線路を走るバスが地方救う

技術 &イノベーション
道路・線路両用車
線路を走るバスが地方救う
道路と線路を自在に行き来する、世界初の都市交通が実用化間近に。
JR北海道は従来の試作車を大幅改良、今秋に2 両連結で試験走行を行う。
導入が容易でコストも低く、全国の自治体や海外から熱い注目を浴びる。
「道路ト線路ヲ走ル車、ウチノ国ニ
物 が、日本全国の自治体のみならず、
世界中から注目を集めている。
必要デス。売ッテクダサイ」――。
道路から鉄道のレールへ乗り込み、
片言の日本語で東京のスロバキア大
クル」と名づけられた道路・線路両用
車のことだ。
廃線利用で新交通システム
DMV の最大のメリットは、廃線や
貨物線を含む既存の鉄道線路を生か
し、追加投資をほとんど必要とせずに
使館から突然電話がかかってきたの
列車として走行。経由地に着いたらレ
新たな地域循環型の交通システムを構
は、昨年 6 月のことだった。今、北海
ールを降り、道路を走行して最終目的
築できる点にある。特に赤字にあえぎ
道で開発が進められている 夢の乗り
地へ。
「DMV(デュアル・モード・ビー
ながらも、新たな交通システムを渇望
(デュアル・モード・ビークル)の仕組み
DMV
わずか 10 〜 15 秒で路線バスからディーゼル列車に
変身する。格納されていた鉄車輪がレールに乗り、
後輪のゴムタイヤが駆動輪となる
駆動輪(後部ゴムタイヤ)
後部鉄車輪
行
走
ル
レー
する地方都市での需要が大きい。
前部鉄車輪
開発を進めているのは、北海道旅客
前輪
後輪
前輪ゴムタイヤは
浮いた状態に
鉄道( JR 北海道)。既に試作車 1 号機
内側に追加したゴム
タイヤが駆動輪となる
鉄車輪で安定
走行を保つ
を 2004 年 1 月に完成させ、試験走行
を繰り返している。動力はディーゼル
エンジン。道路からレール、レールか
ら道路への切り替えに必要な時間はわ
ずか10 〜15 秒だ。
レール
前から見た図
後ろから見た図
ただし、1 号機の定員は28 人。赤字
といえども朝のラッシュが存在する既
レール走行時の車輪の状態
128 NiKKei Business
2005 年 6 月 20 日号
存路線の置き換えには堪えない。そこ
分の 1 も持つ。国鉄時代であれば廃線
の検討対象となる 2000 人未満の路線
は、実に 6 割。柿沼専務は 98 年、こ
うしたローカル線対策に乗り出した。
「500 人ならバスでいいだろう」
「線
路と道路の両用車を開発して、輸送コ
ストを下げられないか」
。99 年から社
内で検討を開始するも 1 年で頓挫。し
かし、2002 年のある朝、徒歩通勤の
途中に幼稚園児送迎用のマイクロバス
を見た柿沼専務のひらめきが、ついに
DMV のブレークスルーを生んだ。
「これだ! これならレールにすっ
北海道の札沼線を疾走するDMVの試作車第 1号
ぽりはまる」
。車がレールを走るとい
う発想の転換だ。
「鉄道屋が考えると、
入り口部分のレール間隔を規定
より若干広くし、鉄車輪も幅広の
ため、多少誤差があっても鉄車
輪が正確にレールに乗る
どうしても列車が道路に出るという発
想になる。でも、車屋の発想に転換す
れば、こんなに簡単なことはない」
。
動力源はバスのエンジンで、駆動も
ゴムタイヤにする。そうすれば、線路
車両両脇に出るガイド
ローラーが壁に当たり、
線路への進入を補助
前部ガイドローラー
分
部
え
切り替
後部ガイド
ローラー
路走行
道
に新たな工事を必要とせず、車両製造
コストも高価な列車に比べ大幅に抑え
られる。課題は、どうやってレール上
で安定走行を保つかだった。
荷重配分でタイヤの摩耗防止
すぐに開発チームが招集され、ゴム
った。それら試作車は、列車の鉄車輪
タイヤでレール上を走行する方法が練
を駆動輪としていたために車重が重
られた。一時は、レールの両脇にゴム
く、道路走行には向かなかった。加え
タイヤ用の道と、軌道を外れないよう
で現在、線路では 2 両連結、定員 56
て、鉄道から道路への切り替え作業に
にする壁を敷設する案が検討された。
人の列車として運行し、道路では別々
数分から数十分の時間を要し、公共交
これは実際にドイツのマンハイム市で
に進む新型の開発を進めている。
通機関として実用に堪えるものではな
採用されている。
今年 8 月までに車検を取得し、翌月
かったのだ。
しかし、全線に新たな工事を必要と
の 9 月には 2 両連結の走行試験を行う
しかし、ある 1 人の技術者の発想
し、コストがかかるため、断念。代わ
計画。安全性の検証を重ね、2007 年
が、70 年の壁を越えるきっかけとな
りに浮上したアイデアが、補助的な鉄
初めにも、まずは JR 北海道管内の路
った。JR 北海道の鉄道事業本部長を
車輪を利用するというものだった。
線で世界初の定期運行を目指す。
務める柿沼博彦専務。東北・上越新幹
道路上では格納している前後の鉄車
線の開発など、国鉄時代から長年、技
輪をレール上で降下。前後 4 輪の鉄車
術畑を歩んできた柿沼専務の持論は、
輪がレールにはまり安定走行を維持す
道路を走る列車という考え方は、決
して新しいものではない。その研究は
1932 年の英国から始まり、日本でも
40 年に旧帝国陸軍が、62 年には旧国
有鉄道が取り組んだ歴史がある。
だが、いずれも実用化には至らなか
「非常識の中に常識を探せ」である。
JR 北海道は、約 2500km の営業路
線のうち、根室本線や日高本線など、
1 日の乗客数が 500 人未満の路線を 3
る。ゴムタイヤは駆動輪である後部だ
けを残し、前部は浮いた状態にして、
合計6 輪で走行する仕組みだ。
開発に協力したのは、除雪車の開発
NiKKei Business 2005 年 6 月 20 日号 129
技術 &イノベーション
コストは安いが、輸送力に課題
LRT(軽量軌道交通)とDMVの比較
を手がけ、油圧制御技術を持つ日本除
長約 2 0 m の切り
雪機製作所(札幌市)
。
「鉄車輪を上下
替え部分に入る。
する機構は、簡単そうに見えて非常に
この時に、DMV
難しい。道路交通法などを順守して、
の車両両脇につい
いかにコンパクトに収納するか、かな
たガイドローラー
り時間をかけて設計した」
( JR 北海道
が切り替え部分両
技術開発部の難波寿雄主幹)
。
側にある壁に当た
次に問題になるのが、ゴムタイヤの
り、車両の中心が
摩耗である。タイヤメーカーに相談す
大まかにレールの
ると、
「たった幅 65mm のレール上を
中心に寄る。
旅客定員
DMV
LRT
56人(2両連結時)
140 〜 160 人(1 編成)
車両総重量 6トン
20トン前後
評定速度
25〜50km
設備投資
レール進入部分の工事費として 1km 当たり15 億〜 30 億
円
500万円程度
車両費
4000万円(2両)
燃費
1リットル当たり6km
定期検査費 年間約 55万円
20 〜 40km
(1編成)
2億〜4億円
−−
年間 100 万円以上
幅 300mm 以上のタイヤが走れば、荷
次に、停車して鉄車輪を下ろすのだ
北海道でも、新たなニーズが出てい
重が一部に集中し、摩耗ですぐダメに
が、この時、鉄車輪がレールに乗るよ
る。DMV は、燃費がディーゼル列車
なる」
と取り合ってくれない。
う、レールの間隔と鉄車輪の幅を、鉄
の 4 分の 1 で済みながらも、列車より
摩耗を防ぐために鉄車輪へ荷重をか
道の規定より広く取った。切り替え部
きつい勾配を道路走行できる。既存の
けすぎると、今度はタイヤが空転して
分のレール間隔は、規定より 70mm
ローカル線対策としても十分有効だ
動力が伝わらず、タイヤが弾んで脱線
広い 1 1 3 7 m m を最大とし、規定の
が、女満別空港や旭川空港など、周辺
につながる恐れもある。
1067mm まで徐々に狭まる。ここに、
線路との高低差がきつく、線路が空港
そこで JR 北海道は、タイヤが滑ら
規定より50mm 幅が広い175mm の鉄
がまで届いていないエリアの新交通シ
ずに動力を伝える最適な荷重配分を独
車輪が下りることで、多少誤差があっ
ステムとして期待が高まっている。
自に割り出した。結果、前部の鉄車輪
ても確実にレールに乗るようにした。
に 50 %、後部の鉄車輪に 20 %の荷重
あとはゴムタイヤで進むだけだ。
自動車技術を列車に応用
をかけ、ゴムタイヤに
かくして完成した
は残りの 30 %の荷重
D M V 試作車第 1 号。
のが、
「定員を増やせないか」
というも
をかければ問題ないこ
当初は JR 北海道の赤
のだ。そこで、車両の後部同士を連結
とが分かった。
字路線対策だった
させる2 両連結版の開発に着手した。
車両の荷重は乗客の
DMV は、今や地方自
後ろの車両はレール上では牽引され
人数や位置によって変
治体の救世主の呼び声
る形になるため、ゴムタイヤと駆動軸
化するため、タイヤや
が高い。路面電車の発
を遮断する機能を新たに開発した。加
鉄車輪にかかる荷重を
展型で低床電車を利用
えて、自動車の ABS(アンチロック・
常に検知し、油圧によ
した LRT(軽量軌道交
ブレーキ・システム)技術を応用した
って最適な荷重配分を
通)などと比べ、圧倒
新機能の開発にも取り組んでいる。
JR北海道の柿沼博彦専務
こうした地方の要望として最も多い
的に低いコストで導入
2 号機では、ゴムタイヤの摩耗をさ
できるからだ。例えば
らに減少させるためにタイヤへの荷重
雪機と共同で開発することで、課題を
車両費は、試作車第 1 号の場合 1500
を 1 号機より減らす。走行中にタイヤ
解決した。
万円程度で済んだ。
の空転を感知した場合は、瞬間的に荷
コンピューター制御で
(6 月 22 日から副社長)
保つシステムを日本除
先人たちの取り組みを阻んできた道
今年 5 月末には石川嘉延静岡県知事
重をかけて空転を防ぐ機能だ。
路走行からレール走行への切り替え
が表敬訪問、 夢の乗り物 に試乗し、
が、もう 1 つの大きな課題として残っ
早期の実用化を求めた。東海道新幹線
する柿沼専務は「GPS(全地球測位シ
た。補助の鉄車輪の出し入れは、油圧
の新富士駅と東海道線の富士駅は、鉄
ステム)を利用した運行システムや、
によって数秒で行える。問題は、
道で結ばれていない。ただし、古い貨
ジメチルエーテルを化合したディーゼ
DMV の鉄車輪をいかに正確にレール
物の引き込み線が途中まである。これ
ル燃料などの開発にも取り組む」と、
上に乗せるかだ。
と、ローカル線の岳南鉄道の線路を生
実用化に向けて、さらに DMV を進化
かし、富士市内を循環する新交通シス
させる意欲を見せる。技術者としての
テムをDMV で実現したい考えだ。
興味は尽きることがない。 (井上 理)
この課題をクリアする答えも、鉄道
の非常識にあった。DMV は、まず全
6 月 22 日に JR 北海道副社長に就任
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130 NiKKei Business
2005 年 6 月 20 日号