環境保護と地域資源活用による 地域づくり

平成26年度 地域づくり海外調査研究事業調査報告書
環境保護と地域資源活用による
地域づくり
~オーストリア・レッヒの取り組みから見えること~
調査地:オーストリア共和国
フォアアールベルク州レッヒ
調査日:平成26年9月17日~18日
平成26年11月
一般財団法人 地域活性化センター
総務企画部
企画・コンサルタント業務課
中島 由紀子
目 次
1.はじめに
P.1
2.大館市の現状について
(1)大館市の概要
(2)大館市の環境政策
(3)大館市の移住・交流事業
P.1
P.2
P.3
3.レッヒにおける取り組み
(1)レッヒの概要
(2)レッヒの環境保護政策
(3)レッヒの地域熱供給
(4)レッヒの地下トンネルシステム
P.3
P.5
P.6
P.9
4.レッヒの視察から見えたこと
P.12
5.大館市への提言
(1)バイオマスを利用した地域熱供給システムについて
(2)地域資源を再認識するための「地元学」と「農都交流」
(3)移住者受け入れに対する体制構築と移住者支援
P.13
P.13
P.14
6.おわりに
P.14
1.はじめに
東日本大震災は、被災地に甚大な被害をもたらしただけではなく、東日本の交通網や物
流に大きく影響し、これまでの価値観を大きく変えることにもなった。東京一極集中や、
経済成長路線をこのまま継続することの危険性を多くの国民が認識した。そのような背景
もあり、若い世代を中心に地方回帰の動きが広がっており、お金に換算できない、あるい
はお金にならないとされていたものの価値が見直されている。
一方で、日本創成会議において「消滅可能性自治体」が発表されたことにより、全国の
自治体が人口減少対策として移住・定住対策に本腰を入れ、今後、自治体間で移住者獲得
を競うことが予想される。一般的に、旅行や仕事などで訪れたことがある地域が移住先の
候補地となるといわれており、体験ツアーなどの観光・交流事業が移住・定住対策につな
がるものと期待されている。全国の自治体では、移住者に対するさまざまな支援制度が打
ち出されているが、一時的な金銭的支援や物的支援といった持続性がないものも多い。
また、震災により発生した原発事故は、原子力や化石燃料に依存する日本のエネルギー
の現状を見直すきっかけとなった。原油価格の上昇が市民生活を圧迫していることもあり、
安全で温室効果ガスを削減する効果の高い再生可能エネルギーとして、バイオマスを利用
する動きが活発化している。日本は森林資源の豊富な国であり、特に東北地方はバイオマ
スエネルギーの利用に適しているといわれる。
居住地を変えるという大きな選択の際には、住まいと仕事の確保が大きなウェイトを占
めるが、大館市のような寒冷地の場合は、冬場の暖房費や除雪作業が大きな負担となり、
住みやすさをアピールする上でマイナス要素となってしまう。
化石燃料はいずれ枯渇することが明らかであり、代替エネルギーの確保は重要な課題で
ある。だからこそ自治体がエネルギーをある程度自給自足でまかなうことができれば、住
民や移住希望者にとっても大きなメリットとなると考えられる。バイオマスを地域の暖房
や除雪、あるいは農業に有効活用し、地域内で循環するしくみを構築できれば、産業振興
はもとより、大館市への移住・定住の促進にもつながるのではないだろうか。バイオマス
の有効活用は環境保護、森林保全、エネルギー対策としてだけでなく、移住・交流対策を
進める上でも有効なものとなると考えられる。
そこでこの報告書では、大館市の取り組みや課題について分析し、特産品やバイオマス
などの地域資源の有効活用によって、地域内で資源とお金を循環させるしくみにおいて先
進的なオーストリアのレッヒの取り組みをもとに、これから大館市がどのように施策を展
開すべきか考察したい。
2.大館市の現状について
(1)大館市の概要
大館市は、秋田県北東部出羽山地を縫って流れる米代川と長木川の清流沿いに開けた大
館盆地にある。鉱石と秋田杉の美林に恵まれ、県北部の政治、経済、文化の中心都市とし
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て発展してきた。
平成 17 年 6 月 20 日には、比内町、田代町を編入し、現在の市域を形成するに至った。
面積は 913.70 平方キロメートル、人口は約 77,000 人の地方都市である。自然環境に恵ま
れ、あきた北空港(大館能代空港)や日本海沿岸東北自動車道などの高速交通体系の整備
や各種施設の充実などの住環境、経済環境の整備が進んでいる。
また、郷土料理のきりたんぽ、比内地鶏、大館曲げわっぱ、秋田犬など、全国的にも有
名な物産や天然記念物が豊富である。また、市内には 20 カ所以上の温泉があり、低料金で
日帰り入浴のできる施設が点在している。
(2)大館市の環境政策
平成 6 年までに市内のすべての鉱山が閉山した後は、鉱山技術を活用した土壌洗浄事業
や家電リサイクル事業を展開するとともに、循環型農業の確立を目指したコンポストセン
ターの建設、さらに廃木材や間伐材と廃プラスチックを利用した新建材製造事業を推進す
るなど、リサイクル産業を育成しながら循環型社会の構築に力を入れている。
また、「大館市バイオマスタウン構想」に基づき、「木質バイオマス燃料燃焼機器導入」
と「間伐事業で発生する間伐材などを活用した木質バイオマスの燃料化」を推進していく
ため、各公共施設にペレットボイラーやペレットストーブを導入している。木質バイオマ
ス燃料燃焼機器の普及と間伐材の利活用を促進するため、伐採、集積、運搬までの総合的
なシステムの構築にも取り組んでいる。
現在、
「市有林間伐材収集利活用事業」で発生する間伐材から製造した全木ペレット燃料
を使用し、エネルギー循環型社会の形成に努めると共に、市内の一般家庭にもペレットス
トーブなどの普及を推奨している。こうして官民一体となった温室効果ガス削減に取り組
んでおり、地球温暖化対策に努めている。また、木質バイオマスの推進を図ることにより
削減される CO2 の排出量を取引する「国内クレジット制度」や「J-VER 制度」にも取り組ん
でいる。
バイオマス燃料を使うペレットボイラーやペレットストーブは、灯油を燃料とするもの
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より割高なため、一般家庭への普及はまだ進んでおらず、市では補助金を交付して購入者
への支援を行っている。
(3)大館市の移住・交流事業
大館市では、例年開催しているイベントや祭りの実施に加え、着地型観光を推進してい
る。伝統芸能や農業体験など取り入れた滞在・体験型観光を推進するため、平成 22 年 5 月
に官民協働で「大館市まるごと体験推進協議会」を立ち上げ、 グリーンツーリズムや修学
旅行用の体験型観光メニューづくりに取り組んでいる。
また、体験型観光のプログラムをベースとした移住体験ツアーの実施、短期滞在体験施
設の提供、首都圏での移住相談会の開催などを行っている。
しかし、渋谷で有名な忠犬ハチ公ゆかりの地であり、きりたんぽや比内地鶏、曲げわっ
ぱといった全国に通用するブランドがありながら、地域資源を活かしきれていないのが現
状である。また、市の観光に対して市民の期待や意識が高いとはいえず、地域資源を価値
のあるものだと認識すらしていない。そのため、観光客の受け入れ体制にはまだまだ課題
が多いといえる。
3.レッヒにおける取り組み
(1)レッヒの概要
レッヒは、オーストリア西部フォアアールベルク州の標高 1,400 メートルほどの高地に
位置する人口 1,500 人ほどの小さな村である。アルプスの山々に囲まれた盆地で、冬はス
キー、夏はハイキングと、年間 100 万人を超える観光客がヨーロッパ諸国をはじめ世界中
から訪れている。特に冬場は高級スキーリゾートとして賑わっており、世界のVIPも訪
れる人気の観光地となっている。
村内の建物はすべてホテルやペンションで、地元の木材が使われ、バルコニーは満開の
花で美しく飾られている。ホテル内の絨毯も、地元で育った羊の毛を地元業者によって加
工されたものである。さらに、レストランで使う食材は近隣の農家から運ばれ、新鮮なも
のを利用するので美味しいばかりではなく、地域経済の発展にも一役買っている。
レッヒ
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レッヒがリゾート地として世界から注目されるようになったのは、1900 年代前半に周辺
道路が整備されてからである。それ以前は農業や牧畜を生業として細々と生計を立て、若
者は都会へ出て行かざるを得ない、日本の過疎地域のような寒村だったという。1960 年代
半ばには、ベッド数の総計が 120 しかなかったが、2005 年には 6,748 にまで増えている。
観光客の増加によって村の経済が潤うようになったものの、交通量が増えたことで排気ガ
スによるスモッグが見られるようになった。美しい緑や澄んだ水が少しずつ汚れていき、
景観の悪化によって観光客が減少したため、レッヒでは村をあげて環境保護と景観保全に
取り組むようになった。その結果、美しい自然環境と景観を取り戻し、「ヨーロッパでもっ
とも美しい村」という名誉ある称号を獲得した。また、オーストリア国家環境保護賞を幾
度も受賞している。
かつて、レッヒがヨーロッパ・スキー大会の開催候補地となった際には、8 割もの住民が
反対した。反対の理由は、大会のための開発によって自然環境が破壊されることや、毎年
訪れる常連客を配慮したためだった。また、スキーのリフト券は1シーズンの発行枚数が
決められており、無理なスキー客の誘致を制限して許容範囲を超えないようにしている。
山の上から見下ろしたレッヒ。周辺の山々に囲まれた盆地である。
宿泊したホテル「ホース・ネニング」
。このようなチ
ロルのイメージにぴったりのホテルが村中にある。
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(2)レッヒの環境保護政策
オーストリアはヨーロッパの中でもトップクラスのエコ国家といわれており、レッヒの
エコロジー対策はオーストリアでも模範となるものである。
村を流れるレッヒ川の上流部分は、立ち入りや土地開発も禁止されているので水質がよ
く保たれ、直接飲むことができる。村の飲食店でも「レッヒ・ウォーター」として無料で
提供されており、ホテルの水道水も川の水が利用されているため飲用水として利用可能で
ある。また、レッヒの建物の暖房システムは、木質チップを燃やした熱で温めた熱湯を利
用したものある。さらに電力の 8 割は水力発電でまかなわれている。
フォアアールベルク州では、2050 年までにエネルギーで独立することを目指しており、
レッヒは石油代替エネルギーの普及と省エネルギー推進のモデル地域となっている。その
ため、州のエネルギー担当者であるヘルムート・ブルチャー氏がレッヒの環境政策のアド
バイザーとして派遣されている。レッヒでは 1500 人ほどの人口に対し、年間の宿泊者数が
100 万人を超えるため電気や暖房に使用するエネルギー消費量が非常に多い。しかし高級リ
ゾートホテルという性質上、不要と思われる電気や暖房を消すことができず、宿泊客に対
し省エネルギーへの協力を促すこともできない。そのため、省エネ対策として、ホテルの
すべての電球を LED に交換し、熱供給ポンプを効率の良いものに交換したほか、水道使用
量を減らすために、シャワーヘッドを節水タイプのものに交換した。
節水については、ホテルよりも先に村内の学校で取り組みがスタートしており、水道に
節水蛇口を取り付けている。その取り組みの一環として、節水のためにできることをテー
マとしたイラスト・コンテストが中学校で行われ、最優秀賞に輝いた作品が節水蛇口のラ
ベルに採用されている。子どもが家庭に節水蛇口を持ち帰り、家族に勧めることによって、
行政への反発を招くことなく家庭に普及させることに成功した。
最優秀賞のイラストのラベルが施された節水蛇口
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電気自動車や電動アシスト自転車の利用も促進しており、役場の公用車には三菱のアイ
ミーブが使われている。電動アシスト自転車は、導入当初は役場が低料金で貸し出してい
たが、財政的な理由からサービスを継続できなかった。現在は、自転車の修理やメンテナ
ンスなどの面も考慮し、民間のスポーツ店がレンタル・サービスを行っている。斜面が多
いレッヒでは子どもの送迎のために保護者が利用するほか、観光客にも人気がある。
ほかにも、木質バイオマスエネルギーによる坂道のロードヒーティングの制御システム
開発、スキーリフトの排熱を利用した山小屋の暖房、縦型太陽光パネルの塀への設置など、
さまざまな取り組みが行われている。
ガレージや教会へ続く坂道にはロードヒーティングが施され、バイオマスエネルギーが
利用されている。しかし、雪を溶かすのはほんの一部分だけで、そのほかは路面が見えな
いように除雪を行う。もちろん融雪剤は使用しない。これは雪景色を損なわないようにす
るためで、スキー客が山の上から村を見渡したときの景観を考慮しての取り組みである。
レッヒでは住民全員が村を大事にし、誇りを持っている。観光客も美しい自然を求めて
やってくるため、景観を維持しないと観光客が来なくなり雇用の場もなくなる。
観光客から暖房や食材について尋ねられることがあるそうだが、住民は地域の資源を使
っていると胸を張って答えることができる。レッヒの住民には景観保全に対する高い意識
と、観光産業の振興という共通の目的がある。
レッヒの人々は、自然の恩恵によって生きていることをしっかりと自覚している。綺麗
な自然があるからこそ、多数の観光客が訪れ、その効果により雇用の場も増える。だから
こそバランスを保ちながら自然と共生したいと考えている。
日本でも同じような取り組みが行われているが、バイオマスを利用した地域熱供給シス
テムはオーストリアの方がはるかに進んでいるといわれており、すでに国内のほとんどの
地域で黒字経営されている。次の章でこの地域熱供給について詳しく述べることとする。
(3)レッヒの地域熱供給
オーストリアはバイオマスエネルギーの技術が日本よりも進んでいるといわれ、普及率
も高い。国内のほぼ全域でバイオマスエネルギーによる地域熱供給システムが取り入れら
れている。木質チップの燃焼による熱エネルギーをそのまま使い、発電利用は少ない。
レッヒをはじめオーストリアの地域熱供給システムは、木質チップを燃やして加熱した
温水をバッファタンク(貯蔵庫)に蓄積し、そのタンクからポンプで温水をくみ上げ、地
域内の各建物に通じる地下パイプラインによって温水を供給するしくみである。各建物に
はリネンステーションがあり、その中に熱交換器が入っていて、シャワーのお湯や室内の
暖房を調節している。また、湯量計も入っており、使用量に応じた料金が請求されるしく
みである。
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(左)レッヒの地域熱供給施設
(右)燃料となる間伐材や枝葉
製材所から運ばれた大量のおが屑
レッヒには 2 台のバイオマスボイラーと 2 個のバッファタンクを備えた地域熱供給施設
があり、現在は約 330 軒の建物とつながっている。ボイラーは 5 メガワットと 7 メガワッ
トの 2 台で、バッファタンクは1個あたり 110 立米のお湯を貯蔵できる。温水は地下 80 セ
ンチメートルに埋設されたパイプラインを通じて地域内のホテルや公共施設に供給されて
いる。冬のピーク時には1日 15,000 人もの観光客が宿泊する。しかもスキー場の営業が終
わる午後 5 時に一斉にシャワーの利用が始まるため、大量の温水が必要となる。また朝 5
時から 6 時にかけては暖房利用が集中するため、多くの熱エネルギーが必要となる。しか
しバッファタンクに温水を貯めておくことによって、ピークタイムでも安定した供給量を
維持することが可能となっている。バッファタンク内の温水の温度は制御システムで管理
されており、必要に応じてボイラーが稼働するようになっている。
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(左)地下パイプラインの工事現場の写真について
(右)配管の部品。中央の空洞内を温水が通る。
説明するシュムッツァー氏。工事後は土をかぶせる。
燃料となるチップは、製材所から運ばれるおが屑と、チッパーのある伐採現場から直接
運ばれる樹皮・間伐材・枝葉などである。1 立米あたり 22 ユーロ(日本円で、約 3,080 円)
で取引され、その 4 分の 1 は輸送コストである。チップの質は均一でなく決して良いとは
いえないが、優れたボイラー技術によって効率よく使われている。レッヒでは、年間 8 万
立米のチップを消費しているが、これは 800 万リッターの石油に相当する。
これらの燃料チップは施設から 100 キロメートル圏内の地域から仕入れており、地域内
で資源とお金が循環し、地域経済が潤うように考えられている。かつては 50 キロメートル
圏内からチップを集めていたが、レッヒ近郊の森林資源が足りなくなってきたため、100 キ
ロメートルまで範囲を拡大したとのことだった。
チップ燃焼時の排気ガスの成分は常にチェックしており、一酸化炭素などの有害物質が
規定値以上になっていないかシステムで管理している。この内容は、毎月州に対して報告
することになっている。
また水を温めて冷えた蒸気は 138 度ほどでコンデンセーションと呼ばれる機械に入り、
40 度まで冷やされる。本来は無害の水蒸気なので、高温のまま外へ放出しても問題はない
が、霧が発生することにより大気汚染のイメージを喚起してしまうため、景観に配慮して
冷却している。
この施設の建設費の 30%は国と州からの補助金が充てられたが、残りは村役場と地元企
業と住民が出資した。1999 年に施設が作られた当初は、地域内の 70 軒程度のホテルが利用
していたが、年々需要が拡大したため、2010 年に追加投資によりボイラーを増設している。
またホテル経営者らからの要望により、配管をすべてグラスファーバーに切り替える工事
も行っている。
はじめは村が施設を管理していたが、現在は有限会社が管理しており、自治体が 25%、エ
ネルギー関係企業が 27%、残り 48%はレッヒのホテル経営者やボイラー利用者が株を持って
いる。はじめの数年は赤字だったが、その後黒字に転換し、追加投資や株主への配当を行
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えるようになった。国や州からの補助金は建設時のみで、その後は使用料金だけで運営し
ている。
通常、地域熱供給施設は無人で運営しているが、レッヒの施設には 3 人の従業員がおり、
3 交代の 24 時間体制で、使用料金の請求および徴収、燃料チップをボイラーに搬入する業
務のほか、利用者の熱交換器のメンテナンスなども行う。トラブル発生時には、制御シス
テムから 3 人の携帯電話に連絡されるしくみになっているが、トラブルはほとんどないと
いう。非常時のバックアップのために 15 メガワットの石油ボイラーを置いてはいるが、バ
イオマスへの移行後は使っていない。
オーストリアやその他ヨーロッパ諸国では、林家の人々が共同出資によりバイオマス熱
供給施設を作ることも珍しくないという。森林を資産として運用することに積極的であり、
住民が自主的に取り組む姿勢が、日本と大きく異なる点であると感じた。
レッヒのバイオマス熱供給施設の管理者である、フランツ・ヨーゼフ・シュムッツァー
氏に日本のバイオマスについて尋ねたところ、日本のバイオマスボイラーは、大きすぎる
こととバッファタンクがないことが問題ではないかとのことだった。
この施設で使われているボイラーは、オーストリアのコールバッハ社製で、その性能は
世界でもトップクラスといわれている。最近、福島県南会津町のスキー場に日本で第 1 号
となる同社のバイオマスボイラーが導入された。インターネットにより、24 時間体制で南
会津町のボイラーの状況をオーストリアで監視している。
ヘルムート・ブルチャー氏(左)とフランツ・ヨーゼフ・シュムッツァー氏(中央)
(4)オーバーレッヒの地下トンネルシステム
レッヒの山の上には、オーバーレッヒと呼ばれる地区があり、そこには眺めの良い高級
ホテルが軒を連ねている。とはいっても、外観は木造のロッジ風で窓には鮮やかで美しい
花々が飾られ、チロルのイメージを壊すようなものではなく、周りの風景に溶け込んでい
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る。夏季営業を終えた 9 月下旬から 12 月初旬までは休業し、その間に必要な補修など冬の
ハイシーズンに向けた準備を行い再びオープンする。このオーバーレッヒでも、景観に配
慮した取り組みが行われており、オーバーレッヒのホテル経営者らの代表であるゲルハル
ト・ルシアン氏にお話を伺った。
この地区だけでホテルが 28 軒、800 床ほどあり、地下には各ホテルをつなぐ巨大なトン
ネルが整備されている。冬場は一般車両の乗り入れが禁止されており、ホテルの宿泊客は、
山の下のガレージに車を停め、ホテル従業員に荷物を預けてケーブルカーでオーバーレッ
ヒに向かう。客から預かった荷物は専用の電気自動車に載せ、地下トンネルを通りホテル
まで運搬する。そのため、宿泊客は重い荷物を持たずに美しい雪景色を楽しみながら、ホ
テルへ向かうことができる。ケーブルカーに乗ってオーバーレッヒに到着した宿泊客は、
エレベーターで地下トンネル内へ降り、電気自動車で地下通路を通って宿泊先のホテルへ
と案内される。
(右)トンネル内の様子。電気自動車も通れる広さ。
(左)宿泊客を運ぶ電動ケーブルカー。
地下トンネルの専用電気自動車。
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また、食料などの物資やゴミの運搬にも地下トンネルが利用されており、食糧庫やラン
ドリーも地下トンネル内に作られている。ほかの地区では土の中に埋設されている地域熱
パイプラインや、電話線、インターネット回線などもすべて地下トンネル内にまとめられ
ている。さらにホテル経営者や従業員のための駐車場が設けられ、トンネルの入口付近に
は自治体の消防車が格納されていた。
ケーブルカーとスキーリフトの乗り場は、オーバーレッヒのホテルのすぐ近くにあり、
もちろん地下トンネルへの出入口もある。地下トンネルを作ったのは、宿泊者がスキーを
履いたままホテルへ戻れるようにしたいという配慮と、美しい雪景色を楽しんでもらいた
いという思いからだった。
この地下トンネルは、構想から完成までに 15 年もの年月を要したが、ホテル経営者らの
同意のもと、共同出資によって建設され、行政からの補助金は一切使われていない。ベッ
ドの数やレストランの席数などから負担割合を計算し、それぞれのホテルの負担金を決め
た。各ホテルで宿泊料金にトンネル建設費に充てる分を上乗せして建設費用をまかなった
が、すでに元手を取ることができたという。トンネル建設前は、道路の凍結などが原因で
オーバーレッヒを訪れる観光客は少なかったそうだが、建設後には宿泊者が増加し、しか
も利用客の 8 割はリピーターとなっており、今では皆トンネルを作ったことに満足してい
るという。
観光客の車はもちろん、除雪車や物資の運搬車両も通らなくなったことにより、騒音や
排気ガスがなくなり、環境保護にもつながっている。地下トンネルの内部は、ホテル経営
者の出資によって作られた協同組合のスタッフが維持・管理にあたっており、清掃や見回
りなどにあたっている。トンネルの補修工事などは、なるべく地元業者に発注するように
しているとのことだった。
地下トンネルの出入りには ID カードが必要となっており、許可された者だけが出入りで
きるようになっていて、いつ誰が入ったかが記録される。さらに安全管理のための監視カ
メラも設置されており、セキュリティ・チェックも万全である。火災報知器や防火扉も完
備されており、トンネル内のどの位置からでも 40 メートル以内に地上への出入口に通じる
エレベーターや階段が設置されている。
(左)地下トンネル出入り口。
(右)地下駐車場。
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また、オーバーレッヒを含めレッヒのホテルや飲食店では、地元の食材を使った料理を
提供しており、地元農家から牛乳や農産物を仕入れる際には、通常よりも高く買い取って
いるという。こうして地産地消による地場産業と地域経済の活性化にも寄与している。
ゲルハルト氏は、将来的には冬場以外の時期にも自動車利用を規制して、排気ガス抑制
に努めたいとのことだった。現に、ゲルハルト氏とその家族の自動車はすべて電気自動車
であり、自らの実践からほかのホテル経営者らに波及させたい考えだ。しかし、急な傾斜
の多いオーバーレッヒでは電気自動車は馬力不足であり、寒い時期には充電池の働きが鈍
るため、まだあまり普及していない。
ゲルハルト・ルシアン氏(中央)と通訳のモニカ・ツィグラー氏(右)
4.レッヒの視察から見えたこと
レッヒでは、地域内にもともとある資源を最大限に活用することにより、小さい村なが
ら発展を続けている。寒村から高級スキーリゾートへと脱皮し、今では多くのリピーター
に支持されているが、それを築き上げてきたのは、ほかでもない地域の住民である。住民
一人一人の地道な取り組みから、最先端技術を取り入れた取り組みまで多岐にわたるが、
日本の現状に置き換えてみると、容易なことではない。地域全体が豊かになるにはどうし
たらいいか考え、目先の利益にとらわれて無理な開発をすることなく、美しい自然という
地域の宝を磨き上げ、守っていこうという共通の意識が根底にあるのだと感じた。
バイオマス地域熱供給施設や地下トンネルの建設は、住民の大きな負担によって成し遂
げられ、ホテルでは高い仕入れ値で地元の食材を使うなど、地域内でモノとお金がうまく
循環している。日本では、安さ重視で他地域や海外からモノを仕入れているのが現状であ
り、小さな農家は価格競争ではかなわず、頑張っても儲からないため耕作意欲の減退や廃
業につながっている。
レッヒでは、効率やコスト優先ではなく、地元経済全体の活性化につながることが重要
だと考えられている。自分たちの地域に誇りを持ち、村の財産である美しい自然を後の世
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代に引き継ぎたいという意識や愛郷心が強いこと、行政に依存しない姿勢が、日本とは大
きく異なると感じた。
5.大館市への提言
(1)バイオマスを利用した地域熱供給システム
レッヒをはじめオーストリアで普及している地域熱供給システムは、大館市でそのまま
取り入れるのは難しいかもしれないが、養鶏施設が集中している地域や、公営住宅におい
て試験的に導入を検討する価値はあると思う。灯油価格は高騰したままであり、おそらく
今後も安くなることは考えにくい。地域熱供給は、北海道下川町などですでに導入されて
おり、市が推進するバイオマスタウン構想の実現に向けて、選択肢が広がるのではないだ
ろうか。
(2)地域資源を再認識するための「地元学」と「農都交流」
レッヒをはじめオーストリア国内の視察で痛切に感じたことは、住民の意識の高さと行
政に依存しない姿勢である。国民性の違いはあるものの、これからの地域づくりにおいて
は、まず自分の地域の良さを見直し、ないものねだりではなく、もともとある地域資源の
価値を再認識することが重要である。その上で、行政だけでなく市民や関係団体との協働
により、地域資源を有効活用していくことが求められる。
大館に住んでいた頃は「何もない」という声があちこちで聞かれ、私自身もそう思って
いたところがあった。しかし、東京で生活してからは、豊富な農産物、郷土料理、温泉、
秋田犬など、すばらしいものがたくさんあることに気付き、多くの人に知ってほしいと考
えるようになった。忠犬ハチ公が大館市の生まれであることは、よそではほとんど知られ
ていないことを知り、残念に感じている。
今後、大館市が発展していくためには、外資による活性化だけではなく、地域資源を活
用した内発的な発展を目指すことも重要ではないだろうか。「何もない」のではなく、当
たり前すぎて埋もれている資源がたくさんあることに気付いていないだけなのだ。市の職
員はもちろん、市全体でその意識を共有し、大館市民であることに誇りを持ち、自信を持
って外へ発信できるようにすべきではないだろうか。
そのためには、知ることと体験することが重要であり、職員研修に「地元学」の要素を
取り入れることと、市民の意識改革のために「農都交流」を積極的に行うことを提案した
い。「農都交流」とは、農山漁村地域と都市型企業双方の課題を、農山漁村地域を舞台に、
農都双方が持つ資源によって解決する新しい交流・連携のスタイルである。㈱JTB コーポレ
ートサービスが農林水産省の平成 26 年度都市農村共生・対流総合対策事業を活用し、山形
県飯豊町や同県川西町などで展開している。地方と都市の交流の重要性は、明治大学農学
部の小田切徳美教授が提唱しており、地方の「誇りの空洞化」を解消する有効な対策とな
ると述べている。
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地域内の人間だけでは、どうしても固定観念にとらわれたり悲観的な考えに傾いたりし
てしまいがちである。地域おこし協力隊などの外部人材や UIJ ターン経験者をもっと活用
していくことを検討することも必要ではないだろうか。
(3)移住者受け入れに対する体制構築と移住者支援
人口対策としての移住者受け入れは、いまや全国の地方自治体で行われている。一部成
功先進事例はあるものの、それを真似すればうまくいくというものではない。移住相談か
ら移住後のケアまでを、移住コンシェルジュと呼ばれる女性スタッフがきめ細かく行う高
知県の事例、窓口を一本化し、相談者をたらい回しにせず、情報提供や起業支援を行う大
分県豊後高田市の事例、地域おこし協力隊が核となり I ターン者を中心とする新しいコミ
ュニティを形成しつつ地元住民とうまく調和している事例など、参考にすべきところはた
くさんある。相談・支援窓口の一本化はいうまでもなく、できれば地域ごとに支援員を配
置するなどして、移住者が孤立しないような配慮が必要である。
しかし、まずはもともといる住民にとって住みよい地域づくりを行うことが優先事項で
はないだろうか。住民自身が大館という地域に愛着を持てないようでは、外から移住した
いと考える人はいないだろう。また、行政だけが一生懸命に移住政策を行っても、肝心の
受け入れ側の地域の準備ができていないと、移住者との関係構築がうまくいかずに摩擦が
生じてしまうことも予想される。移住希望者にとって魅力ある地域とするために、市全体
で受け入れ体制を整え、歓迎ムードを高めていくことも重要である。そのためには、市の
職員がこれまで以上に積極的に地域活動に携わり、住民との距離を縮める必要があるだろ
う。
6.おわりに
これまでもそうだったように、進学や就職を機に高校卒業後に大館を出て行くのはしか
たのないことである。それは人口減少に直結するが、外の世界に出ることによって、地元
を客観的に見つめ直すことにもつながるし、外で学ぶことの意義が大きいのも事実だから
である。しかし、親が子どもに対し「こんなところにいても駄目だ」と言い聞かせるので
はなく、住民全員が地域に誇りを持ち、帰ってきたいと思えるような地域にしていかなけ
ればならない。
これからのまちづくりは、行政主導ではなく、地域住民や関係団体と協働しながら行っ
ていかなければならない。また、よそ者や若者の意見にも耳を傾け、単なる労働力として
だけなく、お互いの考えや意見を尊重し合える関係づくりを行っていくことが重要である。
最後に、このような海外視察の機会を与えてくれた地域活性化センターと、快く視察を
受け入れてくださったレッヒのエネルギー担当者のブルチャー氏、地域熱供給施設管理者
のシュムッツァー氏、地下トンネル・オーナーのルシアン氏、そして視察の全行程に同行
してくださった通訳のツィグラー氏に心より感謝申し上げ、本報告書の結びとしたい。
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