日本における合併と買収 :チェリー・ピッキング対レスキュー・ミッション? 1)

1
日本における合併と買収
:チェリー・ピッキング対レスキュー・ミッション? 1)
神戸大学
ラルフ・ベーベンロート
要旨
この研究の目的は海外から買収された日本のターゲット企業と国内企業から買収された
ターゲット企業の比較である。
理論的説明として、日本における外国企業は良い日本のターゲット企業を買収するとい
う指摘がある。これは”チェリー・ピッキング”と言われる(Paprzyki and Fukao, 2008, p.
7)。その一方、日本企業同士の買収は レスキュー・ミッション と言われる。この意
味は日本企業が買収を行う場合、ターゲット企業を助けたいという目的がある。すなわち、
弱い企業を支援するということである。もし外国企業が日本企業を買収する場合には、利
益の高い企業を買収したいとの考えが前提とされている(例えば Fukao, 2005, p. 298)。
本研究の結果としては一般的な研究結果に反して、外国企業が弱い日本のターゲット企
業を買収するということが明らかにされる。そして、国内で買収されなかった日本のター
ゲット企業が外国企業から買収される。
研究動向
以前は、先進国の企業が発展途上国の市場に参入するために発展途上国の企業を買収し
たが、現在では先進国の企業がアメリカ、ヨーロッパ、そして、日本においても買収され
る(Shimizu, 2004)。この研究分野はアメリカの財務研究者が多いと指摘されている。し
かし、近年日本における合併と買収の数が急激に増加して、現在では毎年およそ 2.000 件
行われている(MARR, 2010)。こうした背景により日本人の研究者も合併と買収につい
ての多くの研究を行っている。この研究では、MARR の 2007 年のデータを用いて統計的
にt-テストで調査した。
理論的背景
チェッリー・ピッキングの考え方
理論的に見ると、ターゲットにされる日本企業は経済的に弱い企業である (Mandelker,
1974)。日本のターゲット企業は、何故国内企業あるいは海外企業から買収されるかとい
う考察である。外国企業は良い日本ターゲット企業を買収する(チェッリー・ピッキン
グ)理由が色々ある。その理由は リスクとコストと重なっていると考えられる。買収す
るリスクは海外企業の方が高い(特に経営統合の場合) (Krug and Hegarty, 2001)。その上
で、評価,交渉と経営統合に必要なコストは海外企業の方が高い。
日本の場合について深尾 et. al (2006)の研究によると 主な結果は以下の通りである
(1)外国企業は、労働生産性、および収益率が高く、研究開発や輸出を活発に行ってい
る日本企業を買収対象に選ぶ傾向があった。また、買収後は、被買収企業の生産性指標や
収益率はさらに改善した。(2)日本企業は、収益率、および輸出比率が低く、負債比率
が高い日本企業を買収対象に選ぶ傾向があった。 (要旨)。
Knowledge-based view と ネットワーク理論
その一方で、著者はチェリー・ピッキングをしない理由に考察する。この基本的な理論
は Knowledge-based view と ネットワーク理論から把握出来る。その方に考えたら、外国
企業は、日本企業が買収する企業に比べ、魅力のない企業しか買収できない。ます、
Knowledge-based view (Wernerfelt, 1984)により会社の Knowledge(知識)はとても重要な資
2
源である。日本のターゲット企業については外国企業より日本の企業の方が知識がある。
その上で、ネットワーク理論 (J.A.Barnes, 1954)は社会学の理論である。ネットワークは社
会資産(social capital)となり、個人(Individuals)はネットワークの結節点 (“nodes”)
となる。国内企業のマネジャーは海外企業よりも日本のターゲットについてのネットワー
クが強い。両方の理論は外国企業よりも日本の企業が知識とネットワークが高いのでもっ
と良い日本企業を買収出来るだろう。
もう一つ、国内企業から買収されたターゲット企業は戦略的にダウンサイジングされる。
その一方、外国企業から買収された日本企業は技術と財務的な支援を受けられると考えら
れる。
既存研究の課題
既存研究の課題は合併と買収活動と被買収企業の業績との関係を議論して、例えば TFP
(total factor productivity)の研究(Paprzyki and Fukao, 2008)についてである。多くの研究は
分析期間の短さである。その上に、買収後の企業の業績変化に注目されている。一方で、
買収の前から検討する研究は余りない。買収前から検討する研究でもその期間は短い、例
えば買収前 1 年間(Eero and Boeckerman, 2008; Munoz-Bullon, 2008)、あるいはもし株式市場
であれば数日前だけで指摘されている。
仮説
•
•
H.1. 海外企業は財務的に弱い日本のターゲット企業を買収する。
H.2 海外企業は重要なリストラされた日本のターゲット企業を買収する。
結果
結果としては、外国企業から買収された日本のターゲット企業は実際には魅力的ではな
かった。財務的な業績について、RoE と RoA は 2007 年において外国企業より買収された
日本ターゲット企業よりも低いと指摘される。外国企業により買収された日本ターゲット
企業の RoE が(-19.9)と RoA が(3.3)の低いレベルが指摘されている。その一方、国内企業
から買収されたターゲット企業の RoE が(4.6) RoA (4.9)の高いレベルになった。2007 年度
の労働生産性の方では似ている状況が見える。労働生産性では、海外から買収された日本
のターゲット企業が 2108.9 を占めているが、国内企業から買収されたターゲット企業が
2657.8 であった。
そのため、日本の企業にとってターゲット企業が魅力的ではない場合、外国企業から買
収される確率が高いと考えられる。さらに、外国企業からの買収は時間がかかるため、こ
の間に日本のターゲット企業がますます弱くなる可能性が高いと推察されよう。
3
統計資料:
Table 1: Japanese In-In-acquisitions: Financial performances
Year
Revenue
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
Obs.
215907.8
199691.5
201072.1
196573.9
204598.0
218286.5
225274.1
154-158
Operating
profit
8112.1
5274.6
7508.4
8652.3
11023.2
12912.1
12358.2
154-158
Profit per
Share
193.7
1787.5
1865.5
1741.8
1981.8
698.3
743.3
149-156
RoE
RoA
-0.9
-9.5
-0.5
3.4
-6.4
-0.3
4.6*
149
4.7
3.7
4.4
5.0
5.3
5.4
4.9*
152-158
Table 2: Japanese Out-In-acquisitions: Financial performances
Year
Revenue
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
Obs.
88685.9
83426.9
80555.8
77020.8
78902.6
81576.8
82529.5
62
Operating
profit
5401.1
3412.3
3512.2
4376.9
6188.9
6191.1
4387.9
66-68
Profit per
Share
23514.5
13308.2
8381.7
3404.5
1824.4
1218.4
719.3
64-67
RoE
RoA
2.5
0.6
1.8
5.3
-6.0
-0.2
-19.9*
64
5.2
4.4
6.1
6.0
6.9
5.3
3.3*
64-67
Table 3: Japanese In-In-acquisitions: Downsizing developments
Year
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
Obs.
Director
Labor
Foreigners
No. of
Lab.
Sal.& and equipment Shares
Employees Productivity
Bonuses
Ratio
Ratio
2203.8
1874.3
197.7
3442.2
0.0014
2129.9
1859.2
193.9
3708.8
0.0017
2077.7
1920.4
183.8
4061.1
0.0025
2014.2
2113.7
178.1
4336.4
0.0037
1948.8
2366.8
210.5
4563.7
0.0036
1898.6
2567.2
202.3
4833.4
0.0033
1907.5
2657.8*
209.6
4686.0
0.0040
154-158
152-158
142-146
152-158
2-20
4
Table 4: Cross border (Out-in) acquisitions: Downsizing developments
Year
No. of
Lab.
Employees Productivity
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
Obs.
1435.5
1341.5
1225.3
1192.5
1171.3
1163.1
1171.7
65
1977.9
2099.4
2223.1
2313.0
2482.6
2797.9
2108.9*
65-68
Director
Labor
Foreigners
Sal.&
equipment Shares
and
Ratio
Ratio
Bonuses
178.2
4276.1
0.0037
164.5
4437.9
0.0096
166.7
5012.1
0.0105
167.2
5127.3
0.0101
170.5
5054.4
0.0094
177.7
5178.9
0.0174
209.6
5327.4
0.0243
59-63
64-66
3-6
参考文献
z
z
z
z
z
z
z
z
深尾、K。権、K。滝澤、M。(2006) M&Aと被買収企業のパフォーマンス:対日
M&Aと国内企業間M&Aの比較、RIETI Discussion Paper Series 06-J-024
Eero, L. and Boeckerman, P., (2008), Analysing the employment effects of mergers and
acquisitions, Journal of Economic Behavior & Organization, 68, pp. 112–124.
Fukao, K. /Ito, K. /Kwon, H.U. (2005), Do out-in M&As bring higher TFP to Japan? An
empirical analysis based on micro-data on Japanese manufacturing firms, Journal of the
Japanese and International Economics. Vol. 19. Pp. 272-301.
Mandelker, G. (1974), Risk and return: The case of merging firms, Journal of Financial
Economics, Vol. 1, pp. 303-335.
MARR Issues, (1995 to 2010) Mergers Acquisition Research Report. Recof-Data report (in
Japanese).
Munoz-Bullon, F. (2008), Who downsizes for longer? A longitudinal analysis, Working Paper
08-28, Business Economic Series, 05 Madrid.
Paprzycki, R and Fukao, K. (2008), Foreign Direct Investment in Japan, Cambridge University
Press
Shimizu, K. /Hitt, M. A. /Vaidyanath, D. and Pisano, V. (2004), Theoretical foundations of
cross-border mergers and acquisitions: A review of current research recommendations for the
future, Journal of International Management,
1)この論文は英語により出版された。タイトル:
Bebenroth, Ralf: Inbound M&A to Japan: Cherry Picking versus Rescue Mission? Kobe Economic
and Business Review, 54th Annual Volume, 2009, pp. 1-16.