「紹興市」紹興酒で有名な水郷 紹興酒で有名な水郷

第六十一
六十一回:
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「紹興市
「紹興市」紹興酒で有名な水郷
常陽銀行上海駐在員事務所
中国各地にはその地方ごとに名産品があります。北京であれば北京ダック、青島であれば青
島 酒(ビール)など、その地方の名産物から土地の特徴を感じることができます。今回は、
日本人にも馴染みのある「紹興酒」の産地として有名な紹興市を訪れたので紹介いたします。
紹興市
紹興市は浙江省の北部、杭州市の東に位置し、上海から車で2時間半(走行距離230km)程
度にあります。総面積は約8,256km²(日本の兵庫県ぐらいの大きさ)で、人口は70万人程度の
都市です。
気候は農業に大変適し、穀物等の様々な農作物が収穫できます。また、古くから手工業が栄
えており、紡績・
アパレル産業が盛
んでシルクの産地
としても有名です。
黄海
南京
揚
子
江
特にネクタイ生産
上海
は中国内のシェア
6 割、 全 世 界 の
シェア3割を占め
杭州
紹興
ています。最近で
は機械製造やIT・
医薬品といったハ
イテク分野も含め、
産業の多様化が進
んでおり、地場の
民営企業が牽引す
る形で経済発展を
紹興市内の運河
遂げています。
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紹興酒ってどんなお酒?
紹興市はその名の通り、中国のお酒「紹興酒」の名産地であります。そもそも紹興酒とはど
のようなお酒なのでしょうか?
紹興酒は、蒸したもち米と小麦こうじなどを原料に鑒湖(かんこ)の清水を用いて醸造され、
カメに封じられ3年以上貯蔵した良質のお酒です。長く貯蔵するほど、コクのある甘味と酸味
が見事に調和し、芳醇な味わいとなります。
日本では主に浙江省を含め華東地域で生産されたものを「紹興酒」と一般的に呼んでいますが、
中国では浙江省紹興産のものを「紹興酒」といい、それ以外のものは「黄酒」
(穀物を原料とす
る醸造酒の総称)と呼ばれます。紹興酒が日本でも良く知られている理由のひとつとして、
1953年に中国で初めて開催されたお酒の博覧会で中国八大名酒の一つに選ばれたことが挙げら
れます。以後、紹興酒の名前は有名になり、中国の黄酒の中で輸出量一位を占めるようになり
ました。また、紹興酒は飲むだけではなく、中華
料理を作るときに調味料として使えるため、普通
のお酒より利用率が高いことも日本で受け入れら
れている理由のひとつでしょう。
また、紹興では女の子が生まれた際に仕込んだ
紹興酒一本を保存し、娘が嫁に行く当日、その紹
興酒を開封する風習があります。中国では結婚の
日を「大紅日」とも言うので、紹興酒の種類の中
には「女児紅」という名前がついている紹興酒が
あります。紹興酒は製造年数によって3年もの、
5年もの、8年もの、10年もの、12年もの、15年
もの、18年もの、20年ものなどがあります。年代
物であればあるほど値段は高くなりますが、紹興
本場の紹興酒
酒の20年ものは「陳年老酒」と呼ばれ、とても貴
重です。
紹興市の見どころ
文豪魯迅のふるさと
皆さんも魯迅という人物の名前を聞いたことがあるかもしれません。魯迅は日本の仙台医学
専門学校(現:東北大学)に留学したこともある紹興市出身の文学者で、中国近代文学の創始
者と言われています。紹興の誇る代表的な偉人であり、市内には魯迅故里や魯迅記念館など、
魯迅ゆかりのスポットが数多くあります。
魯迅は中国の医学の遅れを感じたことをきっかけに、1904年(明治37年)から仙台医学専門
学校に留学しています。当時の日本は日露戦争の真っ只中でしたが、中国に医学を持ち帰りた
いという志を胸に日本に留学しています。仙台医学専門学校では藤野厳九郎に師事し医学を学
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びましたが、魯迅はその授業中にロシア軍スパイの中国人が日本人によって処刑される姿を、
同胞の中国人が喝采して見物するという映像を見た際、中国人の感覚を文学によって変えてい
こうと決め、医学者の道から文学者としての道を歩むことになりました。日本から帰国した魯
迅は杭州、蘇州などを経て、文学者としての執筆活動に勤しみます。多くの書籍を残していま
すが、特に『阿Q正伝』や『狂人日記』が有名です。
魯迅の作品に登場する老舗酒店
紹興市内にある「紹興咸亨酒店」は、魯迅の叔
父が1894年に開業した造り酒屋です。
「紹興咸亨酒
店」は紹興市の観光スポットにもなっており、魯
迅の生誕100周年を記念して1981年に現在の店舗に
復興されました。魯迅の名作「孔乙己」(こういっ
き)は、
「紹興咸亨酒店」を舞台として書かれており、
科挙(中国で官僚になるために行われるテスト)
魯迅も愛した「紹興咸亨酒店」
になかなか合格できない人物、孔乙己が毎日酒を
飲みに来たという設定になっています。店先には
その主人公である孔乙己像がありお客を出迎えてくれます。昼は観光客が多く訪れ、紹興酒を
飲みながら食事を堪能している姿が見られます。また、夜になると店の外にもテーブルが設置
され、地元の人々や多くの観光客が紹興酒を飲み語り合っていました。紹興酒をお椀で飲むス
タイルも他の店にはない「紹興咸亨酒店」の特徴でしょう。
実際に魯迅は自宅の近所であるこの酒屋でよくお酒を飲んでいたとのことで、魯迅がこの店
の紹興酒を飲みながら執筆した様子が想像できます。日本から帰ってきた魯迅はこの店で何を
思いながら執筆したのでしょうか。私もこの店で紹興酒を堪能しましたが、飲み口は柔らかく、
体が心から温まる芳醇な味の紹興酒でした。紹興
市を訪れた際には是非とも立ち寄りたいスポット
です。
伝説の英雄を祀る大禹陵
大禹陵は紹興市の市街地から3kmほどの所の会
稽山(かいけいざん)にあり、中国古代の伝説的
な帝、禹(う)を祀る陵墓です。禹は4000年前の
夏王朝の創始者で、黄河を治めた治水の英雄とし
ても知られています。中国の神話上の帝である禹
は、洪水に悩まされていた中国の治水を命じられ、
13年ものあいだ一度も家に戻ることなく、全国の
様々な場所を回って、水路を整備した人物で、「夏
大禹陵へ続く階段
(か)」王朝を創始したといわれています。
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大禹陵は全国文化財として保護されています。
大禹陵景区に入ると山の斜面下に湖が広がってい
るのが見えます。対岸には大禹陵入り口があり、
長い石階段を登ると「大禹陵」の大きい石牌が見
えてきます。
ふと見上げると山の頂上に禹の巨大銅像が立っ
ているのが見えます。禹の巨大銅像は大禹陵から
歩いて更に20 ∼ 30分程度かかります。夏場に歩い
大禹陵の石碑
ていくには大変ですので、巨大銅像の真下まで行
く際には相当の覚悟が必要かもしれません。マン
トを翻して山頂に立つ禹の巨大銅像は帝たる雄々
しさが感じられます。紹興の町を見下ろしており、
まるで今でも紹興の町を統治しているようにも思
えます。
おわりに
紹興市内には多くの湖や運河が縦横にめぐらさ
れており、名産の紹興酒を製造する水資源が豊か
な町といった印象です。上海のような大都市とは
異なり観光者用に整備されている町というわけで
はありませんが、建物は白壁に黒い瓦屋根の古い
建物が随所に見られ、大自然と昔ながらの街並み
に興味を惹かれます。昔ながらの手漕ぎ船に乗っ
て運河沿いの古い街並みを見上げると、
ロマンチックな気分に浸りながら町の
雄々しく紹興の町を見下ろす禹の塑像
風景を堪能することが出来ます。皆様
も機会がありましたら船に乗って紹興
市の老街を巡ってみてはいかがでしょ
うか。
運河を渡る船
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