県民公開講座「認知症を知る」

県民公開講座 「認知症を知る」
座長:生田房弘(新潟大学脳研究所 名誉教授)
武田茂樹(新潟脳外科病院 病理部長)
■真実は事実より強し ∼認知症患者のこころを知ろう∼
岩田 誠
先生
東京女子医科大学・名誉教授
メディカルクリニック柿の木坂・院長
略歴 1967年 3 月 東京大学医学部医学科卒
1972年 9 月 仏政府給費生としてパリ サルペトリエール病院留学
1976年 7 月 ニューヨーク モンテフィオーレ病院リサーチフェロー
1982年 7 月 東京大学医学部神経内科助教授
1994年 5 月 東京女子医科大学神経内科主任教授
2004年 4 月 同医学部長
2008年 3 月 同大学定年退職し、名誉教授の称号授与
2009年10月 メディカルクリニック柿の木坂院長 現在に至る
中山賞大賞、仏日医学会賞、毎日出版文化賞、時実利彦記念賞特別賞を受
賞。日本神経学会、日本自律神経学会、日本神経心理学会、日本高次脳機
能障害学会、日本認知症学会、日本頭痛学会名誉会員。パリ大学医学部外
国人助手資格。仏国立医学アカデミー外国人連絡会員.米国神経学会外国人
フェロー。日本内科学会功労会員。日仏医学会名誉会長、日本音楽医療研
究会会長。
認知症の患者さんの言われることや行動には、ちょっとおかしい
のではないか思われることが少なくありません。そのために、認知症
の患者さんには、妄想、幻覚があるとか、徘徊、帰宅願望、暴言暴力、
不潔行為、などの問題行動(今ではBPSDと呼ばれています)を示
すといったレッテルが貼られることとなり、それに対しての 対策 す
なわち処理方法が論じられます。しかし、そういった疑似専門用語の
レッテルを貼ってしまう前に、眼の前の患者さんが、何故そのように
ふるまうのかを、一度考えて頂きたいのです。認知症の患者さんが
示す一見不可解な言動も、患者さんの身になって考えると、ごく当た
り前のふるまいだということが見えてきます。妄想や幻覚といわれ
るものの多くは、勘違いに相当するようなものが少なくありません。
認知症の患者さんでは、全く理解不能な言動を示されることは滅多
にありません。
認知症の患者さんに起こっている障害の中心は、眼の前を過ぎて
ゆく出来事が記憶に残っていかないということです。専門的には、こ
れは記銘力障害と呼ばれております。すなわち、認知症患者さんに
起こっていることは、正確に言えば もの忘れ ではなく、新しい記憶
が作られ難いということなのです。ですから、既に記憶に残っている
古い過去の出来事は忘れていませんし、過去に学習した知識や技
術、習慣なども消えません。おまけに、多くの認知症患者さんは高齢
者ですから、視力や聴力、あるいは味覚が低下している方が少なく
ありませんし、嗅覚を失ってしまった方も沢山おられます。また、高齢
の認知症患者さんは、色々な病気を持っておられることが多く、身体
的にも丈夫ではないため、しばしば社会的に孤立してしまい、家に引
きこもってしまいます。こういった悪条件が重なってきますと、認知
症患者さんの日常生活では、現実世界との結びつきが希薄になり、
どうしても自分の過去の思い出のなかに戻ってしまうことが多いの
です。そうしますと、現実世界の中で生きている周囲の人たちとは、
歯車が合わなくなってしまいます。認知症の患者さんが示す一見不
可解な行動の多くは、このような理由で生じていますから、それをよ
く心得ていれば、患者さんのこころを理解することは可能です。
本日は、私自身の経験してきた様々な出来事を中心にして、認知
症患者さんのこころを知るにはどうしたら良いのかを、考えてみたい
と思います。
■認知症に暖かい手をさしのべよう
新井 弘之
先生 (大会長)
略歴 1963年 3 月 新潟大学医学部卒業
1968年 3 月 新潟大学大学院医学研究科修了
医学博士の学位授与
1964年 4 月 新潟大学脳神経外科入局
1977年 1 月 医療法人桑名恵風会桑名病院
脳神外科医長、副院長
1988年12月 新潟脳外科病院開設、院長
1990年11月 医療法人泰庸会理事長
新潟脳外科病院院長
2015年 2 月 新潟脳外科病院名誉院長
4 月 新潟医療福祉大学客員教授
認知症を心配して受診する患者には、患者自身が物忘れを訴えて
受診する場合と、家族の人々が患者の物忘れのみならず、家庭生活
や社会における活動能力の低下を訴えて受診する場合があります。
これらの認知症がはじまる前の段階の症状が軽度認知障害(MCI)
です。
認知症のスクリーニング検査に改訂長谷川式簡易知能評価スケー
ル(HDS-R)があります。この設問の中に「5つの物品の記銘」があ
り、相互に無関係の5物品をみせて、すぐに何があったかを答えても
らいます。その後、他の検査を7∼10分くらい行って、もう一度5物
品を思い出してもらう5物品の遅延再生テストを追加して行います。
4物品以上正しく答えられない症例は近時記憶障害があると判定し
ます。この近時記憶障害のある症例のその後の経過をみていくと、
約80%がアルツハイマー型認知症に進行します。
軽度近時記憶障害があると判定された場合には時間を追って検査
を行って経過をみていき、できるだけ早期にアルツハイマー型認知
症の診断をして治療することは、患者にとっても家族にとっても好ま
しいものです。
認知症の患者にはまわりの人々に与えるいろいろな好ましくない
言動がありますが、患者が悪いのではなく、病気のせいでそうなって
いるのです。まわりの人々が患者を守って安心させ、なおかつ患者の
人格を尊重して接すべきです。
認知症の患者が徘徊して行方不明になったときには、家族や地域
社会の援助が必須です。警察の協力、交通機関の協力、タクシーの運
転手に失踪した患者の発見に協力してもらうなど、人間社会として
果たすべき役割はたくさんあります。
薬を投与するだけが認知症の治療ではありません。悩める認知症
の患者をできるだけ早く発見して、患者を安心させ、暖かい保護の
もとで人間としての尊厳、人格を尊重して、
暖かい援助の手をさしのべるのも大切な治療法なのです。