記憶喪失性貝毒成 ドウモイ酸によるマウスの自発的 替行動障害に

道衛研所報 Rep. Hokkaido Inst. Pub. Health, 57, 109-112(2007)
記憶喪失性貝毒成 ドウモイ酸によるマウスの自発的 替行動障害に
及ぼすニコチン性アセチルコリン受容体アゴニストの影響
Effects of Nicotinic Acetylcholine Receptor Agonists on Impairment
of Spontaneous Alternation Behavior Induced
by Domoic Acid, an Amnesic Shellfish Poison, in Mice
上野
一
Ken-ichi UENO
;domoic acid(ド ウ モ イ 酸);nicotinic
Key words:amnesic shellfish poison(記憶喪失性貝毒)
;memory(記 憶)
;mouse
acetylcholine receptor(ニコ チ ン 性 ア セ チ ル コ リ ン 受 容 体)
(マウス)
1987年,カナダ東海岸のプリンス・エドワード島周辺
ことが知られている
で養殖ムラサキイガイの摂食により胃腸障害及び神経障害
を主徴とする食中毒が発生した
.
ドウモイ酸はラットやマウスなどに記憶障害や海馬神経
.この食中毒により,
細胞死を引き起こすことが報告されている
.これま
患者数 107名のうち4名が死亡し,12名に記憶障害の後
でに,我々はマウスのドウモイ酸誘発性自発的 替行動障
遺症が残ったことから,この中毒は記憶喪失性貝毒中毒と
害がカイニン酸型グルタミン酸受容体アンタゴニストや
呼ばれた.記憶喪失性貝毒中毒の原因物質として興奮性ア
ミノ酸の一種であるドウモイ酸が同定され,ドウモイ酸は
group 及び group 代謝調節型グルタミン酸受容体ア
ゴニストにより予防されることや,ニコチンがドウモイ酸
記憶喪失性貝毒とも呼ばれるようになった.
誘発性自発的
ドウモイ酸は,その化学構造中に中枢神経の主要な神経
た
替行動障害を改善することを報告してき
.しかしながら,ドウモイ酸誘発性自発的
替行
伝達物質であるグルタミン酸やかつて駆虫薬として利用さ
動障害に及ぼすサブタイプ選択的な nAChR アゴニストの
れたカイニン酸と同様の骨格を有する.ドウモイ酸はカイ
作用については検討されていない.
ニン酸よりも強力なカイニン酸型グルタミン酸受容体アゴ
そこで,本研究はマウスのドウモイ酸誘発性自発的 替
ニストであり,カイニン酸と同様,海馬神経細胞の CA3
行動障害に及ぼすサブタイプである α4β2及び α7選択
領域を選択的に破壊することにより,ドウモイ酸中毒の特
的な nAChR アゴニストの作用を明らかにすることを目的
徴的な症状である記憶障害を引き起こすと
とした.
る
えられてい
.
方
グルタミン酸,N -methyl-D-aspartate 及びカイニン酸
などのグルタミン酸受容体アゴニストにより誘発される神
法
1.実験動物
経毒性や行動毒性は,ニコチン性アセチルコリン受容体
実 験 に は,6∼7 週 齢 の ddY 系 雄 性 マ ウ ス(日 本
(nAChR)アゴニストのニコチンにより抑制されることか
ら,ニコチンによる神経保護作用が指摘されている .
SLC)を 用した.動物は,入荷後約1週間,室温 22±
2℃の明暗サイクル(明期,6:00∼18:00)環境下で飼
また,ニコチン性アセチルコリン神経系は,注意力や記
育し, 及び水は自由に摂取させた.
憶・学習などの認知機能に密接に関連している
2.実験手順
.中枢
神経系の nAChR には,それぞれ5量体からなる α タイ
プと αβ タイプがあり,さらに α タイプには α2,α5,
自発的 替行動の測定にはY字迷路(アーム長 40cm,
壁高 12cm,上部幅 10cm,床幅3cm)を 用した.
α7,α8及び α9のサブタイプが,αβ タイプには α3
β4,α4β2及び α6β3のサブタイプがあることが知ら
自発的 替行動の測定は,Sarter et al.(1988)の方法
に準じて行った .マウスをY字迷路内に置き,8 間に
れている .なかでも α4β2nAChR と α7nAChR は注
わたって迷路内を自由探索させ,マウスが選択したアーム
意力や作業記憶など認知機能に重要な役割を果たしている
を順に記録した.マウスが測定時間内に各アームを選択し
109
た 回 数 を 記 録 し,こ れ を
アーム 選 択 数(total arm
)とした.次に,この中から連続して異なる3本
entries
のアームを選択した組み合わせを調べ,この数を 替行動
3.
数とした. 替行動数を アーム選択数から2を引いた数
トの影響を検討した.
で割り,その値に 100を掛けて求めた数値を
発性自発的 替行動障害に及ぼす選択的 nAChR アゴニス
替行動率
(alternation behavior(%)
)とし,これを自発的
動の指標とした.
察
Y字迷路を用いてマウスの記憶喪失性貝毒ドウモイ酸誘
ニコチン性アセチルコリン神経系は,注意力や記憶・学
替行
習などの認知機能に密接に関連している
.また,中枢
神 経 系 に お け る 主 要 な nAChR は α4β2nAChR と α7
3. 用薬物と投与方法
nAChR のサブタイプに大別されている.
nAChR アゴニストのニコチンは,α4β2nAChR を介
ド ウ モ イ 酸(Domoic acid, Sigma 社 製)
,ABT-418
(3-methyl-5[(2S)-1-methyl-2-pyrrolidinyl]isoxazole
して注意機能障害を改善することが報告されている
.
hydrochloride, Sigma-RBI 社 製), RJR-2403( N methyl-4-(3-pyridinyl)-3-butene-1-amine hemigalac-
また,ニコチンは α7nAChR を介して学習・記憶障害を
tarate, Sigma 社 製), anabasine((±)-anabasine,
Sigma 社製)を 用した.これらの薬物はすべて生理食
られている海馬長期増強現象を増強すること
塩水に溶解した.ドウモイ酸は,自発的
改善すること
や学習・記憶の電気生理学的基盤と
え
が報告さ
れている.
替行動測定の
24時間前にマウスへ単回腹腔内投与した.ABT-418,
RJR-2403,anabasine は,自発的 替行動測定の 20 前
に単回皮下投与した.対照群には 10mL/kg の 0.9%生理
食塩水を投与した.
4.統計学的処理
各実験において
用した動物数は1群あたり 15匹とし
た. 替行動率及び
アーム選択数は平 値±標準誤差で
表した.二群間の比較には t 検定を用い,三群以上の比較
には,一元配置 散
析を行い,有意差が認められたもの
については,Dunnett の多重比較検定を行った.なお,こ
れらの統計処理では,原則として危険率を5%とした.
結果及び
察
1.マウスのドウモイ酸誘発性自発的 替行動障害に及ぼ
す選択的 α4β2nAChR アゴニストの影響
ドウモイ酸誘発性自発的 替行動障害に及ぼす選択的
α4β2nAChR アゴニストの影響を Fig.1 及び2に示す.
ドウモイ酸(3mg/kg)は対照群と比較しマウスの 替行
動率を有意に低下させた(Fig.1A)
.これに対し,マウス
の
アーム選択数はドウモイ酸による影響は認められな
かった(Fig.1B).ドウモイ酸による
替行動率の低下は
選 択 的 α4β2nAChR ア ゴ ニ ス ト の ABT-418(0.01及
び 0.1mg/kg)及 び RJR-2403(3及 び 10mg/kg)に よ
り用量依存的かつ有意に改善された(Fig.1A 及び 2A).
また, アーム選択数は選択的 α4β2nAChR アゴニス
トによる影響は認められなかった(Fig.1B 及び 2B)
.
2.マウスのドウモイ酸誘発性自発的 替行動障害に及ぼ
す選択的 α7nAChR アゴニストの影響
ドウモイ酸誘発性自発的 替行動障害に及ぼす選択的
Fig.1 Effects of ABT-418 on Domoic Acid-induced
Impairment of Spontaneous Alternation (A)
and Total Arm Entries (B) in Mice
α7nAChR アゴニストの影響を Fig.3 に示す.ドウモイ
酸による 替行動率の低下は選択的 α7nAChR アゴニス
Domoic acid (3 mg/kg,i.p.)was administered 24 hours before the
test. ABT-418 (0.001-0.1 mg/kg, s.c.) was administered 20 min
before the test.Data are expressed as the mean±S.E.M.(vertical
bars).The number of mice used are shown in the columns. * p<
0.001 vs. saline treated-group;♯♯ p<0.01;♯♯♯ p<0.001 vs.
domoic acid alone.
ト anabasine(0.3∼3mg/kg)で は 改 善 さ れ な かった
(Fig.3A)
.また, アーム選択数は anabasine による影
響は認められなかった(Fig.3B)
.
110
そこで,ドウモイ酸誘発性自発的 替行動障害に及ぼす
セチルコリン神経の神経終末に存在することが知られてい
サブタイプ選択的な nAChR アゴニストの影響を検討した. る
.ドウモイ酸により海馬グルタミン酸神経細胞が
ドウモイ酸による 替行動率の低下は,anabasine では
改善されず,ABT-418 及び RJR-2403 により用量依存的
破壊されることから,海馬グルタミン酸神経の神経終末に
かつ有意に改善されたことから,ドウモイ酸誘発性自発的
的 α7nAChR ア ゴ ニ ス ト の anabasine が 効 果 を 示 さ な
替行動障害には選択的 α4β2nAChR アゴニストが有
効であることが示唆された.
かったものと推察される.この仮説は,ドウモイ酸誘発性
本研究において,選択的 α4β2nAChR アゴニストの
ABT-418 及び RJR-2403 がドウモイ酸誘発性自発的 替
行 動 障 害 を 改 善 し,選 択 的 α7nAChR ア ゴ ニ ス ト の
nAChR ではなく α4β2nAChR を介する と い う 報 告
からも支持される.
anabasine が改善しなかったという結果から,次のような
仮説が えられる.
行動障害に及ぼすサブタイプ選択的な nAChR アゴニスト
海馬において α7nAChR はグルタミン酸神経の神経終
障害は選択的 α4β2nAChR アゴニストにより改善され
末に,α4β2nAChR は中隔から海馬へ投射しているア
ることから,α4β2nAChR アゴニストにドウモイ酸中
存在する α7nAChR の機能が障害されたことにより選択
自発的
替行動障害に対するニコチンの改善作用が α7
以上より,マウスにおけるドウモイ酸誘発性自発的 替
の影響を明らかにした.ドウモイ酸誘発性自発的 替行動
Fig.2 Effects of RJR-2403 on Domoic Acid-induced
Impairment of Spontaneous Alternation (A)
and Total Arm Entries (B) in Mice
Fig.3 Effects of Anabasine on Domoic Acid-induced
Impairment of Spontaneous Alternation (A)
and Total Arm Entries (B) in Mice
Domoic acid (3 mg/kg,i.p.)was administered 24 hours before the
test. RJR-2403 (1-10 mg/kg, s.c.)was administered 20 min before
the test. Data are expressed as the mean±S.E.M . (vertical bars).
The number of mice used are shown in the columns. * p<0.001
vs. saline treated-group;♯ p<0.05;♯♯♯ p<0.001 vs. domoic
acid alone.
Domoic acid (3 mg/kg,i.p.)was administered 24 hours before the
test.Anabasine(0.3-3 mg/kg,s.c.)was administered 20 min before
the test. Data are expressed as the mean±S.E.M . (vertical bars).
The number of mice used are shown in the columns. * p<0.001
vs. saline treated-group.
111
毒による記憶障害に対する治療薬としての可能性が示唆さ
れた.
文
献
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