クロマチンの動きにより制御される DNA 損傷修復機構

クロマチンの動きにより制御される DNA 損傷修復機構 千葉大学大学院医学薬学府 4年博士課程2年 石橋 賢一 Double-strand breaks in heterochromatin move outside of a
dynamic HP1a domain to complete recombinational repair
Irene Chiolo, Aki Minoda, Serafin U. Colmenares, Aris Polyzos, Sylvain V. Costes,
and Gray H. Karpen
Cell, 144, 732-744 (2011)
核内には、クロマチンが密なヘテロクロマチン領域と疎なユークロマチン領域が存
在する。ユークロマチンは開いた構造になっており、転写に関わる因子がアクセスし
やすく転写が活発な領域である。一方、閉じた構造であるヘテロクロマチンは転写が
不活発であるが、DNA が安定化されている。DNA の安定性を維持する機構として、DNA 損傷修復機構が知られている。DNA 二重鎖切断(DSBs: Double-strand breaks) が起
こり、DNA が損傷した際には、主に 2 種類の経路により損傷が修復される。相同組み
換 え (homologous recombination: HR) と 非 相 同 末 端 再 結 合 (non-homologous end-joining: NHEJ) であり、それぞれ利点と欠点が存在する。HR は損傷部位と同じ
姉妹染色体を鋳型にして DNA 合成することにより正確な修復を行うが、姉妹染色体が
できる合成期から分裂期にしか修復を行うことが出来ない。NHEJ は細胞周期全般を
通して修復を行うことが出来るが、損傷部位を除去することにより修復を行うので、
HR と比較して変異が生じる可能性が高い。しかし、ヘテロクロマチン領域では HR で
も変異は生じる場合がある。その理由は、ヘテロクロマチンでは繰り返し配列が多く、
姉妹染色体ではなく繰り返し配列を鋳型にして DNA 修復をしてしまい、正しく修復が
行えないからである。では、どのような機構により DNA 損傷からヘテロクロマチン領
域の DNA を守っているのだろうか? ヘテロクロマチン領域では (1) DSBs が生じにくい、(2) HR が抑制されている、
(3) HR は起こるが変異が生じにくい、という報告がされている。まず筆者らは、ヘ
テロクロマチン領域において DSBs が生じるか調べた。赤外線によりヘテロ・ユーク
ロマチン領域共に DSBs が生じ、ユークロマチン領域と比較してヘテロクロマチン領
域では急速な DSBs の消失が観察された。次に、HR に関連する Rad51 がヘテロクロ
マチン領域に集積していなかったことから、NHEJ を介して修復を行っている可能性
を考えた。しかし、筆者らの予想と反して NHEJ ではなく HR に関与する分子を欠損
させたときに DSBs の急速な消失が抑制された。上記の結果から、ヘテロクロマチン
領域における DSBs の修復に関与する経路は HR であることが見出された。 何故、HR がヘテロクロマチン領域の DSBs 修復に関与することが出来るのだろう
か?筆者らは、赤外線照射を行ったときにヘテロクロマチン領域が動くことから、
DSBs はヘテロクロマチン領域の外に送り出された後に修復されるのではないかと仮
説を立てた。そこで、ヘテロクロマチン領域・HR の初期のマーカー (TopBP1)・Rad51 の動きについて観察を行った。その結果、ヘテロクロマチン領域に生じた DSBs へ
TopBP1 が集積し、時間とともにユークロマチン領域に運ばれているのが見られた。
一方、ユークロマチン領域の Rad51 はヘテロクロマチン領域に向かって移動し、ヘテ
ロ・ユークロマチン領域の境界で共局在することが分かった。HR の初期の段階がヘ
テロクロマチン領域で起こった後に、クロマチンの動きを介してユークロマチン領域
付近に運ばれて、後期の修復反応が行われていることが示唆された。 最後に、筆者らはヘテロクロマチン領域の動きや DSBs の修復を制御する因子につ
いて調べている。因子は、DSBs 修復機構とヘテロクロマチン領域の維持機構に分け
られる。DSBs の修復に関わる ATM・ATR を抑制するとヘテロクロマチン領域の動きが
見られなくなる。また、ヘテロクロマチン領域の DSBs の動態がユークロマチン領域
の DSBs と同様になった。ヘテロクロマチン領域の維持に関わる HP1a を抑制した場
合には、上記に加えてヘテロクロマチン領域での Rad51 の集積が見られた。さらに、
HP1a を介した Rad51 の正常な分布には DNA の動きを維持する Smc5/6 複合体が関与
することを示した。 Figure ヘテロクロマチン領域における DNA 修復機構モデル 本論文において筆者らは、ヘテロクロマチン領域に DSBs が生じた場合、ユークロ
マチン領域とは異なった機構により HR を介して修復が行われることを見出した。 修復は (1) 初期反応はヘテロクロマチン領域で行われ、 (2) クロマチンの動きを介
してユークロマチン領域付近に運ばれ、 (3) 後期の修復機構に受け渡される
(Figure)。さらに、ヘテロクロマチン領域の維持と DNA 修復機構が密接に関連してい
ることも示唆した。ヘテロクロマチンにおける DNA 安定性のメカニズムを理解するこ
とは、DNA の不安定化や異常により引き起こされる発がんや老化を理解する上で重要
であると考えられる。今回の研究により、クロマチンの構造と動きが転写だけではな
く DNA 損傷修復にも重要であることが示されているが、付随して起こっている別の現
象の可能性は否定しきれない。また、ヘテロクロマチン領域の DNA 損傷に対して、離
れた部位に局在するユークロマチン領域に、どのようにシグナルが伝達されているか
についても解析が必要である。生命にとって重要な DNA や核内構造の維持・動きの制
御には不明な点が多く、今後のさらなる解析が望まれる。