提携ガバナンスの設計 - 日本イーライリリー株式会社

特 集 記 事
提携ガバナンスの設計
アライアンスを成功に導く
堅固な原則と慣行
著者 : デビッド・S・トンプソン (CA-AM)、スティーブン・E・トウェイト (CSAP)
ゆるぎない提携ガバナンス構造と運用構造はアライアンスを成功させるための基盤とな
る。パートナーの意思決定と業務調整を効果的かつ効率的に行うことを可能にするプロセ
スを体系化した提携ガバナンスは、あらゆるアライアンス マネジメント活動の中心的な存
在である。理論上は単純な提携ガバナンスであるが、提携ガバナンスに関する分野ではさ
まざまな意見や複雑な理論が展開されている。提携ガバナンス活動の範囲は非常に広く、
アライアンスの立ち上げの管理にはじまり、問題の予測と解決、アライアンスの解消に伴
う管理事務の処理にまでいたる。
アライアンス提携ガバナンスに関する 4 部構成シリーズのうち、第 1 部に当たるこの記事では、パートナーシップをラ
イフサイクル全体にわたって管理するための構造とプロセスを設計する際に考慮すべき重要な要素について説明する。
具体的には、アライアンス プロフェッショナルが複数のソースからのリスク ( 対人関係、ビジネス リスク、法的不確実
性など ) を予測し、軽減するために利用できる実践的な戦略とツールを紹介する。アライアンス プロフェッショナルは、
原則に基づく強固な提携ガバナンス システムを設計・導入することによって、永続的な基盤と柔軟なフレームワークを
確立し、パートナーの成功に不可欠な要素として機能させることができる。
2012 年第 3 四半期
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特 集 記 事
この記事とこれに続く 3 つの記事では、単純で実践
的な提携ガバナンス アプローチ、つまり、実際の
業務環境で有効性を実証されているコンセプトと
アイデアについて重点的に説明する。
る共通の語彙と合意に基づく設計原則を定義して
おくと効果的である。これらの原則は、アライア
ンス パートナーが共同的な提携ガバナンス構造を
作成する際に基礎的要素としての役割を果たす。
共通の目標
提携ガバナンス システムの定義に着手する前に、
まずパートナー同士が共通の目標についての合意
に達しておく必要がある。当社では、アライアン
ス提携ガバナンスが次の条件を満たしていなけれ
ばならないと考えている。
̶ 各パートナーの利益の保護
̶ 必要なリソースを割り当てるための管理監視体
制の確立
̶ 当事者を提携させるプロセスにおいて必然的に
起こる人的リスク、ビジネス リスク、および法
的不確実性を軽減するためのメカニズムの提供
̶ アライアンスのライフサイクルの各段階におけ
る堅固な意思決定フレームワークの維持
原則に基づく設計
効果的な提携ガバナンス プロセスと提携ガバナン
ス構造の必要条件は以下のとおりである。
1. アライアンスの目的 ( 資産の価値を最大化する
こと ) を当事者間の契約の条文と精神に従って
効果的に組み込んでいる
2. 実行可能で運用可能、機能的で効率的である
3. アライアンス内部とパートナー間に焦点を当
て、整合性、説明責任を生じさせる
4. 権限をもった人員を割り当てて、合意に基づく
計画にリソースを投下することを各当事者に要
求するものである
5. 事実上、関係がグローバルな場合に、開発およ
び商業化の取り組みにおいて世界規模かつ一貫
性のある戦略を実行できる
段階的アプローチ
優れた提携ガバナンス組織は、アライアンスを次
の基本的な 3 つの段階に分けて考える。
̶ 立 ち 上 げ : 建 設 的 だ が ス ト レ ス の 多 い 時 期。
アライアンスを立ち上げ、軌道に乗らせること
に時間が費やされる。
̶ 安定状態 : 倦怠期。予期せぬ事態が生じたとき
に危機感で進行が中断する。
̶ 終了 : ストレスの多い時期。多くの人がアライ
アンスから離れ、知的財産の処遇に多大な時間
が費やされる。
図 1:
アライアンス業務の性質
終了活動
製造上の問題
FDA の対応
契約再交渉
立ち上げ
活動
キャパシティ
予想外のアライアンス業務
基本的 OAM 活動 (アジェンダ、整合、統治)
時間
図 1 は、各段階のアライアンス作業の流れを示
している。
アライアンスの各段階で必要となる提携ガバナ
ンス活動を特定し、それに取り組む前に、潜在的
なパートナーとの話し合いを始める際に使用でき
2
提携ガバナンス設計の主要原則は以下のとおり
である。
提携ガバナンス資産の価値を最大化する
パートナーシップ契約に規定された目標を達成し、
プロジェクトまたは資産から価値を生み出すため
には、組織内で競合し合う優先課題と契約に基づ
いて作成された優先課題との間で各当事者がバラ
ンスをとることが必要となる。契約の条文と精神
( 特に価値の創出に関する条文と精神 ) の両方が確
実に満たされるようにすることは、提携ガバナン
ス組織のメンバーに課せられた責任である。
提携ガバナンス構造を実行可能で運用可能、かつ
機能的で効率的なものにする
設計は、提携ガバナンス活動に積極的に関与して
いる参加者のニーズを満たすものでなければなら
ない。提携ガバナンス リーダーは組織内で権力を
有し、社内だけでなくアライアンスによって作成
された提携ガバナンス構造の内部でも影響力を行
使できなければならない。このように提携ガバナ
ンスには力関係が伴うため、提携ガバナンス活動
の時期、長さ、場所などの組織的設計を管理する
ことによって、提携ガバナンス参加者の時間、健
全性、そして全般的な満足状態を保護する必要が
ある。こうすることにより、提携ガバナンス構造
の持続可能性を確保できる。
効率性向上のため、提携ガバナンス ミーティン
Strategic Alliance Magazine
特集記事
特 集 記 事
取引の条件 :
スが直面している重要な決定事項
シニア レベル チーム / 委員会は に対処する。このグループは予算
と戦略を承認し、トレードオフに
1 年に 1 回または 2 回ミーティン
関する難しい決定を下す。各社か
グを開く。このグループの主な目
ら 1 名ずつその会社を代表する委
的は、上層経営陣レベルの関係を
員長を選出する。
築き、下位レベルでは解決でき
ワーキング チーム / 委員会はア
ない論争を解決することにある。
ライアンスの実際の業務を遂行す
グループは少人数であり、通常
る。このチームは、プロジェクト
は、2 ∼ 4 名の正式なメンバーで
関連の特定の分野にフォーカスを
構成される。このレベルの意思決 絞ったワーキング グループとタ
定には多数決投票を採用すべきだ スク フォースに分かれている。
と考えている企業もいるが、当社 現職の委員長によって別の方法が
の経験からは、各社から 1 名ずつ 指定されない限り、各チームまた
責任者を選出し、そのエグゼク はタスク フォースには、各社か
ティブに各当事者の代表者として ら 1 名ずつその会社を代表する委
意見を述べさせる方が効果的であ 員長を選出する。
ることがわかっている。
ワ ー キ ン グ グ ル ー プ は、 医 療、
主要提携ガバナンス チーム / 委 マーケティング、製造などの特定
員会は定期的にミーティングを開 の分野または懸念事項に重点的に
き、新しく作成されたアライアン 取り組む。
グは参加者と関連性のあるトピックを扱うように構
造化する必要がある。ミーティングがその目標を確
実に達成し、資産価値の最大化を阻害する要因とな
らないようにするためには、厳格なミーティング規
律を積極的に適用する必要がある。不要なストレス
を回避するため、論争は可能な限り実務レベルです
ばやく解決しておかなければならない。すばやく解
決できない論争は上層部での議論に委ね、迅速な解
決を試みる必要がある。論争が解決された後は、事
後レビューを実施して、論争解決の有効性と適切性
に関するフィードバックを関係者に提供する。
場合によっては、提携ガバナンス設計を再評価
して、参加者が直面している現実を反映した調整を
加える必要が生じることもある。ビジネス環境や規
制環境の変化、または資産ライフサイクルの状態の
発展によっても、さまざまな調整が必要となる可能
性がある。
アライアンス内部にフォーカス、整合性、説明責任
を生じさせ、会社のためにコミットする権限を提携
ガバナンス メンバーに付与する
2 社以上の会社がプロジェクトまたは資産から価値
を生み出すために提携する場合の最大のリスクは、
新しい環境で責任の所在が広範囲に散らばり、自社
内の駆け引きだけでなく新しく作成された提携ガバ
2012 年第 3 四半期
タスク フォースはワーキング
グ ル ー プ と 同 様 に 機 能 す る が、
解散の時期があらかじめ決まっ
ている。
根回し提携ガバナンス チームは、
重要な提携ガバナンス ミーティン
グの前に召集される社内チームで
あり、資産に関する特定の決定事
項と会社の整合性を確保すること
を目標としている。このチームの
主たる目的は、パートナーとの会
合の前に社内の対立を解決してお
くことである。リソースのコミッ
トメントなどの必要な決定事項に
ついて合意に達するための根回し
を行うことは、このチームの責任
である。通常は、主要提携ガバナ
ンス チームのメンバーに加え、会
社内の資産の使途に影響を与える
主要意思決定者とリソース所有者
もこのチームの一員に含まれる。
ナンス組織内の駆け引きによっても参加者の注意が
散漫になることである。
こうした状況を防ぐためには、優れた提携ガバ
ナンス設計によってパートナーシップ内のフォーカ
ス、整合性、および説明責任を促進し、維持する必
要がある。これまでの経験が示すとおり、通常は、
各提携ガバナンス レベルに対して説明責任をとる担
当者を各企業から 1 名ずつ割り当てることが必要で
ある。この担当者は、所属組織のチーム メンバーか
ら追加的なサポートを得ることができる。ただし、
意思決定の際には、説明責任者として指名されてい
る者しか各社を正式に代表できない。
他のチーム メンバーは、アライアンスが直面し
ている問題事項について各社の経営陣に最新の情報
を提供する責任を担う。また、統治すべき資産の
価値の最大化を阻害するような問題認識のずれや
不整合が生じた場合に、それについて異議を唱え、
指摘することも、チーム メンバーの責任である。
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In partnership,
there is strength
Since 1999, Lilly’s Integrated Alliance Management
professionals have helped companies maximize the value
of partnered assets. With strong roots in governance and
relationship management, we excel at problem solving
and value-chain integration at all stages of discovery,
development, and commercialization.
AnOffice
Officeof
ofEli
Eli Lilly
Lilly and Company
Company
An
As an organization and as individuals, we are
committed to the success of every partnership we
manage. By staying true to mutual goals—and by
doing everything necessary to achieve them—we
help partners realize the value inherent in every
strategic alliance.
E-mail [email protected] for more information.
特 集 記 事
アライアンスの提携ガバナンス組織に指名された
メンバーには、合意に基づく計画にリソースをコ
ミットする権限、および、計画の実行に関連した
重点化と整合性を所属組織内で生じさせるための
権限も与える必要がある。
各アライアンス段階でリスクを軽減するよう提携ガ
バナンスを設計する
以前の記事 (「ハイリスクをハイリターンに転換 : 問題
を特定して解決し、価値の高いアライアンス マネジ
メント機能を確立するには」
、Strategic Alliance Magazine、
2011 年第 3 四半期 ) では、パートナーシップによって
生まれる各リスクの原因とタイプについて説明した。
このシリーズの次の 3 つの記事では、優れた提携ガバ
ナンス設計がアライアンスのライフサイクルを構成
する 3 つの段階 ( 立ち上げ、安定状態、終了 ) におい
て問題を予測し、軽減することによってどのように
成功をもたらすかについて説明する。また、人的リ
スク、ビジネス リスク、および法的不確実性を軽減
開発および商業化における一貫性のあるグローバ
ル戦略を実行する
多国間契約に参加している提携ガバナンス メン
バーは、開発および商業化におけるグローバル戦
略にコミットし、それを確実に実行する責任を担
う。つまり、さまざまな地域要素を合意に基づく
グローバル戦略と整合させるために会社内で行う
必要のある内部交渉は、各提携ガ
図 2:
バナンス メンバーの責任である。
提携ガバナンス構造の選択肢
提携ガバナンス ミーティングで採
択される決定事項は、その決定に
共在
ついての両社の意見が一致してお
コミュニケーション
業務整合
り、両社が重点的に実行するとい
うことを前提としている。
設計のオプション
ー
ャ
チ
アライアンスをゼロから作成する機
ン
ベ
ト
会を与えられた場合は、形態は機能
ン
イ
に従うべきという基本原則を忘れて ジョ
はならない。アライアンス提携ガバ
ナンス構造は、パートナー企業の特性、能力、強み
だけでなく、資産の価値を最大化するために必要と
なる機能にも基づかせる必要がある。プロセスと構
造のいずれも複雑化する傾向があるが、シンプルで
あればあるほど効果的である。提携ガバナンス オプ
ション ( 図 2 を参照 ) には以下が含まれる。
̶ ジョイント ベンチャー
̶ バーチャル ジョイント ベンチャー
̶ 分業
̶ ハイブリッド チーム
̶ 機能ペア
ル
ャ
チ
ー
バ
JV
共同支配
監督
セットアップの容易さ
業
分
ド
ッ
リ
ブ
イ
ハ
ム
ー
チ
ア
ペ
能
機
する提携ガバナンス構造を作成し、維持するための
原則についても解説する。
要約
提携ガバナンス設計に関するパートナーとの話し合
いで使用する共通の用語を作成する
構造上の設計を確定する前に、アライアンスが直面
しうる問題のタイプについて十分な時間をかけて理
解する
提携ガバナンスの観点では、各パートナーの説明責任
を一元化するとさまざまなメリットがもたらされる
構造は重要であるが、プロセスはさらに重要である
( 形態は機能に従うべき )
デビッド・S・トンプソン (CA-AM) は、イーライリリー アンド カンパニーの最高アライ
アンス責任者であり、ASAP 取締役会の一員でもある。連絡先 : [email protected]、
+1- 317-277-8003
スティーブン・E・トウェイト (CSAP) は、イーライリリー アンド カンパニーのアライア
ンス マネジメントおよび M&A 統合担当シニア ディレクターである。連絡先 : [email protected]、
+1-317-276-5494
最後に、日本語版への翻訳にあたり、ご助言頂いた山口 栄一氏(薬学博士、CA-AM)に感謝する。
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