石油取引の基礎知識 - Tokyo Commodity Exchange, Inc.

石油取引の基礎知識
目次
第 1 章 相場予測を行う上でのポイント ........................................................................... 1
第 1 節 価格決定に与える要素................................................................................ 1
第2節 今後の原油の動向の見通し ........................................................................... 2
第3節 原油情勢の世界経済に与える影響 .................................................................. 3
第 2 章 石油価格 ............................................................................................... 10
第 1 節 原油価格の推移 ..................................................................................... 10
第2節 石油価格の変動要因 ............................................................................... 11
第 3 章 原油の基礎知識........................................................................................ 20
第 1 節 原油の生産及び埋蔵量 ............................................................................. 20
第 2 節 原油開発の現状 ..................................................................................... 28
第 3 節 原油の国際取引 ..................................................................................... 31
第 4 節 原油の特性 .......................................................................................... 34
第 5 節 原油市場 ............................................................................................. 37
第 4 章 ガソリン、灯油、軽油の基礎知識 ...................................................................... 51
第 1 節 石油製品の生産・流通 .............................................................................. 51
第 2 節 ガソリン ................................................................................................ 60
第 3 節 灯油 .................................................................................................. 63
第 4 節 軽油 .................................................................................................. 64
第 5 節 ガソリン・軽油の暫定税率............................................................................ 66
第 6 節 その他の石油製品.................................................................................... 69
第 7 節 石油製品市場 ....................................................................................... 70
第 5 章 石油産業 ............................................................................................... 74
第 1 節 日本の石油産業 ..................................................................................... 74
第 2 節 石油製品製造・一次卸業 .......................................................................... 79
第 3 節 世界の石油産業 ..................................................................................... 82
第 6 章 石油市場の取引戦略 .................................................................................. 88
第 1 節 リスク・ヘッジ .......................................................................................... 88
第 2 節 クラック・スプレッド(原油と石油製品の価格間のスプレッドによるヘッジ) ......................... 95
第 3 節 アービトラージ(裁定取引) ...................................................................... 101
第 4 節 ロール・オーバー(ローリング・ヘッジ/スイッチ取引) .............................................. 105
第 5 節 先物市場を利用したガソリン・灯油の調達 ....................................................... 107
第 6 節 リスク管理と周辺制度の最近の動向.............................................................. 112
第 7 節 モダン・ポートフォリオ理論 .......................................................................... 118
第 8 節 効率的市場仮説 .................................................................................. 122
第 9 節 補論 石油製品の原価計算...................................................................... 123
第 7 章 総合エネルギー市場創設に向けた東京商品取引所の取組み ..................................... 126
第 1 節 我が国における総合エネルギー市場の創設について ............................................. 126
第 2 節 店頭市場活性化への取り組み .................................................................... 128
第 8 章 参考データ集 .......................................................................................... 132
第 1 節 石油用語集 ........................................................................................ 132
第 2 節 石油に関する情報入手先......................................................................... 138
はじめに
石油は、工場や家庭、自動車など様々な場面で使用され、私たちの社会・経済・生活において必要不可欠
なエネルギー資源として位置付けられています。
日本は原油のほぼ 100%を輸入に頼っており、そのうち 80%以上は中東産原油ですが、アジア諸国で輸入
される中東産原油について、その価格は東京商品取引所(以下、当社。)のドバイ原油価格をもとに決定さ
れています。
ここ最近のドバイ原油の動きを振り返ると、2014年夏までは65,000円~70,000円/klのレンジで推移し
ていましたが、2015年に入ると欧州や中国といった世界的な需要鈍化やシェールオイルの増産等を背景に
30,000円台前半まで急落、4月には一旦40,000円~50,000円台に回復しましたが、7月のイラン核協議
最終合意、8月の世界同時株安等を受け、再び30,000円台まで下落しました。その後も、原油の供給過剰
が続く中で、12月のOPEC総会において生産目標が合意できなかったことや中国経済の減速懸念を受けて、
2016年1月には11年半ぶりの低価格である20,000円を割り込む水準まで低下しました。5月にはシェールオ
イルの減産やナイジェリアの政情不安等を受け、5ヵ月半ぶりに32,000円台まで上昇しましたが、翌月には英国
のEU離脱(Brexit)が確定的になると経済の先行きに対する不透明感が広がり下落基調となり、過去2年
半で半値程度にまで下落するなど激しい動きを見せました。
一方で、国内の石油製品の需給については、自動車保有台数の減少や燃費の改善が進むなど構造的要因
からガソリンをはじめとした主要油種の消費の落ち込み、環境意識の高まり等による石油から他エネルギーへの
燃料転換、加えて人口減少といった社会構造の変化等を背景に、需要が減少傾向にあります。
石油各社は、こうした原油価格の急激な変動や製品の需給バランスの変化に伴うリスクにいかに対応するかが
求められています。
当社の石油先物市場は、このようなリスクを抱える石油会社のヘッジの場として利用され、また、事業者の抱え
るリスクを積極的に引き受けて収益に転換しようとする投資家も参加することで、多様な参加者による多様な情
報をもとに価格が形成され、ファンダメンタルズを適切に反映した透明かつ公正な価格が形成されることになりま
す。このように、商品先物市場は、日本経済にとって必要不可欠な産業インフラとしての役割を担っています。
近年では、石油以外のエネルギーについても自由化の機運が高まっており、電力については、2013 年 4 月に
閣議決定された「電力システム改革の基本方針」に基づき、需給運用を最適化するための電力広域的推進機
関が 2015 年 4 月に設立、2016 年 4 月には電力小売の全面自由化されており、都市ガスについても 2017
年に小売参入の全面自由化及び 2022 年に導管部門の法的分離が予定されています。
当社は、こうしたエネルギー市場の自由化の進展に呼応して、石油、電力、ガスなどを含めた総合エネルギー
市場を整備することで、エネルギー関連の各商品の適正な価格指標とリスクヘッジの場を提供することを通じ、
新たなビジネスにも容易且つ効果的に享受できる環境を醸成し、我が国のエネルギーの安定的な供給に貢献
していきたいと考えています。
本テキストは、石油に関する基礎知識、石油産業及び流通構造、石油取引の現状、ならびに取引戦略等
について解説しており、取引参加者・登録外務員をはじめ石油市場に関心を持たれる投資家等の皆様により
深く理解をいただくために作成したものです。石油および石油市場に対する正しい理解の一助となれば幸いで
す。
〔注意〕
・本テキストは、当社の石油市場についての知識の概説を目的としたものであり、実際の先物市場の利用にあ
たっては、東京商品取引所の定款、業務規程、受託契約準則など諸規程をご参照下さい。
・本テキストは、特にことわりがない限り 2016 年 11 月現在を基準としており、記載されている内容について変
更される可能性があります。
第 1 章 相場予測を行う上でのポイント
第 1 節 価格決定に与える要素
価格決定には世界の石油需要と供給のバランスが最大の要素である。近年では、米国のシェールオイル増産
や中国等新興国の成長減速による供給過多状態であり、2014 年後半からの原油価格の下落も相まって、
需給緩和が継続しているが、この状況を打破する動きも見られ、変化を捉えることが重要である。
1.米シェールオイル
これまで開発が困難とされてきたシェール(頁岩)層に含まれる非在来型の石油や天然ガスの採掘が可能
となったことで、シェールオイルが生産されるようになり、特に原油価格が高値であった 2009 年頃から、その代替
となるシェールオイルの生産が急拡大し、世界的なエネルギーの需給及び価格構造に大きな変化をもたらすこと
となった。
2014 年にはシェール革命により、米国が世界最大の産油国となったが、シェールオイル自体の価格が低下、
また 2015 年に入り、原油価格が一時的に回復したこともあって、シェールオイルの掘削装置であるリグの稼働数
が急減し、米国の原油生産量も下落に転じた。(参照:第2章第1節第 4 項 シェール革命)
米国のリグ稼働数の変動は、基本的にはその数が増加すれば、米国での生産が増え、供給が増えるとの見
方から原油価格にとっては下落要因となる。また、その数が減少すれば、米国での生産が減り、供給が減るとの
見方から原油価格にとって上昇要因となるため、原油価格の先行指標として重要なデータの一つと位置付けら
れている。実際の需給にリグ稼働数が反映されるには半年以上先となるが、リグ稼働数の変動のみで原油相場
の変動要因になる場合がある。また、近年ではリグ稼働数が減少しても採算性の悪い企業が効率性の観点か
らリグ減少の措置を実施している可能性もあるので注意が必要。
なお、米国のリグ稼働数は米国の石油サービス会社ベーカー・ヒューズによって毎週発表されている。
2.米国原油在庫
米国の原油在庫は 2016 年 4 月に過去最高となる 543 百万バレルを付けて以降、ほぼ同レベルで推移。
石油在庫の積み上がりが原油価格の上値が重い一因となっている。
一方で、オイルショック後の 1975 年から米国内の原油の確保及びガソリン価格の安定のため米国産原油の
輸出禁止措置が行われていたことも、原油在庫を過剰状態とさせていたが、2015 年 12 月、40 年続いていた
当該措置を撤廃する法案が盛り込まれた「2016 年度オムニバス歳出法案」が成立した。これにより、米国内の
原油在庫が減少し、逆に輸入超過ともなると米国内の需給のひっ迫の懸念も考えられる。
米国の原油在庫は EIA(米国のエネルギー情報局)が毎週水曜日に発表しており、原油価格に影響を与
える統計指標として認知されている。発表された在庫が多ければ原油価格は下がり、また少なければ上がるのが
原則ではあるが、他の経済指標のように市場の事前予想よりも高いか低いかということもポイントとなる。(参
照:第2章第1節第 1 項 今日の原油生産)
1
3.WTI 原油建玉
世界のマーカー原油の一つである WTI 原油を上場している NYMEX(ニューヨーク・マーカンタイル取引所)
におけるカテゴリ別建玉を CFTC(米先物取引委員会)が毎週金曜日の取引終了後に発表。同報告は現
地時間の毎週火曜日の取引終了後に NYMEX から報告されたもの。特に、大口投機玉のポジション動向は注
目され、大口投機玉の買玉又は売玉の増減で原油価格も左右されることがある。
4.OPEC の動向
OPEC 加盟国の原油生産量枠を主な議題とした OPEC 総会では、OPEC 加盟国が原油生産量を増やす
か、現状維持か、それとも減産かで原油相場に大きなインパクトを与えることがある。かつては OPEC の生産動
向が原油価格に大きく影響したが、近年では米国、ロシア等の非 OPEC の原油生産が拡大し、OPEC の影響
力は弱くなったものの、OPEC 総会ではそういった非 OPEC を意識した議論となり、依然として注目される。
OPEC 加盟国の主要生産国であるイランは、2015 年 12 月に 2012 年から続いていた原油輸入禁止の経
済制裁が解除され、生産量増加の真っ只中にあったため、2016 年4月に産油国が開いたドーハ会合において、
OPEC 総会で定めた目安以上に生産量を増やさないようにする「増産凍結」を拒んでいた。また、サウジアラビア
も主要産油国が足並みをそろえるまでは減産を行わないという立場を堅持していた。ところが、2016 年 9 月に
行われた OPEC 非公式会合では一転して、2008 年から8年ぶりに原油生産量を減産することで合意した。こ
れにより、原油相場は反応。サウジアラビアが軟化したことで減産合意に至ったとされているが、今後もイランの動
きと併せて注目したい。
なお、OPEC 総会は年 4 回(3、6、9、12 月)の定期開催に加え、必要に応じて臨時に開催される。
5.非 OECD の需要
OECD(経済協力開発機構)に加盟していない非 OECD 諸国(主に新興国)の消費量の伸びは、 近
年、OECD 諸国(主に先進国)を大きく上回り、高い経済成長を背景として原油需要を増加させ、原油価
格に大きな影響を与えていた。特に、中国の原油消費量の伸びが世界の原油消費量の伸びをけん引していた
が、中国の GDP 成長率は 2012 年に 7.8%と 13 年ぶりに 8%割れとなり、2015 年には 6.9%となった。中
国景気の減速は、今後の石油需要及び石油価格に影響を与えるものとみられる。
第2節 今後の原油の動向の見通し
今後の原油の動向の見通しは、様々な機関が様々な角度から長期、中期、短期で予測を行っており、その
代表格が EIA 及び IEA。両者の発表後にその見通しの解説や両者の見通し発表を受けた予測等、公的機
関や金融機関からも発表されるため、参考にしたい。
1.米国エネルギー情報局(EIA)
米国エネルギー省のエネルギーに関する情報収集と分析を専門に行う組織。例年、米国内の短期的なエネル
ギー見通し「Short-Term Energy Outlook(STEO)」(年複数回発表)、米国内の長期的なエネルギ
ー見通し「Annual Energy Outlook(AEO)」(年1回)、世界のエネルギー見通し「International
Energy Outlook(IEO)」(年1回)を発表。
2
2. 国際エネルギー機関(IEA)
OECD 加盟国を中心にエネルギー安全保障を確立することを目的として第 1 次オイルショック後の 1974 年に
設立された組織。例年、世界のエネルギー見通し(WEO:World Energy Outlook)(年1回)を発表。
経済・人口の見通し、国際エネルギー動向(石油、天然ガス、石炭、電力、再生可能エネルギー、気候変
動)、エネルギー効率などについて分析が行われている。資料は有料(概要版は無料)。
また、日本を代表するエネルギー分析・調査機関である日本エネルギー経済研究所(IEEJ)も例年、世界
のエネルギー見通し(A/WEO:アジア/世界エネルギーアウトルック)を発表。A/WEO では、経済・人口・エ
ネルギー需給・エネルギー価格見通しの他、アジア主要国のエネルギー情勢・政策、今後の日本の課題などにつ
いて分析が行われている。国内機関が発表しているため、他言語の調査資料の理解を助け、また、A/WEO で
は原油価格の見通しが CIF 価格ベースでの算定となっているなど、日本国内における事業計画や業績見通し
などを算定しやすく活用しやすい。
第3節 原油情勢の世界経済に与える影響
1.原油価格下落の世界経済への影響
2014 年後半から始まった原油価格の大幅な下落は、交易条件の変化により石油輸出国から輸入国に大規
模な所得移転を引き起こしたとされている。IMF では、中東・北アフリカ地域の石油輸出国の 2015 年の収入
は、原油価格下落により 3,900 億ドル減少したと試算している1。
図1 2015 年の地域別石油輸入量
2015年 地域別石油輸入量
千バレル/日
15,000
10,000
5,000
欧州
米国
中国
日本
インド
0
-5,000
アフリカ
-10,000
ロシア
-15,000
-20,000
中東
-25,000
※BP Statistical Review of World Energy June 2016 より TOCOM 作成
※石油輸入量は、原油と石油製品の輸入量から輸出量を差し引いて算出
1
REGIONAL ECONOMIC OUTLOOK Middle East and Central Asia APRIL 2016
http://www.imf.org/external/pubs/ft/reo/2016/mcd/eng/pdf/mreo0416.pdf
3
石油輸出国の原油価格下落による収入減少に対し、輸入国では、エネルギーコストの低減により企業収益
が改善する他、ガソリンの値下りによる家計部門の消費拡大等、原油価格低下は減税と同様の効果が得られ
ることにより、GDP を押し上げる効果が期待できるとされている。
過去の経験から、原油価格の大幅な上昇は世界全体の景気悪化を引き起こし、反対に原油価格の下落
は世界経済にプラスに作用するとの見方が一般的である。
2014 年以降の原油価格の下落についても、世界全体の経済成長率にプラスの方向に作用するとの見方が
多く、その背景として、① 石油を消費する先進国の方が産油国よりも限界消費性向(所得の伸びのうち消費
が増える率)が高い。② 原油価格の下落は先進国における石油企業の設備投資縮小や解雇等によるマイ
ナスの効果も発生するが、これら企業の GDP に占める割合は産油国よりも低いことから、影響も限定的だと考
えられること。③ 価格下落の原因が供給量の増加により引き起こされた可能性が高いこと(需要は崩れてい
ないこと)。④ 原油輸出国の世界全体の GDP に占める割合は 20%程度であり、マイナスの影響も小さいと
見積もることができること、等が挙げられた。
IMF 及び世界銀行では、2014 年以降の原油価格の大幅な下落により、世界経済の成長率は 0.5%~
0.9%押し上げられると予想した。
表1 原油価格下落の世界経済への影響調査
世界銀行
2015 年
2016 年
前提条件
+0.5%
―
2015 年の平均価格が 2014 年平均から 30%下落
ポイント
IMF
(Global Economic Prospects January 2015)
+0.7%
+0.9%
2014 年 8 月時点から 40%下落
ポイント
ポイント
(WORLD ECONOMIC OUTLOOK April 2015)
しかし、その後の各種景気指標からは、原油価格の世界経済に与える影響は一様ではなく、価格下落の影
響の全体像を適切に捉えることが困難であることが示され、経済成長見通しは相次いで下方修正された。
原油価格下落のプラス効果が打ち消されている可能性として、産油国や資源国の低油価への適応の遅れに
よる予想以上の景気減速、また、これに起因する産油国・新興国からの資本流出、エネルギー関連投資の予
想外の落ち込み、新興国市場と国際金融市場の連動性の高まりによる先進国の資産価格への影響が主に挙
げられている。
2.原油価格下落の産油国への影響
原油価格の下落は、石油輸出によって成長のサイクルを生み出してきた産油国にとって比較的大きなダメー
ジとなった。下グラフは OPEC 各国の石油輸出の依存度をあらわしており、例えば、サウジアラビアでは、輸出量
全体のうちの 77%を石油輸出が占め、GDP に占める割合も 24%に達する等、産油国が石油輸出に依存し
た経済構造となっていることが分かる。
4
図2 OPEC 各国の石油輸出の依存度(2015 年)
100%
100%
97%
94%
92%
89%
77%
80%
60%
46%
32%
31%
37%
対GDP比
24%
17%
15%
20%
輸出全体に占める石油輸出の割合
35%
16%
9%
13%
7%
14%
UAE
イラン
カタール
サウジアラビア
クウェート
ナイジェリア
ベネズエラ
アンゴラ
イラク
0%
OPEC平均
40%
40%
出典:OPEC Annual Statistical Bulletin 2016 より作成
産油国では、2000 年以降の原油価格の長期的な上昇により経常黒字を積み上げ、潤沢な外貨準備や
政府系ファンド(SWF)の源泉となっていたが、2015 年にはサウジアラビア及び中東・北アフリカ地域の各国は
経常赤字に転じた。
石油輸出主体の経済構造となっているこれら産油国が、原油価格低迷の長期化への対応を進めなければ、
成長率の低下懸念が一層強まることになる。
図3 産油国・新興国における経常収支の推移
10億ドル
500
400
300
200
アジア新興国
100
中東・北アフリカ
0
サウジアラビア
-100
ロシア
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
-300
2000
-200
出典:IMF World Economic Outlook Database April 2016
*アジア新興国~マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア
*中東・北アフリカにサウジアラビアは含んでいない
*2016 年以降は IMF による予測
5
産油国においては、石油輸出により得られた富をもとに、積極的なインフラ投資や社会保障の充実等に取り
組み、経済成長を下支えしてきた。しかし、これが産油国の国家予算を大きく膨らませることになり、財政収支を
均衡させることのできる原油価格は各国ともに高い水準となっている。
サウジアラビアでは、原油価格低迷により 2015 年の財政収支が 3,670 億リヤル(GDP 比 15%)の記録
的な赤字となり、2016 年予算案においては、ガソリンや公共料金の値上げによる歳出削減方針が打ち出され
ている。
図4 財政収支が均衡する原油価格(2015 年)
94.8
84.0
69.1
80.0
62.6
60.0
51.8
49.2
クウェート
100.0
カタール
ドル/バレル
109.8
120.0
40.0
20.0
イラク
UAE
イラン
サウジアラビア
アルジェリア
0.0
出典:IMF Regional Economic Outlook: Middle East and Central Asia
当初、原油価格下落による産油国に対するマイナスの影響は、潤沢な外貨準備や政府系ファンド(SWF)
が緩衝材として機能しショックを吸収することができると予想されていたが、価格下落の幅や期間が予想以上で
あったことから、産油国以外の資源国まで含めたマイナスの効果は世界全体のプラスの効果を上回っているとの
指摘もなされるようになった2。
その要因としては主に次が考えられる。
① 産油国の政府支出削減による内需減少と産油国からの資本流出
産油国の財政の逼迫が予想以上であり、政府支出が削減されたことにより内需が縮小して経済成長率が低
下した。また、IMF がサウジアラビアの財政破綻の可能性を指摘したことなどにより、産油国に対するリスクが強く
意識されるようになり、海外から産油国に対する投融資の資金逃避が巻き起こるなど、資本市場に混乱が生じ
た。
なお、これまで、高い経済成長率を期待できる資源国や新興国に投資資金の流入が続いてきたが、2015
年には、統計データのある 1980 年以降ではじめての新興国からの資金純流出となった3。
2
2016 年 4 月 IMF「世界経済見通し・総括」
3
IMF: Emerging Markets Show More Resilience to Capital Flow Cycle
6
図5 主な産油国に対する与信残高の推移
600
500
400
Saudi Arabia
Russia
300
Venezuela
Nigeria
200
100
0
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
出典:BIS 国際与信統計(2004 年末を 100 とした場合の推移)
② 国際金融市場との連動性の高まり
投資信託や ETF 等を通じたグローバル投資の動きが広まったことにより、また、世界中の市場を対象にアルゴ
トレードを行うプロップハウスが台頭して投資資金の移動が世界中に拡大したことにより、先進国と新興国の証
券・金融市場の結び付きは、以前よりも強固なものとなった。
例えば、ある国での損失発生やこれに伴う顧客資産の引出しに対応するため、複数国のポジションを同時に
閉じることによる資産価格の同時下落はよく見られる事象(いわゆる「リスクオフ」の動き)である。
産油国や資源国と先進国の金融・証券市場の連動性の高まりにより、産油国で発生した資産価格の下落
が先進国の資産価格にもマイナスの影響を与えるケースが増えている。
3.原油価格の日本経済への影響
日本はエネルギーや資源を輸入に依存していることから、他国に比べてエネルギー及び資源価格の動向には
影響を受けやすいといえる。
円建ての原油価格が下落すれば、石油及び LNG を中心に燃料コストが削減されることになり、石油製品や
電力の投入比率が高い製造業や運輸、建設業を中心に企業収益が改善することになる。
日本における 2015 年の石油(原油、石油製品、LPG、LNG)輸入の総額は、原油価格の下落を受け、
前年比 9.3 兆円の減少となっており、日本の法人企業の経常利益の総額(金融・保険業を除く)は 68 兆
円(2015 年度・財務省法人企業統計調査)と推定されていることから、石油輸入コストの縮減による利益
の向上効果は 10%以上あったと推測される。
7
図6 日本の石油輸入額の推移
億円
300,000
LPG,LNG
80,000
原油CIF価格(右軸)
200,000
90,000
億円
原油及び石油製品
250,000
円/kl
100,000
255,183
70,000
161,711
60,000
億円
150,000
50,000
40,000
100,000
30,000
20,000
50,000
10,000
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
0
2000
0
出典:財務省貿易統計 (2016 年は 1 月~7 月末までのデータ)
原油価格下落による企業収益の改善やガソリン等の値下りによる家計部門の負担減少は、企業による設
備投資の拡大や賃金上昇による個人消費の拡大が期待されることから、原油価格の下落は日本の GDP を押
し上げる効果があるとの見方が一般的である。
このように、2014 年の原油価格下落時の当初は、特に資源を大量に輸入する日本にとって他国よりもプラ
スの効果を享受できると見られていたが、価格下落の幅や期間が長期化したことによって、マイナスの効果も目
立つものとなった。
例えば、石油元売においては、大手 5 社による備蓄原油の在庫評価損が合計 6,023 億円に達し、当期純
利益は合計 3,921 億円の損失計上となった(ともに 2015 年度決算)。また、巨額の資源投資を行ってきた
総合商社においても、大手5社の減損損失は1兆 2300 億円(2015 年度決算)に膨らんだ。
原油価格の下落は物価の下落を通じて期待インフレ率を低下させることになり、実質金利の上昇から企業の
設備投資を抑制する効果もあることに目を向ける必要がある。この場合、通常は利下げによる実質金利の抑制
という手段がとられるが、マイナス金利政策下にある日本においては、これ以上の利下げが実施できるかどうかは
不透明であり、原油価格下落のマイナスの効果がより広範囲に現れる可能性もある。また、日本の経済成長を
目指したアベノミクスおいては、デフレ経済を克服するためにインフレターゲット(2%)を定めているが、この目標
8
の実現は一層厳しいものとなった。
9
第 2 章 石油価格
第 1 節 原油価格の推移
1.1970 年~90 年代の価格推移
1970 年代前半、原油価格は 2~3 ドル/バレルで安値安定していたが、1973 年 10 月の第四次中東戦
争勃発を受けて、OPEC(石油輸出国機構)が原油の公示価格をそれまでの約 4 倍となる 11.65 ドル/バレ
ルに引き上げたにより高騰し(第一次オイルショック)、更に 1978 年の OPEC 原油公示価格の引き上げ(第
二次オイルショック)、1979 年のイラン革命、1980 年のイラン・イラク戦争の勃発などにより高騰した。その後
1980 年代中頃までは 30 ドル/バレル近い水準で高値安定していたが、高価格を背景とした原油需要の減退、
非 OPEC 諸国の原油増産などにより供給過剰となる中で、1986 年、サウジアラビアがスイング・プロデューサーと
しての役割をやめるとともに、実質的な値引き販売であるネットバック販売を開始し増産に転じたことで 10 ドル/
バレルの水準に急落した。以降、イラクがクウェートに侵攻した 1990 年 8 月を除き、90 年代を通じて 10~20
ドル/バレル近辺で推移、97 年末の OPEC 増産決議と翌年のアジア経済危機により、原油価格は 10 ドル/バ
レル近くまで下落したが、OPEC はプライスバンド(22~28 ドル/バレル)の採用や非 OPEC 産油国との協調
減産で市況を立て直した。
2.2000 年以降の価格推移
2000 年以降、2001 年 9 月の米国同時多発テロの影響による石油需要減退で一時的に下落するも、世
界的な金融緩和を背景とした原油への投機資金の流入、中国の経済成長による石油需要の急増、ハリケー
ン「カトリーナ」による米国メキシコ湾岸の生産停止、さらにイラク戦争の勃発など国際情勢の緊張激化もあって、
原油価格は上昇を続け、2008 年 7 月には WTI が終値で 145 ドル/バレルの最高値(TOCOM ドバイ原油
では 7 月 4 日の 95,360 円/kl)を記録した。その後、価格高騰に対する警戒感とリーマンショックの到来で、
2008 年末から 2009 年初には 30 ドル/バレル近く(TOCOM ドバイ原油では 12 月 25 日の 22,500 円/kl)
まで暴落したが、2011 年の「アラブの春」によるリビア情勢の混乱で高騰、同年のイラン核開発疑惑、2013 年
のシリアの政情不安、2014 年のロシア・ウクライナ情勢の緊張激化といった地政学リスクの高まりを背景に
2014 年夏までの 3 年半、100 ドル/バレル前後の水準で推移した。しかしながら、米国のシェールオイル増産や
中国等新興国の成長減速による需給緩和を背景に急落、そのような中 2014 年 11 月に開催された OPEC
総会では、生産目標を据え置くことを決定し、原油価格は 2015 年にかけて一段と下落基調を強めることとなっ
た。
2016 年の原油価格は、2015 年 12 月 OPEC 総会での減産見送り決定や経済制裁解除に伴うイランの
増産観測などもあり供給過剰が継続、中国株式市場の急落を契機とした需要減退懸念の増大もあり、2016
年 1 月には WTI が 26 ドル/バレル台と 2003 年 5 月以来の低水準まで下落した。その後、米国のシェールオ
イル減産、クウェートでの石油労働者のストライキ、カナダの山火事によるオイルサンド操業停止、ナイジェリアの
武装勢力による石油施設への攻撃など供給低下懸念の増大により上昇に転じ、6 月には WTI が 50 ドル/バ
レルを突破したが、6 月下旬の英国の EU 離脱(Brexit)決定を受けた世界経済に対する不透明感の高まり
による需要減退懸念から、以降、本稿執筆時点(9 月)にかけては 40 ドル台(TOCOM ドバイ原油では
30,000 円/kl 前後)での推移となっている。
10
図 1 ドバイ原油価格の推移(出所:石油連盟)
第2節 石油価格の変動要因
第 1 項 原油の価格変動要因
原油はコモディティの中でも、高い価格変動率を有する大型国際商品として、世界経済、金融の中で重要
な位置を占めている。最近では、欧米を筆頭に追加インフラ投資をしないなど、徹底した企業合理化が進展し、
極力設備投資を絞り、余剰在庫を持たない経営スタイルが主流となり、民間の在庫キャパシティの余力が減少
している。このことから、原油価格のボラティリティ(変動率)が一段と高くなったと指摘されている。
原油価格の変動要因は、直接的な相場要因と間接的な相場要因とに大別できる。これらの原油価格の変
動要因は、原油が国際市況商品の代表といわれるように、世界全体のスケールで注視する必要があるとともに、
一産油国や一消費国における特定地域の局部的な材料であっても、ときにはそれが世界全体に波及する事象
であることを内包している場合もある。従って、原油価格の変動要因は、基本的にはグローバルなスケールにある
が、マクロ的需給から局地的政変まで多種多様で、変化に富んでいるのが特徴である。
この他石油全体に共通の性格として、「遅効性(価格シグナルに対する供給側の反応の遅れ)」が挙げられ
る。日本の石油会社の生産計画のタイムスパンについてみると、まず、計画を策定し、その計画に従ってターム契
約原油の油種・数量を決めるとともに、必要であれば原油のスポット購入を実施し、ノミネーション(船積みスケ
ジュール調整)を行った上で翌月船積みとなる。日本の場合、中東地域からの原油タンカーによる輸送は約
20 日間かかり、さらに製品を精製して出荷するまでに 1~2 週間かかるので、計画策定から製品出荷までには
約 3 ヶ月を要する。このことから、日本の石油会社の生産計画は 3 ヶ月前に行われることが多い。このため、例え
ば、製品価格が高騰し製品の生産を増加させようとしても、日本の場合、中東産原油の油種、積数量を積月
の 2 ヶ月前に確定(揚月の 3 ヶ月前)しなければならないため、足元の製品価格に基づいた原油の調達(生
産量の増減)は難しく、原油価格の変化に応じて製品の仕切価格(卸売価格)を決める方針を採っている
石油会社もある。また長期でみても、原油価格が高騰し、これに対応すべく生産を高めようとしても、既存油田
で増産できる量にも限界がある。新しい油田の開発は 10 年単位の年数が必要になる。さらに、最大の供給者
11
である OPEC にとり、価格高騰は収入増につながるため、供給を増加させるというインセンティブが働きにくい傾向
がある。
1.直接的な相場要因
直接的な相場要因では、石油需給、石油政策、中東情勢の緊迫化といった地政学的リスク要因などがあ
る。特に、石油需給にあっては、原油・製品の需給の数字だけでなく、相互の価格関係に注目する必要がある。
その事象の大きさにもよるが、原油の需給や価格が主導で製品価格に影響を与える場合と、逆に製品の需給
や価格が主導で原油価格に影響を与える場合がある。製品需給が原油価格を決定することから後者をネット
バック現象とよぶ。
また、世界全体の需給、域内需給、国別ローカル需給の関係における物流と市場間の裁定機能にも常に
注視する必要がある。
世界各国の石油政策は様々であり、時の政権が行う政治によって変化することもある。かつて石油は戦略
物資といわれ、今は市況商品としてコモディティ化したといわれている。しかし、1999 年以降の原油市場は、過
去に例がないほどの OPEC の結束により協調減産が実施され、OPEC の価格支配に対する復権が芽生え、石
油は政治銘柄としての名残りが消えていない。現在は、産油国側の代表機関である OPEC 加盟国や非
OPEC 産油国と、消費国側の代表機関である国際エネルギー機関(IEA)との綱引きが原油相場に大きな
影響を与えており、それぞれの側のキャスティングボートの役を果たしているのがサウジアラビアと米国だといわれて
いる。
2.間接的な相場要因
間接的な相場要因では、中長期的なエネルギー全体の需給構造の変化といった、他の一次エネルギーとの
競合や地球環境問題などがある。
また、外部的な要因では、採算価格算出のベースともなるドル、ユーロ、円の為替相場動向や、原油との接
点の大きさから金融動向、経済動向なども相互に影響を与える関係にある。さらに、原油産油国の多くは、中
東諸国、アフリカ、南米などであり、これらの地域は歴史的に長年、政治・宗教・民族問題を孕んでおり原油の
生産もこれらの影響を受けている。
金融市場からの影響としては、近年、特に大きな影響があったとされる機関投資家による商品市場への参入
が第一に挙げられる。
機関投資家は株や債券といった伝統的な金融資産を中心に運用していたが、2000 年以降に商品価格の
上昇トレンドが継続したことや、金融市場と商品市場の相関性の低さからポートフォリオにコモディティを組み入れ
ることの有効性が注目され、機関投資家による商品市場への資金流入が拡大した。
機関投資家による商品市場での運用は、現物そのものに投資する方法は避け、商品指数に連動するように
先物市場でポジションが建てられることが多い。基本的に買いポジションから市場参入し、ロールオーバーしながら
長期間に亘ってポジションを持ち続けるのが特徴である。
運用の指標となる代表的な商品指数は原油の構成比率が高く、また、金融市場の資金量は商品市場と比
較すると膨大であり、その一部が商品市場に流入しただけでも相当なインパクトとなる。
さらに、商品価格に連動する ETF・ETN も多数開発され、証券市場のプレーヤーにとって商品投資へのハー
ドルは低くなった。東京商品取引所のドバイ原油価格から算出される指数に連動するよう設計された ETN も登
12
場し(NEXT NOTES 原油ダブル・ブル等)、この ETN が売買されると、指数に連動するように東京商品取
引所でヘッジされることから、ETN の売買動向も先物市場の流動性に影響を与えることになる。
図2 原油ダブル・ブル ETN の受益権口数と東京商品取引所のドバイ原油取組高推移
上場受益権口数(万)
TOCOM
ドバイ原油取組高(枚)
12,000
200,000
原油ダブル・ブルETN 上場受益権口数(口)左軸
TOCOMドバイ原油取組高 右軸
180,000
10,000
160,000
140,000
8,000
120,000
6,000
100,000
80,000
4,000
60,000
40,000
2,000
2014年
2015年
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
12月
11月
10月
9月
8月
7月
6月
5月
4月
3月
2月
1月
12月
11月
0
9月
10月
20,000
0
2016年
その他の要因として、国際商品市況からも影響を受けことがある。国際商品市況は世界景気などを映して変
動を繰り返す。しかし、2000 年以降の市況はこれまでとは違うとの見方が広がり、スーパーサイクルと呼ばれた。
1990 年代の商品価格低迷期に資源開発投資が停滞していた影響で供給力が乏しくなっていたところに、中
国、ロシア、ブラジル、インド等の新興国の経済が高成長して資源重要が急増し、この需給逼迫の構造は長期
的に維持されるとの見方が広まったためである。
リーマンショック後に国際商品市況は大暴落したが、中国が 4 兆元の景気刺激策を打ち出す中、新興国の
資源需要は再び増加して資源需要は引き締まり、10 年~14 年前半の国際商品市況は高止まりしていた。と
ころが、14 年後半から国際商品市況は下落基調を強め、15 年夏場には 02 年 12 月以来の低水準にまで
下落してしまった。背景には、輸出や固定資産投資に主導されてきた中国の高成長に陰りが見え始めたことが
一因として挙げられる。
国際商品市況の動向を見ると、原油が 08 年、アルミニウムが 08 年、銅が 11 年、金が 11 年にそれぞれピ
ークを付けて下落に向かっている。原油は、国際商品市況の中心であり、その動向から大きな影響を受けてい
る。
13
図3 日経・東商取商品指数の推移 (2002 年 5 月 31 日を基準日(100)として算出)
450
400
350
300
250
200
150
100
※2002/5/31
50
0
1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012 2014 2016
3.市場間価格差とインターコモディティ・スプレッド
世界三大石油市場間では、油種間価格差が様々な要因で拡大・縮小を繰り返しており、この価格差をどう
占うかということが、原油市場参加者の注目する点である。現在、世界経済のグローバル化の進展、金融などの
規制緩和によって、石油トレーダーや機関投資家を中心に市場間の価格格差が拡大するか縮小するかを思惑
とする「インターコモディティ・スプレッド」取引が三大石油市場間で行われている。
石油トレーダーが着目する東京商品取引所のドバイ原油先物に関する取引のポイントとしては、WTI 原油と
ブレント原油の絶対値価格、ブレント原油とドバイ原油との価格差、ドバイ原油とオマーン原油の価格差、為替
がある。さらに、ドバイ原油については現物マーケットの他に、スワップ・マーケット(固定価格と変動価格の交換
取引)にも着目している。これらの価格差と各原油との絶対値価格の関係を分析して、各原油市場で取引を
行っている。
また、石油トレーダーは、上記の原油間の水平的なスプレッド取引の他、原油と石油製品間の垂直的なスプ
レッドである「クラック・スプレッド」も行っている。この取引は、原油及び石油製品市場におけるインターマンス・スプ
レッド(コンタンゴ(順鞘)、又はバックワーデション(逆鞘))に注目し、その原油価格と石油製品価格との
関係を分析して行うもので、各石油市場で取引されている。
第 2 項 石油製品の価格変動要因
石油製品の価格形成には、前項で述べた原油の価格変動要因が強く影響するほかシンガポール製品市況、
国内需給、他の石油製品との得率調整といった価格変動要因が挙げられる。
14
1.原油市況
輸入品を除けば、石油製品は全て原油を精製して生産されることから、原油市況の影響を大きく受けてい
る。
特に、日本の石油会社(元売・精製会社)における石油製品のコスト水準(採算価格)を推測する場
合、原油価格の変動は極めて重要になる。石油会社は、このコスト水準などをベースに仕切価格を決定してい
るからである。
世界の石油価格の先行指標となっている WTI 原油価格は、石油相場の方向性を占う上で重要な要因で
あるが、日本に輸入される原油の約 8 割が中東産原油であることから WTI 原油ではなく、東京商品取引所ド
バイ原油先物価格やプラッツが発表するドバイ原油価格(現物)を注視することが重要になる。
2.シンガポール製品市況
国内で石油製品の不足が予想されると、海外から不足分を輸入することになる。製品の輸入価格はプラッツ
が発表するシンガポール価格をベースに値決めされるので、国内の業転(スポット)市況と、シンガポールの製
品市況を注視する必要がある。
3.国内需給
現物取引における参考価格としては、東京商品取引所の先物価格や RIM 価格、原油の CIF 価格が値決
めのベースとなり、製油所の稼働や需要動向等を織り込みながら価格が形成されている。
石油製品の基本的な需要の特徴としては、ガソリンは自動車等の利用が増える行楽シーズンの春から夏にか
けて需要期となり、8 月がそのピークを迎える。また、灯油は夏場から在庫の貯め込みを始め冬場の需要期に備
えるオペレーションが石油会社で採られている。
また、石油会社は定期的に製油所の大規模な修理作業を義務付けられており、この作業を一般的に定期
修理(定修)、シャットダウンメンテナンスと呼んでいる。石油会社における定期修理は、石油製品の夏と冬の
需要期を考慮し春(6 月頃)もしくは秋(9 月~10 月頃)に行われる傾向がある。石油会社の定期修理が
集中する期間は、製油所が停止されることにより流通する石油製品も少なくなり市中の需給が逼迫する状態に
なるため、その進捗状況や作業に係るトラブルが石油製品の価格変動要因として材料視されている。
15
図4 国内の石油製品月別販売量(2015 年)
万kl
600
500
ガソリン
400
軽油
灯油
300
200
100
0
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
出所:経済産業省
なお、国内石油需給については、運輸部門における自動車の燃費向上、普通・小型乗用車の減少と軽自
動車の増加、車離れの傾向、次世代自動車の普及、民生部門における省エネの進展、電力・ガスへの燃料
転換、太陽光発電等の新エネルギーの普及拡大、産業部門における産業用ボイラー等の燃料転換、エネルギ
ー効率の改善等の構造的な要因を背景に減少傾向が続いている。
そのため、石油元売りにあっては、内需の減少下、精製設備が過剰な状態となっており、将来的にも内需縮
小が避けられないため、中長期的な石油産業の競争力強化には抜本的な事業構造の改革が欠かせない状
況となっている。その一環として、経済産業省は、エネルギー供給構造高度化法を 2009 年 7 月に制定し、石
油元売りに対して、精製能力の削減(設備廃棄)を義務付け、製油所を統廃合する他、各元売りの供給体
制に関する協業等を進めることによって国内石油の需給バランスの最適化を図っている状況である。
また、石油需給バランスの変化によりクラックスプレッドについても低下傾向となっており、元売りの取り分となる
クラックマージンや販売業者の取り分となる流通マージンについても低迷してきている。
ついては、原油コストの変動を仕切価格、小売価格へ十分に転嫁し、グロスマージンの確保とともに、クラック
マージン及び流通マージンの改善が望まれている。
16
図5 石油製品の需要推移と見通し (出所:石油連盟)
図6 クラックスプレッドの推移 (TOCOM ガソリン期近-TOCOM 原油期近)
(円/kl)
110,000
ガソリン
原油
100,000
90,000
80,000
70,000
60,000
50,000
40,000
30,000
20,000
10,000
0
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
17
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
図7 原油 CIF 価格と小売価格の推移 (出所:石油連盟)
4.他の石油製品との得率調整
石油製品の精製工程における中間三品(中間留分の三品)とは、灯油、軽油、A 重油を指すが、これら
の中間三品は、(a)原油のブレンド比率の変更、(b)蒸留温度の変更、(c)ハイドロクラッカーなどの二
次装置にかけることによってある程度の得率調整が可能になっている。また(d)中間留分同士をブレンドするこ
とにより、生産量を調整することも行われている。
2003 年には原子力発電の停止に伴う C 重油の特需が発生したが、その際には C 重油の輸入や、軽油、
灯油の生産量を減らして C 重油の生産量を増やすなどの対応がとられた。また、2007 年には新潟県中越沖地
震の影響により、東京電力の柏崎刈羽原子力発電所が停止し、火力発電用重油の需要増につながった。さら
に、2011 年 3 月に発生した東日本大震災の影響で、福島第一原子力発電所をはじめとする各地の原発及
び製油所の稼動停止によって発電用重油の需給が一時逼迫し、石油製品の価格高騰を招いたが、石油各
社による石油製品輸出の一時停止、政府による石油の民間備蓄義務の一時引き下げ等の対策が講じられた
結果、まもなく石油製品の供給体制は復旧した。なお、C 重油を大量生産するには、常圧蒸留装置などにおい
てガソリン、ナフサが連産されるため、ガソリンが余剰気味になることもある。このように、石油製品の生産は、電力
業界の動向から大きく影響を受けることもある。
18
表 1 代表的な原油における得率(サウジアラビア産原油の製品得率の例)
図 8 蒸留温度の変更による得率調整(原油蒸留装置における沸点範囲による得率調整の例)
図 9 二次装置による得率調整(分解装置による得率調整の例)
図 10 中間留分同士のブレンドによる生産調整
19
第 3 章 原油の基礎知識
第 1 節 原油の生産及び埋蔵量
第 1 項 今日の原油生産
BP 社の統計(BP Statistical Review of World Energy 2016)によると、世界の原油生産量は世
界的な景気・減速と価格高騰を背景に 2009 年には日量約 8118.2 万バレルに減少したが、2010 年以降、
回復傾向を示し、2015 年には 9167.0 万バレルとなった。内訳をみると、世界最大の産油国の一つであるサウ
ジアラビアなどで構成されている OPEC では、日量 3822.6 万バレルと世界の生産量の約 41.4%を生産して
いる。さらに、地域別では中東が 3009.8 万バレルで約 32.4%を占めている。
ロシアでは、旧ソ連の資本財を継承して民営化された石油会社が誕生した。これらの企業は欧米の技術と資
金により復興し、現在では日量 1098.0 万バレルまで生産量を伸ばしている。
現在、北海、西アフリカ、中南米、中央アジアなどの世界各地で、油田が発見・開発されているが、今後も世
界需要は中東への依存度を高くせざるを得ない状況にあり、原油生産大国としての中東産油国の優位性はい
まだ変わっていないといえる。
20
表 1 世界の原油生産量の推移
21
2004
オーストラリア
ブルネイ
中国
インド
インドネシア
マレーシア
タイ
ベトナム
その他アジア太平洋
アジア太平洋計
世界計
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
2013
2014
2015
前年比 2015年
伸び 率 シェア
574
210
570
206
532
221
549
194
538
175
507
168
548
172
483
165
479
159
407
135
436
126
385
127
-10.9%
0.4%
0.4%
0.1%
3,486
773
1,130
776
3,642
737
1,096
757
3,711
760
1,018
713
3,742
768
972
742
3,814
803
1,006
741
3,805
816
994
701
4,077
882
1,003
717
4,074
916
952
650
4,155
906
918
654
4,216
906
882
621
4,246
887
852
650
4,309
876
825
693
1.5%
-1.1%
-3.0%
6.9%
4.9%
0.9%
0.9%
0.7%
241
424
233
7,847
297
389
285
7,978
325
354
304
7,937
341
334
319
7,961
362
309
340
8,088
376
341
330
8,039
388
322
315
8,424
421
326
299
8,287
460
357
290
8,378
454
361
272
8,254
450
373
289
8,310
477
362
292
8,346
6.0%
-3.4%
1.4%
0.5%
0.4%
0.4%
0.3%
9.1%
80,916 81,896 82,487 82,277 82,818 81,182 83,283 84,097 86,218 86,591 88,834 91,670
3.2% 100.0%
OECD計
非OECD計
OPEC計
非OPEC計
EU計
20,813
60,102
34,023
46,893
2,955
19,894
62,003
35,104
46,792
2,711
19,458
63,029
35,570
46,918
2,471
19,141
63,136
35,241
47,036
2,425
18,434
64,384
36,269
46,549
2,264
18,443
62,739
33,998
47,184
2,127
18,535
64,748
35,149
48,134
1,987
18,571
65,525
36,061
48,035
1,724
19,474
66,744
37,536
48,682
1,528
20,623
65,968
36,621
49,970
1,436
22,541
66,293
36,652
52,182
1,414
23,534
68,136
38,226
53,445
1,507
4.4%
2.7%
4.2%
2.4%
6.6%
24.9%
75.1%
41.4%
58.6%
1.6%
旧ソビエト連邦計
11,369
11,793
12,278
12,758
12,780
13,213
13,494
13,543
13,592
13,799
13,807 13,914
0.7%
15.6%
(出所) BP「BP Statistical Review of World Energy 2016」
注: (1) 生産量はcrude oil, shale oil, oil sands, NGLを含む(ただし、バイオマス、石炭由来の液化資源を除く)。
(2) 四捨五入の関係で100%にならない場合がある。
第 2 項 原油の埋蔵量
資源量(Resources:発見または存在が確認されたすべての地下資源(炭化水素)の量)のうち、残
存しており将来にわたって技術的、経済的に回収可能な量を「埋蔵量(reserves あるいは recoverable
reserves)」という。なお、生産開始以前に存在していた原油・ガスの総量は「原始埋蔵量(original oil
(gas) in place)」と呼び、前述の「埋蔵量」と区別される。「埋蔵量」は、新たな油田の発見や採掘技術の進
歩などによって変化し、また、その評価の精度によってさらに区分される。試掘井などにより存在が確認された資
源量を「確認可採埋蔵量(proven reserves)」、その周辺に存在が予想される資源量を「推定埋蔵量
(probable reserves)」、さらに、地質学的に推定される最大資源量を「予想埋蔵量( possible
reserves)」と呼ぶ。回収率でいえば、通常、「確認埋蔵量」は 90%以上、「推定埋蔵量」では 50%以上、
「予想埋蔵量」では 10%以上必要とされ、一般的に「埋蔵量」という場合は、「確認可採埋蔵量」を指すことが
多い。
以上の定義は石油業界で広く採用されている石油技術者協会( SPE:Society of Petroleum
Engineers)と世界石油協会(WPC:World Petroleum Congress)による基準に基づいて整理した
ものであるが、埋蔵量の評価手法は、国や企業によって異なり、上記 SPE/WPC 基準のほかに代表的なものと
して、米国証券取引委員会(SEC:Securities Exchange Commission)による基準がある。SEC 基
準は、投資家保護の観点から石油会社による油田埋蔵量の過大な申告を防ぐため、「確認埋蔵量」のみを埋
蔵量として認めている。SEC の定義では、確認埋蔵量を既存の坑井及び施設を利用して回収することができる
確認開発埋蔵量(proved developed)と将来掘削される坑井及び施設を利用して回収することができる
確認未開発埋蔵量(proved undeveloped)の二つに区分している。
BP 社の統計によると、2015 年末の世界の原油確認埋蔵量は 1 兆 6,976 億バレルで、可採年数(年末
の確認埋蔵量をその年の生産量で除した数値、R/P Ratio)は 50.7 年である。また、同年末の確認埋蔵量
22
のうち約 71.4%(1 兆 2,116 億バレル:可採年数 86.8 年)が OPEC(石油輸出国機構)によるもので、
地域別では中東諸国が約 47.3%(8,035 億バレル:可採年数 73.1 年)を占めている。
可採年数は、新規油田の発見や開発技術の進歩、回収率の向上などの要因もあり、近年ほぼ横ばい状態に
あり、これから先も当面は現状を維持すると見込まれている。その一方で、近年の石油価格高騰時には、全世
界の石油産出量がピークを迎え需要の伸びに追いつかない時代になるというピークオイル論が話題になった。
なお、 原油やオイルサンドなど非在来型石油を合わせた石油資源全体の可採埋蔵量は飛躍的に増加して
おり、IEA(International Energy Agency、国際エネルギー機関)の長期見通しにおいても 150 年以上と
見込まれている。
図 1 世界の原油生産量・原油確認埋蔵量・可採年数(2015 年末現在)
23
出所:石油連盟「今日の石油産業(2016 年版)」
第 3 項 原油の仲間
明確な定義はないが、通常の石油・天然ガスのようにこれまでの技術では安価な採取が困難な石油・天然
ガスを指して非在来型と総称されることがある。石油の例としては、オイルサンド、オリノコタール、オイルシェールな
どがあり、天然ガスとしてはタイトサンドガス、シュールガス、コールヘッドメタンなどがあり、メタンハイドレートもこれに
分類されることがある。
このうち、新たな天然ガス「シェールガス」は、近年、急速に資源開発が進み、新たなエネルギー源として注目
を集めている。シェールガスは泥土が堆積して固まった頁岩(けつがん=シェール)にほぼ均一にたまっている天
然ガスであり、近年、実用的な採掘技術が米国で開発されたことから急速に生産量が増えている。2011 年 7
月には、三菱商事と東京ガス、大阪ガス、中部電力などがカナダのエネルギー大手企業と共同でカナダの太平
洋岸に LNG の大規模プラントを建設する計画が明らかとなった。この計画では、日本の LNG の年間輸入量の
1 割強に相当する 1,000 万トン規模の生産量を目指すとされており、すでにフリーポート(テキサス州)やキャ
メロン(ルイジアナ州)のプロジェクトはそれぞれ 2013 年 5 月、同年 9 月に米国政府の認可を取得済みで、
2017 年以降、日本への輸出が開始される見込みである。シェールガスの特徴として、埋蔵地域が従来の産
油・産炭国に偏っておらず、米国では少なくとも約 500 兆立方フィート、世界では 3,000 兆立方フィートを超す
埋蔵量があると見られていることから、従来の産出国の価格支配力を弱めつつあり、「シェールガス革命」ともいわ
24
れている。
オイルサンドは一部カナダで商業生産が行われているが、ナイジェリア、マダガスカル、米国にも賦存する。また、
オリノコタールは、ベネズエラのオリノコ川流域に存在する超重質油ですでに発電用燃料として利用されている。オ
イルシェールは米国、ロシア、ブラジル、中国、カナダなど世界各地に存在している。原油価格が高騰すれば、こう
した非在来型のエネルギー生産が本格化すると期待されている。
第 4 項 シェール革命
シェール革命あるいはシェールガス革命とは、今まで開発が困難とされてきたシェール(頁岩)層に含まれる非
在来型の石油や天然ガスの採掘が可能となったことにより、世界的なエネルギーの需給構造に変化がもたらされ
ることとなったことを指す。
2000 年代に入り水圧破砕、更には水平坑井掘削と言われる新しい技術が開発され、シェールガス開発は米
国で急速に進んだ。頁岩層と呼ばれる岩に分散分布しているガスは流動性が低く、坑井掘削だけでは取り出す
ことはできない。水圧破砕法は、掘削後に高圧な海水などを注入し坑井周辺の岩を破砕するものであるが、頁
岩層が存在する地下 2000~3000 メートル付近は高圧のため破砕した岩の亀裂もすぐに埋まってしまうことか
ら、破砕後に水と共に砂などを亀裂に流し込み破砕した岩の割れ目を安定化させる。また、水平坑井掘削とは
垂直掘削後に頁岩層を水平に掘削する技術である。
シェールガスは世界中に分布しており、資源量の最多は中国、2 位はアルゼンチン、3 位にアルジェリア、そして
米国は 4 位(2013 年 6 月、米国 Energy Information Administration(EIA))であるが、掘削は
米国とカナダに集中しておりシェールガス生産の 99%以上が北米に集中している。米国 EIA によるシェールガス
を含む米国エネルギー需給長期見通しに関する年次報告書、Annual Energy Outlook(AEO)では
2010 年以降、シェールガス生産に対する長期見通しが毎年上方修正されており、米国における天然ガス供給
は長期間安定したものになる見方が強い。シェール革命により、エネルギー純輸入国であった米国は国内需要
に十分足りる供給が可能となり、これまで原油の輸出は法律で禁止されていたが、輸出解禁の議論が行われる
状況にまで変化した。一方、近年シェールガス開発に対する問題点も指摘されている。代表的なものとしては、
天然ガスの約 90%を構成するメタンによる温室効果、水圧破砕による採掘地周辺における地下水の汚染、誘
発地震などがある。
2009 年以降の新たな動きとしてシェールオイルの生産拡大が挙げられる。シェールガス生産量の増加が継続
するなか、価格は低迷し、開発業者はシェールガスと同様の技術で開発生産が可能であり、シェールガスよりも
割高な価格で推移していたシェールオイルへと生産シフトを行った。シェール開発関連技術は進歩が早いため、
掘削装置稼働数と生産量が正比例関係であるとは言えないが、オイル掘削装置の稼働数は 2009 年半ばよ
り上昇を始め、2015 年末時点のオイル掘削装置稼働数はガス掘削装置稼働数の 3 倍強となった。シェールオ
イルの生産拡大により、米国の原油生産量は 2008 年の日量約 678 万バレルから 2015 年には日量約
1,270 万バレルまで上昇し、世界一の原油生産国となった。
25
図 2 米国のタイトオイル(*)生産量推移
出所:Energy Information Administration(EIA)
*タイトオイル:シェールオイルとタイトサンドオイルの総称である。米国では一般的にシェールオイルよりもより包
括的であるタイトオイルを用いている。
このような急成長を見せたシェールガス・オイル開発だが、2014 年 11 月に転機を迎えた。
2014 年 11 月、原油価格が下落するなか開催された OPEC 総会では、価格維持及び反転を図るため減
産等の何らかのアクションが決定される可能性もあるとして市場関係者の注目を集めたが、OPEC は加盟国全
体の生産枠を維持することを決定し、更なる価格下落を招いた。
OPEC がこのような意思決定に至った背景には、原油価格の低迷が続けば生産コストの高いシェールオイル
等の非 OPEC の生産量はいずれ減少せざるを得ないことから、OPEC 加盟国が減産による収入減というコストを
負担するのではなく、高コスト生産者に対して生産量減少というコスト負担を求めることができるという考え方や、
これまでの高油価時における貿易黒字の拡大により OPEC 諸国に財政的余裕があり、ある程度の期間は価格
低迷に耐えられるだけの体力があったことが挙げられる。
一方のシェールオイル企業は、他生産者と比較して割高な生産コストは低油価時のマージン確保のリスクとな
ることを当初から認識し、先物やオプション、スワップによるヘッジ取引を積極的に利用していた。つまり、原油価
格が下落してもヘッジ取引により販売マージンを確保できるようにビジネスモデルを構築していた。
26
表 2 シェールオイル企業 50 社の企業規模別のヘッジ状況
出所:JOGMEC
また、シェールオイル企業はシェール開発の技術革新に継続的に取組み、生産性の向上に努めてきた。掘削
日数の削減や水圧破砕の技術開発等により生産コストの削減と 1 油井あたりの生産量を向上させ、リグ当たり
生産量は年に 2~4 割のペースで上昇している。リグ稼働数は原油価格低迷の影響により 2015 年初から
50%以上減少したが、生産性向上の努力により生産量自体は比較的軽微な減少。2016 年 6 月頃には原
油価格の上昇によりリグ稼働数も回復しつつある。
図 3 シェールオイルのリグ当たり生産量とリグ稼働数の推移(テキサス州イーグルフォード)
出所:EIA
シェールオイル企業は低油価への耐性を強めてきた一方で、多くの企業は資金調達を高利回りのハイイールド
債市場に頼っており、原油価格下落に伴うデフォルトリスクが強く意識されるようになると新たな資金調達は難し
くなることになる。さらに、原油価格低迷によりシェーオイル企業によるヘッジカバー率やヘッジ価格は低下を続け
ており、ヘッジによるマージン確保が次第に難しくなってきていることから、今後は採算割れの採掘油井の閉鎖や
新規採掘の停止によりシェールオイルの生産量拡大はストップし、需給バランスが引締まる方向にシフトするので
はないかとの見方が大勢となっている。
実際に米国のタイトオイル生産量は 2015 年 5 月をピークに対前月比割れを続けており、今後、生産量減
27
少トレンドが長期化するかが注目されている。
ただし、需給の引締まりにより原油価格が WTI ベースで 50 ドルから 60 ドル以上となれば採掘コストの採算
性が改善し、シェールオイルの生産量は再び活発化するものと見られている。
第 5 項 原油生産の見通し
今後のエネルギーの需給見通しには、単なる商業・経済活動との連動に限らず、地球規模の観点における
省エネルギー・脱化石燃料の側面が色濃く出てくることが予想される。このような状況にあっても、当面、液体で
取り扱い易く比較的安価である石油資源が大きくシェアを落とす事態は発生しないと予想される。中東産油国
の確認埋蔵量は圧倒的なため、石油需要増加の多くは中東産油国が供給を担うものと考えられる。
図 4 世界の石油生産の見通し
第 2 節 原油開発の現状
第 1 項 原油の探鉱・開発
原油の探鉱では、まず、人工衛星やスーパーコンピューターを駆使して原油が存在する特徴を備えた地質帯
を特定化する。次に、特定化された地表面において、磁力や人工地震による探査を行い、より可能性が高いエ
リアの中心部で試掘を行う(※1)。このような探査・掘削の最先端技術の多くは、米国の企業が開発したも
のである。
1 本の井戸を掘る平均的なコストは数億円~数十億円になり、海洋のほうが陸上より高い傾向にある。大規
28
模かつ精密な事前調査にもかかわらず、このうち実際に油田として商業生産が可能な油田は、「100 本で 2 本」
と僅か 2%前後であるといわれる。また、試掘が成功した場合でも、その後の事業化(生産・出荷インフラの整
備)に、さらにその数倍のコストがかかると言われており、比較的割安な開発コストで、商業生産に移行できるケ
ースは少なくなっている。
現在、新規油田開発で最も有望視されているものの一つに中央アジア・カスピ海地域がある。しかし、同地域
で生産した原油を出荷するためには、パイプラインの敷設が不可欠で、生産設備以外にも巨大なインフラ投資
が必要とされる。
※1.具体的には、三次元地震探鉱技術やある地点に関して時間的な変化を捉えた四次元地震探鉱技術
がある。また、海洋における搾油においては大偏距掘削技術により比較的小規模な海洋プラットフォームの設置
でよく、また水平に坑井を通すことができ、複数の油田からの搾油を一本の坑井で行うことができる。これにより、
非 OPEC 地域の原油埋蔵量、生産量を低コストで飛躍的に増加させることができた。
第 2 項 石油・天然ガス開発事業
1.事業形態
石油・天然ガス開発事業は事業リスクが極めて高く、かつ、投資が巨額にのぼることから、開発プロジェクトに
ついては、複数の企業がリスクと資金負担の分散を目的としてパートナーシップを組成し、共同事業を行うのが
一般的である。共同開発プロジェクトではパートナーのうちの 1 社がオペレーターとなり、パートナーを代表して操
業の責任を負うことになる。オペレーター以外の企業はノンオペレーターとして、オペレーターが立案・実施する探
鉱開発計画や作業を吟味し、あるいは一部操業に参加しつつ、出資シェアに応じた資金負担を行う。また、こう
した開発プロジェクトに複数参加することで、開発事業者としては二重のリスク分散を図っている。
石油開発会社がパートナーとして参加する場合、操業などの責任を負うオペレーターとなるノウハウが求められ
ており、一方、商社の場合は操業にはタッチせず、もっぱらノンオペレーターとして参加しているものの、販売力や
資金力が求められている。
2.産油国との関係
鉱区の権益を獲得する際に、生産国との間で結ばれる契約形態の主なものとしては、「コンセッション契約」、
「生産分与契約」、「サービス契約」の3つがある。
「コンセッション契約」: 産油国政府・国営石油会社等から契約または認可により鉱業権(日本における鉱
業権ならびに海外におけるパーミット、ライセンスまたはリースを含む)が石油開発会社に直接付与される契約。
石油開発会社は投資して得られる石油・天然ガスの処分権を持ち、売上からロイヤリティー、税金等を産油国
へ支払う。受入国が先進国の場合はこの形態が多い。
「生産分与契約」: 一社または複数社の石油開発会社がコントラクターとして産油国政府・国営石油会社
等から探鉱・開発のための作業を自身のコスト負担で請負い、コスト回収分及び報酬を生産物(原油・天然
29
ガス)で受取ることを内容とする契約。探鉱・開発の結果、石油・天然ガスの生産に至った場合、コントラクター
は負担した探鉱・開発コストを生産物の一部より回収し、さらに残余の生産物については、一定の配分比率に
応じて産油国・国営石油会社とコントラクターの間で配分する。探鉱作業の失敗や生産量の減少等により期
待していた生産を実現できない場合は、コントラクターがリスクを負うことになる。
「サービス契約」: 開発会社が探鉱・開発作業を請負い、一定の報酬を受取る契約。事業リスクは産油国・
国営石油会社が負うことになる。
受入国が先進国以外の場合は、「生産分与契約」や「サービス契約」が一般的である。「サービス契約」以外
の形態では、開発会社が権益分の原油を販売することができる。生産分与契約にあたっては、コスト回収分とし
て受け取る量を計算するのに利用される生産物価格は公式販売価格となっているため、開発会社の権益分で
あっても販売価格を産油国の公式販売価格に合わせることが多い。また、課税にあたっても公式販売価格を課
税標準額とするケースもあるため、開発会社が販売価格を独自に設定するとかえってリスクを負うことになってしま
う。
多くの中東産油国との契約においては、生産分与契約であっても、内容的にはサービス契約に近く、利益は
ほとんど税金でもっていかれるものの、量的確保の観点から条件面で譲歩している面もあるといわれている。
図 5 開発契約形態における生産物の配分
3.開発会社の事業リスクとリスク管理
開発会社が抱える主な事業リスクは、探鉱・開発・生産の成否、埋蔵量の予測値からのずれ、災害・事故
等のリスク、オペレーターとなった場合のマネージメントリスク、価格変動リスク、為替リスク、金利リスク、カントリー
リスク、他のパートナーの義務不履行リスクなどがある。加えて、巨額投資となるため、回収までの期間が長期に
わたることでこうしたリスクがより増幅されることになる。
30
価格変動リスクについては、先物市場を通じて固定化を行う企業はほとんどない。この理由としては、価格変
動リスク以外のリスクが極めて大きいこと、また、前述のとおり価格を固定化することで公式販売価格と乖離し、
かえってリスクを負うことになる点などがある。このため、より多くの個別のプロジェクトには共同で参加するとともに、
複数のプロジェクトに分散投資を行うことでリスク管理を行うというのが一般的な開発会社のビジネスモデルとなっ
ている。
第 3 節 原油の国際取引
第 1 項 原油取引の単位
1.容積
国際的な原油の取引は、「バレル(バーレル)」が用いられている。その由来は樽の英名 Barrel で、米国で
の呼名が世界の標準となったといわれている。米国では石油製品の小売り単位は「ガロン」が用いられる。
1 バレル=約 159 リットル
1 バレル=42 ガロン(米国)
1 ガロン=約 3.8 リットル(米国)、約 4.55 リットル(英国)
原油の輸送は、タンカーで行われているため、そのタンカーの一つの仕切りを基準とした単位として「カーゴ」が
用いられる。このため、取引にあたってのロットは、現物取引では「カーゴ」を基準として 50 万バレル単位で行われ
ている。また、OTC 市場における現物の受渡しを伴わないペーパー取引でも 50 万バレルが基準となっている。
ドバイ原油については、20 分割した 25,000 バレルを単位として取引が行われ、50 万バレル(±5% 許容)
に達した段階で現物取引にも振替えられる「パーシャルドバイ」の取引が行われている。
1 カーゴ=50 万バレル(許容範囲: 47.5~52.5 万バレル=19~21 パーシャル)
1 パーシャル=25,000 バレル
2.通貨
原油や石油製品のほとんどの国際取引は、米ドル建てで決済されている。したがって、円建てに換算する場合
には、為替レートの影響を受ける。
3.国内単位への換算
国内単位は「円」建てで、「キロリットル」または「リットル」が用いられる。国際単位のバレルを国内単位に換算
する場合は、1 バレル=0.159 キロリットルとする換算レートを用いる。
為替レートが 1 ドルあたり 110 円の場合、原油価格が 1 バレルあたり 50 ドルでは、
50 ドル/bbl×110 円/ドル=5,500 円/bbl であるから、1 キロリットルに換算すると、
5,500 円/bbl÷0.159kℓ/bbl=34,591 円/kℓ となり、1 リットル換算では約 34.6 円/ℓ となる。
31
この前提から、原油価格と為替が変動すると以下のような影響がある。
・原油価格が 1 ドル変動する場合
1 ドル/bbl×110 円/ドル÷0.159 kℓ /bbl=0.691・・・約 691 円/ kℓ の影響
・為替レートが 1 円変動する場合
1 円/ドル÷0.159 kℓ /bbl×50 ドル/bbl=314.46・・・約 315 円/kℓ の影響
第 2 項 原油取引の種類
1.契約期間による分類
(1)ターム契約
ターム契約とは、数カ月から 1 年程度、毎月一定量の原油を購入する、現物の長期契約取引であり、日
本における原油調達方法の大勢を占めている。長期契約であっても、契約時において取引量のみが決まっ
ているだけで、契約価格は、政府公式販売価格(=OSP(Official Selling Price))をベースにし、船
積み後に決まる後決め方式が主流である。
また、ターム契約者に対しては、供給(産油者)側から時折、契約の追加的な売却のオファーがあること
もある。この追加部分はインクリメンタルとよばれる。
(2)スポット契約
必要に応じてその都度手当てされる現物の契約取引をスポット契約という。通常、スポット原油とは、石油
会社が産油国やメジャー(国際大手石油会社)から期間を決めて購入するターム原油以外を指す。中国の
原油取引は、スポット契約の比率が高い。
2.契約当事者による分類
(1)DD(Direct Deal)
産油国(または国営石油会社)と消費国におけるそれぞれの石油会社との間で直接取引される原油を
DD 原油という。DD 原油はメジャーや商社、ブローカーを経由しないで直接調達するもので、日本における
原油調達方法の大勢を占めるものである。
(2)GG(Government to Government)
産油国と消費国の政府間で取引される原油を GG 原油という。DD 原油が単に産消国間の原油取引で
あるのに対し、GG 原油は産油国の求める工業化、経済開発計画の推進への見返り、及び発展途上国援
助のために行われるのが一般的である。こうした取引の性格上、GG 原油は長期にわたって大量の取引が行
われる傾向があり、石油危機などの供給不安定な時代には多く見受けられたが、現在はほとんど行われてい
ない。
32
3.契約条件による分類
(1)仕向地制約の有無
多くの中東産原油は同じ油種であっても、仕向地によって異なる価格が設定されている。このような原油は、
差別価格の維持を目的として仕向地の変更が規制されていることが多い。DD 原油の多くはこれにあたる。
一方、このような制限がなく、自由に仕向地を選択できる原油も存在する。アジア向けではドバイ原油とオ
マーン原油が代表的である。
(2)契約価格
中東産原油は、取引価格が契約時点で絶対値によって決定されるもの(契約時点で取引価格が決まっ
ているため絶対価格あるいは固定価格と呼ばれる。)と政府公式販売価格(OSP)などにより契約後に
決定されるもの(契約時点では取引価格が決まっておらず事後的に決定されるため、変動価格と呼ばれ
る。)の二通りがある。
下表のとおり、中東産原油の中でもドバイ原油は仕向地制約がなく、且つ契約時点で価格を決めて自由
に取引ができるため、スポット取引によりスポット価格が形成される。そしてそれが指標となり、他の中東産原
油がドバイ原油に連動して価格が事後的に決定される仕組みになっている。
表 3 契約条件による原油の分類例
仕向地制約なし
絶対(固定)価格の
ドバイ、オマーン
仕向地制約あり
-
取引が可能(*)
変動価格の取引のみ
オマーン、カタールなど
サウジアラビア、クウェート、イランなど
*ドバイ原油とオマーン原油について長期契約(スポット取引以外)の取引については、他の中東産原油と同
様にスポット 価格をもとにした変動価格が適用される。
(3)開発原油
石油操業会社への事業参加による石油利権のシェアに応じた取り分の原油をエクイティ原油という。本来、
エクイティ原油は、その開発事業費などから割出した開発会社独自の販売価格の設定がなされてしかるべき
であるが、実際には、産油国が決めた当該原油の公式販売価格にならって価格が設定されている。
この背景には、あえて開発会社が別の価格を設定すると、エクイティ原油の分与計算や課税計算において
公式価格が基準となっているため、産油国の公式販売価格との差によってリスクが生じる、といった事情があ
る。
33
第 4 節 原油の特性
第 1 項 原油の起源
原油の成因には「有機起源説」や「無機起源説」などがあるが、「有機起源説」の中でも、「ケロジェン起源説」
が有力で、プランクトンなどの生物の遺骸、藻類などの有機物が海底や湖底に堆積し、それらが化石化しケロジ
ェンと呼ばれる物質に変化し、長期間地熱と地圧の影響を受け熟成されて石油に変化したとされている。
化学的には、原油は多数の似通った分子式をもつ炭素数 5 以上の炭化水素を主成分にした液体であり、油
田から産出された後、随伴ガスなどを分離し、水分などの不純物を除去した状態のものを指す。
この原油を加熱炉で熱し、常圧蒸留装置(トッパー)で精製して、LPG、ガソリン、灯油、軽油、重油、潤
滑油などの各種石油製品を生産する。
インドネシアの代表油種であるスマトラ・ライト(ミナス原油)など炭素数が多い炭化水素類を多量に含む原
油については常温で半固体のものもある。
第 2 項 原油の種類
原油は、産地・物理的性状・化学的性状によって分類することができる。
1.産地別
原油は採れる国や産地、油田によって、その物理的性状や化学的性状が異なるため、採れた国名や産地名、
あるいは油田名によって原油の種類(油種)を区別している。例えば、アジア向けの代表的な油種としてアラビ
アン・ライト、アラビアン・ヘビー、アラビアン・ミディアム、アラビアン・エクストラ・ライト(以上、サウジアラビア)、ドバ
イ、マーバン、アッパーザクム(以上、アラブ首長国連邦=UAE)、スマトラ・ライト(インドネシア)、イラニアン・
ライト、イラニアン・ヘビー(以上、イラン)、バスラ・ライト(イラク)、オマーン(オマーン)、クウェート(クウェー
ト)、カタール・マリーン(カタール)、ソコール(ロシア)、ナイル(南スーダン)などが挙げられる。
日本に輸入される原油は、2014 年では 29 か国 101 種あり、産油地域は中東を中心に、東南アジア、中
南米、アフリカなど多国に及ぶ。最近では、ロシア産原油も輸入されている。このように輸入供給国の多様化によ
り安定調達を図ってきたが、近年の石油需要の増加、非中東地域の供給余力の低下などにより再び中東への
依存度が高まっている。
なお、東京商品取引所に上場されている原油は、アジア市場の指標原油とされるドバイ原油(プラッツ社発
表)を円建てにしたものである。
34
図 6 わが国の国別原油輸入比率の推移 (単位:%)
35
図 7 原油輸入量の中東依存度の推移
2.物理的性状別
「API 度」を用いた比重表示法による原油の分類がある。API 度とは米国石油協会( American
Petroleum Institute)が定めた原油及び石油製品の比重を示す単位のことである。一般的に軽質原油は
ガソリン、灯油及び軽油の得率(原油から石油製品が取れる割合)が高く、割高に評価される傾向がある。
具体的には、水と同じ比重を 10 度とし、数値が高いほど軽質と定め、39.00 度以上を「超軽質」、34.00
度~38.99 度を「軽質」、30.00 度~33.99 度を「中質」、26.00 度~29.99 度を「重質」、26.00 度未
満を「超重質」という。比重による原油の分類の一例を表 1 にまとめた
表 4 API 度による原油の分類と例
分類
比重(API
原油の例
度)
超軽質
軽質
39.00 以上
WTI(アメリカ)、マーバン(UAE)、タピス(マレーシア)
38.99~
ブレント(イギリス)、セリア(ブルネイ)
34.00
中質
重質
33.99~
アラビアン・ライト(サウジアラビア)、アラビアン・ミディアム(同左)、
30.00
ミナス(インドネシア)、ドバイ(UAE)、オマーン(オマーン)
29.99~
アラビアン・ヘビー(サウジアラビア)、カフジ(中立地帯)
26.00
超重質
26.00 未満
ナポ(エクアドル)
(出所)「石油資料(2007 年版)」等による
36
3.化学的性状別
硫化水素等の硫黄分の含有量が少ない原油は「スイート原油」、多い原油は「サワー原油」と呼ばれる。
硫黄分を含んだ原油を燃焼させると酸性雨の原因となる硫黄酸化物が発生するため、一般的に、スイート原
油のほうが脱硫コストを低減できることから、割高に評価される傾向がある。中東産原油の多くは硫黄濃度が高
く、わが国の中東依存度は高いため、石油精製において脱硫装置などの 2 次装置により精製を行っている。
一方、南方アジア産原油などの低硫黄原油は脱硫せずそのまま生焚きすることができることから、発電用として
利用されることがある。このように硫黄分の違いから、中東産原油と南方アジア産原油では、対象とするマーケッ
トが異なるといわれており、別々の価格形成が行われている。
また、炭化水素のタイプ別による分類として、次のように大別できる。
(1)パラフィン基原油
精製した場合、灯油、軽油、重油、潤滑油、ワックスについては良質なものがとれるが、ガソリンについては
オクタン価が低くなる傾向にある。ミナス(インドネシア)、大慶(中国)などが代表的油種。
(2)ナフテン基原油
オクタン価の高い良質なガソリンを精製することができ、アスファルトも良質なものがとれるが、灯油、軽油、
潤滑油の品質は劣る。ベネズエラ原油、メキシコ原油、カリフォルニア原油などがこれにあたる。
(3)混合基原油
(1)と(2)の中間の原油。良質の灯油、軽油、潤滑油が取れる。アラビアン・ライト(サウジアラビア)や
カフジ(サウジアラビア及びクウェートの中立地帯)が代表的油種。
第 5 節 原油市場
第 1 項 原油の貿易取引
1.産油国から消費国へ
日本が輸入している原油の 8 割以上は、サウジアラビアなどの中東諸国から運ばれてくる。約 12,000km も
離れたこれらの国々から、日本の輸入基地や精油所までは、大型タンカーで往復 45~50 日かかる。途中には、
水深の浅いマラッカ海峡などもあり、細心の注意を払いながら、原油が運ばれている。
一方、南方原油はインドネシアなどの東南アジアから運ばれてくるが、その航行期間は、中東諸国からの日
数と比べるとおよそ半分程度である。
37
図 8 中東から日本への原油輸送
2.原油タンカー
原油タンカーは、16~32 万重量トン級の VLCC(Very Large Crude Carrier)と、32 万重量トン以上
の ULCC(Ultra Large Crude Carrier)が主に利用されている。かつては、大型化が競われていたが、
ULCC は積出港と受入港の施設や航路の制約も多いことから、原油タンカーの主流は VLCC に再移行してい
る。
また、海上での原油流出事故を防ぐために、5,000 重量トン以上の新造船は 1996 年 7 月以降、ダブル・
ハル(二重船殻構造)方式またはミッド・デッキ(中間甲板)方式での建造が義務付けられている。
中東向けには 20~30 万重量トン級、南方向けには 10 万重量トン級のタンカーが用いられることが多い。
3.取引価格
(1)FOB(Free On Board)価格
FOB は貿易上の取引条件のひとつ。売主は買主の手配したタンカーなどに、契約した貨物を指定された港
で積み込めば引き渡し義務を完了する。ここまでの費用を含んだ積み地における価格を FOB 価格(本船渡
し価格)という。
(2)CIF(Cost, Insurance and Freight)価格
CIF 価格(運賃保険料込み価格)は、FOB 価格に加えて、仕向港までの運賃と保険料を含んだ荷揚げ
地における価格をいう。保険料は、航行区域などのカントリーリスクによって高低するのが一般的である。
第 2 項 原油の需給
国際エネルギー機関(IEA : International Energy Agency)によると、世界のエネルギー需要の中で
石油のシェアは将来的には減少するものの、需要量そのものは OECD 非加盟国の成長により伸び続け、2040
年の世界の石油需要は 1 億 400 バレル/日(bbl/d)に達する見通しである。
内訳では、現在消費の約 5 割が OECD 加盟国によるものだが、2030 年代の早い段階で非 OECD のシェ
アが増え、中国が最も大きな消費国となると見られている。
38
一方、2020 年半ば頃まで非 OPEC 諸国の供給が増加するが、2040 年までには減少する見通しである。
長期的な需要を満たすことができるのは中東 OPEC 諸国が中心となり、特に非 OPEC 諸国に代わり 2020
年代頃からそれが顕著となると考えられる。
表 5 世界の原油需給(百万 bbl/d)
OECD
需要
非OECD
北米
欧州
太平洋
OECD計
旧ソ連
欧州
中国
その他アジア
中南米
中東
アフリカ
非OECD計
需要 合計
OECD
非OECD
供給
旧ソ連
中国
その他非OECD
プロセシング・ゲイン*1
バイオ燃料(全世界) *2
非OPEC計
原油
NGL
OPEC計
供給 合計
企業
OECD
政府
OECD計
海上在庫/輸送中の石油
その他の在庫変動等
在庫変動等合計
OPEC
在庫
変動等
2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年
25.4
25.6
25.4
25.5
24.2
23.3
23.9
24.0
23.6
24.1
24.1
24.5
15.5
15.7
15.7
15.4
15.3
14.6
14.4
14.3
13.8
13.6
13.4
13.7
8.5
8.6
8.5
8.4
8.0
7.7
7.8
8.1
8.5
8.4
8.2
8.0
49.3
49.8
49.6
49.4
47.6
45.6
46.1
46.4
45.9
46.0
45.6
46.2
3.8
3.9
4.0
4.2
4.2
4.0
4.3
4.5
4.6
4.7
4.8
4.9
0.7
0.7
0.7
0.8
0.8
0.7
0.7
0.7
0.7
0.7
0.7
0.7
6.5
6.7
7.2
7.6
7.7
8.1
9.1
9.4
9.9
10.3
10.6
11.4
8.6
8.8
9.0
9.6
9.7
10.1
10.4
11.2
11.4
11.8
12.0
12.5
5.0
5.1
5.4
5.7
6.0
6.0
6.3
6.2
6.5
6.7
6.8
6.7
5.8
6.0
6.3
6.8
7.2
7.5
7.8
7.5
7.9
7.9
8.1
8.3
2.8
2.9
3.0
3.1
3.3
3.3
3.4
3.6
3.8
3.9
4.0
4.1
33.1
34.2
35.7
37.8
38.9
39.7
41.9
43.1
44.8
45.9
47.0
48.6
82.5
84.0
85.3
87.1
86.4
85.3
88.0
89.5
90.7
91.9
92.6
94.8
21.2
20.3
20.1
19.5
18.8
18.8
18.9
19.0
19.8
21.0
22.8
23.9
11.2
11.8
12.3
12.8
12.8
13.3
13.6
13.6
13.6
13.8
13.9
14.0
3.5
3.6
3.7
3.7
3.8
3.9
4.1
4.1
4.2
4.2
4.2
4.3
12.3
11.9
12.0
11.7
11.8
12.0
12.2
12.2
11.8
11.5
11.8
10.8
1.8
2.0
2.1
2.0
2.0
2.0
2.1
2.1
2.1
2.2
2.2
2.2
0.1
0.1
0.2
1.1
1.4
1.6
1.8
1.9
1.9
2.0
2.2
2.3
50.1
49.8
50.4
50.8
50.7
51.6
52.7
52.9
53.3
54.6
57.0
57.5
28.9
30.6
30.7
30.7
31.6
29.1
29.5
29.9
31.3
30.5
30.3
32.3
4.2
4.3
4.3
4.3
4.5
4.9
5.3
5.9
6.2
6.2
6.4
6.8
33.1
34.9
35.0
35.0
36.2
34.1
34.8
35.8
37.5
36.6
36.6
39.0
83.2
84.7
85.4
85.8
86.8
85.7
87.5
88.6
90.9
91.2
93.7
96.6
0.1
0.1
0.2
-0.3
0.3
-0.1
0.1
-0.2
0.2
-0.2
0.4
0.8
0.1
0.1
0.0
0.1
0.0
0.1
0.0
-0.1
0.0
0.0
0.0
0.0
0.2
0.2
0.3
-0.2
0.3
0.0
0.1
-0.3
0.2
-0.2
0.4
0.8
0.0
-0.1
-0.1
0.0
0.0
0.3
-0.2
-0.1
0.0
0.1
0.0
0.3
0.5
0.5
0.0
-1.1
0.0
0.1
-0.4
-0.5
0.0
-0.6
0.6
0.7
0.7
0.7
0.2
-1.3
0.4
0.4
-0.5
-0.8
0.1
-0.7
1.0
1.7
(出所)Oil Market Report© OECD/IEA www.oilmarketreport.org (2016 年 9 月現在)
上記資料等に基づき、東京商品取引所が加工、翻訳。
*1:プロセシング・ゲイン:原油を石油製品に精製する際に生じる体積増加分。
*2:バイオ燃料: 米国、ブラジルを含む全世界におけるバイオ燃料の供給量。
2006 年以前の値は、ブラジルと米国以外で生産されたバイオ燃料の合計。
2006 年以前の米国とブラジルにおけるバイオエタノールの供給量は、南北アメリカの石油供給量に含まれる。
39
第 3 項 原油の国際市場
世界の石油市場は、域内の石油消費を背景に、北米、欧州、アジアの三大市場が形成されている。
各石油市場は、現物市場とその派生市場である OTC(Over the Counter)市場(先渡市場・スワッ プ
市場)及び先物市場から構成されている。これら三つの市場はお互いに影響し合っており、現物価格は OTC
市場や先物市場の価格によって決定されるという図式が確立している。
各地域内で中心となっているのが先物市場で、北米では NYMEX、欧州では ICE Futures Europe、アジア
では東京商品取引所が石油価格の情報発信の役割を果たすとともに、価格変動リスクのヘッジの場として様々
なプレイヤーに利用されている。最近では、アジア時間を起点とした欧州、北米に繋がる 24 時間取引へのニー
ズが高く、各取引所間で MOU(覚書)を締結するなど、その環境整備に向けた取組みが行われている。既に、
OTC 市場と先物市場との間でも相互補完の関係が確立され、現物市場、OTC 市場、先物市場間における
三位一体の取引構造の中で、地域と時間を超えた多様で柔軟な取引が行われている。
また、中東においては、2007 年 6 月、ドバイ商業取引所(DME)がオマーン原油の現物先物取引を開始
した。なお、この上場に伴いオマーン政府は、従来のレトロアクティブ方式(産油国が船積月の翌月に公式販売
価格を一方的に通知する方式)から、DME の月間平均価格を翌々月船積されるオマーン原油の公式販売
価格(OSP:Official Selling Price)の決定に利用している。
1.北米市場
北米市場では、ニューヨークの NYMEX において原油や石油製品、天然ガスなどの先物取引が行われている。
ここで形成された先物価格が北米の価格指標となり、現物の価格形成に影響を与えている。
1983 年 3 月に NYMEX で上場された原油先物(通称 WTI=West Texas Intermediate)は、石油
先物取引の中で、一商品としては世界最大の出来高を誇っており、同地域のマーカー原油としても高い指標性
を有している。
2.欧州市場
欧州市場では、ロンドンの ICE Futures Europe において北海油田で生産されるブレント原油をはじめ、天
然ガス、ガスオイルなどの先物取引が行われている。1988 年 6 月に IPE(現 ICE Futures Europe)で上
場されたブレント原油は、NYMEX の WTI と同様に高い流動性が確保され、同地域のマーカー原油となってい
る。
3.アジア市場
アジア市場は、中東産原油の流通が最も多く、そのマーカー原油はドバイ原油及びオマーン原油である。東
京商品取引所では、そのマーカー原油のスポット価格を最終決済価格とするアジア向け中東産原油価格を上
場している。
この他、アジア市場では、シンガポールで行われている業者間の OTC 市場がある。OTC 市場では、実際に相
対で取引されたスポット価格を民間の価格報告機関が収集・報告し、その報告された価格を参考として、個々
の取引価格が決められている。中東産原油以外では、マレーシア産のタピス原油や FOB シンガポールの石油製
品の取引も行われている。また、2007 年 6 月にはドバイ・マーカンタイル取引所(DME)が設立され、オマーン
40
原油の先物が上場された。
第 4 項 原油の価格指標
1.世界のマーカー原油
(1)ドバイ原油
ドバイ原油は、アラブ首長国連邦(UAE)の構成首長国のひとつであるドバイで産出される原油で、仕
向地の制約がないことから取引に便利な原油として絶対値価格でのスポット取引が活発に行われている。そ
のスポット価格は OPEC が設定するバスケット価格にも採用される(最近の新バスケットではアブダビのマーバ
ン原油に取って替わられた)ほか、中東産原油の価格指標となっている。さらに、オマーン原油価格との月間
平均は日本国内をはじめアジア向けの中東産原油の価格指標となっている。しかし、ドバイ原油は生産量が
年々減少傾向にあり(2014 年においては日量約 7 万バレル)、指標としての適格性を疑問視する向きが
あった。そこで、有力なエネルギー価格調査会社であるプラッツは、仕向地の制約のないオマーン原油の代替
受渡を認め、ドバイ原油の取引を対象として、アセスメント(評価)を行っている。
ドバイ原油の API 度は約 31 度で中質原油に分類され、硫黄分は約 2%である。
(2)オマーン原油
中東のオマーンで産出されるオマーン原油は、ドバイ原油よりも埋蔵量が多く、日量約 75 万バレル
(2014 年)と、比較的産出量が安定しており、仕向地の制約を受けないことから、ドバイ原油とともに中
東産原油の価格指標となっている。オマーン原油は、API 度が約 34 度で中質原油に分類され、硫黄分が
約 2%である。
(3)WTI 原油
WTI 原油は、米国テキサス州沿岸部の油田で産出される原油の総称である。WTI 原油は、日量約 30
万バレル(2014 年)産出される原油で、NYMEX に 1983 年から上場された Light Sweet Crude Oil
(軽質低硫黄原油)の受渡供用品の代表的なものである。NYMEX の同市場は、石油先物取引として
は世界最大の出来高を有することから、北米のみならず世界の指標油種として利用されている。
NYMEX の受渡しは、テキサス州に隣接するオクラホマ州のクッシングで行われるため、受渡場所の混雑状
況により価格が影響を受けることもある。
WTI 原油は API 度が 35~50 度と超軽質で、硫黄分も 0.2%程度と少なく良質であり消費地に近い
ことから、ドバイ原油やオマーン原油よりも一般的に高値で取引されている。
なお、サウジアラビアやクウェートは、2010 年 1 月から、米国向けの原油輸出における価格フォーミュラを
改訂し、米国向け原油輸出価格を従来の WTI 原油のスポット 取引価格連動から、ASCI(Argus
Sour Crude Index:米国メキシコ湾岸地域で取引される中質マーズ原油、ポセイドン原油およびサザン・
グリーンキャニオン(SGC)原油の加重平均価格)連動に変更した。この背景として、これらの油種は中東産
原油同 様、硫黄分の多い中質原油であり、硫黄分の少ない WTI よりも近い性状であること、 また、これら
3 油種のスポット取引は日量 40~60 万バレルと、米国で最も活発に取引されている原油であることから、よ
り現物原油の需給を反映すると考えられたことなどが挙げられる。さらに、3 油種の生産地が分散していること
41
から、局地的な自然災害などの影響が緩和されるという点も考慮されたものと思われる。マーズ原油は通常、
WTI よりも割安に評価される傾向にあり、今後の米国向け中東産原油の価格形成に一定の影響があると
言われている。
(4)ブレント原油
ブレント原油は、北海油田・英国領海北部のブレント油田で日量約 50~60 万バレル(2014 年)産
出される原油で、IPE (現 ICE Futures Europe)に 1988 年から上場されている。ブレント原油は欧
州向け原油の指標とされ、NYMEX の WTI 原油と並んで、世界の原油市場の一角を形成している。
プラッツは、ブレント原油、フォーティーズ原油、オゼバーグ原油及びエコフィスク原油の代替受渡しを認めた
BFOE(Brent/ Forties/ Oseberg/ Ekofisk)条件のブレント原油の取引をアセスメント価格の対象と
しており、ICE Futures Europe の Brent 原油先物の決済価格となる ICE Brent Index も BFOE の
平均価格となっている。
ブレント原油は API 度が約 38 度、硫黄分が 0.38%であり、質的には WTI 原油とドバイ原油やオマー
ン原油の間に位置付けられる。
図 9 世界の原油先物市場
表 6 マーカー原油の比較
ドバイ原油
オマーン原油
WTI 原油
ブレント原油
生産量(推定)
約 7 万 bbl/d
約 75 万 bbl/d
約 30 万 bbl/d
約 50~60 万 bbl/d
転売・仕向地限定
制限なし
制限緩い
制限なし
制限なし
価格
市場価格
OSP
市場価格
市場価格
約 35~50 度
約 38 度
(準市場価格)
API 度
約 31 度
約 33.5 度
42
消費地域
主にアジア向け
主にアジア向け
米国内
主に欧州
(北米、アジア向けも
あり)
特徴
・埋蔵量と生産量が少
・DME で上場してい
・テキサス原油のパイ
・主に欧州向けだが、
ない。
るオマーン原油先物
プライン輸送による米
水際原油として輸出
・プラッツウィンドウ上の
取引の月間平均価
国内向け原油。
の柔軟性がある。
取引では売手オプショ
格を翌々月に船積み
・製品価格に強く影響
・Forties、
ンにより、オマーン原油
されるオマーン原油
を受ける。
Oseberg、Ekofisk
で代替受渡が可能と
OSP としている。
なっている。
での代替受渡が可能
となっている。
(出所)(財)日本エネルギー経済研究所 石油情報センター資料等
43
表 7 主要産油国における原油油種別の価格フォーミュラの現況(2015 年 5 月現在)
国/油種
欧州向
Saudi Arabia
Kuwait
Iran
Iraq
Yemen
Nigeria
Libya
Mexico
Extra Light-40
Light-33
Medium-31
Heavy-28
Extra Light-40
Light-33
Medium-31
Heavy-28
-31
Light-33
Heavy-30
Kirkuk-34
Basrah-30
Marib-43
Masila-31
Bonny Light-33
Forcados-30
Qua Iboe-35
Escravos-34
Es Sider-37
Sarir-38
Amna-37
Brega-42
Sirtica-41
Zueitina-41
Isthmus-33
Maya-22
国/油種
アジア向
Saudi Arabia
Iran
Kuwait
Neutral Zone
Iraq
Yemen
Mexico
米国向
Saudi Arabia
Kuwait
Iraq
Nigeria
Mexico
Ecuador
Super Light-51
Extra Light-40
Light-33
Medium-31
Heavy-28
Light-33
Heavy-30
-31
Khafji-29
Basrah-30
Masila-31
Isthmus-33
Maya-22
Extra Light-40
Light-33
Medium-31
Heavy-28
Extra Light-40
Light-33
Medium-31
Heavy-28
-31
Kirkuk-34
Basrah-30
Bonny Light-33
Forcados-30
Isthmus-33
Maya-22
Olmeca-39
Oriente-24
販売地点
設定日
(積載後)
FOB
FOB
FOB
FOB
Sidi Kerir
Sidi Kerir
Sidi Kerir
Sidi Kerir
FOB
Sidi Kerir
Sidi Kerir
Ceyhan
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
40
40
40
40
0
0
0
0
40
配送日
配送日
5
5
0
0
5
5
5
5
0
0
0
0
0
0
0
FOB
0
販売地点
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
US Gulf
US Gulf
US Gulf
US Gulf
US Gulf
Ceyhan
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
FOB
設定日
(積載後)
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1ヶ月
1ヶ月
1ヶ月
1ヶ月
配送日
配送日
配送日
配送日
配送日
10
15
5
5
0
0
0
0
価格フォーミュラ
〔B-Wave〕±〔調整項〕-〔運賃割引項〕
〔B-Wave〕±〔調整項〕-〔運賃割引項〕
〔B-Wave〕±〔調整項〕-〔運賃割引項〕
〔B-Wave〕±〔調整項〕-〔運賃割引項〕
〔B-Wave〕±〔調整項〕
〔B-Wave〕±〔調整項〕
〔B-Wave〕±〔調整項〕
〔B-Wave〕±〔調整項〕
〔B-Wave〕±〔調整項〕
〔B-Wave〕±〔調整項〕
〔B-Wave〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
[(DB×0.887)+(3.5%Fuel Oil×0.113)
-{0.16×(1%Fuel Oil-3.5%Fuel Oil)}]±〔調整項〕
[(DB×0.527)+(3.5%Fuel Oil×0.467)
-{0.25×(1%Fuel Oil-3.5%Fuel Oil)}]±〔調整項〕
価格フォーミュラ
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔Oman+Dubai〕/2±〔調整項〕
〔ASCI〕±〔調整項〕-〔運賃割引項〕
〔ASCI〕±〔調整項〕-〔運賃割引項〕
〔ASCI〕±〔調整項〕-〔運賃割引項〕
〔ASCI〕±〔調整項〕-〔運賃割引項〕
〔ASCI〕±〔調整項〕
〔ASCI〕±〔調整項〕
〔ASCI〕±〔調整項〕
〔ASCI〕±〔調整項〕
〔ASCI〕±〔調整項〕
〔ASCI〕±〔調整項〕
〔ASCI〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
〔Dated Brent〕±〔調整項〕
{0.4×(WTS+LLS)+(0.2×DB)}±〔調整項〕
{0.4×(WTS+3%Fuel Oil)}+{0.1×(LLS+DB)}±〔調整項〕
(WTS+LLS+DB)/3
〔WTI〕±〔調整項〕
(注)
B-Wave:ブレント原油先物価格の加重平均
Brent および DB:Dated Brent(積載日確定後の Brent 原油のスポット取引)
O:Oman spot price
D:Dubai spot price
ASCI:Argus Sour Crude Index
WTI:West Texas Intermediate spot price at Cushing
WTS:West Texas Sour spot price
LLS:Light Louisiana Sweet spot price
44
図 10 アラビアン・ライト原油価格のアジア・プレミアム(年間平均値)の推移
($/bbl)
10.00
アラビアン・ライト原油のアジア・プレミアム(年間平均値)の推移
8.00
アジア-欧州
アジア-米国
6.00
4.00
2.00
0.00
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
-2.00
アジア・プレミアム($/bbl)
過去24年間平均値
アジアvs欧州 アジアvs米国
1992.1~2016.3
1.93
1.67
出典:PIW(Petroleum Intelligence Weekly) :Special Supplement Issue 掲載データより当社加工・作成。
2.OTC 市場とプラッツのアセスメント
(1)アジア OTC 市場におけるスワップ取引
OTC 市場におけるプレーヤーは、天然ガス・原油生産者、石油精製会社、需要家(航空会社、船会社、
電力会社など)、石油トレーダー、総合商社、銀行(投資銀行、商業銀行)などである。
アジアの OTC 市場における中東産原油の取引は、前述のとおり転売禁止条項などが付されているケース
が多いため、現物の受渡しを伴う先渡取引によるヘッジはあまり行われておらず、代わりに現物の異動を伴わ
ないキャッシュフローを交換するだけのスワップ取引によるヘッジが主流である。スワップ取引とは、固定価格と変
動価格(将来の価格)の交換取引で、その多くは、交換の差額を決済する現金決済(キャッシュセトルメン
ト)の取引である。変動価格は、先物市場の終値、プラッツなどのアセスメント価格、JCC(※2)価格
(日本の輸入原油価格の平均値)などが利用される。アジアの OTC 市場では、ブレント・スワップ(ICE ブ
レント原油の月間平均と固定価格との交換取引)、ドバイ・スワップ(ドバイ原油の月間平均価格と固定価
格との交換取引)、ブレント・ドバイ・スワップ(ブレント原油価格とドバイ原油価格の交換取引)等が行わ
れている。その取引は、石油開発会社、石油精製会社や需要家などが固定価格で支払い[受け取り]、変
動価格で受け取る[支払う]ことにより原油価格を固定化する仕組みで、その相手方となるのはスワップ・ハウ
スとよばれる金融機関、総合商社、石油トレーダーなどである。こうしたスワップ・ハウスは、OTC 市場で引き受
けたリスクを東京商品取引所の中東産原油先物市場などでヘッジしており、これにより、東京商品取引所の
中東産原油先物と OTC 市場は相互に影響を及ぼし合っている※3。
45
※2. JCC(Japan Crude Cocktail)価格とは日本に輸入された原油の加重平均 CIF 価格のこと。アジア
で流通している多くの LNG の価格決定にあたり、フォーミュラの引数として利用されており、LNG 価格の指標と
なっている。米国におけるシェールガス革命により、米国の天然ガス価格が低下しているのに対し、アジアの天然
ガス価格は原油連動となっていることから高止まりしており、見直し機運が高まっている。
※3.東京商品取引所は、2013 年 11 月、石油や LNG といったエネルギーを中心とした、コモディティ関連の
OTC 取引のプラットフォームと取引仲介機能の提供を目的として、エネルギー・ブローカーである GINGA グループ
の日本法人 GINGA ENERGY JAPAN の合弁会社として、「Japan OTC Exchange(JOE)」を設立。
JOE では、原油、ガソリン、灯油、軽油及び A 重油のスワップ取引並びに LNG Non-deliverable Forward
を開設している。
図 11 アジア OTC 市場における各プレーヤーの関係
スワップ取引
変動価格
6月発表のプラッツ
月間平均価格
石油会社
スワップ・ハウス
固定価格
6月発表の
プラッツ月間
平均価格(=
変動価格)+
α
輸
入
取
引
買い建てした時
の市場価格
(=固定価格)
6月積み
原油輸入
ヘッジ取引
(6月限
買い建玉)
6月発表の
プラッツ月
間平均価
格(=変動
価格)
東京商品取引所
原油市場
中東産油国
46
(2)プラッツ・ウィンドウ
価格報告機関であるプラッツは OTC 取引における取引価格を収集し、個別の原油についての価格をアセ
スメントし発表している。アジア市場においては、プラッツの発表するドバイ原油価格が指標となり、他の原油の
公式販売価格(OSP)が連動して決定されている。プラッツは、プラッツ・ウィンドウとよばれるコンピュータ画
面上で受渡しを前提とした相対取引における取引価格をもとに原油価格のアセスメント(評価)を行ってい
る。アジア向中東産原油におけるプラッツ・ウィンドウの参加者は、シンガポール時間の午後 4 時から 4 時 30
分(日本時間で午後 5 時から 5 時 30 分)に、プラッツのウィンドウを通じて取引を行う。5 時 25 分以降、
参加者は、売値および買値を変更できないルールとなっている。このときに成立した取引価格や気配値をもと
にプラッツは原油価格をアセスメントする。参加者は、必ず自分が提示した価格で売買をしなければならない
ルールとなっている。これに違反した場合、プラッツが定める期間中、プラッツ・ウィンドウへの参加ができないこと
となっている。
(3) プラッツ・ウィンドウと東京商品取引所ドバイ原油の関係
東京商品取引所のドバイ原油市場では、石油会社や金融機関、ファンド、商社、プロップファーム、投資
家など、国内外の多種多様なプレーヤーにより時々刻々と取引が行われており、ドバイ原油に関するファンダメ
ンタルズや将来の見通し等の情報が的確に反映された価格が形成されている。
プラッツ・ウィンドウの参加者は、ウィンドウの時間帯に開いているドバイ原油の主要市場が東京商品取引
所であることから、気配提示する際の参考として東京商品取引所の TOCOM タイム(午後 3 時 10 分から
3 時 15 分)で決定される帳入値段や、リアルタイムで取引されている東京商品取引所価格を参考に取引
を行っており、TOCOM 価格はプラッツの発表するドバイ原油のアセスメントに色濃く反映されることになる。両
者の連動性は非常に高く、相関係数は 0.99(東京商品取引所ドバイ原油 2 番限の帳入値段とプラッツ・
ドバイの円換算価格)とほぼ完全に一致している。
プラッツのアセスメント価格発表前に東京商品取引所ドバイ原油の帳入値段が決定され、これらの数値間
に非常に高い相関関係が見られるという事実は、東京商品取引所のドバイ原油価格に基づきプラッツ価格が
決定されていること、ひいては、東京商品取引所のドバイ原油が、アジア向け中東産原油価格の実質的なベ
ンチマークになっていることを示している。
図 12 東京商品取引所とプラッツ・ウィンドウの取引時間
TOCOM ドバイ原油先物の
日本時間
取引所
取引時間 (現地時間)
12
13
14
15
日本と
の時差
TOCOM
帳入値段確定
-1時間
プラッツ・ウィンドウの参加者
は、TOCOMの帳入値段やリア
ルタイム価格を参照しつつ取引
日中:8:45-15:15(東京)
TOCOM
プラッツ・
ウィンドウ
(シンガポール)
16
17
最終決済価格に採用
アジア向け中東産
原油価格の
ベンチマーク
夜間:16:30-翌5:30
16:00-16:30(シンガポール)
47
プラッツ・ウィンドウ
の取引価格を基に
プラッツのスポット
価格を決定
図 13 東京商品取引所ドバイ原油とプラッツ・ドバイの相関性
TOCOMドバイ原油価格と原油現物価格(プラッツ・ドバイ)の価格関係
円/KL
80,000
TOCOMドバイ原油(2番限・帳入値段)
プラッツ・ドバイ(円)
70,000
60,000
50,000
40,000
30,000
TOCOMドバイ原油と現物価格(プラッツ・ドバイ)の相関係数
⇒ 0.9942 (2011年~2016年8月)
20,000
10,000
2011
2012
2013
2014
2015
2016
第 5 項 価格形成メカニズム
1.仕向地制約
中東産原油の多くは同じ油田から産出された同じ原油であっても米国向け、欧州向け、アジア向けにより、
価格が異なる。この価格差を維持するために中東産原油の多くは仕向地変更の制約や転売禁止の条件を付
して産油国から売り出されている。
このため、仕向地の制約がなく自由な取引が可能であるドバイ原油は絶対値による価格が形成され、マーカ
ー原油として定着している。
2.スポット価格方式と産油国通知方式
アジア市場での中東産原油の価格決定方式は各産油国によって異なるが、大別するとスポット価格(フォ
ーミュラ)方式と産油国通知方式に分けられる。
まず、スポット価格方式はプラッツが発表するドバイ原油やオマーン原油のスポット価格を、船積み前に産油
国が決めた価格算定式(フォーミュラ)に代入して公式販売価格(OSP)が決められる方式である(表 3
「主要産油国における原油油種別の価格フォーミュラの現況」参照)。また、この価格算定式は油種の性状の
違いによる調整額(性状プレミアム)が反映されており、この調整額(性状プレミアム)はディファレンシャルとも
よばれており、毎月見直される。この方式を採用している産油国はサウジアラビア、クウェートなどが挙げられ、指
標油種は異なるが、インドネシア、中国も同様の方式を用いている。
フォーミュラ① :(ドバイ原油の月間平均価格+オマーン原油の月間平均価格)/2 ±性状プレミアム
フォーミュラ② :(ドバイ原油の月間平均価格)±性状プレミアム
次に、産油国通知方式は、ドバイ原油などのスポット価格を参考として、産油国が船積み月の翌月初めに
48
OSP を一方的に輸入国側に事後通知する方式で、UAE(ドバイ原油を除く)、カタール、マレーシアなどで採
用されている。
いずれの方式も、ドバイ原油などのスポット価格を基準に、船積み月の翌月初めに価格が決定される。した
がって、アジア市場が輸入する中東産原油は売買契約の段階では価格が未定で、船積み後にならないと価格
が決まらない価格後決め方式となっている。
3.東京商品取引所と中東産原油の価格
日本に輸入される中東産原油の多くは事前に輸入契約数量を産油国との間で取り決め、後に価格を決
定する DD 原油の形態を採っている。この DD 原油などの中東産原油の価格指標となっているのが東京商品
取引所の中東産原油先物市場で形成される価格である。
中東産原油の最大の輸出国であるサウジアラビアの場合、価格決定の基準となる価格の計算式を定め
(プラッツがアセスメントするドバイ原油とオマーン原油の月間平均価格の平均)、その基準価格に、船積の約
1 カ月前に、事前に消費国に通知した各油種の性状プレミアムを加減し、DD 原油の価格が決まる仕組みとな
っている。このアジア向中東産原油の基準となっているプラッツの原油価格は東京商品取引所原油先物におけ
る最終決済価格にも採用されており、また、プラッツがアセスメントの対象としているプラッツ・ウィンドウにおけるプレ
ーヤーがその取引の参考価格として、あるいはそのリスクヘッジの場として東京商品取引所を活発に利用している
ことから、アジア向中東産原油の価格形成において、東京商品取引所は大きな影響力を持つようになってきて
いる。
図 14 東京商品取引所原油先物取引の最終決済価格と中東産原油価格との関係
例)9/1~9/30 の間に発表されるプラッツ価格の対象は 11 月に船積み予定のドバイ原油の価格であ
る。この期間に発表されるプラッツ価格の月間平均値は 9 月に船積みされるドバイ原油以外の中東産原油
の指標価格となっている。またこのプラッツ価格の月間平均値は、東京商品取引所の 9 月限の原油先物取
引の最終決済価格にも組み入れられ利用されている。
ドバイ原油船積み月
9月
10月
日々発表
プラッツ価格発表
時期
ドバイ原油以外の
中東産原油
指標価格
東京商品取引所原油
先物取引
最終決済価格
9月プラッツ
発表価格
10月プラッツ
発表価格
月間平均
月間平均
9月
船積み分
10月
船積み分
49
9月限
10月限
11月
12月
船積み予定の
ドバイ原油価格
船積み予定の
ドバイ原油価格
日々発表
図 15 フォーミュラ方式によるアジア向け中東産原油価格決定の流れ
性状プレミアムの事前通知(1ヶ月前まで)
東京商品取引所
先
物
価
格
の
形
成
産油国
プラッツ
日々の先物価格
日々の発表価格
(サウジアラビア等)
石油精製元売
OSP通知
ドバイ価格
オマーン価格
の発表
OSPの算出
プラッツ発表価格をベースにした
基準価格±性状プレミアム
月間平均価格=最終決済価格
4.ネットバック方式
石油ショック以降の原油の高騰で、それまで不採算と考えられていた極地・深海や中小の原油開発が可能と
なり、非 OPEC の原油生産量が拡大していった。その結果、OPEC 産油国は急速なシェア低下に直面し、その
減産分の多くはサウジアラビアが甘受していたが、同国がシェア奪回を狙って導入したのがネットバック方式であ
る。
ネットバック方式とは、欧州の一大石油産業集積地であるオランダのロッテルダムなどが発信する石油製品価
格から、精製コストを差し引いて原油価格を決める方式である。同方式は他の OPEC 産油国全体に波及した
が、ネットバックには利益が含まれていたために、下降局面では価格下落を加速させる効果があり、1986 年 7
月から 9 月にかけて 1 バレル 10 ドルを割り込む事態に直面することになった。
ネットバック価格(FOB)=(各製品の得率)×(各製品の市場価格)―(精製コストなど)―(輸送費
と保険料)
5.バスケット価格
OPEC は 1987 年、国別生産枠を設定するとともに、非 OPEC を含めた 7 油種の原油スポット価格の平均
値(バスケット価格)を 1 バレル 18 ドルとし、油種間の最大格差を 1 バレル 2.65 ドルと設定した。
バスケット価格の採用油種は従来 7 油種であったが、2005 年 6 月に OPEC 加盟国の主要輸出原油の 11
油種に変更された。2007 年には新たに 2 油種が加わる一方、2009 年には 1 油種が削除され、現在は 12
油種で構成されている。
当時の基準価格の 18 ドルは、消費国が長期的な石油離れを起こさない現実的な価格とされ、産油国の許
容範囲でもあった。産油国も消費国の購買力に配慮しつつ、市場原理を重視せざるを得ない時代を迎え、スポ
ット市場が主導する時代が幕を開けた。
6.先物価格決定方式(オマーン)
2007 年 6 月、ドバイ商業取引所(DME)がオマーン原油の現物先物取引を開始し、オマーン政府はオマ
ーン原油の OSP を従来のレトロアクティブ方式から、DME のオマーン原油先物価格に基づいて決定する方式に
変更した。この方式において、オマーン原油は DME 市場における毎日の取引終了前 5 分間(納会日のみ取
引終了前 30 分間)の成約の加重平均をその日の約定価格とし、引き取り価格はその月間平均となる。
50
第 4 章 ガソリン、灯油、軽油の基礎知識
第 1 節 石油製品の生産・流通
第 1 項 石油製品の種類
ガソリンや灯油に代表される石油製品は、製品として輸入されている一部を除き、その多くは中東などから輸
入した原油を精製することによって生産される。石油製品はこの精製過程で同時に生産されることから、「連産
品」の特徴を有している。原油から各精製過程によって得られる石油製品の種類は、その用途、品質によって種
類が多く、通常、燃料油のほかにLPガス、潤滑油、グリース、アスファルトおよびワックスに大別される。
このうちガソリン、灯油及び軽油は、無色透明かそれに近い色であることから「白油」といわれ、また、重油など
は「黒油」とよばれている。燃料油(ガソリン、ナフサ、ジェット燃料、灯油、軽油、A 重油、B 重油、C 重油)の
うち、最も軽質なガソリンおよびナフサと、主として残油を主体に構成される B,C 重油を除いた留分を中間留分
というが、中間留分は灯油、軽油、A 重油の 3 種であることからこれらを中間三品(ジェット燃料を含めて中間
四品ということもある。)とも呼ぶ。
第 2 項 規格
日本の石油製品の規格として、生産段階における JIS 規格(日本工業規格)がある。東京商品取引所
の標準品としては、ガソリンは JIS・K2202 の 2 号(レギュラーガソリン)、灯油は JIS・K2203 の 1 号(民生
用灯油)が規定されている。
一方、流通段階の規格には、揮発油等の品質の確保等に関する法律(品確法)に基づく流通規格があ
る。
品確法は、1995 年 4 月に制定され、翌年 4 月より施行された。その目的は、特定石油製品輸入暫定措
置法(特石法)が廃止されたことを受けて、国内で多様な石油製品が流通する可能性があることから、石油
製品の品質維持について明確な規定を設けるためにある。同法では、石油製品の品質を環境、安全及び性
能の 3 要素に分類して基準を定めている。
まず、環境と安全の項目については、強制的な規格項目(強制規格)が設けられ、国内でこの規格を満た
さない石油製品は流通が禁止されている。日本に輸入される石油製品は、通関段階で強制規格を満たしてい
るかどうかの検査が行われ、その基準を満たさない石油製品は通関が認められないことになっている。
性能については、基本的には強制項目が設けられていないが、消費者の選択に委ねられ、標準的な品質とし
て JIS 規格に準拠する標準規格が定められている。販売業者は標準規格を満たしている場合、店頭に SQ マ
ーク(スタンダード・クオリティー・マーク)を表示することができる。消費者はこの SQ マークの有無を確認しながら
石油製品を購入できる仕組みになっている。
51
表 1 品質確保法で定められている石油製品の規格
第 3 項 精製
1.常圧蒸留
原油の精製過程では、まず原油に含まれる泥、水分、塩分などの不純物が分離され、その後、加熱炉で
330~350℃に加熱され、常圧蒸留装置の精留塔(トッパー)とよばれる塔の下部に送り込まれる。精留塔
はほぼ常圧に保たれており、加熱炉より圧力が低く、上部にいくほど低温になっているため、沸点が低く軽い成分
が上に、沸点が高く重い成分が下に分離されていく。この過程を蒸留といい、その成分を留分という。
品種別では、精留塔の最上部で石油ガス(LPG)留分が、その下のトレイでナフサ留分とガソリン留分、灯
油留分、軽油留分などが順次取り出され、この過程を経て、最も重い重油やアスファルトなどが残油(残渣)
として残る。
このような常圧蒸留装置の原油処理能力は、製油所の生産能力の大きさを図る目安となっている。
52
2.二次精製
石油製品の製造方法のうち、常圧蒸留によって物理的に仕分けるのを一次精製というのに対し、化学的に
分解・改質する工程によって、残油から石油製品を得たり、性状の調整を行ったりする仕組みを二次精製という。
これらの工程で原油はほぼ 100%製品化される。
二次精製の具体的な例としては、冬季の需要に合わせた灯油の得率アップなどのシーズン調整や、白油化
(燃料油需要に占める白油の需要量の割合が増加する傾向)が進む需要構造の変化に対応する得率調
整などが挙げられる。
その他には、低オクタン価のナフサを高オクタン価のガソリンに転換させる改質も行われる。ハイオクガソリンは、
この改質を利用して生産することができる。
図 1 原油精製プロセス
53
図 2 原油処理能力と稼働率の推移
第 4 項 元売
第二次世界大戦後、国内での石油精製が再開された際に、精製設備ないしは輸入基地を持ち、製品の配
給能力を有すると認められた事業者は「登録元売業者」に指定された。現在では、石油製品の一次卸事業者
を指す総称となっているが、一般的には元売会社は原油探鉱開発会社、タンカー会社、精製会社、物流会社
を資本支配下においており、メーカー機能までをも総称して「元売」ということが多いようである。
2016 年 3 月現在、国内の元売としては、JX エネルギー、出光興産、東燃ゼネラルグループ(東燃ゼネラル
石油及び EMG マーケティング)、コスモ石油、昭和シェル石油、キグナス石油、太陽石油が挙げられる。東燃ゼ
ネラルグループは、旧エクソンモービルジャパングループが 2012 年 6 月 1 日に東燃ゼネラル石油(株)を中心と
した新体制に移行したもので、エクソンモービル(有)は同年 5 月に社名変更し、EMG マーケティング(同)と
なった。
なお、コスモ石油は 2007 年 9 月にアブダビ首長国の政府投資機関の国際石油投資会社(IPIC)が筆
頭株主となった。
最近では大手元売間での業務提携が相次いでおり、2000 年 7 月までに新日本石油とコスモ石油、昭和シ
ェル石油とジャパンエナジー、エクソンモービル・東燃ゼネラル石油、出光興産の「元売 4 極体制」が出来上がり、
2002 年 12 月に新日本石油と出光興産が物流部門に続いて精製部門提携を発表し、実質的に「元売 3
極体制」の時代を迎えている。
2008 年には新日本石油が九州石油を経営統合し、2009 年 10 月末には新日鉱ホールディングス(株)
54
(ジャパンエナジーの持株会社)と経営統合し、統合後の持株会社である JX ホールディングスが発足した。
2014 年 2 月 4 日に三井石油は東燃ゼネラル石油の子会社となり MOC マーケティング株式会社に商号変更
したが、グループの資本関係の簡素化の為解散した。
さらに、2015 年には、出光興産と昭和シェル石油、JXエネルギーと東燃ゼネラル石油がそれぞれ経営統
合に向け基本合意に至ったことが発表された。また、コスモ石油は、コスモエネルギーホールディングスを発足させ、
石油精製、販売、資源開発の3つの事業子会社を中心とした体制作りを行った。
このような元売の再編とともに石油精製会社は、エネルギー供給構造高度化法(2009 年 8 月施行)*に
よる生産設備の見直しも求められる中、我が国における石油精製能力は減少傾向にあり、2016 年 2 月末現
在では約 391 万バレル/日と、過去 15 年間で約 136 万バレル/日(約 25%)削減された。
*エネルギー供給構造高度化法(「エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネル
ギー原料の有効な利用の促進に関する法律」):電気やガス、石油事業者といったエネルギー供給事業者に
対して、太陽光、風力等の再生可能エネルギー源、原子力等の非化石エネルギー源の利用や化石エネルギー
原料の有効な利用を促進するために必要な措置を講じる法律
55
図 3 石油元売各社再編の流れ(2016 年 3 月現在)
2015年11月
経営統合に関する基本合意書締結
出光興産
日本石油
出光興産
1999年4月合併
2002年7月社名変更
日石三菱
2002年12月
精製提携※1
新日本石油
※4
三菱石油
1999年10月
精製・物流提携
大協石油
JXエネルギー
2010年4月
統合
1986年4月合併
丸善石油
コスモ石油
コスモ石油
旧コスモ石油
2015年10月
コスモエネルギーホールディングス設立
2008年10月
合併
九州石油
日本鉱業
1992年12月合併
2015年12月
経営統合に関する基本合意書締結
ジャパンエナジー
共同石油
1999年10月
精製・物流提携
昭和石油
1985年1月合併
昭和シェル石油
昭和シェル石油
シェル石油
エッソ石油
2013年3月
精製・物流提携
2002年6月合併
※2
エクソンモービル
モービル石油
東燃
エクソンモービル
グループ
2000年7月合併
東燃ゼネラル
グループ
東燃ゼネラル
グループ
東燃ゼネラル石油
ゼネラル石油
2014年2月
資本譲渡※3
三井石油
キグナス石油
キグナス石油
太陽石油
太陽石油
※1 新日本石油と出光興産は1995年に物流部門で提携をしている
※2 2012年6月1日に東燃ゼネラル石油㈱を中心とした新体制に移行(エクソンモービル(有)はEMGマーケティング(同)に社名変更)
※3 2014年2月4日に三井石油は東燃ゼネラル石油の子会社となり、MOCマーケティング(株)に商号変更
※4 2016年1月、JX日鉱日石エネルギーから商号変更
出所:石油連盟「今日の石油産業(2016年版)」、東京商品取引所
第 5 項 元売 5 社の原油処理能力や石油製品販売数量
元売 5 社(出光興産、コスモ石油、JXエネルギー、昭和シェル石油、東燃ゼネラル石油)の原油処理能
力・原油処理量・販売数量を比較すると、原油処理能力に対して生産を絞り、さらに販売がそれを下回ってい
る傾向がみてとれる。また、元売の企業戦略として、ショートポジション(原油処理量よりも販売数量を多くする)
を取ることがあるが、これは需要が予想以上に減少した場合に有利に働く。不足分については、現物市場や先
物市場での調達や、他の元売と取引することで調整を図ることとなる。
原油処理能力の削減については、2013 年春先からの国内ガソリン市況の悪化により、多くの元売が原油処
理能力(蒸圧蒸留装置)を削減したため、国内製油所全体の原油処理能力は、2008 年 4 月当初の
(28 製油所、約 489 万B/D)に対して、2016 年 2 月当初には(23 製油所、約 391 万B/D)と、
約2割削減されている。
56
エネルギー供給構造高度化法においては、2017 年 3 月末に向けてさらに 40 万バレル/日程度の実質的な
削減が求められており、元売は、更なる精製能力の最適化や、製油所単位での連携を図っている。しかしなが
ら、石油製品の国内需要は減少する見通しであり、国内需要にしぼってみれば、原油処理能力は過剰となる
見通しとなっている。
エネルギー供給構造高度化法の施行後、ガソリンの需給バランスが崩れ元売各社の業績が悪化したことから、
資源エネルギー庁は 2014 年 6 月に産業競争力強化法 50 条に基づく調査報告書(石油精製業の市場構
造に関する調査報告)を発表した。その中で今後の内需や輸出の見通しを踏まえ、現在の過剰な供給構造
がさらに深刻化するおそれが大きいと結論づけた。今後の競争力強化に向けた課題として、過剰精製能力の解
消や国際的な「総合エネルギー企業」への成長等が指摘されている。
図 4 元売5社 原油処理能力・原油処理量・石油製品販売数量(2015)
出所:各社ホームページ、情報提供会社等
※1 原油処理能力については 2016 年 2 月末現在のデータを使用。なお、定修に係る日数、
稼働率は加味していない。
※2 原油処理量は内需燃料油を対象にしており、輸出用は含んでいない。
※3 原油処理量及び販売数量実績は事業年度ベース(2015 年 4 月~2016 年 3 月)。
但し昭和シェル石油と東燃ゼネラル石油は暦年べース(2015 年 1 月~12 月)。
57
図 5 石油関連規制と規制改革の推移
出所:石油連盟「今日の石油産業(2016 年版)」
58
第 6 項 物流
1.物流手段
石油製品は、内航タンカー(バージ)、タンクローリー、パイプライン、タンク車(鉄道)などの物流手段によっ
て搬送される。
2.供給経路
石油製品が SS(サービス・ステーション)に供給される経路は大きく二つに分類される。
一つは、元売が製油所または輸入基地(一次基地)から、直接、タンクローリーによって SS に届ける持ち届
けである。
もう一つは、SS を経営する特約店、販売店が契約するタンクローリーにより、一次基地もしくは油槽所(二
次基地)に出向いて引き取る倉取り(ex-pipe)で、系列外取引(第 6 項 販売 参照)では後者が主流
となっている。
3.物流の変遷
石油業界においても、物流コストの削減は重要な課題である。このため、最近では二次基地を経由せずに、
一次基地から直接タンクローリーで搬送するケースが増加している。その背景には、高速道路網の発達や、消防
法の緩和によるタンクローリーの大型化、他の元売との業務提携による物流の相互乗り入れ(ジョイント・バータ
ー)の増加などが挙げられる。
ジョイントとは、元売の系列出荷基地に、他の元売の乗り入れを許容することをいう。バーターとは、例えば京
浜地区で元売 A 社が自社製品を B 社に供給する一方で、阪神地区で B 社が同量の自社製品を A 社に供
給する製品の交換・相互融通の契約形態のことをいう。
図 6 主な物流経路
59
第 7 項 販売
石油製品の販売は、産業用と民生用で大きく異なる。産業用で代表的なのが、製油所に隣接する工業地
帯へパイプラインによって供給する形態であり、電力用の C 重油(または原油)や石油化学用のナフサが該当
する。これらの他、製紙工場や航空会社などの需要家向けなどに対しても、元売が直接販売するケースが多く、
この販売形態をインタンク直売方式とよぶ。
一方、民生用の石油製品取引は、かつては系列取引に対し、系列外取引あるいは業転取引と区分される
こともあったが、これらの用語の定義が不明確であることに加え、流通形態が多様化してきたことにより、明確な
区分が難しくなっている。一般に石油元売会社との特約店契約に基づき、元売ブランドにより販売するものを系
列取引という一方で、以前は特約店契約によらない取引を系列外取引と呼んでいたが、現在では特約店契約
に基づき、商社など、独自ブランドで販売する業者も現れたため、このような区分があてはまらなくなってきている。
スポット取引が行われる背景には、連産品という石油製品の商品特性が挙げられる。季節や需給動向によっ
ては、ガソリン、灯油及び重油などの製品ごとに過不足が生じることがある。これらの需給ギャップを補完するため
に、元売や販売業者はバーター取引やスポット取引を行っている。
第 8 項 取引単位
元売から特約店向けの取引単位は、通常「キロリットル=kl=1,000 リットル」が容積単位として用いられる。
小売り単位は「リットル=l」であるが、灯油の場合は灯油缶の容積が 1 缶「18 リットル」であったことから、「18
リットル」単位で取引されることが多く見受けられる。
同様に、潤滑油のうち自動車用のモーターオイルは「4 リットル」の荷姿で販売されることが多くあるが、これは
米国の「1 ガロン」を国内単位に近づけたものとされている。大口の潤滑油はドラム缶で取引されることもあるが、
ドラム缶の 1 缶は「200 リットル」で、これも米国の「1 バレル」を国内単位に近づけたものとされている。
例外的に、石油化学原料のナフサなどは「トン」の重量単位、石油ガス(=LPG)は「立方メートル」の容積
単位が用いられる。
第 2 節 ガソリン
第 1 項 ガソリンの製品特性
ガソリンは常温常圧の状態で蒸発しやすく「揮発油」ともいう。もともと無色透明の液体であるが、常温常圧で
爆発的に燃焼するという、危険性が非常に高い性状を持っているために「オレンジ色」に着色されて、容易に灯
油との見分けができるようにされている。
その 99%以上はガソリン車用に消費されているが、小型の航空機用や溶剤用、ドライクリーニング用、塗料
用にも使われている。
自動車用のガソリンにはレギュラー(並揮)、オクタン価の高いハイオク(高揮)の 2 種類のガソリンがある。
オクタン価とは、走行中のノッキング現象を起こしにくくすることを示すアンチノック性指数のことで、数値が大きいほ
ど、アンチノック性が高くなる。オクタン価規格は、それぞれレギュラーが 89.0 以上、ハイオクが 96.0 以上である。
60
通常、SS で販売されているハイオクガソリンのオクタン価は 100 である。ハイオクガソリンのことを、エンジン清浄剤
などの添加剤に工夫を加えた「プレミアムガソリン」とよぶところもある。
また、環境規制に対応するためにベンゼンや硫黄分の低減化が進められており、製油所におけるベンゼン抽
出装置や脱硫装置導入が進んでいる。硫黄については、2008 年より 10ppm 以下への更なる品質規制強化
が実施されたが、石油連盟に加盟している石油精製・元売会社では、この規制に先駆け 2005 年 1 月より自
主的にこれに対応した製品(サルファーフリーガソリン、10ppm 以下)の供給を開始した。サルファーフリー化に
より酸性雨の原因となる硫黄分を除去することで、自動車排ガスのクリーン化に効果を発揮するとともに、燃費
の向上に伴う CO2 削減による温暖化対策につながるものと期待されている。
第 2 項 流通経路と販路
ガソリンの流通経路は、複雑多岐な灯油とは異なり、大部分が元売から特約店を経由して SS で販売されて
いる。この背景には、ガソリンの商品特性を考慮した規制が挙げられる。ガソリンは引火点が低く危険性が高いこ
とから、販売業者は、消防庁の定めた基準に適合し、経済産業大臣に登録した業者に限定されている。
また、販売経路の形態は、元売の直売、一般特約店、商社系特約店、全農経由などがあるが、一般特約
店が代表的である。
ガソリン販売量の過半数は特約店を経由しており、その比率は年々高まっている。また、ほとんどの SS は元売
の系列に属し、店頭に元売の商標(ブランド)の入ったサインポールを掲げている。このサインポールを掲げてい
ない SS もあるが、これを無印 SS という。最近では、自社のブランド(プライベート・ブランド)を掲げた SS も増
加傾向にある。
SS の開設は揮発油販売業法に基づき、長い間、新設枠、距離規制及び登録制がとられていたが、1998
年 1 月には、新規の SS 建設を規制した指定地区制度が廃止され、一定の設備要件さえ備えれば、自由に
新設ができるようになった。さらに、同年 4 月には消防法が改正され、ユーザーが直接給油するセルフ給油方式
が解禁となり、飛躍的に増加する傾向が見られる。
このほか、大手スーパー、ディスカウントストア、カー用品店などの異業種が SS を併設したり、全農、商社など
がプライベート・ブランドで事業展開を図ったりする動きもあり、価格競争が激化している。
61
図 7 ガソリンの流通経路
第 3 項 価格の特徴
日本は政策上、ガソリン価格を国際価格より割高に誘導してきた。ガソリンが「唯一の採算油種」といわれ、そ
のため元売各社はガソリン販売力の増強を競ってきた。
販売力の増強は、系列 SS の拠点数の増加によって図られるため、元売各社はこぞって系列 SS 網を増強し
た結果、1994 年のピーク時には 6 万カ所を超えた。その後規制が緩和されて再編が進み、資源エネルギー庁
によると 2015 年度末時点で 32,333 カ所にまで減少している。近年はエコカーの普及や若者の車離れによる
需要減少のほか、2013 年 1 月末に改正消防法で義務付けられた交換・改修期限が到来した古いタンクの改
修費の負担などが SS 数の減少に影響しているものとみられるが、依然として欧米と比較して SS の数は過剰気
味であるとされている。
過剰な販売力は、過当競争につながり、規制緩和以降、ガソリン価格は大幅に値下がりした。今日でも競
争の程度によって小売価格は地域によって大きく異なる。例えば、関東地方においては、栃木、群馬、茨城、千
葉、埼玉が販売激戦区となっており、これらの地域は全国的に見て安い傾向にある。
ガソリンの業者間転売取引(=業転取引)が活発であるといわれる愛知県を中心とする中京地域では、業
転価格が小売価格に大きな影響を与えているともいわれている。
ガソリン価格は、原油価格、為替、需給、販売政策動向などが組み合わされて形成されるが、SS の立地密
度、大規模店やセルフ店の動向、異業種 SS の価格動向などの立地環境が市況形成に影響を与えている。最
近ではセルフ店の割安販売が市況形成に大きな影響を与えているといわれている。セルフ店は通常の SS と比
較して 2 倍~数倍の販売ボリュームがあるといわれ、2015 度末時点で 9,728 カ所となっており、増加の傾向に
62
ある。(参考:第 4 章 図 3:給油所およびセルフ給油所の推移)
第 4 項 税制
1.ガソリン税
従量税で道路目的税である揮発油税と、地方揮発油税(2009 年度以降、地方道路税から名称変更。)
を併せた国の税金を総称してガソリン税とよぶ。ガソリン税は数次にわたって引き上げられ、1 キロリットルあたり 5
万 3,800 円と石油諸税の中では最高額であり、公道を走行する自動車燃料用のガソリンに蔵出し課税される。
2016 年度予算では約 2 兆 6,413 億円で、所得税、法人税、消費税に次いで、国税収入の税目別で軽油
引取税(9,245 億円)と合わせて第 4 位の 5.6%を占めている。
なお、ガソリン税の基本税率は 1 リットルあたり 28.7 円であるが、1974 年度以降、租税特別措置法による
暫定税率が適用され、25.1 円上乗せされている。暫定税率はこれまで、ほぼ 5 年ごとに見直しが行われ、適
用期間が延長されてきたが、2008 年 3 月末の見直しにおいて延長法案の成立が遅れたため、4 月 1 日から
30 日まで暫定税率が失効し、この間一時的に SS 間の値下げ競争が激化した。なお、2010 年 4 月以降、
新法律によって暫定税率の施行方法が変更されたが、軽油とともに第 5 節に別記する。
2.一般消費税
ガソリンに対する一般消費税は、ガソリン税を含んだ全体価格に課税される。二重課税となっているため石油
業界からは見直しを求める要望が強い。ガソリン税 1 リットル 53.8 円、本体価格が 66.2 円として、小売価格
120 円の場合は、消費税 8%で税込価格は 1 リットル 129.6 円となる。
第 3 節 灯油
第 1 項 灯油の製品特性
灯油は、無色透明の液体であり、主に暖房用に使用される。国内の家庭暖房用の灯油は、「白灯油」に区
分され、硫黄分 80ppm 以下という匂いの少ない優れた燃焼性を有し、世界でも最高の品質とされている。家
庭向けの白灯油は「民生用灯油=民灯」とよばれることもある。
その他、精製度の低い「茶灯油」もあり、こちらは産業用の溶剤や発動機の燃料として使われていたが、現在
は流通していない。灯油は軽油と性状が近いために、A 重油と共に軽油引取税の脱税を防止する観点から識
別剤「クマリン」が添加されている。
また、灯油は KHP(Kerosene Heat Pump: 灯油エアコン)やコージェネレーションの燃料など、通年商品と
しての利用拡大が期待されている。
第 2 項 流通経路と販路
灯油は、家庭などの暖房用を中心とした民生用需要が全体の約 8 割を占めている。灯油の流通構造は他
の石油製品とは異なり、少量、小分け販売体制が重視され、複雑多岐にわたっていることが特徴である。
63
具体的には、卸段階では一般石油特約店のほかに薪炭・米穀系の燃料卸商特約店などがあり、小売段階
でも SS の他、燃料小売商、米穀店、ホームセンター、農協、生協などが販売し、販路は多種多様である。ミニ・
ローリーによる移動販売が消防法で認められていることも、販売チャンネルが多様化している要因である。
一方、産業用は元売による直売の他、特約店や燃料商を経由して販売されているが、数量は特約店経由
が圧倒的に多くなっている。
第 3 項 価格の特徴
灯油は暖房用の需要が高いため、冬場の需要期には価格が上昇する傾向にあり、他の石油製品価格とは
異なり、季節変動が大きい点が特徴である。灯油価格は、石油危機時に原油の高騰が家計を直撃しないよう
政策的な価格誘導が行われた結果、ガソリンと比較して割安となり、特殊な税金も課税されなかった。
需要期の灯油価格は、札幌市民生協や青森県民生協などの大需要地域の生協と元売との交渉で決めら
れる価格(生協価格)がシーズン当初の指標となっている。生協価格は、秋口に決められるものの、その後、
需給状況に応じて価格が変更される方式となっている。しかし、近年ではホームセンターが元売と独自に価格交
渉を進めるようになるなど、生協価格の指標性は薄れている。
小売では 1 リットル単位もあるが、かつて一斗缶単位(18 リットル)で取引されていた名残により、18 リットル
単位で販売されるケースも多く見られる。
第 4 節 軽油
第 1 項 軽油の製品特性
軽油は、わが国では主としてディーゼルエンジンの燃料として使用され、約 95%がディーゼル燃料として消費さ
れている。ディーゼルエンジンは高出力で熱効率が良く、荷重の重いバスやトラックに向いており、かつてはガソリン
よりも税金が安いことで、自家用車でも搭載車両が増える傾向があった。
品質規格(JIS 規格)は、凍結温度の違いによって 5 種類に分類されており、北日本や高地などには「寒冷
地仕様」の軽油が出荷されるように、地域と季節に適合した製品が供給されている。また環境規制に対応する
ため、低硫黄化が 1992 年より段階的に進められており、現在の規制値 10ppm(サルファーフリー軽油、
10ppm 以下)のサルファーフリー化により、自動車排ガスのクリーン化に効果を発揮するとともに、燃費の向上
に伴う CO2 削減による温暖化対策につながるものと期待されている。
第 2 項 流通経路と販路
軽油の販売形態でいう「元売」とは、地方税法上の呼称であって他の石油製品と異なる。精製専業者や商
社、特定の大手販売業者、全農などが「軽油元売」と位置付けられ、2016 年6月 1 日現在、軽油元売は
24 社が指定を受けている(表 2 参照)。
トラック物流大手事業者などに対する販売は、「軽油元売」が直売を行うケースが多く見られる。
地域トラック事業者に対する供給は地場の有力な特約店や商社系が行うことが多く、この 2 形態を総称して、
64
「インタンク」販売という。インタンク販売は元売などの販売者の油槽所から、使用者の軽油タンクへローリーによっ
てダイレクトに納品する形態である。
一方、トラック物流への供給拠点としての地域限定 SS 網を全国へと拡大展開した SS 事業者を、フリート業
者または広域事業者といい、こうした SS からトラック事業者へ供給する形態を「フリート」という。これに対して、
RV 車両など個人客への SS 給油販売は「一般店頭」といい、上記の形態と区別される。
表 2 軽油元売一覧
製造元売(9 社)
出光興産、コスモ石油、JX エネルギー、昭和シェル石油、
西部石油、東燃ゼネラル石油、太陽石油、富士石油、大阪国際石油精製
販売元売(11
社)
輸入元売(4 社)
キグナス石油、富士興産、EMG マーケティング、コスモ石油マーケティング、伊藤忠エネク
ス、丸紅エネルギー、カメイ、三菱商事エネルギー、全農、全漁連、三愛石油
中川物産、双日、三菱商事、トーヨーエナジー
(2016 年 6 月 1 日現在、官報公示等をもとに東京商品取引所作成)
第 3 項 価格の特徴
軽油の販売価格は、俗に「3 階建て」と称され、それらは「インタンク」、「フリート」、「一般店頭」である。前者
ほど割安に、後者ほど割高に設定されている。
「インタンク」価格は、大手トラック物流会社と元売との決定価格が指標となるケースが多く、地域のトラック組
合がこれを参考に値決めを行う。公営交通や清掃局などの官公需では、競争入札形態が多くなってきている。
「フリート」は一般的にカード給油となり、インタンク価格に準じてやや割高に設定されている。
「一般店頭」は、ガソリン価格と同様に SS の競争条件によって決まるが、ガソリンと比較して過激な競争はあま
り見られないようである。
第 4 項 税制
自動車などの燃料として道路上で使用された軽油には、「軽油引取税」が課税されている。軽油引取税は、
1956 年に地方道路整備財源として創設された地方税で、公道を走行する自動車燃料用の軽油に課税され
る従量税であるが、2009 年度税制改正において道路特定財源制度が廃止されたことにより一般財源化され、
従来の目的税から普通税に移行された。
通常は用途課税の性格上、製造段階ではなく、特別徴収義務者である元売業者あるいは特約業者が、販
売または卸売りした段階で課税され、 当該軽油の納入地(石油製品の販売業者が軽油の引取りを行う場
合にあっては、販売業者の当該納入に係る事業所)所在の都道府県に納税する。燃料として性状の近い灯油
や A 重油などの炭化水素油が自動車燃料として使用された場合や、軽油に混入使用された場合にも、見なし
課税がされる。基本税率は 1964 年以降、1 キロリットル当たり 1 万 5,000 円であり、暫定税率として 1 万
65
7,100 円が上乗せされている。なお、暫定税率は、ガソリンと同様に 2008 年 3 月 31 日に期限切れにより失
効したものの、2008 年 5 月 1 日から 2018 年 3 月 31 日まで再度適用されている。
一般消費税の扱いについては、石油業者の取引形態によって異なる。このことは、軽油引取税が、国税で蔵
出し税であるガソリン税と異なって、地方税であることに起因する。
元売及び特約業者段階からの小売価格には、軽油引取税を除く本体価格にのみ消費税が課税される。一
方、特約業者などから、軽油引取税課税済みの軽油を購入する事業者には、軽油引取税を含んだ全体価格
に消費税が課税される。この方法で軽油引取税にかかる消費税が非課税となるには、供給元である元売また
は特約業者と委託販売方式という契約を締結することが必要となる。なお、2010 年 4 月以降、新法律によっ
て暫定税率の施行方法が変更されたが、ガソリンとともに第 5 節に別記する。
図 8 軽油引取税の納税
第 5 節 ガソリン・軽油の暫定税率
第 1 項 暫定税率の停止内容
2010 年 4 月より新たな法律(ガソリンは所得税法等の一部を改正する法律、軽油は地方税等の一部を
改正する法律)により、暫定税率の部分をトリガー条件により課したり、課さなかったりと柔軟に対応することに
なった。
なお、本トリガー制度は、東日本大震災の発生を受けて、2011 年 4 月、政府によって凍結が決定された。
制度が発動されれば少なくとも約 4,500 億円の税収減になるといわれており、制度を凍結して震災復興の財
源確保を優先したもので、凍結期間については、「東日本大震災の復旧及び復興の状況等を勘案し別に法
律で定める日までの間」とされており、明確にはされていない。
66
表 3 ガソリン税と軽油引取税の内訳
根拠法
ガソリン
軽油
所得税法等の一部を改正する法
地方税法等の一部を改正する法律
律
(2010 年 4 月 1 日施行)
(2010 年 4 月 1 日施行)
本則税率
28.7 円/リットル
15 円/リットル
暫定税率
25.1 円/リットル
17.1 円/リットル
53.8 円/リットル
32.1 円/リットル
(停止部分)
合計
第 2 項 トリガー条件
以下が条件となるが、ガソリン税は国税であるため財務大臣、軽油引取税は地方税であるため総務大臣が
それぞれ告示することになっている。また、注意すべきは、軽油もガソリン価格の値動きが条件となっていることであ
る。
総務省が翌月月初に発表する主要都市における自動車ガソリン価格の平均値が 3 か月連続して 160
円/リットルを超える場合、告示の翌月に暫定税率(ガソリン・軽油とも)が停止する。
130 円/リットルを 3 か月連続して下回ると告示の翌月に暫定税率(ガソリン・軽油とも)が復活する。
67
第 3 項 暫定税率の発動・解除のイメージ
(例)4~6 月のガソリン価格が上記トリガー条件となった場合
トリガー条件発動時・解除時のガソリンの小売価格のイメージ
※7. 軽油も上記と同じイメージであるが、軽油暫定税率の発動・解除の告示は総務大臣が行う。
68
第 6 節 その他の石油製品
第 1 項 石油ガス
石油ガスは、原油の精製工程において、最も軽い気体として回収され、LPG(液化石油ガス)として利用さ
れる。LPG はプロパンガスまたはブタンガスとして広く普及し、家庭用燃料やタクシーの燃料としても利用される。
LPG には 1 キログラムあたり 17.5 円(1 キロリットルあたり 9,800 円)の石油ガス税が課税される。
第 2 項 A 重油
A 重油は、重油の中でも軽油に近い性状で、硫黄分の低い LSA(Low Sulfur A = 硫黄分 0.1%以下)
と、 硫黄分の高い HSA (High Sulfur A = 硫黄分 0.1%超(※8))の 2 種類に大別される。その多く
は農耕機や漁業用の中小型船舶の燃料として使用されるほか、工場やビル、ビニールハウスのボイラー・暖房な
どにも使用される。
また、軽油と性状が似ているため、識別剤「クマリン」が添加される。
※8. HSA で一般に流通しているものは硫黄分 1.0%以下である。
第 3 項 C 重油
C 重油は、船舶などの大型のディーゼルエンジン用、火力発電や大型タービン船のボイラー用、または製鋼所
の加熱炉用の燃料などに使用される重油で、硫黄分の低い LSC(Low Sulfur =硫黄分 0.5%以下)と
硫黄分の高い HSC(High Sulfur =硫黄分 0.5%超)の 2 種類に大別される。
かつては、火力発電用の需要などで石油製品の中でも圧倒的に大きな需要量を誇ったが、電力会社の原子
力シフトと火力発電での天然ガス利用の促進などで脱石油が進み、近年、需要は減退傾向にあった。しかし、
2011 年 3 月に発生した東日本大震災以降、C 重油の需要が高まっており、需要の減退傾向には歯止めがか
かっている。
第 4 項 ジェット燃料油
ジェットエンジンを搭載した航空機用の燃料を、ジェット燃料油とよぶ。航空機の種別によって、灯油性状に近
い「民間機向け」、ガソリン性状に近い「軍用機向け」の二種類に大別される(※9)。なお国内線の航空機に
は航空機燃料税(1 キロリットル当たり 18,000 円(※10))が課税されているが、国際線向けは石油税を
含め非課税である。
※ 9 ジェット燃料油の需要の大半が灯油性状に近い「民間機向け」である。
10 2011 年 4 月 1 日、税率が 26,000 円から 18,000 円に引き下げられた。以降、2014 年度より
軽減措置が 3 年延長されている。
69
第 5 項 ナフサ
ナフサは、原油から得られる最も軽質の液体で、粗製ガソリンとよばれることもある。オクタン価を向上させるガ
ソリン基材の原料となるほか、その 98%以上は石油化学の原料となる。身近な生活の中にも、プラスチック製品、
化学繊維製品など、数多くのナフサ製品がある。
第 6 項 その他の石油製品
上記の他には、潤滑油、B 重油、ワックス、アスファルトなどがある。
潤滑油は自動車用の「モーターオイル」が一般的であるが、工業用を中心に種類・用途は 1 千種以上にも及
ぶ。
B 重油はかつて、船舶のディーゼルエンジン用などに使用されていたが、用途の変化により A 重油と C 重油に
需要が移ったため、ほとんど生産されなくなっている。
ワックスは蝋(ロウ)分のことで、石油系はパラフィンワックスと総称される。アスファルトは道路の舗装用に使用
されるほか、接着・粘結・防水用にも供される。また、余剰となっているアスファルトの有効活用が石油業界にお
ける課題の一つとされており、製油所における自家発電用燃料としての利用も進んでいる。
第 7 節 石油製品市場
第 1 項 消費地精製主義
原油を運ぶタンカーと石油製品を運ぶタンカーのサイズを比べると、原油タンカーの方が 10 倍程度大きいため、
製品輸入を行った場合、原油生産地で製品化した場合と比較して、大消費地の近郊の製油所で生産される
製品の方がコスト面で勝っている。
アジアにおける石油製品の中継基地であり、また、中東と日本のちょうど中間点に位置するシンガポールでは、
中東から輸入する原油の運賃に対して、日本へ輸出する石油製品の運賃は 3~4 倍になる。
消費地精製には石油製品の品質、数量及び届け期日について、適切かつ迅速に対応できる利点がある。ま
た、国内の石油備蓄の 8 割近くは原油のため、緊急時に必要な石油製品を効率よく供給できるのも、消費地
精製の特長である。精製部門への進出意欲の高い中東産油国も、自国内への製油所建設は石油化学向け
など最小限とし、自国原油のアウトレットの確保の面より、消費地の製油所を買収するなど方針を転じている。
第 2 項 石油製品の OTC 市場
1.石油製品の輸入
石油製品の国際貿易量は、石油ナフサを利用した石油化学半製品またはナフサ自体の貿易量が多くを占
める。しかし、消費地精製に近いような形態の欧州のロッテルダム(オランダ)と近隣各国、シンガポールと東南
70
アジアという地域では、ガソリンなどの多種大量の製品貿易が行われている。
東アジアでも韓国の製油所は、中国市場と日本市場をターゲットとしており、日本に輸入される石油製品の
主要な供給国となっている。日本への製品輸入については、製品ごとに異なった関税が課税される。
また、石油製品の輸入については、アジアの輸入元と日本との環境規制の格差が障壁となっている。
日本においては、サルファーフリー化(ガソリン、軽油に含まれる硫黄分を 10ppm 以下までに低減)が高度
に進展している。その一方で、主要な石油製品の輸入相手国である韓国の環境規制は比較的進んでいるもの
の、その他の北東及び東南アジア諸国における環境規制は遅れている。
このような状況においては、日本の品質規格に対応させるため輸入相手国の脱硫設備の増強が必要となり、
短期的には海外市場との価格裁定が働きにくいことに繋がっている。
2.シンガポール OTC 市場
エネルギー産業は価格リスクの管理の必要性から、先物・先渡取引、スワップやオプションなどの金融商品を
利用しており、OTC 市場では、石油生産者、精製会社、販売会社、需要家等の持つ様々なニーズに対応す
るリスク管理商品が多数存在している。取引所外の取引である OTC 取引は、取引条件が標準化されておらず、
先物取引と比べてより長期の 5 年、10 年といった取引ができるなど、取引の柔軟性やカスタマイズできる点で先
物取引とは補完関係にあり、取引が活発に行われる理由となっている。
石油製品の OTC 取引の受渡しの中心地は欧州ではロッテルダムで、アジアではシンガポールとなっており、主
に石油生産者、石油精製会社、電力会社、金融機関、トレーダーがブローカーを介して参加している。
シンガポールでの総取引量のうち 70~80%がスワップ取引で、その大部分が原油ではなく石油製品のスワッ
プ取引であるといわれている。ほとんどの製品スワップは 2~6 週間先の取引で、価格はプラッツが発表する FOB
シンガポール渡しの高値と安値の平均値(MOPS : Mean of Platts Singapore)が用いられる。また、
MOPS はスワップ取引だけでなく、石油製品の現物取引でも指標として利用されている。他の指標も存在してい
るが取引指標としての利用は限定的である。
3.JOX(J-Oil Exchange Pte Ltd)
JOX は 2001 年 6 月に日本の石油元売会社、総合商社等の当業者、外資系金融機関など 16 社が共
同出資でシンガポールに設立したインターネット上の OTC 市場である。取引できるのは会員のみである。取引手
法は、自動マッチング方式(売り手と買い手の間で価格や数量などの条件が一致した場合に、自動的に取引
が成立する)である。
JOX での取引には、石油製品を中心にエネルギー価格調査会社である RIM 社が配信する取引月の月中
平均価格と固定価格を交換するスワップ(RIM SWAP)、東日本、中京、阪神、及び西日本におけるバージ
及びラック渡しをベースとする先渡取引(JOF:Japan Oil Forwards)がある。
4.国内スポット市場
国内スポット市場とは、元売や商社が自社の需給を調整するために取引する市場を指す。スポット価格は、
東京商品取引所の先物価格や石油情報ベンダーの発表する価格などを指標として値決めされている。但し、
東京商品取引所の先物価格及び石油情報ベンダーの発表する価格ともに石油製品価格の指標の一つとなっ
ているものの、前者が取引所取引であるのに対し、後者は OTC 取引の聞き取り調査が主体となるため、価格の
71
透明性の観点から取引所の先物価格を主体とした指標価格の形成が望まれる。
一方、仕切価格とは、元売から系列特約店への卸価格を指している。仕切価格には、東京商品取引所の
先物価格(TOCOM リンク)や RIM が発表する価格(RIM リンク)などを指標とした値決めの他、原油の輸
入価格にスライドさせる方法(JCC リンク)や販売地域ごとの小売状況を考慮した市況連動型や、原油調達
コストに変動幅を月単位で反映させるコスト連動型などがある。
図 9 国内精製における石油製品の卸売コスト水準(採算)の算出(ガソリン税、軽油引取税を含まな
い。)
5.JOE(JAPAN OTC EXCHANGE)
JOE は、先物市場創設の前提となる OTC 市場の活性化、OTC 市場との連携による産業インフラとしての先
物市場の存在意義の向上、日本商品清算機構(JCCH)への OTC クリアリングへの橋渡し等を目的として、
2013 年 11 月 29 日、東京商品取引所と GINGA ENERGY JAPAN 株式会社が共同で設立した OTC
市場運営会社である。
取引は、電子取引スクリーンにおいて予め登録した取引者間で行われ、自動マッチング方式(売り手と買い
手の間で価格や数量などの条件が一致した場合に、自動的に取引が成立する)を採用している。
JOE の取引には RIM 社が配信する取引月の月中平均価格と固定価格を交換するスワップ( RIM
SWAP)、東京商品取引所の石油市場における各限月の月中平均と固定価格を交換する(TOCOM
SWAP)及び日本向けの LNG をベースとする先渡取引(LNG Non-deliverable Forward)がある。
第 3 項 国内石油製品の先物市場
石油は基幹エネルギーであるとともに輸入依存度が高いことから安定的に供給する必要性が高く、石油産業
は政府により長年規制を受けてきた。しかし 1996 年には特定石油製品輸入暫定措置法(特石法)が廃止
されるなど規制緩和が進み、輸入から販売に至るまで市場原理に基づく自由競争が加速した。このような環境
変化に伴い、石油産業にとっては、透明性のある価格形成の仕組みや価格変動のリスクヘッジの場の創設が重
要となった。
そのような時代背景の中、東京商品取引所では、1999 年 7 月にガソリンと灯油が、2003 年 9 月に軽油
(一旦取引休止、2010 年 5 月より取引再開)が上場され、石油製品の代表である白油三品全てが上場さ
れ、2001 年 9 月上場の原油と合わせ日本で初となる石油先物市場が創設された。相場上昇局面にあったこ
とも手伝い、これらの石油先物市場は、開設当初から取引が活発化した。特に製品市場では、形成される価
格の透明性と信頼性が高く、価格変動のリスクヘッジの場として活用される機会が増え、新たな仕入チャネルとし
て、流通業者が積極的に受渡しを行うことで価格指標として定着し、2007 年以降は、複数の大手元売会社
が、取引参加者として参加することとなった。その結果、東京商品取引所の価格が元売会社の仕切価格として
72
採用されるようになり、価格指標として広く業界で受け入れられるようになった。
また、東京商品取引所では、2011 年 1 月に解散した中部大阪商品取引所(旧中部商品取引所)が
2000 年 1 月に上場した中京地区受渡しのガソリン、灯油市場を引き継ぎ、2010 年 10 月から中京石油市
場として取引を開始した。その結果、東京商品取引所石油市場は、現物調達、精製、販売、在庫といった各
プロセスにおけるヘッジとして利用されている他、クラック・スプレッドや灯油のインターマンスなど、裁定取引やスペ
キュレーションといったペーパー取引も行われている。また、2014 年 10 月の原油相場の急落以降、元売会社
は原油や石油製品の在庫評価に係る価格変動に関するリスクに対応するため、先物市場の活用によるリスクヘ
ッジを行う傾向が強まっている。
73
第 5 章 石油産業
第 1 節 日本の石油産業
第 1 項 石油産業の歴史
1.規制の歴史
これまで日本では、基幹エネルギーである石油について、輸入依存度の高い戦略的政治商品と位置付けら
れており、石油を低廉かつ安定的に供給することがエネルギー政策の中心的課題だった。このため、国内市場の
一定割合を国の影響下に置くことが必要であるとの認識から、1962 年 7 月、石油業法が施行された。これによ
り日本の石油産業は、原油の輸入から石油製品の生産・販売まで、多岐にわたる規制を受けた。
さらに、1973 年の第一次石油危機を契機に、国際的な不測の事態に備えた緊急時対策として、石油需
給適正化法と国民生活安定緊急措置法(石油緊急二法)が施行された。この時、民生安定のため灯油を
安くし、一方でガソリンを高くする標準価格が設定され、この影響は、その後、長期にわたって続いた。
その後、1976 年に一定量の石油の備蓄を義務づける石油備蓄法、翌 1977 年に SS の設置を制限する
揮発油販売業法(揮販法)、1986 年には 10 年間の時限立法として特定石油製品輸入暫定措置法
(特石法)が相次いで施行された。
特石法は、特定石油製品(ガソリン・灯油・軽油)の輸入を旧通商産業大臣に登録することで自由化した
ものだったが、輸入業者は生産と輸入による需給調整機能、需要に適合した品質調整機能、備蓄機能を有
する者に限定されていたため、ハードルは高く、新規参入はなかった。
2.規制緩和
1986 年に原油価格が 1 バレルあたり 10 ドルを下回ったことを契機に、石油もコモディティ化(商品化)した
との認識が広がった。1987 年には規制緩和のアクションプログラムが策定され、緊急時以外は原則自由化とす
る施策にそって、ガソリンの生産指導及び SS の転廃籍ルールなどの規制が段階的に廃止された。
1996 年 3 月末には特石法が廃止され、石油製品の輸入が自由化された。また、揮販法は揮発油等の品
質の確保等に関する法律(品確法)に改正された。さらに、2001 年 12 月、石油業法が全面廃止され、
2002 年 1 月に石油の備蓄の確保等に関する法律(新備蓄法)が施行された。新備蓄法は「市場原理に
基づく自由競争」と「平時自由・緊急時規制」を根幹としたもので、石油精製業の需給調整の取り止め、新規
参入に対しては許可制から届出制への移行など規制緩和が行われた。石油は国の「戦略物資」という性格から、
「市況商品」という性格に変質しつつ今日を迎えている。
3.備蓄
わが国の石油備蓄制度は国が保有する国家備蓄(※1)と石油精製業者などによる民間備蓄とで構成さ
れている。その備蓄量は 2015 年 3 月末現在、国家備蓄で 117 日分(IEA 基準 98 日分)、民間備蓄で
80 日分(IEA 基準 70 日分)の合計 199 日分(IEA 基準 169 日分)である。
国家備蓄は、国家石油備蓄基地や民間のタンクを借り上げて保有しており、その 99%が原油である。
74
一方、民間備蓄(※2)は、製油所、基地、油槽所において、原油が 50%、石油製品が 50%の割合で
備蓄されている。また、LPG の備蓄は石油ガス輸入業者に対して年間輸入量の 50 日分の義務を課している。
LPG 国家備蓄は 150 万トンを目標にしている。
民間備蓄の水準については国家備蓄の補完的な役割として、緊急時においては国家備蓄の放出に必要な
タイムラグ(最長 2 週間程度)を考慮し、民間操業在庫 45 日に 2 週間程度以上を加え、現在は 70 日
(石油ガス関連は 50 日)に設定されている。また、国家備蓄は IEA 方式(※3)で 90 日+α(αは IEA
による緊急時初期対応用に 10 日程度)が必要とされており、引き続き現状水準の維持が必要とされている。
なお、2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災の発生後、経済産業省は石油供給量を確保するため
に民間備蓄義務日数の段階的な引き下げ措置を実施したが(3 月 14 日:70 日→67 日、3 月 21 日:
67 日→45 日(5 月 20 日まで実施))、その後国際エネルギー機関(IEA)による石油供給安定化のた
めの戦略備蓄放出の決定を受け、6 月 27 日から 1 ヶ月間、再び民間備蓄基準を 70 日から 67 日に引き下
げることとなった。
※1. 2004 年 1 月から独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構が国から委託を受け管理運営
を行っている。これ以前は、石油公団が国家備蓄石油の保有・管理を行っていた。
※2. 総合資源エネルギー調査会石油分科会石油部会石油備蓄専門小委員会が 2005 年 3 月に開か
れ、原油価格高騰、中東情勢の不安定化、そして、中国、インドなどの経済成長に伴う石油需要の増加に
よる需給の不安定化など石油を取巻く情勢の変化に対応すべく、備蓄制度の見直しが行われた。 そこでは、
今後の備蓄政策が現状の水準を下回らないことを前提とした、民間負担の段階的な軽減、石油製品の備
蓄、石油備蓄の有効活用方法、アジア域内での国際協調などが検討された。
※3 石油備蓄法と IEA 方式では、備蓄量の計算方法が異なっており、IEA 方式では在庫量からデッドスト
ック分を一律控除(在庫量に 0.9 をかける)ため、備蓄法方式よりも備蓄量が小さくなる。また、備蓄法方
式では内需量ベースの備蓄日数であるのに対し、IEA 方式では純輸入量ベースとなっているほか、対象油
種が異なるといった違いがある。
75
図 1 わが国の石油備蓄基地の分布と備蓄量(2014 年3月末現在)
国家備蓄:
石油備蓄
合計:193日分
4,911kl (原油)
130万kl (製品)
国家備蓄基地:
(110日分)
計 3,429万kl
民間借上タンク: 計 1,482万kl
民間備蓄: 3,610万kl (製品換算) (83日分)
沖縄石油基地(OCC)
269万kl
沖縄ターミナル(OTC)
102万kl
北海道共備
306万kl
苫小牧東部
543万kl
秋田
373万kl
むつ小川原
496万kl
新潟共備
94万kl
久慈
167万kl
昭和シェル・新潟東港
29万kl
三菱商事小名浜石油
26万kl
鹿島石油・鹿島
99万kl
福井
285万kl
西部石油・山口
145万kl
富士石油・袖ヶ浦
47万kl
出光興産・千葉
29万kl
白島
473万kl
JX・知多
31万kl
上五島
353万kl
串木野
168万kl
JX・喜入
225万kl
JX・大崎
34万kl
菊間
133万kl
志布志
438万kl
出光興産・愛知
44万kl
(出所)資源エネルギー庁
※ 上記地図は、国家備蓄原油の蔵置場所について
記載したものである。
4.自主開発原油
原油やガスがどこにあるかを探し当て掘り出すことを上流開発といい、日本では、国際石油開発と帝国石
油との合併会社である国際石油開発帝石株式会社や石油資源開発などが知られている。国際石油開発
はかつてインドネシア石油という名前であったことに示されるとおり、インドネシアをはじめとしカスピ海などにも権
益を持っている。一方、石油資源開発は国内の石油・ガス開発が中心である。そのほか、石油元売や商社
も上流権益を持っているが本業が精製であり、全体の売上に占める割合は小さい。また、商社も上流投資
を行っている。
日本の企業が世界各地で権益を獲得し、開発した原油を「自主開発原油」と呼んでいる。発見した油田
を商業生産にまで持っていくためにはリスクが大きく、試掘しても商業生産できる油田の割合は探鉱技術が
進んだ現在でも「100 に 2 つ」といわれている。このため民間企業が単独で行うにはリスクが大きいことから政
府が資金面で補助している。日本は上流開発では他の先進国に比べ国際的な企業が少なく出遅れている
といわれている。これはそもそも日本の周りに石油が産出されず技術と情報の蓄積がなかったためとの見方も
ある。近年、輸入原油の中で自主開発原油が占める割合は 15%程度にまで達していたが、自主開発油
田の約 3 分の 1 に相当する 30 万バレル/日弱の生産量を誇っていたアラビア石油のカフジ原油が 2000 年
76
2 月にサウジアラビアとの採掘権の契約を打ち切られたため、わが国の原油の自主開発は深刻な打撃を被っ
た。しかし、現在は自主開発原油の割合は 16~18%程度に回復している。
日本の上流開発を促進する組織としてかつて石油公団があった。公団は、巨額の税金を投入したにもか
かわらず、累積損失を抱え、十分な成果をあげることができなかった。国民的な議論の末、2004 年 2 月 29
日、石油公団と金属鉱業事業団の機能を統合し、独立行政法人・石油天然ガス・金属鉱物資源機構
(JOGMEC)が誕生した。
JOGMEC 発足以前、日本の企業が海外の上流権益を獲得する際、必要な資金の 7 割を限度として石
油公団を通じて政府が提供していた。しかし、自主開発原油の割合は高まらなかったため体制を見直し、
JOGMEC を発足させ、政府による資金提供に歯止めをかけた。JOGMEC は、石油公団と違い融資は行わ
ず、プロジェクト会社への出資は 5 割までに低下させる一方で、国の委託を受けて国家備蓄の管理運営など
を行っている。政府による資金提供の上限を厳しくすることによって、税金の無駄使いを改善しようという意図
であった。しかし、世界的に原油価格が高騰し、中国などが上流権益の獲得に奔走しエネルギー供給源を
巡る競争が激化していた中、石油公団を廃止した選択が正しかったかどうかの議論がある。日本政府は
2006 年 5 月「新・国家エネルギー戦略」を打ち出し、2030 年までに自主開発原油の割合を 40%に増や
す目標を立てた。これにより、JOGMEC によるリスクマネーの供給上限を 2007 年 4 月に従来の 50%から
75%に拡大し、上流開発予算を強化している。
5.原油輸入
日本は原油のほぼ全量を輸入しており、2014 年度の輸入相手国実績では、サウジアラビア、アラブ首長
国連邦、カタール、ロシア、クウェートの順で、82.8%を中東地域に依存している。輸入形態は、産油国との
直接契約(DD)によるものが全体の 3 分の 2 を占めており、契約方法は全体の 80%は長期契約による
もので、残る 20%がスポット契約と見られる。また、その長期契約は 1 年程度で、かつ油種と数量が明示さ
れているものが多くなっている。
6.消費地精製主義と製品輸入政策
戦後の日本の石油政策は、原油を輸入して国内で精製し、石油製品を供給するという消費地精製主義
を基本としている。
消費地精製主義を採用した理由としては、①製品よりも原油の方が手当しやすく、国内で精製した方が
安定供給に役立つ、②原油の方が石油製品より安く、海外へ支払う外貨が少なくてすむ、③日本の需要
構造に合わせた生産ができ、需給の過不足が少なくてすむ、④原油タンカーの方が製品のタンカーより大型
で輸送コストが安い、⑤工場建設による経済効果が期待され、国内産業の振興に役立つ、⑥雇用の増加
に寄与する、などがある。
日本は消費地精製主義を採用していたが、石油製品の輸入を禁止していたわけではない。石油業法の
施行後も電力、石油化学、農林水産業などの大口需要家の要請に基づき、重油、ナフサ、LPG などの輸
入枠は徐々に拡大していった。また、1986 年の特石法の施行により、一定の条件下で、ガソリン、灯油及
び軽油の三品の輸入が解禁された。その後、1996 年に特石法が廃止され、以降、全農、総合商社及び
独立系の石油事業者などが韓国やシンガポールなどから三品の輸入を活発に行うようになった。
77
7.サルファーフリー
サルファーフリーとは、ガソリン、軽油に含まれる硫黄分を、10ppm 以下まで低減することをいう。ガソリン、
軽油をサルファーフリーにすることで、自動車排ガスのクリーン化や燃費の向上が可能となり、CO2 排出量を
削減することができる。日本では、環境対策として、軽油は 2007 年から、ガソリンは 2008 年から硫黄分
10ppm 以下の規制が実施されているが、すでに 2005 年 1 月よりサルファーフリーガソリン、サルファーフリー
軽油の供給が開始されている。
8.石油諸税
原油、石油製品に対して様々な税金が課せられており、これらを石油諸税と称することがある。石油諸税
について、課税される段階で整理をすると、輸入段階、製品製造・流通段階、そして最終消費段階の三つ
に大別できる。まず、輸入段階では、わが国に輸入される原油、石油製品に対して関税及び石油石炭税
(2,540 円/kℓ、2016 年 3 月末まで)(※14)が課税される。
次いで、製品製造・流通段階において LPG には石油ガス税(9,800 円/kℓ)、ガソリンには、ガソリン
税 (揮発 油税 と地 方揮発 油税 を併せ た国税 の総称 ( 53,800 円/kℓ) 、軽 油は軽油引 取税
(32,100 円/kℓ)、ジェット燃料油(国内線のみ)には航空機燃料税(18,000 円/kℓ)が課税さ
れる。さらに、最終消費段階において、軽油引取税と航空機燃料税を除く石油製品については販売価格に
対して消費税が課せられる。ナフサ、灯油、重油、その他石油製品については製造・流通段階においては課
税されていない(※15)。2015 年度予算において、軽油引取税を含めた石油諸税の税収見込額は約
4.4 兆円であり、このうち、地方税である軽油引取税を除いた約 3.5 兆円が国税収入に占める割合は
5.9%となっている。
※14.2010 年 12 月、政府税制調査会は「平成 23 年度税制改正大綱」を取りまとめ、地球温暖化対
策に関する税(温暖化対策税)の導入を決定したが、ねじれ国会や東日本大震災等の影響により国会
審議での成案に至らず、11 年 12 月の「平成 24 年度税制改正大綱」において改めて導入が示され、これ
を含む「租税特別措置法等の一部を改正する法律案」が国会に提出され、2010 年 3 月 30 日に成立し、
温暖化対策税については 2010 年 10 月 1 日より施行されることとなった。具体的には、石油石炭税に「地
球温暖化対策のための課税の特例」を設け、CO2 排出量に応じた税率を上乗せするもので、石油・石油
製品に対する課税は 2,040 円/kℓ から段階的に引き上げられ、2016 年 4 月に 2,800 円/kℓ となった。
※15. 石油石炭税について、「平成 26 年度税制改正大綱」において、輸入・国産農林漁業用 A 重油の
免税還付措置は 3 年間延長されており、また、石化用ナフサ、鉄鋼用コークス、国産石油アスファルトに係る
免税還付措置は当分の間延長されている。
78
図 2 石油の多重・多段階課税とその税収(2016 年度予算)
第 2 節 石油製品製造・一次卸業
第 1 項 業態別のプレーヤー
1.一次卸としての元売
国内の石油産業において、原油輸入から精製、物流、製品販売のあらゆる場面で、大きな影響力を持
っているのは元売である。1949 年に石油配給公団が解散した後、①輸入基地を運営し、配給能力を持つ
者、②国産原油の精製・販売を業務とする者が「元売業者」として登録され、現在に至っている。
2.総合商社
元売の他に、日本市場で大きな影響力を持っているのが大手総合商社である。大手総合商社は原油の
買い付けや原油の開発を行うとともに、石油製品の輸入を手がけ、自身または子会社の大手特約店を持ち、
石油製品の販売でも大きなシェアを握っている。このように、総合商社は資本関係などを通じて、元売に対し
ても大きな影響力を持っている。
そのほか、伊藤忠エネクスや、三菱商事エネルギー、丸紅エネルギーなど大手総合商社の子会社・出資
会社も、大手元売の系列特約店として最大手の一角を占める。
79
3.石油製品販売業
(1)特約店
特定の元売と契約して、元売のブランドの石油製品を仕入れて販売する販売業者を特約店とよぶ。特約
店は元売の子会社である場合や、複数の元売の特約店になっている場合もある。特に、多数の SS や副特
約店・販売店を傘下に持つ大手特約店をスーパーディーラー、広域ディーラーとよんでいる。また元売からの
製品供給段階の位置付けを表し、特約店を「2 者」、副特約店を「3 者」とよぶこともある。
事業規模はまちまちで、中小零細規模が多くを占めるが、数百カ所の SS を傘下に持ち、年商も数千億
円と下位元売を凌ぐような大手特約店もある。
(2)SS(サービス・ステーション)
2015 年度末時点において、SS は全国に 32,333 カ所あり、主に自動車用や家庭用にガソリン、軽油、
灯油の燃料用の石油製品を販売するほか、オイル・タイヤ交換や点検整備、洗車などを商品化している。こ
のように、SS は生活に密着した小売業者のため、山間部や離島部を含めた全国各地に所在している立地
特性がある。「給油所」と呼ばれることもあるが、こちらは消防法で規定する「給油取扱所」の略称である。
SS には燃料販売だけでないクルマの「サービス・ステーション」という意味がある。SS の所有形態は、元売の
所有である「社有」比率は 25%前後で、75%前後は元売から資本的に独立する特約店が所有する「特
有」といわれる。欧米ではメジャーの所有が大半であり、こうした「特有」比率の高さは、国内 SS 業の最大の
特徴といえる。
SS 業は比較的、新しい産業であり、元売および全国各地の特約店の勧誘により、高度成長期・モータリ
ゼーションの時代には、SS 候補地の地主など資産家が SS 業を創業した。この時代は、元売による石油製
品の供給証明が必要な時代であったため、元売系列に属した SS 業の進出だったといえる。本格的な異業
種の進出が始まったのは、特石法の廃止後で、1997 年 6 月のダイエー・松本店への SS 併設が第 1 号と
され、元売以外の自社マーク(プライベート・ブランド)による SS が登場した。欧米では、こうした大手流通
小売業の大型店舗(ハイパーマート)の SS 併設が盛んで、この 1 号店によって、「SS のハイパー支配」の
脅威が台頭したが、①SS 業の収益率が極めて悪いこと、②欧米と比較して土地コストが割高なこと、③ガソ
リン価格に占める税金分が大きく、既存店と比較して大幅な割安感が出にくいことなどによる国内 SS 業の特
殊事情がブレーキとして機能している可能性がある。バブル崩壊後にあっては大手流通業自身の収益性悪
化も影響したようで、現在も欧米のような大きな販売シェアを確保するまでには至っていない。
最も遅れて 1997 年に日本の小売市場に参入したスーパーメジャーである BP(ブリティッシュ・ペトロリアム)
も、地域の大型ショッピングセンターと提携して店舗網を拡大したが、不採算を理由に 2002 年 3 月に撤退
している。
①プライベート・ブランド SS
元売系列に属さず、元売のマークを掲げない SS を総称して PB(プライベート・ブランド)SS という。
PB には 2 系統あり、一つは全国的に認知度が高い大手の商社系や全農系に属するもので、全農系の
「JA-SS」、伊藤忠エネクスの「カーエネクス」、三菱商事石油の「MC」、丸紅エネルギーの「NAVI」、など
がある。最大の JA 系は、全国で約 2,300 カ所あり、下位元売の系列数を凌駕する。
もう一つは事業者がオリジナルの単独マークを掲げる文字通りの PB で、最近では、元売や特約店との取
80
引契約から離れて、PB 化する SS も増えている。この種の PB は、全国に 1,000 カ所以上あると推定さ
れるが、石油製品の仕入れに関しては、商社など特定の卸事業者から業転価格などを指標として、元
売系列取引に近い条件で行っており、割安な品をその都度、異なる供給ソースから仕入れるスポット買
いの形態はほとんどない。
②セルフ SS
1998 年 4 月に消防法の一部改正によって、国内でも顧客自身がクルマに給油するセルフ給油が解禁
された。当初は、顧客の反応などを検証する実験店的な位置付けだったが、SS のコスト競争力が競われ
る時代を迎え、全元売が積極的にセルフ化を進める時代を迎えている。
セルフ化には消火設備や監視装置などが必要で、2,000 万円前後の初期投資が必要とされているが、
セルフ店は価格の割安さや、対面販売を回避したい顧客ニーズに対応することで、ユーザーの支持を得て
いるようである。
元売はセルフと車両の点検・整備を組み合わせた SS 業態店化を進めており、不採算になって特約店な
どから返上された「社有」の賃貸 SS の再生セルフ化と併せて、店舗戦略の中心にセルフを据え、直営子
会社などへの運営シフトを進めている。その結果、元売の所有する「社有」SS のセルフ比率が高くなってい
る。
セルフ SS 数は、首都圏などの大消費地で大幅に増加しており、2014 年度末には 9,728 カ所、全 SS
に占める割合(30.1%)も増加した。セルフ SS は、新たな SS のスタイルとして定着しつつあるといえよ
う。
81
図 3 給油所およびセルフ給油所の推移
70,000
16,000
給油所数
セルフSS
給油所数
55,153
53,70452,592
51,294
12,000
50,067
48,67247,584
50,000
45,792
44,057
9,530 9,728 10,000
42,090
9,275
40,357
8,862
38,777
37,743
40,000
7,774
8,596
32,333 8,000
7,023
36,349
8,296 8,449
34,706
30,000
6,162
33,510
6,000
4,956
セルフSS数
14,000
60,000
4,104
20,000
3,423
4,000
2,523
10,000
2,000
1,353
191
422
0
0
1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015
出所:経済産業省、石油情報センター
第 3 節 世界の石油産業
第 1 項 石油産業の発展と歴史
1.米国
米国の J.D.ロックフェラーが 1870 年に設立したオハイオ・スタンダード石油は、製油所の買収を積極的に
行い、米国内の 90%を支配するようになった。その後、1882 年にスタンダード・オイル・トラストとして再編成
され 32 の石油会社を支配したが、同社の独占に対する米国世論の高まりで、1890 年にシャーマン反トラ
スト法ができ、同社は 20 の会社に分散させられた。しかし、その後も持株会社ニュージャージー・スタンダード
を中心に 1911 年の解散命令が出るまで支配の実態は変わらず続いた。
解散の結果、スタンダードを冠する会社として、ニュージャージー(後のエクソン)、ニューヨーク(後のモー
ビル)、カリフォルニア(後のソーカル=シェブロン)、インディアナ(後のアモコ)、オハイオ(後のソハイオ)、
コンチネンタル(後のコノコ)、マラソン、アトランティック(後のアーコ)などが誕生し、そのほとんどは単独でも
巨大な企業として残った。
この頃、電力会社の設立や自動車産業の興隆により、欧米でエネルギー需要が急増し、米国内ではテ
キサス州で大油田が次々と発見されたこともあり、企業間の競争が激化した。スタンダード系各社に対する
82
対抗馬も生まれ、代表的な会社としてテキサス(後のテキサコ)とメロン財閥が設立したガルフを挙げること
が出来る。
2.欧州
ダイナマイトを発明したノーベルの 2 人の兄がロシア・カスピ海のバクーに設立した油田から精製に至る一環
会社と、米国のスタンダード社との、欧州市場での激突が欧州石油産業における歴史の始まりである。
1855 年フランスの大富豪ロスチャイルドは、カスピ海周辺でノーベル系以外の石油会社が連合して敷設
した鉄道への資金を供出することで、石油事業に進出した。ロスチャイルドは販路を求めて英国のサミュエル
ソン商会にスエズ以東での独占販売権を 1891 年に与え、ロシア産原油とスタンダード社のシェア争いはアジ
ア市場にも飛び火した。
また、オランダのロイヤル・ダッチ社は、スマトラ産原油の輸出で急成長する一方、スタンダード社はアジア市
場でしのぎを削っていたロイヤル・ダッチ社とサミュエルソン商会を買収しようとするが、これに失敗した。このスタ
ンダード社の攻勢により両社は歩み寄り、1907 年には共同操業協定を結び、後のロイヤル・ダッチ・シェルグ
ループが誕生したとされている。
3.中東地域
現在の石油資源の宝庫である中東地域での石油探査は、ロイター通信の創業者であるドイツ人のロイタ
ーが行ったのが始まりとされている。ロイターによるペルシャでの石油探査は失敗するが、事業は英国政府に
引き継がれ、1908 年に油田が発見される。同年、英国政府資本を中心にアングロ・ペルシャ(後のアング
ロ・イラニアン、ブリティッシュ・ペトロリアム=BP)が設立された。
第一次大戦で敗れたオスマン・トルコの領土が欧州列強により分割統治され、中東地域は主に英国の管
理下に置かれた。英国による同地域の有力油田支配を恐れたスタンダード社や米国の要請で、米国資本
の石油会社は中東地域へ進出する手がかりを得た。
現在のイラン・イラク地域においてはアングロ・ペルシャが、また、サウジアラビア周辺においてはソーカルが設
立したカソック(後のアラムコ)などが利権を次々と取得することになる。
4.セブン・シスターズ(メジャーズ)
第一次大戦後、米国、ロシア、東南アジア、中東に続いて、中南米でも石油資源が次々と開発され、世
界的に原油の供給は過剰さを増していった。旧スタンダード系の有力会社とシェルなどの欧州系石油会社は、
1928 年レベルで販売シェアを固定化する包括的なカルテル協定を結んだ。
このカルテルによって、欧州系の「ロイヤル・ダッチ・シェル」、「ブリティッシュ・ペトロリアム」の 2 社、米国系の
「エクソン」、「モービル」、「ソーカル」、「テキサコ」、「ガルフ」の 5 社を中心とした石油会社各社は、欧米の列
強政府を後ろ盾にし、世界各地の石油資源を共同で支配し、世界中の販売網と石油事業の垂直的な統
合に成功した。
この 7 社の強力な石油支配を評して、石油資源確保に乗り遅れたイタリア・ENI 公団総裁が「セブン・シ
スターズ」と呼んだ。また、CFP(フランス石油=現トタール)を加えて「エイト・シスターズ」とよぶこともあった。
こうして世界の石油資源と価格決定の仕組みが構築され、1950 年代の黄金時代を迎え、1960 年代ま
で石油はセブン(エイト)・シスターズの個々の称号である「メジャー」の手に握られた。
83
5.戦略物資としての原油 ~ 米国原油が世界大戦の行方を左右
原油は、その開発を巡って世界経済及び情勢を左右する重要な武器となりうるものであり、中でも米国は
豊かな生産量を背景に重要な位置を占めた経緯があり、今日の石油産業のルーツにもなっている。
第一次世界大戦時には、「石油の一滴は血の一滴」(※6)に表されるように、原油は国家における重
要な資源として認識され始めた。このことが一層鮮明になったのが第二次世界大戦時であった。当時、連合
国軍への戦争継続用の石油の大半を中立国であった米国が供給していた。米国からの石油途絶は日本に
太平洋戦争開戦へと踏み切らせた要因の一つとされている。「石油の一滴は血の一滴」という言葉どおりに、
日本軍は開戦・短期決戦に踏み切り、石油を求めて南方へ侵略したといわれている。
※6. 当時の仏・クレマンソー首相が米国・ウイルソン大統領に宛てた書簡に記されている。
6.OPEC の誕生
(1)石油資源の国有化
1938 年、当時有力な産油国メキシコが、国内の石油産業を国有化してぺメックスを誕生させた。これが
産油国の資源国営化の最初とされている。その後、1948 年には、有力な産油国であるベネズエラは、同国
のメキシコ化(=国有化)を恐れた米国との間で、原油から得られる利益を折半する「利益折半方式」を
獲得した。
こうした実態が中東産油国の知るところとなり、1950 年のサウジアラビアを手始めに、中東の主要な産油
国も「利益折半方式」を獲得したが、イランでは、英国政府系のアングロ・イラニアンとの利益配分の交渉が
難航している間に政権交代があり、一気にアングロ・イラニアンの国内施設が接取され、国営イラン石油が誕
生した。
(2)世界最強のカルテル OPEC
1950 年代には中東地域を中心に油田開発が進み、原油生産量が倍増し、再び供給過剰による公示
価格の下落問題が発生した。産油国の意向を無視して、メジャーが数回にわたって公示価格を引き下げた
ことに産油国は猛反発し、その結果、サウジアラビアとベネズエラの動きに呼応し、イラン、イラク、クウェートを
加えた 5 カ国によって 1960 年に「OPEC」(Organization of Petroleum Exporting Countries: 石
油輸出国機構)が誕生した。このように、有力な産油国が協調してメジャーとの利益配分で、優位な地位
を維持する時代が到来することとなった。
OPEC にはその後、カタール、インドネシア、リビア、アラブ首長国連邦(UAE)、アルジェリア、ナイジェリア、
エクアドル、ガボンが加入した。1993 年にエクアドル(2007 年 11 月に再加盟)が、1995 年にガボンが
脱退、アンゴラが 2007 年に加盟、2009 年にインドネシアが脱退し、現在は 12 カ国で構成されており、事
務局はオーストリアのウィーンに置かれている。(2015 年 12 月に、インドネシアが再加盟する見通し)
(3)OPEC の盟主・サウジアラビア
原油資源に恵まれている OPEC の中において最も高い生産量を誇っているのがサウジアラビアである。石
油危機前後には、米ソと生産量世界一を競うようになっており、原油市場で価格が低迷した際に、自国の
84
生産量を調整するスイング・プロデューサー役を担うことになった。結果としてサウジアラビアは、1980 年に日
量 1,027 万バレルを誇っていた生産量が、1985 年にはその 3 分の 1 の日量 360 万バレルにまで低下し、
石油収入が激減した。石油価格低迷により中東産油国は財政赤字が続き、サウジアラビアは遂に方針の
転換を余儀なくされ、スイング・プロデューサーとしての役割をやめるとともに、実質的な値引き販売であるネッ
トバック方式での販売に踏み切った。ネットバック方式とはスポット製品価格に連動した価格設定方式であり、
原油の買い手(石油製品の売り手)にとっては精製マージンが保証され、原油価格が下降局面にある場
合や原油価格のボラティリティ(変動性)が高い場合に大きな利点となる。一方、原油の売り手側にとって
も期間契約による安定した供給先が確保できるという利点がある。同方式について、数値例を示したものが
次の表である。
表 1 ネットバック方式の数値例
A) スポット価
B) 得率
A×B
($/bbl)
(Vol.%)
($/bbl)
a) プレミアムガソリン
45
15.5
6.9
b) レギュラーガソリン
40
5.6
2.2
c) ナフサ
30
7.0
2.1
d) 軽油
40
33.0
13.2
e) 重油
20
33.4
6.7
f) 小計 [a+b+c+d+e]
31.1
g) 精製コスト
1.0
h) 輸送コスト
1.0
ネットバック価格 [f-(g+
29.1
h)]
出所:昭和 61 年 年次世界経済報告(旧経済企画庁)
※得率、コストは年次世界経済報告から引用した。石油製品のスポット価格に得率をかけたものを足し、精製
コスト、輸送コストを引いたものがネットバック価格である。
サウジアラビアは同方式によりメキシコ、アラスカ原油に奪われた欧米市場でのシェア奪回に乗り出した。買
い手側の利点を享受した精製事業者はサウジアラビア産原油へのシフトを加速させ、サウジアラビアのシェア
は急回復した。この方式は OPEC 加盟国全体へ波及し、OPEC の原油供給量が増大する結果を招き、原
油価格は 1986 年 7 月から 9 月にかけて 1 バレル当たり 10 ドルを下回るという状況に直面した(逆オイ
ルショック)。
7.三つ巴から旧ソ連の独走へ
かつては、米国と旧ソ連、そしてサウジアラビアが生産量世界一を競っていた。市場原理によって不採算油
85
田が閉鎖された米国と、OPEC 内で需給調整役(スイング・プロデューサー)となって生産を抑制したサウジ
アラビアを尻目に、旧ソ連は東ヨーロッパなどへの支援と計画経済による出荷体制を維持した。その結果、旧
ソ連は 1976 年以降、世界一の生産シェアを維持してきた。
しかし、旧ソ連は米国よりも 20 年以上も遅れているとされる技術で、油田自体の寿命を縮める短期的な
増産技術の水攻法を多用したことから、原油生産は急激に減速していった。その結果、1989 年の冷戦終
結前後から新規の油田開発に資金が回らなくなり、生産量は急減速し始め、1993 年には世界一の座をサ
ウジアラビアに譲ることになった。
第 2 項 今日の石油産業
1.スーパーメジャー
現在、原油資源の探査・採掘、販売には多額の資金が必要な時代を迎えている。また、燃料電池や環境
問題などで石油に加えて天然ガスが注目されており、1990 年代後半からメジャーはより大きな企業規模を求め
大合併時代を迎え、産油国は資源や新鉱区の再解放をめざす流れが起きている。
その結果、メジャーは「エクソンモービル」、「ロイヤル・ダッチ・シェル」、「BP」、「シェブロン」、「トタール」、「コノ
コ・フィリップス」の 6 つのスーパーメジャーに集約され、中央アジアなどの開発競争にしのぎを削っている。
2.OPEC 新時代
1997 年末から 1998 年初頭にかけて加盟国の協調減産がまとまらず原油価格は 1 バレル 10 ドルを下回
り OPEC 産油国は深刻な財政危機に陥った。状況打開のために OPEC はロシア、メキシコ、ノルウェー、オマーン
などの非 OPEC 産油国との協調に踏み切り、1998 年 3 月に大幅な実質減産に成功した。OPEC は減産に
よる原油価格適正化に成功したが、第二次石油危機からの教訓である石油離れと非 OPEC の新油田開発を
安易に招かないために OPEC の理想原油価格を 1 バレル 22~28 ドルのゾーンとする「プライスバンド」制を設け
た。この制度は 2000 年 3 月の OPEC 総会で導入され、原則バスケット価格が 20 営業日連続でこのレンジを
上回った場合、または 10 営業日連続でこのレンジを下回った場合、OPEC 加盟国はその生産枠の割合で、自
動的に日量 50 万バレルの増減産を行うこととされている。その後プライスバンド制度はイラク戦争後の原油価格
の高騰により 2005 年 1 月 30 日開催の第 134 回 OPEC 臨時総会で一時停止が決定され以降形骸化し
ているが、OPEC は極端な原油価格上昇による石油資源から他資源への需要シフトを招くことのないよう内部
的には目標価格帯を設定しているものと考えられている。国別生産枠は 2011 年 11 月まで設定されていたが
撤廃され、現在は加盟 12 ヵ国全体の日量生産目標レベルを設定している。
近年、OPEC は新たな課題との対峙を求められている。シェール革命による米国産シェールオイルの生産増加
に対抗し市場占有率を維持するために価格低下を容認、ロシアやブラジルなど OPEC 非加盟産油国における
原油価格下落に起因する財政悪化による増産傾向、イランと欧米 6 ヶ国の核協議合意によるイランへの経済
制裁解除に伴うイラン産原油の輸出拡大など、世界市場における価格低下圧力と供給過剰観測が顕著とな
ってきており、OPEC は対応を迫られている。また、2009 年以降世界経済を牽引してきた中国と新興諸国の経
済成長減速による原油需要の減退が見込まれ、産油国の増産傾向と需要減退という需給バランスの崩れから
潜在的な価格下落圧力が一定期間継続するものと見込まれている。
OPEC はこれまで加盟国の生産調整により原油相場を誘導、安定させてきたが近年の原油供給構造の変
86
化から影響力が減少し、様々な相手との競合する立場となっている。一方、こうした状況のなか、OPEC はロシ
アとの協調体制構築に向けて協議も進めている。ロシアは価格下落からの歳入不足を補うために増産が必要と
言われており、また、OPEC とロシアは中国などのアジア地域に対する供給では競合関係となっているが、世界生
産量の約 40%を占める OPEC と約 10%のロシアの減産協調が可能となれば強い価格調整力を持つ可能性
もある。
3.新たな産油国の台頭
第二次石油危機以降、原油の存在が確認されていても、それまでは採算的に合わないとされていた極地や深
海地域での探査・採掘が進んだ。北海油田やアラスカ油田が代表的で、これら非 OPEC 産油国の油田が商業
生産に入ると、OPEC のシェアは低下していった。
現在、地球上で最も有望視されているのはカスピ海周辺の中央アジアであるが、同地域では採掘活動のほ
か、積出港や輸送用の国際パイプラインの建設など、多額な投資が必要とされている。また、可採年数ベースで
世界第 4 位の原油埋蔵量を持つイラクについても、イラク戦争復興後の新たな油田開発に、世界の消費国や
スーパーメジャー各社が注目しているところである。
さらに、可採年数ベースで世界第 5 位のイランについては、2012 年から核開発問題で米国、EU 等による原油
輸入禁止の経済制裁がとられていたが、2014 年 7 月、欧米など 6 カ国との核開発協議が最終合意に達した
ことで経済制裁が解除されることとなり、原油生産再開・拡大のための動きが本格化。2016 年 4 月にその生産
能力は 2010 年の水準まで上昇し、一時的に制裁前までに回復。イランの生産再開・拡大のタイミングと原油
価格の上昇が相なり、イランにとっては居心地が良い状況であるため、OPEC 総会で定めた目安以上に生産量
を増やさないようにする「増産凍結」や「新しい生産枠の設定」への合意を拒んでおり、今後のイランの動向にも
注意が必要。
87
第 6 章 石油市場の取引戦略
第 1 節 リスク・ヘッジ
第 1 項 リスク・ヘッジとは
企業は事業活動を継続していく上で様々なリスクを抱えている。例えば、原材料の調達や製品売却の際の
価格変動リスク、資金調達・運用のリスクなど、企業活動の側面には多様なリスクが存在する。
リスク・ヘッジとは、このようなリスクを回避することである。例えば価格変動リスクについては、先物市場を利用
して将来の価格変動から生じる不確定要素を排除することが可能である。リスク・ヘッジ機能は、先物市場にお
ける最も重要な役割の一つである。
企業はリスク・ヘッジを行うことにより、将来の価格変動から生じるリスクを回避し、利益の確保を図ることがで
きる。また、受け入れたくないリスクを回避することにより本業に資源を集中させることもできる。
商品先物市場におけるヘッジ取引は主に、生産リスク(原材料の購入価格の変動リスク)や販売リスク
(製品の販売価格の変動リスク)を回避するために行われている。
第 2 項 買いヘッジと売りヘッジ
現物市場と先物市場の価格連動性を利用して、双方の市場で反対の取引を行うことにより、互いの利益と
損失を相殺するのがヘッジ取引である。つまり、現物取引で損失が発生する場合には、先物取引の利益でその
損失を相殺させるというポジションをつくる取引である。ただし、現物市場で利益が発生している場合、先物取引
の損失により利益が相殺されることも認識しておく必要がある。
基本的なヘッジ取引には、将来の現物購入時の価格上昇リスクに備える「買いヘッジ」と、将来の現物売却
時の価格下落リスクに備える「売りヘッジ」の 2 種類がある。
1 買いヘッジ
将来の価格上昇リスクに備えるのが「買いヘッジ」であり、将来に購入する予定の商品について今後の価格変
動に係わりなく現在の価格で購入価格を固定化したい場合、または早めに購入価格を固定化したい場合に用
いる。
TOCOM 市場の実際の過去のガソリン価格に基づき、買いヘッジの例を以下に挙げる。
A 社は 2016 年 2 月下旬にガソリンを 1,000kl 購入する計画がある。現時点の現物価格(2016 年 1
月 21 日時点、 30,500 円/kl)であれば利益は充分確保できるが、2 月下旬時点で購入価格が大幅に上
昇していると採算が取れない可能性もある。直近の原油価格の動きをみると 2014 年後半から続いてきた原油
価格の下落も底に達したように見え、反発する可能性も捨て切れない。
そこで、A 社はガソリン価格の値上がりによる損失発生を回避することを決定し、先物市場を利用してリスク・ヘ
ッジを行うことにした。
88
図 1 TOCOM ドバイ原油価格の推移
円/Kl
45,000
40,000
35,000
30,000
25,000
20,000
15,000
① 1 月 21 日に A 社は、TOCOM 東京バージガソリンの 2016 年 3 月限に買い注文を入れ、29,880 円
/kl で約定した。買い注文の量はヘッジ対象の 1,000kl に相当する 20 枚(1,000kl ÷1 枚 50kl=20
枚)である。
② その後、2 月 23 日にガソリンの調達価格が 32,300 円/kl に決定したため、同時に TOCOM 東京バー
ジガソリンの買いポジション 20 枚を反対売買し決済することとし、先物の決済価格は 32,320 円/kl とな
った。
③ 現物調達コストは、当初危惧していたとおりに上昇し 32,300 円/kl となったが、ヘッジ取引による収益は、
+2,440 円/kl(32,320 円/kl‐29,880 円/kl)となった。このヘッジ取引による収益を現物調達コ
ストから差し引くと、結局 A 社は 29,860 円/kl でガソリンを調達できたことになる。A 社はヘッジ取引によ
り、ガソリン価格が上昇したにもかかわらず当初の想定通りの利益を確保できた。
89
図 2 TOCOM 東京バージガソリン価格の推移
【まとめ】
「買いヘッジ」例の損益等結果は下記のとおり。
現物価格
先物取引
2016 年 1 月 21 日
30,500 円/kl
ガソリン 3 月限(新規買い):29,880 円/kl×20 枚
2016 年 2 月 23 日
32,300 円/kl
ガソリン 3 月限(仕切売り):32,320 円/kl×20 枚
ガソリン購入
損 益
3,230 万円/
+2,440 円/kl(+244 万円/1,000kl)
(1,000kl)
ガソリン調達価格
29,860 円/kl(2,986 万円/1,000kl)
2 売りヘッジ
将来の価格下落リスクに備えるのが「売りヘッジ」であり、将来に売却する予定の商品について今後の価格変
動に係りなく現在の価格で売却価格を固定化したい場合や、現在保有している商品の価値が下がることに伴う
リスクを避けるために使用される。
TOCOM 市場の実際の過去の灯油価格に基づき、売りヘッジの例を以下に挙げる。
90
2015 年 9 月、石油会社 B 社は、TOCOM の灯油先物価格が期近から期先にかけて高くなる状態(順鞘)
であったことから、冬場の需要期に向けて灯油を 1,000kl 在庫することにした。
ただし、需要期に向けて灯油価格が下落するような状況になると、在庫した灯油は評価損が生じてしまう可能
性も考えられる。
このため、B 社は在庫用の灯油を購入した際に、その一部(500kl)を TOCOM で灯油先物取引を行うこと
で値下がりのリスクを回避することとした。
図 3 TOCCOM 東京バージ灯油の価格推移
① 9 月 1 日に B 社は、現物市場で灯油を 51,000 円/kl で 1,000kl 調達し、冬場の需要期に向けてタ
ンクに保管することとした。タンク保管費用は月間で 500 円/kl である。同日に、TOCOM 東京バージ灯
油の 2016 年 1 月限に売り注文を入れ、54,180 円/kl で約定した。売り注文の量はヘッジ対象の
500kl に相当する 10 枚(500kl÷50kl(1 枚)=10 枚)である。
② その後、12 月 25 日に灯油を 38,000 円/kl で 500kl 売却したため、同時に TOCOM 灯油の売りポ
ジション 10 枚を反対売買し決済することとし、決済価格は 37,430 円/kl となった。
③ 現物価格は当初危惧していたとおり下落して 38,000 円/kl となり、この期間のタンク費用を含めた現物
取引の損失は 15,000 円/kl(38,000 円/kl -51,000 円/kl-(500 円/kl×4 ヶ月))と
なってしまった。しかし、先物市場でのヘッジ取引の収益については、+16,750 円(-(54,180 円/kl
-37,430 円/kl))となり、現物取引の損失と相殺すると、ヘッジ対象分は 1,750 円/kl の利益を
確保できたことになる。
この例において、在庫の一部ではなく全量ヘッジを行っていれば、販売価格の固定化により価格が下落しても
91
予め全量分の利益を確保できたが、反対に価格が上昇した場合に値上りによる利益も享受できないことに注意
が必要である。ヘッジ取引の目的は利益の固定化にあり、その目的が達成できる点を評価すべきであるが、現
物と先物のヘッジ比率をどの程度に設定するかは各社の経営判断により決定されるといえる。
【まとめ】
「売りヘッジ」の例の損益等結果は下記のとおり。
現物取引
先物取引
灯油在庫を保有:51,000 円/kl×500kl
灯油 1 月限(新規売り):
保管コスト(月) :500 円/kl
54,180 円/kl×10 枚(500kl)
2015 年 12 月 25
灯油の販売:38,000 円/kl×500kl
灯油 1 月限(仕切り買い):
日
保管コスト合計:2,000 円/kl
37,430 円/kl×10 枚(500kl)
損益
▲15,000 円/kl(▲750 万円/500kl)
2015 年 9 月 1 日
合計損益
+16,750 円 /kl ( 837.5 万 円
/500kl)
+1,750 円/kl(87.5 万円/500kl)
第 3 項 ベーシス・リスク
これまでの例においては、現物価格と先物価格がほぼ同じ動きをすることを前提に、ヘッジ取引がうまく機能し
た場合を想定したが、実際は以下のような理由により、意図したヘッジ取引が行えないことがある。
・ ヘッジ対象資産の現物価格と先物価格の相関性が低い可能性がある
・ 商品をいつ購入もしくは売却するか、およその期日しかわからない
・ 納会日以前にヘッジ取引を決済しなければならないときもある
ここで、問題となるのがベーシス・リスク(basis risk)である。ヘッジ取引においてのベーシスは一般的に以下
のように定義される。
92
図 4 ベーシスの変化
理論的にはヘッジ対象資産と先物市場の原資産が全く同じ場合、現物価格と先物市場の受渡値段は一致
し、ベーシスはゼロになるはずであるが、納会日以前には需給バランスやコンビニエンス・イールド(保有便益)の
変動などにより、ベーシスはプラスにもマイナスにもなりえる。また、現物と先物の原資産が違う場合は、ベーシス・
リスクは通常大きくなる。
つまり、ベーシス・リスクとは現物取引での損失(利益)と先物取引での利益(損失)が相殺されないリスク
である。
ベーシスが生じる要因としては、主に以下のものが挙げられる。
・ カレンダー・ベーシス:ヘッジ対象玉とヘッジの価格決定の時間の差に伴う価格差
・ 地理的ベーシス:現物取引と先物取引の受渡場所の違いから生じる価格差
・ 品質ベーシス:ヘッジ対象資産と先物市場の原資産との品質や等級の相違から生じる価格差
このようにベーシスが変化することにより、ヘッジ取引の損益も変化することになる。
<ベーシスリスクの例>
石油会社 C 社が、3 ヶ月か 4 ヶ月後に灯油 1 万 kl の購入を予定している。そこで、ヘッジのために灯油先物
の 5 ヶ月後の限月を 200 枚(1 枚あたり 50ℓ×200 枚=1 万 kl)、65,000 円で買い建てた。
その後、C 社は 3 ヵ月後に灯油を購入したので、先物取引を決済することにした。このとき、現物価格は
67,000 円/kl、先物価格は 66,300 円/kl であった。
この時ベーシスは、「現物価格-先物価格」なので
ベーシス=67,000-66,300=700 円
先物取引による利益は、「決済価格―建玉時の価格」なので
先物取引による利益=66,300-65,000=1,300 円
よって、C 社にとっての実質的な灯油購入価格は、1kl あたり、
灯油購入価格=67,000-1,300=65,700 円
このようにベーシスの存在によって、意図したヘッジ取引と誤差が生じる可能性があるが、適切な市場設計が
93
なされた流動性の高い先物市場であれば、その価格は現物価格と完全に一致しないまでも、ほぼ連動した動き
となる。したがって、現物と先物の価格が大きく変動する場面においても、ベーシスの変動は価格変動に対し相
対的に低いと言える。ヘッジ取引とは、価格の変動という高リスクを、ベーシス・リスクという低リスクに変換する行
為とも考えられ、ヘッジ取引を行う場合、ベーシスを理解することが重要となる。
第 4 項 クロス・ヘッジ
ヘッジ取引では、ヘッジ対象資産と同じ商品が取引所に上場されていることを前提としたが、実際にはヘッジし
たい商品が先物市場に必ずしも上場されているとは限らない。しかしそのような場合でも、ヘッジ対象資産と相関
性の高い値動きをする先物商品があれば、その商品を利用してヘッジすることは可能である。
このように、ヘッジ対象資産と異なる先物商品を利用してヘッジを行うことをクロス・ヘッジという。その具体例と
しては、ジェット燃料を使用している航空会社がヒーティングオイル先物でヘッジを行うことや、天然ガスを使用して
いる企業が原油先物市場でヘッジを行うことが挙げられる。
クロス・ヘッジを行う場合、原商品が異なることから、前述のベーシス・リスクが大きくなる傾向があるため、両者
の価格の正の相関性が高いものを選択することが重要である。価格相関性が高いほどリスク・ヘッジの有効性が
高まるからである。
第 5 項 原油価格リンクで販売される製品のヘッジ
ガソリンや灯油の売買契約において、値決めを契約履行時の原油価格に基づいて行うケースについては、東
京商品取引所のドバイ原油によりヘッジ取引を行うことが可能である。以下に事例を紹介する。
燃料商社 A 社は、元売からガソリンや灯油等の製品を調達して SS や事業者に販売する業務を行っている。
毎月の調達量は元売との交渉により事前に決定しているが、調達価格については、納入された月の分につい
て、ドバイ原油の円建て月間平均価格リンクで決定する後決め方式となっている。具体的には、納入された月
の分について、当該月のドバイ原油円建て月間平均価格+11,000 円/kl という条件である。
A 社は、顧客に販売する製品の調達価格を事前に把握できず、販売マージンが想定通りに確保できないリス
クを抱えていることから、元売から調達する製品の全量についてヘッジすることとした。
① 2016 年 4 月 25 日、A 社は B 社に対し 2016 年 5 月中に製品 8,000kl を納入する契約を締結した。
販売価格は 5 月の RIM 月間平均価格リンクとし、販売価格の変動リスク部分については OTC 市場でヘ
ッジした。
② 一方で、元売からの製品調達価格は現時点で予想できず、原油価格が現在の水準(29,000 円/kl
前後)よりも上昇した場合は十分なマージンが確保できない恐れがあったため、A 社は調達価格の固定
化を目的に東京商品取引所のドバイ原油市場にて 160 枚の買いポジション(8,000kl/50kl(1 枚))
を 28,940 円/kl で建てた。
発注方法については、自身の注文により価格が動いてしまう恐れがあったことや、全て同一の値段で約定さ
せたかったことから、立会外取引を利用した。
94
③ 5 月中に元売から製品 8,000kl を仕入れ、B 社に納入した。
④ ヘッジ・ポジションは、ドバイ原油の円建て月間平均価格により自動的に決済されることから、A 社は最終
日(5 月 31 日)までポジションを持ち、6 月 1 日に 30,380 円/kl で決済された。また、調達先の元
売から 5 月出荷分の価格について、ドバイ原油連動部分は 30,380 円/kl に決定したとの通知を受け
た。
⑤ 元売からの調達費用は危惧していた通りに上昇したが、先物によるヘッジ取引の収益が 1,440 円/kl で
あったことから、双方を合算すると最終的な調達コストは 28,940 円/kl(原油価格連動部分について)
となり、当初の想定通りにマージンを確保できた。
⑥ つまり A 社は、ヘッジ取引の買いポジションを建てたときの約定価格である 28,940 円/kl で原油コスト連
動部分を固定化できたことになる。
図 5 東京商品取引所ドバイ原油 2016 年 7 月限の推移
第 2 節 クラック・スプレッド(原油と石油製品の価格間のスプレッドによるヘッジ)
第 1 項 スプレッド取引とは
スプレッド取引とは、関連する二つの取引における価格関係によってもたらされる値ザヤを利用して、利益を得
る目的で行う取引である。スプレッドとは「価格差」のことであり、「サヤ」ともよばれている。
一般的なスプレッド取引では、2 つの対象物の価格差が広がると予想すれば、スプレッド取引の買い、縮小す
ると予想すればスプレッド取引の売りという売買戦略をとることになる。具体的には、相対的に割安と思われる方
を買い、割高と思われる方を売ることで、その値ザヤが思惑通りに変化した場合には利益を得ることができる。こ
95
の対象物の種類によって、限月間スプレッド取引(カレンダー・スプレッド)、異商品間スプレッド取引、異市場
間スプレッド取引等がある。
なお、一般的には、スプレッド取引は、通常の取引よりもリスクが少ないため、1 枚当たりの証拠金は少額にな
っている。
第 2 項 クラック・スプレッドとは
クラックとは、「原油を石油製品に精製する過程」に語源がある。原油を調達してガソリン等の石油製品を精
製・販売する石油企業(日本では石油元売会社)にとって、最大の関心事は精製マージンで安定した企業
収益を確保することにある。
このため、原油やガソリン等の個々の石油製品の価格変動リスクよりも、原油と石油製品価格間のスプレッド
に対するリスク・ヘッジ、即ちスプレッドを固定化することが石油企業のリスク・マネージメントの上で大変重要にな
っている。このような原油と石油製品価格間のスプレッドによるリスク・ヘッジを「クラック・スプレッド」とよんでいる。
クラック・スプレッドでは、原油先物市場のある限月で買い建てし、同時に、ガソリンや灯油等の石油製品先
物市場において、同じ限月で売り建てし、それらの間のスプレッドを固定化することによって、その後の現物市場に
おける原油・石油製品の価格変動による精製マージンの変動リスクをヘッジする。
反対に、全体の製品市況が供給過多で各社の乱売等により、製品価格が採算レベルを割り、原油価格と
製品価格が逆転したような場合、あるいは、精製工場のアクシデントにより原油を精製することができず、さらに
製品在庫が少ないが供給を果たさなければならない場合には、原油を転売し、製品を現物市場から買い付け
するために、原油先物市場で売建て、製品先物市場で買建てする。これを「リバース・クラック・スプレッド」とよん
でいる。
なお、その他の原料と製品間のスプレッド取引の例としては、天然ガスと電力料金との価格差を利用する「ス
パーク・スプレッド」や大豆とその生産物である大豆油、大豆ミール間の価格差を利用する「クラッシュ・スプレッド」
がある。
第 3 項 製品の得率とヘッジ数量
石油会社がどのような石油製品をどのくらい生産するかは、季節的要因に基づく需要の変化、原油の性状、
精製設備による企業戦略等で決定されるため、各石油会社によって異なってくる。原油から各石油製品が精
製される割合を「得率」とよんでいるが、その割合によって、石油製品先物市場におけるヘッジ数量を考慮するの
がクラック・スプレッドの基本になる。
例えば、軽質な原油を購入している A 社はガソリンの得率が高いため、<原油:3、ガソリン: 2、灯油:1
>、というヘッジ割合になる。一方、ガソリンの得率が低い B 社は、<原油:5、ガソリン:3、灯油:2>、とい
うヘッジ割合になる。
また、製品全体の精製マージンのリスク・ヘッジ以外に、特定の製品単体でのリスク・ヘッジも可能であり、その
対象が灯油である場合のヘッジ割合は<原油 1:灯油 1>となり、灯油の必要ヘッジ数量に原油のヘッジ数
量をあわせることになる。
96
第 4 項 クラック・スプレッドの具体例
クラック・スプレッド取引を開始する時点でのクラック・スプレッド価格と精製コストの関係によってポジションの取り
方は異なる。
・クラック・スプレッド幅≧精製コストの場合、原油買-石油製品売(商流と同じ順方向)のクラック・スプレッ
ドを行う。(クラック売り)
・クラック・スプレッド幅<精製コストの場合、原油売-石油製品買(商流とは逆方向)のクラック・スプレッド
を行う。(クラック買い)
TOCOM 市場の実際の過去の原油価格に基づき、クラック・スプレッド取引のシュミレーションした例を以下に
挙げる。(東京バージガソリン及び灯油先物価格は過去実勢を反映していない)
2015 年 6 月、石油元売である A 社は、原油を精製して石油製品を販売するに当たり、精製コスト等を固
定化することで安定した企業収益を確保するため、その一部について TOCOM 石油市場にてヘッジ取引を行う
こととした。A 社の精製コストは、石油石炭税、精製費、販売管理費、マージンを合算すると 11,000 円/kl
である。
2015 年 6 月、TOCOM のドバイ原油 2015 年 11 月限と石油製品の 2015 年 12 月限のクラック・スプレ
ッド(原油と石油製品の価格差)を確認したところ、下表のとおりであった。
ドバイ原油価格
石油製品の価格
東京バージガソリン 2015 年 12 月限
2015 年 11 月限
60,850 円/kl
49,390 円 kl
東京バージ灯油 2015 年 12 月限
63,490 円/kl
クラック・スプレッド
11,460 円 kl
14,100 円/kl
・ TOCOM のクラック・スプレッドは、「ドバイ原油-東京バージガソリン」、「ドバイ原油-東京バージ灯油」
の組合せともに A 社の精製コスト(11,000 円)を上回っていたため、A 社は、「ドバイ原油 2015 年
11 月限買い・東京バージガソリン 2015 年 12 月限売り」、「ドバイ原油 2015 年 11 月限買い・東京
バージ灯油 2015 年 12 月限売り」のクラック・スプレッド取引を行うこととした。
・ TOCOM では、異なる商品間のスプレッドを指定して発注することができる「スタンダード・コンビネーション
注文(SCO 注文)」を利用した(商品先物取引業者のサービスや取引ソフトによって名称が異なる場
合もある)。原油と石油製品の各注文を別々に発注することもできるが、片方しか約定しないリスクや約
定のタイミングがずれて想定したスプレッドが獲得できない等のリスクを少しでも減らすためである。 なお、
SCO 注文が約定した場合は、原油と石油製品間のクラック・スプレッド価格が維持された状態で、原油
97
と石油製品の各ポジションが建つこととなる。
クラック・スプレッド取引後、クラック・スプレッドが拡大した場合及び、縮小した場合のシュミレーションは下記の
とおりとなる。
【ケース 1】原油とガソリン間のクラック・スプレッドが縮小したケース
(原油-ガソリン:11,460 円⇒9,000 円)
原油
ガソリン
スプレッド等
11 月限(買い)49,390 円
12 月限(売り)60,850 円
スプレッド(売り)
/kl
/kl
11,460 円/kl
11 月限(売り)54,910 円
12 月限(買い)63,910 円
スプレッド(買い)
/kl
/kl
9,000 円/kl
損益:5,520 円/kl
損益: ▲3,060 円/kl
損益: 2,460 円/kl
TOCOM
2015 年 6 月
2015 年 11
月
現物取引
2015 年 11
54,910 円/kl
63,910 円/kl
月
販売利益 :9,000 円/kl
精製コスト:11,000 円/kl
損益 :▲2,000 円/kl
最終損益=TOCOM のクラック・スプレッド+ガソリンの販売マージン
2,460 円/kl+▲2,000 円/kl=460 円/kl
【ケース 2】原油とガソリン間のクラック・スプレッドが拡大したケース
(原油-ガソリン:11,460 円⇒13,300 円)
原油
ガソリン
スプレッド等
11 月限(買い)49,390 円
12 月限(売り)60,850 円
スプレッド(売り)
/kl
/kl
11,460 円/kl
11 月限(売り)55,910 円
12 月限(買い)69,210 円
スプレッド(買い)
/kl
/kl
13,300 円/kl
損益:6,520 円/kl
損益: ▲8,360 円/kl
損益: ▲1,840 円/kl
TOCOM
2015 年 6 月
2015 年 11
月
現物取引
2015 年 11
55,910 円/kl
69,210 円/kl
月
販売利益:13,300 円/kl
精製コスト:11,000 円/kl
損益 :2,300 円/kl
最終損益=TOCOM のクラック・スプレッド+ガソリンの販売マージン
▲1,840 円/kl+2,300 円/kl=460 円/kl
98
ケース1及び2のとおり、ガソリンについては、クラック・スプレッドが縮小しても拡大しても 460 円/kl の収益と
なった。
【ケース 3】原油と灯油間のクラック・スプレッドが縮小したケース
(原油-灯油:14,100 円⇒13,190 円)
原油
灯油
スプレッド等
11 月限(買い)49,390 円
12 月限(売り)63,490 円
スプレッド(売り)
/kl
/kl
14,100 円/kl
11 月限(売り)54,210 円
12 月限(買い)67,400 円
スプレッド(買い)
/kl
/kl
13,190 円/kl
損益:4,820 円/kl
損益: ▲3,910 円/kl
損益: 910 円/kl
TOCOM
2015 年 6 月
2015 年 11
月
現物取引
2015 年 11
54,210 円/kl
67,400 円/㎘
月
販売利益:13,190 円/kl
精製コスト:11,000 円/kl
損益 :2,190 円/kl
最終損益=TOCOM のクラック・スプレッド+灯油の販売マージン
910 円/kl+2,190 円/kl=3,100 円/kl
【ケース 3】原油と灯油間のクラック・スプレッドが拡大したケース
(原油-灯油:14,100 円⇒14,590 円)
原油
灯油
スプレッド等
11 月限(買い)49,390 円
12 月限(売り)63,490 円
スプレッド(売り)
/kl
/kl
14,100 円/kl
11 月限(売り)54,910 円
12 月限(買い)69,500 円
スプレッド(買い)
/kl
/kl
14,590 円/kl
損益:5,520 円/kl
損益: ▲6,010 円/kl
損益: ▲490 円/kl
TOCOM
2015 年 6 月
2015 年 11
月
現物取引
2015 年 11
54,910 円/kl
69,500 円/kl
月
販売利益:14,590 円/kl
精製コスト:11,000 円/kl
損益:3,590 円/kl
最終損益=TOCOM のクラック・スプレッド+灯油の販売マージン
▲490 円/kl+3,590 円/kl=3,100 円/kl
99
灯油の場合も同様にケース3及び4のとおり、クラック・スプレッドが縮小しても拡大しても 3,100 円/kl の収
益となった。
以上のように、精製会社の商流に沿ったクラック・スプレッド取引(原油買い・製品売り)を行うことにより、原
油調達価格を固定化するとともに製品の販売価格を固定化し、精製マージンを確定することができる。
一方、原油売り・製品買いのクラック・スプレッドの場合は、本来の精製会社の商流とは逆であるが、精製コス
ト以下のマージンしか得られない市況下で、自社精製設備の稼働率を下げて、原油を市場で売却し、製品を
市場から調達することによって、精製コストを節約するという考え方によるものである。
欧米の石油先物市場では、精製会社は相場状況に応じて両方向のクラック・スプレッドを使い分けている。
第 5 項 クラック・スプレッド取引において同一限月の先物を利用する理由
下記のとおり、会計処理方針の違いによるクラック・スプレッドのかけ方に差はなく、原油と製品は同限月先物
を利用するのが一般的である。
図 6 在庫評価にあたり先入先出法の会計方針を採用している企業の場合
厳密に考えると、原油が処理(輸入 20 日+備蓄 70 日)され、販売されるまでの期間を考慮し、期近の
原油先物に対し、3 ヵ月先の製品先物を利用することになるが、実際には同月限の先物によるクラック・スプレッ
ドを利用し、期ずれの調整はカレンダー・スプレッドによって対応するケースが多い。
図 7 在庫評価にあたり後入先出法の会計方針を採用している企業の場合
輸入された原油から処理されることになるので、原油・製品ともに同月限か、ずらしたとしても 1 ヵ月程度とするケ
ースが多い。
100
図 8 在庫評価にあたり総平均法の会計方針を採用している企業の場合
同一期間の費用と収益を対応させるので、原油・製品ともに同月限の先物を利用するケースが多い。
第 3 節 アービトラージ(裁定取引)
第 1 項 先物市場と現物市場間のアービトラージ
先物市場と現物市場間のアービトラージとは、先物価格と現物価格の差を利用して収益を得ようとする取引
であり、ここでは、先物市場の納会日における現物と先物市場間のアービトラージを紹介する。
先物市場では、3 ヶ月後や半年後などに受渡しするモノの価格を現時点で取引しており、その価格は足元の
需給バランスをあらわす現物価格とは乖離しているのが通常である。ただし、先物市場における納会日の取引は
現物取引と同様の契約条件になるため、現物と先物の価格差は納会日に近づくにつれて縮小し、納会日には
最終的に収斂する性質を持っている。
このように、先物市場は納会日において現物市場とリンクされるよう設計されているが、市場の状況によっては
価格が大きく乖離する場合もあり、この場合は、その価格差を収益に転換する取引を行うことができる。具体的
には、先物と現物の価格差が取引コストや輸送費用等のアービトラージに伴うオペレーションコストを上回ってい
れば、安い方で買い、高い方で売るという 2 つの取引によって収益を得ることができる。
一例として、TOCOM の東京バージガソリンの納会日である 2015 年 4 月 24 日を挙げると、現物価格と先
物価格は次の表の通りであった。
現物市場
TOCOM 東京バージガソリン
京浜バージ渡し
限月
始値
高値
安値
終値
59,400
2015 年 5 月
62,500
62,500
61,050
62,380
62,130
2015 年 6 月
61,330
62,630
61,330
62,510
62,530
2015 年 7 月
61,750
63,180
61,670
63,040
63,040
2015 年 8 月
61,740
63,340
61,720
63,040
63,030
2015 年 9 月
61,200
62,830
61,170
62,450
62,430
2015 年 10
60,630
62,260
60,500
61,840
61,800
月
101
帳入値段
この日は 2015 年 5 月限の納会日であり、この限月に残存する建玉は現物受渡しの手続きへと移行する
ことになる。つまり、この日の買いポジション及び売りポジションは、取引時間が終了するまでに反対売買(ポ
ジション決済)しない場合は、5 月中にガソリンを売り手から受け取る、もしくはガソリンを買い手に渡すというプ
ロセスに移行することになり、現物市場の取引条件とほぼ同様になる。
この日の現物市場における京浜バージ渡しの価格は 59,400 円/kl 前後で取引されていたのに対し、
TOCOM ではそれを上回って推移しており、現物安・TOCOM 高の状況であったことから、ガソリンを現物市場
で調達して TOCOM 市場で渡すことにより、その価格差を収益として得ることができることになる。
仮に同日に、現物市場でガソリンを 59,400 円/kl で調達できたとして、先物市場の終値である 62,380
円/kl で売りポジションを建てることができたとすると、先物市場にて 62,380 円/kl で売却することになり、
その価格差である 2,980 円/kl がこの取引による収益となる。
実際には、この取引の実現に伴い手数料や輸送コスト等が発生するため、先物と現物の価格差が当該コ
スト以上となったときにアービトラージの機会が発生することになる。
現物と先物市場の 1 番限の過去の価格差は次のグラフのとおり推移しており、ある程度の幅内で上下動
していることが見て取れる。
図 9 スポット海上ガソリン(京浜)と TOCOM 東京バージガソリンの価格差推移
円/kl
8,000
スポット海上ガソリン(京浜)-TOCOM東京バージガソリン
6,000
4,000
現
物
高
2,000
0
先
物
高
-2,000
-4,000
2011
9
10
11
12
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
1
2
3
4
5
6
7
8
9
9
10
11
12
1
2
3
4
5
6
7
8
1
2
3
4
5
6
7
8
-6,000
2012
2013
102
2014
2015
第 2 項 先物市場の限月間アービトラージ
TOCOM の石油先物市場には、取引の期限毎に半年後までの 6 つの限月が存在し、各限月は影響し合い
ながらも個別に価格形成されている。これら 6 つの限月間の価格差は、需給バランスの変化等の要因により拡
大・縮小を繰り返しており、この価格差の変化を利用して利益を得ようとする取引が限月間アービトラージであ
る。
グラフは TOCOM の東京バージガソリンの 1 番限と 2 番限のスプレッドの推移である。2010 年から 2015 年
までの約 6 年間においては-4,000 円から+3,000 円の幅内で動く傾向があるように見える。
図 10 東京バージガソリン限月間の価格差推移(2 番限-1 番限)
円/kl
4,000
3,000
2,000
1,000
0
-1,000
-2,000
-3,000
-5,000
2010.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2011.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2012.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2013.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2014.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2015.1
2
3
4
5
6
7
8
9
-4,000
限月間の価格差が変化する中、限月間スプレッドが現物の持越し費用(タンクにおける保管コスト等)を上
回るときは、期近で現物を受け取り期先で渡すことにより利益を得るオペレーションを考えることができる。
例えば、ある石油会社のガソリンの持ち越し費用が 1 ヶ月間で 1,000 円/kl だとすると、隣接する限月の価
格差が 1,000 円以上開いた場合にこの石油会社にとってアービトラージの機会が生じることになる。
例として、2015 年 2 月 20 日の東京バージガソリンの各限月の価格は次の表の通り推移しており、2015
年 3 月限と 4 月限の価格差は、始値時点で 1,780 円、終値時点で 1,990 円の鞘となっていた。仮に終値
時点で 3 月限買い・4 月限売りのポジションを建てることができたとすると、3 月限でガソリンを受けて(=3 月中
にガソリンを受け取る)タンクで保管し、4 月限でガソリンを渡す(=4 月中にガソリンを相手方に渡す)ことにな
り、限月間の価格差である 1,990 円/kl から持ち越し費用(この場合 1,000 円/kl)を除いて得た額であ
103
る 990 円/kl がこの取引による利益となる。
限月
始値
高値
安値
終値
2015 年 3 月
56,980
57,650
56,350
57,550
2015 年 4 月
58,760
59,540
57,620
59,540
2015 年 5 月
59,200
59,890
58,180
59,850
2015 年 6 月
59,490
60,250
58,500
60,240
2015 年 7 月
59,920
60,430
58,700
60,360
2015 年 8 月
59,980
60,490
58,720
60,420
限月間の価格差が一定以上になればこのような裁定行為が可能となり、裁定機会は即座に実行されると予
想されることから、限月間の価格差はアービトラージが可能となる幅内で動くことが予測される。下のグラフは東京
バージガソリンの期先(5 番と 6 番限)のスプレッドの推移である。
104
図 11 東京バージガソリン 期先の価格差推移(6 番限-5 番限)
円/kl
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
-500
-1,500
2010.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2011.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2012.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2013.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2014.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2015.1
2
3
4
5
6
7
8
9
-1,000
第 4 節 ロール・オーバー(ローリング・ヘッジ/スイッチ取引)
第 1 項 ロール・オーバーとは
ヘッジャーがヘッジの期間を延長するためのスプレッド取引のことをロール・オーバー、あるいはローリング・ヘッジ、
スイッチ取引とよんでいる。ロール・オーバーは、ヘッジャーの行うヘッジ対象期間が長期間の場合、先物市場の
流動性が乏しい市場や 2 年以上先の限月の設定がない市場が多いことから、短期間の流動性の高い限月を
複数回乗り換えて決済期限を繰り延べることで、長期間のリスク・ヘッジと同じ効果を得ることを目的とする。
ヘッジ対象である限月のポジションを手仕舞いし、目標価格確保が可能と思われる期先の限月へもう一度同
様のポジションを建て直すもので、期先の限月にスプレッド取引の評価損益を繰り延べし、かつ、現物ポジション
をそのままの状態で、先物ポジションを入れ替えるコストだけで、新しいヘッジ・ポジションを組成することができる。
第 2 項 ロール・オーバーの例-TOCOM ドバイ原油市場で買いヘッジ
東京商品取引所のドバイ原油の過去の価格に基づき、ロール・オーバーの例を以下に挙げる。
石油会社 D 社は、長期的な原油価格の上昇リスクに備える為、東京商品取引所のドバイ原油市場にてロ
ール・オーバーしながら買いヘッジ取引をすることとした。
105
① 期先の 2015 年 10 月限を 1 枚買建てし、約定価格は 34,260 円/であった。
② 後日、その買建玉 1 枚を 36,500 円/ kl で手仕舞い、同時に新甫限月の 2015 年 11 月限を 1 枚
買建てた。このときの約定価格は 37,870 円/ kl であった。
③ 2015 年 10 月限の取引は 2,240 円/ kl の収益となり、新たに買った 2015 年 11 月限の建玉 37,870
円/ kl から差し引くと、この時点での買いヘッジによる調達コストは、35,630 円となった。
【まとめ】
調達コスト 37,630 円/ kl=10 月限当初約定価格 34,260 円/ kl-仕切価格 36,500 円/ kl
+11 月限約定価格 37,870 円/ kl
建玉日(取引開始日)
ロール・オーバー実施日
損益
10 月限
34,260 円(新規買い)
36,500 円(仕切売り)
2,240 円の収益
11 月限
-
37,870 円(新規買い)
第 3 項 スプレッド(サヤ)の重要性
上記の例において、買いヘッジにより調達コストは 35,630 円/kl となった。1 ヶ月ごとにロール・オーバーせず、
2015 年 11 月限のみで買いヘッジを行った場合、調達コストは 37,870 円/kl となることから、リスク・ヘッジの
効果があったといえる。この場合、限月間のスプレッドがいわゆる「順ザヤ(コンタンゴ)」にあったために、このよう
な結果になったが、一方、限月間のスプレッドがいわゆる「逆ザヤ(バックワーデーション)」の場合には、現物市
場の購入価格を上回る調達コストになってしまう。従って、ロール・オーバーを行う際には、限月間スプレッドの変
動がリスクとなることに注意が必要である。
特に、逆ザヤになってもリースすることが困難な原油等の商品の場合は、逆ザヤを解消するための裁定取引が
働きにくい構造となっており、ヘッジ判断としてスプレッド(サヤ)を如何に予測するかが重要な課題になる。
買い建玉のロール・オーバーにおける逆ザヤリスクを解決する方法としては、①順ザヤ限月に売りヘッジすること
によって利益を追及する、又は、②逆ザヤの日平均値と固定数値を交換する「原油価格カーブ・スワップ」取引
を行う。現実的には、後者を選択することが多いが、原油価格カーブ・スワップは OTC 市場でスワップ・ハウスを中
心に取引が行われている。
以上のように、限月間のスプレッドが、自社コストの総額に近づく、あるいは完全に一致する場合、順ザヤで維
持された限月の先物取引は、ヘッジャーにとってリスク・ヘッジの絶好の機会になり、万が一逆ザヤでもリスク・ヘッ
ジは可能である。このように、順ザヤ、逆ザヤなどの市場動向と値ザヤの範囲などを考慮し、限月間のスプレッド
を理解することは、ヘッジの仕掛け時、外し時、期先限月への乗り換え時を見極める上で重要になってくる。
106
図 12 フォワードカーブの例
先物
価格
先物
価格
順ザヤ時の
フォワード・カーブ
逆ザヤ時の
フォワード・カーブ
期間
期間
第 5 節 先物市場を利用したガソリン・灯油の調達
第 1 項 先物市場での受渡
商品先物市場は、価格変動に伴うリスクを回避してマージンを確保する目的で利用する他に、受渡機能を
利用して現物の調達先とすることもできる。以下にその事例を紹介する。
東京に立地するガソリンスタンドを経営する A 社は、周辺の SS との価格競争による収益低下に頭を悩ませて
いた。そこで、他社より少しでも有利な仕入れ先を探していたが、東京商品取引所の価格が自社の仕切り価格
よりも低い傾向にあることを見つけ、毎月の仕入れの一部を東京商品取引所から行うことにした。
107
図 13 東京都の特約店向けガソリン卸価格と TOCOM ガソリン価格の推移
円/リットル
【東京都】特約店向けガソリン卸価格
150
TOCOMガソリン受渡値段
140
130
120
110
100
90
2014.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2015.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2016.1
2
3
4
5
6
80
図 14 東京都の特約店向け灯油卸価格と TOCOM 灯油価格の推移
円/リットル
【東京都】特約店向け灯油卸価格
100
TOCOM灯油受渡値段
90
80
70
60
50
40
2014.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2015.1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
2016.1
2
3
4
5
6
30
※ TOCOM 受渡値段は、当該月に現物が受渡しされる限月の受渡値段(前月 25 日に決定した受渡値
段)
出所:資源エネルギー庁、東京商品取引所
108
グラフは東京都の月別卸価格と東京商品取引所の受渡値段の推移を表している。卸価格は東京都の平
均であり、また、TOCOM の受渡値段には取引に係る手数料や持ち届け費用等のコストが含まれていないことか
ら、全ての SS に適合するとは言えないが、ガソリンを先物市場で調達した方が有利な場合が多い傾向が見て取
れる。そのため、年間を通して月間の仕入量の一部を先物市場にて調達することにより、年間平均の仕入コスト
が低下する可能性がある。
第 2 項 商品先物市場における現物受渡機能
東京商品取引所の石油市場及び中京石油市場においては、受渡制度を利用することにより、ガソリン及び
灯油の現物の調達・売却(=現物受渡)を行うことが出来る。
①現物調達機能=受方(買方)が、最終決済期限(納会日)まで買付け契約を保持することにより、
現物を調達することができる。
②換金機能
=渡方(売方)が、最終決済期限(納会日)まで売付け契約を保持することにより、
先物市場で現物を売却することができ、現金の入手が可能となる。
第 3 項 商品先物市場における現物受渡のメリット
商品取引所における現物受渡のメリットとしては、明確に定められた取引ルールに基づいて、確実に受渡しが
履行されることであり、経済産業大臣・農林水産大臣の許可を得た日本で唯一の公設市場である東京商品
取引所を介することにより、取引の相手方の与信判断が不要となるため、代金焦げ付き等のリスクが無く、渡方
は現物を渡せば確実に現金が手に入り、受方は買い付けに係る代金を支払えば、確実に現物を受け取ること
ができる。
第 4 項 東京商品取引所における現物の調達・売却
東京商品取引所でガソリンや灯油の現物の調達・売却を行うには、まず、石油市場(中京石油市場)の
取引に参加しなくてはならない。そのためには、取引所の取引参加者(取引資格の取得)になり直接取引を
行うか、取引の受託を行っている商品取引先物業者に取引を委託する 2 通りの方法がある。以下に、商品先
物取引業者に取引を委託する場合のプロセスを紹介する。
【口座開設】
商品先物取引業者に取引口座を開設する。
↓
【取引開始】
取引の担保となる証拠金を預託して東京商品取引所石油市場(中京石油市場)に注文を発
注。
たとえば、6 月に現物を調達(売却)したい場合には 6 月限で値段を成立させる必要がある。成立
109
価格が調達価格(売却価格)となる。
↓
【6 月限の納会日到来】
納会日とは、当月限(受渡月)の最後の立会日であり、最終決済期限の日であるが、現物の受
渡しを希望する場合は、差金決済は行わずに建玉(約定した注文)を残せば、現物の受渡しを行
うことになる。
↓
【現物受渡に係る条件の調整】
受渡日や受渡場所等の受渡条件※を調整する。この場合、相手方との交渉は商品先物取引業者
が行う。
↓
【現物の受渡及び受渡代金の支払い】
受方は商品先物取引業者が指定する日までに現物調達に係る代金(受渡代金)を支払い、予
め決められた受渡日に希望する石油製品を受け取る。渡方は予め決められた受渡日に現物を受渡
し、後日、取引所を通じて、受方から受渡代金を受け取る。
※受渡条件について
① 受渡場所
東京商品取引所石油市場(中京石油市場)における現物の受渡場所は、石油市場においては、
京浜湾内(東京、神奈川、千葉)における東京商品取引所指定の製油所または油槽所。中京
石油市場においては、愛知県名古屋市港区潮見町及び同県海部郡飛島村に所在する油槽所を
指定している。
ただし、渡方と受方が合意することにより、日本全国の製油所または油槽所で受渡しを行うことも可
能であり、 この場合も、合意に向けた交渉は商品先物取引業者が行う。
② 受渡方法
・バージ(内航船渡し)
・ローリー(タンクローリー渡し)
・インタンクトランスファー(現物移動を伴わないタンク内の所有権の移転)
③分割受渡し
石油市場においては、受渡単位は 100 キロリットル、中京石油市場においては 10 キロリットルである
が、1 キロリットル単位であれば、分割して受渡しを行うこともできる。
たとえば、石油市場において、ガソリン 100 キロリットルを分割して受け取る場合
⇒20 キロリットル×5 回=100 キロリットルといった受渡しが可能。
④受渡期間
当月1ヶ月間が受渡期間 となる。(3 月限の場合、3 月 1 日~31 日)
110
・ 土日や祝祭日に関係なく、毎日受渡しが可能。
・ 前述の通り、受渡期間内に、何回でも分割して受渡しを行うことが可能。
取引対象商品
標準品
東京バージ
ガソリン
中京ローリー
東京バージ灯油
ガソリン
中京ローリー灯油
日本工業規格の
日本工業規格の
日本工業規格の
日本工業規格の
K2202 の品質基
K2203 の 1 号の品質
K2202 の品質基準に
K2203 の 1 号の品質
準に適合するレギ
基準に適合するレギュラ
適合するレギュラーガソ
基準に適合するレギュラ
ュラーガソリン
ーガソリン
リン
ーガソリン
限月
新甫発会日の属する月の翌々月から起算した 6 月以内の各月(6限月制)
取引単位
50 キロリットル(1 枚)
10 キロリットル(1 枚)
受渡単位
100 キロリットル(1 枚)
10 キロリットル(1 枚)
呼値とその値段
受渡場所
受渡方法
1 キロリットルあたり 10 円刻み
海上出荷設備を有する神奈川県、東京都
愛知県名古屋市港区潮見町及び同県海部郡
及び千葉県に所在する製油所又は油槽所
飛島村に所在する油槽所のうち、当社が指定した
のうち、当社が指定した場所とする
場所
(1) 受渡場所の選択権:渡方に帰属する
(1) 受渡場所の選択権:渡方に帰属する
(2) 受渡方法:内航船による受渡
(2) 受渡方法:タンクローリーによる受渡し
(3) 受渡日の選択権:原則として、受方に
(3) 受渡日の選択権:原則として、受方に帰属
帰属する
する
(4) 受渡当事者の決定:抽選により決定
(4) 受渡当事者の決定:抽選により決定する。
する。但し、納会日から抽選で決定するまで
但し、納会日から抽選で決定するまでの間に、合
の間に、合意により受渡当事者の組合わせが
意により受渡当事者の組合わせが成立した場合
成立した場合には、この限りではない
には、この限りではない
(5) 分割受渡:受渡に当たっては、分割し
(5) 分割受渡:受渡に当たっては、分割して受
て受渡を行うことができる。
渡を行うことができる
東京湾沿海の製油所及び油槽所の海上出
取引の提示価格と税金
荷価格で、ガソリン税(揮発油税及び地方
揮発油税)及び消費税を除いた価格
納会日
愛知県名古屋市港区潮見町及び同県海部郡
飛島村に所在する油槽所の陸上出荷価格で、ガ
ソリン税(揮発油税及び地方揮発油税)及び消
費税を除いた価格
当月限の前月 25 日(日中立会まで。当日が休業日に当たるときは順次繰り上げ)
111
第 6 節 リスク管理と周辺制度の最近の動向
企業は取引先の信用リスクや訴訟などのリーガル・リスクあるいは為替や金利変動といった市場リスク、天変地
異による災害リスクなど、様々なリスクに直面している。リスク管理という言葉が聞かれるようになって久しいが、どう
いったリスクを対象とするかで、リスク管理の手法も異なる。商品先物市場に関係するリスクとは前述の市場リス
クの中の商品価格の変動リスクや市場自体の流動性リスク、あるいは取引の相手方の信用リスクなどであろう。
これらのリスクを管理する手段を商品業界では当業者等に対し、提供している。この中で特に当業者として関心
のあるのは価格変動リスクとそのヘッジの場としての商品先物市場である。
昨今、リスク管理の視点から、先物市場を取り巻く周辺制度が急激に変化している。これらの環境変化から
一層、商品先物に対する当業者のリスク管理ニーズが高まる可能性が大きいため、この点について以下で整理
して説明する。
第 1 項 会社法と金融商品取引法の施行
会社法は、商法の一部と有限会社法等を改正し、これらを引き継ぐ形で 2006 年 5 月 1 日に施行された
法律である。会社法では、企業規模や業種を問わず「株式会社の業務の適正を確保するために必要なものと
して法務省令で定める体制(いわゆる「内部統制」)の整備」に関わる事項が取締役会の専決事項として新
たに盛り込まれ、さらに会社法上の「大会社(資本金 5 億円以上もしくは負債総額 200 億円以上の株式会
社)」では、「内部統制システム」の構築が義務付けられている。さらに、この内部統制システムの具体的内容
の一つとして「損失の危険の管理に関する規程その他の体制」が会社法施行規則で規定されている。つまり、こ
れからは大会社に分類されればリスク管理体制を構築しなければならないことになる。
また、金融商品取引法では、上場会社に対し、経営者による内部統制報告書の作成と公認会計士による
監査を義務付けており、内部統制の状況を開示し、第 3 者のチェックを受けなければならないことになっている。
会社法と金融商品取引法のこれらの規程は 2008 年度より開始される事業年度から適用されており、リスク管
理に対する体制の整備とその開示並びにその適正性の確保が求められる時代になってきている。
例として、企業が取扱っているエネルギーの価格の変動についてのリスク管理に係わる内部統制について考え
てみよう。これからはエネルギー価格の変動リスクに係わる内部統制の不備が原因で、エネルギー価格の変動に
よって多額の損失が発生した場合は、会社法上の内部統制構築義務違反となる可能性があり、株主代表訴
訟の対象となる。
第 2 項 棚卸資産の評価基準の変更
さらに時期を同じくして、在庫の評価に関する会計上の取り扱いが変更された。つまり、以前は原材料の調達
にあたり、著しく時価が下がり、かつ回復の見込みがない場合を除き、原則として取得時の原価で在庫である原
材料を評価すればよかったが、2008 年度から、通常の販売目的で保有する棚卸資産は、期末における正味
売却価額(時価から売却にかかわる諸経費を控除した額)が取得原価より下落している場合、当該正味売
却価額で評価しなければならなくなった。この会計上の取り扱いの変更は、前に説明した会社法や金融商品取
112
引法の施行と一見無関係に見えるが、実は経営上は極めて関係がある。なぜなら、これまでは在庫に含み損が
発生していても、取得時の価格で評価すればよかったため、損失として表面に出てくることはなかったが、今後は
価格が下がっている場合は時価(正確には「正味売却価額」)で評価するため、損失が表面化することになる。
即ち、これまでであれば、意図するかしないかは別として、決算上の数値をある程度調整することができたが、今
後は在庫の評価損失が表面化し易い環境になる。こうした環境変化により、価格変動に対するリスク管理に関
する内部統制の整備について、先に述べた経営者の責任にこれまで以上に目が向けられることにつながるわけで
ある。つまりリスク管理に対する内部統制を整備しているか否かが結果としてより明確に経営成績に表れるように
なり、それに対して投資家の目にも付き易くなるということである。
こうした環境変化により、自社で扱っている商品の価格変動リスクに対するリスク・ヘッジの場である先物市場
に対する当業者のニーズが高まることが期待される。
具体的な数値例でこの点を確認する。ある商品を仕入れて販売している流通業者を例にとる。期初棚卸と
して評価額 100 円の商品 1 個の在庫が存在したとする。今期、新しく商品 1 個を仕入れたが、200 円/個に
値上りしていた。一方、売上げについては、仕入値の上昇を反映して販売価格を 300 円/個として 1 個販売し
た。期末在庫は 1 個であるが、期末時点では商品は 100 円/個に値下がりしていたとする。
この例について、会計上の利益を求めたのが、図「会計方針による在庫評価の違い」である。仕入高や在庫
の評価方法によって会計上の利益が違ってくるが、在庫に評価損がある場合、新ルールが適用されることで、よ
り利益が保守的に計上されていることになり、より実態に近い姿になっていることがわかる。
図 15 会計方針による在庫評価の違い
113
・(旧)原価法(*1)
取得した原価で在庫を評価する会計処理方法(含み損益が発生する)
通常の販売目的で保有する棚卸資産について、収益の低下による簿価切り下げ
・(新)原価法
を行う会計処理方法(含み損は発生しない)
◆仕入と売上の対応による会計方針の種類
・先入先出法
先に仕入れたものから順に販売していくという前提に基づく会計処理方法
・後入先出法(*2) 後に仕入れたものから先に販売していくという前提に基づく会計処理方法
・個別法
仕入れた商品ごとに着目し、販売されたか否かを判定する会計処理方法
・総平均法
一定期間の総仕入に対し、平均単価を求め、総販売を対応させる会計処理方法
・売価還元法
値入率等の類似性に基づく棚卸資産のグループごとの期末の売価合計額に、原価率
を乗じて求めた金額を期末棚卸資産の価額とする会計処理方法
*1:2008 年 4 月 1 日以降に開始される事業年度から廃止。
*2:2010 年 4 月 1 日以降に開始される事業年度から廃止。
第 3 項 ヘッジ会計とリスク・ヘッジ
1.ヘッジ会計とは
ヘッジは実施したら、それで終わりというものではない。ヘッジの結果を会計処理し、財務報告し、それに基づき
納税が行われて、はじめてヘッジに係わる一連の手続きが完了したことになる。つまり、ヘッジを実行した後の会
計処理も、ヘッジの極めて重要な一部分を構成しているのである。
折角ヘッジしたのに、会計上の取り扱いとしてはヘッジをしていないように扱われてしまうのではヘッジの効用も
薄れてしまう。そこで重要となるのがヘッジ会計である。
ヘッジ会計とは「ヘッジの手段として用いられた取引とヘッジ対象との間の会計上の損益認識時期のずれを調
整する会計処理」をいう。ヘッジ会計は現在のところ「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第 10 号)
に規定されており、2000 年 4 月 1 日以降開始された会計年度より適用が認められた比較的新しい制度であ
る。現在の税制は企業会計基準を前提としているため、ヘッジに係わる会計処理が適切に行われなければ、た
とえヘッジを行ったとしても、ヘッジ対象の損益とヘッジ取引による損益とは別のものとして切り離され、両者の損
益は相殺されることなく税金を徴収されてしまう。さらに会計上の数字が悪化すると、クレジット・リスクが高まり資
金調達で不利になるなど、会計上の取り扱いは企業実態にも影響が及ぶことになる。
2.ヘッジ会計の具体例
それではヘッジ会計の具体例を見てみよう。3 月末を決算期とする航空会社の A 社は 3 月 1 日時点で、夏
場の需要期にあわせて灯油先物取引でジェット燃料の価格変動リスクのヘッジを行うことにした。3 月 1 日におい
114
て灯油の現物価格は 50,000 円/kℓであり、A 社は同日、先物市場で 7 月限の灯油先物を 50,000 円/k
ℓで 1 万 kℓ分のポジションを買い建てた。その後、3 月末の決算期末時点では、灯油の先物価格と現物価
格はともに 51,000 円/kℓに値上がりしていたとする。
このときの先物取引の評価益は 1,000 円/kℓ×1 万 kℓ=1,000 万円となる。しかし、これはあくまで来期
7 月の燃料購入に対するヘッジ取引に伴う評価益である。一方、現物価格は 1,000 円/kℓ値上がりしている
が、実際には仕入は発生していないため、現物取引では損益は 3 月時点で発生していない。このため、A 社とし
ては、先物取引の評価益を当期の利益とはせずに、現物取引が行われる来期の 7 月まで繰り延べることとした
い。このとき先物取引により発生している利益 1,000 万円を来期の利益として繰り延べる会計上の手続きがヘ
ッジ会計である。
ヘッジ取引とはそもそも、ヘッジ対象の損益をヘッジ手段の損益と相殺することで、損益を固定化することに意
義がある。したがって、ヘッジがうまく機能している場合は、ヘッジ終了時点でヘッジ対象の損益はヘッジ手段の損
益で相殺される。しかし、仮にヘッジ会計が認められなければ、ヘッジの途中で決算期をむかえると課税が行われ
ることにより、税金分だけ損益にずれが生じることになる。
この例で、ヘッジ会計が適用されれば、先物取引から発生する利益は、現物取引の損失によって相殺される
ため、課税は原則として発生しない。しかし仮にヘッジ会計が認められず、3 月末時点でヘッジ手段である先物
取引の評価益 1,000 万円について、税率 50%で課税された場合を考える。3 月以降相場の変動がないとす
ると、7 月時点で、実際の現物仕入価格は 51,000 円/kℓとなり、ヘッジ対象である現物取引は 1,000 円/k
ℓのマイナスが発生していることになる。一方、ヘッジ手段である先物取引では、3 月時点で 1,000 万円の利
益に対し、既に 500 万円が税金として徴収されているので、先物取引についての税引き後利益は 500 万円と
なる。ヘッジ対象とヘッジ手段の損益を通算すると、税金の 500 万円分がマイナスとなってしまう。
115
図 16 ヘッジ会計のイメージ
3.ヘッジ会計の対象となる取引
「金融商品に関する会計基準」によれば、ヘッジ会計が適用されるヘッジ対象は、①「相場変動等による損
失の可能性がある資産又は負債で相場変動等が評価に反映されていないもの」、②「相場変動等が評価に反
映されているが評価差額が損益として処理されないもの」、③「資産又は負債に係るキャッシュ・フローが固定さ
れ、その変動が回避されるもの」と規定されている。たとえば上記①の例としては、取得原価で評価されているガ
ソリンや灯油などの商品在庫が挙げられる。持ち合い株式などの有価証券は②の例であり、防衛省への入札に
よる固定価格での軽油の売買契約は③の例にあたる。
また、ここで想定されているのは、現存する資産・負債だけでなく、「予定取引」により発生が見込まれる資産
又は負債も含まれる。この「予定取引」とは、「未履行の確定契約および契約は成立していないが、取引予定
時期、取引予定物件、取引予定量、取引予定価額等の主要な取引条件が合理的に予測可能であり、それ
が実行される可能性が極めて高い取引」をいう。したがって、受注生産・受注販売だけでなく、見込み生産・見
込み販売も対象となり得る。
4.ヘッジ会計の適用要件
ヘッジ会計を適用することで、結果として利益の繰延べが可能となる。したがって、ヘッジ会計がその趣旨に反
して適用されると、利益操作による納税の回避が可能になるばかりか、財務諸表の利用者である投資家の判
断を誤らせることになる。このため、ヘッジ会計の適用は厳格に審査され、事前と事後の要件を満たさなければな
らないことになっている。
事前要件とはヘッジ取引を行う前に満たしておくべき要件である。具体的には、ヘッジ取引が企業のリスク管
理方針に従ったものであることが、取引時に、次の①、②のいずれかによって客観的に認められることとされている。
即ち、①「当該取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることが文書により確認できること」、または②「企
業のリスク管理方針に関して明確な内部規定および内部統制組織が存在し、当該取引がこれに従って処理さ
れることが期待されること」のいずれかが事前に確認されている必要がある。
116
事後要件は、「ヘッジ取引時以降において、ヘッジ対象とヘッジ手段の損益が、高い程度で相殺される状態、
又はヘッジ対象のキャッシュ・フローが固定され、その変動が回避される状態が、引き続き認められることによって、
ヘッジ手段の効果が定期的に確認されていること」とされている。
5.ヘッジ会計の適用要件の明確化
ヘッジ会計の適用について厳格に審査される半面、解りづらいことから、2015 年に規定上明確化された。
まず一点目が商品の到着遅延などの事情で、ヘッジ取引の期限延長を行った場合、当初のヘッジ取引の期
限到来時に発生したヘッジ損益の繰り延べが認められること。
もう一点目は、ある商品と、ヘッジ開始時から有効性判定時点までの期間において、ある商品の相場変動又
はキャッシュ・フロー変動の累計とヘッジ手段の相場変動又はキャッシュ・フロー変動の累計とを比較し、価格変
動パターンが 80~125%の範囲内に収まる場合もヘッジ会計の適用が認められること。ここでいうある商品とヘ
ッジ手段の価格変動の差とは、ベーシス・リスクのことである。
例えば、A 重油の価格変動リスクを原油先物でヘッジするケース で、原油から精製される A 重油について、
実際に A 重油と原油先物の価格変動パターンが 80~125%の範囲内に収まる場合は、ヘッジ会計の適用が
認められる。
6.ヘッジ会計制度とリスク管理
ヘッジ会計は利益操作に悪用される危険性があるので、その適用は厳格に判定しなければならない。しかし、
あまりに厳格に過ぎると、ヘッジ会計が適用されずに、企業活動の最終成果である会計上の利益がヘッジ行為
とは無関係に評価されてしまい、企業のリスク管理に対する意欲を減退させる危険性がある。このようにヘッジ会
計は諸刃の剣で、誤って利用された場合の弊害が大きいものの、適正に利用された場合のメリットも大きく、企
業におけるヘッジに対する姿勢やリスク管理の定着に重要な意味を持っている。特にリスク管理を前提とした経
営が求められる世界的規模での自由競争時代において、ヘッジ会計制度の充実は喫緊の課題である。
117
第 7 節 モダン・ポートフォリオ理論
「ポートフォリオ」(portfolio)は、一般には「書類カバン」や「携帯書類入れ」をさす言葉だが、経済・金融
分野では、株券などの有価証券を入れる書類カバンから転じて「資産構成」「資産の組み合わせ」などの意味で
使われている。
伝統的な投資理論におけるポートフォリオの概念でも「一つの籠にすべての卵を盛らない」など経験的理解は
古くからあったが、分散投資の効果が数学的に証明され、リスクとリターンを定量化してコンピュータプログラムで計
算可能なものになったのは、1952 年、シカゴ大学の大学院生だったハリー・マコービッツ(Harry Markowitz)
が著した博士論文「ポートフォリオセレクション:分散投資理論」が最初だった。
マコービッツがこの論文で提唱した「平均・分散アプローチ」と「ポートフォリオの最適化」は、その後、シャープが
考案した資本資産価格理論(CAPM 理論)などを経て、1990 年代にほぼ完成し、それまでのポートフォリオ
理論に対して「モダン・ポートフォリオ理論(MPT)」と呼ばれるようになった。マコービッツはこの業績が認められ、
1990 年に、同じシカゴ大学のマートン・ミラー、スタンフォード大学のウィリアム・シャープと共にノーベル経済学賞
を受賞した。
ポートフォリオ・セレクション(資産の組み合わせ)の考え方
(1)相関関係とリスクの計測
ポートフォリオを組む理由の第一は、一つの投資の成績が振るわなくても、別の投資がそれをカバーできるほど
高いリターンを上げることができれば運用成績の振れが小さくでき、全体の収益も確保されることにある。そのため
には、互いに相関性の低い投資商品のポートフォリオを組成することがリスクを軽減する手段の一つになるという
のが、MPT のまず画期的な点だった。
仮に、「ハイリスク、ハイリターン」の資産 A と「ローリスク、ローリターン」の資産 B を組み合わせたとする。両者がま
ったく同じ値動きをすれば、ポートフォリオの期待リターンは資産 A と資産 B の中間になる。
しかし、MPT では、もし資産 A と資産 B の値動きとリターンの連動性(相関)が低ければ、理論上、ポートフ
ォリオ全体のリスクは低くなるとしている。
相関関係を読み取るポイントは、資産のリターンが同じ方向に動く傾向にあるか、逆の方向に動く傾向が強い
かにある。お互いのプラスとマイナスを打ち消すように逆の方向に動く傾向にある投資対象を「相関が低い」という。
例えば投資対象 A と B の過去 5 年間のリターン(収益)を比べて見る。
118
<投資対象 A と B の過去 5 年間の収益推移>
1年
2年
3年
4年
5年
平均
標準偏差
資産 A
60
80
40
-20
20
36
38.47
資産 B
-10
-5
60
60
60
33
37.01
A+B 合成
50
75
100
40
80
69
24.08
それぞれをみると、両者ともリターンの平均値からの散らばり具合を表わす標準偏差が大きい反面、リターンは
1年目で B が-10であるのに対して A は60、4年目は逆に B が60、A が-20となるなど、両者の連
動性(相関)は低い。しかし両者を合成してみると、リターンの振れは小さくなり、標準偏差も小さくなっている。
このことから、ポートフォリオによるリスク・コントロールに重要な役割を果たすのが、投資対象間の相関関係であ
ることが分かる。この連動性の度合いを示す相関係数は+1から-1までの範囲にあり、相関係数が+1であ
ればまったく同一のパターンで変動する(一方が 1%値上がりすれば、もう一方も 1%値上がりする)。-1で
あれば、まったく逆に動き、0であれば 2 つのデータの変動の間には何の関係もない。
安全資産(国債や預貯金の利子)での運用と、上記の資産Aと資産Bのリスク資産を組み合わせた場合
の期待収益率とリスクの関係は下図の曲線上の点で表わされる。
119
注目されるのは、この曲線上に資産 B よりも収益率が高く、リスクが小さな点 D が存在することである。このこ
とから、AとBの組み合わせによっては、B以下のリスクにすることができるということになる。
このポートフォリオにおいて、投資家がなるべくリスクを低くし、利益を大きくしたいと思うなら、安全資産の点Fか
ら曲線に引いた接線との交点(点E)における保有比率が最適なAとBの保有比率となる。
MPT に基づいて、リスク・リターンの異なる投資対象を組み入れたポートフォリオの効果を最大にする組み合わ
せ比率を求めることができる。そして、リスクが最小でリターンが大きい組み合わせの範囲(上図では曲線上の点
D より右上の部分)を有効フロンティアと呼んでいる。
有効フロンティアを作成するためには、投資対象ごとに収益のヒストリカル・データから期待リターン、リスク(分散・
標準偏差)を求め、相関係数と期待リターンに基づいて、ポートフォリオにおける各投資対象の組み入れ比率を
変えていく。
これを元に、期待リターンに対してリスクが最小となるポートフォリオを組んだ時のリスク・リターンを示す有効フロン
ティアの曲線を作成することで、リスクを小さくして、リターンを最大にするポートフォリオを構成することができる。ち
なみに、MPT は現在では、株や商品ばかりでなく、不動産投資や生命保険などのビジネスにも応用されている。
次に、商品と伝統的資産(株、債券)の相関係数を具体的に見てみよう。サンプルは 2002 年 1 月 4 日か
ら 2012 年 12 月 28 日までの国内市場のデータである。これを見ると、とうもろこし、ゴム、金ともに日経 225、
為替、JGB(日本国債)との相関が低いことがわかる。
<商品と伝統的資産の相関係数>
日経 225
JGB
ドル円
とうもろこし
ゴム
日経 225
1.00
JGB
0.32
1.00
ドル円
0.35
0.22
1.00
とうもろこし
0.32
0.11
0.27
1.00
ゴム
0.40
0.14
0.24
0.41
1.00
金
0.27
0.08
0.24
0.38
0.37
120
金
1.00
<コラム>
◆商品投資とモダン・ポートフォリオ理論◆
商品先物市場は、伝統的な投資に対する分散投資の対象として位置づけられる。
米国の商品先物市場で、MPT が初めて注目されたのは 1983 年、ジョン・リントナーが、マコービッツの理論を用
いて、株式と債券のポートフォリオに原油や貴金属、穀物などの商品先物市場に投資する商品ファンド
(Managed Futures)を加えることで収益が安定するという論文を発表してからだといわれている。
実際に米国で作られた商品ファンドの第一号は、1949 年にリチャード・ドンシャンが設立した公募型ファンド「フュ
ーチャーズ・インク」だとされているが、リントナーが論文を発表するまでの商品ファンドは、理論的な裏付けに欠け
ており、運用金額もごくわずかだった。
し か し 、 リ ン ト ナ ー の 論 文 発 表 以 後 、 商 品 フ ァ ン ド の 運 用 マ ネ ー ジ ャ ー ( Commodity Pool
Operator:CPO)たちが、その成績を分析する資料の中に、株式や債券などの伝統的な運用資産価格と原
油や貴金属、穀物などの商品価格との非相関関係を示した数字や、伝統的なポートフォリオの中に、商品を加
えた時のリスクとリターンを MPT を使って検証したグラフなどを加えたことで、州や大学、企業の年金基金なども注
目し始め、特に米国株式市場が大暴落した 1987 年 10 月のブラックマンデー以降、その運用金額は 86 年の
約 20 億ドルから 93 年には約 226 億ドルへと急速に拡大した。
運用総額の 5%から 10%の証拠金で取引できる先物取引は、もともと商品から生まれた。天候の異常や輸
送・生産コストの変動など様々なリスクがあることから、将来の一定の時点で幾らになっているか分からない商品
価格を、現時点で売り買いする商品先物取引は一種の保険の役割を果たしている。その取引相手として、積
極的にリスクを引き受けようとする多数の投機家の存在は必要だが、機能そのものは、その商品に関わる生産者
や加工業者、販売業者などにとって価格の安定化に役立つものであると理解されてもいる。
しかし、株式市場では、先物取引の対象となっているのが個々の株式でなく指数の売買であることから、少ない
証拠金で取引できる先物取引が増えすぎると、現物の需給関係に大きな影響を与えると危惧する声は、株価
指数先物を世界に先駆けて始めた米国でも当初から少なくなかった。とりわけ裁定取引(アービトラージ)は、
現物市場では先物市場とは反対の売買を伴うことから、現物市場に大きな影響を与えるとの見方が多かった。
そのため、ブラックマンデーは、一方で、先物市場が現物市場の暴落に拍車をかけたという「先物罪悪論」も生ん
だのだが、その一方で、商品ファンドは高い運用成績を継続したために、改めて商品と他の金融資産との非相関
関係を裏付ける契機にもなったのである。
商 品 フ ァ ン ド 資 金 を 商 品 先 物 市 場 で 実 際 に 運 用 す る 商 品 投 資 顧 問 ( Commodity Trading
Advisor:CTA)の数も、82 年の 117 社から 80 年代後半には 600 社、90 年代中盤には 1600 社へと増
加した。
CTA たちは、90 年代後半に入ると、運用資産が拡大したために、米国の商品先物市場ばかりでなく、世界中
121
の様々な金融・商品の先物市場でも取引するようになり、ヘッジファンドを名乗ることも多くなった。これに伴い、
米国の商品ファンド協会(Managed Futures Association:MFA)も、名称を「マネージド・ファンド協会」
(Managed Fund Association:MFA)に改称。同協会がまとめている商品ファンドの成績も統計上、ヘッ
ジファンドに組み込まれるようになった。ヘッジファンド全体の運用金額は、2015 年上半期には 2 兆 9,700 億ド
ル(Hedge Fund Research 社調べ)と3兆ドルに迫る水準まで達している。
第 8 節 効率的市場仮説
ポートフォリオ理論は、市場が効率的であることを前提としている。効率的な市場とは、「価格が利用可能な
すべての情報を常に反映している市場」のことである。効率的な市場では、次に発生する新たな情報は予測不
可能であり、結果として価格はランダムウォークに従うことになる。1970 年にユージン・ファーマはこうした市場に対
する捉え方として「効率的市場仮説」を提唱した。ファーマによれば市場の効率性のレベルは以下の3つに分け
られる。
・ウィーク・フォームの効率性…過去の価格情報を用いても超過収益を得ることはできない。すなわち、ウィーク・フ
ォームの効率性が確保されている市場では、過去の価格データを分析することで、超過収益を得ることはできな
い。したがってこの場合、テクニカル分析は有効ではないと考えられる。
・セミストロング・フォームの効率性…公開情報を用いても超過収益を得ることはできない。すなわち、セミストロン
グ・フォームの効率性が確保されている市場では、公開情報をもとに、超過収益を得ることはできない。したがって
このときは、ファンダメンタル分析は有効ではないと考えられる。
・ストロング・フォームの効率性…未公開情報を用いても超過収益を得ることはできない。すなわち、ストロング・フ
ォームの効率性が確保されている市場では、未公開情報をもとに超過収益を得ることはできない。したがって、こ
の効率性が確保されている場合、インサイダー情報を得ようとしても無駄という帰結になる。
こうした市場に対する見方・捉え方は、実際の市場に必ずしもあてはまっているわけではない。例えば効率的
市場仮説を信じ、すべての市場参加者が情報収集や分析をやめてしまった場合、情報が価格に反映されず、
その瞬間に市場は効率的でなくなる。この時、あるひとりの投資家のみが情報収集し分析を行い、結果その投
資家だけが買い時だという情報を得たとすると、この情報は他の誰も持っていないため分析を行った投資家のみ、
誰よりも先に行動することができ利益を得ることができる。しかし、その投資家が分析により利益を上げたという情
報が他の市場参加者にも伝われば、多くの投資家が分析を始め、市場は効率的になり、その意味で他の投資
家を出し抜けず、分析は意味のないものになる。
分析しても意味がないと誰もが思って分析しなくなると、また分析した投資家だけが利益を得る状態になるという
状態の繰り返しで、誰もが市場は効率的と思えば、分析が行われていないことで結果的に効率的ではなくなり、
122
効率的でないと思えば効率的になるというような存在といえる。
また、こうした市場の効率性に対する見方の違いによって、投資のスタイルも異なる。アクティブ運用は、市場
が完全には効率的ではなく、非効率なところもあると考えて情報収集と分析に力を入れることで収益を上げると
いう投資スタイルである。
一方、パッシブ運用は分散投資により、市場パフォーマンスに追従した投資リターンを追及する投資戦略であ
る。パッシブ運用は、市場は効率的だと考え、情報収集と分析に力を入れても市場を上回るパフォーマンスは得
られないので、むしろ市場で取引されている多くの銘柄に分散して投資することにより、市場パフォーマンスと同じ
収益を上げていこうとする投資スタイルである。
第 9 節 補論 石油製品の原価計算
一般的に、同一工程において同一原材料から異種製品が必然的に結合して生産されるとき、これらの製品
が主産物と副産物とに区別しえない場合にこれを連産品という。原油を精製すると、ガソリン、灯油、軽油、重
油などが同時に生産され、このうち、どれかひとつだけ生産することはできないため、連産品と考えられる。また、2
種類以上の製品を連産品とするか、主産物と副産物とに区別するかの決定は各製品の収益性にもとづいて決
定されている。つまり、原油精製過程で、石油製品以外に硫黄なども不純物として除去されるが、これは副産
物となる。副産物か否かの判断基準は生産物の市場価値があるか否かに依存する。逆の見方をすれば、仮定
の話であるが、例えばガソリンの市場価格が限りなくゼロに近くなれば、ガソリンも副産物となりうるわけである。以
上のように連産品は一連の工程で不可避的に生産されるため、各連産品のコストをどのように按分すればよい
かが問題となる。つまり、原油価格や精製コストをどの製品に按分するのかということである。たとえば、ある原油か
らガソリン、灯油、軽油、重油が同量精製されたとする。このとき生産量に従い 1/4 ずつ均等に、それぞれの製
品にコストを配分する考え方もあるが、その場合、重油のように市場価値が低いものを売った場合、営業努力を
して売れば売るほど損をするような状況もおきてしまう。これが企業の経営活動を適切に反映しているといえるか
という疑問が残る。そこでこうした点を勘案し、企業がその経営活動の成果を財務諸表に反映させる際のルール
(会計基準)のひとつである「原価計算基準」の中には、連産品の原価をどのように計算するかについて以下のよ
うに規定されている。
原価計算基準 -抜粋-
第 2 章実際原価の計算
第 4 節原価の製品別計算
二九 連産品の計算
連産品とは、同一工程において同一原料から生産される異種の製品であって、相互に主副を明確に区別で
きないものをいう。連産品の価額は、連産品の正常市価等を基準として定めた等価係数に基づき、一期間の
123
総合原価を連産品に按分して計算する。この場合、連産品で、加工の上売却できるものは、加工製品の見積
売却価額から加工費の見積額を控除した額をもって、その正常市価とみなし、等価係数算定の基礎とする。た
だし、必要ある場合には、連産品の一種又は数種の価額を副産物に準じて計算し、これを一期間の総合原価
から控除した額をもって、他の連産品の価額とすることができる。
この基準に則って、具体的な数値例で石油製品の原価を計算してみよう。
原油価格が 40,000 円/kl で 100kl 精製したとする。このときの精製コストは 10,000 円/kl だったとし、各石
油製品の得率と市場価格が以下の表のとおりだったとする。
製品
得率
市場価格(税抜)
ガソリン
25%
70,000 円/kl
灯油
25%
70,000 円/kl
軽油
25%
70,000 円/kl
重油
25%
40,000 円/kl
原油コスト:
40,000 円/kl×100kl=4,000,000 円
精製コスト:
10,000 円/kl×100kl=1,000,000 円
総コスト:
原油コスト+精製コスト=4,000,000+1,000,000=5,000,000 円
ガソリン売却時の売上額:100kl×25%×70,000 円/kl=1,750,000 円
灯油売却時の売上額:
100kl×25%×70,000 円/kl=1,750,000 円
軽油売却時の売上額:
100kl×25%×70,000 円/kl=1,750,000 円
重油売却時の売上額:
100kl×25%×40,000 円/kl=1,000,000 円
総売上額:
ガソリン売上額+灯油売上額+軽油売上額+重油売上額
=1,750,000 円+1,750,000 円+1,750,000 円+1,000,000 円
=6,250,000 円
等価係数(加重平均原価率):総コスト÷総売上額=5,000,000 円÷6,250,000 円=0.8
ガソリン原価:
ガソリン市場価格×等価係数=70,000 円/kl×0.8=56,000 円/kl
灯油原価:
灯油市場価格×等価係数=70,000 円/kl×0.8=56,000 円/kl
軽油原価:
軽油市場価格×等価係数=70,000 円/kl×0.8=56,000 円/kl
重油原価:
重油市場価格×等価係数=40,000 円/kl×0.8=32,000 円/kl
ガソリン粗利:
ガソリン市場価格-ガソリン原価=70,000 円/kl-56,000 円/kl
=14,000 円/kl
灯油粗利:
灯油市場価格-灯油原価=70,000 円/kl-56,000 円/kl=14,000 円
124
/kl
軽油粗利:
軽油市場価格-軽油原価=70,000 円/kl-56,000 円/kl=14,000 円
/kl
重油粗利:
重油市場価格-重油原価=40,000 円/kl-32,000 円/kl=8,000 円/kl
このように、一見すれば、重油はコスト倒れに見えるが、企業会計の原価計算の実務においては、連産品全
体の総売却額に総コストを対応させて、加重平均の原価率を求め、その原価率を売却単価に乗じることで原
価が計算されているため、売上額に応じた利益が上がることになる。
また、このようにどの製品にどれだけの原価コストをチャージするかという原価計算を行う前提として、正常市価、
つまり適正な市場価格が形成されていることが必要であり、先物市場の価格発見機能が有効に機能することの
重要性がこの点からも確認できる。
125
第 7 章 総合エネルギー市場創設に向けた東京商品取引所の取組み
第 1 節 我が国における総合エネルギー市場の創設について
第 1 項 我が国のエネルギー市場の現状と課題
エネルギー資源に乏しい我が国は、石油や天然ガス、石炭といった一次エネルギーの輸入依存度が極めて高
いことから、従来から安定供給が最優先課題とされ、エネルギー産業は長年にわたって政府の規制監督下に置
かれてきた。しかし 1990 年代に入ると、こうしたエネルギー分野においても規制緩和の動きが鮮明になってきた。
石油については、1996 年には石油製品の輸入を制限していた特定石油製品輸入暫定措置法(特石法)
が廃止されるなど、石油取引を取り巻く規制緩和が進み、1999 年には、石油当業者の石油価格に対するヘッ
ジニーズに対応して、東京工業品取引所(現「株式会社東京商品取引所」以下、「東商取」)が、石油市
場を開設し、ガソリンと灯油、次いで 2001 年に原油、2003 年には軽油の先物取引を上場した。
東商取の石油市場において原油と石油製品の先物取引が開始されたことによって、例えば、石油の精製元
売業者が利益の源泉となる精製マージン(原油と石油製品の価格差)を固定化するために、原油調達価格
の買いヘッジと同時に、精製後のガソリンや灯油の販売価格の売りヘッジを行うことが可能となった。近年では、
東商取の石油先物取引は一定の市場流動性と価格発信力を持つようになっている。
電力やガスについても、近年自由化の機運が高まっており、電力については、図1のとおり 2013 年 4 月に閣
議決定された「電力システム改革の基本方針」に基づき、まずは従来の供給地域を超えて需給運用を最適化
するための電力広域的運営推進機関が 2015 年 4 月に設立され、2016 年度には電力小売の全面自由化
を経て、2020 年には公平な競争環境を担保するための送配電部門の法的分離、小売料金規制の撤廃が
予定されている。こうした電力システム改革が進められる中、商品先物取引法の改正により先物取引の対象に
「電力」が追加され、2016 年度から商品取引所において電力の上場が可能となった。
また、都市ガスについても 2017 年に小売参入の全面自由化及び 2022 年に導管部門の法的分離がそれ
ぞれ予定されている。
自由化が先行している電力については、販売製品である電力と発電燃料の価格差が電力会社の利益の源
泉となるため、近い将来、電力と燃料の価格差を固定化するニーズが高まってくることが予想される。近年、原
子力発電所の稼働停止を受けて火力発電の割合がこれまで以上に高まっており、電力 10 社の発電量の電源
構成をみると、2010 年度に 28.6%を占めていた原子力が 2014 年度にはゼロとなったのに対し、火力が
61.7%から 87.8%まで増加している 。これに伴い、電力 10 社の燃料費は 2010 年度の合計 3.6 兆円か
ら 2014 年度の 7.2 兆円まで増加し、電力会社の収益に大きな影響を与えるようになっている。
特に天然ガスについては、我が国が輸入する LNG 価格は原油価格に連動していることから、国際的な天然
ガス価格がシェール革命等により相対的に安定的に推移している一方で、2000 年代半ばから原油価格が相
対的に高値かつ不安定に推移してきたことにより、LNG 価格が大きく変動し、2004 年には 1.6 兆円であった
我が国の LNG 輸入金額は 2014 年には 7.8 兆円に増加し(2015 年は 5.5 兆円に下落)、電力会社に
おける燃料費の増加に大きな影響を及ぼしている。2014 年後半から 2015 年初頭にかけて原油価格が大きく
126
下落したことに伴い、日本の LNG 輸入価格も下落し、その後のスポット需要の低迷もあって低水準で推移して
おり、2016 年 6 月においては輸入平均価格が 100 万 BTU あたり約 6 ドルに対し、スポット LNG 平均価格
は約 5 ドルと、油価連動に基づく輸入価格とスポット価格の差は縮小してきている。
なお、政府のエネルギー基本計画(2014 年)において天然ガスは、「重要なミドルロード電源」と位置付けら
れており、輸入量は一定の水準を維持するものと思われるが、政府が描く 2030 年度のエネルギーミックス(下
記参照)によれば、現在の 7 割弱まで需要量が減少していく可能性がある。
<総発電量にしめる LNG のシェア>
2014 年度:総発電量(9,101 億 kWh)の 46.2%(4,200 億 kWh)
(電気事業連合会公表実績値)
2030 年度:総発電量見込み(10,650 億 kWh)の 27%程度(2,875 億 kWh 程度)
(政府の長期エネルギー需給見通し)
こうした現状を踏まえ、日本の電力会社は、20~30 年の長期の LNG 輸入契約の満了に伴う見直しにあた
って、需要の変化に柔軟に対応できるよう、長期の比率を減らし、短期・スポットの比率を高める動きがあるが、
2020 年頃までは既存の長期契約に基づくカーゴが入ってくることと、北米、オーストラリア等の新たなプロジェクト
からのカーゴが入ってくることで、当面は LNG は供給過剰状態になることが予想される中で、日本の電力会社や
ガス会社は、今後は LNG の売手となる可能性も考えられる。
図1:電力自由化に向けた政府の動き
第 2 項 総合エネルギー市場の創設に向けて
電力自由化が先行している欧米においては、多くの電力会社は、電力と燃料の価格差を固定化して利益を
確保すべく、先物取引等を利用したリスク管理を行っているといわれており、近い将来、我が国の電力会社にお
いても同様のリスク管理が求められるようになると思われる。例えば、燃料である LNG や石炭を先物市場で買う
ことで、将来の LNG の仕入れ価格を固定化すると同時に、製品である電力を先物市場で売ることで将来の電
力の販売価格を固定化し、収益を確保することが可能となる。さらに、LNG 先物と電力先物との価格差に比べ
127
て、石炭先物と電力先物の価格差が有利であれば、後者の先物取引の量を増やして利益を固定化すると同
時に、ガス発電よりも石炭による発電量を増加させることで利益を増加させることが可能となる。このように、電力
と LNG、電力と石炭などの間でも活発に裁定取引が行われることで、それぞれの価格が密接な関係を持って連
動することになり、異なるエネルギー商品が相互に結びつき、統合された更に大きなエネルギー市場が形成される
ことになる。
以上のような欧米の事例からも明らかなように、自由化に伴う当業者のリスク管理の必要性に鑑みると、石油
や LNG、石炭などの一次エネルギーと電力や石油製品といった二次エネルギーがワンストップで取引できる総合
的なエネルギー市場の創設が望まれる。政府においても、経済産業省主催の LNG 先物市場協議会が 2013
年 4 月に発表した報告書において「エネルギー関連企業のリスクヘッジの場としての利便性の観点からは、これま
でに上場されてきた原油、ガソリン、灯油、軽油を含めた、総合的なエネルギー市場として整備していくべきであ
る。」との提案がなされており、また、2015 年 3 月から 6 月まで同省が主催した電力先物市場協議会において
は電力システム改革の具現化に向けて我が国における電力先物市場の望ましい枠組みについて検討・協議が
なされるなど、総合的なエネルギー市場創設の環境整備が進んでいる。
こうした状況を踏まえ、東商取においては、石油、LNG の店頭取引市場を開設するとともに、電力先物上場
に向けた具体的な制度設計等についても検討を進めている。
図2:産業インフラとして東商取が果たすべき役割
第 2 節 店頭市場活性化への取り組み
第 1 項 JAPAN OTC EXCHANGE (JOE)の設立
これまで東商取は専ら先物市場の運営を行ってきたが、総合エネルギー市場としては先物のみならず店頭市
場の活性化が不可欠である。こうした考え方に基づき、東商取では、参加者ニーズに即応した様々なコモディテ
ィ関連の OTC 市場の開設・運営を目的とし、2013 年 11 月、JAPAN OTC EXCHANGE㈱(以下「JOE」)
128
を設立した。
2016 年 8 月現在、JOE は石油と LNG の OTC 取引プラットフォームを運営しているが、中でも LNG 市場
については、前述の LNG 先物市場協議会にて合意・認識された、実取引を反映した LNG の価格形成を行う
ことが期待されている。
第 2 項 JOE の LNG 取引
JOE の LNG 取引は、LNG のスポット取引の価格変動のヘッジ手段の提供を目的としているが、もう一つ、
LNG 自体の需給を反映した価格指標の確立という重要なミッションを有している。これは、我が国は世界最大
の LNG 輸入国(2015 年の輸入量は 1,180 億㎥で世界の 34.9%)であり、我が国の電力会社やガス会
社は LNG 市場において主要なプレイヤーでありながら、現在公表されている LNG 価格指標には、こうした社の
実取引が反映されていないとの問題意識に基づき、実取引が価格指標に反映される仕組みを作ろうという試み
である。
経済産業省の協力もあり、日本で LNG を輸入している主要企業はほぼ全て JOE の LNG 市場に参加して
おり、2016 年 8 月現在の取引参加者数は大手電力、ガス会社を含めた国内外の 26 社にのぼる。2014 年、
2015 年、東京で開催された LNG 産消国会議では経済産業大臣はじめ、経済産業省の審議官が同会議の
出席者に取引参加を呼びかけたほか、同省が 2016 年 5 月に発表した「LNG 市場戦略」においても、同戦略
が目指す日本における LNG の取引ハブ形成に向けた取組みとして言及されるなど、政府の強力な支援を受け
ている国家的なプロジェクトともいえる。
取引状況については、2015 年 7 月に同市場初の取引が成立し、LNG の価格指標形成の趣旨に賛同し
た台湾やシンガポール等の海外の LNG 当業者が 4 社、新たに参加登録するなど、今後の市場活性化が期待
される。LNG 取引の活性化には長期的な取組みが必要になると思われるが、引き続き新たな取引参加者の獲
得も含めて、活性化策の検討を行っているところである。
これまでに実施してきた主な取組みとしては、世界有数のデリバティブ取引所グループである CME グループの
ClearPort®を利用したクリアリング・サービス及び、新たな最終決済価格を導入した(ともに 2016 年 3 月)。
この結果、現在、取引参加者はニーズに合わせて、決済方法については、当事者間決済か CME によるクリアリ
ング、最終決済価格については 2 種類(取引最終日直前 3 日間の RIM 社の DES JAPAN LNG インデック
スの平均または取引最終日を含む月の前月の 16 日から取引最終日までの RIM 社の DES JAPAN LNG イ
ンデックスの平均)から選択可能となっている。
129
表1:LNG 取引要綱
DES Japan LNG ノンデリバラブル
フォワードOTC取引
通常取引(50,000MMBTU)
DES Japan LNG ノンデリバラブル
フォワードOTC取引
大口取引(250,000MMBTU)
DES Japan LNG フューチャーズ
取引
通常取引(50,000MMBTU)
約定単位※
最少約定単位:1ロット(1ロットの単
最少約定単位:5ロット(5ロットの単
位で約定可能。例:1ロット、2 ロット、 位で約定可能。例:5ロット、10 ロッ
3 ロット・・・・)
ト、15 ロット・・・・)
最少約定単位:1ロット(1ロット
の単位で約定可能。例:1ロット、
2 ロット、3 ロット・・・・)
最終決済価格
取引最終日(納会日)を含む前3営
業日のリム情報開発発行の「RIM
LNG Daily」レポート記載 DES
JAPAN平均価格
取引最終日(納会日)を含む前3営
業日のリム情報開発発行の「RIM
LNG Daily」レポート記載 DES
JAPAN平均価格
取引最終日(納会日)を含む月の
前月の16日から取引最終日(納
会日)までのリム情報開発発行
の「RIM LNG Daily」レポート記
載DES JAPAN平均価格
取引の清算方法
取引参加者間による決済
取引参加者間による決済
下記のいずれかを選択可能
・当事者間による決済
・CME ClearPort®を通じたクリ
アリングサービスを介した決済
※約定単位は、取引が成立する単位
第 3 項 政府の「LNG 市場戦略」と JOE
2016 年 5 月 2 日、G7 エネルギー大臣会合の場で経済産業省より発表された「LNG 市場戦略~流動性
の高い LNG 市場と“日本 LNG ハブ”の実現に向けて」では、LNG ハブの実現に向けた取組みの一環として、東
商取(JOE)の LNG 市場について言及されている。同戦略で JOE と関連する記載内容は概略以下のとおり
である。
「LNG 市場戦略(2015 年 5 月)」抜粋
(1)目指すべき目標
2020 年代前半までに日本を LNG の取引や価格形成の拠点(ハブ)としていく事を目指す。
(2)当社との関連
・上記のハブ形成実現の為の「3つの基本要素」(①取引の容易性、②需給を反映した価格指標 、
③オープンかつ十分なインフラ)のうち、特に②の具体的アクションとして、「東京商品取引所によるマ
ッチングや価格発信機能の強化」について記載。
・さらに、「最も信頼できる価格指標は、アセスメントではなく、実際の取引に基づくものである。この観点
から、TOCOM における取組についても、現物取引機能の追加、グローバルな認知度向上などの市
場参加者から選ばれるシステムとなるように取引ルール等の適切な見直しを行っていくことが期待され
る。」との記載あり。
・また、これらの取組みについて、政府としても必要な支援を行っていく旨の記載あり。
東商取/JOE では、上記の提言に基づき、JOE のプラットフォーム上で現物取引が可能となるよう、市場関係
者と調整し、その実現に向けて取り組んでいるところである。
先物市場と現物市場は相互補完関係にあり、鶏と卵の因果関係に例えられるように、どちらかが欠けても成
り立たないものである。欧州の天然ガス市場では、2000 年初頭に Statoil と Centrica という二大業者が締結
130
したガス売買契約で、NBP(National Balancing Point)価格連動の値決めが採用された。このことがその
後の NBP 価格連動契約の増加、NBP 先物取引の活発化につながったといわれている。
日本においても、極東における LNG の安定的調達実現のため, 関係者と協力して産業インフラの整備に向
けて取り組んでいきたいと考えている。
第 4 項 今後の展望
エネルギー市場の自由化が進んでいる欧米では、事業者が抱える価格変動リスクについて、金融機関による
リスク管理サービスの提供が一般的となっている。我が国においても、自由化の進展に伴って、事業者における
価格変動リスクに対するヘッジニーズの高まりとともにそのリスク管理サービスの提供など新たなビジネス機会が生
まれることが期待される。
東商取では、エネルギー市場の自由化の進展に呼応して、総合エネルギー市場を整備することで、エネルギ
ー関係の各商品の適正な価格指標とリスクヘッジの場を提供することを通じ、こうした新たなビジネスを容易且つ
効果的に享受できる環境を醸成し、我が国のエネルギーの安定的な供給に貢献していきたいと考えている。
131
第 8 章 参考データ集
第 1 節 石油用語集
・アーガス(Argus)
1970 年に設立された石油価格情報機関。主要事務所がイギリス、アメリカ、シンガポール、ロシアにあ
り、原油、石油製品のレポートを発行している。
・IEA(International Energy Agency)
国際エネルギー機関。国際的なエネルギー問題に対処する為に 1974 年に先進工業国により設立され
た。現在は 29 カ国が加盟。
・ICE Futures Europe
旧 IPE( ロンドン国際石油取引所)。ブレント原油、天然ガス等が上場されている先物取引所。
・アラビアン・ライト原油
サウジアラビアから産出される代表的原油。スポット市場において指標原油として取引されていたこともあ
った。
・EFS 取引
Exchange of Futures for Swaps の略で、スワップ取引を行う当事者に対し、先物市場でのポジシ
ョンを当事者間で合意した価格で約定を認める制度。
・EFP 取引
Exchange of Futures for Physicals の略で、現物取引を行う当事者に対し、先物市場でのポジ
ションを当事者間で合意した価格で約定を認める制度。
・硫黄分
石油に含まれる不純物。遊離硫黄、硫化水素などがある。一般的に硫黄濃度が高いほど低価格で取
引される。 石油に含まれる硫黄化合物が燃焼することで発生する二酸化硫黄は酸性雨の原因となる。
・一次エネルギー
原油、石炭、天然ガス、水力など自然から直接得られるエネルギーを指す。一次エネルギーを転換して
得られるエネルギーを二次エネルギーという。
・インタンク価格
元売会社などが、運送業者などが所有するタンクに直接納入する際の価格。
132
・インタンク・トランスファー
受渡方法の一つで、現物の移動を伴わずタンク内において所有権を移転させる方法。
・受渡条件調整制度
納会日以降に、受渡当事者が受渡条件について協議を行い、合意があった場合には取引所の定めた
受渡条件以外でも受渡しを認める制度。
・ADP 制度
納会日を経て受渡玉が確定した後、受渡当事者間で当社が定めた受渡条件と異なる方法で受渡・決済を
行う旨の合意が成立した場合、その旨を当社に申し出て承認を得ることによって、当該受渡玉について受渡決
済が完了したものとする制度。国際的にもエネルギー市場を中心に導入されている。
・API 度
API(米国石油協会)が定めた、原油及び石油製品の比重を表す指標。数値が大きくなるほど軽質
であり、得率が高いことから一般的に高価格で取引される。
・FOB 価格
Free On Board の略で、指定した船までの運搬費、積込費用込みの価格。
・SS(Service Station)
給油をするだけでなく、オイルやタイヤ交換、洗車などのサービスを提供するガソリンスタンド。
・NGL(Natural Gas Liquids)
地下から産出される天然ガスから分離された常温・常圧で液体となる液体炭化水素の総称で、天然ガ
ス液と呼ばれる。
・LNG(Liquified Natural Gas)
液化天然ガスと訳され、天然ガスの不純物を取り除いた後に、超低温(-162℃)で液体化したもの。
・LPG(Liquified Petroleum Gas)
プロパンを代表的成分とする液化石油ガス。LP ガスとも呼ばれる。日本ではタクシーの燃料としても使わ
れている。
・OECD(Organization for Economic Co-operation and Development)
経済協力開発機構。先進国 30 カ国が加盟する国際機関で、グローバル化に伴う経済、社会、ガバナ
ンス等の課題に取り組んでいる。
・オクタン価
ガソリンのアンチノック性を示す指標で、数値が高いほどエンジンのノッキングが起きにくくなる。
133
・OTC 市場
Over The Counter(店頭取引)の略で、取引所を介さずに相対で取引が行われる市場。
・OSP(Official Selling Price)
公式販売価格。産油国政府もしくは国営石油会社が決定する原油の販売価格
・OPEC(Organization of Petroleum Exporting Countries)
石油輸出国機構。1960 年、サウジアラビア、イラン、イラク、クウェート、ベネズエラの 5 大原油輸出国が
原油価格の維持を目的に設立。現在は、上記 5 カ国にカタール、リビア、アラブ首長国連邦、アルジェリア、
ナイジェリア、エクアドル、アンゴラ、インドネシアを加えた計13カ国が加盟し、生産枠の設定や価格の安定
などについて協議を行っている(2016年1月現在)。
・オマーン原油
アラビア半島の東南端に位置するオマーン国から産出される原油で、生産量は現在約 75 万バレル/
日。
・カード価格
元売などが運送業者に法人カードを発行して、フリート業者(軽油販売に特化した業者)がインタ ン
ク価格に給油手数料を加算して販売する価格。
・ガソリン税
揮発油税と地方揮発油税からなり、2 つをあわせて一般的にガソリン税と呼ぶ。
・ガロン
アメリカとイギリスにおける液体量の単位。アメリカでは 1 ガロン約 3.785 リットルで、42 ガロンが 1 バレ
ルとなる。
・業転価格
業者間転売価格の略で、元売や商社が系列外で販売する際の価格。
・クラック・スプレッド
原油と石油製品市場で同時に反対のポジションをもつスプレッド取引。石油会社が利益を確定する 為
に行うヘッジ取引の一種。
・軽油引取税
総務大臣又は都道府県知事に指定された元売業者や特約業者が、軽油の購入者から徴収する地
方税。
134
・コンデンセート
天然ガスの採取精製の際に得られる、常温常圧で液化している炭化水素で、その主成分はガソリンに
似た特軽質油分である。地下ではガス状になっている。
・CIF 価格
Cost , Insurance and Freight の略で、運賃保険料込み価格を意味する。引渡し地までの保険
料、運送料を含む価格。
・JCC 価格
Japan Crude Cocktail の略で、日本へ輸入されている原油の輸入通関価格の平均値。
・仕切価格
元売会社から系列特約店への卸売価格。調達コストなどを反映させる「コスト連動型」と、販売地 域
ごとの市況を勘案して決められる「市況連動型」がある。
・仕向地制約
中東から輸入されるほとんどの原油に付される仕向地の制約条項。ドバイ原油は仕向地の制約がな
い。
・重油
粘度によって A 重油、B 重油、C 重油の 3 種に分類されている。A 重油が最も軽質で粘度が低い。
・JOX(J-Oil Exchange Pte Ltd,)
石油元売会社、総合商社、外資系金融機関などが共同で設立した相対の石油取引市場。2001 年
6 月にシンガポールに設立。
・申告受渡制度
納会日前に、当月限の建玉を保有する渡方、受方双方が受渡しについて合意し、取引所に届け出る
ことによって、柔軟な受渡条件で受渡しができる制度。
・スワップ取引
あらかじめ定められた方式に従って、将来発生するキャッシュフローを 2 つの当事者間で交換するという相
対取引。例えば、A が B にある商品の固定価格を将来支払い、B は A にある商品の変動価格を将来支
払うという取引。
・石油製品
原油を精製して得られる、LPG、ナフサ、ガソリン、灯油、軽油、重油などの製品。
135
・セブン・シスターズ
1960 年代頃まで国際石油市場において多大な影響力をもっていた石油会社で、米系 5 社(エクソ
ン、モービル、ソーカル、テキサコ、ガルフ)と英蘭系のロイヤル・ダッチ・シェル、英系ブリティッシュ・ペトロリアム
の合計 7 社を指す。
現在のエクソンモービル、ロイヤル・ダッチ・シェル、ブリティッシュ・ペトロリアム、シェブロ ン・テキサコの 4 社は
スーパーメジャーと呼ばれ、超巨大企業として影響力を振るっている。
・立会外取引
TOCOM の先物取引において、立会(個別競争売買)によらずに、当社に申出を行い、その申出が承認さ
れた場合には、当事者間の合意に基づく申出価格により、売買約定を成立させることができる取引
・DD 原油(Direct Deal Crude)
消費国の石油会社が、産油国の国営石油会社から直接購入する原油。日本における原油調達はこ
の方法によるものが大部分を占める。
・天然ガス
原油が熟成・分解されたもので、地下から産出し常温で気体となる可燃性のガス。油田において原油と
ともに産出する油田系のガスが主に取引されている。
・特約業者
都道府県知事が指定する、元売会社から軽油の供給を受け販売している業者。
・特約店
元売会社と契約を結び、石油製品を消費者に販売する業者。
・得率
原油を蒸留することによって得られる各留分の生産割合をパーセンテージで表したもの。
・TOCOM ウィンドウ
TOCOM利用者が立会外取引を行う前に任意に参考情報を交換するためのツール
・ドバイ原油
アラブ首長国連邦(UAE)で産出されるアジア地域のマーカー原油。産出量は現在約 15 万バレル/
日と少ない。
・NYMEX(New York Mercantile Exchange)
136
ニューヨーク商業取引所。WTI 原油、ガソリン、ヒーティングオイル、プラチナ、パラジウムなどが上場され
ている、CME Group 傘下の先物取引所。
・ネットバック価格
石油製品の市場価格から逆算して求められる原油価格。製品価格、精製コスト、得率などから決めら
れる。
・バーター取引
元売会社間で、同量同価格で石油製品を売買する取引。互いの流通を合理化するために製品を融
通しあう取引。
・白油
一般的にガソリン、灯油、軽油などの総称で、これらの製品が無色透明に近いことからつけられた。
・バスケット価格
OPEC 加盟国の主要輸出原油 13 油種のスポット価格を、生産量及び主要市場での輸出量に応じて
重み付けをした平均値。その構成は、Saharan Blend(アルジェリア)、、Iran Heavy(イラン)、
Basra Light(イラク)、Kuwait Export(クウェート)、Es Sider(リビア)、Bonny Light(ナイジ
ェリア)、Qatar Marine(カタール)、Arab Light(サウジアラビア)、Murban(UAE)、Merey
(ベネズエラ)、Girassol(アンゴラ)、Oriente(エクアドル)である。
・バレル
主に液体の容積を表すのに用いられ、石油の場合 1 バレルは約 159 リットルである。42 米ガロンが 1
バレルとなる。
・非 OPEC 諸国
ロシアやメキシコなどの OPEC に加盟していない産油国。世界の原油生産量の約 6 割が非 OPEC 諸
国によるものである。
・備蓄
日本においては原油の安定供給確保のため、国家備蓄(目標:5,000 万 kl)と民間備蓄(目
標:内需量の 70 日分)が義務付けられている。
・フォーミュラ方式
事前に公表された算出式をベースとして、産油国が OSP を決定する方式。
・プラッツ(Platts)
マクグロウ・ヒル社傘下の石油価格情報機関。アジアで流通する中東産原油や石油製品についてはプ
137
ラッツの発表価格が重要な指標となっている。
・フリート価格
元売会社がフリート業者に販売する価格と、フリート SS(フリート業者直営の SS)が販売する店頭価
格を指す。
・ベーシス
現物価格と先物価格の価格差。
・マーカー原油
その地域において、取引の指標となる原油、アジアにおいてはドバイ原油(オマーン原油)がマーカー原
油である。
・MOPS(Mean of Platts Singapore)
プラッツが発表する石油製品の FOB シンガポール中値を意味する。シンガポール OTC 市場ではこの指
標を利用するスワップ取引が盛んである。
・レトロアクティブ方式
産油国が船積月の翌月に OSP を一方的に通知する方式。
第 2 節 石油に関する情報入手先
・(株)東京商品取引所(Tokyo Commodity Exchange, Inc.)
・原油価格、出来高、取組高、ヒストリカルデータなど
・NYMEX(New York Mercantile Exchange)~CME Group
・WTI 原油価格、出来高、取組高、チャート、上場来の記録など
・ICE Futures Europe
・ブレント原油価格、出来高、上場来の記録など
・API(米国石油協会)
・米国週間石油統計(米国内の原油在庫の統計など)を発表
・EIA(米国エネルギー情報局)
・米国週間石油統計、ガソリン価格、エネルギー統計など
138
・国際エネルギー機構(IEA)
・Oil market report(需給、在庫等のレポート)、エネルギー統計など
・資源エネルギー庁(総合エネルギー統計)
・石油統計速報:国別原油輸入量、石油製品生産・在庫、石油製品需給
・経済産業省
・資源エネルギー統計速報(月次の石油製品生産量、在庫量)
・石油連盟
・石連週報(石油製品供給統計:在庫、生産、輸入、輸出量の週計)・統計資料(石油製品
国別輸入、原油国別・油種別輸入、製油所装置能力、石油備蓄日数、都道府県別販売実績など
のデータなど)
・石油情報センター
・月次、週次石油製品市況調査(ガソリン・灯油・軽油の県別市況など)
・日本海事新聞
・海運関係のニュースが掲載されている
・商船三井
・海運市況のさまざまな資料が多数閲覧できる
・日本エネルギー経済研究所
・エネルギーに関する研究論文、分析レポートなど。会員限定の閲覧
・石油エネルギー技術センター
・石油を中心とした技術研究開発のレポート。技術的な側面が強い
・BP
・エネルギー統計(年間の原油・石油製品、その他エネルギーの需給、輸出入の状況など)
・Oil News
・世界中の石油に関するニュースが掲載されている
・リム情報開発
・原 油 、石 油 製 品 、LPG、LNG、石 油 化 学 、電 力 等 、国 内 外 に情 報 を発 信
139
・プラッツ
・東京湾、中京、阪神を受渡地とする日本国内の海上輸送精製石油製品の価格アセスメ
ントを行っている
・JOX
・2001 年に石油元売会社、総合商社、外資系金融機関などが共同でシンガポールに設立した相対の石油
取引市場
140