奇異性塞栓症_【Case14-2016_11_10】2016.11.10 NEJM

Case 13-2016:
A 49-Year-Old Woman with Sudden
Hemiplegia and Aphasia
during a Transatlantic Flight
2016/11/10 NEJM
症例
49歳 女性
【主訴】突然の片麻痺、失語
以下夫から聴取↓
【既往】偏頭痛、喘息、左太ももの間欠的腫脹
【内服】アスピリン、吸入薬
【アレルギー】なし
【喫煙】なし
【家族歴】血液疾患、凝固異常なし
現病歴
大西洋横断のフライト中に突然の片麻痺、失語が出現
した。2時間前までは普段と変わりなかったが、突然右
半身の脱力が出現し、しゃべれなくなった。患者の夫
が添乗員に知らせ、同乗していた医師が診察、直ちに
治療を行わなければならないと判断し、発症後2時間以
内にボストンに到着、救急搬送された。
到着時身体所見
BP:146/97mmHg
瞳孔3㎜/3㎜
HR:121bpm
RR:22/min SpO2:96%(O2 4L)
対光反射+/+
左共同偏視あり
わずかに右顔面麻痺あり
右上肢
MMT0
右下肢
MMT5-
左半身は正常
NIHSS(脳卒中重症度評価スケール)
14点
検査所見

WBC:11900(好中球76.3%)

トロポニンT:0.23ng/ml

PaCO2:21.6mmol/l

P:2.1mg/dl

Ht、Hb、Plt、PTは正常

電解質、Ca、MG、リパーゼ、肝・腎機能、感染ス
クリーニング正常

心電図は正常
来院までの流れ

夫が搭乗前に脳卒中についてのアナウンスを聞いていたため、
すぐに気づくことができ、迅速な搬送へとつながった。

シンシナティ病院前脳卒中スケールで3点中3点(顔面麻痺、上
肢の脱力、失語)を認め、病院に事前の連絡がなされ、脳卒中
疑いとして発症後2時間で搬送された。

発症から同じ2時間以内の患者であっても、事前連絡があった
患者の方が、発症から3時間以内にt-PAを開始できる可能性が
高い。
来院後経過

到着後13分でt-PAを開始した。←ガイドライン上、来院後1
時間以内の治療開始が推奨されている。

その後直ちに頭部、頸部CTA施行し、IC,左MCAの閉塞が原
因と考えられた。
画像所見
〈頭部CT〉
明らかな頭蓋内出血は無し
左島に梗塞巣と考えられる灰白色の欠損
左MCA近位、左ICA末端に高濃度域、左視床に低濃度域
〈頭部CTA〉
IC、左MCAの閉塞があり、側副血管の形成著明(Fig.1-A)
〈頭部MRI〉
拡散強調画像で左島に高信号みとめる(Fig.1-B)

t-PA後もNIHSSは不変であった。

t-PAは近位動脈閉塞の患者にはほとんど効果は乏しく、この
ような場合は血栓摘出術が有効となる。

最初の画像検査から45分で血管内治療を開始、さらに45分
後、発症から4時間以内に再開通に成功した。

その後NIHSS0点まで劇的に改善した。
原因の検索

脳卒中の患者の60%以上で、原因特定は容易であり、アテ
ローム性動脈硬化や心疾患がほとんどである。頭部CT、血
液検査、心臓・冠動脈エコーなどが有用である。

しかし、50歳未満の若い患者については、血栓傾向、動脈解
離、奇異性塞栓症、動脈疾患等も含め考慮する。
●奇異性塞栓とは…
右→左シャントを有する患者において、静脈にできた血栓が開
存孔を通じて左心系に移行し、動脈塞栓症を引き起こすこと。
若年者における脳卒中の主な原因

心疾患
-感染性/非感染性血栓性心内膜炎
-リウマチ性心臓弁膜症
-心臓腫瘍

凝固能亢進状態(先天性/後天性)

大脳/頚動脈解離

可逆性脳血管攣縮症候群

動脈疾患(感染性、炎症性、遺伝性)

片頭痛

違法ドラッグ使用(コカイン、アンフェタミンなど)
原因の評価

患者は入院2日目に会話可能となり、発症当時のことを
話した。

胸痛、呼吸困難、多呼吸が出現したとのことであった。

来院時の採血でトロポニンが上昇していたが、心電図
異常はみられなかった。

子供のころ、左の太ももに血管異常を指摘された。
→これらを受け、奇異性塞栓の検索をすることにした。
〈経胸壁心エコー〉
卵円孔開存、右→左シャントを認めた
〈換気血流シンチ〉
右上葉、両下葉で血流低下を認めた
〈CTアンギオ〉
左の肺動脈に欠損あり
〈骨盤部MRI〉
May-Thurner疑い(右総腸骨動脈による左総腸骨静脈の圧迫)
〈腹部CT〉
右腎臓に最大径7.5㎝の腫瘤があり、腎細胞癌と考えられる

シンチにより換気血流不均衡を認めた。

血液検査でD-dimer:5139ngであった。下腿の超音波検査
では静脈血栓は指摘されなかった。

肺塞栓の患者において、本症例のようにトロポニン高値
は死亡率の増加につながる。

肺塞栓の患者では再発防止のため3か月以上の抗凝固療
法が推奨される。
脳卒中における血管要因

DVTは若年者の脳卒中において重要な鑑別疾患となる。

今回、下腿エコー上はDVT指摘されなかった。(DVTを疑
う症状がある場合、感度は94%、特異度は98%である。)

脳卒中患者におけるDVTの頻度は7.6~11.6%である。

今回は長時間のフライトに加え卵円孔開存が認められてお
り、DVTの存在が疑われた。
脳卒中における血管要因

しかし、実は長時間のフライト自体はDVTとの関連はまれ
であり、0.05%程度といわれている。

この患者における塞栓症の主な原因は、May-Thurner症候
群と考えられる。

無症候性のMay-Thurner症候群患者において、 25%に片
側のみの浮腫や、DVTの既往がないといった特徴がみられ
る。今回のような特発性脳卒中と卵円孔開存のある患者
において、 May-Thurner症候群の有病率は6.3%である。
脳卒中の再発防止

卵円孔開存があり、DVTが明らかでない患者について、
抗凝固薬、卵円孔閉鎖の有用性についてのエビデンスは
現時点で不十分である。

卵円孔開存のある患者とない患者について、脳卒中、TIA
の再発リスクは差がないといわれている。

抗凝固薬が禁忌の時、出血リスクが高いため、IVCフィル
ター留置が推奨される。加えて、カテーテルによる卵円
孔閉鎖も考慮される。

脳卒中で動けない患者に対しては、抗凝固薬の皮下投
与が推奨される。t-PAの24時間後、頭部CTで出血がな
いことを確認し、開始した。

肺塞栓症が同定された後は、抗凝固とエノキサパリン
が開始された。

肺塞栓の既往がある患者は、そうでない患者に比べ脳
卒中のリスクが17%高い。

入院6日目、抗凝固療法開始2日後、失語が再発し、
MRIで左の側頭葉に出血が認められた。抗凝固療法
は直ちに中止したが、再梗塞のリスクがあった。

同日夜にカテーテルによる卵円孔閉鎖とIVCフィル
ター留置が行われた。

その6日後、右腎臓摘出が行われた。
摘出腎標本(Fig.3-A~F)

限局性、高分化、黄色~橙色の腫瘤

最大径7㎝、下極に中心性変性を認める

H-E染色:細胞質は明るく、血管豊富

高倍率では、わずかに核膜不整、淡く円形の核が認められる

CD31 、Masson-trichrome染色より、腫瘍は筋肉を含む腎静
脈の分枝にまで広がっていることが明らかになった。
【病理診断】
 腎細胞癌
-Fuhrman分類
-Stage
pT3a
Grade2(核の大きさが10-15μm)
病理学的考察

担癌患者における血栓塞栓症の確率は、癌の組織型、
転移の有無、解剖学的特徴により異なる。

担癌患者の約20%に初発の血栓塞栓症が生じるといわれて
おり、非担癌患者に比べリスクが4~7倍となる。

限局性腎細胞癌の場合、診断後2年間で血栓塞栓をきたすの
は1.3%。0.4%は癌の診断と同時に血栓の指摘も受ける。

特に転移を伴う場合、凝固値の上昇、フィブリンや第Ⅶ、
Ⅹ因子の免疫染色で血管周囲が陽性となる。

また、血管内浸潤も塞栓のリスクとなる。
入院後経過

血栓摘出術、左足へのステント留置術を行った。

その後、神経学的にはおおむね回復し、1ヶ月で退院、
スコットランドに帰国した。

帰国後、スコットランドで治療を受け、また、マサチュー
セッツ総合病院の遠隔医療プログラムで定期的にフォロー
され、再発はみられなかった。

計算能力、遂行機能に多少難はあるものの、フルタイムの
勤務に復帰し、ほとんど以前のように仕事をできるように
なった。
【最終診断】
 急性虚血性脳卒中
-卵円孔開存、May-Thurner症候群による奇異性塞栓
-腎細胞癌による凝固能亢進状態