第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性

第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
核エネルギーの平和利用と軍事利用は表裏一体の関係にあり諸刃の剣である。人類の進歩は
火を使うことから始まり、より強力な武器を持つ部族が権力を持ち、経済力を高めてきた。産
業革命はエネルギー密度の高い石炭火力の作る水蒸気エネルギーを活用することから始まり、
生産性が飛躍的に増大し、現代社会の基礎を形成した。この進歩の中で、強力な火薬、ダイナ
マイトが発明され、道路、水路建設等の大規模な土木工事を可能にし、経済活動は拡大した。
他方、この火薬は、兵器を一新し、地雷から機関銃等の小型武器、長距離砲と爆弾、そしてロ
ケット弾等、現代兵器の開発と高性能化を進め、戦争の形態までも変えてしまった。
1kg のウラン(U-235)が持つエネルギーはおおよそ 20 万トンの化石燃料が燃えた場合に発
生するエネルギーに相当する。この核エネルギーは、平和利用に徹すれば、人類社会への貴重
な贈り物であり、新たなエネルギー源である。しかし、このエネルギーを悪用すれば地球を破
滅に陥れる最悪の凶器となる。核エネルギーをどのように使うかは人類が決めることであり、
平和利用を推進するには、人々の、そして国々の利害を超えた英知を結集する必要がある。
原子力の平和利用が開始されてから半世紀、核拡散抵抗性という考え方が出てきてから四半
世紀経ったが、この間に原子力を取り巻く状況は大きく変わった。最初の四半世紀は、原子力
の研究開発の時期であり、続く四半世紀は軽水炉を中心とした原子力発電が産業として定着す
る時期であった。そして、IAEA 保障措置制度の有効性を保証する理論を確立し、制度として
定着した時期でもあった。原子力の平和利用は、当初使用済燃料を再処理し、回収したプルトニ
ウムを核燃料とする高速増殖炉の活用へと進むと見られていたが、核兵器の拡散を防止するた
めに再処理を止め、軽水炉の核燃料をワンススルー処分するとする動きが続いた。再処理をし
なければ分離プルトニウムを保有することはできない。
そして、プルトニウムに強い放射性物質
を混入しておけば、
使用済燃料と同様に容易に人が近づけない。この考え方が核拡散抵抗性の強
化という概念の基礎となっている。
すなわち、平和利用の核物質及び技術等の核兵器開発への転
用を防止する手段の一つとして提案されたものである。
IAEA 保障措置が強化され、核物質防護措置の整備が進む中で、ワンススルー処理すること
によって将来の世代に「盗掘され、プルトニウムが回収される」という核拡散のリスクを負わ
せるよりも、再処理して、プルトニウムを厳格な不拡散措置の下でエネルギー源として活用す
るべきであるとの議論が米国内でもおきている(第 7 章 4.3 項)
。
最近、保障措置の有効性を再認識する政治的な動きがでてきた。すなわち、2003 年 10 月の
79
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
1
2
IAEA事務局長の提言 であり、2004 年 2 月におこなわれた米国大統領の提案 (大統領発言)で
ある。これらの提言と提案は、依然としてIAEAは包括的保障措置協定に基づく限定された査察
権限しか行使できていない(許されていない)ことを前提としている。すなわち、IAEA保障措
置を強化する必要があるとされている点は「未申告施設および未申告活動を見つけるのに必要
な処方と手段(力と権利)を備えていない」とするものである。これらの措置は何れも追加議
定書に組み込まれており、IAEAは十分な手段と権利を備えている。
IAEA理事会で追加議定書を承認した時に英国、ドイツ、フランス、そして日本に加えて米国
は「追加議定書はIAEAに未申告施設と未申告核物質の有無を検証するために必要な権限を付与
し、有効な検認の手法と手段を与えた」と認めた。追加議定書を批准し、履行している国が原
子力の平和利用の一環としてウラン濃縮施設あるいは再処理施設を持つことが核不拡散体制を
弱体化するという理由にはならない。 2003 年 10 月に英独仏の外相は、イランが「追加議定書
を批准しその規定を遵守することを条件に、NPTに基づく原子力の平和利用を進める権利」を
3
持っていることを認め、NPTの枠内で原子力利用を支援すると表明 した。そして、 2004 年 1
4
月、米国議会上院で行なわれた審議 において、追加議定書の規定は未申告の核兵器開発の検知
ばかりでなく、核兵器開発に繋がる核物質および技術の拡散に関連する証拠を捜査する有効な
手段を定めていると、その批准に向けた前向き議論がなされ、イラン、リビア問題も追加議定
書が批准されていれば早期に解決できていたと報告されている。そして、3 月には大統領が批
5
准することを承認 している。
本章では、核不拡散体制を支えている主要な措置、IAEA 保障措置、核物質防護措置、原子
力機器の輸出管理、そして核拡散抵抗性についてこれらが整備されてきた経緯と概要、そして
現状を紹介する。
8.1 保障措置について
8.1.1 平和利用の始まり−国際原子力機関(IAEA)の設立と IAEA 憲章−
原子力の平和利用促進と核不拡散措置の履行を主な目的とし、1957 年IAEAが設立された。
1
IAEA事務局長は、追加議定書に基づく査察権限の強化、核物質輸出規制の強化、濃縮・再処理等の多国
間管理等を提言した。
2
ブッシュ大統領は核不拡散体制の強化策として、核拡散にかかる規制及び国際管理の強化、旧ソ連邦の
核弾頭等のセキュリティ強化、実用規模の濃縮・再処理施設を持たない国への関連技術等の移転の制限、
IAEAの査察機能の強化等、7 項目を提案した。
3
Iran’s Pact: “Full Cooperation”, The New York Times, October 21, 2003
4
Additional Protocol Hearing Opening Statement Senator R. G. LUGAR, January 29, 2004
5
Ratification of U.S. Protocol Between the United States and IAEA, U.S. DOS Press Statement April 1, 2004
80
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
設立に伴い制定されたIAEA憲章では、各国の原子力の平和利用を促進するために、及び、IAEA
6
が供与した核物質 が軍事目的に利用されていないことを確認するために、また締約国からの依
頼があった場合に保障措置活動を行うことと規定された。
平和利用の促進について IAEA 憲章第 3 条では「全世界における平和利用のための原子力の
研究、開発及び実用化を奨励しかつ援助する」とし、
「世界の低開発地域におけるその必要性に
妥当な考慮を払った上で、この憲章に従って、物質、役務、設備及び施設を提供する」と規定
している。この条文が原子力の平和利用を加速する原動力となった。
一方、平和利用物質が軍事目的に使用されていないことを確認するための措置として、保障
措置の適用が平和利用を推進するための条件であると規定されている。すなわち、憲章第 12
条には、概ね次のように保障措置活動の範囲と目的を規定している。
-
原子力関連設備及び施設の設計を検討し、その設計が軍事目的を助長するものでは無い場
合のみ承認すること。
-
原子炉等で照射した物質の化学処理方法を、その処理が軍事目的へ転用するためのもので
は無い場合のみ承認すること。回収されたまたは生産された特殊核分裂性物質は、継続的
に IAEA の保障措置下で平和目的に利用されるように要求すること。
-
査察官を受領国及び平和利用計画を提出した関係国へ派遣すること。
IAEA憲章に基づく当初の保障措置はモデル保障措置協定文書INFCIRC/26 により実施され、
平和利用活動が拡大するにつれ、INFCIRC/66 に移っていった。このモデル協定に基づく保障措
置の目的は「IAEAが提供した特殊核分裂性物質その他の物質、役務、設備、施設及び情報がい
かなる軍事目的をも助長するような方法で利用されないことを確保するための保障措置を設定
し、かつ、実施すること、及び、いずれかの 2 国間または多数国間の取り決めの当事国からの
要請を受けたときには、その国の原子力の分野における諸活動に対して保障措置を適用するこ
と」となっており、IAEA憲章の保障措置の目的と同じと見ることが出来る。そして保障措置の
適用範囲には各国が独自に進める原子力開発は含まれておらず、国内で産出されたウランや当
該国の自主技術で生産されたプルトニウムなどは、その国からの要請がない限り、保障措置適
用対象とはしない。日本も当初はこの保障措置協定の下で原子力開発を進めていた。しかし、
2003 年 12 月現在、この保障措置の適用に拘り続けている国は、イスラエル、インド、パキス
タン、キューバの 4 カ国のみである。
6
加盟国から供出され、IAEAの管理下に置かれた核物質は、米国の 5,000kg、ソビエト 50kg、英国 20kg
等のウラン等である。David Fischer, “HISTORY OF THE INTERNATIONAL ATOMIC ENERGY AGENCY”,
IAEA 1997, ISBN 92-0-102397-9
81
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
8.1.2 NPT と包括的保障措置協定−核兵器への転用の防止−
原子力の平和利用が解禁されて以来、各国の技術開発が進み、INFCIRC/66 の定める保障措置
7
対象外の核分裂性物質 の使用と原子力活動が急速に拡大していった。多くの国は保障措置を適
用するようIAEAに要請し、
ウラン濃縮、
原子炉燃料の製造、
再処理等の開発を進めていったが、
要請しない国も在った。この状況が更に進めば、義務ではなくボランタリーとして申告された
施設、核物質にたいする保障措置では核兵器の拡散を抑える事はできないと危惧する国が多く
なった。このような状況の下で、1965 年にはソ連がNPT(案)をジュネーブの軍縮委員会に提
案し、1967 年には査察条項(案)を米国とソ連が共同提案し、1998 年には国連総会でNPTは採
択された。
NPT は 1970 年に発効し、2003 年 12 月現在 189 カ国が加入している。NPT の特徴は核兵器
を持っている国(核兵器国)と核兵器を持っていない国(非核兵器国)に分割し、核兵器の不
拡散及び核軍縮にかかる権利と義務を定めていることにある。NPT に加入している非核兵器国
は「核兵器や核爆発装置を受領せず、製造せず、取得せず、さらに製造のための援助を受けな
いこと」と規定(NPT 第 2 条)している。核兵器国は、当時、核兵器を保有していると自他共
に認められていた 5 カ国、米国、英国、フランス、中国、そしてソ連に限定し、
「核兵器国は核
兵器の削減交渉を誠実に行うこと」と規定(NPT 第 6 条)している。NPT は不平等条約である
が、日本を始め多くの非核兵器国は新たに核兵器を持つ国を作らないとの強い連帯感から NPT
を批准し、NPT の定める IAEA の包括的保障措置協定(INFCIRC/153)を受諾し、新たな保障
措置体制に移行した。
包括的保障措置協定の下でも保障措置の目的は「原子力の平和利用に用いられる核物質が核
兵器その他の核爆発装置に転用されることを防止する」ことであり、IAEA憲章の定めた目的と
変わらない。しかし、その対象と手法は大幅に変わった。包括的保障措置の下では「非核兵器
国の領域内若しくはその管轄下で、又は場所のいかんを問わずその管理の下で行われる全ての
平和的な原子力活動に係るすべての原料物質及び特殊核分裂性物質につき、適用される」と規
定している(NPT第 3 条 1 項)
。非核兵器国にある核物質は、全て平和利用目的に限定されてい
ることから、全ての核物質が包括的保障措置の対象になる。そして、国は、全ての核物質の在
庫と移動を毎月IAEAに申告し、IAEAはその申告が正しいことを立ち入り査察により確認する。
7
特殊核分裂性物質とはプルトニウム-239、ウラン-233、同位元素ウラン-235 またはウラン-233 の濃縮
ウランであり、IAEA憲章第 20 条で定義されている。
82
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
8
すなわち、包括的保障措置の目的は、有意量 の核物質が、核兵器あるいは其の他の核爆発装置
9
の製造のため、または不明の目的のために転用されることを適時に探知 すること、及び早期探
知の危惧を与えることによりそのような転用を防止することにある(INFCIRC/153 (Corrected)
第 27 条)
。この目的を達成する手段として、核物質の計量を基本的に重要な保障措置手段とし
て、重要な補助手段としての封じ込め及び監視と共に用いる(INFCIRC/153 (Corrected) 第 28
条)
。この包括的保障措置はINFCIRC/66 に基づく保障措置とは全く異なり、締約国の原子力活
動に特別の制限は付けないが、締約国は保有する全ての核物質をIAEAに申告することを前提に
組み立てられている。すなわち、IAEAは各国の申告が正しい事を、帳簿検査、そして核物質の
実在庫と受払い量の計量検査を行なうことにより保障措置の目的を達成可能であるとしており、
締約国の自己申告が保障措置のベースとなっている。
包括的保障措置協定に基づく査察検認活動の結論は、協定で定められた核物質収支区域の核
物質の収支バランスをとり、辻褄の合わない量(MUF: Material Unaccounted For)の大きさと計
量(測定)精度に起因する収支バランスの誤差との比較によって判断される。
NPT 締約国である非核兵器国は、長い間、その約束を守り、忠実に核物質の在庫と移動量を
IAEA に申告し、IAEA はその申告の正当性を検認するという手法によって保障措置査察を維持
し、平和利用核物質から核兵器への転用は抑えられた。湾岸戦争の戦後処理で明らかになった
イラク問題は、この自己申告をベースとして成り立っているこの包括的保障措置の弱点を白日
に晒した。すなわち、申告された実在庫からの転用は無かったが、未申告の核物質を生産し、
条約違反の核兵器開発計画を着々と進めていた。すなわち、意図的な隠蔽工作が施され、虚偽
の申告がなされていた。イラクは包括的保障措置協定に違反しており、NPT に違反していたこ
とが明らかになった。この事件が表面化するまで、包括的保障措置協定の下では、加盟国の申
告の完全性を確認する措置は必要ないとされていた。
「IAEA は加盟国が全ての核物質を申告し
ていると信じ、核物質が申告の通り実在する事を立証する」これが包括的保障措置協定の基本
理念であることを忘れてはならない。
・イラク問題
イラクは 2 つの研究用原子炉(500KWt、5000KWt 何れも 1967 年に臨界に到達)とホット・セルを持
8
有意量;原爆を造るために必要なプルトニウム等の量であり、プルトニウム:8kg、ウラン-233:8kg、
ウラン-235:25kg(ウラン-235 が 20%以上の濃縮ウラン)等であり、加工工程で生ずるスクラップもこの
量に含まれている。
9
適時に探知とは、転用された核物質が核兵器になる前に探知するという意味であり、酸化プルトニウ
ム等は 1 ヶ月、ウラン-235 の割合が 20%以下の低濃縮ウランは 1 年以内に転用を探知することを意味す
る。
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第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
ち、INFCIRC/66 の下で原子力利用の基礎研究を進めていた。1974 年には包括的保障措置を受諾し、
上記 2 つの原子炉に装荷している核燃料(93%濃縮ウラン 12.3kg、及び 80%濃縮ウラン 10kg)と約 450t
の天然ウランをブラジル、ナイジェリア等から購入し、所有していると IAEA に申告し続けていた。
IAEA は、1991 年湾岸戦争が終結するまでは、この申告に基づき査察を行い、申告通りの核物質が有
る事を確認し「査察結果から核兵器等に転用していると結論付ける根拠は無かった」とする査察結果
を IAEA 理事会に報告していた。この結果は、包括的保障措置により IAEA に付与された権利と義務の
下で導かれたものである。
1991 年 3 月湾岸戦争が終結し、安全保障理事会決議 687 に基づく UNSCOM 査察(核物質に対する
査察は IAEA が代行)により、未申告の核物質が、未申告の施設から発見された。確認された未申告
核物質は約 90t の天然ウラン、0.6kg の 4%濃縮ウラン、そして 3gのプルトニウムである。イラクは研
究炉で照射した天然ウランを溶解し、長崎型の原爆に使われたプルトニウムの抽出の試験(再処理技
術の確立?)を行なっていた。また、広島型の原爆に使われた高濃縮ウランの製造を目指し、ウラン-235
の濃縮を試みていた。ウラン濃縮では現在日本等が採用している遠心分離法と、マンハッタン計画で
活躍した電磁方を平行して開発しており、試験的ではあるものの、何れの方法でもウラン濃縮に成功
している事実が明らかにされた。
8.1.3 強化された IAEA 保障措置
イラク問題により、NPT に加盟している非核兵器国(核兵器は造らないし、持たないと約束
した国)の申告は信頼できるとする前提条件が崩れ去り、申告された核物質を査察し、申告の
信頼性を確認するという手法で実施してきた包括的保障措置
(INFCIRC/153 タイプの保障措置)
の有効性は崩れ去った。意図的に核物質を隠し、申告しなかった場合、隠された核兵器の製造
につながる原子力活動を見つけることは難しい。IAEA は、加盟国の申告の正確性(correctness)
に加えて、申告の完全性(completeness)を保証する査察手法と手段をもつことが必要となった。
申告の完全性を検証するための手法と手段について本格的な検討が始まったのは 1992 年で
10
あり、未申告活動の検知手段としてイラク問題解決の切り札となった「環境サンプリング」 技
術をIAEA保障措置の査察手段とするための条件、未申告施設への査察立ち入り条件等に付いて
SAGSI(常設IAEA保障措置実施諮問委員会)で検討が開始された時点である。1993 年にはIAEA
11
事務局から保障措置強化プログラム「93+2」計画 が理事会に提案され、直ちに実現に向けて
10
環境サンプリングはウランおよびプルトニウムの取扱中に施設内に飛散し、残留している極微量粒子
(直径 0.2 から 5μm)を拭き取り、粒子中のウラン、プルトニウムの同位体組成を分析する技術であり、
過去の核物質使用実績を明らかにする。この技術がイラクの行なっていた未申告のウラン濃縮を見つけた
技術である。
11
「93+2」計画の詳細は、
「核不拡散への挑戦(3) –NPT体制の強化への着手-」
、核物質センターニュース
2000.8 Vol.29 No.8 を参照されたい。
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第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
検討が開始された。
1995 年 6 月には包括的保障措置協定の枠内(申告されている施設内)で採用可能な強化策が
12
理事会に提出され、承認された。この措置が「93+2」計画Part-1 である。
未申告施設で行なわれている未申告の原子力活動を探知可能にするためには、新たな査察権
限(
「93+2」計画Part-2)をIAEAに与える必要がある。前にも述べた様に、IAEAが立ち入り査
察できる施設は申告された施設に限定されている。この立ち入り権限にかかる制限を緩和する
事は、民間施設に無条件で立ち入り、査察できるとする超法規的な権限をIAEAに与える可能性
があり、Part-2 ではこの問題を如何に調整するかが大きな課題であった。1996 年 6 月、理事会
は特別委員会(Committee 24:COM-24)を設置し、申告の完全性を検証するために必要となる
措置に付いての検討を始めた。すなわち、IAEAの立ち入り権限を合理的な範囲内に制限し、有
効かつ効率的な査察手法と手段の検討に入った。1997 年 5 月には、IAEAに新たな法的権限を
13
付与する「包括的保障措置協定のモデル追加議定書」 に各国は合意し、追加議定書は署名の
ために公開された。
この追加議定書は包括的保障措置を強化し、補完するものであり、第 1 条は「この議定書は
包括的保障措置協定と一体不可分のものであり、追加議定書の規定を優先する」としている。
しかし、包括的保障措置加盟国が自動的に追加議定書の加盟国となる法的根拠はなく、各国は
IAEA と新たな協定を結ぶ必要があることに注意しなければならない。
追加議定書では、未申告施設の探知と確認手段を中心に検討が進められた。結果として、申
告の完全性を検証するための措置として、第 1 にIAEAが保障措置査察活動に利用可能な情報の
範囲を拡大した。すなわち、新聞報道等の公開情報、そして原子力機材の輸出情報から加盟国
14
が提供する機微情報に至るまで、IAEAは入手可能なあらゆる情報を活用出来る とし、加盟国
は、核物質の利用を伴わない核燃料サイクル関連の研究開発活動に付いて、その活動が国の原
子力開発計画に関連している場合は、官民の如何を問わず、その活動と場所に関する情報を申
15
告する義務を負う等 である。第 2 に、IAEAは申告された情報とIAEAが独自に入手した公開
情報等を比較検討し、申告漏れの有無を調べる。そして「未申告施設がある」あるいは「未申
12
包括的保障措置では核物質を持っているか、持つこととなっている施設内の査察(設計情報の確認)
は出来る。この権限の下で、施設内の建物内で未申告の原子力活動を行なっていないかどうかを確認する
ための立ち入りを認める。また、この立ち入りの際に、環境サンプリングを認める。 GOV/2807, 12 May
1995
13
INFCIRC/540 (Corrected)
14
包括的保障措置では、国が申告した情報及び査察で収集した情報以外の情報を利用する事はできない。
このため、北朝鮮では、衛星写真で廃液貯蔵施設ではないかと想定されていた未申告施設を査察すること
は出来ず、イラクでは、公開情報で把握していた未申告施設を査察することが出来なかった。
15
INFCIRC/540 (Corrected) 第 2 条
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第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
告活動が行なわれている」と思われる(疑いがある)場合、
「IAEAは当該国にその場所(施設)
の実状報告を求め、必要があれば施設に立ち入り、真偽を確認することが出来る」とIAEAの権
限を拡大した。この立ち入りによる検証を「補完的なアクセス」と言う。補完的なアクセスで
は、
包括的保障措置に基づく査察と異なり、
核物質の計量管理に係る査察活動は行なわれない。
しかし、環境サンプリング等を行い、当該施設で未申告の核物質を使用していたことが有るか
どうかは確認することが出来る(イラクで未申告のウラン濃縮が行なわれていたことを見つけ
た有力な検知手段)
。
8.1.4
追加議定書と統合保障措置
統合保障措置は追加議定書の第 1 条「この議定書は包括的保障措置協定と一体不可分のもの
であり、
追加議定書の規定を優先する」
の規定を実施に移すために開発されている措置である。
先にも示したように、包括的保障措置は「申告の正確性(correctness)
」を検証し、たとえ未申
告施設が在ったとしても厳格な計量管理(帳簿検査と計量検査)により、有意量の核物質の転
用を適時に探知するようになっている。すなわち、未申告施設が在ることを前提とし、申告さ
れた核物質が核兵器等に転用されれば適時に見つける手法と手段を整備し維持している。追加
議定書の適用により IAEA が「申告の完全性(completeness)を保証する査察手法と手段をもつ」
ことになり、未申告施設がない(稼動前に見つけることができる)ことを保証する措置の実施
が可能になったことから、未申告施設が在ることを前提としていた包括的保障措置と重複して
いる査察目的に関する部分を省略し、有効かつ効率的な保障措置を目指しているのが統合保障
措置である。
合理化の 1 例を挙げると、MOX 燃料を使用しない軽水炉の査察回数が大幅に削減される。
これは、未申告の再処理施設がなく、さらに、申告済みの再処理施設の査察結果が IAEA の査
察評価基準を満たしている場合、未申告のプルトニウムを分離抽出することはできないことか
ら、可能になった合理化である。また、未申告のウラン濃縮施設を見つける有効な手段が開発
できれば、軽水炉に使う核燃料の製造工程の査察も大幅に軽減されることになる。IAEA では
すでに合理化のシナリオは作っている。今後は、そのシナリオに適合する条件を満たすよう国
内保障措置体制を整備することが課題である。
8.1.5 強化された保障措置の有効性
追加議定書の有効性、すなわち未申告施設と未申告活動を探知し、その有無を検証する能力
16
は、イラン、リビアの追加議定書批准にかかる動きの中で明らかになった 。2003 年 10 月、英、
16
The New York Times, October 21, 2003
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第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
独、仏の外相はテヘランを訪問し、イランの原子力活動の将来に付いて協議した。合意事項の
骨子は以下の 3 点である。
① イランは追加議定書に署名し、批准手続きを開始する。そして、直ちに追加議定書の規定
する未申告の施設への立ち入り検査
(補完立ち入り)
を認め、
IAEA の検査活動に協力する。
② 英、独、仏の外相はこのイランの表明を受けて、NPT に基づき原子力の平和利用を進める
権利をイランが持っていることを認め、今後の原子力発電計画の推進に協力することを約
束し、
③ そして、関連分野の最新技術のイランへの導入が容易になるようにする。
米国は追加議定書が未申告の核兵器開発計画ばかりでなく、核物質あるいは機材の不法移転
の検知に有効であることを認め、2004 年 3 月 5 日、議会の外交委員会が「追加議定書は非核兵
器国の核兵器開発計画、そして核兵器開発につながる核物質および技術の拡散に関連する証拠
を捜査する有用な手段を規定している」とし、上院が早急に批准手続きに入るべきであると勧
17
告した。そして、上院は 31 日、圧倒的多数で批准を承認 した。
8.2 核物質防護
テロリスト・グループが不法に核兵器等を持つことが出来ないようにする最も有効な手段は、
原子力施設から核物質を不法に持ち出されない(盗取されない)よう厳重に管理し、核物質を
不法に入手できないようにすることである。各国の責任で実施されているこの盗取に対抗する
措置が核物質防護措置の始まりである。核物質防護措置には、後に原子力施設を破壊し、施設
が持っている放射性核種を環境に飛散させ、放射能汚染を起こし、住民をパニック状態に陥れ
ることを目的とした妨害破壊工作に対抗する措置が組み込まれた。しかし、どの様な防護措置
も完全であると思ってはならない。平和利用核物質が核兵器を持ちたいと思っている国に渡る
可能性はある。このため、原子力先進国グループは、IAEA の包括的保障措置を受け入れてい
ない国、あるいはイラク、北朝鮮のように NPT に違反してでも核兵器を持つと見られている国
には、原子力施設を造るために必要な機器・機材の輸出をしないことを申し合わせ、各国は独
自に輸出管理規定を作り、NPT 違反の原子力施設の建設を抑えている。
8.2.1 核物質の物理的防護
原子力活動で使用されている施設および核物質をテロリスト・グループから守る、
すなわち、
核物質の盗取や原子力施設への妨害破壊行為を防止する措置は、原子力平和利用を進める条件
17
USINFO.STATE.GOV、04 March 2004、及びUSINFO.STATE.GOV 01 April 2004
87
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
として、初期の段階から検討され、平和利用が進むにつれて具体化され、強化されてきた。
1969 年、米国は核物質の盗取や原子力施設への妨害破壊行為を防止するための物理的な核物
18
質防護措置 を定めた。この措置が、以後、世界各国で採用される事になる「原子力施設およ
び核物質の物理的防護措置」の雛形である。
1972 年、IAEAは核物質防護について検討を始め、1977 年には「核物質防護(Physical Protection
of Nuclear Material)
」19を各国が自国の責任で整備し、管理する核物質防護措置ガイドライン(指
20
針)
を公開した。
この指針はその後順次改訂され、
1989 年には妨害破壊行為の対抗策を強化 し、
1992 年には関連情報の管理指針、および防護対象とする核物質の区分を見直した21。
複数の国の間を輸送される核物質、あるいは一つの国では対応の取れない核ジャック等から
核物質を守る、また盗取された核物質を取り戻すための国際協力を取り決めた「核物質の防護
22
に関する条約」 (以下、条約)は 1988 年に発効した。この条約により「国際輸送中の核物質
の防護義務」および核物質が不法に持ち去られた場合の対応策として、関連各国の「相互協力
義務」を定め、
「犯罪人等の処罰義務」を定めている。
8.2.2 想定しているテロの脅威
核物質防護措置はテロリスト・グループの規模と装備のレベル(脅威のレベル)
、そして目標
とする施設と核物質の魅力度を考慮し、適切な物理的障壁を備え防備する措置である。原子力
施設に対するテロの目標は 2 つのシナリオに大別される。その 1 つは、不法に持ち出した、あ
るいは盗み出した核物質で核兵器等を製造するシナリオ(盗取シナリオ)であり、他の 1 つは、
原子力施設等に対する妨害破壊行為により多量の放射性核物質を環境に拡散させ、公衆をパニ
ックに陥れる環境汚染シナリオである。盗取シナリオに係わる魅力度は直接核兵器に転用可能
23
なプルトニウムと高濃縮ウランが最も高く、低濃縮ウランはその次のレベル になる。環境汚
染シナリオで最も魅力度の高い施設は原子炉施設、再処理施設、そしてプルトニウム燃料加工
施設である。輸送中の使用済燃料の魅力度は、その形態及び輸送容器の安全設計基準等を考慮
し、少なくとも施設内にある場合に比べ、脅威のレベルは 1 ランク低いと見られている。いず
れにしても、これら魅力度の評価は相対的なものであり、テロリスト・グループが備えている
18
10CFR Part73 “Physical Protection of Plant and Materials”
INFCIRC/225/Rev.1
20
INFCIRC/225/Rev.2
21
INFCIRC/225/Rev.3
22
INFCIRC/274
23
低濃縮ウラン(ウラン-235 がウラン全体に占める割合が 20%以下のウラン)はさらに濃縮し、20%以
上にしなければ核兵器等は造れない。したがって、たとえ低濃縮ウランを不法に取得しても、濃縮施設が
無ければ核兵器等は造れない。
19
88
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
脅威のレベルにより防護措置が有効であるかどうかが決まる。
想定される脅威のレベルは、長い間、米国の核物質防護措置を定めた 10 CFR Part 73 を参考
にし、我が国の実情を考慮して定めてきた。Part 73 の想定している脅威のレベルは、おおむね
以下に示す属性および装備を持つ数名のグループが、2 つまたはそれ以上のチームに分かれ活
動する能力を持つとしている。
・ 特殊訓練(軍事訓練と各種技能を含む)を受けた、信念を持った人々、
・ 消音装置を付け、長距離射撃が正確に出来る携帯用自動銃および小型武器の携帯、
・ 侵入手段として使用し、また原子力施設及び防護システムの機能を破壊するために使
用する爆薬等の携帯、
・ テロリスト及び装備品を運搬するための車両の使用、そして、
・ 施設の職員(地位の如何を問わず)の援助(インサイダー)
、等である。
8.2.3 防護措置のレベルを決める基準
テロの目的を効果的に達成する手段としてはプルトニウムあるいは高濃縮ウランの盗取であ
り、放射性物質の拡散による環境汚染を引き起こす原子炉等の破壊活動であることはすでに述
べた。
表 8.1 未照射核物質の防護区分
区
プルトニウム(1)
濃
20%以上
Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
2kg 以上
500g を越え
15g を越え
5kg 以上
縮
ウ
10%以上
ラ
20%未満
ン
天然ウラン以上
(2)
10%未満
ウラン-233
分
――
2kg 未満
500g 以下
1kg を越え
15g を越え
5kg 未満
1kg 以下
10kg 以上
1kg を越え
10kg 以下
――
――
2kg 以上
500g を越え
2kg 未満
10kg 以上
15g を越え
500g 以下
(1):プルトニウム-238 の同位対比、80%を越えないすべてのプルトニウム。
(2):ウラン-235 の濃縮度、重量はウラン-235 の量を示す。
89
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
核物質防護措置の基礎が確立された 1970 年代は、
盗取に対する防護対策の確立に重点が置か
れていた。以下に示す未照射核物質の防護区分は条約及び INFCIRC/225 に規定され、現在も国
際的に使用している区分である。
最も魅力度の高い区分Ⅰに属し、最も厳重な防護と管理が必要であるとする核物質は 2kg 以
上のプルトニウム、5kg 以上の高濃縮ウラン(ウラン-235 の濃縮度が 20%以上)
、そして 2kg
以上のウラン-233 と定めている。この量は、当該核物質を4ないし5回の盗取等により入手す
れば、1つの核兵器を造るに十分な量であるとされている。また、区分Ⅲ以下の核物質は各国
の規定に基づき慎重に管理する事になっているが、INFCIRC/225/Rev.3 の改訂を協議している
際に、ロシアは「15g 以下のプルトニウムは慎重な管理下に置く」とするこの基準では不十分
であり、5g 程度に下げるべきであると変更を要求した。しかし、国が慎重な管理を行っている
プルトニウムから、検知されることなく 500 回以上の盗取(8kg のプルトニウムを集める)を
繰り返すことは不可能であり、15g は妥当な量であると米国が主張した。また、日本を始め多
くの国は、INFCIRC/225 は管理の指針であり、国が区分Ⅲの範囲を 5gまで拡大し防護する必
要であると判断する場合は、自国の責任でその範囲を定めればよいと主張し、結果として 15g
が残された経緯がある。
8.2.4 テロに対抗する防護措置
・盗取に対する防護措置
区分Ⅰに属する核物質は全て枢要区域内に保管され、使用される。枢要区域は防護区域の中
に、そして防護区域は周辺防護区域で取り囲まれ、三重の防護システムで守られている。周辺
防護区域内には施設の運転等に直接関係のない施設、例えば事務本館、見学者用展示館等、不
特定多数が出入りする建造物を設置することは許されず、24 時間/日、365 日/年、警備員が駐
在し警備している。さらに、周辺防護区域内には侵入検知器および監視システム等が張り巡ら
されており、異常な動きを検知すると警備員は直ちに原因を解明し、事後措置を採る事が義務
づけられている。この監視・警備システムは盗取のみならず妨害破壊行為を行なうテロの侵入
を早期に発見する役割を担っている。
区分Ⅰの核物質を盗み出すには少なくとも3つの防護区域を突破しなければならない(多重
防護)
。各防護区域には厳重な出入り管理システムが設けられており、当該施設で働いている職
員ですら、定められた手続きを取り、許可を得ない限り出入り口のドアは開かない。また、核
物質の在庫管理は不法持ち出し等により起きる帳簿在庫と実在庫の差を見つける有効な手段で
ある。国及び IAEA 保障措置制度は各原子力施設の核物質をグラム単位で計量管理しており、
区分Ⅰの核物質は毎月、実在庫量を確認している。
90
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
・妨害破壊行為に対する防護措置
原子力施設は、その安全性を保証するための審査項目の一つとして、仮想重大事故(通常で
は起きえない事態を想定した事故)を想定し、解析・評価・分析を行い、その施設が安全であ
ることを立証する事を義務づけられている。そして、たとえ仮想重大事故が起きたとしても、
周辺住民に対する放射線被爆線量が国の定めた規定値を越えないよう、
施設は設計・建設され、
運転されている。この安全解析の過程で仮想重大事故を引き起こす要因となる機器(枢要機器)
もまた特定されている。妨害破壊行為から施設を守り、周辺住民に及ぼす放射線災害を引き起
こさないためには、物理的に破壊行為が困難となる防護措置をとる必要がある。現在稼働して
いる原子力施設は、その設計ベースに基づく評価によると、少なくとも施設の枢要機器に近づ
き、直接破壊しない限り、テロの目的は達成しない。
「脅威のレベルと対抗措置」で示したよう
に、テログループの持つ装備は米国の想定している装備より脆弱であるが、一方、施設に配備
されている警備員は如何なる小型武器の携帯も許されていない。我が国の防護措置はテロの襲
撃を一早く見つけ、国の警備担当部署に通告することが基本であり、警察機動隊が到着するま
では枢要区域(機器)に接近できないよう、多重の物理的な障壁を設けるのが原則である。そ
して鎮圧等、テログループに対する対応は警察機動隊がとる事になっている。
原子力施設の防護措置は、
「盗取に対抗する措置」の項で示した防護区域と同様、周辺防護区
域、防護区域そして枢要区域から構成され、枢要機器は枢要区域内に置かれており、枢要区域
の障壁は外部からの侵入に対抗できる構造と強度を持つものでなければならないとしている。
従って、テロの襲撃があったとしても、枢要区域に到達する前に機動隊が到着するよう、防護
区域そして枢要区域の防護壁、侵入経路の扉を頑強にし、所定の手続きを踏まない限り、枢要
区域には侵入出来ない多重防護システムが組み込まれている。
施設の耐震構造等、
安全性を保証する原子力施設の設計はこの防護措置の重要な役割を担い、
妨害破壊行為に対抗する構造ともなっている。
8.2.5 同時多発テロと防護措置の強化
2001 年 9 月 11 日の世界貿易センタービル等で起きた同時多発テロはこれまで想像もしてい
なかった破壊力を持つものであった。原子炉施設の防護壁は本来このような航空機の突入を考
慮した設計とはなっていない。しかし、施設の耐震性、気密性等に関する安全設計基準を考慮
すると、セスナ級小型飛行機の突入、あるいは人が運び得る小型武器、例えば対戦車砲等によ
る攻撃には十分耐える防御壁を備えていると見られ、原子炉から放射性物質が多量に放出され
る大事故になる可能性はないと見られているが、その詳細は公開されていない。国内の原子力
施設で航空機(戦闘機)の墜落を考慮し、それに耐える防護壁を備えているのは、青森県六ヶ
所村に建設中の核燃料取扱施設(再処理施設等)のみであるが、この施設でも燃料を満載した
91
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
ジャンボ機が突入した場合、施設から放射性物質の飛散が起きるような破壊には至らないと、
現段階で施設の安全性を保証する事はできないであろう。
施設が国内法に基づく核物質防護措置を取っていたとしても、想定した脅威のレベルを超え
る妨害破壊行為が起きた場合、放射性物質の施設外への飛散を防ぐ事はできないと考えるのが
妥当である。
これまで、国内で起きると想定されていた脅威のレベルは米国等のそれに比べて低く、施設
の警備に小型兵器の携帯を必要とするような事態は想定しなかった。これは、原子力施設の安
全設計基準に基づく構造物の耐震設計等に負うところが大きく、防護区域および枢要区域等へ
の出入管理を厳格にし、不法侵入を妨げる措置を追加する事で、警察機動隊が現場に到着する
まで持ち堪えテロ攻撃に対処可能であったためである。しかし、国際テロが標的とする国の中
に日本が入っているとすれば事情は異なる。ハイジャックされたジャンボ機が原子力施設を直
撃するような事態を想定すれば、原子力施設の防護システムを再検討する必要がある。核物質
防護措置のみで、このようなテロ攻撃に対抗するとすれば、全ての施設を核シェルター相当の
システムで防護しなければならないかもしれない。脅威のレベルにもよるが、施設の備えてい
る核物質防護措置には限界があり、
全てのテロ攻撃に対して万全の対応をとることは出来ない。
2001 年 9 月 11 日以降、日本もビンラーディンの率いる国際テロ組織の目標になっていると
の認識から、主要な原子力施設には警察機動隊が常駐し、沿岸は巡視船が監視している。この
ような警備が有効かどうかはテロ実行グループの規模と装備している武器等の破壊力、すなわ
ち脅威のレベルに依存する。
燃料を満載した大型旅客機が原子力施設へ突入するような事態は、
ハイジャック防止法等の措置の強化により避ける以外に道はないし、ミサイル攻撃が考えられ
る場合は自衛隊の防衛体制に頼る以外に避ける道は考えられない。国の総合的な危機管理体制
と防護体制を整備する以外に、同時多発テロに相当する規模の妨害破壊行為に対処する事はで
きない。
脅威のレベルの分析評価と対応策の策定は、もはや施設あるいは核物質防護措置の設計・設
置に関する専門家グループで対処可能な範囲を超えている。国は危機管理の一貫として妨害破
壊行為にかかる脅威のレベルの分析と評価を行い、国として取るべき防護体制を明らかにし、
整備する必要がある。
原子力施設へのテロの可能性の増大は、核物質が拡散する危険性が高くなることであり、核
物質防護の指針を強化し対処する必要がある。1999 年「核物質防護のガイドライン」は改定さ
れINFCIRC/225(Rev.4)となった。さらに、2001 年 9 月 11 日の同時多発テロを受けて、核物
質防護条約の改定が提案され、検討されている。条約の改定案やINFCIRC/225(Rev.4)では、
従来の事業者責任による対応に加えて、国の責任において防護対策の基礎となる設計基礎脅威
(DBT:Design Based Threat)を定め、この脅威に対抗できる対策が取られているかどうかの評
92
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
24
価を行なう等、国の責任の強化が明示されている 。
米国は国土安全保障計画の一環として、核物質防護措置が有効に機能しない場合の補完手段
として、他国で盗取された核物質を国外に持ち出させない手段と、さらに自国に持ち込ませな
い手段を強化しつつある。すなわち、国境を通過する主要ルートに放射性核種の検知手段を加
え、不法移転(密輸)の監視体制を強化している。米国は、米国本土のみならず、ロシア国境、
さらには旧ソ連邦諸国周辺の国境にもこの措置を配備するという膨大な計画を実施に移しつつ
ある。
原子力活動全体への安全保障問題は、米国多発テロのときに、原子力発電所もその標的にな
っていたのではないかとの懸念から、特に原子力施設へのテロ防止対策問題として検討されて
いる。改訂された核物質防護ガイドラインでは、施設の妨害破壊行為への対抗措置の構築が強
く要請されており、DBT のなかに、従来は無かった、多量の爆発物の使用を前提とした破壊活
動が組み込まれた。
国の責任の明確化は、国が核物質防護制度を確立するに当たって、DBT を設定し、情況に応
じて適宜見直すことが要求され、この DBT に対応する機能を持つ防護システムの整備が、各
事業者に要請される。この DBT は、従来からの核物質の盗取に加えて妨害破壊行為が起きるこ
とを想定し、脅威のレベルを定めることになっている。
8.2.6 米国の原子力施設に対するテロ対策
テロ攻撃に対してどの程度原子力施設を強化すべきかについては今後の課題であるが、2001
年の 9/11 の同時多発テロに対する対抗策として、2002 年、米国は「より安全な国をめざして:
25
Making The Nation Safer」 なる報告書を発表した。この報告書の中で原子炉に対する攻撃を受
けた場合に維持すべき安全性のレベルを、
・ 炉心溶融事故は起きない
・ 原子炉が停止しても、環境に深刻な影響を及ぼす放射性核種を放出しない
を基本とし、設計基礎脅威(Design Based Threat)の見直を進めた。テロリストの攻撃から本土
を守るためには、盗取された小型核兵器あるいは特殊核分裂性物質(高濃縮ウラン、プルトニ
ウム)により作られた核爆発装置等による攻撃に備えることであり、米国は、核兵器と特殊核
分裂性物質を多量に蓄積しているロシアの核物質防護措置、特に高濃縮ウランに対する防護措
置の強化支援計画を促進するべきであるとしている。
また、通信システムに介入するサイバー・テロ、エネルギー・システム(配電網、石油・天
24
25
Responsibility, authority and sanctions, article 4.2.3 of INFCIRC/225/Rev.4
Committee on Science and Technology in Countering Terrorism, National Research Council,
http://www.nap.edu/books/0309084814/html/index.html
93
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
然ガスのパイプライン、タンカー等)に対するテロ、環境及び住民に被害を及ぼす可能性があ
る化学処理施設(工場と倉庫)に対するテロ、等に対し防護システムを強化する必要があると
指摘している。
核物質防護措置としてこれまで想定していた脅威である地上からの攻撃に加え、燃料を満載
した民間航空機による攻撃、高性能火薬を満載した小型航空機および飛翔体(ロケット)によ
る攻撃等を追加している。急を要する安全性評価として、原子炉に燃料を満載した民間航空機
26
(ボーイング 767-400)が衝突した場合の事故解析 が行なわれ、既存の安全基準に基づき設置
されている原子炉建屋は丈夫であり、破壊される事はないとしている。この対テロ強化策の実
27
施状況に関し、2003 年 7 月、評価結果が公開 された。クラスAの評価を得ているのは原子炉
のみであり、他の項目ではクラスCが最高であり、大部分がクラスDと評価されている。このよ
うに対テロ対策の整備が遅れている施設等が多々見られる現在、NRCが強力に進めている原子
力施設のテロ対策をさらに強化することは、経費の有効利用の観点から、再考する必要がある
かもしれないと、間接的ではあるが原子力施設の安全性を認めている。
8.3 原子力機器の輸出管理
28
8.3.1 原子力関連機材の輸出規制について
1974 年、インドが行った核爆発実験は、平和利用に限定することを約束してカナダから輸入
した原子炉(CANDU炉)で照射した燃料(使用済燃料)を再処理し、抽出したプルトニウム
で作った原爆の爆発実験であった。このような事態が二度と起こらないように、原子力システ
29
ムの開発・整備に用いる資機材を輸出する国々(原子力供給国グループ) の間で、資機材の
輸出を許可する条件について検討が進められ、1978 年には、原子力に関連する資機材の輸出規
制品目及びそれに関連した技術の輸出条件を定めた指針「ロンドンガイドライン」が合意され
た。供給国グループはこの指針に基づき国内法を整備し、輸出管理を実施している。しかし、
この輸出管理の指針は紳士協定(ボランタリー協定)であり、国際法のように各国政府の遵守
の義務を法的に規定したものではない。
1978 年当時、規定された輸出規制品目には、プルトニウム、ウラン等の核物質、原子炉及び
その関連付属装置、重水や原子炉級黒鉛など減速材、再処理や濃縮プラントなど、核拡散に直
26
Deterring Terrorism: Aircraft Crash Impact Analysis Demonstrate Nuclear Power Plant’s Structural Strength,
December 2002
27
America at Risk: A Homeland Security Report Card, July 2003.
http://www.ppionline.org/documents/HomeSecRptCrd_0703.pdf
28
井上忠雄氏(安全保障貿易情報センター(CISTEC))に紹介して頂いた「原子力関連機材の輸出管理体
制の現状について」の骨子である。
29
原子力供給国グループ(NSG)の詳細は Web Siteを参照されたい。http://www.nsg-online.org
94
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
結する資機材が含まれていた。そしてこれらの輸出に当たっては、
・輸入した資機材を核兵器等の製造には利用しないこと、
・適切な核物質防護措置を適用すること、そして
30
・IAEAとの間で包括的保障措置協定を締結し、適切な保障措置を受諾すること 、
などを規定し、受領国がこれらの条件を受け入れることが輸出の条件であるとする基本指針が
定められた。この指針には、2000 年 3 月に対象資機材にプルトニウム転換施設に関するものが
31
追加された 。
1990 年代に入って、NPT違反であるイラクの核兵器開発が発覚したことから、原子力分野で
用いられる汎用機器にまで輸出規制の範囲が拡大され、強化され、1992 年、新たな指針(ロン
ドンガイドライン・パート 2)が設定された。この指針も、技術の進歩に適合するよう、規制
32
対象品リストの見直しと改訂が適宜行なわれている 。
原子力関連機材の輸出規制の問題は複雑であり、規制レジームに参加している各国共に国内
法を定め規制措置を強化しているが、
その有効性は必ずしも満足するレベルには達しておらず、
強化・改善が続けられている。ここでは我が国の輸出管理体制の現状について、その骨格をま
とめておく。
8.3.2 輸出管理にかかる基本法と国際的規制レジーム
安全保障の観点から見た輸出管理の基本的な法律が外国為替及び外国貿易法(外為法)であ
る。我が国は、外為法により武器、大量破壊兵器の設計製造に寄与する関連資機材、あるいは
通常兵器、汎用品、並びにこれらの技術の輸出について規制を行っている。規制内容に関する
法令としては輸出貿易管理令および輸出令、そして技術の輸出に関しては外為令が基本となっ
ている。これらの規制は国際条約や国際的な合意に基づく輸出規制レジームに従っている。関
連する条約は、核不拡散条約(Non-Proliferation Treaty:NPT)
、生物兵器禁止条約(Biological
Weapons Convention:BWC)
、化学兵器禁止条約(Chemical Weapons Convention:CWC)である。
合意されたレジームは、核兵器に関連するものとして原子力供給国会合(Nuclear Suppliers
Group:NSG)
、ミサイルに関連するものとしてミサイル技術管理レジーム(Missile Technology
Control Regime:MTCR)、生物化学兵器に関連するものとしてオーストラリア・グループ
(Australia Group:AG)
、通常兵器に関連するものとしてワッセナー・アレンジメントがある。
30
包括的保障措置協定の締結のみを規定し、追加議定書の締結は条件にしていない。一方、追加議定書
では、属書IIにロンドンガイドラインの規制品目を包含する特定設備及び資機材を定め、これらの輸出の
際に輸出国は、輸入国の最終使用地を含め、IAEAに報告する義務を課している。
31
INFCIRC/254/Rev.4/Part1, 15 March 2000
32
INFCIRC/254/Rev.4/Part2, 9 March 2000
95
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
・輸出規制の対象に関する区分
輸出規制の対象となる資機材は、汎用品と武器に大別され、汎用品は大量破壊兵器と通常兵
器に用いられる資機材に大別され、それぞれのレジームの定める規定により規制されている。
また、輸出規制対象国に関しては、輸出管理レジームに全て参加し、遵守している 26 ヶ国は輸
出管理の対象外でありホワイト国と呼ばれている。
そして輸出の仕向地としては、
ホワイト国、
その他の国、懸念国(北朝鮮、イラン、イラク、リビア)の 3 つに分けられる。
8.3.3 輸出許可制度および技術提供の規制の根拠
外為法第 48 条第 1 項で「国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるも
のとして政令で定める特定の地域を仕向地とする特定の種類の貨物を輸出しようとする者は、
政令で定めるところにより、経済産業大臣の許可を受けなければならない」と規定している。
この規定が輸出許可制度の根拠となっている。具体的な貨物の名前は輸出管理令別表に挙げら
れており、仕向地に関する規制も同表に記されている。
外為法第 25 条第1項で「居住者は、非居住者との間で国際的な平和及び安全の維持を妨げ
ることとなると認められるものとして政令で定める特定の種類の貨物の設計、製造、使用に係
る技術を特定の地域において適用することを目的とする取引を行おうとするときは、経済産業
大臣の許可を受けなければならない」と技術の提供(輸出)について規定している。
・輸出規制の種類
規制は、リスト規制とキャッチオール規制に大別される。リスト規制の対象は、輸出管理令
別表 1 の第 1 項から第 15 項により規定されている。そして、いかなる武器も武器輸出三原則に
則し我が国からは輸出しない。
汎用品に関しては、様々な汎用品を用いて大量破壊兵器が造られることから、大量破壊兵器
関連資機材のうち、原子力関連の汎用品は輸出管理令別表 1 の 2 の項で、化学兵器関連のもの
は 3 の項、生物兵器関連のものは 3 の 2 の項、そしてミサイル関連のものは 4 の項で規定され
ている。ワッセナー・アレンジメントに基づく通常兵器の汎用品、貨物に関しては別表 1 の 5
から 15 項で規定されている。
技術輸出に関する規制は、外為法別表の1項∼15 項までの規制と似ており、
「規制されてい
る貨物の設計、製造、使用に係るものであり、資料またはソフトの提供、技術者の受け入れ、
派遣をした場合の技術協力等が対象になっている」と規定している。したがって、規制対象は
貨物と技術に大別される。貨物は輸出令で規制しており、技術輸出にかかる役務は外為法で規
制している。
96
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
リスト規制で決められたもの以外のものに関する規制を行うのが改正補完的輸出規制であり、
キャッチオールの対象貨物は原則的に全ての貨物であり、関税定率法別表に示されている。
輸出しようとする全ての貨物について、相手方の意思と使用目的を確認し、軍事的に使われな
いということが明らかになれば当該貨物の輸出は強化される。
規制対象技術は、キャッチオールの対象であり、物の設計、製造または使用に係る技術をも
のにして提供するもの、すなわち有体技術の提供が対象となっている。ここで有体技術とは紙
や磁気テープなどの記録媒体を指し、口頭や FAX、電子メールによる技術提供は含まれない。
・輸出規制の要件
規制の要件は、
「日本版キャッチオール規制においては、規制対象貨物の輸出、技術の提供
であって、次に掲げるいずれかの要件に該当した場合に申請の許可が必要になる」と規定して
おり、客観要件とインフォーム要件の二つの要件に分かれている。
客観要件とは、
「輸出取引の契約書や輸出者が当該輸出に関し入手した文書、図画若しくは
電磁的記録から、又は輸入者若しくは需要者若しくはこれらの代理人から連絡を受けて、次の
いずれかの事実が明らかになった場合」となっており、A)と B)の二つケースがある。
ケース A は輸出される貨物、提供される技術が核兵器等の開発若しくは別表に掲げられる行
為に用いられる場合には必要となる。そして別表の定める行為を以下に示す。
ⅰ)核燃料物質、核原料物質の開発等又は核融合に関する研究、
ⅱ)原子炉又はその部分品若しくは附属装置の開発、
ⅲ)重水の製造、
ⅳ)核原料物質、核燃料物質及び原子炉の加工、
ⅴ)使用済み核燃料物質等の再処理、
ⅵ)軍等の事務を司る行政機関又はこれらのものから委託を受けて行う化学物質の開発若し
くは製造、微生物若しくは毒素の開発、ロケット若しくは無人航空機の開発、宇宙に関
する研究。
ケース B は輸出される貨物および提供される技術の需要者(利用する者)が核兵器等の開発
を行うか、又は行ったことが明らかになった場合である。
インフォーム要件は、経済産業大臣からの通知により発生するものであり、例えば「輸出さ
れる貨物あるいは提供される技術が核兵器等の開発に使用されるおそれがあるものとして、経
済産業大臣から輸出許可の申請をしなさいという通知を受けたとき」に発生する要件である。
本件にかかる経済産業省の基本的な考え方は、勝手な判断をせず、先ず、経済産業省に相談す
ることを求めている。相談した結果、輸出許可が得られれば、輸出規制に関するチェックが完
97
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
了したことになる。
8.3.4 国際的レジームの問題点
NPT の締約国は多いが、生物兵器あるいは化学兵器に関する禁止条約への参加国は約 150 ヶ
国程度である。逆に言えば、約 20 カ国が未だ生物兵器あるいは化学兵器に関する禁止条約の批
准に躊躇していると見ることができる。この意味から、条約の目的を成就するには幾つかの問
題が残っている。その一つは、NPT 未批准国が核兵器を持っている場合(インド、パキスタン
そしてイスラエル)どうするのかという問題である。他にも未批准国に批准を促す方法に関す
る問題が残っている。さらに、核兵器国の保有するストック(核兵器用高濃縮ウランとプルト
ニウム)の削減・廃棄にかかる問題であり、計画の意図的な遅延と検知されずにテログループ
に拡散する可能性を検知する手段に関する問題(保障措置計量管理と核物質防護の問題)であ
る。そして最悪のシナリオではあるが、テログループ等が核兵器を持った時、どのような手段
によりその使用を抑止していくかという問題である(注:この問題は NPT のスコープを超える
問題であり、すでにテログループ等に核兵器が拡散した後の問題は条約では対処できない)
。
NPT は明らかに差別条約であり、核兵器を持っている国と持っていない国との間に大きな差
がある。さらに、NPT 条約に基づき IAEA の査察を受け入れている国が原子力の平和利用を進
め、原子力発電所の導入を計画していても、その計画が核兵器の開発に繫がるのではないかと
いう懸念から、更なる条件を付加し、平和利用の促進すら妨害しようとしていると見られる動
きが多々あり、NPT 条約を遵守するとの観点から問題があると思われる。
8.3.5 貿易管理の問題点
一般的に貿易管理は各国の規制に基づいて行なわれる措置であり不法輸出を抑えるための
ものである。
しかし、
核兵器の拡散にかかる機微な資機材の譲渡および輸出の規制の有効性は、
単に一国の規制措置で担保することはできず、国際的レジーム(NSG)の下に各国が足並みを
揃え、資機材の譲渡の防止措置と、第三国を介した迂回輸出防止措置をとることとしている。
しかし、かかる国際レジームは機微な資機材の拡散が核兵器の拡散を助長するとの認識を共有
する国々の集まりであり、条約のように加盟国に履行の義務を負わせるものでは無い。
国際的なレジームに加入した国は、レジームに沿って国内規制を整備し、これを守っていく
ことになる。したがって、国毎に多少の違いが生じ、アメリカ、ヨーロッパ、そして日本のリ
ストが同一である保証はない。また、その管理も各国の責任で行うものであり、管理が十分でな
く問題を抱えている国もある。最も深刻な問題は第 3 国経由の輸出を規制する有効な手段が組
み込まれていないことにある。すなわち、規制対象資機材の輸出には使用目的と輸出先が明記
されていなければならないが、輸出国は当該資機材が記載された使用目的通りに使用されてい
98
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
ることを検証する義務は負っていない。
21 世紀は市販の汎用品が直接軍事目的に利用される時代である。軍事技術と汎用品技術の差
が無くなってきているという意味で、
技術のシビリアン化が進んでいる。このような状況を考慮
すると、結局はキャッチオールシステム以外に有効な規制手段は無いのかも知れない。しかし、
一部の不法輸出を抑えるために、資機材の輸出を広く管理し、手続き上の業務を煩雑化する輸
出管理システムは修正していくべきではないかと疑問を持っている人達がいることは確かであ
る。
各国の国際的レジームへの参加状況
国際的レジームの参加国は、ワッセナー・アレンジメントが 33 ヶ国、NSG が 40 ヶ国、AG
が 33 ヶ国、MTCR が 33 ヶ国である。東アジアの国は、日本と韓国以外のほとんどの国が入っ
ていない。日本は、ASEAN で参加を呼びかけ、3 つくらいのグループに分けて促進をしようと
いう取り組みをしている。外務省も、JICA 等で参加を呼びかけている国々から研修生を呼び、
貿易管理の重要性や日本の貿易管理の仕組みなどを教えている。しかし、アジアにおける参加
国数は全く伸びていない。原子力を既に利用している中国は、独自の規則を作っており、国際
的なレジームにある程度近づいてはいるが、自国に都合のいいような規則が散見される点が問
題である。国際的なレジームに入れば、レジームに沿って守っていくことになる。したがって、
多少の違いはあるが、アメリカの規制のリスト、ヨーロッパのリスト、日本のリストはほとん
ど同じである。
8.3.6 輸出管理体制の問題点
輸出規制に関するかかる国際的レジームの有効性に関して検討すべき問題がある。現行の輸
出管理システムは何れも紳士協定の枠組みの中で運営されており、規制品目のリストは共通で
あると見ることができるものの、
各資機材の重要性は各国が独自の基準を制定し規制している。
イラクに流れていた遠心分離ウラン濃縮技術に関しても、輸出した当該 NSG 加盟国は、当時
かかる技術が左程重要な技術であるとの認識は無かったと政府見解を表明し、弁明している。
機微な物資と技術の輸出を包括的に管理しようとするキャッチオールシステムにしても、輸出
品目と輸出先、そして用途等、基本的な情報が大量破壊兵器の拡散に繋がらないことを書面上
で審査し、輸出許可を与えるシステムである。輸出業者は、当該品目が申請通りに使用されて
いないことを知った時、その旨を国に報告する義務はあるが、フォローアップする義務は課せ
られていない。かかる制度のもとで第三国経由の迂回輸出を有効に規制することはできない。
一方、アジアの開発途上国への原子炉の導入を進めるためには、上記の輸出管理体制は障害
以外の何物でもない。かかる輸出管理の対象外とされているホワイト国 26 ヶ国の中にアジアで
99
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
真に原子炉の導入を検討している国は一ヶ国も含まれていない。また、ホワイト国になる資格
を容易に取得することはできないであろう。したがって、原子炉の建設、安全管理等にかかる
基本情報ですらキャッチオールシステムの対象となり、当該諸国の専門家の事前教育にすら支
障をきたす。まして、
国内原子力施設で行われている実習教育に関しても原子力の一般教養の域
を出ることはできず、
原子炉の建設にかかる諸問題を解決するための支援の実施は困難である。
かかる問題を解決する有効な手段は、我が国が原子力開発に着手することを可能にした日米
原子力協定、核燃料の輸入を可能にした日豪原子力協定等のような二国間協定を早期に締結す
ることである。この二国間協定には IAEA 保障措置と追加議定書の締結を義務付け、核物質防
護条約、そして原子力安全条約等、原子炉の安全を担保し、核不拡散措置の履行を約束するこ
とを条件とする。また我が国から輸入した機微な物資、情報等の再輸出に関する規制も盛り込
まれなければならないし、米国がリードし我が国も加盟した機微技術の不法移転を防止する拡
散安全保障イニシアティブ(PSI:Proliferation Security Initiative)体制についても加盟が条件と
なろう。
最も重要なことは協定違反が起きた場合の措置である。二国間協定に有効な罰則規定を盛り
込むことは難しい。しかし、核物質の国籍管理と同等な規定を盛り込み、違反が起きた場合に
は原子炉の運転が実質的に不可能となると共に、核兵器等への転用等を防ぐあらゆる措置(保
障措置及び核物質防護措置等)を取り得る協定にしておく必要がある。
8.4 核拡散抵抗性
核拡散抵抗性に関する議論は、過去の経緯を見ると二つの観点から議論が行われた。ひとつ
はすでに検討した IAEA 保障措置制度の観点からであり、核物質防護措置の観点からである。
他の一つは INFCE や日米再処理交渉における議論であり、核兵器への転用を技術的に困難に
するとの観点である。この議論は、米国にとっては、1978 年核不拡散法にも関係するもので、
再処理プルトニウム利用とワンススルーを比較しワンススルーの方が核拡散の可能性が低いこ
とを説明するための検討であった。この検討は、欧州にとっては米国のワンススルー政策に反
対してプルトニウム利用を進めるため、そして、日本にとっては欧州と同様に米国の政策に反
対してプルトニウム利用を進め、東海再処理工場の運転を開始するための議論であった。
即ち、IAEA の保障措置制度に関する検討以外は、米国の核不拡散政策としてのワンススル
ーに対するリサイクルの抵抗性を議論したものであり、多分に政策の正当性を説明するための
検討であり技術的な検討とはいい難い面がある。
8.4.1 日米交渉における議論
1977 年の日米再処理交渉においては、再処理とプルトニウムリサイクルに関して技術的に核
100
第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
拡散を難しくする手段が検討された。具体的には、再処理においてプルトニウムを単体分離せ
ずにウランと共に抽出する共抽出法、抽出したプルトニウムに強い放射線を放出する物質を加
えるスパイク法等の案が検討された。しかし、
既に完成している東海再処理工場の処理工程等を
考慮して、プルトニウムを液体から粉末に転換する際にウランと混合し混合酸化物(MOX)と
して転換すること(混合転換法)で米国の合意が得られ、運転を開始することができた経緯があ
る。なお、この際 IAEA 保障措置の有効性を向上させるための技術開発を日、米、仏(再処理
技術の供給国)
、および IAEA の4者で行うことが併せて合意されている。
8.4.2 国際核燃料評価(INFCE)における議論
INFCE においては、どのような形態の核燃料サイクルの核拡散抵抗性が高いかについて議論
が行われた。当時の米国は、核拡散を考慮してプルトニウムのリサイクルをやめてワンススル
ーを選択した。これに対して欧州や日本は資源の有効活用の観点などからプルトニウムのリサ
イクル政策を進めていた。言い換えると、INFCE の議論は、プルトニウムのリサイクルとワン
ススルーに関する核拡散抵抗性を議論したものといえるが明確な定義はされなかった。INFCE
の議論の結論はいかなる形態の核燃料サイクルでも適切な保障措置により核拡散を防ぐことは
できるというものである。
8.4.3 最近の研究
原子力は、
将来のエネルギーオプションとして確立しなければならない重要な案件であると、
米国エネルギー省原子力科学技術室(Office of Nuclear Energy, Science and Technology)は、原子
力システムの備えるべき核拡散抵抗性の一層の向上と研究開発の推奨を目的として、原子力研
究諮問員会(NERAC: Nuclear Energy Research Advisory Committee)の下にタスクフォースを設
33
け、以下に示す 4 項目について調査検討して報告書TOPPS にまとめた。
① 物質や技術その物が性質として有する抵抗性(内的障壁:Intrinsic Barrier)
、
② 核拡散を防ぐための制度等の外的要因(外的障壁:Extrinsic Barrier)
、
③ 核拡散抵抗性により影響を受ける要因、
④ 抵抗性の評価手法。
まず、内的障壁については、核物質の同位体組成や放射線強度、重量及び容積、検知性が、
また、設備・技術・施設に関しては、魅力度、アクセス性、入手可能量、転用検知性、熟練度、
専門技術・知識、貯蔵時間が挙げられた。外的障壁については、IAEA 保障措置制度や輸出規
33
原子力研究諮問員会(NERCA: Nuclear Energy Research Advisory Committee)の下にタスクフォースを設
けて行った研究であり、Technical Opportunities to increase the Proliferation resistance of civilian nuclear Power
System、1999 の略称
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第 8 章 核不拡散措置と核拡散抵抗性
制と共に透明性の重要性が指摘された。また、影響を受ける要因として安全性や環境問題、経
済性を挙げ、これらと抵抗性をバランスさせることが原子力の開発と維持継続に不可欠である
としている。最後に抵抗性の評価方法については、現状では定量化は難しいとしている。
また、内的障壁と外的障壁との関係については、内的障壁は核拡散抵抗性の最も望ましいも
のであるが、核拡散を防止する手段としては不十分であり、従って IAEA 保障措置などの制度
的障壁によって補完しなければならない。そしてこの外的障壁に課せられる要求は内的障壁に
依存する。内的障壁と外的障壁を併せて全体としてのシステムを構成し、また、全体しての抵
抗性レベルは脅威のレベルにより決まるものとしている。
原子力開発にかかる国際プログラムである GEN-4 原子力システムの研究やロシアおよび
IAEA が中心に進めている革新炉システムの研究(INPRO)更に日本の核燃料サイクル開発機
構が進める先進サイクルの実用化戦略調査研究などがある。これらの研究は次世代の原子力シ
ステムを研究するものであり、経済性、安全性、環境への負荷と共に核拡散抵抗性の強化を開
発目標としてあげている。この国際環境などを踏まえた最近の核拡散抵抗性に関する議論は次
のようなものとなっている。
① これまでの長い歴史の中では、核拡散抵抗性の定量評価は難しい問題(コンセンサス
の得られない問題)として取り扱われてきたが、次世代の原子力システムの研究といっ
た実態を伴う研究開発の中に核拡散抵抗性という要素を入れるためには、そのための具
体的な評価手法や指標を作ることが必要になってきておりこれを作るための議論が始め
られてきている。
② これまでは、核拡散として核爆発装置または核兵器の製造を想定していたが、9.11
以降は核によるテロの方が現実的と捉えられるようになり、これも核拡散の1つのケー
スとして取り扱われるようになっていている。
③ 核物質防護に関する核燃料サイクルシステムの性能も抵抗性として捉えられるように
なってきている。
現在、米国の GEN-4 プログラムにおいては、この核拡散抵抗性を評価する手法等を検討する
ため、核不拡散・核物質防護ワーキンググループ(PRPP WG)を 2002 年 12 月に設置して検討
している。
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