アメリカ合衆国での消費者直結型(Direct-to

アメリカ合衆国での消費者直結型(Direct-to-Consumer:DTC)遺伝学的検査に関するア
メリカ人類遺伝学会の声明
ASHG Statement on Direct-to-Consumer Genetic Testing in the United State
Kathy Hudoson, Gail Javitt, Wylie Burke and Peter Byers 及びアメリカ人類遺伝学会社
会問題委員会
(Am J Human Genet 2007:81. 635-637)
松田一郎
訳
消費者直結型(Direct-to-Consumer:DTC)遺伝学的検査は過去数年間にさまざまな話題
を提供してきた[1]。DTC 検査の提案者は検査にアクセスする消費者の増加、消費者の自律
と権限委譲の拡大、得られた情報のプライバシーの強化などを含めた効用効果(benefit)
を指摘している。DTC 遺伝学的検査に対する批判は、適切な内容の理解やカウンセリング
なしに検査を選んだ消費者が質的に劣悪な検査会社の検査を受けることになったり、効用
効果が証明されていない宣伝につられて誤った方向に誘導されたりするのでないかと恐れ
ている。
最近、DTC 遺伝学的検査は全米のほぼ半数の州で許可されている[2]、しかし連邦のレベ
ルでは十分に監視されていない。2006 年 6 月、政府の説明責任部局(Government
Accountability Office)はいくつかの DTC 検査会社が現実にトラブルを起こしていること
を文書にして報告している[3]、そこで連邦商務局(Federal Trade Commission :FTC)はいく
つかの DTC 会社の宣伝文句に対して慎重に警戒するように警告した[4]。国際的にはその使
用に対して注意するように呼びかけた文書が発刊されている[5-7]、またいくつかのヨーロ
ッパ諸国は禁止しているか、またはその方向で動いている。
DTC 遺伝学的検査は遺伝学的検査の数が急速に増加する時期に合わせて浮上してきた。今
日、1,100 以上の DTC 遺伝学的検査が臨床的に利用可能であるし、数 100 が研究レベルで
利用可能な状況にある。勿論、ほとんどの遺伝学的検査はヘルスケア提供者によってのみ
利用可能であるが、検査の様相が変化し、それがヘルスケア提供者の関与もカウンセリン
グもなしに、DTC 遺伝学的検査が提供される事態を生んでいる。DTC 遺伝学的検査の幅は
単一遺伝子病の検査、例えば嚢胞性線維症から多因子病、例えばうつ病や心臓血管系疾患
の場合のような予測的な検査にまで多岐に亘っている。DTC 遺伝学的検査結果の提供に加
えて、ある会社では検査結果に従ってライフスタイルの変更、例えば食事内容の変更やサ
プリメントの使用を推奨している。
適切な情報を保証するために、質の高い検査施設、適切な宣伝説明と検査結果の解読が
DTC 遺伝学的検査の提供と共に重要である。同様に、万能型(one -size –fits –all )のアプロ
ーチは DTC 遺伝学的検査には向かない、何故なら提供される検査のタイプは様々であり、
1
その因果関係もまた幅広いからである。検査は診断のために、将来問題になる疾患の予測
のために、出生に関してのリスク判断のために、また治療法の選択のために、ライフスタ
イルの変更、例えばダイエットやスキンケアのために使われる。可能性のある様々なアク
ションはそれぞれの異なった検査結果に基づくことになる。例えば、ある人が特別の疾患
の保因者であるかどうかの検査が、結婚するか否か、誰とするか、または子どもを生むか
どうか、中絶するかどうか、などの選択に利用される。従って、DTC 遺伝学的検査を提案
する前に要求される証のレベル、及び適切に利用者を保護するためのセーフガードは、検
査を何のためにするのか、検査の結果で何がわかるのかなどで異なることになる。DTC モ
デルはあるタイプの検査では適応禁忌であるが、それ以外の検査でもヘルスケア提供者の
いない状況で利用することを認めるわけにはいかない、仮に患者の健康を育成するもので
あっても同様である。このポリシー文書は DTC 遺伝学的検査を提供する場合とそうでない
場合を区別するのが狙いではない;むしろ DTC として提供される、医療に関連した遺伝学
的検査の全てを統治し、そのための基準を設定するのが目的である。
声明のスコープ(scope of this statement)
DTC 検査は父性検査や家系検査も含んでいるが、この声明では医療に関連して要求される
検査、もしくは医療上の決断に直接関わる検査に限定して取り扱っている。さらに、
“DTC”
の用語は宣伝されているものの、実際には DTC として販売されていない場合にも使われる
が、このポリシー声明は、直接消費者がオーダーできる検査や、独立して存在するヘルス
ケア提供者-検査会社に雇われている人物でなく―仲裁者として行動する人物のいない状
況下で結果が DTC に伝えられる検査に焦点を当てている。
コンテクスト(context)
DTC 遺伝学的検査は伝統的な遺伝学的検査と異なっていて、消費者が直接検査をオーダー
し、その検査結果は仲介役として存在する独立した提供者を経ずに、直接消費者に伝えら
れることになる。DTC 遺伝学的検査サービスの提供が許されるかどうか、それは州法に依
る。最近、全米の州の半数が DTC 遺伝学的検査を許可している。さらに、ある州では患者
の代わりに検査をオーダーするプロバイダーを要求しているが、一般には、この要求は検
査会社に雇われた医師によって行なわれている。ある DTC 会社では遺伝カウンセリングを
提供しているが、それ以外の会社では行なわれていない。
DTC 遺伝学的検査は普通インターネットで宣伝されて、売られている。消費者が検査をオ
ーダーすると検査会社はサンプル収集用キットを送ってくる(例えば、頬粘膜または血液
の採取用具)
。消費者はサンプルを送り返す、会社は検査を実施する、その結果をインター
ネットもしくはメールで送ってくる。このコンテクストの問題点は、検査前に検査が適切
かどうか、検査後に消費者がその複雑な情報を把握できるかどうか、彼らのまた彼ら家族
での検査の因果関係を理解できるか、そのいずれについても適切なカウンセリングが受け
2
られないことである。
品質(quality)
一般に遺伝学的検査の規制環境が崩壊した状況にあるので、DTC で提供された検査の質は
不適切かもしれないという懸念がぬぐえない。良質といえる検査では、それを行っている
検査会社は正確な答えを確実に出せるのでなければならない、つまり、もし特別な変異が
存在するなら、その存在を判別する能力を、また変異が存在しない場合は、その不在を判
別する能力を備えていなければならい。検査の精度(accuracy)は“分析的妥当性(analytical
validity”で表現される。更には、遺伝子変異と特異な病態、もしくはリスクの間に存在す
る関連性―いわゆる“臨床的妥当性(clinical validity)”を支持する科学的な証拠が適切でな
ければならない。
最近、連邦政府は遺伝学的検査についての分析的妥当性についてはほとんど監視を行なっ
ていないし、臨床的妥当性に至っては、事実上、監視していない。臨床遺伝学的検査を行
なっている会社は CLIA: Clinical Laboratory Improvement Amendment of !998 により
検定を受けていなければならない。しかし、CLIA は個人の資格認定、品質管理基準、検査
と実施方法についての証拠書類提出と検証に言及した基本的要求については強く求めて
(impose)いるものの、検査会社による検査に関与する臨床的妥当性や宣伝文書(claim)に
ついては何も触れられていない。さらに、CLIA は多くの遺伝学的検査における“特別領域
specific area”への配慮も行なっていない、このことが検査が正確に行なわれているか否か
を判定する政府機関の能力を妨げている [8]。Medicare 及び Medicade サービスセンター
(CMS)は数年前に遺伝学的検査特別枠(genetic- testing specialty)を設けると発表した
が、2006 年に突如取り下げ、特別枠を設定しないと宣言した
アメリカ FDA(Food and Drug Administration)の監視レベルはその検査がコマーシャ
ルの“テストキット”(commercial test kit)によるものか、または研究室で開発した検査
(laboratory- developed test)によるものかで、大きく異なっている。FDA は、発売前にコ
マーシャルテストキットの分析的妥当性、臨床的妥当性、ラベリングなどを再検討し、キ
ットに由来する有害事象については、その市販後調査を要求しているが、研究室で開発さ
れ検査については、市販前の再検討もなければ、有害事象の報告も要求されていない。最
近、FDA は“体外診断用多変量指数アッセイ in vitro diagnostic multivariate index assay”
[9]として知られる研究室で開発された検査(訳注:乳がん予後判定のための遺伝子発現プ
ロファイリングアッセイなど)の一部について規制(regulate)をする動きをみせているが、
その対象は臨床検査会社で行なわれている大多数の検査を除外するごく限られた検査カテ
ゴリーに過ぎない。
整合性された品質保証のための規制環境の欠如は DTC 遺伝学的検査に限ったことではない、
他のほとんど全ての分子生物学及び生化学的検査の場合も同様である。しかし、マーケッ
ト参入のハードルが低いこと、消費者が適切に理解してインフォームド・デシジョンする
3
のに必要な情報が複雑なこと、提供者による綿密な調査が欠如しているこのなどから、こ
の検査の品質の問題は DTC コンテクストでは特に急務である。消費者は効用が証明されて
いない検査を選択すること、質的に疑わしい検査会社からのサービスを受けること、タイ
ムリーに、また正確な遺伝カウンセリングを受けない状況下で決断することなど、明らか
なリスクを抱えることになる。
宣伝文(Claims)
DTC 遺伝学的検査に関する宣伝文はある場合には科学的証拠からみて、誇張されていたり、
支持できない内容であったりする。誇張された、または証拠のない宣伝文は消費者
(consumer)に不適切な検査を受けさせたり、検査の効用効果について誤った期待を抱か
せたりすることになる。さらに消費者は検査結果に従って、またその情報を基に、何ら保
証のない、また取り返しのできない決断、例えば妊娠中絶、必要な治療の中断、確証のな
い治療法の選択などをすることになろう。
いくつかの DTC 会社の中には市販手段として、ヘルスケアシステムの枠外で遺伝学的検査
を受ければ、医療記録に遺伝情報が記載されるリスクを回避できるとして、その便益を売
り込み、プライバシーを利用しようとしているところもある。しかし、これらの会社は必
ずしも彼らのプライバシーポリシーを開示していないし、また、検査結果を医師に知らせ
た場合、それが患者の医療記録に記載される可能性につても説明していない。さらには、
DTC 会社は Health Insurance Portability and Accountability Act: HIPAA に準拠するヘル
スプライバシー法規に必ずしも抵触しないので、従って消費者はヘルスケアシステムのな
かでは許可されていない手法で彼らの情報が使われる、もしくは開示されることに対して
無防備の状況に置かれることになる。
連邦法は虚言を述べたり、誤解を招いたりするような宣伝文を含む、不正で、欺瞞的な、
また詐欺まがいの取引慣行を法的に禁じている。この法律は、理論上、偽った遺伝学的検
査に関する宣伝を明確に禁じている。既にいくつかの苦情が提起され、連邦商務局(FTC)
はある特定の DTC 遺伝学的検査会社については態度を保留している、そして FTC は“一
部の DTC 検査は妥当性に欠けていること、また他の検査結果も十分な医学的評価が行なわ
れて初めて意味がある[4]“とする消費者への警戒警告(consumer alert warning)を公に
している。しかし、FTC はどの DTC 会社に対しても直接的には対応をしていない。しかも、
ある程度の科学性はあるものの、誇大に宣伝されたり、不完全な情報提供をしたりしてい
る検査に対して、FTC 取締官はこうした誤った宣伝広告の摘発に必要な知識を持ち合わせ
ていない可能性がある。また一方で、コマーシャル宣伝の制限に対する政府の取り締まり
にも限界がある、そのことを知っておくべきである。最後に、FDA は FDA が規制してい
る製品についてはそれを実行する権威を持ってはいるが、機関はほとんどの遺伝学的検査
に規制をしていないし、従ってその宣伝広告についても規制していない。
このような分析結果から、アメリカ人類遺伝学会は DTC 遺伝学的検査に関しては以下のよ
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うな提言を行なう。
提言
Ⅰ.透明性(transparency)
透明性を高め、提供者及び消費者の DTC 遺伝学的検査についてのインフォームド・デシジ
ョンを可能にするために、会社は提供した検査に関しては、それに関する全ての資料につ
いて容易にアクセスできる、また理解しやすい状態で用意しなければならない。
a. DTC 遺伝学的検査を提供する会社は、検査の感度(sensitivity)、特異性(specificity),予
測値(predictive value)、それらの情報を取得した集団の規模について容易に理解できる、
またアクセスできる状態の下で開示しなければならない。
b. DTC 遺伝学的検査を提供する会社は宣伝文に記載した全ての効用効果について、その
根拠となる科学的証拠の確実性(strength of scientific evidence))を、宣伝文に記載した
効用効果の限界と共に、提示しなければならない。例えば、もし疾患病態が、特定の変
異遺伝子以外に複数の原因が関係し、複数の因子が関与する場合、会社は他の因子も原
因になりうること、その変異遺伝子がないことが必ずしもその疾患のリスクを否定する
ことにはならないことを告げなければならない。
c. DTC 遺伝学的検査を提供する会社は検査に付随する精神的リスクや家族が被るリスク
などを含むあらゆるリスクについて明確に開示しなければならい。
d. DTC 遺伝学的検査を提供する会社は遺伝学的検査を実施する検査書が CLIA の承認を
受けていることを開示しなければならい。
e. DTC 遺伝学的検査を提供する会社は全ての遺伝情報についてプライバシーを保ち、
HIPAA を遵守する件も含めて、彼らのプライバシーポリシーを開示しなければならな
い。
f.
DTC 遺伝学的検査を提供し、検査結果に従ってライフスタイルの変更、栄養治療、薬
物治療、その他の治療を提言しようとする会社は、特別な提言内容とその適応について、
その介入を受け入れた場合と、受け入れなかった場合の効果に関する臨床的な証拠を開
示しなければならい。
Ⅱ. 提供者の教育(provider education)
遺伝学的検査が利用者に DTC で提供されること、またその中には分析的、臨床的正当性が
欠如していることに提供者が気付いているかどうかを確認するために、DTC で提供される
遺伝学的検査に関して職能団体(professional organization)はメンバーを教育しなければな
らい、そうすれば提供者は DTC 遺伝学的検査の潜在的な価値や限界について患者に助言で
きるようになる。
a. 職能団体は DTC 検査とは如何なるものか、どのような検査なら DTC で提供できるの
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か、そうした検査が患者に対して持つ潜在的な効用と限界についての情報を各メンバー
に広めなければならない。
Ⅲ.検査と検査施設の質(test and laboratory quality)
DTC で提供された遺伝学的検査の分析的、臨床的正当性を確認するために、検査について
の宣伝内容が真実で、誤った方向に導かないことを確認するために、連邦政府の担当部署
は適切、且つそれに特化した規制行動をとるべきである。
a. CMS は検査の分析的妥当性、及び遺伝学的検査の検査施設の質を確認するために、
CLIA の下に遺伝学的検査専門の部署を創設するべきである。
b. CMS は DTC 遺伝学的検査を行なう検査施設は全て CLIA によって承認され、その承認
を含めて、施設リストが一般公開されていることを確認するべきである。
c. 連邦政府は DTC 検査が宣伝文通りに健康に関係した、もしくはヘルスケアに影響を及
ぼす臨床的妥当性を持っているかどうか検証すべく歩を進めるべきである。
d. FTC は DTC 検査について偽りの、または誤解を招くような宣伝文を提供している会社
に対して一定の行動をとるべきである。
e. FDA と FTC は共同して DTC 検査会社に対して、宣伝文が真実か、誤解を招かないか、
さらに特定の検査については科学的限界を適切に説明しているかについて確実にする
ためのガイドラインを作成するべきである。
f.
疾 患 コ ン ト ロ ー ル 予 防 セ ン タ ー ( CDC : the Centers for Disease Control and
Prevention)は消費者に DTC 検査の影響力について、消費者がこの検査提供手段によっ
てどのような便益、もしくは危害を受けるか否か、また受けるならどの程度か、などに
ついて学ぶ機会を提供すべきである。また CDC は DTC 検査の広告に使われている宣
伝文とその宣伝内容を支持する科学的証拠について組織的な比較検討を実施するべき
である。
結論
DTC 遺伝学的検査は独立したヘルスケア提供者の関与なしに消費者に遺伝学的検査を販売
する手段である。DTC 検査の潜在的な効用効果には検査に関する消費者の認識を高めるこ
とが含まれる。最近の情勢では、消費者が検査を受けるか否かについて、また検査結果に
従って如何なる行動をとるべきかについてインフォームド・デシジョンをする際に、もし
検査が質の高くない検査施設で行なわれるなら、もし適切な分析的、臨床的妥当性欠いた
検査なら、もし検査に関する宣伝文に偽があったり、誤った方向に導いたりするなら、も
し不適切な情報やカウンセリングが提供されるなら、消費者は DTC 検査から危害を蒙るリ
スクを背負うことになる。
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