欧州復興開発銀行(EBRD)と中央アジアの移行支援 本間 勝 EBRDが

欧州復興開発銀行(EBRD)と中央アジアの移行支援
本間
勝
EBRDが後発の国際機関として発足してから10年以上たちました。発足当初の状況に
ついては、良くも悪しくも様々な報道が行われましたので、ご記憶の方も多いと思われま
すが、その後はあまり話題に上らなくなりました。私も昨年夏に赴任してから、随分と成
長したものだと感心する点が多く、今後、国際機関の運営の仕方や日本の援助のあり方を
考える上でも参考になるものと思われます。
今般、IMFの玉川氏からお話を受けましたのをきっかけに、最近のEBRDの移行支援
の現状と課題について、中央アジアを主な素材にして纏めてみました。
1.EBRDと移行支援
EBRDは、東欧社会主義の崩壊を受けて、91年に発足したのですが、他の開発機関に
はなかなか稀な、以下のような特徴があります。
第一は、移行を支援する機関ということです。これはインフラなどが全くない国を相手に
するのではなく、そうしたものがある程度整備された社会主義経済を別のシステム、すな
わち、市場経済システムが機能する国にするものです。投融資の対象国は、中東欧から旧
ソ連圏の国々で全部で27カ国ですが、全てユーラシア大陸の北半球地域にあり、その西
側はEU、東側は日本となります。このうち、中欧やバルト諸国などEUに隣接する地域
では移行が順調に進展し、来年5月には、第一陣がEU加盟の予定となっております。今
後、移行支援の重心は、ロシア、ウクライナ、中央アジアなど、東の地域に移っていくこ
ととなります。
第二に、EBRDの業務は民間部門プロジェクトが中心となっております。設立当初に、
業務量の6割以上を民間部門にするとの目標が定められ、そのまま今日に至っています。
これは、国有が基本で、国が経済活動に過度の関与をする社会主義経済からの移行には、
民間部門の育成が最重要と考えられたためです。また、公的部門への融資については、世
界銀行等の既存の機関が条件面などで比較優位を持っておりました。
この場合に、民間部門の育成策として、国営企業の民営化、中小零細企業の育成、市場経
済型の金融システムの整備などを体系的に行っていきました。また、公的部門のプロジェ
クトについても、所有・運営・財務面での移行努力を促すべく、民営化、独立採算制の導
入、コストに見合った料金設定などを求めていきました。さらに、政府との政策対話を通
じて、各種法制や税制の整備にも貢献してきました。
第三に、組織の運営形態やスタッフの行動様式が民間投資銀行に近い形になっていること
です。例えば、EBRDの目標管理は、各部門、各事務所、各個人が、年間業務量やプロ
ジェクトの質などについて年初にマネジメントと契約を結ぶ方式が基本です。次年度初め
に、目標達成度が査定され、これを勘案して、人事、給与などが決められる仕組みとなっ
ております。コスト抑制も徹底していて、過去10年間、業務費用は名目値でゼロ成長で
(10年前に贅沢な運営をしていると批判されたのが、きっかけで今日まで来ています)、
職員の増員も近年は厳しく抑制されています。
尤も、公的機関ですから、全く民間と同じではありません。これを端的に示しているのが、
EBRDの投融資判断の基準です。基準は3つあり、その第一は「健全性」基準です。投
融資の回収可能性を、サウンド・バンキングの観点から検討するもので、その方式は民間
銀行とほぼ同じです。第二は、「移行への影響度」で、プロジェクトが市場経済移行にど
の程度役立つかを見ます。第三は、「付加」基準で、EBRDが、民間では実施できない
ようなプロジェクトを行う場合に付加価値が高いと考えられます。民間銀行が進出して、
EBRDと競合するような場合には、付加価値が低いと考えられ、通常、その実施は見合
わせられます。
2.EBRDの中央アジア政策
(1)中央アジアの経済動向
中央アジアは、ロシアの南、中国の西、アフガニスタン・イランの北、カスピ海の東にあ
る広大な地域で、人口は6千万人弱で急増中です(ロシア人が大量に引き上げたカザフス
タンを除く)。この地域の地理的環境は場所によって大きく変化します。中央部から北半
分は平坦なステップ地帯が延々と続いておりますが、南東部は急峻な山岳地帯、南西部は
砂漠、中南部はアム河、シル河の流れるオアシス農業地域なっております。古来、東西交
易の要衝で、世界の戦略拠点の一つでしたが、19世紀にロシア帝国に編入されました。
ソ連時代の中央アジア経済は、中央からの指令、中央からの財政移転、連邦共和国間の
様々な貿易や経済上の取り決めなどが基本となって動いておりました。また、中央アジア
各国間でも、道路・鉄道・水路・送電線などの基本インフラに沿って、人・物・資金が動
いており、複雑怪奇に画定された連邦内共和国の国境線も、その敷居が低かったため、こ
れが経済発展の阻害要因となることは殆どありませんでした。
91年のソ連崩壊時期に、この国境線を引き継いで5つの共和国が独立しましたが、人口
2600万人のウズベキスタンと人口1500万の資源大国カザフスタンが地域の2大国
家です。残りの3つの国、キルギス共和国、タジキスタン、トルクメニスタンは、人口が
5-6百万人の国々です。
独立直後の中央アジア経済は、経済を支える仕組みが殆ど崩壊したため大混乱となり、さ
らに、国境の敷居も高くなったため、国境線の非合理性が経済にも悪影響を与えるように
なりました。これは、特に、近隣の大国に経済を依存するタジキスタンやキルギス共和国
に悪影響を与えました。
独立後10余年を経て、5カ国の経済実態は大きく異なるものとなっております。これは、
資源の賦存状態、経済政策、地理的条件などに左右されておりますが、なかでも、資源が
決定的な要因のように思われます。一人当たりGDP(2002年、EBRD推計値)は、
石油資源の豊富なカザフスタンが1700ドル、天然ガスの豊富なトルクメニスタンが6
50ドルであるのに対し、キルギス共和国は330ドル、ウズベキスタンは310ドル、
タジキスタンは190ドルと、移行国中の最貧国を形成しております。
経済政策については、カザフスタン、キルギス共和国、内戦終結後のタジキスタンでは、
自由化政策(民営化、外資導入、為替自由化、貿易自由化など)がとられました。他方で、
ウズベキスタンの経済政策は規制色が強く、また、規制と自由化との間のジグザグも見ら
れました。トルクメニスタンは、統制色の極めて強い経済運営を続けております。移行2
7カ国を見ますと、一般に、他の条件が同じであれば、自由化路線をとった国の方がその
後の経済発展が好調ですが、中央アジアにもこのことは当てはまるように思われます。
(2)中央アジア投融資の3つの柱
中央アジアは移行と開発、さらに、地域協力問題が絡み合い、旧ソ連圏の中でも移行支援
が最も難しい地域です。EBRDでは、これまで以下のような移行戦略に基づいて活動を
行ってきましたが、全体としての投融資額は着実に増加する中(最近では、年間、3-4
億ドル程度の新規投融資で、EBRD全体の約1割に当たります)、カザフスタンとそれ
以外の国の格差が拡大する状況になってきております。
EBRDの投融資の対象分野の第一は、金融部門の整備・強化です。EBRDの移行戦略
の中心は民間部門育成であると言っても、中央アジアでは、民間部門が脆弱です。EBR
Dが現地の民間企業に直接貸せるほどに環境は良くありません。そこで、資金チャネルと
して、銀行部門を育成し、ここを通じて間接的に民間部門を育成していくこととしていま
す。銀行部門への関与の仕方は、①銀行民営化の支援、②銀行への出資、③中小零細企業
向け融資促進などのため、地場銀行へのクレジットラインの供与、④貿易促進のため、信
用状を発行する地場銀行への保証、⑤ノンバンク子会社の育成、⑥預金保険制度創設への
協力、など多岐にわたります。これについて後ほど、各国の実情に即して、詳しく述べま
す。
第二は、純粋な民間企業への投融資です。外国投資家など共同で企業を新設したり、国営
企業の民営化の際に出資や融資をしたりしており、中央アジアでは、鉱業、繊維・アパレ
ル、石油、食品・飲料、ホテルなどの実績があります。例えば、キルギス共和国では、カ
ナダの鉱山会社と共同で金鉱プロジェクトに出資しておりますが、これは同国のGDPの
1割以上を生み出すものとなっております。最近は、地場民間投資家や企業との直接的な
投融資も指向するようになってきており、前述の中小企業クレジットラインから卒業した
地場企業などが、取引先に成長してくることが期待されております。
第三が、基礎的インフラの整備です。ソ連時代に中央から大規模な財政的移転が行われ、
各国ともに一応の基礎的インフラはあるのですが、独立後、道路、鉄道、上下水道、地域
暖房などについては改修が十分に行われず、整備水準は悪化してきております。また、通
信、航空、電力など新技術の導入によって、効率、コスト、環境、安全性などの大幅改善
が可能となる分野もあります。
(3)EBRDの中央アジア部門
EBRDでは90年代半ば頃から、中央アジアの現地事務所を整備していきました。当初
は、タシケントやアルマティなどの大都市だけで、その機能も連絡事務所的なものでした。
現在では、中央アジア5カ国全ての首都に拠点を持ち、カザフスタンでは経済中心地のア
ルマティと新首都アスタナの2事務所を有しております。この事務所に約50人の職員を
貼り付け、これをロンドンの本部が統括しています。
ロンドン本部は、プロジェクトの組成と現地事務所の統括を行い、現地事務所は、ロンド
ンが主導するプロジェクトの支援、その後のモニタリング、現地政府や顧客などとの連
絡・調整の役割を果たします。また、最近は、現地事務所スタッフの充実に伴い、現地主
導のプロジェクトも増えています。
3.EBRDの金融部門支援
(1)カザフスタン
現在、中央アジアで最も進んだ銀行部門を待っているのがカザフスタンです。この国は金
融部門についても思い切った自由化政策を採用しましたが、この結果、新設民間銀行、民
営化された旧国営銀行、外銀が主体となって、銀行セクターは着実に発展しました。98
年のロシア危機の際に若干のダメージをこうむったのですが、石油価格の高騰に支えられ、
経済の急拡大が続き、大量の資金が銀行セクターに流入してきております。最近は、主要
銀行が外債発行を行うようになっております。バブルの発生を懸念する向きが出るほどの
活況ぶりです。
EBRDはカザフスタンの銀行部門発展には、独立直後から取り組んできました。その内
容は、①クレジットラインや保証の供与、②銀行への出資、③ノンバンク金融会社の育成
などです。
このうち、金額的に大きいのは、中小零細企業向けのクレジットラインの供与です。これ
は、EBRDが地場銀行に原資を出し、この銀行が自ら審査をして、地元企業に貸し出す
仕組みです。この場合に、地場銀行の職員が、融資の審査、モニタリング、回収などを適
切に行うか否かが、プロジェクト成否の鍵になります。この職員の養成は、日本からの技
術支援資金によって、ドイツ系コンサル会社が請負い、カザフの主要銀行の多くの本支店
の職員を教育してきました。他の中央アジアの国々でも同様な方法が採られております。
また、貿易促進ファシリティも重要です。これは、地場企業と外国企業が貿易取引をする
ときに、信用状を発行する地場銀行をEBRDが保証する仕組みで、これにより、西側銀
行は安心して地場銀行と取引ができることになります。この他、カザフスタン特産の穀物
を一種の担保にする農業金融も行われております。
前述のように、カザフスタンの大手銀行が急速に資金調達能力を高める中で、EBRDは、
「付加性」の観点から、次のクラスの銀行やノンバンク金融機関への取り組みが求めれれ
ています。これまでノンバンクについては、リース会社、モーゲージ会社、保険会社のな
どの新設に取り組んでいますが、銀行に比べると規模的にはまだまだで、今後、一工夫が
必要となっております。
(2)ウズベキスタン
ウズベキスタンは中央アジアの中心部に位置する地域大国です。天然ガス、金、綿花など
の国際商品を産出するものの、カザフスタン程には資源に恵まれていません。この国は規
制色の強い経済政策を採っており、経済は停滞気味です。
EBRDと銀行部門との関係は、独立直後に始まっており、中小企業や零細企業向けクレ
ジット・ラインや貿易促進ファシリティなどを中心となっております。これが地場銀行の
金融技術の向上や民間企業の発展に寄与してきました。また、外資系銀行への出資やリー
ス会社の設立などにも関与しております。
目下の注目点は、ウズベキスタンの経済改革の行方とその銀行部門・企業部門への影響で
す。ウズベキスタンは2002年初めから、再度、為替の統一化に取り組み始めました。
近隣貿易の大幅制限、厳しい金融引締め、現金通貨流通の大幅削減、バザール営業の規制
など激しい政策と副作用を伴いつつ、この10月にIMF8条国化を宣言しました。
この国の主要銀行は国有銀行です。その主要取引先には国営企業が多く、その一部は、二
重為替政策による恩恵を受けていました。また、民間・国営企業とも、最近の厳しい金
融・貿易の引き締めなどによる悪影響を受けており、主要銀行には不良債権が増加してい
るといわれます。不良債権問題がどの程度まで進むのか、これをどのように処理するのか、
当面目が離せません。
また、これの処理に関連するのですが、銀行民営化の問題もあります。ウズベキスタンは
大分前から、同国第二の銀行である国営のアサカ銀行を民営化するとの方針を発表し、E
BRDもこれに対する支援を表明してきました。その後、民営化の話は徐々に先延ばしに
なっている印象ですが、銀行部門に大きな影響を与える事柄であり、当面、その成り行き
をフォローしていくことになります。
(3)キルギス共和国
キルギス共和国は、独立後、経済自由化政策を採り、WTOにもいち早く加盟しておりま
す。一時は国際機関の寵児でしたが、この過程で、急速に対外借入を増やしていきました。
同時に、銀行の不良債権問題も90年代を通じて深刻化していきました。98年にはロシ
ア危機のあおりを受けて、為替の大幅下落、対外債務問題の深刻化、銀行システムの破綻
が生じました。EBRDの主力プロジェクトであった中小企業向けクレジットラインの供
与も、ここで大きく頓挫しております。
キルギス共和国の銀行部門は、現在、このドン底からの回復過程にあります。EBRDは、
銀行部門を再建するため、IFC、トルコの銀行、アガカーン開発基金などと複数の地場
銀行に出資し、銀行経営、金融仲介能力、財務力の強化に努めてきました。また、中小企
業向けクレジットラインに代えて、より小規模の零細企業や小企業向けのクレジットライ
ンを供与しております。同様に、この国のいくつかの銀行に対しても貿易促進ファシリテ
ィを供与しております。
最近は、カザフスタンの主要銀行がキルギス共和国に進出するようになっておりますが、
そのうちの一つと共同で地場銀行に出資を行うこととなりました。金融部門が発展してい
るカザフスタンの銀行の本格進出により、金融市場での競争と金融新商品の導入が進むこ
とが期待されております。
キルギス共和国では、来年早々に預金保険制度の導入を予定しておりますが、EBRDは
これにも技術支援をしております。キルギスでは90年代の銀行破綻の際に、多くの預金
者が預金を失っており、銀行の信頼は大きく損なわれました。預金保険制度の導入は、失
われた銀行システムへの信頼を取り戻すための中核的な施策として位置付けられおります。
昨年秋にキルギス中銀総裁から技術支援を要請されたのをきっかけに、今年1月バーゼル
で、国際預金保険協会と共催で、中央アジア、モンゴル、アゼルバイジャンの中銀、財務
省関係者を集め、預金保険セミナーを開催しました(これがきっかけとなって、タジキス
タンでも預金保険制度が発足する運びとなりました)。キルギス共和国からは、さらに具
体的な指導についての要請があり、カナダ預金保険公社の副総裁経験者をコンサルタント
として派遣する方向で話を進めています。
(4)タジキスタン
タジキスタンは97年の内戦終結後、自由化政策と進めてきました。もともと、商業感覚
に富み、ロシア各地に大量の出稼ぎ労働者を出している国ですので、銀行システムを整備
することは、経済発展に大きな貢献をするものと思われます。
この国の銀行システムは、キルギス共和国に比べても、小さく、弱く、未発達です。主要
銀行の資本金は2-5億円規模で、わが国の小規模な信組よりもさらに小さく、銀行の運
営もこれに近い実態です。EBRDは、この国の優良銀行に出資をし、ここをベースに
様々なプロジェクトを実施することを検討していましたが、その矢先、この銀行が、地元
株主だけに増資するやり方で、出資を希釈するということがありました。私は着任早々こ
の問題の解決を担当し、大変な苦労をしましたが、銀行のコーポレート・ガバナンスや株
式文化が根付くまでの道のりの長さを痛感させられた事柄でした。
現在、EBRDは、零細および小企業向けクレジットラインの供与することとしておりま
す。大変なのは参加銀行の選定ですが、何とか複数行を選定し、アルマティの研修センタ
ーで銀行職員に研修を受けさせ、その上で各銀行の自前資金でパイロット的に融資を行わ
せることとしております。これが上手くいけば、いよいよEBRDのクレジットラインが
出せることになります。同様に、貿易促進ファシリティの導入も検討中です。
(5)トルクメニスタン
トルクメニスタンの銀行セクターは、中央アジアで最も規制色が強く、主要銀行は国営で、
公定為替レートと市場実勢に極端な乖離があり、金利規制も強く、自国通貨を外貨に換え
ることが困難になることもしばしば生じます。主要銀行はこうした規制の下で、主に国営
企業のファイナンスを担当しております。この国には天然ガス資源があるので、こうした
やり方でも経済が回っていっているようです。
EBRDは現在のトルクメニスタン向けストラテジーにおいて、プロジェクトは民間セク
ター(それも一定のものを除外)のみとしております。国の規制が強く、民間部門の発達
が弱いこの国において民間部門のプロジェクトを推進するためには、使えるカードが限ら
れます。即ち、銀行部門を通じて育成するか、外国投資家を待つかですが、どちらも大変
難しいものです。
これまで、トルクメニスタンには、中小企業向けのクレジットラインを幾つかの銀行に供
与しています。こうした環境下でも、民間企業は活動しており、企業からは地場銀行には
大体の資金は戻ってくるのですが、為替規制の関係で、地場銀行が外貨を入手できず、E
BRDに資金が戻らないこともあります。こうした問題の解決ができたら、次は、貿易促
進ファシリティと考え、現在、検討中です。
4.
低所得移行国への対応
(1)低所得移行国の問題
移行対象国は、27カ国と申しましたが、この中には、中欧など移行が順調な国がある反
面、移行が進展せず、貧困が深刻化している国もあります。これは、特に、旧ソ連圏の内
陸国で、資源に乏しい国に集中しており、格差は拡大傾向にあります。昨年春に、IMF、
世界銀行、ADB、EBRD、主要ドナー国などが参加して発足したCIS7イニシアテ
ィブも、こうした問題意識で始まったものでした。中央アジアからキルギス共和国、タジ
キスタン、ウズベキスタンが入っております。
EBRDでは、これらの国々の移行を支援すべく努めているのですが、努力の割には業務
量は伸びておりません。これはEBRDが業務を行ううえでの制約があまりに大きいため
です。EBRDの業務の柱毎に見ていきましょう。
まず第一の柱である金融部門への投融資については、縷々説明しましたが、銀行部門があ
まりに小さく脆弱であるため、クレジットラインの供与などにはおのずと限界があります。
つまり貸したくとも貸せないのです。第二の柱である民間投資家も外国からは殆ど来ませ
んし、国内でもあまり育っていません。こうした中でも出てくる外国投資家は資源関連で
すが、これがない内陸国が外国投資家を呼ぶのは並大抵の努力では実現できません。第三
の柱である公的部門のプロジェクトについては、タジキスタンとキルギス共和国では、I
MFから公的対外借入額とその条件について厳しい制約が課せられております。その条件
は譲許性が高いことですが、EBRDの融資はその範疇に入っておりません。このため、
何らかの工夫をしなければ、公的部門への融資は不可能となります。
こうした問題には、現在のところ、①民間プロジェクトのリスクを軽減するため、ドナー
とリスク・シェアリングをする、②公的部門プロジェクトの譲許性を高めるため、ドナー
の援助資金とブレンディングする、③ソブリン保証のない公的部門プロジェクトを推進す
る、④他の国際機関などとの協調融資を推進する、などの方法で対応しております。現在、
EBRDでは低所得移行国への対応を強化するための方策につき、これらの方法の強化を
含め、検討を行っております。
(2)リスク・シェアリング
リスク・シェアリングは、プロジェクトの失敗により損失が生じた場合に、これをEBR
Dとドナーが分担する仕組みです。例えば、地場銀行に対する貸出が銀行の倒産によって
焦げ付いた場合に、EBRDとドナーとが、事前に定めたルールに従って(例えば、EB
RD30%、ドナー70%など)損失を負担するものです。この仕組みを使うことによっ
て、EBRDは一定のリスクの下で、地場銀行への融資額をプロジェクトの規模を大きく
することができます。
中央アジアについては、2002年に「中央アジア・リスク・シェアリング特別基金」が
導入され、現在、ドイツとスイスが拠出しております。これは、カザフスタンを除く中央
アジア4カ国で、中小零細企業クレジットライン、貿易促進ファシリティ、直接投資ファ
シリティ(地場企業家とともに、EBRDが小規模投資を行うもの)に基づくプロジェク
トを行う際に活用される基金で、具体的なプロジェクト毎にリスク・シェアリングの可否
が検討されます。この基金は、タジキスタン、キルギス共和国などの民間部門プロジェク
トの推進に大きな役割を果たしております。
(3)ブレンディング
キルギス共和国とタジキスタンは、前述のように、公的対外借入は譲許性の高いものに限
られ、EBRDはそのままでは、公的部門への融資はできません。この制約を乗り越える
方式の一つが、ブレンディングです。これは、EBRDの公共部門プロジェクトに、ドナ
ーからグラント資金を出してもらい、プロジェクトの譲許性を全体として高めるもので、
コファイナンス・グラントとも呼ばれます。
これまで、タジキスタンで数件の実績があり、空港改修プロジェクトと航空管制システム
改良プロジェクトを日本のグラント資金、テレコム・システム近代化プロジェクトをスイ
スのグラント資金を活用することで、実施しております。現在、同国の上水道改修プロジ
ェクトを同様の手法で推進しているほか、キルギス共和国で同様のプロジェクトが可能か
否か、検討をしているところです。
ただし、この方法は核になるグラント資金がないと、プロジェクト毎にEBRDとドナー
との間で際限のない交渉をせざるを得ず、極めて効率の悪いものになります。現在、この
種のプロジェクトに使えるコファイナンス・グラント基金を設置できないか、検討が行わ
れているところです。
(4)公的保証無しの公的部門融資
公的部門融資の制約を乗り越える次の方式は、ソブリン保証無しの公的部門融資です。こ
れは独立採算の公的企業で、キャッシュフローや担保などによって、融資回収の確度が高
いような場合に実施します。現在、タジキスタンの国営航空に対して、この方式での融資
が可能か否かを検討しております。
一般に、低所得移行国の公的部門にソブリン保証無しで融資するリスクは並大抵ではなく、
この方式が採れるケースはごくわずかです。これは、①低所得移行国は一般に経済が不安
定で、コーポレートガバナンス面での問題も多いこと、②公的企業は、政治面での影響を
受けやすく、規制監督の変更にも弱い、ことなどのためです。
(5)協調融資の積極活用
譲許的資金に制約のあるEBRDでは、地域プロジェクトへの協調融資を推進することに
よっても、低所得移行国支援を行っております。その主な相手方は、複数国にまたがる地
域協力プロジェクトを得意とし、譲許的資金を持つアジア開発銀行(ADB)です。この
場合、キルギス共和国やタジキスタンについてはADBが譲許的な資金を提供し、カザフ
スタンやウズベキスタンへの融資はEBRD(とADB)が行う形となります。
このような形で協調融資した例としては、カザフスタンの首都アルマティとキルギス共和
国の首都ビシュケク間の道路整備プロジェクトが挙げられます。これは、両国の経済・貿
易関係の緊密化に直接的に貢献するもので、特に、中央アジア最大の経済・金融中心地へ
のアクセスが改善するキルギス共和国にとって大きなメリットがあるものです。
現在、ウズベキスタンとタジキスタンの間の地域送電プロジェクトを検討しております。
融資は送電システムの改善に充てられますが、融資の条件として、両国間で電力取引協定
を締結することとされております。これは、電力の合理的な生産・消費体制を促進するた
めのもので、中央アジアのほかの国にも適用可能となっております。これによって、水資
源を持つ2つの低所得移行国が、電力の形で輸出市場を確保することも可能になります。
5.モンゴルへの移行支援
モンゴルは、北がロシア、南が中国と2つの大国にはさまれた人口200万人の国ですが、
ソ連についで古い社会主義国で、コメコン加盟国でもありました。東欧や旧ソ連圏の民主
改革ほぼ同時期に、同様の経緯で、モンゴルも経済自由化と政治民主化に向けて改革を始
めました。個人的な印象では、中央アジアよりも改革が上手く行っているように思われま
す。
そのモンゴルがEBRDに同国の移行支援、即ち、EBRDの業務の対象国にするよう求
めてきております。これにどう対応するかにつては、現在、EBRD内で検討が行われて
いるところですが、EBRDの移行支援の一端を、技術支援の形で受けてもらうために、
「モンゴル協力基金」が設置されております。日本、オランダ、ルクセンブルグ、台湾が
拠出しており、モンゴル航空のマネジメント契約、ウランバートル空港の整備、国営銀行
の民営化などについてのアドバイス、中小零細企業の経営指導などが行われております。
中央アジアの移行を長らく見てきた目から見ると、モンゴルは中央アジアの低所得国より
は移行条件に恵まれていると思われます。まず、鉱物資源(特に、金、銅)が豊富で、こ
れが人口200万人の国には大きなエンジンになりうることです。第二に、金融セクター
は小さいながら、最悪期を脱して成長をはじめたことです。また、民間部門もかなり育っ
てきた感じがします。第三に、日本、中国、ロシアなどが経済取引、投資、観光などに関
心を持っていることです。特に、中国との経済関係は近年急速に伸びてきているのは、大
きな追い風になると思います。
6.EBRDと日本
90年代の初めには、EBRDは日本とそれなりの関係があったのですが(商社、銀行、
証券会社などもまだ元気でした)、その後、日本の経済困難、この地域に対する関心の一
時的な減退に伴い、EBRDとの関係も希薄化していきました。一部復活の兆しも見えま
すが、まだ往時のレベルには回復していないと思います。
これに比して、EU諸国は、企業、援助機関、政府などがEBRDと緊密な関係を築いて
います。これはEBRDの投融資の焦点が、中欧、バルト、バルカン、ロシアなどに向か
っていたためで、EBRDを情報収集、リスク分散、政府へのレバレッジなどの目的で積
極的に活用しています。
EBRDの東方展開が進む中、日本がEBRDの意義をもう少し正しく認識して、積極的
に、取り組んでくれたらな、と思っております。日本側とEBRDはかなりの補完関係が
あります。EBRD側の強みは、現地事情に明るく(個人的には、東欧・旧ソ連の生の経
済情報が世界で一番集まっているところの一つだと、思っております)、民間部門のリス
クがとれ、モニタリング機能があり、現地政府にレバレッジを有しております。他方で、
弱みは、資金規模が小さく、大規模プロジェクトを単独で実施するのは困難であることが
挙げられます。また、譲許性資金の制約から、借入制限のある国の公的部門プロジェクト
と単独で実施するのは困難です。さらに、日本やアジアに関する情報が少なく、商慣行を
理解していないのも弱点かと思われます。
日本側はかつてより、ロシア、中央アジア、東欧情報を収集する機能が弱まっております。
拠点が少なくなったためで、モニタリング、問題がおきたときの相手方へのレバレッジも
十分ではないように思われます。他方で、資金規模は依然大きく、譲許的な資金も出せ、
アジアには強いのが強みかと思われます。
手続き、意思決定、カルチャーなどは相当に違っていますが、他流試合を挑んでみる感覚
で、協調融資や共同の出資を検討してみるとよいのではないかと思います。そこから新た
な援助の地平や投資方法が見えてくると思われます。