機能回復神経科学の基盤研究と臨床応用

○プロジェクト研究0943-3
研究課題
「機能回復神経科学の基盤研究と臨床応用」
○研究代表者 医科学センター教授 佐々木誠一
○研究分担者 医科学センター教授 永田博司
理学療法学科准教授
(6 名)放射線技術科学科准教授 石森佳幸 医科学センター講師
附属病院講師
河野豊
医科学センター助教
○研究協力者 医科学センター嘱託助手 角正美 小林秀行
(5 名)学外共同研究員 矢口雅江 上野友之 洞口貴弘
○研究年度
(研究期間)
冨田和秀
山川百合子
飯塚眞喜人
平成23年度
平成21年度~平成23年度(3年間)
1.研究目的
本プロジェクト研究では【中枢神経系の可塑的変化と運動機能回復】と【脳機能測定と回復評価】に
ついて機能回復に関連する研究を行った。【中枢神経系の可塑的変化と運動機能回復】は「神経移行手
術による上肢随意運動機能の獲得(佐々木)」、「一側横隔神経切断後の呼吸中枢の可塑的変化と機能
回復(富田)」、「随意性呼吸運動における最適化に関する研究(飯塚)」の3つのサブグループで研
究した。【脳機能測定と回復評価】は「異常蛋白蓄積モデルと運動による機能回復(永田)」、「非侵
襲的な脳の血流評価法の研究(石森)」、「高次脳機能障害と機能回復評価指標の作成(山川)」の3
つのサブグループで研究した。【中枢神経系の可塑的変化と運動機能回復】では肋間神経移行による随
意運動獲得の神経機序を明らかにし、さらに一側横隔神経切断後の呼吸中枢の可塑的変化と機能回復を
明らかにするために免疫組織化学法を用いて、呼吸筋トレーニングによりどのような回復効果をもたら
すのか研究した。健康成人に慢性閉塞性肺疾患(COPD)と同様の一秒率・一秒量を再現できる呼気負荷装
置を用い、運動時換気応答の相似性を明らかにすることを目的とした。【脳機能測定と回復評価】では
異常蛋白Aβ蓄積による脳組織化学的変化や認知機能への影響、および運動介入による神経保護効果に
ついて調べた。ヒトの脳機能回復を評価するためにMR血管撮影法(MRA)の新たな方法と機能的な評価
の開発を行なった。
2.研究方法
【中枢神経系の可塑的変化と運動機能回復】カニクイザルを用いて肋間神経移行された二頭筋で随意運
動が行える実験結果より大脳皮質運動野の可塑的な変化を調べた。またネコを用いて随意運動発現時の
呼吸筋と体幹筋の活動の関連を調べた。呼吸負荷による神経系の変化を調べるために一側横隔神経切断
ラットに対して種々の条件下で呼吸筋強化トレーニングをおこない、c-Fos免疫陽性ニューロンを延髄
呼吸ニューロン群で観察し、トレーニングが呼吸中枢に与える影響を調べた。呼気負荷装置の装着前と
後で20W/分で漸増ランプ負荷運動を自覚的疲労困憊に至るまで継続させ、換気応答を調べた。【脳機能
測定と回復評価】海馬依存的学習課題(居住型迷路)を習得させたラットに対しAβを脳室内に持続注
入し、2週間後に参照記憶テストを行った。また両側総頸動脈結紮を施したラットにトレッドミル走行
を行わせ、海馬BDNF量の測定やAβ凝集の程度を組織化学的に調べた。ヒトの脳機能を評価するために
血流に磁化ラベルをつけてラベルのon/off間の差分で血流を描出する手法を改良し、生体における最適
化を行った。健常ボランティアの頭部MRAを施行し、脈波同期の有無でRFプリパルスの最適タイミング
を調べた。画像診断で脳血流を評価し、さらに機能を調べるために頭頂葉損傷患者の脳機能障害がどの
程度深刻なものなのか、リハビリにより機能がどの程度回復してきたかの指標を作るための基礎研究と
して、数値・空間処理を必要とする3種の課題を開発し、延べ人数88名の健常者を調べた。
3.研究結果
【中枢神経系の可塑的変化と運動機能回復】ネコを用いて立ち上がり動作、回転動作、餌取り動作時に
は横隔膜には呼吸性の周期的な活動と非呼吸性の活動が複合することがわかった。カニクイザルを用い
て肋間神経移行された二頭筋では短期間で随意運動が行えるようになることが分かった。一側横隔神経
切断後ラットに呼吸筋強化のためのトレーニング装置を用いc-Fos免疫陽性ニューロンを延髄背側呼吸
ニューロン群と腹側呼吸ニューロン群で変化が見られた。呼気負荷装置装着下ではランプ負荷運動を与
えた時、低い運動負荷量で自覚的疲労困憊状態となった。そして最大呼気換気量の減少は一回換気量で
はなく主に呼吸周期の減少によっていた。
【脳機能測定と回復評価】Aβ投与後の新規学習能力に統制群との差はなかった。しかし、学習終了10
日後(Aβ投与15日後)における参照記憶テストでは、ゴールまでの到達時間、エラー数ともに増加し
ていた。また、走行運動負荷群では、海馬歯状回のBDNF量が非運動群に比べ有意に増加し、海馬Aβ発現
量は、有意に低下していた。ファントム実験の結果では脳とCSFの信号を同時にnullにする1st TIと2nd TI
の組み合わせのうち、最も短い値の組み合わせが血管を高信号に描出する最適値であった。しかし生体
においては、血流速のばらつきなどにより最短値が最適値とは言えなかった。一般的な条件として、繰
り返し時間3秒で1st TI 1700ms, 2nd TI 440ms、撮影時間3分37秒で脳全体の血管描出が可能であった。
事前に小さな数字(1-3)が呈示された場合には左視野に呈示された視覚刺激に対する反応時間が右視野
に呈示された場合と比べて短くなり、大きな数字(7-9)が呈示された場合には逆に右視野に呈示された
視覚刺激に対する反応時間が短くなることが分かった。また、数を左手から指折り数える人では、事前
に小さな(大きな)数字が呈示された場合には左(右)人差し指に呈示された触覚刺激に対する反応時間
が短くなったが、右手から指折り数える人では逆であることが分かった。
4.考察(結論)
【中枢神経系の可塑的変化と運動機能回復】肋間神経移行後の上肢運動の解析の際には新たに獲得され
た運動なのか、体幹の移動による本来観察される活動なのかを区別する必要があることが、霊長類で肋
間神経移行二頭筋は短期間で随意運動を獲得し体幹筋の運動とかい離し、中枢神経系の可塑的な変化が
あることが示唆された。呼吸筋トレーニングを行うと延髄呼吸中枢の呼吸ニューロンの活動が変化する
ことが明らかになり呼吸負荷が有効であることが分かった。呼吸負荷装置は、運動耐容能低下という点
でもCOPDを再現していることが分かった。一方、呼吸数に関してはCOPD患者のほうが、呼気負荷装置を
装着した健康成人よりも大きい。COPD患者においてこのようなはやい呼吸数になる原因は不明である。
今後、この呼気負荷装置を用いて、呼吸困難感や動的過膨張の発生機構および軽減手法、エネルギー効
率の良い呼吸パターンの解明など研究の発展が期待できCOPD患者に学習すべき呼吸パターンの開発に
つながると考える。
【脳機能測定と回復評価】Aβの異常蓄積は学習した情報の固定や保持課程を妨げることで参照記憶障害を
引き起こしている可能性が示唆される。また、慢性脳虚血時における比較的長期間の運動負荷は海馬BDNF発
現を増加させ、βアミロイド前駆体タンパクの発現を抑制し、神経細胞の脱落を抑制することが示唆された。運
動が神経保護的に作用する可能性が考えられ、認知機能に対する運動の効果を明らかにした。血液灌流を調
べるためにASL MRAを利用して、非侵襲的な脳の血流評価を検討し、MRAを従来法の半分の時間で撮像が
完了する手法を提案できた。一般臨床機で広く普及している血管撮影法を利用して脳血流を簡便に評価
する事が可能となり、高価なMRI装置や研究用施設でしか実施できなかった検査を可能にできた意義は
大きい。リハビリテーション領域では、治療の経過観察のために繰り返し何度も施行可能な検査法の利
用が必須であり、十分価値のある手法が開発できた。脳の高次機能回復評価についてヒトにおいて数値
処理と空間処理は相互作用がある可能性があり、さらに数値処理は視空間に注意を向けさせた場合と体
性空間に注意を向けさせた場合とで被験者の反応に異なる影響を与える可能性が示唆された。このこと
を体系化できれば、数値処理や空間処理に障害が生じる頭頂葉損傷患者の症状や回復の指標になる可能
性が考えられた。本プロジェクト研究では学内の教員が連携し、本学研究環境を活用して国際誌での成
果発表、学会発表などを行い、本プロジェクト研究の主旨を確実に実施できたと考える。
5.成果の主な発表(学会・論文等,予定を含む)
・Uga M,Niwa N,Ochiai N. Sasaki S-I Activity patterns of the diaphragm during voluntary movements
in awake cats. J Physiol Sci 2010:60 No.3:173-180
・飯塚眞喜人、小林秀行、冨田和秀、武島玲子、高橋晃弘 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の知識と呼気負荷
マスク「ゆくすえくん」によるCOPD疑似体験が禁煙への動機付けに与える影響 日本禁煙学会誌
6巻4号 62-65、 2011
・Ishimori Y, Monma M, Kawamura H, Miyata T. Time spatial labeling inversion pulse cerebral MR
angiography without subtraction by use of dual inversion recovery background suppression.
Radiol Phys Technol 4(1), 78-83. 2011
・Ishimori Y, Monma M, Kawamura H. Time-Spatial Labeling Inversion Pulse (time-SLIP) can be used
for Perfusion Imaging. International Society for Magnetic Resonance in Medicine 20th Scientific
Meeting & Exhibition. 2012, 5, Melbourne.
・Horaguchi T, Yamakawa Y, Sasaki S - I Different types of stimulus after the presentation of
numbers induced different patterns of shift of attention toward left/right space. 40th annual
meeting of the Society for Neuroscience, San Diego, USA, November, 2010
・河野豊, 上野友之, 廣木昌彦, 永田博司 イミダフェナシンを用いたパーキンソン病患者の排尿障害
に対する治療 新薬と臨床 60巻8号 1602-1607、2011
・Kohno Y, Sekiguchi H, Kadota H, Takeuchi S, Ueno T, Nagata H, Nakajima Y .
Time course of excitability in corticospainal tract after mirror therapy. Clinical
Neurophysiology 2010; Oct; 121:259