日系中小企業の香港への進出をめぐる課題と異文化接触 Facing

日系中小企業の香港への進出をめぐる課題と異文化接触
Facing Problems and Cross-Cultural Interaction
when Japanese Small and Medium Enterprises Come to Hong Kong
周
小鳳
香港理工大学
要旨
日本経済の低成長が続くなかで、近年、海外進出が中小企業にも広まっており、今
後も増加することが推測される。しかしながら、海外進出には法律や規制、経営習慣
などさまざまな点で解決しなければならない問題も多い。特に、中小企業は大手企業
の海外展開段階と同じように進めることができず、海外事業の経験がない経営者にと
って海外進出のハードルは高くなるだろう。そこで、本稿では、香港へ進出する中小
企業が経験する異文化経営、日本人・香港人の考え方、企業文化などについて 1 人の
日本人社員に半構造化インタビューを行い、そこから生じた問題の背景や要因につい
て議論する。
キーワード:
異文化接触、海外への進出、カルチャーショック
学生・院生の研究ノート
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日系中小企業の香港への進出をめぐる課題と異文化接触
周
小鳳
香港理工大学
1.
はじめに
現在の日本では、海外進出が中小企業1にも広まっており、中小企業基盤整備機構
(2011)が発表した「平成 23 年度中小企業海外事業活動実態調査」によれば、その中
小企業の中には海外進出のノウハウを持っていないものもあるという。このような中
小企業や初めて海外へ進出する企業は、多国籍企業2の縮小版や多国籍企業化の初歩的
なプロセスと同じように進めることはできず(山澤, 2006)、独自の道を歩まなけれ
ばならない。そのため、これらの企業が国際化に伴って生じる課題や異文化接触は従
来のものとは異なる恐れがあり、独自の調査をする必要があると考えられる。そこで、
本調査では、香港にある小規模の日系企業に焦点を当て、海外進出にはどのような問
題があるのか、また、そこで働く人々はどのような異文化接触を経験し、どんなカル
チャーショックを体験しているのかを探ることにした。
2.
先行研究
周(2003)は、異文化経営を経営者の経営活動拠点が自国と異なる国で、異なった
文化的背景を持った人々に対応することができる経営方法であると定義している。そ
して、一般的に異文化接触は「2 つ以上の異なった文化が、直接または、 間接に接触
すること」(中村, 2001, p.112)であると定義されている。
日系企業の海外進出の成功要因としては、1)すぐれた製品技術、2)生産設備の優
位性、3)生産管理ノウハウの優位性、4)日本的経営のノウハウが重要であり、その
技術やノウハウを現地文化に沿った形で転移していく国際経営資源が重要であると指
1
2
中小企業基本法第二条によれば、中小企業の範囲については次の通りである。
一、 資本金の額又は出資の総額が三億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が三百人以
下の会社及び個人であり、製造業、建設業、運輸業その他の業種(次号から第四号までに
掲げる業種を除く。)に属する事業を主たる事業として営むもの
二、 資本金の額又は出資の総額が一億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が百人以下
の会社及び個人であり、卸売業に属する事業を主たる事業として営むもの
三、 資本金の額又は出資の総額が五千万円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が百人以
下の会社及び個人であり、サービス業に属する事業を主たる事業として営むもの
四、 資本金の額又は出資の総額が五千万円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が五十人
以下の会社及び個人であり、小売業に属する事業を主たる事業として営むもの
山澤(2006)によれば、多国籍企業の定義については、ハーバード多国籍企業研究プロジェクト
の多国籍企業の定義、①雑誌『フォーチュン』誌に掲載の米国鉱工業最大 500 社に含まれ、②25%
超出資海外製造子会社が 6 カ国以上に所有し、③他の子会社ではないことを準用している。
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摘されている(吉原, 1984)。だが、山澤(2006)によると、国際経営論の研究対象
はこれまで多国籍企業か大企業が大半となっており、中小企業の国際化の研究は充分
になされているとは言えないという。今後益々増大が期待される中小日系企業の海外
進出を議論するためには、更なる調査が必要とされているだろう。また、山澤(2006)
は、企業規模が企業文化の形成や異文化侵入に大きな影響を与えていると指摘し、現
地の企業の規模が小さければ小さいほど、異文化を受け入れなくなる傾向があると述
べている。しかし、会社の進出形態や商流などの経路による異文化の侵入や接触とは
異なり、企業規模が小さい場合は果たして異文化を受け入れなくなる傾向があるのだ
ろうか。
周(2003)によれば、日本と中国の歴史や習慣、言語、コミュニケーション・スタ
イルなどは大きく異なっており、両国の経営管理システムも様々な面で異なっている
ということが明らかになっている。香港は中国文化に属してはいるが、歴史的・地域
的な要因から多少の違いがある。その中で、香港へ進出する外資系企業は、どのよう
な異文化経営と異文化コミュニケーションがあるのだろうか。
そして、何(2010)では、日本語学習者が日本の企業文化を理解していないため生
じる問題が日本人にとっては違和感を感じるとし、ビジネス日本語教育では、企業文
化や日本のビジネスする姿勢について積極的に紹介する必要があると提案している。
そこで、香港の日系企業でどのような企業文化があるのかを考察し、実際になぜこう
いう文化があるのか本調査では議論したい。
本調査では、以下の3つの点について議論したいと考えている。
1.
会社の進出形態や商流などの経路による異文化の侵入や接触とは異なり、企業
規模が小さい場合は果たして異文化を受け入れなくなる傾向があるのだろうか。
2.
香港へ進出する外資系企業は、どのような異文化経営と異文化コミュニケーシ
ョンがあるのだろうか。
3.
香港の日系企業でどのような企業文化があるのかを探り、実際になぜそのよう
な文化があるのだろうか。
3.
調査の概要
本調査では、香港にある小規模3の日系企業に焦点を当て、海外事業展開にどのよう
な異文化経営があるのかを探るため、日系企業に勤める調査協力者に半構造化インタ
3
中小企業基本法第二条によれば、「小規模企業者」とは、おおむね常時使用する従業員の数が二
十人(商業又はサービス業に属する事業を主たる事業として営む者については、五人)以下の事
業者をいう。これにより、本稿では「小規模企業」は従業員の数が二十人以下の会社をいう。
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日系中小企業の香港への進出をめぐる課題と異文化接触
ビューを行った。調査協力者は、香港にある小規模の日系企業で働いている 40 代日本
人営業シニア・マネージャーの I 氏である。営業や事業計画についてこれまでかなり
の経験があり、香港の現地企業と香港にある日系企業と商談することが多い。
調査協力者 I 氏が働いている日系企業の親会社は日本国内では上場企業ではあるが、
これまで海外進出には消極的な姿勢をとってきていた。親会社における海外事業部を
設立してから6年であり、香港以外には中国の H 市にも事業展開している。また、M
国にも事業展開したことがあったが、最終的には撤退してしまった。香港へ進出して
からはまだ 4 年であり、香港支社の社員数は現在 5 名(日本人駐在員 4 名、香港人社
員 1 名)である。香港への進出形態は香港のローカル会社とパートナーシップの形で
事業を展開している。
インタビューは 2013 年 10 月に実施し、香港へ来る前の香港に対するイメージ、香
港での異文化経営と異文化接触の体験、そして香港事業を展開する際の問題点を中心
に 1 時間ぐらい録音しながら行った。
データの分析では、まず全てのインタビュー・データを書き起こしたものを読みこ
みながら、香港における日系会社である異文化経営と異文化接触についてカテゴリー
化を行い、分析を行った。インタビュー・データから直接本文に引用した箇所は「」
で示す。
4.
結果と考察
4.1
異文化経営
周(2003)は、企業経営の考え方や価値観などは文化によって異なるため、各国の
企業経営の管理制度やシステムはそれぞれ違っていると述べている。I 氏が勤める会
社も海外進出の初めのころ、海外経験が少なかった。I 氏は香港側のことを理解しよ
うと試みたが、日本側がそれを理解せず、自社の既存の管理制度やシステムで海外の
事業を展開しようとした。そのため、現地の会社や人間との摩擦が生じてしまってい
る。
一番大きな問題は、異文化との摩擦ですね。私達は香港にいるから、異文化について
理解してる、その通りだけど。日本サイドは、それは理解できない。
(中略)日本にい
れば、日本の基準で考えちゃう。
また、生活環境に影響され、物事に関する発想が異なっていることも影響している。
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日本のルールで考えちゃうから、日本にいれば、だから、香港からの連絡が入っても、
これはおかしいだろうとか、それはありえないだろうとか。何でこういうふうにでき
ないのとか。それは日本にいるから、そういう発想になるけど、ここ(香港)にいた
ら、それはそういう発想にはならない。
次に、利益に対する日本と香港の考え方では、香港では目先の利益を優先し、日本
では長期的に利益を計画する傾向がある。何(2012)は、ビジネスの経営方式につい
ては、香港では目先の利益を上げられるかどうかを重視するが、日本では客との関係
をどのように長く保つことができるのかを優先すると指摘している。同様に調査協力
者である I 氏も次のように述べている。
ビジネスの仕方が日本と香港大きく違うのは、香港人は今の利益を大事にする。今、
そこにある利益を欲しがる。日本人はそうじゃなくて、10 年先、20 年先の利益を重視
して、今までの利益はどうでもいいという、長い目で。
また、香港で成功している会社として不動産会社であるのは次のような理由であると
I 氏は語った。
ほら、香港で成功してる会社というのは、不動産会社が多いけど、あれは今目先にあ
る利益を取れば、儲かるビジネスだから、それと私は香港の不動産会社が成功してる
と思うけど、プロダクツとかサービスとか、そう言ったもので長いうえで、考え成功
する会社ないじゃないですか。
このように、日本と香港の企業の考え方や基準などが異なるため、現地化されてい
ない日本企業に対しては、異文化摩擦が頻繁に生じてしまう。それは日本の企業は海
外進出の経験が少なく、そして自らの生活環境から発想が生まれてこないからだろう。
だが、海外で駐在している者は、現地の影響を受け、自らの考え方が徐々に変わって
いく可能性もある。
筆者:え、香港の、あの、ちょっと未来、将来のことだけど、香港で得た、もらった
その経験で、日本に戻ったら、ちょっとこういう考え方が変わるかな、こうい
う時があるかなと思いますか。
I 氏:思います。思いますよ。(I 氏)
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日系中小企業の香港への進出をめぐる課題と異文化接触
4.2
異文化接触-日本人のネガティブ思考
大辞泉によると、ネガティブ思考、または、マイナス思考とは、「物事を消極的、
受動的、悲観的な方向に傾斜した考え方を行う傾向」であるという。I 氏も「日本人
は何に関しても、ネガティブに入って、最初から無理だという」と述べるように、I
氏もネガティブ思考を持っていると述べている。このネガティブ思考があるため、機
会を逃したり、海外事業展開の際に消極的な姿勢をとっていたりすることがあるため、
他国の人と接触するには障害になることもある。以下、お金に対するイメージ、約束
の重要性、企業文化と海外進出に対する考え方での I 氏のネガティブ思考を議論し、
海外に進出する際に生じる問題を分析する。
4.2.1
お金に対するイメージ
I 氏は香港の人々と接触し、「お金に対する部分は大きく違う」と述べている。
あの、アニメ『一休さん』を知っている?(中略)ま、日本人の今くらいの私の年だ
ったら、みんな知ってるアニメだけど、お金持ちの人がみんな悪い役なの、それだけ
じゃなくて、日本の番組でも、お金持ちであると悪い人。それがもともとの日本の文
化だったんだけど、だから、日本人も昔はお金持ちでも、お金持ちの振りをしなかっ
た。お金持ちであることを隠したんですけど、
(中略)私はその古い考え方があるだか
ら、やっぱりそんなにお金持ちが出っ張るのはよくないと思う。
I 氏は日本人と香港人ではお金に異なるイメージを持っているという。I 氏は、特に
年上の日本人はお金持ちが悪い人と考えており、お金があっても隠すことにし、逆に
香港人がお金持ちに対しては「成功した人、いい人というイメージ」と思っているよ
うであると考えている。このように、I 氏がお金持ちに悪い人というようなイメージ
がある日本人はネガティブ思考であり、お金持ちは成功した人、いい人とのようなイ
メージがある香港人はポジティブ思考であると考えているようだった。また、何(2010)
によると、香港人は「何よりもまず『金銭第一』という主義」(p.253)があると述べ
ている。日本人と香港人ではお金に対する思考が大きく違い、日系企業は香港へ進出
する際、それに関するカルチャーショックが多いだろう。
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4.2.2
約束の重要性
I 氏は日本人と香港人が約束に対しての重要性が異なっていると感じているようで
ある。何(2010)は、日本人は計画通り仕事をするが、香港人は臨機応変に仕事をす
ると述べており、I 氏の考えと一致する。
例えば、え、ある機械を出すのに、打ち合せをして、日本人は、え、メンテナンス 1
日、チェック 1 日で、運ぶ 1 日、3 日かかるとします。それをちゃんとお客様に 3 日
納品にしますという打ち合せをします。香港人はお客さんが明日欲しいと言ったら、
「モーマンタイ(無問題)モーマンタイ(無問題)」といって
、お客さんと約束し
ます。でも、実際始まると、え、そのスケジュールは現場に出せません。
日本人が約束を重視するため、計画をきちんと立ち、客と打ち合わせする。香港人は
よく確認せず、客と約束することが多い。そして、日本では日本人、韓国人と中国人
がものを作ることについて以下のようなジョークがあると I 氏は述べた。
日本人は何でもできないという、できないという、日本人はできないという、韓国人
はできるという、中国人はもうできたという。
あの、すごいものを作る話で、日本人と打ち合わせすると、それはできませんよ。無
理です。日本人はすぐ言う。韓国人は、あ、それはできます。私達ができます。中国
人はもう作ってる、できた。
このジョークでは中国人はもう作っていると言うが、「できてない」というのは実際
のことである。ここで、「日本人は何に関しても、ネガティブに入って、最初から無
理だという」ことと一致するのである。日本人が確認できないことに約束をしない傾
向があり、中国人は積極的に目先の機会をつかむことにすると言えるだろう。それで、
中国人より日本人がよい機会を逃すことが多い、海外へ展開することも躊躇いと思え
るだろう。
4.2.3
企業文化-残業と有給休暇
生活環境から影響を受け、I 氏が自分自身も気づかなかった悪い文化や習慣も存在
しているという。
日本のいい部分はもちろんあるんだけど、え、日本の悪い部分もいっぱいあって、そ
れがやっぱり香港に来て、え、外から見て、え、あ、ここは間違ってたことがいっぱ
いあります。
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日系中小企業の香港への進出をめぐる課題と異文化接触
日本の会社での悪い文化というと、残業が多い、有給休暇を取らないことだという。
日本だと、え、会社が終わって、5時半だったら、5時半になって、帰る人はいませ
ん。なぜかと言うと、上司が仕事をしてたり、そうすると、その人が帰るまで帰らな
い。えっと、他の人がいたら、帰らない。じゃ、いつみんな帰られるなという。それ
は、みんなが諦めたら帰る。
最初から退勤時間になるとすぐ帰れると思っていれば、勤務時間では仕事を一生懸命
やって終わるようにするという積極的な考え方を持っているのではないだろうか。し
かし、日本の会社では、規定上残業をあまりすすめられないが、上司や仕事の現場に
よっては黙認されていることが多い。いずれしても「今日も遅いから」や残業をやら
なければならないという消極的な考え方があるので、「自分の仕事のフェイズはどん
どん遅く」なることになる。香港の場合、おそらく日系企業との接触がないため、退
勤時間になるとすぐ帰るようにがんばって仕事をする人が多いと思われる。また、I
氏が「有給を始めて取ったのは香港来てから」と述べるように、日本では有給休暇を
取る人があまりいないということが窺えた。
みんなが仕事しているのに、自分が休むというのを、人を、他の人に迷惑をかけると
言うことなんで、有給取る人がいない。
例えば、「来週休みます。」「どうして休む?」「何かあったのか?」「え、旅行に
行きます。」「へぇ」
香港では、契約上認められている有給休暇という社員の権利を行使するのは問題がな
いと思われる。しかし、日本では2012 年の年次有給休暇取得率は49.3 %(表1)に
とどまっており(厚生労働省, 2012)、日本では有給休暇を取る人があまりいないとい
える。I氏が有給休暇を取るのは「他の人に迷惑をかける」と述べるように、有給休暇
をあまり取らない原因なっているのではないだろうか。
このように、残業と有給休暇の日本の現状からみれば、日本人は消極的な考え方を
持っている。そして、近藤(1981)が、日本人は集団で行動し、他者に依存する傾向
があると述べるように、他人を困らせないように配慮する日本人が、個人主義が強い
香港で生活すれば、カルチャーショックを感じながら、日本で気づかなかったことも
見られるようになってしまう。
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表1
4.2.4
労働者1人平均年次有給休暇の取得状況(厚生労働省, 2012)
海外進出に対する考え方
I 氏が「本社の人は誰も知らないというか、海外で何をやってるのかわかんない」、
「日本の本社の人間の 80%の人は海外事業部に反対してます」と述べるように、日本
にいる本社の人々が海外進出には消極的な姿勢をとってきていることが窺えた。
これはまた日本人の悪い部分だけど、今、会社がうまく行ってるのに、何でそんな海
外でやらなきゃいけない?リスクが高いんじゃないのか?今うまく行ってるだから、
このままいればいいんじゃないのか?まだ、日本にあってビジネス チャンスがいっぱ
いあるっていう考え方はほとんどです。
実は、最近も、中国で大きな問題がありまして、日本人、本社の社員ほとんどの人は、
「やっぱり、ほら、海外はリスク高いじゃないか」「俺達が稼いだだろう」「利益を
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日系中小企業の香港への進出をめぐる課題と異文化接触
全部海外へ持っていく」いう言い方をしてます。(中略)そんなこともあって、M 国
は終わりました。
このことは、中小企業基盤整備機構(2011)が発表した「平成 23 年度中小企業海外事
業活動実態調査」でも、32.0%が「国内で手一杯の状態で、海外まで手が回らない」
という「海外拠点設置の必要性を感じていない理由」を報告しており、I 氏が述べた
日本にある本社の社員の声、「今、会社がうまく行ってるのに、何でそんな海外でや
らなきゃいけない?リスクが高いんじゃないのか?」と一致する。また、「撤退して
いく会社が多い」ため、日系企業は海外進出には消極的な姿勢をとっていることがわ
かる。
5.
おわりに
本稿では、香港における日系中小企業での異文化経営と異文化接触を考察し、香港
の中小企業ではどのような異文化経営と異文化接触・コミュニケーションを体験して
いるのかを探った。その結果、異文化経営では、日系企業が海外進出は最初のころ、
海外経験が少なかったため、日本の考え方や基準などで海外の事業を展開し、異文化
摩擦が頻繁に生じていることが明らかになった。次いで、本調査では、調査協力者が
勤務している香港の日系会社は小規模だが、会社の進出形態は香港のローカル会社と
パートナーシップの形で事業を展開するため、異文化体験が多く、先行研究で山澤
(2006)の論点と違う結果になった。また、異文化接触では、様々な日本人の考え方
や文化、習慣などから、日本人はネガティブな思考を持っているため、海外事業展開
の障害になっているのではないだろうか。しかし、海外へ出向経験がある日本人が海
外の生活環境に影響を受け、海外のことを理解しようとしており、日本に帰国すれば、
その経験で少しでも物事に関する考え方が変わるのではないだろうか。本稿は、海外
進出を行った会社の 1 人の社員に対するインタビューを中心に議論を進めているが、
一般化するためにはより調査数を増大する必要であると考えられる。今後、数社に調
査を進めることで、より日系中小企業の海外における進出を支援することができるの
ではないだろうか。そして、海外出向者が日本に帰国後、物事に関する考え方の変化
があるのかを調査する必要があるのではないか。
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参考文献
何志明(2010)「香港の日系企業における異文化コミュニケーションの問題-日本人社員に対する
調査から」『日本言語文芸研究』11, pp.232-256
何志明(2012)「香港の日系企業における異文化コミュニケーションの問題-香港人社員に対する
調査から」『日本学刊』15, pp.66-79
近藤裕(1981)『カルチュア・ショックの心理-異文化とつきあうために』創元社
周宝玲(2003)
「中日間の異文化経営と異文化コミュニケーション」
『立命館経営学』42(3), pp.151-178
中村久人(2001)「異文化接触と国際経営」『経営論集』54, pp.111-131
山澤正之(2006)「中小企業の異文化マネジメント-中小企業の国際進出に対する異文化への対応」
『大阪大学経済学会』56(3), pp.35-50
吉原英樹(1984)『中堅企業の海外進出』東洋経済新報社
厚生労働省(2012)「平成 24 年就労条件総合調査結果の概況:結果の概要(1 労働時間制
<http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/jikan/syurou/12/gaiyou01.html>(2014 年 10
月 5 日参照)
中小企業基盤整備機構(2011)「平成 23 年度中小企業海外事業活動実態調査」
<http://www.smrj.go.jp/keiei/kokusai/report/tenkai/070504.html>(2013 年 11 月 29 日参照)
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