重度知的障害児の思春期における発達と放課後保障

滋賀大学大学院教育学研究科論文集
103
第 12 号,pp. 103-114,2009
原著論文
重度知的障害児の思春期における発達と放課後保障
―― 事例分析を通して ――
園
田
佳
子†
Development and Support in After School for Children
with Severe Mental Retardation in Puberty
Yoshiko SONODA
キーワード : 重度知的障害,思春期,障害児学童保育,放課後保障,発達保障
なかでひとつの役割を持った存在として,自分
Ⅰ
問題の所在
にふさわしく,ほかの人からも是認される存在
としての自信を獲得するなど,自分自身のなか
1
障害児学童保育の意義
に中核となる「自己認識」を形成するための,
障害児の放課後保障は,第一に障害児の余暇
初期段階に位置しているといえる。
の権利保障,第二に子育ての社会化 (障害児の
家族への子育て支援と就労保障),第三に,第
3 障害児の思春期
一の余暇の権利保障と第二の子育ての社会化を
大久保 (1993) は,障害種別や障害程度を明
通じての発達保障 (障害児自身の人格発達の保
確に示していないが,発達障害をもつ子どもが
障,第三の居場所としての時間,空間,仲間の
思春期においてみせる特徴的な姿として,以下
1)
保障) という意味を持つ (黒田 2005) 。
2004 年に結成された「障害のある子どもの
の 5 点を挙げている。1) 成長に伴って,子ど
もが自己主張をより強くするようになり,それ
放課後保障全国連絡会」が 2005 年に行った調
が両親に戸惑いを与え親子の対立を引き起こす,
査では,障害児の放課後保障を目的とした事業
2) 身体的に両親に匹敵する,あるいはそれ以
体は全国に約 500 箇所存在し,約 1 万 2 千人が
上に成長し,一般的に両親の物理的なコント
在籍していることが明らかになっている。
ロールが及びにくくなる,3) 興味関心が拡大
し,行動がより広い範囲に及び,理解力が十分
2
思春期とは何か
でないことと関係して,周囲との軋轢が増加す
思春期は,身体的心理的な変化の大きい時期
る,4) 二次性徴が明らかになり性的と見られ
であるというだけでなく,青年期において最も
る行動を示すようになり,親を含め周囲に戸惑
重要な課題 (=「自分とは何か」ということに
いを与える,5) 強迫的な傾向が強まり,子供
自ら答えをだすこと) を達成し,自分が社会の
が悪化したような印象を受ける2)。
これらの項目は,筆者が放課後保障実践を通
†障害児教育専攻 障害児教育専修
指導教員:白石恵理子
して感じてきた,思春期を迎えている子どもた
ちの特徴的な姿と共通している部分も多い。具
104
園
田
体的な姿としては以下の 4 点が挙げられる。1
つめは,大人への直接的な要求の減少である。
佳
子
に感じていた。
以上から物理的な面で完全な自立が難しい重
2 つめは,仲間の行動への注目の増大 (あこが
度知的障害児の場合にあっても,心理的な面に
れ,世話焼き,まねっこ) と他者への気持ちの
おいて思春期的な変化が多様な方法で表現され
高まりである。3 つめは,大人との関係よりも
ている可能性があると推察される。さらに,学
子どもどうしの関わりを求める姿である。4 つ
校や家庭など基本的な生活の流れから一歩離れ
めは,体力がついてくる,身体的に成熟してく
てゆとりの時間を過ごすことのできる障害児学
るということである。
童保育においては,それぞれの子どもがより多
様な行動で,より直截的に心理的な変化を表現
4
思春期における障害児学童保育の意義
しているのではないかと推察する。
思春期は子どもたち一人ひとりが身体面での
Ⅱ
急激な変化を迎えながら,家庭から離れたとこ
目的と方法
ろで興味や関心を軸に自分の世界を広げ,自ら
仲間を選びとりながら経験を積み重ねていく時
1
目
的
期である。その過程において自分の存在意義を
本稿では重度知的障害をもつ自閉症児 A の
確認し肯定的な自己認識を培っていくことが求
事例分析を行い,A の乳幼児期からの変化を
められている。
振り返ることで A の思春期における変化や特
障害児学童保育とは家庭や母親との関係から
徴を明らかにする。
離れ,学校終業後のひと時を使って仲間ととも
A を事例分析の対象としたのは,筆者がこ
に自分自身の感覚と思考を試すことが保障され
れまで関わってきた子どものなかでも思春期的
ている場である。知的な障害がある場合でも子
な変化が大きい子どもであった為である。A
どもたち自身の発達の力やこれまでの生活経験,
の思春期的な変化を理解し,実践を展開させる
学校で学習したことをもとに主体的な気持の膨
過程において,筆者は何度も障害児学童保育と
らみを動機に活動に向かい,自己を実現するこ
は何か,放課後保障とは何か,重度知的障害児
とができる場となり得ると考える。
における思春期とは何かといった根源的なテー
しかしながら,知的な障害がより重度である
マに立ち戻らされた。A の思春期的な変化が
と生活基本動作を行うことに大人の介助を必要
放課後保障実践においてどのような姿として現
とする場合や,行動や他者とのコミュニケー
れるのかを検証し,障害児学童保育での放課後
ションに困難が伴う場合がある。これらの点が
保障実践が A の思春期にとってどのような意
影響して思春期において子どもたちがどのよう
義があったのかを明らかにする。さらに重度知
に自己を確立しようとしているのか,他者が明
的障害児における思春期の発達にとって放課後
確に把握できないことが多い。また障害が重度
保障実践の役割や発達的意味,今後の課題につ
であるほど大久保が示している周囲との軋轢が
いて考察する。
増加する,周囲への戸惑いを与えるなど障害児
の思春期における特徴が,より深刻な状況と
2
なって現れやすい。結果として,思春期に肯定
(1) 対象者 A (女
的な自己認識を得にくい場合も少なくないと推
察する。筆者が指導員として勤務した障害児学
童保育所にも重度の知的障害がある子どもが多
方
法
成育歴の概要
1991 年 4 月生まれ (特別支援学校高等部 2 年)
2 歳
く在籍しており大久保の指摘に共感する経験も
多い。
しかし,障害種別や障害程度に関わらず多く
自閉的傾向がある知的障害
児と診断される。
4 歳
療育施設に通い始める。
5 歳
地域の保育園に通い始める。
(療育施設と並行通園)
の子どもたちが,小学部 5 年生頃を境に遊びの
質や集団への参加の仕方に変化があると日常的
17 歳) について
6 歳
県立養護学校 小学部に入学
重度知的障害児の思春期における発達と放課後保障
11 歳
障害児学童保育所 S を利用
105
り調査の記録
障害種別:知的障害,自閉的傾向
Ⅲ
「新 版 K 式 発 達 検 査 2001」を 2007 年 9 月
(16 歳) に実施した結果
認知・適応領域
3 歳 3ヶ月
言語・社会領域
2 歳 3ヶ月
学童保育所利用年数:2008 年度で 7 年目
家族構成:父,母,本人,弟 (中学 2 年生)
(2) 方
法
A についての 1995 年度 (4 歳) から 2007 年
1
A の生活,成長,発達における
時期区分ごとの特徴
時期区分
A に関する記録を分析した結果,A のこれ
までの変化を区分すると,以下の 4 つ (Ⅰ期〜
Ⅳ期) に区分することができる。
Ⅰ期:乳幼児期〜小学 2 年生
度 (15 歳) までの記録から,以下の 2 点につ
Ⅱ期:小学部 3 年生〜小学部 4 年生
いて検討する。
Ⅲ期:小学部 5 年生〜中学部 1 年生
1) A の生活,成長,発達における時期区分ごとの特
Ⅳ期:中学部 2 年生〜中学部 3 年生
徴の分析と検討
A に関する記録からこれまでの生活の様子,
A の時系列による変化の様子について,身
体の変化と生活面の特徴,要求等の表現,社会
成長,発達における行動の変化等に着目し,特
性,母親の振り返りの 4 つの観点において検証
徴的な記述や頻出している記述を抜き出しその
する。
変化の様子を明らかにする。その際,思春期に
焦点をあてて検討することから,二次性徴など
の身体的変化と生活面の特徴,要求等の表現,
2
身体の変化と生活面の特徴の変化
Ⅱ期以降目的的に行動することが増え,その
社会性,の 3 点に関する記述と 2008 年 1 月に
目的に執着するようになっているなどの変化が
行った A の母親への聞き取り調査の内容に着
見られる。
目し,日常生活のなかで思春期の大きな特徴と
Ⅲ期に初潮があり二次性徴を迎えている。Ⅰ
もいえる自己意識の芽生えがどのように表れて
期,Ⅱ期ではほとんど見られなかったが,Ⅲ期
変化しているのかを分析する。また,思春期は
以降体調不良で学校を休むことも出てくる。
親からの心理的離乳の時期であるといわれてい
Ⅳ期に入ると身体的な二次性徴の変化は落ち
ることから,母親がそれぞれの時期に A や,
着き始める。一方でⅢ期にも見られつつあった,
A と母親自身との関係をどのようにとらえて
生活基本動作への執着がより強まりを見せるよ
いるのかについても整理する。
うになる。
2) 障害児学童保育所での保育実践における A の変
化の分析と検討
Ⅰ期には生活において大きな場面の転換を理
解できないことが,A の激しい情緒の乱れを
障害児学童保育所の A の個別記録や,実践
招いていた。しかし,Ⅲ期以降は自分のつもり
記録,職員の振り返りをもとに A の学童保育
やペースにこだわり,それが守れない場合や周
所での放課後の過ごし方と,A の姿をふまえ
囲の騒がしさに不快感が高まり,情緒が乱れ,
た実践の相関関係を明らかにし,A の様子の
激しさを伴った行動を見せるようになっている。
変化と実践の関係性を明らかにする。
なお,検討に用いる記録は以下の通りである。
ⅰ 療育施設のあゆみ
3
要求等の表現の変化
A はⅡ期に大人からの教育的な働きかけの
ⅱ 学校の通知表 (中学部 3 年生まで)
結果として,積極的に要求を表現するように
ⅲ 学校の連絡帳 (中学部 3 年生まで)
なっている。Ⅲ期には自分ひとりで楽しかった
ⅳ 障害児学童保育所の個別記録 (小学部 5 年
活動に再度取り組んだり,大人に対する要求の
生から中学部 3 年生まで)
ⅴ 障害児学童保育所の保育日誌
ⅵ 2008 年 1 月に行った A の母親への聞き取
表現がより具体的になったりと,A の要求の
表現の内容や表現の幅が拡がっている。
一方,Ⅲ期以降 A が周囲の人の苦手な声に
106
園
田
不快感を強く表現するようになっている。加え
佳
子
おける A の変化を検討する。
て自分の要求が通らないことも依然として情緒
利用開始から 5 年間で,A の他者との関係
不安定になる要因であった。A が自身の不安
性や A の行動面での特徴に変化が見られた。
定さや不快感をかみつく,ひっかくという行動
A の変化をうけて,保育者は活動内容の検討
で表現することが日常場面の多くをしめるよう
や保育集団の再構成を試みた。筆者は,A の 5
になっている。
年間の変化によって重度知的障害児の思春期に
Ⅳ期においては,自己をコントロールしよう
おける放課後生活の意義や,それにふさわしい
とする姿や達成感を特に大人と共有しようとす
活動や集団,場がどのようなものかということ
る姿が多く見られ,自分の行為を客観的にとら
を模索してきたといえる。
え始めている姿がある。
A の他者との関係性の変化や集団における
行動の変化,保育者による直接的,間接的な働
4
社会性の変化
A は,Ⅰ期から他者の行為を模倣している
きかけとその結果として見られた A の姿を時
系列にそって分析していく。
がⅡ期,Ⅲ期を通じてその対象が大人や家族か
ら同年代の子ども (友だち) へと広がっている。
1
また,Ⅲ期までは行動面での表面的な模倣が多
Ⅲの時期区分では,第Ⅲ期にあたる。
かったが,Ⅳ期においては友だちの横に座り同
小学 5 年生の時は「ブランコを押してほし
じように活動を展開しながら造形活動をするな
い」という要求を他者には明確に示しておらず,
ど,行動の目的や内容にも注目して模倣するよ
ブランコを押してくれた他者に対して特に好意
うになっている。
を抱いている様子も見られなかった。この時期,
対人関係においても同様でⅠ期では大人との
利用 1 年目
小学部 5 年生
学校や家庭など他の生活場面では,A は大人
関わりが主であったが,Ⅱ期以降友だちへと意
に対して自分からかかわりをもとうとしたり,
識を向けており,Ⅳ期では主体的にかかわりを
楽しかったことを自分から後で繰り返したりし
もつようになっている。反面,苦手な友だちの
ていたが,学童保育所では見られなかった。
行動と自身の気持ちとの折り合いがつかないこ
学校や家庭と学童保育所での A の姿の違い
とが原因で情緒が不安定になる姿も見られるよ
は,利用 3 年目にあたる中学部 1 年生までは感
うになってくる。
じられるが,中学部 2 年生以降においては感じ
Ⅲ期以降,A にとって他者との関係性が,
られなくなっている。小学部 5 年生から中学部
自分の行動を形成したり,調整したりする大き
1 年生までの様子をⅢで区分した時期とは異な
な要因となってきている様子や情緒のありよう
り,一年毎に区分して検討していく。
に大きな影響を与えている様子がうかがえる。
2
5
母親の振り返り
A の成長に伴い余暇を家庭外で過ごすよう
利用 2 年目
小学部 6 年生
Ⅲの時期区分では第Ⅲ期にあたる。
この時期は,全体として子ども集団が低年齢
に試みる,A が学校を始めとした社会のなか
化したり保育者の入れ替わりがあったりして,
で自分のつもりや気持と,直面した状況にどの
1 対 1 での対応を要する子どもが増えた。それ
ように折り合いをつけていくかを考えるなど,
に伴い保育形態が個別化しはじめていた。
社会と A との関わり方にも意識をむけるよう
になっている。
A は,要求を表現することが増えその内容
も変化し始めた。女性には手遊び歌,男性には
ダイナミックな遊びというように,自ら関わる
Ⅳ
障害児学童保育所での保育実践に
おける A の変化の検討
大人や遊びの内容を選んで要求することが日常
的になってくる。要求が叶うと笑顔を見せ,保
育者の顔を覗き込むなど満足感を得ている様子
本節では,障害児学童保育所での保育実践に
がうかがえた。一方で,要求が遮られるような
重度知的障害児の思春期における発達と放課後保障
107
場面,苛立ちや不快感を露わにすることも増え
されて動くことが多かったため,無意識のうち
た。
に保育者が言葉をかけることが多く,A が苛
また,保育者との関わりを軸にした遊び以外
立ちを露わにすることも増えていった。
で A が楽しめる活動も少なく,保育者が受け
そこで保育者は,大人のそれとは異なる A
止められない場面などでは,何もせず立ちつく
の意図が存在する可能性があると考えた。話し
す姿も目立つようになった。
言葉としての表現が限定的であり,他者と言葉
しかし,保育者だけでなく仲間集団にも A
でのやり取りが成立しにくいという A の現状
の関心や意識が広がり始めている。特に S (女
を踏まえて,A が可能な限りその意図を表現
当時高等部 3 年生) と K (男
できるように配慮した。
当時小学部 5
年生) に関心を示し,障害児学童保育所におい
具体的には,A の視界に入る範囲で活動を
て初めて仲間にかかわりを求める姿を見せた。
展開すること,A が周囲の子どもの動きを見
S や,K は,調理活動の際中心にいることが多
てから自分の動きを決めていけるような間を保
かった。調理活動は,比較的 A の関心の高い
障することで,保育者が A に対して直接言葉
活動の一つであったためか,活動が始まるとそ
をかけて次の動きを示すことや活動に誘うこと
ばに来て見ていることが多かった。A が調理
を控えた。
場面で S や K がとりわけ魅力的に感じたよう
また,A と K は遊びの好みに共通する点も
で,調理活動の間 2 人に近づいていくことが増
多くあったため,K が主体的に参加している
えた。それ以外の場面でも A が S や K の顔を
活動が A の視界の範囲内で展開されるように,
覗き込むなど,好意を寄せている様子がうかが
断続的ではあるが配慮した。
えた。
この時期の集団編成としては低年齢化,重度
反面,特定の子どもの泣き声や仕草に不快感
化し始め,これまで同様に子どもの主体性に任
を抱き,睨んだり,掴みかかったりといったマ
せた活動だけでは集団が形成されにくくなった
イナスの感情表現も見られるようになった。
ことから,一日あたり 12〜15 人の保育集団を
この時期は保育者との関係を楽しむことが多
3 つの小集団に分けたり,目安となる活動を保
かったが,好きな活動を楽しむだけでなくその
育者間であらかじめ設定したりという配慮をし
活動に参加している仲間の存在や行動も意識し
た。
自ら関係を築こうする姿も随所に見られ始めて
いる。
全体として保育実践の転換をはかるなかで,
A への配慮を実施したこともあっておのずと
A が視覚的にとらえる活動は小集団でおこな
3
利用 3 年目
中学部 1 年生
Ⅲの時期区分では第Ⅲ期にあたり,放課後活
動の利用日数は週 1 回から週 3 回に増える。
われることが多かった。
保育者の対応の変化を受けて A の姿は変化
していった。活動に視線を向けることはあって
前項で述べたように,A が仲間を意識した
もソファに座って動かずにいることが増えて
行動を見せるようになった反面,不快感が原因
いった。周囲の子どもたちが外出しても A が
で保育者や他の子どもに対して引っかいたりか
窓際やソファに座ったままで時間を過ごすこと
みついたりする姿が見られ始めたことを契機に,
が日常的になり,その姿から A が精神的にも
保護者と話し合いをもった。結果,A の生活
安定している様子がうかがえた。保育者は A
に学童保育に通うことが一連の流れとして定着
が「何もしない」ことを自ら選び取っていると
したほうがよいのではないかという結論に至っ
判断し,A の時間の過ごし方の一つとして保
た。
障するように努めた。
A の姿としては,保育者から次の行動に誘
しかし次第に 2,3 人の小さな集団であれば,
うような言葉をかけられると,途端に耳をふさ
仲間に対して関わりをもつなど A の仲間集団
ぎ,激しく興奮して相手にかみついたり引っ掻
への意識がより広がっていった。
いたりするようになった。A が大人から指示
K への関心がより高まっていることがうか
108
園
田
佳
子
がえる行動も増える。具体的には,K が活動
どを主体的に表現する一方で,生活の基本的な
に取り組んでいる際,K に近づきその行動を
動作や降車時など場面が大きく切り替わる際の
じっと見つめる,顔を覗き込んで笑う,手を出
行為に非常に強い執着を見せ,思い通りに実行
して同じ行動をし始めるなどの姿がよく見られ
できないと激しく泣き,他者にかみつく,ひっ
るようになる。
かくという姿が目立つようになってきた。
また,自ら関わりを持ちたがる保育者が女性
A が不快感や不満感の高まりを他者にかみ
のみになってきており,関わりがより濃密に
ついたり,引っ掻いたりする行為で表現した後,
なっていることも特徴的である。
その相手をなでたり,母親や保育者にわびるよ
さらに,これまで他の子どもの声に対する苦
うに甘えることも見られ始めている。この時期
手意識からか離れがちであった大きな集団での
の対人関係において最も特徴的な変化であると
活動においても,自信のあること (長縄跳び)
いえる。
なら張り切って参加することも増えてきた。
反面,他者に要求を受け入れてもらえない時
Ⅴ
や,A 自身の意図とは違う誘いをされた時,
発達検査による A の行動面での
特徴の分析
特定の子どもの泣き声だけでなく周囲の状況が
騒がしい時など A が不快感を抱いて敏感に反
1
「新版 K 式発達検査 2001」の結果から見
た A の発達的特徴
応する姿は,引き続き見られた。
筆者は,2007 年 9 月に A に対して「新版 K
4
利用 4〜5 年目
中学部 2〜3 年生
Ⅲの時期区分では第Ⅳ期にあたる。
式発達検査 2001」を実施した。
数値的な結果としては,認知,適応領域で 3
保育者に絵本の読んでほしいページを差し出
歳 3ヶ月,言語,社会領域で 2 歳 3ヶ月と判断
す,追いかけっこに誘うなど,保育者を具体的
され,両領域に大きな差が見られる。認知,適
な活動に誘う姿が見られるようになってくる。
応面の課題において直接的に課題を解決する行
保育実践のなかでは,A の大人への主体的な
動が多く見られる,言語,社会面の課題におい
かかわりを受け止めることができるように配慮
て対比的認識を獲得していないなど,A の発
した。同時に A や A と同年代の中学部以上の
達の状態が不均衡であり,発達段階として判断
子どもたちが手ごたえを感じられる活動内容を
することが困難である。
検討し,展開した。具体的に 1 例を挙げると年
齢が高い子どもたちだけで小集団を編成し,材
2
料を選び,購入する段階から調理活動を展開す
A に見られた行動面での特徴として,拒否
A の行動面での特徴
るといった活動である。A は年齢が近い子ど
の意図の表現が大きな動作を伴うこと,課題の
もとともにする活動は比較的落ち着いて取り組
意図が理解できなくても A なりの表現で答え
み,保育者の誘いかけにも柔軟に応じたり,拒
ようとすること,課題によって検査者との関係
否したりとするようになっていった。
が変化することがあげられる。
また,保育者と遊べないときには自分から好
加えて,A が他者との関係性を築く際,場
きなことを始める姿が見られるようになり,よ
面や他者の反応によって,態度や他者との関係
り主体的な時間の過ごし方が可能になっている。
性の捉え方を変化させやすい不安定さを伴って
保育場面では A の主体的な行動をできる限り
いることも明らかになった。
保障できるよう配慮した。
Ⅵ
また,苦手な子どもが泣き声を上げ始める,
考
察
室内が騒然とするなどの場面に直面すると,自
ら別室に移動し不快な状態を回避する行動をと
1
るようになった。
A の思春期における変化について述べる前
A が自分から関わる人や時間の過ごし方な
各時期区分における A の発達段階
に,A に関する記述からⅢの時期区分ごとに
重度知的障害児の思春期における発達と放課後保障
109
A の発達段階を判断することとする。また,
3 A の思春期にみられた特徴
発達的には自我の誕生や拡大が特徴とされてい
Ⅲで区分したⅢ期において身体面での発育や
る時期だが,発達的な特徴が A に表れている
変化が著しく,A の第二次性徴期であると考
かどうかを検討する。
えられる。分析の結果,A の思春期的な変化
(1) Ⅰ期 (乳幼児期〜小学部 2 年生)
が大きく表れたのは,情緒的な不安定さを引き
この時期,A の発達段階は 1 次元可逆操作
起こす要因の増大,大人の女性への密着姿勢の
獲得期であると考える。
高まり,仲間への同一化,生活における主体性
(2) Ⅱ期 (小学部 3 年生〜小学部 4 年生)
の出現,自己の行動を調整または修正しようと
この時期の A の発達段階は 1 次元可逆操作
する行動の出現,他者との関係性の変転しやす
期であると考える。
さの高まりの以下の 6 点においてである。
(3) Ⅲ期 (小学部 5 年生〜中学部 1 年生)
(1) 情緒的な不安定を引き起こす要因の増大
この時期の A の発達段階は 1 次元可逆操作
Ⅲ期において周囲の状況や他者からの評価,
期であると考える。
大人に対して自分からかかわりを持とうとす
言葉への敏感さが強まり,それらに対して情緒
の状態が大きく変化するなど,自我の不安定さ
る姿や,大人の指示語,制止語,周囲の子ども
を感じさせる姿が多くみられる。その表現がは
の大きな声に過敏に反応する姿が目立ちはじめ
しゃぐ,パニックになるなど衝動性や激しさを
ており,A の他者への意識が変化し始めてい
伴った表現となっており,このような自我の不
ることがわかる。
安定性は,思春期に多くみられる特徴的な状態
(4) Ⅳ期 (中学部 2 年生〜中学部 3 年生)
1 次元可逆操作期から 2 次元形成期に移行す
る過程である 2 次元形成萌芽期と判断する。
であると考えられる。
また,否定語や制止語に敏感に反応してパ
ニックになりやすい姿も目立ち始めている。Ⅳ
期になると,自分の情緒が不安定になった時に
2
A の発達的な変化
Ⅰ期〜Ⅱ期にかけて,A が自分の目的を明
確に持つようになっていることがわかる。特に,
自分から大人へかかわりを求める,自ら場所を
移動するなど,自分の情緒をコントロールしよ
うとしている姿が見られる。
Ⅱ期〜Ⅲ期の間に道具の操作の幅が広がり,言
(2) 大人の女性への密着姿勢の高まり
語での表現が少しずつ可能になっていったこと
大人の女性に対して,密なスキンシップを求
で,A の活動に繰り返しや多様さが見られる
める姿も多く見られるようになっている。母親
ようになっている。他者との関係性においても
にも同様の関わりを求めていたが,時期を同じ
自分の意図や要求だけでなく,他者の意図や要
くして父親への嫌悪感も高まっている。A は
求によって行動を調整することができるように
同性への密着行動を経て同性との連帯感を得て
なっている。以上の A の姿から,A の自我が
いる。次の項目でも述べるが,同じ時期に異性
誕生し拡大しているといえる。Ⅳ期に入り他者
である K の行動に注目し同じ行動をしようと
をモデルにしたり,他者の意図に働きかけてそ
する姿があった。また本研究の対象とする期間
の関係性を良好なものにしようとしている。Ⅱ
ではないが,A が高等部に進学した時期から
期〜Ⅳ期にかけて自我の拡大にともない他者へ
A は女性職員に苛立ちを見せた後でも,男性
の関心も高まっているといえよう。
職員と活動する場面では落ち着いた様子を見せ
しかし A の発達段階から推察すると,自我
の意図と他者の意図を調整しまとめる力は獲得
されていない。そのため,話しかけられると耳
ていたという。A が同性,異性を意識し行動
を変化させている様子がうかがえる。
(3) 仲間への同一化
をふさぐ,また,禁止語や制止語に激しく反応
友だちの横に座り,同じように行動する,学
する,周囲の子どもの大声に敏感に反応するな
童保育所では,興味がある活動が展開されてい
ど,過敏さ,不安定さが A の行動に見られた
る際,その中心となる存在の行動をじっと見つ
と考えられる。
めたり,気の向くままに手を出したりとしてい
110
園
田
る。
佳
子
期の後半以降,思春期的な変化を迎えているこ
(4) 生活における主体性の出現
身体的な変化が落ち着いたⅣ期においても
A の行動特性が変化している。これまで,他
とがわかる。さらに発達的観点からみると,Ⅲ
期における A の発達段階は 1 次元可逆操作期
と推察される。この時期の発達的特徴として,
者に了解を求めてから好きなことをする,好き
自我の誕生があげられている。さらにⅣ期は,
なことを大人と共有することを強く求めるとい
2 次元形成萌芽期と推察され自我が拡大してい
う行動パターンが特徴的であったが,自ら進ん
くという発達的特徴も併せ持っていたと考えら
で一人で好きなことをすることが増えている。
れる。A の場合,思春期的にも発達的にも自
また,同時期に生活基本動作への強い執着を見
我の大きな変容を迎えた時期だと考える。
せ始める。目的地に着く前に走行中の車から飛
Ⅲ期からⅣ期にかけて A が大人に向けて要
び降りることも日常化してくる。この際特に母
求を示し,応じてもらって安心感や安定感を得
親の様子をうかがいながら実行することが多
ていた姿から,主体性をもって大人や仲間と関
かった。
係を築こうとする姿へと変化していたことがわ
(5) 他者との関係性の変転しやすさの高まり
かる。また,限られた表現ではあるが,他者と
大人の女性に強く密着する姿勢をみせた後,
の関係のなかで自分の行動を調整し修正しよう
ふとしたきっかけで同じ相手に対して強く拒否
とする姿もみられた。
や敵対感を示す姿も頻繁に見られるようになっ
以上から,A が思春期的変化を経てその生
た。密着と依存,拒否と反発という相反する心
活をさらに豊かに主体性を持って広がりを作っ
理状態を行き来する不安定な心理状態は,思春
ていこうとしていることが明らかになり,反抗
期に多くみられるが,A の場合は関係性が変
や心身の大きな変化による情緒不安定といった
化する間合いが短くそれまでの他者への密着を
思春期のいわゆるマイナスイメージとは,また
感じさせないほどの拒否や反発を示した。発達
異なった思春期の特徴をとらえることができた。
段階や自閉症という障害が強く影響して見られ
る姿とも考える。これについては今後の検討課
4
題である。
A の思春期的な変化は身体的にも心理的に
(6) 自己の行動を調整または修正しようとす
る行動の出現
A の思春期における学童保育の意義
も非常に大きいものであった。特に心理的な変
化は,A の自己像や他者の認識に大きな影響
Ⅳ期になると,周囲が騒がしい状況であると
を与えたと考えられる。Ⅲ期は,自己の行動様
自ら場所を移動して落ち着きを取り戻そうとし
式や生活における目的を自ら構築しなおそうと
たり,自分の情緒が不安定になった時に自分か
する姿が特徴的であった。同時に他者との意図
ら大人へかかわりを求めたりする姿が増え,自
のかみ合わなさを顕著にしていた。
分の情緒をコントロールしようとしている姿が
見られる。
A の場合は他者との関係の不安定さから生
じる自身の精神的な不安定さをひっかく,噛み
さらに情緒が大きく崩れ,他者をかんだり
付くといった行為を以って表現していたと考え
引っ掻いたりした後にばつの悪そうな表情をし
られる。反面他者との呼応的,友好的な関係を
たり,相手や担任の先生,母親にわびるように
積極的に作り出そうともしており「他者とのか
甘える姿も見られるようにもなる。
かわりのなかで」新しい自己像を模索していた
A が自らを客観的にとらえ始めていること,
とも考えられる。
他者の反応を通して自分の行為を理解しさらに
A は特に場面や活動内容によって,他者と
その行為を調整また修正しようしていることが
の関係性そのものが変化しやすいという心理面
わかる。
での特徴を持っていることが明らかになった。
Ⅳ期において A が他者と多様な関係性を築く
A の乳幼児期からの変化や発達,学童保育
ことで,自己や自己の行為の意義をとらえなお
所での変化の様子を振り返ってみても A がⅢ
すことを繰り返し,他者と確認することによっ
重度知的障害児の思春期における発達と放課後保障
111
て内面化したり,他者の反応を手掛かりに自分
集団生活のなかでは,A の自己認識の形成過
の行動を調整したりしている。A にとって上
程に対して十分な配慮をすることが困難であっ
述した他者とのやりとりそのものが,自己認識
た面もある。
を形成しつつある過程であったと考えられる。
Ⅳ期において A は,自ら不快感を抱く場面
またその際,対象が父親や母親に限らず広く存
を回避しており,他者との関係のなかで自己の
在するという事実が,上述の A の変化が思春
行動を理解し調整しようとしていた。しかし,
期的なものであることを示しており,A が自
その行動を肯定的な自己認識の形成の兆しをと
らの存在を社会のなかで認識しようとしている
らえ,且つ A の発達状況に合わせた対応をす
ことも示している。
ることが不可能であった。
Ⅰで述べた,「自分にふさわしく,他者から
A の情緒が不安定になり周囲の人をひっか
も是認される存在としての自信を獲得する」と
く,噛みつくといった行為で表現される不快感
いう思春期の発達課題にむかう A の姿を障害
だけを思春期的な変化としてとらえ,周囲の子
児学童保育での放課後保障実践において適切に
どもに危険が及ばないように,A が情緒的に
とらえ,保障できたと考えられる面もあるが,
安定した状態が保たれるよう配慮することが先
困難であった面もある。
行した結果ともいえる。とりわけ活動内容や,
密着,依存と拒否,反発という相反する心理
場面によって他者との関係性そのものの捉え方
状態は思春期の大きな特徴であり,他者との関
が大きく異なる心理的特徴をもつ A には少な
係性も不安定なものにする。心理的に不安定な
からず影響があったと考えられる。
時期に他者との関係性や自分の行動を,A が
また A の行動や関係性の変化をすべての時
自ら調整することができる「間合い」を保障し,
期において分析した結果,母親に対してとそれ
A 自身が選びとった結果としての「誰とも,
以外の他者に対しての行動や関係性の持ち方に
何もしない」時間を大切なものとしてとらえる
大きな差が見られなかった。思春期は多様な他
ことができた。さらに A 自身が何もしていな
者を相手に多様な表情を見せることで,より豊
くても周囲の子どもたち,とりわけ A が高い
かに自己認識を深めることができるとされてい
関心を示している K が多様な活動を展開させ
るが,この結果は A や A の生活にとって障害
ていくことによって,後に A が参加する活動
児学童保育が「第 3 の場」となりにくかった可
を自ら選びとるという姿を引き出すことができ
能性を示唆している。この A の特徴の背景に
たと考える。
ついては,引き続き検討する必要があると考え
また,A が視線を向ける活動の内容を年齢
る。
にふさわしいものへと変化させていくこと,同
A の母親は学童保育所について「学童での
年代の子ども集団を意識して編成していくこと
活動があることで親子関係にも余裕を持たせら
で,A にとっての活動のねうちを高め参加し
れる」,
「 (自分が) 来ると安心する場所。立場
がいのあるものへと変化させることができた。
が同じ保護者や職員に子育てや家庭の悩みなど
このことは,思春期にある他の子どもたちにも
聞いてもらえて,励みになっている」と語って
同様であると考える。
いる。
子ども自身が主体的に時間の過ごし方を決め
一般的に母親の生活態度や精神状態は,子ど
る場,仲間集団とともに過ごす場であることを
もの生活態度や精神状態に大いに影響を与える
原則とした障害児学童保育における実践だから
とされており,A の場合にも同様であると考
こそ実現可能となったと考えることもできる。
える。障害児学童保育の存在が A や A の母親
A の新たな自己認識の形成のきざしを,障害
の生活を間接的に支える役割を担っていること
児学童保育において限られた部分ではあるがと
がわかる。
らえることができたと考える。
反面,幅広い年齢や異なる障害種別の子ども
が同じ時間帯に同じ場所を拠点として存在する
112
園
田
佳
子
かで形成されること,また,「なにもしない」
Ⅶ 総 合 考 察
重度知的障害児の思春期に
おける放課後保障の意義
ことが選択肢の一つとして用意され,活動や他
者との関係から一歩距離をおくことができるこ
となどが可能となる時間や空間,仲間の保障が,
思春期における「間」の保障と考える。特に,
本論文では主に自己認識の形成という心理的
重度知的障害をもつ子どもの場合には,先述し
な変化に焦点をあて,重度知的障害児の思春期
たことが大人をはじめとする他者の指示等に応
について,また障害児学童保育の役割について
じた結果としての行動ではなく,子どもが自ら
研究を進めてきた。
感じ,考え,気持ちを膨らませて行動できるこ
本章では,事例分析の考察を踏まえて,総合
とを前提とし,生活のなかで具体的な経験を通
考察として重度知的障害児の思春期における放
して,ひとつひとつ実感として獲得されていく
課後保障実践の役割と,それを実現するための
ことが求められると考える。そのためには,指
指導員の専門性について考察する。
導員などかかわる大人がその子どもの時間,空
間,仲間という 3 つの「間」をより余裕をもた
1
重度知的障害児の思春期における放課後
保障の役割についての考察
せてとらえることが必要となるだろう。
自ら他者との関係性や活動への参加の仕方を
障害児学童保育をはじめとする,いわゆる
調整する「間」が保障されることで,思春期特
「第 3 の場」の果たす役割として,子ども自身
有の心理特性である活動や場面,他者との関わ
の「間」の保障としての役割,学校の補完的機
りへの気持ちの高まりが安定して発揮されると
能としての役割,子育て支援としての役割の 3
考える。この過程を保障することで,その子ど
点が挙げられることが一般的である。これは,
もにとって障害児学童保育が,他者や活動との
思春期における重度知的障害児の場合にも同じ
出会いなおしのできる場,生活を自ら作り出す
である。本項ではさらに本論の各研究の結果を
ことのできる場となりうると考える。
踏まえて,とりわけ重度知的障害児の思春期に
(2) 学校の補完的機能の場としての役割
着目して放課後保障の 3 つの役割について考察
子どもが学校で学んだことを障害児学童保育
で生かし,試し,自分への自信を深めていく,
する。
(1) 子ども自身の「間」の保障実現の場とし
ての役割
筆者はこれまで,安心できる環境のもとで自
また反対に障害児学童保育で得た経験や自信を
支えに学校での活動に臨むことができる。自己
への認識の変化が大きい思春期において,場が
分の好きなことをたっぷりと楽しめることが障
変わることで自己への認識にも変化が生まれ,
害児学童保育の大きな目的であると考えてきた。
新たな自己を作り出していくことができる。こ
しかし,このことは学童前期の子どもたちに
のような場や機会の有無が思春期の子どもの生
とってより重要な「間」の保障であり,思春期
活にもたらす影響は大きいと考える。
にはこれとはまた質の異なる「間」が求められ
事例分析から,特に知的障害が重度の子ども
ると考える。事例分析から重度知的障害児の思
たちは,学童前期に学校において身辺自立や他
春期においても,他者への興味,関心が高まる
者とのコミュニケーションに重点をおいて教育
と同時に自己認識も深まっていく,ということ
的かかわりがなされていることが明らかになっ
が他者との関係性において不安定さをもたらし
た。教育の初期段階において,着脱,排せつ,
やすいことが明らかになった。場面や活動,他
食事など生活の基本動作の幅が広がっていくと
者との関係性が不安定な時期だからこそ,他者
いうことは,子どもの自己認識に少なからず影
や活動との関係性を自ら調整し安定させていく
響を与えると考える。身の回りのことが少しず
「間」の保障が求められる。好きな仲間の向こ
つ自分でできるようになることで,自分を一人
うにある活動にも注目できる,またそこに関与
前ととらえるようになるのではないだろうか。
していこうとする姿勢が自らの時間の流れのな
また,コミュニケーション面においては,楽し
重度知的障害児の思春期における発達と放課後保障
113
い活動を介しながら,先生に好意の眼差しや期
的障害児の思春期においては,以下のことも付
待を込めて要求を伝えるという場面が日常的に
け加えられると考える。
用意されているなどの経験を経て子どもと他者
障害児学童保育所が重度の障害ゆえに密着し
との関係の相互性がより豊かなものになってい
やすい親子関係に物理的にも,精神的にも距離
ると推測される。
を生じさせ,思春期にふさわしいものにする役
特に重度知的障害児においては,障害児学童
割を担っていることも明らかになった。
保育での経験の積み重ねと,学校の教育的働き
特に,重度知的障害をもつ子どもが思春期に
かけの結果が相まって,Ⅰで述べた,筆者が感
見せる様々な変化に関する保護者の戸惑いや悩
じる小学校 5 年生ころの変化を生み出している
みは大きく,保護者自身がこれからの子育てに
といえる。
新たな見通しがもちにくいなど不安が高まる時
学校の教育の結果として高まる自己への意識
期であることも多い。その際,経験を語り合っ
や他者への気持ちの高まりは,より安定したコ
たり,相談しあったりできる仲間の存在が大き
ミュニケーションの力を介して様々な他者のあ
な心の支えとなり,子育てにむかう気持ちに余
りようを知り,また,様々な角度から自分をと
裕を持たせることができると推察する。その余
らえるという経験につながる。より多くの場面
裕が,
「子どもには子どもの,親には親の世界
でより多くの他者を対象とすることが思春期の
がある」という意識へとつながっていくと考え
自己や他者への認識を豊かなものになっていく
られる。
とも考えられる。重度知的障害児が,学校での
障害児学童保育所は,親と子,それぞれの世
教育の積み重ねを受けて他者や自己への認識を
界を豊かに充実させることで思春期における親
深めつつある思春期に,障害児学童保育で学校
離れ,子離れをスムーズにする。また,思春期
や 家 庭 以 外 の 他 者 と 共 に 生 活 し,い わ ゆ る
という子育ての大きな節目を支えるという点に
「ぶっつけ本番」で獲得した力を発揮し,多く
おいて子育て支援を行っているといえる。これ
の他者と多様な関係を築いていくこと,家庭,
は,障害のある子どもとその親にとって,乳幼
学校,障害児学童保育という性質の異なる場で,
児期の子育て支援と同様に重要なものであると
実際の経験として,自分の様々な面を見せるこ
考える。
とができることはまさに学校教育の補完である
と考える。
2
しかしながら事例分析の対象者である A は,
障害児学童保育で働く指導員の専門性に
ついての考察
家庭,学校,障害児学童保育,というそれぞれ
前項で,重度知的障害児の思春期における放
に性質の異なるはずの場において,他者との関
課後保障実践の役割や意義を検討してきた。し
係の築きかたや,活動への参加の仕方に相違は
かしそれらを十分に実現するためには,指導員
見られにくかった。自己や他者の捉え方を場面
の専門性が不可欠であるといえる。
によって柔軟に変化させにくいという A の姿
障害児学童保育は利用年数が長いことも多く,
は,重度知的障害を併せ持つ自閉症という障害
子ども期から青年期までを受け入れている事業
の影響を大いに受けている可能性を示す。この
所も多い。子どもの発達,生活,障害という基
A の姿が示すものがどのような意味をもつの
本的な事柄をできるだけ正確にとらえつつも,
か,A のこれからの成長や発達などさらに長
それらが年齢を経ることにより変化していくこ
期的な流れのなかでさらに詳しく検討していく
とについても十分に配慮する必要があると考え
必要があると考える。
る。子どもの「今」をとらえつつ,状況に応じ
(3) 思春期,青年期における子育て支援とし
ての役割
一般的に放課後保障実践が子育て支援として
て集団編成や活動内容,対応の仕方などを柔軟
に変化させ活動を展開していくことが求められ
る。
果たす役割は,就労保障やレスパイトといった
また,放課後保障が広義の社会教育という面
視点から述べられることが多い。さらに重度知
も持ち合わせており,教育的な関わりを求めら
114
園
田
佳
子
れる場合も少なくない。障害児学童保育の放課
しないことを選ぶ,または,仲間を選ばないこ
後保障実践においては,指導員それぞれの子ど
とを選ぶことができる環境を整えていくこと,
ものいわゆる発達の最近接領域を検討し準備す
つまり間接的に働きかけていくことが大切であ
るというよりは,子どもたち一人ひとりが多様
ると考える。その際,子どもが安定して自分の
な仲間がいる集団のなかで憧れや,興味の対象
思いを発することができる他者との関係性が築
を選び取りそれぞれの個性を礎にして,明日の
けるよう配慮し,
「個別か集団か」「参加か不参
自分に向かうことができることが望ましい。そ
加か」という二者択一にとらわれることなく,
のための集団づくり,環境づくりにおいてこそ
柔軟に集団編成や活動の展開を行うことも指導
指導員の専門性が問われるのではないかと考え
員の役割であると考える。また,これらの結果
る。
として,子ども自身が選びとった時間の過ごし
さらに,思春期における重度知的障害児に対
する指導員の専門性について考察する。
重度知的障害児であっても学童前期であれば,
方や,他者との関係の築き方を対等な関係のな
かでしっかりと認め,そのことを具体的に伝え
ることも重要であると考える。
先述した専門性をもとに,その子どもの好きな
さらに,指導員がこれらの専門性を十分に発
活動を用意したり,集団の楽しさを感じられる
揮するためには,安定した指導員集団が必要で
ように働きかけたり,時には「大きな子ども」
あることも付け加えたい。
として子どものモデルとなり,子どもの楽しい
これまで,重度知的障害児の思春期における
世界が広がるように誘ったりと,指導員と子ど
発達にとっての放課後保障の意義,役割につい
もの関係性を軸にしながら子どもに直接働きか
て考察してきたが,重度知的障害児の思春期に
けて,それぞれの放課後が豊かになるように実
ふさわしい放課後生活を保障するために必要な
践を展開していくことが指導員の大きな役割で
環境や集団,または指導員の専門性などについ
あると考える。活動や他者,新しい世界へのパ
ての検討は十分とは言えない。今後,本研究の
イプ役といったところであろうか。
結果をもとにしながらより多くの実践や事例を
しかし,思春期において,心理的にも行動的
分析し,具体的な事柄を横断的に見ることで,
にも大きく変化することが研究全体として明ら
より明確にし,整理していくことが課題である
かになったことや,それに伴って放課後保障の
と考える。
役割の意味合いも異なってくると考察したこと
最後に,障害のある子どもとその家族の一生
を踏まえると,指導員の担う役割も変化してい
がそれぞれのライフステージにふさわしく大切
くべきであると考える。
に展開されていくために,放課後保障実践が担
特に,重度の知的障害があると自分の意図や
う役割は決して小さくないことが,改めて明ら
思い,その日の経験などを話し言葉で表現する
かになった。本論文の冒頭でも述べたが,障害
ことが難しい。しかしながら,年齢的に自ら他
児学童保育という分野は地域格差が大きく,国
者や活動との関係を築いていくこと,また自ら
全体としてその状況は刻一刻として変化し,一
の生活を自ら作り出すという経験への要求は高
進一退である。時代の流れや地域の特色に左右
まっている。
されず,障害児の放課後生活が保障されること
指導員はその子どもの生活の流れを一日を通
して理解し,子ども自身が持つ生活への要求を
深くとらえる視点をもち,ふさわしい放課後生
活のありようを子どもとともに模索していくこ
とが求められるのではないかと考える。しかし,
これは決して個別での対応という意味ではない。
障害児学童保育全体としての活動の展開や集団
の編成をしながらも,思春期の重度知的障害児
が自ら仲間を選び,活動を選ぶ,さらには活動
は障害児とその家族の当然の権利であると考え
る。
引 用 文 献
1 ) 黒田学 (2005)「キーワードブック障害児教育
―特別支援教育時代の基礎知識」清水貞夫,
藤本文朗編 第 4 章ライフステージと教育
障害児の放課後保障 222-224 大月書店
2 ) 大久保哲夫 (1993) 障害児教育における思春期
障害者問題研究第 21 巻第 1 号 4-10