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早川ゼミ
卒論
「スポーツ文化とスポーツクラブ」
861042
contents
第1章
ヨーロッパとフットボール
第2章
第3章
スポーツ大国アメリカ
日出ずる国のスポーツ事情
第4章
- 1 -
総括
浦野亮一
はじめに
時代は21世紀を迎えようとしている。20世紀はスポーツが最も発展した世紀
でもあった。オリンピック、ワールドカップなど、イベントとして政治・経済を巻
き込んだ一大センセーションを巻き起こした。そしてそれは、商業主義化という新
たな問題も同時に引き起こしている。ヨーロッパではスーパーリーグ構想に揺れ、
アメリカでは、ストライキという労働争議のためメジャースポーツのシーズンが中
断する事件も起きた。
これからのプロスポーツはどうなっていくのだろう。本論では、その流れについ
て言及し、商業としてのスポーツを見つめていくつもりだ。商業主義化と商業スポ
ーツの違い。それは存在するのだろうか。日本は生き残れるのだろうか。スポーツ
の本質は何だろうか。様々な疑問があるだろう。その答えが明確に出るとは限らな
い。答えは出ないのかもしれない。
一つだけ言えるのは、どんなに形が変わろうと、その本質を忘れてはいけないこ
とだ。熱狂、興奮、スポーツが人々を魅了する理由はそこにしか存在しない。いや、
そこだけにしか存在しない。
本論の目的としては、その点だけは忘れずに、スポーツを語ることだ。
- 2 -
第1章
ヨーロッパとフットボール
1999年10月13日、1900年代最後のスペインダービーはカタルーニャ
地方の中心都市バルセロナの、ざっと10万人ほどの観衆をのみこんだカンプ・ノ
ウで行われていた。100カ国以上にテレビ中継されるこの試合は誰にも予想でき
ない展開となった。オランダ人のパトリック=クライフェルトは、とても活字には
できないような暴言のため退場処分を喰らい、試合は大きく動いた。カタルーニャ
生まれの生粋のカタルーニャ人プレイヤー’ペップ’グアルディオーラは、まるで
聞かん坊の子供を叱責する母親のように、オランダ人のトラブルメーカーに駆け寄
った。
この描写にはいくつかの説明を加えなければならないだろう。スペインダービー
はサッカーのスペインリーグの対戦の1つで、国を代表する二大クラブ、レアル・
マドリードとF.C.バルセロナが相見える舞台である。この対戦に、日本語での端的
な表現を思い浮かべることができない。ただのライバル関係ならば、スペインの巨
人・阪神戦やスペインのヴェルディ川崎・横浜F・マリノス戦といった宛う言葉で
伝えることができる。そうすることができない所以は近代スペイン史と深い関係が
ある。
1930年代にスペイン内戦で権力を握った独裁者フランコは、その強権を使っ
て中央集権化を推し進めた。バルセロナのあるカタルーニャでは、カタルーニャ語
の使用が禁止されるなどの弾圧が行われた。このときの反動からカタルーニャ人の
反マドリード感情が生まれ*1、F.C.バルセロナとマドリードを代表する名門クラブの
レアル・マドリードとのサッカーの試合はただならぬ雰囲気を持つダービーマッチ
と姿を変える。このことを象徴する1つの話がある。一昨年行われたF.C.バルセロ
ナの設立100周年を記念した親善試合でのことだ。相手は、ロナウド・ロマーリ
オのRo・Roコンビの復活が話題となったブラジル代表。この試合に左のサイドバッ
クとして出場したロベルト・カルロスは、和やかな親善試合で激しいブーイングを
受けた。その理由は、ロベルト・カルロスが他ならぬレアル・マドリード所属の選
手だったからだ。
話を1999年10月13日に戻そう。ポルトガル人FWルイス=フィーゴが彼
の生涯の中で忘れることができない程に素晴らしいゴールで2−1と逆転したとき
は、テレビの前に釘付けになっていたマドリディスタでさえも勝負の行方を神に祈
るしか方策は尽きてしまう程だった。ところが、サッカーの世界には’This is f
ootball.’という言葉があるように信じられないことが起きることもある。クライ
*1『世界サッカー紀行』
- 3 -
フェルトの退場後、レアル・マドリードは同点に追いつき、そして、バルセロナに
は悔やんでも悔やみきれない試合終了の笛が鳴った。
まるで悪夢のようなドローゲームの3日後、バルセロナはカスティーヤ地方の小
クラブ・ヌマンシアとのアウェー戦に臨んだ。後半のロスタイムにもっともエキサ
イティングなシーンを迎えたこの試合で私が注目したのは、バルセロナのスターテ
ィング・メンバーであった。フィールド場の心臓部として試合を組み立てるグアル
ディオラや、ダイナミックなドリブルとアグレッシブな前線への飛び出しが魅力の
ルイス=エンリケ、高い身体能力を誇るオランダ人DFレイツィハーの主力が欠場
し、バルセロナだけではなくブラジル代表でも欠かすことのできないプレイヤー・
リバウドや高い技術と不屈の闘志でチームを支えるフィーゴまでもが途中交代で試
合を退いた。このことは10月19日に行われるチャンピオンズリーグのアーセナ
ルとのアウェー戦と無関係ではない。チャンピオンズリーグについては後ほど説明
を加える。
アーセナルはロンドンのあるプレミアリーグのクラブで、我々は9月11日にホ
ームスタジアムのハイバリーで、アストンビラ戦を観戦した。地下鉄のアーセナル
駅を出て、騎馬警官とレプリカシャツを着たアーセナルファンの間ををすり抜けて
スタジアムに入ると、そこには一面に広がる緑と信じられないくらいフィールドに
接近したスタンドが目に飛び込んできた。こうした風景はイングランドのスタジア
ムでは珍しいことではないが、私の頭の中にはエリック=カントナの事件が浮かん
だ。(注:試合中にスタンドのファンから野次を受けたフランス人プレイヤー・エリ
ック=カントナは暴力で応戦し、長期の出場停止処分を受けた。)
この日のアーセナルのラインアップは、後方に高い壁となって相手の攻撃を跳ね
返す4人のディフェンシブなプレイヤー、通称フェイマス・フォーを除くと、レイ
=パーラーを最後にイングランド人を発見するのは不可能であった。それはベンチ
の中も然りで、指揮を執るのは日本でもお馴染みのフランス人マネージャー・アー
セン=ヴェンゲルである。通貨統合などのボーダーレス化の進行が著しい現代のヨ
ーロッパで国籍云々について言及するのはいささかナンセンスだが、私がわざわざ
選手の国籍についてまわりくどい言い回しをしたのには2つの理由がある。
偶然にもその2つのキーワードは人名である。すなわち、ボスマンとマードック
である。
ジャンマルク=ボスマン。この名前について何らかの知識がある人は、サッカー
に造詣が深いと友人に誇らしげ話しても決して恥をかくことはないだろう。もっと
もヨーロッパで有名な無名人・ボスマンの契約交渉が、今や現代サッカーを語るに
は欠かせない「ボスマン・ルール」の始まりだった。
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ボスマン・ルールとは
○移籍金の廃止(契約期限切れでなおかつEU内の国外に限る。同国内の移籍に関し
ては従来通り。
)
○EU内でのEU内外国人枠撤廃(二重国籍も含む)
○EU内での一年以上の在住の場合、EU外の外国人枠撤廃
ボスマンルールが成立するまでの流れ
1990年4月
ベルギープロサッカー選手であるジャンマルク・ボスマン 所属クラブであるRFC
リエージュとの新契約のぞむが、決裂する。
1990年8月
新契約が決裂し、移籍を申請するがクラブ側の妨害工作をうけ、 提訴に踏み切る。
この間、ベルギーサッカー協会の妨害が続く。
1991年8月
UEFAに方向をかえ、提訴。
1995年12月
ヨーロッパ司法裁判所によって決定が下される。ボスマン側の勝訴、新制度の決定。
(参考:「ボスマン裁定」<http://lapc01.ippan.numazu-ct.ac.jp/a/98/d34.htm>
より)
以上のようにボスマンルールにより外国籍選手の扱い方が改正された。この功罪
についての議論はここでは控えるが、明確な事実として各国リーグのクラブの選手
構成(特にイタリア・イングランド・スペインなどのトップリーグ)が大幅に変化
した。アーセナルのメンバーを例に説明すると、登録25人のうち実に15人がイ
ングランド以外の国籍を持っている。スターターは11人中7人が、さらに途中交
代でも3人の外国籍選手が登場した。(次頁<アーセナルの登録選手>参照)このこ
とは何もアーセナルだけが特例なのではなくヨーロッパの各国リーグに見られる光
景なのだ。
スペインカタルーニャ地方の人々の誇り、F.C.バルセロナの状況はさらに深刻か
もしれない。かつてのバルセロナはロマーリオ、ロナウド、ストイチコフや古くは
ヨハン=クライフなどハリウッドにも負けないスター揃いのチームではあったが、
- 5 -
1997年のシーズンから監督に就任したオランダ人ルイス=ファン=ハールはア
ヤックス=アムステルダム時代に自分が目を掛けた選手、いわば愛弟子を引き抜き
「バルセランダ」とも揶揄されるチームを構成し新たな王朝を築きつつある。
アーセナルの登録選手(太字は外国籍・●は9/13の出場選手)
アーセン=ヴェンゲル(Arsene WENGER:フランス)<監督>
デビッド=シーマン(David SEAMAN:イングランド)
リー=ディクソン●(Lee DIXON:イングランド)
ナイジェル=ウィンターバーン●(Nigel WINTERBURN:イングランド)
パトリック=ヴィエイラ●(Patrick VIEIRA:フランス)
マーティン=キーオン●(Martin KEOWN:イングランド)
トニー=アダムス●(Tony ADAMS:イングランド)
ネルソン=ヴィヴァス(Nelson VIVAS :アルゼンチン)
フレデリック=リュングベリ(Fredrik LJUNGBERG :スウェーデン)
ダボ−ル=スーケル●(Davor SUKER :クロアチア)
デニス=ベルカンプ●(Dennis BERGKAMP :オランダ)
マルク=オーフェルマルス●(Marc OVERMARS :オランダ)
クリストファー=ウレ(Christopher WREH :リベリア)
アレックス=マニンガー●(Alex MANNINGER :オーストリア)
ティエリ=アンリ●(Thierry HENRY :フランス)
レイ=パーラー●(Ray PARLOUR:イングランド)
シウビーニョ●(SILVINHO :ブラジル)
エマヌエル=プティ(Emmanuel PETIT :フランス)
ジユ=グリマンディ●(Gilles GRIMANDI :フランス)
シュテファン=マルツ(Stefan MALZ :ドイツ)
マシュー=アプソン(Matthew UPSON:イングランド)
オレグ=ルズニ(Oleg LUZHNY:ウクライナ)
ジョン=ルキッチ(John LUKIC:イングランド)
カヌ●(KANU:ナイジェリア)
パオロ=ヴェルナッザ(Paolo VERNAZZA:イングランド)
ステュアート=テイラー(Stuart TAYLOR:イングランド)
(参考:「SQUAD」<http://www.arsenal.co.uk/ >より)
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マードックについても記述しなければならない。オーストラリアで新聞社社長の
息子としてこの世に生を受けたルパート=マードックを語るには、この論文だけで
は無理な話だ。ありとあらゆる媒体を我がものにせんとする野心、前夫人との離婚
とその慰謝料、この世紀のメディア王は何につけてもスケールが巨大で、話題には
事欠かない。その中でもマードックがフットボール界、特に母国イングランドに与
えた影響はこの場で紹介するべきであろう。『
( ワールドサッカーダイジェスト』9
9・5月号)
「ゴールド・トラフォード!」
タブロイド紙のヘッドラインの語呂合わせは洋の東西を問わないようだ。記事の内
容は、メディア王ルパート=マードック、マンチェスター・ユナイテッドを買収。
提示額は5億6500万ポンド。その後6億2300万ポンドで決着し、ユナイテ
ッドは史上最高額のサッカークラブとなった。
マードックは、タイムズ紙やサン紙などを発行するイギリスでもっともメジャー
な新聞社を所有しているほか、デジタル放送BskyBのオーナーでもある。莫大
な資金力を傘に権力を奪う彼に反感を抱くものも多く、例年「イギリス一の嫌われ
者」という不名誉な称号も頂戴している。
そのマードックがイギリス一の人気クラブであるユナイテッドを買収した。しか
も天文学的な金額を提示したため、スポーツ界だけでなく、金融街シティや政治の
中心街ダウニング・ストリートまでが騒然となった。
首相のトニー=ブレアは「この件については独占禁止法に抵触する懸念がある」
という声明を出し、公正取引委員会にかけて承認を待つことが指示された。
その結果、マードックの買収は認められなかったが、この一件でチームの隆盛を
願う気持ちとマネー中心のビジネス化との板挟みになったサポーターのジレンマを
浮き彫りにし、今後のプレミアリーグの行方を改めて見直す引き金になった。
そもそもイングランドフットボールの繁栄は、1992年のプレミアリーグ発足
に始まる。プレミアリーグを発足させた最大の理由は、イングランド代表の強化が
モチーフだった。どこの国でも抱える同じ悩みだが、ときとしてクラブの思惑が優
先され、日程でも選手選抜でも、協会とリーグは相容れないケースが多々ある。そ
んな部分を解消し、強化を一本化するため、FA(イングランドサッカー協会)は
92年、当時のイングランド一部リーグをプレミアリーグと名称を改め、管轄下に
置いた。
94年のワールドカップは予選で敗れ、すぐに答えが出たわけではなかったが、
地元開催した96年のヨーロッパ選手権は準決勝に進出し、サッカーのロシアン・
ルーレット、PK戦でドイツに敗れたものの、復活の手応えは確かに感じられた。
そして、強化・充実という観点から判断すれば、代表チームよりプレミアリーグ
の方が先を行っている。91年のヨーロッパ統合により、EUの国民ならEU内の
労働が認められたため、プレミアリーグの外国人枠が撤廃された。
- 7 -
さらに、例のボスマン裁定で、契約の切れた選手には移籍金が派生しなくなった。
水が砂に吸い込まれるように、プレミアリーグに外国人選手が氾濫したのである。
既述のアーセナルの例はごく希なケースではない。同じロンドンに居を構えるチェ
ルシーに至っては、イングランド籍の選手を探すことが困難なほどでスターティン
グ・メンバーに1人もイングランド籍の選手がいないこともあり、物議を醸しだし
た。。
外国籍選手獲得の資金源となったのは相乗効果を生んだテレビの放映権料である。
現在、プレミアリーグは、マードックのBskyBから約1200億円(96年か
ら2001年まで)の放映権料を得ている。1チームあたりの平均額は15億円。
次頁の表を見ると明らかなように、イングランドのクラブは裕福である。
(別表参
照)この背景が既述のように、マードック率いるBskyBとボスマンルールにあ
ると言っていいだろう。
再び話は10月。
10月19日。スペインリーグで力を温存したバルセロナと、アーセナルはロンド
ンの北部にある「聖地」ウェンブリーでチャンピオンズリーグの第4節の対戦を迎
えた。この両者と、イタリアのフィオレンティーナ、スウェーデンのAIKが属す
るBグループは今年から大幅に変わったチャンピオンズリーグを象徴するグループ
である。
1997年、UEFA(欧州サッカー連盟)は、チャンピオンズリーグに新方式
(主要国の2位クラブも参加、24チームが6つのグループに分かれてリーグ戦を
戦う)を導入した。それは数年間続くと見られたが、フランスW杯の前に試合数の
増加を求めるクラブ側に応じるかたちで、2000年開始を前提に、6チームX4
組のリーグ戦へと変更される。しかし、それも結局は実現されなかった。競争者(ス
ーパーリーグ構想を打ち出したメディアパートナー社)の圧力を受けたUEFAは、
99−2000シーズン前に再び大きく改革のメスを振るった。
こうして伝統の欧州3大カップは2つに統合された。チャンピオンズリーグと新
UEFAカップである。UEFAカップはカップウィナーズカップの廃止で、14
5のクラブが参加する大きな大会になった。しかも参加チームは、従来のリーグ上
位チームに加え、カップ優勝チーム、インタートトカップの勝者、フェアプレーラ
ンク上位国クラブと雑多なものである。
チャンピオンズリーグの敗者の扱いも改革された。従来の予選ラウンド敗者に加
え、1次リーグ3位でもベスト32からUEFAカップに出場できるようになり、
ビッグクラブにとってますます有利な状況になった。
一方、チャンピオンズリーグは、コマーシャリズムの影響を以前にも増して受け
ている。この度の改革にしても、テレビ放映権や広告収入も分配方法の変更を求め
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るクラブ側の要求に屈したものだった。実際、レアル・マドリーは、98年の優勝
時でもUEFAから8300万フラン(約15億円)の分配金しか得られなかった
が、クラブの累積債務は8億フラン(約148億円)を超えている。圧迫した財政
に対し、UEFAは莫大な収入の半分しか、クラブに還元していなかったのだ。
そのため、レアルをはじめとした10のビッグクラブが、これに異議を唱え、ス
ーパーリーグ参加を検討。UEFAに圧力をかけた。「そろそろUEFAも本格的な
改革に乗り出すべきだ」とバイエルンミュンヘンのフランツ=ベッケンバウアー会
長も語った。
こうして新しいチャンピオンズリーグが始まった。32チームによる1次リーグ
と、1次リーグ各組2位までのチーム、計16チームによる2次リーグ。試合数の
増加は、勝利ポイントによって得るボーナスの増加を意味している。配分比率もか
わり、クラブの取り分が総収入の50%から75%に増加した。
テレビ放映権は、これまで主要5カ国(ドイツ・イタリア・イングランド・スペ
イン・フランス)が全体の85%を負担していた。ところがイングランドなどは準
々決勝にチームが残らないシーズンが何年も続き、自国のクラブ抜きの試合を、高
い権利金を支払って放映していた。しかもその金はボーナスとして自国のクラブに
流れるのである。
この不満を解消するために、UEFAが作ったのが「リザーブテレビ権」だった。
チャンピオンズリーグの結果に関係なく、主要国のクラブは一定額の収入を得られ
る。こうした諸改革でサッカー大国のクラブは、今季から優勝すれば、2億800
0万フラン(約52億円)の分配金をUEFAから受け取ることができる。だが、
他方では、例えばアルバニアのクラブが優勝しても1億3000万フラン(約24
億円)しか分配されない。
この新しい方式は、いつまで維持されるものだろうか。UEFAは改革の悪循環
にはまりこんでいる。91年にリーグ方式を導入して以来、毎年どこかしらに変更
を加えている。
- 9 -
クラブチームの売上高トップ20 単位:億円(デロイト・トウシェ社調べ)
国名表記は、ENG:イングランド、SPA:スペイン、ITA:イタリア、GE
R:ドイツ、FRA:フランス、SCO:スコットランド、HOL:オランダ、B
RA:ブラジル。
順位
97∼98シーズン
96∼97シーズン
1 マンチェスターU(ENG) 142 マンチェスターU(ENG)
2 R・マドリー(SPA)
117
バルセロナ(SPA)
3
バイエルン(GER)
106 R・マドリー(SPA)
4
ユベントス(ITA)
90
ユベントス(ITA)
バイエルン(GER)
5 ニューキャッスル(ENG) 80
6
バルセロナ(SPA)
79
ACミラン(ITA)
7
ACミラン(ITA)
79 ドルトムント(GER)
8
インテル(ITA)
78 ニューキャッスル(ENG)
9
チェルシー(ENG)
77
リバプール(ENG)
10
リバプール(ENG)
74
インテル(ITA)
11 ドルトムント(GER)
67
フラメンゴ(BRA)
12
ラツィオ(ITA)
66 A・マドリー(SPA)
13
アーセナル(ENG)
65
パリSG(FRA)
14
パルマ(ITA)
54 レンジャース(SCO)
15
パリSG(FRA)
53
ローマ(ITA)
16 レンジャース(SCO)
53
トテナム(ENG)
17 アストンビラ(ENG)
52
アヤックス(HOL)
18
トテナム(ENG)
51
パルマ(ITA)
19
ローマ(ITA)
50
ラツィオ(ITA)
20
リーズ(ENG)
46
アーセナル(ENG)
167
112
106
101
98
90
80
78
75
74
71
62
60
60
54
53
53
53
53
52
(デロイト・トウシェ社調べ・
『ワールドサッカーダイジェスト』99・5月号より)
ここまで見てきたことから、現在のヨーロッパのフットボール界は急速に変化を遂げて
いる。その理由は言うまでもなく、ビジネスが細部に侵入してきたことに依る。上の表か
ら解るように、もはや1つのクラブというよりも企業としての側面を持っている。ただし、
気がついた方もいると思うが、ほんの一部の国のクラブが名前を連ねているに過ぎないと
いうことも見逃すべきではない。
オランダ。17世紀の貿易を中心として繁栄したこの国は、古くから日本とのつながり
も深く、チューリップと風車のある風景が印象的だ。2000年のヨーロッパ選手権(E
URO2000)は、日韓W杯に先駆けて隣国ベルギーと共同開催するホスト国である。
オランダは1970年代にヨハン=クライフを筆頭に、トータルフットボールで世界を席
巻し、以来、魅力的なサッカーを展開してきた。クラブレベルでもアヤックス=アムステ
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ルダム、フェイエノールト=ロッテルダム、PSVアイントホーフェンのビッグ3を中心
にヨーロッパの舞台で華々しい軌跡を残している。5年前のトヨタカップではアヤックス
=アムステルダムは東京の国立競技場でブラジルのグレミオをPK戦で下し、世界一とい
う称号も手にしている。しかしこれを最後に、オランダのチームがヨーロッパのエリート
クラスで覇を争うことはなくなった。今シーズンのオランダからは3チーム(ビレムⅡ、
フェイエノールト=ロッテルダム、PSVアイントホーフェン)がチャンピオンズリーグ
に出場しているが2次リーグに残ったのは、フェイエノールトのみで、PSVとビレムⅡ
は1次リーグ最下位で大会を去っている。
前出のボスマン裁定により選手が移籍の自由を獲得した一方で、クラブはトップクラス
の選手を手もとに留めておくことが困難になってしまった。イタリア・スペイン・イング
ランドのビッグクラブは、高い金額でオランダの有力選手を引き抜いた。オランダはまっ
たく抵抗するすべもないまま、彼らが望むだけ選手を流出させていったのだった。実際、
オランダ代表チームのラインアップはすべてオランダ以外でプレーする選手が占めてい
る。
「リーグのレベルは年々ダウンしている」
PSVのハリー=ファン=ラーイ会長は警鐘を鳴らす。
「2∼3年後、チャンピオンズリーグに出場できるオランダのチームは1つあるかないか、
という状況になるかもしれない」
ラーイ会長の予測は決して悲観論が優先しているからではない。リーグの体たらくを肌
で感じる会長が現実的な見方をしているだけだ。そうなった原因として彼は、
「有力リー
グの予算規模が拡大し、我々との差がどんどん広がっている」と説明している。
オランダリーグは財政的に見れば健康体である。フィテッセ=アルンヘムなどは最新鋭
のドームスタジアムを建設し、それに伴い観客数は増え、チケットの売り上げも増えてい
る。
だがそれは、あくまでオランダという小さな国の中だけの話である。ヨーロッパ全体を
見渡せば、オランダの数倍のスピードで経済規模が拡大している。マーケティング、テレ
ビ放映権料、チームパフォーマンスのどれを取ってもヨーロッパのトップチームとの差は
開くばかりだ。
アヤックスの年間予算規模は約53億円。これはオランダのチームとして唯一ヨーロッ
パのトップクラブに匹敵するレベルだが、それでも、マンチェスターUの3分の1以下、
ユベントスとR・マドリーの2分の1程度である。PSVの約36億円、フェイエノール
トの約32億円、フィテッセの約27億円はオランダでは裕福だが、国際的にはまったく
微々たる額である。
(金額は96−97シーズン)リーグの停滞の要因がここにあるとい
う見方もできる。
ヨーロッパの列強から取り残されたオランダの危機感は強まるばかりである。プレーの
レベル、クラブの予算規模、リーグ全体の停滞がこのまま続けば、自然と衰退していくし
かない。
こうした実状を背景に、兼ねてから静かに進行していたある計画が、現実味を帯びてき
- 11 -
た。ある計画とは、オランダとベルギーのトップクラブが参加する新リーグ創設案である。
つまり、両リーグの合併だ。これは「スポンサー収入とテレビ放映権料のさらなる獲得」
を目指したものだが、もちろんリーグの活性化とレベルアップの一石二鳥も狙っている。
新リーグはベルギーのBeと、オランダ(ネザーランド)のNeをとって、BeNeリー
グと命名された。前述のラーイ会長は、
「新リーグはスポンサーの興味を引き、投資家に
とっても魅力的なものになる。BeNeリーグ創設により、我々はヨーロッパに新たな勢
力図を描くことができるだろう。
」と、意気込んでいる。
降って湧いてきたようBeNeリーグ構想だが、現実味はあるのだろうか。オランダの
サッカー専門誌「フォートバル・インターナショナル」は、PSV、フィテッセ、RSC
アンデルレヒト(ベルギー)がこれまで新リーグ創設に熱心なことなどから、
「BeNe
リーグは発足間近だ」としている。
アンデルレヒトのマネージャー、ミシェル=フェルシュライエンも、
「お互い、国の規
模も小さいのに、何故助け合わないのか?」と、新リーグ創設を既定路線に載せようと動
き回っている。
クラブ側の事情はどうだろうか。アンデルレヒトにとってBeNeリーグは財政危機か
ら脱し、競争力を取り戻す格好のチャンスだ。リーグ創設で最も気になるのはアヤックス
が加盟するかどうかだ。アヤックスはこれまでどちらかと言えば、BeNeリーグには否
定的だった。それよりもヨーロッパ・スーパーリーグへの参加をもくろんでいたからだ。
だが、チャンピオンズリーグ拡大に伴ってスーパーリーグ構想が立ち消えになったことか
ら、今ではBeNeリーグ参加に積極的な立場をとっている。
BeNeリーグはオランダから10、ベルギーから6のクラブが参加する。ヨーロッパ
カップへの出場権や国内カップ戦の方法など、創設に当たっては様々な問題があるが、関
係者はあくまで前向きな姿勢を崩していない。
(
『ワールドサッカーダイジェスト』№62より)
ヨーロッパとフットボールというテーマでごく2∼3のテーマに絞って記述してきた
が、日本のクラブ・リーグ形態を考える上で、規模の違いというものを実感させられた。
そもそも、サッカーのことを「フットボール」と呼ぶ彼らとは歴史も違うし、思い入れも
違うのだろう。ただ、
「本場は違う」という結論では、何も導き出されない。彼らにも創
生期はあり順風満帆に大きくなってきたわけではないのだ。日本のスポーツクラブが見習
う点は経営のプロ化という点だろう。また、BeNeリーグのように既成概念にとらわれ
ない発想も重要だ。詳しくは日本についての章で述べるが、横並びの発想からは何も生ま
れない。
ところで、このテーマでの主役バルセロナはチャンピオンズリーグ1次リーグを首位で
- 12 -
通過し、国内では、3連覇に向けて視界良好とまでは行かないが好位置をキープしている。
世界的にもビッグクラブであるバルセロナが、本業・フットボールの方でも世界的になれ
る可能性は決して低いものではない。
- 13 -
第2章 スポーツ大国アメリカ
今年も、日本のプロ野球からアメリカのメジャー・リーグ・ベースボール(MLB)に
新天地を求めた選手がいた。
大魔人の愛称で親しまれる横浜ベイスターズの佐々木主浩は、
5億円のサラリーを捨て、シアトル・マリナーズと契約した。英語を知らない彼はMLB
の何に惹かれたのだろうか。
(Ⅰ)メジャー・リーグ・ベースボール
力と力のぶつかり合い、男と男の真剣勝負、こう形容されるMLBは、実は全米ナンバ
ー1のスポーツではない。ただ、野球というスポーツにおいては最高峰のリーグである。
我々も98年の夏ロサンゼルス研修の際にMLBを観戦した。その際に最も興味を抱い
たことが、外野席のスタンドであった。通常日本のスタジアムは外野席があり、そこには
熱狂的にチームを応援する応援団がトランペットや太鼓で独自の応援を展開している。そ
こにいるのは若者であったり、サラリーマンであったり、あるいは女性であり、人それぞ
れの観戦様式で楽しんでいるというよりも、応援団を中心に和となって一体感を感じさせ
るものである。アナハイムにあるスタジアムはあらゆる意味でそれとは正反対のものであ
った。まず、外野席自体が存在しない。その理由は2つあり、ひとつは球場全体のキャパ
シティを大きくして空席を多く作るよりも、適当な座席数に縮小して球場の一体感を深め
ようとする考え方。もうひとつは、テレビに映ったときの印象を良くするため。この理由
から気がついたのは、Jリーグで叫ばれている「身の丈にあった球団運営」の点だ。規模
で言えば中規模にあたるアナハイムがやたら滅法に大きな経営をすることは、合理的と判
断されないのだろう。もちろん、90年代後半に復活したニューヨーク・ヤンキースのよ
うに都会の大きなマーケットを持つ球団は振る舞い方が違っている。
次の頁の表にあるのはMLBの球団別サラリー総額を高い順に並べたものである。また
太字のチームは、1999年のシーズンにプレーオフに進出したチームである。ここで特
徴的なのは、プレーオフに進出した8チームが全て上位10チームの中に顔を出している
点だ。言い換えると、金で順位が買えると言うことになる。また、アリゾナを本拠地とす
るダイアモンドバックスは創設2年目でありながら、積極的なチーム補強で地区優勝を飾
りプレーオフに進出している。この戦略は経験的に上手く行くとは考えられない。なぜな
ら、1997年に同じ様な方法でワールドチャンピオンとなった、エクスパンションチー
ム、フロリダ・マーリンズは、その後高額選手を次々に放出し、成績は下降の一途をたど
ったからだ。ローマは1日にして成らずという諺があるが、球団運営にも当てはまるよう
だ。
- 14 -
MLBの球団別サラリー総額ランキング(1999年・
『日刊スポーツ』11月16日)
球団
総額(ドル)
円
1
ヤンキース
9199.1万
96.6億
2
レンジャース
8080.2万
84.8億
3
ブレーブス
7925.7万
83.2億
4
ドジャース
7660.8万
80.4億
5
オリオールズ
7544.3万
79.2億
6
インディアンス
7253.2万
77.2億
7
レッドソックス
7233.1万
75.9億
8
メッツ
7151.1万
75.1億
9
ダイアモンドバックス
7004.7万
73.5億
10
アストロズ
5638.9万
59.2億
11
カブス
5541.9万
58.2億
12
ロッキーズ
5436.8万
57.1億
13
エンゼルス
5143.0万
53.9億
14
ブルージェイズ
4884.7万
51.3億
15
パドレス
4650.7万
48.8億
16
カージナルス
4633.7万
48.7億
17
ジャイアンツ
4599.2万
48.3億
18
マリナーズ
4535.1万
47.6億
19
ブリューワーズ
4297.7万
45.1億
20
レッズ
3803.1万
40.0億
21
デビルレイズ
3786.0万
39.8億
22
タイガース
3695.5万
38.8億
23
フィリーズ
3044.2万
32.0億
24
アスレチックス
2520.9万
26.5億
25
ホワイトソックス
2453.5万
25.8億
26
パイレーツ
2368.2万
24.9億
27
ロイヤルズ
1655.7万
17.4億
28
ツインズ
1584.5万
16.6億
29
エクスポズ
1501.5万
15.8億
30
マーリンズ
1465.0万
15.4億
99シーズンのオフ、いわゆるストーブリーグの間に、多くのトレードが行われ
たのは例年並のことだ。ただ3人の日本人の行方を見ているとMLBにおける日本
- 15 -
人選手の地位が向上したシーズンオフでもあった。伊良部秀輝(ニューヨーク・ヤ
ンキース→モントリオール・エクスポズ)
、吉井理人(ニューヨーク・メッツ→コロ
ラド・ロッキーズ)、野茂英雄(ミルウォーキー・ブリューワーズ→FA→デトロイ
ト・タイガース)。FAで移籍した野茂の場合を除くと、伊良部、吉井はビッグチー
ムからトレードで移籍している。
ビッグチームの場合、資金力があるため、必ずしも戦力になる選手だけを保有し
ているというわけではない。つまり、余剰戦力ということになるが、他のチームの
戦力を押さえ込むという理由もあれば、戦線を離脱した選手の穴埋めをいつでもで
きるようにと言う理由もある。
伊良部・吉井が余剰戦力というわけではないが、伊良部に関しては、ある程度の
敗戦が許されるレギュラーシーズンでは、スターターとして起用されていたが、ひ
とつの負けが命取りになるポストシーズンでは、満足のいく形での登板がない。吉
井の場合は、プレーオフの開幕投手という名誉ある役割を任されたように思われる
が、それは吉井がメッツのピッチングスタッフの中で確固たる地位を確立していた
からではない。アリゾナで行われたプレーオフ初戦の前日、メッツはシンシナティ
でレッズとワンゲーム・プレーオフを戦っていた。MLBは162試合の通算勝率
でプレーオフに進出するチームを決定するが、メッツとレッズの場合は勝率が全く
の同率だったので、プレーオフ進出をかけたプレーオフで勝負を決する運びとなっ
た。メッツはひとつ前の98シーズンもプレーオフ安泰という位置にいながらプレ
ーオフ進出を逃している。99シーズン前にはGM(ゼネラル・マネージャー)の
解任も噂されたほどだ。これ以上ないほどに戦力補強に大金を注ぎ込みながら、2
年続けてプレーオフ進出を逃すわけにはいかないお家事情もあり、ワンゲーム・プ
レーオフには、投手陣の大黒柱・アル=ライターが先発に起用された。これはロー
テーション通りの起用であるが、もし、レッズとのプレーオフがなければ、プレー
オフの開幕投手はライターになっていた。つまり、吉井が日本人初という快挙を成
し遂げたことに依存はないが、そのこと自体を大げさに解釈していては、真実は見
えてこない。
伊良部はマイナー選手3人とのトレードでカナダのチームに移籍した。モントリ
オールは、どちらかというと、選手を育成し、ビッグチームに売ることが得意なチ
ームだ。そのためにあまり戦力補強に金をかけない。サラリーの額と選手の能力が
ほぼ一致するこの世界の考え方では、伊良部はチームの核として期待される選手と
なるだろう。吉井は戦力的には申し分のないものを持ちながら、なかなか結果に結
びつかない、新興チームに移籍した。吉井の活躍次第では、コロラドは大きな発展
を遂げるシーズンになるかもしれない。ただ、コロラドの場合、広大なアメリカを
象徴するようなチームで、本拠地が標高1000メートルを超える。気圧の関係上、
投手泣かせの場所である。ここ数年、コロラドは、大物の投手を補強しているが、
結果は停滞している。
- 16 -
スキーのジャンプやバレーボールなど、ヨーロッパで盛んな競技は、日本人の活
躍を制限する(とも受け取れる)ルールが瞬く間に設置され、日本人選手は苦しん
できた。MLBに関しては、まったくその心配はない。それは、人種の坩堝である
アメリカ社会を反映している。
プロ野球でも、Jリーグでも、Vリーグでも、日本の競技には外国人枠という制
度が必ず存在する。野茂の活躍以来、MLBは日本のメディアでも多く取り上げら
れ、私を含めた多くの日本人が、「本場」のベースボールを目の当たりにしてきた。
そこで気がついた方もいると思うが、チームに在籍する選手が様々な国と地域の出
身である。日本の競技を見てきた人には、外国人枠はないのだろうか、と疑問を持
った方もいるに違いない。
答えは、「存在しない」。この外国人枠という考え方に対し、日米の野球に造詣の
深いマーティー=キーナート氏は、99年の3月5日に自身のコラムで次のように
述べている。
(中略)
例えば、今年(1999年)ロサンゼルス・ドジャースの新監督に就任したデイ
ビー・ジョンソンが、キャンプ半ばにファンに向かって、今年は"純アメリカ人"に
よるチームを作りますと胸を張って宣言したらどうなることか。ドジャースの例で
言えば、40人ロスター中16人の選手を放出することになる。これは実にチームの4割
だ。
それに、純粋なアメリカ人とはいったい何なんだ?アメリカ先住民(俗に言うア
メリカ・インディアン)ということか。一塁シッティング・ブル(首長名)、二塁ト
ント・・・というわけか。
更に悪いシナリオとして、もしジョンソンが「ラテン系の選手に頼りすぎている
のは問題だ。ラテン選手は即刻辞めさせよう」などと言ったらどうなるだろう。無
神経かつ愚かな発言をしたとして、すぐさまジョンソンの首は飛ぶだろう。
(参考:「コラム」< http://journal.jp.msn.com/worldreport.asp?id=kuehnert
990305&vf=1>)
この発言は現在のMLBの様子を端的に表している。日本でも有名なサミー=ソ
ーサはドミニカ出身だし、キューバやプエルトリコ、オーストラリアなど、環太平
洋地区を中心に実にMLBは多国籍な組織である。文化的な背景として、アメリカ
の社会が挙げられる。キーナート氏の発言のように、純粋なアメリカ人という区分
けが困難だ。もともとが移民国家であるために、誰もが、○○系アメリカ人という
肩書きになってしまう。黒人選手に関しても、ジャッキー=ロビンソンが礎を築き
- 17 -
上げ、黒人選手がプレーすることに異議が唱えられない。人種的な問題を除いて考
えると、ヨーロッパのボスマン・ルールのような制限はアメリカでは本質的に存在
しない。
様々な人種の選手が、ピラミッドの頂点であるメジャー・リーグを目指して凌ぎ
を削るMLB。世界一と言われる所以はまさにここにあり。
(Ⅱ)NFL
第1章では、ヨーロッパとフットボールという題目で、ヨーロッパのサッカー事
情について述べてきた。フットボールはヨーロッパでは共通語である。
アメリカでフットボールと言えば、アメリカン・フットボールのことを指す。日
曜日に試合があり、オフサイドもある。だが、大陸が違うと、フットボールの意味
も違ってくる。 アメリカン・フットボール(以下フットボール)は全米でもっと
も人気のあるスポーツだ。アメリカのテレビの歴代視聴率は、半分を、スーパーボ
ール(フットボールの全米№1決定戦)が占めている。フットボールが受け入れら
れる要因のひとつに、対戦システムが挙げられる。
フットボールは毎週日曜に行われ、全16試合を戦う。月曜日の夜に1試合だけ
行われ、その試合はマンデー・ナイト・ゲームと呼ばれ、全米に生中継され、その
週で最も注目を集める。チームは全31チームでNFCとAFCの2つのカンファ
レンス(プロ野球でいうセ・リーグとパ・リーグ)に分かれ、さらに、東・西・中
の3つのディビジョン(地区)に分けられる。この論文を書いている時点(200
0年1月25日)で、スーパーボウルに進出しているセントルイス・ラムズを例に
挙げると、NFCセントラルに属するラムズは、98シーズンは4勝12敗で地区
最下位(5位)に終わった。そのラムズが、99シーズンは13勝3敗という驚く
べきレコードを飾っている。ちなみにラムズのここ10年間の成績は58勝102
敗と、いわば弱小で99シーズンに13勝するチームとは思えないほどである。
次頁の表を用いて詳しく解説すると、まず同じ地区のチーム(アトランタ、サン
フランシスコ、ニューオーリンズ、カロライナ)と、ホーム・アンド・アウェーで
対戦する。これで4X2で8試合。そして残りの8試合は、前年度の他地区の4位
・5位チームを中心にカードを組む。逆に98シーズン好成績を収めたチームは、
99シーズンは他地区の1位・2位チームとの対戦が増える。また、ラムズが中地
区との対戦が多いのは地域性が考慮されているからだ。NFC西地区に属するラム
ズではあるが、セントルイスはアメリカの中部にある。その理由は5年前までラム
ズのフランチャイズはロサンゼルスだった、というだけである。2002年の新球
団設立でロサンゼルスに新しいチームができる可能性が高いため、ラムズは地区を
移動するかもしれない。
以上のように、ラムズの今シーズンのシンデレラストーリーはダイエーホークス
の躍進とは違った側面がある。それは、この対戦システムの最大の長所であり、昨
- 18 -
シーズンも、長期にわたって低迷していたアトランタ・ファルコンズがスーパーボ
ール進出という大躍進を遂げている。(今季は例のシステムのため苦しいシーズンを
送ってしまった。)またMLBやNBAのように連覇が少ないのもこのシステムの特
徴だ。下の表を見ても分かるように、最大でも2連覇で終わっており、プロ野球の
V9というような時代は存在しない。連覇が少ないと言うことは、どのチームにも
スーパーボウル進出の可能性があり、必然的に戦国リーグとなる。ただ、問題点が
ないわけではない。前年度に成績が落ち込んだチームは、システムで分かるように、
弱いチームとの対戦が組まれる。8年間2兆円という莫大な額を投じて放映権を手
に入れるテレビ局にとっては、弱いチーム同士の対戦は魅力が少ない。ヨーロッパ
でスーパーリーグ構想が持ち上がったように、テレビ局主導のスケデューリングに
なることが懸念される。
99シーズンのラムズの対戦チーム
週
対戦相手
1
ボルティモア
2
試合無し
3
アトランタ
4
シンシナティ(A)
5
サンフランシスコ
6
アトランタ(A)
7
クリーブランド
8
テネシー(A)
9
デトロイト(A)
10
カロライナ
11 サンフランシスコ(A)
12
ニューオーリンズ
13
カロライナ(A)
14 ニューオーリンズ(A)
15
NYジャイアンツ
16
シカゴ
17 フィラデルフィア(A)
作成:浦野亮一
98勝敗
6勝10敗
98順位
AFC中地区④
14勝2敗
3勝13敗
12勝4敗
14勝2敗
なし
8勝8敗
5勝11敗
4勝12敗
12勝4敗
6勝10敗
4勝12敗
6勝10敗
8勝8敗
4勝12敗
3勝13敗
NFC西地区①
同地区
AFC中地区⑤
NFC西地区②
同地区
NFC西地区①
同地区
AFC中地区
99年創設チーム
AFC中地区②
NFC中地区④
NFC西地区④
同地区
NFC西地区②
同地区
NFC西地区③
同地区
NFC西地区④
同地区
NFC西地区③
同地区
NFC東地区③
NFC中地区⑤
NFC東地区⑤
- 19 -
備考
スーパーボウル優勝チーム
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
パッカーズ
パッカーズ
ジェッツ
チーフス
コルツ
カウボーイズ
ドルフィンズ
ドルフィンズ
スティーラーズ
スティーラーズ
レイダース
カウボーイズ
スティーラーズ
スティーラーズ
レイダース
49ers
レッドスキンズ
作成:浦野亮一
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
レイダース
49ers
ベアーズ
ジャイアンツ
レッドスキンズ
49ers
49ers
ジャイアンツ
レッドスキンズ
カウボーイズ
カウボーイズ
49ers
カウボーイズ
パッカーズ
ブロンコス
ブロンコス
?
(Ⅲ)シーズン制
この章では、アメリカのスポーツについての報告を行ってきたが、もちろんこれ
だけではない。NBAやNHL、インディカーレースやゴルフ、そして最近設立さ
れたMLS(メジャー・リーグ・サッカー)に加え、独自の興行スタイルで人気を
博しているプロレスのWWFなど多岐にわたるスポーツ団体が存在する。メジャー
スポーツ(NFL・MLB・NBA)に関しては、シーズンがずれていて、うまい
具合に棲み分けができている。
次頁の表を参照すれば分かるように、各リーグのプレーオフや開幕が重なること
はない。シーズンが重なり合っている部分もあるがフットボールとベースボールは
ほとんど別の時期にシーズンが行われると言える。日本のプロ野球とJリーグのよ
うにほぼ一致しているということがない。この点は学ばねばならない点の一つだろ
う。
また表からは読みとりにくい部分ではあるが、レギュラーシーズンと、ポストシ
ーズンの日程の間隔がないのも特徴の一つだ。順位争いが白熱するシーズン終盤、
各地で盛り上がった雰囲気のままポストシーズンを迎えるのは、熱狂の継続性とい
う意味で価値のあることだろう。日本のプロ野球のように、優勝が決してから、消
- 20 -
化試合がしばらく続き、さらに間隔をあけて日本シリーズに突入というシステムよ
りは合理的であろう。アメリカの場合、各リーグがそれぞれ高い人気を誇るための
措置という見方もできるが、ファン心理を考えると、やはり無駄な間隔は必要ない
のではないだろうか。
最後に加えると、スポーツをする側からも、シーズン制のスポーツは魅力的だ。
昨年引退したNFLのスター選手、ジョン=エルウェイは、フットボールだけでな
く、野球でもドラフトで指名されているし、NBAのニューヨーク・ニックスのガ
ード、チャーリー=ウォードは、大学時代にハイズマン・トロフィ(大学フットボ
ール最優秀選手)を受賞した経歴を持ちながらNBA入りしている。また、ディオ
ン=サンダースのようにNFLのスーパーボウルとMLBのワールドシリーズの両
方に出場したアスリートも少なくない。このように、アメリカのスポーツは日本よ
りも自由が感じられる。それは、アメリカ社会の自由主義に依るところが大きく、
スポーツの発展を促している。
マーケティング的な観点からは、各団体の自由競争が国際的な競争力を高めてい
るという事実もある。第3章でも述べるが、競争力の高いMLBやNBAは日本に
も進出しさらなるマーケットを獲得せんとしている。NBAの世界的戦略は、マイ
ケル=ジョーダンの人気によるものでもあるが、事実として世界各国で高い人気を
誇り、ヨーロッパでも注目度が高い。アメリカの社会的な背景に加えて、各団体の
企業としての戦略も発展の裏側にある。WWFは、完全にテレビというメディアに
ターゲットを絞った戦略と、分かりやすいショー仕立てのストーリーで他の追随を
許さない地位を確立している。
このように、アメリカは組織としての完成度が高く、企業戦略にも早くから取り
組んでいた。それは、各団体の競争が激しいことがあり、自らが生き残る手段でも
あるからだ。最高峰のスポーツの質と組織としての成熟度、この2つのプロフェッ
ショナルがアメリカのスポーツを支えている。
- 21 -
第3章
日出づる国のスポーツ事情
1980年代、日本が経済力で世界の表舞台に立ったとき、ワーカホリックとか、
働き蜂だとか、様々な形で生活形態について批判を受けた。また、90年代にはい
って、Jリーグの誕生など、スポーツがより注目されるようになると、内外からス
ポーツ文化の程度の低さについて指摘された。様々なスポーツイベントで来日する
スポーツ選手には、日本人のスタイルは奇異なものに移っただろう。現在、イタリ
アのラツィオでプレーするサッカー選手、シニサ=ミハイロビッチは、ユーゴスラ
ビアのレッドスターの一員として来日したとき、トヨタカップについての感想で、
チア・ホーンの音が奇妙に響いていた、と漏らした。
地理的にも極東にある日本のスポーツ文化は戦後から、大相撲とプロ野球が支え
てきた。国技と呼ばれる大相撲は外国人の目に最も奇妙に映る競技だろう。
(Ⅰ)大相撲
大きな体にまわし一枚。男たちが10メートルの円内で繰り広げる勝負は、冷静
に考えると現代的ではないだろう。ところが、この大相撲の運営は古来の伝統競技
とは思えないほどの頑丈さがある。
本場所では力士が15番の取り組みをこなし、その結果により次の場所の序列が
決定する。負け越しが決定し十両に陥落する力士もいれば、ここ数場所安定して好
成績を収めて大関に昇進する力士もいる。番付が違えば、給与も違うため、数字(結
果)が如実に反映される厳しい世界だ。
また記録面が整備されているのも組織の頑丈さを示すバロメーターになるだろう。
連勝記録や優勝回数だけでなく、平幕の力士が横綱を敗る「金星」(英語でいうアッ
プセット)など、記録のスポーツとしての一面も持っている。
そして何よりも頼もしいのは、世界一としての誇りだ。第2章で、メジャーリー
グは世界一の野球リーグであり、その理由は、外国人に門戸を開き、人種を問わず
頂点を目指すシステムにあると説明した。大相撲にもそれが当てはまるのだ。現在
の横綱(英語では、グランド・チャンピオン)は4人で、平成の名横綱貴乃花、技
巧派の若乃花に加え、ハワイ出身の曙と武蔵丸が君臨する。武蔵丸は、連続勝ち越
し記録のレコードホルダーだ。彼らのハワイ勢の他にも、モンゴル、アメリカ(本
土)、アルゼンチン、ロシアと世界最高峰のスモウリーグなのだ。彼らがこうして活
躍できるのも、高見山というMLBで言えばジャッキー=ロビンソンのような先人
のお陰である。
こうやって整理すると、大相撲は誰もが憧れるプロフェッショナルなリーグであ
るように思われる。しかしながら、日本人のほとんどがこうした偉大さに気がつい
ていないのが残念でならない。
- 22 -
....
旧態依然。大相撲を一言で表現するとこのひとことに尽きるだろう。先日話題と
なった八百長問題や、年寄株を巡る不正な金の流れ、人気の凋落など、暗い話題の
方が先行する。八百長問題に関しては、古くから一部で聞かれていたことではある
が、公式の場で明言されたのは今年が初めてである。ある筋によれば、現在の大相
撲の幹部が八百長をやってきたために取り締まりが困難であるという、うがった見
方もある。人気の凋落は若貴ブームが落ち着き、それぞれがあまりのスターダムの
ために私生活まで曝され、世間に悪い印象を与えてしまったことも原因の一つであ
る。若貴の両横綱は、血統書付きのサラブレッドで、切磋琢磨して現在の地位を手
に入れた尊敬されて然るべき存在である。彼らの家庭は理想の家族像としてお茶の
間にもしばしば紹介された。だがマスコミというのは、本人の意志の働かないとこ
ろで情報を操作できるもので、叩いて埃が出てきた花田ファミリーは、ワイドショ
ーや写真週刊誌などセンセーショナルさが売りのメディアの格好の餌食となってし
まった。操作された情報で彼らの悪いところだけが独り歩きし、彼らへの尊敬はい
つの間にかNHKだけの専売特許になってしまったかのような状態である。
人気凋落に話を戻すと、ここ1年間で武蔵丸の横綱昇進や、千代大海、出島の大
関昇進、貴乃浪の大関復帰など、明るい話題があるのだが、千代大海は、昇進後す
ぐに週刊誌で八百長問題を指摘されるなど、先が明るいわけではない。
最も効果的だと現在叫ばれているのは、部屋という垣根を取り払って、総当たり
制の対戦を実現させようという意見だ。協会側は、これには反対している。巡業改
革や立ち会いのルール変更などあちこちに改革の手を伸ばしているのだが、なかな
か表立った効果は現れない。総当たり制のメリットは、現在上位を独占している二
子山部屋や、武蔵川部屋の実力のある力士同士の対戦の魅力にある。優勝力士は最
も強い力士と呼ぶのにふさわしくなるだろう。ただ、同部屋対決は、普段稽古をし
ている力士同士では対戦に力が入らないという理由で、力士側からの反対が強い。
私の考えでは、団体戦も面白いのではないかと思う。団体戦の場所、個人戦の場
所と決めて行えば、今までにない大相撲の魅力を引き出せるのではないだろうか。
いずれにしても、改革の旗手は協会だ。派閥闘争や、年功にこだわらない組織作り
が何よりも叫ばれるところであろう。
(Ⅱ)プロ野球
昨年セ・パ両リーグに分かれて50年を迎えたプロ野球は、一つの大きな問題に
揺れた。シドニーオリンピック出場をかけたアジア予選、史上初のプロ・アマ混合
チームで臨んだ全日本は、最終戦で韓国に敗れたものの台湾・中国を撃破し、オリ
ンピック出場を決めたのだ。このときに、プロの代表として全日本に加入したのは、
野村(広島)、古田(ヤクルト)、小池(近鉄)、初芝(ロッテ)、井出(日本ハム)、
松中(ダイエー)、松坂(西武)、川越(オリックス)の8人。正直言って物足りな
いメンバーである。
- 23 -
私は彼らの力不足を嘆いているわけではなく、彼らよりも力が勝る選手が、オー
ナーの意志などの不透明な理由で選抜されなかったことだ。2000年シーズンの
プロ野球の日程は既に発表されているが、シドニーオリンピックは考慮されなかっ
た。
第2章では、機構の解放性からMLBを世界最高峰と位置づけたが、実際に私は、
日本のプロ野球がMLBに勝るとは考えていないが、少なくとも、ベストの9人(控
えを含めても15人)でアメリカと真剣勝負をすれば、五分以上の成績を残せると
いう確信はある。それほど日本の選手は高いレベルを有しているのにも関わらず、
オリンピックで、ドリームチームとして世界にアピールできないのは残念でならな
い。私が、日本のレベルに関して大きな自信を持っているのは、
○高校野球に見られる勝負へのこだわり
○ディフェンスを中心とした緻密な野球
の2点があるからだ。
現在日本のプロ野球でプレーしている選手のほとんどが、高校時代、甲子園を目
指してきた。その夢が実現した選手はそう多くはないだろうが、甘えの許されない
一回勝負のトーナメントで凌ぎを削ってきただけに、アメリカの選手のような楽し
んでプレーをするといった半ば脳天気なメンタリティはほぼ存在しない。また、自
分の持っている実力の範囲で相手と戦わなければならないので、自分よりも能力が
上だと見られる相手には徹底的に戦略的に戦うという、戦術眼も養われてきている
はずだ。アメリカの選手のように、真剣勝負という名のもとにストレートしか投げ
ない単調さは考えられない。そもそも、文化も風土も違うアメリカ人の考え方で日
本の野球の土台を作ろうというコンセプト自体に問題がある。
緻密な野球も大きな武器だ。日本ではバントという戦術は否定的に見られがちだ
が、実際の場面を想定しない限り、バント戦術の合理性は判断できない。MLBは
バントをしないという先入観を持っている方もいると思うが、実のところは1点が
欲しい場面では、ほとんどバントをしている。結局、バントは点を取るためには合
理的な戦術なのだ。また守備を中心とした野球は、もともと、川上監督時代の巨人
軍がアメリカのドジャースから学んだものを改良したのが始まりで、何も日本人の
専売特許ではないのだ。つまりは、緻密な野球というのは、勝利を前提としたプロ
の世界で取り入れられるのは当然の成り行きで日本人は誇りにさえ感じていい程の
ものだ。
私は、プロ野球は国際的なメジャースポーツの中で最も早く日本が世界一になれ
る競技であると確信している。だが、今のままでは成長も止まってしまうし、有力
な日本人選手がMLBという桃源郷に逃げ込んでしまい、空洞化してしまう。
まず改革すべきは、リーグ制である。読売巨人軍の利益を中心に運営される(と
思われる節のある)体質を改善しなければならない。99シーズンは特にひどかっ
た。毎日毎日2位巨人の話題ばかりで、テレビ中継ももちろん巨人戦のみ。国民が
これにがっかりしたのではと思ったが、案外そうでもないのにも驚いた。
- 24 -
巨人軍はマーケティングのスペシャリストだ。我々大学生は長嶋茂雄の偉大な現
役時代を知らない。にもかかわらず、100人中99人が彼を「好き」と答えるだ
ろう。巨人軍は、系列のテレビ局を巧みに利用し、長嶋茂雄という人間を出演者と
いう形で登場させた。何も問題はない。彼はスーパースターであり、野球のプレー
だけでなく、人間的にも大きな魅力を持っているのだから。ただ、彼の監督として
のキャリアは、輝かしい現役時代に比べると霞んで見えるものだ。巨人軍の監督選
びはプロフェッショナルではない。親会社の新聞の売り上げを心配し、系列テレビ
局の視聴率に配慮し、球界の盟主である巨人軍の人気を優先させた意志決定に過ぎ
ない。本当の盟主であるのなら、成績不振の責任が監督にあると判断できるのでは
ないだろうか。
リーグ制の話に戻すと、1リーグ制でもいいし、ディビジョン制を導入しても良
い。インターリーグだって良い。改革に着手せねば、93年にJリーグが誕生した
ときの二の舞になるのは目に見えている。今年の4月にメジャーリーグの開幕戦が
日本で行われる。これで、NFLを除く3つのアメリカのメジャースポーツが日本
で公式戦を行うことになる。NFLも日本に公式の事務所を設置し、市場として日
本に狙いを定めている。NBA、NHLは開幕が秋なので、プロ野球とシーズンが
重なることはない。MLBはそうはいかない。いま、アメリカのメジャースポーツ
は、マーケットとして日本に進出しようとしているのだ。鎖国をして彼らを追い出
せる時代ではない。マーケティングに長けた彼らが黒船に乗って本格的に来襲すれ
ば、いくら日本の野球のレベルが高くとも、ビジネスゲームでは負けてしまう。そ
の兆しがわずかとはいえ感じられる今、21世紀という新しい時代を迎える今こそ、
改革の絶好のタイミングと言えるのではないだろうか。
次の表を見ていただきたい。これは我々が、東京ドームで行ったアンケート調査
の結果である。最も重要度が高かったものは「対戦相手」である。対戦相手が魅力
的であれば、観衆の観戦意欲が高まるという解釈ができる。プロ野球をビジネスと
見て発展を促すならば、対戦システムに工夫を凝らすのが、更なる飛躍を達成でき
るカギになるのではないか。
また、試合の期日は重要度が高いものの、試合の開始時間は重要度が低い。ファン
にとってはデーゲームとナイターに関してはあまりこだわりはないのだろう。ただ
一部では、土日などの休日は、家族で観戦できるようにデーゲームにすべきだとい
う意見もある。現在の休日のナイターは、巨人戦のみが行われている。チームの状
態は予想に反して重要度が低い。これはある意味で野球観戦がイベントとして確立
しているという見方ができるだろう。
- 25 -
プロ野球観戦における重要度
1999・7/7・サンプル数:300
(注)重要度は、5段階で、5を最も重要とする。
質問項目
対戦相手
チームの状態
スターの有無
価格・
観戦にかかる費用
試合の期日
天候
球場までの交通の便
試合の開始時間
テレビ放送の有無
イベントの有無
一緒に行く相手
重要度
4.103
2.765
3.522
3.107
3.647
3.243
3.419
2.901
2.268
2.063
3.559
ランク
1
9
4
7
2
6
5
8
10
11
3
つまりは、プロ野球はビジネスとして現在、目に見える競争相手はいない。ある
意味では競争優位と言える。しかしながら、上記のような理由でそれが崩れる危険
性もはらんでいる。機構やオーナーに危機意識があるかどうか。それが21世紀の
プロ野球を左右しそうだ。
(Ⅲ)Jリーグ
1993年の5月15日。春畑道哉のエレキギターとレーザー光線の海で誕生し
たJリーグは激動の創生期を送った。
昔話で、ある木こりが池に斧を落としたとき、天女が現れて、「あなたの落とした
斧は金の斧ですか?」と、問いかける場面があるのを御存知だろうか。開幕当時、
Jリーグは「金の斧です」と答えたに違いない。
ブームという泡はいつの間にかはじけてしまった。と、言うよりもはじけて然り
なのが世の常だ。清水エスパルスは経営の危機を迎え、横浜フリューゲルスは消滅
という形で幕を閉じた。フリューゲルスの消滅は西林のレポートに詳細があるので
そちらを参考にしていただきたい。
- 26 -
チーム別平均観客数(1999.11/28・『日刊スポーツ』)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
チーム
浦和
横浜
鹿島
名古屋
清水
磐田
福岡
C大阪
柏
川崎
広島
京都
G大阪
神戸
平塚
市原
合計
1999
21,276
20,095
17,049
14,688
12,883
12,273
11,647
10,216
10,122
9,379
9,377
8,859
7,996
7,691
7,388
5,774
11,658
1998
22,706
19,165
15,345
13,993
12,298
12,867
10,035
9,864
9,932
13,338
8,339
8,015
8,723
7,686
10,158
5,365
12,731
前年比(%)
−6.3
+4.9
+11.1
+5.0
+4.8
−4.6
+14.3
+3.6
+1.9
−29.7
+12.4
+10.5
−8.3
+0.1
−27.3
+7.6
−8.4
上の表は99年と98年のJリーグの平均観客数を比較したものである。99年
は16チーム中11チームが前年比増を記録しているが、合計では−8.4%と落
ち込んでしまった。数字上の答えは、川崎と平塚の大幅減が足を引っ張った結果だ。
川崎と平塚。94年のセカンドステージでは優勝を争い、川崎が優勝。2位に終
わった平塚は、雪辱とばかりに天皇杯で優勝。開幕初期は強豪の2チームであった。
その2チームに名門の影はない。
ベルマーレ平塚は、2000年シーズンから湘南ベルマーレと名前を変え、J2
からスタートする。98年の夏に中田英寿(現・A.S.ローマ)をペルージャに
放出。このときの移籍金は3億円といわれた。このときからベルマーレは「存続す
るため」の手段を模索していたのではないだろうか。1999年シーズン前の資料
によると、98年、中田英寿が移籍した第2ステージ、ホームの観客動員は平均で
約8000人と第1ステージよりも約3000人減少している。年間のホーム一試
合平均入場者1万人として、切符の平均価格3000円で試算して約3億円になる。
また、選手の人件費は、4.4億円と試算され、支出は試算収入と同じ9億円。「人
- 27 -
*1
件費は総収入の50%まで」 という目標に照らし合わせるとこの手法は妥当なもの
である。
しかし、平塚は2部に転落した。健全経営とチームの成績は無関係なのかもしれ
ない。「身の丈にあった経営」と叫ばれた経営とは何だろう。一つのヒントが、今か
ら7年前、つまりJリーグが開幕した年のイタリアのあるチームにある。
人口9万人の南部の小都市レッチェは、当時セリエBの2位のチームであった。
(9
9−2000はセリエA)当時のマネジメント部長のロベルト・デ・ドンノ氏は、
日刊スポーツのインタビューに次のように答えている。
(以下レッチェの収支まで『日
刊スポーツ』・1993.2/28,3/1)
−年間総収入、支出は?
「収入は入場料、リーグからの分配金、放映権料、スポンサー収入などで約12億
円。支出は選手の給料や一般管理費などで、およそ21億円です。ただしこの中に
は選手の移籍や譲渡や獲得に伴う金は入っていません。」
レッチェの収支は、収入10億円、支出20億円というJリーグの平均的なスケ
ールに似ている。カップ戦などを含んだ観客動員数は、平均1万2000人(リー
グ戦は約9000人)で、年間の入場料収入が3億4000万円、選手給料が11
億円というのもJリーグと同じレベル。そして、9億円という赤字額も似ている。
−赤字の補填方法は?
「我々には大企業がついているわけではないから、自分たちの力で補填しなければ
なりません。それには、選手を売ることです。昨年の移籍選手などに関する収入は
約17億円。同様の支出8億円を差し引いても、相当な収入です。その差額(約9
億円)で赤字は埋まります。クラブは畑と同じ。選手を育て、また安く獲得して、
高く譲渡する。昨年は、ユベントスにコンテという選手を7億円で譲りました。こ
うして毎年2,3人移籍させ、数人を貸し出します。
」
−クラブとしての経営方針は?
「クラブも企業でなければならない。だから利潤を追求することは必要です。とこ
ろが、我が国のリーグ法91条には、『クラブは利益を上げてはならない』とある。
矛盾するようですけど(笑い)
。得た利益は、選手の強化、設備の充実に再投資する
のです。確かに、選手の動きは大きな金の動きが伴います。しかし、それだけでは
ダメ。会長をはじめとする企業努力がないと安定経営はできません。
」
*1:スポーツグラフィックナンバー460・461
- 28 -
P131
−昨年の観客動員は減っていますが?
「それが最大の問題です。レッチェは5年前にセリエA入りしたとき、競技場を2
万人から5万人に拡充しました。人口9万人のレッチェ市ですが、周辺を合わせた
100万人がマーケットの対象。A初年度(88−89シーズン)は多くのファン
が来てくれましたが、成績不振で下降。昨シーズンのB落ちでダメです。
」
−Aに上がれば入場者数も増えるのでは?
「一試合平均4万人を目指します。(昨年は9000人)しかし、最も大切なのは、
単純に客を増やすことではなく、年間シートの割合が高いほど、安定した収入にな
りますからね。」
−スポンサー収入はどうですか?
「レッチェは今年、メーンスポンサーとして地元の飲料水メーカーTOKAと約5
000万円で1年契約しました。スポンサー料が8億円のACミランや、5億円の
ユベントス、インターミラノは別格として、我々も来年はAチームの最低レベルで
もある1億円は譲れませんね。」
−企業として目指すのはACミランのようなスーパーチームですか?
「いいえ。彼らは収入も多いが支出も多い。大都市だからこそできるのです。我々
は中都市のチームづくりをします。健全経営のため、地元のスポンサーとの密接な
つながりが大事です。企業の目的は利潤の追求です。しかし、ここで言う利潤とは
...
もうけではありません。文化・スポーツ・観光のすべてに及ぶ地域振興の促進を図
ること。これこそがわれわれの求める利潤、サッカー企業の最大にして唯一の目的
です。」
- 29 -
レッチェの収支
<収入>
入場料(カップ戦等を含む)
リーグ分配金(トトカルチョを含む)
放映権料(テレビ・ラジオ)
選手貸出料
選手移籍等の利益
利子
その他
合計
<支出>
選手給料(出場料含む)
現場スタッフ給料(監督・コーチなど)
フロント給料
社会保険料
ゲーム運営費
用具・設備費
チーム運営費
宣伝広告費
選手賃貸料
選手の減価償却(移籍獲得選手分)
選手売買の支出
ゲーム収入の税金
他の税金
利子
その他
合計
利益
- 30 -
単位:円
3億3710万
2億2970万
3億2000万
6020万
17億9230万
500万
3700万
29億2850万
10億8670万
5360万
2億4430万
7540万
5430万
1億5920万
1億2550万
8260万
2310万
4億2290万
3億6250万
9310万
6560万
940万
6760万
29億2580万
270万
Jリーグクラブとの大きな違いは「移籍」にあるようだ。移籍に関するネガティブ
なイメージが効果的な移籍を妨げている。日本代表最多キャップ数を誇るDF、井
原正巳は、チャンピオンチーム・ジュビロ磐田に移籍した。このとき明らかになっ
たのは、「井原戦力外」、「井原引退勧告」といった、井原のイメージダウンにつなが
ることばかり。横浜は井原を商品と考えていないようだ。もちろんここで言う「商
品」は企業の顔という意味でポジティブに解釈していただきたい。井原の獲得に9
チームが名乗りを上げたことを考えれば、Jリーグでの井原の価値は高いはずだ。
横浜という内部での井原の評価が公になることで、移籍金や井原のサラリーそのも
のに悪影響を及ぼしたことは言うまでもない。
移籍を人身売買と批判する意見もあるだろう。人間の価値に値段を付けるのはも
ってのほかだという人もいるだろう。しかしながら、彼らは、プロ選手であり、技
術・精神力・経験に値段が付いているのであり、「ゴン中山は明るい性格だから80
00万」という風に人格に関するものではない。移籍は、選手が新たな活躍の場を
求めて、自身に課すチャレンジであり、小クラブの選手がビッグクラブに高いサラ
リーとキャリアのために移籍するのは、資本主義という観点からも当然のことなの
だ。クラブ側も、移籍する選手に裏切り者というレッテルを貼るのではなく、自ら
の収入を支えるビジネスチャンスととらえるべきだ。
Jリーグはグローバルスタンダードから遅れている。それは選手が繰り広げるサ
ッカーの質そのものよりも、日本人のメンタリティーにあるようだ。もちろん、義
理・人情といった日本人の長所を捨てるべきではない。その伝統的な観念も尊重す
る一方で、選手移籍に関するアイデアの尊重も忘れるべきではない。
- 31 -
第4章
総括
ここまで、ヨーロッパ、アメリカ、日本と3地域に分けてスポーツを見てきたが、
スポーツ文化とスポーツクラブという視点では、
フットボールとビジネスに揺れるヨーロッパ、
自由主義の中で発展したアメリカ、
伝統の過渡期の日本、
というテーマに集約されるだろう。
スポーツクラブのプロ化という点では日本が一番遅れている。ただ、21世紀、日
本には大きなチャンスがあるとも言える。コマーシャリズムという点では、ヨーロ
ッパやアメリカが困難な道を歩んでいる。
日本の場合西洋とは違った文化を持ち、個人のメンタリティーも特有のものがある。
ただ、それに固執した言い訳が通用しない時代になっている。相撲も国際化の流れ
が訪れ、野球もMLBとの交流も以前より増えている。スポーツはもとより、経済
面での開放性も求められている。現在の状況は内憂外患ということばに集約される
だろう。
日本の場合、あまりにプロ野球が競争優位にあるために他のスポーツがビジネス
として育たない。それはプロ野球を責めるべき点ではないが、Jリーグなどの団体
はその呪縛に苦しんでいるようだ。シーズンはプロ野球と重なり、チャンピオンシ
ップという日本シリーズの真似事で議論を呼んでいる。ただ、Jリーグが誕生した
ことは、日本のスポーツビジネスに競争をもたらした点で評価できる。ブームの頃
のJリーグはプロ野球を脅かす存在であった。プロ野球とJリーグの公正で自由な
競争を期待する。選手というソフト面では、海外で活躍できる選手が増えてきた。
チームというハード面ではまだ国際的な競争力を得るには至っていない。
また、プロ野球のところで述べたように、自立した機構であることが困難な状況
も考えられるのである。逆に考えると、国際的な競争力を付ける必要性が生じてい
るのだ。世界の標準に対する肯定的な視点と共に、自らの文化を冷静に見つめるこ
とこそ、自立発展への道だ。
- 32 -
<参考文献>
第1章
「世界サッカー紀行」後藤健生・文芸春秋・1997
「スポーツグラフィック・ナンバー478」文芸春秋
「ワールドサッカーダイジェスト№62」日本スポーツ企画出版社
「Jリーグ風」粟田房穂・ウェッジ・1994
日刊スポーツ
第2章
「スポーツ代理人」ロン=サイモン・武田薫訳・ベースボールマガジン社・199
8
「NFLハンドブック」タック牧田・南雲堂・1993
「アメリカンフットボール・マガジン NFL99プレビュー」ベースボールマガ
ジン社 日刊スポーツ
第3章
「スポーツグラフィック・ナンバー460・461」文芸春秋
日刊スポーツ
- 33 -
おわりに
私が水野晴男なら、
「いやぁ、スポーツは素晴らしいですね」と云っているだろう。
本論を作成するに当たってずいぶん長い時間と調査を重ねてきたが、やはり印象深
いのは、2度の海外研修だ。テレビを通じてしか知り得ない世界が目の前にある。
この興奮は未だに忘れない。アナハイムでの胸の鼓動、ハイバリーでの時が止まっ
たかのような衝撃、スタジアムという別世界で私はその熱狂の渦にのみこまれ、大
きな感動を胸に帰国した。それは私だけの感情ではないだろう。
ゼミのメンバーにも恵まれた。海外研修というお金と時間が必要な活動に全員が
参加したことは大きな意味を持っている。歳を重ね、頭髪が白くなり、あるいは抜
けて無くなっても、この想い出は色褪せないし無くなることもない。それだけ輝い
ているものだ。
またゼミの時間に議論を重ね、共同論文という新しい形に挑戦した4年生に敬意
を表したい。意欲的なフィールドワークに加わった3年生にも感謝したい。また、
冷静な立場で助言をくれた松下さん、ユーモア混じりに指導をしてくれた早川先生
には恩義を感じる。
「1+1=3」という陳腐な表現があるが、早川ゼミは3が4にも10にも、時
には0にもなる個性豊かな集団であった。それは全員の共通の意識、スポーツへの
愛情に支えられていたのかもしれない。
本論はそういった同士の個性を凝縮し発展させた友愛の塊でもある。それを作成で
きる機会に恵まれたこと、敬意と感謝を表し、本論は幕を閉じる。
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別冊資料
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