部統制が漠としており、業務統制の重要性を広く包摂
するようなものとなっていたのか、不明な点があげられます。すなわち、会社法における内部統制
の規定は取締役会が取締役にゆだねることなく、自ら決定すべき重要な業務執行の一つとして、
「 六
取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他
株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」(会社
法第 362 条第 4 項第 6 号)
と規定するのみでした。ここでは、「内部統制」という言葉は使われていませんが、実質的には業
務の適正を確保する体制整備という意味で、財務報告にかかる内部統制とは異なる、業務統制
にかかる内部統制などの対処を行うかを検討する事が必要とされる、としたわけです。
こうして、業務統制に関する内部統制の内容は、法務省令、すなわち会社法施行規則にゆだ
ねられ、その第 100 条に規定される事になりました。
会社法を受けて制定されている会社法施行規則の第 100 条では、
(業務の適正を確保するための体制)
第百条
法第三百六十二条第四項第六号 に規定する法務省令で定める体制は、次に掲げ
る体制とする。
一
取締役の職務の執行に係る情報の保存及び管理に関する体制
二
損失の危険の管理に関する規程その他の体制
三
取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制
四
使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制
五
当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確
保するための体制
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さらに、同条の第 3 項では、会社法上の監査を実施する監査役に関連して次のように規定しま
した。
3
監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定め
がある株式会社を含む。)である場合には、第一項に規定する体制には、次に掲げる体制を含む
ものとする。
一
監査役がその職務を補助すべき使用人を置くことを求めた場合における当該使用人に関
する事項
二
前号の使用人の取締役からの独立性に関する事項
三
取締役及び使用人が監査役に報告をするための体制その他の監査役への報告に関する
体制
四
その他監査役の監査が実効的に行われることを確保するための体制
要するに、会社法施行規則では、①取締役会が、取締役をはじめとする業務執行の適合性を
確保するための体制整備、②監査役による監査を実効性あるものとするための体制整備の二つ
の視点から規定を置いたものです。
まとめますと、会社法では、取締役をはじめとする会社の業務の執行者が、法令定款に適合す
る業務を実施している事を点検、確認することのできる体制整備を行うことと定め、それを受けた
規則において、取締役をめぐる幾つかの体制整備を求め、監査役の監査の実効性を確保する体
制整備が求められたのです。
このたびの改正では、企業単体にとどまらず、子会社を含めた企業集団の内部統制、業務適
正性の確保の視点から、幾つもの改正を行いました。
以下、会社法の改正による内部統制の拡充のポイントを説明します。
第1 会社法の改正部分
今回の会社法改正で何が変わったのかですが、外見上、余り大きな変更はありません。
これまで会社法施行規則第 100 条第 1 項第 5 号で規定されていた「当該株式会社並びにその
親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制」の整備が求め
られていたものを、会社法第 362 条第 4 項第 6 号に『繰上げ』られました。
すなわち、
「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会
社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するため
に必要なものとして法務省令で定める体制の整備」となったのです(第 348 条第 3 項第 4 号、第
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399 条の 13 第 1 項第 1 号ハ、第 416 条第 1 項第 1 号ホ)。
内部統制に関連する会社法自体の改正は、以上の通りです。あまり大きな変更とは見えないと
思いますし、立法当局(法務省)も、パブコメへの回答(「会社法改正に伴う会社更生法施行令及び
会社法施行規則等の改正に関する意見募集の結果について」)や委員会(法制審議会会社法制
部会)での説明などでも、重要性を確認したため繰上げしたまでで、特別な変更を意味するもので
はない、と説明しています(法制審議会会社法制部会第 22 回会議 平成 24 年 7 月 24 日 議事
録 5 頁参照)。
また、これまでも会社法施行規則第 100 条第 1 項第 5 号で、子会社を含む企業集団の業務の
適正が具体的内容とされていましたので、それを法に格上げしたという事も指摘されています。
規則の規定を法律に格上げしたのは、そのとおりですが、格上げで空白となったはずの規則が
しっかり改正されて、具体的内容が盛り込まれている点に注意が必要です。
子会社を含めた企業集団全体の業務の統制、適合性を具体的に求めたものであり、親会社の
取締役会は、新たに企業集団を監督管理するための体制整備(以下のイ、ロ、ハ、ニの体制整
備)を行う必要が出てきたのです。それが、会社法施行規則の改正(第 98 条第 1 項第 5 号イ乃至
ニ、第 100 条第 1 項第 5 号イ乃至ニ、第 112 条第 2 項第 5 号イ乃至ニ)に結びつきました。
また、同時に、施行規則第 118 条第 2 号も改正され、内部統制のための体制整備の決定をした
だけでなく、「当該体制の運用状況の概要』を、業務報告において行う義務を明示しました。
こうして、企業集団に係る対応が、関連する部分に発生しているため、必ずしも小さな改正とい
う事はできない内容になっています。特に、子会社の事故、不正行為により、その被害が大きい
場合には、親会社の責任問題にもなり、今回の改正はその根拠とされる危険のある内容ですから、
十分な配慮が必要です。
第 2 会社法施行規則改正による内部統制の拡充のポイント
1
企業集団内部統制
取締役会で決定すべきもの
会社法の改正に伴い行われた会社法施行規則改正の一つに、企業集団の内部統制の体制整
備の具体的明示があります。
会社法施行規則第 98 条第1項第5号イ~ニ、第 10 条1項第5号イ~ニ、第 112 条第2項第5
号イ~ニで具体的に追加されたのが、
会社法施行規則 第 100 条
五 次に掲げる体制その他の 当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団
における業務の適正を確保するための体制
イ 当該株式会社の子会社の取締役、執行役、業務を執行する社員、法第五百九十八条第一
項の職務を行うべき者その他これらのものに相当する者(ハ及びニにおいて「取締役等 」と
いう。)の職務の執行に係る事項の当該株式会社への報告に関する体制
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ロ 当該株式会社の子会社の損失の危険の管理に関する規程その他の体制
ハ 当該株式会社の子会社の取締役等の職務の執行が効率的に行われることを確保するため
の体制
ニ 当該株式会社の子会社の取締役等及び使用人の職務の執行が法令及び定款に適合する
ことを確保するための体制
という内容です。
イの「報告」とは、内部通報のほか、正規の報告システム(業務執行、経理報告、コンプライアン
ス報告)をも含む広範囲のものと理解されています。従って、子会社の取締役をはじめとする従業
者の業務執行に関して、内部通報体制、エスカレーションシステム、あるいは通常の業務報告体
制などを確立することで、親会社まで報告が届く体制が必要になります。
損失管理(ロ)というのは、会社の抱えるリスクは何かを把握する事(リスクセンサス)、認識され
たリスクの発生を未然に防止する手段、体制(リスク対策)、リスクが現実化した場合(インシデント、
アクシデント)への対策、対応方法を明確にするという事です(「立法担当者による会社法関係法
務省令の解説」 別冊商事法務№300・32 頁(平成18年発行 以前の改正法の際の解説)、「会
社法関係法務省令 逐条実務詳解」 332 頁参照)。まさにリスクマネジメント、情報リスク管理の
根拠規定となります。
効率性確保(ハ)というのは、「それぞれの職務遂行に必要な知識・技能が分析されており、そ
れら業務を遂行する者の選任と能力管理がなされ、適切な監視活動に基づく効果的な評価が行
われる体制」(前記 「逐条実務詳解」 333頁)とされています。前年度何パーセント伸ばすという
表現のものが多いが、それは効率性ではなく、単なる計画値の設定にしか過ぎません。効率性と
は、ある仕事について、コストパフォーマンスが高く、少ない費用と時間で、より良い結果が得られ
る、という事です。そのためには、適材適所、適切な評価、能力向上に対する評価などが重要な
ポイントになります。
その他の法令定款適合性確保の体制(ニ)とは、守るべき規範が明確にされていて、それに関
する情報が正確に捕捉できる体制があること、それに基づく改善が実施されること、が必要とされ
るということです。
会社の取締役会は、イからニまで検討したうえで、取締役会として、何らかの決議をする必要が
あるとされるものの、会社自らが子会社の内部統制を定めるという内容ではありません。子会社
は別の法人格ですから、子会社の内部統制、業務適合性の確保は、子会社の自主的な判断と決
定により実施すべきものです。親会社が子会社の独立性を否定したり、過度の容喙となるような
事をするのは妥当ではありません。
しかし、企業集団と考えられる範囲(連結対象となる会社、持分会社である場合など、重要な関
係のある範囲)では、それらの範囲で、業務執行の法令定款適合性を図るための善管注意義務
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があるのですから、その具体的内容として、上記イないしニ記載のものを含めて、取締役会として、
企業集団の業務適正化の対策を実施する必要があります。
すでに、子会社の管理、監督に関しては、親会社取締役(及び監査役)などを子会社に派遣して、
実質的に子会社の業務に関与する方法、親会社執行役員が、子会社代表取締役を通して実施
する方法、親会社の内部監査室と子会社内部監査室が合同で会議を行い、連携する事で、子会
社の業務についても業務の法令定款適合性を確保する体制をとるなど、さまざまな方法が採用さ
れています。
こうした対策を実施している企業では、改めて取締役会の決議は必要ないとも言えますが、上
述イないしニについても、改めて検討をする事をお勧めします。
2 事業報告における内部統制運用状況の開示
会社法施行規則 第 118 条
二 法第三百四十八条第三項第四号、第三百六十二条第四項第六号、第三百九十九条の十三
第一項第一号ロ及びハ並びに第四百十六条第一項第一号ロ及びホに規定する体制の整備につ
いての決定又は決議があるときは、その決定又は決議の内容及び当該体制の運用状況の概要
これまでは、内部統制に係る決定、決議のあることを示して、その概要を示す事で足りるとされ
てきましたが、今回の改正により「当該体制の運用状況の概要」を業務報告の内容として記載し、
報告する事が義務付けられました。従いまして、「業務の適正を確保するための体制のとおりに運
用している」という程度では足りず、ある程度具体的な運用状況として、たとえば内部統制委員会
の開催状況などが記載されるべきである(前記パブコメに対する法務省見解 35 頁 11 の①)とさ
れています。
また、報告すべき内容は、金融商品取引法の財務報告にかかる内部統制に限定しておらず、
会社法内部統制を含むものと考えるとされました(前記パブコメに対する法務省見解 36 頁
11
の②)。
金融商品取引法の場合には、財務報告に係る内部統制になるものですが、会社法ではさらに広
く、業務統制に係る内部統制についての報告を求めているという事です。
記載し、報告する内容の程度ですが、「運用状況とは客観的な運用状況を意味し、評価の記載
までは求めない」とされつつも、そうした評価を書くことを妨げないと注意書きがつきました。
なお、以上とともに、監査役は、監査役監査報告の中で、運用状況に関する報告に対する評
価を記載すべきであることは言うまでもありません。
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3 監査を支える体制整備
会社法第 348 条第4項・第 362 条第4項で決議が必要
会社法施行規則 第 100 条
四 次 に掲げる体制その他の当該監査役設置会社 の監査役への 報告に関する体制
イ 当該監査役設置会社の取締役及び会計参与並びに使用人 が当該監査役設置会社の
監査役に報告をするための体制
ロ 当該監査役設置会社の子会社の取締役、会計参与、監査役、執行役、業務を執行する
社員、法第五百九十八条第一項の職務を行うべき者その他これらの者に相当する者及び
使用人又はこれらの者から報告を受けた者が当該監査役設置会社の監査役に報告をす
るための体制
会社法施行規則の改正のもうひとつのポイントが、監査役への報告に対する体制の整備を求め
た点です。この『報告』の体制ですが、前述したのと同様で、子会社の取締役をはじめとする従業
者の業務執行に関して、内部通報体制、エスカレーションシステム、あるいは通常の業務報告体
制などを確立することで、親会社の監査役にまで報告が届く体制が必要になります。
具体的には、監査役への報告に関する体制(会社法施行規則第 98 条第4項第3号~第6号、
第 100 条第3項第3号~第6号)の整備とともに、監査役等へ報告をした者が、当該報告をしたこと
を理由として不利な取り扱いを受けない事を確保するための体制が求められました。具体的には、
職務規定、就業規則などに不利益を受けない旨記載し、不利益処分を禁止する内容の規定とす
る事になります。
その他、監査が実効性を持つために、監査役等の使用人に対する指示の実効性の確保に関
する事項、監査役の監査費用の処理に係る方針、通常監査費用の予算化、特別発生費用の支
払い方法に関する定め、などが検討される必要があります。
以上
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